844 脳梗塞症治療中に発症した Paenibacillus polymyxa 菌血症の 1 例 1) 公立野辺地病院臨床検査科,2)同 内科,3)同 外科,4)社会保険中央総合病院臨床検査部, 5) 岐阜大学大学院医学研究科微生物・バイオインフォマティックス部門 那須 美行1) 中島 道子2) 野坂 嘉友1) 渡辺 泰宏2) 大塚 喜人4)5) 敦賀 俊彦1) 神 雅彦3) (平成 15 年 4 月 28 日受付) (平成 15 年 7 月 7 日受理) Key words: 序 Paenibacillus polymyxa, bacteremia 文 現病歴:2002 年 6 月 17 日朝,家人が声をかけ Paenibacillus polymyxa は従来 Bacillus 属に分 ると頭を持ち上げる程度,右片麻痺で口が曲がっ 類されていた.通性嫌気性グラム陽性の有芽胞桿 ており起き上がれない状態で発見され救急外来を 菌で広く自然界に分布している土壌細菌である. 受診した. 平素はヒトや家畜に対して無害とされ,臨床的意 入 院 時 現 症:意 識 障 害 JCS3・3・9 方 式 20∼ 義は不明である.P. polymyxa(Prazmowski 1880) 30,脈拍 72! min・不整,体温 36.7℃,血圧 170! 90 は 1994 年,Ash らによって報告され1)同義語とし mmHg,左口角下垂,右片麻痺あり,頭部 CT 検 て“Clostridium polymyxa” (Prazmowski 1880), 査にて脳梗塞症疑いで同日入院となった. “ Granulobacter polymyxa ” ( Prazmowski 1880 ) 入院時検査所見(Table 1) :血液学的検査では Beijerinck 1893 年,そして“Aerobacillus polymy- 白血球数 13,200! µl と白血球増多を認め,生化学 xa” (Prazmowski 1880) Donker 1926 年,と変更さ 検査では LDH 448 IU! l ,ALP 419 IU! l と高値,ま れており,近年では Validation List 2000 の記載 2) で Paenibacillus 属は 16 菌種に分類されている. 今回,我々は本邦で報告例のない脳梗塞症治療 た,尿中蛋白陽性であった.他の検査は,CRP を含め異常は認められなかった.また,広範囲な 脳梗塞に反応して白血球数は高値となった. 中に発熱で発症した P. polymyxa による菌血症の 臨床経過(Fig. 1) :入院後,MRI 検査,臨床症 1 例を経験したので細菌学的特徴と若干の文献的 状により脳梗塞症,うっ血性心不全悪化と診断し 考察を加えて報告する. た.6 月 20 日,25 日と 2 度,38℃ 以上の発熱を認 症 例 め,いずれも静脈血培養を施行した.20 日発熱時 患者:93 歳,女性. に P. polymyxa が検出され,抗菌薬を使用せず経 主訴:右片麻痺. 過観察をした.25 日では尿培養と共に Eschrichia 家族歴:ペット,家畜,家禽などは飼育してい coli が検出された.6 月 25 日静脈血培養施行後よ ない. 既往歴:心房細動,慢性心不全にて通院加療中. り,meropenem(MEPM)0.5g×2! day の抗菌薬 投与を開始し解熱,入院時より尿道留置カテーテ ルを挿入していたが尿路感染も改善した.その後, 青森県上北郡野辺地町字鳴 別刷請求先:(〒039―3141) 沢 9―12 北部上北広域事務組合 公立野辺地病院 臨床検査科 那須 美行 右片麻痺のリハビリテーションを行い,順調に機 能回復.以後入院経過中の発熱は認めなかった. 感染症学雑誌 第77巻 第10号 脳梗塞症治療中に発症した Paenibacillus polymyxa 菌血症の 1 例 845 Table 1 Laboratory data on admission Peripheral Blood WBC 13,200 /µ1 Blood chemistry Urinalysis TP 7.7 g/dl Protein (1 +) Neut 90.0 % GOT 36 IU/l Glucose (−) ESO 0% GPT 21 IU/l occult blood (±) BASO 0% LDH 448 IU/l ketone body (−) 4.0 % CPK 114 IU/l RBC ALP γ-GTP 419 IU/l 16 IU/l WBC T-Cho 139 mg/dl CRP MON LYM RBC Hb 6.0 % 395 × 104 /µ1 13.1 g/dl Ht Plt 38.6 % 15.4 × 104 /µ1 TG UA Fig. 1 Clinical course 46 mg/dl 4.0 mg/dl 1-4 /HF < 1 /HF Serological findings 0.1 mg/dl HBs-Ag HCV-Ab (−) (−) Table 2 Susceptility of P. polymyxa against antimicrobial agents MIC (µg/ml) Antibiotics MIC (µg/ml) Ampicillin Antibiotics ≦ 0.5 Meropenem ≦ 0.5 Cefazolin Cefotiam Minocycline 8 1 ≦ 0.5 Gentamicin Amikacin Fosfomycin ≦ 0.5 ≦ 0.5 32 2 Levofloxacin 1 Flomoxef された.本菌の同定は,BTB 乳糖寒天培地と羊血 液寒天培地 M58 に発育し,バクトラボ!オキシ 細菌学的検討 静脈血液からの菌の分離には,SIGNAL Culture )−) ,カタラーゼ試験(+) , ダーゼテスト(和光!( KOH 法は溶解,OF 基礎培地は F,TSI 寒天培地 の血液培養ボトル 1 本(好気性, Bottle(OXOID ) (日水)はA! AG であったため当初腸内細菌であろう 嫌気性)に採血後グロスシグナルを装着して 35 と推測した.腸内細菌同定用キットのエンテオグ ℃で静置培養を行った.培養 2 日目,ボトル内の ラム(短時間法) (和光!)では profile No 1140235 本菌の発育は菌膜の形成はなくボトル全体で薄い で Serratia plymuthica 77.5%,であった.また,バ 混濁が認められ,ボトルの底で溶血が見られた. イオテスト 1 号(栄研)は profile No 2401527 で ! 上昇してきた菌液の一部をフェイバーGセットF Enterobacter agglomerans , Enterobacter amnigenus (日水)を用いてグラム染色を行ったところグラム さらにパイルチューブ No 1(栄研)においては 陽 性 桿 菌(脱 色 抵 抗 が 極 弱 い)で あ り,Ziehl- profile No 0602 で Enterobacter agglomerans と同定 Neelsen 染色では抗酸性は認められなかった.分 された.また,API20E (Table 3) および API50CH 離培養は,好気的条件において 35℃,18 時間培養 (Table 4)の性状確認試験を実施したところ P. を行った.その結果,BTB 乳糖寒天培地(トリガ polymyxa との性状に一致し性状の中で不一致で ルスキー改良寒天培地) (栄研)上では 0.5∼1mm あったものは Inuline,のみであった.薬剤感受性 の S 型円形鋸歯上黄色のコロニーと羊血液寒天 はドライプレート DP21(栄研)を用いた微量液体 培地 M58(栄研)上で 1∼2mm S 型凸状辺縁波状 希釈法によって MIC を測定した.結果は(Table の β 溶血を示した.チョコレート寒天培地上では 2)に示したように,セフェム系第一世代とホスホ 2∼3mm S 型凸状辺縁波状のコロニーが多数分離 マイシンは高い MIC を示したが,ほかは総じて感 平成15年10月20日 846 那須 美行 他 Table 3 Biochemical characteristic of isolated bacterial strain using API-Test 20E β-Galactosidase Arginine dihydrolase Lysine decarboxylase + − − Urease Indole Voges-Proskauer − − − Gelatinase Aerobic growth Anaerobic growth + + + Ornithine decarboxylase − Nitrite from Nitrate + Carbon diozide growth + Citrate(simmons) − Oxidase − on MacConkey agar − H2S production − Catalase + on BTB agar + Table 4 Biochemical characteristic of isolated bacterial strain using API-Test 50CHB Production of acid from carbohydrates Glycerol + Inositol − Inuline + Erythritol − Mannitol + Melezitose − D-Arabinose L-Arabinose Ribose − + + Sorbitol αMethyl-D-mannoside αMethyl-D-glucoside − − + D-Raffinose Amidon Glycogene + − + D-Xylose L-Xylose Adonitol + − − N Acetyl glucosamine Amygdaline Arbutine − + + Xylitol βGentiobiose D-Turanose − + + βMethyl-xyloside Galactose D-Glucose D-Fructose + + + + Esculine Salicine Cellibiose Maltose + + + + D-Lyxose D-Tagatose D-Fucose L-Fucose − − − − D-Mannose L-Sorbose Rhamnose Dulcitol + − − − Lactose Melibiose Saccharose Trehalose + + + + D-Arabitol L-Arabitol Gluconate 2 ceto-gluconnate − − − − 3 ceto-gluconnate − Fig. 2 Gram staining(×2,000) Gram-positive bacillus was isolated from blood culture Level 1 は「ヒトからの分離例があり,日和見感染 症を起こす可能性のある菌種」と定められている が,本菌はヒトからの分離例がなく日和見感染症 を起こす可能性のある菌種として極めて稀な症例 である.また本菌は生体各所の正常フローラとし ては認知されておらず,採血時汚染されたとは考 えにくく本症例では本来無菌的な材料である血液 から発熱時に検出されており,本菌が発熱の原因 ではないかと推測している.本菌は,!培養 2 日 目以降になると BTB 培地の色素が透明にとなる こと"時間の経過とともに芽胞を形成してゆくこ と#焼きたてのパンの香りがすること$マッコン キー寒天培地には発育しないことなど非常に特徴 受性を示した.本菌のグラム染色像(×2,000)を (Fig. 2)に示した. 的な部分もあり,興味深い菌であった.そして, 簡易同定キットは基本的に臨床材料からの分離菌 考 察 を対象としているため同定不可能であった.その 3) 日本細菌学会バイオセイフティー指針 では ため,菌種確定は困難と判断し遺伝子解析を微生 感染症学雑誌 第77巻 第10号 脳梗塞症治療中に発症した Paenibacillus polymyxa 菌血症の 1 例 847 物受託同定サービス機関に依頼した.遺伝子解析 し診断に至ることができ,過去に経験のない P. では,本菌の 16SrDNA 部分塩基配列(500bp)は polymyxa 菌を検出することができた.今後の P. 相同率 99.26% で P. polymyxa 4)に対し最も高い相 polymyxa 菌の多方面での動向に注目したい. 同性を示した.分子系統樹上でも 16SrDNA は P. polymyxa の 16SrDNA とクラスターを形成し 近縁であることが示された.菌種確定のためには ハイブリダイゼーションを用いた相同性の比較を 行う必要がある.細菌の分類では, “DNA-DNA ハイブリット形成率 70% 以上”を種の定義5)とし ているが,残念ながら今回は,まだハイブリット 試験は施行していない. 今回,文献を検索し得た範囲では臨床材料から 検出された報告はなく,薬剤ではクリーム状の薬 品または抗酸性剤6)食品では,缶詰食品7),麦茶の 管理指標菌8),もち液化原因菌9)などの分離源の報 告がある.他には本菌の生産する高粘性多糖の研 究10),合成界面活性剤による溶菌の報告11),など 有用微生物の一種として利用されている報告があ る.感染経路として,本症例で患者は草刈りを日 課としており,また慢性心不全等の易感染性宿主 状態であったため,手の傷口などから血行感染し て菌血症を起こしたと推測される. 治療に関しては,臨床上は敗血症の状態であり, 発症当初は菌種同定困難であったため広範囲な感 受性の得られる抗生剤の使用が余儀なくされた. しかし,感受性結果からみるとペニシリンで十分 であり抗生剤の選択が適切でなかった事が反省さ れる. 本菌はヒト,家畜共に無害で二次公害の発生が 無いとされているが,今後,高齢化社会が進むに つれて本菌のみならず環境中に存在するさまざま な環境雑菌による日和見感染症が増加してくる事 を年頭におく必要がある.今回,我々は本菌感染 症の菌種同定の一助として遺伝子解析により判明 平成15年10月20日 なお,本論文の要旨は第 77 回日本感染症学会総会学術 講演会(2003 年 4 月福岡市)において発表した. 文 献 1)Index of the Bacterial and Yeast Nomenclatural Changes Published in the International Journal of Systematic Bacteriology Since the 1980 Approved Lists of Bacterial Names(1 january 1980 to 1 January 1986),IJSB, 1985;35:382―407. 2) Acta Microbiologica Polonica 2001 ; 50 ( 2 ): 129―37. 3)日本細菌学会バイオセーフティー委員会:病原 細菌に関するバイオセーフテイー指針,2001. 4)VALIDATION LIST N°51. Int J Syst Bacteriol 1994;44:852. 5) Wayne LG , Brenner DJ , Colwell RR , Grimont RAD, Kandler O, Krichewsky MI, et al. :Report of the ad hoc committee on reconciliation of approaches to bacterial systematica. Int J Syst Bacteriol 1987;37(4):463―4. 6)Bacillus polymyxa(Prazmowski, 1880 ) Mace’ , 1889, 588, AL. 7)池上義昭,村山寿美江:P. polymyxa の胞子の発芽 及び増殖に及ぼす pH と有機酸組成の影響.東洋 食品工業短期大学・東洋食品研究所究所報告書 1987;17:59―63. 8)松村てるみ,丹羽源広:飲料製造における管理指 標菌の同定と脂肪酸分析による簡易同定の試み. 防菌防ばい 1992;20(12):637―42. 9)内藤茂三:包装食品の微生物変敗防止に関する 研究 III.包装もちの変敗菌について.愛知県食品 工業試験所年報 1981;22:72―85. 10)満田伸次郎,宮田信夫,広田哲二,菊池俊彦:微 生物の生産する多糖に関する研究 I Bacillus polymyxa の生産する高粘性多 糖.醗 酵 工 学 会 誌 1981;59(4):303―9. 11)北辻 桂,深瀬哲郎:合成界面活性剤による糸状 性細菌の溶菌.水環境学会誌 1998;21(12): 869―74. 848 那須 美行 他 A Case of Paenibacillus polymyxa Bacteremia in a Patient with Cerebral Infarction Yoshiyuki NASU1), Yoshitomo NOSAKA1), Yoshihito OTSUKA4)5), Toshihiko TSURUGA1), Michiko NAKAJIMA2),Yasuhiro WATANABE2)& Masahiko JIN3) 1) Department of Clinical Laboratory, Noheji-municipal Hospital, 2)Department of Internal Medicine, Noheji-municipal Hospital, 3)Department of Surgery, Noheji-municipal Hospital, 4)Division of Clinical Microbiology Laboratory, Social Insurance Central General Hospital, 5)Department of Microbiology and Bioinformatics, Gifu University Graduate School of medicine We report a case of Paenibacillus polymyxa bacteremia in a patient with cerebral infarction. The patient was a 93-year-old female who was admitted to our hospital. On the 4 day after admitted, she had a fever 38.2℃. The result of the blood culture showed a gram positive spore bacillus in the blood culture bottle. As a result of performing 16SrDNA sequence analysis(500bp) , it was a close relationship most by 99.26% P. polymlxa of coincidence was found. With a result using api 20E and api 50CH, this bacillus turned out to be P. polymyxa. The patient had a habit of weeding around her house daily. So we had to take her habit into consideration. We thought she could to get her hands injured. We assumed probably her habit might put her into high risk state of infection of this bacillus. We have supposed this bacillus might be infected with her through her blood. 〔J.J.A. Inf. D. 77:844∼848, 2003〕 感染症学雑誌 第77巻 第10号
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