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「人権問題論」学習指導書 - 大阪芸術大学 通信教育部

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文部科学省認可通信教育
「人権問題論」学習指導書
神 戸 修
大阪芸術大学短期大学部 通信教育部
人権問題論テキスト『人権侵害と戦争正当化論』学習の手引き(概要とポイント)
第一章 戦争正当化論
一、戦争正当化論とは〈第一講議〉
1、内容
「戦争」の定義をして大まかなイメージをつかんでください。ポイントとし
ては「戦争は運命でも自然災害でもない」という点です。
2、意図(戦争から利益を得ている人々がいる)
戦争が「運命でも自然災害でもない」ということを端的に表していること
として「ビジネスとしての戦争」を紹介しています。「愛国心」だとかの宣伝
に迷わされることなく、ドライな目で戦争を見てほしい、というのがポイン
トです。
3、戦争と人権
人権のキーワードは「安心、自信、自由」です。戦争が「安心して生活すること」
を破壊することは当然です。また、戦争は差別を前提とし差別を作り出します。
さらに戦争は、国民を広く戦争に動員するために、国民生活を統制し、ある
いは自由思想や平和思想を、戦争批判として弾圧します。戦争を「人権侵害」
として捉えるのがポイントです。
二、戦争正当化論の類型〈第二講議〉
1、ラパポートの分類
戦争に関する類型を学びます。学問的分析ですが、先と同じく、戦争は運
命でも自然災害でもないことを確認します。
2、運命論
戦争正当化理論として、特に戦争を「神の意志」として正当化する理論を
学びます。この理論が、先のイラク戦争を導く一つの要因になったという、
歴史的事実を確認してください。
3、政策論
戦争を「政治の延長」として捉える理論は古くからありますが、だからといっ
て、戦争が正当化されるわけではありません。むしろ戦争を必要とする政治
─1─
の体質こそが問われるべきだということがポイントです。
三、S・ハンチントンの「文明の衝突」について〈第三講議〉(1、2、3、4、
5、6 を通して)
この節は、ハンチントンの「文明の衝突」という視点を現代の戦争正当化
論として読み込むのが目的です。しかし歴史的な背景に関する知識や、やや
理論的な議論が続きますので、細かい点まで理解できなくても結構です。要
するに、この、最近好評になった理論も、戦争を運命として説明する、正当
化理論の一つだということがポイントです。
第二章 日本における戦争正当化論成立の前提
一、『心のノート』作成の背景〈第四講議〉
1、経過
日本における戦争正当化理論について学ぶために、戦争動員に不可欠な「愛
国心教育」の問題を取り上げます。具体的には 2002 年に文部科学省が発行し
た『心のノート』を分析します。まずこのテキスト発行の経過について確認
しますが、この「経過」の所では、『心のノート』が、中曽根内閣より連綿と
して続く「新国家主義」の最先端に位置つけられることがポイントです。
2、『心のノート』の位置
『心のノート』が『国体の本義』に代表されるような、国民道徳論(国民
は国家に奉仕してこそその存在意義がある)の現代版であるということがポ
イントです。
3、国家と資本の論理の貫徹
日本における「愛国心教育」をつらぬくものは、個人の尊厳という理念を
否定して、国家や企業という集団に奉仕すること、そのためには自己犠牲を
も厭わないような人間を造り出すことを要求する、国家と資本の論理である
ということがポイントです。
二、『心のノート』の特徴(「中学生向け」にそって)〈第五講議〉
1、教育カリキュラムの道徳化
教育全体の「道徳教育」化の問題を指摘しています。戦後の教育は、戦前
の非科学的な超国家主義的教育への反省から生まれました。戦後教育の眼目
─2─
は、物事や社会を科学的に見る視点の獲得でありました。「道徳教育」はもち
ろん必要ではありますが。近代日本の教育において「道徳教育」は、この科
学的視点を奪う方向でなされてきたという、特殊な事情があります。
『心のノー
ト』の登場は、この意味での「道徳教育の復活」の恐れがあるという点がポ
イントです。
2、「畏敬の情躁」の協調
超国家主義教育を支えた一つの概念が「畏敬の情躁」です。これはもとも
と「人間の力を超えたものに対する畏敬の念が宗教の始まり」という、宗教
学上の理論でありましたが、これが教育の場にもちこまれて、天皇崇拝の論
理として強調されたのでした。それが『心のノート』にも盛られているとい
うことがポイントです。
3、集団優先主義
個人の尊厳という理念を否定し、個人はそれが属する集団のために奉仕(時
には自己を犠牲に)することによって人間としての価値を見出そうとする「集
団優先主義」が、戦前までの日本の教育や学問(例えば倫理学を初めとして
た哲学)の特徴でありました。この集団優先主義というものが何であるのか
を理解することがポイントです。
4、“自発性”
『心のノート』には、戦前の教育には見られない特徴があります。それは一
見自発性を尊重しながら、その自発性を巧妙に権力の意図する方向にむける
という、いわばマインドコントロールの手法です。ここに見られる「自由に
決めよ、但し望まれる形で」という欺瞞に気づくことがポイントです。
5、「こころ主義」
人権 ( 例えば差別 ) の問題が「心」の問題としてしか語られない時、それは
差別が起こる原因と構造を理解し、その原因を取り除き、差別を生みだす構
造を変革するのではなく、「差別をしない心がまえ」で差別が解消できるかの
ような幻想を抱いてしまうことを理解することがポイントです。
6、プロセスの無視
こういった「こころ主義」は、「幸・不幸」の問題が、すべて「こころ」の
問題とされ、子供達が抱える問題とその社会的背景を、子供達が置かれたそ
─3─
れぞれの複雑な状況を理解し、解決してゆく道を阻んで行きかねません。こ
の点を理解するのがポイントです。
三、「愛国心」強制史(戦前まで)〈第六講議〉(1、2 を通して)
この節では、戦前までの「愛国心教育」の経過を具体的に知ることによって、
その問題点を探ります。『心のノート』で強調されている徳目が、戦前の超国
家主義教育の中でどのように語られてきたのかを確認することによって、『心
のノート』と戦前の超国家主義教育とが深いつながりを持っていることを理
解することがポイントです。
四、
「愛国心」強制史(戦後より)〈第七講議〉(1、2、3、4、5、6、7 を通して)
前節で学んだ歴史が、また戦後の歴史においても繰り返されているという
ことを学びます。戦前と戦後の連続性を把握することがポイントです。
五、
「愛国心」を “教育” することの欺瞞性〈第八講議〉(1、2、3 を通して)
この節では、国家が特定の道徳や宗教、要するに特定の価値観を教育の場
を通じて強要することの愚かしさを学びます。国家権力からの個人の内面の
独立の大切さを理解するのがポイントです。
第三章 再び「“くに” という宗教教団」
一、国体〈第九講議〉
前に触れたように、近代日本国家の大きな特徴は、国家自体が特定の宗教的・
道徳的価値観を体現する実体であったことでした。わかりやすく言えば、“く
に” が国民に対して「このような生き方をせよ」と強制したことでした。そ
の価値観の内容を、国家神道といいました。この国家神道の内容は、「天皇は
神である = 神が統治する日本は神国である = 神国日本の行う国家行為(主に
戦争)は聖戦である = 聖戦で戦死した者は英霊(優れた霊)である」と定義
できます。この国家神道こそが、国民を広く戦争に動員し、アジア・太平洋
地域の人々に大きな苦しみを与え、また国内での反国家・反戦争思想の徹底
的な弾圧(要するに人権侵害)を可能にしたのでした。この国家神道のうち
前半の「天皇は神 = 神の統治する日本は神国」という思想を「国体思想」、後
半の「日本の行う戦争は聖戦 = 聖戦の戦死者は英霊」という思想を「靖国思想」
─4─
と言っておきます。国家神道は「国体思想」と「靖国思想」との合体として
理解できます。国家神道について理解することが全体を通してのポイントに
なります。
1、国体の創出
こうした近代日本国家の特徴が、日本が近代国家として誕生する際の歴史
的条件を背景にしていることを学びます。伊藤博文の視点をよく理解するこ
とがポイントです。
2、国体の特徴
この国体は、しかしほとんど実体がなく、常に権力者の都合に合わせて、
その内容を恣意的に詰め込むことができる “箱” のようなものでした。「国体」
という言葉の下に、どれだけの人権侵害が行われたかを学びます。そして、
この、徹底的な人権侵害が、「国体」という思想によって、人権侵害としてで
はなく、あたかも宗教教団における、裏切り者への成敗(異端審問)、という
形で正当化されたという点がポイントです。
3、国体の強制
こういった国体の強制は、権力の側からの強要ということがありましたが、
逆にそれを受け入れる国民の側の問題もありました。自由の問題についての、
ドストエフスキーの「大審問官」を通してこの問題を学びます。権力の強制は、
それを受け入れる国民がなければ成り立たないという点がポイントです。
二、国体の中核(国家神道)〈第十講議〉(1、2、3 を通して)
再び国家神道の定義を、今度は少し学問的な視点で行います。国家神道は
まさに「宗教」にちがいありませんから、当然「教典」(教えを記した書物
で信者の拠り所となるもの)、そして「本尊」(帰依の対象)さらに布教施設
があります。それぞれの内容を把握してください。国家神道が、国家によっ
て強制された紛れもない宗教であるということ、また戦後日本国憲法 20 条に
規定される「国から特権を受け、政治上の権力を行使した」宗教というのは、
この国家神道であったということがポイントです。
三、国体の中核の中核(靖国)〈第十一講議〉
1、教義
生命を奪う、奪われるというのは最大最悪の人権侵害であるとするならば、
─5─
戦争こそは最大の人権侵害にほかなりません。人権侵害には、必ず人権侵害
正当化論があると言いましたが、そうすると、戦争正当化論こそは、最大の
人権侵害正当化論です。戦争正当化論は、第一章でみたように、古今東西様々
なものがありますが、おそらく歴史上、最も完備され、その影響力が最も大
きなものとしてあげられるのが靖国思想です。ここではその教義を学びます。
「聖戦思想」「英霊思想」「顕彰思想」の三点を理解することがポイントです。
2、本尊
靖国神社に耐られている「英霊」が誰であるかを理解してください。誰を
祀るか、誰を祀らないかを分ける基準がポイントです。
3、布教施設
靖国思想を広める施設は非常に広範でしかも様々なものがあるということ
を学びます。かつては学校教育の場もその “布教施設” として機能したことが
ポイントです。
4、その特徴
靖国思想の特徴を学びます。味方と敵への差別、人間の道具視、死の意味
付け、の三点です。前の二点はわかりやすいですが、三点目は、人間の苦悩
は苦悩そのものよりも苦悩に意味がないことによる、という人間存在の非常
に深い部分に靖国思想が食い込んでいることを理解するのがポイントです。
四、靖国からの解放〈第十二講議〉(1、2、3 を通して)
靖国思想から解放の方途を探ります。靖国を知ること。靖国のもたらす事
実を直視すること。そして、死の意味付けを国家などの権威に委託しないこと。
特に三番目が、靖国思想だけでなく、人間精神の自立と自律という、人権確
立の普遍的なテーマであることを理解することがポイントです。
第四章 人権侵害について
一、人権侵害の本質〈第十三講議〉
1、人がモノになる
人権が奪われるということの端的な表現が、人がモノになる、ということ
です。そのことを、ナチスの強制収容所を例に紹介しています。そして人を
モノとして扱う側もまた、精神を喪失した状態にあるということが言えます。
─6─
ウェーバーの「精信なき専門人」という言葉がポイントです。
2、キーワード「安全」「尊厳」「自由」
人権侵害の本質である、人がモノになる状態というのは、言い換えれば、
人が道具になる、ということです。この状態で、人は何が破壊されるのか。
逆に言えば、人権が保障されているということは、人が「安心して、尊厳を
保ちつつ、自由に振舞える」ということにほかなりません。三つのキーワー
ドがもちろんポイントです。
3、人権侵害の構成
誰が、どのようにして、誰の人権を奪うのか。国家権力などの例が挙げら
れていますが、人権侵害が自然現象ではなく、人為的なものである限り、こ
の様な、加害者の責任と被害者の状況と、侵害を発生させた構造が鋭く問わ
れるべきであることが重要です。ここがポイントです。
4、人権侵害の定義
全体がポイント。しっかり把握してください。
5、人権侵害正当化論
人権侵害には、必ず、人権侵害を正当化する理論が付いて回ります。被害
者に責任を転嫁する理論。すべてを心の問題として処理する理論。多数の為
に少数者の犠牲は必要とする理論。神などの宗教的超越者を介在させる理論。
あるいはすべてを「運命」として受け入れさせる理論など。人権を学ぶとは、
この様な嘘を見抜いていく力を身につけることであるということがポイント
です。
二、人権侵害の性格〈第十四講義〉
1、継続する
セクハラや虐待が起こる現場は、通常見えにくい場所です。人権侵害が人
為的・計画的な場合が多いので、発見がむつかしく、被害者も自分が受けた
侵害を説明・証明することが困難な場合が多いという難点を理解してくださ
い。発見しにくいという、このこと自体がポイントです。
2、永続する
人権が脅かされるということは、「安心」や「自信」や「自由」が奪われ
ることですから、これは所謂トラウマになる可能性があります。人権侵害は、
─7─
直接的な被害が終わった後も、被害者の苦しみが続いてゆくという点がポ
イントです。
3、連鎖する
暴力が暴力を呼ぶ構造です。人権侵害起こるような人間関係は、学習に
よって作り出されるということを学びます。また「抑圧移譲」という言葉
もポイントです。
4、被害者へ責任が転嫁される
人権侵害において「被害者が悪い」という批判がよく聞かれます。間違っ
てはなりません。女性への暴力の例が挙げられています。加害者の責任を問
うことを忘れてはならないということがポイントです。
5、自己評価の歪みをもたらす
人権侵害の被害者は、「自分が悪い」ということを思いがちです。特に子供
はそうです。被害者の持つ、自己評価の歪みを、被害者の間違いとして考え
るのではなく、人権侵害の特徴として把握することの重要性がポイントです。
三、人権を護るために〈第十五講義〉(1、2、3、4 を通して)
歴史的な事実を知ること。これには、悲惨な人権侵害の事実を心に刻むと
いうことだけではなく、人権侵害と闘ってきた人々の歴史を知るということ
も大事なことです。また、国家神道の所で触れましたが、“くに” という呪縛
から、少なくとも精神的に自由になること(「4,靖国からの解放」も含めて)。
そして、人権侵害を他人事としないで、自分もある状況に置かれたら、人の
人権を奪いかねないという不安を持つこと。こういったことの大事さを学ん
でください。人権を護るということは、自分を尊敬し他人をも尊敬してゆく
ことのできる人生と、それを可能にする社会を建設するという、大きな課題
でもあるということがポイントです。
─8─
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