ネットワークエンジニアが世界を変える⑧ ICT は日本の知恵

ネットワークエンジニアが世界を変える⑧
ICT は日本の知恵
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IT という言葉は、いつごろから使われ始めたのでしょうか?
以前は、コンピューターなどを使って様々な業務を効率化することを、「OA (Office
Automation)
」と呼んでいましたが、2000 年に政府が掲げた e-Japan 戦略には、
「IT 基本
法」
「IT 国家戦略」といった言葉が踊っています。
でも、当時の M 首相が IT を"イット"って読んじゃったんですよね。ということは、この頃
に浸透し始めた言葉なんでしょうね。
さらに最近では、情報処理と通信を一体のものとして、ICT(Information and
Communications Technology)という言い方も一般的になっています。
しかし、これと同じような言葉を、30 年以上も前に提唱していた日本人がいたことをご存
知でしょうか?
1977 年、アメリカのアトランタで開催されたインテルコムというイベントにて、当時、NEC
の会長であった小林宏治氏が、
「C&C (Computers and Communications)
」という構想を
発表しました。
C&C は、読んで字のごとく、コンピューターと通信が融合して、
「どこでも、いつでも、
だれでもが、自由に話したり、見たり聞いたりできる」世界を実現するということであり、
言葉は違いますが、現代の ICT と同様の概念だと思います。
また、小林氏のすごいところは、C&C を単なる「絵に描いた餅」とせず、実現のために必
要な技術や製品をいち早く開発すべく、NEC の事業展開に反映し、全社をあげて「本気」
で取り組んだことです。
いまでも、C&C は NEC の企業理念として掲げられていますので、セミナーや文献などで
目にされることもあると思います。
今日は、温故知新(ふるきをたずねて新しきを知る)という訳で、1982 年に小林氏が執筆
された「C&C とソフトウェア~人間を軸にした発展~」という書籍から、私が興味を引い
た部分についてピックアップしてみたいと思います。
* * *
●インターネット
インターネットの商用利用が始まったのが 1988 年のことですから、本が執筆された 1980
年頃には、国境を越えた国際通信基盤がタダで利用できる世の中が来る事など、想像も出
来なかったはずです。
しかし、小林氏は
・情報通信システムは、一国内のインフラから、世界的インフラへと発展していくべきも
の
・ラジオやテレビなどの放送システムは一国単位のインフラであり、今後は、通信や情報
処理のための総合的ネットワークが必要
・世界の各国は、それぞれの特色と役割の分担のもとに、相互依存と相互協力の時代を築
こうとしているのであり、通信・情報システムこそ、その媒介者である
と論じており、この国際インフラを支える技術として「光エレクトロニクス」と「衛星通
信」のビジネスに注力しました。
●検索
もし 30 年前にタイムスリップしたら、
「検索」なんていう言葉を日常的に使っていたのは、
図書館の司書ぐらいでしょう。そんな時代に、こんなことを考えていたのですね。
・社会が多様化、分散化し、経済活動が国際レベルにまで拡大されると、社会の各要素が
相互交換する情報量は、飛躍的に増大する
・大量の情報が流れ込んできて人間がさばく限界を超えたとき、虚像というか情報像でふ
りまわされてしまいかねない
・役に立つ情報は10に1つしかないだろうと思う。10のうちの9つの情報は無いほう
がよい
・情報に対して受身でなく、自分の欲しい情報を検索する手段を見つけることが重要
●ユニファイド・コミュニケーション
・電話機や受像機(テレビ)、さらにテレタイプやファクシミリなどの文字図形の入出力機
器は、今後それらの複合形態へと著しい変貌が予想される
・通信系端末とコンピュータ系端末との境界がなくなり、目、耳、口、指などの五官を介
して機械と接するようになる
まだ NEC のパソコンが月産 500 台だった時代に、iPhone を予見していたということです
よ!
・マンマシンインタフェースがより人間に接近すると、オフィスの人間は、その人間らし
さを保持しつつ、本来の創造性をさらに発揮できるようになり、仕事の質を高め、オフィ
スの総合能力を拡大、強化していくことができる
これは、現在のシスコの宣伝文句そのものですね。
●クラウドコンピューティング
・従来の通信は情報を”伝達”するだけであり、コンピュータは情報を”処理”するだけ
であったから、この両者がいっしょになれば、いままでにない技術がそこに生まれてくる
・コンピュータの発展過程をたどってみると、単能型から多目的型になり、つぎに集中処
理型になり、さらに分散処理型になってきた。ここで、コンピュータが通信と融合すると
同時に、だんだんとシステム化していく
・システム化の方向性は、人間のインテリジェンスをもっと多く機械のなかに含むものに
なっていく。人間が機械を扱うときに、人間にあまり厄介をかけないように進歩していく
補足しますと、
「単能型」---これは本当に初期の計算機で、大砲の弾道計算とか、特定の用途でしか
使えないもののことを指していると思われます。
「多目的型」---プログラムをメモリーに読み込んで動くコンピュータ。プログラムを
代えることで複数の用途に利用できるもの、だと思います。
「集中処理型」---今で言う、メインフレーム的なもの、でしょう。
「分散処理型」---いわゆる、サーバ&クライアントモデルであり、現在の IT ですね。
そして、
「コンピュータと通信が融合」してシステム化し、人間のインテリジェンスを取り
入れる方向で進化していく。これは、現在グーグルが目指している方向性と一緒だと感じ
るのですが、拡大解釈しすぎでしょうかね?
●今後、最も重要な技術とは?
最後に、小林氏が「20 世紀中に実現できる」と明言しながら、まだ出来ていない重要な技
術について触れておきます。
・MIT 学長の J.B.ウィズナー博士が 1981 年の秋に来日したとき、こんなやりとりを交わ
した。
「私は C&C の最終ゴールとして、たとえば、あなたと私がお互いに母国語で、ボストンと
東京の間で自由に顔を見ながら話をするということを夢見ている。多分今世紀末までには
完成するのではないかと期待して、それを自分で確かめるために長生きしたい」
・私どもが日常使う自然言語がわかる、いわゆる第五世代コンピュータの開発が始まろう
としている。文章構造とか文章の意味内容をコンピュータが理解しうるようになるのも、
10 年以内のことであろう。
・日本語で話すと、他国語の合成音声で返事が出てくるようになる。これが電子自動通訳
装置である。超 LSI 化が進むと、手の平にのる大きさの通訳装置が得られることになる
・言葉の障壁を越えた国際通信の実現がもたらす異文化交流は、国際理解を助長し、世界
を一つにする足がかりとなるであろう
欲しいです!「電子自動通訳装置」
。子供の頃に読んだ SF マンガでは、21 世紀にはイヤホ
ン型の自動通訳装置が普及していることになっていました。
(それを見て、英語の勉強を放
棄した結果、大人になってから苦労している自分です)
インフラとしてのネットワークが整備されても、言葉が通じなければコミュニケーション
は成り立たないのですから、まさに「世界を一つにする足がかり」として、必須のものだ
と思います。
音声認識や音声合成については、とうの昔から実現できているのですが、言葉の「意味」
を理解してリアルタイムに「翻訳」するということに関しては、まだ実用には遠いレベル
であり、何らかのブレークスルーが必要なのでしょうね。
他力本願ですが、誰か、がんばって作ってください。
* * *
小林氏が最初に執筆した C&C 関連の書籍が、「C&C は日本の知恵」と題しているとおり、
日本の企業は ICT のような道具を巧みに活用する「知恵」を使い、資源に乏しい国という
ハンデを跳ね返さなければいけないはずですが、現実はどうでしょうか?
むしろ、欧米企業に比べて、競争力強化のための「攻めの IT 投資」が少ないと言われてい
ます。
せっかく、先見の明のある先人が、世界に先駆けて道を開いてくれたのですから、私たち
がその意思を引き継いで、もっと ICT の価値を高めるような提案をしたいですね。
Written by Keiichi Takagi.
as of Feb 2,2010