知的障害児の行動障害に関する事例研究

知的障害児の行動障害に関する事例研究
キーワード:知的障害.行動障害.養護学校.発達障害.支援
発達・社会システム専攻
古川
真美
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加・自立」
「自己実現」
「心身の調和的発達」などがあげら
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れている。障害児教育においては、従来から障害児を社会
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自立させることが目的としてあげられてきた。社会自立と
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は、障害児が心身の障害を克服して、一般社会に適応し、
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職業的に自立して生きることを意味する.
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障害児教育の目的として「自己実現」という言葉が用いら
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れることも少なくない。自己実現には、カウンセリング、
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人格・性格心理学・精神分析学など、その立場によって意
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味が若干異なるが、障害児教育においては、
「本来的にもつ
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能力や機能、さらにそれらを含むその人らしさを十分に実
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現しようとする傾向」と解してよいであろう。つまり、障
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害児の場合、損傷や、不適切な養育環境などによって伸び
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悩んでいる能力や可能性を最大限に伸ばすことが、自己実
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現であるといってよい。以上のような目的に向かって、障
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害児教育が養護学校および特殊学級において行われている
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のである。
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最近では、普通学級において
も学習障害児や注意欠陥多動性障害の子どもたちらが在籍
している場合も多く、障害児教育が通常学級にも必要とさ
れてきている。
そこで本研究では、養護学校に通う子どもたちの日常の
観察を通してその子どもの行動障害に着目する。社会生活
において行動障害は、生きていく中で大きなハンディにな
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る。しかし、早い時期にその行動障害を矯正していけば、
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社会参加の実現や社会適応の促進につながるであろう。ま
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た、子どもの行動障害は、その障害の特性はもちろん、そ
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の子どもの性格や家庭環境、人間関係などと関連性がある
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かどうかを事例分析によって明らかにしていきたい。さら
に学校の実践事例から、障害児へのかかわり方を整理する
2. 章ごとの概要
< 序章 >
ことが、本研究の目的である。
最近では、障害が重度化・重複化しているため、それぞ
障害児教育の歴史はまだ浅い.そして、障害児に対する一
れの養護学校や特殊学級にいくつかの障害が重複している
般社会の態度は、迫害・放置・虐待の時代から慈善・保護の
子どもたちが在籍していることが多い。
時代を経て、最近になってようやく人権尊重の時代に入っ
また、障害児を普通学級に入学させたいと希望する親が
たといえる。法制的には、教育の目標は教育基本法第1条
増えてきていることや、通常学級に学習障害児や注意欠陥
に示されており、これは、障害児であれ健常児であれ、同
多動性障害の子どもたちをはじめ軽度の障害のある児童生
じである。このほか、障害児教育においては、一般的な教
徒が在籍している。
育の学校でのAくんへのかかわり方目標として「社会参
本研究では、とくに知的障害養護学校に通う子どもたち
を対象にする。その理由を次に述べる。まず、筆者が現在、
児期あるいは小児期に発症する自閉的な障害の総称として
知的障害養護学校に勤めており、毎日その子どもたちと一
使用されるが、中核は自閉症障害である。自閉症では、乳
緒に生活をしているという点があげられる。日々の子ども
幼児期から視線が合わない、一人でいることを好むなど、
たちの様子を観察することができるという利点がある。障
社会性の発達の基盤となる能力に障害が認められる。また、
害児にとって何かができるようになったり、わかるように
学習障害や知的障害などと合併している障害の中に注意障
なるまでには通常よりかなりの時間がかかる。つまり、成
害といわれるものがある。気が散りやすい、一時に集中で
長の過程がゆっくりであるため、毎日の生活の中でわずか
きず注意が持続しないなどの症状を総称してよばれる。幼
な成長を見逃さないようにしなければならない。毎日子ど
児期では、落ち着きがなく絶えず動き回る多動として発現
もたちに関わり、どのように対応すれば行動障害を予防す
し、児童期以降は、衝動性や記憶障害を伴うことが多い。
ることができるかなど実践を通して、明らかにしていける
医学分野では、注意欠陥多動性障害とよばれている。
のではないだろうかと考える。実際に知的障害児の事例を
知的障害児の学校選択は大きく二つに分けられる。一つ
とりあげ、それぞれの子どもたちの行動障害をみていく。
は普通学校への入学。もう一つは、養護学校への入学であ
その際、子どもの行動観察を主として分析の手がかりとす
る。憲法では、教育への権利はすべての国民に保障されて
るが、分析の資料として、家庭訪問などによる親へのイン
いる。障害児をどの学校に入学させるかという学校の選択
タビューや家庭と学校の連絡に用いる連絡帳を参考にした。
権は保護者に左右されるということである。普通小学校を
なお、学校におけるそれぞれの子どもに対するとりくみを
希望する親は、学習面よりも生活面で健常児と同じように
示し、それらの効果についても検討して行くことで、どの
生活してほしいという願いを強く持つタイプだといえる。
ようなかかわり方が、行動障害に対して有効であるかをま
そして、子どもたち同志の相互理解やコミュニケーション
とめていくことにする。
を第一に願っているといえる。一方養護学校では、障害児
中心に授業内容や指導計画が組まれるため、授業は充実し
< 第1章
知的障害児の現状 >
たものが期待できる。また、教師の目が届きやすく手厚い
本章では、行動障害についての事例分析に入る前に、知
教育がなされる上、子どものペースにあわせる時間的なゆ
的障害児とはどのような児童なのか、知的障害児の教育状
とりも確保しやすい。児童の障害の程度によってもちがい
況はどのような状態なのか、そして知的障害児が学んでい
があると思われるが、保護者がどちらの教育を選ぶかは、
る養護学校の現状についてまとめておく。
親としての教育観・子どもへの願いによって決定されると
1990年代に入ってから「精神薄弱」あるいは「精神
いえる。
遅滞」という用語に代わり、
「知的障害(あるいは知的発達
養護学校の教育課程は、学習指導要領を基準にして、児
障害)
」ということばが使用されている。知的障害という用
童・生徒の障害の状態、発達段階や特性など、ならびに地
語が表していることは、子どもの持っているある状態像の
域や学校の実態を考慮しながら編成される。特殊教育諸学
ことであり、同時に療育・保育・教育による全面発達の可
校の教育課程は、各教科、道徳、特別活動、および総合的
能性のことでもある。ある状態像とは、たとえば人とのや
な学習の時間に、児童生徒の障害の状態の改善・克服を図
りとりや集団参加の困難さ、つまり対人関係上のまずさと
る指導を行うための「自立活動」を加えて編成する。養護
いう状態が身体的条件や性格上の問題によって引き起こさ
学校で特に力が入れられているのは自立活動の時間である。
れたものではなく、
「知的能力の劣弱さからの判断力の低
子どもの障害が重度重複化する現状にあって、一人一人の
下あるいは対人関係スキルの未獲得」を含んだものである
自立を見極め、主体的な学びを支援することがこれまで以
ということである。そして、発達との関係については、一
上に教師に求められている。
時的な発達遅滞ということではなく、恒久的な精神発達の
遅滞でもなく環境や経験の影響からの状態像の改善への期
待の可能性が意味されているのである。
< 第2章 行動障害の概念 >
行動障害という概念は、正式な診断名でもなく、文部省
知的障害の原因については、今日遺伝因子と環境因子の
が定める「教育上特別な取り扱いを要する児童・生徒」の
各々が明確になっており、同時に両因子の相対的な問題と
なかにもその規定はない。1975年に文部省に提出され
して理解されている。実際には知的障害児のみならず、他
た「重度・重複障害児に対する学校教育の在り方について
の障害を持ち合わせている重複障害児といわれる児童が養
(報告)
」には、重度・重複障害児に該当する者の要件とし
護学校では多く見られる。例えば、広汎性発達障害は、幼
て「破壊的行動・多動傾向・異常な習慣・自傷行為・自閉
症・その他の問題行動が著しく、常時介護を必要とする程
である。そしてそこで話し合われた内容に基づいて教育が
度」 といったものがあげられており、用語は異なるが、
実施されることになる。本章では、行動障害を有する5名
行動障害という状態が、養護学校義務化以前から問題とな
のそれぞれのケースについて行動障害の様子や特徴、家族
っていたことを
状況、学校での1日の行動、友達へのかかわりなどからそ
うかがわせる。
重度の精神遅滞がある人には、様々な行動障害が見られ
ることが少なくない。例えば、自傷行動として、自分の頭
の原因を探り、行動障害を軽減していくためにどのような
援助方法が適切であったかを述べていく。
や顔を激しく叩いたり、爪かみや指しゃぶりの程度がひど
A君の行動障害の主なものとしてつば吐き・頭突きが多
くなって、爪がなくなるほどかんだり、不潔行為に及ぶこ
く見られた。1日の学校生活の中でほとんどの活動時間に
ともある。
行動障害が見られる。これらは、本人がいやだと感じる時・
生活習慣の中では、排泄面で頻尿や夜尿があったり、食
思い通りにならない時に必ず見られた。行動障害が現れる
事面では異食・過食・拒食・盗食・嘔吐・反芻が見られるこ
一番の原因として、コミュニケーションのまずさがある。
とがある。睡眠では、不眠や夜驚が見られることがある。
どうしていいかわからない・思いが伝わらないといった表
また、脱衣・破衣が習慣化してしまっている場合もある。
現がつば吐きや頭突きといった行動障害を引き起こしてい
感情面では、すぐに気分が変わりやすく、興奮しやすいた
る。そしてそれは情緒の安定にも大きく関わってくること
め、かんしゃくや攻撃的行動が頻繁に見られたりすること
である。そこで、自立活動の時間に、身体を通したコミュ
もある。知的な遅れが軽度の場合でも、なかには勝手に遠
ニケーションを中心に行った。それによって教師に要求す
出したり、盗癖が習慣化している場合もある。さらに、す
るサインが見られるようになった。学校生活では、規制す
べての教室のドアを閉めて歩いたり、机の引出しを絶えず
ることが多くなってしまいがちであるが、自立活動の時間
開け閉めしたりするなどのくりかえし行動やトイレを使っ
の中で、楽しいと感じられる時間が確保され、楽しみを期
た後でも何回も手を洗い直すなどの強迫的な行動も、精神
待することができるようになったのは、気持ちが安定する
遅滞の人によく現れる行動である.
上でも利点であった。教師とのコミュニケーションがスム
ーズにできてきたという経験が友達やいろいろな人への関
< 第3章 行動障害児の事例 >
わりに広がっていくことが今後期待される。
ここでは、筆者が勤める知的障害養護学校の小学部1
D 君は、中度の知的障害であり、日常生活では周りを意
年生の児童5名を取り上げて、それぞれのもつ行動障害に
識することができている。また、人に危害を加えたり、自
ついて検討していくことにする。この養護学校では、小学
傷行為などの危険な行動障害は見られない。しかし、ドア
部1年生に10名が在籍している。そして5名ずつの2ク
の開け閉めが気になってしょうがないことや、いつまでも
ラス編成になっている。担任はそれぞれ3名ずつ配属され
手を洗いつづけるなどの気になる行動がある。また、歩行
ており、チームティーチングが行われている。これは、子
時に足元の注意が足りず、すぐに転んでしまうという問題
どもたち一人一人に目が届くように配慮されたものである。
がある。気持ちは前に行きながら足元がついていかず、姿
さらに、小学部1年生ということで初めての学校生活にス
勢を保持することがうまくできていない。そこで学校では、
ムーズに入っていけるようにとの意図がある。チームでの
自立活動の時間において、動作法による緊張を取る活動を
教育が行われているため、子どもに関する様々な情報を3
マンツーマンで行った。極度な肩と背中の緊張を少しずつ
人で毎日話し合い、共通理解に努めている。それぞれの教
緩めていくように訓練を続けた。このような指導を続けた
師によって指導方針が違うと、子どもたちが混乱してしま
結果、いつも転んでしまうような不安定な歩行が少しずつ
うのである。
改善され、地に足がつく安定感のある歩きに変わってきて
取り上げる5名の児童は、重度知的障害のA君、広汎性
つまづくことが少なくなった。今までは着席してもすぐに
発達障害であるB君・Cさん、中度知的障害のDくん、注
立ち上がってしまったり、気持ちばかりが先立って落ち着
意欠陥多動性傾向があるE君である。5名とも知的障害と
いて座っていられなかったが、今ではかなり落ち着きが見
あわせてそれぞれ異なる障害を持ち合わせた重複障害児で
られ、集中力が高まっている。
ある。
D君のかかわり方については、D 君の側に立ち、D君が主
それぞれの子どもに関して、例えば目標とすべき内容は
体的に自身の力をより発揮して取り組むことができるよう
何か、現在の目標は子どもにとって妥当か、行動上の問題
に、そして主体的・自立的な姿が多く見られるような対応
にどのように対応するかなどを担任がそろって話し合うの
をとるように努力している。
E 君は、注意欠陥多動性傾向である。この障害の一般的な
児看護 15(1)
特徴として、不注意・多動性・ 衝動性という3つがあげ
者に対する今日的意義と方法論の特徴」
られる。E君の場合、障害の特徴と行動障害が密接に関係
(1996)
「統合保育の方法論−相互行動的アプローチ」
している。E君は、視覚・聴覚からの刺激に極度に敏感で
相川書房
藤原義博(1999)
「発達障害
園山繁樹
ある。できるだけ刺激がないようにする、静かな環境を整
えるようにした。
4.
B君は、広汎性発達障害の中の代表的疾患といわれる自閉
佐藤泰正編 (1981) 障害児教育小事典 協同出版
症障害に該当する。自閉症児は、相手の表情を区別・理解
文部省
することが苦手である。表情で伝えられる相手の感情を読
学習指導要領(平成11年3月)−自立活動編− 結城 忠
み取ることができず、コミュニケーションに支障をきたし
(1994)
やすくなる。また、自らいろいろな表情を示すこともあま
障害児を普通学校へ全国連絡会(編) (2001) 障害児
りしない。同じ状況・やり方にこだわり、変化が見られる
が学校へ入るとき
千 書房
藤島 岳(2000)
と落ち着かなくなり、ひどい場合には、パニックとよばれ
特別教育システムの研究と構想
田研出版株式会社 今
る興奮状態になることがある。状況理解や物事の予測をす
塩屋隼男 他編(2002)
ることの障害のため、慣れ親しんでいる状態が変化すると
事典 川島書店
小林重雄監修(1999)
大きな不安が生じるためと考えられている。B君の行動障
害の理解と援助
コレール社
害としては給食時のパニックがあげられる。B君は白いエ
LD・ADHD特別支援マニュアル
明治図書
長畑
プロンと帽子を着けることを大変嫌がった。−Cさんの事
正道 他編(2002) 行動障害の理解と援助
コレ
例省略−
ール社
< 第4章 行動障害をもつ子どもへのかかわり方 >
論
それぞれの子どもたちが全く違った障害を持ち、その障害
身障害辞典
福村出版
岡本 夏木(1985) こ
の特性あるいは環境要因によって行動障害が出てきてしま
とばと発達
岩波書店
岡本夏木 (1982) 子
うという事実がある。行動障害が生じるきっかけになりや
どもとことば
すい刺激「強制的な指示」
「阻止」などが生じなければ問題
障害をもつ幼児の保育 日本文化科学社
行動は起こらないと考えられている。また、問題行動を強
(1997) 子どもの社会的発達
化している結果事象を与えないようにするという消去の手
東 洋(1994) 日本人のしつけと教育
続きもとられる。行動障害がある個人を総合的な視点から
出版会
理解し、その人の生活全体を視野に入れることが有効であ
る。そして、最終目標は、その人が生活する環境が、その
人とよりよい相互作用をもたらすような関係を持つように
なることである。
< 終章
要約と課題 >
行動障害を現実に抱えて苦しんでいる本人や家族に対して
少しでも具体的な解決策や予防のあり方、事例研究を通し
て方法論を提供できるのではないかと試みてきた。行動障
害を正しく理解すること、環境調整が重要であることが解
明した。目の前の子どもの示す行動の機能を正確に把握し、
より効果的な介入方法を見出す作業を地道に実行すること
が問題解決への近道といえる。
3.主要引用文献
小林重雄(1997)
「シングルケーススタディの方法論」
その意義と活用のポイント
看護研究 30(1)
小林重雄(1992)
「自閉症児の心理特性と教育」 小
主要参考文献
(平成12年) 盲学校・聾学校及び養護学校
学校教育における親の権利
障害児発達支援基礎用語
発達障
森 孝一(2001)
林 邦雄編 (1992)
コレール社
海鳴社
障害児教育総
石部元雄 他編(1981) 心
岩波書店
寺山 千代子(1982)
井上 健治
東京大学出版会
東京大学