VDT 作業における健康管理 城内 博 日本大学大学院理工学研究科 医療・福祉工学専攻 作業場において、今や VDT(Visual Display Terminals:画面付情報端末装置)作 業は避けて通ることができない必要不可欠なものになっている。さらに我が国は情報 技術(IT)社会に向けて邁進しており、今後さらにさまざまな VDT 作業が導入され ることが予想される。VDT 作業をいかに快適なものにしていくかは労働衛生上の大 きな課題の一つである。 パソコンを導入した現在の事務作業は、導入前の作業とは大きく異なっている。以 前の事務作業では文書作成を自筆で行ない、電卓で計算し、書類を片付け、電話を取 り、打ち合わせのために別の部屋に移動する等、さまざまな行動が含まれていた。現 在の事務作業では、文書作成、計算、書類整理、連絡、打ち合わせなどほとんど全て が一台のパソコンで行えるようになり、座位でパソコンを相手に一日中過ごしてしま うこともめずらしくない。さらに、パソコンを使用する場合の姿勢は特徴的で、頭の 位置と手の位置が極端に制限される。このようなパソコンをはじめとした VDT 作業 の特徴は「拘束性」ということで言いあらわされており、適切な管理が行われない場 合、健康障害に結びつくことがある。 平成 14 年 4 月に「VDT 作業における労働衛生管理のためのガイドライン」 (以下、 ガイドラインと呼ぶ)が厚生労働省から発表された。これは昭和 60 年 12 月に策定さ れた「VDT 作業のための労働衛生上の指針」 (以下、旧指針と呼ぶ)の改訂版である。 ここでは、VDT 作業の現状から旧指針がガイドラインに改訂されるに至った経緯 と、ガイドラインを理解し活用する上で参考になると思われる事項について解説する。 本文と共に是非「VDT 作業における労働衛生管理のためのガイドライン」およびそ の「解説」を同時にご覧いただきたい。 A 旧指針の改訂理由 旧指針の改訂理由は、以下のようにガイドラインの冒頭で述べられている。 『近年、マイクロエレクトロニクスや情報処理を中心とした技術革新により、IT (情報技術)化が急速に進められており、VDT(Visual Display Terminals)が広 く職場に導入されてきたことに伴い、職場環境、労働形態等についても大きく変化 する状況にある。 昭和 60 年 12 月に「VDT 作業のための労働衛生上の指針」が策定された後、最 近における VDT 作業の状況として、①VDT 作業従事者の増大、②ノート型パソコ ンの普及、③マウス等入力機器の多様化、④多様なソフトウェアの普及、⑤大型デ 1 ィスプレイ等の増加、⑥インターネットの普及、⑦携帯情報端末等の普及 等があ げられ、職場における VDT 作業は大きく変化するとともに、現状の VDT 作業にお ける問題点も指摘されているところである。』 これら①~⑦の背景はそれぞれ以下のようなものである。 【VDT 作業従事者の増大】 1985 年当時パソコンの国内出荷台数は年間約 200 万台で、これらを使用する労 働者も限られていた。しかし現在の出荷台数は約 1,000 万台であり、事務管理部門 などでは労働者 1 人に一台のパソコンは普通の状況になっている。また、画像診断 装置、注文入力端末、情報検索装置などさまざまな機種が開発され、さまざまな職 種の労働者が、さまざまな使い方をしており、労働衛生管理も広くこれらに対応す る必要が生じた。 【ノート型パソコンの普及】 2000 年のパソコンの国内出荷台数は約 1300 万台であったが、この年初めてノー ト型パソコンがパソコン出荷台数全体の過半数を占めた。以後ノート型パソコンは 出荷台数の半数以上を占めその割合が増加している。1985 年に出された旧指針は CRT(ブラウン管)のデスクトップ型パソコンを想定したものであったために、近 年普及が著しいノート型パソコンに対しては適応が困難になった。例えばデスクト ップ型パソコンでは、表示画面とキーボードは分離している、CRT 画面の見易さが 視線角度に依存しない、キーボードにはテンキーがついている、キーボードの適当 な厚さ/適当なキー間隔などが知られている、など多くの事項が人間工学的な観点 から考慮され機器設計に取り入れられており、同時に作業者が無理のない姿勢がと れるように什器(机や椅子)の諸条件が決定されていった。一方、ノート型パソコ ンでは表示画面とキーボードは一体である、液晶画面の見易さが視線角度に依存す る、キーボードにはテンキーがついていない、表示画面が下方に位置する、などデ スクトップ型パソコンで人間工学的観点から基本的に重要と考えられていた点が ほとんど無視されることになった。さらに省スペースということでノート型パソコ ンは高さが固定された一般事務机の上で使用されることが多く、これらの問題に対 する対策も必要になった。 【マウス等入力機器の多様化】 デスクトップ型パソコンではキーボードとマウスが一般的であったが、近年の VDT 作業ではこれらの他に、パッド型、スティック型、ボール型のポインターや ペンシルタイプの入力装置、タッチパネル、音声入力など様々な入力機器が開発さ 2 れ多様化が進んだ。しかしこれらは必ずしも使用者の立場にたって開発されたもの ではなく、人間工学的な問題が内在しており、その使用にあたって注意が必要な場 合が生じてきた。 【多様なソフトウェアの普及】 コンピュータの著しい性能の向上とあいまって、様々なソフトウェアが開発され てきた。しかし必ずしも使いやすいものばかりではなく、作業者に著しい負担を強 いるものや説明が不十分なものも少なからず見受けられ、使用者のみならず開発者 にも注意を促す必要が生じた。 【大型ディスプレイ等の増加】 使用者のニーズと技術の進歩により大型ディスプレイが普及した。しかしその使 用環境は従来の 15 インチ程度の CRT デスクトップ型パソコンを想定した作業面積 のままであり、作業者にそのしわ寄せがゆき無理な姿勢での作業が見られるように なった。具体的には、奥行きの不十分な机の上に大型ディスプレイを斜めに置いて 作業者が身体をねじり作業をしている、机上にキーボードを置くスペースがなくひ ざの上でキー操作をしているなどがあげられる。また、大型画面に大量の情報を小 さな文字で表示し視覚系に大きな負担を与えている場合も多々見受けられる。 【インターネットの普及】 コンピュータの技術革新により、文書作成、計算、書類整理、などを一台のパソ コンで行えるようになったが、近年は所内 LAN やインターネットの普及により情 報検索や打ち合わせ、会議までも机上のパソコンで対応できるようになり、作業者 がよりいっそうパソコンに縛られる状況になった。さらに所内 LAN などにより仕 事がネットワーク化され、協調性やスピードが要求されてきており、精神的な拘束 を感じる労働者も増加していると思われる。 【携帯情報端末等の普及】 i モード、超小型パソコン、レストランでの注文の入力、コンビニでの在庫管理 など携帯情報端末の利用は急激に増加している。これらは様々な労働形態の中で使 用されているが、使用の実態や健康影響等に関する調査などは進んでおらず、今後 の課題である。ガイドラインでは注意を喚起するにとどまっている。 B ガイドラインの特徴 作業時間および作業の種類により労働者の訴えにも差があることが知られている 3 が、VDT 作業のなかで最も身体的な負荷が大きいものは、データや文章などをひた すら入力する作業(単純入力型)とコールセンター等において受注や予約の業務を行 っている作業(拘束型)である。特にこのような作業では、一日の作業時間が1~2 時間を越えると何らかの訴えを持つ VDT 作業者数が増加し、一日の作業時間が 4~5 時間をこえると中枢神経系の疲れを訴える作業者が増大し、また筋骨格系の疲労が蓄 積するという調査結果がある。 ガイドラインでは VDT 作業をその形態や拘束性を勘案して6つの種類(単純入力 型、拘束型、対話型、技術型、監視型、その他の型)に分類(写真1)し、これら作 業の種類とその作業時間の組み合わせで、作業の「拘束性―負荷の大きさ」を指標に A、B、C の作業区分を設定している(表1VDT 作業の作業区分)。つまり単純入力 型と拘束型を「拘束性が強い」作業、対話型、技術型、監視型そしてその他の型を「拘 束性が比較的弱い」作業として、さらにこれらの作業時間を考慮して、最も負荷が大 きい作業(A)、次に負荷が大きい作業(B)、比較的負荷が小さい作業(C)とした。 写真1 表1 作業の種類 作業区分 作業区分 作業の種類 A 単純入力型、拘束型 単純入力型、拘束型 B C 作業時間 対話型、技術型、 監視型、その他の型 単純入力型、拘束型 4 1日4時間以上 1日2時間以上 4時間未満 1日4時間以上 1日2時間未満 対話型、技術型、 監視型、その他の型 1日4時間未満 また、この VDT ガイドラインでは、「この基準をより適正に運用するためには、労 働衛生マネジメントシステムに関する指針(平成 11 年労働省告示第 53 号)に基づき、 事業者が労働者の協力の下に一連の過程を定めて継続的に行う自主的な安全衛生活 動の一環として取り組むことが効果的である。」としており、自主的な運用が強調さ れている。すなわちこれはガイドラインを各作業の性質・特殊性や作業者の習慣等に 合わせたかたちで活用することであり、従来のような一律の労働衛生管理からの脱却 を意味するものである。 ガイドラインで示されていることは一般的な原則であり、多種多様になってきた VDT 作業の個々の問題に全て対応できるようにはなっていない。また、このガイド ラインは現状での VDT 機器とその使用形態を想定して作成したものであり、今後、 想像もしていないような使用方法が登場しガイドラインでは対応できなくなるであ ろう事も忘れてはならない。 以下、実際 VDT 作業で見られる健康影響(愁訴)とその対策について述べる。 C VDT 作業による健康影響とその対策 【VDT 作業者の疲労】 VDT 作業は「拘束的な姿勢」であると言われる。これは画面を注視するために眼 の位置が固定されることに加え、キーボードやマウス操作のために手の位置も極端に 限定されることによる。VDT 作業の管理が適切に行われない場合、健康障害に結び つくことがある。VDT 作業による健康影響は、主として眼に関する訴え、筋骨格系 に関する訴え、不定愁訴(メンタルストレス等による)となって現れる。 VDT 作業者のほうが非 VDT 作業者に比べて、眼の疲労や頸や肩のこりに関する愁 訴率が高く、その割合は作業時間の増大と共に大きくなる傾向が多くの調査でみとめ られている。一般の VDT 作業者での頸肩腕部に関する訴えは約 10%で、VDT 作業 者ではこれが 4 倍になるという海外の報告もある。 1998 年に労働省が、約 12,000 事業所およびこれらに雇用されている事務管理等部 門の労働者から抽出した約 12,000 人を対象に行った「技術革新と労働に関する実態 調査」によると、仕事でコンピュータ機器を使用する労働者の 77.6%が何らかの身体 的疲労・自覚症状を感じていると答えている。部位別に見ると、これら作業者の約 9 割が「目の疲れ・痛み」、約 7 割が「首、肩のこり・痛み」、そして約 2 割ずつが「腰の 疲れ・痛み」、 「背中の疲れ・痛み」、 「頭痛」を訴えている。また、精神的な疲労やスト レスを感じている労働者は 36.3%であった。 5 【眼に関する愁訴と対策】 VDT 作業者の健康に関する調査で最も多い自覚症状は眼に関するものである。眼 が疲れる、眼が乾く、物がかすんで見える、眼が痛い、眼が充血する、物が見え難い、 眼がチクチクする、涙が出る、眼の前がちらちらする、眼に圧迫感がある、瞼がヒク ヒクする、などが比較的多い自覚症状の項目である。これらを大きく分類すると、眼 疲労に関するもの、角・結膜に関するもの、涙に関するもの、視力に関するもの、と なる。 VDT 作業による眼への影響は、表示画面を注視しなければならないことによって 起きるが、不適切な照明や視野内の大きな輝度差などがさらに疲労を大きくすること がある。視野内に輝度が著しく大きなもの(グレア)があると、それが映りこむ網膜の 一部が光に対する感度を低下させるように順応し、やがてそれが網膜全体に広がる。 一方、ものをよく見るためには、像は黄斑部に結像する必要があるが、この順応は十 分な光量の下でのみ最高の分解能を持つこの黄斑部の感度をも低下させる。すなわち グレアがあると網膜の感度は落ち、見え難い状況が生じ疲労につながる。表示画面上 にグレアがある、視野内に大きく輝度が違う場所がある、表示画面と書類やキーボー ドなどの輝度が大きく異なるような場合に同様のことが起こり得る。また、輝度が大 きく違うものを交互に見なければならない場合には、網膜の順応に加えて瞳孔の適応 時間も問題となり、疲労につながることがある。これらへの対策として、パソコンの 向きをかえる、ブランドを下ろすなどして、視野内の輝度をほぼ同じレベル(最大で も1:10 程度)にすることがあげられる。また、天井の照明や窓が表示画面に映る などして、コントラストが低下すると画面上の情報が見え難くなり必要以上に眼が緊 張することになり、疲労につながる。反射し難い天井照明器具を用いる、ブランドを 下ろすなどの対策が必要となる。 我が国の職場では上司が窓を背にし、部下は上司(つまり窓)のほうを向いて座る配 置をよく見かける。このような場合、上司の表示画面は窓からのグレアや強い光線で コントラストが低下し非常に見難いものとなり、また部下は窓からの強い光のために 視野内の輝度差が大きく異なり、やはり最悪の VDT 作業環境になる事が多い。前述 したような適切な対策が望まれる。 VDT 作業では注視により瞬目回数がリラックス時の約4分の1に減少することが 知られており、さらに表示画面を見上げる、エアコンからの風が直接眼にあたる等、 眼球表面が乾燥しやすい条件により眼乾燥症(ドライアイ)を引き起こす可能性があ る。瞬目回数が減少すると涙が眼球表面に均一に分布することができなくなる。また、 見上げる角度が大きいと眼球露出面積が大きくなり水分が蒸発しやすくなる。表示画 面は 10 度くらい下方視になるように配置する。 6 【筋骨格系に関する愁訴と対策】 VDT 作業による筋骨格系に関する愁訴としては、首・肩のこり、背中の痛み、腰 痛、腕の痛み、手指の痛み、手指のしびれ、手の脱力感などがある。 VDT 作業によるこれら筋肉の疲労すなわちこりや痛みは、姿勢の拘束性つまり頸、 肩、腰背部などの持続的静的筋活動と手指の繰り返し反復動作(打鍵)が主な原因で おこる。VDT 作業そのものが筋肉の疲労を起こすのではなく、姿勢およびその持続 時間と打鍵数が問題となる。 これまでの調査研究から、①頸のこりや痛みは頭の前傾が大きくなると増加し、② 打鍵の際に腕や手首をのせる支持台が無いと肩のこりや痛みは増加し、また③手の側 屈(尺側変位)が大きいと腕の疲れや痛みが増加することがわかっている。このよう な筋肉のこりや痛みが生じる場合には、静的筋活動が最大筋力の 10~30%にも達し ている可能性がある。快適に作業するための対策として、頸の前傾が大きくならない よう(30 度以下)に表示画面を適当な高さで使用する、腕や手首をキー操作がしや すい高さに合わせられるような支持台(椅子の肘掛、机上のアームレストなど)を用 いる、キーボードを手首の側屈が大きくならないような位置で使う、などがあげられ る。また背もたれを使うことで、腰背部の筋緊張を減少させることが出来、腰背部痛 の予防が期待できる。 我が国で 1970 年代に大きな社会問題となったキーパンチャーの頸肩腕症候群にお ける調査研究では、打鍵数が 1 日に 4 万回を越えると右手第 IV 指の障害が作業者の 3 割に及んだという報告がある。打鍵が早い作業者では 1 時間に 1 万回~1 万 5 千回 タッチが可能である。現在のパソコンでは打鍵に必要な力は数グラムであり、当時の 物とは比べ物にならないほど軽くなっているが、一日の打鍵数の限界を考える上では 4 万回という数値は参考になる。 どのような作業においても、作業者の身体的負担のみならず作業効率からも、その 作業姿勢は重要なポイントである。特に VDT 作業は長時間座位であることが多く、 したがって静的な筋力負荷および血液循環不全が問題となり、これらに対する対策が 主となる。重要なポイントは、姿勢を取る際の自由度を大きくすることと同じ姿勢を 取りつづけないことである。 できるだけ疲労の少ない作業姿勢を可能にするためには、各作業者の体型や好みに あわせて什器(机や椅子)や VDT 機器(表示画面、キーボード、マウス、パソコン 本体など)が調整できることが理想であるが、実際には机の高さは固定されていたり、 パソコンはノートパソコンであったりで、限られた自由度の中でよりよい姿勢をとる ことを余儀なくされる事が多い。近年のパソコンの急速な普及、小型化、インターネ ットの利用、省スペースなどがあいまって、パソコンを一般の事務机の上で使用する ようになってきており、従来普及していた高さ可変のパソコン用机に比べ、よりいっ 7 そう姿勢が拘束的になる可能性がある。 作業スペースが狭いと書類やキーボードも適当な位置におくことが出来ず、姿勢も 窮屈になり筋肉のみならず眼の疲労につながることがある。また、パソコン2台を交 互に使用するときは、体幹をねじらなくても済むような配置にするか、回転椅子を適 切に使用しそれぞれのパソコンに正対するようにする。(写真2) 写真2 作業スペースの確保 【改善前】 【改善後】 狭い空間で 2 台のパソコンを使用している。 体幹を捻転しており、さらにコーヒーカップが あるため右腕が窮屈になっている。また、デス クトップ型のパソコン用キーボードは膝の上に 置かれている。このような姿勢で長時間作業を 続けると筋骨格系に影響が出やすい。 【ノートパソコンの作業姿勢について】 ノート型パソコンは携帯に便利であり、省エネの面からは環境にやさしいパソコン と位置付けられるが、一方で、表示画面とキーボードが一体である、液晶表示画面の 見易さが角度に依存する、キーボードの厚さや傾きさらにポインティングディバイス がパソコンごとに異なるなど人間工学的にデスクトップ型パソコンとは大きく異な る特徴がある。生体に対する負荷もデスクトップ型パソコンとは異なる。ノート型パ ソコンをデスクトップ型パソコンで推奨された姿勢(図1)で使用している作業者は 稀有である。これはノート型パソコンでは表示画面がキーボードと一体になっており 下方に位置するために、このような姿勢をとると頸部や体幹の屈曲がより大きくなる ためと思われる。ノート型パソコン使用者の訴えはデスクトップ型パソコン使用者の それとは異なり、ノート型パソコン使用者のほうがデスクトップ型パソコン使用者に 比べ有意に眼と肩の疲労の訴えが高いという報告がある。ノート型パソコンでは画面 が下方に位置するために、使用者の頭部は前傾し、体幹は前屈する傾向があり、特に 頸部直筋群の負荷が大きくなる可能性がある。ノート型パソコン使用者が前腕を机上 に置くのは、これにより肩(僧帽筋)や腰背部の筋緊張を低くするためと思われる。 8 図1 デスクトップ型パソコンとノート型パソコンの姿勢の違い デスクトップ型パソコン ノート型パソコン ノート型パソコンは狭いスペースでも利用できるメリットがあるが、十分な作業空 間がなければ身体への負荷がさらに大きくなる。ノート型パソコンの省スペースは、 これを使用する際の省スペースではなく、未使用時の片付けておく際の省スペースと 考えるべきである。また、液晶画面はよく見える範囲が視線と画面のなす角度に大き く依存しており、さらに人は画面角度に顔を正対させる傾向もあるため、ノート型パ ソコンの画面角度設定は、視覚負担を軽減し、無理な姿勢に由来する筋骨格系への負 担を軽減する点からも、重要である。ノート型パソコンは高さが固定された一般事務 机の上で使用する場合が多い。ノート型パソコンを使用する場合には、机上を整理し、 椅子の高さ、表示画面角度のそれぞれを各自の体格、好み等に合わせ、最も楽な姿勢 で作業ができるような環境を作る必要がある。例えば、机上の奥に書類、辞書の類を 並べてパソコン作業のための空間が狭くなっていると、表示画面角度が急峻になり、 作業者に無理な姿勢を強いることになる。パソコン作業に必要な作業空間として1 m2 を目標にしたい。(写真 3) 9 写真3 ノートパソコンの使用例 【改善前】 【改善後】 机の置くに書類などがあるとパソコンの作業 スペースが狭くなり表示画面をより鉛直に使 用するようになり、これが姿勢にも影響する。 また、足元が狭く窮屈である。 ノートパソコンの表示画面角度を自由に設定 するスペースが必要である。 【改善前】 【改善後】 小さなパソコンは表示画面やキーボードが 小さく長時間の作業には向かない。 長時間作業には大きなディスプレイやキー ボードの使用も考慮する。 ノート型パソコン作業に対し推奨できる姿勢を示すことは難しい。これは現在のノ ート型パソコン使用においては、ノート型パソコンのもつ人間工学的な問題(表示画 面とキーボードが一体、表示画面の見易さの角度依存性、キーボードの厚さ等)や什 器の問題などがあり、これへの対応が個々の作業者によって大きく異なるからである。 無理のない姿勢を確保するには、作業者が見やすい表示画面角度で視距離を十分に取 り、キー操作がしやすい位置にノート型パソコンを設置できるように机上にスペース 10 を確保し、椅子の高さを合わせる、ということが基本になろう。 【精神神経系への影響―不定愁訴】 VDT 作業者に精神的な疲れを訴えるものが多い(36.3%)ことは先に述べたとお りである。自覚症状としては、不眠、眠りが浅い、頭痛、無気力、虚脱感、全身疲労 感、焦燥感、などがある。 精神的な疲労(メンタルストレス)は、身体の疲労に加えて、作業の単調さ、責任 の大きさ、人間関係の難しさなどが複雑に絡み合って生じる場合が多く、客観的な評 価が難しい。メンタルストレスの原因は作業者個々の違いが大きいため、その精神的 疲労の軽減を図る方法にも多様性が求められる。一般的な、作業負荷を軽減する方法 としては、①上司が時間管理に責任を持つ、②作業にローテーションを導入する、③ 作業の間に小休止をとる、などがあげられる。 コンピュータの技術革新により、文書作成、計算、書類整理、などを一台のパソコ ンで行えるようになったが、近年は所内 LAN やインターネットの普及により情報検 索や打ち合わせ、会議までも机上のパソコンで対応できるようになり、作業者がより いっそうパソコンに縛られる状況になった。さらに所内 LAN などにより仕事がネッ トワーク化され、協調性やスピードが要求されてきており、精神的な拘束を感じる労 働者も増加していると思われる。人と人のコミュニケーションを大切にする必要があ ろう。 メンタルヘルス対策は事業場内で総合的に推進されるべきものである。厚生労働省 はメンタルヘルス対策として「事業場における労働者の心の健康づくりのための指 針」を策定しており、VDT 作業によるメンタルストレス対策は、ガイドラインで示 されている VDT 作業の労働衛生管理の遂行と共に、この「心の健康づくりのための 指針」の活用が不可欠である。 D 健康診断 ガイドラインでは配置前健康診断、定期健康診断のそれぞれについて作業区分 A、 B、C に応じた健康診断項目がそれぞれ決められている。配置前健康診断については、 最も作業負荷が大きい A では業務歴、既往歴、自覚症、眼科的検査、筋骨格系に関す る検査の全てについて実施、B では業務歴、既往歴、自覚症、眼科的検査について実 施、筋骨格系に関する検査は医師の判断により実施、最も作業負荷が少ない C では、 自覚症に基づいた医師の判断によりその他の検査を実施することになっている。また、 定期健康診断については、A では業務歴、既往歴、自覚症、眼科的検査、筋骨格系に 関する検査の全てについて実施、B では業務歴、既往歴、自覚症について実施、眼科 的検査、筋骨格系に関する検査は医師の判断により実施、C では、自覚症に基づいた 11 医師の判断によりその他の検査を実施することになっている(表2)。 配置前健康診断と定期健康診断は健診細項目が多少異なるので、詳細はガイドライ ンを参照されたい。 表2 作業 区分 A B C E VDT 作業者の定期健康診断 作業の種類 1 日の 作業時間 単純入力型、拘束型 4 時間以上 単純入力型、拘束型 2 時間以上 4 時間未満 対話型、技術型、 4 時間以上 監視型、その他の型 健康診断 a 業務歴 b 既往歴 c 自覚症 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 単純入力型、拘束型 2 時間未満 cによる cによる 医師の判 医師の判 対話型、技術型、 断 4 時間未満 断 監視型、その他の型 ○ d 眼科的 e 筋骨格 ○ ○ a, b, c に a, b, c に よる医師 よる医師 の判断 の判断 cによる cによる 医師の判 医師の判 断 断 高齢者に対する配慮事項 一般に VDT 作業において最も多い愁訴は眼に関するものであることは多くの調査 で共通しているが、これの原因として視力の矯正(眼鏡の調整)が適当に行われてい ない例が知られている。 高年齢者における眼鏡の調整ではさらに考慮すべき点がある。加齢にともなう焦点 合わせすなわち調節力の機能低下である。焦点合わせが可能な範囲を示す調節力は、 20 歳代を 100%とすると、30 歳代で 86.5%、50 歳代で 7.3%と大きく低下する。従 って、例えば普段の生活で使用している遠近両用眼鏡を VDT 作業で使用すると、画 面およびキーボードが見難くなり視覚系に負担をかけるばかりでなく、頸部の屈曲/ 伸展の角度や体幹の伸び上がりが大きくなり筋骨格系への負担も大きくなる。VDT 作業は 50cm 程度の近くを見る作業であり老視の高齢者は適切に矯正(VDT 作業の 視距離に焦点を合わせた眼鏡の調整)する必要が生じる。(写真4) また VDT 作業による高齢者の眼の疲れは、若年者に比べ、回復に時間がかかると いう調査結果があり、見やすい文字の大きさや作業に必要な照度に対して注意を払う のみならず、一連続作業時間や一日の作業時間にも配慮が必要である。 さらに、高齢者が VDT 作業において最も必要としているのは、 「VDT 機器操作に関して何時で も相談できる人」であるという調査結果もあり、その対応が望まれる。 12 写真4 高齢者の VDT 眼鏡 【改善前】 【改善後】 遠近両用めがねで VDT 作業をすると見づら いばかりでなく、表示画面を見る度に伸び 上がった姿勢になり首等が疲れる。 VDT 作業の視距離にあった眼鏡を使用する ことで作業が楽になる。 13
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