文化のまちづくり:私たちは未来に何を残していくのか

文化のまちづくり:私たちは未来に何を残していくのか
垣内 恵美子
政策研究大学院大学 教授 1.はじめに
150年たらずの間に近代化を成し遂げた日本で
具体的な事例をあわせて紹介し、文化と地域づ
くりの関係を考えてみたい。
は、古いものを捨て、利便性や経済的な効率性
を優先してきた。
明治近代国家においては、文化も、西洋列強
2.文化の役割の再定義̶創造都市論と創造
産業
にキャッチアップするための重要なツールで
世界的に都市間競争が激化している中、美し
あった。このことは「文化」という言葉自体が「文
いカントリーサイド、おいしいレストランやリ
明開化」を基にした造語であったことにも示さ
ラックスできるカフェ、そして芸術文化など、
れている。この時期から西洋にルーツを有する
都市の文化的環境が人を惹きつけるという認識
美術や音楽を積極的に導入する一方、美術品な
が大きく広がってきている。
「創造都市」といっ
どの輸出を止めるべく固有の伝統や文化財の保
た概念も提唱され、クリエイティブ・クラスと
護が始まった。そして、第二次世界大戦後は、
「文
呼ばれる、個人の卓越した才能に依拠する専門
化的な国家」が、国家建設のスローガンとして
的職業人、例えばエンジニアや建築家、芸術家、
掲げられたものの、実際は経済的な発展にまい
デザイナー、法律家や投資銀行家といった人々
進することとなる。この流れの中で、文化は、
が新たな経済的価値を生み出すと考えられるよ
地域社会の特殊な一部分として、ともすれば、
うになった。そして、これらの人々を呼び寄せ
開発との対立軸の中に位置付けられてきた。
ることができる都市こそが発展するという
しかしながら、高度経済成長期を経て、経済社
(Florida, 2002)
。
会が成熟するに伴い、生活の質を求めて、暮ら
一方、個人の能力に大きく依拠する産業を成
しの中に根差した地域文化を再認識する動きが
長セクターとして育成することに力を入れる事
始まった。さらに、21世紀に入ると、食文化や
例も出てきている。英国では、創造産業(広告、
文化産業など、さまざまな文化的要素にまで関心
建築、美術と骨董、工芸、デザイン、デザイナー・
が寄せられるようになった。今日、文化を取り巻
ファッション、映画と映像、対話型娯楽ソフト
く環境は大きく変化したといってよい。この背景
ウェア、音楽、パフォーミング・アーツ、出版、
には、人々の意識の変化だけでなく経済社会の
ソフトウェアとコンピューター・サービス、テ
構造変化がある。グローバリゼーションの中、従
レビ・ラジオ)が、総付加価値の約5%を創出、
来のような企業誘致型地域発展から、より多様
輸出額の約9%を占め、総労働者数の約6%に
で内発的で持続的な発展を目指す必要性が痛感
あたる180万人の雇用を生んだという(2014年)。
されるようになった。この中で、新たな成長産業
産業の空洞化や雇用喪失、経済の衰退に直面す
としての観光への関心が高まり、交流人口拡大
る欧米諸国において、新しい成長産業への期待
に向けた資源としての文化の重要性も注目され
は大きく、上記の創造産業はEU産業政策の主
てきた。さらに、高付加価値を求めるビジネスに
要な対象分野の一つになっている。日本におい
おいても文化的要素への期待も高まっている。
ても、近年、創造都市論が紹介され、創造産業
本稿では、文化を巡る近年の国内外の議論と
に関連するクールジャパン戦略も導入された。
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垣内 恵美子(かきうち えみこ)
政策研究大学院大学文化政策プログラム教授。東京大
学会理事、日本計画行政学会評議員等。著書に「文化
学法学部卒、シドニー大学大学院経済学修士、東京大
財の価値を評価する:景観・観光−まちづくり」
「チケッ
、
学大学院工学博士。一橋大学教授などを経て、2004 年
トを売り切る劇場」、Culture, Creativity and Cities(い
より現職。専門分野は、文化政策。国土審議会計画推
ずれも水曜社出版)等。
進部会委員、茨城県文化審議会委員長、日本地域政策
しかしながら、統計データによれば、少なく
とも日本では、21世紀初頭において全産業で総
3.フランス、ナント市の挑戦
パリからTGVで約2時間、フランス西部に位
生産が微増する中、いわゆる創造産業は、製造業、
置するナント市は、ナントの勅令で有名な歴史
サービス業いずれも減少した。中核をなす動画
ある都市である。現在、人口約30万人弱、フラ
やゲームなどのコンテンツ産業も、2014年の市
ンスでも6番目に大きな都市であり、近隣の市
場規模は約12兆円で、ここ10年以上GDPの3%
町村を含むナントメトロポール都市共同体(人
を超えることはない。また、情報系のサービス
口約60万人)の中心でもある。ナントは、18世紀、
は大都市に集中しており、とりわけインターネッ
いわゆる奴隷貿易で非常に栄え、市の中心部に
ト関連で圧倒的に大きなシェアを占めるのは東
は各時代の優美な建造物群が残っている。また、
京である。一方、市場規模の大きなファッショ
19世紀に入り、鉄道も敷かれ、多くの工場が集
ン業界は、既に製造拠点の多くが海外に移され、
積し、後背地に広がる農業とあいまって、経済
伝統工芸品産業は、ここ20年で、生産額、従事
的にも豊かな都市となった。しかしながら、20
者数ともに6割以上減った。クールジャパンが
世紀後半、主力産業の衰退が始まる。工場の撤退、
対象とするのは、経済基盤が脆弱で多種多様な
雇用の喪失は、人口の流出にもつながった。こ
零細中小企業群であり、今後、少子高齢化が進
の危機の中で、経済活性化、文化振興を公約に
む日本だけでなく海外展開も視野に入れながら、
掲げて市長になったのはジャン=マルク・エロー
成長に向けての環境や条件を整備していく必要
であった。ちなみに、彼は、現オランド政権で
もあるだろう。
首相を務め、現在は外務・国際開発大臣である。
文化と創造性、そして経済を巡る上記の考え
同市長のもとで始まった多くのプロジェクトは
方は魅力的だが、その定義さえ統一されたもの
現在も進行中である。なかでも象徴的なものは、
ではなく、客観的な検証はまだ緒についたばか
LU(Le Lieu Unique)とイル・ド・ナント・プ
りである。また、産業構造の高度化に伴って、
ロジェクトであろう。LUは、フランス国内でも
全産業で創造性やイノベーションの必要性が高
人気の高いビスケット製品のロゴだが、本社が外
まる中、実際のところ、どの職業、産業がクリ
国資本により買収され、駅前に位置する主要工場
エイティブなのかを線引きすること自体、容易
は、操業停止した後、長く放置されていた。この
なことではない。むしろ、これらの議論の要諦は、
LUの廃工場は、芸術文化団体をはじめとする
機能だけでなく、心豊かで上質な生活によって
様々な団体がいわば不法占拠し、彼らの活動が若
育まれる価値観や、アイディア、そして、感性
い世代を中心に多くの人々を惹きつけることと
に訴えるサービスの重要性を再認識することに
なった。この状況を見たナント市は、1990年代
あるのではないだろうか。同時に、文化が果た
半ばに、この廃工場を購入、特徼のあるランド
しうる役割には、社会包摂やコミュニティの一
マーク的な塔を含め(写真1)その一部をほぼ往
体感の醸成などといった効果があることも確か
時のまま、多目的スペースに変えた。現在、LU
である。以下、いくつかの事例を通じ、文化と
と呼ばれるこの施設には、手ごろな値段のレスト
地域活性化の可能性を検討する。
ランや、様々な活動が可能なギャラリー、カフェ
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やショップなどが
入っており、市民
の多様な活動拠
点となっている。
一方、ナント島
写真1 旧ビスケット工場
LU:le lieu unique
提供:ナント市
(イル・ド・ナント)
は、ロワール河の
写真3 Royal de Luxe
提供:ナント市
写真4 旧ゴーカート場
提供:ナント市
中洲に位置し、か
つてナント市の重工業の中心地であった。しかし、
基幹産業であった造船所は1989年にすべての操
業を停止、その他の工場も1980年代には撤退し、
汚染された自然環境が残った。そして、高い失
業率とともに地域も荒廃した。イル・ド・ナント・
プロジェクト(写真2)は、この広大な島を、
2001年から20年をかけて、文化、教育、観光、
レジャー、公園として蘇らせようとするものであ
る。テーマパークの中核には、巨大な人形を使っ
た路上パフォーマンスで知られる劇団ロワイヤ
いう危機感の下、これまでのような企業誘致型
ル・ド・リュクスが本拠を置く(写真3)
。また、
発展は困難であることを前提に、都市戦略の多
旧ゴーカート場は、情報設備と簡易なコンテナを
様化を図った。この時、従来は、視野にも入っ
入れたビジネスインキュベーション施設に改修
ていなかった「文化」に着目、その維持、創造
され、現在NPOや各種芸術団体、建築家や法律
に焦点を当て、都市計画や、新たな産業創出と
家などがテナントとなっている(写真4)
。
融合させながら、生活の質を高める零細中小企
ナント市は、そのまま手をこまぬいていれば、
一地方都市として埋没していくのではないかと
業の支援と育成を図ろうとしているといえよう。
そして、このプロジェクトは、フランスでも屈
指の規模を誇るナント大学とグランゼコール※、
環境に配慮したトラムや専用バスレーンの整備、
低所得者向けの公共住宅など、他のさまざまな
施策とあいまって、今日、フランスで最も住み
たい都市として知られるようになったナント市
の基盤となっているのである。
写真2 イル・ド・ナント・プロジェクト
提供:ナント市
※ フランス独自の高等職業教育機関。
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4.黒壁プロジェクト̶滋賀県長浜市
滋賀県東北部に位置する長浜は、現在人口約
12万人強、秀吉ゆかりの城下町として知られる。
江戸時代には姉川地域で生産される良質の生糸
を原料とする高級浜縮緬が主要産品であったが、
琵琶湖畔に位置するという地理的優位性を活か
した交易や商業も盛んなまちであった。明治期
写真5 長浜曳山祭風景
には県下初の小学校がつくられ、鉄道も開通し
提供:長浜市
た。以下に述べる黒壁プロジェクトの中核となっ
型博物館である長浜城博物館の建設から始まっ
た旧国立銀行には、融資の担保であった縮緬を
たと言われる。長浜のシンボルともいえる秀吉の
保管するための蔵も設置されていた。しかしな
出世城が市民の寄付によって再建された後、長
がら、和装業の衰退とともに、モータリゼーショ
浜出世まつりや、きもの大園遊会、アート・イン・
ンと郊外拡散化、大型店の進出などにより、他
ナガハマなどのイベントが次々と開催されていく
の多くの地方都市と同様、中心市街地の衰退に
が、事態を打開するまでには至らず、1987年には、
直面した。JR長浜駅を中心に広がる市街地の商
駅前商店街の中心に位置し「黒壁銀行」の愛称
店街も、シャッター通りとなった。日曜日午後
で親しまれていた黒い漆喰塗りの洋館である旧
の1時間に、中心部に「人4人と犬1匹」しか
国立百三十銀行長浜支店の解体とマンション建
通らなかったという話はよく知られている。
設計画が表面化した。この時、危機感を抱いた
長浜は、東に伊吹山系の山々、西に琵琶湖を
地元財界人と市役所により、1988年に結成され
擁する優れた自然景観とともに、小谷城跡、姉
たのが第三セクター㈱黒壁である。㈱黒壁は、歴
川古戦場、竹生島の宝厳寺などの歴史的文化遺
史的な建物保存と中心市街地の活性化を両立さ
産が残り、秀吉の時代に始まったとされる長浜
せることを目的とし、郊外型の大型店舗の脅威に
曳山祭は、国指定の重要無形民俗文化財である
さらされない、住み続けられるまちを目指し、
「歴
(写真5)。この曳山祭は、豪華絢爛な舞台を有
史性」
、
「文化芸術性」
、
「国際性」を基調に、歴
する曳山(山車)の上で演じられる子供歌舞伎
史的なまちなみ景観の維持と芸術的なガラス産
であるが、市街地に住む家族の子弟が担ってき
業の創出を目的に活動を行うことで、多くの誘客
た。しかしながら、中心市街地で生活が成り立
に成功した(写真6、写真7−1、写真7−2、
たなくなるということは、地元経済の衰退にと
写真8)
。今日、長浜市の年間来訪者数740万人
どまらず、地域住民が担ってきたコミュニティ
のうち、およそ180万人強が黒壁訪問者であり、
の弱体化、ひいては地域文化の衰退をも招来す
黒壁ガラス館は、滋賀県内で随一の観光施設と
る。実際、市街地の定住人口の減少、高齢化は、
なっている(2014年滋賀県データ)
。
この国指定の重要無形民俗文化財にも打撃と
なった。
長浜の中心市街地の活性化は、1983年、城郭
この黒壁プロジェクトは、地域のランドマー
ク(アイデンティティ)を取り戻すための中心
市街地再生プロジェクトであったが、いくつか
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た新たなガラスの創作・販売は、古い街並みの
修景とともに、来街者にとって他にない新鮮な
魅力をもたらした。そして、もう一つ重要なこ
とは、多様な人材と適材適所の配置である。㈱
黒壁では、特に地元の若い女性達を雇用し、芸
術性の高いガラスの買い付けや展示を委ねた。
長浜の長い歴史に磨かれた彼女たちの感性を活
かした品ぞろえとディスプレイは、同年代の女
性たちに大きな共感を呼んだ。これがさらに相
写真6 黒壁スクエア
提供:㈱黒壁
乗効果を生み出し、今日のように多様な年代、
属性の観客を呼びこむことに成功した。実際、
黒壁訪問者による観光消費は、地域に多くの経
済的な効果をもたらし、これは空き店舗率が低
いことにも表れている。
よろこ
5.おわりに̶近き者説び、遠き者来る
文化は、何もしなければ、劣化し、消耗して
いく。人の手が加わることで初めて文化の価値
写真7−1 黒壁ガラス館外観
提供:㈱黒壁
写真7−2 黒壁ガラス館
内部
提供:㈱黒壁
は維持され、新たな文化が生み出される。これは、
人を惹きつける力となり、経済的な効果にもつ
ながっていく。今日、少子高齢化に伴う人口の
急激な減少、市街地の空洞化や限界集落の増加
が進む日本において、右肩上がりの経済の枠組
みを離れ、今一度地域の力を取り戻す必要があ
る。この中で、心豊かな生活を営み、地域が育
む文化的ストックを維持拡大しながら地域の活
写真8 黒壁作品
提供:㈱黒壁
性化につなげていく都市戦略、
「文化のまちづく
り」も選択肢の一つとして検討されてよいので
の成功要因が指摘できよう。まず、長浜市から
はないだろうか。そして、上述の事例から、そ
の出資比率が低い第三セクター方式であったこ
のための方向性がいくつか見えてこよう。
とにより、官の参加による社会的信頼を得なが
まず、いずれのプロジェクトにおいても、そ
ら、実際のマネジメントや意思決定は民間主導
の中心には、地域住民がしっかり組み込まれて
で行われ、機動的で柔軟な運営が可能となった。
いることである。ナント市は、文化振興によっ
さらに、既存の産業と競合しないために導入し
て市民の生活の質を高め、衰退した地域を再生
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させようとした。住民の文化活動を支援するた
観光に結び付いた。グローバリゼーションの中で、
めに、LUの廃工場を購入、リノベーションする
各地域が世界市場に垂直統合されていくのでは
ことに加え、人々が集い、生活の中で楽しむこ
なく、いわば内発的な発展が持続して可能にな
とができる新たな文化的な活動の拠点を、広大
るような仕組みをつくるためには、文化を含め
なナント島に作り出そうとしている。一方、長
多様な施策を長期的な視野に立って総合的に組
浜でも、他の地方都市同様、中心市街地の活性
み合わせていく都市戦略が求められるだろう。
化に取り組んだが、最も成功したのは、黒壁プ
文化は地域コミュニティ、市民によって作られ、
ロジェクトであった。そして、この黒壁プロジェ
支えられている。また、文化的な資源はいずれの
クトは、地域のランドマーク(アイデンティティ)
地域にもある。しかし、その活かし方は、成功事
を取り戻す、住民主導の再生プロジェクトであっ
例を単に模倣することでは得られない。文化を活
た。彼の地に暮らす人々が、誇りを持って、日々
かし、持続的な地域づくりを進めていくために
を心豊かに過ごし、楽しむことができてこそ、
は、その強みや価値をよく知り、住民の積極的、
地域の外からも多くの人々が訪れるのだろう。
自主的な参加、行動に結びつけることが何よりも
また、文化的ストックは、新たな価値が加わる
重要である。そして、これを支援する行政との横
ことでさらに大きな相乗効果を生み出す。ナント
断的活動、官民協調の上にたって、実行するた
も、長浜も、ランドマークを残すだけでなく、そ
めのシステム、組織が必要となるだろう。
の中に新たな文化的活動を呼び込むことで、現
在のような賑わいをもたらした。同時に、人材の
育成、発掘が果たす役割も重要である。イル・ド・
ナント・プロジェクトでは、デザインや芸術系の
学校、スタジオがこの島に集積し、とりわけ若い
才能を育てることに多くの努力が割かれている
ことに留意したい。また、黒壁プロジェクトでは、
芸術的なガラス作品を創るアーティストを育成
するとともに、若く感性豊かな人材をスタッフと
して、住民の中から発掘することに成功した。地
域の人材をしっかり育成し、その活動の場を提
供していくことで、はじめて新たな価値を創出す
ることにつながるのではないだろうか。
さらに、文化は、産業やまちづくりなど他の
参考文献
一般財団法人 デジタルコンテンツ協会「デジタルコンテン
ツ白書2015」
垣内恵美子編著 (2011)「文化財の価値を評価する 景観・観
光・まちづくり」水曜社
Department for Culture Media & Sport (2016) Creative
Industries Economic Estimates January 2016
https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/
attachment_data/file/523024/Creative_Industries_Economic_
Estimates_January_2016_Updated_201605.pdf
Florida, R. (2002) The Rise of the Creative Class, Basic
Books : New York
Kakiuchi, E. & X. Greffe, eds. (2015) Culture, Creativity and
Cities, Suiyo-Sha
Kakiuchi, E. (2013) 'Japan: Tokyo', in Asian and Pacific
Cities: Development Patterns, Shirley, I., & C. Neil, eds.,
pp.98-111, Routledge
政策との相乗効果によって、大きな成果を生み
出すことにも注目したい。ナントでは、都市計
画や産業、教育政策などとの協働により、住み
よいまちを作り出し、長浜では、新たな産業と
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