小学校 6 年生のソフトバレーボールの戦術学習に関する実践

小学校 6 年生のソフトバレーボールの戦術学習に関する実践研究
保健体育専修 修教 09-025
石井舞
1、研究の目的
学校体育の運動領域の 1 つである「ボール運動・球技」には、集団的な活動を通して友
達と協力することや競争することが楽しいという特性がある。小学校段階においては技術
や知識・理解、思考・判断に関することがボール運動・球技の学習内容として挙げられて
いる。しかし従来のボール運動の授業ではこれらの学習内容のうち技術に関することを中
心として行われてきた。技術中心の授業では特にボールを操作するための技術の練習が大
半を占めていた。そのため技術を身につけてもゲームでその技術がうまく使えるようにな
らないという問題があった。そしてゲーム中の動き方について、できる子は感覚的に動く
ことができるが、できない子はいつまでたってもゲーム中の動き方ができるようにならな
かったのである。このように従来のボール運動の授業ではゲームでの動き方についての学
習内容が欠落していたといえるのである。そこで近年注目させるようになった指導法が戦
術を学習内容の中心とするという方法である。
平成 20 年度小学校学習指導要領では、種目固有の技能ではなく攻守の特徴や「型」に
共通する動きや技能を身につけるという視点から「ゴール型」「ネット型」
「ベースボール
型」で構成された。型の特徴を学習することで違う種目であっても同じ型のボール運動に
ついて動きの転移が期待できるようになると考えられ、型の特徴を指導することが重要に
なったと言える。
「ネット型」における小学校高学年の学習内容として同導要で求められて
いることは、簡易化されたゲームを行ない「①チームで連係してプレイすること。②味方
が受けやすいボールをつなぐこと③素早く移動すること。④打ち返すこと。⑤自分のチー
ムの特徴に応じた作戦を立てること」の 5 つ挙げられる。
本研究ではこれらの学習内容を含んだ戦術学習に関する授業実践を紹介し、キャッチト
スを採用したソフトバレーボールのゲーム中のセッターのトスについて分析おこないセッ
ターが情況を判断した適切な「意図したトス」
の技術を習得することができるか検証する。
2、ボール運動における戦術学習について
平成 20 年度中学校学習指導要領 P135 によると戦術とは、競技などの対戦相手との競争
において、技術を選択する際の方針のことであり、技能発揮以外に意志決定や予測、サポ
ートの動きなど「ボールを持たないときの動き」を含んでいるのである。このような戦術
について、個人の技術と動き方に関すること、集団での技術と動き方に関することを指導
することで、ゲームでの攻撃や守備の仕方を身につけることができる。戦術学習とは、ゲ
ームを行うために「何をするか」
「それをどのように行うか」に関して意思決定を適切に行
う能力を身につけるために、戦術的な気づきや知識を理解することやゲームでの出来事を
予測することについて学習することである。
ゲームを中心とした学習として早くから紹介されていたものが、イギリスの「ゲーム理
解のための指導論(Teaching Games for Understanding: 以下 TGFU と表記する)」
である。
TGFU ではゲームを中心とした授業における明確な学習内容の選択の必要性から、戦術の
類似性に基づいてゲームを 4 つ(侵入、ネット/壁、フィールディング/走塁、的当て)に分類
した。戦術については、攻撃と守備の動き、ボール保持の動きとボール無しの動きに区別
され体系化されている 1)。またアメリカでは TGFU が紹介された後、Griffin ら(1999)に
よって TGFU を修正した戦術アプローチが開発された。この戦術アプローチについて、種
目ごとに戦術アプローチの進め方や戦術的複雑さのレベルについて紹介している 2)。
『戦術
アプローチの授業は「ゲーム-発問-練習-ゲーム」のサイクルで展開される。はじめに
ゲームの目標が提示され「条件付けられたゲーム」が行われ、次にゲームを行うためには
何が必要で、何が習得されなければならないのかを、教師の発問と生徒の反応によって理
解が深められ、必要性を理解したうえで「ボール操作の技術」と「ボールをもたない動き」
の練習が行われる。そして再びその成果がゲームで確かめられる。』と紹介している。
3、「ネット型」の教材づくり
ネット型の授業の教材として、ソフトバレーボールだけではなくプレルボールやファウ
ストボールをもとにした教材の開発が行われている。これらの主な違いは、ボールをワン
バウンドさせてからレシーブすることを許可するかどうか(アタック時のみ直接トスを上
げてボールを返球することを許可する方法もある)である。またこれらの教材ではボールの
操作を簡易化するために、ボールのキャッチを認めているゲームもある。キャッチのルー
ルについてはセッターがトスをするときのみ認める場合や、レシーブや相手コートに返球
するときも認めている場合などがある。先行研究では、戦術について学習することを中心
とする授業であっても、最低限のボール操作の技術が保証されていないとゲームが成立し
ないため、ボール操作の技術とボールを持たないときの動きの両方を指導している。その
ために技術練習に役立つドリルゲームや戦術的課題を誇張したタスクゲームを導入してい
る。これらの先行研究から児童に何を身につけさせたいかによって、ドリルゲーム・タス
クゲームの形式が異なり、戦術的複雑さのレベルを子ども達の発達段階に合わせて設定し
ていた。またキャッチやワンバウンドなどボール操作の技術を簡易化するためのルールも
様々にあり、それぞれ優れた点や課題があった。本実践では先行研究を参考に児童の実態
に合わせてゲームを選択し子ども達の発達段階を考慮して、簡単にボール操作ができ運動
量が保障されるルールを採用していくこととした。
4、分析方法
本研究は、秋田大学教育文化学部附属小学校 6 年 B 組における木谷の授業実践に参与し
ながら、全活動をデジタルビデオに記録した。ソフトバレーボールの授業実践では毎時間
児童のアンケートやふり返りからルールの修正と学習の課題設定を行なった。この実践の
記録では、VTR やふり返りカードからルールの修正による児童の変化を捉えることとした。
また抽出グループのゲーム中の動きも観察し、セッターのトスについて分析することとし
た。
5、分析結果
本研究では、単元を通してセッターのトス(キャッチあり)を「意図したトス」
「ただ上げ
たトス」
「トスを上げなかった」
「ミス」の 4 つの基準で分類した。単元が進みルールが変
わっていく授業の中で、適切な「意図したトス」がどの程度できるようになっていくかを
観察し分析を行なった。抽出グループのトスでは「意図したトス」が徐々に増加し、右肩
上がりの結果を得ることができた。6 時間の単元のうち、試しのゲームを除いた 5 時間の
授業で、作戦や情況に応じたトスを上げることができるようになることが分かった。
試しのゲームの様子から、バレーボールの攻撃の組み立てを学習することができるよう
にするためには、セッターのキャッチトスなしで攻撃を組み立てることは難しいことが分
かり、セッターのキャッチトスを採用することとした。試しのゲームと 2 時間目のゲーム
の様子から児童の実態として、セッターがキャッチしてよいというルールを提示しても、
攻撃を組み立てるメリットが理解できていなかったため、セッターにボールをつなぐプレ
イは見られず、相手チームから来たボールを一回で返球してしまうことが分かった。そこ
で 3 時間目に「セッターに必ず 3 回以内に返球する」というルールと「セッターは必ずキ
ャッチしなければいけない」というルール変更を行なった。しかし児童は、ルールを頭で
理解したつもりであっても、ゲームになると実行することはできず「意図したトスの割合」
は低いままになった。3 時間目から 4 時間目では「意図したトスの割合」は 2 倍となった。
4 時間目で「意図したトスの割合」を向上させることができた要因としては、児童のバレ
ーボールのイメージをセッターにつないで攻撃をするというイメージに変える指導を重点
的に行なったことが考えられる。しかし 4 時間目ではまだセッターの「トスを上げなかっ
た」というプレイが見られ、ゲームの情況によってとっさに返球してしまったり、ボール
を弾いてしまったりしていた。これが 5・6 時間目になると「トスを上げなかった」とい
うプレイは一度も見られなくなった。セッターが攻撃を組み立てるという役割を理解し、
キャッチしてトスするという動きを意識して行なえるようになったといえる。5 時間目で
は「ただ上げたトス」がなくなり、ネットの番号を利用して立てた作戦を意識した「意図
したトス」ができるようになった。作戦をチームで共有することによって目的を持ってト
スのプレイができるようになり「意図したトス」の割合が向上したといえる。ネットの番
号を利用してポジションの役割を作り出し、ポジションの認識ができつつあったことが考
えられる。6 時間目の「意図したトス」では、作戦に応じたトスは 5 時間目よりも少なく
なり、アタッカーが積極的にネット近くに寄って準備できるようになってきたことから準
備できているアタッカーへのトスがほとんどとなった。
4 時間目からセッターのみブロックをおこなってよいルールとしたところ、抽出グルー
プでは 5 時間目と 6 時間目にブロックの動きが見られた。しかし、ブロックは男子の児童
しか跳んでおらず、女子の児童ではブロックの動きは見られなかった。
6、実践の成果と課題について
今回キャッチトスを採用したソフトバレーボールの実践から、キャッチトスのルールに
よって、児童にとって連携プレイを行ないやすくさせることができた。しかしキャッチト
スのルールを採用することが無条件に技術を緩和し、連携プレイを自然発生的に行なえる
ようにするわけではないことが分かった。ルールを修正しながら授業を進めていくことで、
徐々にセッターのキャッチトスが生かされるようになり、作戦に基づいた三段攻撃などの
連携プレイを行なえるようになった。またキャッチトスの技術について、キャッチするこ
とが課題となったり、セッターにボールをつなげるにことが課題となったり、スムーズな
トスができるようにするための作戦づくりが課題となった。これらの課題をひとつずつ解
決するために、段階的に学習課題を設けて指導する必要があった。本実践では児童の前時
のふり返りから本時の学習課題を提示し授業を進めることで、セッターに関する課題を一
人一人が自分のものとして捉え学ぶことができた。パスをつなぐための声がけやカバーの
動きから始まり、パスをセッターにつなぐための、返球のイメージとやさしく山なりの返
球をすることへ、次にトスをアタッカーにつなげ、さらにアタックを相手コートに素早く
返すために作戦を考えることや、相手チームを分析して作戦を練ることへと学習をステッ
プアップさせることができた。セッターの必要性とバレーボールの面白さである攻撃を組
みた立てることの意味を児童が考えながら学習できる実践であった。本実践で攻撃を組み
立てるための段階を踏んだ学習課題は、小学校ソフトバレーボールの初期授業の段階で有
効であることが分かった。
また、4 時間目からネットにⅠ・Ⅱ・Ⅲの番号を付けローテーションを番号順にしたこ
と、サーブを打つ人をⅢの人と決めたことで分かりやすくなり、ゲームの進行と児童の意
欲が劇的に変化した。さらにネットに番号を付ける工夫が効果的であったといえる点は、
教師の直接的な指導なしでも、ネットの番号を作戦に活用することができたということで
ある。5 時間に「素早く攻撃を組み立てて相手コートに打ち返す」ためにはどうしたらよ
いかという発問をし、スムーズに攻撃を組み立てて、アタックをすることについて考えた
ところ、ネットの番号を利用して打つ人を決めておくなどの作戦を考え出すことができた
のである。また抽出グループの 6 時間目の作戦から、相手チームの攻撃や特徴などを分析
して、作戦を話し合っていることが分かった。実践を詳細に記録することによって、児童
の変化などを捉えることができたことは本研究の成果といえるだろう。しかし、他のグル
ープの詳しい作戦については今回の研究では調べることができなかった。クラスの全チー
ムが自チームの特徴や相手チームの分析をし、作戦を考えることができるようになるのか
については今後の課題である。また、6 時間の単元では、作戦を考えることまで学習でき
た。しかし、ブロックの動きについては一部の児童でしか行なわれなかった。単元の時数
が多ければ、さらに発展させた戦術についての学習ができたと考えられる。適切な単元の
時数と、6 年生で指導可能な内容について更なる検討が望まれる。
参考・引用文献
1) 岡出美則、吉永武史(2000),
「イギリスのゲーム理解のための指導法(TGFU)-戦術学習
の教科内容とその指導方法論検討に向けてー」,筑波大学体育科学系紀要 23,pp.21-
pp.35
2) Griffin.L.L 他:高橋健夫他訳(1999),「ボール運動の指導プログラムー楽しい戦術学習
の進め方」
,大修館書店,pp.6-pp.16,pp.84-pp.113,p.198