経常収支問題

4.経常収支問題:1990 年代を振り返って
当時の貿易黒字は日米貿易摩擦解消の最大の課題となっていました。国際経済学
的な視点では経常黒字は極めて自然な現象ですが、1980 年代当時のレーガン大統領
がその政策(レーガノミックス)によって大幅な財政赤字と経常収支赤字を発生させ
たことが、日本の経常収支の黒字をことさら注目させました。戦後大きな経常黒字に
より全世界に資産を増やしてきたアメリカが債務国に転落し、戦後疲弊してた日本
が最大の債権国になったこともアメリカをいらだたせていました。自国の将来の不
安、つまり世界に対する影響力の減退と裕福感の没落を懸念したアメリカ国民およ
び企業は、アメリカ政府に経済の改善を強く迫っていたのです。経済学的にはアメリ
カの経常赤字と財政赤字は、アメリカにおける消費性向の増大と貯蓄率の低下が招
いた結果であり、その過程で財を供給した日本が貿易黒字を発生させたのでした。
また、資金需要が強いアメリカ政府・アメリカ市場へ日本の資金が還流したことを、
異常な現象と決めつけることはできません。個別分野での貿易インバランス、とり
わけ日本が比較優位の立場にある貿易財を個別に取り上げて、マクロ的に問題を解
決しようとするアメリカ政府の圧力に対しては、経済学の立場から整理し直すこと
が重要です。
①経常黒字はなぜ生じるのか
経常収支は、国境を越えて起こった財やサービスの取引に関する指標です。その結
果としての収支の差(黒字・赤字)だけに注目していては、その背後にある国内外の
経済構造を見失う危険があります。経常収支はその国の生産と支出から生まれた目
に見える結果であり、一国の経済活動の氷山の一角にすぎないのです。生産と支出
の差を国内のバランスに焦点を当てると
経常収支 = 国内総生産 − 国内総支出 ・・・・・・・・・・・
(4-1)
となります。金融的な面からの経常収支は、国内総生産から消費と投資および政府
支出を引いたものであり(3-3)式でしめしたように、
輸出 − 輪入 = 国内総生産 − ( 消費 + 投資 + 政府支出 )
で表すことができました。よって(3-8)式が導き出せました。
経常収支 = 貯蓄 − 投資 + 政府財政収支
当時の日本とアメリ カを比較すると図表 4-1 のようになります。
図表 4-1
日本
アメリカ
1980 年代の日米の経常収支要件の比較
貯蓄 − 消費
プラス
マイナス
政府収支
プラス
マイナス
経常収支
黒字
赤字
レーガン、パパ・ブッシュ政権時代の経常収支をこの手法で分析すると、当時の
政策は、
① 景気刺激のための減税
② 強いアメリカを実現するための軍事費の増加
③ インフレ懸念対策としての高金利政策
であり、その結果としてアメリカ政府の財政赤字が発生しました。つまり、当時は
景気刺激策により消費性向が高まって貯蓄率が低下し、高金利政策から投資は抑制
されていたのに、政府支出が民間投資を大幅に越えた量になっていたことから、財
政収支が赤字になったのでした。
一方、日本はアメリカの政策とは逆の措置をとっていました。財政の健全化のた
めに引き締め策がとられて日本の国内景気は低迷していたが、アメリカの政策によ
る円安が輸出への転換を可能にし、輸出の増大が経常収支の黒字を増加させました。
※ ブッシュ Jr.大統領は、③がないだけで当時と同様な状況です。
※ 今日の日本は、大幅な財政赤字国になってしまいました。
②黒字は悪か
ところで日本の経常収支の黒字はどこへ行ってしまったのでしょうか。輸出で稼
いだお金は当然何かに利用されていたはずです。経常収支の黒字は貯蓄過剰から発
生しているのでした。その超過資金が国内で投資に回されず、海外へ流出していた
のでした。この結果、日本は海外に資産を持つことになりましたが、国民は経常収
支の黒字の恩恵に浴しているという実感を持ち得ない状況でした。 「日本の貿易黒
字は、失業の輸出である」との議論も出てきました。その主旨は日本が物を作って輸
出すれば外国での生産が減少し、その結果失業が増えるというものです。しかし、
貿易と失業は直接の関係はありません。とは言うものの世界的に有効需要が不足し
ている状況にあって、日本だけが突出した経常黒字を発生させていれば、外国の有
効需要が日本に吸収されてしまい、日本の輸出が失業の原因になり得ることは考え
られます。その場合でも労働市場の調整力があれば、資金調整を含みながらも失業は
解消するはずです。日本が経常黒字を出しているということは、これと同額の資金を
海外に供給していることです。国際収支は、
経常収支 = 貿易収支 + 貿易外収支 + 移転収支
資本収支 = 長期資本収支 + 短期資本収支
の2つから成り立っています。
継続的にー方的な黒字と赤字状態が続いていると、黒字・赤字が際限なく累積して
いくとの危慎を抱く人が多くなります。特にアメリカの赤字が継続的(サステイナブ
ル)であれば、債務国家になり経済破綻の引き金になると懸念する声が高くなりまし
た。しかし、ここで問題にしなければならないのは、対外債務の絶対額でなく対G
DP比で増加していくかどうかです。債務の増加スピードが GDP の増加スピードよ
り早いと債務は際限なく増加してしまうことになります。対外債務の増加スピード
は、
① 過去の債務に対する金利分
② 新たな貿易赤字による債務の追加
の2要素からなっています。もし経済成長率より金利が高いと、いくら新たな貿易
赤字を出さなくても対外債務は膨れ上がってしまうことになります。当時のアメリ
カの経済成長率では、経常赤字が蓄積しても対外債務水準がすぐに危機的状況に陥
るわけではなかったのですが、アメリカは政府支出を削減したり、増税により財政
赤字の改善に取り組む必要はありました。かつて米国経済諮問委貞会の委員長であ
ったハーバード・スタインは、1980 年代の中ごろ「もし日本が経常黒字を出さなかっ
たら、アメリカは増税・高金利政策を余儀なくされ、経済成長に多大な影響を与え
ていたはずである。日本の黒字はアメリカをファイナンス(資金供給)しているの
だ。」といった主旨の発言をしていたことは印象深いです。その後、クリントン政権
になり大幅な経済成長が起こりアメリカの財政は改善しました。しかし、近年また
アメリカの財政は、テロ対策、対イラク戦争により悪化しています。
各国間で国際的な資金のやり取りがあれば、結果として必ず経常収支は、黒字や
赤字が発生します。日本からの資金によって、アメリカの財政赤字によるクラウデイ
ング・アウトが弱められていました。すなわち、経常収支の調整はマクロ的な経済変
動を緩和する効果を持つということです。一方、「日本は閉鎖市場によって貿易黒字
を出しているが、それがなくなれば他国が黒字になって資金を作りだす」との反論が
ありました。経済学的には、国境を越えての資金移動は、非常に重要なことです。
かつてのアメリカ大陸、オーストラリア大陸、そして現在の中国でも海外からの潤沢
な資金による直接投資や資金流入は、国の発展を支える上で重要な役割を果たして
います。こういった資金が国境を越えて動けば、経常収支の黒字国が必ず出ている
はずです。1980 年代のレーガン政策は、減税と政府支出拡大による景気拡大が基調
にありました。日本はゼロシーリングといわれた時代で、政府支出を厳しく抑え、政
府債権の削減に努めていました。そういった景気に関するズレが日米間にあるとき、
景気が加熱している米国の経常収支が赤字になり、その逆の状態にある日本の経常
収支が黒字になることは極めて自然なことです。経常収支の調整により、日本はア
メリカの支出をファイナンスし、アメリカは日本の資金の運用機会を提供しました。
このような短期的な景気のズレによって生じる資金の移動に対して、為替レートの
調整機能は日米双方の景気を平準化する重要な役割を担っています。しかし経常収
支の問題は当時「政治問題化」しており、経済的側面では議論することができない状
態になってしまっていました。
1970 年代までの日米貿易摩擦は、いろいろな個別分野における日本からアメリカ
への輸出問題でした。繊維、鉄鋼、カラーテレビ、工作機械、自動車などの輸出が、
集中豪雨的に増える中で、アメリカから日本への圧力が起こり、深刻な摩擦となり
ました。これらの現象が日本=輸出大国のイメージを定着させました。1980 年代に
なって自動車、工作機械、半導体などアメリカの基幹産業を脅かす輸出が増大する
と、個別の摩擦が日本の経済体質への批判に変わってきました。このころアメリカ
では財政赤字と経常赤字が急速に拡大していて行きました。この現象は基本的には
アメリカの問題であるものの、日本の突出した経常黒字がジャパン・マネーとして
アメリカに流れ込み、日本脅威論を巻き起こしたのです。日本の資金流出は経常黒
字が起こす当然の帰結ですが、アメリカ側ではドル高による輸出産業への打撃(半導
体産業) と国内競争業者(自動車業界など)が苦境に陥ったため、「経常収支の赤字=
失業の増大」「輸出の不振=日本の市場の閉鎖性」との意見が台頭し、日本市場への輸
出拡大と日本からの輸入制限を求めて、アメリカ企業による政治家へのロビー活動
が活発になりました。
1990 年代前半一時的に急激な円高になりましたが、現在は 110 円程度の小康状態
です。しかし、日本の貿易が黒字である状況は変わりないのですが、大きな問題に
ならないのは、アメリカと日本の景気の差により、貿易黒字が政治問題にならない
からでしょう。
③当時の政治的なアメリカのいらだち
レオナルド・シルク(ニューヨークタイムスの論説委員でエコノミスト) の 1978
年の著書『Economics in Plain English :日曜日の経済学読本』の中の「意図的なド
ル流出」に、世界の経済成長にアメリカがいかに貢献したかというアメリカ人の自負
心を示す代表的な表現があるので、少し長いのですが転記します。「ドルは世界の通
貨制度の要となっているが、第二次世界大戦後の数年問に比べると、その王座はどん
どんぐらついてきている。戦後のアメリカは世界最強の経済国となり、当然のこと
として非共産諸国の指導国となった。そしてその基本的使命は、戦争中同盟諸国の
敵対国であったドイツ、日本の復興と経済成長を促進することであった。アメリカの
国際主義者たちは、アメリカおよび世界の経済発展と、戦争で疲弊したヨーロッパ、
アジア諸国の復興のために、その使命は決定的に重要であると考えた。いまではあ
の復興という偉業も当たり前のこととされているが、当時のヨーロッパやアジアの
無惨に破壊された都市、病気と飢え、投げやりな風潮、人心の腐敗を目の当たりに
した人々にとっては、決して忘れることのできないことである。戦後何十年かして
世界経済は、歴史上かってない大きな成長を経験した。世界貿易は復活し、アメリ
カがドルと金を世界に供給するために意図的に、国際収支を赤字にしたことから、
世界の通貨制度も再建された。要するにアメリカは、ポーカーゲームに一人勝ちして
ポーカーチップを配り直さなければ、そのゲームが終わってしまうことがわかって
いる人と同じように振る舞ったのである。この意図的なアメリカの赤字は、アメリ
カと他の世界諸国の両方にとって極めて効果的であった。世界経済は相互依存的で
あるという考えは、単に頭の中で考えられた抽象的なことでなく、繁栄と成長を分か
ち合うための基礎となったのである。こうして再建された世界経済と通貨制度は、ア
メリカの経済力、ドルの力、そしてアメリカの国際収支の赤字、つまりドルの流出と
流入の差をよりどころとするものであった。」
これが、一般的なアメリカ人の「アメリカが世界経済の繁栄に果たした役割」とし
て、抱いている共通的な心情でしょう。戦後のアメリカは、自国の優位的立場を最
大限に利用して、自国の繁栄を謳歌してきました。しかし、他国の技術革新とともに
その優位は徐々に崩壊して行きました。特に 1970 年代になってブレトンウッズ体制
の維持が困難になり、ニクソン政権になって金・ドル交換の停止、スミソニアン協
定による新為替レートへの転換、そして 1973 年の変動相場制へ移行と戦後体制は完
全に崩壊しました。しかし、アメリカ経済はこれでも好転せず、1970 年代から 1980
年代にかけて実質の G D P 成長率は下がり続けました。そして経常収支と財政収支の
双子の赤字は、どんどん増え続けてしまったのでした。このままではアメリカ経済
は破綻し、アメリカの地位が失墜してしまう。そこで、アメリカの貿易体制を見直す
べきだとの意見が多く出始めます。その筆頭に上げられるのがタイソン教授の著書
『誰が誰を叩いているのか』でしょう。「アメリカがいくら自由貿易を実践しても、
貿易相手国が管理貿易体制を採用し、国家が国内産業育成政策を実行していたので
は、完全競争社会のアメリカ企業には不利であり、今後も経常収支の赤字の縮小は
不可能である。したがって、アメリカ政府としては自由貿易体制を堅持しつつも、貿
易相手国の市場をアメリカに合わせる交渉を進め、アメリカの企業が不利益になら
ない対等な条件を作る努力を相手国に要求すべきだ」との論です。アメリカがかくも
激しい意見を抱いてきたのは、財政赤字を改善するには、将来の増税か、あるいは
超緊縮財政政策かが必要になり、国民に多大な負担がかかることを恐れているため
です。今後、この理論は中国に適用されることになるかも知れません。