序論 - 日本医学会

●ウイルス肝炎
序論
真弓
忠
はじめに
感染症としての肝疾患については,診断・
治療・予防の面での医学的進歩によって,制
御段階に到達しました.そこで,日本のウイ
ルス肝炎の現状把握とその制御の推進を目指
して,このシンポジウムが持たれました.
序論では,ウイルス性の肝疾患がどのよう
に日本で認識され始め,現在どのような状態
であるかをお話しさせていただきます.
日本におけるウイルス肝炎の認識
1)肝炎ウイルス同定以前
図1
昭和 14 年札幌における急性肝炎流行例
の臨床観察報告
年代に文献上,
日本でも知られていましたが,
実体としては存在していたにもかかわらず,
日本では,昭和 10 年代,社会の衛生条件が
一般には認識されていませんでした.しかし
前の時代より改善され,密度高く都会に人々
昭和 30 年代,輸血が医療行為として多く行
が住むようになり,黄疸の多発が日本各地で
われるに伴い,
表に見られるように,
輸血後肝
観察されだしました.図 1 の北海道・札幌で
炎が多発してきました.この時期から血清肝
の黄疸流行報告もそのうちの一報告例であり
炎の問題が
「黄色い血」
の問題ともいわれ大き
ます.日本の医学界で急性肝炎が認識されは
な問題となりました.
やがて,
多くの臨床観察
じめました.これら急性肝炎は今で言う流行
から,血清肝炎は急性のみならず慢性の肝疾
性肝炎であったと考えられます.
患にも,また無症候性持続性感染の問題にも
一方,慢性肝疾患の問題としても現在大き
な問題である血清肝炎については,昭和 10
関わっていることが気づかれてきました.
しかし,そのような認識の時点でも,ウイ
ルスを同定する検査法がなかったために,流
まゆみ・まこと:自治医科大学名
誉教授.昭和37年東京大学医学部
卒業.昭和45年東京大学医学部輸
血部助手.昭和47年自治医科大学
予防生態学助教授.昭和54年同教
授.平成15年現職.主研究領域/
肝炎ウイルスの医生態学.
行性肝炎と血清肝炎とは正確には診断でき
ず,予防にも支障がでていました.
2)肝炎ウイルス同定以後
昭和 40 年代に Blumberg・大河内によって
オーストラリア抗原が発見され,血清肝炎と
の関連性が明らかにされた後,次々と肝炎に
ウイルス肝炎 3
表 昭和 30 年代後期の東京での輸血後肝炎発生状況
Amount of blood
Average
amount
units
1―4(200―800 cc.)
5―8
9―12
13―16
17―20
21―25
26 or more
Total : 1907
No. of
recipients
No. developing
hepatitis
Incidence
3.2
6.6
10.1
14.0
18.3
22.5
39.0
39
45
37
23
11
11
9
15
26
27
19
9
9
8
%
38
58
72
83
82
82
88
10.7
175
113
64.5
Shimizu Y and Kitamoto O. Gastroenterology 1963; 44(6): 740―744.
関係するウイルスが見いだされ,ようやく医
学の面でこの肝炎ウイルス感染症に対応でき
るようになりました.
まず,血清肝炎ウイルスのうちの B 型肝炎
ウイルスが同定され,数年遅れで流行性肝炎
ウイルスのうちの A 型肝炎ウイルスも同定
されました.その後,血清肝炎ウイルスの仲
間に C 型肝炎ウイルス,流行性肝炎ウイルス
の仲間に E 型肝炎ウイルスも同定され現在
にいたっています.
臨床検査によりウイルスが検出でき,ウイ
ルスに対する抗体も測定できることによっ
て,肝炎ウイルス感染症の診断・治療・予防
が合理的に行われることとなり,肝癌を含め
図2
第 32 回日本医学会シンポジウム「Au 抗
原―そ の 比 較 地 理 病 理 学―」
(昭 和 48
年,岡山)
慢性肝疾患も血清肝炎ウイルス感染と関連づ
けられました.その後,抗ウイルス薬がいろ
ジウム「Au 抗原―その比較地理病理学―(第
いろと開発され,肝炎ウイルスによる慢性肝
32 回日本医学会シンポジウム)
」
を開催し,日
疾患の完治を目指した原因療法も可能となっ
本のウイルス肝炎研究を推進しました
(図 2)
.
てきました.
おわりに
60 年間の日本における“感染症としての肝
疾患”認識の歴史を概観しました.
日本医学会は,
1973 年,
オーストラリア抗原
が血清肝炎の手掛かりとなった時期にシンポ
4 第 123 回日本医学会シンポジウム
現在,感染症としての肝疾患の制御が,医
科学として診断・予防・治療によって可能と
なり,いかに迅速に実施するかという段階に
到達しています.
今回このシンポジウムが,その早期実現に
役立てる目的で日本医学会によって開催され
ることは意義深いことです.