無脊椎動物由来溶血性レクチンの細胞膜孔形成機構

今日の話題
無脊椎動物由来溶血性レクチンの細胞膜孔形成機構
CEL-Ⅲによる膜孔形成メカニズム
地球上において生物はその生存のために常に周囲の生
合体結晶構造解析の報告例は 2 つのタイプの PFT の報
物との戦いを強いられており,それは微生物などの侵入
告があるのみ (5, 6) であり,メカニズムに関する知見は限
生物とそれに対する動物の免疫系との戦いや捕食者と被
定的なものであった.一方,CEL-Ⅲはほかのどの PFT
食者の関係など,細胞・個体レベルの両面において,ま
とも配列に相同性を示さないことから,メカニズムに関
たさまざまな生物種固有の生活環境において,極めて複
してもユニークなものであることが推定された.そこ
雑多岐にわたる関係性の中での多様な戦いであることは
で,CEL-Ⅲによる膜孔形成メカニズムの解明を目的と
想像に難くない.そのような多様かつ複雑な関係性の中
して,筆者らにより CEL-Ⅲ膜孔形成複合体の結晶構造
で,個々の生物種は固有の毒を有することで敵との戦い
解析が行われた (7).
の武器としており,その武器は進化の過程で多種多様に
明らかになった CEL-Ⅲの膜孔形成複合体結晶構造は,
獲得されかつ最適化されていることは,これまでに報告
直径 115 Å×高さ 135 Åの巨大な「画鋲型」構造を有し
されている生物毒の種類の豊富さや,現在でも日々報告
ており,既知の PFT 複合体構造とは共通性を有しない
されている新規生物毒から伺い知ることができる.生物
極めてユニークな 7 量体構造であった(図 1D).画鋲の
が有するタンパク質毒としてこれまでに報告されている
針に相当する部分は β バレル構造を形成し,この部分が
ものは 300 種類を超え,その報告数のうち 3 分の 1 以上
細胞膜を貫通していることが推測された.また,画鋲を
を占める最も主要なものは,膜孔形成毒素(Pore-Form-
指で押す面とは反対側の面に糖結合部位(合計 35 サイ
(1)
ing Toxin; PFT)と呼ばれる毒素タンパク質である .
ト)が集中していることから,この面でターゲットとす
PFT はターゲットとする細胞の細胞膜に穴(膜孔)を
る細胞膜表面上の糖鎖と結合し,それにより膜孔形成複
開ける機能を有しており,いったん PFT により低分子
合体が細胞膜上で強力に固定されていることが推測され
が通過可能な膜孔が空けられると,細胞膜内外の浸透圧
た.CEL-Ⅲは通常水溶性モノマーとして存在し,ター
差により細胞が膨張・破裂することで,その細胞は物理
ゲットとする細胞膜表面上にさらされた場合のみ,その
的 か つ 完 全 に 破 壊 さ れ る こ と と な る. こ の よ う に,
膜上で膜孔複合体化を行う.以前明らかにされている水
PFT による細胞破壊作用は極めて強力なものであり,
溶性モノマーの結晶構造 (4, 8) と,今回明らかにされた膜
各種生物における生存もしくは攻撃のための武器として
孔形成複合体の結晶構造の比較から,CEL-Ⅲによる膜
多様な PFT が機能し,また病原性微生物の PFT がヒト
孔形成のメカニズムが明らかとなった(図 1)
.CEL-Ⅲ
に対する毒性発現に深くかかわっている事例も多数報告
は,ターゲットとする細胞膜上の特異的糖鎖との結合を
(2)
されている .
行うことで,それが引き金となりドメイン 3 の相対的な
PFT の一種である CEL-Ⅲは,九州は玄界灘周辺の海
配置の移動が生じる.次に,その移動により生じた新た
)と呼ばれる小
な表面同士が会合し,7 量体のプレポア構造が形成され
型のナマコの体内から発見され,その発見と同時に
る.プレポア構造においてドメイン 3 に含まれる 2 本の
底に生息するグミ(
(3)
CEL-Ⅲの溶血性レクチンとしての活性が確認された .
ヘリックスを含む領域が,長い 2 本の β シートへと二次
CEL-Ⅲの溶血性レクチン活性とは,CEL-Ⅲが PFT の機
構造変換を行い,その β シートにより膜貫通 β バレル構
能である溶血活性と,レクチンの機能である糖結合活性
造が形成される.この二次構造変換と膜貫通へと至る自
を併せ持つことを意味している.細胞膜の表面は,その
発的な構造変化には何らかのエネルギーが必要であると
生物種に固有の糖鎖構造を有していることから,CEL-
思われるが,上記領域の水素結合数は構造変化に伴いモ
Ⅲはターゲットとする細胞膜上での膜孔形成の際に特異
ノマーあたり 24 個増加することになるため,この水素
的糖鎖認識と糖鎖への結合がかかわり,その結合が引き
結合数の増加がドライビングフォースとして構造変化が
(4)
金となって膜孔が形成されることが示唆された .PFT
による膜孔形成メカニズムに関しては,その膜孔形成複
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進行することが推測された.
驚くべきことに,CEL-Ⅲの膜孔形成反応に伴うこの
化学と生物 Vol. 53, No. 2, 2015
今日の話題
図 1 ■ CEL-Ⅲ膜孔形成複合体の立体構造,
およびその推定膜孔形成メカニズム
(A)CEL-Ⅲの水溶性モノマー構造(左)お
よび そ の 細 胞 膜 表 面 糖 鎖 へ の 結 合(右)
.
(B)ドメイン 1 および 2 への糖鎖の結合が引
き 金 となり,ド メイン 3 の 移 動 が 生 じ る.
(C)ドメイン 3 の移動により現れた表面を介
して互いに会合し,ドーナツ型の中間体 7 量
体 構 造(プ レ ポ ア 構 造) が 形 成 さ れ る.
(D)プレポア構造から α ヘリックス→ β シー
トへの二次構造変換を伴う β バレルの形成に
より,膜孔形成複合体構造が完成する.
α へリックスから β シートへの大規模な二次構造変換
は,PFT としては最も報告例が多いコレステロール依
存性サイトリシン(CDC)ファミリー,および哺乳類
の自然免疫機構にかかわり侵入微生物の細胞膜に膜孔を
形成する MACPF ファミリーにおいて,電顕解析から
推定されているメカニズム (9, 10) と共通していた.CELⅢは,それらファミリーとは配列に相同性を有せず,ま
たそれらとは立体構造,膜孔複合体を構成するオリゴ
マー数,および由来する生物種についても大きく異な
る.それにもかかわらず,それらと β バレル形成におけ
る二次構造変換メカニズムが共通することを示唆する知
見は,タンパク質構造多様性の極限におけるメカニズム
の共通性という点で非常に興味深い.
日本近海は,極めて多様な生物が棲息する生物多様性
4) T. Uchida, T. Yamasaki, S. Eto, H. Sugawara, G. Kurisu,
A. Nakagawa, M. Kusunoki & T. Hatakeyama:
, 279, 37133 (2004).
5) L. Song, M. R. Hobaugh, C. Shustak, S. Cheley, H. Bayley
& J. E. Gouaux:
, 274, 1859 (1996).
6) M. Mueller, U. Grauschopf, T. Maier, R. Glockshuber &
N. Ban:
, 459, 726 (2009).
7) H. Unno, S. Goda & T. Hatakeyama:
, 289,
12805 (2014).
8) T. Hatakeyama, H. Unno, Y. Kouzuma, T. Uchida, S. Eto,
H. Hidemura, N. Kato, M. Yonekura & M. Kusunoki:
, 282, 37826 (2007).
9) S. J. Tilley, E. V. Orlova, R. J. C. Gilbert, P. W. Andrew &
H. R. Saibil:
, 121, 247 (2005).
10) R. H. P. Law, N. Lukoyanova, I. Voskoboinik, T. T. CaradocDavies, K. Baran, M. A. Dunstone, M. E. D Angelo, E. V. Orlova, F. Coulibaly, S. Verschoor
:
, 468, 447 (2010).
11) K. Fujikura, D. Lindsay, H. Kitazato, S. Nishida & Y.
Shirayama:
, 5, e11836 (2010).
のホットスポットと呼ばれている (11).その敵だらけの環
境 に お い て,グ ミの CEL-Ⅲは 高 等 生 物 の 細 胞 に 対 し
PFT として機能することで,魚類などの捕食者に対する
忌避物質の役割を担っていると考えられる.PFT を筆頭
にタンパク質機能を極限まで発達させ,それらを武器に
日本近海でほかの生物と日々戦う様を空想しながら酒の
肴に食べるナマコの味は,ひと味違いはしないだろうか.
1) J. E. Alouf: Pore-Forming Toxins, ed. by F. G. van der
Goot, Heidelberg, Springer Verlag, 2001, pp. 1‒14.
2) F. C. O. Los, T. M. Randis, R. V. Aroian & A. J. Ratner:
, 77, 173 (2013).
3) T. Hatakeyama, H. Kohzaki, H. Nagatomo & N. Yamasaki:
, 116, 209 (1994).
化学と生物 Vol. 53, No. 2, 2015
(海野英昭,長崎大学大学院工学研究科)
プロフィル
海野 英昭(Hideaki UNNO )
<略歴>2006 年大阪大学大学院理学研究科
高分子科学専攻博士後期課程単位取得退
学/同年同大学蛋白質研究所特任研究員/
同年博士(理学)同大学/同年長崎大学工
学部助手/2007 年同大学助教,現在に至
る.2009∼2010 年英国インペリアルカレッ
ジロンドン客員研究員<研究テーマと抱
負>タンパク質の結晶構造解析をベースと
した構造生物学<趣味>ドライブ
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