「代替医療」とは - 小池統合医療クリニック

第1章 代替医療の考え方(代替医療各論)
1.「代替医療」とは
「代替医療」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「代替医療」とは、ヨガや太極
拳などの運動、サプリメントや健康食品、さらには漢方などの伝統医学などをまとめて、
こう呼びます。場合によっては、「補完代替医療」
「相補代替医療」などとも呼ばれたりし
ます。
それでは、そもそも何に対する「代替」なのでしょうか。この名称は米国で生まれた言
葉であり、現代医療に取って代わるというニュアンスを持ちます。つまり、現代西洋医学
の「代替」というのがそもそもの意味合いになります。
それでは、何故、急にこうした医療が関心を持たれるようになってきたのでしょうか。
大きな転換点の一つがハーバード大学アイゼンバーグ博士による、代替医療利用の実態調
査であると言われています。この調査により米国では、インテリ・富裕層を含めた多くの
層が代替医療を積極的に利用している実態が明らかになり、国立の代替医療センターの設
立に至ります。確かにこれまでも多くの支持者により、こうした医学は支持されてきまし
たが、国家的規模の動きが活発になってきたことにより、より大きなうねりを形成するに
至りました。また米国にはその後、医師を対象に、代替医療を現代西洋医学に統合してい
こうとする「統合医療」を教育する卒後プログラムが、アリゾナ大学アンドリュー・ワイ
ル博士により立ち上げられました。このプログラムは当初、アリゾナ大学に限られるもの
でしたが、現在ではインターネットを介して世界中どこでも参加することができます。ま
たアリゾナ大学メディカルセンターでは、実際にこのプログラムのフェローによる診療を
受けることもできます。
「代替医療」にはどのようなものが含まれるのか
こうした米国の動きがわが国に与えた影響は大きく、今日の代替医療への関心の高まり
を生み出したとも言えます。日本統合医療学会などの諸学会の設立もこれに呼応した動き
と言えるでしょう。また現在、いくつかのクリニックでは、実際に代替医療を取り入れた
統合医療の診療を受けることができます。少し前まではインチキではないか、というよう
なとらえ方しかしていなかった人でも、ずいぶんと考え方が変わってきているのではない
でしょうか。しかし、本来、代替医療というものは広く、現代西洋医学「以外」すべてを
カバーしていることから、実に多彩な療法を含んでいるのも事実です。良いものもあれば、
インチキかつ危険ですらあるものも含まれるのです。そうしたインチキなものなど論外な
療法を除いても、依然として膨大な領域です。それぞれの国に見合った適切な分類すらで
きていない、という状況なのです。ここでは表として、代表的な分類を紹介します。見て
いただくと、かなり広範囲な領域に及ぶことがわかるかと思います。中国伝統医学や、イ
ンド伝統医学であるアーユルヴェーダ、といった各国の伝統医学を中心に、用手療法とし
ては指圧やオステオパシー、なども含まれます。また心身相関を基礎とした技法も分類さ
れます。ヨガ、瞑想、リラクゼーションなどがそれに当たります。
代替医療にはたくさんの種類があり、加えて、聞きなれない新たに生まれた様々な治療
法を包括しながら、日々成長している領域ともいえるでしょう。だからこそ、我々はその
すべてに詳しくなることはできません。では、どのように対応していくべきなのでしょう
か。そのためには代替療法の全体を通した共通の考え方を知っておくべきです。またいく
つかの代表例についての概略を知っておくことも重要です。これらを理解するため、その
基本的な考え方および代表的な治療体系を解説していきます。
そもそも代替医療の発展は、大学や研究所から発せられたものではありません。市民、
消費者レベルでのニーズの高まりから今日の隆盛に至ります。そうした意味では、患者さ
んに最も近い立場である看護師の重要性は言うまでもありません。代替医療、そして統合
医療の流れは、まさに看護の領域から医療全体へ広がっていく流れであると確信しており
ます。
Q&A
Q:「代替医療」
「補完代替医療」
「相補代替医療」などいろいろな書き方がされますが、ど
れが正しいのですか?
A:当初、米国を中心にAlternative Medicine(代替医療)という名称が使われていたのに
対し、欧州ではComplementary Medicineという名称が使われていました。このComplementary
の和訳に「相補」「補完」の2通りがあてられ、複数の和訳の呼称ができたようです。
Complementaryは本文中の解説にあるような、Alternativeの持つ「取って代わって」とい
う意味よりは「補う」というニュアンスが強く、好んで使う人も多いようです。ただし、
最近ではこれらをあわせてComplementary Alternative Medicine(CAM:「カム」や「キャ
ム」と発音されています)と呼ぶことが多く、その和訳が「補完代替医療」
「相補代替医療」
というわけです。
2.アロマセラピー
看護に携わる方に最も親しみやすい代替医療というと、真っ先にアロマセラピーが挙げ
られるでしょう。香りはとくに女性には、親近感を持ちやすいでしょうし、女性を対象に
したアロマセラピーの解説書もたくさん出版されています。また、アロマセラピーの研究
会などにおいても看護師の方々の関心の高さがうかがわれます。しかし、アロマセラピー
は好き、という人でも、これを代替医療の観点から捉える人は少ないように思います。た
だ、治療の補助的手段のみの精油の使用ではなく、何故、アロマセラピーなのかという観
点を持つことにより、より広い立場からアロマセラピーを捉えることができるのではない
でしょうか。代替医療の各論として、まずはアロマセラピーの一般的な解説から入りたい
と思います。
アロマセラピーとは
そもそもアロマセラピーとは、和訳すると「芳香療法」ということになります。つまり、
その名の示すとおり芳香を持つ精油を用いた治療一般を指す言葉です。芳香を用いた治療
自体の歴史は古く、古代エジプトにまで遡ることができます。今日の「アロマセラピー」
という名前は、フランスの化学者ルネ・モーリス・ガトフォセにより 1937 年に用いられた
のが最初とされます。化学者である彼が、実験中に火傷を負い、それを傍らにあったラベ
ンダー精油につけたところ、速やかに治癒したことに端を発するものです。
アロマセラピーの方法として主なものは、精油をディフューザーなどで拡散させ、その
芳香を楽しむ芳香浴が挙げられます。その他にも、精油をキャリアオイルでのばしてマッ
サージを行うリフレクソロジー、リンパドレナージュや、ワセリンなどの基剤を用いて軟
膏治療へ応用されることもあります。それぞれの方法は、嗅覚のみならず皮膚を介して、
精油成分が体内に吸収されることにより効果を示す、と考えられています。またこうした
有効成分による効果のみならず、原初的感覚である嗅覚に直接アプローチする点も特色と
いえ、通常の生物医学的な側面だけではなく、精神的、さらにはスピリチュアル的治療に
も展開しています。施術者により、科学的解釈から心理・精神的解釈まで幅広い方法論が
用いられるのも、アロマセラピーの特徴といえるでしょう。それゆえに、その効果判定も
科学的測定のみでは十分とはいえないでしょう。
様々な品質の精油
アロマセラピーの効果の成否には、精油の品質という要素も不可欠です。直接、皮膚へ
接触するマッサージ系アプローチでは、より一層重要といえるでしょう。しかし、精油を
扱う製造業者は多数存在し、残念ながらすべてがアロマセラピーとして適するとはいえま
せん。なかには、粗悪品も流通しており、何でもいい、というわけにはいかないのです。
購買者は、品質に関して厳しい選択の目を要求されているのです。良質な精油選択の条件
は 100%天然で無農薬(ないしは有機農法)
、産地や抽出部分・内容成分などが明記されて
いること、などが挙げられます。また保存状態にも注意し、冷暗所での保存が望ましいで
しょう。詳細な使用法や注意点は成書を参考としてください。
それでは、広く代替医療の観点から見たとき、アロマセラピーはどのような特徴を持っ
ているのでしょうか。ただの「いい香り」なのでしょうか。様々な代替医療を考えるとき、
その共通する重要な考え方に「場」という考えがあります。これは広い意味では現代医療
でも共通でしょうが、とくに代替医療において重要視される、ともいえそうです。いわゆ
る「癒し」が生じるとき、それはどこにでも生じるものではありません。そこには「癒し」
が生じるのに必然的な場があるはずです。それは、もちろん不快なものであってはなりま
せん。その人にとって心地よい条件こそが治癒を導くといえます。この場の形成には、様々
な方法があります。中でも最も簡単で、確実といえるのが芳香を用いたアロマセラピーで
はないでしょうか。そうした意味で、治癒を願う場、すべてにアロマセラピーを導入して
もいいかもしれません。それくらい根本的な方法論であると思います。だからこそ、一方
で嗜好性が大きく効果を左右する方法でもあります。つまり、精油の化学分析上、予測で
きない効果であっても、その嗅ぐ人にとって快適であれば、様々な効果が期待できます。
逆に、嫌いな香りであれば、期待される効果も上がりにくいといえます。例えば、ラベン
ダーの香りが嫌いな人であれば、その安眠効果も期待できないでしょう。その意味では非
常に難しい面もありますが、使用方法が簡単なのが魅力です。ディフューザーなどの道具
がなくても、コットンに数滴たらすだけで、十分に場を形成することができます。例えば、
一日に数分でも瞑想の時間を持とう、という場合、なかなか瞑想の雰囲気を作るのは難し
いでしょう。しかし、いくつかの精油からその日の気持ちに最もあった好みの精油を選び、
ふたを開け、数滴をコットンにたらす、そして広がる芳香、という一連の行動により、瞑
想への準備が整えられていくのではないでしょうか。効果的なセルフケアの実施には、一
連の儀式による場の形成は不可欠であるといいます。そうした儀式のアイテムにアロマセ
ラピーは最適なのではないでしょうか。
アロマセラピーは、通常、マッサージによるアプローチが有名なだけに、その方法論が
議論されることが多いようです。しかし、芳香の持つ「場の形成力」こそ、この療法の根
幹を形成しているものだけに、セルフケア実施のための状況設定としての重要性からの解
説にしてみました。まあ、あまり硬くならずに、芳香を楽しむというのが最も大切なのは
言うまでもないのですが・・・。
Q&A
Q:アロマセラピーの方法として「内服」もあると聞いたことがあるのですが、精油を内服
していいのですか?
A:精油に対しての詳しい知識をもった医師の指導以外では避けるべきです。本文中にもあ
るように、粗悪品であればその品質自体が心配ですし、質の良いものであっても、皮膚か
らの吸収にくらべ、はるかに高濃度で体内に取り込まれます。中毒症状の発現も懸念され
るので、芳香浴・マッサージなど通常の使用方法にしておくべきでしょう。
3. 漢方医学理論
ここでは、我々日本人が代替医療を考えるときに避けては通れない理論である、東洋医
学とりわけ漢方医学の考え方を取り上げます。この理論を踏まえて、この後、漢方薬や鍼
灸の解説に進んでいきます。
世界には様々な伝統医学が多数存在します。それらはそれぞれに独自の理論をもった医
学ですが、伝統医学としての共通点も持っています。例えば生体を考えるにあたり、どの
ような要素から成り立っているのか、という点です。わが国における漢方医学の解説書の
多くには「気」
「血」
「水」の三要素からなると書かれています。中国医学(中医学)系で
は「気」
「血」
「津液」です。実態として理解しやすい「血」
「水」などの液体はいいとして、
現代医学から理解されにくい概念が「気」ではないでしょうか。そしてこれこそが、洋の
東西を問わず、伝統医学に共通する概念ともいえるのです。「プラーナ」
「バイタルフォー
ス」などといったものが同様の概念といえるでしょう。つまりこれらの伝統医学は、その
根本に何らかの生命エネルギーを仮定しているのです。病気の根本原因(病原菌や遺伝子
異常等)は何か、と問う現代医療と、これらの伝統医療とが大きく異なって見える最大の
要因は、この生命エネルギーを体系として考慮しているか否かが大きな理由でしょう。そ
う考えると、様々な種類の伝統医学は存在しますが、それらには共通する点があると言え
そうです。つまり、漢方理論を勉強することは、ただ単に東洋の「日本」における漢方理
論を勉強するだけではなく、伝統医療の基本の学習もしていることになるわけです。
それでは、わが国における一般的な東洋医学である漢方医学の理論をみていくことにし
ましょう。まず、生体を含めた自然界一般を二つの概念である「陰陽」に分けて考えます。
ここで重要なのは、
「陰」と「陽」のどちらが良い悪い、または上下という関係ではない、
ということです。相互的な関係なのです。天(陽)に対して地(陰)があり、男(陽)に
対して女(陰)があるわけです。優劣ではないのです。生体の構成要素についてもエネル
ギーである気(陽)に対して液体成分(陰)があります。そしてこの液体成分のうち、赤
色の液体を「血」と呼び、無色の液体を「水」と呼ぶわけです。これが生体を構成する三
要素になるわけです。
これら「気」
「血」
「水」の三要素すべてが、最適な量で、良い流れを保ち、偏りなく存
在している状態を健康というわけです。そして、量が不足していたり、流れが悪かったり、
偏って存在していたりした場合、それを生薬によって是正しようとすれば漢方薬であり、
鍼や熱などの刺激で是正しようとすれば鍼灸となるわけです。そしてこれら三要素が機能
する場が「五臓」です。
五臓とは、肝・心・脾・肺・腎の五つの内臓を示しています。しかしいわゆる解剖学的
な臓器とは完全に一致する概念ではありません。精神的な働きまでも含んでいるのです。
例えば、肝であれば怒り、心であれば喜び、脾であれば悩み、肺であれば悲しみ、腎であ
れば恐れ、といった具合です。すべて脳の機能ではないか、といって批判する人もいるか
もしれません。また、古い時代の産物なのだから訂正すべきではないか、という乱暴な意
見も出るかもしれません。しかし、こうした捉え方こそ東洋医学の心身一如の基礎となる
ものであり、こうした考え方なくして、しっかりとした漢方薬処方や鍼灸治療は不可能な
のです。時にこうした伝統医学的発想に目を向けることも、我々医療従事者にとっては大
切なことなのかもしれません。
次は、身体全体として病気になったときに、どのような反応をするかを、一種のステー
ジとしてみる「六病位」の見方について説明します。文字通り生体の反応を 6 つの病期に
わけたもので、発熱を認める3つの「陽病期」と、元気のなくなる3つの「陰病期」とに
大別されます。6 つの各ステージは必ずしも順序どおりに進展するものではなく、
「陽病期」
を経過せずに「陰病期」から開始することもあります。また急性疾患のみならず、慢性疾
患においてもこの考え方は適応されます。それでは、この概念の特徴は何なのでしょうか。
一言で言うと、病気と生体との関連において、現代西洋医学では原因を含む「病気」の側
に着目します。どのような細菌やウイルスに感染したのか、という視点です。これに対し
て六病位の視点は、原因は何であっても、それに対して反応している「生体」の側に着目
しています。とくに原因については言及していないのです。こうした考えは近年、病因論
に対抗して注目されている健康生成論の考えにも一脈通じるものがあります。病気との関
係においてどのようであろうとも、生体の健康な側面に着目していこうとする健康生成論
的視点と共通点をもつということは、病因を特定する検査技術のない時代に生まれた伝統
医療としては当然のことといえるのかもしれません。
こうした観点から、ただの過去の産物としてではなく、現代医療のもつ問題点への新た
な解決法としての可能性を感じ取っていただけたでしょうか。またアーユルヴェーダなど
の様々な伝統医学に興味を持つ方は、漢方医学との共通点や相違点に注意しながら勉強し
ていくとさらに深く理解できるようになるのではないでしょうか。今後、様々な代替医療
が出てきたとしても、漢方理論はわが国おける代替医療の代表的理論であることは変わら
ないでしょう。西洋由来の代替医療もすばらしいですが、まずは身近な漢方医学から代替
医療への理解を深めることをおすすめしたいと思います。
Q&A
Q:
「五臓六腑」には脳が入っていないそうですが、本当ですか。
A:本当です。五臓とは本文にもあるように、肝・心・脾・肺・腎の五つをいいます。その
ため当時、認識されていなかった「膵臓」は五臓には含まれていません。また六腑とは、
胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦をいいますが、三焦は解剖学的には実在しない臓器です。
このように現代医学との認識の相違はいろいろと存在します。
「脳」もそのうちの一つです。
脳は髄海とも呼ばれ、骨や髄ともども、五臓でも六腑でもない「奇恒の腑」に分類されま
す。ちなみに子宮も、同様に「奇恒の腑」に分類されます。私たちが解剖学で学んだ分類
だけが唯一の分類ではない、ということなのです。
4.漢方薬
皆さんは、漢方薬と聞いて、どのようなものをイメージするでしょうか。
「苦い、おいし
くない」「風邪のとき葛根湯なら飲んだことがある」「粉の薬」といったイメージでしょう
か。味に関しては、確かに自然の薬草由来のものですから苦いものもありますし、おいし
くないこともあるでしょう。また、飲んだことのあるものとしては、やはり葛根湯が一番
多いのではないでしょうか。そして飲んだ葛根湯は「粉の薬」だったのではないでしょう
か。これは「エキス剤」と呼ばれているもので、漢方生薬そのものではなく、それらを煎
じた液体をフリーズドライしたようなものです。分かりやすくコーヒーでいえば、インス
タントコーヒーのようなものです。つまり、自然の生薬を細かく刻んでできた粉ではなく、
それを煎じて乾燥させて加工したものだったのです。そのため加工物の違いにより、顆粒
状のものから粉末状のものまで、見た目が異なるのです。医療用漢方として病院などで処
方されるものが、エキス剤なので、今や漢方といえば粉薬というイメージになったのでし
ょう。
それでは、そもそも漢方薬とはどういうものなのでしょうか。それは、いくつかの生薬
を小さく刻んだものを混ぜ、土鍋に入れて、とろ火で煎じた液体が、主なものです。これ
を湯液と呼びます。湯液を実際に煎じてみると分かるのですが、手間もかかりますし、部
屋中に匂いも広がります。こうしたことから敬遠する人がいるのも事実で、エキス剤が一
般にうける理由もここにあるでしょう。しかし、考えようによってはこれも悪いことばか
りではありません。まず、匂いが広がることに関しては、いわゆる生薬の芳香成分に包ま
れるわけであり、一種のアロマセラピーともいえるわけです。また、手間についても、自
分の癒しのために、それだけの時間を作るということ自体、自らの治ろうとする力を引き
出すことにもなるからです。
それでは、実際の効能としてはエキス剤と湯薬の、どちらに軍配が上がるのでしょうか。
処方する医師・薬剤師の立場からではなく、処方される患者さんの側から考えてみます。
まず、簡便性からみれば圧倒的にエキス剤といえます。次に飲みやすさですが、一般的に、
粉として服用した場合はエキス剤が飲みやすいといえそうです。しかし湯薬の場合、液体
であり、味をおいしく感じられれば、かえってこちらの方が飲みやすいという方も少なく
ありません。またエキス剤を溶かした場合、溶け残りが出ることもあり、飲みやすさとい
う観点では、一概にどちらが良いということはなさそうです。また、旅行などの携帯を考
えた場合、湯液では旅先で煎じなければならないのですから、エキス剤が便利であるのは
言うまでもありません。
では、最も重要な効能についてはどうでしょうか。エキス剤の大きな利点の一つに、エ
キスを構成する生薬の品質などの条件が一定しているという点があげられます。つまり、
実際に煎じる湯液の場合には、自然のものである生薬の品質、保管状態など様々な要因が
絡んできます。つまり同じ名前の処方であっても常に同じ効能を期待できるとは限らない
のです。この点が近年のエビデンス重視の医療の中では、漢方のエビデンス構築の観点で、
エキス剤の重要な点といえるでしょう。
それでは、エビデンス重視の中で、すべてエキス剤になってしまっていいのでしょうか。
現代の医療を考えるとき、エビデンスの重視もさることながら、一方でオーダーメード医
療も重視されています。つまり、一人一人の体質は異なっているわけですから、薬も個人
の体質によってオーダーメードであるべきだ、という考えです。こうしたオーダーメード
をより具体化できるのが、湯液なのです。煎じる前の生薬の分量を調節(これを「加減」
といいます)することができるからです。例えば、便秘気味の体質に対して漢方薬を飲ん
でいるとして、便秘に効果のある生薬である大黄が1gではあまり効果的ではないが、3
gだと非常に効果的だ、という人がいるとします。しかし、ある人にとっては大黄3gで
は、おなかも痛くなるし、かえって便がゆるくなるという人もいて、この人には1gが適
量であるかもしれません。このように、ある処方の範囲内で加減をすることができるのが
湯液の利点といえるのです。
では、オーダーメードの観点から、湯液は良い所ばかりなのでしょうか。そうとばかり
はいえません。効果的な生薬の加減ができる反面、使用する生薬の品質に効果が左右され
るという面もあるのです。つまり、良質の生薬を使用すれば高い効果を得られるし、そう
でないものであれば、期待される効果を得られないかもしれないのです。つまり処方する
医師・薬剤師の生薬を選ぶ鑑定能力にかかっているのです。だから、漢方の湯液であれば、
なんでもよく効くというわけにはいきません。そのためには、信頼できる、漢方に詳しい
医師・薬剤師に処方してもらわなければなりません。アロマセラピーのときにも指摘しま
したが、天然の植物などを使うときは、やはりその選択に我々は細心の注意を払うべきな
のです。
化学物質である現代薬と比べ、代替医療領域である天然の植物などを用いた漢方薬やハ
ーブは、その効果が一定しないという批判をされます。しかし、それはオーダーメード性
と裏腹の要因でもあり、うまく利用することができれば、利点にもなりうるのです。つま
り代替医療は一般に「考える自覚的な利用者」にやさしいのです。漢方が効く、効かない
という前に、効く漢方(を処方してくれる医師・薬剤師)を、しっかりとした選択眼をも
って探すことも重要なのです。
5.鍼灸
鍼は名前は有名でも、実態を知られていない代替医療の代表とも言えるでしょう。
「そん
なことはない」とおっしゃる方は、どこかでご自分が体験された方に違いありません。も
しくは、家人に利用者がいたのかもしれません。つまり、知っている人にとっては当たり
前でも、まったく知らないという人がかなり多いというのが鍼の現実だと思います。実際、
私のクリニックで鍼をしている人の多くがこれまで、鍼を知ってはいたが、受けたことが
無かったという人です。なんとなく怖い、というのがこれまでしなった理由の多くです。
「鍼は注射より痛くないの?」という質問をよく聞きます。鍼の太さは、日本式や中国
式などのいわゆる流派や術者によって様々ですが、いわゆる注射針の方が太くなっていま
す。注射が、液体を注入・採取することが目的であることを考えれば、当たり前です。よ
って一般に注射より痛くないというより、痛みはほとんど感じないというのが通常です。
では、注射ならば、血管や皮下組織など刺す場所が解剖学的にはっきりしていますが、
鍼の場合はどうでしょうか。ここで一番の議論となることが多い「ツボ(経穴)
」「経絡」
の登場です。人体の中の気の通り道が経絡で、ツボはその経絡上に位置する点となります。
ツボの位置は人形などでも、示されているのだから、解剖学的にわかっているものと思っ
ている方も多いのではないでしょうか。しかし、厳密にはツボは現代医学では解明されて
いないものなのです。つまり、存在は広く認められているもの、科学的に検証、特定され
ているわけではないのです。しかし、様々な研究はなされており、生理学的には電気抵抗
の違いなどの特徴は解明されています。過去には、ツボや経絡の解剖学的構造を特定した、
というような報告がなされたこともありますが、現在は、このときの結果は否定されてい
ます。つまり、現代医学でも未だ解決されていない問題の一つなのです。
では科学的に証明されていないから、存在しないものなのでしょうか。そうとは言えな
いのです。実際に、このツボや経絡を用いた鍼は効果があることは、エビデンスとしても
示されていますし、わが国における鍼灸治療の広がりをみれば、効果があることは明らか
です。特に鍼のエビデンスについては、蓄積されつつある状況で、偽の鍼や、その他の治
療法との比較において有効性の認められたものとしては、腰痛・背部痛、歯痛、頭痛、変
形性膝関節症など整形外科的疾患が挙げられます。また、リウマチ性疾患や薬物依存、線
維筋痛症、ターミナルケアにおける疼痛などにおいても、さらなる検討が必要とされなが
らも有望視されています。
鍼というと、経絡の考えに基づいた民間療法のように考えていた方には、EBM の観点か
らの評価は意外に感じられたのではないでしょうか。またさらには「灸」もあわせて、鍼
灸はいわゆる筋・骨格を中心にした整形外科的症状のみならず、内科的な疾患まで効果を
及ぼすことも理解されるかと思います。また鍼灸には、これまでの体質を改善する変調効
果もあるといわれています。鍼灸治療を継続する中で、少しずつ不調になりにくい体調に
なっていくという効果です。
私はわが国おける代替医療と現代医療の統合された「統合医療」が本格的に動き出した
暁には、この鍼灸が大きな役割を担うと考えています。それは基礎理論として極めて代替
医療色の強い「気」の通り道としての経絡やツボを想定しつつも、科学的検証にも耐えう
るエビデンスを蓄積しつつある、ということからです。統合医療の時代を迎えて、ますま
す鍼灸の重要性は、その臨床的効果のみならず研究面においても増してくるでしょう。
Q &A
Q:鍼は通常、何本打つものなのですか。
A:一般的には打つ本数は流派などにより、1 本から 100 本以上と実に幅があります。ただ
多ければ効く、というものではなく、1 本でも劇的に症状を改善する名人は存在します。つ
まり一概に多く打ってもらったから得した、とは言えないわけです。患者と術者の相互の
関係によって打つ数は決まってくるといえるでしょう。ただし多くの場合、十数本から数
十本といったところでしょうか。また、
「打つ」と書きましたが、小児鍼など皮膚に当てる
だけのいわゆる刺さない鍼もあります。何本打つという話であれば 0 本ということになる
のかもしれませんね。
Q:鍼は痛いほうが効くのですか。
A:これも本数同様、術者の主義によると思います。大きく分けて、強い刺激を好む流れと
弱い刺激を好む流れに分かれます。この場合も弱いからといって効果が無いというわけで
はなく、弱い刺激で十分な効果をあげることができます。また一般に日本の鍼は細く「鍼
管」という管を使って刺すのに対して、中国の鍼は太く刺激が強めの傾向はあるようです。
ここで前の質問と合わせて、興味深いのは、我々はともすると、数が多く、刺激が強けれ
ば効果も高いと思いがちなのですが、一概にそうとは言えないのです。むしろ少なく弱い
刺激の方が有効という場合も少なくないのです。こうしたことは広く代替医療に見られる
現象で、
「ホメオパシー」では、著明にその特徴が現れてきます。つまり弱いもの、薄いも
のほど効果が強力になるという現象です。現代医療的観点からだけでは代替医療の真の世
界は理解しにくい、という良い例です。だからこそ、代替医療独自の言葉にも耳を傾ける
必要があるのです。
6.世界の伝統医学
そもそも、伝統医学とはどのようなものを言うのでしょうか。民間療法的なものもすべ
て含まれてしまうのでしょうか。一般に伝統医学という場合は、近世以前から用いられて
いた医療体系で独自の生理体系・病理体系を有した医療と言えるでしょう。具体的には中
国伝統医学、インドの伝統医学であるアーユルヴェーダ、アラビアの伝統医学であるユナ
ニ医学といった三大伝統医学をさすことが多く、チベット医学を入れて四大伝統医学とす
ることもあります。これらの医学は、決して過去の遺物ではなく、現在も世界中の多くの
人たちの健康を守る具体的な方法であり、世界保健機構(WHO)でも 1978 年アルマ・ア
タ宣言にてプライマリー・ヘルス・ケアの理念を打ち出す中で、各国の伝統医学の重要性
を提言しているのです。それでは伝統医学の代表例を見ていきましょう。
中国伝統医学
前項までに解説してきたので、ここでは詳細を省きますが、漢方、鍼灸に加えて、気功
やマッサージ(推拿)などの方法論を陰陽・五行論に基づいて体系化した中国発祥の伝統
医学です。東アジア全般に、それぞれの土地に適応する形で展開し、韓国では「韓医学」、
日本では「漢方医学」となって今日に至ります。したがって中国伝統医学と漢方医学とは、
厳密には同一のものではなく、親子関係にあるとでも言えるでしょうか。いずれにせよ、
広範囲に今日まで大きな影響力を持ち続ける、伝統医学の代表格と言えるでしょう。
インドの伝統医学・アーユルヴェーダ
アーユルヴェーダとは、アーユス(生命)とヴェーダ(科学・真理)の合成語で、言っ
てみれば「生命科学」とも訳せるものです。伝統医学のなかでは最古の部類といえ、その
起源は紀元前 6000 年頃と言われています。アーユルヴェーダは、生体における様々な反応
を、三つの機能「トリ・ドーシャ」で説明する独自の生命観を持っています。トリ・ドー
シャはヴァータ、ピッタ、カファ、の3種類に分類されます。ヴァータは、空と風により
成り、運動・循環・蠕動のエネルギーにあたります。次にピッタは、火と水により成り、
変換・消化・代謝のエネルギーとされます。最後にカファは、水と土により成り、結合・
分泌・構造維持のエネルギーとされます。各人の体質は、これら三要素の配分により決定
され、そのバランスが健康を左右すると考えるわけです。
また、アーユルヴェーダは内科的な面のみならず、外科的な面でも大きく発展しており、
1∼2 世紀に著されたアーユルヴェーダの教本では、白内障・痔・ヘルニアの治療や美容形
成手術、腎臓・胆石摘出手術の技術についての記載まであります。伝統医学を何か、未開
の医療のように感じていた方には驚きでしょう。今日でも、インドの数億ともいわれる人々
の健康を担っているといわれる、アーユルヴェーダの魅力は今後ますますわが国に紹介さ
れることでしょう。
チベットの伝統医学
チベット伝統医学は、アーユルヴェーダの基礎概念に基づいており、中国医学的な薬草・
鍼灸も併用する、伝統医学の中では最も新しいものといえます。つまり、チベットの地理
的な影響により、中国伝統医学、アーユルヴェーダ、そして次に述べるユナニ医学が、チ
ベット仏教を精神的基盤として、統合されたものといえるでしょう。また、この医学の特
徴的な診断法に「尿診」があります。三大伝統医学の統合として、今後更なる研究が進む
ことが期待されます。
アラビアの伝統医学・ユナニ医学
ユナニ医学とは「ギリシャ風の医学」を意味し、ヒポクラテスやガレノスに代表される
ギリシャ医学を基本に、アーユルヴェーダやメソポタミアの医学などを包括したものとい
えます。またイスラム世界に形成されたことから、その精神的側面をイスラム教により補
完されているとみることもできるでしょう。今日でも、イスラム世界の健康を担う重要な
医学体系で、ユナニ医学の大学もあります。
また、ユナニ医学には医学にとって、その他にも重要な役割があります。中世において
ヨーロッパの伝統医学を継承し、現代西洋医学へとつなげていったという役割です。ユナ
ニ医学における名医イブン・スィーナによる著書「医学典範」は、実に 17 世紀に至るまで
ヨーロッパの医学校で教科書として使用されていたものなのです。これにより現代西洋医
学の、専門別診療方式や、臨床・基礎医学の分類法などが形成されたといいます。
私たちは知らなければ、現代西洋医学と伝統医学とを、つい対立する構図のように捉え
てしまうことがあります。しかし、このユナニ医学を見ることにより、アーユルヴェーダ
から現代西洋医学への、途切れることのない流れを知ることができるのです。
またイブン・スィーナは、アロマセラピーに不可欠の精油の蒸留方法を完成させたこと
でも著名な医師です。現代医療にも代替医療にもユナニ医学は不可欠な存在といえるので
す。
参考文献)
1)上馬場和夫:伝統医学. 統合医療 基礎と臨床(日本統合医療学会編)106−109, 2005
2)池上正治:伝統医学の世界. エンタプライズ, 1998
Q&A
Q:いくらアーユルヴェーダなどの伝統医学がすごいといっても、所詮、現代西洋医学には
かなわないのではないでしょうか。
A:まず現代西洋医学の中で不可欠な薬物(例えばジギタリスなど)は、伝統医学の中の薬
草から見出されたものであること、さらには今後の新たな薬物の発見も、こうした医学の
中から捜し求められることが多いこと、などから新たな現代医療の生まれ出るものといっ
ても過言ではありません。また、アーユルヴェーダの特徴的治療法であるクシャーラ・ス
ートラという糸を用いた痔の手術は、現代的手術と比べて、治療日数もほぼ半分、再発率
も少なく治癒させることが、富山大学・金沢大学の研究で示されています。古いものだか
らといって、その効果をあなどってはいけません。かえって現代医療より優れた面を持つ
ものも少なくないのです。
7.ホメオパシー
今日、我々は熱が出れば解熱剤、細菌感染すれば抗菌剤、がん治療であれば抗がん剤、
うつ状態であれば抗うつ剤、といったように、ある病態(ここでは熱、細菌、がん、うつ)
を想定して、それに対「抗」する薬剤で、病態を是正するという方法をとることが一般的
です。その症状の体質的な遠因は何か、ということよりは、生じた病態を解析しその状態
に抗する方法論を適応するわけです。これは一見当たり前のようですが、伝統医学の方法
から見るとそうではないのです。例えばあなたが、風邪をひいて発熱し、葛根湯を服用し
たとしましょう。そこでなかなか熱が下がらないからといって葛根湯は効いていないので
しょうか。実は葛根湯には麻黄という発熱・発汗を促す成分が含まれています。いわゆる
感冒薬に含まれるような解熱剤ははいっていないし、むしろ発熱を促進しうるものが入っ
ているくらいです。これは何故なのでしょうか。現代医療においても、これは合理的に説
明されています。つまりウイルス感染である風邪を治そうとする免疫力を高めるためには、
発熱によりリンパ球を活性化する必要があるからです。つまり発熱により高められた免疫
力により、風邪が治癒へと向かうのです。葛根湯が直接、風邪のウイルスに攻撃を仕掛け
ているわけではなく、自らの治癒力がウイルス排除をしているのです。これが葛根湯の治
癒のメカニズムです。こうした方法論は広く伝統医療において認められ、ギリシャ医学に
おいても例外ではありません。ヒポクラテスの理論の中にも、類は類を治すという、同様
の考えがあるのです。
そしてこの考えは、ホメオパシーの創始者サミュエル・ハーネマ
ン当人が意識していたかどうかにかかわらず、伝統医学(西洋においてはギリシア医学)
から、パラケルススなどの名医を経由して、ホメオパシーという医療体系の根本を形成す
るに至るのです。
サミュエル・ハーネマンがあるとき、マラリア薬であるキナに関する薬学書の翻訳をし
ていたときのことです。記載の中に、キナの効能として発熱があることに気づき、何故、
マラリアを治す薬草の効能一つに発熱があるのかを疑問に思います。そして彼は、自分で
の試験を試みます。すると発熱などの症状が発現し、あたかもマラリアに感染したときと
同じような状態が再現されました。そこで彼は、なんらかの症状を起こしうる物質は、そ
の症状を治癒させることができるのではないかと考えるに至りました。これを「類似の法
則」と呼びます。しかし、治癒のために症状が引き起こされるのは困ります。そこで、次
に彼は原因物質を希釈することにより、そうした負の作用を弱めようとしました。すると、
臨床的な観察の中で不思議な現象を確認したのです。なんと希釈してもその効果は衰えず、
かえって強まっていくというものでした。これを「希釈の法則」と呼びます。類似の法則
と希釈の法則という二つの原則に基づいて、ハーネマンは臨床経験やボランティアを用い
た多数の実験により、ホメオパシーという医療体系を打ち出したのです。
それでは、ホメオパシーとは何が効いている医学なのでしょうか。使用する薬物を希釈
する、といってもある程度は含まれるから、それが効果を発揮しているのではないか、と
考える人が多いのではないかと思います。ところがホメオパシーの臨床において多用され
る30C といわれる濃度(ホメオパシーにおいてはポテンシーと呼びます)には何と、物質
は一切含まれていないのです。何も入っていないものが効くなんて、プラセボ効果による
ものだろう、と思う人がほとんどでしょう。ところが、ただのプラセボ効果ではない、と
いうエビデンスがすでに発表されているのです。
この有名な臨床試験はイギリスのグラスゴー・ホメオパシー病院院長、デビット・レイ
リーによって 1986 年「ランセット」誌に発表されました。花粉症に対する治療において、
被験者を 2 つのグループに分け、ホメオパシー薬(レメディー)とプラセボ(偽薬)のど
ちらを処方するかを、処方する医師もどちらを用いているかわからない比較試験(二重盲
検法)で施行しました。その結果、レメディーを用いた群において、花粉へのアレルギー
反応が統計的有意差をもって、その改善効果が示されたのです。つまり、症状を起こしう
る同類のものを、その物質がなくなるまで希釈した水を用いた治療法「ホメオパシー」に
科学的根拠が与えられたのです。
ここで少し、ホメオパシーをめぐる歴史的な状況を少し説明しておきましょう。当時、
ヨーロッパではユナニ医学において重要な治療法であった瀉血療法がさかんに行われ、体
力の弱った患者さんへの適応の際にはしばしば逆効果を及ぼすこともままありました。そ
うした状況を憂慮したハーネマンはホメオパシー創始以前、一時、医業を中断していまし
た。まず何よりも患者さんを傷つけないというヒポクラテスの教えにも合致したものとい
えるでしょう。その後、革新的な方法論であるホメオパシーの創始とともに、彼は臨床の
場へもどってきたのです。その後、ホメオパシーは彼の理論の信奉者により、紆余曲折あ
りながらも着実に全世界で広がり、今日に至ります。
それでは、この極めて特殊な医療体系は、実際にどのように患者さん(人間)を把握し
ていくのでしょうか。東洋医学理論における把握方法とは全く異なった、この医学の観点
をみていきましょう。
ホメオパシーは一般に、いわゆる西洋医学的な病名がついたとしても、一律に、病名に
対応する薬(レメディー)が決定されるわけではありません。
ここで「片頭痛」を例に考えてみたいと思います。現代医学的には性別や体質を問わず、
一般に鎮痛剤が投与されることが多いでしょう。一方、ホメオパシーにおいては、同じよ
うに「片頭痛」を訴える女性だとしても、「感情的かつ同情的で優柔不断の女性」と、
「内
向的かつまじめで同情を嫌う女性」では、選択されるレメディーが異なるのです。これは、
どういうことなのでしょうか。通常、現代医学的に考えれば「片頭痛」はどのような性格
の女性に起きたとしても、その病態生理学的なメカニズムは同じものと考えます。ところ
がホメオパシーでは、様々な体調の不良は、その人そのものと不可分の関係にあると考え
るのです。つまり「その人」なしに「その症状」を考えることができない、ということで
す。身体と精神との関係から、その人まるごとを見ようとする、ホリスティックな視点と
言えるでしょう。
実際には、ホメオパシーでも、風邪、頭痛、関節痛、乗り物酔い、といった症状からの
みレメディーの処方を決定することも可能です。しかし、それは比較的急性期の症状で、
いわゆるセルフケアの範囲においてです。何年にもわたる慢性的不調や、こころの問題と
密着した不調など、いわゆる難しい状態においては、ホメオパシー本来のホリスティック
な視点は、欠かすことができないのです。
ホメオパシーには一般に、有効成分といえるものは含有されていません。ある症状を起
こしうる物質が通過しただけの「水」が治癒に関与するだけです。それでは一体、何が治
癒に関与しているのでしょうか。それは一般に、内なる治癒を引き出す、なんらかのエネ
ルギーと考えられています。代替医療のカテゴリー分類としては「エネルギー医学」に分
類されることがあるのも、こうした理由によります。では、「エネルギー」とは何なのでし
ょうか。まさにここが、皆さんがホメオパシー、さらには代替医療そのものを受け入れら
れるかどうか、の分水嶺とも言えるところなのです。もちろん受け入れるか否かは、その
人しだいで、善悪の問題ではありません。そして、残念ながら現段階では、これに対して
科学的に妥当な説明は困難です。内なる治癒を引き出す「何か」といったところでしょう。
それでは、そうした科学的に不明なものに、どんな意義があるのでしょうか。
ホメオパシーは科学的に了解可能な理論ではありません。しかし幾多の研究報告では、
その効果が確認されているのも事実ですし、また、この医学体系を強く支持する世界的な
流れがあるのも事実です。ここでは、物理現象としての是非は議論しないものとして、あ
くまでも医学的な現象として捉えてみたいと思います。
するとそこには、目に見えないものを希求する病者の心が見えてきます。あくまでも医
学・医療を科学の枠内でのみ捉えようとする方には違和感があるかもしれませんが、医療
を扱う場合、こうした観点は無視するわけにはいきません。また、片頭痛の時のレメディ
ー選択の際に紹介したように、その人の「人となり」を詳しく知る必要があります。これ
は、非常に詳しく、注意深い問診・カウンセリングを要するということです。近年、医療
への不満の中で、最も多いものが「話を聞いてくれない」というものです。これに対して
は、「傾聴」する姿勢が重要なのは言うまでもないのですが、それだけで十分といえるので
しょうか。ここにホメオパシーの特殊性が活かされるのです。つまり、その人が、物事を
どのように考えるか、周囲の人たちとどのように関わっているのか、などの質問が、診断
としてのレメディーの違いとなって反映されてきます。つまり、
「語り」をただ「傾聴」し
ているだけではなく、どのレメディーを選択するべきか、細心の注意を払って聞いている
のです。これは当然、相手にとっても「関心を持って聞いている姿勢」として認識されま
す。明らかに精神的な問題に対処している場合を除くと、我々医療従事者は、とかく精神
的よりは身体的な問題にフォーカスしがちです。これは悪いことではないのですが、患者
さん側としては、ストレスなど心の問題と関連付けて、自らの症状を理解していることは
少なくありません。近年、
「語り」や「Narrative Based Medicine(NBM)
」の重要性が指
摘されるのはこうした事情に基づきます。しかし、ただ漫然と聞いているだけでは、双方
ともに満足のできる関係は構築されないでしょう。こうしたときに、いわゆる「人となり」
が処方に影響を与える医学体系があったらどうでしょうか。「語り」においてホメオパシー
が不可欠だといっているわけではありません。ただ非常に有効な「語り」をも引き出す方
法論であることは間違いありません。そうした観点からも、我々はホメオパシーを見直し
ていく必要があるのではないでしょうか。ただ単に、そのメカニズムはどうか、という前
に、何故、この医学体系がこれほどまでにうけいれられているのか、という観点も大切な
のです。
さらに、このホメオパシーからいくつかの治療法が生まれてきました。その代表的なも
のがフラワーエッセンスです。簡略に説明するとレメディーの作成方法等に変更を加え、
主に「感情」に焦点をあてたセルフケアに適した体系といえます。こうした治療体系は、
その不思議さから賛否両論あるでしょうが、NBM の観点が叫ばれる中、今後、医療の現場
で出会うことが増えてくるかもしれません。
Q&A
Q:ホメオパシーとフラワーエッセンスとの関連を詳しく教えてください。
A:ともに「エネルギー医学」に分類される代表的な代替医療ですが、歴史的にはホメオパ
シーを母体として、フラワーエッセンスが生まれてきたと考えていいと思います。それは
医師で細菌学者でもあったフラワーエッセンスの創始者、エドワード・バッチ博士は、ホ
メオパシー病院に勤務するホメオパス(ホメオパシーの治療者)でもありました。彼はホ
メオパシーにおいても、いくつかの重要なレメディーを発見するなど、優れた業績を持っ
ています。その彼が、植物の朝露がもつ、人間の感情に作用する不思議な力に魅せられて、
完成させた独自な治療体系がフラワーエッセンスなのです。ホメオパシーと比べて、感情
に焦点を当てていること、種類が 38 種に限定されていること、などが特徴的で、セルフケ
アとして親しみやすい体系になっています。また時代の変遷とともに、バッチ博士の遺志
を継ぎ、世界各国で、独自のフラワーエッセンスも生まれており、独自の発展を遂げてい
ます。
8.徒手療法
ここでは「徒手療法」を概観してみます。
最も世界的に知られているものとしては、スウェーデン式マッサージがあげられます。
スウェーデン人のリングにより、世界の伝統医学を参考に、独自に創始された技法で、ア
メリカでは人気のある徒手技法です。一方、わが国では、最近はこうしたマッサージに加
え、タイ式マッサージ等のアジア諸国のマッサージも盛んに行われており、非常に利用し
やすい代替医療といえるでしょう。それぞれの技法には特徴があり、個人の趣向により、
選択するのがいいでしょう。ただし、受ける側の体質によっては危険な技法もあるので、
持病や不調のある方はあらかじめ、施術者に伝えることも重要です。
マッサージとは少し異なりますが、わが国で発展しているものとして「指圧」がありま
す。基本的な考えとしては、経絡の上に位置する「ツボ」を(鍼や灸ではなく)指で押す、
というものです。押した部分の凝りや圧痛から、内臓の弱りなどを指摘したりすることも
可能とされ、未病段階の多くの現代人には受け入れやすい代替医療といえるでしょう。マ
ッサージ的な要素も加えられることもあり、わが国では、按摩、マッサージとあわせて「あ
ん摩マッサージ指圧師」として国家資格になっています。
また、わが国で利用率の高い徒手療法としては、「柔道整復」があります。一般市民の半
数以上に利用経験があるとも言われる、わが国で非常にポピュラーな代替医療ですが、国
家資格であることや、整体、カイロプラクティックとの混同など、なかなか正確には理解
されていないのも現状です。現代医療の教育をも合わせて受けている資格だけに、今後、
代替医療の統合化の流れにおいては、重要な役割を期待したいところです。
次に、アメリカで一般的な「オステオパシー」について紹介したいと思います。オステ
オパシーとは、アメリカ人医師、AT スティルによって創始された、神経筋骨格系の調整を
めざした徒手療法のことをいいます。わが国では、整骨という訳語が当てられることもあ
りますが、整体や接骨との混同を避けるため、最近では一般化している「オステオパシー」
で統一したいと思います。わが国では、国家資格である、あん摩マッサージ指圧師、はり
師、きゅう師、柔道整復師、さらには国家資格以外の整体、マッサージなどと混ざって、
正確に理解されていないのが現状かと思います。しかし、オステオパシーはアメリカでは
医師と同等の教育プログラムを要求され、その地位は同等とも言えます。また、アメリカ
国内での「代替医療」の定義としては、医師(MD)ならびにオステオパシー医(DO)に
よってなされる医療行為以外のものと理解されており、いわゆる「代替医療」に分類され
ていません。このあたりの事情は、我々には非常に奇異なものとして感じられますが、そ
れぞれのお国柄というほかありません。逆にアメリカ人からすると、国家的な保険制度の
もとで、通常の病院・クリニックを風邪で受診した際に、葛根湯などの「漢方」が普通に
処方されることも驚くべきことなのです。また、わが国独自の診療科でもある、心身医学
を専門とする「心療内科」も国家的な保険でカバーされるということは、アメリカ人から
すると、これもまた驚きなのだそうです。オステオパシーは整形外科的疾患のみならず、
内科疾患や手術後の状態改善にも、エビデンスを蓄積しつつあり、今後、わが国でも耳に
する機会が増えてくるのではないでしょうか。私の学んだアリゾナ大学の統合医療外来に
おいては、オステオパシー診療は好評で、DO が大活躍していた様子が印象的でした。
アメリカで確立されたもう一つの徒手療法として、名高いのが「カイロプラクティック」
です。1890 年代にアイオワ州の治療家 DD パーマーによって創始された、脊椎にアプロー
チする手技を用いた徒手療法であり、アメリカで用いられる代替医療の中でももっとも普
及しているものの一つと言われています。先に紹介したオステオパシーも、当初は脊椎に
対するアプローチを中心に行っていた時期もあり、大枠では類似点も見出せます。しかし、
この両者の決定的な違いは、技法的な相違もさることながら、
「代替医療」か否かという点
だろうと思います。つまりオステオパシーは通常医療として扱われるのに対し、カイロプ
ラクティックは公的医療保険であるメディケアの適用になるものの、あくまでも「代替医
療」のカテゴリーに分類されるのです。ここで誤解のないように、再度確認しておくと、
これはすべてアメリカでのお話ということです。つまりわが国では、双方ともに「代替医
療」なのです。
さまざまな種類の徒手療法があり、技術の類似したもの、法的資格の相違があるもの、
など複雑な事情があるのを理解していただけましたでしょうか。こうした混乱もまた「代
替医療」の特徴の一つです。医療従事者として、こうした理解も今後は求められてくるで
しょう。
(参考文献)
蒲原聖可:代替医療 中央公論新社
2002
相補・代替医療の現況をみる(治療 2007 年 3 月増刊号)
南山堂
2007
Q&A
Q: 「あん摩マッサージ指圧師」が国家資格ということを今回の解説で知りましたが、他に
日本での国家資格の代替医療はあるのですか?
A:私が毎年行っている代替医療の講義の中でも、ほとんどの看護学生が正確に知らないよ
うなので、ここであらためて解説したいと思います。わが国の法律で規定される代替医療
の国家資格は以下の 4 種類になります。
・ あん摩マッサージ指圧師
・ はり師
・ きゅう師
・ 柔道整復師
逆に、国家資格だと思われているが、実際そうではないものとしては、カイロプラクテ
ィック、整体、アロマセラピー、リフレクソロジーなどです。とくに「接骨」と称される
柔道整復と「整体」を混同している例が多いようです。国家資格の有無が、技術の優劣と
結びつくものではありませんが、基本的な医学知識が試験で要求されている点では、重要
なチェックポイントではあります。またいわゆる無資格の代替医療であっても、施術者の
自主的な努力により基本的な医学知識は習得していただきたいと思います。
9.サプリメント
サプリメントは、これまでの代替医療と異なり、背景となる理論や思想などは、比較的な
じみやすいものだと思います。それは特殊な歴史的背景を理解する必要があるわけでもなく、
その効能・効果も、含有成分などから現代医学的にも了解可能なものでもあるからです。た
だしこれは、すべての健康食品に十分なエビデンスや安全性が保証されているわけではない
ので、あくまでも原則としての話です。
サプリメントとは、本来「補充する」という意味で、日常の体に必要な成分を補完する
もの、という意味になります。一般には、健康補助食品、栄養補助食品として理解されて
います。したがって、その文字が示すように、あくまでも栄養として、しっかりとした食
事が前提としてあり、それを補助するという役割なのです。この点が、これまであまりよ
く理解されてないところといえるでしょう。サプリメントは決して、めちゃくちゃな生活
の補正目的ではないのです。つまり、サプリメントのみに依存するような食事では、健康
上大きな問題ともなりうるわけです。だからこそ「補助」なのであり、現代人とサプリメ
ントとの正しい関係が、これまでになく求められていると言えるでしょう。
そのためには、他のサプリメントや医薬品との相互作用にも注意する必要があります。
サプリメントには医薬品と同じ、または類似する成分が含まれることもあり、相互作用を
及ぼす可能性は十分に考えられます。詳しくは成書に譲るとして、相互作用において報告
例があるものをいくつかあげてみるだけでも、セントジョーンズワートによるジゴキシン、
ワ―ファリン、テオフィリンなどの薬物の減弱効果、イチョウ葉エキス服用による抗血小
板薬、抗血液凝固薬内服時の出血傾向亢進の可能性など、重要なものは少なくありません。
それゆえ、本来は医師の処方時にはしっかりとした問診が大切ですが、実際には患者さん
自身が、服用していることを自己申告していないことも少なくありません。こうしたとこ
ろがサプリメント・健康食品の問題点として指摘されることが多いところですが、本質的
には医療従事者とのコミュニケーションの問題です。我々医療従事者が、代替医療への一
定の理解を持つことの重要性は、こうしたところにも現れてくるといえるでしょう。
サプリメントは、広く代替医療の範疇に入るものですが、代替医療の利用率は米国にお
いては国民の 50%近くにおよび、その費用は総医療費の 50%を超えると言われます。ここ
までの影響を持つに至った背景は、現代の健康意識の高さと無関係ではないと考えられ、
これがサプリメントの急速な社会的成長の背景にあるといえます。しかし、そればかりが
原因ではないとも言われています。米国においてサプリメントは 1994 年 DSHEA(Dietary
Supplement Health and Education Act)法により「ハーブ、ビタミン、ミネラル、アミノ
酸等の栄養素を 1 種類以上含む食事を補助する製品」として定義されました。そして、こ
の DSHEA 法により効能・効果の表示が可能になったことも大きな要因と考えられていま
す。結果、米国において 2 兆円を超える市場を形成するに至ったのです。
こうした米国での流れを受けて、わが国においても今日のサプリメント関連の広がりに至
ったわけですが、これをただ否定するという立場でいいのでしょうか。はじめに解説した
通り、一人一人のセルフケア意識を高め、自律的な健康生成のサポートをしていくにあた
って、サプリメントは重要な役割を持つものでもあるからです。ただし、医療従事者とし
て、テレビの健康情報番組などの様々な情報を、無批判に受け入れることは避けなければ
なりません。そうしたテレビの健康番組の不祥事も記憶に新しいところです。しかし、こ
うした情報が氾濫する背景には、前述したような国民の健康意識の高まりがあることも無
視してはならないのです。だからこそ我々医療従事者は、その高まりを萎えさせることな
く、健康生成を積極的にサポートする方向へ患者さんをはじめとした一般の方々を導く必
要があるといえます。
これはサプリメントについてのみならず、代替医療全般に対しても言えることです。本
来の治療を妨げる場合、明らかに医学的に不適切である場合、経済的に大きな支障になっ
ている場合などを除いては、必ずしも十分なエビデンスがなくても、あたまからの否定は
せず容認する態度も時に必要でしょう。こうしたバランスのとれた姿勢こそが、求められ
る医療者像であり、理想的な統合医療像と言えるでしょう。もっとも身近なサプリメント
との接し方こそ、現代医療と代替医療とを統合しようとする新たな概念である「統合医療」
の最も実際的な活用例といえるでしょう。
Q&A
Q:そもそもサプリメントは現代人に必要なのですか。
A:これほどモノがあふれている飽食の時代に、栄養欠乏などないのだから、サプリメント
など必要がない、という主張を聞くことがあります。確かに、カロリーからすれば、その
通りです。しかしビタミン・ミネラルの観点ではどうでしょうか。排気ガスやダイオキシ
ンなどの自然環境の悪化、度重なる心身両面でのストレス、不規則な生活習慣とそれに伴
う食生活の乱れ、これらすべてが、ストレスとしてビタミン・ミネラルを浪費する要因と
なります。また、野菜や果物などの含有する栄養価自体が低下しているという報告もあり
ます。つまり使用量が増加しているにもかかわらず、供給量が十分なされていない状態と
推測されるのです。こうした状況は「カロリー過剰・微量栄養素不足」とも称されていま
す。こうした状況の是正として、現代人にとってサプリメントは必要なものと考える立場
があるのです。
究極的には、我々個人は、環境・ストレス・遺伝など様々な要因によって成り立つ、多
様性に富んだ存在です。自らの心身に影響する、内外の要因をどのように考えるかにより、
サプリメントの必要性も変わってくるかと思います。まずは自覚的に自らを振り返ること
が、サプリメントを考える第一歩になるのかもしれません。
(参考文献)
サプリメント健康バイブル 日本サプリメント協会
小学館 SAPIO ムック
10.代替医療の分類とその他の代替医療
ここでは、これまで触れなかった代替医療について、カテゴリー別に分類して、概説を
します。
(1) 伝統医学を中心とした代替医学システム
これらは中国やインドの伝統医学に限らず、さまざまな地域の伝統医療があり、医療人
類学的な手法などを交えて、チベット・アフリカ・東南アジアなどたくさん紹介されてい
ます。どれもその理論体系のみならず、文化的な背景など、じつに奥深い理解を必要とす
るものばかりです。ひとつひとつが体系的な理論をもつ代替医療の代表格と言えます。
(2) 心身相関に関するもの
瞑想やヨーガ、芸術療法、音楽療法、バイオフィードバックなどが代表的です。現代医
療のカテゴリーとしても、心療内科やリハビリテーションなどで一般的に用いられている
ものでもあります。とくにバイオフィードバックは、脈拍や呼吸などの生体の情報を、生
理学的なデータとして個人にフィードバックすることで、個人の自律神経の調節機能を高
めることを目的とします。これによりリラクゼーションを効果的に行うことも可能になり
ます。また、こうしたバイオフィードバックの方法論を生活習慣改善へと拡大することで、
日常生活のライフスタイル改善にも役立てることもできます。
(3)生物学的療法
ハーブや抗酸化剤を用いたもの、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)を用いたキレーショ
ン療法やオゾン療法など、発想としては現代西洋医学そのもの、もしくはそれに近いもの
が分類されます。サプリメント等と同様、理論的には現代西洋医学の範疇で理解すること
が可能な療法群です。したがって一部の人たちは、これを代替医療として認識していない
ことも少なくありません。また、わが国で一般に「代替医療」と認識されているもの、も
しくは、新たな代替医療として話題になるものは、ほぼこのカテゴリーに分類されます。
それゆえ、いまだに漢方など伝統医学を「代替医療」のカテゴリーで認識しない考え方も
あります。また、さまざまな生物学的方法を用いることから、中には非常に高価になるこ
ともあり「代替医療は非常に高い」というイメージをもたれる一因にもなっています。
(4)サプリメント・栄養療法
サプリメントの他にも、栄養療法というように広げていくとたくさんの療法があります。
そもそも、どのような食事・栄養をとるかということ自体、ライフスタイルや信条にかか
わる問題ですから、生活全般に関わる変化を求めるものも少なくありません。マクロビオ
ティックに代表される玄米食や菜食を中心としたものでは、調理法や重要視する食材の違
いによりたくさんの療法が存在します。それぞれに思想的背景の違いや、創始者の思想な
どの相違により、数々の流派が存在するわけです。よく話題にあがるのが、食物の「陰陽」
「寒熱」などの分類ですが、これも絶対的なものではなく、流派によっては異なることも
少なくありません。癌治療の領域では、脂質・たんぱく質の制限と大量の野菜ジュース摂
取を特徴とするゲルソン療法がとりわけ有名なので、名前だけは聞いたことのある方もい
るのではないでしょうか。
(5) 手技を用いるもの
この連載で取り上げた手技以外にも、たくさんのものがあり、その種類の多さは食事療
法の多様さにも匹敵するか、それ以上とも言えます。「∼式マッサージ」とか「∼流整体」
といった類は、至る所で目にするでしょうから、一番身近な代替医療と言えるでしょう。
しかし、一方で、怪しさ、危険性からも問題の多いものをたくさん含んでいる領域だけに、
利用者の選択眼にかかってきます。一般的な選択のアドバイスとしては、法外な値段をと
るもの、頭から現代西洋医学を否定するもの、などは避けておくのがベターではないでし
ょうか。
それぞれの代替医療には、その思いと願いが込められています。そこに仮定された治癒
のシステムが実在としてあるのかどうかは、あくまでもブラックボックスではありますが、
NBM の台頭からも分かるように、
「その人」に対してのかけがえのないものを重視するの
は重要なことです。そうした意味では、システムとしての実在の有無はさておき、
「治った」
という実例に基づく実証を積み重ねることにも意義があるでしょう。
医療の多様性が叫ばれる中、ただ一つの「科学的真理」に基づいて医療を行うというモ
デルは、事実上、幻想となっています。いわゆる科学的根拠も、原則として一つの観点に
過ぎず(かといってないがしろにしてよいわけではありませんが)多様な観点の中で、新
たな医療を模索していかなくてはなりません。また、全世界的な代替医療の台頭の本当の
意味するところは、こうした医学全体へのパラダイムシフトを迫るものとして認識すべき
ことなのではないでしょうか。こうした様々な流れを形成するものが、この連載で紹介し
てきた「代替医療」と言えるのです。
だからこそ我々は、代替医療について各々を詳細に知るということではなく、こうした
もう一つの医療体系とどのように向き合っていくかということを考えていかなければなら
ないのです。
その意味では、これからは、代替医療の各論よりも、むしろ全体をバランスよく考える
総論的な考えが大切になってくるでしょう。つまり、代替医療と現代医療との統合形であ
る、統合医療の総論こそが重要になってくると思います。
そこで第3章では、代替医療を統合した「統合医療」という考え方を、ケースに基づい
て詳しく見ていくことにしましょう。
(補遺)代替医療的身体観察
代替医療の観点は、ただの知識の蓄積だけでなく、看護の実際にも非常に有用な視点を
提供してくれるものでもあります。ここでは、補足として、日常臨床に役立つかもしれな
い代替医療的な身体の観察を紹介しましょう。代表的なものは、いわゆる東洋医学的診断
の利用です。舌を診る「舌診」、脈を診る「脈診」
、腹を診る「腹診」が代表的です。また
リフレクソロジーから発展した技法として「足裏のチェック」も看護師の得られる情報と
して有用なものが多いようです。これらに共通した見方はどのようなものなのでしょうか。
それは、全身の状態を局所に反映させてみる、という視点です。具体的には図1∼4をご
覧下さい。舌にも、脈にも、腹にも、そして足裏にも、すべて全身の臓器が反映されてい
ることがわかると思います。つまり一部分から、全体の状況を推測することができるとい
うことです。こうしたことを書くと、すぐに「エビデンスは?」という言葉が聞こえてき
そうです。確かに、伝統的、経験的にそうだという以外、明らかな科学的根拠があるとは
言えません。しかし、我々、医療従事者は、患者さんの「顔色」などを直感的に重視する
のも事実です。これは臨床経験豊富な方でしたら、納得できることと思います。ただ「何
となく」というだけでなく、舌・脈・腹・足裏など自分なりに得意な視点を持つことがで
きれば、看護をはじめとした臨床の現場で非常に有効な「武器」になるのではないでしょ
うか。そうした観点から代替医療の世界を覗いてみるのも、良いアプローチかと思います。
何も具体的な代替療法を行わなくても、日々の臨床に活かせる技法のヒントを盗むという
姿勢で、この分野に接近するのも悪くないのではないかと思います。
(図表)
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参考文献
市野さおり:免疫力を高める足裏健康法(講談社+α新書)
藤本蓮風:鍼灸医学における実践から理論へ(谷口書店)
Q&A
Q:「部分は全体を反映する」という見方は代替医療だけの見方なのですか?
A:そもそもこうした見方は、局所の拡大像が全体像と類似するという数学的概念である「フ
ラクタル」概念によってクローズアップされてきました。幾重にも分岐する樹木の枝、同
様な分岐を示す肺の気管支像がその代表例といえます。また東洋医学においては、舌・脈・
腹のみならず、顔面診もあり、人相学とも密接な関連があります。また現代医学的観点に
おいても、一個体の遺伝子は、心臓の細胞でも、足先の細胞でも同一であり、ここでも部
分は全体を反映するといえます。そうした意味では、幅広い生命現象に共通する現象とい
えるでしょう。