反個人主義と異質な服装への嫌悪感

反個人主義と異質な服装への嫌悪感
○山岡重行
(聖徳大学心理・福祉学部)
キーワード:反個人主義、異質な服装、外見の不満
Anti-individualism and disgust to unique clothes.
Shigeyuki YAMAOKA
(Faculty of Psychology and Welfare, Seitoku University)
Key Words: anti-individualism, unique clothes, dissatisfaction of the appearance
目 的
従来、異質なものに対する否定的反応は集団主義の文脈で
議論されてきた。例えば「いじめ」は、異質なものを排除す
る集団主義の結果として生じる日本特有の現象(市来,1985;
笠井,1986)などと論じられてきた。本研究では集団主義を「個
人としての目標と集団の一員としての目標が対立した場合に
集団の目標達成を優先させる傾向(Yamaguchi,1994)」として
定義する。この集団主義傾向が強くても、異質な反応に必ず
嫌悪感を示すとは限らないだろう。山岡(2015)は、
「主観的に
多くの人々と異質だと判断できる反応に対する嫌悪感」を、
「反個人主義(anti-individualism)」として定義し、その個
人差の測度である反個人主義尺度を作成している。反個人主
義尺度の信頼性係数はα=.834 であり内的一貫性は高い。こ
の反個人主義尺度と Yamaguchi,Kuhlman,Sugimori(1995)の
改訂版集団主義尺度の相関係数は r=.157(n=571,p<.001)であ
り、2 つの尺度が測定するものは異なるパーソナリティ傾向
であると判断できる。山岡は反個人主義傾向が高いほど、社
会規範や集団規範からの逸脱と見なした言動をとる他者を
「痛い人」と見なす傾向が強くなることを報告している。
本研究では、自分とは異質だと思える服装の評価に及ぼす
反個人主義の影響を検討する。反個人主義が強い者は弱い者
よりも、自分が異質だと感じる服装を否定的に評価する傾向
が強くなると予測できる(仮説1)
。また、自分より不遇な状
態にした相手と比較することで自分の主観的幸福感を高める
という下方比較理論(Wills,1981)から、自分の外見に強い不
満を持つ者は異質な服装を否定的に評価する傾向が強くなる
と予測できる(仮説 2)
。
方 法
調査対象者 首都圏私立大学 2 校の男女大学生 261 名(男
性 66 名、女性 195 名:平均年齢 19.4 歳、SD=2.99)
。
手続 自分自身に一番近いと感じるファッションと一番異
質だと感じるファッションを、8 種類のファッション(ギャ
ル系、ゴスロリ系、ヴィジュアル系、オタク系、カジュアル
系、エスニック系、森ガール系、清楚系)の写真から一つず
つ選択させた。女性の写真を使用したため、男性には「一番
親近感を持つファッション」と「一番異質だと感じるファッ
ション」を選択させた。選択した最も近いファッションと、
最も異質なファッションのイメージを「正常・異常」などの
12 の形容詞対の尺度上で評定させた。回答上の注意として、
写真はあくまでも女性のファッションをイメージするための
一例であり、例えば「自分がイメージするギャル系ファッシ
ョン」のように自分自身のイメージで回答するよう教示した。
反個人主義尺度にも回答を求めた。また、外見の不満を測定
するために Richmond(2000)のイメージ固定質問紙を、意味
が伝わりやすいようアレンジしたものを使用した。回答方法
は「1:全くあてはまらない~5:とてもよくあてはまる」
の 5 件法である。調査は通常の授業時間の一部を利用して、
2014 年 7 月から 9 月にかけて実施した。
結 果 と 考 察
肯定的な形容詞側を1、否定的な形容詞側を5として評定
を得点化した。異質なファッションに対する評定値から自分
に近いファッションの評定値を減じた。このイメージ差得点
が高いほど異質なファッションに対する否定的イメージが強
いことを表す。因子分析(主因子法プロマックス回転)の結
果に基づいて3つの従属変数を算出した。
「上品-下品」、
「美
しい-醜い」
、
「女性らしい-女性らしくない」
、
「清潔-不潔」
の4項目の平均点を、異質なファッションに対する嫌悪感得
点とした(α=.843)
。
「正常-異常」
、
「常識的-非常識」、
「信
頼できる-信頼できない」の 3 項目の平均点を、アブノーマ
ル感得点とした(α=.825)。
「好き-嫌い」
、
「明るい-暗い」
、
「面白い-つまらない」
、
「温かい-冷たい」
、
「快-不快」の
5 項目の平均点を、異質なファッションに対する高揚感の低
さを表す非高揚感得点とした(α=.693)
。
反個人主義尺度の平均点で調査対象者を二分し、反個人主
義高群と低群とした。イメージ固定尺度の因子分析で第 1 因
子に負荷量が高かった 11 項目は、自分自身の外見に対する自
信のなさや不満と解釈できた。この 11 項目(α=.815)の合計
点を外見の不満得点とした。この外見の不満得点の平均点で
調査対象者を二分し、外見の不満高群と低群とした。
反個人主義と外見の不満を独立変数として従属変数の分散
分析を行った。嫌悪感(F=4.365,df=1/219,p<.05)と非高揚感
(F=9.0243,df=1/222,p<.005)では反個人主義の主効果が、ア
ブノーマル感では外見の不満の主効果(F=4.033,df=1/220,
p<.05)が認められた。反個人主義高群は低群よりも異質な服
装に対する嫌悪感と非高揚感が強かった。また、外見の不満
高群は低群よりも異質な服装に対するアブノーマル感が強か
ったのである。本研究の仮説1は嫌悪感と非高揚感で、仮説
2はアブノーマル感で支持されたと判断できる。
本研究の従属変数のアブノーマル感には「信頼できる-信
頼できない」が含まれていることに注目したい。信頼の対象
は服自体ではなくその服を着ている人間である。アブノーマ
ル感は服装に対する否定的反応というよりも、異質な服装を
する個人に向けられた否定的反応だと解釈できる。つまり自
分の外見に対する不満が強い者は、異質な服装をする人間自
体を非常識で異常な信頼できない人物であると否定する攻撃
的な下方比較により主観的幸福感を得ているのだと解釈でき
る。それに対して、反個人主義の強い者は異質なファッショ
ンを自分たちの見慣れたファッションよりも下品で醜く不潔
なものと嫌悪し、わくわくしないつまらないものと認識する
のである。ただし、反個人主義者の嫌悪感はあくまでも多く
の人々の服装とは異質な服装に向けられるのであり、その服
を着ている個人に向かうのではないと解釈できる。