都市のリスクマネジメント

都市の
リスクマネジメント
熊 本 地 震 災 害 に 学 ぶ (2 )
魅 力 増 進 型 で 耐 震 化の進 展 を
鍵屋 一
威 は あ る に せ よ、 人 智 で 乗 り 越 え ら れ る も
冷 静 に 判 断 し な く て は な ら な い。 自 然 の 脅
自治体はなぜ大災害になってしまったかを
因 に 思 い が 至 ら な く な り が ち だ。 し か し、
大な災害対応に追われることもなかっただ
そ し て 今 後 の 復 興 計 画・ 事 業 実 施 な ど、 膨
罹 災 証 明 の 発 行 、 仮 設 住 宅 用 地 確 保・建 設 、
応、 応 急 危 険 度 判 定、 被 害 家 屋 認 定 調 査、
行 政 も 、ご 遺 体 の 対 応 、建 物 の 応 急 修 理 、
避 難 所・ 福 祉 避 難 所 の 運 営、 医 療・ 福 祉 対
らず続けられたであろう。
うのが肝だ。
移動したくない人は移動しなくて良いとい
ら 反 対 運 動 が 激 化 し が ち だ。 こ の 手 法 は、
現 在 の 都 市 再 開 発 手 法 で は、 移 り た く な
い人まで強制的に移動を求められることか
住む人は多くなるに違いない。
新 た な 住 宅 の 家 賃 に 充 て る な ど し て、 高 齢
跡見学園女子大学教授 の は な か っ た の か と 洞 察 す る こ と が、 次 の
ろう。 住民が移動した後に残った古い住宅を除
却 し て 空 き 地 を 作 れ ば、 残 っ て い る 住 宅 の
木造密集市街地を
丸ごと耐震化
を 壊 す こ と な く、 地 域 全 体 が 災 害 に 強 い ま
高まるだろう。こうして従前のコミュニティ
が 可 能 に な り、 接 道 要 件 を 満 た す 可 能 性 も
入 す れ ば、 敷 地 が 広 く な っ て セ ッ ト バ ッ ク
者 の 負 担 を 従 前 程 度 ま で 軽 減 す れ ば、 移 り
災害被害の軽減につながる。
す な わ ち 地 震 対 策 で 最 優 先 す べ き は、 住
宅 な ど 建 物 を 壊 さ な い こ と だ。 そ れ に は 建
ノ ミ ー ク ラ ス 症 候 群 を 発 症 し た が、 そ の 原
住 宅 が 壊 れ な け れ ば、 亡 く な る 方 は ほ と
ん ど い な か っ た だ ろ う し、 そ の 後 の 過 酷 な
かったからだ。
に高齢者等を誘導する手法を提案したい。
る 前 か ら 小 規 模 な 復 興 住 宅 を 建 て て、 そ こ
そ こ で、 こ の よ う な 市 街 地 に は 災 害 が 起 き
特 に 危 険 度 が 高 い の は 木 造 密 集 市 街 地 だ。
とが期待される。
が り、 地 域 経 済 に も 大 き な プ ラ ス に な る こ
な る こ と か ら、 工 務 店 の 仕 事 お こ し に つ な
そ の 上、 地 域 の 中 小 工 務 店 で 対 応 で き る
小規模な復興住宅建築や建て替えが必要に
ち、魅力的なまちへと進んでいく。
避 難 生 活 も 送 ら ず に す ん だ は ず だ。 地 域 社
移 住 前 の 土 地・ 家 屋 の 所 有 権 や 借 地 権 を
本 連 載 の テ ー マ で あ る「 魅 力 増 進 型 防 災 」
は 耐 震 化 に も あ て は ま る。 都 市 部 に お い て、
会 は コ ミ ュ ニ テ ィ が 維 持 さ れ、 仕 事 も 変 わ
因も建物の損壊で体を休めることができな
りさい
熊本地震被害の根本原因
環 境 も よ く な る。 空 き 地 と な っ た 隣 戸 を 購
76
人が家屋の倒壊で亡くなったとされ
37 28
る。 ま た、 車 中 泊 に よ り、 多 く の 方 が エ コ
うち
熊本地震では、 人の犠牲者(2016年
7月 日現在。熊本県災害対策本部発表)の
て替えも含めて建物を耐震化するしかない。
災 害 が 発 生 す る と、 ど う し て も 現 実 の 災
害 対 応 に 目 を 奪 わ れ、 災 害 を 大 き く し た 原
第 77回
50
SEPTEMBER 2016 市政
Risk Management
トの倒壊により亡くなっている。残念でなら
阪神・淡路大震災でも、多くの学生がアパー
②1981年6月以降、2000年より前の
物件
「耐震性は極めて弱いと推定される」
る制度を導入している。手すりを付けたり床
を通常の3分の2から6分の5にかさ上げす
東京都墨田区は、バリアフリー改修と耐震
改修を一緒に進めた場合、耐震改修の補助率
も抑えられる。
ば、別々に行う場合よりも工事の手間も費用
こうした日常生活の質を高めるための工事
をする際に耐震補強も一緒にやってしまえ
がある。
介護保険の認定を受けている高齢者がバ
リ ア フ リ ー 改 修 し た 場 合、 最 高 で 万 円 ま
多い。
たバリアフリーに対する高齢世帯の需要は
同 じ 改 修 工 事 で も、 廊 下 や 階 段 に 手 す り
を付けたり屋内の段差をなくしたり、といっ
属の補強材で止めることなどが義務づけられ
阪神・淡路大震災後、柱と梁の接合部分を金
6月以降の物件でも、倒壊が相次いだ。特に、
震度7を2回も観測した熊本県益城町で
は、新耐震基準が取り入れられた1981年
ならない。
い恐れがある現在の制度は早く変えなければ
まっている。危ない物件ほど耐震診断をしな
このため、古い賃貸物件を耐震化するため
のインセンティブが全く働かず、逆に、耐震
ない。
ければ、耐震性の有無を明らかにする必要は
務づけられている。ただ、耐震診断を受けな
項説明書に明記することが2006年から義
は、耐震診断をした場合、その結果を重要事
現行制度では、旧耐震基準の1981年6
月より前に建築確認を受けた物件について
増進型で耐震化を進めなければならない。
いている。自治体は、この機を逃さずに魅力
熊本地震の記憶がまだ生々しく、耐震化に
住民の理解を得やすい今は、「政策の窓」が開
るまちづくりが進んでいく。
えをすればいい。これにより、公的経費を使
ば、耐震診断をした上で、耐震補強や建て替
大家が「耐震性は極めて弱いと推定される」
や「耐震性は不明である」という表示が嫌なら
「耐震性があると推定される」
③2000年以降の物件
ない。
の段差をなくしたりすれば、生活しやすくな
た2000年より前の物件の被害が目立った
バリアフリー工事と
“あわせ技”の耐震化
り、その恩恵を毎日の暮らしの中で実感でき
とされる。
見学園女子大学観光コミュニティ学部教授。法政大学
大学院・名古屋大学大学院兼任講師。内閣府「災害時
員。内閣官房地域活性化伝道師、NPO法人東京いの
要援護者の避難支援に関する検討会委員」など政府委
ちのポータルサイト副理事長など。著書に『図解よくわか
る自治体の防災・危機管理のしくみ』
『福祉施設の事業
で 補 助 が 受 け ら れ る と い う 国 の 制 度 が あ り、
年 3月退職。京都大学博士(情報学)
。2015年 4月跡
うことなく民間の力で耐震化が進み、魅力あ
機管理担当部長(兼務)
、議会事務局長等を経て2015
万件(2012年度)の需要
板橋区防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危
全国で年間約
継続計画(BCP)作成ガイド』など
はり
「耐震性は不明である」
るため取り組む意欲は高い。そこに耐震工事
1956年秋田県男鹿市生れ。早稲田大学法学部卒業。
診断をしない、という方向に事態が進んでし
も組み込むことで、住宅の耐震化を後押しす
そこで、耐震診断をしていない木造の賃貸
物件については、建築確認を取った時期に応
るのだ。
じて3段階の表示を義務づけることを提案し
たい。
市政 SEPTEMBER 2016
51
賃貸住宅に耐震性の表示を
①古い 耐 震 基 準 の 1 9 8 1 年 6 月 よ り 前 の
物件
鍵屋 一(かぎやはじめ)
18
熊本地震では、アパートが倒壊して東海大
学の学生たちが命を落とした。1995年の
筆者プロフィール
50