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e-NEXI
2011 年 3 月号
➠特集
米国高速鉄道について∼その歴史と現状∼・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
日本貿易振興機構(ジェトロ) ニューヨーク・センター次長 梶田 朗
中小企業の保有する貿易保険付輸出代金債権の銀行による買取について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
独立行政法人日本貿易保険 営業第一部営業企画グループ
➠カントリーレビュー
ブラジル : ルセフ政権発足後の政策は順調なスタート
チリ : ピニェーラ政権下で大地震からの復興と成長率回復を進める・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
発行元
発行・編集 独立行政法人日本貿易保険(NEXI)
総務部広報・海外グループ
e-NEXI (2011 年 3 月号)
米国高速鉄道について∼その歴史と現状∼
日本貿易振興機構(ジェトロ)
ニューヨーク・センター次長 梶田 朗(かじた あきら)
1.米国高速鉄道の夜明け前
米国内を長距離移動する際、主要な交通手段は航空機と自動車(長距離バスと自家用車)である。
2000 年時点の全米の旅客延マイル数は航空機が 5,160 億マイル、バスが 380 億マイルに対して鉄道は
60 億マイルにとどまっている。しかし、大陸横断鉄道や鉄道王という言葉があったように、かつて米国は鉄
道王国であった。1960 年の旅客延マイル数は航空機 310 億マイル、バス 190 億マイルに対して鉄道も
170 億マイルと健闘していた。往時と比べると鉄道は廃線が相次いだが、現在も路線総延長距離は 22.6
万 km で、国別では第 2 位のロシア(8.7 万 km)や第 3 位の中国(7.8 万 km)を圧倒的に引き離して第 1
位である。EU 加盟国合計の 22.9 万 km とほぼ等しい距離だ。
高速鉄道については、戦前から近隣の街同士を結ぶ路線で電化や車両軽量化による高速化が図ら
れてきたが、州を跨ぐ大都市間でも 1934 年にパイオニア・ゼファー号がデンバー・シカゴ間を約 13 時間(
最高時速 180km)で試走するなど、高速化志向は強かった。しかし戦後になると、鉄道インフラの老朽化
や安全規制強化などにより高速化が難しくなり、またアイゼンハワー大統領によって提唱され 1956 年から
整備が始まった全米州間国防高速道路網(インターステート・ハイウェイ)や 1950 年代末に就航したジェ
ット旅客機が、低廉な石油価格もあって長距離の交通手段として定着し、旅客鉄道は都市内の地下
鉄、近郊通勤列車を除いて衰退していった。
1971 年には不採算に陥った各鉄道会社の旅客鉄道部門を分離統合する形で連邦政府出資の株
式会社、すなわち公社形態のアムトラック(Amtrak、正式名:全米鉄道旅客公社 National Railroad
Passenger Corporation)が設立され都市間旅客鉄道は同社に集約された。現在、アムトラックは全米
46 州の計 500 主要都市を結んでいるが、総営業距離は 3.4 万 km にすぎず、米国の鉄道は旅客よりも
貨物運送が用途の中心となっている。
現在に連なる米国の高速鉄道建設に向けた動きは、1964 年の日本の新幹線開業と期を一にしてい
る。1965 年に連邦議会で高速陸上交通法(High Speed Ground Transportation Act)が可決。連邦
政府として先進的な高速鉄道技術の開発に取り組むこととなり、1966 年に運輸省に設置された連邦鉄
道管理局(FRA:Federal Railroad Administration)と民間鉄道会社(後にアムトラック)の協力で、ニュー
ヨーク・ワシントン間に高速鉄道メトロライナーが整備された。70 年代も高速鉄道化の焦点は引き続きボ
ストン・ニューヨーク・ワシントンを結ぶ北東回廊に向けられた。航空機や自動車が全米で最も混雑してい
る同エリアの鉄道インフラを改良することが専らの目的で、76 年に可決した新法予算のもとで、線路や信
号機の取り換えや踏切の廃止などが行われた。80 年代に入ると連邦政府は米国の他地域での高速鉄
道の潜在ニーズに目を向け、各州レベルでの高速鉄道の研究を予算化した。その結果、86 年までにカリ
フォルニアなどを含む少なくとも 6 州で高速鉄道担当部局が設置され、フロリダ、オハイオ、テキサス、カリフ
ォルニアでは民間企業主体のコンソーシアムも設立され、高速鉄道や磁気浮上式鉄道(Maglev:いわゆ
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る超電導リニア新幹線)のフィージビリティ・スタディが進められることになった。
こうして高速鉄道への機運が徐々に盛り上がるなか、1991 年には総合陸上交通効率化法(ISTEA:
Intermodal Surface Transportation Efficiency Act)が可決し、当初 5 路線が高速鉄道化の対象とし
て認可された。太平洋北西回廊、カリフォルニア回廊、シカゴ・ハブ、フロリダ回廊、南東部回廊の 5 路線
である。また、1998 年には 21 世紀に向けた交通資本法(TEA-21:Transportation Equity Act for The
21st Century)が成立し、湾岸回廊、キーストーン回廊、エンパイア回廊、北部ニューイングランド回廊、
南部中央回廊の 5 路線や ISTEA の 5 路線の延伸が随時追加されていった。これら合計 10 路線は、現
在の高速鉄道計画路線の原型となっている。
2.引き続き重視される北東回廊
このようにオバマ大統領の華々しい発表の遥か以前から、米国では高速鉄道の構想が綿々と続いて
いるが、これまでのところ米国で高速鉄道が営業されているのはボストン・ニューヨーク・ワシントンの北東回
廊におけるアムトラックのアセラ特急(Acela Express)のみである。2000 年に営業運転が開始されたアセラ
の車輌は、フランスの高速鉄道 TGV の技術をベースに、カナダのボンバルディアとフランスのアルストムが供
給している。車輌性能では時速 240km での運転が可能だが、線路や路盤が老朽化していること、他の
通勤電車やアムトラックの普通列車や貨物列車まで同一軌道上を走ることから、実際の営業運転速度
はニューヨーク・ワシントン間(約 360km)で 2 時間 42 分(平均時速 130km)。ニューヨーク・ボストン間(
約 370km)は一部に踏切が残るほか線路が古く曲線も多いため 3 時間 35 分もかかり、平均時速は
105km にとどまる。残念ながら高速とは程遠い状況だ。
こうした状況を受けてアムトラックは 2010 年 9 月に、次世代高速鉄道線(Next-Gen High Speed Rail
Line)構想を発表した。今後 25 年かけて総工費 1,170 億ドル(年間 47 億ドル)を投じて、既存路線に
並行した高速専用軌道を設けるか、もしくは新線を建設し、ボストン・ニューヨーク・ワシントン間を最高時
速 354km で営業運転する構想である。これによりニューヨーク・ワシントン間の所要時間は 1 時間 36 分と
現在の 4 割短縮、ニューヨーク・ボストン間のそれは 1 時間 24 分と 6 割減に短縮される。
北東回廊は国土の 2%に人口の 6 分の 1 相当の 5 千万人が居住し、GDP の 2 割を稼ぎ出す経済の
要衝だ。現在、同地域の交通は 89%が高速道路利用、5%が航空機、6%がアムトラックで、アセラの運行
頻度は 1 時間にたった 1 本で乗客は年間 310 万人にすぎない(東海道新幹線は 1 億 3,800 万人)。こ
れを 2050 年には高速鉄道だけで 1,970 万人に引き上げることが目標で、ニューヨーク・ワシントン間の交
通の 39%を鉄道が担う(非高速鉄道含む)という計画である(その場合、高速道路は 57%、航空機が 4%と
なる)。米国の高速鉄道で実現可能性が最も高いのは、やはり需要が多く採算に乗る北東回廊だ、とい
う声も多い。
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3.オバマ大統領の高速鉄道計画
“想像してみてほしい。ほんの数歩歩けば、公共輸送機関に乗っている。時速数百マイルの列車が街中
をビュンビュン走っていく。駅から降りればあっという間に目的地に着いている。アメリカを再生するそんなプロ
ジェクトが実現したら。想像してみてほしい。”
オバマ大統領は 2009 年 4 月に FRA による高速都市間旅客鉄道(HSIPR:High-Speed Intercity
Passenger Rail)プログラムの発表声明でこう語った。そして米国再生再投資法(ARRA:American
Recovery and Reinvestment Act of 2009)の景気対策資金を活用し全米規模で高速鉄道を整備す
るとし、10 の候補路線(に加えて北東回廊も別途整備)を発表した。
図表 1:米国高速鉄道建設計画地図
出典:連邦鉄道管理局(FRA)
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図表 2:米国高速鉄道建設計画一覧
回廊名
運行地域
補助金($M)
太平洋北西(Pacific Northwest)
ユージーン・ポートランド・タコマ・シアトル・バンクーバー(カナダ)
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カリフォルニア(California)
サンフランシスコベイエリア・サクラメント・ロサンゼルス・サンディエゴ
南部中央(South Central)
タルサ・オクラホマシティ・ダラス/
フォートワース・オースチン・サンアントニオ・リトルロック
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湾岸(Gulf Coast)
ヒューストン・ニューオーリンズ・バーミンガム・アトランタ
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シカゴハブ(Chicago Hub Network)
シカゴ・ミルウォーキー・ミネアポリス/
セントポール・セントルイス・カンザスシティ・デトロイト・トレド・
クリーブランド・コロンバス・シンシナティ・インディアナポリス・ルイビル
フロリダ(Florida)
オーランド・タンパ・マイアミ
南東部(South East)
ワシントン DC・リッチモンド・ローリー・シャーロット・アトランタ・
メイコン・コロンビア・サバナ・ジャクソンビル
キーストーン(Keystone)
フィラデルフィア・ハリスバーグ・ピッツバーグ
エンパイア(Empire)
ニューヨークシティ・アルバニー・バッファロー
北部ニューイングランド(Northern New England)
ボストン・モントリオール(カナダ)・ポートランド・スプリングフィールド・
ニューヘブン・アルバニー
北東(NEC: North East Corridor)
ボストン・ニューヨーク・フィラデルフィア・ボルチモア・ワシントン DC
3,871
1,880
2,392→0?
691
520
159
出典:連邦鉄道管理局(FRA)資料から筆者作成
HSIPR 計画については、オバマ大統領が就任する前の 2008 年 10 月に成立した旅客鉄道投資改善法
(PRIIA:Passenger Rail Investment and Improvement Act of 2008)の存在が大きい。同法は従来
北東回廊の整備に集中しがちであった鉄道開発について、連邦と全米各州が共同して実施することを仕
向けた枠組みである。
大統領は 2010 年 1 月の一般教書演説で再び高速鉄道計画に触れ、直後にフロリダ州、カリフォルニ
ア州などを含む 31 州とワシントン DC に計 80 億ドルの連邦補助金を支給することを発表した。この補助
金は、過去何度も検討されてきたものの様々な事情で実行できないままでいた全米の高速鉄道計画を
ジャンプスタートさせる効果を持ち、各地で具体的なプロジェクトが動き始めた。その後、補助金は 2010
年度運輸省予算から 24 億ドルが追加支給されている。
オバマ大統領は 2011 年 1 月の一般教書演説でも「今後 25 年以内に米国民の 80%が高速鉄道に
乗るようになり、自動車と比べて半分の時間で移動できるようになる」と述べ、2 月に発表した 2012 会計
年度の予算教書では、今後 6 年間で総額 530 億ドルを高速鉄道予算として注ぎ込むことを発表した。
オバマ大統領の壮大な構想が実現に向けて動き出したのだ。
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4.中間選挙を期に事態は暗転
そうした矢先に事件が起こった。2010 年 11 月に当選した共和党系新人のスコット・フロリダ州知事は 2
月 16 日、タンパ・オーランド間の高速鉄道建設計画を放棄し、補助金 24 億ドルを返却する旨発表した
のだ。12 月には共和党系知事が当選したウィスコンシン州とオハイオ州からも計 12 億ドルの補助金返却
があったばかり。計画が最も進んでいたフロリダ州案件が暗礁に乗り上げた。中間選挙で下院の過半数
議席を得た共和党は財政赤字を危惧し、予算案で高速鉄道を真っ向から否定している。現在、残る有
望路線はカリフォルニア高速鉄道。カリフォルニア州は知事と上院議員 2 名のいずれもが民主党である。し
かし、州財政が困窮を究める中で同路線の総工費は 430 億ドルもの巨額にのぼる。財政赤字は深刻な
問題ではあるが、高速鉄道が地域経済に与える大きな効果は日本の例を見ても明らかだ。40 年前から
検討されてきた米国の高速鉄道は、オバマ大統領の強い指導力で実現一歩手前までこぎつけたが、今
まさに正念場を迎えている。
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中小企業の保有する貿易保険付輸出代金債権の銀行による買取について
独立行政法人日本貿易保険
営業第一部営業企画グループ
1 NEXI と本邦メガバンク3行との業務提携と金融円滑化スキーム
NEXI では、従来から、海外市場に果敢に挑戦する中小企業の海外展開を支援するための
様々な施策を講じているところ、株式会社みずほ銀行(取締役頭取 西堀利氏)、株式会社三
菱東京 UFJ(頭取 永易克典氏)及び株式会社三井住友銀行(頭取 奥正之氏)の本邦メガバ
ンク3行とも連携し、各行の広範なネットワークを通じた中小企業等に対する貿易保険の紹介を
積極的に行ってきました。
今般、中小企業の海外展開支援を更に協力に推進するため、NEXI は各行との間で中小企
業の貿易投資促進支援に関する業務提携の覚書を締結しました。また、本覚書に基づき、中
小企業に係る金融円滑化促進に資するため、各行と連携し「貿易保険付輸出代金債権の買
取」スキームを創設しました。以下、スキームの具体的な内容について説明いたします。
2 貿易保険付輸出代金債権買取スキーム概要
今回のスキームに関する大まかなフローは以下のとおりです。
なお、貿易保険の付保は各行による輸出代金債権の買取りをお約束するものではなく、買取
りについては各行において改めて判断することになります。また、輸出代金債権の買取方法に
ついても各行で若干異なりますので、本スキームのご利用にあたっては、まずは以下の各行の
お問合せ先までご照会・ご相談ください。
(1)保険の申込み及び保険契約の締結
海外のバイヤーと輸出契約を締結しようとする中小企業は、NEXI の貿易保険を申し込み、
NEXI との間で保険契約を締結します。
(2)質権設定又は保険契約譲渡
NEXI の貿易保険が付保された輸出代金債権について、銀行が買取可能と判断した場合に
は、中小企業と銀行連名で NEXI に対し保険金請求権への質権設定、または保険契約の譲
渡にかかる申請を行い、NEXI はそれを承認します。
(3)輸出代金債権買取
NEXI により質権設定又は保険契約譲渡承認後、銀行は輸出代金債権の買取を実施しま
す。
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<各行のお問い合わせ先>
【みずほ銀行】 法人業務部 外為営業推進室(TEL:03-3596-6666)
【三菱東京 UFJ 銀行】 国際業務部 金融商品グループ (TEL:03-5252-1662)
【三井住友銀行】 グローバル・アドバイザリー部 グローバルトランザクショングループ (TEL:03-4333-2493)
貿易保険付き輸出代金債権の買取スキーム(イメージ図)
銀行
業務協力・連携
(中小企業支援策の検討・実施等)
NEXI
②輸出債権買取
(貿易保険付)
①貿易保険契約の締結
中小企業
輸出代金債権
海外バイヤー
3 本スキーム活用による輸出者のメリット
(1)輸出代金債権の早期資金化
通常の輸出契約においては、契約締結からバイヤーの債務履行による売掛金の回収まで
にタイムラグが生じることとなりますが、本スキーム活用により代金債権の早期資金化が可
能となります。
また、輸出契約について NEXI の貿易保険が付保されることにより、未付保状態の輸出代
金債権に比して銀行の買取枠の拡大も期待できます。
(2)損害防止義務・回収義務の免除
本スキームを活用して、保険金請求権に対する質権設定、又は保険契約の銀行への譲渡
を行った場合、通常、貿易保険の被保険者である輸出者が負担することになっている、海外
バイヤーの支払債務の履行遅滞が発生した場合の損害防止義務や保険金請求後の回収義
務といった被保険者の義務が免除されるため、債権管理に係る事務コスト負担が軽減されま
す。
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《カントリーレビュー》 ラテンアメリカ Latin America
<Point of view>
・ブラジルでは、2011 年にルセフ政権が発足し、最低賃金の政府案を通し、好調なスタートを切った。
・チリでは、2010 年大規模地震からの復興が進み成長率が回復しつつある。ピニェーラ大統領には、隣
国ボリビアとの関係深化と共栄が期待される。
●ルセフ・ブラジル大統領の就任と政策課題
2011 年 1 月、ジルマ・ルセフ氏がブラジル大統領に就任した。ルセフ大統領のマクロ経済政策はルー
ラ前大統領の政策を踏襲したもので、大きな変更はないと予想されているが、ルーラ政権下では手つか
ずであった税制の簡素化、財政構造改革、年金制度改革の推進などが期待されている。
●財政構造改革
就任後、ルセフ大統領が早速着手したのが、財政構造改革である。ブラジル政府は 2000 年に財政
責任法を導入し、財政の基礎的収支(プライマリー収支=債務の元利払いを除いた歳出と国債発行
を除いた歳入との差)の黒字目標を発表している。本目標は 2010 年には対 GDP 比 3.3%であったが、
2011 年以降 3.1%へやや後退している。
これに対して 2 月、マンテガ財務相は、2011 年の歳出額を予算比で 500 億レアル(約 300 億ドル)
削減し、7,199 億レアル(プライマリーベース)とすると発表した。選挙期間中に不安視されていた政府の
権限強化を打ち消し、市場経済を重視した政策を打ち出そうとのルセフ政権の目論見でもある。もっと
も実際の削減額は 350 億∼400 億レアルに留まるであろうとの見方も多い。医療、年金などは法律で
定められているため削減が困難であり、ボルサファミリア(貧困世帯層向けの補助金)も縮小できないとい
うのがその理由である。
●出だしは好調なルセフ政権
ルセフ大統領の手腕が最初に試されたのが、最低賃金案の国会審議である。政府案は月額 545 レ
アルで、政府の歳出削減の重要な柱となるものである。
労働組合は月額 580 レアルを要求していたため審議は難航が予想されたが、2 月末、政府案は下
院で可決された後、上院でも修正なく可決された。取り敢えずは好調なスタートを切ったルセフ政権で
あるが、今後の政策の舵取りが注目される。
●ピニェーラ・チリ大統領の一年目と今後の課題
チリでは 2010 年 2 月に大規模地震が発生し、直後の 3 月にセバスチャン・ピニェーラ氏がチリ大統領
に就任した。新大統領にとって最初の課題であった震災復興と成長率回復を達成しつつある。チリは
2008 年まで GDP 比で 5∼8%の財政黒字を続けてきたため財政支出に拡大余力があり、破壊された
インフラの修復を進めている。さらに、金属価格上昇の恩恵で、2010 年の直接投資流入額は約 80 億
ドルに回復した。IMF の推計によると 2010 年の成長率は 5.0%、2011 年の成長率は 6.0%と、回復見
込みである。
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チリの持続的成長には、直接投資と輸出促進が不可欠である。チリの歴代政権は工業製品の関
税引下げや撤廃を進め、APEC や二国間自由貿易協定を通じてアジア諸国に銅や農産物の輸出拡
大を志向してきた。ピニェーラ政権もこの通商政策を踏襲しており、中国や ASEAN 諸国との貿易拡大
が有望視されている。
長期的な投資促進戦略として、ボリビアからチリの港への輸送と積出しを容易にし、インフラ投資や
鉱山開発投資を両国で増加させることが一般的に考えられ得る。このためには、チリ・ボリビア間の良好
な経済関係が必要である。両国間の領土問題解決に時間を要してはいるが、最近ではボリビアのモラ
レス大統領のチリ訪問や首脳会談が実現し、関係改善に向かっている。ピニェーラ大統領には、隣国
ボリビアとの関係深化と共栄を進めることが期待されている。
(億ドル)
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チリの直接投資流入額
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