心臓サルコイドーシス合併妊娠の一例 - 弘前大学大学院医学研究科

第 17 巻,2002 年
症 例
心臓サルコイドーシス合併妊娠の一例
弘前大学医学部産科婦人科学教室
坂 本 亜希子 ・ 重 藤 龍比古 ・ 谷 口 綾 亮
二 神 真 行 ・ 坂 本 知 巳 ・ 佐 藤 秀 平
水 沼 英 樹
弘前大学医学部第二内科
花 田 裕 之
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Departmentof Obstetr
icsand Gynecology, Hirosaki Univers
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DepartmentofInternal Medicine Second, Hirosaki Univers
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ty Schoolof Medicine
を経験したので,若干の文献的考察を加え報
は じ め に 告する。
サルコイドーシスは病巣部への活性Tリン
症
パ球の集積に特徴づけられる原因不明の全身
例
性肉芽腫病変で,20 ∼ 40 代の若年者に多い
患 者;36 才,主婦
疾患である。好発部位として,両側肺門リン
家族歴;特記すべきことなし
パ節,肺が知られており,肉芽腫を形成し,
月経歴;初経 13 才,月経周期 26 日型整順
さらに線維化を引き起こすこともある。臨床
既往歴;サルコイドーシスの指摘以外特になし
症状としては多彩な像を示すが,呼吸困難や
現病歴および妊娠分娩歴;
咳などを主症状とすることが多く,10%は重
平成 4 年,東京都在住時,会社の検診で胸
症候性とも言われている。その他の罹患臓器
部X線写真の異常陰影を指摘され,平成 5 年
としては,皮膚,肝,脾,心臓,筋肉,骨,
3 月に精査目的にA総合病院を受診した。同
神経系などがあげられ 1),これらのうち心臓
病院で行われた経気管支肺生検で類上皮細胞
サルコイドーシスは突然死する事があり,ま
性肉芽腫が証明され,気管支肺胞洗浄液所見
たサルコイドーシスの死因の約 2 / 3 に挙げ
でリンパ球の増加および T4 /T8 の上昇がみ
2)
られる ことから慎重な管理を要する。
られた。心エコーでは左室心尖部から後壁に
今回我々は,心臓サルコイドーシスと診断
かけて壁運動の低下が認められ,Holter 心電
された後に,二回の妊娠・分娩を終えた症例
図では slow non-sustained VT( 6 連発)が
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青森臨産婦誌
図 1 妊娠 33 週時の Holter 心電図
17 連発の心室頻拍が認められた心電図の一部
みられた。ACE 26.0 IU/L と軽度上昇し,
へ移行する可能性が大きいとの当院第二内科
ツ反は 8 × 6 mm と陰性であった。以上の所見
からのアドバイスがあり,本人及び家族の同
より,肺サルコイドーシスおよび心臓サルコ
意の下に平成 10 年 2 月 24 日,
妊娠 36 週 0 日
イドーシスの診断となった。眼病変や皮膚病
に帝王切開術が行われた。児は,2,646g の男
変は認められず,ステロイド等の投薬はなし
児で,Apgar Score 8 / 9 点であり,身体所見
に 3 ヶ月ごとのフォローを受けた。
等に異常は認められなかった。術後は翌日ま
平成 7 年に結婚し,平成 9 年 8 月,夫の転
で ICU で管理を行ったが,幸い分娩終了後
勤のため香川県に転居となり,県内のB総合
はVPC の連発はほとんど認められなくな
病院を受診した。同病院の検査では胸部X線
り,16 日目に退院した。この際,内科医師お
写真は特に異常陰影はなかったが,心電図の
よび当科の医師から次回の妊娠を極力さける
,陰
所見では低電位,異常Q波(Ⅱ,Ⅲ,aVF)
ように,できるだけ妊娠しないように指導が
性T波(Ⅱ,Ⅲ,aVF,V5 - 6)がみられた。心
あったが,本人および夫の認識は十分ではな
エコーでは左室心尖部より 1 / 2 範囲に壁運動
かった。
低下が認められ,Holter 心電図では VPCが
平成 11 年 4 月に千葉県へ転居し,
同年 11 月
4,000 ∼ 7,000 bpm /日(最高で 5 連発)でみら
D総合病院循環器内科を受診した。心エコー
れた。
では駆出率 46.5 %で,その後も定期的に心エ
平成 9 年 6 月 17 日を最終月経として妊娠
コーを受けていた。平成 12 年 10 月の心エ
となり,以後,
C総合病院産婦人科で妊婦健診
コーで駆出率 41.9 %であったが,
それまでの
を受け,平成 10 年 1 月 8 日,妊娠 29 週時に
主治医から担当医が変更となった後に妊娠は
里帰り分娩希望のため当科を初診した。30
可能といわれ,
平成 12 年 12 月 12 日を最終月
週より切迫早産のため入院となったが,塩酸
経として自然妊娠となり,D総合病院産婦人
リトドリン内服のみでコントロール可能であ
科で妊婦健診を受けた。妊娠 13 週時の心エ
った。妊娠 34 週におこなった心エコーでは
コーでは駆出率 39.9 %であった。
駆出率 51 %,心尖部の壁運動の低下がみら
平成 13 年 6 月 25 日,妊娠 27 週に里帰り分
れ,心電図(標準 12 誘導)では異常Q波,陰
娩希望のため当科を受診した。Holter 心電
性T波がみられた。Holter 心電図ではVPC
図で 10 連発までの非持続性心室頻拍を認め
が 7 連発でみられ, 5 連発以上で致死的 VPC
た。妊娠 31 週時に心サルコイドーシス合併
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cardioverter defibllilator)が必要となる
とコメントがあった。
考
察
サルコイドーシスは,多臓器性に非乾酪性
類上皮細胞肉芽腫を形成する原因不明の疾患
であり,本邦でのサルコイドーシスの有病率
は,10 万対 1.7 ∼ 0.3 で,発生率に地域差が
あり,北日本に多い。世界的に見ても北欧の
発病率が高い。多臓器性に類上皮肉芽腫を形
成する疾患であるが,胸部X線写真で BHL
(Bilateral hilar lymphadenitis)のみ認め
られる症例は予後良好とされている。しかし
図 2 下肢血管造影所見
ながら,肺外病変がある場合は進行例である
右腓腹筋動脈の陰影欠損が認められる。
ことが多く,予後は不良となることもある。
妊娠の精査および安静を目的として入院管理
最近は肺外病変を有する症例が増加傾向にあ
となった。妊娠 33 週におこなった Holter 心
り,サルコイドーシスは,以前は BHL のみ
電図で 17 連発の心室性頻拍(図 1 )が認めら
認められる症例が多く,自然寛解例が多いと
れ,
さらなる心機能の低下が示唆されたため,
されていたため予後良好の疾患と考えられて
第二内科主治医より早期娩出を勧められ,本
いたが,胸郭外病変を有する症例が増えてき
人及び家族の同意の下,平成 13 年 8 月 8 日,
た3)ことで予後について見解は分かれること
妊娠 34 週 1 日にて帝王切開術および本人と夫
が多い。サルコイドーシスの 5 ∼ 10 %は進
の希望で卵管結紮術をおこなった。児は,
行例で,死因としては心臓病変による突然死
2,184 g の女児で,Apgar Score 7 / 8 点であり,
が多く,続いて肺性心,肺線維症といった肺
身体所見に異常は認められなかった。手術後
病変によるものがあげられている。
は ICU で管理したが全身状態は安定してお
好発年齢は,20 代に最も多く,サルコイ
り,持続的に心電図モニターを使用したが,
ドーシス合併妊娠の頻度は,
全妊娠の 0.02 ∼
心室頻拍は散発しているものの,3 連発以上
0.06 %といわれている4,5,6)。そのため,サル
のものは認められなかった。術後経過良好
コイドーシスは,産科医の臨床で遭遇しうる
で,術後 8 日目に退院となった。その後 1 ヶ
合併症の一つであるが,その発症部位および
月健診を終えた産褥 37 日目に右下肢の脱力
症状の多彩さのためサルコイドーシスと妊娠
感が突然認められ,血管造影検査を行ったと
について種々の報告があるにも関わらず,そ
ころ右腓腹筋動脈塞栓の所見(図 2 )があり,
の管理基準について一定の見解は得られてい
ワーファリン,レニベース,アーチストの内
ない。
服開始となった。心臓サルコイドーシスにつ
Mayock4)は,10 人のサルコイドーシス患者
いては,ガリウムシンチグラフィーで明らか
の 16 妊娠についての経過を述べており,
妊娠
な心臓への集積は確認されなかったが,プレ
はサルコイドーシスを軽快させるが,この効
ドニン 30 mg/ 日の内服も開始となった。そ
果は分娩後速やかに消失すると述べている。
の後,血栓症を疑わせる症状は認められなか
これは,妊娠中に胎盤由来のコルチゾールが
った。Holter 心電図で心室頻拍は最高で 9
増加することによると考えられている。一
連発で妊娠時より減少していたが,第二内科
方,Reisfield7)は,サルコイドーシスは妊娠
から将来的に AICD
(automatic implantable
に影響されないと報告しており,他にも同様
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青森臨産婦誌
表 1 心臓サルコイドーシスの診断基準
(1) 組織診断群
心内膜心筋生検あるいは手術によって心筋内に乾酪壊死を伴わない類上皮細胞肉芽腫が病理組織学的に認め
られる場合。
(2) 臨床診断群
心臓以外の臓器で病理組織学的にサルコイドーシスと診断しえた症例に項目(a)と項目(b)∼(e) の 1 項以
上を認める場合。
(a) 心電図ないし,ホルター心電図で右脚ブロック,左軸偏位,房室ブロック,心室頻拍,心室性期外収
縮(*Lown2 度以上 ),異常Q波,ST-T変化のいずれかが認められる。
(b)心エコー図にて左室壁運動異常,局所的な壁菲薄化あるいは肥厚,左室腔拡大が認められる。
(c)201 TI-C
Iシンチグラムで灌流欠損,あるいは 67 Ga-c
i
tra
te シンチグラムや 99 mTc-PYPシンチ
グラムでの異常集積など心臓核医学検査に異常が認められる。
(d)心臓カテーテル検査における心内圧異常,心拍出量低下,左室造影における壁運動異常や駆出率低下
が認められる。
(e)心内膜心筋生検で非特異的病変ではあるが,有意な中等度以上の間質線維化や細胞浸潤などの病理組
織所見が 認められる。
付記 1 完全房室ブロック,心室頻拍,経過視察中に出現してきた右脚ブロックや心室性期外収縮(*Lown
2 度以上 ) は特に頻度の高い心電図変化であり,(b) ∼ (e) を認めなくても心臓サルコイドーシスを
考えて対処してよい。
2 虚血性心疾患と鑑別が必要な場合は,冠状動脈造影を施行する。
3 副腎皮質ホルモン投与によって上記所見の改善をみた場合は心臓サルコイドーシスの可能性が高く
なる。
* Lown 分類
0 : 心室性期外収縮なし
1 : 散発する単一の心室性期外収縮
2 : 頻発する心室性期外収縮 ( 毎分 1 個あるいは毎時 30 個以上 )
3 : 多形性心室期外収縮
4 : 反復性心室性期外収縮 ( A : 2 連発,B : 3 連発以上 )
5 : 早期性心室性期外収縮 ( R on T )
(Lown B,Wolf M:Approaches to sudden death from coronary heart disease. Circulation 44:130,1971)
の報告がいくつかみられる。Haynes5)は,妊
娩について報告しているが,いずれの症例も
娠とサルコイドーシスの関係について述べて
分娩後眼症状が再燃し,うち一例は呼吸器症
おり,予後不良因子として実質性病変,胸部
状も出現しており,分娩後の管理の必要性を
X線写真の病期進行期例,低炎症性活動期およ
述べている。
び肺外病変の存在をあげている。Selroos8)は,
サルコイドーシス 850 例を疫学的
大道3)は,
フィンランドのサルコイドーシス 655 症例の
に検討しており,分娩歴(流産を含む)があ
内,分娩後 1 年以内のサルコイドーシス発見
った症例は 81 例で,その分娩回数は 99 回の
例,またはサルコイドーシスの活動期もしく
うち,分娩後 6 ヶ月以内にサルコイドーシス
はフォローアップ中の妊娠例 38 例について
病変が悪化したものを分娩悪化例とし,病変
検討した。サルコイドーシスの活動期症例の
持 続 中 の 分 娩 の 悪 化 は 54 回 中 48 例
多くは妊娠により軽快し,非活動期症例のほ
(88.9 %),病変消失中の悪化は 45 回中 1 例の
とんどは非活動期のままであり,これらはコ
みであり,予後不良因子の 1 つに病変持続中
ルチゾールによる治療中と同等の効果を示す
の妊娠,分娩をあげている。そのため,サル
としており,これらの結果は,妊娠のサルコ
コイドーシス病変持続中の妊娠,出産は可能
イドーシスに対する好影響は体内のコルチ
な限り避けるべきであると述べている。
ゾールの増加による可能性を示唆している。
Seballos10)は,産褥 5 日目に心不全を発症
そのため,分娩後 6 ヶ月は十分注意して観察
し,心臓サルコイドーシスと診断された症例
すべきであると彼らは述べている。
について報告している。その症例は,サルコ
9)
相良 は,眼病変を有する 2 症例の妊娠・分
イドーシス活動期に ACE の上昇を認め,左
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表 3 心疾患合併妊婦における母体死亡のリスク分類
表 2 NYHA の心疾患臨床的分類
分 類
判 定 法
Ⅰ
度
通常の身体活動では不快感がなく,日常
生活が制限されないもの。
Ⅱ
度
安静時には症状がないが, 通常の身体の
活動に不快感, 疲労感があり, 日常生活
が軽度ないし中等度制限されるもの。
Ⅲ
度
わずかな身体の活動でも疲労, 心悸亢
進, 呼吸困難を訴えるために, 日常生活
が中等度ないし高度に制限されるもの。
Ⅳ
度
GroupⅠ
死亡率< 1 %
ASD*
VSD*
PDA*
肺動脈・三尖弁疾患
ファロー四徴根治術後
生体弁
僧帽弁狭窄症(NYHA class Ⅰ,Ⅱ)
GroupⅡ
死亡率 5 ∼ 15 %
心房細動を伴った僧帽弁狭窄症
人工弁
僧帽弁狭窄症(NYHA class Ⅲ,Ⅳ)
大動脈弁狭窄症
大動脈縮窄症*
未治療のファロー四徴症
心筋梗塞の既往
大動脈病変のないマルファン症候群
安静時にも上記の症状がみられるもの,
大部分は代償不全を起こしているので日
常生活は全く不可能なもの。
室の駆出率は 32 %と低下したが,
ステロイド
とカプトプリル,フロセミドの投与により軽
快し,心駆出率は 44 %まで回復した。しかし
GroupⅢ
死亡率 25 ∼ 50 %
肺高血圧症
大動脈縮窄症 ( 合併症をもつ )
大動脈病変をもつマルファン症候群
ながら,分娩後約 1 年 6 ヶ月後,腹腔鏡下胆
嚢摘出術後心停止となり死亡の転帰となっ
た。
∼ 15 % 11)と低いとはいえず,これのみで妊娠許
このように妊娠に合併したサルコイドーシ
可するのは多少問題が生ずる可能性がある。ま
スは妊娠中に軽快する,悪化する,変化しな
た,
The American College of Obstetricians
いなどの相反する結果が報告されているが,
and Gynecologist による心疾患合併妊娠にお
いずれにせよ心停止による突然死という症例
ける母体死亡のリスク分類(表 3 )は,それ
の報告も少なくなく,本症を合併した妊婦の
ぞれの疾患とその死亡率のリスクを簡便に表
管理は厳重に行うべきである。
しており,心疾患合併妊婦もしくは妊娠を希
心臓サルコイドーシスの診断は,主として
望する患者に対してのカウンセリング時に大
表 1 の基準によって下される。すなわち心臓
変役立つが,実際の心機能評価に直接的に対
以外の臓器で病理組織学的にサルコイドーシ
応していないとおもわれる。この他に,厚生
スと診断し得た症例に表 1(2)
(a)以下に示
省による妊娠の可否,継続の可否に留意する
す項目が認められた場合には心臓サルコイ
事項(表 4 )も妊娠の可否について明確な判
ドーシスとして,突然死の可能性を考慮した
断基準を備えていない。
十分な配慮が必要となる。
一方循環器内科等では NYHA 分類のみな
一般的に,心疾患を有する患者の妊娠の許
らず,外来で簡便にできる心エコーにより左
可基準となっている心機能の評価には,New
室壁の運動や駆出率を観察し,心機能を評価
York Heart Association(NYHA)の心疾患
し,妊娠許可の判断を行っており,今日心エ
臨床的分類(表 2 )がよく利用されている。
コーは不可欠な検査の 1 つとなってきてい
心臓サルコイドーシスを合併した妊婦の妊娠
る。しかしながら,心エコーによる妊娠の許
継続及び中絶を判断する明確な基準はなく,
可条件は明確には規定されておらず,個々の
このため心臓サルコイドーシス合併妊娠の場
循環器医によってその許可条件にばらつきが
合,NYHA の心疾患臨床的分類が参考にさ
みられているのが現実である。
れる。しかしながら,妊娠可能とされている
今回の症例は,NYHA 分類ではⅠ度であ
Ⅰ度,Ⅱ度でさえそれぞれ死亡率が 5 %,10
り,サルコイドーシス自体は非活動期であっ
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表 4 妊娠の可否,継続に留意する事項
一般事項
年 齢
家庭環境
妊娠 , 経産回数
症 状
心不全の既往
自覚症状
心拡大
心電図
肺高血圧
留意すべき疾患
Ei
senmenger症候群
人工弁置換後
CHD術後
不整脈
心筋症
マルファン症候群
原発性肺高血圧症
高年齢になるほど心不全発症の可能性大
夫婦仲 , 家族構成 , 社会経済環境
妊娠の回数により心負荷は増大
挙児希望の程度
心不全既往妊婦は妊娠中に再発しやすい
心機能分類 , 旧 NYHA Ⅲ度以上は母体死亡率が高い
CTR60 %以上は妊娠中の心不全発症 , 増悪の可能性大
明らかな右室肥大と心房細動を伴う僧帽弁疾患は要警戒
肺動脈圧 50 mmHg 以上は妊娠により危険な状態が発生
妊娠により予後悪化 , 子宮内発育遅延発症 , 自覚症状少ない
ワーファリンをヘパリンに変更 , 妊娠中の再置換は危険 , 妊娠前に再評価 ,
妊娠中の置換弁機能不全は児生存可能なら分娩を先行
術後の心機能 , 手術成功の程度が問題 , 妊娠前に再評価要
原因となる機質疾患性疾患の検索 , VTは可及的速やかに治療
疾患そのものの予後が問題 , 妊娠中 , 心不全発症の可能性大
妊娠中の大動脈解離に要警戒
妊娠による母体死亡の危険 , 診断が困難で心不全発症後遭遇例が多い
厚生省心身障害研究―妊産婦死亡の防止に関する研究― ( 平成 9 年度研究報告 ) より
たが,VPC が頻発していること,駆出率が
められなくとも,入院安静とし,厳重に管理
40%台であることなど心機能の低下が示唆さ
すべきである。当科では妊娠 31 週より管理
れていて,妊娠中の母体のリスクは決して低
入院としたが,妊娠後半期,母体の心負荷が
いものではなく,むしろハイリスク症例であ
増大する 28 週頃から入院させ継続的に管理
った。
を行う必要があるという意見もある13)。
一般的に妊産婦の循環動態は,妊娠・産褥
今回の症例は,妊娠以前に心機能の低下が
期間を通じてダイナミックに変化をする。
認められており,妊娠による心負荷の増大が
循環血液量は妊娠 30 週頃には 40 ∼ 50 %増
さらなる心機能の悪化が十分考えられる状況
加,安静時の心拍出量は 30 ∼ 50 %,心拍数
にありながら,妊娠が許可されており,その
は 10 bpm/min 増加する。また,分娩時には分
意味で産科医は心疾患合併妊娠の許可の可否
娩に伴う不安や痛みによる交感神経の刺激,
等につき熟知しておくべき必要性が痛感させ
子宮収縮時の怒責等により心拍出量は最大で
られた。また,当科で前回分娩終了後に再度
45%増加する。さらに分娩後には妊娠子宮に
にわたって次回妊娠の危険性に対し説明を行
よる下大静脈の圧迫が解除され,静脈還流が
ったにもかかわらず患者自身の心臓サルコイ
12)
増加し,これにより心拍出量は増加する 。これ
ドーシスへの認識が十分でなく,今回の妊娠
らによる心負荷は,心疾患合併妊婦にとって
に至ったため,内科医と産科医の連携が重要
は心機能の低下を招き,心不全や不整脈を惹
であると考えられた。一方, 2 回の妊娠・分
起するリスクが高い。
娩時とも大きな問題なく経過したが,2 回目
このように妊娠時は非妊時と違い妊娠週数
の分娩後産褥 37 日に血栓症を発症した。こ
の経過と共に循環動態が経時的に変化してい
れは,妊娠・分娩を契機としたさらなる心機
くので,心疾患合併妊婦に対して定期的な心
能低下が静脈還流の悪化を招き,循環障害と
エコー検査や Holter 心電図を行い,心機能
なり血栓症が引き起こされた可能性が示唆さ
を評価する必要がある。また,心機能の低下
れた。このように,心疾患合併妊婦はひとえ
が認められる症例は,明らかな臨床症状が認
に妊娠・分娩期を問題なく経過した場合でも
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Pregnancy. Am J Obstet Gynecol, 84: 462-466,
1962
産褥期も十分に注意を払い,管理していく必
要があると考えられた。
今回我々は,心機能低下を認めたにもかか
わらず 2 回の妊娠・分娩を終えた症例を経験
8)Selroos et al: Sarcoidosis and pregnancy. J
of Internal Medicine, 227: 221-224, 1990
したので報告した。
文
7)Reisfield et al: Boeck's sarccoid and pregnancy.
Am J Obstet Gynecol, 75: 795-801, 1958
献
1)厚生省特定疾患「びまん性肺疾患」調査研究班:サ
ルコイドーシスの診断基準,1993
2)Iwai K et al: Racial difference in cardiac
sarcoidosis incidence observed at autopsy.
Sarcoidosis 1: 26, 1994
3)大道光秀 : 当院でのサルコイドーシス(850 例の
経験から). 交通医学,48(5・6): 253-259, 1994
4)Mayock et al: J Am Med Assoc, 164: 158-163,
1957
5)Haynes et al:Sarcoidosis and pregnancy. Obstet
Gynecol, 70: 369-372, 1987
9)相良守峰 : サルコイドーシス患者の妊娠・2 例に
ついて.むつ総合病院医誌,8(2): 28-33, 1993
10)Seballos et al: Sarcoid Cardiomyopathy Precipitated by Pregnancy With Cocaine Complications.
CHEST. 105: 303-305, 1994
11)石川睦男 : 心疾患合併妊娠の管理.ペリネイタ
ルケア 2000 年夏季増刊,78-84, 2000
12)富松拓治 : 妊娠時における循環器の生理.ペリ
ネイタルケア 2000 年夏季増刊,10-15, 2000
13)石川睦男:内科疾患合併妊婦搬送のタイミング
<心疾患合併妊娠>.産婦人科の実際,Vol.46,
No.7: 921-926, 1997
6)O'Leary JA: Ten Year Study of Sarcoidosis and
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