目 次 ― 室蘭工大 未来をひらく技術と研究 1 まえがき 56 佐藤 一彦(室蘭工業大学長) 香山 晃(環境・エネルギーシステム材料研究機構 特任教授) 幸野 豊(機械航空創造系学科 材料工学コース 教授) 岸本 弘立(機械航空創造系学科 材料工学コース 准教授) 中里 直史(博士研究員) 第1章 「わざ」を生む 8 超高圧で夢の材料を作る 65 1気圧では合成できない新しい物質 73 超伝導が拓く省エネルギー 桃野 直樹(応用理化学系学科 応用物理コース 准教授) 雨海 有佑(応用理化学系学科 応用物理コース 助教) 24 79 88 木(貴)婦人は環境の救世主 第2章 「ひと」を守る 白樺の外樹皮成分からプラスチックを作る 49 繊維の廃棄物は宝の山 動物繊維廃棄物から生まれた新しい樹脂 平井 伸治(機械航空創造系学科 材料工学コース 教授) 葛谷 俊博(機械航空創造系学科 材料工学コース 助教) ホタテ貝殻から価値ある材料をつくる 山中 真也(応用理化学系学科 応用化学コース 准教授) 空閑 良壽(理事・副学長) リチウムイオン2次電池をもっと便利に 田畑 昌祥(環境調和材料工学研究センター 客員教授) 馬渡 康輝(環境調和材料工学研究センター 助教) 未利用石炭は地域の宝物 板倉 賢一(情報電子工学系学科 情報システム学コース 教授) 澤口 直哉(機械航空創造系学科 材料工学コース 准教授) 42 博義(応用理化学系学科 応用化学コース 准教授) 石炭地下ガス化による活用方法 シップリサイクルの可能性を探る 34 炭素ナノ材料で燃料電池を高性能に 田 廃船は「宝の山」 清水 一道(機械航空創造系学科 機械システム工学コース 教授) 温故知新 鋳物の新たな可能性 桃野 正(特任教授) 長船 康裕(機械航空創造系学科 機械システム工学コース 講師) 関根 ちひろ(情報電子工学系学科 電気電子工学コース 教授) 武田 圭生(情報電子工学系学科 電気電子工学コース 准教授) 15 環境とエネルギーの新世界を切り開く 96 新しい薬の合成 鏡像異性体を作り分ける 中野 博人(応用理化学系学科 バイオシステムコース 教授) 上井 幸司(応用理化学系学科 バイオシステムコース 准教授) 関 千草(応用理化学系学科 バイオシステムコース 助教) 104 損なわれた安心感と安全感を回復する 157 吉田 英樹(建築社会基盤系学科 土木工学コース 准教授) 前田 潤(環境科学・防災研究センター 准教授) 109 微生物の機能を利用したバイオテクノロジー 張 ごみ処分場の環境をガスと温度で診断 跡地を利用するための技術 災害支援と「こころのケア」の基本戦略 164 寒さの中のコンクリート 寒冷地に建つコンクリート構造物の長寿命化 喆(応用理化学系学科 バイオシステムコース 教授) 濱 幸雄(建築社会基盤系学科 建築学コース 教授) 116 目に見えない小さな生物を見る 加野 裕(情報電子工学系学科 情報通信システム工学コース 准教授) 125 141 178 光による健康増進と病気の予防 三浦 淳(保健管理センター 准教授) 湯浅 友典(機械航空創造系学科 機械システム工学コース 准教授) 相津 佳永(機械航空創造系学科 機械システム工学コース 教授) 佐々木 春喜(保健管理センター 教授) 生物に学ぶ においセンサー 岩佐 達郎(応用理化学系学科 応用物理コース 教授) 澤田 研(応用理化学系学科 応用物理コース 准教授) 地域にふさわしい建築をデザインする 山田 深(建築社会基盤系学科 建築学コース 准教授) 真境名 達哉(建築社会基盤系学科 建築学コース 講師) 光でヒトのからだを診る 相津 佳永(機械航空創造系学科 機械システム工学コース 教授) 133 171 人・物・建物と湿気 岸本 嘉彦(建築社会基盤系学科 建築学コース 助教) 186 歴史に学び、歴史を生かす 武田 明純(建築社会基盤系学科 建築学コース 助教) 194 地熱エネルギーの魅力 地下の恵み 永野 宏治(情報電子工学系学科 情報システム学コース 教授) 201 積雪寒冷地にある斜面の災害予測 川村 志麻(建築社会基盤系学科 土木工学コース 准教授) 三浦 清一(北海道大学名誉教授=元・室蘭工業大学 教授) 第3章 「くらし」を築く 150 気候変動に対応できる水のマネージメント 中津川 誠(建築社会基盤系学科 土木工学コース 教授) 207 自然冷熱エネルギー 雪氷の利用 氷室・雪冷房・雪山 媚山 政良(特任教授) 213 もっと燃費の良い家を建てよう 省エネ住宅の開発 鎌田 紀彦(特任教授) 221 振り子式波力発電の開発 オリジナルなシステムへの挑戦 近藤 俶郎(名誉教授) 渡部 富治(元教授) 228 国立大学法人 室蘭工業大学(大学紹介) 230 あとがき 第1章 「わざ」を生む 岩佐 達郎 第1章 「わざ」を生む 7 廃船は「 宝の山 」 シップリサイクルの可能性を探る 生利用のための香港国際条約(シップリサイクル条約) 」が2009年5月に採択さ れました。 シップリサイクル条約は、船舶のリサイクルによって引き起こされる事故や環境 への悪影響などをできる限りなくすために、 「条約に適合する船舶を、条約に適合 する施設でのみリサイクルさせる」ことを強制しようとするものです。そこで、安 全かつ環境にやさしい先進国型の船舶リサイクルシステムの構築を推進するととも 清水 一道 /機械航空創造系学科 機械システム工学コース 教授 に、低コストでの船舶解体方法、廃船から回収される鉄スクラップを高付加価値で リサイクルする方法の確立が急務となってきています。 2.室蘭工業大学の取り組み 室蘭工業大学がある室蘭市は、 「ものづくりのまち室蘭」と言われています。製 1.シップリサイクルとは? 鉄所、造船所、精油施設があり、鉄鋼・石油・化学といった素材産業が発達してい 海運大国・日本における船舶の解体は、第1次世界大戦によって鉄が不足し、鉄 る国内有数の工業地帯です。さらに室蘭港という自然の良港があり、シップリサイ 鋼業への材料供給のために始まったと言われています。しかし、高度成長期に入っ クルシステムに適した都市といえます。 た日本では解体コストが高騰し、環境問題の規制が強化される中、1970年代以 そこで、シップリサイクル条約に向けた船舶解体事業マニュアルの整備を目的と 降は縮小していきました。その後、今日まで世界の船舶解体の中心は労働賃金が安 して2008年4月に自治体、大学、地元企業からなる産学官コンソーシアム「室 い、インド、パキスタン、バングラデシュの開発途上国や中国に移行しています。 蘭シップリサイクル研究会」が発足しました。室蘭工業大学もメンバーに加わり、 これらの国での船舶の解体目的は国内の鉄鋼・非鉄金属需要の補完、さらに中古 研究開発・調査事業を積極的に行ってきました。活動として、08 年には内閣官房 機材の再利用です。単に船体の解体ではなく、船舶の「リサイクル」による鋼材 地域活性化対策である「地方の元気再生事業」に「船が生まれ変わるまち室蘭プロ などの生産と部品の「リユース」が目的なのです。特にバングラデシュにおいて ジェクト」が選定され、2年間のヤード調査や漁船の解体試験、騒音などの環境測 は、国内鋼材需要の 70%が船舶のリサイクルによる鉄です。伸鉄や電炉材料のほ 定の研究、市民を対象にしたシンポジウムの開催などを行いました。 か、厚板はそのまま造船に使用されることもあり、船舶リサイクルに何らかの形で その成果が評価され、2010年に国土交通省の「先進国型シップリサイクルシ 携わっている労働者の数は 50 万人とも言われています。 ステムの構築に関する調査」事業に採択されました。国内での大型船リサイクル産 しかし、これらの地域における船舶リサイクルは、アスベストが飛散し、廃油が 業の創出に向けた、パイロットモデル事業として実際に大型船を解体し、事業性評 垂れ流され環境への悪い影響が心配されています。また、労働者の多くは裸足でヘ 価などを行いました。 ルメットをしないなど極めて危険で不衛生な あわせて新たな船舶解体手法として、水圧を使ったウオータージェット切断機の 状態のまま作業を行っており、作業時の安全 開発を行い、安全かつ環境に配慮した先進国型シップリサイクルシステム構築の推 性の確保がされていないため、死亡事故の多 進に努めました。室蘭シップリサイクル研究会は、NPO法人シップリサイクル室 発などが世界的な問題となっています。こう 蘭として現在も、シップリサイクルにかかわる活動を進めています。 いった船舶解体に関する問題が国際機関で取 り上げられ、 国際海事機関(IMO)において、 「2009年の船舶の安全かつ環境上適正な再 24 3.先進国型のモデル事業 写真1 開発途上国の船舶リサイクル 室蘭の取り組みは、国土交通省の「先進国型シップリサイクルシステム構築に関 第1章 「わざ」を生む 25 する調査」に選ばれました。そ き、大規模な設備を必要としません。バングラデシュなどの開発途上国で見られる の特長は、①国際条約を背景と 砂浜に船舶を座礁させ、 干潮時にガス切断などを使用して人手で解体する方式 (ビー した国家プロジェクト②シップ チング方式)とは大きく異なります。 リサイクルによる地方都市の元 解体の進め方は、PCCを西2号埠頭に繋留した後、①燃料タンクなどから油脂 気再生③産学官からなる共同企 類を除去・洗浄②船の居住区内の解体③船体の解体(上部甲板、 エンジン部、 船尾部、 業体による事業の推進④専用 船首部)と行っていきます。船の上部にある居住区には木材や断熱材が使用されて ヤード以外の公共岸壁を用いて いたため、 セイバーソーなどを利用して断熱材への引火を防ぐ方法を採用しました。 の解体試験の4つで、これらの また、次々と出てくる廃棄物は、自治体の定めた条例に従い、一般廃棄物、産業廃 事業を遂行するための体制づく 棄物などに分別し適切に処理しました。 りが求められました。 2010年3月には室蘭港の 図1 船舶リサイクルの4方式 作業を効率良く進めるために、解体にかかわるいくつかの技法を用いました。従 公共岸壁で、川崎汽船株式会社 来の解体作業では甲板を一層切断するごとに、クレーンで陸揚げを行っていました から提供された自動車運搬船(PCC) 「にゅーよーくはいうぇい」 (国際総トン数 が、今回は三層切断法で行いました。あらかじめ三層分の甲板に自動ガス切断機で 約45000GT)の解体実証試験を開始しました。解体方式は、船舶を岸壁に繋 分割用の切れ目(ミシン目)を入れ、いくつかのブロックに分けました。それらを 留して解体を行うアフロート方式を採用しました。これは今ある港湾施設を活用で クローラークレーンを使って一度に陸揚げすることで、安全性の確保と作業速度の 向上を両立させました。各ブロックの大きさは 20 トンほどで、陸上で輸送できる サイズ(トラックサイズ)に裁断しました。 解体作業を進めるにあたり、安全対策にも注意を払いました。災害発生時および 環境汚染時に対応するため、安全対策計画を作成し、1カ所に必ず2人以上の作業 者を配置しました。現場の事務所ではボードを設けて作業箇所や安全状況の確認を 行いました。 解体担当の作業者は、船の構造を熟知した造船会社の熟練工を起用しました。こ 解体25日目 解体100日目 れにより、作業員の数を開発途上国の 10 分の1に当たる 20 人に抑えられるとと もに、今回の作業を次の事業へつなげるために必要な知識と技術の伝承も進めまし た。 4.新技術の開発 室蘭工業大学では、船舶の安全かつ短期間での解体へ向けて、解体技術の開発に 取り組みました。 解体150日目 解体200日目(最終) 写真2 船舶リサイクルの作業の流れ 26 (1)ウオータージェット切断機による船舶解体 船舶のような大型構造物の解体では、ガスの燃焼を用いた溶断解体が一般的に行 第1章 「わざ」を生む 27 木(貴)婦人は環境の救世主 白樺の外樹皮成分からプラスチックを作る れても自然界の微生物によって水と CO2 に分解され、自然にかえります(生分解 性) 。さらに、ポリ乳酸で作られたプラスチック食器が、環境への配慮を強く意識 した2005年の愛知万博で使われました。 それ以降は、さらに広く認知されるようになり、現在では植物を元にした生分解 性プラスチックの代表として位置づけられています。このように環境にやさしいポ リ乳酸ですが、あえて課題を挙げると、原料が食物という点と農地の使用がありま 田畑 昌祥 / 環境調和材料工学研究センター 客員教授 馬渡 康輝 / 環境調和材料工学研究センター 助教 す。また、最近ではトウモロコシからバイオ燃料用のアルコールに転換されるよう になり、原料の入手が困難になってきました。FAO(国連食糧農業機関)の調査 では、2011∼2013年において、世界の人口の8人に1人(約8.7億人)が慢 性的な栄養不足にあると報告しています。このため石油以外のプラスチック原料に ついて、食物ではない(非可食性)天然物から効率良く獲得する方法を考えなくて 1.プラスチック製品の原料は はなりません。この課題を解決するために、筆者らは北海道で非常に身近なシラカ 現在の私たちの生活の中で、プラスチック製品を目にしない日はありません。コ バ(白樺)の外樹皮に着目しました。 ンビニやスーパーのレジ袋、さまざまな種類の包装や容器、荷造り用ヒモや緩衝材、 書類用のファイル、ペットボトル、建材、衣服など例を挙げればきりがありません。 2.白樺はなぜ白いのか? また、すぐには思いつかないかもしれませんが、電子機器の基盤、携帯電話のカメ 皆さんは、 幹が白い木と言われると 「白 ラレンズや外装、自動車のバンパー、シート、タイヤ、紙おむつなどもプラスチッ 樺」を連想すると思いますが、白樺は北 クからできています。 海道をイメージさせる木であり、街路樹 このように至るところに使用されているプラスチックは、ほぼ石油を元に にも多く用いられ、車でドライブすると した原料で作られています。世界のプラスチック総生産量(2010年)は、 あちこちで目にします(写真1) 。白樺 【注1】 。ま は成長が早く、全く世話を必要としない なので石油の約1割がプラスチッ 樹木です。山林を切り開いて道路を作っ ク原料として使われていることになります。プラスチックの製造に石油原料を利用 た時や、山火事の跡地に最初に生えてく し続けることは100年先の資源の確保、CO2 排出などによる地球環境への影響と る寿命の短い早生樹で、パイオニアツ いう観点から改めなければならず、化学者に課せられた非常に重要な課題の一つで リーと呼ばれるくらい、非常にたくまし す。 い木といえます。北海道以外では、東北 これまでに検討されてきた非石油原料のプラスチックの代表例として、ポリ乳酸 や関東の一部、軽井沢などでも見ることができます【注3】。 が挙げられます。このポリ乳酸は、トウモロコシから採れるでんぷんを酵素などで それでは、白樺はなぜ「白い」のか考えたことはあるでしょうか。このような当 発酵させ、そこから得られる乳酸を原料としています。したがって、これは廃棄さ たり前すぎて素通りしてしまうような疑問ですが、このプロジェクトのルーツはこ 2億6500万トンであり、その中で日本の生産量は約5%を占めています 【注2】 た、石油の生産量が 35.0 億トン(2009年) 【注1】日本プラスチック工業連盟資料より 【注2】英国BP社 Statical Review of World Energy 2010 より 42 写真1 北方圏の木(貴)婦人(白樺)とそ の外樹皮から抽出したベチュリン 【注3】「貴婦人」と呼ばれている白樺は、日光の小田代ヶ原に1本だけ立っているものを指すようで すが、筆者らは、その白さゆえに白樺自身を「貴婦人の木」、あるいは敬意を込めて「木婦人」と呼ん できました。 第1章 「わざ」を生む 43 こにあります。実は、皮が厚く幹の全体が白い木は筆者らの知る限り、北半球では にまったく影響しない製造方法をあみ出せるのではないかと考えました。さらに、 白樺のほかにありません。白樺に触れたことがあれば分かりますが、幹を指でこす 白樺は北欧、北米、シベリアなど北方圏に広く、しかも寒い地域であるほど、他の ると白い粉が付きます。これが「ベチュリン」と呼ばれる物質です。白樺の外樹皮 樹木を大きく上回る高い割合で自生しています。北海道内にもかなりの量の白樺が を剥がして、その断面を電子顕微鏡で観察すると、大きな植物細胞の中にベチュリ あるように、世界を見渡せば資源量は無尽蔵であると言えます。 ンの針状結晶がぎっしり詰まっている様子が見られます。この結晶が光を乱反射さ 白樺の大きな特徴がもう一つあります。それは、 外樹皮を再生できることです (写 せるため、白樺の幹は白色に見えるのです。 真2) 。一般的に、樹木は皮を剥ぐと枯れてしまいます。ところが、白樺は枯れな 「白樺がなぜ白いか?」という問いの答えは、 「幹にベチュリンという『おしろい』 いだけでなく、その皮を剥いだ部分から新たに白い物質が染み出してきて皮を再生 が塗られているから」となります。さらに、ベチュリン分子は紫外線を吸収する官 する大変まれな樹木です。このことから、外樹皮およびそこに含まれるベチュリン 能基(炭素 ―炭素二重結合)をもっていることから、このおしろいには外見を美し は白樺の老廃物であると考えられます。 く見せるためだけでなく、幹の日焼け止めクリームの役割も果たしていると考えら この性質は南洋のゴムの木によく似ており、木を切らなくても繰り返し外樹皮を れます。 採取でき、その皮からベチュリンを抽出することができることを意味します。つま り、白樺林は「ベチュリンの製造工場」と呼んでも良いかもしれません。 3.白樺林は「ベチュリン工場」 白樺の使い道を調べたところ、成長が早い広葉樹ですが痩せた土地の場合、幹は 4.白樺外樹皮から高純度ベチュリンの高効率抽出技術の確立 あまり太くならず、また柔らかいため材木としての価値はほとんどありません。大 古い文献にあるベチュリンの抽出法は、有害で環境に悪い影響をおよぼすハロゲ 部分が製紙用チップ原料として、小 ン系溶剤の使用、およびその加熱が必要でした。ごく最近の研究でも、この方法は さい規模の利用では割り箸、つま楊 用いられており、大量生産が可能で、しかも環境やエネルギーコストを考えた抽出 枝、アイスクリーム用のへら、ディ 方法は、国内外でまったく検討されてきませんでした。それは、ベチュリンの研究 スプレイ用の工芸品のみです。いず が医学への応用を目指して進められてきたためと考えられます。つまり、医学の分 れの場合も外樹皮は不要であり、古 野では、ごく少量のベチュリンがあれば十分に研究が進められるからです。古くか くは石炭などの着火剤(通称ガンビ) らベチュリンには薬効があることが知られており、HIVウイルスに対する活性や に使われましたが、やはり燃やして 黒色腫瘍の癌に効果があるとの報告もあります。 燃料とするか、香りやクッション性 そこで筆者らはベチュリンと溶剤の両方の分子構造を詳細に分析・検討し、その を利用した家畜の寝床としてのみ使 結果、環境への影響が少なく、加熱の必要もない、抽出効率が非常に高い溶剤を見 われていました。しかし、ベチュリ つけることができました。 ンは、外樹皮の約 20 ∼ 30 重量% この段階で得られるベチュリンには、まだ複数の不純物が含まれているため、さ を占めており、単一成分がこれほど らに精製が必要です。プラスチック原料として使うためには、純度 99%以上に精 高い割合で天然物に含まれる例はほ 製しなければなりません。初期の頃は、有機化学的に一般的な手法での精製を検討 とんどありません。 しましたが、どうしても除去できない不純物成分があることが分かりました。この この大量に含まれる、利用されて 成分を何とか分離し、分子構造を調べたところ、ベチュリンに非常によく似た物質 いない資源をプラスチックの原料と して使うことができれば、食糧問題 44 写真2 外樹皮をはいだ部分からベチュリンが再 生している様子 であることが明らかになりました。この結果を元にして、ベチュリンと不純物成分 の分子構造の違いを使って最も効率よく分離できる方法を見付け出し、純度 99% 第1章 「わざ」を生む 45
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