BOOKREVIEW No.14 『海の沈黙・星への歩み』

BOOK REVIEW NO.14
ヴェルコール/作 河野與一/訳
『海の沈黙・星への歩み』
岩波文庫 2010/1 第33刷発行 (本体500円+税)
1947 年に映画化された『海の沈黙』(1947 年
フランス)を初めて観られる(30 日まで フォルツァ
総曲輪 デジタル上映)と知って胸を躍らせている。
大学 2 年の時、
フランス語の授業のテキスト
がこれだった。翻訳本があることを知って買い
求め、そっちを夢中で何度も読んだ。
―1941 年の晩秋、ドイツ占領下のフランス
のある地方都市。老人の<私>とその<姪>とが暮
らす家にドイツ軍将校ヴェルネルが住むこと
になる。彼は音楽家で、フランスの文学をこよ
なく愛しその熱い思いを毎晩二人に語るのだ
が、二人は徹底して“無言の抵抗”を貫く―。
作者が描く<姪>の
「厳しく、
感情を示さない、
立像のようなプロフィル」を胸に描き、ぼくは
そのレジスタンスの気高さに心酔していた。
その時の本が行方不明なので岩波文庫を“も
う一度”求めたつもりだったが、その初版は
1973 年であり、あの頃読んだのは他社(多分「月
曜書房」)の出版だったと分かった。そしてその
岩波文庫に加藤周一氏が「ヴェルコールについ
て」という一文を寄せているのを見てまた驚い
た。併載の『星への歩み』を同氏が訳し、その
出版の際にこの文章が添えられたらしいが、ぼ
くには『海の沈黙』以外の記憶は何もない。
少し長いが、加藤氏の文章を引用する。――
「1940 年夏から 1944 年夏まで、ナチ占領下
のフランス国民は……あらゆる手段で抵抗し
たが、その抵抗のなかから戦前のフランス文学
とは大いに異なる独特の文学が生れた。……そ
の散文における代表的な作品の一つは、衆目の
みるところ、ヴェルコールの『海の沈黙』と『星
への歩み』とであろう。」「ヴェルコールは、
抵抗のなかから生れてきた作家である。……抵
抗のフランス全土に、熱烈な読者を獲得した小
説『海の沈黙』の著者・ヴェルコール、……『海
の沈黙』は、ふみにじられたフランスに文学が
死に絶えてはいないというということを、フラ
ンス国民と世界に向ってあきらかにした。」
加藤氏はこうも書く。――「彼等(注:作中の
フランス人)の心臓の鼓動……それはフランスの
心臓の鼓動であり、抵抗にたちあがった革命的
人民の心臓の鼓動でもあった。
『海の沈黙』
は、
ナチの懐柔政策の偽瞞(注:表記は原文のまま。以
下同じ)を暴露し、…ファシスムの権力に対す
る激しい怒りに貫かれているために抵抗の文
学である」。
――半年後の夏、暫くパリへ行っていたヴェ
ルネルが別人のように青白くやつれた顔で帰
ってくる。ドイツとフランスの“結婚”を本気
になって夢見ていたこのドイツ人将校は、ドイ
ツのフランス懐柔政策の虚偽に裏切られたの
だ。失意のヴェルネルは前線に赴くことを決意
し、二人に「ご機嫌よう」と別れを告げる。そ
の時初めて、沈黙していた<姪>の唇が動く――。
文章の最後に加藤氏は書いている−「(この
二作品は)ヴェルコールにとって、またおそらく
は地上のよき意志の人々にとって、決して過ぎ
去った昔の物語ではない」。 (和田雄二郎)
編 集 後 記
◆「九条の会」呼びかけ人の井上ひさしさんが亡くなった。小田実さん、加藤周一さんに続き、
3 人目である。私たちの大きな後ろ盾の一人をまたも失った。残念でたまらない。心から冥福を
祈ります。故人の志を受け継ぎ、9 条の改変を許さず、9 条が本当に生かされる社会の実現のた
めに、さらに力を尽くすことを誓いたい。
◆普天間をめぐって民主党政権は混迷を極めている。本来は右往左往する必要はさらさらない。
国民主権の立場で、世論をバックに基地撤去を求めて米政府と交渉を始めればいいのだ。どこの
国の政府か分からない卑屈な鳩山政権の姿勢を変えさせるのはこれまた世論の力しかない。「基
地国家ノー、普天間基地無条件返還」の声をあまねくとどろかせたい。
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