巻頭言 会長退任にあたってのご挨拶 ∼任期 2 年間を振り返って∼ 日本女性法律家協会会長 田中 由子 はじめに 私は、平成 24 年度の定時総会において、当協会会長に選任され、このたび会長の任期 2 年 が経過しまして、退任させて頂くことになりました。従前、当協会の会長は、事実上の慣例と して代々 2 期(4 年間)程を目処に勤めてこられました。しかし、私は、前会長の曽田多賀先生 の従来からのご提唱に賛同し、会長の若返りを図り、また、より多くの方に会長経験をして頂 きたいとの趣旨などから、このたび、協会会則の原則どおり 2 年をもって退任させて頂くこと にしたものです。 この 2 年間、副会長以下役員の皆様をはじめ、会員の皆様にはご指導、ご協力、ご支援を賜 りまして、誠にありがとうございました。厚く御礼申し上げます。2 年前の就任挨拶でも申し たとおり、私は、当協会の活動から長らく遠ざかっておりましたので、今回当協会の運営にあ たってみまして、その変化に驚かされる日々でありました。そして、その変化への対応いかん と言うことに 2 年間ずっと問題意識を持ちながらも、力不足のため結局何も目新しいことは出 来なかったことを後悔すると共に、皆様にお詫びしなければなりません。ただ、個人的には、 毎月開催される幹事会や様々な行事を通して各分野の方々に接し、現役時代には経験しなかっ た多くのことを見聞し、一部違和感ともいえる感覚を覚えつつも新鮮な驚きもあり、また、様々 なことを考えさせられた 2 年間でした。紙数の関係もあり、そのごく一部を以下に述べまして、 お礼を兼ねたご挨拶とさせて頂きます。 主な活動 (企画)を通して思ったことなど まず、就任早々の 10 月には、国連 NGO 国内婦人委員会加盟の一団体として日本・アラブ女 性交流事業が予定されておりました。この交流事業は、前会長で上記事業の実行委員会委員長 曽田多賀先生及び各委員の皆様の絶大なる実行力とご尽力によって、滞りなく終えることがで 4 き、アラブ 3 か国からのゲスト 3 名との交流を深めると共に、多大な成果を上げて成功のうち にその目的を達成したことは会報 No.51 においてご報告したとおりです。ゲストの方々とは 最高裁判所女性判事の表敬訪問等に同行する形で 2 日間ご一緒しました。各人ともに笑顔の チャーミングなすてきな方々でしたが、各訪問先での質問等は、いずれも大変シビア、かつ、 法曹として的確なものであり、敬服したことです。それぞれの国の社会経済、殊に大きく変動 する政治状況の中で女性差別と果敢に戦い、その地位を得、また、女性の権利や地位向上のた めリーダーとして積極的に行動している女性特有のオーラを感じさせ、その貫禄や強靭さと いったものを目の当たりにしました。そして、日本の女性法曹の歴史を見ても、大正から昭和 前半を生き抜いた我々の第一世代ともいうべき諸先輩にとって、その道のりは決して平坦では なく、アラブの女性法曹に劣らぬ忍耐と多大な努力を余儀なくされたものであり (会報 No.48・ 創立 60 周年記念特集号 85 頁の「年表」参照) 、そのようなパイオニア・リーダーによって獲得 された権利の上に今我々は立っていることを振り返ったことでした。我々は、今後とも不断の 努力により、その権利や地位の安定、向上のため一層の努力を怠ってはならないと思います。 それにしても、その後、エジプトなどを中心に一層の政治的混乱が生じ、現在に至っています。 その報道に接するたびにエジプトからのゲスト、ネフェルティティさんはどうしておられるか と想うばかりです。 また昨年の総会後に開催した厚生労働省・援護局長村木厚子さん (現・厚労省事務次官)の講 演「女性の力に期待する」 も、当日お聞きになられた多くの会員同様に大変感銘深く、考えさせ られました (その詳細は、本号の特集記事をご覧頂くとして、講演を拝聴した感想を述べます)。 村木さんは、ご存じのとおり、数年前に郵便制度の不正利用に絡んだ事件に不当に巻き込まれ た方ですが、その事件のことを時にユーモアを交えて回顧し、整理して話されました。大変残 念なことですが、こういった経験者の生の話を通じて、外部から法曹界への批判や意見を聞く ことは (絶対にあってはならないことですが) 、貴重、かつ有意義でありました。我々が、法曹 として活動する限り、一生胸の中に留め、時に反芻する姿勢が求められるものでありましょう。 村木さんは、最初に取り調べ検事から言われた言葉を通して、 (検事は) 医者に似ていると思っ たと話されました。 「足一本切断したが、命は助かってよかったですね。 」こういう医者は、患 者の「患部」 はみているが、 「患者」 をみているかという問いかけでした。医師を 「法曹」に、患者 を「当事者」 に置き換えれば、全く我々実務家法曹自身の問題だと思いました。また、検事が当 該事件のストーリーを独自に作り上げていたという話や何度か間違ったと考えた機会があった はずだが、軌道修正が出来ない、しなかったという話には、単に、一分野の法曹にだけ当ては まることではなく、状況や場面を変えれば、各法曹それぞれに当てはまる事柄であり、先に述 べたとおり、法曹として常に自覚、自省していく必要のあることでありましょう。さらに、村 木さんは、若い方に向けてとの趣旨で、どしどし団体等の役職を引き受けて世界を広げること や、組織の中にいる人も新しい任務に尻込みしないこと、力がついて管理職になるのではなく、 管理職になって力がつくのであるといった話もされました。当協会の幹事会その他の会合から 垣間見ると、若い女性弁護士には、様々な分野に興味を持ち、積極的に活動分野を広げ、新た な挑戦をして能力を発揮している人も多く、大変頼もしく、組織の制約の中で生きてきた人間 にとっては大変新鮮に映りました。一方で、自分にとっては少なからず犠牲や負担を伴うこと を他人のために積極的に引き受けて世界を広げているのか、このあたりはどうなのでしょうか。 また、上記後段のお話は、組織内でのことであり、私自身の経験からよく理解できました。各 人それぞれの事情があるのは分かるのですが、一部には、転勤や家族との関係、あるいは自信 がないなどと新しい分野に最初から尻込みし、自分の能力を眠らせている人も居るように感じ 5 巻頭言 たこともありました。村木さんの上記お話は、ご自身の現在進行形の実体験に基づいておられ、 まさに実感のこもったものでした。いってみれば、大先輩からの分野を超えた後輩女性に対す る励ましであると思いました。 当協会の現状と今後について(思いつくままに) 先程冒頭で、当協会の変化ということを述べました。その詳細は、会報 No.51 の特集 「女性 法律家協会はどこへ向かうのか?」での発言等をお読みいただきたいのですが、一、二挙げま すと、まずこれだけ女性法曹が増加している中、若い法曹を中心に当協会への関心が薄いのか 入会者がほとんど増えないことです。毎年開催する司法修習生や若手法曹を対象にしたキャリ アサポートセミナーは、参加者 30 名、40 名と盛況であり、会の冒頭では参加者に対し、当協 会の歴史や活動等を紹介し、会報を配布し、入会申込書も同封していますが、会への問い合 わせ等はほとんどなく、実際の入会は 1、2 名といった状況です。また、当協会の各活動への 会員自体の参加も後述する一部の活動を除きごく少なく、幹事等役員の参加ばかりが目立つと いった状況です。会員に会への自発的な参加意欲を持って頂くための方策、その困難性に関し て常に幹事会等で (愚痴めいた) 話題となりました。その幹事会ですらほとんど毎回欠席という 一部幹事もおられ、お引き受けなさった経緯等に疑問を持たざるを得ない思いでした。一度も お顔を拝見しない方もおられました。その他、会費の問題等もありますし・・・。このような ことをお伝えすればするほど、会長としての自分の力量不足を痛感し、そのご報告をしている ことになり、忸怩たる思いです。 以上のような状況について、会員の皆様とどう問題意識を共有していくのか、そして、方向 性は見いだせるのか、なかなか各論となると難しいことです。他の女性キャリア団体(もっと も女性団体に限らないようですが)等でも今同じ悩みを抱えていると伺いますと、この現代的 状況をどのように考えていったらよいのか悩むばかりです。簡単に回答が出ることではありま せんでしょうから、今後も考え続けていきたいと思っています。 以上、何か悲観的で悩ましいことばかりを申し上げました。ただ、上記で一部の活動を除き と申しましたとおり、確かに、協会の活動の中には、日本・アラブ女性交流事業はもちろんで すし、村木さんのご講演、そして、本会報でご報告の 「憲法と家族」 3 回連続講座 (参加者のほ とんどは外部の方でしたが)など盛会で、かつ意義深いものでした。連続講座などは、参加者 からの質問の時間が不足するほどであり、大変実りのあるもので、当協会の存在を一般に知っ てもらう良い機会になったと思っています (なお、この企画・運営については、当協会の複数 の憲法学者が大きく貢献してくださいました。女性の実務家法曹のほか多くの女性法律研究者 に会員として加入していただくことが必須であり、両者間の交流こそ実務家、法律研究者双方 にとって意義あることと痛感しました) 。そして、上記活動実績を踏まえていえることは、今後、 当協会の活動計画等を考えていく際に、まずは、社会に対する女性法曹としての役割といった 視点を基軸に置きつつ、その折々のタイムリーな問題等も敏感に取り入れ、従前からの活動に 拘束されることなく、冒険ともいえる幅広い視野からの問題提起や研究会を考えていくことも 必要かと思いました。そして、事柄いかんによっては継続していくこともあり得るでしょうし。 更に率直に申しますと、幹事会全体でバランスを取りながらも、その時々の各企画担当幹事自 身の個人的な興味や関心なども大切にした上、それらを当協会の活動として深め、実践する場 6 を提供していくこともあってよいと考えます。また、活動の対象 (参加者) についても会員に限 定することなく、企画によっては広く一般の人を対象とし、そのために必要があれば他団体と の連携等も大いに推進していくべきものと思いました。そして、その際には、最も適切な講師 や講師陣の参加を得ることが求められますが、当協会の特色でもある多様な会員の力及び当協 会の輝かしい歴史、会員数、置かれた立場等をフルに活用したならば、幅広く社会的に活躍す る当代一流の方々を招聘することは可能でありましょう。 最後に ご存じのとおり、当協会は、平成 21 年に創立 60 周年を迎え、その際の前会長曽田多賀先生 のご挨拶にあった通り 「新たな出発を目指して」 (会報 No.48 巻頭言)ここ数年歩んで参りまし た。終戦直後、綺羅星の如く輝いていた先輩女性法曹は、当協会を僅か 10 名で創立しました。 そして、男性と対等に社会参加して活躍できる喜びと苦難を共にしてきた戦友ともいうべき女 性法曹同士が互いに助け合い、励まし合うという意気込みや女性らしい優しい心遣いは、当協 会の会則 1 条に現れています。諸先輩のこのような喜びと優しい心は、今我々の中にも十分生 きています。ただ、この 60 余年の間に、当然、不十分な面は多々ありますが、女性法曹を取 り巻く環境は、一般社会経済の変化と共に大きく変化し、前進しました (働く女性キャリアの 中では最も恵まれたものといっても過言ではないでしょう) 。なにより女性法曹の数は 6000 名 を超え、その働き方、生き方も多種多様となりました。ここに会則 1 条の精神は果たして、生 き続けているのか、生きているとしてもその中身に変容はないかといった悩みに直面している のが当協会の現状かと思われます。 しかしながら、一度方向を変えて当協会の存在自体を外から見た場合には、当協会は、女性 の特別な専門職団体であり、その歴史、構成員の多様性、及び会員数と他に類例がなく、なに より社会における女性のリーダー的存在の団体というべきです。このことから、時に一定の問 題に対する意思表明が求められ、また、他の女性団体等への協力、援助が期待され、さらには、 一般女性への援助等を通じて、新たな法律的価値観を編み出していくべき社会的使命を負って いるともいえましょう。最近、官民挙げて多様な人材活用の必要が叫ばれ、女性管理職の登用 などとともに働く女性の活躍が期待され、急速に推し進められています。このような状況下、 表面的な単なる数合わせに目を奪われることなく、女性が本然の姿でもって、やりがいを持ち、 生き生きとその人らしく活躍できることや、産む性として守られるようしていくことなどが要 請されるものと思います。 当協会が女性のリーダーたる法律専門職団体として、 このタイムリー な問題にも関心を寄せ、そのことから生ずるひずみや隙間ともいうべき現象について、法律専 門家団体らしい視点からこれを注視し、今後の活動において、個別化した取り組みを企画する などして、働く一般女性を支援していって欲しいと思ったりしています。 まとまりのないお話となりましたが、改めて、ここ 2 年間の会長職へのご協力とご支援に感 謝申し上げまして、退任のご挨拶と致します。 7
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