黒毛和種子牛の栄養管理と疾病予防

―総 説―
黒毛和種子牛の栄養管理と疾病予防
久米新一
京都大学大学院農学研究科 〒606-8502 京都市左京区北白川追分町
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要旨
黒毛和種子牛の栄養管理では、発育の改善とと
もに下痢などの疾病予防が欠かせない。黒毛和種
新生子牛は下痢、肺炎などによる損耗が大きいこ
とから、母牛の分娩前後の栄養状態を改善し、初
乳由来の栄養成分と免疫成分を効率よく子牛に
移行させることが重要である。特に、新生子牛は
初乳から免疫グロブリンGと免疫グロブリンA
を十分に摂取することが必須といえる。新生子牛
の栄養管理では、出生直後の子牛は体温を一定に
保つことが困難なため、エネルギーの充足が最も
重要である。また、双子牛や初産牛から生まれた
子牛は出生直後の血中ヘモグロビン含量が低く、
貧血になりやすいため、鉄剤などによる貧血予防
が求められる。哺乳子牛の発育改善と下痢予防で
は、子牛の栄養状態を良好に保つとともに、飼料
中の機能性成分(β-カロテンなど)を活用するこ
とが効果的である。アミノ酸組成に優れたホエー
タンパク質は、哺乳子牛のタンパク質利用効率を
改善するだけでなく、腸管免疫を高める効果が高
い。黒毛和種子牛では栄養管理の改善により増体
率は向上しているものの、下痢、肺炎などによる
致死率が依然として高いため、疾病予防に適した
栄養管理法の開発は今後もさらなる研究が必要
である。
はじめに
黒毛和種子牛の栄養管理では、発育の改善とと
もに下痢などの疾病予防が欠かせない。近年、黒
毛和種子牛では従来からの母子同居・自然哺乳に
よる子牛育成だけでなく、早期母子分離・人工哺
乳による子牛育成が増加し、また受精卵移植によ
る子牛生産も増えている。したがって、黒毛和種
子牛では多様化した子牛育成に対応できる栄養
管理と疾病予防が必要といえる。
そこで、本稿では黒毛和種子牛の栄養管理と疾
病予防について紹介する。
1.黒毛和種新生子牛の生理的特徴と栄養管理
1)新生子牛の死廃要因とその改善
出生直後の子牛の致死率に関するデータは非常
に少ないが、米国では約2万頭の乳用子牛のデー
タから出生後2日以内に死廃となった要因を調べ
ている。その報告では、初産牛から生まれた子牛
の致死率(10.7%)が経産牛から生まれた子牛の致
死率(6.4%)より高く、雄子牛の致死率(8.7%)
が雌子牛の致死率(6.0%)より高く、また双子牛
の致死率(27-32%)が非常に高くなっている
(Berryら、1994)。ここで、出生直後の子牛の
生存率を低下させる最大の要因は難産であり、初
産牛の難産率(30.7%)が経産牛の難産率(13.3%)
より高いが、双子妊娠牛では経産牛の難産率(3
0%)と初産牛の難産率(34.5%)がともに高くな
っている。
黒毛和種新生子牛の致死率も乳用子牛と同様の
傾向と考えられるが、分娩時の難産を防ぎ、新生
子牛の生存率を向上するためには、正確な分娩予
知と必要に応じた助産が第一に必要である。母牛
の簡易な分娩予知法としては分娩直前の体温の急
低下(0.5℃以上)がよく使われているが、母牛が
栄養不足になると母牛から子牛へ栄養素が十分に
供給されないだけでなく、分娩直前の体温の低下
キーワード
黒毛和種子牛、発育、初乳、免疫グロブリン、下
痢、貧血、β-カロテン、腸管免疫
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2013 年 12 月 11 日受理
Email: [email protected]
Shinichi Kume: Nutritional management and disease
prevention in Japanese Black calves
9
久米
もみられなくなる。特に、初産牛や双子妊娠牛は
分娩前に栄養不足になりやすく、そのことが子牛
の致死率上昇の一因になっている。
近年、高泌乳牛では移行期(分娩3週間前から
分娩3週間後の期間)の栄養管理の重要性が周知
されてきたが、黒毛和種繁殖雌牛では分娩前後の
栄養管理への関心はまだそれほど高くない。ホル
スタイン種子牛と比較すると、黒毛和種子牛は虚
弱なため、黒毛和種繁殖雌牛では分娩前後の栄養
管理の改善が今後の重要な課題といえる。
2)黒毛和種子牛の疾病予防と初乳摂取
新生子牛の健康状態は飼養管理や衛生管理の
不備、病原菌による感染など、さまざまな要因に
影響される。また、出生直後の新生子牛は栄養状
態や健康状態を適切に維持するために、栄養成分
や免疫成分を豊富に含んでいる初乳を十分に摂
取することが欠かせない。しかし、出生直後の黒
毛和種子牛には母牛が直接授乳しているため、母
牛の分娩前後の栄養状態が適切でないと初乳量
や初乳成分が減少し、子牛に必要な栄養成分や免
疫成分が不足しやすい。特に、黒毛和種新生子牛
は下痢、肺炎などによる損耗が大きいことから、
母牛の分娩前後の栄養状態を改善し、初乳由来の
免疫成分を効率よく移行させることが重要であ
る。
初乳中には免疫グロブリン、ラクトフェリンな
ど、免疫と関連するタンパク質が多量に含まれて
いる。新生子牛は健康維持のために初乳を必ず摂
取しなければならないが、なかでも初乳中の免疫
グロブリンG(IgG)の早期摂取による受動免疫
の獲得が必須である。それに対して、初乳中の免
疫グロブリンA(IgA)は腸管内腔の抗原の捕捉
や腸管壁からの抗原の侵入防止など、子牛の腸管
免疫の主要な機能を担っている。特に、初乳中の
IgAは乳腺のIgA産生細胞で生産され、乳中へは二
量体として分泌されるため、腸管の消化酵素によ
る分解をうけにくい特徴があり、子牛の腸管保護
に適した機能を有している(久米、2013)
。
3)黒毛和種子牛へのIgGとIgAの移行
一般に、
新生子牛では血清 IgG 濃度が 10 mg/ml
以下の場合には IgG の吸収が不十分で、子牛の
致死率が高まると報告されている(Quigley と
Drewry、1998)が、黒毛和種子牛ではそれ以上の
IgG の吸収が必要と考えられている。また、動物
図 1 2日齢の黒毛和種子牛 62 頭の血清 IgG と血清タ
ンパク質および糞中 IgA の関係(安松谷ら、2013)
の腸管免疫の指標としては糞中IgAがよく利用さ
れている。そこで、2日齢の黒毛和種新生子牛62
頭の血清IgGと糞中IgAを調べたところ、それらの
平均値(範囲)は18.8 mg/ml(2.2~37.8 mg/ml)と13.8
mg/g(0.004~59.3 mg/g)であり、変動が非常に大き
かった(図1)
(安松谷ら、2013)
。さらに、図1
では低レベルの血清IgGだけでなく、低レベルの
糞中IgAの子牛が多数見いだされたことから、黒
毛和種新生子牛の下痢予防では初乳からIgGと
IgAを十分に摂取することが重要といえる。
黒毛和種の初産牛では初乳中の IgG 含量が経
産牛よりも低い特徴があり、初産牛から生まれた
子牛は初乳を適量摂取しても IgG 摂取量が不足
しやすい。そのため、初産牛の初乳のように IgG
含量が低い場合には経産牛の冷凍保存した初乳
や市販の免疫グロブリン製剤を利用することが
推奨されている。また、人工哺乳では生後6時間
以内に生時体重の5%程度の初乳(初乳量として
10
黒毛和種子牛の疾病予防
約2kg)を子牛に給与することが必要であるが、
黒毛和種牛の初乳は乳牛よりも IgG 含量が多い
ため、受精卵移植で生まれた和牛子牛の人工哺乳
など、和牛子牛に乳牛の初乳を利用する場合には
IgG の補給が必須である。
4)黒毛和種子牛の下痢予防と免疫グロブリンの
関係
初乳中のIgGによる疾病予防効果はそれほど長
くは持続せず、子牛の下痢発生は5日齢頃から多
くなるなど、初乳を適量摂取しても子牛の健康状
態は阻害されやすい。出生直後の子牛では初乳か
らIgGを十分に摂取することが必須であるが、1
週齢以降の子牛では腸管からのIgAの産生を促進
して、腸管免疫を高めることが下痢予防のために
重要である。
子牛の下痢発生にはさまざまな要因が関与し
ているが、IgA は子牛の小腸粘膜を保護し、病原
菌の体内への侵入を防ぐことで下痢の発生を予
防している。特に、出生直後の子牛は腸管で IgA
を産生すること(能動免疫)ができないため、能
動免疫が十分なレベルに達するまでは母乳から
IgA を得ること(受動免疫)で下痢を予防してい
る。しかし、黒毛和種牛の初乳中の IgA 含量は非
常に低いため、子牛では下痢などの疾病発生のリ
スクが高まる。そのため、子牛の下痢予防では初
乳から移行する IgA 量を増やし、受動免疫を高
水準に保つとともに、子牛による IgA の産生を
促進し、新生子牛の能動免疫を早期に高めること
が必要である(久米、2013)
。
図2 新生子牛のエネルギー代謝の特徴
毛和種牛の初乳中の脂肪含量は乳牛よりも低いた
め、低体重で生まれた黒毛和種子牛では初乳製剤
などによるエネルギーの補給が必要になる。
2)黒毛和種子牛の貧血とその予防
新生子牛のエネルギー代謝を高めるためには、
体内組織へ酸素を十分に運搬することが必須で
あるが、新生子牛が貧血になり、必要量の酸素を
運搬できなくなると、エネルギー代謝が減退する
だけでなく、子牛の免疫機能も低下する。子牛の
貧血はミネラルによる機能障害の代表的なもの
の一つであるが、子牛は初乳を摂取することによ
って血中ヘモグロビン(鉄含有タンパク質)含量
が低下し、1週齢頃に最低値になる特徴があり、
血中ヘモグロビン含量が9g/dl以下の場合には貧血
とみなされる。
出生直後の新生子牛に発生する貧血はほとんど
が鉄欠乏性貧血であることから、新生子牛の貧血
発生には母体からの鉄移行量の不足が影響してい
る。一般に、母牛は妊娠中に胎盤を介して多量の
鉄を胎児に移行し、子牛の出生直後の血中ヘモグ
ロビン含量を高く維持して、貧血を予防している。
しかし、受精卵移植技術の実用化に伴い、わが国
では乳用牛を受卵牛とした黒毛和種の子牛生産
が盛んになっているが、受精卵移植で生まれた双
子牛や初産牛から生まれた子牛では出生時の血
中ヘモグロビン含量が低く、貧血になりやすい特
徴がある(図3)
(KumeとTanabe、1993、1994)
。
また、雄子牛の血中ヘモグロビン含量も雌子牛よ
り低い。ここで、前述した子牛の出生時の致死率
と比較すると、子牛の致死要因と血中ヘモグロビ
ン含量の特徴が非常によく一致したことから、造
2.黒毛和種新生子牛の栄養管理と疾病予防
1)黒毛和種子牛のエネルギー代謝の特徴
出生直後の子牛は体温を一定に保つことが困
難なため、新生子牛の栄養管理では初乳からのエ
ネルギーの充足が最も重要である。特に、黒毛和
種子牛では生時体重が30kg前後と非常に小さい
ことから、出生直後にエネルギー不足になると体
温の保持が困難になり、健康状態が悪化する(図
2)
。
出生直後の子牛の主要なエネルギー源として
は乳糖と乳脂肪があげられるが、初乳中の乳糖含
量は常乳よりも低いことから、乳脂肪の多い初乳
ほどエネルギー源として優れている。しかし、黒
11
久米
図3 受精卵移植による出生直後の経産単胎・双胎牛
(■)と黒毛和種子牛(□)の血中ヘモグロビン
含量(n=38)(KumeとTanabe, 1994)
血機能の低下が子牛の生存率低下に関与している
ことが推察される。
新生子牛が貧血になりやすい一因としては、初
乳中の鉄含量が子牛の鉄要求量の1/10以下と非常
に低いことがあげられる。鉄は子牛に必須な栄養
素であるが、同時に大腸菌などの有害微生物の増
殖にも不可欠な栄養素である。そこで、初乳中の
鉄を少なくして消化管における有害微生物の増殖
を防ぐことが、子牛の生存率を高めるために適し
ていたものと考えられる。それに対して、双子牛
や初産牛から生まれた子牛では出生直後から貧
血の予防が必要になるが、鉄を単純に給与あるい
は注射すると消化管や血中の鉄含量が急上昇し、
消化管などにおける有害微生物の増殖を促すリ
スクが高まる。
一方、初乳中には遊離の鉄が少ないものの、免
疫と密接に関連するラクトフェリン、ラクトパー
オキシダーゼなどの鉄結合性タンパク質が多量に
含まれ、鉄の補給源にもなっている。そこで、子
牛にラクトフェリンと鉄を同時に給与すると、血
中ヘマトクリット値とヘモグロビン含量が早期に
上昇するだけでなく、血漿鉄濃度の早期上昇を防
ぐ効果が認められた(図4)
(Kume と Tanabe、
1996)
。以上の結果から、ラクトフェリンは子牛
の免疫改善だけでなく、子牛の貧血予防にも効果
的と考えられた。
3)新生子牛の下痢発生とその改善
乳用子牛でも和牛子牛でも出生直後に下痢は
12
図4 対照区(◇)
、鉄投与(40mg/日)区(●)と鉄
+ラクトフェリン(5g/日)投与区(▲)の子牛 36 頭の血
中ヘモグロビン含量と血漿中鉄濃度(Kume と
Tanabe, 1996)
ほとんど発生していないものの、1週齢近くにな
るとさまざまな要因によって下痢の発生が増加
する。子牛の糞中水分含量は下痢の指標として利
用され、糞中水分含量 80%以下が正常便、80~
85%が軟便、
85%以上が下痢便とみなされている。
ホルスタイン種子牛 52 頭を調べたところ、
出生時
に下痢の発生は認められなかったものの、6日齢
では下痢便が 4 頭に、また軟便が 9 頭に発生した
(久米、2013)
。また、2日齢の黒毛和種新生子
牛 62 頭では 1 頭だけが下痢便であった(安松谷
ら、2013)
。
子牛に下痢が発生すると水分だけでなく、ナト
リウム、カリウムなどの電解質が大量に糞中に排
泄され、体内の電解質代謝が阻害される(久米、
2013)
。また、子牛が下痢状態になると血漿中グ
ルコース濃度が低下し、エネルギー不足になるこ
とが認められたため、子牛が下痢になった場合に
は生理食塩水、ブドウ糖などによる輸液療法が効
果的である。
黒毛和種子牛の疾病予防
3.黒毛和種哺乳子牛の発育改善と疾病予防
1)乳用子牛の栄養管理と発育改善
黒毛和種子牛の発育改善では、乳用子牛の栄養
管理法が参考になる。乳用子牛の栄養管理では、
農家の収益向上のために早期離乳(6 週齢)と初
産月齢の早期化(21~24 カ月齢)が求められて
いる。米国では乳牛の初産月齢の早期化に関する
研究が 1990 年代に精力的に実施され、初産月齢
が 21 カ月でも増体を適正に保つと初産時の乳量
が 9,000kg を超え、その後の乳生産や繁殖成績に
も問題のなかったことが報告されている(Van
Amburgh ら、1998)
。
初産月齢の早期化は育成期の高タンパク質・高
エネルギーの栄養管理によって達成できたが、そ
の後、哺乳期の栄養管理でも同様の研究が数多く
実施された。ホルスタイン種子牛を用いた研究成
果から、従来よりも高タンパク質(乾物当たりで
25.8%)で低脂肪(乾物当たりで 14.8%)の代用
乳給与は、子牛の増体や体組成の改善に優れてい
ることが報告されている。特に、高タンパク質の
代用乳給与では子牛の増体や飼料効率が改善され
るだけでなく、体脂肪を減らし、体タンパク質を
増やす効果が、また低脂肪の代用乳給与により体
脂肪を減らす効果が認められている(久米、2013)
。
そこで、黒毛和種子牛でも哺乳期の高タンパク
質・低脂肪の飼料給与など、哺乳・育成期の栄養
管理を改善して、早期離乳と初産月齢の早期化
(家畜改良増殖目標の 23.5 カ月)を目標とする
ことが重要である。特に、子牛の発育改善では体
重と体高を高めることが必要であるが、哺乳・育
成期の高タンパク質の栄養管理は体重と体高を同
時に高める効果が高い。
表1 代用乳の組成と成分
対照区
WS区
ホエー区
組成
脱脂乳 %
66.3
28.5
0.0
ホエー %
10.5
47.8
74.0
CP %
26.3
26.4
26.1
粗脂肪 %
17.2
17.3
17.3
105.5
105.0
105.1
成分
TDN %
13
図5 対照区(○)、WS区(◇)とホエー区(●)
の黒毛和種子牛 63 頭の体重と糞中 IgA 含量
(Yasumatsuyaら、2012)
2)黒毛和種哺乳子牛の発育改善と下痢予防
黒毛和種哺乳子牛の発育改善と下痢予防にま
ず利用できるのは、代用乳である。特に、わが国
では子牛用代用乳のタンパク質源として主に脱
脂乳が使われているが、チーズ製造時の副産物で
あるホエーはアミノ酸組成が優れ、良質なタンパ
ク質源であるため、近年、代用乳への利用が注目
されている。そこで、黒毛和種子牛63頭に高タン
パク質・低脂肪のホエー主体あるいは脱脂乳主体
の代用乳3種類(表1)を、3日齢から60日間給
与した(Yasumatsuyaら、2012)。子牛にはカーフ
スターター(人工乳)と乾草も給与しているが、
飼料摂取量と増体率に代用乳の影響は認められ
ず、各試験区とも順調に発育していた(図5)。
この試験では子牛の下痢発生率に代用乳によ
る影響は認められなかったが、ホエータンパク質
の給与で子牛の糞中 IgA 含量が増加したことか
ら、ホエータンパク質には腸管における IgA の
産生を促進する効果のあることが認められた。し
たがって、アミノ酸組成に優れたホエータンパク
久米
図7 対照区(○)、ホエー区(●)とカロテン区(◇)
の黒毛和種子牛33頭の体重と血漿中β-カロテン濃度
図6 出生直後(0日齢)と6日齢の子牛 46 頭の血
(Nishiyamaら、2011b)
漿中β-カロテンとビタミン A 濃度および6日齢の子牛の
血漿中 β-カロテンと糞中乾物含量の関係(Kume と
Toharmat、2001)
質は子牛のタンパク質利用効率を改善するだけ
でなく、腸管免疫を高める効果も高いと考えられ
た。
4.飼料中の機能性成分による黒毛和種子牛の下
痢予防
飼料中には栄養素だけでなく、家畜の生理機能
や免疫機能を高める機能性成分が含まれている。
子牛の下痢予防では子牛の栄養状態を良好に保
つとともに、飼料中の機能性成分を活用すること
が効果的である。特に、草食動物である牛は牧草
中に豊富に含まれているβ-カロテンやビタミンE
などを有効活用して健康を維持しているが、低品
質のサイレージ給与などによってβ-カロテンなど
の摂取量が不足すると、母牛だけでなく、新生子
牛の健康状態も阻害される。
例えば、子牛の血漿中 β-カロテン濃度は出生
直後には非常に低いものの、初乳中の β-カロテ
ンを体内に効率よく取り込んで、下痢の予防など
14
に利用している(図6)
。しかし、母牛の牧草摂
取量が不足して初乳中の β-カロテンが少なくな
ると、子牛体内に取り込まれる β-カロテンが不
足し、子牛に下痢が発生しやすくなる(Kume
と Toharmat、2001)
。図6では、糞中乾物含量 20%
以下が軟便、
15%以下が下痢便とみなしているが、
血漿β-カロテン濃度の低い子牛で軟便と下痢便が
多くなっている。
子牛は下痢や腸内感染があると脂肪の消化率
が低下し、β-カロテンなどの脂溶性ビタミンの吸
収量も減少する。また、β-カロテンなどのカロテ
ノイドによる免疫賦活効果には、レチノイン酸を
介した効果と抗酸化作用による効果が報告され
ている。筆者らは泌乳マウスにβ-カロテンを給与
したところ、回腸の腸管関連リンパ組織における
IgA産生細胞数が増加し、乳腺のIgA産生細胞数と
乳中へのIgA分泌量が増加した(Nishiyamaら、
2011a、2011b)ことから、β-カロテンには腸管免疫
改善効果のあることが認められた。さらに、β-カ
ロテンは小腸のレチノイン酸受容体を介して小
腸のIgA産生細胞数と腸管からのIgAの分泌を増
やしたことから、β-カロテンによる腸管免疫改善
黒毛和種子牛の疾病予防
効果はレチノイン酸を介した効果であることが
推察された(Nishidaら、2014)。
一方、黒毛和種子牛33頭に表1の脱脂乳主体と
ホエー主体の代用乳に加えて、ホエー主体+β-カ
ロテン(30ppm)の3種類の代用乳を3日齢から
給与したところ、子牛の飼料摂取量と増体率に代
用乳の影響は認められなかったが、子牛の血漿中
β-カロテン濃度はβ-カロテン給与によって急激に
上昇した(図7)(Nishiyamaら、2011b)。しか
し、子牛の下痢発生率と糞中IgA含量には代用乳
による影響は認められなかった。
飼料中の機能性成分としては、β-カロテン以外
にも、ビタミンE、亜鉛、セレン、オリゴ糖など
が腸管免疫に対する効果が期待される。特に、安
全・安心な家畜生産では抗生物質などの使用量低
減が求められているが、機能性飼料を活用した下
痢などの疾病予防法の開発は抗生物質の使用量
を低減する効果も期待できる。
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5.おわりに
黒毛和種子牛では栄養管理の改善により増体
率は向上しているものの、下痢、肺炎などによる
致死率が依然として高いため、健康状態を適正に
保持することが求められている。したがって、黒
毛和種子牛の疾病予防に適した栄養管理法の開
発は今後もさらなる研究が必要といえる。
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