ピアノを MIDI で駆動する際のベロシティ補正について

ピアノを MIDI で駆動する際のベロシティ補正について*
◎宮川泰志* 三浦雅展** 柳田益造*(*同志社大学・工, **龍谷大学・理工)
1.まえがき
MIDI 機能付自動演奏ピアノ(以下 MIDI ピアノと略
す)とは,ピアノ内に装置を組み込むことで MIDI を用
いての自動演奏を可能としたピアノである.この MIDI
ピアノを MIDI で駆動した場合,一部の音が本来発
音されるべきタイミングより遅れて発音されたり,不自
然に小さい音で演奏されたりすることが確認されてい
る.[1,2]このような演奏の乱れは補正すべきであり,
MIDI データの指示通りの演奏を可能にすることが望
まれる.本研究ではこのうち打鍵速度の補正を扱う.
2.MIDI ピアノの構造について
MIDI ピアノでは打鍵を制御するための電磁石が鍵
盤の下部に装備されており,ピアノ演奏の要素であ
るベロシティ(打鍵速度),ゲートタイム(各鍵の立ち
上がり時刻の差)等の情報をコントロールすることが
でき.MIDI データを用いて自動的に演奏を行うこと
ができるようになっている.
3.発音強度の不均一性
同一ベロシティ値を指定しても,鍵によって発せら
れる音の大きさにはばらつきがある.打鍵に用いられ
る電磁石の性能の個体差や鍵の重さのばらつきがこ
の問題の本質である.
図 1:ベロシティ対音の大きさの平均
図 1 から,ベロシティ値が 20 から 90 の範囲では音
の大きさの平均値はほぼ直線的に変化しており,こ
の範囲で適切に補正すればベロシティ対音の大きさ
の良好な関係が得られると考えられる.
次に,鍵ごとに同じベロシティで発音した際の音の
大きさのばらつきを見るために,横軸にノートナンバ
ー,縦軸に音の大きさを取り,ベロシティ 5 から 10 お
きに等ベロシティ曲線として表示すると図 2 のように
なる.
4.音の大きさの測定
音の大きさの評価尺度として,打鍵直後の振幅の
最大値を用いている.すべての測定はマイクを固定
位置としたので,発音弦との相対位置は鍵によって
異なることになる.
4.1 各鍵についてのベロシティ値と音の大きさの関係
の測定
88すべての鍵について,1~127 すべてのベロシ
ティ値のノートオンメッセージを送信して録音,ベロシ
ティと音の大きさの関係を求めた.
結果を,以下の 2 種類の形式で示す.音の大きさ
の表示は基準音 C4 音をベロシティ値 40 で発音した
時の音との比を求めてdB で表した.
まず,当該 MIDI ピアノのベロシティと音の大きさの
大まかな関係を求めるために,ベロシティごとに全て
の鍵の音の大きさの平均と標準偏差をとった.これを,
横軸にベロシティ,縦軸に音の大きさを取ったグラフ
を図 1 に示す.
図:2 音の大きさの等ベロシティ曲線図
4.2 同一の鍵の上での同一ベロシティ値に対する音
の大きさのばらつきの測定
C1,C4,C7 の三つの鍵について,1~127 すべて
のベロシティ値のノートオンメッセージを 10 回づつ送
信し録音.同一の MIDI 信号から得られた音の大きさ
の平均と標準偏差を求めた. 得られた結果を図 3 に
示す.横軸にベロシティ値,縦軸に音の大きさに取
ったグラフに,鍵ごとのベロシティと 10 回の平均の音
の大きさの関係をプロット,縦線で標準偏差を表す.
*Research about compensation of velocity when piano was driven by MIDI.
By Yasushi MIYAGAWA*, Masanobu MIURA**, Masuzo YANAGIDA*
(*Doshisha Univ,**Ryukoku univ)
図 3:同一 MIDI 信号での音の大きさのばらつき
5.補正の方法
補正の方法は以下の 2 ステップに分けられる.
ステップ 1:ベロシティと音の大きさの望ましい関係
を示す関数を設定する.
ステップ 2:1 で得られた関数に基づいて,所期の
大きさの音を出すためのベロシティ値を求める.
5.1 ステップ 1 の詳細
(a)4節の測定で得られたデータより,88 の鍵すべ
てについて,すべてのベロシティ値で打鍵した際の
音の大きさをテーブルとして保持する.
(b)どの鍵でも出すことのできる音の大きさの範囲
を求める.つまり,鍵ごとに出せる音の大きさの最大
値,最小値を求め,その最大値の最小値,最小値の
最大値を求める.
(c)横軸にベロシティ,縦軸に音の大きさを取る座
標平面上で,ベロシティ 90 のとき,(b)で求めた値の
最大値,ベロシティ 20 のとき最小値となるようにベロ
シティ値と音の大きさを関連付ける関数を設定し,こ
れをベロシティと音の大きさの望ましい関係とする.
図を用いて説明すると次のようになる.
図4は横軸に音名,縦軸に音の大きさを取り,各
鍵の出すことのできる音の大きさの範囲を示したもの
である.斜線部分はどの鍵でも発音可能な音の大き
さの範囲である.
図4:すべての鍵で発音可能な音の大きさの範囲
図5は,ベロシティ値と音の大きさをの望ましい関
係を示している.
図5:ベロシティ値と音の大きさの望ましい関係
5.2 ステップ 2 の詳細
(a)ステップ 1 で,ベロシティと音の大きさの望まし
い関係が規定されているのはベロシティ値で 20~90
の範囲であるので,補正の対象となる MIDI ファイル
中のベロシティ値がこの範囲に収まっていないようで
あれば,ファイル全体のベロシティ値を 20~90 の範
囲に圧縮する.
(b)圧縮が終了したファイル中のベロシティ値につ
いて,各々の値をステップ1で設定した関数に代入
そのベロシティ値に対応する音の大きさを求める.
(c)ステップ 1(a)で作成したテーブルを参照し,ス
テップ2(b)で得た値に最も近い大きさの音を出すベ
ロシティ値を求め,得られた値に MIDI ファイル中の
ベロシティ値を書き換える.
(a),(b)について,ノートナンバー60 ベロシティ 60
の MIDI データを補正する様子を以下に示す.
まず,図5の関数にベロシティ値である 60 を代入
して,望ましい音の大きさを求める.
次に図6のようにノートナンバーに固有のベロシテ
ィ対dB 対応テーブルを参照して上で求めた音の大
きさに近い音の出るベロシティ値を求める.
図6:Table look up
6.評価実験
補正によってどの程度演奏が改善したかを調べる
ために,評価実験を行った.具体的には,特に音の
大きさにばらつきのあった E3 から D#4 の 12 音をベロ
シティ 60 で打鍵する MIDI ファイルについて,補正ア
ルゴリズム適用以前と適用後を比較したところ,不均
一さが取り除かれることが知覚的にも容易に確認で
きた.
7.まとめ
この補正ツールによって,鍵による音の大きさの違
いが補正され,粒のそろった演奏が可能になった.
ここでは物理量の補正を行ったが,図 5 のテーブル
に物理量と感覚量の関係を組み入れることによって
感覚量で補正することも可能である.
尚,この研究は,同志社大学学術フロンティア創
生事業の助成を受けた.
参考文献
[1]田口友康,“MIDI ピアノ音源の二,三の音響特
性”,音楽音響学会資料,(2003.6)
[2]田口友康,“ある MIDI ピアノ音源のラウドネス特
性”,音楽音響学会資料,(2002.5)