ギルガメッシュ大王の孤独

A Letter from the U.S.A.
ギルガメッシュ大王の孤独
井原
久光
ザーザーと雨が降りやまない。長い間、降り続き、世界は、全て水の下に沈んでしまう。
ただ、神から洪水を予告されていた老人だけが、家族と家畜を乗せた箱舟を作り、その舟
だけが高い山の頂上に漂着する。やがて、雨がやむと、老人は鳩を飛ばして陸地があるか
どうかを確かめる。
まるで、旧約聖書『創世記』にある「ノアの箱舟」のような話ですが、これは最古の文
字の1つ(楔形文字)で記した『ギルガメッシュ叙事詩』にある洪水物語です。チグリス・
ユーフラテス川の氾濫を示す粘土層が発見されたことを含めて、紀元前 2,600 年頃、ギル
ガメッシュ大王が実在したことは、ほぼ確実といわれています。
古代都市国家シュメールの王、ギルガメッシュは、絶大な権力をもっていました。ギル
ガメッシュ叙事詩の伝えるところによりますと、大王は「三分の一は神」とまで崇められ
る存在でした。彼は、古代都市ウルクを中心に勢力を広げ、巨大な城壁を造らせます。
今日のウルクは、チグリス・ユーフラテス川が流れを変えてしまったために、砂漠の中
の廃虚になってしまっていますが、メソポタミア文明が栄えた頃には、おそらく緑豊かで
収穫の多い土地にあったのでしょう。今でもギルガメッシュ大王が命じて造らせたという
立派な城壁が残っています。
叙事詩の最初の部分には、ギルガメッシュ大王の暴君ぶりが記されています。大王は、
親を子から遠ざけ、恋人同士を離れ離れにして、すべての民を自分の意のままにしようと
します。彼が、プックと呼ばれる太鼓のバチのようなものを叩くと、人々はロボットのよ
うに立ち上がったともいわれます。
なぜ権力も富も名声も得た大王が、愛する者たちの絆を絶ち切るようなことをしたので
しょうか?ギルガメッシュ叙事詩によれば、その理由は「孤独」にあったようです。ギル
ガメッシュ大王は、権力と富と名声を欲しいままにしながら幸福ではなかった。それは、
彼に真の友達がいなかったから・・・と古代人はいっているのです。
権力の頂点に立つ人は、孤独です。それは、権力が人を遠ざけるから・・・。富は人を
集めるように見えますが真実は逆のようです。
「貧しい」という字は、
「貝」を「分ける」
と書きますが、貧しいがために分かち合える気持ち(共感)は富とともに薄れます。名声
もまた、人々から畏敬の目で見られるという意味で、これも孤独をつくり出します。
そして、孤独は、その人の精神をむしばみ、心に苛立ちと不満を広げ、気難しい独裁者
をつくり上げることが多いようです。ギルガメッシュ大王は、孤独だったために気難しく
残酷になっていきました。
DEVELOP JUN. 1998
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Copyright © Hisamitsu Ihara
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孤独になって、自分の存在が不確かになると、人間はそれを確認するために、自分の「力」
を強くアピールしたくなる。とりわけ、権力をもつ者の場合、それを誇示するために、冷
酷な命令にエスカレートするのではないでしょうか。
ギルガメッシュ大王は、自分の強大な権力と富と名声を後世に示すために、ウルクの城
壁造りを命じます。国中の男たちは、家族や恋人と別れて、城壁造りに駆り出されます。
そして、残された子供たちも、大人の仕事の邪魔をしないようにと、遠くに隔離されてし
まいます。
私は、この人類最古の物語に初めて出会った時、古代人に、自分自身の心の中を見透か
されたようで、ギクッとしました。自分は、権力とは無縁だが、知らず知らずのうちに「気
難しい独裁者」になってしまっているのではないかと思ったのです。
現代人は、歴史的に見れば、かつてないほど経済的に繁栄し、思うままに機械やコンピ
ュータを操れますが、そのことが、目に見えない権力を人々に与え、それが故に、人々は
必ずしも幸福ではないようにも思えます。
若者に「長所と短所を述べて下さい」と尋ねると、長所として「明るいこと」
「友達が多
いこと」と答える人が非常に多いのに驚きます。ところが、その若者に短所を尋ねると、
さりげなく「短気なこと」「イライラすること」と答える場合が少なからずあります。
なぜ明るく友達も多い人が、急に短気になってしまうのでしょうか。長所には「願望」
が語られ、短所には「現実」が見られると聞いたことがあります。もし、そうだとしたら、
明るく友達も多いはずの現代人は、
実は真に分かり合える友人がいないのかも知れません。
そんな時、人間は心に満たされないものを感じて何にでも腹を立ててしまうのではないで
しょうか。
明るくオープンなアメリカ人を例える時によく出されることですが、アメリカ人は、ホ
ーム・パーティに来た初対面の人々に、わざわざ寝室やプライベート・ルームを見せます。
また、 ヘルプ
ユアセルフ という表現で「冷蔵庫に飲み物があるから、遠慮なくお取り
下さい」などと言います。日本で、来客が寝室を覗いたり、冷蔵庫を勝手に開けたらどう
なるでしょうか。
また、来客の数は多く、あまり知らない者同士が集まりますから、一人の人と長く話し
こむより、多くの人と話をしてその場を楽しむのが良いとされ、宗教や政治などに関する
話題は避けるのが一般的といわれます。
もちろん、私自身、この種のホーム・パーティがあまり得意ではないせいでしょうが、
パーティを湧かせている「はずんだ会話」が、あたりさわりのない「陽気な話題」ばかり
だと気づいた時、この国の人々は、とてつもなく孤独なのではないか・・・と思ったこと
があります。
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ただし、古代シュメール人は、
「富と権力が人間を孤独にする」とさりげなくいっておい
て、そこから続けます。困り果てた人々の願いを聞き入れて、女神アルルは野人エンキド
ゥを粘土から造り出すのですが、ギルガメッシュ大王は彼を親友として得て悪政を改め、
そこから本格的な冒険物語が始まるのです。
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