A Letter from the U.S.A. サンタクロースの生まれた国 井原 久光 1920 年代、コカコーラは冬場の販売を伸ばすために、 「のどの渇きに季節はない(Thirsty knows no season)」というキャッチフレーズのもとサンタクロースを宣伝キャラクターに 選びました。 何人ものイラストレーターが複数のサンタクロースを描きましたが、1931 年以降はハ ッドン・サンブレムの描いたものに統一され、1964 年までの3分の1世紀の間、冬場の宣 伝には必ず彼のサンタクロースが登場するようになります。 サンブレムは、友人プレンティスをモデルにどこにでもいそうな「気のいいおじいさん」 のサンタクロース像を作り上げました。ふっくらとした赤ら顔、波をうつような白い髭、 大きなお腹に太くて黒いベルトなどは彼のオリジナルで、1940 年代から始まったビルボー ド(大型看板)広告のポスターに採用されたために、またたく間に全米に知れ渡りました。 コカコーラ社によれば、彼のポスターが今日のサンタクロースのイメージを作り上げた のであって、サンタクロースの服も(それまで青や緑があったのが) 「コカコーラの赤」に 統一されたということです。 サンタクロースは、3世紀に現在のトルコで生まれたセント・ニコラスにルーツが求め られます。聖ニコラスは、若い人々を秘密のうちに助けたことで有名で、結婚資金がなく て嫁にいけなかった三人の娘のために、煙突からお金を投げ込んだところ、暖炉で乾かし ていた靴下に入ったところから、クリスマス・プレゼントを靴下に入れる習慣が生まれた と伝えられています。 聖ニコラスを祝う祭典は、欧州各地の伝説と結びつきますが、特に16世紀の宗教改革 でカトリックの聖人であるニコラスが否定されると、ニコラス像は妖精や子供などに姿を 代え、ミステリアスなサンタクロースに近いものになります。 しかし、今日のサンタクロースを作りだしたのはアメリカで、クレメント・C・ムーア という神学者が子供たちのために 1822 年に書いた「クリスマスの前の晩」という詩物語 が1つの原形になっています。彼は、アーヴィングやギリーという詩人が描くニコラス像 をヒントにしながら、ニコラスをクリスマス・イブに登場させます。 家族が寝静まった夜更けのことです。外の物音に気づいた父親が窓をのぞくと、月明か りに照らされてソリを引いた聖ニコラスがやってきます。驚いている父親の目の前で聖ニ コラスは煙突から入ってプレゼントを置いていくのですが、その描写が具体的です。 ムーアの描く聖ニコラスは、大きな顔の太ったドワーフです。その小さな人は、くりく DEVELOP MAR. 1999 -1- Copyright © Hisamitsu Ihara A Letter from the U.S.A. り目玉にえくぼがあって、鼻はサクランボのように丸く、パイプをくわえています。それ までワゴンに乗っていたニコラスをソリに乗せたのもムーアで、ソリを引く8頭のトナカ イには全員名前がついています。 そらいけダッシャー、いざいけダンサー、さあいけプランサー、つづけヴィクセン…… 古くからの友人、ナンシーは、いまでも8頭のトナカイが登場するシーンをそらで暗じて います。それだけ深くアメリカ人の心をとらえた詩だったわけです。 その頃までに、セント・ニコラスの名はオランダ語なまりを入れてサンタクロースと呼 ばれるようになっていましたが、クリスマス・カードが普及するようになるとカードのデ ザインにしばしば登場するようになります。 1855 年に描かれたプランの赤いスーツのサンタクロースは、今日のサンタ像に極めて 近く、赤い服のカードがよく売れたために、その後は赤いサンタクロースが主流になりま す。 1927 年 11 月 27 日、ニューヨークタイムズ紙は「標準的サンタクロース」と題して身 長・体重その他を発表しますが、それを参考にしたのが冒頭のサンブレムで、コカコーラ の宣伝が最後の決定打になったわけです。 ニューヨークタイムズ紙のような代表的メディアがサンタクロースの体形をまじめに 論じるというのもおかしな話ですが、この国にはサンタクロースのような目に見えない存 在を信じている人が多いように思います。 子供たちをクリスマスパーティに呼んでくれた時、チャーリーとナンシーは、「この国 にはサンタクロースが生きている」とそっと教えてくれました。サンタクロースという言 葉を聞くだけで、心の深いところから、ぽっと火がついたように温かくなるのはどうして でしょうか。 アメリカを旅すると、昼間はきれいな街が夜になるとゴーストタウンのように思える時 があります。日本に比べて明かりが少ないからですが、クリスマスの季節になると全く逆 で、どんな田舎の村でも庭の木や窓に豆電球を灯すクリスマス・イルミネーションが見ら れます。 それは、まるでトナカイに自分の家を知らせる目印のようで、「わが家にもサンタクロ ースを信じている人がいますよ」と言っているように見えたのです。 (1 年間ありがとうございました) (了) DEVELOP MAR. 1999 -2- Copyright © Hisamitsu Ihara
© Copyright 2024 Paperzz