黄金の驢馬 - So-net

30.黄金の驢馬(第三回:巻六の最後から巻九まで)
著者:アープレーイユス
Apuleius(123 頃-?)
原題:METAMORPHOSES
(ASINUS AUREUS)
原著発行:西暦2世紀
訳者:呉茂一・国原吉之助
発行所:岩波文庫
訳書発行:
2013 年7月 17 日
1080 円+税
図1.(左図)
本図は、イタリアのコミッ
ク画家の Milo Manara
(1945.9.12-)の 1999 年の作
品である。
(1)前書き
私(筆者の林久治)は「黄金の驢馬」(以後、本書と呼ぶ)の紹介を始めている。
その理由は、第 28 回に記載したので今回は省略する。興味のある方は、第 28 回の
記事をご覧下さい。「第 28 回の記事」に移行/f
本書は 11 巻よりなり、有名な「グピードーとプシューケーの物語」(以後、本物
語と記載する)は巻の4の最後の部分から、巻の6の最初の部分までに記載されて
いる。第 28 回は、黄金の驢馬(第一回:物語の発端)を記載し、本書の最初から、
「本物語」の開始直前までの部分を紹介した。第 29 回は、本物語を紹介した。
「第 29 回の記事」に移行/f
今回は、本書の本物語以降の巻九までを紹介する。
第 28-29 回に紹介した部分の目次を以下に記載する。
巻の一:ルキウス(本書の主人公)コリントスからテッサリアに魔法の勉強に行く。
旅人アリストメーネスと魔女メロエーの奇譚。テッサリアに着き、金貸しミロオの
邸に泊まること。
巻の二:女中フォーティスと馴染みをかさねること。小母ビュラエナの邸での奇怪
な物語。
1
巻の三:皮袋の化けた賊どもを殺した顛末。ミロオの妻、幻術で梟に化すること。
それをまねて、ルキウス驢馬になること。
巻の四:驢馬のルキウス、押入り強盗に曳かれて山塞にゆくこと。熊に装った盗賊
の小頭トラシュレオーンの最期。(第 28 回は、ここまで紹介した。)さらわれた少
女に老婆が「クピードーとプシューケーの話」を物語ること。
巻の五:クピードーとプシューケーの話(つづき)、不埒な姉たちの話、プシュー
ケー禁じられた夫の寝姿を見ること。
巻の六:「愛とこころ」の物語(つづき)、プシューケー愛神をたずねて苦労のこ
と、(第 29 回は、ここまで紹介した。)驢馬のルキウス少女を乗せ脱走のこと。
(今回は、ここから紹介。)
(2)今回に登場する主な人物
ルキウス:本書の主人公。コリントスからテッサリアのヒュパタの町に、魔法の勉
強に行くが、魔法のかけ間違いで驢馬に変身してしまい、さんざん苦労する。
カリテー:山賊に捕らわれた娘で、山賊の洞穴で賄いの老婆から「グピードーとプ
シューケーの物語」を聞く。
トレーポレムス:カリテーの婚約者で、盗賊ハエムスを装って、山賊の洞穴に潜入。
トラシュルス:トレーポレムスの恋敵。
ピレーブス:シュリア・デアの神像を持ち廻って物乞いをする教団の司祭。
粉屋:驢馬ルキウスを買う。不貞な女房の依頼で、魔法使いに殺される。
バルバルス:厳しい気性の町会議員。色男ピレーシテルスに騙される。
セーステルティウス:驢馬ルキウスを買った畑作人。ローマ兵に驢馬ルキウスを奪
われる。
正直な三兄弟:横暴な金持ちに殺される。
(3)今回の紹介と感想
(なお、以下において、訳者の注釈は括弧内に黒文字で記載する。また、筆者・林
の意見や注釈を青文字で記載する。)
巻の六:「愛とこころ」の物語(つづき)、プシューケー愛神をたずねて苦労のこ
と、(第 29 回は、ここまで紹介した。)驢馬のルキウス少女を乗せ脱走のこと。
(今回は、ここから紹介。)
p.242-253:驢馬のルキウス、少女を乗せ脱走。
捕らわれの少女に向かって、その飲んだくれの老婆は「クピードーとプシューケ
ーの話」を語り終えた。折りしも、山賊の一味は獲物をうんと抱えて戻ってきた。
負傷した者たちを残して、私(驢馬のルキウス)と私の馬をいくつものひどい難所
を責め歩かせて、とある洞穴に到着した。そこからまた、沢山の荷物を積んで元の
道へ引き返した。私は路傍の石につまずき、脛と蹄を痛めた。山賊どもはこのよう
に相談していた。「きゃつが前兆の悪い足取りで俺たちの巣にやって来てから、儲
2
けは少なくなり、怪我人は多くなり、強い連中が殺されてしまった。巣に帰ったら、
きゃつを崖から突き落として、禿鷹どもの御馳走にしてくれようぜ。」
山賊どもは、私たちののろま加減に我慢できないと、怪我人たちを呼び出して、
残りの荷物を取りに行った。私は「山賊どもが留守の間に逃げよう」と思い、繋が
れた手綱を引きちぎって逃げ出した。例の婆さんが手綱を捉えたが、私は後脚の踵
で婆さんを蹴りつけた。捕虜にされていた処女は、婆さんから手綱をもぎ取って、
私の背にのって逃げ出した。
娘は天を仰ぎながらこう言った。「天においでの神々様、どうか私をお助け下さ
いませ。そいからお前も、もし無事に両親や許婚のところに連れ帰ってくれたら、
どんなご褒美をあげようか。」私どもはとある道の三叉へ来た。娘は自分の両親の
家へ行く方に私のくつわを向けようとした。しかし、私はそっちは山賊どもが獲物
を取りに行った方向だと知っていたので、物は言えないながら、頑強に抵抗した。
私どもがそうこうしている間に、例の山賊どもが現れて、私どもを山賊の棲家に
連れ帰った。見ると、高い糸杉の枝に先刻の老婆がぶら下がっており、それを山賊
どもは谷底に投げ落とした。彼らは私どもをどう罰して腹いせをいようかと、騒々
しく相談を始めた。最後に一人が「野獣も磔も火あぶりも拷問も、そういった早ま
って殺す仕方を急いで採ることはない。明日にも、あの驢馬の臓物を抜き取ってか
ら、腹腔の真ん中に娘を裸にして縫い込むのだ。顔だけ出して、太陽の炎熱にさら
すんだ。」
山賊たちはその男の意見に賛成した。それをこんな大きな耳でいちいち聴いてい
る私としては、明日はもう屍となるわが身の上を嘆きいたむよりほか無かった。
巻の七:盗賊ハエムスを装ったトレーポレムスの冒険。
p.255-260:山賊の一人が現れて「ミロオの家を襲った盗賊の主犯はルキウスと決ま
った」と報告し、一人の強そうな若者を連れて来る。
翌朝、山賊の一人が現れて仲間にこう報告した。「ヒュパタのミロオの家のこと
なら、もう大丈夫。ルキウスとかいう男が、盗賊の主犯と決まって、告発された。
にせの推薦状を作ってうまく騙し、立派な紳士の仮面をかぶり、客人として滞在を
許された。数日のうちに、ミロオの屋敷の女中を色仕掛けでたらし込み、一方では
先祖伝来の財産が秘蔵してある納戸を探っていた。その男が泥棒だという証拠は、
略奪したちょうどあの夜に、連れてきていた白い馬と共にいなくなったのさ。奴の
奴隷はひどい拷問にも白状しなかったので、今はルキウスの故郷に役人を大勢送り
込んで探しまわっているという話だ。」
彼がこうまくしたてている間、私はルキウスであった頃の仕合わせな生活と、現
在のみじめな驢馬の境遇を嘆き、昔の賢人の言葉にふと思いあたった。つまり、
「運命の女神は盲目、いや完全に目玉を抉り取られていて、女神がいつも助けてや
るのは、それにふさわしくない悪い奴ばかり、いまだかつて人間の誰一人にも、正
しい判断を下したことはない。」
今さっきデタラメな報告をした山賊は、隠し持っていた千枚の金貨を共有の金庫
にしまい込んで、「勇敢な男たちが華々しい最期をとげてしまったので、当分は本
街道を荒らさず、戦闘はいっさいやめて、仲間を増やしてもとの兵力まで回復させ
るほうがよい」と忠告した。それから彼は「俺も背が高くて頑丈な、腕力が強そう
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な若者を一人つれてきた。」と言った。そこにいた者はみんな彼の意見に賛成して、
件の青年を仲間に加えた。
p.260-264:若者は「私は盗賊ハエムスだ」と名乗り、身のうえ話をする。
その若者は次ぎのように話し始めた。「私(若者)は以前大きな盗賊団を率いて
マケドニアじゅうを荒らしまわっていたトラーキアのハエムス(血を意味する)だ。
世に聞こえた山賊の首領テーロン(恐ろしい獣を意味する)の息子だ。私は帝室属
吏として 20 万セーステルティウスの俸給を貰っていた人を街道で襲った。(紀元 1
世紀末ごろの平均的な軍団兵は年俸として 1,200 セステルティウスを受け取ってい
た。)その人は皇帝の覚えもめでたく、人々からも尊敬されていたが、一部の者が
嫉妬から奸計を弄し、その人を告発したため、追放されたのだ。彼の夫人プローテ
ィーナは、男の姿を装い、貴重な宝石や金貨を胴巻きに詰め込んでいた。このよう
にして追放者の一行はザキュントス島(英語ではザンテと呼ばれ、追放者が流され
る島。島の場所は、28 回の図1に記載した。)に向かっていた。」
盗賊ハエムスの話。「この一行はアクティウム(ザキュントス島の近くで、その
沖合いでアクティウムの海戦があった。その場所は、28 回の図1に記載した。)の
海岸に着いて、ある旅籠に泊まっていた。我々はその旅籠に押入ったが、夫人プロ
ーティーナが最初の物音で目を覚まし、兵士や奴隷を起こし、近所の人々にまで応
援を求めた。我々はその場からなんとか逃げられた。ところが、彼女は皇帝に直訴
すると、彼女の嘆願はすぐ叶えられ、夫にはすみやかな帰国を、我々の略奪には復
讐を、皇帝から約束してもらった。皇帝の派遣した討伐隊により、我々の仲間は全
滅し、私だけが女装をして逃れることができた。そのあと、私は村の農家や大邸宅
を一人で襲い、路銀を集めた。」
p.264-267:盗賊ハエムスは山賊どもの首領となり、あの娘を女郎屋に売ることに変
更。
あの男は二千枚の金貨を山賊たちの前に投げ出して、こう言った。「これらの金
貨はお前たち兄弟に快く捧げる私の贈物だ。お前たちに不服がなければ、私を信じ
て、首領にしてくれ。そうすれば、お前たちの岩屋をまたたく間に黄金の屋敷に変
えて見せよう。」山賊たちは、全員一致して、この男に指揮権を与えた。
御馳走と大杯で首領の就任式が祝われ、話が逃亡した娘と、娘を運んだ私(驢馬
ルキウス)へと進展した。首領はこう言った。「私はお前たちがすでに決定したこ
とに難癖をつけるわけではないが、私はもっと上手なやり方を知っている。お前た
ちがあの娘と驢馬を殺したら憤懣は晴れようが、何の得にもならない。それよりも、
あの娘を町に連れて行って、売り飛ばすほうがよいと思っている。私は何人かの女
郎屋の亭主と馴染みがあるので、そのうちの一人が高値で買ってくれよう。このよ
うな意見は、私の頭で得策だと考えたにすぎない。決めるのはお前たちだ。」
山賊どもはいろいろと協議を重ね、なかなか決定しない。私は内心どうなること
かとひどく苦しんだ。とうとう彼らは新しい首領の意見を快く受け入れた。この乙
女はあの若者と会って、女郎屋に売られると聞いたとたんに、満足そうにはしゃぎ
出した。私は、これだから、世の女はみんな唾棄すべき存在だと信じ込んだ。その
娘は貞淑な結婚を願っていたように見えたのは偽りで、汚れた卑しい女郎屋に売ら
れると聞いて喜んだのである。
4
p.267-272:首領は盗賊ハエムスではなく、あの娘の許婚者であった。彼は山賊ども
を眠り薬の入った酒で眠らせて縛り上げ、故里の町に凱旋する。
首領は部下どもにこう言った。「この娘を売る前に、また仲間を狩り集める前に、
まず守護神マールスに祈りを捧げよう。そのために十人の手勢を貸してくれ。近所
の村を襲い、マールス神の豪華な供物を持って帰ろう。」しばらくして、一行はた
くさんの酒袋と家畜の群れを集めて帰ってきた。抜きん出て大きくて老いて毛深い
牡山羊をマールス神の生贄として、贅をつくした饗宴が用意された。
新しい首領は、如才なく給仕し、部下の一人一人に大盃の酒を何度も飲ませた。
首領は必要なものを取りに行くように見せかけて、足しげくあの娘のところにやっ
てきて、御馳走を与えた。彼女はむさぼるように飲食し、その男に快く可愛い唇を
与えた。こんな情景には、私はすっかり気分を害してしまった。
そのうち、首領と娘との話を聞いているうちに、この男は高名な盗賊ハエムスで
はなく、娘の許婚のトレーポレムスであることが分かった。彼は賊どもの盃に眠り
薬を混入しておいたので、彼らはまたたく間に死んだも同然になった。首領は彼ら
を難なく縛りあげ、数珠つなぎにした。彼は娘を私の背にのせて、自分たちの故郷
に出発した。私たちが故里につくと、驢馬にまたがって誇らしそうなこの乙女の凱
旋式を町全体が出迎えた。私も喜びを見せようと、耳を高くおったて、鼻の孔を大
きく膨らませ、威勢よくいなないた。
その乙女が両親からゆきとどいた配慮を受けている間、私は多くの町の人やたく
さんの荷運びの獣とともに、トレーポレムスに連れられて、あの洞窟に引き返した。
トレーポレムスたちは、盗賊のある者を縛ったままで深い谷に投げ込み、他の者を
彼らの剣で突き殺した。分捕った金銀財宝を私たち荷運びの獣に積んで、仇討ちを
とげて町に帰った。トレーポレムスはあの乙女を法律に従って娶った。
若い奥方は私を命の恩人と呼び、結婚式の当日には私に大麦と干草をたくさんく
れた。しかし、私は犬どもが披露宴の御馳走の残りものを腹いっぱい食べるのを見
て、私を驢馬に変えたフォーティスを激しく呪った。比類なき初夜と愛の神の最初
の体験を知った翌日、新妻は両親や夫から私に最高の栄誉を与えることを約束して
もらった。私を田舎の牧場に連れて行き、たくさんの馬の中に放って自由にすれば、
牝馬の尻に乗っかって多くの騾馬の子を産むだろう、ということになった。(ラバ
は雄のロバと雌のウマの交雑種で、その逆はケッテイ。)
p.272-288:驢馬のルキウス、馬丁の家や牧場でさまざまの難儀のこと。
すぐに放牧場の別当が呼び出され、私を連れて行くことになった。私は、荷役か
ら解放され今からは自由に暮らせて、春になれば薔薇の花も見つけられると期待し
た。ところが、あの馬丁に連れられて町を出た途端、貪欲な蓮葉女である馬丁の妻
が粉屋の碾臼に縛りつけて、小枝でのべつまくなしし私を打って、粉を挽かせた。
ある日、馬丁は主人の命令で、やっと私を牝馬の群れの中に放してくれた。
そこで私はやっと自由な驢馬になり、素晴らしい牝馬を物色し始めた。ところが、
牧場の牡馬たちが私を恋敵と見做して、敵愾心を燃やして食ってかかってきた。逞
しい後脚の蹄で攻撃してくる奴や、歯の斧をむき出して咬みつく奴もいた。まるで
トラーキアの王の物語とそっくりであった。(トラーキアの王ディオメーデースは
自分の馬に咬み殺された。)私は碾臼をひき廻していた昔の仕事を恋しく思った。
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私を拷問にかけて飽くことのない運命の女神は、別の災難を考案した。私は山か
ら木材を運んでくる荷役をあてがわれた。私が預けられた牧童は、二人とない悪餓
鬼であった。こいつは高い山の険しい登り道で私を重荷で苦しめただけでなく、右
の尻ばかり打つので、皮が破れ傷が深くなった。ある日、私はこの横柄な小僧の仕
打ちに耐えられなくなり、蹄で思い切り蹴とばしてやった。この復讐に、奴は麻く
ずの梱りを私の背中いっぱいに背負わせ、それに火をつけた。この災難のどん底で、
昨日の雨でできた泥んこの水溜りを見つけると、その中に飛びこんだ。
それから数日後、やつはこんな不平をでっちあげた。「この驢馬は、通行人を見
ると、別嬪であろうと、年頃の娘であろうと、可愛い少年であろうと、自分の荷を
投げ出して、まるで愛人のように襲いかかって、愛の神も顔をそむける人間との結
婚をあおるのだ。」こんな虚言を聞いて、一人の牧者が「おい小僧、お前はすぐに
あいつを殺すのだ。臓物を犬にやり、肉は日雇い人夫の夕食に残しておけ。主人に
は、狼にやられたと言えばよいのだ。」ただちに、小僧は砥石で包丁を研ぐ用意を
始めた。すると、大勢の村人たちの一人が「殺すより、驢馬の陽具を切り取って去
勢すれば、おとなしくなる」と言った。この提案により、私は冥王の掌中からは脱
したが、体の中で最も大切なものを失くしたら、私の生涯もこれまでと嘆き悲しん
だ。どうせあの世に行く運命なら、五体満足な姿で死にたいと思った。
あの小僧は、いつもの山道へ私を連れていった。あいつは私を枝につないで、一
人で山道を入って行った。突然、洞窟から大熊が現れたので、私は手綱を引きちぎ
って山を下った。こうして一人で野原をうろついていると、通りかかった男が私の
背にまたがって、私の知らない小道に連れて行った。しかし、主人の牧夫たちに見
つかってしまった。
私のベッレロポーン(通りかかりの盗人のこと)は、家畜泥棒として役所に引き
渡された。行方不明になった餓鬼は、バラバラの死体になって発見された。餓鬼の
母親がやってきて私に「あのとき、お前は私の息子を脚でかばい、歯で邪魔をする
こともできた。少なくとも、お前はあれを背中に乗せて逃げることもできた。自分
だけ逃げ帰るべきではなかった。」と言って、私の脚を縛って、かんぬきの棒で私
を打ち続けた。それから、燃えている一本の木を取ってきて、私の尻の真ん中に何
度も突っ込んだ。ついに私は残された最後の手段に訴え、彼女の顔や目に小便を放
出して、破滅から逃げることができた。
巻の八:トレーポレムス、恋敵トラシュルスに殺されること、その復讐を妻のカリ
テーがする一部始終、驢馬のルキウス逃亡する馬丁らとともに苦労し、ついでシュ
リア・デアの信徒一行とともに放浪すること。
p.289-306:トレーポレムス、恋敵トラシュルスに殺されること、その復讐を妻のカ
リテーがする一部始終。
町から若者(カリテーの下男の一人)が来て、カリテー(トレーポレムスの妻)
の最期と彼女の一家の破滅を次ぎのように話した。「隣町の名家にトラシュルス
(無思慮、大胆の意味)という不良息子がいた。彼はカリテーに横恋慕していたが、
新郎新婦に親しげに近付いた。彼はトレーポレムスと狩猟に出掛けた折、凶暴な野
猪を狩りだしておいてトレーポレムスの馬を襲って落馬させたのだ。トレーポレム
スは野猪の牙に掛けられて死んだ。カリテーは絶食して死のうとするが両親に止め
6
られた。トラシュルスが求愛した。或る晩、トレーポレムスの幽霊が現れ、カリテ
ーに真実を告げた。執拗に迫るトラシュルスに、カリテーは逢瀬を約束した。喜び
勇んで忍んできたトラシュルスに、カリテーは眠り薬入りの酒を呑ませた。カリテ
ーは眠りこけているトラシュルスの両目を抉り、夫の墓へと駆けていき其処で、夫
の剣で胸を刺し通して死んだ。トラシュルスは悪事が露見したことを知って、生き
たまま墓穴に入り閉じ籠もった。」
p.306-316:驢馬のルキウス逃亡する馬丁らとともに苦労。
牧場の者たちは、新しい主人に手渡されることになるので、それより皆で逃げる
ことになった。しかし、彼らは余りに入念な武装をしたため、旅の途中で農民たち
に盗賊かと誤解されて、攻撃されて傷だらけになった。それを逃れて、とある森で
皆がちらばって休んでいると、一人の屈強な若者が大蛇に呑み込まれてしまった。
このような長い旅の後、やっとある集落に着いた。
たまたまこの地で起こった、忘れ難い事件を紹介する。私たちが泊まっていた屋
敷にいた一人の奴隷は、主人から奉公人と財産全部の管理をまかされていた。彼は
同じ家の奉公女を娶っていたが、他家の自由女に恋をした。彼の妻は夫の不義に激
しく憤り、夫の帳簿を燃やして、赤ん坊とともに深い井戸に飛び込んだ。主人は妻
子を憐れ悲しみ、件の奴隷を裸にして全身に蜂蜜を塗って、無花果の木に縛りつけ
た。この無花果の穴に住み着いていた多種多様な蟻が蜂蜜に群がり、一つの噛み傷
は小さいが、無数の蟻が長い間かみついたので、奴隷は骨だけになってしまった。
p.316-328:驢馬のルキウス、シュリア・デアの信徒一行とともに放浪すること。
私たちはこんな呪わしい逗留地を捨てて、とある賑やかな町に着いた。ここは追
手から遠く離れ、豊かな食料に恵まれていたので、牧夫どもはここに定住した。私
たち家畜は、市場に連れて行かれた。ピレーブスという男が私を買った。この男は
相当な年齢なのに、男色を好み、禿頭にわずかに残った白髪を前に垂らしていた。
彼は世の下積みで暮らしている屑の一人で、村から町へとシンバルやカスタネット
を打ち鳴らしながら、シュリア・デア(シリアの豊穣神)の神像を持ち廻って物乞
いをしていた。(西暦2世紀のローマ帝国では、これと同様なイカガワシイ教団が
沢山あり、キリスト教もそれらの一つと思われていたのかも知れない。)
翌日、一団は派手な外出着で着飾り、ぞっとするような厚化粧をし、ターバンを
かぶって出発した。女神の像は絹のマントを着せて、私の背中に負わされた。一行
は大きな剣や斧を振り廻し、笛の音に会わせて行進し、エワアンと叫び声をあげて
踊った。こうして一行はあちこちの家で物乞いをし、ある富豪の別荘にやって来た。
そこで一行は踊り狂い、ある男は恍惚状態に陥った。神が乗り移った人間は浄福者
ではなく、男性を失った稚児たちを血が出るまで鞭打った。
多くの村人は、お金ばかりか、酒や牛乳、チーズや麦粉を施してくれた。お陰で、
私の荷重は二倍になった。こうして一行は辺り一帯を隈なく彷徨して、略奪を繰り
返し、ある村に到着した。一行は浴場に行って、一人の頑強な田舎者を夕食の仲間
にと連れて来た。連中はその若者を裸にして仰向けに倒し、忌まわしい唇を押し付
け出した。私は見るに耐えず「ローマ人よ、助けに来てくれ」と叫ぼうとしたが、
「オー」としか言えなかった。
丁度その時、大勢の若者が夜中に盗まれた驢馬を探していた。私の叫びを聞いて、
彼らは家の中に踏み込み、一団が淫行に耽っている現場を見届けた。たちまち、隣
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り近所の人々が呼び集められ、生臭坊主たちの神聖な純潔を笑った。一団は身の危
険を感じて、真夜中にその村から逃げ出した。
一行はある有名な町にやって来た。この町の指導者の一人はこの女神の大変な信
者で、一同は彼の豪壮な屋敷に泊めてくれた。この家で、たいへん危険な事件が起
こった。この家の小作人が鹿の腿肉を進物として持ってきた。それは調理場に不用
意に吊られていたが、猟犬がくわえて行ってしまった。料理人は処罰の恐怖から首
を吊ろうとしたが、彼の妻がそれを止めて「あの驢馬を殺して、主人のところへ鹿
の代わりに出すんだ」と言った。
巻の九:驢馬のルキウス、危うく殺されるのを逃れること、シュリア・デアの信徒
らの悪行が露見して、土牢にぶち込まれること、驢馬のルキウス、粉屋に奉公のこ
と、粉屋の女房と情人の話、粉屋の亭主、魔法使いに殺されること、驢馬のルキウ
ス、畑作人の手に渡ること、正直な三人の兄弟が相ついで不幸におちいる物語、兵
士が畑作人から驢馬ルキウスを奪うこと。
p.329-334:驢馬のルキウス、危うく殺されるのを逃れること。
こうして、あの悪辣な死刑執行人が包丁を研ぎはじめたとき、私は鼻綱を引きち
ぎって食堂に飛びこんだ。そこでは、この屋敷の主人があの女神の坊主たちと饗宴
の最中だった。私は調度品や食卓を蹴り散らかしたので、主人はしつけられていな
い野生の驢馬と思い込んだ。さっそく奴隷の一人を呼んで、私を監禁しておくよう
に命じた。
そこに、ある少年奴隷が食堂に駆け込んでこう報告した。「つい先刻、狂犬が家
の裏門から飛び込んで、たくさんの家畜を攻撃し、駆けつけた人々も咬みつかれま
した。家畜の中には咬まれて、狂犬そっくりに狂っているものがいます。」私の飼
主たちは、私の入った部屋に閂で閉め、私が死ぬのを待った。おかげで、私はベッ
ドに横たわって、何年ぶりの人間様の安らかな眠りを味わった。
次ぎの日、人々は私が部屋の中で悠々と落ちつき払っているのを見た。一人が
「驢馬に水を飲ませるのだ。それを喜んで飲むなら正気に返っている」と言った。
私はおいしそうに水を飲んだ。人々は私の体を色々と触ってみた。私が平気でいた
ので、私の性格がおとなしいことを皆が認めた。こうして私は度重なる災難を脱し
て、再び女神の御輿を背負わされて、物乞いの旅に出発した。(2 世紀のローマ帝
国では、狂犬病に罹ると、水を恐れる症状が出ることが知られていたようだ。)
p.334-340:廃墟の村で滑稽な話を聞く。シュリア・デアの信徒らの悪行が露見して、
土牢にぶち込まれること。
村から村へと巡歴し、ある村に着いた。そこは、昔栄えた町が廃墟となっていた
所であった。そこで、次ぎのような滑稽な話を聞いた。
ある貧乏な大工がいた。ある朝早く、彼は賃仕事で家を出た。入れ違いに、妻の
情夫が家に来て、二人は愛の手合わせを悠々と行っていた。そこへ、夫が急に帰っ
て来て、妻は貯蔵甕に情夫を隠した。夫はこう言った。「仕事場の大将が訴訟を起
こしたので、休暇をくれた。俺はあの貯蔵甕を6デーナリウスで売ってきた。直ぐ
に、買い手が甕を取りに来る。」悪賢い女は「私は女の身でありながら、7デーナ
リウスで売ったよ。今、買い手は中を調べているよ。」と言った。すっかりご満悦
の夫は、その大甕を背負わされて、密男の家まで持って行かされた。
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ピレーブス一行は、そこに数日滞在して、占いで村人から礼金をしこたませしめ
た。その上、彼らは新しい金儲けを考えついた。「軛につながれし牛の、大地を耕
さば、いつの日か、喜ばしき刈りいれのとき至らむ」という一つのおみくじを作っ
ておき、人々が色々相談をもちかけると、もっともらしい解釈をこじつけた。相談
とは、「婚約をしたい」とか、「土地を買いたい」とか、「行商に行きたい」とか、
「戦争に出る」とか、「強盗団の狩り込みに行く」とか、いうものであった。(西
暦2世紀のローマ帝国では、現世利益の宗教が流行っていたようである。)
一行は、ごまかしの占いでしこたま儲けて、夜も明けないうちに村を出発した。
悪路をやっと通り過ぎたところに、武装した騎馬隊が私たちを追いかけてきて、ピ
レーブスと仲間たちを捕まえてしまった。彼らは「さあ、金杯を返せ。貴様らは尤
もらしい面をして秘儀を行い、神々の御母の祭壇から金杯を盗んで、大慌てで村を
抜け出した」と責めたてた。
悪人どもは「これは、神々の御母がその妹神のシュリア・デアに、歓待のしるし
として贈られた品である。女神の司祭である我々を、罪人扱いにしている」と弁解
した。しかし、騎馬隊の村人たちは、ピレーブス一行を村に連れ戻して、土牢にぶ
ち込んだ。翌日、私は市場に連れて行かれ、隣りの村の粉屋に買われた。
p.340-348:驢馬のルキウス、粉屋に奉公のこと。
驢馬のルキウスは、粉屋のもとで石臼挽きの重労働に従事しながら粉屋の内情を
観察した。新たな主人となった粉屋は善良な男だったが、妻は蓮葉女。この女は、
神々の意思をないがしろにし、国家の定めた宗教の代わりに、神はただ一つしかな
いと公言してはばからず、罰あたりにもその神の礼拝儀式を定め、無意味な戒律を
作って世の人を騙し、哀れな夫まで欺き、朝から酒を飲み、年じゅう淫らな生活に
溺れていた。(作者は、当時のキリスト教に対して嫌悪感を持っていた。)
この女はことに私を虐待したので、かえって女の日常生活について好奇心を煽っ
た。というのも、一人の若者が始終あの女の寝室にやってくるのを、私は感づいて
いた。ところで、ここに一人の婆さんがいて、女の不義密通の仲介役となっていた。
婆さんは粉屋の女房にこう言った。「奥さんは、私に相談なく、あんな腰抜けの色
男を連れ込んだねえ。それにひきかえ、ピレーシテルス(娼婦を愛す、の意味)は
素晴らしい男ですわ。最近だって、嫉妬深い夫を、どんな人も及ばない手段で欺い
たのですもの。」粉屋の女房が「詳しく話しておくれ」と言うので、お喋り女は次
ぎのような話をした。
p.348-354:町会議員のバルバルスが色男のピレーシテルスに騙されること。
この町の町会議員のバルバルスという男は、厳しい気性からサソリと呼ばれてい
る。その奥様はおしとやかで大変美しい方なので、監視は厳重を極め、いつも家に
閉じ込まれていた。ある日、バルバルスが旅行をしなければならなくなり、忠実な
召使のミュルメックスという若者に、奥様の監視を頼んだ。奥様の貞節が有名で警
護が目立つほど、ピレーシテルスの好き心を唆した。彼は黄金の力で堅牢無比な扉
も壊すことが出来ると確信していた。
ピレーシテルスはミュルメックスにピカピカの金貨を見せ、こう言った。「この
うち 20 枚はあの人にあげて、10 枚はお前にくれてやろう。」ミュルメックスは主
人に忠実でありたい気持ちと、金儲けをしたい気持ちとで、迷いに迷ったあげく、
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黄金が死刑に打ち勝った。奥様も女に特有な気まぐれに背くことができず、金貨と
ひきかえに自分の貞節を売ることに同意した。
夜が更けた頃、ミュルメックスは色男を家に連れてきた。そして真裸の二人の兵
士が、恋の女神のため初陣に出かけたちょうどその時、皆の予想を裏切って、主人
が夜を選んで帰ってきた。ピレーシテルスは慌てて逃げ出したが、部屋にサンダル
を忘れた。翌朝、バルバルスは見知らぬサンダルを発見したので、ミュルメックス
を縛り上げて、裁判所に連れて行った。
その途中、一行は偶然にもピレーシテルスに出会った。彼はとっさに状況を把握
して、ミュルメックスにこう言った。「さてはお前が、昨夜あの浴場で俺のサンダ
ルを盗んだな。」大胆なこの若者の当為即妙な嘘にバルバルスはすっかり騙され、
機嫌さえ好くなって、家に帰った。そして、ミュルメックスに、今までのことを心
から詫びて、サンダルを返却するように命じた。
p.355-362:粉屋の女房と情人の話。
婆さんにこの話を聞いた粉屋の女房は、ピレーシテルスを連れてくることを頼ん
だ。亭主が隣の毛織物の仕上げ工の家に、夕食の御馳走に呼ばれていたので、女房
は色男に豪華な夕食を用意した。その男はまだほんの少年といったふうで、火遊び
だけを楽しみにしていたようだ。女はその少年を迎えて何度も接吻した。若者が前
菜に舌を触れたばっかりに、亭主が帰ってきた。女はその少年を木製の蓑の下に隠
した。
女房が平然と「どうしてこんなに早く帰ったの」と問うと、亭主は「淫らな女が
汚らわしいことをやっているので、逃げ出した」と答えた。自分の家で起こってい
ることには知らぬが仏の亭主は、他人の家の不幸を次ぎのように語った。(西暦2
世紀のローマ帝国では、職人の親方や商家の主人は裕福で、そのような金持ちたち
は暇を持て余して不義密通に耽っていたようである。)
「俺たちが浴場から夕食に帰ってくると、仕上げ工の女房は若い男とよろしくや
っていたらしい。女はとっさに、その密男に枝編みの籠を被せた。その籠は、中で
硫黄を焚いて布を漂白するものであった。女は俺たちと一緒に食卓についたが、件
の男は硫黄の匂いで咳が止まらなかった。亭主は不審に思って籠を開けると、硫黄
で死にかかった若者が出てきた。亭主は怒り狂って若者を殺しかねない剣幕であっ
た。俺たちは殺人の幇助者となるのを恐れて、亭主をなだめて、若者を路地に捨て
た。俺は胸くそが悪くなって、帰ってきた。」
飼育係りの老人が、家畜をまとめて水飼い場に連れて行くとき、私は蓑からはみ
出している若者の指を踏み潰してやった。若者は「ギャー」と悲鳴をあげたので、
粉屋の亭主に発見された。しかし、亭主は若者に「わしら夫婦の共有財産としてお
前を楽しもう」と穏やかに話し、妻を別の部屋に閉じ込め、自分一人で少年と寝た。
(つまり、男色を楽しんだ。)次ぎの朝、亭主は腕力のある奴隷を二人呼び出して、
この餓鬼を天井に吊り下げ、鞭で尻を何日もなぐらせて、家に帰した。妻の方は、
三行半を渡して、家から追放した。
p.363-365:粉屋の亭主、魔法使いに殺されること。
粉屋の女房は生来下劣な根性だったので、誰の目にも正当な侮辱を夫から受けて
腹を立て、ある女の魔法使いを探し出した。その魔法使いは祈祷と魔法でどんな願
いでも叶えてくれるとの噂だった。女房はたくさんの贈物を積み重ね、二つの願い
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のうちどちらかを叶えて欲しいと頼んだ。それらは、夫の心を和らげまた一緒にさ
せてくれるか、夫の心に幽霊か悪霊を送り込み息の根を止めてくれ、というもので
あった。
魔女は最初の願いが上手くゆかなかったので、悲惨な死に方をしたある女の怨霊
を煽動して、亭主の命を威嚇し始めた。お昼頃、粉屋の店先に、罪を告発された被
告人のような姿の一人の女が現れた。その女が亭主を寝室に連れて行ったが、扉を
閉めていつまでも出てこなかった。奴隷たちが扉を壊して寝室に入ると、あの女の
姿はなく、主人のみが天井の梁にぶら下がって死んでいた。
翌日、隣り村に片付いている主人の娘がやってきた。夢の中に父親が現れ、継母
の非道な仕打ちを訴えたからである。娘は荘重な葬式を挙げてから、奴隷とか家具
とか家畜など遺産相続したものをみんな競売にかけて売り飛ばした。こんなわけで、
私はある貧しい畑作人セーステルティウスに買われた。
p.366-375:驢馬のルキウス、畑作人の手に渡ること、正直な三人の兄弟が相ついで
不幸におちいる物語。
私の主人セーステルティウスは毎朝多くの野菜を私の背に積んで隣り町へ行き、
そこで仲買人に商品を売り渡すと、私の背に乗って家に帰った。彼が畑で奴隷のよ
うにあくせく働いている間、私は悠々と休息を味わった。しかし、主人は貧乏で、
私と主人の食べ物は粗末で、私は屋根のない厩で寒さに震えていた。ある夜、隣り
村の資産家が大雨にびしょ濡れとなって、私たちの畑に迷いこんだ。主人は彼を心
をこめてもてなしたので、彼は主人を自分の農場に招待した。
こうして、二人が農場で杯を酌みかえしていた時、様々な異常な事件が起こった。
養鶏場の一羽の雌鳥が雛を産み落とした。食卓の足元に、血の泉が噴き出した。地
下貯蔵庫の葡萄酒が煮えたぎり泡だった。羊飼いの犬の口から青蛙が飛び出し、そ
の犬を牡羊が咬み殺した。農場主の一家が、さらに禍々しい事件を予感して恐れお
ののいている時、ある奴隷が次ぎのような災難が起きた、と告げた。
農場主には成人した三人の息子があり、それぞれ立派な教育を受け、慎み深く振
舞っていたので、父親も誇りにしていた。この若者たちは、ある貧乏人と長く付き
合っていたが、この貧乏人の隣りには金持ちの若者が住んでいた。この金持ちは名
声赫々たる閥族の出身で、先祖の栄光を悪用して、町のことは何でも自分の思う通
りにやっていた。この男が隣りの貧乏人をささやかな畑から追い出そうとして、法
的根拠のない訴訟を起こした。
百姓は土地の境界線を明確にしようと思い、友人をたくさん呼び集めた。その仲
間に、あの三兄弟も入っていた。友人たちは穏やかに権利を主張したが、金持ちは
「奴隷たちよ、あの貧乏人を家から遠くへ追放してしまえ」と言い放った。三兄弟
の一人が「今のご時勢は、どんな貧乏人でも自由な身分の市民に与えられた法律の
保護によって、金持ちの横暴を抑えられるようになっているのだ」と叫んだ。
この文句に、金持ちの逆上は頂点に達し、獰猛な番犬どもを人々にけしかけた。
人々が至る所で虐殺されているさなか、三兄弟の末の弟は石につまずいて、猛犬に
ずたずたに咬み裂かれて息を断ってしまった。二人の兄は自分たちの命を顧みず、
石を投げて金持ちに刃向かった。けれども、以前から似たような行状で腕を鍛えて
いたあの血生臭い兇漢は、投槍を投げ一人の心臓を貫いた。
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三番目の若者は、残忍な若者にこう呼びかけた。「俺たちの家族がみんな死んで
いくのを見て喜ぶがいい。お前の領地の境界を拡げて行っても、隣りには必ず人が
いることを忘れるな。」二人は長いあいだ戦っていたが、そこへ奴隷たちが金持ち
の助太刀にやってきた。若者は相手に捕らえられるのを潔しとせず、剣で自分の喉
仏を切った。
こういった顛末が、先刻の奇怪な事件から予感されていたものであり、哀れな老
人はこんな甚大な不幸に見舞われて泣くことすらできず、料理を客人に切り分けた
包丁で、自分の喉を何度も突き刺した。畑作人は、この家の悲運を大そう悼みなが
ら、自分の損害についても深く嘆息して、昼食のお礼にたくさんの涙を支払って、
私の背にまたがって、やってきた道を引き返して行った。
p.375-381:兵士が畑作人から驢馬ルキウスを奪うこと。
道を引き返していた途中に、背の高いローマ兵が現れ、「ここらあたりの駄馬を
みんな徴発して、隊長の荷物を近くの城砦から運び出さねばならないのだ」と言っ
て、私を連れ去ろうとした。兵士に殴られて血を流した畑作人は、兵士に礼儀正し
く「穏やかに対応してくれ」と懇願したが、兵士は葡萄の杖で撲りかかってきた。
そこで、畑作人は兵士の膝にすがるように見せかけて、不意打ちを加えた。兵士が
倒れるところを、畑作人が殴りつけると、兵士はのびてしまった。畑作人は兵士の
剣を奪って、私の背に乗り、自分の町に逃げ帰った。
畑作人は友人の家に行き、私の四本の足を一緒に縛って屋根裏部屋に運び上げ、
自分は店先の櫃に隠れた。ところが、私たちがここに隠れている、と告げた裏切り
者が現れた。そこで、兵士の仲間たちは町役人を呼びつけ、「我々は隊長の高価な
銀器を道で失い、それをある畑作人が拾って返さないばかりか、そいつの仲間の家
に逃げ込んだ」とでたらめを言った。町役人は手下どもに命じて、家の中を捜索し
たが、人間も驢馬も居なかった。
そこで、兵士たちと町役人の両方から次第に激しい議論が湧き起こった。驢馬の
私は好奇心が強いので、この喧騒の原因を猛烈に知りたくなって、とある小さな天
窓から首を突き出した。そのとき、たまたま一人の兵士が私を発見して、家中を念
入りに捜索した。そして、畑作人は櫃の中で発見された。気の毒にも、彼は町の牢
屋にぶち込まれ、死刑の宣告を受けるであろう。一方、兵士たちは私の覗き見を嘲
笑していつまでも大笑いをしていた。「驢馬の覗き見と影のため」という諺は、こ
んなところに由来している。
今回は、ここで一先ず終了します。次回には、本書を最後(巻十一)まで紹介い
たします。しばらくお待ち下さい。
(記載:2014 年9月 27 日)
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