神経病理学 - 獣医学専攻

神経病理学
1.はじめに
神経疾患については、その臨床兆候の特徴や画像診断上の特徴などを理解しておく方が、
実際の臨床現場における診断・治療において有用なことが多い。特に中枢神経系における腫
瘍以外の疾患については、病理学的知見は死後の確定診断として求められることが殆どであ
り、臨床における診断治療には直接的に役立たないように思われがちである。しかし、臨床
獣医師にとっても、病理総論学的分類に従い、神経疾患の病態を整理して理解しておくこと
は、それぞれの疾患のメカニズムや他疾患との鑑別を考察する際にきわめて重要である。
医学分野と異なり獣医学領域では、厳密には神経病理学という学問体系はいまだ十分には
確立されていない。動物の神経疾患の体系化には臨床兆候から病理に至る一連の知見の蓄積
は不可欠であり、この様な観点からも病理解剖によりマクロレベルの病態を観察し、組織レ
ベルの情報を臨床兆候と対比させて検討し、その情報を蓄積してゆくことは本分野の学術展
開ために重要である。
末梢神経・筋組織の生検については、他の臓器と異なる手技が必要とされるが、基本的な
神経組織の検索方法は他臓器と大きな相違はない。重要な要素としては、臨床的に神経学的
検査、画像診断等の十分な検査が実施され、ある程度病変局在や予想される疾患リストが絞
り込まれるなど、臨床的な問題点が整理されている症例の方が、病理学的にもより高い精度
で診断が可能になるという点である。
2.神経系組織の病理検索方法
(1)脳脊髄の採取および固定方法
①脳脊髄の採取:飼主の許可が得られた伴侶動物の病理解剖に際しては、基本的に遺体を飼
主に返却することを前提に剖検を実施する。剖検当初は、返却を希望されていなかった場合
でも実際には家族内で意見が完全に一致していないことがあり、予定外に剖検後に返却を求
められる事例もあるので、十分注意しておく。開頭により脳脊髄採取する場合でも、開腹・
胸のみの病理解剖とほぼ同程度の体表切開創しか遺体には残らない方法で実施することが可
能である。図1に当研究室で実施している脳脊髄の採取方法を示す。なお、脊髄については
脊椎の椎弓側(背側)から採取する方法と、椎体側(腹側)からアプローチする方法があり、
それぞれ利点の欠点がある。椎体側から採取する場合は第一頸椎と頭蓋骨を切断する必要が
なく、遺体の損傷を最小限に軽減できる利点があるが、ギブスカッター等の特殊な器具が必
要となり、不慣れな場合、脊髄や神経根を大きく損傷するリスクが高い。このためノコギリ
と骨鋏で実施可能な椎弓側からのアプローチが一般的である。脊髄を採取する場合は、かな
らず両端に走行する脊髄神経根を神経節のレベルを含め採取するよう心がける(図2)
。これ
は、脊髄のレベルを決定する際に必要となるばかりでなく、神経根炎や神経節炎など同部に
特徴的な病変が局在する傾向のある疾患の診断には同部の検索が不可欠になるからである。
②脳脊髄の固定:採取した脳組織は、未固定の状態で多くの割面を作成しないことが重要で、
この点は他臓器と異なる留意点である。ただしライソゾーム病などの蓄積物質の検索や分子
生化学的検討、あるいは病原体分離が必要となる症例では、一部の組織より凍結組織を保存
することが望まれるため、このような場合は、最適の部位のみを限定して鋭利な刃物で採取
し、
できるだけ脳の形状を残すように注意して残りをそのまま固定する。固定液としては 10%
リン酸緩衝ホルマリン液が推奨される。この固定液を脳重量の約 10 倍量が収容可能な広口ビ
ンに入れて固定する(図3)
。口が狭い容器に固定すると、固定後に硬度をもった脳組織を取
り出せないことがある。また他臓器と一緒に固定したり、容量の小さい容器で固定したりす
ると脳組織は圧迫により容易に変形して固定されるので、後述の割面の観察の際に大きな問
題となるので注意が必要である。
脊髄は未固定の状態で切除すると、脊髄特有の鉛筆現象などのアーティファクトが生じや
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すいので、割面を作成しないで伸長した状態で固定することが好ましいが、固定容器の問題
で切断して固定する必要がある場合は、紙などに切断位置を鉛筆等で厚紙に記入したうえで、
硬膜の一旦をホチキス等で張り付けて伸長させた状態を保持して固定する。組織標本は横断
面に加え、矢状断面も採取するが、横断面は鋭利な刃物で硬膜ごと作成し、神経根を含む組
織を採取する。この作業で多くの場合、硬膜と脊髄が分離するので、この後に灰白質と白質
が 3 層構造を成すように割断面を作成して標本を作成する。
③固定組織の割面観察:剖検後 5~7 日程度固定した脳組織を約 5~10mm 程の厚さで、左右平
行になるように留意しながらスライスを作成する。この際、大脳前頭葉の境界線となる十字
溝を目安にして割面作成を開始するようにしているが、疾患によっては大きな左右差が存在
している場合があるので、適時修正が必要になる。また生前に画像診断所見がある場合は、
固定後に生前問題になった部位と同じ割面を必ず作成して、固定後の組織で再度肉眼観察を
行う。硬度に乏しい中枢神経組織では、この固定後の割面の観察が極めて重要であり、必要
に応じて割面の肉眼写真を撮影して MR 画像等と対比可能なようにしておく。この肉眼観察
の過程で新たな病変を確認できる場合も少なくない。画像検査所見がない場合や病変の特定
が不十分な症例については、最初の再材に際し組織標本作成用の採取を必要最低限の部位に
とどめ、組織観察後の追加再材際に、それぞれの神経解剖学的な部位の特定が可能な大きさ
のスライスを残しておくことが望まれる。
図1.犬の脳脊髄採取方法。背側部皮膚を残した状態で第一頸椎を切断し(a)、頭部を剥皮し
ながら反転させ頭部を露出する(b)。側頭筋等の筋組織をメスで切開して、頭蓋骨を 3 か所切
除し、脳を露出して採取する(c)。同様の要領で、脊柱を反転剥皮しながら背部を露出させ、
ノコギリや骨鋏を利用して脊髄を露出させ、採取する(d)。採取した脊髄は必要に応じて、切
断面を作成して厚紙に張り付ける(e)。厚紙には部位を記入する。以上の作業を実施しても、
遺体の損傷程度は、通常の腹部・胸部のみの剖検と比較してもさほど大きくなく(f)、縫合等
で遺体を整復した上で、お返しすることができる。
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図2.脊髄の採取。必ず神経根と神経節を含めて採取する。
図3.脳の固定。他の臓器とは個別に広口の容器で固定する。本来は組織に対して約 10 倍量
のホルマリン液で固定することが望ましい。
(2)末梢神経・筋組織の採取および固定方法
いずれの組織にも共通する事項であるが、採取した組織は乾燥しないようにすることは非
常に重要である。しかし組織全体を生理食塩水などの緩衝液に浸漬するのは好ましくない。
生理食塩水で湿らせたガーゼをおき、組織を密閉できる容器に一時的に保管し、凍結処理あ
るいは固定処理を行う。
①末梢神経および筋組織の採取・固定方法:医学領域では末梢神経組織の検索は、基本的に
グルタルアルデヒド固定プラスチック樹脂包埋組織を薄切りして、これにトルイジンブルー
染色を施した標本で実施する。しかし獣医領域では生検・剖検例ともにホルマリン固定パラ
フィン包埋組織で実施する場合が国内では多いので、ここではその方法を述べる。生検ある
いは剖検により採取した末梢神経組織は固定処理により収縮あるいは変形するため、かなら
ず割りばしや厚紙などの変形しないものに貼り付け、遠位端と近位端を明記したうえで、両
端を糸あるいは針等で固定し、2次的変化が加わらないように処理して 10%リン酸緩衝ホル
マリン液に浸漬する。この組織よりかならず横断面と縦断面の組織標本を作成し評価する。
筋組織をホルマリン固定する際にも、採取した筋の両端を注射針などで割り箸あるいは木
坂に固定し、一定のテンションをかけて固定する。そのまま固定ビンに浸漬固定すべきでは
ない。これは、筋組織の縦断面、横断面を正確に把握し組織を採取する際にも重要であり、
かつ過度の組織収縮によるアーティファクト防止にも有用である。可能であれば、神経と同
様、近位端と遠位端を明記することが望まれる。
ホルマリン固定・パラフィン包埋標本は、凍結標本と比較して、間質の炎症細胞浸潤、結合
組織増生、および脂肪組織浸潤程度を把握しやすいなどの利点に加え、個々の細胞形態は凍
結標本と比較してシャープな像を観察することができる。しかし、酵素染色や筋ジストロフ
ィー関連抗体免疫染色の多くが、パラフィン標本では実施できない。凍結標本では、I 型筋 II
型筋を判別するための酵素染色(NADH-テトラゾリウム還元酵素染色、ATPase 染色等)や殆
どの免疫染色が実施できる利点があり、さらに遺伝子検索様のサンプルとしても優れている。
なお事前の臨床検査により糖原病などの代謝性疾患が疑われ、かつ凍結組織の保管が困難な
場合には、ホルマリン固定に加え、アルコール系の固定液で一部組織を固定することも検討
すべきである。
②筋組織の凍結処理:筋生検では凍結標本による評価が必要になるため、採取組織の凍結処
理方法は非常に重要である。凍結標本を作製する場合の凍結処理としては、コルク台にトラ
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ガカントゴムあるいは凍結標本用のコンパウンドをつけて、これに採取した筋組織を垂直に
立て、横断面の薄切が可能なようにする。この材料を液体窒素で冷却したイソペンタンの中
で急速冷凍(20 秒ほど振盪)する。代用としてはドライアイスで冷却したアセトンを用いて
同様の操作を行う。凍結した材料はディープフリーザーで保管し、搬送の際はドライアイス
を使用し、決して融解しないように心掛ける必要がある。冷凍処理が不完全だと、組織内に
氷の結晶が形成され、観察困難な凍結標本しか作製することができない。この様な凍結処理
と搬送の煩雑さに加え、筋生検を専門で実施する診断機関がないことにより、国内では凍結
標本による筋生検はあまり普及していないように思われる。しかし、筋ジストロフィーの確
定診断には凍結標本でしか免疫染色が実施できない抗体も多いため、可能な限り筋組織の凍
結標本を採取・保管されることをお勧めしたい。この場合、凍結標本を作成するためのコン
パウンドに筋組織を包埋して凍結することをお勧めする。なお、筋ジストロフィーの主要な
疾患であるジストロフィン異常については、パラフィン標本にも応用できる抗体があるので、
通常のホルマリン固定・パラフィン標本があれば、ある程度の検索は可能である。
(3)神経組織の検索方法
神経組織も他の組織同様、ヘマトキシリン・エオジン Hematoxylin eosin (HE)染色による光
学顕微鏡観察が基本となる。神経組織特有の特殊染色が開発されているが、あくまでも HE
染色による観察に基づいて必要な特殊染色を必要な部位に実施する方が効率的である。ただ
し髄鞘染色であるルクソール・ファストブルー Luxol fast blue (LFB)染色は中枢組織の髄鞘の
変化を評価する際には欠かせない染色であると同時に、神経線維の走行状態を把握しやすく
複雑な神経組織の部位の特定も比較的容易になるので、LFB 染色後に HE 染色を後染色した
もの、あるいは神経細胞を染色するニッスル染色(クレシルバイオレット染色)を重染色し
たクリューバー・バレラ染色は補助的に実施することが望まれる。神経・筋組織に利用され
る主な特殊染色については、別表に簡単にまとめて示した(表1)。また近年、神経組織の構
成細胞や組織構築あるいは疾患関連分子に対する様々な特異抗体が市販されているので、こ
れらの抗体による免疫染色の方が、特殊染色よりも安定した結果が得られる場合が少なくな
い。
(4)筋組織の検索方法
筋組織の検索についても HE 染色標本が基本となる。凍結標本については、酵素染色によ
り I 型 II 型筋のモザイク構造を確認する。
また筋ジストロフィー等の疾患が疑われる場合は、
ジストロフィンやメロシン(ラミニンα2)等に対する特異抗体による免疫染色により、これ
らの分子の欠損や減少を検索する。ホルマリン固定パラフィン標本による観察に際しては、
HE 染色標本に加え、過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色とマッソン・トリクロム染色を実施する
と筋膜や間質結合組織の状態あるいは横紋構造の評価が容易に行うことができる。
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表1.神経・筋組織に一般的に利用される主な特殊染色とその目的。
3.中枢神経系組織の基本的な異常所見
(1)基本的なニューロンの病変
神経単位 Neuron に生ずる変化は、神経病変を観察する上で最も重要な所見である。その主
なものには、虚血性変化、クロマチン融解、空胞変性、膨化、封入体形成がある。
神経細胞の虚血性変化 Ischemic change は(図4)
、神経細胞の孤在性壊死を反映した変化
であり、その名称のごとく低酸素や低血糖など通常血流低下あるいは停止に起因するが、死
後時間の経過した症例でも生ずることがあり注意が必要である。また、癲癇・発作等の臨床
症状を示した症例については、この変化が大脳皮質・海馬の広範囲にみられるため、短絡的
に一義的病変と解釈するのは危険である。この変化を特徴病変とする疾患には、サイアミン
(ビタミン B1)欠乏症、鉛等の中毒性疾患がある。これらの疾患の際には、経過により神経
網の空胞化や血管内皮の反応性腫大、組織球系細胞の集積等の変化を随伴するので、死後変
化等との鑑別に有用である。
神経細胞の空胞変性は(図5)
、プリオン病でよく知られる神経細胞の変化であるが、低酸
素状態、組織作成の際のアーティファクトにも起因することがある。関連用語として海綿状
態 Spongy form があり、神経細胞の空胞変性と同時に神経網にも同様の空胞が無数に出現す
る変化をいうが、この変化も固定不良等に起因する場合が多い。クロマチン融解は(図6)、
軸索障害に続発する神経細胞の変化であり、軸索輸送が障害された結果、種々の蛋白が神経
細胞体に停滞し、細胞質内小器官が辺縁部のみ残存したり(中心性クロマチン融解)
、完全に
消失したりする。疾患特異性は乏しいが、運動ニューロン病で良く観察される。神経細胞の
膨化所見は、種々のライソゾーム蓄積症の際に最も顕著に認められる。動物では、毒性植物
の中毒性病変としてライソゾーム蓄積症と同質の変化が神経細胞に認められることがあるが、
多くは特定代謝酵素の遺伝的欠損による。
神経細胞には、ウイルス性封入体以外にも非常に多様な封入体が確認されているが、動物
において病的意義づけが明確にされている封入体は少ない。文献的には神経細胞に Pick 嗜銀
球、Lafora 小体(Polyglucosan 小体)が確認されている。また運動ニューロン病では、ヒトの類
似疾患である筋萎縮性側索硬化症 ALS 同様、脊髄腹角神経細胞に Bunina 小体様の封入体が
観察されることがある(図7)
。
神経突起の変化では、軸索の腫大性変化が頻繁に観察される。多くは軸索の一部切断に反
応して、断端が腫大したもので、軸索球 Spheroid と呼ばれ、小脳プルキンエ細胞近位に形成
されたものは、魚雷 Torpedo と呼ばれる。軸索腫大は、ワーラー変性等の際に随伴して認め
られることが多く、アーティファクトの結果生じ易い神経鞘の空胞状変化と区別する際に、
軸索腫大の存在やマクロファージ浸潤所見は有用である。
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図4.神経細胞の虚血性変化と神経網の空胞化。
図5.スクレーピー罹患羊にみられた神経細胞の空胞変性。
図6.馬運動神経病の脊髄腹角神経細胞にみられたクロマチン融解。
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図7.馬運動神経病の脊髄腹角神経細胞にみられたクロマチン融解と細胞質内封入体。
(2)神経膠細胞の変化
神経膠細胞のうち、星状膠細胞と小膠細胞の変化は、神経組織の傷害に対する反応性変化
として出現する場合が多い。特に星状膠細胞の形態的変化は多彩であり、細胞の腫大、細胞
増殖、グリア線維増殖などを示す。このような星状膠細胞の反応性増殖を星状膠細胞性グリ
オーシス Astrocytic gliosis あるいは星状膠細胞症 Astrocytosis と呼ぶ(図8)
。星状膠細胞の反
応は一般には、亜急性~慢性期にある病態で頻繁に観察される。これらの星状膠細胞の変化
を観察するために、星状膠細胞が特異的に有するグリア線維性酸性蛋白(GFAP)に対する抗体
を利用した免疫染色が実施される。
小膠細胞は他の神経膠細胞と異なり、間葉系由来の単球・組織球系細胞と考えられ、神経食
現象 Neuronophagia(図9)
、グリア結節 Glial nodule、軟化巣における異物清掃などの際に顕
著化する。脳炎の初期には、棍棒細胞の増加として観察される。反応性小膠細胞の特異的マ
ーカーとしては Iba-1 抗体がよく利用される。
希突起膠細胞とシュワン細胞は、神経鞘ミエリンの生育保護に与る細胞であり、これらの細
胞の退行性変化は、髄鞘形成不全や脱髄 Demyelination と密接に関連する(図10)
。また、
希突起膠細胞は大脳皮質において神経細胞に寄り添うように存在しているが、あたかも神経
食現象のような像を呈することがあり、これを偽神経食現象あるいは衛星細胞と呼ぶ。一般
には病理学的意義はないものとされるが、皮質が障害される疾患でしばしば観察される。新
生期~若齢期において希突起膠細胞は、神経細胞と同様かそれ以上の酸素・糖要求があり、
虚血に極めて敏感に反応する。通常、希突起膠細胞の細胞質は確認されないが、好酸性を増
し腫脹したものが観察されることがあり、これを希突起膠細胞の急性腫脹と呼ぶ。一般には
虚血性変化と考えられているが、前述の神経細胞の虚血性変化同様、死後変化やアーティフ
ァクトの結果出現することもあるので、その意義づけには注意が必要である。
この他正常の膠細胞と比べ、明らかに形態の異なるグリア細胞が出現することがあり、こ
れらを異形グリアと呼ぶが、一般には星状膠細胞の反応性形態変化として解釈されている。
特にアルツハイマー1型、2型グリアが良く知られている。1型と2型グリアは、その細胞
のサイズと形態で区別され、1型グリアは大型神経細胞程の大型細胞であり核はしばしば分
葉して複雑な形態を示し、核質は豊富である。2型はこれよりも小型で、核膜は肥厚し核質
は明るくグリコーゲン顆粒を蓄える、細胞質は殆ど確認できないため裸核グリアと呼ばれる
こともある。これらの異形グリアは、肝性脳症、腎性脳症、先天性銅代謝異常(ヒトのウイ
ルソン病等)等の際に出現する。このためこれらのグリア細胞の出現は、中毒や代謝性疾患
を示唆する所見として重要である。
図8.ネコのセロイド・リポフスチン症にみとめられた星状膠細胞の増殖。GFAP 免疫染色。
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図9.ウイルス感染症による脳炎でみとめられた神経食現象。神経細胞の変性と小膠細胞の集
簇が認められる。
図10.イヌジステンパー脳炎でみとめられた小脳白質の脱髄所見。LFB-HE 染色。
(3)血管や髄膜の変化
イヌ・ネコでは脳血管の病変を観察する機会は少ないが、甲状腺機能低下症や原発性高コ
レステロール血症の際には、中型動脈における同様病変が観察される。また高齢犬では、ア
ミロイド血管症 Amyloid angiopathy が好発し、中型の血管壁あるいは毛細血管周囲に amyloid
βの凝集によるアミロイド沈着が認められる(図11)
。これらの病変の病理的意義について
は明確にされていないが、脳出血との関連性が示唆されている。また高齢動物では、くも膜
上皮の過形成や砂粒体形成がまれに認められる。
図11.高齢犬の大脳皮質髄膜血管に認められた脳血管アミロイド症。Congo-red 染色。
(4)脳脊髄の炎症
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中枢神経系における炎症は、その局在に従い分類される。髄膜(硬膜から軟膜)に限局し
た炎症を髄膜炎 Meningitis、脳実質に炎症が発生したものを脳炎 Encephalitis として区別する
が、実際には両者に炎症病変が波及することが多く、この場合、髄膜脳炎 Meningoencephalitis
と呼称される。また、脊髄にまで炎症が分布する場合を脊髄炎 myelitis と呼ぶが、多くの場
合、脳にも炎症病変が存在するため、脳脊髄炎 Encephalomyelitis とよばれる。また、髄膜炎
を併発する場合は、髄膜脳脊髄炎 Meningoencephalomyelitis という。さらに炎症が灰白質に主
座する場合は、灰白質脳脊髄炎 Polio-encephalomyelitis、白質に炎症病変が局在する場合は白
質脳脊髄炎 Leuko-encephalomyelitis と呼ぶ。白質の炎症では髄鞘(ミエリン鞘)の崩壊・消失
を特徴とする脱髄 Demyelination を伴うことが多く、この場合は脱髄性脳脊髄炎 Demyelinating
encephalomyelitis と呼ばれる。例としてイヌジステンパーウイルスの亜急性感染症があるが、
これらのウイルス感染症における脱髄にはウイルスの直接的な細胞傷害と免疫学的機序が関
与していると考えられている。髄膜脳炎の特徴的病理所見は、髄膜や脳実質の血管周囲腔に
おける白血球浸潤(囲管性細胞浸潤)であり、浸潤細胞が好中球などの顆粒球系細胞主体の
場合を化膿性炎、リンパ球、形質細胞等の非顆粒球性細胞を主体とする場合を非化膿性炎と
して区別する。この他、脳実質では、小膠細胞の増加、神経食現象、グリア結節、あるいは
星状膠細胞症が様々な程度で認められる。
4.中枢神経および末梢神経系の異常所見
ここでは病理総論の疾患分類に従いその概念を説明した後に、イヌ・ネコにみられる代表
的な疾患を例示して簡単にその病態を記載する。
(1)発生異常が主に関与する中枢疾患群
① 脳水腫・水頭症:脳水腫(脳浮腫)Brain edema とは脳実質内に組織液が増加した状態
をいう。一般に血管および血流動態の異常に基づく水腫は血管原性水腫と呼ばれ、その病変
は主に白質に分布する。これに対し細胞代謝異常等に基づく水腫は、細胞障害性水腫と呼ば
れ、主に皮質の細胞内に発生し、光学顕微鏡観察では星状膠細胞等の膠細胞の腫脹として認
められる(この病態は海綿状変性としても分類される)
。重度の脳水腫では、脳実質の腫脹や
頭蓋内圧亢進により、脳の形状異常や大後頭孔ヘルニア等の位置の異常が生じると共に、重
篤な臨床症状を引き起こす。一方、水頭症 Hydrocephalus とは、脳室やくも膜下腔の拡張を伴
い、脳脊髄液が増加した状態である。前者を内水頭症、後者を外水頭症と区別するが、内水
頭症が多い。また発症時期やその病因により、先天性と後天性に分類される。さらに内水頭
症は、脳脊髄液還流経路の閉塞に起因する非交連水頭症と、明からな脳脊髄路閉塞のない交
連性水頭症に区別される(図12)
。このうち非交連性水頭症の多くは、モンロー孔、中脳水
道、あるいはルシュカ孔等の閉塞に起因する。また水頭症に類似する病態として、水頭無脳
症があり大脳半球の広範な欠損と欠損部における脳脊髄液貯留が認められる。
②脊髄空洞症:脊髄空洞症 Syringomyelia は、中心管あるいは第 4 脳室と連絡がある交通性と、
連絡のない非交通性のものに大別される。本症で形成される空洞 Syrinx は主に脊髄灰白質中
心部に長軸方向に伸長した管状構造物としてみとめられ、交通性ものでは一部で第 4 脳室あ
るいは中心管との連絡が確認される。この空洞の内腔面は、通常上衣細胞による内張りを欠
き、その洞壁は、星状膠細胞とその突起の増殖により構成される。空洞内部は脳脊髄液で満
たされる(図13)
。その原因は、先天異常、外傷、炎症、および腫瘍に続発するものなど様々
であるが、ヒトではキアリ奇形などの先天異常に続発するものが多い。脊髄空洞症のような
脊髄実質の破壊を伴わず、単純に脊髄中心管が拡張した病態は、内脊髄水腫(水髄症)
Hydromyelia として本疾患と区別される。
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図12.イヌの水頭症。左は交通性の症例であり、中脳水道の拡張がみられる。右は非交通
性水頭症で、中脳水道の閉塞がみとめられた。
図13.イヌの脊髄空洞症。脊髄中心管の拡張と周囲組織における空洞形成が認められ、一
部で褐色調の変色部が観察される(左図)
。組織学的には上衣細胞の裏打ちを欠く空洞の形成
が脊髄内に認められる。
(2)中枢神経系の物理的損傷および循環障害
中枢神経組織はそれぞれ頭蓋腔・脊椎管という伸張性に乏しい骨性の腔所に存在するため、
急激な血圧・脳脊髄液圧が上昇する循環障害は致死的な結果を招く。イヌやネコでは、ヒト
でみられる粥状動脈硬化症の発生が少ないため、脳・脊髄の大血管の出血が少ないが、まれ
に外傷や血栓に伴う出血あるいは梗塞病変が観察される。一方、血流停止や虚血の持続も酸
素・糖要求の大きい神経組織に対して極めて重大な障害をもたらす。さらに脳脊髄の内腔や
外部は脳脊髄液でみたされており、その圧は、脈絡膜における産生と髄膜顆粒からの吸収以
外に様々な要素により均衡が保持されている。出血や脳脊髄液路の閉塞による脳圧の亢進は、
神経組織を圧迫障害する。
①脳外傷:頭部を平面や鈍器等で打撲した際に生じる脳外傷を鈍傷 Blunt injury とよび、障害
の程度により、脳振盪 Concussion、脳挫傷 Contusion、および脳裂傷 Laceration に区別される。
脳振盪では、頭部打撲に伴う一時的な意識消失が見られるが、形態的変化の有無については
不明である。脳挫傷では物理的衝撃が加わった部位の損傷に加え、対極部位に相当の損傷が
及ぶことがある。一般に脳挫傷により脳実質内やくも膜下腔に出血・血腫形成がおこり、脳
実質の圧迫により実質組織は萎縮や壊死に陥る。脳裂傷は、もっとも重度の鈍傷であり、出
血・血腫形成に加え脳組織の断裂が生じる。
②脳出血:動物の場合、大型血管破裂による出血は多くは外傷により生じ、そのほか、感染
症、腫瘍などに続発する。稀に脳内に孤在性の血腫病変を形成するものや、クモ膜下にび漫
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性出血を示す症例もイヌでは認められる(図14)
。また様々な栓子による梗塞に併発する場
合もあるが、神経組織の血管走行の特徴より通常は、貧血梗塞が生じる。なお急激な椎間板
ヘルニアの際には、脊髄の特に灰白質組織の広範な壊死とともに重度の出血が認められ、し
ばしば中心管周囲に重度の出血巣が上行性に進行する。
図14.イヌの大脳(線条体部)の孤在性出血病変(MR 画像所見と肉眼所見:左)。右図は
重度のクモ膜下出血による大脳皮質の圧迫性壊死を示す。
③椎間板ヘルニア:哺乳動物の椎間円板は、第 1 第 2 頚椎間と仙椎を除く各椎体間に存在し、
物理的外力の吸収や椎体運動の円滑化に寄与している。椎間円板は、中心部に結合組織性粘
液に富む髄核組織と周囲の同心円状の線維輪から構成される。加齢や遺伝的要因により、粘
液性の髄核組織に変性、線維化あるいは軟骨化が生じ、髄核を被包する線維輪にも石灰沈着、
硝子化、あるいは断裂等の変化が生じる。Hansen I 型では、線維輪が破裂し、変性した髄核
組織が脊柱管内に脱出するため、急性の圧迫性脊髄傷害が生じる。組織学的には脊髄の広範
な変性・壊死に加え、出血や水腫が生じる。Hansen II 型では変性した髄核組織が線維輪とと
もに脊柱管内に突出し、一般には亜急性の圧迫性脊髄傷害を引き起こす。脊髄では特に白質
にワーラー変性に基づく病変が圧迫の程度に応じて観察される。椎間板ヘルニアは通常加齢
性の変化として犬で多く認められるが、ダックスフント等の軟骨異栄養症犬種では、比較的
若齢時から発生する(図15)
。
図15.イヌの椎間板ヘルニア(Hansen I 型)の組織像(左)。突出した変性椎間板組織が
硬膜に付着し、同部の脊髄組織では白質の広範な変性・壊死所見が認められる。右図はミニ
チュア・ダックスフントの椎間板ヘルニアに続発した脊髄軟化症(出血・壊死症)。ヘルニア
部より上行性あるいは下行性に出血壊死が波及する。
④ウォブラー症候群:頚椎軸椎腔の狭窄により、頚椎部脊髄の圧迫が生じる。一般に、脊髄
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に対する物理的刺激は持続性かつ慢性に経過し、圧迫性脊髄症 Compressive myelopathy と呼
ばれる脊髄病変が認められる。病変は主に脊髄白質で顕著であり、圧迫部を中心に白質広範
囲で、ワーラー変性を反映した髄鞘の拡張、軸索の変性・膨化による軸索球形成、あるいは
ミエリン消失が認められる。重度の障害を受けた症例では軟化巣形成もみられ、軟化巣内や
その周囲には脂肪顆粒細胞浸潤や星状膠細胞増殖を伴う。
⑤線維軟骨塞栓症:線維性軟骨塞栓症 Fibrocartilaginous Embolism (FCE)は、線維軟骨組織が、
脊髄の栄養血管内に流入し、これを塞栓した結果、支配領域の脊髄に貧血梗塞を引き起こす
病態と理解されている。しかしながら、塞栓する程の大きさを有する線維性軟骨組織がどの
ような経路で血管に流入するメカニズムは、明確にされていない。動物では、特に大型犬種
に発生が知られ、頚胸椎部と腰部膨大部に多く認められる。臨床経過は急性であり、激しい
運動や受傷後に発生する場合が多い。病理的には、比較的境界明瞭な変性・軟化巣形成を特
徴とし、しばしば周囲に出血を伴う。同病変部に接する血管には線維軟骨組織の塞栓が認め
られる(図16)
。
図16.イヌの線維性軟骨塞栓症。脊髄白質の変性と血管塞栓(左図、←)。右図は強拡大。
(2)退行性変化と主体とする中枢神経疾患
退行性変化とは、細胞・組織が病因により受動的に傷害され、最終的には死に向かう一連
の変化を意味する。従って、萎縮、変性、壊死、細胞死などの組織学的変化を特徴とする疾
患群がこの概念に分類される。神経細胞の退行性変化は特に臨床的に意義が大きいが、剖検
後の形態学的検索においては、死後変化との区別が難しい病態も多い。グリア細胞の退行性
変化は、星状膠細胞における異形グリア細胞の出現、稀突起膠細胞の急性腫脹あるいは脱髄
として観察される。一方、刺激に対して細胞・組織が積極的に反応して適応・修復する変化
を進行性変化と呼ぶが、神経組織は特に可逆性が乏しいため、再生、肥大、過形成、肉芽組
織形成などの進行性変化を観察する機会は非常に少ない。一般的には星状膠細胞増殖による
星状膠細胞症が中枢組織の修復現象の際に観察される。
①皮質壊死症 Cortical necrosis:代謝性脳障害の病態は、その原因、動物種、および罹患年齢
等の条件により異なるが、多くの場合、大脳皮質や特定神経核における神経細胞の虚血性変
化、神経網の海綿状態(空胞化)
、および異形グリア細胞の出現等が認められる。神経細胞の
虚血性変化は最も基本的な神経細胞壊死を反映する病態で、神経細胞の胞体は強好酸性を示
すとともに、核は濃縮し、細胞全体が萎縮する(図17)
。この神経細胞の変化は、代謝性脳
障害だけでなく、虚血、低酸素状態、あるいは低血糖性昏睡などの際にも観察される。栄養
性神経疾患として、特に肝性脳症(アンモニア脳症)、ビタミン B1(thiamine)欠乏症、ビタミ
ン E 欠乏症、銅欠乏症が重要である。なおイヌ・ネコ等の食肉動物におけるビタミン B1 欠
乏症では脳幹神経核の両側性出血病変が特徴的に見られる。酸-塩基あるいは水平衡異常によ
る脳障害の例として食塩中毒がある。外因性神経毒暴露による脳障害の例として、重金属、
12
特に鉛の過剰摂取による中毒がある。本症では大脳皮質壊死に加え、肝・腎障害がみられ、
時にこれらの実質細胞の核内に好酸性封入体(鉛封入体)が観察される。また、門脈大静脈
シャント等の重度の肝障害に続発する肝性脳症(アンモニア脳症)が各動物種で認められる。
本症では通常、大脳皮質層状壊死、神経網の海綿状態、核糖原を含む裸核の異形グリア細胞
(アルツハイマーII 型グリア)が観察される。幼若動物が罹患した場合、白質に病変が主座
する傾向がある。この様に皮質壊死を特徴とする疾患は非常に多岐にわたるが、病理学的表
現形は非常に類似しているため、臨床的にその原因を特定することが重要である。
図17.イヌの大脳皮質壊死症の MR 画像所見(左)と組織像(右)
。組織学的には虚血性
神経細胞(神経細胞の壊死)を特徴とし、このほか、血管内皮腫大、神経網の空胞化等の所
見が認められる。
②脳(脊髄)軟化 Encephalo(myelo) malacia: 脳・脊髄軟化とは、中枢神経組織の壊死部が融
解する現象である。軟化病巣では、脳実質固有の組織構築が消失・液化し、同部には脂質を
貪食したマクロファージが多数浸潤する。このマクロファージはその形態的特徴より脂肪顆
粒細胞あるいは格子細胞等とも呼称される。小型の軟化病変は、星状膠細胞の増殖によりグ
リア性瘢痕組織に置換されるが、大型の軟化病変では、病変周辺域にのみグリア瘢痕形成が
生じ、中心部にはのう胞状の空洞が形成される。一般的には比較的限局した壊死巣を形成す
る梗塞病変の陳旧化過程にみられる病態として観察される。なお近年ミニチュア・ダックス
フントを中心に確認されている椎間板ヘルニアに続発する脊髄軟化症は、病理学的には、出
血、水腫、および急性壊死からなる病態である。
③白質壊死症(軟化症) Leukomalacia: 白質壊死症は、大脳皮質壊死症にくらべると発生の
少ない病態と思われる。脳、特に大脳全域におよぶ白質壊死は、ミエリン合成が極めて盛ん
な時期の新生動物が、さまざまな要因により低酸素・低血糖に暴露された場合に生じると考
えられている。この現象は、ある生後ある一定期間は、大脳では皮質よりむしろ白質におけ
る酸素・糖の要求量が高いことに起因している。難産などに際し、低酸素状態に一定時間暴
露された個体では、このような病態が発生するものと推測されている。
④白質ジストロフィーLeukodystrophy: 主に白質組織に主座する遺伝性変性疾患の総称とし
て、しばしば白質ジストロフィーという用語が使用されるが、その病態は様々で、脳の著明
なミエリン消失を特徴とする疾患(ダルメシアン犬の白質ジストロフィー)
、特に脊髄白質が
障害される疾患(アフガンハウンドの脊髄変性症、トイ・プードル犬の脱髄性疾患、ロトワ
イラー犬の白質脊髄変性症等)
、ヒトのアレキサンダー病と類似の病態を示すアレキサンダー
病様疾患がある。本疾患はラブラドール・レトリバー、スコティッシュ・テリア、トイ・プ
ードル、フレンチ・ブルドックで報告され、白質血管周囲や軟膜下組織におけるローゼンタ
ル・ファイバーと呼ばれる好酸性物質の集積を特徴とする。この物質は星状膠細胞の突起の
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集積から構成され GFAP の他、数種の熱ショックが蓄積する。白質には脱髄性病変が認めら
れる。本疾患は GFAP 遺伝子の変異に起因するものと考えられているが、その遺伝性につい
ては不明な点が多い(図18)
。
また、ライソゾーム病に分類される疾患であるグロボイド細胞白質ジストロフィーでは脳
白質広範な変性所見と同時にグロボイド細胞と呼ばれるマクロファージ浸潤が特徴的に認め
られる。このマクロファージ内には PAS 陽性の蓄積物が認められる。本疾患を除けば、動物
における白質ジストロフィーの殆どは、単発的症例報告にとどまり、その原因は明確にされ
ていない。
図18.イヌの白質異形成症。左はグロボイド細胞白質異形成。本症に特徴的な PAS 染色陽
性のマクロファージ(グロボイド細胞)が白質に浸潤する。右図はアレキサンダー病様白質
異形成症に特徴的な GFAP 陽性のローゼンタル線維形成。この線維は熱ショックタンパクで
ある ubiquitin にも陽性を示す。
⑤ミエリン低形成症 Hypomyelinogenesis: 先天的なミエリン合成異常に起因する疾患であり、
臨床的には出生時より振戦を特徴とする神経学的異常が認められる。小動物領域では、スプ
リンガー・スパニエル、サモエド、ワイマラナー、バーニーズ・マウンテン、ダルメシアン
等様々な犬種で報告されている。これらの犬種では、いずれも出生後数週で、振戦を特徴と
する神経学的異常がみられる。病理学的には、脳脊髄の広範囲白質でミエリンの無形成ある
いは低形成が認められ、特に脊髄でその所見が顕著である。通常炎症や明瞭な破壊性変化に
乏しく、LFB 等のミエリン染色を実施しないと病変に気付かない場合もある。
⑥海綿状脳症 Spongiform encephalopathy:海綿状脳症はプリオン病の代表的な病態であるた
め、一般には様々な動物種におけるプリオン病のことを意味する場合が多いが、ここではプ
リオン病以外の遺伝性変性疾患を紹介する。ヒトでは、楓シロップ尿症やカナバン病などア
ミノ酸代謝障害による海綿状脳症が知られている。動物ではその原因まで明確にされた海綿
状脳症は殆どなく、いずれも単発的な症例報告の形で過去にその発生が確認できる。
脳白質に主座する海綿状態を特徴とする疾患がイヌでは、ラブラドール・レトリバー、サ
モエド、シルキー・テリアで報告されており、ネコではエジプト・マウで報告されているが、
近年国内のネコでも同様の病態を示す症例が確認されている。
一方、灰白質に首座する海綿状態を特徴とする疾患も知られており、イヌではブル・マス
チフ、サルーキー、アラスカン・ハスキー等の犬種で報告され、ネコではバーマンやアメリ
カン・ショート・ヘアー等で報告されている。いずれも神経網の海綿状態と軽度の星状膠細
胞増殖を特徴とする疾患であるが、その病理発生や原因については十分検討されていない。
多くの疾患が遺伝性と考えられている。国内の雑種ネコでも複数の発生が確認されているが、
その遺伝的背景については不明である(図19)
。なおこれらの海綿状脳症の病理発生にはミ
トコンドリア異常との関連性を指摘する知見が多い。
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図19.ネコの皮質海綿状変性の組織像。組織学的には神経細胞は比較的保持される。GFAP
に陽性を示す星状膠細胞の突起に大小の空胞形成が認められる。
⑦神経軸索ジストロフィーNeuroaxonal dystrophy:イヌの神経軸索ジストロフィーについて
は、主にロトワイラー種、ジャックラッセルテリア種、およびパピオン種で家系情報なども
含む複数例の報告があり、これらの犬種については遺伝性変性疾患であることがほぼ明らか
で、また罹患例の臨床・病理的特徴が、比較的均一であることなどから、独立した遺伝性変
性疾患と推測されるが、原因遺伝子は不明である。国内ではパピオン種とパピオン・チワワ
交雑種の神経軸索ジストロフィー3 例が報告されている。これらの症例は、いずれも 3~4 ヶ
月齢時に、運動失調等の神経症状が現れ、その後症状は進行し、治療に反応することなく、
生後 1 年以内に 3 症例ともに自然死あるいは安楽死されている。生前の画像診断では小脳を
中心とする萎縮性変化が認められ、病理解剖時の肉眼観察では、いずれも脳全体が小型で、
特に小脳萎縮と脳室の軽度~中程度拡張が共通して認められる。神経軸索ジストロフィーを
特徴付ける所見は、軸索球の存在である。神経軸索性ジストロフィーでは、脊髄背角、延髄
~橋の神経核、あるいは小脳神経核などある特定部位に局在し、様々な大きさと形状の軸索
球が、非常に多数形成される点が特徴的である。本疾患における軸索球には、大量のシナプ
ス関連タンパクが蓄積していることが明らかにされており、神経軸索性ジストロフィーの病
理発生には、シナプス機能異常が深く関与すると推測される(図20)。
図20.パピオン犬の神経軸索ジストロフィーの MR 画像所見と小脳肉眼所見(左)
。組織
学的には多数の大型軸索球形成を特徴とする(右)
。
⑧小脳皮質アビオトロフィーCerebellar cortical abiotrophy:小脳皮質アビオトロフィーは、
多様な犬種において報告されており、犬種ごとにその発症時期など臨床兆候に相違がみられ
る。また同様疾患が小脳変性症 Cerebellar degeneration、小脳萎縮症 Cerebellar atrophy、小脳異
形成 Cerebellar dysplasia、小脳低形成 Cerebellar hypoplasia あるいは小脳運動失調症 Cerebellar
ataxia 等、別名で報告される場合もある。殆どの症例の病理発生は未解明のままである。一旦
形成された小脳組織の原因不明の細胞脱落を主な特徴とする疾患に、小脳アビオトロフィー
の疾患名が用いられるが(図21)
。このため小脳皮質アビオトロフィーという疾患用語は「正
15
常に発生形成された小脳皮質組織に生じる進行性変性症で、臨床的には運動失調、病理学的
にはプルキンエ細胞・顆粒細胞の著明な脱落を特徴とする疾患群の総称」として理解すると
よい。
図21.パピオン犬の小脳皮質アビオトロフィーの組織像(右)。小脳プルキンエ細胞・顆粒
細胞の著明な脱落により小脳皮質の層構造が不明瞭化する。
⑨ライソゾーム病 Lysozomal disease:ライソゾーム病は、その蓄積物質の生化学的特徴や原
因欠損酵素の種類により詳細に分類されているが、国内の小動物獣医領域における本疾患の
自然発生例としては、特に脂質蓄積症に関する報告が多い。また、特にイヌの場合は、特定
犬種で発生する傾向がみられるので、その疫学情報に注意が必要である。基本的に治療法が
なく予後不良の疾患群ではあるが、確定診断して情報を公開することが、その予防を考える
上で非常に重要である。また一部の疾患については、血液塗抹所見や遺伝子診断等により、
ある程度生前診断も可能である。
神経細胞脂質蓄積症; ニーマン・ピック病、GM1/GM2 ガングリオシドーシスがイヌ、ネコ、
で報告されている。病理学的にこれらの症例には共通して、肉眼的に軽度~中程度の脳萎縮
がみられ、組織学的には、すべての症例でパラフィン標本でも LFB 染色や Sudan Black 等の
各種脂肪染色に陽性を示す脂質の細胞質内蓄積による著明な神経細胞の膨化所見が認められ
る(図22)
。また、本疾患では、著明な軸索変性(軸索球形成)がみられる。電子顕微鏡検
索を実施した症例の神経細胞にはミエリン様層状構造物の蓄積が確認される。
図22.トイ・プードル犬の神経脂質蓄積症(ガングリオシドーシス)の組織所見。組織学
的には神経細胞の膨化所見と各種脂肪染色に陽性を示す物質の蓄積が認められる。
セロイド・リポプスチン症; 国内でセロイド・リポプスチン症と診断された伴侶動物として
は、イヌ(ボーダー・コリー、チワワ)
、ネコ、およびフェレットなどが報告されている。病
理所見として、これらの症例には、肉眼的に重度の大脳あるいは小脳の萎縮が認められ、組
織学的には共通してパラフィン標本で各種脂肪染色に陽性を示す、黄褐色調色素の神経細胞
あるいはマクロファージ(小膠細胞)内沈着、神経細胞の変性萎縮、重度の星状膠細胞増殖
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が観察された。電子顕微鏡観察では、ライソゾーム内に電子密度の高い球状~不整形顆粒状
物質の蓄積が確認された。なおイヌおよびネコの症例では共通して、大脳皮質の神経細胞脱
落に加え、重度の小脳プルキンエ細胞および顆粒細胞の脱落がみられる。蓄積タンパクとし
ては subunit C や saposin A および D が知られている。
⑩運動神経病 Motor neuron disease:運動神経病は大まかに上位運動神経病と下位運動神経病
に分類されるが、基本的に運動神経の障害により、著明な運動失調と筋萎縮が認められる。
ヒトの上位運動神経病の代表的疾患として、筋萎縮性側索硬化症 Amyotrophic lateral sclerosis
(ALS)がある。本疾患では運動神経系の神経細胞にクロマチン融解などの病態が認められ、細
胞質にはブニナ小体と呼ばれる封入体が形成される。免疫染色等ではリン酸化されたニュー
ロフィラメント蛋白の凝集が認められる。病変が慢性化すると、運動神経系の神経細胞体が
消失し、同部やその経路全体グリア細胞増殖が認められる。脊髄では特に側索病変が顕著に
みられるため、本疾患の名称に反映されている。イヌでは、ポインター、ジャーマン・シェ
パード、ドーベルマン等の犬種に単発的報告が確認される。これらの疾患の原因については
明らかにされていない。また神経細胞内に神経原線維集積が認められる運動神経病がブリタ
ニー・スパニエル、ロトワイラー等の犬種でも報告されている。これらの運動神経病の多く
は、若齢時発症のものが多いため、遺伝性疾患である可能性が高い。また後述する変性性脊
髄症として分類された疾患にも実際は運動神経病と分類されるべきものもみられる。
⑪変性性脊髄症 Degenerative myelopathy:種々の年齢層にみられる疾患で、運動失調を特徴
とし、脊髄に病変が確認される疾患を変性性脊髄症と呼ぶが、実際には様々な名称で報告さ
れている。前述のように本疾患群に分類されているものには、運動神経病としての特徴を有
するものも多く認められる。イヌでは、ジャーマン・シェパードの脊髄症、ハリアー・ハウ
ンド、ビーグル、フォックス・ハウンド等のハウンド系犬種にみられるハウンド・アタキシ
ア Hound ataxia、スムーズ・フォックス・テリアやジャックラッセルテリア等の犬種に見られ
る脊髄症、イビザン・ハウンドの進行性運動失調を特徴とする神経疾患あるいはラブラドー
ル・レトリバー犬の軸索変性症など様々な犬種、年齢層の疾患が知られる。これらの疾患の
多くは、脊髄白質の空胞化等の病態が様々な程度でみとめられ、ミエリン鞘の消失や軸索変
性が種々の程度で観察される。一般的に進行性疾患であり、予後は不良なものが多い。殆ど
場合原因は不明であるが、若齢発症ものについては遺伝的背景が指摘されている。近年、ウ
ェルシュ・コーギーを中心にイヌの変性性脊髄症に関する詳細な研究報告が相次いてなされ、
ヒトの家族性 ALS と同様の SOD1 遺伝子変異が確認されている。
図23.ウェルシュ・コーギー犬の変性性脊髄症。側索領域を中心とする脱髄(神経線維の
脱落)所見とグリア増殖。特に腰髄の病変が顕著。
(3)炎症
炎症病変の質や程度、およびその分布は原因により様々であるが、小動物領域では特に感
染性と非感染性疾患を区別することが特に重要である。非感染性の髄膜脳炎は特にイヌで多
く認められ、肉芽腫性髄膜脳炎 Granulomatous meningoencephalitis(GME)や壊死性髄膜脳炎
Necrotizing meningoencephalitis(NME)等が知られている。
17
①イヌのウイルス性疾患:イヌのウイスル性疾患のうち重要なものに、イヌジステンパーウ
イルス Canine distemper virus (CDV)による脳脊髄炎がある。CDV の病変はウイルス株、感染
時期、宿主側の免疫応答などに左右され、極めて多彩である。一般的には、小脳白質や脳室
周囲の白質に脱髄病巣を伴った非化膿性脱髄性脳炎がよく知られている。病変内では、主に
グリア細胞の細胞質や核内に好酸性封入体が観察される。一方、甚急性の神経症状を示し死
亡した子犬では、主に大脳を中心とする皮質組織に封入体形成を伴う神経細胞の変性・壊死
がみられ、非常に軽度のグリア細胞増殖を示す皮質脳炎が観察される。この病変には CDV に
対する特異抗体で、神経細胞内やその突起に大量の CDV 抗原を検出することができる。また
比較的高齢犬に発生し臨床経過が慢性に推移する慢性脱髄性脳疾患、いわゆる老犬脳炎 Old
dog encephalitis にも CDV が関与すると考えられていた。この病態では、臨床症状は緩慢に進
行し、MRI 画像や肉眼観察では脳組織の萎縮が認められる。皮質組織では神経細胞や膠細胞
の核内を中心に封入体形成、炎症細胞浸潤、膠細胞増殖が認められ、白質組織では脱髄性病
変が観察される。CDV 抗原は非常に大量に観察される場合がある(図24)
。CDV 以外のウ
イルス性神経疾患の発生頻度はイヌでは非常に少なく、まれに若齢犬のヘルペスウイルス、
アデノウイルス、パルボ・ウイルス感染などの全身感染症の分症として脳脊髄に病変が形成
されることがある。
図24.CDV 感染症(いわゆる老犬脳炎)の MR 画像所見(左)と CDV 抗原に対する免疫
染色像(右)
。
②ネコのウイルス性脳炎:猫伝染性腹膜炎ウイルス感染症が重要である。この他、猫では、
馬ボルナ病や豚オーエスキー病など、通常、他種動物で問題となるウイルスの感染により、
非化膿性脳炎が引き起こされることが知られている。猫伝染性腹膜炎 Feline infectious
peritonitis (FIP) は、コロナウイルス科に属する FIP ウイルスによる全身性疾患であるが、一
分症として中枢神経系にも炎症病変が認められる。FIP の脳病変はおもに髄膜、脈絡膜、脳
室周辺に分布する。髄膜病変は、軟膜血管周囲における好中球、マクロファージ、リンパ球
などの著明な細胞浸潤を特徴とし、重症例では、フィブリン析出や血管壁のフィブリノイド
変性を伴う。脳室および脈絡膜病変は、形質細胞を主体する重度の血管周囲性細胞浸潤を特
徴とする(図25)
。
18
図25.FIP ウイルスによる脳室脳炎の MR 画像所見(左)と側脳室の病理組織所見(右)。
組織学的には、形質細胞を主体とする重度の炎症細胞浸潤が認められる。
③ウイルス以外の感染性神経疾患:細菌・真菌による感染症は、敗血症にともない血行性に
神経系組織に感染が成立することが多い。しかし中耳炎や内耳炎が波及することもあり、こ
の場合は通常明瞭な前庭障害が認められる。また稀に脳の局所に細菌が到達し、脳膿瘍を形
成する場合がある。真菌類では、クリプトコッカス症やカンジダ症の全身感染の分症として
神経病変を形成することがある。クリプトコッカス症は Cryptococcus neoformans による感染
症で、犬、猫など多くの動物で確認されている。通常は免疫抑制等の条件下で病原性を示す
日和見感染症であり、常在部位である上部気道や皮膚等に一次病変を形成した後、中枢神経
系病変を形成する。肉眼的に軟膜や脳実質に半透明ゼリー状の病変を形成し、組織学的には
マクロファージを中心とする肉芽腫病変内に、HE 染色で不染性の厚い莢膜を有する直径 5~
20μm の酵母型真菌が認められる。特に Feline immunodeficiency virus (FIV)発症ネコで本疾患
が散発的に確認される(図26)
。
原虫性神経感染症として、イヌではエンセファリトゾーン(ノゼマ症)、トキソプラズマ症、
ネオスポラ症が知られるが、通常、エンセファリトゾーンはウサギ、トキソプラズマ症はネ
コで特に重要であり、イヌではウシと並んでネオスポラ症が重要な原虫性疾患と思われる。
ネオスポラはトキソプラズマに類似する原虫で、イヌが終宿主と考えられている。病変は神
経組織と筋組織の広範囲に分布し、進行性の運動失調を特徴とする。病理学的には、重度の
非化膿性炎症病巣内あるいは周囲の正常組織内にネオスポラ原虫やそのシストが観察される。
形態的には前述のトキソプラズマと判別が困難であり、特異抗体による免疫染色により確定
診断が実施される。真菌類の感染は、上部気道や消化器病変から血行性に波及する場合が多
い。これに対してネコはトキソプラズマの終宿主であり、ヒトにも感染が成立することから、
人獣共通感染症として重要である。
19
図26.ネコのクリプトコッカス感染症の MR 画像および肉眼所見と組織所見。大脳前頭葉
に形成された腫瘤(のう胞状)病変(左)と組織像(右)
。粘液状の病巣内には多数の酵母型
真菌が観察される。
④免疫介在性と考えられる神経疾患:イヌの中枢・末梢神経系において自己免疫応答が病理
発生に関与すると考えられる疾患は比較的少ない。特に多発性特発性神経根炎 Idiopathic
polyradiculoneuritis が代表的疾患であり、また特発性多発性動脈炎 Idiopathic polyarteritis の分
症として髄膜血管病変が好発する疾患が知られている。急性多発性神経根炎は、アライグマ
噛傷歴のある猟犬に多く発生したため、アライグマ猟犬麻痺 Coonhound paralysis とも呼称さ
れる。罹患犬は一般に進行性の後肢~前肢麻痺に陥り、著明な運動失調をきたす。病変は脊
髄神経根の脱髄性非化膿性炎を特徴とし、末梢神経にリンパ球浸潤と脱髄病変が見られる。
慢性経過例では、脱髄病巣には線維芽細胞とシュワン細胞の増殖が認められる。イヌの本疾
患は、ヒトのギランバレー症候群との類似性が指摘され、その病理発生については末梢ミエ
リンに対する自己免疫疾患と類推される。
これに対し神経節根炎(感覚神経症)では、主に感覚神経(背根)が障害されるが、組織
病変は多発性根神経炎に類似する。ただし、本疾患では背根障害に続発する重度のワーラー
変性が脊髄背索部に生じ、肉眼的にも同部の退色病変が観察される。
一方、脳髄膜の特発性多発性動脈炎は、特に若齢ビーグル犬に発生が認められているため
Beagle pain syndrome と呼ばれる。ステロイド反応性脈管炎・髄膜炎 Steroid-responsive arteritis/
meningitis(SRMA/SRME)と呼ばれる疾患も本症と同じ病理発生を有すると考えられている。
病理学的には髄膜の中小動脈に主座する血管壁のフィブリノイド変性と好中球、リンパ球、
形質細胞浸潤からなる血管炎を特徴とし、その病理発生には 3 型アレルギー的な免疫応答が
示唆されている。この他にワクチンに混入した脳組織成分による脱髄性疾患が問題にされた
こともあるが、本病態は実験的アレルギー性脳炎 Experimental allergic encephalitis (EAE)との
類似性が指摘され、中枢性ミエリンに対する免疫応答によるものと推察される。
⑤イヌの肉芽腫性髄膜脳脊髄炎:GME は、様々な年齢、犬種に発生する原因不明の脳炎で
ある。本症では中枢神経系の様々な場所に病変が形成され、その臨床像も多彩である。視神
経病変を形成する病型もあり同部が侵襲された場合は盲目などの視覚障害が特徴的に認めら
れる。病理学的には、脳幹部、大脳白質、小脳白質などの血管周囲に、マクロファージ、リ
ンパ球、形質細胞の強い浸潤集簇が認められ、多くのマクロファージが類上皮細胞の形態を
示し肉芽腫病変を形成する。病変は基本的に血管周囲に局在する傾向を示す。類上皮化した
マクロファージを主体とする肉芽腫病変には、まれに多核巨細胞が混在し核分裂像もみられ
る。またこれらの肉芽腫病変は、しばしば融合して肉眼的観察可能な大型腫瘤を形成するこ
ともある。このような大型腫瘤を形成するものは比較的少ない。
⑥イヌの壊死性髄膜脳炎:イヌの NME は、その犬種特異性より、パグ犬脳炎 Pug dog
encephalitis と呼称されることもあるが、類似病態を示す疾患が他犬種でも発生している。一
般に比較的若齢の小型犬種での発生が多い。臨床症状は、突発的な全身性痙攣発作や沈鬱症
状を特徴とし、これらの発作の重積により致死的経過をとる。パグ犬の NME では病変は基
本的に大脳皮質に主座し、まれに小脳皮質、脳幹の一部に病変が及ぶ。一方、ヨークシャー
テリア犬の NME では、主に大脳白質と視床脳に壊死病変が形成され、病変分布が犬種によ
り異なる傾向がある。このため壊死性白質脳炎 Necrotizing leuko-encephalitis (NLE)とも呼ばれ
る(図27)
。一般的なパグ犬における NME の急性経過例では、大脳軟膜直下に層状の単核
細胞浸潤がみられ、同様の細胞浸潤が大脳皮質と白質の境界領域を中心に形成される。亜急
性~慢性経過例では、大脳皮質の壊死・軟化病巣が多巣状性に形成され、さらに長期経過例
では、肉眼でも観察可能な軟化病巣が大脳皮質に多巣状性に形成され、この他大脳皮質の萎
縮や脳室拡張が認められる。組織学的には、炎症性変化は減弱し、大脳皮質に大型の空洞病
変が形成され、周囲組織には反応性星状膠細胞の増殖がび漫性に認められる。
20
図27.ヨークシャーテリア犬の白質型壊死性髄膜脳炎の MR 画像所見(左)と大脳の組織
所見(右)
。組織学的には広範な白質の軟化性病変と血管周囲への単核細胞浸潤が認められる。
(4)腫瘍
狭義の脳腫瘍とは脳実質を構成する神経外胚葉組織に由来する腫瘍を意味するが、一般的
には頭蓋内に発生する全ての腫瘍を脳腫瘍と呼び、これには、間葉系組織など様々な組織に
由来する腫瘍が含まれる。最も発生頻度が高いのは、髄膜(くも膜)上皮に由来する髄膜腫
Meningioma である。神経外胚葉性腫瘍の疫学調査はそれが実施された地域の特徴によりその
結果が異なる傾向があるが、一般的には膠細胞性腫瘍、ついで未分化神経外胚葉性腫瘍
Primitive neuroectodermal tumors (PNETs)の発生が多い。
MRI や CT の普及により、イヌ・ネコにおける脳腫瘍の診断機会は増加しており、これに
伴い、生体組織検査や細胞診断等の需要も増加すると予想される。動物の脳腫瘍に関する情
報は大部分が剖検例の知見に基づくものであり、その詳細についてはヒト類似腫瘍からその
分類あるいは生物学的動向を推測することが多い。1999 年には動物神経系腫瘍の WHO 組織
分類(AFIP 出版)が A. Koestner(Ohio State Univ.)
、T. Bilzer(Heinrich Heine Univ.)
、R. Fatzer
(Bern Univ.)
、F. Y. Schulman (AFIP)
、 B. A. Summers (Cornell Univ.)
、T. J. Van Winkle
(Pennsylvania Univ.)らの編集により制定された。本分類は以下の 3 項目を基本事項として
いる。①1979 年の WHO ヒト神経系腫瘍分類を基本とし、これに動物種等を考慮して分類す
る。②組織型は光顕観察に基づき、最も優勢な腫瘍細胞及び組織構築を評価して分類する。
免疫組織化学的細胞マーカー、即ち GFAP, Neurofilament, Synaptophysin 等の発現は考慮する。
③腫瘍の生物学的動向(腫瘍組織の悪性度や分化度)を示す Grading system:Grade 1(良性)
~Grade 4(高度悪性)は使用しないが、一般的な組織学的区別(高分化・異型)、生物学的
動向(限局性・浸潤性)等は採用する。これらの 3 項目にもとづき動物の頭蓋あるいは脊椎
管内腫瘍をその由来組織や生物学的動向により①神経上皮組織由来腫瘍(星状膠細胞、希突
起膠細胞、上衣細胞、脈絡膜上皮、神経細胞、松果体実質細胞)
、②髄膜腫瘍(髄膜上皮細胞、
非髄膜上皮・間葉系細胞)
、③リンパ腫及び造血器系腫瘍(リンパ球、組織球、小膠細胞、そ
の他造血細胞)、④トルコ鞍部に発生する腫瘍(下垂体腺腫等)、⑤その他の原発腫瘍および
嚢胞、⑥転移性腫瘍、⑦特定部位腫瘍の神経系への局所伸展、および⑧末梢神経系腫瘍に大
分類している。大項目には、それぞれ中分類さらに小分類が設定され、星状膠細胞性腫瘍と
髄膜腫については、さらに詳細な組織亜型が設定された。この分類はその基本事項にある様
に、従来ヒトで使用されていた神経系腫瘍分類に基づきに制定され、一般的に受け入れ易い
ように配慮された腫瘍分類となっている。主な整備点としては、若干混乱があった髄芽腫と
PNETs について、いずれも多方向性分化を示す同一腫瘍とし、小脳原発に限って髄芽腫(あ
るいは小脳 PNETs)の用語を使用し、その他については、小脳外 PNET として分類すること
を明示している。同様に悪性度表記の際に報告により混乱のあった星状膠細胞性腫瘍につい
て、悪性度に応じて Low(高分化型)、Medium(退形性・異型)
、及び High-grade(膠芽腫)
21
に 3 分類された。また組織多形が問題となる髄膜腫では、9 亜型が設定されたが、由来未確
定とされていた顆粒細胞腫瘍も髄膜腫の1亜型として再分類された。分類の詳細については、
若干の問題点も含まれるが、今回の神経系腫瘍 WHO 分類はコンパクトに整理されており、
今後本分類にもとづき症例を集積してゆくことで、各腫瘍の生物学的動向に関する情報が整
理されるものと期待される。以下に特にイヌに多くみられる腫瘍について概述する。
a 髄膜腫 meningioma:髄膜腫は、髄膜組織が存在する脳表層部のいずれの部位からも発生し
うるが、イヌでは小脳テントおよび大脳鎌、ネコでは第三脳室が好発部位とされる。脳実質
への浸潤性は乏しいものの、圧迫による脳障害が生じる。組織学的には、極めて多彩な組織
像を示すため、WHO 腫瘍分類では、その組織像に応じて髄膜上皮型、線維性(線維芽細胞様)
型、移行型(混合型)
、砂粒体型、血管腫型、乳頭型、顆粒細胞型、粘液型などの 8 分類を設
け、さらに脳実質に浸潤性増殖を示す異形髄膜腫 Anaplastic meningioma を悪性型として区別
している。髄膜腫の基本的な組織像は、楕円形ないし紡錘形の腫瘍細胞が渦巻き状配列を示
し増殖し、中心部に砂粒体 Psammoma body と呼ばれる石灰沈着物を形成するものである。な
お多彩な組織型が知られているが、基本的に組織型間で臨床動向に特に差異はないとされる
が、顆粒細胞型の髄膜腫については、免疫組織化学的な特徴や臨床動向がその他の組織型の
髄膜腫と異なる点が多い。
b 組織球性肉腫 histiocytic sarcoma:髄膜腫瘍と鑑別が必要な腫瘍として、イヌでは組織球性
肉腫の診断機会が非常に多いためその特徴を若干記載する。WHO 分類では悪性組織球症
Malignant histiocytosis の一分症として、分類されているが、由来不明の腫瘍として分類された
髄膜肉腫症 Leptomeningeal sarcomatosis や非 T/B 細胞性リンパ腫の一部も実際は組織球性腫瘍
である可能性が高い。イヌの頭蓋内あるいは脊椎管内の組織球性肉腫の増殖パターンは大き
く2つに分類され、髄膜の広範囲にび漫性に浸潤するものと、髄膜腫のように髄外に孤在性
腫瘤を形成するものがある(図28および29)。組織学的特徴に特に相違は認められない。
明らかな異型性・多形性を示す腫瘍については、診断上の問題は生じないが、増殖する組織
球系細胞に明らかな異型性・多形性、あるいは異常核分裂所見を欠く場合は、反応性組織球
増殖や GME の孤発型との鑑別が問題となる。
図28.組織球性肉腫(びまん型)の MR 画像所見(左)と病理組織像(右)。
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図29.組織球性肉腫(孤在性)の MR 画像所見(左)と病理組織像(右)
。
c 神経外胚葉性腫瘍 PNETs:神経外胚葉組織に由来する腫瘍は、通常脳実質内に発生し、周
囲組織への浸潤性増殖を示す場合が多く、一般的に髄膜腫と比較して、神経機能に与える障
害も大きい。これらの神経外胚葉性腫瘍は、髄膜腫等の実質外に発生する腫瘍(髄外腫瘍)
に対して、髄内腫瘍と総称される。
WHO 腫瘍分類では、未分化かつ多方向性分化能を有する未分化神経外胚葉性腫瘍あるいは
髄芽腫を最も幼若な腫瘍型として、神経細胞への分化を示す腫瘍群(神経芽細胞腫、神経節
細胞腫等)、星状膠細胞への分化を示す腫瘍群(膠芽腫、星状膠細胞腫等)、稀突起膠細胞へ
の分化を示す腫瘍群(稀突起膠細胞腫)、脈絡膜上皮への分化を示す腫瘍群(脈絡膜乳頭腫等)、
脳室上衣細胞への分化を示す腫瘍群(上衣腫等)等、腫瘍細胞が示す分化の特徴に従い大ま
かに神経外胚葉性腫瘍を分類し、さらにその悪性度等に応じて細分類を設けている。動物で
は特に星状膠細胞性腫瘍や希突起膠細胞性腫瘍の発生が多い。神経外胚葉性腫瘍はその由来
細胞により、様々な組織形態を示すが、髄芽腫、神経芽細胞腫、および上衣腫等に共通の所
見として、ロゼット形成が認められる。近年、由来不明の腫瘍と考えられていた大脳膠腫症
Gliomatosis cerebri や小膠細胞症 Microgliomatosis には神経芽細胞のマーカーや未分化神経膠
細胞マーカーを発現する細胞が多く含まれることが明らかになり、これらの未分化な細胞の
脳内浸潤亢進を特徴とする疾患であると予想されている(図30)
。今後も神経幹細胞に関す
る新たな知見やマーカーの開発により、従来の神経外胚葉性腫瘍の分類や病態解釈が大きく
修正される可能性もある。
図30.大脳膠腫症 Gliomatosis cerebri の脳の各部位の HE 組織像。
d 脊髄腫瘍:脊髄に発生する腫瘍の分類は、脳腫瘍とほぼ同様であるが、脊髄特有に発生す
る腫瘍として、若齢犬の胸腰椎部脊髄腫瘍がある。本腫瘍は腎芽腫と類似の組織形態を示し、
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症例によっては原始糸球体構造が観察されることから、発生時に胸椎後部や腰椎内に迷入し
た腎臓原器組織から発生する腫瘍と推測されている。通常、腫瘍は硬膜内、軟膜外に形成さ
れ、脊髄組織を圧迫して障害するが、病態が進行した症例では脊髄内に腫瘍細胞が浸潤増殖
を示し、肺などに転移巣を形成することがある。
5.おわりに
本稿で紹介した症例の多くは、臨床の先生方の努力により剖検され、病理検索の機会が得
られたものであり、あらためて各先生方のご尽力に改めて深謝したい。
病理解剖は、臨床への直接還元される情報に乏しいと考える方もおられるかもしれないが、
詳細な病態解明のためには、各種臨床情報に加え形態学的知見は不可欠である。近年、病理
解剖に供される伴侶動物の例数は減少の一途をたどっており、なかでも脳・脊髄の採取が許
可される症例は非常に少ない。しかしながら動物における神経病理学の体系化のためには、
形態的検索より得られる情報も非常に重要であり、その病態解明に寄与する情報も得られる
ため、今後とも臨床の先生方には病理解剖へのご理解とご協力を頂きたいと祈念している。
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