オゾンは救世主?厄介者?

オゾンは救世主?厄介者?
フォン太
ご存知のとおり、オゾン層は太陽から容赦無く降り注ぐ紫外線から我々を守ってくれてい
る。そう、オゾンは救世主である。しかし、ちょっとマテ。それは地上から数十 km も離れた上
空での話。地上付近のオゾンはそんな救世主まがいなことしてくれない。聞いた話じゃ、光
化学スモッグ、延いては地球温暖化にまで加担しているという。なんと、オゾンは厄介者で
もあった。
はて、オゾンとは一体何者なのであろうか?今回はオゾンについて調査してみた。
もちろん公害研的観点で。
<一>オゾンとは何奴?(化学的観点より)
オゾン[英 : ozone]は分子式(O3)。酸素(O2)の同素体で、酸素を無声放電させると生じ、
常温では徐々に分解し酸素に戻る。特有の臭いのある酸化力の強い有毒微青色の気体で
殺菌、消毒、漂白等の効果がある。身近な所ではコピー機の裏などで発生しており、そこで
臭いを確認することが可能。大気中では大部分が成層圏付近の上空 15km〜45km にオゾ
ン層として存在し、地球を取り巻くように分布している。また、オゾンはそれ自体が温室効果
ガスである。分子量 48.00。沸点-112.4℃。融点-249.7℃。密度 2.14[g/l]。
図 1 酸素分子とオゾン分子
[出典] 化学総合資料
<二>オゾン層とオゾンホール
「オゾンホール」という言葉を聞いたことが無い人はおそらくいないだろう。この章ではオ
ゾン層とオゾンホールについて軽くまとめてみる。
上空 15km〜45km の成層圏一帯にオゾン密度が高い場所がある。これがオゾン層である。
オゾン層は、皮膚の炎症や皮膚癌の原因となる紫外線を吸収してくれる、生命にとって非
常に重要なものである。地球生命が誕生したのはこのオゾン層のおかげである、という説も
ある。オゾン層内では以下のような化学反応によって、オゾンが作られる。
O2 + hv → 2O・
O・ + O2 → O3
ところで近年、南極上空の成層圏付近にオゾン濃度が極端に低い所(オゾンホール)が
存在することが発見された。このオゾンホール破壊の元凶物質は塩素(Cl)である。冬の北
南極では気温が下がると成層圏に強い西風が取り巻く。これは極夜渦と呼ばれ、この渦の
影響を受け極成層圏雲(PSC)というエアロゾル(空気中のホコリ)の雲が形成される。この雲
の渦の中で Cl と O が不均一に反応し活性塩素(ClOx)が生成され、これが成層圏のオゾン
破壊の一役を買う。
図 2 活性塩素とオゾン破壊の仕組み
[出典] 成層圏オゾンの破壊メカニズムの研究
一方、冬が過ぎて暖かくなっていくと ClOx は ClONO2 や HCl などオゾンと直接反応しない
不活性な物質に変換され、オゾン破壊は減少する。オゾンホールが拡大するのが主に春
先までであるのはこのことが理由である。
さて、この問題の塩素はどこからやってくるのかというと、我々の作り出したフロン類から
現れるのである。フロン類は炭素、水素、塩素、フッ素などからなる化合物であるが、太陽か
らの紫外線により分解する。我々の製造したフロン類は対流圏から成層圏まで何十年もか
けて達する。成層圏では赤道上から極へ気流が流れており、これに乗じたフロン類は北南
極に達する。こうして、極付近にオゾンホールが形成されるのである。
<三>光化学スモッグ詳細
オゾンが関連している都市公害の一つに光化学スモッグがある。この三、四、五章では
光化学スモッグについて詳しく見てみよう。
工場や自動車から大気中に排出された一次汚染物質である窒素酸化物(NOx)と揮発
性有機化合物(VOCs)は、太陽光線に含まれる紫外線を受けて化学反応(光化学反応)を
起こし変質する。この発生物質は光化学オキシダントと呼ばれる光化学スモッグの原因物
質で、オゾン(O3 )、アルデヒド(R-CHO)、パーオキシ・アセチル・ナイトレート(PAN:
RCO3NO2)などの酸化性物質から成るが、主成分はオゾンで 9 割以上を占める。
光化学スモッグが発生する季節は主に夏(4 月から 10 月にかけて)で、日射が強い、気
温が高い(日中 24℃以上)、風が弱い(平均風速が秒速 4m 以下)などの条件がそろうと、
光化学オキシダントが大気中で滞留する。その際、上空が霞んで、白いモヤがかかったよう
な状態になるが、これが光化学スモッグである。
この光化学スモッグを浴びてしまうと目がチカチカする、のどに痛みを感じる、皮膚が赤く
なる、などの症状が現れるようになる。酷い時は、めまい、頭痛、発熱、嘔吐、意識障害を起
こすときもある。これらの治療法は、洗眼やうがい、シャワーを浴びるなどして患部を清浄す
ることだが、一番の対策は発生中外に出ないことである。
光化学オキシダント濃度が高くなると注意報が発令される。詳しく言うと、光化学オキシダ
ント濃度の 1 時間値が 0.12ppm 以上になりそうな場合に予報、0.12ppm 以上かつ気象条件
などからみて今後もその状態が継続すると考えられる場合に注意報、0.24ppm 程度を越し
た場合に警報が発令される。上記のような気候条件が揃った時には、注意すべきである。
<四>光化学スモッグの化学的発生過程
工場や自動車から排出される窒素酸化物(NOx)の大部分は一酸化窒素(NO)である。こ
の NO が大気中で酸化され二酸化窒素(NO2)になる。光化学オキシダントの主成分オゾン
(O3)はこの NO2 が紫外線によって光分解することによって生成される。NOx だけが大気中
に存在する場合、ここで発生したオゾンは先に述べた NO の酸化に用いられる、増えも減り
もしない。しかし、ここで炭化水素(HC)が存在すると次のような反応が起こる(図 2 参照)。
図 3 光化学スモッグの化学的発生過程
[出典] 広域大気汚染―そのメカニズムから植物への影響まで− P22
すなわち、オゾンを消費させること無く NO→NO2 の酸化反応サイクルが進む。このとき発生
する NO2 は上で述べたとおり、紫外線による光分解でオゾンが発生する。結果オゾンが増
え続けるということになる。
<五>光化学スモッグの発生件数の増加
1945 年代のアメリカのロサンゼルス州で初めて観測された光化学スモッグは、1970 年代
高度経済成長期の日本の都市部を猛襲した。その後、排ガス規制や排気処理技術の進歩
などにより、光化学スモッグの発生件数は減った。しかし、近年、光化学スモッグが再び都
市部に現れ始めた。この原因は正確には分かっていないが、以下の 3 つの説に起因する
のではないかと考えられている。
1-1 ヒートアイランドの影響
ヒートアイランドとは、都市部の気温が周辺地域と比べ高くなる現象である。詳しくはこの
パンフレットのヒートアイランドの項目を参照して頂きたい。静岡大学で行われたシミュレー
ションによると、地上の気温が数℃上昇すると、地上のオゾン生成の化学反応が加速しオゾ
ン量がかなり増加するという。このことから、近年の光化学スモッグの増加にヒートアイランド
が関係しているのではないか、という説が提言されている。
1-2 紫外線量の増加
紫外線が成層圏オゾンを破壊することは 2 章でも示した。しかし同時に紫外線が対流圏
オゾンを生成することは 4 章でも示した。上空のオゾンが減り、大量の紫外線が地上まで届
くようになると地上のオゾン生成量が増える。高層気象台の観測によると、上空オゾン層の
オゾン量が徐々に減少している。また、国立環境研究所の若松伸司氏によると、観測では
成層圏中の微粒子の量が減ってきているという。このように成層圏のオゾン層や微粒子の
減少による紫外線量の増加が、光化学スモッグの発生件数の増加に拍車をかけていると考
えられている。
1-3 海外からの飛来
以上 2 つの説は、オゾンの生成増加を指摘したものだが、3 つ目の説は外部からの流入と
いうものである。具体的には中国からの流入というものである。地球環境フロンティア研究セ
ンターの秋元肇プログラムディレクター(理学博士)は次のように語っている。
「今までは自動車の排ガス規制なども厳しくなり、国内での光化学オキシダントの原因物質
の放出はずっと減少してきた。なのに、なぜ増加傾向にあるのか。これは急成長を遂げている
中国からの越境汚染が主な原因と考えられます」
秋元博士らによる人工衛星の観測データの解析によると、中国上空で二酸化窒素
(NO2)濃度が 90 年代後半から増加し続け、年 8%程度の割合で上昇している(1996〜
2002 年)。
「NO2 は1日程度で分解され日本には届きませんが、オゾンに変化すると分解には 2 週
間から 2 カ月かかる。それが流れ込んで日本の濃度が平均して上昇しています」(同氏談)
中国では大気中の汚染物質濃度は未公表であるので真偽は不明であるが、可能性とし
ては十分に考えられる。
<六>オゾンとの関わり
1〜5 章でオゾンについて色々見てきたが、どうオゾンを「救世主」や「厄介者」の一言で
片付けること自体に無理があったようである。しかし、ちょっと考えてみよう。オゾンを「厄介
者」化させていたのは他ならぬ我々人間ではないだろうか。かつて地球はオゾンをあたかも
「救世主」のように見立て、オゾン層として我々にその恩恵を授けてくれた。しかし現在の
我々は科学という恩恵を真に受け、空気のような存在として我々に恩恵を与え続けている
「救世主」としてのオゾンを破壊し、挙句の果てそのオゾンを自らの身に「厄介者」としてしま
っている。どうやら、これからの人間とオゾンの関わり方をもう一度見直す必要がありそうだ。
<♨>参考文献
広辞苑(第五版)[岩波書店]
化学小事典(第 4 版)[三省堂]
化学総合資料[実教出版]
広域大気汚染―そのメカニズムから植物への影響まで−(共著:若松伸司、篠崎光夫) [裳
華房]
サイエンス ZERO―光化学スモッグ 再発のなぞを追う―↓
http://www.nhk.or.jp/zero/dsp20.html
懐かしの「光化学スモッグ」復活!?↓
http://www2.health.ne.jp/library/5000/w5000479.html
Wikipedia「光化学スモッグ」↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E5%8C%96%E5%AD%A6%E3%82%B9%E3%83%A2
%E3%83%83%E3%82%B0
大気汚染物質広域監視システム(そらまめ君)ホームページ
http://w-soramame.nies.go.jp/MainOxMap.php?BlockID=03
成層圏オゾンの破壊メカニズムの研究
http://www.ics.nara-wu.ac.jp/lab/ozonegroup/studym.html
オゾンホール
http://members.jcom.home.ne.jp/stolatos/essay2/ozon.htm
夕刊フジ BLOG
http://www.yukan-fuji.com/archives/2006/05/post̲5854.html