延岡(2002)『製品開発の知識』日経経済新聞社 Ⅴ 製品開発組織のデザイン 吉岡 里恵 製品開発の組織デザインは、最適なものが一つあるわけではなく、開発する製品によって 適切な組織デザインは異なる。同じような規模でも製品特性によって組織デザインが全く 異なる。その製品の複雑性がどこにあり、その複雑性がどの程度なのかを把握する必要が ある。 1.製品特性と製品開発組織 製品開発の 複雑性 製品技術の 市場・顧客ニー 複雑性 ズの複雑性 製品アーキテク 要素技術の チャの複雑性 複雑性 部品間関係の 部品点数の 複雑性 多さ (1)製品アーキテクチャの複雑性 部品間関係の複雑性と部品点数の多さから構成され製品アーキテクチャの特性が 規定できる。部品間関係の複雑性は、複数の部品を組み合わせて製品全体を設計開 発する場合に複雑な調整が必要かどうかによって決まる。 →これには、2つの特性が関係する。 ● 製品として組み合わされる部品間のインターフェイス(境界・結合形式)がモジ ュール化・標準化されているか。標準化されていれば、複雑な組織的調整は必要 1 延岡(2002)『製品開発の知識』日経経済新聞社 ない。逆にモジュール化されていない場合は、要素部品間の繋がりが特殊である ために、設計するたびに結合形式を定義する必要がある。 ● インターフェイスに高い精度や緻密性が必要かどうかどうか。標準化されていな くても、部品間の組み合わせ方に誤差の許容度が高ければ、複雑な調整は必要な い。 部品点数が多く、しかもモジュール化されていない上に高い精度が要求されるイン ターフェイスを多く持つ製品が、最も製品アーキテクチャが複雑といえる。アーキ テクチャが複雑な製品であれば、技術の良し悪しだけでなく組織プロセス能力によ って、製品開発のみならず、コストや開発期間にも大きな差異が発生する。 (2)製品技術の複雑性 製品アーキテクチャの複雑性に加えて、要素技術の複雑性が高い場合に、製品技 術の複雑性は高くなる。→要素技術には2つの要因によって構成される。 ● 技術の新しさ。製品開発時点で、まだ多くのことが科学的に明らかにされていな ければ技術の複雑性が高い。 ● 技術開発の内容とそれによって実現される機能との間の因果関係。この因果関係 が明白であれば、要素技術の複雑性は低い。 (3)製品開発の複雑性 製品技術の複雑性に加えて、市場・顧客ニーズの複雑性が構成要因に入る。 →この特性を生み出す要因は2つある。 ● 顧客ニーズが製品の機能によってではなく、ネットワークの外部性や流行によっ て決まる場合。 ● 顧客のニーズが暗黙的で捉えにくい曖昧な性質を持っている場合。 市場・顧客ニーズが複雑な製品の場合は、企業内部のマネジメント以上に市場や顧客 情報に関するマネジメントが、製品開発の成功を決める鍵となる。 2.機能重視組織とプロジェクト重視組織 (1)分化と統合のマネジメント 製品開発の組織マネジメントの目的には、多様に分散された専門業務の実施と、 それらを統合して1つの製品として完成させることの2つがある。特定分野の新技 術を開発するためには、機能別組織として専門家を集めるのが効率的である。一方 で、製品を開発するため、関与する様々な機能部門が一緒になって取り組むプロジ ェクト業務がある。このように、機能別に組織することも、機能横断的にプロジェ クトとして組織することも、それぞれ大きなメリットがある。 2 延岡(2002)『製品開発の知識』日経経済新聞社 →製品開発を実施するための組織として、機能別に分化された専門性を機能重視型 と、製品としての統合性を重視したプロジェクト重視型の二種類を考える。 (2)機能重視組織とプロジェクト重視組織 組織構造とプロジェクトにおいて2つの特徴的な差異がある。 ● 機能部門長と製品開発プロジェクトマネージャーの権限の強さ。 ● 技術者が主に特定技術や部品の担当として配置されるのか、それとも特定製品の 開発担当としてプロジェクトに配置されるか。 ①プロジェクト重視組織の優位点 特定製品の開発成功に向けて、機能部門間の壁を越えた開発担当者全員のベクト ルを合わせられることであるが、それには2つのメリットがある。 ● 製品コンセプトを開発担当者が共有できること。各技術者は、自分が開発を担当 している技術が製品コンセプトと合致しているのか常にチェックできる。 ● 技術や部品の間での、最終製品に向けた調整が、効率的に出来る。プロジェクト 重視組織であれば、開発担当者は担当する部品の技術を考えるだけではなく、製 品全体の統合性を主体的に考えながら開発に参加できる。 ②機能重視組織の優位点 2つのメリットがある。 ● 特定技術分野におけるイノベーションが促進されること。専門分野の技術者が組 織的に集まり、最新情報を交換しながら議論することによって、初めて革新的な 新技術を開発することが出来る。 ● 最新技術情報や企業としての技術に関する知識を体系的に蓄積できること。機能 重視であれば、機能部門の長期的な方針と組織的な活動によって、企業としての 技術力を計画的に蓄積しやすくなる。 3.製品開発の組織構造 (1)組織構造の分類 ①機能別組織 機能別組織では部門横断的なプロジェクトは存在しない。各機能部門はそれぞれ の専門分野の役割を担当し、その業務に専念する。プロジェクトマネージャーはい ないので実質的には製品開発全体の責任を持つ本部長が全てのプロジェクトの責任 を持つ。 ②プロジェクト組織 特定の製品開発を目的として、様々な機能部門から人材を集め部門横断的な開発 3 延岡(2002)『製品開発の知識』日経経済新聞社 チームをつくる。開発プロジェクトチームのメンバーは、機能部門から離れて特定 プロジェクトの専属となる。 ③マトリクス組織 中間的なマトリクス組織は、製品開発を実施する組織としては、最も一般的な組 織である。部門横断的なプロジェクトが設定され、プロジェクトマネージャーが任 命されるが、技術者は機能部門に所属したままである。 (2)プロジェクト組織のマネジメント ①成功要因 各事業部や各機能部門が組織の壁を作らないことである。プロジェクトを多用す る場合には、組織変更や人事異動を柔軟にしかも頻繁に行う必要がある。壁のない 組織文化を造るためには、プロジェクトによる製品開発の成功体験がもっとも有効 である。成功体験が積み重なることによって、プロジェクト組織の有効性が全社的 に理解される。 ②プロジェクトマネージャーの役割 PM(プロジェクトマネージャー)の主な役割は 2 点ある。 ● 製品コンセプトの実現に向けたプロジェクトの索引。PMはコンセプトにあった 技術、デバイス、スペックの選択に関して責任を持って意思決定する。 ● プロジェクトを組織として効率的に推進する。多様な機能部門の全く異なった専 門を持つメンバーの寄り合い所帯なので、全体のマネジメントによって、効率的 な組織になるか、バラバラになるか左右される。 ③プロジェクト組織の問題点 問題点を 2 つ挙げる。 ● メンバーを特定の製品開発に固定することによって生じる問題。設計者が機能部 門に所属している場合は複数のプロジェクトを兼任できるため、製品開発期間中 の業務の量の波に合わせて柔軟な対応を行うことが出来るが、設計者が特定のプ ロジェクトに専念するプロジェクト組織ではそれが出来ない。 ● 開発プロジェクトが恒久的でないことから生じる問題。プロジェクト組織は基本 的に特定の製品開発が終了した段階で解散するため、その過程で生まれた知識を 組織的に蓄積するのが難しい。 (3)マトリクス組織のプロジェクトマネージャー PMのリーダーとしての影響度合いは、責任範囲の広さと権限の強さによって決 4 延岡(2002)『製品開発の知識』日経経済新聞社 まる。弱い場合には軽量級PM、強い場合には重量級PMと名づけ、比較する。 ● 軽量級PMの責任範囲は設計や技術に関するものに限られる。プロジェクト全体 を直接統括するのではなく、開発業務をスムーズに推進するための調整役。 ● 重量級PMはプロジェクトの調整よりも、製品コンセプト実現の索引役を担うた め、とり強いリーダーシップが必要。 →重量級PMは、製品コンセプトや利益計画などにも責任があるからこそ、販売や マーケティングに付いてもある程度の責任と権限を持つことが出来る。市場の不確 実性が高まり、製品開発の意思決定スピードが必要になればなるほど重量級PMの 役割が大きくなる。 5
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