デイホーム(一軒家を改装した作ったデイサービス)時代に利用者さんたちと一緒につ くった壁画。季節に合わせた壁画を考え、利用者さんと職員が一緒になってつくっていた。 いろいろなものを作ったけれど、みんなで一緒に作った壁画を紹介! 冬の壁画。クリスマスに合わせてニューヨークのクリスマスをイメージした。右下は原案。原 案は基本的に僕が考えた。その原案をもとに職員が利用者さんができるように考え、段ボールを 使ったり、折り紙で切り絵をしたりとつくっていく。 ちなみにクリスマスが終わりると、サンタとトナカイの出番は終了してもらい、初日の出へと 変わり、春先までこの壁画を展示した。 これまた冬の壁画。12 時前のシンデレラをイメージして原画を作った。ちなみに原画 はワードアートを使って作るのだが、模造紙には手書きで描く。けれども絵の苦手な僕と してはお城を描くのは一苦労。原画のようなお城を描くなんて無理。(そんなに細かくし ても仕方ないのだけれどね…。) 何度もの書き直しを経て何とかお城らしく見えるように なった。絵のうまい職員に任せるといいのだけれど、模造紙の下書きまでは僕の仕事。 (ス タッフにもどんな壁画にするかは直前まで教えないから…。) そしたら完成した壁画作品はお菓子のお城とお菓子の馬車となっていた。時に良い意味 で期待を裏切ってくれることはいいことだ。 ちなみにこのデイサービス(デイホーム)では月に 1 度利用者と一緒に昼ご飯づくりを していた。その時はみんなにできることをしてもらう。認知症となって台所に立つことが なくなった人にも、包丁を持ってもらい、玉ねぎ、にんじんなどなど切ってもらう。体で 覚えたことは、体が覚えている。僕なんかよりもずっときれいに皮むき、千切りやっちゃ います。 僕はそばで見ながら、変な歌を歌ったり、ふざけているだけ。そして出来上がったのを 食べるだけ。 食べ終わった後は、みんなで後片付け。テーブルを拭いてくれる人、お皿を拭いてくれ る人。みんなで役割分担。 秋のフクロウ。なぜフクロウを作りたくなったのかは覚えていない。幸福のフクロウと かを意味していたのかもしれない。 時に近所のおばちゃん・子供たちが遊びに来るデイサービス。隣の家の赤ちゃんにも来 てもらったこともある。(デイの利用者として狙っていた)二軒隣りの婆ちゃんが花をも ってきてくれたりもした。 コンセプトはご近所デイ。ご近所の人たちが自由にやってくることのできるデイサービ ス。時にご近所の人たちも呼んで琴の演奏、伊予万歳やマジックショーの開催。あるとき は近所の公園に昼食を運び公園の休憩所を占領しお外でランチ。何でもありのデイサービ ス。 かつてテレビの CM で、♪この木何の木気 になる木。見たこともない木ですから~(^^ ♪~という曲が流れていたけれど、きっとそ れをイメージしたのだろう。 この壁画で工夫したのは葉っぱを緑の紙 を細長く切り、串(爪楊枝)でもって、利用 者に巻いてもらった。利用者の手の運動(リ ハビリ)を意図した。手を動かすことは脳を 使うことにもなるからね。 けれども利用者さんと職員がぐるになり、 「こんなに大変なことさせおって…。」と文句 を言ってきた。そして「こんなに大変なことしてやってんだから、なんか奢れ!」と。何 をふざけたこと言ってやがるんだ!と思いつつも、結局奢らされるハメに…。何を買った かは覚えていない。 他にも壁画を作ったのだけど、写真が残っていない。ボツになった原画を含めて公開。 海に行きひたすら貝殻やカキ殻を拾ってきて、 砂浜を彩った。夏のクールな壁画で、気分は少し でも涼しくっと! このデイの最大のイベントはバザーを行ったこと。初回のバザーは 2,30 名ほどだった けれども、次の年には町内会の会長さんたちの協力もあり、100 名以上のご近所の人たち がやって来てくれた。利用者さんも職員もてんてこ舞い。でも利用者さんと一緒に作った 毛糸のボンボン飾りや、花の苗なども売れてよかった。よかった。 このデイホーム(一軒家)を使って地区の消防訓練を行ったり、町の盆踊り大会に参加 したり、地域のいきいきサロンとつながったりとまさに地域に溶け込んだデイホームとな ろうとしていた。けれどもこのデイホームは閉じることとなった。(した。)その理由はい ろいろとある。まあ、赤字続きだったというのが一番大きいけれど…。ちょっとコンセプ トとして時代を先駆けすぎたかな…。 けれどもどこよりも利用者思いのデイであり、スタッフの創造力を活かしたデイであっ たことには間違いない。(やめちまったら何を言っても仕方ないけれどね…。) (3 年間のうち 2 年半管理者を務めた) 夢のデイホームは幻へと消えた…。 けれども時に挫折は次の力となる!
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