●小論文ブックポート 〈連載〉小論文ブックポート ● 児美川孝一郎・著 『キャリア教育のウソ』 うな対応関係自体に、「もともと 無理がある」と著者は指摘する。 やりたいことにこだわるのが 危 険 な の は、「 日 本 の 雇 用 慣 行 ではジョブ︵仕事︶に応じた採 用や育成がない」「『やりたいこ と( 仕 事 )』 の 見 つ け 方 が、 主 観的な視点に偏る可能性があ る」 「『やりたいこと(仕事)』を、 その実現可能性や社会的意味と の関係で理解する視点が弱い」 など3つの問題点がある。 むしろ著者が必要だと考える の は、「 現 在 の 日 本 の 産 業 構 造 がどうなっていて、職業構成が どう変化し、実際の職場におけ る労働の実態がいかなる状況に あるのか」など職業や仕事への 理解を深める学習である。やり たいことを選ぶには、まずは広 い「社会認識」に基づく豊かな 土壌作りが先決になる。 「 や り た い こ と 」 を 特 定 の 職 業や仕事の次元に落とし込む必 要 は な い。 技 術 系 か 事 務 系 か、 広い意味での対人サービスかな どの「方向感覚」と、働く上で 大切にしたいものや、やりとげ たいことなど「価値観」を大ま の存在を想定するものである。 著者が言う本来のキャリア教 育 と は、「 変 化 の 激 し い 社 会 に ちくまプリマー新書(定価 本体780円+税) 漕ぎ出て行って、そこで自らの キャリアを築くための準備教 育」である。社会的な存在であ る 人 間 は、 人 生 の 履 歴 の 中 で 様々な役割を引き受ける形で社 会参加し、貢献する。これらの 役割を担えるように成長し、自 ア教育はこれらへの「教育的な 分の生き方として自分の中に統 処方箋」であり、「将来の目標が 合できることが「キャリア発達」 立てられない、目標実現への実 であり、これらを促すのがキャ 行力が不足する若年者」を鍛え リア教育なのである。 直し、てこ入れして、若年雇用 これは職業や仕事の世界への 問題の深刻化に対処する狙いだ。 「 適 応 」 だ け を 目 指 す の で は な い。ライフキャリア上の様々な こうした意図でのキャリア教 育を著者は、 「狭すぎるし、偏っ イベントへの転機の準備も含む ている」と指摘。特に問題なの など、非常に幅広い。 が、「 キ ャ リ ア 教 育 の 焦 点 が 職 キャリア教育が必要となった 業や就労だけに当たってしまっ 背景には、日本社会の変化があ て い る 」「 キ ャ リ ア 教 育 へ の 取 る。つい 年前までの日本社会 り組みが、学校教育全体のもの は、多くの人が学校卒業後は家 になっていない」ことである。 業を継ぐか、就職して定年まで 働く「標準的なモデル」が存在 そもそも「キャリア」とは何 か。著者は「これまでの、そし した。だが、終身雇用や年功序 てこれからの人生の履歴を意味 列型賃金を軸にした「日本的雇 する」と語る。履歴とは「変転 用 」 は 縮 小・ 解 体 し つ つ あ る。 の 可 能 性 」、「 節 目 」 や「 転 機 」 非正規雇用も増えている。いつ が大切であり、そのことが「自 大学の就職課の多くが今は キャリア支援課と名乗る。大学 己の認識や判断力を鍛える」と や高校でもキャリアを冠した授 著者。本書のスタンスでもある。 業が増えた。ここ 年余りの学 人生に関わる、 キャリア教育 校教育で最も大きな変化の一つ が、 「キャリア教育」である。 キャリア教育が国を挙げて取 り組まれるようになった背景に なぜキャリア教育が行われる は、 年代以降の若者の就労や ようになったのか。その中身は どうなのか。当事者の高校生は、 雇用問題の深刻化がある。この 構図に著者は「若い人にはピン 一度立ち止まって見ておいたほ と 来 て ほ し い。 大 き な“ 憤 り ” うがいい。そこで今号は児美川 孝一郎著 『キャリア教育のウソ』 を込めて」と強調する。 (ちくまプリマー新書)を読む。 若 者 の 就 職 難 が 問 題 な の は、 若者たち自身の「チャンス」や 書 名 か ら 想 像 で き る よ う に、 本書は単なる「キャリア教育推 「 可 能 性 」 を 閉 ざ す 以 上 に、 今 後の日本の「経済基盤」の崩壊 進 本 」 で は な い。 「若い人たち と、「社会不安」や「社会保障シ には、今あるものをいったんは ステム」の機能不全を引き起こ 『ウソ』かもしれないという点 す「社会問題」だから。キャリ から捉え直し、突き放す」視点 と若者を対象とする教育の場面 「 転 機 」 が 訪 れ る か、 誰 も 予 測 できない。だからこそ、 「変転」 にも援用できるのか」と著者は 疑問を投げかける。 を含む「キャリア教育」が必要 であると、著者は説いている。 例えば俗流キャリア教育の一 つ の 表 れ が、「 や り た い こ と 」 「やりたいこと」を問う前に 至上主義である。今の若者は小 学 生 時 分 か ら「 夢 」「 や り た い だが今のキャリア教育の多く は、 「本来のキャリア教育」で こと」をひたすら考えさせられ、 はない「俗流キャリア教育」だ 最終的には職業や仕事の次元に と著者は批判する。俗流キャリ 落とし込む。問題は中身だ。 ア 教 育 は、 ①「 自 己 理 解 系 」 、 例えばある調査で「高校生の ②「 職 業 理 解 系 」 、 ③「 キ ャ リ なりたい職業」を見ると、ほと アプラン系」の3つにジャンル んどが「教員」 「看護師」 「医師」 分けされ、「自分を見つめ」 → 「目 などの「専門職」となっている。 標を設定し」→「計画的に努力 だが学校卒業後の多くの若者が する」という方向で系統立てら 就 く の は、「 事 務 系 の 会 社 員 」 れている。この方法はアメリカ 「サービス系の会社員」「技術系 などでの 「キャリアガイダンス」 の会社員」である。 が 下 敷 き と な っ て い る が、 「ア なぜこのようなギャップが生 メリカと日本では社会制度も文 まれるのか。日本では、一部の 化も異なる」 「そもそも成人の 専 門 職 や 専 門 的 職 種 を 除 く と、 『転職』支援の場面を軸に発達 雇用はジョブ(仕事)では分かれ してきたような理論を、子ども ていない。文系ホワイトカラー などは、様々な仕事に対応でき る能力が求められる。このよう な職業世界の「現実」にもかか わらず、キャリア教育では「や り た い こ と( 仕 事 )」 を 明 確 に することが求められる。このよ 90 30 かにつかめばいい。これらは仕 事を選ぶ上での自分の「軸」だ。 加えて、忘れてはならないのは、 や り た い こ と の「 実 現 可 能 性 」 をも見極めることである。 つまり著者は「やりたいこと」 だけでなく、自分の「やれるこ と 」、 社 会 で「 や る べ き こ と 」 の3つの視点が交わった地点で 進路を考えるべきだと説くのだ。 さらに著者の指摘で重要なの は、「 正 社 員 モ デ ル 」 を 勧 め る 現在のキャリア教育からの転換 である。今は正社員に安住して いられる時代ではなく、働く人 の一定層は非正規雇用にならざ るをえない。そこを踏まえた「非 正 規 雇 用 に『 防 備 』 を 」「 理 不 尽には『武器』を」、「困難に向 き合うことを支える仲間を」な どのアドバイスは極めて有効だ。 本書から読み取れるのは自分 の 生 き る 軸 を 確 立 す る こ と と、 常に現実の社会を直視する大切 さである。自らの生き方・働き 方を自律的に設計し、不透明な 時 代 を 乗 り 越 え る 力 を つ け る。 高校時代は、そのための助走期 間と言えよう。(評 =福永文子) 2014 / 8 学研・進学情報 -20- -21- 2014 / 8 学研・進学情報 10
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