2つの石油危機における国際石油メジャー

関東学院大学『経済系』第 233 集(2007 年 10 月)
特別寄稿論文
2 つの石油危機における国際石油メジャー
International Petroleum Majors in the Oil Crises
廿日出 芳 郎
Yoshiro Hatsukade
要旨 第 2 次大戦後,世界が経験した 2 回の石油危機とそれぞれにおける国際石油メジャーの投資
行動の比較を中心に議論した。国際石油メジャー最大手のエクソンは今回の石油危機においては投
資に慎重だという際立った特徴があるが,その背景には,大油田の新発見がないこと,地球的な環
境問題の深刻化など,今世紀のエネルギー事情がある。このような事情のもとでの世界の将来エネ
ルギー像を見通すことを試みている。
キーワード 国際石油メジャー,石油危機,再生可能エネルギー
はじめに
1. 2 つの石油危機
2. 国際石油メジャーの石油危機への対応
3. エネルギー供給の将来
1.
はじめに
第 2 次大戦後,世界は 2 回の石油価格の大幅な
2 つの石油危機
最初の石油危機は,1973 年の OPEC の石油禁
高騰の時期を経験している。すなわち,1970 年代
輸を契機に始まった。OPEC は原油価格を一方的
から 1980 年までと 2003 年以降の 2 回である。こ
に値上げした。すなわち,1 バーレルが 1 ドル台
こでは,これらの価格高騰を石油危機と呼ぶが,
の原油は 6 ドルに,約 4 倍に値上がりした。「一方
これら 2 回の石油危機の比較検討は興味深い研究
的に」というのは,それまで国際石油会社が決め
テーマである。
ていた原油価格を,産油国がはじめて自らの判断
本論文は,2 つの石油危機における国際石油メ
で決めたのだが,中東産油国は続いて,外国石油
ジャーの投資行動の比較を中心に議論を進めるが,
会社の所有する生産設備をふくむすべての石油資
そのなかから世界の将来のエネルギー供給のあり
源を完全国有化した。
方が少しずつ見えてくるように思われる。
ただし,価格上昇については,背景に需給関係
1970 年代には投資に積極的だった国際石油メ
の変化があったというのが実態であった。エクソ
ジャー最大手のエクソンは,今回の石油危機にお
ン社幹部は,当時の議会において「まず重要なこ
いては投資に慎重であることは,しばしばすでに
とは,我々の直面する問題が単なる短期的な偶発
指摘されているとおりである。
事件ではないことを理解することである。たしか
しかし,その投資姿勢の変化の背景には,エネ
に最近 2,3 年の政治的事件,とくに 1973 年 10 月
ルギー資源の限界と需要の増加,地球的な環境へ
のアラブイスラエル戦争はドラスチィックな石油
の関心の高まりなどがあり,これらのファクター
不足と価格急騰をもたらした。しかし,より長期
は将来のエネルギー供給のあり方を大きく左右す
的視点から判断するならば,今日の状況は長期需
るものである。
— 102 —
2 つの石油危機における国際石油メジャー
給関係の産物である。
」と証言した1) 。石油危機は
2.
国際石油メジャーの石油危機への対応
偶発的というより,長期の需給関係からの価格騰
2.1
貴だというのである。
1970 年代の対応
すなわち,需要面では,豊富で低廉なエネルギー
前回の石油危機には,石油値上がりで得た利益
としての石油の市場は西欧と日本において拡大し
を国際石油メジャーは,大規模なエネルギー開発
た。1960 年代の西ヨーロッパ,日本におけるエネ
投資に投入した。当時は,2 つの大きな投資分野
ルギー革命と経済成長で,中東石油の需要は飛躍
があった。大規模油田の新規開発とエネルギー多
的に増加した。他方,供給面では,米国の石油生
角化である。
産がピークを過ぎて,石油輸出国から輸入国にな
第 1 に,大規模油田は 1970 年代初頭に北海,ア
り,中東からの石油輸入が増加したため,全体的
ラスカの 2 大油田が相次いで発見され,開発が進
に世界の石油需給はタイトになっていた。
められた。後にこれら油田の原油生産の本格化に
当時,日本や西ヨーロッパの一般市民は,消費
よって,原油生産が地域的に分散化され,原油供
拡大のために安値販売をしてきた石油会社が,石
給の中東への依存度の低下と OPEC の価格支配力
油消費の普及とともに価格を吊り上げたという印
を殺ぐことが期待された。
象をもった。
アラスカ油田は 1977 年に生産開始し,一時は日
1982 年以後,原油価格は低落し,石油危機の時
量 180 万バーレル以上を産出した。北海油田の生
代は過ぎた。北海・アラスカ油田などからの供給
産は 1980 年代初めから本格的に開始し,1999 年
増加と消費低迷で需給が緩和した結果である。
のピークには日量 600 万バーレルに達した。国際
しかし,長期的にみると世界の石油需要は増加
石油メジャーにとって,これらの大油田は,欧米
傾向が続き,1970 年の日量 4400 万バーレルから,
諸国にとって OPEC 産油国の支配を受けない,貴
2005 年の 8110 万バーレルへと,さらなる大量消
重な自前の石油資源となった。
費の時代を迎えていた。
第 2 の投資分野は,エネルギー多角化投資であっ
そして今世紀初頭にはアジア諸国の需要増加が
た。1970 年代に,石油メジャーは石炭,原子力,
加わり,2003 年ころから石油価格の上昇が再び始
オイルシェールなど多数の分野への多角化投資に
まった。今回の価格騰貴は政治的事件をともなっ
積極的であった。
た 1970 年代とは異なって,もっぱら需給関係から
生じたものである。
最初に石油メジャー各社が進出したのは,石炭
と原子力で,それぞれの採掘権,鉱区の取得から
需要面では長期にわたり低迷した需要が増加し
着手した。さらに,原子力では鉱区取得に続いて,
はじめたが,供給面では,1990 年代の投資不足の
燃料の採掘,加工,濃縮の各工程設備の建設に投
ために,供給余力が小さい。また世界的な資源枯
資を行った。また一部の石油メジャーは原子炉製
渇の懸念が生じているなか,オイルピーク論も人々
造に進出するため,大手原子炉メーカー(General
の関心を牽いた。そのようななか,つねに最後の
Dynamics)を買収した。
頼りの綱とされてきたサウジアラビアの生産能力
最大手のエクソン社は当時,独自の原子力発電
の成長予測に基づいて,原子燃料供給を将来の有
に疑問符がついたことが,投機を生んだ。
望事業と考え,ウラン供給事業の創出に積極的に
取り組んだ。すなわち,同社の 1975 年当時の見通
しでは,1990 年までの 15 年間に自由世界の原子
〔注〕
1)廿日出芳郎,奥村皓一,松井和夫『国際石油産業の変
貌とその影響』電力中央研究所報告,1984 年,8 ペー
ジ。Multinational Corporations and U.S. Foreign
Policy, Hearings, Part 9, pp.118–119
力発電量は 8.5 倍に増加し,そのエネルギー供給
量は当時の西半球の原油生産量に相当することに
なると予想した。
同社は,ウラン採掘からウラン濃縮,再処理ま
— 103 —
経
済 系
での,燃料サイクル全体を手掛ける一貫原子燃料
第
233 集
案件がないことである。
供給の事業化計画を進めた。とくに,ウラン濃縮
石油会社は,今でも原油生産継続に必要な投資
については,技術面で優位に立つ GE と共同で事
を続けてはいるものの,その重点は,既存油田から
業化を進めた。
の増産におかれ,次に新規油田の開発がある。既
国際事業での豊富なノウハウと長期的企画力を
存油田の増産がより重要視されて,原油生産を維
もつ同社の原子力事業への参入は,世界の原子燃料
持する上で比重が大きい。後者については規模が
供給の安定化に役立つものとの評価が当時あった。
小型のものしかなく,その多くは海上の沖合油田
しかし,1980 年代に入って,原油の供給過剰と,
米国での原発事故がかさなって,原子力発電の将
である。その沖合油田も深度が年々,大きくなり,
条件が悪化する傾向がある。
来の成長が見込まれないとの判断から,同社は事
石油生産については,これ以外にオイルサンド
業を縮小していった。そして,1980 年代後半,遠
からの石油生産があり,すでにカナダでは事業化
心分離法によるウラン濃縮事業を最後に,すべて
はあるものの,アスファルト状のオイルサンドか
の原子力燃料事業から撤退した。
らの石油生産には,多量のエネルギーを要するの
なお,エクソン等により確立された遠心分離法
によるウラン濃縮技術はその後,米国政府に継承
され,現在でも世界の標準的なウラン濃縮技術で
ある。
で,エネルギー価格の高騰とともにコストが上が
るという難点がある。
次に,エネルギー多角化投資は,前世紀の石油
危機において 1 つの重要な投資分野であったが,
あわせて,同社はオイルシェールから石油を生
産する壮大な『合成燃料プロジェクト』を構想した
が,石油価格の低下で採算の見込みが立たず,計
画倒れに終わった。
今回は,石油メジャーにとって 70 年代のような本
格的な投資対象はまだ見当らない。
代替的エネルギーについては,前世紀の重点の
1 つでもあった石炭は埋蔵量は大きいものの,そ
このように石油メジャーは,エネルギー多角化
の燃焼によって排出される 2 酸化炭素量が多いた
では成果を得られなかったものの,北海,アラス
め,世界的に環境問題への関心が高い今日の状況
カ油田開発には大きな成功を収めた。
では,従来の方法での利用増加は不可能に近い。
当時の国際石油メジャーは,産油国政府に中東
石炭の大量消費のためには,石炭液化・ガス化
石油資源を奪われ,石油価格支配力を失ったもの
による 2 酸化炭素排出削減が必要で,そのための
の,他の地域の油田開発によって,石油供給での
技術開発と設備投資が今後の課題である。
シェアー低下に歯止めをかけるとともに,エネル
石油会社にとって,当面は天然ガスが有力な投
ギー多角化の挫折により,石油の時代がなお継続
資先である。天然ガスは,温暖化ガス排出が比較
する結果となった。
的少なく,石油会社にとってすでに経験がある事
業分野である。しかし天然ガスは資源量が限られ
2.2 今世紀の対応
ていて,長期的な大量供給には限度がある。
今回の原油価格上昇は,2003 年ころから顕著に
より長期的には,環境負荷の小さく,かつ大量
なったもので,これによって国際石油メジャーの
生産が可能なエネルギーが必要である。現在,さ
収益は大幅に増加した。しかしその投資活動には,
まざまな再生可能エネルギーが候補に上がって本
1970 年代の石油危機時代当時のような積極さが見
格的な登場の機会をうかがっているが,持続可能
られない。石油値上がりによって増加した各社の
なエネルギーの実現の見通しはまだ立っていない。
キャシュフローはエネルギー開発投資には十分向
当面,国際石油メジャーにとって天然ガス事業
けられていないという印象である。
は,石油資源不足を補う重要なエネルギーであり,
その理由の 1 つは,前世紀の石油危機時とは異
少なくともそれは本格的な持続可能なエネルギー
なり,大規模油田発見がなく,有力な油田開発の
の大量生産の時代までの「つなぎ」としての意味
— 104 —
2 つの石油危機における国際石油メジャー
表 1 エクソン・モービル社の資本支出;1990 年代と 2000 年代(10 億ドル)
1990
1991
1992
1993
1994
総収入
116.9
116.4
117.1
111.2
113.9
純利益
5.0
5.6
4.7
5.3
5.1
資本支出
8.3
8.8
8.8
8.2
7.2
資本支出/総収入 (7.1%) (7.5) (7.5) (7.3) (6.3)
2002
2003
2004
2005
2006
総収入
200.9
237.0
291.2
358.9
365.4
純利益
11.4
21.5
25.3
36.1
39.5
資本支出
11.4
15.3
14.5
17.7
19.8
資本支出/総収入 (5.6%) (6.4) (5.0) (4.9) (5.4)
資料: 1990 年代はエクソン社,2002 年以降はエクソン・モー
ビル社の各年の年次報告書からのキャッシュフロー表
2.3
があると捉えられている。
決算書からみたエクソン社の投資動向
石油会社の投資の中心である油田探査・開発支
最大手エクソンの最近の投資姿勢を,その決算
出が低迷しているのは,大規模な案件がないこと
書の数値から示そう。表 1 は,2002 年から最近ま
からである。
での 5 年間及び 1990 年代最初の 5 年間について,
2005 年 3 月の証券アナリストへのスピーチにお
けるエクソン社会長の発言の要旨は次のとおりで
同社のキャシュフロー表から,売上高,純利益,資
本支出などを示している。
ある。「キャシュフローが増加しても,堅実なアプ
最近の投資について特徴的なことは,総売り上
ローチをとるという方針は変わらないし,パラダ
げに対する投資(資本支出)の割合が 5%程度で安
イムも変わらない。すなわち,株主への利益還元
定している事だといえる。
をしながら,開発投資を継続する。
2003 年から純利益は急増したが,投資額はそれ
投資の重点は,カタールの LNG(液化天然ガス)
に比例しては増加せず,近年は純利益を下回って
プロジェクトおよび GtoL プラントへの投資であ
きている。そのためエクソン社の投資姿勢は消極
る。」2)
的だと一般にいわれているが,同社はそれを堅実
すなわち,同社は,原油生産維持のための油田
探査・開発支出は継続しつつ,当面は未来への「つ
なぎ」としての天然ガス投資に重点を置いていて,
投資規模は限られている。
なアプローチと考えていて,その投資額は総売り
上げ高に連動して,5%程度の比率を保っている。
これと対比して,1990 年代初期は,原油価格が
低迷し,石油メジャーの投資活動が不活発な時期
エクソン社にとって,現在の投資機会は 1970 年
だといわれ,この時期の不十分な投資が,現在の
代に比していちじるしく小さく,そのため同社の
供給不足の原因だという指摘もあるくらいである。
投資態度は積極性を欠いていると一般に見られて
しかし,当時の石油メジャーの財務諸表の数値か
いる。
らは,そのような一般的な印象とは逆の傾向を見
ることができる。
対比のために,1990 年代の最初の 5 年間の同じ
2)LtoG プラントは天然ガスからガソリンを製造する
プラントで,中東でメジャー各社が建設しているが,
シェルグループのカタールでの事業は有名である。
項目の数値を示しておく。総売り上げに対する投
資の比率は 7%程度で,安定的であって,最近の比
— 105 —
経
済 系
率(5%前後)より大きい数値であり,さらに投資
第
233 集
り返すことは困難であろう。
額は各年の純利益をかなり上回る額になっていた。
企業にとって適切な投資機会が見当らない場合,
例えば,エクソン社の 1992 年の年次報告書によ
株主への配当と株式買い取り消却などは合理的な
ると,原油価格の平均がバーレル当り 17 ドルで,
選択肢であり,最近のエクソン社の行動もこれに
製品市場での競争激化によるマージン低下の下で,
従ったものであろう。
精製・販売部門コスト削減と原油生産維持のため
に高水準の投資が行われたとの記載がある一方で,
3.
エネルギー供給の将来
株主優遇の配当政策を継続し,減益の下でその年
3.1
も 12 年連続の増配を行った。
石油供給の限界
純利益を上回る投資を続けるためには,社債発
長期の石油生産の傾向を概観すると,世界の原
行や増資による外部資金調達が必要であったし,
油生産量は,1970 年の日量 4440 万バーレルから,
自己資本比率はわずかながら低下傾向にあった。
2005 年の日量 8110 万バーレルに増加し,この 35
また当時,エクソン社は資金調達の一手段にも
年間の平均では年率 1.7%で成長した(表 2)
。2005
なる「配当再投資プラン」を株主に対して推奨して
年までの 10 年間は,平均 1.8%の成長率で高めで
いた。このプランというのは,いわば選択的な株
あった。
式配当であった。すなわち株主はその選択で,配
1980 年代中期から 1990 年代は石油供給過剰と
当として現金配当とほぼ同額に相当する株数の普
価格低迷のため需要が伸びたが,近年は中国をは
通株式を受け取ることができるというものであっ
じめとする発展途上国の石油需要の成長が著しく,
た。この場合,株式配当は(現金配当と異なり)受
今後もこれが世界全体の需要を押し上げる大きな
け取り時点では非課税であるので,この租税面の
要因と見られている。
インセンティブによって株主から歓迎された。ま
中東は最大の原油生産地域で,世界生産の 30%を
たエクソン社にとっては,現金支出を少しでも抑
つねに維持している。米国の原油生産が世界全体
え,不足がちの投資資金を確保する効果があった。
に占める比率は,1970 年から 2005 年に 20%から
2003 年以来の今回の石油価格高騰は,石油メ
8%に,また生産量は日量 950 万バーレルから日量
ジャーにキャッシュフローの増加と資金的な余裕
680 万バーレルへと,比率,量とも大幅に減少した。
BP から 6 月に発表された 2006 年の世界の原油
をもたらした。
先のとおり,同社の投資額は増加はしたが,純利
生産量は,日量 8170 万バーレルであり,2007 年
益を下回る水準にとどまった。しかしこれは,エ
も 2%の増加が見込まれている。しかし,将来にわ
クソン社の投資行動が変化したというより,キャ
たり石油生産が増え続けることができるかについ
シュフローの急増に左右されないで,その投資額
ては,疑問視されている。
を一定のペースで増加させていることを示すもの
石油地質学者の学会がまとめた 2007 年の報告
だといえる。1990 年代と同様,大規模油田のプロ
書によると,世界の石油資源と油田開発の現状か
ら,世界の石油生産は最大限で日量 1 億バーレル
ジェクト投資の機会は見当らない。
前世紀の石油危機当時,北海とアラスカの 2 大
油田の発見と開発という大きな投資機会があった
が,現在はそれに見合う案件はまったくない。
であるとされている。
石油資源のうち,世界はすでに 1 兆バーレルを
消費し,残りは 1–3 兆バーレルであるといわれる。
エネルギー多角化についても,前世紀の石油危
もっとも,楽観的な見積もりは,米国政府機関
機当時と同様今日も,長期のエネルギー供給不足
(US Geological Survey)による 3 兆バーレルであ
のリスクはあるものの,それに対応して取り組ん
る3) 。ただし,この中には,普通,石油に含まれな
だエネルギー多角化投資の前回における挫折の結
いオイルサンドなどの超重質石油が約 1 兆バーレ
末があるため,エクソン社にとって同じ行動を繰
3)Homepage of USGS
— 106 —
2 つの石油危機における国際石油メジャー
表 2
世界の原油生産量(日量百万バーレル)
。
( )内は全世界に占める%
全世界
1970 年
1980 年
1995 年
2005 年
44.4
59.6
68.1
81.1
うち中東 13.6(31%) 18.2(31) 20.2(30) 25.1(31)
米国
9.5(21%)
8.6(14)
8.3(12)
6.8 (8)
資料:BP statistical Review of World Oil
ル含まれるほか,未発見の 7000 億バーレルまで含
最近 30 年間,世界最大の原油供給地域であっ
まれている。超重質石油は常温では固体で,採掘
た中東の中でも,サウジアラビアは最大供給国と
等の生産過程で加熱が必要であり,多くのエネル
して,安定供給に貢献してきた。2003 年以降の世
ギーが消費される。これらを除くと,原油資源の
界の石油需給の逼迫する局面でも大幅増産を行い,
残量は 1 兆 3000 億バーレルに過ぎず,慎重な見
生産拡大が可能な唯一の国としての役割を果たし,
積もりとかけ離れた数値ではない。
今後も究極の供給国として期待されている。
世界はすでに 1 兆バーレルの石油を消費したが,
事実,北海,アラスカなど,1970 年代に開発さ
最初の 1 兆バーレルは 150 年をかけて消費した。
れた大規模油田の生産が 20 年余りで,早くもピー
しかし,今の世界の消費のスピードでは,次の 1
クを過ぎ,減衰するなかで,サウジアラビアの巨大
兆バーレルを消費するためには,わずか 30 年しか
油田が独り 1950 年代から 50 年以上にわたって,
要しない。
高水準の生産を続けてきたのは,
『奇跡』と呼ぶに
この水準での原油生産が長期的に持続可能でな
ふさわしい。しかし,どのような大規模油田にも
いことは石油専門家を含む人々に共通の認識とな
資源の限界は存在するし,
『奇跡』もいつかは終わ
りつつある。
りが来ると考えるほうが自然である。
ところで,2005 年に世界の石油供給の将来への
さらに,それに替わる新規の大規模油田の発見
見方に大きな波紋を引き起こした 1 冊の書物が出
は,最近 30 年間まったくないといってよい。ま
版された。Twilight in the Desert (邦訳:マン
た,現在操業中の油田の生産開始からの経過年数
リューシモンズ『投資銀行家が見たサウジ石油の
の統計でも,大規模油田は小規模油田よりも年数
4)
真実』日経 BP 社)である 。
が大きく,新規に開発された油田が小型化してい
それは最大の石油供給国であり,これからも究
る傾向は明らかである5) 。
極の供給国として期待されているサウジアラビア
今世紀に入ってからの石油消費の伸びを考慮す
の石油資源の過去と現状を精査し,その資源枯渇
ると,世界の石油消費量は地下資源量に比して過
の可能性を指摘したものである。著者は,石油関
大であり,将来の石油供給の持続性が疑わしい。
連の投資銀行 Simmons & company international
産油国,国際石油メジャー,投機家などの国際
を自ら経営する経営者で,米国政府・議会の記録
石油市場の主なプレーヤーのそれぞれの行動や思
から,産油会社の技術レポートまでを検討して,そ
惑が,国際石油市場の動向に影響を与えることは
の資源枯渇の可能性を指摘して,人々に衝撃を与
間違いないが,その背景に,過大な需要と資源の
えた。
限界があることは間違いない。
4)M.R. Simmons, Twilight in the Desert: The
Coming Saudi Oil Shock and the World Economy, John Wiley & Sons, 2005(邦訳:マンリュー
シモンズ『投資銀行家が見たサウジ石油の真実』日
経 BP 社,2006 年)
3.2
展望
長期的に石油の供給不足が見込まれる中で,エ
5)同上,532 ページ,表 B9「2000 年時点での巨大油
田の年齢と石油供給量」
— 107 —
経
済 系
ネルギー革命への期待が高まっている。
第
233 集
る。その中心は旧東ドイツで,世界第 2 位の Q-cell
原油の市場の現在の規模は,年間 2 兆ドルに近
社をはじめ,ソーラーパネルを製造する多数のメー
い。これは,現在の生産規模(日量 8500 万バー
カーがこの地域に出現し,地域の経済成長と新し
レル)と価格(バーレル当り 65 ドル)を前提にし
い雇用を生んでいる7) 。
た数値であるが,これに替わりこれを補うエネル
インドでも,ソーラーパネルの製造プラント建
ギーの大量供給事業は今世紀最大の投資機会であ
設が活発である。インドの Tata 財閥と英国に本
ると見られる。
拠をもつ国際石油メジャー BP の合弁会社,Tata
20 世紀の石油危機には石炭,原子力が有力視さ
BP solar 社は,2007 年 3 月に 3 万 6000 kw の製
れたが,今世紀には,環境面から再生可能エネル
造プラントを完成したのを手始めに,08 年までに
ギーが重視されている。
12 万 8000 kw のプラントを建設し,最終目標 30
事実,シリコンバレーにおいて,燃料電池から
万 kw のプラント建設計画を持っている8) 。
太陽電池までの様々の再生可能エネルギーの開発
再生可能エネルギーのなかでは,バイオマスが 1
はもっとも注目を集めるテーマとなりつつある。
次エネルギーの約 10%の比率で最大である。2003
「環境ビジネスはこれまで生み出されたどの市場
年以来の原油価格上昇を受けて,米国,ブラジル
よりも巨大になる」と言ったのは,有力ベンチャー
などでエタノール生産が増加したが,米国ではと
キャピタル・クライナー社の共同経営者の一人,
うもろこしを,またブラジルではさとうきびをそ
6)
れぞれ原料としたため,国際的な農産物相場に影
ジョン・ドーア氏である 。
シリコンバレーのグリーンテック・ネットワー
ク(環境ベンチャー投資動向調査会社)によると,
響を与えたことはよく知られているとおりである。
このエタノール生産ブームによって米国では穀
環境への投資は,2006 年には 29 億ドル(前年比
物生産農家を潤し,エタノール醸造ではウィスキー
78%増)で,投資分野としては IT,バイオテクノ
酒造会社の他に穀物農家が共同醸造所を新設して,
ロジーに次ぐ第 3 位だが,2010 年には 3 倍に増加
急速な需要増に対応している。
国際石油メジャー BP はバイオマス分野でも,
する見込みである。
風力発電,ソーラー(太陽光)発電は環境負荷
より効率的利用のためエタノールに替わって,よ
が最小のエネルギー生産であるが,今のところ世
りエネルギー密度の高いブタノールの導入のため
界の 1 次エネルギー生産における比率は双方をあ
の研究センターを計画しているなど,その存在は
わせても 0.1%に過ぎない。
大きい。しかし,BP の再生可能エネルギーへの
しかし,そのうち,風力に比して普及が遅れて
いたソーラー(太陽光)発電は,近年の成長が著
しく,最近 3 年間に年成長率 40%で急成長を遂げ
投資は総資本支出の 4%に過ぎず,同社の事業全体
のごく一部を占めるに過ぎない。
石油資源に限界があるため,将来も増大し続け
るエネルギー需要を充たすためには,石油以外の
ている。
現在ソーラー発電の市場規模(2005 年の設置分)
エネルギーの大量供給が必要になることはあきら
は,全世界で 146 万 kw で,第一位はドイツで 83
かである。市場規模の大きい自動車燃料市場でも,
万 kw,第二位は日本で 30 万 kw であった。
ガソリンのみで将来の需要を充たすとは考えにく
この分野で,これまで日本がリードしてきたが,
世界各地で新しい動きがある。ドイツは過去 10 年
く,これに替わるエネルギー開発が世界の大きな
関心事であり,その大半は再生可能エネルギーで
にソーラー発電に 15 億ドルの研究投資を行ない,
50 億ドルの産業を創出し,今では世界で設置され
ているソーラーパネルの 52%のシェアを占めてい
6)「米シリコンバレー・有力 VC の実像」
『日本経済
新聞』2007 年 6 月 22 日
7)“Eastern Germany’s Sunny Future”, Fortune,
May 28, 2007, p.16
8)Homepage of Tata BP solar Corporation またソー
ラー生産の統計は,
『日本経済新聞』2007 年 6 月 27
日,および太陽光発電協会資料などによる。
— 108 —
2 つの石油危機における国際石油メジャー
なければならないであろう。
造会社といった小規模生産者である。またその植
将来,燃料電池開発が完成し,大量生産が始ま
物原料,風力,ソーラーなどは広く存在し,誰に
れば,自動車燃料としての水素の大量需要が見込
も容易にアクセスできる。その意味で,再生可能
まれるので,その大量供給に備えた動きも世界各
エネルギーの生産には資源の希少性はほとんど存
国で以前からあるものの,それらはまだ初期の準
在しない。
備段階に過ぎない。
また規模の経済の面でも,従来の石油産業,電
再生可能エネルギーの大量供給が本格的な産業
力産業においては大規模生産,大量輸送の優越性
として成立するまでにはまだ長い時間を要するが,
は大きかったが,再生可能エネルギーの生産には
現在までの傾向からその特徴を垣間見ることがで
その作用は限定的であり,地域的に分散した小規
きるであろう。
模生産も成立が可能である。
前世紀のエネルギー産業は大企業による資源の
前世紀経済の前提である規模の経済と希少性の
支配と生産の集中を特徴としていたが,将来のエ
作用は,将来のエネルギー産業ではいく分,緩和
ネルギー産業の特徴はそれとは異なる面を持つこ
されることが期待できると同時に,再生可能エネ
とであろう。
ルギーは,貧困な途上国にも恩恵をもたらすこと
バイオマス生産では,その主役は穀物農家や酒
が期待される。
— 109 —