CFA ジャーナル

CFA ジャーナル
2014年1月 No.3
「マクロファイナンシャルリスクの分析と管理に対する新しいア
プローチについて」
プローチについて」
ロバート・C・マートン他
ロバート・ ・マートン他
「『敗者のゲーム』を是正するために必要なこと
『敗者のゲーム』を是正するために必要なこと」
を是正するために必要なこと」
キース・アンバクシア
「アクティブ・シェアと投資信託のパフォーマンス」
アクティブ・シェアと投資信託のパフォーマンス」
アンチ・ペタジスト
「最低残存期間ルール:債券の償還前売却による費用」
最低残存期間ルール:債券の償還前売却による費用」
ダリン・デコスタ、CFA、フェイ・レン、
、フェイ・レン、CFA、グレゴリー・ノ
、グレゴリー・ノ
ダリン・デコスタ、
、フェイ・レン、
ロンハ、CFA
ロンハ、
「金融危機時の質への逃避および資産配分」
金融危機時の質への逃避および資産配分」
テリー・マーシュ、ポール・フライデラー
「ファクターによる資産配分か資産クラスによる資産配分か」
ファクターによる資産配分か資産クラスによる資産配分か」
トーマス・イゾレック、CFA、マシージュ・コワラ、
、マシージュ・コワラ、CFA
トーマス・イゾレック、
、マシージュ・コワラ、
CFA ジャーナル
CONTENTS
No.3
2014 年 1 月
FAJ 論文より
1
解題…佐々木龍、CFA
-1
「マクロファイナンシャルリスクの分析と管理に対する新しいアプローチ
-3
について」(全訳)
…ロバート・C・マートン、モニカ・ビリオ、ミラ・ゲトマンスキー、デール・グレイ、
アンドリュー・W・ロー、ロリアナ・ペリゾン
「『敗者のゲーム』を是正するために必要なこと」(抄訳)
- 18
…キース・アンバクシア、
「アクティブ・シェアと投資信託のパフォーマンス」(抄訳)
- 22
…アンチ・ペタジスト
「最低残存期間ルール:債券の償還前売却による費用」(抄訳)
- 26
ダリン・デコスタ、CFA、フェイ・レン、CFA、グレゴリー・ノロンハ、CFA
「金融危機時の質への逃避および資産配分」(抄訳)
- 30
…テリー・マーシュ、ポール・フライデラー
「ファクターによる資産配分か資産クラスによる資産配分か」(抄訳)
- 34
…トーマス・イゾレック、CFA、マシージュ・コワラ、CFA
ブックレビュー
ブックレビュー
The Art of Value Investing: How the World’s Best Investors Beat the Market
ジョン・ハインズ、ホイットニー・ティルソン
38
【FAJ 論文より】
解題
金融危機による経済全般・金融業界に対する負の影
響は、多くの実務家・識者の心に、深い記憶として刻
まれていることであろう。金融危機の反省を踏まえ、
危機の本質とは何か、そして金融業務に携わるものと
してどのように対処すべきであったのかについて、金
融理論の面でもさまざまな議論が提起されている。こ
うした潮流を反映し、CFA ジャーナル第 3 号では、金
融危機に関連した論文をいくつか掲載する。
を是正するために必要なこと」は、チャールズ・エリ
スにより 40 年近く前に提起された資産運用業界のあ
り方に対する一つの処方箋を提示するものである。言
い換えると、資産運用会社は手数料に見合った価値を
生み出せていないとの批判に対し、価値に見合った運
用会社はどのようにして作られるのかという点に焦点
を絞り議論を展開している。それは、ピーター・ド
ラッカーの唱える、効果的な組織設計の原則を適用す
ることにより実現が可能であるとするものである。オ
巻頭の論文は、CFA 協会の第 5 回欧州投資コンファ
レンスにおけるロバート・C・マートンの講演と関連
論文を基にしたものである。この論文では、現在の世
界経済・金融は相互に関連しあっており、それに相応
しい管理体制の構築が必要であると主張する。金融危
機においては、標準偏差でみれば 10 シグマ等に相当
ンタリオ州教職員年金基金を始めとする世界の年金基
金で、ドラッカーの組織原則に即した組織運営がなさ
れている等の実例を挙げ、「年金革命」が進行中であ
るとする。著者はこれを、投資専門家と一般投資家の
間に存在する情報の非対称を埋める動きとして歓迎す
る一方、その他の投資専門家の奮起を促している。
する極端なイベントが発生した(ブラックスワン)な
どの意見がみられたが、「与信行為はプットオプショ
ンの売りに相当する行為である」との分析を基にした
場合には、それは十分に想定内の出来事でしかないと
主張する。金融危機の進展(価格下落)とともに、オ
プションのデルタに相当するものが増大するため、銀
行等のクレジットは大幅に劣化したとするものである。
さらに、金融機関と国は相互に信用を与えている関係
にあるため、負のフィードバック・ループに陥ったこ
とを明らかにしており、これは欧州ソブリン危機にお
ける投資家の懸念を理論的に説明する試みである。金
融機関の監督においてこうしたフィードバック・ルー
プおよびクレジット悪化における非線形性を考慮に入
れるべきであろうと示唆している。
ペタジスト論文「アクティブ・シェアと投資信託の
パフォーマンス」は、アクティブ運用の有用性を示唆
する論文である。アクティブ運用に対する批判として
は、平均的なアクティブファンドのパフォーマンスが
費用控除後でベンチマークを下回るとの実証研究を示
す論文が多いが、当論文は投資信託をアクティブ・
シェアとトラッキング・エラーを用いていくつかの類
型に分けることにより、アクティブ運用の効果を再評
価しようとするものである。そして、ファクター要因
に基づく運用ではなく、銘柄選択に基づいた積極的な
アクティブ運用(ストックピッカー)は指数を上回る
パフォーマンス結果を示すと主張する。ただし、アク
ティブ運用の中でも、実質的にインデックスと同等な
運用を行うファンド(隠れインデックス運用)は超過
次のアンバクシアによる寄稿論説「「敗者のゲーム」
収益を生まないこと、同じファンドでもスタイルが変
1
遷した実例を示していること、また個別銘柄間のリ
変化、リバランスの考えを取り込んでも、結論は大き
ターンのばらつきによってストックピッカーのパ
く変わらないとしている。
フォーマンスも影響を受けることなども示されており、
当論文の結論には一定の留意が必要であろう。
イゾレック、コワラ論文「ファクターによる資産配
分か資産クラスによる資産配分か」は、資産配分の手
デコスタ、レン、ノロンハ論文「最低残存期間ルー
法としてリスク・ファクターに基づく手法と資産クラ
ル:債券の償還前売却による費用」は、一般的な債券
スに基づく手法のどちらも、本質的には優位性を持た
インデックスが採用する最低残存期間ルールが、債券
ないと主張する。著者らは、これを数理的検証および
インデックスファンドに与える負の影響を数量的に示
実証例を用いて議論を展開している。リスク・ファク
唆した論文である。最低残存期間ルールに抵触する債
ターは各証券の特性を抽出したものであり、付加価値
券が指数から除外されることに伴い、当該債券イン
を生み出しているわけではないとしている。さらに、
デックスに連動した投資成果を目指すファンドでは入
リスク・ファクターに基づく投資は、本質的には資産
れ替えのための売買を余儀なくされる。当論文では、
クラスのロング・ショート戦略でありロング・オン
指数から除外された銘柄と類似銘柄の価格変化を分析
リーの制約を実質的に緩めているため優位性があるよ
することにより、指数除外銘柄は指数から除外される
うにみえると主張する。そして、資産クラスの「ロン
前後に価格下落圧力に晒されており、これが債券イン
グ・ショート戦略である」ということを踏まえると、
デックスファンドのパフォーマンスを押し下げている
すべての投資家が採用できるものではないため、運用
と主張する。この効果は保守的に見積もって年間 3~
戦略の一つとしては時期に応じて有効な可能性が存在
4bp に達するとしており、最低残存期間ルールの緩和
するとしている。さらに、レバレッジを内包している
によるパフォーマンス向上を示唆している。
戦略という観点からは、多くの機関投資家が採用する
マーシュ、フライデラー論文「金融危機時の質への
ことは困難であると指摘している。
逃避および資産配分」は、金融危機時の例を題材に、
市場の資産配分の変化を需給の観点から論じたもので
ある。投資家の行動を、リスク回避度の違い等を用い
た簡単なモデルで表すことにより、金融危機のような
状況でもポートフォリオの資産配分に要する売買回転
率は穏やかなものであると主張する。これは、危機時
CFA ジャーナルでは、日本の読者向けに日本語で読
みやすいように配慮しているが、抄訳に際しては図表
等を大幅に削除している。本ジャーナルを読んで興味
が深まった読者は、CFA 協会サイトに掲載されている
原文をぜひご覧になることをお薦めしたい。
において証券価格とリスク・プレミアムが大きく調整
するため、平均的な投資家の売買を抑制するように働
CFA サイト URL(Publications & Multimedia):
くからであるとする。これは、金融危機のような状況
http://www.cfainstitute.org/learning/products/Pages/index.a
下で大幅な資産配分変更を通じてポートフォリオ全体
spx
の価値を維持したいとする向きには期待外れの結論で
佐々木
龍、CFA
あろう。当論文では、期待リターンやリスク許容度の
2
(全訳)
全訳)
FAJ 2012 年 3/4 月
マクロファイナンシャルリスクの分析と管理に対する新しいアプローチについて
On a New Approach for Analyzing and Managing Macrofinancial Risks
ロバート・C
ロバート・C・マートン、モニカ・ビリオ、ミラ・ゲトマンスキー、デール・グレイ、アンドリュー・W
・マートン、モニカ・ビリオ、ミラ・ゲトマンスキー、デール・グレイ、アンドリュー・W・
ロー、ロリアナ・ペリゾン
Robert C. Merton, Monica Billio, Mila Getmansky, Dale Gray, Andrew W. Lo, and
Loriana Pelizzon
CFA 協会の第 5 回欧州投資コンファレンス(2012 年 10 月 19 日、於:プラハ)でロバート・C・マートンはマク
ロファイナンシャルリスクの分析と管理に関するプレゼンテーションを行った。当論文はその講演と彼が共著者
と行った研究に基づく。
マクロファイナンシャルリスクの分析と管理は、時
の経過とともにグローバル市場の相互連関が強まるに
以下ではなぜ金融政策、財政政策そして金融安定政策
の統合が必要かを論じる。
つれて、ますます重要になっている。特に、ソブリン
リスク、金融機関のリスク、そして政府と金融機関と
の相互作用に関する分析と管理は、投資家および金融
安定に責任を負う者にとって重要である。このトピッ
クはまた、伝統的な金融・財政政策の責任者にとって
も重要である。なぜなら、金融政策および財政政策は、
景気刺激や消費者需要などを扱うように設計されてい
1997 年のアジア危機、2008 年~2009 年の金融危機
および最近の欧州金融およびソブリン債務危機は、実
のところクレジット、短期金融市場、そしてその連関
(システム構造)が焦点であることがわかっている。
ここではクレジットに議論を絞ろう。多くの人が懸念
しており、とりわけ興味深いのは、特に欧州および米
国で累積する債務である。
るが、多くの場合に金融安定や市場に一定程度の意図
せざる結果を及ぼすことがあるためである。そこで、
ロバート・C・マートンは MIT スローン・マネジメントスクール、ファイナンス特別教授、モニカ・ビリオは
ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学経済学部教授、ミラ・ゲトマンスキーはマサチューセッツ大学アマースト
校アイゼンバーグ・マネジメントスクール准教授、デール・グレイは IMF 金融資本市場局シニア・リスク・エ
キスパート、アンドリュー・W・ローは MIT スローンスクール、チャールズ・E およびスーザン・T・ハリス
講座教授、ロリアナ・ペリゾンはヴェネツィア・カ・フォスカリ大学経済学部准教授
編集者注記:ここで論じられた研究の大半は、M.ビリオ、M.ゲトマンスキー、D.グレイ、A. ロー、
R.C.マートンおよび L.ぺリゾンの論文「ソブリン、銀行および保険の信用スプレッド:連関性とシステム
ネットワーク」MIT ワーキングペーパー(2013 年近刊)に基づく。
筆者注記:この論文は 2013 年 2 月 3 日以前に受領された。
3
表 1:2010 年時点における
年時点における米国政府のオンバランスとオフバランス
における米国政府のオンバランスとオフバランスのクレジット
米国政府のオンバランスとオフバランスのクレジット資産・負債(
のクレジット資産・負債(10
資産・負債(10 億ドル)
資産
直接貸し出し
負債
828
民間保有の米国債
9,060
保証付き貸し出し
1,867
保証付き貸し出しにかかるオフバランスの保証債務
1,867
ファニーメイとフレディマックが保証あるいは保有す
る住宅ローン
5,321
ファニーメイとフレディマックの債務
1,453
10,140
ファニーメイとフレディマックの MBS
3,868
その他の連邦政府保証付きクレジット(注)
その他の連邦政府保証付きクレジットにかかるオフ
バランスの保証債務
納税者・利害関係者の持ち分
10,140
-8,232
注:その他の連邦政府保証クレジット:連邦預金保険公社、連邦住宅貸付銀行、連邦農業クレジット制度、年金給付保証
公社および連邦準備の貸し出しと投資ビークル
出所:米財務省の財務諸表、FDIC・FRB 公表資料、行政管理予算局「分析的視点、連邦住宅金融局 2010 年議会宛年次
報告」、Deborah Lucas、「財政政策としてのクレジット政策」(MIT および NBER ワーキングペーパー2011 年 11 月
15 日、29 ページ)に基づき筆者作成。
___________________________________
バランスシートには表れないが、実際には政府債務
保証額は約 17 兆ドルになる。注意すべきなのは、こ
の一種である政府保証の存在を指摘したい。保証は極
の 17 兆ドルは保証した金額であってこれらの保証の
めて大きな額に上る。例えば米国では連邦準備制度理
実際の価値ではないことである。ただし、これらの保
事会(FRB)が、数兆ドルもの銀行やマネーマーケッ
証の価値は極めて大きい可能性があり、とりわけスト
トファンド資産を保証していた。そのうち、シティバ
レス時には拡大する。
ンク一行だけで 3,600 億ドルの資産を保証していた。
これらの保証はバランスシートには載っていないが、
価値を有する保険契約であり、政府が実際に負債を
負っていることに注意を要する。
オフバランスシートの負債の大きさを把握するため、
これらの明示的あるいは暗黙の保証または保証とみ
なされる仕組みによって生み出されるリスクは、経済
の様々な部門にわたって相互連関的に伝播し、多大な
影響を及ぼす可能性がある。具体的に言えば、家計部
門、企業部門、金融部門(銀行)、そして政府部門の
表 1 に米国政府のクレジット資産、負債そして保証の
間で、国内においてばかりでなく地政学的境界を越え
一覧を掲載した。民間保有の米国債は 2010 年の 9 兆
て相互作用が働いている。我々はこれらの相互作用の
ドルから、現在では 11 兆ドル近くになっていると思
性質を理解すべきであり、その上でこそ、それらに伴
われる。表 1 の右側に掲載された残りの部分は、米国
うリスクを測定しモニターすることが初めて可能にな
政府によるバランスシートに載っていないすべての保
る。
証を表している。まず、1.9 兆ドルの政府保証付き
クレジットの基本
クレジットの基本
ローンがある。管財人管理下にあるファニーメイとフ
レディマックに関連した保証は、5 兆ドルを少し上回
る。最後に連邦預金保険公社(FDIC)、住宅金融機
関、FRB 自体およびその他の多くの連邦機関によるオ
フバランスシート保証の合計は、ほぼ 10 兆ドルと推
定される。合計すると米国政府のオフバランスシート
クレジットの基本、例えば貸し出し、社債または住
宅ローンなどの単純な与信手段から説明しよう。リス
クがあるドル建て貸し出しを米国政府の元利保証と組
み合わせると、実質的に米国債と同じ無リスクの債務
となる。米国政府保証付き貸し出しに米国債と同じ担
保能力や税制上の属性はないが、債務者が支払わない
4
場合は米国政府が肩代わりするため、リスクフリーと
合に貸し手は何を受け取るのであろうか。貸し手は資
考えられる。
産の価値相当額を受け取るが、それは約束された金額
保証の要素を取り除けば、元のリスクのある貸し出
しに戻る。つまり、2つの部分を合わせるとリスクの
無い貸し出しだとすると、そこから保証を取り除くと
いうことは、リスクフリーな貸し出しから保証を差し
引くということである。その重要な意味合いは、投資
家が信用リスクのある債券、貸し出しまたは住宅ロー
ンを買うときは、極めて異なるスキルが必要な2つの
金融活動を組合せているということである。
第一の金融活動は純粋な無リスク貸し出しで、これ
は貨幣の時間価値に相当する。これは単純なことで、
現時点で資金を貸し出し、後日(現状ではあまり多く
ないが)それより多くの資金の返済を受ける。第二の
金融活動は、保証することであり、保険を引き受ける
ことに似ている。債券を保有することで、発行者を保
証していることになるのである。もちろん保険業務は
貸出業務と大きく異なっている。貸し出しの性質が2
つの異なる活動の相対的な重要度を決める。
では、この考え方を企業のバランスシートに適用し
てみよう。最も単純化した形態では企業は資産と負債
および株式から構成される 1。会計等式により資産は
負債と株式の和に等しくなる。額面 B ドルで期中の
利払いがない極めて単純な政府保証付き企業向け貸し
出しを考えてみよう。貸し出しの満期には次の 2 つの
うちのどちらかが起きる。貸し手が約束通りに支払い
よりも少ないであろう。ただし、保証があれば貸し手
は額面相当額の B を受け取ることになる。したがっ
て、保証の事後的な価値は約束された額 B から資産
の価値 A を引いたものになる。具体的には、保証の
ペイオフ関数は 0 ドルと貸し出しの額面から資産の価
値を引いた額の大きい方、つまり max(0,B-A)となる。
このことは、保証のペイオフ関数は、借り手の保有
資産に対するプットオプションのペイオフ関数と同等
なものだということを示唆している。住宅ローン担保
債券ではプットオプションは住宅の価値に対するもの
であり、社債であればプットオプションは企業資産の
価値に対するものである。ソブリン債券の場合のプッ
トオプションは、徴税権を含めいかなるものであれ貸
し手が請求権を持ちうるソブリン資産に対するものに
なる 2。
このオプションに基づく枠組みで捉えれば、図 1 が
示す通り、銀行部門の債務を銀行部門の資産と対比し
てグラフ化することができる。もちろん、もっとも重
要な要素は保証(すなわちプットオプション)である。
リスクのある債務は、リスクの無い政府債務から保証
(プットオプション)を差し引いたものであることに
留意してほしい。さて、保証/プットオプションに焦
点をあてよう。
具体的には、借り手が家計か企業かにかかわりなく、
を受けるか、会社がデフォルトするかのいずれかであ
銀行が借り手に対して行う保証について検証しよう。
る。貸し手が約束通りの返済を受けた場合の事後的な
もちろん、保証/プットオプションの価値は、他の条
保証の価値はいくらになるであろうか。答えはゼロで
件を一定として、資産の価値が増加すれば減少し、図
ある。なぜなら、保証は必要にならなかったためであ
に示したように非線形の曲率を持つ。今、資産が AC
る。
地点にあるとすると、保証の価値は GC となる。そし
しかし、貸し手が返済を受けなければどうなるだろ
うか。ここで破産手続き(破産法 7 条、11 条、22 条
等)や貸し手と借り手の交渉を無視し、会社が返済し
て何らかの理由で資産の価値が A’C に下落すれば結果
として債務の価値が下落し、保証/プットオプション
の価値は G’C に上昇する。
なかったときの基本原則に焦点をあてると、貸し手は
(会社の)資産を受け取ることになる。保証がない場
5
残念ながら、会計規則と銀行実務によると、資産価
に対する貸出価値の感応度である。すなわち、もし裏
値が下落しても実際に貸し出しの価値評価を引き下げ
付けとなる資産が 1 ドル下落すると、保証/プットオ
ることはない。多くの場合には、貸し出しに対する支
プションはいくら上昇するであろうか。または、貸し
払いが行われている限り、裏付けとなる資産の価値が
手である銀行の観点に立てば、負債はどれだけ増加す
下落しても銀行は貸し出しの評価を変更しない。これ
るであろうか。答えはオプションのデルタであり、こ
は 50 階建のビルの屋上から飛び降りた人のようなも
れは図 1 で示した接線の傾きにほぼ等しくなる。もし
のである。33 階を過ぎるとき誰かが「お元気です
傾きがマイナス 0.10 なら、銀行資産の価値が 1 ドル
か?」と質問したら、「今は、元気です」と答えるで
下落すると保証/プットオプションの価値は 0.1 ドル
あろう。これと対照的に市場価格は、単に現時点でど
増加する。
うなっているかだけではなく、起こりうることや将来
起こることを反映する傾向がある。
さて、資産の価値が下落した後の新しい地点をみて
みよう。もし、この地点からさらに 1 ドルの変化が起
ここで検討すべきなのは、貸出先の資産価値の変動
きたらどうなるであろうか。非線形性の結果として傾
図1:
図1:非線形マクロリスクの蓄積
(米国保有比率(発行残高に対する比率%))
A.企業/家計部門の負債
企業/住宅ローン債務(DC)
企業/住宅ローン資産(AC)
B.銀行システムの負債
C.政府の負債
企業/住宅ローン保証(GC)
銀行預金保証(GB)
企業/家計資産(AC)
銀行資産(AB)
出所:Draghi, Giavazzi, and Merton (2004)
6
きはより急になり、例えば、マイナス 0.30 といった
特性を変化させるには、資産価値が変化する必要はな
ように、結果として同じ 1 ドルの下落がより大きな影
いということを示唆する。標準的なモデルは、一般的
響を及ぼすことになる。この場合、保証/プットオプ
にはこうした帰結を考慮していない。危機の最中には、
ションの価値の変化は 3 倍になる。このように、同じ
そして市場の緩やかな下落の間でさえも、ボラティリ
大きさでも 2 番目のショックは最初のショックよりも
ティは上昇傾向を示す。その意味するところは、銀行
大きな影響を及ぼす。このリスク特性を、専門用語で
のバランスシートのボラティリティは、特に危機に際
はコンベクシティ(凸性)といい、価格曲線の数学的
して極めて大きなものとなり得るのであり、そのため
な形状に由来する。この非線形な関係は、標準的な銀
これらの保証の価値も大きくなり得るということであ
行貸し出しや住宅ローン勘定を取り扱うときにはほと
る。
んど考慮されない。もちろん、コンベクシティはデリ
バティブ業務を行う者ならだれもが考慮している。
この銀行部門の分析が政府にどう関係するであろう
か。答えは、政府が形式的には預金保険によって、そ
この関係は、危機の時に観察され、一部の人が異常
して暗黙のうちに(ときにはより明示的に)そうする
とみなした現象を説明する。銀行が損失を報告し、次
ことを要請されない場合でも、一般的に銀行を保証し
いで「新規貸し出しは行わない。勘定を凍結する」と
ていることにある。本質的に政府は銀行資産を保証し
アナウンスしたとする。この銀行は勘定を凍結するこ
ている。しかし、銀行資産とは何であろうか。銀行資
とで新規貸し出しによる追加のリスクをとらないが、
産は実質的にはプットオプションの売りであるため、
同じ勘定への同等な大きさの第二のショックはより大
政府はプットオプションを保証していることになる。
きな損失をもたらすことになる。同じ貸し出し、同じ
これは政府がプットオプションの売りのプットオプ
勘定であり、バランスシートには何の変化もないが、
ションを売っていることを意味する 3。
この勘定のリスクは増えており、なかには劇的に増加
する場合もある。この非線形性がクレジットの油断の
ならない部分である。要約すれば、人々がクレジット
ポジションを長期間にわたって一定の(したがって
誤って特定化された)リスク変数で評価し、時価評価
しない場合、10 シグマ(標準偏差)とみなされる深
刻な事象が予想されるよりも遥かに頻繁に起こり得る
ことになる。何が起きているかというと、感応度すな
わちデルタが大幅に増加した結果として間違って測定
されるため、2 シグマの事象が 10 シグマの事象のよ
うにみえるのである。継続的な資産価値の下落による
貸出価値の累積損失は逐次には認識されず、代わりに
ある一時点で認識されるため、それまでの相対的に安
定 し た 貸 出 価 値 と 対 比 して 大 き な 「 不 意 打 ち の 」
ショックを生じさせる。さて、この非線形性の問題を
さらに検討しよう。資産価値が変化しない場合でも、
資産リターンのボラティリティが上昇すれば保証/
実際的な経済的意味をより精緻に検証することによ
り、これらの政府保証が企業部門または住宅部門の資
産に影響されることが明らかになる。政府は、居住用
住宅部門のプットオプションへのプットオプションを
保有している。もし、プットオプションが凸性のもの
なら、プットオプションのプットオプションは「二重
の凸性」になる。図 1 で、銀行資産のかわりに実質的
な変動要因である企業および家計の資産と政府保証と
の関係を描けば、同様な形状の曲線となるであろう。
ただし、その曲線は銀行の保証曲線よりもいっそう凸
性が強いものになる。この曲線は資産価値が高いとき
には極めて平坦な状態から始まり、資産価値が下落す
るにつれて極めて急速に傾きが急になっていく。これ
を踏まえて 1997 年のタイを検討しよう。タイ政府の
債務について、当初は問題が存在するとは思われてい
なかった。当時、ソブリン債務価格は裏づけとなる資
産価値の変化に対する感応度が極めて低かった。しか
プットオプションの価値は増加する。つまり、リスク
7
し、不動産部門、次いで銀行で事態が悪化し始めると、
なる。こうしたフィードバック・ループは深刻な悪循
政府にとって極めて急速に状況が悪化した。良好なも
環に陥る可能性がある 5。
のとみられたポジションがごく短期間に極めてリスク
のあるポジションに転じたのである。
リスクの伝播は、現実の世界ではより複雑なものに
なる。例えば、異なった国々にある銀行を考えてみよ
クレジットに関する基本的な教訓は、企業または家
う。もちろん、異なる国々にある銀行は、しばしば相
計 部 門 に シ ョ ッ ク が 生 じる と 、 リ ス ク が 変 化 し て
互に信用を与えている。ある特定の銀行が脆弱になる
ショックは銀行部門に伝播し、次いで政府部門に伝わ
と、他の銀行に影響し、実際に脆弱化した銀行と取引
るということである。ショックはどの部門で発生して
していない銀行さえその信用度に影響を受けることに
も、また異なる部門で同時に発生しても、他の部門へ
もなる。
と伝播することがある。例えば、ショックが銀行部門
で始まれば、それは企業部門へ伝わり、やがて政府へ
と到達する。
フィードバック・ループ
例えば、ある国の銀行が他国のソブリン債務を保有
していることは一般的である。図 2 は、外国政府の債
務価値が下落した場合、これらの銀行はその債務を保
証しているため、より脆弱になることを示している。
このリスクの伝播は、全体的なマクロ経済リスクの
しかし、より興味深いのは 2 国政府間の相互作用であ
評価における次のステップ、即ちフィードバック・
る。政府は自国の銀行を保証しているため、海外債務
ループに繋がる。現在、信用リスクのある政府を考え
の下落は間接的に自国のポジションを悪化させること
てみよう。信用リスクはある時点ではなかったが、今
になる。結果として、銀行または政府への公的支援の
やそうではなくなっている。さて、こうした国の銀行
決定は、当該国の政府と銀行だけではなく、他国の政
を考えてみると、銀行は貸し出しに加え一般的に政府
府や銀行にも著しい影響を与える。
債務も保有している。政府が商業銀行を保証している
ことを思い出してほしい。つまり、政府は銀行を保証
しているが、一方で銀行も政府債券を保有している状
態にある。そして、債券の保有者は発行体にかかわら
ず債券に対する保証を引き受けていることになるため、
銀行は政府債券を保有することにより政府を保証して
いることになる。その結果、二つの主体がそれぞれ相
手の支払い能力を保証していることになる。
このフィードバック・ループ効果をどうやって測定
すればよいであろうか。信用リスクの変化が各主体の
相互連関性と財務内容の堅固さに及ぼす影響を検証す
る必要がある。我々は信用リスクの尺度として期待損
失率(ELR)を用いた。単純化すると ELR は、保証
/プットオプションの価値、すなわち債務返済を保証
するコストを、リスクフリー債務(キャッシュフロー
がリスクフリーとみなされる債務)の価値で割ったも
もし、政府債務の価値が何らかの理由で低下すると
のである。リスクのある債務は、リスクフリーの債務
銀行には何が起きるであろうか。銀行は政府債券を保
から単純に保証を差し引いたものであることを思い出
有しているため、こうした債券の保有を通じて政府に
してほしい。言いかえると、完全に安全と想定したリ
売ったプットオプションの価値が上昇する。その結果、
スクフリー債務の価値の何%が保証費用になるのであ
銀行の資産価値が低下し、銀行はより脆弱化する。た
ろうか。例えばリスクフリー債券の価値が 100 だとし
だし、銀行がより脆弱になるということは、政府が銀
て、追加的な支払保証の費用が 7 だとしよう。これに
行を保証しているため、銀行への政府保証の価値が上
より債券は実際には 93 の価値があることになる。
昇し、次には政府がより脆弱になることを意味する。
ELR は 0.07、つまり 7%である。ELR が高いほど信用
それが銀行にフィードバックして銀行がさらに脆弱に
リスクも高まり保証費用も増加する。保証費用がリス
8
クの程度を十分に示すため、債券の信用格付けを考え
が本当に知りたいのは、これら主体の信用リスクが何
る必要はない。
かということであり、そのためには問題があるからで
市場における保証費用の尺度はクレジットデフォル
トスワップ(CDS)の価格である。CDS の市場価格を
用いて、ELR の推定値を計算することができる。すな
わち保証/プットオプションの費用である CDS の価
格をリスクフリー価値で割り、この比率を当該債務商
品の残存期間にわたって支払われるスプレッドに変換
ある。その問題とは、バンク・オブ・アメリカの信用
を保証する費用はどれだけなのか、ということである。
CDS 価格には、政府がこれらの銀行を部分的に保証
しているという事実がすでに織り込まれていることに
注意を要する。政府は預金を間違いなく保証しており、
多くの場合にはそれ以上の保証をしていることが分
かっている。実際に、政府は、常にとは言わないまで
する。これが CDS スプレッドである。
も多くの状況下で、金融機関を救済すると信じられて
ここでは、CDS 市場が操作されているのかどうか、
いる。
あるいは市場が適正かどうか、といった論争に加わる
このように、すでに政府保証が存在しており、した
つもりはない。我々のアプローチでは CDS 価格が妥
当な指標だと仮定する。売買は自由に行われ、強制さ
れることや制約を受けることはないものとする。CDS
価格をソブリンの ELR に用いるが、金融機関の ELR
がって CDS 価格は信用リスクの全てを反映している
のではなく、民間部門が負う部分だけが反映されてい
るのである。政府保証が働く中では、CDS の債務は
最初に損失を被らない点において優先債務とみなされ
測定には用いない。
る。最初の損失は保証者となっている政府が負担する。
なぜ、例えばバンク・オブ・アメリカやバークレイ
ズの CDS を用いないのであろうか。なぜなら、我々
もし、政府が介入して貸し出しの返済を肩代わりすれ
ば、政府は現実にはすべての人に対し支払いを行って
図 2:明示的および暗黙の保証によるフィードバック・ループ
A. 現地の銀行が保
有する政府債券価値
の時価評価の下落
国内
ソブリン
E.類似したソブ
リンが圧力にさ
らされる
海外
ソブリン
B.銀行の調達コス
トの上昇
銀行
C.潜在的な公的支援
の減衰
G.カウンターパー
ティリスクの上昇
D.海外の銀行が保有
する政府債券価値の
時価評価の下落
銀行
I.政府の条件付
き債務が増加
I.政府の条件付
き債務が増加
F.伝播の経路(上
記のA,BおよびC)
H.リスクのある銀
行からの資金の
引き揚げ
出所:国際通貨基金、国際金融安定性報告:ソブリン、資金調達およびシステミックな流動性(2010 年 10 月)
9
いることになる。本質的には、(当該金融機関の株主
る。この考察は、負債と株式がなんらかの形で共に動
の後に)政府が最初の損失を負担する。CDS はその
くはずであることを意味する。クレジットが当該企業
次に損失を負担することになる。このため CDS の市
に弱気ではないなら、株式は強気となる。つまり両者
場価格はデフォルトリスクの実際の水準を反映してお
がともに企業に対して強気であるならば同一の方向に
らず、むしろ最初の損失を考慮した後のデフォルトリ
動くはずである。しかし、ベア・スターンズの債券と
スクしか反映していない。もし、私の借金を政府が無
株式は逆の方向に動いた。なぜなら、FRB と米国財務
条件に保証するならば、私の CDS 価格は、信用リス
省が追加資金を投入し、債務を支援したが、株式を保
クがゼロではないにもかかわらずゼロになるであろう。
護しなかったためである。これが債券と株式が異なる
もちろん、私の実状を考慮すれば価格は歪められるだ
動きをみせた要因であった。クレジットのフィード
ろうが。我々は、金融機関のすべての信用リスクを測
バック効果を定量的に推定するため、グレンジャーの
る尺度として ELR を公正価値 CDS スプレッドと定義
因果性テストを行った。要約すると、時点 t における
する。この価格は、通常は CDS 市場価格より高く、
主体 X の ELR を時点 t+1 における主体 Y の ELR に関
真の総信用リスクをより正確に反映している。
連付けた。例えば、もし主体 X がソブリンなら、当
我々は、このように CDS スプレッドの公正価値を
別の方法で測定する。この手法は市場で検証された条
件付き請求権分析(CCA)技術を用いるものであり、
マートン(1974)の信用モデルに基づいて、ムーディ
ズ KMV により当該金融機関の保証またはプットオプ
ションの価値を推定するために適用されたものである。
該ソブリンの ELR を主体 Y(例えば、国内銀行や他
国の銀行)の次期(翌月)の ELR と関連付ける。そ
の上で、モデルを逆の方向に推定する。国内銀行 Y
のクレジットに何かが起きた場合、それはどうソブリ
ン X のクレジットに影響するであろうか。等式 1 は
グレンジャーの因果性テストを示す。
我々のアプローチでは、CDS の公正価値として ELR
を抽出するために、様々な銀行や保険会社等の株価を
用いる。なぜなら政府保証は通常は債務を保護するが、
株式を保護してはいないからである。例えば、2008
年 3 月のベア・スターンズ救済の事例では、株価は下
落し債券価格は上昇した。これは、両方の証券の価格
が同一の方向に動くべきだとする標準的な理論に反し
ている。それはなぜかというと、政府が介入し基本的
には債務の額面全額を保証したからである。要するに
我々は、政府保証がない場合の CDS 価格をこのオプ
ションモデルの枠組みを用いて推定するのである。
もし、係数 bj の集合が統計上有意であれば、Y は X
に影響し、つまり「グレンジャー因果性」を持つ(Y
→X)。同様に係数 cj の集合が有意であれば X が Y
に影響し、つまり「グレンジャー因果性」を持つ(X
→Y)。もし、両方の係数が有意なら Y と X は相互
に影響し合う。もちろん、Y と X はどのような主体
の組合せでも構わない。2つの主体間の一般的な連関
性に加えて、我々は連関性の方向も評価していること
バランスシートの右側(負債)は、左側(資産)に
対する請求権だと考えることができる。負債はすべて
を理解することが重要である。例えば、Y が X に影
響を与えても X は Y に影響を与えないかもしれない 9。
が同一の資産にリンクしており、様々な条件の下で資
産を分割するために種々の規則が適用されるだけであ
10
図 3 は我々の定義による CDS スプレッドの公正価
図 3 では細かな表示ではなく、密集の濃さと線の色
値を銀行と保険会社に対して用いて、2008 年~2009
に注目すべきである。これは世界地図をみているよう
年の危機前(2004 年 7 月~2007 年 6 月)における、
なものであり、街路はいうまでもなく特定の都市と類
ソブリン 17 ヶ国、銀行 63 行そして保険会社 39 社の
似した箇所を細かく探そうとすべきではない。世界の
間の連関性を図示したものである。ソブリンについて
銀行が赤で示され、保険会社は青、ソブリンは黒で示
は株式がないため、実際の市場のソブリン CDS を用
されている。密集する線はすべての結びつきを示し、
いた。なぜなら、我々はソブリンの債務を保証するも
より太い線は主体間のより有意な結びつきを表す。さ
のはいないと仮定しており、このため CDS はソブリ
て、これらと同じ主体のより最近の結びつきをみてみ
ンの総信用リスクを反映しているからである。つまり、
よう。図 4 は、同一の銀行、保険会社およびソブリン
ソブリンを誰も保証していないかのように取り扱った。
の集合について、危機がより厳しかった時期の直後
もし、この分析を、圏内のソブリンを保証している
(2009 年 4 月~2012 年 3 月)の連関を図示している。
ユーロ圏に対して行ったならば、銀行と保険会社に対
ここでも密集の濃さに注目しよう。まず、図 4 はどこ
して行ったと同じ理由で、CDS に調整を行う必要が
をみても密度(連関性)が高まっていることが分かる。
あったであろう。なぜなら、金融機関に対して保証者
この図は各主体がどれだけのビジネスや取引を相互に
がいるのと同じように、ソブリンにさらに保証者がい
行ったかを反映したものではなく、お互いのクレジッ
ることになるからである。
トへの影響のみについての連関を示していることに留
図 3:ソブリン、銀行、保険会社の連関性(
ソブリン、銀行、保険会社の連関性(2004 年 7 月~2007
月~2007 年 6 月)
出所:Billio, Getmansky, Gray, Lo, Merton, and Pelizzon(2013 年予定)
11
意すべきである。第二に銀行(赤の線)とソブリン
れている。つまり米国は金融システムの主要なプレー
(黒の線)は、図 3 よりも目立っており、世界全体で
ヤーだが、連関はほとんどなく、金融機関や他のソブ
より広範囲に広がっている。要するに、危機後の環境
リンの信用リスクに影響を及ぼすことも、それらの信
ではクレジットの感応度の点で連関は以前よりも遥か
用リスクの変化から影響を受けることもなかった。米
に強くなっている。これは悪いことであろうか。必ず
国とは対照的に、この時点でイタリアは高度に連関し
しもそうではない。おそらく多くの連関は、金融市場
ていた。
の効率性が高まり、繋がりが強まった結果であろう。
これはシステムがより脆弱になっていることを示唆し
ているのであろうか。多分、そうであろう。状況は変
化していることを理解する必要がある。必ずしも悪化
したのではなく、ものごとがより連関しているだけだ
が。
タイプの異なる主体間の連関は時の経過とともにど
のように変化するであろうか。データが示唆するとこ
ろでは、3 つの異なるネットワーク連関(すなわち、
銀行からソブリン、ソブリンから銀行およびソブリン
からソブリン)で時の経過とともにかなり大きく変化
する
10
。信用リスク・エクスポージャーの非線形な性
国レベルの視点で捉えた図 5 はギリシアの 2008 年
質について前述したように、このダイナミックなリス
8 月時点における連関を図示している。同じように、
ク・エクスポージャーの変化は、資産価値やボラティ
これらはすべて他のソブリンや保険会社および銀行と
リティの変動(上昇であれ下落であれ)に反応するも
の連関である。明らかにギリシアとの連関性は強い。
のと想定される。
2012 年 3 月時点で、米国はヨーロッパのどの銀行や
確かに、我々の研究が初期段階にある現状では、こ
ソブリンともほとんど連関がないことがデータで示さ
図 4:ソブリン、銀行、保険会社の連関性(
ソブリン、銀行、保険会社の連関性(2009 年 4 月~2012
月~2012 年 3 月)
出所:Billio et al.(2013 年予定)
12
のように計測される連関をソブリンと金融機関の間に
と述べた。その典型例は、中央銀行が金利を非常に低
実際にある因果性と捉えて、それに基づいて投資判断
く保っている米国である。FRB がどれだけ金利を管理
の変更や是正政策を検討することには注意すべきであ
できるのかについて論争するつもりはない。金利を管
る。むしろ、これらの連関図はそれなしでは不透明な
理できないのなら FRB が何をやろうと意味がないか
システムで何が起きているのか疑問を呈するものとし
らである。しかし、FRB が金利を管理できるのなら、
て見るべきである。他の情報源やモデルを用いた調査
その管理は量的緩和(QE)と相まって、短期金利だ
を続けることにより、次にとるべきステップが(もし
けでなく長期金利も管理することを意味する。
あれば)わかるであろう。
まとめ
FRB は長期金利を 2014 年終わりまで低く保つ方針
を表明している。FRB は、消費を刺激し、または投資
これまで、マクロファイナンシャルリスク(とりわ
を増加させるために長期金利を低く保っていると思わ
け金融システムの信用リスクとソブリン信用リスク)
れる。これは妥当な理由であろうが、長期金利を本来
を評価するための枠組みを論じ、連関の測定とモニタ
よりもかなり低く保つことによる意図せざる結果につ
リングの方法を示してきた。タイプの異なる主体間の
いては検討していない。意図せざる結果の一つは、年
連関度合いは時の経過とともに変化することがデータ
金基金の会計に関連している。現時点で清算すると
で示される。このため、システムの連関をモニターす
「水面下(積立不足)」にある米国公務員年金の積立
るにはこのダイナミックな変化を捉えるモデルが必要
額を公正市場価値で評価すると、不足金額は巨額(3
である。冒頭で、金融政策、財政政策および金融安定
兆ドル以上で米国の GDP の 20%に相当)である。こ
政策を個別に管理するのではなく、その統合が必要だ
の不足額の大半は、年金資産価値の下落によるもので
図 5:ギリシアとのソブリン、銀行、保険会社の連関(
ギリシアとのソブリン、銀行、保険会社の連関(2008 年 8 月)
出所:Billio et al.(2013 年予定)
13
も長期にわたる拠出不足によるものでもない。むしろ、
しているのではありません。しかし、正しい構造なく
長期金利が低下(長期金利が低下すると年金債務は増
シナリオテストを実施するにはかなり限界があります。
加)したためである。現在、30 年物米国インフレ連
質問に直接答えるならば、用いられるモデルは確実性
動国債(TIPS)の利回りはわずか 60~65bps ほどであ
のモデルだと思います。つまり非線形性に対処してい
り、つい最近までは 38~40bps であった。インフレに
ません。もし、私が間違っているなら大変喜ばしいこ
対して守られている年金収入を長期間にわたり生み出
とですが、私の知る限りではこれらのストレステスト
すには、何百万ドル必要になるかを考えてみてほしい。
は不確実性には基づいていません。単に誤差項を加え
年金に対する政府保証を覚えているであろうか。米
国では年金給付保証公社が企業年金の給付を保証して
いる。これはもう一つのバランスシートに載っていな
い政府保証である。ただし、公務員年金給付には同様
な保証者はいない。一部の公務員年金プランが破綻し
たならば、だれが支払いの小切手を切るのであろうか。
FRB が低金利政策を行うべきではないといっているの
ではない。そうした政策が意図せざる影響をもたらす
ことを理解すべきだといっているのである。こうした
影響はある一時点では二次的なものであろうが、いつ
までもそうではない。全てのフィードバックと非線形
性を考慮に入れるシステムが必要なのである。現状の
システムは大半が線形モデルであり、リスクの伝播に
ついてはほとんど何も教えてくれない。こうしたシス
テムの構築が可能なことに疑問を持ってはいない。こ
れは将来の研究の重要な成長分野だと信じている。
我々はこうしたシステムを研究し我々の理解を導くア
ナリストを、とりわけ米国およびその他のアングロ・
サクソン諸国以外で必要としている。
て確実性モデルであるモンテカルロ・シミュレーショ
ンを行うだけでは、これらのシミュレーションの経路
に沿って変化する不確実性の構造的な影響を説明する
ことはできません。これらの効果は一次のものです。
こうしたシミュレーションは、資産が下落したときに
エクスポージャーが極めて大きなものになるという事
実を考慮に入れていません。もし、エクスポージャー
が拡大するならば、それは維持できない取引を行って
いるようなものです。もし取引のリスクが過剰になれ
ば、取引の規模を縮小するか解消しなければなりませ
ん。理論的には、取引を維持できるならば、最後には
うまくいくかもしれません。しかし、どれだけの人々
が取引を維持できなかったために墓場行きになったこ
とでしょうか。私の共著者でありこのトピックの先駆
者であるデール・グレイの研究には世界中の中央銀行
と財務省から非常に大きな関心が寄せられています。
彼らは注意を払っていますが、現時点では彼らのスト
レステストが適切に不確実性を考慮しているとは思い
ません。
質 問 : ロ ン グ タ ー ム ・ キャ ピ タ ル ・ マ ネ ジ メ ン ト
質疑応答
質問:各国の中央銀行がストレステストを行うときに、
質問
貸し出しと担保の非線形な関係を考慮していますか。
(LTCM)の経験から何か学べることがありますか。
マートン:話すのに
2 時間かかるかもしれませんよ。
マートン
正直なところ、私はこうした質問に答える以外には、
今まで公式に LTCM について書いたり話したりした
マートン:私自身が中央銀行のためにストレステスト
マートン
を行っていないため、詳細は分かりませんが、多分考
慮していないと思います。中央銀行が 10 通りのスト
レステストを行ったとして、検討すべきいくつのシナ
リオが残るでしょうか。答えは無数です。無数から
ことはありません。第一に、新しいことは何もありま
せん。それが回答の最初の部分です。数多くの過ちが
なされ、そのいくつかは意図したものではありません
でした。だれもがポジションが大きすぎたことを理解
していました。すべての資金調達は基本的には期日物
10 を引いても無数なのです。ストレステストを批判
14
であり、オーバーナイトのものはありませんでした。
公共政策の観点からみて、起こったことで最も重要
これは健全なことでしたが、パニックを引き起こした
なのは何でしょうか。LTCM に資本が投入されました
一因でもありました。なぜなら取引の相手方が取引を
が、その規模が非常に大きいため既存株主を実質的に
解消できなかったためです。通常は、もしオーバーナ
一掃しました。このため支配権や金銭的な利害を持っ
イトの資金調達であれば、取引相手は資金を引き揚げ
ていた人は基本的にすべてを失いました。極めて厳し
て立ち去ることができます。LTCM がすべてを期日物
い罰です。しかし、LTCM を一体に保ったことで、リ
で資金調達していたという事実は、相手が資金を回収
スクは残され封じ込められました。LTCM が一体を
したいと思ってもそうできなかったことを意味します。
保っている限り、リスクはあまり大きくありません。
こういった小さなことが数多くありました。
恐れられたのは、LTCM がデフォルトしてすべてを清
大きなことでは、これはいまだに謎ですが、LTCM
問題の解決法です。爪を失っていなければ(爪を失わ
なければ、靴を失い、馬を失い、指導者を失い、戦闘
に敗れ、戦争に敗れることはなかったように)、恐ら
く違った結果となっていたかもしれません。ウォーレ
ン・バフェット(Warren Buffett)氏、AIG 社および
ゴ ー ル ド マ ン ・ サ ッ ク ス ( Goldman Sachs ) 社 が
LTCM に対し 40 億ドルで買収提案を行いました。も
し、それが完了していたなら、今日、だれも LTCM
について質問しようとしなかったでしょう。残念なが
ら取引が構成された法的な形式により、LTCM がそれ
を実行することは不可能でした。私たちは実行した
かったでしょうか。もちろんです。私たちは実行しよ
算することになれば、基本的にはネットベースで低く
抑えられていたリスクがグロスベースではるかに大き
なリスクになってしまうことでした。例えば、古典的
なオンザラン/オフザラン取引では残存 29 年債を買
い持ちし、30 年債を売り持ちしていました。2 つの取
引を合わせた場合、そのネットポジションの変動は通
常小さく、4bp 程度でした。この2つの債券それぞれ
の変動は 70bp にもなりますが、合わせた変動は 4bp
です。もし、デフォルトが起きれば、両者の取引相手
が同じ主体ではないために、誰もが担保を得ようとし
ます。だれもが望まない 70bp の変動にさらされる羽
目になるのです。それぞれを別の金融機関が保有する
ために、ある意味ではこれは 140bp の変動といえます。
うとしました。しかしバフェット氏はどこにいたで
LTCM は特殊ではありませんでした。多くの金融機
しょうか。彼はビル・ゲイツ氏とともにアラスカで船
関は比較的ヘッジされた状態にあります。資産と負債
に乗っていました。持っていたのは 1998 年当時の携
が厳密にマッチしているという意味ではありません。
帯電話であり、役に立ちませんでした。彼の弁護士は
それは金融機関のビジネスのやり方ではありません。
取引の構造を彼の許可なしに変えたでしょうか。40
しかし、金融機関の資産と負債を比較すると、両者は
億ドルの取引ではしないでしょう。だからこの取引は
近い性質を有します。だから、金融機関はそれほど高
行われませんでした。結局はコンソーシアムが 36 億
いレバレッジをとることができます。しかし、両者を
ドルで LTCM を手に入れました。これを救済だとい
別々に分けると、たとえ時価評価した担保などがあっ
う人もいますが、ウォーレン・バフェット氏が 40 億
ても、極めて異なったリスク特性になります。資本注
ドル出そうとしたのなら、私には 36 億ドルはコン
入により全ての金融取引とデリバティブ契約は保持さ
ソーシアムにとって悪い取引ではなかったように思え
れ、リスクは一体に保たれ管理可能となります。
ます。私がここで述べたことは公表されています。最
近のバフェット氏の伝記でも論じられています。隠さ
れた話ではありません。
私は、FRB は 1998 年に現実を理解していたと思い
ますし、それについて彼らを評価しています。もちろ
ん、私にとってはうれしい話ではありませんでした。
15
持っているものすべてがなくなるのを目の当たりにし、
それについてほとんど何もできないというのは楽しい
ものではありません。しかし、それが人生というもの
です。大事なのは、私は FRB がよい仕事をしたと
思っていることです。だれにも何の保証も、目くばせ
もありませんでした。FRB はお互いを好きでもなく信
頼していない一群の人々を一堂に集める調整をして、
注
1. 同様に家計は総資産として運営資産と住宅を保有し、住
宅ローンとその他のローンが債務となり、純資産がエク
イティになる。ただし、住宅は住宅ローンの主要な担保
資産である。
2. Merton (1974)を参照
「これに対処できるでしょう。もし、しなければ大混
3. Merton (1977) および Draghi, Giavazzi, and Merton (2004)を
参照
乱になります」と言い、そして、人々はそれを実行し
4. Gray および Malone (2008)を参照
たのです。
5. Gray, Merton, and Bodie (2006, 2007)を参照
もし教訓があるとするなら、それは実際には一つの
疑問です。リーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers)
社は LTCM とは異なり、1998 年と 2008 年が同じでは
ないことは分かります。しかし、今でもなぜ FRB が
リーマン・ブラザーズに同様なことをしなかったのか
分かりません。批判的な訳ではありません。たぶん
FRB はそうできなかったのでしょう。これが規律を導
入するやり方なのだと思います。意思決定者にすべて
を失わせるということです。私が抱いている疑問は、
その規律を守って大混乱を引き起こしたいのかです。
率直にいって、しかるべき敬意は払いますが、そし
6. 例外的な状況では、ソブリンが銀行に債務の購入を強制
するか自己のクレジット状況を改善するため銀行から価
値を取り出すほどに、ソブリンのクレジットが極めて悪
い状態にあるならば、CDS 価格が総リスクよりも高い
ELR を反映することがありうる。
7. この分析で用いられた公正価値スプレッドのデータ出所
は、Moody’s KMV CreditEdge による。
8. この概念についてさらに詳しくは、Gray and Malone
(2012)と Schweikhard and Tsesmelidakis (2012)を参照。
9.こうしたタイプの分析に関する更なる情報は、Billio,
Getmansky, Lo and Pelizzon (2012)を参照
10. 相互連関とフィードバックを検討するには他の多くの方
法がある。例えば、Gray, Gross, Paredes, and Sydow ( 2013
近刊) は 17 カ国の銀行、企業とソブリンクレジットリス
クの指標を用いたマクロ変数を含むグローバルな VAR
(多変量自己回帰)枠組みである。
てみなさんは同意しないでしょうが、私は大銀行の債
権者が、存在するすべてのリスクの監視について大し
た規律をもたらせるとは思っていません。これは銀行
参考文献
内部にいる人々が扱うべき難題です。これは単なる意
Billio, M., M. Getmansky, A. Lo, and L. Pelizzon. 2012.
“Econometric Measures of Connectedness and Systemic Risk in
the Finance and Insurance Sectors.” Journal of Financial
Economics, vol. 104, no. 3 (June):535–559.
見でしかありません。実際のところ、CEO や最高財
務責任者など、望むならば銀行内のあらゆることに原
則としてアクセスできる内部の人たちが、十分にリス
クを理解しているかどうかには疑問があります。私は
債権者による規律が良くないことだといっているので
はありません。この問題を取り扱うのにより実際的な
やり方は、本質的に株主と経営者(意思決定者)を一
掃することができるなら、それが罰であるべきだとい
うことです。これはまだ結論の出ていない論争ですが、
これが私が LTCM から得た教訓です。
佐志田
Billio, M., M. Getmansky, D. Gray, A. Lo, R.C. Merton, and L.
Pelizzon. Forthcoming 2013. “Sovereign, Bank, and Insurance
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17
(寄稿論説:
寄稿論説:抄訳)
FAJ 2013 年 5/6 月
「敗者のゲーム」を是正するために必要なこと
Fixing the “Loser’s Game”: What It Will Take
キース・アンバクシア
キース・アンバクシア
Keith Ambachtsheer
当論説を執筆するにあたり、チャールズ・エリス
(Charley Ellis)による 1975 年の FAJ 掲載論文「敗者
のゲーム」と 2012 年の FAJ 掲載論文「オリエント急
行殺人事件:アンダーパフォーマンスの謎」を比較し
た。長期にわたり同じメッセージを発し続ける同氏の
忍耐力は称賛されるとともに、資産運用業界が高額な
手数料を徴求するわりに大して価値を生み出していな
いとエリスが指摘した状況からあまり変わっていない
ことは驚きである。ジャック・ボーグル(Jack Bogle)
やバートン・マルキール(Burt Malkiel)もチャール
情報の非対称性が資産運用業界の問題であれば、そ
れを解消すれば済むが、買い手が売り手と同程度に金
融市場や証券の価値評価、発行者の経済性や動機に精
通することは可能だろうか。これは実質的に組織設計
の問題である。金融経済の必須知識を有すると同時に、
それを顧客の最善の利益のためだけに用いる法的義務
を負う資産運用会社を作りだすことはできるだろうか。
簡単に言えば、知識豊富で受託者責任を果たすことの
できる資産運用会社を作りだすことができるのだろう
か。
ズ・エリスに同調し、世界の資産運用業界を長年批判
してきているが、業界の体質に変化は見られない。今
後、資産運用業界が適正な手数料で相応の顧客価値を
創造することは可能なのか、が本稿の主題である。
可能か?
可能か?
この疑問に答えるに当たり、演繹的方法と帰納的方
法がともに有効である。演繹的方法では、ピーター・
ドラッカー(Peter Drucker)の効果的な組織設計の原
情報の非対称性
ジョージ・アカロフ(George Akerlof)が 2001 年に
ノーベル経済学賞を受賞した理由となった論文「レモ
ン市場:品質の不確実性と市場メカニズム」では、市
場競争により古典的な「価値を適正に評価した価格」
を形成するには売り手と買い手の間に情報の対称性が
必要であるとしている。アカロフはレモン市場の例と
して低品質の中古車市場を用いたが、これは資産運用
業界にも当てはまる。資産運用業界以上に情報の非対
称性が買い手と売り手の間に存在する市場はなかなか
思いつかない。
則を適用する。すなわち、明確な使命を持ち、プリン
シパルとエージェントの利益を適切に一致させ、適切
な規模を維持し、有効なガバナンスを整え、業務執行
が効果的に機能し、競争力のある報酬を支払う、とい
うものである。こうした特長を有する組織であれば、
相応の費用で顧客価値を生み出すことができるはずで
ある。帰納的方法では、世界で長期にわたり、適正価
格で適正価値を顧客に提供している資産運用会社を探
り出す。そのような組織が見つかれば、その特長はド
ラッカーの効果的な組織の原則に一致する好循環が見
られるであろう。ドラッカーは 1976 年に上梓した著
書「見えざる革命:来たるべき高齢化社会の衝撃」で
キース・アンバクシアは、トロント大学ロトマン
経営大学院ロトマン年金管理国際センター・ディ
レクターである。
効果的な組織の原則を年金に適用している。
この好循環仮説の統計的有意性を検定するためには
サンプル数が少ないため、仮説的推論を用いて検討す
18
る。実際、明示的にドラッカーの組織原則を基盤とす
ればならないことを認識している。このような環
る資産運用機関で、長期の運営期間と検証可能なパ
境下でのみ、情報を十分に取り込んだうえで、純
フォーマンスデータを有するのは一機関しかない。世
粋な適正価値に基づき自家運用か外部委託かの意
界的に尊敬を集めるオンタリオ州教職員年金基金は
思決定が可能となる。
1990 年の創設来、パッシブ政策ポートフォリオ対比
で上位 10%に入る年率 2.1%の報酬控除後超過リター
いかにして、こうした資産運用機関を増やすことが
できるだろうか。
ンを生み出しながら、資産負債のミスマッチを最小限
に留めてきた。年金給付管理の面でも上位 10%に入る
評価を得ている。
ドラッカー原則を基盤とする運用機関の増加
幸いなことに、この 22 年の間に、オンタリオ州教
職員年金基金の成功を受け、数多くの資産運用機関が、
ドラッカーの原則に従う
ドラッカーの原則に従う資産運用
従う資産運用機関
資産運用機関の
機関の異な
る行動
このような長期にわたる投資成果は稀である。それ
を説明するならば、資産運用機関がドラッカーの原則
に従って組織され、「敗者のゲーム」を行う資産運用
機関とは根本的に異なる行動を取っているということ
になろうか。他の運用機関とは異なる 5 要素は以下の
通りである。
果 た し て 、 カ ナ ダ で こ うし た 動 き が 広 が り 始 め 、
AIMCO(アルバータ州投資マネジメント)や BCIMC
(ブリティッシュ・コロンビア州投資マネジメント)、
CPPIB(カナダ年金制度投資委員会)、HOOPP(オン
タリオ州年金計画健康保険)、La Caisse(ケベック州
貯蓄投資公庫)、OMERS(オンタリオ州地方公務員年
金)、PSP 投資(ケベック州公的セクター年金投資委
もたらすことを組織の唯一の目的としている。そ
員会)等の資産運用機関が生まれ、発展した。こうし
のためには、当該機関が母体や出資者と一定の距
た資産運用機関が世界に与えた衝撃は大きく、英エコ
離を置くことで独立して行動し、非対称情報から
ノミスト誌 2012 年 3 月 3 日号は以下の内容の記事を
利益を得ようとする動機を排除すべく、非商業的
掲載している。
「彼らは、マンハッタンの不動産やチリの公益企業、
適正な規模:規模の経済を獲得できるだけの十分
国際空港、ロンドン・チャネルトンネル間高速鉄道網
な規模がなければならない。
な ど 世 界 中 の 資 産 を 保 有す る 。 ま た 、 過 去 最 大 の
優れたガバナンス:取締役会の人選は(1)ス
テークホルダーや受益者に奉仕する熱意と、(2)
複雑な金融機関を効果的に監視する技能、経験、
適性に基づいて慎重に行われなければならない。
カーの組織原則を運営基準とするようになってきた。
明確な使命:ステークホルダーや受益者に価値を
でなければならない。
カナダを始め世界各地で明示的にピーター・ドラッ
賢明な投資信念:絶え間なく変化する世界の投資
機会とそうした機会を効果的に捉える自己の能力
を理解している。
LBO 100 案件のうち、6 案件に参加している。彼らを
競合相手とみなすウオール街の投資銀行と追随したい
と考える機関投資家の双方から注目を集めている。」
ドラッカー・モデルはカナダ以外でも広がってきた。
オーストラリア政府が支援するクーパー・レビューの
最終報告書では、オーストラリアの強制退職年金制度
は費用がかかり過ぎ、より加入者の最善の利益を図る
ように運営を見直す必要性が指摘されている。資産運
競争力のある報酬:非商業的ではあるものの、競
争が激しく、高給な労働市場で「最も優秀で才能
のある」投資プロフェッショナルを引きつけなけ
用業界の効率性の向上、ガバナンス強化、費用低減と
いった報告書の提言は実施されつつある。それを先導
しているのは、オー ストラリアン・スーパー や Q
19
スーパー、サンスーパーといった非商業的年金基金で
である。この労働者の大集団は、年金制度の不備を補
ある。北欧諸国も年金運用機関をドラッカー・モデル
うため自ら年金計画を建てなければならず、特に年金
に合わせようとしている。オランダやデンマーク、ノ
資産運用において情報の非対称性から悪影響を受けや
ルウエーの機関が先頭を切っており、APG(オランダ
すい立場にある。
公的年金)、ATP(デンマーク労働者年金)、NBIM
(ノルウエー年金)、PGGM(オランダ健康保険)、
MN(オランダ技術者/小規模事業者年金)等がある。
スウェーデンとフィンランドでは国家緩衝基金と雇用
者年金基金をいかにしてドラッカー・モデルに沿った
形とするかを模索している。
英国において、この脆弱性は、ターナー年金委員会
が 2004 年から 2006 年の間に議会に提出した一連の報
告書で深刻な市場の失敗と認識されている。委員会は、
英国年金市場における需要側と供給側両方の失敗を指
摘した。需要側の失敗は、第 2 の柱の年金制度に加入
していない多くの労働者が適切に退職金貯蓄を行って
米国では、ドラッカー原則を基盤とする組織である
いないことである。供給側の失敗は、加入員の最善の
TIAA-CREF(全米教職員年金・保険基金)やコモン
利益のためだけに行動する低コストで専門的な年金運
ファンド、バンガードの歴史はそれぞれ 1952 年、
用管理会社が存在しないことである。これら二つの問
1969 年、1974 年までさかのぼる。最近の事例として
題解決に当たり、委員会の提言は、(1)第 2 の柱で
は Thrift Savings Plan(連邦公務員向け確定拠出型年金)
ある年金制度に加入していない国内の全労働者を適切
がある。州や地方の年金組織の中には、「オリエント
な制度に強制的に自動加入させる、(2)政府が主導
急行殺人事件」的組織構造を解体したか、またはその
して全労働者を自動加入させる適切な制度を作り上げ
過程にあるところもある。そうした組織は過去におい
る、というものである。
て、ガバナンスが機能せず、人員不足で、内部職員の
給与は低く、パフォーマンスが冴えない外部の運用会
社に高い報酬を支払ってきた。カルパース(カリフォ
ルニア州職員退職年金基金)はこの困難な変革を進め
る際立った先行事例である。
対象となる労働者
対象となる労働者の拡大
労働者の拡大
このドラッカー原則の適用増加における共通のテー
これらの提言が 2008 年の年金法により、国家雇用
貯蓄制度(NEST)の創設につながった。最適な自動
加入制度の設計と NEST の運営方法についての徹底し
た議論と研究を経て、当制度の運営がようやく始まっ
たのは最近である。現在でも、保証の役割、リスク
プール、年金化、会員向けコミュニケーション等の内
容についての研究開発が続けられている。組織的には、
マは母体組織である。非商業的という制約があるため、
NEST はドラッカー・モデルになじむものである。明
ドラッカーの原則を基盤とする年金機関は、これまで
確に非商業的な使命を有し、政府と一定の距離を保ち
主に大手の公的部門や産業/労働者組織により促進さ
つつ運営が行われ、一流の理事会と事情に明るい経営
れてきた。これらの機関の使命は、国民年金の第 1 の
陣を有している。さらに、NEST が年金制度に加入し
柱である“pay-go”(事前積立てが行われない)年金
ていない何百万人にも及ぶ英国労働者に対象を広げる
制度における予備ファンドの役割や第 2 の柱である被
につれ、規模の経済が働き、単位当り費用が低下して
用者年金における事前積立義務から派生している。合
いるのである。
算すると現在 5 兆ドルの規模となり、さらに拡大中で
ある。将来的に増加が見込まれるのが、第 2 の柱であ
る被用者年金への加入が任意となっている国(例えば、
米国、英国、カナダ)における民間中小企業の従業員
昨年、米国でも将来有望な進展が見られ、健康・教
育・労働・年金上院委員会議長トム・ハーキン(Tom
Harkin)上院議員が NEST に類似した取組みである米
国退職基金を提唱した。ハーキン上院議員は、米国の
20
民間部門労働者 130 百万人のうち半数以上が被用者年
し、重大な発見から、その「解釈」、そして広範な導
金制度に未加入であると指摘した。米国退職基金は、
入までの熟成期間には通常何十年もかかるのが現実で
認可制の積立制度で、有資格委員会が一定の距離を保
ある。世界的な年金革命とそれが資産運用業界の組織
ち監視し、現在雇用主が負っている受託者責任を継承
構造に与える影響が拡大している点につき期待が膨ら
するというものである。カナダでも年金制度未加入の
むのは、今や解釈段階から広範な導入段階へ移行して
民間部門労働者数百万人を加入対象とする NEST 型制
いることである。この移行が起きているのは、投資専
度の導入が検討されている。
門家が突然新たな「大義」に導かれたからではなく、
つまり、ピーター・ドラッカーの「見えざる革命」
発刊から 37 年が経過し、その年金革命がついに動き
出したのである。
敗者のゲームの是正
皮肉なことに、ピーター・ドラッカーが「敗者の
ゲーム」の問題を解決したのは、チャールズ・エリス
が 1975 年の FAJ 論文で最初に取り上げてからわずか
1 年後のことであった。さらに皮肉なことに、問題を
解決に結びつけるのに 30 年を要したのである。しか
情報の非対称性による市場の失敗という根本的な問題
がついに解決されつつあるからである。
投資専門家には、世界中で生まれているドラッ
カー・モデルを基盤とする強力な年金運用機関を、脅
威ではなく機会と捉えてもらいたい。こうした組織は、
あらゆる労働者が将来繁栄するための拠り所となる、
真に長期的な視点を持ち、富の創造につながる投資手
段を提唱、導入する最大の希望なのである。
森田 智弘、CFA
21
(抄訳)
FAJ 2013 年 7/8 月
アクティブ・シェアと投資信託のパフォーマンス
Active Share and Mutual Fund Performance
アンチ・ペタジスト
Antti Petajisto
当論文では、アクティブ・シェアとトラッキング・エラーを用いて、株式投資信託をアクティブ運用に関する
様々なカテゴリーに分類した。銘柄選択において最もアクティブであったファンド(ストックピッカー)は、報
酬控除後でベンチマークをアウトパフォームしたのに対して、隠れインデックスファンドはアンダーパフォーム
した。こうしたパターンは 2008 年-2009 年の金融危機時においても、また規模によるスタイル別に見ても当て
はまった。隠れインデックスファンドの運用規模は 2007 年以降の変動が大きいベアマーケットにおいて拡大し
た。個別銘柄のリターンのばらつきと、ストックピッカーのパフォーマンスの間には、プラスの相関関係が見ら
れた。
アクティブファンドに投資すべきかと問われれば、
アクティブ運用は、銘柄選択かファクタータイミン
一般的に答えはノーである。多くの研究結果によれば、
グ(戦術的アセット・アロケーション)のいずれかの
平均的なアクティブファンドのパフォーマンスは、報
方法でベンチマークから乖離させることで、付加価値
酬と費用控除後でインデックスファンドに劣後してい
を生み出すことができる。
るからである。しかし、アクティブファンドは、運用
アクティブ運用を測定する 1 つ目の指標であるアク
者によってアクティブ度合いもそのタイプも異なる。
ティブ・シェアは(1)式で定義される。 w fund ,i は
こうした違いは、アクティブ運用の分類を可能にする
ポートフォリオにおける株式 i のウェイト、 windex ,i は
とともに、パフォーマンスを見る上でも重要である。
それでは、どのようにアクティブ運用を測定すればよ
いか。当論文では、Cremers and Petajisto(2009)に準
ベンチマークにおける同株式のウェイトである。直感
的には、ファンドのポートフォリオのうちベンチマー
クと異なる部分であり、0%から 100%の値をとる。
拠して、銘柄選択を測定するアクティブ・シェアと、
システマティックリスクへのエクスポージャーを測定
するトラッキング・エラーの両方を用いてアクティブ
Active share =
1 N
∑ w fund ,i − windex ,i (1)
2 i =1
2 つ目の指標であるトラッキング・エラーは、(2)
運用を分類した。
式で定義される。 R fund はファンドのリターン、 Rindex
投資信託のアクティブ運用
投資信託のアクティブ運用を測定
運用を測定
はベンチマークのリターンである。直感的には、ベン
アクティブ運用
アクティブ運用のタイプ
運用のタイプ
チマークの動きで説明できないファンドリターンのボ
ラティリティである。
アンチ・ペタジストは、ブラックロック社(米カ
リフォルニア州サンフランシスコ)のバイス・プ
レジデント。
Tracking error = stdev (R fund − Rindex )
(2)
アクティブ・シェアとトラッキング・エラーは、ア
22
クティブ運用の異なる側面に焦点を当てたものである。
アクティブ・シェアが銘柄選択に関する代理指標であ
データと実証分析の方法
データとサンプル
る の に 対 し て 、 ト ラ ッ キン グ ・ エ ラ ー は シ ス テ マ
米国の株式ファンド(セクターファンド、純資産が
ティックなファクターリスクに関する代理指標である。
10 百万米ドルを下回るファンドを除く)を分析対象
アクティブ運用を包括的に捉えるには、両方の観点が
とし、分析期間は 1980 年-2009 年である。アクティ
必要である。
ブ・シェアを算出するために、ファンドとベンチマー
図 1 は、アクティブ運用に関する 2 つの観点から、
様々なタイプのアクティブ運用を示したものである。
銘柄選択と同時に分散投資を行うファンド(分散型銘
柄選択)は、アクティブ・シェアは高いが、トラッキ
ング・エラーは低い。一方で、ファクタータイミング
をとるファンド(ファクター投資)は、その逆のアプ
ローチである。集中投資を行うファンド(集中型銘柄
選択)は、銘柄選択とファクターへのベットを組み合
クの構成銘柄に関するデータが必要である。投資信託
の保有銘柄に関するデータは、トムソン・ロイターの
データベースから、ベンチマークに関するデータは各
インデックス・プロバイダーから入手した。各ファン
ドのリターンは CRSP ミューチュアル・ファンド・デ
ータベースから取得した。トラッキング・エラーは、
ファンドの保有銘柄の公表時点から過去 6 カ月の日次
リターンを用いて算出した。
わせた戦略をとるため、2 つの指標が共に高い。隠れ
ファンドのパフォーマンス結果
インデックスファンドは 2 つの指標が共に低い。
ファンドの分類
アクティブファンドを、まずアクティブ・シェアで
五分位し、次いで各分位の中をトラッキング・エラー
図 1. 異なるタイプのアクティブ
異なるタイプのアクティブ運用
アクティブ運用
アクティブ・シェア
高
分散型
銘柄選択
集中投資
低
隠れ
インデックス運用
ファクター
投資
純粋な
インデックス運用
低
高
トラッキング・エラー
出所:Cremers and Petajisto (2009).
23
で五分位した 5×5 のグリッドを基準に、隠れインデ
ッカーは、全ての費用を控除したネットリターンで見
ックス運用、穏やかなアクティブ運用、ファクター投
ても付加価値を創出できることが分かる。
資、集中投資、ストックピッカーの 5 つに分類した。
アクティブ・シェアが最も低い第 1 五分位のうち、ト
ラッキング・エラーが最も高い第 5 五分位を除く 4 つ
のグループを隠れインデックス運用に分類した。トラ
ッキング・エラーが最も高い第 5 五分位のうち、アク
ティブ・シェアが最も高い第 5 五分位を除く 4 つのグ
ファンドの規模とパフォーマンス
アクティブファンドの分類において、ファンド規模
とパフォーマンスとの関係は弱い。ストックピッカー
の中で規模が最も小さいファンドのリターンが最も高
かったが、いずれのファンド分類の中でも規模との明
確な関係は見られなかった。
ループをファクター投資に分類した。アクティブ・シ
ェアが最も高い第 5 五分位のうち、トラッキング・エ
ラーが最も高い第 5 五分位(当該グループを集中投資
に分類)を除く 4 つのグループをストックピッカーに
分類した。そして、残りのグループを穏やかなアクテ
ィブ運用に分類した。これら 5 つのグループを用いて、
ファンドのパフォーマンスを比較した。
パフォーマンスに影響を与えるその他の変数
アクティブ・シェアによるファンド分類以外に、フ
ァンドのパフォーマンスに影響を与える変数はあるか
分析した結果、トラッキング・エラーが高いほど、費
用が高いほど、老舗ファンドであるほど、パフォーマ
ンスが低い傾向が見られた。また、規模によらず、ア
クティブ・シェアが高いほどパフォーマンスが高い傾
全般的なパフォーマンス結果
向が見られた。
アクティブファンドのパフォーマンスはファンド分
類によってどう異なるか。全ての報酬と取引コストを
控除した「ネットリターン」と、開示された保有銘柄
から計算した仮想のリターンである「グロスリターン」
を検討した。グロスリターンは、パフォーマンスがベ
ンチマークを上回るポートフォリオ選択に関するスキ
ルを表すものであり、ネットリターンは、報酬と取引
コストを控除した後においてもこれらのスキルが有効
であるか、をみたものである。
銘柄選択に有利な投資環境を特定する:個別銘柄の
銘柄選択に有利な投資環境を特定する:個別銘柄のリ
個別銘柄のリ
ターンのばらつき
アクティブ運用の投資機会が時系列に変動するとし
たらどうであろうか。銘柄選択による投資機会が多く
見られる一方で、リターンに与えるマクロ要因の影響
が大きく、個別銘柄のミスプライシングを利用して付
加価値を提供することが難しい局面もある。マクロと
比較したミクロのニュースの重要性を表す指標が個別
銘柄のリターンのばらつきである。同指標が高まると、
表 5 は、アクティブファンドに関する 5 つのカテゴ
その後の銘柄選択効果が高まる傾向が見られた。
リーの均等加重リターン(年率)を示したものである。
ベンチマーク調整後グロスリターンを見ると、ストッ
クピッカーが 2.61%と最も高く、集中投資の 1.64%が
これに次いだ。ストックピッカーと隠れインデックス
運用の差は 2.17%であり、t 値は 3.31 と統計的に有意
であった。一方、ベンチマーク調整後ネットリターン
ベースでは、ストックピッカーのみが 1.26%とプラス
金融危機時におけるパフォーマンス
2008 年 1 月から 2009 年 12 月までの金融危機時に
おける、アクティブファンド分類ごとのパフォーマン
スを比較すると、ストックピッカーのベンチマーク調
整後リターンは報酬と取引コスト控除後で唯一プラス
となった。
の超過リターンとなった。高いアクティブ・シェアで
示唆される銘柄選択は有効に働いており、ストックピ
24
表 5. ファンドのパフォーマンス:
ファンドのパフォーマンス:1990
1990 年 1 月-2009
月-2009 年 12 月
(カッコ内は t 値)
グロスリターン
ベンチマーク
4ファクター・
グループ
ラベル
調整後
アルファ
5
ストックピッカー
2.61
2.10
(-3.42)
(-2.72)
4
集中投資
1.64
0.52
(-0.90)
(-0.40)
3
ファクター投資
0.06
–1.02
(-0.06)
(–1.47)
2
穏やかなアクティブ運用
0.82
0.2
(-1.63)
(-0.39)
1
隠れインデックス運用
0.44
0.13
(-1.67)
(-0.51)
全ファンド
0.96
0.31
(-1.70)
(-0.61)
5-1
差
2.17
1.96
(-3.31)
(-3.04)
ネットリターン
ベンチマーク
4ファクター・
調整後
アルファ
1.26
1.39
(-1.95)
(-2.10)
–0.25
–0.89
(–0.17)
(–0.72)
–1.28
–2.19
(–1.31)
(–3.01)
–0.52
–0.78
(–1.16)
(–1.81)
–0.91
–1.07
(–3.38)
(–4.46)
–0.41
–0.71
(–0.86)
(–1.59)
2.17
2.45
(-3.48)
(-4.00)
注:本表は、アクティブ運用に関する 5 つのタイプ別(表 3 で定義)にみた米国株式投資信託のパフォーマンス(年率、
均等加重)を示す。グロスリターンは、ファンドの保有銘柄のリターンであり、報酬や取引コストを控除していな
い。ネットリターンは、報酬や取引コストを控除したリターンである。数字は年率、パーセントで表示しており、続
く t 値はニューイ・ウエストの標準誤差である。インデックスファンド、セクターファンド、純資産が 10 百万米ド
ルを下回るファンドは除外した。
まとめ
平均的なアクティブファンドのパフォーマンスはベ
ンチマークに劣後するが、パフォーマンスは、アク
ティブ運用のタイプとアクティブ度合いに依存する。
分析の結果、銘柄選択において最もアクティブであっ
たファンド(ストックピッカー)は報酬と取引コスト
控除後でベンチマークを年率で 1.26%アウトパフォー
ムした。また、ファクタータイミングをとるファンド
(ファクター投資)のパフォーマンスは悪かった。隠
れインデックス運用は報酬分だけベンチマークを下
回った。この傾向は、金融危機時においても、時価規
模別に見ても同様であった。
これらの結果は、銘柄選択によって利益を得ること
が可能な非効率性が市場に存在することを意味する。
投資信託への投資を考える時には、ファンドのアク
ティブ運用を測る指標に注意を払う必要がある。最も
アクティブ・シェアが高いファンド(ストックピッ
カー)に投資するか、あるいは安価なインデックス
ファンドへの投資との組み合わせが良いであろう。一
方で、ファクタータイミングをとるファンド(ファク
ター投資)や、ファクタータイミングに加えて銘柄選
択も行うファンド(集中投資)のパフォーマンスはア
ンダーパフォームするため、トラッキング・エラーが
高いファンドへの投資は望ましくない。隠れインデッ
クス運用は、報酬控除後でベンチマークを下回るため、
特に避けた方が良いだろう。
注 : 隠 れ イ ン デ ッ ク ス 運用 : 事 例 お よ び ト レ ン ド
(Closet Indexing: Examples and Trends)は割愛した。
さらに、個別銘柄のリターンのばらつきが大きいとき
に銘柄選択効果が高いことが分かった。
斉藤 哲朗、CFA
25
(抄訳)
FAJ 2012 年 5/6 月
最低残存期間
最低残存期間ルール:債券の償還前売却による費用
残存期間ルール:債券の償還前売却による費用
Minimum Maturity Rules: The Cost of Selling Bonds before Their Time
ダリン・デコスタ、CFA
ダリン・デコスタ、CFA、フェイ・レン、
CFA、フェイ・レン、CFA
、フェイ・レン、CFA、グレゴリー・ノロンハ、
CFA、グレゴリー・ノロンハ、CFA
、グレゴリー・ノロンハ、CFA
Darrin DeCosta, CFA, Fei Leng, CFA, and Gregory Noronha, CFA
筆者は、伝統的な債券インデックス型ファンドのパフォーマンスが、最低残存期間ルールに従う指数を複製する
ことにより負の影響を受けることを示す。最低残存期間ルールにより指数から除外された銘柄は、除外前後の一
定期間にわたり比較対象となる類似債券をアンダーパフォームし、債券の入れ替えを行った ETF のリターンを年
率 3.5bp 押し下げる結果となる。筆者は、最低残存期間ルールを緩和することで、一般的な債券インデックス型
ETF のリターンを向上させる可能性があることを示す。
債券指数連動型の投資信託や ETF は、通常、アク
検証内容:当研究は、最低残存期間ルールにより、債
ティブファンドより低コストであることが投資の理由
券を指数から除外することによる価格低下が、債券イ
となっている。債券指数は、債券の信用格付け、最低
ンデックス型ファンドのパフォーマンスに影響を与え
発行残高(流動性)、最低残存期間、および指数のリ
ているかどうかを明らかにする。指数から除外される
バランス頻度などの組み入れ基準を定めている。ほと
債券と類似債券のリターンを比較することにより、指
んどの指数は、最低残存期間を設けているため、指数
数除外前後の一定期間に起きる債券の売却が当該債券
に連動するファンドや ETF は保有債券が償還日を迎
のアンダーパフォーマンスに直接関係していることを
える前に売却を迫られることとなる。
示す。我々は、最低残存期間ルールによる債券売却圧
債券指数の組み入れ基準は、投資ユニバースを特定
し低コストでパッシブ・ポートフォリオを構築できる
ように定められている。信用格付けに関する基準は正
力により、LQD は年間 3.5bp のアンダーパフォームと
なっていることを保守的に見積もった。
サンプルおよびデータ
当化されようが、債券インデックス型のファンドや
指 数 か ら 除 外 さ れ た 銘 柄 は 、 iShares iBoxx
ETF が、債券を満期まで保有すれば回避できるコスト
$ Investment Grade Corporate Bond Fund(ティッカー:
を払ってまでも最低残存期間ルールに従って債券をな
LQD)を用いて調べた。この ETF は、iShares iBoxx
ぜ売却せざるを得ないのかは理由が明確ではない。
$ Liquid Investment Grade Index をベンチマークとして
いる。この指数は他の多くの指数とは異なり、最低残
ダリン・デコスタ、 CFA はアクレ ティブ・ア
セット・マネジメント LLC(米イリノイ州ネイ
パービル)のマネジング・ディレクターである。
フェイ・レン、CFA はワシントン大学(米ワシン
トン州タコマ)のファイナンス・アシスタント・
プロフェッサー、グレゴリー・ノロンハ、CFA は
同大学ラッセル寄付講座教授である。
存期間を 1 年ではなく 3 年としているため、比較対象
として他の 3 年債を用いる。そして 2006 年 9 月から
2011 年 6 月までの各月末に当該 ETF が保有していた
固定利付債を分析対象とした。LQD の保有債券数は、
2009 年 10 月まではほぼ 100 銘柄で安定していたが、
その後は急速に増加し、2011 年 6 月には 600 銘柄を
超えた。サンプルの平均実効デュレーションと平均信
26
用スコア(AAA/Aaa 格を 1、CC/Ca 格を 20 として
推移(ほとんどの場合、統計的に有意)する。そして
各格付けをスコア化)は、2006 年から 2011 年にかけ
その後はマイナス幅が縮小していき、第 16 週を超え
て上昇した。これは LQD がその期間、より長期で低
ると統計的に有意ではなくなる。平均ではなく中央値
格付けの債券を増やしたことを表す。セクター配分は
で分析しても同様の傾向を示すが、中央値の方がより
徐々に変化しており、産業セクター は 45%から約
抑制された結果となった。これらの結果は、指数除外
65%まで増加し、金融セクターは 50%から 30%まで低
の影響が 2~3 週間経過しないと売却圧力として表面
下した。公益セクターは 1~5%で安定的であった。
化してこないことを示唆する。指数から除外する直
最低残存期間ルールによって債券を指数より除外す
ることは、毎月生じたわけではない。除外された債券
前・直後では、売却圧力はみられないようである。こ
の理由は図 1 に示される。
は、平均発行残高、平均信用スコア、およびセクター
図 1 は、LQD および iShares Barclays 1–3 Year Credit
配分に関して、LQD で保有する他の債券と特性が似
Bond Fund(CSJ)において、指数から除外される銘柄
ている。
の週平均保有額および保有比率の推移を示したもので
最低残存期間ルールによる売却圧力
最低残存期間ルールによる売却圧力
ある。図の通り、CSJ は除外銘柄の買い手となってい
指数からの除外が債券リターンに与える影響を調べ
るため、指数除外銘柄を特性の似た他の債券と比較し
た。比較対象の債券は、BulletShares USD Corporate
Bond Indices 等の中から、セクター(金融、産業、お
よび公益)、償還日(償還月の前後1カ月以内)、信
るため、除外時期(第-1 週~第 2 週)に売却圧力がみ
られないことの説明になる。ただし、LQD は CSJ よ
りも規模がはるかに大きいため、CSJ が購入を止めた
後(第 2 週頃)にも、LQD は売却を継続しているこ
とが分かる。
用スコア(格付けで 1 ノッチの差以内)、実効デュ
超過リターンが最低残存期間ルールにより生じる売
レーション(10%のずれを許容)、および平均日次取
却圧力によるものであることを示すため、除外銘柄を
引量を基に指数除外銘柄に類似する銘柄を特定した。
超過リターンで四分位に分けて分析する。第 1 四分位
指数除外銘柄と比較対象となる債券を特定した後、
指数からの除外日前後のトータル・リターンを算出し
た。この指数から除外された銘柄と比較対象の債券の
ペアについて、それぞれバイ・アンド・ホールドのリ
ターンをさまざまな期間で算出し、指数除外銘柄のリ
を超過リターンのマイナス幅が最も大きい銘柄群、第
4 四分位をマイナス幅が最も小さい銘柄群とする。そ
して、LQD による除外銘柄の保有が大きく減少し、
超過リターンのマイナス幅が最も大きい第-1 週から第
6 週について分析した。
ターンから比較対象銘柄のリターンを差し引くことに
表 4 は各四分位の銘柄群につき超過リターンとファ
より、バイ・アンド・ホールド・アブノーマル・リ
ンドにおける保有額および保有比率の変化をまとめた
ターン(超過リターン)を算出した。
ものである。A欄は LQD、B 欄は LQD と CSJ を併せ
iBoxx 指数から債券が除外された週を第 0 週とし、
さまざまな期間の超過リターンを算出した。その結果、
第 0 週前後の期間(第-1 週から第 2 週)における平均
た保有について記載している。これによると、第 1 四
分位は保有額・比率ともに分析期間で最も大きく減少
していることが示される。
超過リターンはマイナスだが、ゼロから大きく離れた
まとめると、最低残存期間ルールに従い指数から債
数値とはなっていない。計測期間の終わりを伸ばすに
券を除外することは、債券価格に数週間、マイナスの
従い超過リターンのマイナス幅は拡大し、第 3 週から
影響を与えている可能性がある。売却圧力により 1 カ
第 12 週までの期間において-25bp から-40bp の水準で
月間(第 1 週~第 4 週)で指数除外銘柄の比較対象銘
27
柄に対するアンダーパフォーマンスは平均 36bp で
レーション、取引量の代わりに対国債イールドスプ
あった。これは、LQD 投資家に年 3.5bp(指数連動型
レッド、取引量および信用スコアの代わりにイールド
ETF の年間費用 15bp の 4 分の 1、アクティブファン
スプレッドを使用する等の変更を行って分析したが、
ドの費用 44bp の約 8%)の損失を与える。これは年間
いずれの修正も結果に大きな影響を与えるものではな
平均 280 万米ドルの損失に相当する。現在の資産額
い。
240 億米ドルでは、損失額はもっと大きいものとなろ
う。
また、信用危機の影響、および LQD の資産規模急
拡大による影響を除くため、それぞれ 2008 年 9 月か
我々はまた、比較対象銘柄の選定プロセスに関して、
ら 2009 年 3 月までを除いた期間、および 2009 年半ば
頑健性テストを実施した。比較対象銘柄を選ぶ基準と
以降の期間のみで分析した場合も、結果に大きな影響
して、格付け(1 ノッチ差ではなく同格付けのみ)お
を与えなかった。最後に、当該指数で実際に用いられ
よび実効デュレーション(10%の差ではなく 5%まで)
ている 3 年の最低残存期間ルールではなく、4 年の最
の制約を強めた上で分析した。このことにより比較対
低残存期間ルールを想定して分析を行った場合、有意
象銘柄の数は大きく減少したが、結果は大きく変化し
な結果は得られなかった。
なかった。実効デュレーションの代わりに修正デュ
図 1. LQD および CSJ ファンドの指数除外銘柄の保有推移(2006
ファンドの指数除外銘柄の保有推移(2006 年 9 月~2011
月~2011 年 6 月)
A. ファンドによる債券保有額
(100 万米ドル)
合計保有額
LQD 保有額
CSJ 保有額
債券除外からの期間
B. ファンドによる債券保有比率
(%)
合計保有比率
LQD 保有比率
CSJ 保有比率
債券除外からの期間
28
表4: 超過リターンとファンドによる指数除外銘柄保有の変化(2006
超過リターンとファンドによる指数除外銘柄保有の変化(2006 年 6 月~2011
月~2011 年 6 月)
1
超過収益による四分位
2
3
4
A. LQD による指数除外銘柄の保有
保有額減少(100 万米ドル)
保有比率の減少(%)
39.0
3.05
30.2
2.02
24.2
1.7
28.3
2.4
18.8
1.29
15
1.09
19.2
1.52
B. LQD および CSJ による指数除外銘柄の保有
保有額減少(100 万米ドル)
保有比率の減少(%)
まとめ
9.5
0.86
ることを示した。債券の除外は、無視することのでき
我々は最低残存期間ルールにより LQD から除外さ
ないビッド・アスク・スプレッドを含む取引コストも
れた債券について分析を行った。これら債券の指数か
生じさせる。当研究の結果は、債券を満期まで持ち続
らの除外は、投資家に良い影響を与えていないことを
けるという単純な戦略を用いることにより、ファンド
示した。除外債券は債券価格下落圧力の影響(再構築
投資家のリターンが向上することを示唆している。
効果)により類似債券をアンダーパフォームし、保守
佐々木
龍、CFA
的に見積もって LQD に年間 3~4bp の損失を与えてい
29
(抄訳)
FAJ 2013 年 7/8 月
金融危機時の質への逃避および資産配分
Flight to Quality and Asset Allocation in a Financial Crisis
テリー・マーシュ、ポール・フライデラー
Terry Marsh and Paul Pfleiderer
著者らは、最近の金融危機を踏まえ、市場の混乱に応じたポートフォリオの適切な配分調整が需給の均衡によっ
て決まるものであり、社会全体の平均と比べた個々の投資家の特性に依存すると主張する。また、最近の危機と
同程度の市場下落を想定した単純なモデルを用いて、大半のポートフォリオで最適な戦術的調整に要する売買回
転率が 10%未満であることを示す。
2007 年~2009 年の金融危機以降、資産配分を決定
時の一般的な事実を捉える単純なモデルを使い、状況
する上での価値を含め、危機時における金融モデルの
の変化に応じて投資家間でどのような取引が行われる
有効性に対して時に辛辣な批判が浴びせられた。資産
かを検討した。我々の目的は、2008 年の危機で生じ
価格の暴落によるリターンのボラティリティの大幅な
た事象を正確に説明することではなく、2008 年に観
上昇、市場ファクターの相対的な重要性の高まりによ
察されたような重大な市場の混乱への戦術的な対応を
る資産クラス間および資産クラス内の相関の大幅な上
決める上で、需要と供給の基本法則を考慮することの
昇といった、危機時の一般的な基本事実に異を唱える
重要性を示すことである。
者はほとんどいないであろう。また、最近の調査結果
が示唆するように、資産価値が下がり、リスクに対す
る懸念が顕著となるにつれ、リスク許容度も低下した。
危機が顕在化するなかで、多額の損失を被り、極端な
市場状況に直面した投資家の大半にとり、ポートフォ
リオの保有資産をいかに戦術的に調整するべきかが最
大の課題であった。
危機時においては市場の信頼性が悪化し、先行きが
暗くなるため、恐らく最も自然な対応は特に株式から
「安全への逃避」である。当然ながら、投資家が安全
逃避するには、反対にリスク資産を増やす相手方が必
要である。危機時においては、経済の不確実性が高
まっていても、多くの投資家がリスク資産を保有しよ
うとするように、資産価格が調整されなければならな
我々は、この課題に取り組むため、リスクとリスク
い。実際、市場が均衡するには、「平均的な」投資家
回避志向が共に高まる状況で、需要と供給の単純な関
が、リスク資産を含めた投資可能な資産を、ほぼその
係がどのように機能するかを検討した。そこで、危機
市場構成割合で保有する必要がある。それは、市場状
テリー・マーシュは、カリフォルニア大学バーク
レイ校のファイナンス名誉教授で、サンフランシ
スコの Quantal International で CEO を務める。
ポール・フライデラーは、カリフォルニアのスタ
ンフォード大学でファイナンス教授を務め、
Quantal International の共同創業者。
況が変化した時に調整しようとする投資家がいないと
いう意味ではない。多くの投資家が調整を行う際、一
つの方向に調整しようとする投資家がいれば、同時に、
逆方向に調整しようとする投資家がいなければならな
いということである。
特定の投資家に最適な調整の方向と程度は、各投資
30
家の事情により異なる。最も重要な要素のひとつは、
対称性、見解の違い、主観的な期待などが考えられる
個々の投資家の平均的な投資家と比べたリスク許容度
が、いずれにしても需要と供給の法則が当てはまる。
である。我々の分析で用いた単純な例では、リスク許
そこで、すべての投資家のリスク許容度は同じである
容度が平均より低い投資家は、リスクが高まるとより
が、楽観的または悲観的な度合いが異なるケースを検
保守的にポートフォリオを調整しようとするが、リス
討した。具体的には、最も楽観的な 5%の投資家は、
ク許容度が平均より高い投資家は、むしろリスク・エ
株式のリターンが市場コンセンサスを 9%上回り、債
クスポージャーを引き上げつつ、期待リターンが比例
券のリターンが市場コンセンサスを 6%上回ると予想
して高くなるように調整しようとする。言い換えると、
する一方、最も悲観的な投資家は逆の予想をすると仮
危機時には、リスク資産の価格が十分に低下して、リ
定した。この期待リターンの違いを想定した場合の売
スク許容度の高い投資家がリスクを増やす動機づけと
買回転率は、リスク許容度の違いを想定したモデルの
なるリスク・リターンのトレードオフが生じ、リス
売買回転率を遥かに上回った。
ク・エクスポージャーを削減しようとする投資家の
ニーズに応えるのである。
我々の簡単なモデルでは、危機が生じると資産のボ
また、一部の投資家が「目標ウェイト」に単純にリ
バランスする現実的なケースを検討した。この場合、
最も価格が低下した資産を買い、価格が上昇した資産
ラティリティと相関がともに大幅に上昇すると仮定し
または低下幅が平均を下回った資産を売ることになる。
た。また、投資家のリスク許容度は全般に低下すると
言い換えると、目標ウェイト方針を採用する投資家は、
仮定した。ベースケースにおいて、こうした変化への
自動的に逆張り戦略に従うため、危機時においてベー
投資家の対応は、当該投資家のリスク許容度と投資家
スケースよりリスク資産に対する需要が高まる。結果
全体の平均リスク許容度との関係が鍵となる。
として、均衡リスク・プレミアムの上昇幅はベース
分析結果:
分析結果:株式と債券のリスク・プレミアムは、想
定した危機状況でともに上昇した。すべての資産クラ
スのボラティリティが劇的に上昇し、資産クラス間の
相関も高まっており、とりわけ株式と債券の相関は危
機前のマイナスから危機時にはプラスに転じた。想定
したリスク・シナリオでは、株式のリスク・プレミア
ムが 25%~35%上昇し、債券のリスク・プレミアムは
全体で 7%上昇した。しかし、リスク・プレミアムの
これだけ大幅な上昇にもかかわらず、大半の投資家に
適切なリバランスの程度は、予想されるほど大きくな
かった。経済全体の売買回転率は、ベースケースで約
5%に過ぎなかった。当然ながら、レバレッジに制約
があるか、リスク許容度に変化がないと仮定すると、
売買回転率はさらに低くなった。
ベースケースでは、投資家の期待リターンを均一と
仮定した。もちろん、危機時において投資家の期待は
急速に乖離することがある。その原因として情報の非
ケースより小さくなるが、売買回転率は上昇する。最
後に、投資家のリスク選好のばらつきが大きくなる場
合の影響を検討した。具体的には、リスク許容度の異
なる投資家層が保有する資産割合を同一と仮定した。
この場合、リスク資産の期待リターンとシャープレシ
オは、ベースケースよりも高い。リスク回避志向の強
い投資家の増加による安全資産ポートフォリオへの需
要増加は、リスク許容度の高い投資家の増加によるリ
スク資産への需要増加によって必ずしも相殺されない。
このケースでは、危機への戦術的対応による売買回転
率は、ベースケースより高く、それはリスク許容度の
ばらつきが大きくなれば、リスクの最適な分配のため
に売買を増やす必要があるという事実を背景とする。
金融危機時の資産配分:ベースケース
分析を簡略化するため、米国株式、米国以外の先進
国株式、新興国株式、債券、キャッシュ(短期米国債
や他の実質的に無リスクの金融商品を含む)の 5 資産
31
のみによる例を検討する。危機前の市場状況として各
ミアムの上昇は、ボラティリティの上昇、リスク許容
資産のリスク(標準偏差)、相関、均衡期待リターン
度の低下、相関の上昇による分散効果の低下が原因で
を仮定し、市場全体の配分をキャッシュ 10%、債券
ある。表 5(省略)では、相関の上昇による効果とボ
30%、各株式をそれぞれ 20%前後とする(表1-省
ラティリティの上昇による効果を比較している。
略)。また、投資家をリスク許容度(平均 0.5)の異
なる 7 つのタイプに分け、資産の保有分布をリスク許
容度が 0.5 の投資家層に 30%、0.4 と 0.6 の投資家層に
20%、0.3 と 0.7 の投資家層に 10%、0.2 と 0.8 の投資
家層に 5%とする。各投資家層はリスク許容度に応じ
て最適な(一定のリスクに対して期待リターンが最大
となる効率的フロンティア上の)資産配分を行う。例
えば、リスク許容度 0.5 の投資家層は株式に約 61%、
債券に 39%の配分となる。各投資家層の各資産への配
分に各投資家層が保有する資産の経済全体に占める割
合を乗じて合計すると、市場全体に占める各資産の割
合と一致する(表 2-省略)。
次に、危機の状況として株式と債券がそれぞれ 40%
と 10%下落し、無リスク資産が 5%上昇すると仮定す
る。さらに、各投資家層のリスク許容度が一律 0.1 低
下すると仮定する。この場合、資産構成が変化し、債
券は 30%から約 37%に増加し、米国株式は 20%から
16.33%に減少する。また、リスク許容度が低い投資家
層ほど全体に占める資産割合が増加し、リスク許容度
が高い投資家層ほど資産割合が減少する(表 3-省
略)。結果として、資産加重平均のリスク許容度は
0.5 から 0.4 ではなく 0.386 に低下する。
表 4(省略)は危機後の市場状況を示す。各資産ク
次に、これらのリスクとリターンに関する新しい仮
定に基づき、投資家がどのように配分を調整するか検
討する。表6(省略)の A 欄は各投資家層の最適な
資産配分を示す。B 欄は各投資家層が保有する各資産
の経済全体に占める割合を示す。この表から観察され
る重要な点として、市場状況やリスク・プレミアムの
際立つ変化にもかかわらず、配分変更に伴う総取引高
は限定的であり、すべての投資家による売買回転率は
4.95%に過ぎない。その要因の多くはリスク許容度の
高い投資家層がレバレッジ(借り入れ)を高めたこと
で あ り 、 そ の た め リ ス ク許 容 度 の 低 い 投 資 家 層 が
キャッシュの保有を高めることが可能となった。また、
リスク許容度の最も高い投資家層は債券の配分を大幅
に引き上げている。
金融危機時の資産配分:代替危機シナリオ
次にベースケースの仮定を変化させて、危機時の資
産配分と戦術的対応に関する重要な問題をさらに考察
する。まず、空売りができない、特に借り入れにより
レバレッジをかけることができないと仮定する。表8
(省略)は、危機前および危機後の最適資産配分を示
している。戦術的対応はより限定的となり、売買回転
率はベースケースの 4.95%から 3.23%に低下している。
この場合、表9(省略)の列 A に示すように、危機
ラスのボラティリティ(標準偏差)は、不確実性が高
後のリスク・プレミアムはベースケースを小幅上回る。
まる結果として著しく上昇し、資産クラス間の相関も
それはリスク許容度の低い投資家がリスクを高めとす
上昇すると仮定する。危機においても需要と供給の法
るポジションをとらなければならないからである。
則は当てはまるため、リスク資産の価格は低下し、新
シャープレシオもやや上昇する。
たな均衡期待リターンは、投資家が全体としてすべて
の資産を保有したいと考える水準まで上昇しなければ
ならない。その結果、株式のリスク・プレミアムは危
機前を 30%~35%上回り、債券のリスク・プレミアム
2つ目の変化(ケース B)では、各投資家層が資産
を均等に保有していると仮定する。この場合、リスク
資産の期待リターンとシャープレシオはベースケース
を上回り、戦術的対応による売買回転率も上昇する。
は約 7.5%上昇する。このように劇的なリスク・プレ
3つ目の変化(ケース C)では、投資家のリスク許
32
容度が低下しないと仮定する。この場合、危機後にリ
行う適切な戦術的資産配分は、当該投資家の投資家全
スク資産のリスク・プレミアムおよびシャープレシオ
体の平均と比べた相対的なリスク許容度に依存する。
はベースケースほど上昇しない。この結果は、危機に
平均以上にリスク許容度の高い投資家は一般的にリス
よるリスク・プレミアムの変化がリスク許容度の低下
ク資産の保有を増やし、リスク許容度の相対的に低い
度合いに依存することを示唆している。また、戦術的
投資家はリスク資産の保有を削減する。
対応による売買回転率はベースケースを下回っている。
4つ目の変化(ケース D)では、各投資家層のなか
大半の投資家に適切な戦術的対応は、実際にはそれ
ほど大幅ではないことが、分析結果から導きだされる。
で 25%の投資家が危機前の目標ウェイトにポート
それはリスク許容度が極度に高いか低い投資家の割合
フォリオをリバランスする戦略を採用すると仮定する。
が大きくない場合に顕著である。投資家の期待リター
この逆張りのケースにおいて、リスク・プレミアムは
ンに差がないと仮定したベースケースでは、80%の投
ベースケースほど上昇しない。
資家に適切な配分調整による売買回転率は 4%を下
これまでのケースでは、リスク許容度の違いが売買
の動機づけになるとみなしているが、危機時に観察さ
れる多くの売買は将来のリターンに関する投資家の予
想によって説明される。その影響を分析するため、
ケース E では、投資家層のリスク許容度をすべて 0.5
として危機時にも変わらないものとした。また、危機
前の期待リターンは同一だが、危機時に最も楽観的な
投資家層(全体の 5%)は株式と債券のリターンが市
回った。投資家層により期待リターンが異なると仮定
した場合、または目標配分割合に合わせて自動的にリ
バランスする投資家がいると仮定した場合、売買回転
率は上昇する。また、リスク許容度の異なる投資家層
が資産を均等に保有していると仮定した場合も、売買
回転率は上昇する。一方で、レバレッジに制約がある
場合やリスク許容度が変化しない場合、売買回転率は
ベースケースを下回る。
場コンセンサスをそれぞれ 9%と 6%上回り、最も悲
リスク資産の配分変更に関する我々の分析は、流動
観的な投資家層は逆の予想をする(-9%と-6%)と仮
性の低い資産や流動性が全くない資産、その他オルタ
定する。この場合、売買回転率は他のケースを大きく
ナティブ資産にも適用可能であり、そこでも需要と供
上回る。リスク・プレミアムとシャープレシオは、リ
給の法則が当てはまる。
スク許容度が変化しないと仮定するケース C に極め
て近い。
まとめ
投資家が市場状況の変化に応じて行おうとするいか
なるポートフォリオの戦術的調整も、需要と供給の法
則が支配する市場で行われる。危機時において、価格
これまで市場の均衡(需要と供給の法則)が働くと
とリスク・プレミアムは、大まかに言えば平均的な投
の前提の下で、リスク許容度の異なる投資家層が危機
資家が売買を望まないように調整されなければならな
に対応して行う資産配分の変更を分析してきた。資産
い。特定の投資家が行いたいと考える売買は、平均と
価値が下がり、投資の不確実性が高まり、分散による
比べた投資家のリスク選好や他の特性に依存する。
リスク軽減効果が低下した場合、リスク資産から安全
我々が示してきたように、戦術的調整は市場状況の著
資産への逃避は自然な傾向である。しかし、安全逃避
しい変化においても、もっぱら価格とリスク・プレミ
するにはリスク資産を買い入れる取引相手が必要であ
アムの変化を通じて行われるため、その程度は比較的
る。リスク資産の価格は、需要を供給と一致させるだ
穏やかなものにとどまる。
け十分に下がり、リスク・プレミアムは大幅に上昇し
獅々見
和秀、CFA
なければならない。投資家がそうした変化に対応して
33
(抄訳)
FAJ 2013 年 5/6 月
ファクターによる資産配分か資産クラスによる資産配分か
FactorFactor-Based Asset Allocation vs. AssetAsset-Class Based Asset Allocation
トーマス・イゾレック、CFA
トーマス・イゾレック、CFA、マシージュ・コワラ、
CFA、マシージュ・コワラ、CFA
、マシージュ・コワラ、CFA
Thomas M. Idzorek, CFA and Maciej Kowara, CFA
当論文は、リスク・ファクターによる資産配分と資産クラスによる資産配分のいずれが優れているかという問題
を取り上げる。著者らは、厳密な数理処理が可能な理想化されたモデルを用い、異なる期間にわたる過去データ
で最適化を行い、一方のアプローチが本質的に他方より優れるものではないことを示す。著者らは、ポートフォ
リオ運用におけるリスク・モデルの役割を認識しつつ、一方を優位とする不当な主張に警鐘を鳴らしている。
マーコヴィッツ(Markowitz)が 1952 年に現代ポー
かを吟味する。そして、いずれのアプローチも本質的
トフォリオ理論を提唱してから 60 年余りにわたり、
に優位ではないことを数理的に証明し、より現実的な
資産配分を決める最適化の対象となる主な要素は圧倒
状況における実証例を提示する。
的に資産クラスであった。近年では新たに対象となり
うる要素としてリスク・ファクターが浮上してきた。
最近の論調は、リスク・ファクターによる資産配分が
資産クラスによる資産配分より本質的に優れているこ
とを示唆している。公平に比較するならば、いずれか
が優れているということはない。優位な情報がないな
か、単に証券を別の要素に再構成するだけで高いリス
ク調整後リターンは創出されない。戦略的資産配分の
枠組みでは、人為的な制約がなく、豊富できめ細かい
最後に、ここで提示する情報を、「リスク」という
言葉を含む他の人気の高い題材であるリスク・パリ
ティと混同してはならない。概念的に、リスク・パリ
ティは、リスク単位当たりリターンを最大化する伝統
的なアプローチとは異なり、最大の分散効果(定義次
第だが)を達成することに焦点を当てたアプローチで
ある。リスク・パリティを信奉する場合でも、リス
ク・ファクターと資産クラスのいずれかに基づく投資
機会にリスク・パリティを適用することになる。
投資機会の存在に加えて、資本市場の長期予測を行う
優れた能力が、優れたリターンをもたらす。戦術的資
産配分の枠組みでは、資本市場の短期予測を行う優れ
た能力が、目標水準を上回るリターンをもたらす。当
論文では、リスク・ファクターによる資産配分と資産
クラスによる資産配分のいずれが本質的に優れている
リスク・ファクターの歴史的考察
まず、アセット・アロケーションの簡単な歴史、リ
スク・ファクターによるアプローチの必要性、それが
資産クラスによる資産配分より本質的に優れているこ
とを示唆する最近の研究を概観する。
ハリー・マーコヴィッツが 1950 年代に提唱した現
ト ー マ ス ・ イ ゾ レ ッ ク 、 CFA は シ カ ゴ の
代ポートフォリオ理論の中核である平均分散法による
Morningstar Investment Management にて社長兼
最適化の手法が、1970 年代から 1990 年代にわたり実
グローバル CIO を務める。マシージュ・コワラ、
務家に広く受け入れられるなか、投資プロセスは 2 段
CFA はシカゴの Transamerica Asset Management
階にわかれて発展した。第 1 段階は、資産クラスによ
にてポートフォリオ・マネジャー兼リサーチ・ディ
る最適化であり、資産配分(またはベータ)の意思決
レクターを務める。
定と呼ばれることが多い。当該資産クラスの本質的で
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スキルを問わないリターン・プレミアムの主たる源泉
ファクター・リスク・モデルがマルチ資産クラス・
は、ベータすなわち市場リスクである。第 2 段階は、
ポートフォリオの構築に用いられるようになった。問
個別資産クラス内で銘柄選択に特化したマネジャーの
題は、リスク・ファクターによる資産配分が本質的に
採用で、プロダクトまたはアルファの意思決定と呼ば
優位とする主張は良くても誇張であり、最悪の場合に
れる。
は投資家を混乱させることである。ロング・オンリー
平均分散法による最適化では各資産の期待リターン
と標準偏差、他のすべての資産との相関を推定しなけ
ればならない。数千もの個別銘柄を最適化するために
すべての相関を推定するのは不可能であることから、
の投資制約を緩和して投資機会を拡大することには同
意するが、論者の多くは同じ基準で比較をしておらず、
リスク・ファクターによる資産配分の優位性について
確たる証拠や納得しうる議論を提示していない。
構造的なマルチファクター・リスク・モデルが開発さ
また、リスク・ファクターによる資産配分をすべて
れ、個別銘柄のリターンを説明する妥当な数の共通
の投資家が実行することはできない。資産クラスを適
ファクターを特定する試みがなされた。
格に定義すれば、すべての証券がいずれかの資産クラ
Sharpe-Lintner-Mossin-Treynor の資本資産価格モデル
(CAPM)では、「市場」が代表的なリスク・ファク
ターであり、大半のリスク・ファクター・モデルの根
幹となっている。Stephen A. Ross(1976)は、裁定価
格理論(APT)を用いて、複数のリスク・ファクター
が資産クラスのリターンに寄与することを初めて正式
に論じた。Fama and French(1992)は、市場リスク・
ファクターでは説明できない規模とバリュエーション
のファクターを特定することで、市場ファクターを補
完した。Jagadeesh and Titman(1993)および Carhart
スに分類され、資産クラス間に重複はない。そのため
すべての投資家が同じポートフォリオを保有すること
も可能である。一方、リスク・ファクターでは、個別
証券が複数のリスク・ファクターを備えていることは
よくある。ファクターによる資産配分ではロング・
ショートのポジションを伴う(小型株ショート、大型
株ロングなど)ため、すべての投資家が同じポート
フォリオを保有することは不可能である。全投資家が
同時に大型株をショートすることはできないのである。
なお、当論文において「リスク・ファクター」とは、
(1997)はモメンタムを一般的に認められるファク
実質的に資産クラスのロング・ショート・ポジション
ターに加えた。これらが市場とアノマリーを説明しよ
を意味する。
うとしたのに対し、Grinold and Kahn(2000)はファ
クターによるポートフォリオ構築に焦点を当てた。
理想化された世界における同一性の証明
ファクターと資産の数が同じで、資産クラスのリ
次いで Fung and Hsieh(2004)はヘッジファンドの
ターンがリスク・ファクターによって完全に決まり、
パフォーマンスを説明するため 7 ファクター・モデル
リスク・ファクターが資産クラスのリターンによって
を提唱し、Jensen, Yechiely and Rotenberg(2005)は、
完全に決まる理想化された世界において、数理的証明
純粋にパッシブのアルゴリズム戦略を用いて一部の
はたやすい。そうした世界では、資産クラスとリス
ヘッジファンド戦略が模倣できることを示した。
ク・ファクターそれぞれの領域で「制約のない」平均
ファクターの発展過程で、マルチファクター・リス
ク・モデルはもっぱらポートフォリオ構築に応用され
たが、この 20 年間においてはポートフォリオ・マネ
ジャーのモニタリングとパフォーマンス要因分析に用
いられてきた。さらに直近の 10 年間では、マルチ
分散法による最適化の解が同一であることの証明は容
易である。実務的には、大半の最適化がロング・オン
リーという制約を課しており、それは資産クラスによ
る投資機会とリスク・ファクターによる投資機会に異
なる意味合いを持つ。多くのリスク・ファクターはレ
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バレッジを伴う(例えば、規模ファクターは小型株ロ
場とキャッシュとの差)および規模とバリュエーショ
ングと大型株ショートの組み合わせ)ため、同じ「ロ
ンのプレミアム(それぞれ小型株と大型株の差、バ
ング・オンリー」の制約を課した最適化でも、リス
リュー株とグロース株の差)を含める。債券について
ク・ファクターによる最適化は資産クラスによる最適
は、期間(デュレーション)スプレッド(20 年超の
化より制約が少ない。
米国債とキャッシュの差)、モーゲージ・スプレッド
資産クラス(a)とリスク・ファクター(f)それぞ
れについて実現リターン、期待リターン、分散行列を、
とし、ファクターのリターン
, , Σ , , , Σ
から資産クラスのリターンへの転換行列を L とする
と、リターンは、 = L , = と表され、分散
行列は、Σ = LΣ , Σ = Σ (
) と表される。
制約のない平均分散法による最大化問題の解は、最適
(モーゲージ担保証券と中期米国債の差)、クレジッ
ト・スプレッド(クレジット指数と米国債指数の差)
を含める。リスク・ファクターはロングとショートで
構成され資金を必要としないため、各ファクターの保
有は当該ファクター自身とキャッシュ 100%を組み合
わせたものと捉える。
Table 1(省略)は、1979 年 1 月から 2011 年 12 月ま
割合 w とリスク回避係数 θ を用いて、w = Σ と
での月次データを基に算出したトータル・リターンと
なる。一方の最適配分を求めれば、他方の最適配分は、
超過リターンの平均および標準偏差を示し、Table 2
w = (
) w , w = w で計算できる。ここから、
(省略)は相関を示している。リスク・ファクターに
資産クラスとリスク・ファクターそれぞれによる最適
よる資産配分の優位性を主張する根拠とされているよ
ポートフォリオのリターンとリスクが同一となること
うに、リスク・ファクター間の相関の平均(0.06)は、
は、容易に説明できる。資産クラスのリターンとリス
資産クラス間の相関の平均(0.38)を著しく下回って
ク・ファクターのリターンが 1 対 1 で対応するならば、
いる。この差は直観的に納得できる。資産クラスはす
一方に含まれる情報が他方よりも少なく非効率である
べて「市場」ポートフォリオを構成するため、市場全
と予想する理由はない。実際に、資産クラスとリス
体のベータを含む一方、市場リスク・ファクター以外
ク・ファクターのリターンは、ともに個別証券のリ
のリスク・ファクターには、この共通した市場エクス
ターンから来ているのであり、個別証券は資産クラス
ポージャーがないからである。
とリスク・ファクターの両方に再構築できるのである。
リターンに違いが生じるとすれば、投資機会が異なっ
ているか、本質的に異なる制約が課せられているから
であって、リスク・ファクターによる資産配分が本質
的に優れているからではない。
厄介な現実世界
次に、長期データが容易に入手可能な米国市場を例
にとり、ほぼ同じ個別証券ユニバースを含む 2 つの投
資機会を比較する(Exhibit 1 – 省略)。資産クラスの
投資機会では、米国株式を規模とバリュエーションで
区分し、債券には米国債、モーゲージ担保証券、投資
適格社債を含める。リスク・ファクターの投資機会で
は、株式については、株式プレミアム(広範な株式市
Figure 1 は、資産クラスおよびリスク・ファクター
の配分割合をマイナスにできないという制約のもとで、
過去データに基づく平均分散法による最適化から得ら
れる 2 つの効率的フロンティアを示している。ここで
は資産クラスによる効率的フロンティアがリスク・
ファクターによる効率的フロンティアを上回っている。
しかし、より短い期間で最適化を行うと、資産クラ
スによる資産配分の方が効率的となる時もあれば、リ
スク・ファクターによる資産配分の方が効率的となる
時もある。たとえば直近(2002 年 1 月―2011 年 12 月)
のデータを用いると、Figure 2 に示されるように、低
いリスク水準では資産クラスによる資産配分の方が効
率的であるが、リスクが高くなるとリスク・ファク
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ターによる資産配分の方が効率的となる。
Figure 1. ロング・オンリーの制約:資産クラスおよ
びリスク・ファクターによる効率的フロン
ティア、1979
年 1 月-2011
年 12 月
ティア、
月-
まとめ
我々は、リスク・ファクターのリターンが資産クラ
スのリターンにより完全に説明され、逆も成り立つ理
想化された世界において、一方のアプローチが他方よ
り本質的に優れているものではないことを、数理的に
証明した。次に、過去データに基づき現実世界におけ
る一連の最適化を行い、一定の期間においては一方が
他方より優位となる場合はあるが、それも比較の問題
やファクター構成上の特殊性によることを示した。と
りわけ、リスク・ファクターが優れていると見えても、
単にリスク・ファクターがロング・オンリーという制
約を外した資産クラスの組み合わせであるという事実
の結果であるに過ぎない場合もある。同じ基準で比較
するならば、効率性の利点がないことは当然である。
リスク・ファクターを資産クラスで近似できるならば、
リスク・ファクターを近似するために用いられた資産
Figure 2. ロング・オンリーの制約:資産クラスおよ
びリスク・ファクターによる効率的フロン
ティア、2002
年 1 月-2011
年 12 月
ティア、
月-
クラスに含まれるすべての情報より有益な情報が、そ
の近似されたリスク・ファクターに含まれることはな
いであろう。
リスク・ファクターによる資産配分には実用面で 2
つの問題がある。第 1 に、リスク・ファクター間で個
別証券の重複があるため、すべての投資家が同じポー
トフォリオを保有することはできない。したがって、
リスク・ファクターによる資産配分は一貫したモデル
ではなくひとつの戦略として位置づけられる。すべて
の投資家が実行することはできない戦略でも、一部の
投資家には実行可能であり、その結果として一定の時
期に効率性が相対的に高いこともあれば低いこともあ
る。第 2 に、リスク・ファクターによる資産配分の採
用を妨げる最大の障害は、大半の機関投資家がリス
ク・ファクターに内在するレバレッジを伴う極端なポ
ジションを単に敬遠しがちであることである。
このように、過去データであれ、将来の予想であれ、
いずれのアプローチが優れているかを実証的に確認す
る必要があり、一方が単純に優れているということは
最後に、リスク・ファクターによる資産配分に問題
はないが、資産クラスによる資産配分より優れた資産
配分を自動的にもたらす万能薬ではない。
ないのである。
獅々見
和秀、CFA
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【ブックレビュー】
The Art of Value Investing: How the World’s Best Investors Beat the Market
「バリュー投資のアート:世界で最高の投資家がいかに市場に打ち勝つか」(仮題)
ジョン・ハインズ、ホイットニー・ティルソン (John Heins and Whitney Tilson)
本書は数多くの著名なバリュー投資家の発言を集め
フェット氏に習う投資家は経営の質にこだわっている
たいわば名言集である。価値ある見識を提供する本書
が、経営の質が劣っていても、安全性の魅力や再生の
は、駆け出しの投資家に限らず経験豊富な投資家にも
可能性、経営改善または経営陣交替の可能性を捉える
示唆を与える。各章はテーマ別に構成されている。
バリュー投資家も多い。
本書のなかで最も興味深く啓発的なテーマは、投資
「不完全市場仮説 (Deficient Market Hypothesis)」
スタイルに関するものである。多くの投資家は、ユー
と題した章で論じられる効率的市場は、繰り返し取り
ジン=ファーマの 3 ファクター・モデルで定型化され
上げられるテーマである。このなかで、市場は常に非
た「バリュー」と「グロース」で投資家を排他的に分
効率であり、人の不可避の行動が原因でミスプライス
類すべきではないと指摘している。なぜなら、グロー
となる個別銘柄への投資機会があると指摘されている。
スはバリューの重要な構成要素だからである。同様に、
GARP 投資スタイルを自動的にグロース・スタイルに
分類すべきではない。一方、モメンタムにはバリュー
の特性がなく明確に異なるファクターである。
ドットコム・バブルを振り返れば、それはバリュー
を伴わないグロースの上に築かれた。バリュー投資家
は、グロースを重視せず、「安全性」を求めることに
より、バブル時代を極めてうまく乗り切った。しかし、
平常時には大半のバリュー投資家がグロースを求める。
スタイルの進化が本書を通じたテーマである。
ウォーレン・バフェット氏のスタイルが資産の増加と
チャールズ・マンガ―氏とのパートナーシップにより
進化したことが典型例である。バフェットの投資対象
は、経営の質を問わないディープバリューの小型株か
「雑音を排除する(Cutting through the Noise)」
と題した章では、投資プロセスとリサーチが主なテー
マである。この章だけで全体の 20%を占めており、
投資プロセスや投資の原則、短期志向の排除、マクロ
対ミクロ、ビジネスの重視、カタリスト、過ちを犯す
要因、警告などが論じられる。
「能力のサークル(Circle of Competence)」と題
した章では、自身のスキルを理解すること、強みを生
かすこと、スキルを生かすべき企業やセクター、規模
を知るべきことが明快に論じられる。
本書はバリュー投資に関して極めて広範なテーマを
取り上げており、分散と集中、リスクとモデル、行動
学的投資、学習と適応、ロングとショートにも言及し
ている。
ら、良質な経営陣と堅固な営業基盤を有する大型株へ
と進化した。現在、ディープバリュー株はほとんど見
ブルース・グランティエ (Bruce Grantier, CFA)
られないが、ベンジャミン・グレアムの原則を反映し
CFA Institute ブログ(2014 年 1 月 3 日)より。
た価値を有するとみなされる銘柄はまだ存在する。
http://blogs.cfainstitute.org/investor/2014/01/03/b
経営の質はスタイルに関連するテーマである。バ
ook-reviews-the-art-of-value-investing/
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編集委員・翻訳者
斉藤 哲朗、CFA
佐々木
龍、CFA
佐志田
晶夫、CFA
獅々見
和秀、CFA
森田 智弘、CFA
編集後記
2013 年にグローバル株式市場は 2 年連続で二桁の
上昇を記録した。新興国株式が軟調となるなか先進国
株式が相場上昇を牽引し、なかでも日本株は大幅な円
安を背景に 50%以上の値上がりとなった。一方、債
券市場は振るわず、ソブリン債務問題が緩和した欧州
周辺国を除き、先進国と新興国の多くで金利が上昇し
た。各国の金融政策が資本市場に与えた影響は大きい。
日本では、アベノミクスが市場心理を好転させ、日銀
FAJ 論文翻訳に関する注意事項
の量的・質的金融緩和は円安を招いた。米国では、量
的緩和縮小に対する思惑が市場を変動させたが、12
当ジャーナルに掲載する Financial Analyst Journal (FAJ)
論文は、CFA 協会の許可を得て日本 CFA 協会が全部
月半ばに FRB が緩和縮小を決定すると、市場はむし
ろ景気回復と雇用改善を裏付けるものと好感した。
または一部を翻訳したものであり、著作権は CFA 協
会が有しています。日本語訳および英語原本で内容の
相違が生じている場合は、英語原本の内容を優先しま
す。
2014 年の見通しはどうか。CFA 協会では毎年、投
資プロフェッショナルである協会メンバーを対象に経
済・市場に関する見通しを調査する「グローバル・
マーケット・センチメント・サーベイ(GMSS)*」
を実施している。昨年の調査結果によると、回答者の
63%が 2014 年に世界経済の拡大を予想しており、前
年の 40%から上昇した。また回答者の 71%は株式が
最も高いリターンをあげると予想している。一方、世
界の資本市場に対するリスクとして経済状態の悪化、
不安定な政治状況、金融システムの混乱が上位に挙げ
られ、また回答者の 53%がバブルの発生を懸念して
いる。
当ジャーナルは広く投資運用に関わる知見を紹介す
ることに主眼を置いており、市場見通しを提示するも
のではないが、市場のセンチメントを測る材料のひと
つとして GMSS の活用をお勧めする。
*www.cfainstitute.org/gmss
獅々見
和秀、CFA
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一般社団法人 日本 CFA 協会
100-0004 東京都千代田区大手町 1-9-7
大手町フィナンシャルシティサウスタワー5 階
Tel: 03-3517-5471
Email: [email protected]
URL: www.cfasociety.org/japan
Twitter: @cfajapan