12月号巻頭言 - スラバヤ日本人学校

平成27年12月23日
12月
キャリア教育に思う
小学部55名
中学部 8名
校長
村下 俊文
Nangka(Jackfruit)
先日のNHKの番組で、国内に急増する中年フリーターの問題を取り上げていました。インタビューに応じた
アルバイトの38歳の男性は「毎晩遅くまで働いて帰宅するのは午前0時過ぎですが、日当は7650円。週に
5日ほど働いて年収は250万円余り。生活はギリギリで貯金をする余裕はない」といいます。男性は都内の有
名大学に通っていましたが、就職活動を行ったのはITバブル崩壊で“氷河期”と言われた2001年。希望す
る会社から内定をもらうことはできませんでした。その後、引越しやビラ配りなどのアルバイトをして生活し、
これまで正社員として働いた経験は一度もありません。男性はこうした生活から抜け出そうと正社員での就職を
目指していますが、40歳を前にしてアルバイトの経験しかないことが高い壁になっている、と感じています。
男性は「学生時代は、将来、会社に勤めて家庭を築いていると自分の姿を思い浮かべていたが、こうした生活に
なるとは想像してもいませんでした。正社員になりたくても、年齢や経歴がハードルになってきて、このまま年
を取ったらどうなるのか、とても不安です」(NHKスペシャル 12 月 7 日)と話していました。大変重い内容の話でした。
さて、話題をいったん転じますが、暦の1年が終わろうとしています。スラバヤ日本人学校も今月23日で2
学期が終わります。この1年を振り返り、実に多くの方々の支援でこの学校があるとの思いを新たにしました。
中でも、この2学期を中心に実施した「職業体験学習」
(中学部)や「企業探検」(小学部)では、今年も多くの
邦人関係企業にご協力いただき、大変充実した教育活動を行うことができました。
「国際文化交流会」のことは前号で述べましたが、「国際文化交流会」を日イ両国の文化理解と相互交流を深め
る最適な場と考えるならば、この「職業体験学習」と「企業探検」は、本校の児童生徒が自らの力で自身の今後
をどう設計していくか、将来の職業観や勤労観についての示唆を得る貴重な体験学習の場です。
現在、SJSでは、小学部は、生活科や社会科の学習活動、その他
の日常的な活動の中に「キャリア教育」の視点を据え、積極的に取り
組んでいます。また、中学部は、スラバヤタイム(総合的な学習)の
年間計画に「キャリア教育」を位置づけ、計画的に実施しています。
当然ながら、ねらいとするところは発達段階によって大きく異なりま
すが、たとえば小学部低学年では、「自分の好きなこと、得意なこと、
できることを増やし、様々な活動への興味・関心を高めながら意欲と
自信を持って活動できるようにする」ことを目指し、様々な活動を通 自動化された製造工程の仕組と流れる製品の動きを食い入るように見つめる子どもたち
AJINOMOTO INDONESIA MOJOKERTO FACTORY にて 2015.11.30
して児童がキャリアを形成していくために必要な能力や態度を育んで
いけるよう支援しています。また中学部では、今年度は、スラバヤタイムにおけるテーマを「職業について深め
よう」(全45時間扱い)とし、活動を通して身につけさせたい力として「深く考える力・自分の考えを伝える力」を挙
げ、「広い視野・価値観を理解して世界の動きを視野に入れた国際人の育成」を目指しています。
現在、SJSの強みは、なんと言っても体験学習を受け入れてくださる企業や官公庁(州警察・州消防局等の
現地の機関を含む)の方々の温かい理解と支援の輪です。これなくしては本校の体験学習は成り立たないと言っ
ても過言でないほどです。たとえば、食品加工工場に見学に行くと、加工工程の見学だけでなく、実際の加工体
験を含むきめ細かな対応をしていだだき、その年齢に合った形で、働くことの苦労や喜び、若い人への期待など
をわかりやすく伝えていただきます。また、小学部時代に見学した工場に、中学部の「職場体験学習」で再び訪
れ、実際に働く経験をさせていただくなど、単発的でなく経験が有機的に繋がることにより、より理解が深まる
利点もあります。このような経験が可能になるのも企業の方々の理解があればこそで、大変有難いことです。
また、現役の企業関係者の方が直接本校に無償で出向いてくださり、在校生のために将来への思いが広がる講
話や実演による授業をしてくださるなど、キャリア教育としては贅沢すぎるご支援もいただいています。直近で
は11月に2名、中学部の生徒を対象に講話をいただきましたが、一人はインドネシア国内のゴミ問題をどう解
決していくかという難題に熱心に取り組んでおられる20代の女性の方、もう一人は、製紙工場や製鉄工場など
にある巨大な機械の制御システムの開発に長年従事してこられたベテラン技師の方です。いずれも働いておられ
る方々の熱い思いがストレートに伝わってきて、生徒ばかりでなく、大人もたくさんの刺激をいただきました。
すでにご存知の方も多いと思いますが、昨今多く耳にする、「キャリア教育」は、
「一人一人の社会的・職業的
自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通してキャリアの発達を促す教育」(中央教育審議会答
申)と定義されています。「キャリア」(career)という言葉は英語で、「行路、足跡」を意味し、中世ラテン語の
「車道」が語源だそうです。この「キャリア」という言葉は、それぞれの時代や立場、場面などによって様々な
意味に用いられてきましたが、
文部科学省の手引きには「人が生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分と役割との関係
を見いだしていく連なりや積み重ね」と定義されています。
そもそも、この「キャリア教育」が提唱された背景には、「子どもたちが育つ社会環境の急激な変化に加え、産
業・経済の構造的な変化、雇用の多様化、流動化等が子どもたち自らの将来のとらえ方にも大きな変化をもたら
し、子どもたちは、自分の将来を考えるのに役立つ理想とする大人のモデルが見つけにくく、自らの将来に向け
て希望あふれる夢を描くことも容易ではなくなってきている」(文部科学省)という現状の課題がありました。
平成11年(1999)12月の中央教育審議会答申で初めて「キャリア教育」という言葉が登場して以来、
多くの議論や学校教育への働きかけが行われ、それらの経緯を踏まえて、平成18年(2006)12月に改正
された教育基本法に第2条(教育の目標)には「個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自
主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んじる態度を養うこと」が規定さ
れ、またその翌年には、学校教育法第21条、義務教育の目標の第10号に「職業についての基礎的な知識と技
能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと」と定められました。
これらの経緯からも読み取れるとおり、「キャリア教育」の本質は「児童生徒がキャリアを形成していくため
に必要な能力や態度の育成を目標とする教育的働きかけ」であり、その目指すものは、「自分が自分として生き
るために、
『学び続けたい』
『働き続けたい』と強く願い、それを実現させていく姿」です。
学校教育の中でも「キャリア教育」の必要性や意義の理解は深まってきており、成果も徐々に上がってきてい
ますが、ややもすれば「体験活動が重要」という側面のみが強調され、職場体験活動等の実施のみをもって「キャ
リア教育」と見なす傾向が進み、本来到達すべき目標、「社会的・職業的自立のために必要な能力の育成」がやや
軽視されてしまっていることが、現場教育の課題として指摘されています。心してかからなければなりません。
話が難(かた)くなってしまいましたが、先ほどの「制御システムの開発に長年従事してこられたベテラン技師」の
山元さんの講話の中で、生徒が大きく頷いていた言葉に「自分の頭で考え、生きていく」という、まさに山元さ
んご自身の生きる姿勢を表した言葉がありました。「自分は企業人だけれども会社の言いなりではない。自分で
納得する仕事をする。納得できるまで考えることをやめない。何日も徹夜を続けても完成しない、そんな日もあ
る。でも、ふとしたきっかけで思い通りに製品が動きだし、開発が成功する、その時の喜びがあるから苦しい仕
事にも耐えられる。自分の独自の発想で物が完成した時の充実感は他に代えがたい」まさに開発者の至言です。
他にも多くの企業の方々から、子どもたちへ思いのこもった熱い言葉をいただきました。「――良い製品は身
勝手な利益追求の姿勢からは生まれない。常に買い手、使い手、消費者のことを考え、その目線に立って、その
喜びを想像しながら新製品を追究していくことこそが自分たちの役目であり、喜びであり、生きがいである」
「作る」―「つくる」―「創る」―「生み出す」――これらが企業で働いておられる方々に共通した熱い思いの
源流であることが、すべて方々の話から感じ取れました。画家は描く絵によって、料理人は作る料理によって、
作家は生み出す作品によって、スポーツ選手はそのプレーによって、音楽家はその演奏によって、そして工場で
働く人は、つくる製品によって、――「人のためになるものを生み出すこと、それが生きがいであり、自分の幸
福につながることである。与えるものがなければ得ることができない。益するものがなければ自分に益は入らな
い。他を幸せにできなければ自分も幸せにはなれない」――
今月10日にスウェーデンのストックホルムでノーベル賞を受賞した大村教授の祖母がかねがね口にされてい
たという「人のために」とは、そもそういうことであったのかもしれません。
これらのお話は、私個人にとっても、社会に貢献することの意味を学ぶよい機会となりました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇――スラバヤ刻々――◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
校庭のナンカの木に実が生りました。
初めてナンカを見てびっくりしない人は
、、、
いないでしょう。なんか変なものがぶら
下がっている。近づいて観察するとアル
マジロ(右の写真参照)のようで表面も荒い。
これがわずか5メートルほどの木に鈴
生りに生っている光景は爽快です。
火炎樹の花も満開となり、長い間降ら
なかった雨もようやく降り始め、例年に
なく遅い雨季の到来を告げています。
(上)アルマジロ(出典:livedoor.blogimg.jp
(左)校庭の隅の木に 30個ほど、直径 20㎝
ほどの実を鈴なりにつけたナンカの木。
実はジャックフルーツという英語名で
広く知られ、熟したものは食用で美味。
(右)校舎正面脇の若木に 1個だけ実をつけて
子どもたちをびっくりさせる。一緒に写
っているのは経理や機械修理などで大変
お世話になっている事務室のユスフさん。