巻 頭 言 生きる喜びと感動を子どもたちに 赤 羽 惠 子 (京都モンテッソーリ・コース) わが国でも「IT革命」が進む中で、子どももネットを使えるようにし なければいけないという名分を立て、2002 年 4 月から教育カリキュラム にパソコンが導入されました。しかしその目的は「当時の首相が電子産業 を活気づけるために、小中学生をマーケットとして開拓するところにあっ たのではないか」 (柳田邦男)と激しく反対している人たちもおります。 一方、 ある有名な私立学校では 2000 年からカリキュラム化された「情報」 の授業において「将来、自ら新しい時代を切り開き、世界レベルのネット ワークの中で活躍する人間を育てることを目指した授業実践を行っていま す。……小学 1 年生から 6 年生まで、1 組 36 人に対し、専門の情報科教 員 2 名がチーム・ティーチング体制を敷いて指導に当たっています」(鈴 木二正)ということです。 パソコン導入を反対する人の理由はこうです。「子どもや若者のゲーム やパソコン、ケータイを使いこなす能力は驚くべきもので」あっという間 に、様々な遊び方や情報の検索能力を身につけてしまう。……「特に怖 いのは凶悪犯罪や性に関する情報を発信しているホームページにアクセス する方法を見つけ出し、それを自分のケータイやパソコンにダウンロード して友達に得意がって見せている行為が小中学生の間に広がりつつあるか ら」 (柳田邦男)ということです。 動機は何であれ、 既に子どもや未成年たちの手に、この道具(宝物 or 麻薬) は渡ってしまったのですから、大人たちはこの道具と子どもから眼を離さ ず、今までより数倍優しくなって子どもにかかわる必要があると思うのです。 ぜひ岡田尊司著『脳内汚染』 (文芸春秋)を読んでみて下さい。対極に あるモンテッソーリ教育の真価が見えてくるでしょう。 −1− 新旧会長交代について ドメニコ ・ ヴィタリ (日本モンテッソーリ協会副会長) 2007 年(平成 19 年)は 3 年に 1 度実施される選挙年です。3 月に日本 モンテッソーリ協会会員に理事選挙用紙が郵送され、4 月 14 日に選挙管 理委員会のもとで開票されました。8 月 6 日の日本モンテッソーリ協会の 旧理事会において、30 年間、日本モンテッソーリ協会(学会)の会長・ 理事長を務められたクラウス・ルーメル神父様の退任希望が出されました。 90 歳という高齢である理由で、やむをえない希望ということで、辞任は 受け入れられました。続く新理事会で新しい会長・理事長として青山学院 女子短期大学長前之園幸一郎先生が選出されました。この選挙結果は 8 月 8 日の総会において承認されています。 さて、ルーメル神父様は 1962、3 年頃から上智大学文学部教育学科教授 として「モンテッソーリ教育研究会」でモンテッソーリ教育研究や、カト リック教育協議会の理事長としてその保育研究会「モンテッソーリ研修会」 に参加し、モンテッソーリ教育の研鑽を積まれておられ、1968 年、日本 モンテッソーリ協会(JAM)の結成当初から役職に就かれました。1970 年に日本で最初のモンテッソーリ教員養成コースが上智大学の関連施設で 上智モンテッソーリ教員養成コースとして発足したときには、コース委員 長を務められました。 このようにルーメル神父様は本協会の創立以来あらゆる側面においてモ ンテッソーリ教育を日本に根づかせる努力を重ねられ、モンテッソーリ教 育の理念を広めることに惜しみない力と情熱を注がれてきました。又、日 本国内だけでなく、オランダのアムステルダムに事務局がある国際モンテ ッソーリ協会(AMI)との関係や、マリア・モンテッソーリの息子マリオ 氏や、孫娘レニルデさんとのこの上ない親愛なる関係は、誰も決して想像 できるものではないでしょう。 ルーメル神父様の存在は本当に大き過ぎ、神父様の辞任の後、これから の日本モンテッソーリ協会は大丈夫だろうかと不安ですが、しかしながら ルーメル神父様から受けついでいるものが大きいからこそ、これから私た −2− ちはより一層力を合わせなければならないのです。そして、ただ力を合わ せて乗り切るだけでなく、新しい発展を成し遂げなければならないのだと 考えます。私は、 「過去を振り返ることは未来ヘ責任を担うこと」という ヨハネ・パウロⅡ世の言葉を思い出します。どんどん移り変わる社会の中 で、色々な新しい問題が起こり、解決が早急に教育の分野でも求められて おります。が、その問題解決はとても困難になっております。寄せられる 多くの課題を受け止めるためにモンテッソーリ教育の研究だけでは足りま せん。モンテッソーリ教育の精神をもって現代の子どもをよく観察し、必 要な手助けを検討しなければならないと思います。 常に前向きにマリア・モンテッソーリの遺産を吸い上げることは大変重 要でしょう。現代の世界で、モンテッソーリ・ヴィジョンは欠かせません。 その中で特に、子どもへの尊敬の念や、彼女のコスミック観、平和教育な どは、最も強調しなければならないでしょう。いくら小さく、幼くても、 子どもが、この自然界、世界の中で非常に大切で、役立つ存在であること を感じ取りながら育てば、又、まわりの大人からそのように認められなが ら大きく成長したら、子どもを含めみんなはもっと、もっと、きっと幸せ になれるでしょう。なお今までは、どちらかというとヨーロッパとアメリ カのモンテッソーリアンとよく関係をもちました。オセアニアやアジアに おけるモンテッソーリ教育の人たちとあまり関係をもってこなかったと思 います。特に中国・韓国、フィリピンなどの隣の国々と積極的に連帯し、 世界のグローバルな子どもたちのため教育を考えるのも、私たちの今後の 課題になっていくのではないでしょうか。 最後に、どうしてもモンテッソーリ教育の後継者育成をもう少し考えて いかなければならないでしょう。そのため、教師養成コースが協力し合い、 話し合っていかなければならないだろうと思います。共通理解をもつのは 難しいかもしれませんが、最低限度でもよいから、話し合いを続けること は、重要な課題になるでしょう。 このような連帯感が生まれるように、助け合って、地球の中で生きてい かなければならないことを悟りながら、日本のモンテッソーリアンは新会 長・新理事長の前之園幸一郎先生のもとで頑張っていきたいと決心をして おります。みなさま方のご協力をどうぞよろしくお願い申し上げます。 −3− モ ン テ ッ ソ ー リ 未 発 表 資 料 カルフォルニア・レクチャー サンフランシスコ 1915 年 9 月 13 日 子どもの運動と精神的発達 クラウス・ルーメル (日本モンテッソーリ協会名誉会長) 江 島 正 子 (明和学園短期大学) 内的生命を組織化する練習は複合的活動で、個人のすべての活動と関連 します。この練習はいわゆる反射弓を始動させ、疲労させるというよりも、 安らぎをもたらします。そこから生じる活動は人を力づけます。消耗させ るのではなくて、力づけます。この原理は一般的です。私たちはもはや始 めのように単に感覚を訓練しているばかりでなく、反射弓全体を主な目的 として運動する場合にも、この原理は相変わらず適用されるべきです。 伝統的な教育では、運動を組織化する訓練があります。即ち、運動を教 育することを目的にしているのです。伝統的なやり方による運動教育は、 直接的で、運動自体にある制約があります。例えば衛生学は朝起きた時に、 手や身体を動かすある種の体力強化の訓練をした方がよいと勧めます。そ うでなければ特別な器具が筋肉を訓練するのに役立つ体育館や運動場のよ うなところで、個々の装置を用いて、筋肉は訓練されます。この運動は、 知性の獲得をめざした運動とは全く異なります。 人間は目的をもって運動をするとき、目的こそが目的へ自分を動かしま す。それは知性によって規定され、そしてそれは知性の働きを方向づけま す。ですから、体操をしているのは知性だ、と言ってよいでしょう。奴隷 としての筋肉の訓練は必要です。なぜなら、私たちの運動は筋肉が準備さ れているかどうかに、依存するからです。また、心理学者が言っているの ですが、人間は自分の多種多様な筋肉の協応が必要です。ある特定の運動 をするため、ばく大な量の筋肉が集団をなして、同時に動かなければなり ません。色々な筋肉の教育をただ解剖学によって行うとすれば、とても難 しいでしょう。しかし、体操について科学的な根拠づけをしようとする人 −4− モンテッソーリ未発表資料 はそうします。 どの筋肉が身体のどこに付いているか、どの骨と結合しているか、どの ような機能を果たしているかを知るため、筋肉について解剖学の研究は必 要だと考えられます。誰かがこの骨、またはあの骨を動かせば、それでこ れはその根拠に基づく体操になって、そして「そう、この筋肉を知ってい て、どのように動くかが分かって、この筋肉を動かしましょう」と言いま す。実際、科学的な考え方をする体操の教師がいて、筋肉強化の特別な訓 練を行い、彼はその訓練に科学的な名称を与えます。体育学校の教師の哀 れな頭の中は筋肉の名称と科学的用語で一杯です。彼は創造主によって創 られた彫像の前に立って、そしてその彫像は息をしていない粘土から出来 ていますが、体育教師は彫像に息を吹き込めると考えているのです。彼は、 解剖学の理論でつくり上げられたこの種の粘土像に生命を与えることがで きると思っています。あやつり人形の糸を引くかのように、最初にその物 体の手を、次に足を動かします。それから、 (一連のトレーニングを積ん でいるその人は)筋肉が成長したかどうかを調べるため、筋肉の太さや寸 法を測り始めます。というのも、一方では責任が自分に課せられていると 感じ、他方では自分自身を放棄してロボットになり、体操教師に盲目的に 従い、朝はヒモのついたあやつり人形のように起きて、言われた通りに登 って装置のするようにやるからです。 これは現代科学の所与の一つの基礎であり、その結果は現代の科学者と その思想のいわゆる応用として存在している多くの物とほぼ同じです。こ の現代において、科学は偉大な道具のようで、教育にも色々な新しい基礎 づけを与えてくれます。そしてその一つは体操の基礎づけです。これらす べては、生徒をつくらなければならないのは教師だという原理から出発し ます。そのため、教師は子どもをよく研究し、動かさなければなりません。 これは体操以外の教科の指導の場合にもあてはまります。 教師は、心理学を学ばなければならず、それから子どもの知性を働かさ なければならないと考えます。それで体操教師は骨や筋肉について学び、 人間を動かすのは自分だと思います。このようにして人間は自らの神的な 本性を破棄し、 (他)者に服従します。 (しかし)本当は人間を導くのは、 常に、人間に内在する内的生命です。例えば、手の動きも、同じ原理が適 用されます。何かを与える人が他者であってはなりません。なぜなら、そ −5− の人は本当に何かを与えることが出来るのでしょうか。その人は他のどん な人とも同じなのです。その人が与えることができるならば、私たち(個 人個人)も、それを与えることができます。 人間の活動を方向づけるべきものは、知性と、達成されなければならな い同一の目的です。これは人間の本性で、人間の自然です。それは人間が 自然に融合しなければならない原理だ、とある人たちは言います。彼らは 屋外に(人間の)あやつり人形を作ります。自然は屋外の空気だけではあ りません。人間の自然は、人間の本性で、人間そのものです。そして別の 意味で、知性です。空気と水は植物の生命を支えます。同様なことが人間 にも当てはまるならば、即ち人間に新鮮な空気を与え、お風呂に入れるこ とで十分であるとするならば、私たちは人間を野菜レベルに下げてしまっ て、人間を植物界に置くことになります。その場合、人間を人間として考 えていません。これは現在、広く流布している偏見です。この原理につい ては真に熟考しなければなりません。例えば、人間とトウモロコシの間に は大きな差があります。即ち、両方の生命とその本性の間に大変大きな差 があるはずです。私たちは今日、例えば微生物によって、一時的に精神錯 乱状態になってしまい、 (同様に)人間は草木の芽のように取り扱われる という自然の生命の一時的精神錯乱状態に陥っているのです。というのも、 このような偏見のために、私たちの言葉も、表現も、事物を見る目も、全 く変わってしまったからです。昔、私たちは「話す前に沢山考えなければ ならない」と言ったものです。今、 (私たちは) 「呑み込む前に沢山噛まな ければならない」と言います。すべてこれらは到達してしまった理想のよ うに思えます。私たちは実に、人間を機械としてもてはやすあまり、エン ジンを忘れつつあります。 さて、私たちは知的体操の必要性を宣言します。(これは、)ある目的へ 到達するため、みんながやる体操です。これは又、今日、経済学者がおお く話題にする経済学の原理です。人間が目的なしに動くと、こうした(知的) 力を捨てることになります。 (なお、 )このような力は利用されるべきです。 筋肉を教育し、強化しなければならない、その目的を見失ってはならない ことは言うまでもありません。筋肉を訓練するため、目的をなしにしてし まう必要があると考えてはなりません。目的なしの筋肉訓練は不可能です。 (幼児は)筋肉の訓練がとても必要です。なぜなら、幼児には筋肉運動 −6− モンテッソーリ未発表資料 の微細な協応が欠けているからです。しかし幼児にはもっと強く、かつ微 細に、筋肉運動の協応をする時期が一度に来ます。動きの無秩序さは子ど もの特徴だといわれます。子どもはすべてを壊し、すべてを倒します。子 どもは一瞬も静かにしていません。子どもの手や足は不器用な動きをしま す。これは子どもの特徴です。これらはすべて協応が欠ける現れです。そ してそれはまた、筋肉運動の協応における、自然の必要性を表現していま す。それ故、動きの教育は幼児教育において、とても重要な要因を成すべ きです。 これはとても明確で、重要な、教育原理です。(これはまた、)健常児の ための(道徳教育の原理)です。なぜなら、私たちは無秩序にふるまう子 どもを見るとき、 「悪い子」だとか、 「お行儀が悪い子」だとか言うからです。 一瞬も静かにしないで、あっちこっちを走りまわり、いろいろなものを握 ったり倒したりするのを見て、 「お行儀が悪い」子どもたちだ、と言うの です。そこで、このような運動を直すことは、悪い態度を直すことなので す。運動を直すことは、悪い子どもから善い子どもにすることとも言えま す。子どもに特別な運動をさせるのはそのためです。そのうちあるものは、 みんなが日常生活の流れのなかで行っている運動です。物を置く。例えば 椅子を部屋の中に置く、移す。テーブルを部屋の中に置く、移す。家具を (移動する)。部屋を飾るのに何処に絨毯を置くかを学ぶため、これらの絨 毯を取って、それからもとの場所に置く。お皿を洗う。コップのふき方を 知る。家具の埃を払う。靴をみがく。無秩序においてあるものを秩序正し く置く。手や顔を洗う。自分で洋服を着たり、脱いだりする等。これらす べては筋肉運動であって、筋力をつける運動でもあります。仮に高い壁の 上の埃を払おうとすれば、階段を上らなければなりません。このような仕 事をするため、種々の運動が考えられます。守衛さん、作家、お手伝いさ ん、コックさんはそういうことが全部できるし、自分で衣服を着られる婦 人も同様にできます。彼らみんなは、筋肉を使って仕事し、動いています が、それは場合によって烈しい動きであり、また努力を必要とする動きで す。しんどいと、 私たちは避けようともします。だからそれが目的になると、 真の筋肉運動です。 例えばこの万博会場のモンテッソーリ・クラスで小さな椅子全部を運ん でテーブルの周囲に並べる 2 歳半の小さな坊やのような、小さい子どもを −7− 観察してみましょう。そう、大きな椅子を見たときその子は、止まって、 何故そこに大きな椅子があるのだろうかと思い、そしてそれを部屋の別の すみに置きます。それを終えると、満足げな様子で、また小さな椅子のと ころに戻って部屋のなかできれいに並べます。それから、椅子を部屋の中 で並べているとき、棚のところまで来ると、どうやってそこに置こうかと 思案し、棚の向こうに空いた場所があるのを思いつき、続けてやります。 椅子の上の絵の枠に気づきます。何故そこにあるかを分かるため止まりま す。枠が棚にあったのを思い出し、そこに持って行っておきます。子ども はすべてがちゃんとなっているのを確かめ、小走りで、先生のところへ行 き、握手します。その子はドアから出て行き、静かに閉めます。この子を 観察していた人は色々なことを考えさせられます。 椅子の一つ、二つを片づけたあとで、30 以上の椅子を片づけるなんて、 子どもにそんな忍耐と体力があるかどうかと、あなたは疑わしく思われる ことでしょう。それから、幼い子どもが大きい椅子を移動させようとして いるのを見て、子どもにはその椅子を運ぶ力がないように思われるでしょ う。そしてその子どもがあたかもなにかの教具の上に立っているかのよう に、あなたは心配し震えながら眺めることでしょう。確かに、子どもの力 を越えた、そういう仕事をやっているのを見て、それは不可能だと思うこ とでしょう。そう、疑いなく,筋肉は訓練されています。しかし、それ以 上に重要に思えるのは、子どもの知性が働いているということです。これ らのあらゆる作業では、知性が方向づけを行っていることを私たちは感じ ます。要するに、私たちには筋肉が働いたということよりも、知性が働い ていると、感じられるのです。子どもは、大きい椅子が小さな椅子のとこ ろではダメだ、と判断します。そして、別の場所を探し、すべてがちゃん としているかどうかを判断します。そいうことをするにあたって、観察し、 判断し、推論し、決定し、選択しなければなりません。 筋肉運動のこの訓練には知性の基礎があります。それはちょうど感覚訓 練のなかに、知性の基礎があるのと同じです。感覚機能の訓練と同じく、 自分で何回も何回も反復練習することが以前もっていなかった子どもの感 覚と能力をも洗練させることになります。こうして知的な目的のある筋肉 を訓練することによって、 (子どもは)常に自分の筋肉をより一層微細に 動かせるように努力しています。子どもは、私たちが幼い子どものレベル −8− モンテッソーリ未発表資料 と考える、そのレベルをはるかに超えた、非常に微細な筋肉運動を身につ けます。また、このような訓練には、間違いの自己訂正、運動の間違いの 自己訂正が含まれていなければなりません。一体誰が正確な動きへ指導で きますか。クラスに 30 人の子どもがいて、その子どもたちを自由にさせ たら、非常な正確さでもって完成をめざす子どもたちの動きを一体誰が指 導できますか。このような目的のため、教具には、運動の間違いの訂正が 含まれているべきです。 例えばテーブルとか、椅子とかは、とても軽くなければなりません。仮 に椅子のそばを通りすぎたい子どもが、どのように筋肉運動を協応させた らいいかを知らないで、筋肉運動の協応ができなければ、ぶつかってしま うでしょう。椅子は子どもに注意を与え、じぶんで倒れるか、又は、ひっ くり返ります。そう、小さなテーブルにでも(同様なことが起こります)。 子どもの筋肉の動きが協応し、子どもが筋肉運動を完全に身につけるまで、 これらの軽い教具は、間違えれば教具が教えてくれます。子どもがそうい うつもりでなくても、 教具が子どもに代わって教えてくれます。教具が「間 違っているよ」と言ってくれます。子どもはガラスのコップをお盆の上に のせて運ぶのに、その筋肉運動を十分に計算できない、もしくは、筋肉運 動をまだ習得できていないとすれば、ガラスのコップは間違って動いてし まい、残酷にも大きな音をたてて床の上で破片となって散らばってしまい ます。そこに落ちたガラスの破片は、子どもが間違ったという証拠になり ます。どんな教師も普通にはこのような間違いを直せません。 ガラスの破片の前につっ立っている子どもを見たことがありますか。あ なたは子どもに、 「一体、何をしているの。お盆をしっかり持って、注意 しなさい!」と言うのかもしれません。否!私たちは全く失望しているよ うに見える子どもに、むしろ同情をよせます。先日、ミルクの入ったガラ スのコップ三つをお盆の上にのせて運んでいる子どもを見ました。その子 どもはお盆を少し傾けて歩いていました。コップはもうダメだ!と私は考 え、身体が震えました。事実、数歩歩いて、一つのコップは床に落ち、ミ ルクはあたりにこぼれてしまいました。普通の教師だったら、「ちょっと、 お盆をちゃんとまっすぐに持ちなさい!」と言ったでしょう。そして、子 どもはちゃんと持ったでしょう。子どもの動きはあまり役に立たなかった でしょう。確かに、子どもはお盆をちゃんとまっすぐに持ったでしょうが。 −9− (しかし)破片に割れたガラスのコップで、子どもはとても強力で、効果 的な、経験をして、教わったのです。子どもはガラスの破片を拾って、ぞ うきんでミルクをふき取りました。これは自然に起こる結果です。 ここで起こったことはただの間違いの訂正とミルクをふき取ることだけ ではありませんでした。子どもは床を掃除するのが好きになりました。部 屋の中を歩きまわって、床の上にまだ汚れがあるかどうかを調べました。 汚れがあるのを見つけると、きれいに掃除をし始めました。そして、注意 深く床の上をあっちこっち歩いて、汚れをふき取りました。子どもはお盆 を手にとって別の三つのガラスのコップを持って行き、ちゃんと運びまし た。子どもはすべてのガラスのコップを 3 個ずつ取って、そのうちあるも のは戸棚の上の方にあったので、椅子を運んで来て、その上に乗ってその コップも取りました。子どもはそれらすべてをちゃんと運んで置きました。 このお仕事を何回も何回もくり返すことによって、子どもは本当に自分自 身を完成させました。仮に教師が「あら、なんてことをしたの!ガラスの コップを割ってしまったのね!」と言ったとしたならば、可哀想な子ども は身体がしばらくブルブル震えて、もうガラスのコップを運ばなくなった でしょう。ここでは、子どもはすぐ反復したくなかったはずです。子ども は間違いをして勇気づけられ、そして自分自身を完成させました。完成の 大部分は一つの間違いから誕生しました。 そういうことを考えると、一つの間違いから、どれだけ多くの完成が誕 生するかが考えられます。これは「結果として、救いに導くあの間違いは 幸いなるかな」と記された聖書の福音書を想起させます。小さな間違いは 大きな救いをもたらします。そして、以下のような話が伝わっています。 ミラノのある大工さんは、とても小さく、できばえの悪い棚を作り、先生 はそれを書くための鉄製はめ込みセットを置くのによく使っていました。 子どもが鉄製はめ込みの一つを取りに行きました。子どもがさわったら、5, 6 の鉄製はめ込みが床の上に落ち、大きな音がしました。先生は急いで大 工さんに言って、落ちたりしないように、もっとちゃんとした棚にしても らいました。大工さんは本当にあまり上手ではありませんでした。この(棚) が届くまで 1 週間かかりました。子どもはすでに鉄製はめ込みが落ちない ようにうまく、早く、取り出せるようになっていて、もう落ちませんでした。 (棚の)不完全さは子どもを完全さへ導きました。間違いの要素を多く含 − 10 − モンテッソーリ未発表資料 む教具は完成への機会を増やしました。このように無秩序な人間のただ中 にある壊れやすい環境を考えましょう。何回かの小さな失敗を繰り返すと、 (人間は)はやく上手になります。それから、私たちはこの教具にふれな いで、動き回れる能力を持つ、整えられた人間になります。これは小さな 秩序が大きな完成へ導いた証拠になります。 人間の間違いを暴く環境は人間を自ら判断させ、自らを訂正させるよう に導きます。このような環境におかれている子どもについて考える場合、 人間の最も大きな喜びの一つは、自らを訂正し、完成に向かって進むこと です。人間は自らを完成させるため、特別な道を(たどって)いく傾向が あることを尊重しなければなりません。人間の外部を直せるのは、人間で はありません。人間を直すのは、人間の内面です。環境は間違いを暴く際、 情熱的でなければなりません。間違いを暴き、それを強調するという特徴 が環境にあればある程、それだけ人間は内的な感受性を発達させ、そして 自己建設を始めます。そして、私たちは子どもたちの中で、その間違いを 隠そうとするとき、子どもに対して罪、誤りを犯しているのかも知れない、 と考えるようになります。なぜなら私たちは、子どもの生命本能が何を行 うべきかを、自ら分かるのを邪魔しているからです。私たちは子どもが自 らを完成させるのを邪魔しているのです。 例えば、次のような例を考えてみましょう。子どもに決してこわせない 鉄製コップを与える。絶対に割れないものをあげる。好き放題めちゃくち ゃに取り扱っても平気なボロボロのゴム人形をわたす。子どもがぶつかっ て、青あざのできる、どっしりした古い大きな釘で床にしっかり止めた硬 い固定ベンチ型の椅子など、これらは子どもに不完全さをわざと植え付け ていると言ってもいいでしょう。それも、コップを割らないようにという 物惜しみのために。あるいは、教具を元あった場所に戻すのは面倒だとい う怠惰のために。それはあたかも、私たちは子どもを正しい道から外した り、自己完成に対して邪魔をしたりしているようなものです。 私たちは子どもを裁いて、 「あなたは正しい動き方を知らないのね」「あ なたは下手ね。何でも壊してしまうのね」 「気をつけましょうね」等と言 います。子どもが自己を完成させるのを邪魔しているのは、まさに私たち 大人です。まだ完全になっていないからと、私たちは子どもを責めるので す。 (その上、 )子どもの筋肉の動きが調整されていないので、怒ります。 − 11 − 私たちは子どもの筋肉の動きが調整されるのを邪魔します。私たちは人間 を誘惑して、次のように言った、悪魔みたいです。「それを放っておきな さい。私があなたに代わってして上げるから。あなたが自分でするよりも、 もっと沢山のことを、あなたに代わって、やって上げますよ」 。それから 次のようにも言います。 「あなたは椅子をちゃんと並べてもらいたいのネ。 髪の毛をくしでとかしてもらいたいのネ。顔を洗ってもらいたいのネ。私 があなたに代わってやって上げますよ。あなたよりも千倍も上手にできる のよ」と。悪魔が「私が代わってやって上げるよ」と言っているのとちょ うど同じです。悪魔は一つだけ条件を付けて言います。それは「お前自身 を完成させるな!」です。 しかしながら、私たちは罪を犯すと、すべてこれらの運動が未調整な子 どもと同様、怒ります。子どもは、何をすべきか、どのように行動すべき か、を知りません。私たちが子どもを叱り、その不完全さに失望を感じさ せると、子どもは不完全であることだけを意識するのでなく、自らの不完 全さゆえに失望します。子どもに代わってやって上げるとき、子どもに対 してこのようなふるまいをもう何回したでしょうか。私たちは子どもに良 いことをして上げているつもりです。5、6 人の子どものいるお母さんが いるとしましょう。その子どもたちは、お行儀が悪くて、手にはゴム人形 やテディベアー、その他のおもちゃを持っています。お母さんは何もして いません。私たちはお母さんに「あなたは何ていいお母さんでしょう。な んて親切で、忍耐深いのでしょう」と言います。でも、もしも、子どもが 何かをちょっとでも必要とすれば、この人は拾って(子どもに手)渡しま す。子どもは鼻をかみたいとき、代わって鼻をかんで上げます…等。子ど もの帽子が落ちたら、この人は頭にかぶせて、子どもはただぼんやりして いるだけです。こんなにも、不幸な、うつろな目をした子どもたちが私た ちのまわりにはいます。彼らは、彼らの内面にある自分を完成させようと する本能のため、表立った反抗をしていないのでしょう。彼らはそばにい る良い人が悪魔のような人だということが(なければ)(自分自身を完成 させることが)できません。 「一体誰が善い人なのかしら。 善い人になる には、どうしたらいいのか」と言う人がいるかも知れません。これは誰か がキリストに、「あなたは善い人です」と言った言葉を思い出します。そ して、キリストは「いいえ、違います。善いのは御父だけです」「創造者 − 12 − モンテッソーリ未発表資料 は善です」と言われました。つまり、善とは創造することを助けて、(人 間の)発達を援助するためなのです。善の仮面を被っているのは、悪魔だ けです。悪魔はとても善良に見えます。しかし、発達と完成の道から人間 をそそのかして、堕落させます。 (マリア・モンテッソーリがアメリカのカルフォルニアに旅行したのは 1915 年 2 月 20 日から 12 月 4 日まででパナマ運河開通を記念してサンフ ランシスコで開催された太平洋万国博覧会に出席するためでした。モンテ ッソーリはこのパナマ万博会場内で、 「子どもの家」の保育を公開しました。 彼女の万博参加は、マスコミに大きく取り上げられ、万博の一部としての 連続講演を行いました。しかし、それ以外にも、サンフランシスコ市民セ ンターやロスアンジェルスとオークランド、サンディエゴなどの教員養成 コースにおいて、彼女はその実践理論や純粋理論を話しました。本講演は 彼女がサンフランシスコで 1915 年 9 月 13 日に話した内容です。現在邦訳 刊行準備中。 ) − 13 − 講 演 マリア・モンテッソーリの教育改革 ヨゼフ・ピタウ (ローマカトリック教会大司教) 皆様、おはようございます。 教育とは何でしょうか。西洋語を使ったら、エデュケーション (education)。 エデュケーションは、エドゥーチェレ (educere) という動詞からくる言葉 で、 「中から引っ張り出す」という意味です。引っ張り出すのであって、 吹き込むということではない。子どもの心の中にあるすべての可能性を引 っ張り出して、その子どもができるだけ自分の力で成長できるようになる ということがエデュケーションです。エドゥーチェレ、心にあるものを、 心にある可能性を最高の点まで引っ張り出して、そして、できるならば、 自分が自分自身を教育するということになるのです。このエデュケーショ ンということがモンテッソーリ教育の中心にあります。 エデュケーション(教育)にあっては、まず、中心になるのは子どもで す。教育の中心は子どもです。先生でもなく、親でもありません。もちろ ん先生も親も大きな責任があるのですが、しかし、教育の中心は子どもで す。そして、その子どもは、大きな贈り物、大切な宝物です。ある意味に おいて、その教育に携わっている先生は、子どもたちに感謝と希望を持っ て、教育および授業に当たらなければなりません。感謝。第一に神様に対 する感謝。神様から贈り物をいただいているのですから。 授業では繰り返して教えることが多いと思いますが、先生のかわりに機 械を使って、それで教育をするということはできないと思います。授業は、 一人の生きた者から、つまり生きた先生から生きた子どもの心に伝えられ るものです。先生は、まず驚き、そして感謝を示さなければならない。生 命の驚き、神から、天からくるその生命に驚き、感謝しなければなりません。 私は大学で教えていたときに、必ずポケットの中に学生全員の名前を書 いてある紙を持っていました。授業に出る前に、紙を見ながら一人一人の ために祈りました。一人一人は神様から贈られた宝物で、そして私は、彼 あるいは彼女の成長を助けなければならないのです。しかし、先生は助け はしますが、その教育の責任者は、子どもです。その基礎は父親と母親で − 14 − 講演 すが、一番大きな責任者は子どもです。 モンテッソーリ教育においては、子どもが自分の力で自分自身を教育す るというところまで持っていかなければなりません。自分の教育の責任者 は、第一に子どもです。次は親です。次に先生です。そして先輩(おばあ さん、おじいさん、おばさん、おじさん、従兄弟たち)にも責任があります。 カトリック教会の中で、1962 年から 1964 年までに、ローマで第二バチ カン公会議という教会全体の会議が行われました。その多くの文書の中で、 それほど長くはないのですが、しかし、大切な指針として、教育について、 第二バチカン公会議の教令が出ました。その教令の中で、子どもの教育の 最初の責任は親にある、と書かれています。母親、父親。そして、その父親、 母親が自分の責任を果たさなければ、本当の教育はあり得ません。 ローマから、3 年半前に日本に帰ったときに、ちょっと驚きました。い ろいろな学校で問題が起こると、すぐ校長先生が呼ばれ、報道機関を通じ て謝罪をしていました。親の責任について、ニュースなどは問題にしてい ませんでした。びっくりいたしました。文部省は、特別委員会や校長先生 の集まりをしましたが、親の責任についての問題提起はありませんでした。 しかし、親、生命を与えた父と母にまず子どもの教育の責任があるのです。 モンテッソーリ教育では、先生方は幼稚園で、学校で、親との接触を持 ち、親をも教育しなければならないと思います。余りにも校長先生や先生 方、あるいは政治家に責任を負わせるのはいけないと思います。第一に、 親は自分の子どもの教育の一番大きな責任ある教育者でなければなりませ ん。それをしなければ、本当の教育はできないと思います。 しかし、その教育は、どういうふうにしなければならないか。教育とい うと、日本では、場合によっては、引っ張り出す、エデュケーションとい うよりも、何か吹き込む、先生が与えて、そして子どもは暗記して、自分 の力を使わないで、ただその知識をテストで答えるだけ、与えられた知識 を吐き出すだけという印象があります。それは本当の教育ではありません。 自分の心で受け取り、答えなければダメです。 子どもが持っている可能性を外に出して、人間関係の中に、また成長し ているところでそれを示さなければなりません。ある意味において、前に も申し上げたように、親は子どもの教育に大きな責任は持っていても、し かし、もっと大きな責任者は子ども自身です。自分が自分で自分を教育で − 15 − きるようなところまで高めなければなりません。その自分で自分を、自分 の力で、自分の教育を出来る責任者にならないと、本当の大人に成長でき ません。そのために、先生と子どもとの関係で、先生は子どもの親である 父親、母親とも接触しなければなりません。子どものことを理解し、自発 的に、自分で自分を教育する、そのような理念をもった教育制度にしなけ ればなりません。 しかし、学校である以上、家庭の教育に加え、先生方にも大きな責任が あります。皆様も、恐らく先生の言葉の定義はよくわかっていらっしゃる と思いますが、私はここで皆様に「先生」の言葉の意味は何であるかを申 し上げます。 上智大学の教育学科に霜山先生がいらっしゃいましたが、私が上智で教 え始めたときに、この霜山先生に、 「先生の意味は何ですか」と聞きました。 霜山先生から言われたことは、 「まず生きて教えなさい。まず生き方、あ なたの生き方をあらわして教えなさい。 」ということでした。まず生きて、 私たち先生の一人一人の生き方によって教えなければなりません。それは すべての子どもを尊敬することから始まります。神様から贈られた大切な 宝物である子どもに尊敬をあらわしなさい。教室あるいは教室外で、特別 にだれかに対して違った態度を示すとか、いい子だから特別に愛の印を示 す、あるいはよくできるから特別に褒めるとか、そのようなことではない のです。みんな神様から、天から贈られた宝物です。その宝物を大切にす るということです。先生の最初の態度は、一人一人の子どもは神様が与え られた大切な宝物ですから、その宝物を大切にすることを示すのです。そ の子どもの高い可能性をもった生命を大切にしなければなりません。 皆様もお聞きになったと思いますが、16 世紀に、最初の宣教師たちが 日本にいらしたときに、 「ラブ」 (愛する)という言葉を日本語にどのよう に訳したら良いか、それで苦しんだのですが、とうとう「御大切にする」 という言い方で、日本語に翻訳したのです。御大切にする。一人一人の子 どもは神様から、天から贈られた宝物ですから、私たちは御大切にしなけ ればなりません。 小さなことであるかもしれないのですが、御大切にするという言葉は、 まず、あいさつから始まるでしょう。明るい顔であいさつする。そして、 それはその子どもに喜びと元気を与えるものでなければなりません。在園 − 16 − 講演 中でも、学園を卒業してからでも御大切にする。 私は幼稚園で教えることはありませんでしたが、大学で学長であったと き、学生、先生、職員、だれにでも、会ったら、先にあいさつをしたかっ たのです。あいさつしようと思って努力いたしました。学生たちは神様か ら贈られた宝物で、そして、その方々を御大切にして、成長させなければ なりません。言い替えるならば、その子どもが自分で自分自身を教育する ように手伝うということです。彼あるいは彼女の力を、その力を最高のと ころまで伸ばして、自分で自分自身を教育できるようにしなければなりま せん。それこそがエデュケーションです。子どもの中にあるその可能性を 引っ張り出して、そして子どもは自分で、自分の力で成長していく。それ はすばらしいことです。それを教育、さらに、自由な教育であるといった ら、これはモンテッソーリの理想でもあるのです。御大切にする、宝物を 御大切にする。そして御大切にするのは、主に自分で自分自身を教育でき る、その状態に子どもたちを伸ばすことです。しかし、こちらから与える ということではなく、自分の心の中にある、その可能性を引っ張り出して、 そして自分が自分を成長させなければなりません。 教育に取り組んで教えている先生方は自分だけで人間の心を動かすこと はできません。神の力を子どもの教育のために願い求めるのです。私にと って一番大きな助けでありました。 幼稚園が、それがカトリックの幼稚園であるならば、子どもは神から与 えられた大切な宝物です。そして、私たち教師の責任は、彼、彼女を助け て、自分で自分自身の教育をできるようにすることです。ただ、教わるだ けの受け身の教育だけだったら大人になりません。引っ張り出して、自分 で、またお父様、お母様、そして先生方に助けられて成長できるようにし なければなりません。 モンテッソーリ教育のもう一つの中心は、先生です。先生は、まず生き て、そして、先生である以上、勉強しなくてはなりません。毎年、同じこ とを教えるならば、それは本物の先生ではありません。先生は、毎年新し い研究をして新しい例を加え、新しいものを読んで先生自身が成長しなけ ればなりません。子どもたちかつ成長するように、先生も成長しなければ ならない。その成長は、勉強だけではなく、説明だけではなく、よりよい 人間になるということでなければなりません。 − 17 − モンテッソーリ教育思想の根本に、もう一つ、平和の教育があります。 彼女は、本当の民主主義者でした。イタリアで生まれ、イタリアのファッ ショ、ムッソリーニがイタリアの首相だったときに、イタリアを去りまし た。 人間というものは、区別する傾向があります。主に独裁主義的な政党で は、自分の国はすべてにおいて一番いい国である、そしてほかの国を侮辱 する、場合によってはほかの国と戦争をやり始める。モンテッソーリ教育 の中で一番大切なことは、平和です。平和教育。他人を重んじることなく 一つの自分の国をほかの国よりもすばらしいとか、そのような価値観で物 事を教えてはいけないということです。自分の国のいいところを教えるの はいいでしょう。しかしほかの国々よりもいいとか、決してそんなやり方 ではいけません。みんなどこかでいい面があります。場合によっては顔の 色で、それを尊重するか、尊重しないかということになったら、それはモ ンテッソーリ教育の否定です。顔の色ではない。心の尊さ、その人間性、 それはどこへ行っても同じことです。そして、私たちも小さな子どもたち に、平和、みんなに対する愛、みんなに対する協力、そのようなことを教 えなければならないわけです。 これは 6 年ぐらい前のことですが、テキサス州の一人の小学校の先生が 子どもたちに 3 つのリンゴを見せて、このリンゴの色は何ですか、と質問 しました。3 つのうち、1 つは赤、次のリンゴは緑色、最後は「黄色」で した。一人の生徒が手を挙げて言いました。 「先生、その 3 つのリンゴは みんな白い」と。他の子どもたちは笑いました。しかし彼は「先生、皮を むいてください。中を見て。そのリンゴはすべて白い」と言ったのです。 この教育をしなければなりません。 顔の色が黒くても黄色くても、その中はみな同じです。人間の差別はあ り得ない。みんな人間である以上、同じ人権を持って、同じようにみんな から尊敬されなければなりません。そのような教育をしたならば、イタリ アとか、或いはドイツで、イタリアファッショ、ナチドイツは始まらなか ったでしょう。 それではその教育をどこから始めたらいいのかといえば、それは幼稚園 からです。すべての人は同じ人権があるのです。私たちは、宗教を中心に 置いて教育をしているので、神様はすべての人間に同じ人権を与えてくだ − 18 − 講演 さったのですから、 「中を見ろ、中を見ろ、中を見たら人間はすべて神様 の贈りもの、神様からの人権をいただいている」、つまり、私たちはみん なを大切にしなければならないのです。人権、そして人間の平等は、私た ちの幼稚園、カトリック幼稚園あるいはモンテッソーリ教育をしている幼 稚園であるならば、戦争とか、皮膚の色の違いによる差別とかを考えるこ とはできません。人間には「差(違い) 」があります。しかし、平等です。 そしてそのことを小さなときから教えなくてはならないと思います。 アフリカ全土はどれほど全ヨーロッパの植民地的状態になってしまった でしょうか。そして今でもいろいろな形で軽蔑され、それを体験していま す。ヨーロッパは大きな責任があったと思います。そして、アジアでも不 平等な状況がありました。 しかし、もうその時代は終わりです。そしてその時代が変わるには、私 たちが同じ人間として、協力しなければなりません。上と下という関係で はなく、人間はみな兄弟であり、神様の贈り物、宝物でなければならない ということを私たちが実行することです。実行するのは、たとえば、クリ スマスの前に、シスターや神父の助けを借りて、彼等の協力を得て、寄附 をし、貧しい国の人々を助けることによってできます。その気持ちを、小 さなときから教育の場で育てるように努力しなければならないのです。 人間は違っている、人間の顔の色も違っている、しかし人権は同じです。 そして、彼らが苦しむならば、貧しく苦しい生活であるならば私たちには 責任があって、彼等を助けなければなりません。小さなときから、そのよ うな相違を理解し、しかし人権は平等であるということを体験して、本当 の人間的な愛、尊敬、尊厳、そしてお互いに助け合わなければならないこ とを学ばなければなりません。 私が子どものとき、毎日曜日、教会へ行く前に、母からお小遣いをいた だきました。そしてそのお小遣いをいただくときに、母は必ず、苦しんで いる人々や貧しい人々のために、何セントくらい与えるかと私たちに聞 きました。当時は 1 リラは 1 ドルと同じくらいでした。そのお小遣いの 10%か 20%ぐらいは、いわゆる貧しい人々のために教会へ行って出すべ きだということでした。その国際性といいましょうか、本当の人間関係、 本当の国際性を教えましょう。小さなときからそれを学ばなければ、あと はあまり考えないかもしれません。そしてそれはカトリック幼稚園、主に − 19 − モンテッソーリ教育の基礎を教えている幼稚園で、この国際関係の基礎、 つまり、一人ひとりを尊重し、その権利、その特別な権利は神からくるも のであるということが学ばれなければならないのです。 これは 25 年ぐらい前のことですが、札幌駅で、信号が変わるのを待っ ているうちに、だれかがそばに来ました。その方はステッキを持っていて、 「恐れ入ります、道案内をお願いします」とおっしゃいました。それでど こへいらっしゃるのか聞くと、私が行こうとしているホテルと同じホテル へ行こうとしていたので、 「喜んで一緒に行きましょう」と 10 分ぐらい歩 きながら話しをしました。ホテルの前で別れたのですが、そのときに、心 の中で神様に祈りました。私も人を外見で判断しませんように、と。その 目の不自由な方は、私が外国人であり、鼻が高く、それで耳もちょっと大 き過ぎるなどということを見て知っていたならば、決して私に道案内を頼 まなかったでしょう。しかし、心の目で、その方は私が人間であり、兄弟 であり、彼を助けることができるということだけを見たのです。私たちは 同じように、この人は私の兄弟である、私を助けることができる、また私 はその方を助けることができると心の目で見るようにしたいものです。私 たちは人を見るとき、心の目で見ないで、外見上の判断基準ですぐに判断 をしてしまいます。しかしすべての人間は平等であり、すべての人間が、 私を助けることができ、また私は彼らを助けることができるという教育を 幼稚園から始めることが大切です。そして、モンテッソーリ教育は、それ を私たちに教えてくれています。 「先生」は、前に申し上げましたが、 先に生まれたから先生なのではなく、 まず生きて、自分の生き方、自分の考え方、自分の世界観を子どもたちに 教えなければなりません。 新約聖書でよい例があります。それは洗礼者ヨハネ。キリストを証しす る洗礼者ヨハネです。そのヨハネはキリストを証しするために派遣されま した。また使徒言行録の中ではキリストが天国に上げられる前に使徒たち に命じます。エルサレムにとどまって、聖霊の力を受けてキリストの証人 になりなさい、と。キリストの考え方、キリストの生き方を証ししなけれ ばなりません。それはカトリック幼稚園、モンテッソーリ教育を行ってい る幼稚園が先生方にお願いする生き方です。 モンテッソーリは人間の誕生のときから平和と自由への教育をすること − 20 − 講演 が出来ることを説き、幼稚園教育の初めから子どもたちの価値と自由と平 等と可能性を認め、世界平和を築こうとしました。彼女は人間の尊厳はあ る程度まで経済的平等と政治的平等も必要であることを説き、教育の平等 は結果として社会的、経済的、政治的平等を生むことも訴えました。 モンテッソーリ教育の要諦である自由への教育、平和への教育は、子ど もたちの人生を親が決定するのではなく、親は子どもと一緒に考え、決定 する段階では子どもの自由意志と責任を伴って決定するべきだということ を説いています。それは子どもの可能性を引っ張り出して成長するように、 生命を授かったそのときからその人間の尊厳があるというカトリックの考 え方と一致しています。そして先生方はキリストの証し人になるように、 いつも子どもたちを受け入れるために、笑って、ほほ笑んでいる顔を見せ てください。苦しいときにも喜びを分かち合ってください。私にとってそ の証し人という言葉がカトリック幼稚園の先生の定義です。 − 21 − シ ン ポ ジ ウ ム モンテッソーリ教育の継承と創造 日本の幼稚園に奉仕できる喜びと感謝 第 1 シンポジスト 乾 盛 夫 (鳴門聖母幼稚園) 子どもの家設立 100 周年記念にあたる本年、私がこの実践発表の機会を いただけたのは、諸先輩の心からの指導と認証の積み重ねがあってのこと と、まず感謝の意を改めて表しておきたい。そしてこのすべてを推し進め て来ているのは、毎年出会う数百人の子どもたちであることを思い巡らし ながら素直に学ぶ心を共有したい。 1 子どもの家の子どもと幼稚園の子ども;幼児教育の目標と内容に応え る子どもの実体に学ぶ 新憲法の基本宣言に基づき、教育基本法が方策を方向付け、学校教育法 が諸学校の施行への具体的な規準を敷き、幼稚園の大綱が描かれてきた。 その目標と内容を巡って研修があったのち、日ごとの保育の具体的努力は、 幼稚園指導要領に基づいた 6 領域の展開に注がれていた。多くの保育者た ちは、こういった保育活動やクラス運営から脱皮して、もっと子どもひと りひとりの自立を意識した保育へと向かう必要をつよく感じていた。その ため、子どもがよく見せている心の動きと主体性のある活動に触れながら も、その根底になる自由をどう捉えるべきかと議論していた。そこから、 自由保育と呼ばれる保育が試みられ、そこでは、子どものより自発的な参 与が図られていた。もちろん子どもたちのより明るい落ち着いた様子が見 られて希望を強められたのを覚えている。そうした保育環境を作り出して いる園には、教師たちが子どもたちへの温かい思いを持って保育のよい雰 囲気がつくられていた。これは素晴らしいことであった。 子どもの自主性や積極性、依存性と消極性といった内容を解釈する心理 学での解説には、家庭での親子・家族関係での因果関係が大半を占めてい たといえる。子どもはきよいこころで白紙のようだということも一般通念 だったように記憶している。子どもの独立におとなの影響が殆どを占めて いる、と理解させられることが多かった。そこには胎児期から形成されて − 22 − シンポジウム いるはずの身体に備わった生命力の根拠からの、その子の主体性や発達す る感覚など、他の生き物も本能的に獲得している独立への生命活動の解説 は、自園の教職員への研修責任のある私にとっては、探求すべき必須課題 であった。こういった人間の自然に備わっているはずの可能性からの解説 を切望していたのでる。 こういう幼稚園での保育のニーズに応える力になったのがモンテッソー リ教育法だった。その理念を紐解いてみるとそこには、幼児教育の目標= 人格形成と、内容=整備された環境で、子どもの自己学習力をもって成長 を獲得し、文化を享受し、コスミックな自己の使命に自由に生きる者にな ること、が明示されていたのである。ここには、‘心身の調和のある発達 を助長する幼稚園教育’以上に、教師は、人間の子どもがもっている人間 性の可能性に敬意を払い、現代の人類を育んでいく目の前の子どもたちと 全人的に関わっている、という自己の使命に目覚めさせられることが判っ た。私は、これは日本の幼児教育に豊かな活力を生み出すに違いないとい う閃きを受けた。これを現実のものにして行く、幼稚園全体をこの視点と 息吹で組み直すという、大変な実践が課題として明らかになった。これに 応えることによって、私たちは、子どもと共に、たがいに自由を尊び、奪 われることのない成長の喜びと希望を持ち続けることが出来るに違いない と確信した。このモンテッソーリ教育と出会った喜びを忘れず、実践のう ちに感謝を表して行こうと決心した。 教師の研修、保護者への啓蒙、物的環境の整備や創造などに力を尽くし た。幸いにも、諸般に亘って迷惑とも思わず協力してくれる関係者、製造 業者がいてくれた。 実践研究を通して、私たちは、モンテッソーリ教育の根底には、子ども を通して問われる人間性の尊厳の探求と追求という目標が潜在しているこ とがはっきり判ってきた。従ってこの教育法を子どもの健全な人間への成 長の支援である保育活動として、学校教育の形をとっている幼稚園こそ実 践すべきだと考えた。幼稚園はモンテッソ−リ教育法の紹介にある「子ど もの家」とは当時の実情では形態こそ異なっていても、それは教師と子ど もの創り出す環境として変更ないし改善できると理解していた。これは、 従来からの幼児の集団生活についての観察と洞察から、ある確信を持って 見通していたことである。子どもはひとり一人だいじに対応されていくと、 − 23 − 徐々にではあるが、より大きな集団のなかで多くの現実感を得て、周りを 受容する力が豊かになるということである。ここで、子ども‘ひとり一人’ が心の平安・安心を周囲からの刺激に壊されないよう、支援に心を開ける ように工夫する教師やスタッフとの関わりが基本であることを、忘れては ならない。これは教師の誠実な研修の積み重ねに掛かっているのである。 幼稚園の保育内容と教師のやり甲斐のある研修とは車輪の両輪のように、 やるならば一石二鳥の実りが得られると視ていた。これは、ごく自然に知 的に判っている普遍的な現象ではある。しかし人は普遍的な道では自己を 埋もれさせられたと感じるのか、あえて自説をもって混乱を招くことを見 ることもある。そう言うせかいであるからこそ、まずは教師から始めて準 備し、その理解を深めつつ物的環境の整備をすることを課題として研究実 践してきた。こうしたときには期待した子どもの姿が応えてきた。マリア・ モンテッソーリに報告として見て貰いたいような、感謝のことばや祈りが クラスに聞かれるようになり、こういう平和への道を存在させている創造 の匠にも感謝している日々である。 2 モンテッソーリ教育の超時代性(普遍性)と実践 マリア・モンテッソーリが深い観察から伝えている、乳幼児の成長、諸 能力の発達などの解説には、いつも生物の一員としての形相が説かれてい る。乳幼児の持つ見えない生命力が環境に触れて見える形を取ってくる流 れが正確に説かれている。生まれた環境での生活を心身の成長の糧として 自信ある子どもに育ってゆく。この子たちの人柄—自我には、環境との相 互依存をよくわきまえ、そこでの人としての尊厳と役割を素直に認めた健 全な自己の受容(肯定)が育まれていく。これは、自分はこの地上に生を 受けた‘人は大切な者—愛されている命である’ことが何であるかを知っ てゆく人格構築のとき、誕生から続く無二の自然の道程である。自然の道 程を護ればこそ実りが期待されるのは当然と言えよう。これは、モンテッ ソーリが環境と命あるものとのコスミックな不可避の繋がりの故に人格の 尊厳を観つづけたことであり、もっとも普遍的な理念であるといえる。こ うして、幼児期だからこそ期待できる、心身の調和あるコスミックな人格 形成を得ながら、人類の平和運動に各人が繋がっている。 さらに、この被造物に支えられた生命の大切さと、この自然に関わる人 − 24 − シンポジウム 間の使命、人格の使命に繋がる理念の実現が、モンテッソーリのいう社会 改革になってくるのは必然だとい言うべきであろう。つまり、人類の文化 の流れにある強い者、大きい者が小さい者の上になって、勝者と敗者を生 じさせているが、それは教育の分野でも家庭でもそうなりやすい。こうし た歩みの 21 世紀に生きる人間たちへのモンテッソーリ教育のメッセージ がある。子どもから誰でも人間の一員であることを学び、教える者と習う 者のいずれもが大事な使命の持ち主として尊敬されてゆくことによって、 人類社会と地上のものすべての平和を築いてゆけるのである。だからこそ その第一歩として日々、乳幼児と共にその使命の貴さを護ってゆく道を逸 れてはならない。 マリア・モンテッソーリから継承した教育法を実践してきて実感できる 普遍的なことを、いまひとつ上げておこう。教師の準備である。いうまで もないことだが、毎日子どもと目を合わせる教師の心構えを新たにしてゆ くことである。ひとは自分を大事にするようにしか人を愛せないのである。 有り難いことに、私たちには、目の前にいる子どもが鏡になって私たちの 態度を映し出してくれている。おとなの偏見に囚われずに受け入れて貰え ばよいのである。子どもはおとなの、とくに両親の心情に敏感であり、素 直に心配してくれていることを見逃しはしないのである。 3 創造に与る:実践者への要請 マリア・モンテッソーリが、子どもは人類の父である、といったことは 周知のことである。子どもは人を育てる、人を動かす存在であるといわれ ると、思い当たることは、胎児のときから母体が健全に保たれるように影 響することだ。つまり‘自分’という新しい命のために環境にも影響力を 持っている。産業経済に人類の平和が脅かされている現状にあっても、人 類はいま、子どもに学び、子どもとともに生きることが、その家族、社会、 全人類を創造の目的完成、平和の構築に至らしめることを確信し、日常生 活を充実させることが求められているのである。マリア・モンテッソーリ の教育をとおしての平和構築の肯定的理念が当然の実を結ぶべく、私たち は、人間の内なる自然とその超自然的使命とを真摯に受けとめ、各自の貢 献できる分野で、子どもの価値を中心にした文化改善を、地上の何処にお いても押し進めるよう尽力する役を担っていると思う。 − 25 − こうしたおとなと子どもの二極の相互関係をつよく活かすことによっ て、ひとと闘わないこころが造られ、喜びと希望を持って愛し合う正常な 人間性が育ち合うおとなと子どものせかいが保育の場から広がることを心 から願うばかりである。 − 26 − シンポジウム モンテッソーリ教育の継承と発展について 第 2 シンポジスト 江 口 浩三郎 (エミール保育園園長) 1.はじめに エミール保育園を開園して 35 年。卒園児も 1,500 名を越えたが、その 殆どの子どもたちへモンテッソーリ教育の精神を伝えることができたこと に、いささか満足感を覚えるこの頃である。豊かな知性の獲得、安定と思 いやりに充ちた情緒性、前進と抑制のバランスを見せる意思の発現等、乳 幼児期の成長発達に必要な要因を全て習得できているのも、ひとえに地道 にモンテッソーリ教育を実践してきたからではないだろうか。 このたび、幸いにもシンポジウムでの発言の場を与えられたのを良い機 会として、35 年間の実績を踏まえたうえでの、私なりの「継承」と「創造」 を考えてみた。 2. 「継承」について 継承とは、モンテッソーリが私たちに伝え残してくれたことを正しく受 け止め、過去・現在・未来へと、幼児教育の場で実践していくことである。 そのためには当然のことながら、保育にあたる全ての教師が明確な目的の ために意思を同じくし、歩調を合わせて進んでいかなければならない。そ こで私は、モンテッソーリ教育について自分が学んだことを中心として以 下のようにまとめ、新任教師を対象として、毎月一回 1 年間にわたって理 論研修を行ってきた。 ①まず、園での保育をとおしてどのような子どもに育って欲しいのか、は っきりとしたイメージを持てるようになる。 ・自立し自己選択しながら、生活の主人公となっていく。 ・他人と自分との関係を理解し、両者間で適切な行動が取れるようにな る。 ・さまざまな場面や立場において、効果的な自己主張、自己表現ができ − 27 − る。 ②理論的な理解を容易にし、実践上の効果を正確に把握できるように、分 析された個々のテーマを習得していく。 a「児童観」 (ア)四大原理…人間の傾向性、発達の四段階、吸収する心、敏感期 (イ)三大発見…子どもの発達と敏感期、子どもの正常化された姿、正 常化への道 (ウ)二大原則…自発的成長発達能力、吸収精神 b「自由論」 (ア)なぜ私たちは、 「自由」 (自由に生きる、自由を尊重する)につい て学び、充分に理解しておかなければならないのか。 (イ) 「自由」ということばの意味・内容はどんなことか。 (ウ)自由な生活や行動をするための前提となる条件には、どんなもの があるか。 (エ)子どもたちに自由な活動を保障するということは、どんな意味が ふくまれているのか。 (オ)モンテッソーリ教育で考えられている具体的な自由活動とは何か。 (カ) 「自由と規律はコインの裏表」ということばをどう理解し、実践の 場で活かしていくのか。 (キ)子どもが納得し守りやすい規律やルールは、どうして作っていけ ばいいのか。 (ク) 「自由活動保障の原則」に対する教師の心がまえはどうあるべきか。 c「運動論」 (ア)モンテッソーリ教育は「運動の教育」とも呼ばれており、運動に よってのみ自己創造が果たせることを、まずもって充分に理解し ておく。 (イ)運動の目的にはどんなものがあるか。 (ウ)子どもの運動における大切なポイントとなるのは何か。 (エ)子どもが自発的な活動を続けていくための条件には、どんなもの − 28 − シンポジウム があるか。 (オ)モンテッソーリ教具の運動論的特徴は何か。 以下「環境論」 「教師論」 「教具論」と進み、同じ要領で分析されたテーマ を学び理解していく。 ③目指すべき子どもの姿をイメージするのと同時に、自分のクラスのある べき状態をもイメージしておく ・おだやかで平和な空気に充ちているか。 ・子どもの動きに落ち着きがあり、整然とした行動をとっているか。 ・それぞれの子どもが、はっきりとした目的を持って行動しているか。 3. 「発展」について ① 0 歳〜 2 歳までの保育現場に、モンテッソーリ教育の理念と方法を浸透 させていく。 近年、生後 3 〜 4 年間で脳細胞の 60 パーセントが発達することが明ら かにされてきた。また、脳の発達を促す要因として、子どもの自発的意思 に基づく活動が重要視されている。このことは、モンテッソーリが主張す る子どもの自発性の尊重と軌を一にするものであり、3 歳未満児保育の中 心的理念として実践していかなければならない。 幸いにも、乳児保育研究者の工夫と努力が相まって、自立を促す数多く の教具・教材が開発されている。0 歳児でさえ毎日飽きることなく活動し 続け、周到に準備された環境を我がものにしていく。1 歳〜 2 歳のクラス では、日常生活の練習的環境も加わるので、活動はさらに広がっていく。 その効果として子どもたちは、随意筋を発達させながら自立し主体性を身 につけていくが、 決して見逃すことができないのが、 「自己尊重」 「自己信頼」 の習得である。 このように考えると、基礎的人格創造のこの時期に、モンテッソーリ教 育は将来にわたってもっと活かされるべきではないだろうか。 ②園におけるモンテッソーリ教育と家庭教育の調和を図るとともに、育児 支援へ貢献していく。 (ア)園の保育方針と家庭の教育方針に大きな差異がある場合、最も混 − 29 − 乱するのは子ども本人である。望ましいのは、入園以前に保護者 が園の保育方針を確認するべきであろうが、全ての保護者がそう であるとは限らない。そのために私の園では、年に 2 回の園長講 話の他、教具の説明や提示体験会、保護者有志による読書会、年 に 3 回の保育参観等を通して、モンテッソーリ教育の紹介を行っ ている。今後も決して手をゆるめずに、家庭での育児方針に影響 を及ぼし続けていくことが、私たちの使命ではないだろうか。 (イ)私の園には「みどりの家」と呼んでいる独立した家屋があり、週 に 3 回、3 歳以下の子どもを連れた地域の母親が、思いのままに 集まってくる。数人のスタッフはいるが特別なことは何もせず、 母親はコーヒーを飲み、子どもは園庭や室内で遊ぶだけのことで ある。これはフランスでの実践例にならったもので、目的は入園 以前から子どもに園の雰囲気を味わわせること、言いかえれば環 境の連続性を保つことである。さらには孤立しがちな母親への育 児支援にも大いに役立っているのは確かであるが、モンテッソー リ教育的環境のもとへ母子を迎えることのできる意義は、決して 小さいものではない。 ③これからの世界の平和にいかに貢献できるのかを、日本のモンテッソー リアンから発信していかなければならない。 (ア)1 億人以上の人口を持つ国で、60 年間も戦争をせずに平和に過ご してきたのは、歴史上日本だけである。その最大の要因は、平和 憲法の精神と第 9 条にある。私たちモンテッソーリアンは、幼児 期からの教育をとおして、平和を尊重していく人間の育成に努め ているが、最も説得力を持って世界に訴えるには、日本人が最適 の立場にある。悲惨な原子爆弾投下の犠牲を二度も体験した日本 人の声には、世界中の平和を愛する人々は必ず、耳を傾けてくれ るものと信じている。今後機会あるごとに世界平和実現への声を 挙げ続けることが、日本のモンテッソーリアンの義務と考えてい かなければならない。 (イ)ところで日本の国会では、憲法改正議論が政治的課題となってい る。もちろん憲法といえども、時代の変化に対応すべき改正は否 定されるものではないが、第 9 条だけは、平和を守り願う日本人 − 30 − シンポジウム の精神的支柱として位置づけられていなければならない。この精 神的支柱を尊いものと考え、世界へ平和を発信しようとする姿勢 があるからこそ、世界の人々が日本人を尊敬する気持ちを寄せら れるからである。 子どもの人格に平和を愛する精神を植えつけ、子どもの未来が 安全な世界となることを願うモンテッソーリアンは、現在のこの 政治的論議に真剣に立ち向かってこそ、その本領が発揮されるも のと私は固く信じている。 ④コスミック教育に内在するエコロジー教育も、今後積極的に推進してい く必要がある。子どもたちのために、これからもずっと安全で安心な世界 を残してやるためには、平和だけでなく快適な環境の維持・改善も重要な 課題である。ところが近年、CO2 の問題に象徴されるように、地球規模で の環境悪化が現実化してきている。 モンテッソーリは、宇宙秩序と生命維持秩序の相関性を強調しているが、 あたかも現代社会の環境レベル低下を見通して、警鐘を鳴らしているかの ようにも思えてくる。 幸いなことに、まだまだ効果的には微々たるものであるが、多様な場面 でエコロジー活動が活発に行われ始めてきており、子どもたちの意識改革 に寄与できる材料に事欠くことはない。動物や植物との共存、資源の有効 利用(もったいない精神) 、健康管理とエコロジーの関係等、私たちの工 夫と指導方法次第で子どもたちも理解し実行できるはずである。時代性を 感じさせる文化教育の内容として、発展させていく可能性も秘めているの ではないだろうか。 − 31 − 教師養成コースの使命 第 3 シンポジスト 下 條 善 子 (信望愛学園モンテッソーリ教師養成コース 主任) はじめに 私は 30 余年間モンテッソーリ教師養成にかかわってまいりました。そ の間、コースを卒業した方々が実践なさる園が増え、その質も深まってい く現場と接触していますと、モンテッソーリ教師養成において、どこに最 も力を入れなければならないかということがはっきりしてきました。今回 は、当コースで行っていることを紹介しながら、モンテッソーリ教師養成 において何が最も大切なのか、どのように養成するべきか、これからの課 題は何かについて述べたいと思います。 1.教師養成コースの紹介 毎月 1 週間、年齢・キャリア・職責の違い、全国から : 養成コース のスタイルはいろいろですが、私どものコースは、1 年目は毎月 1 週間会 場に来て、モンテッソーリ教師の心を理解するための理論と、実践理論や 提供方法を学びます。学生は、短大を卒業したばかりでまだ現場の経験の ない 20 歳の方から、園長先生・主任の先生といった 50 代・60 代の経験 も職責もある方々が、沖縄から関東地方まで様々な所から集まって来ます。 このように様々な方が年齢や職責を離れて一箇所に集まり皆で心を揃え、 1 週間の間に沢山の提供方法を学びます。 歌を歌う意味 : 皆の心を合わせるために、具体的には、朝、歌を歌い、 それを必ず二部合唱、三部合唱にもっていきます。それは他人の声を聞き、 それに自分の声を合わせ、自分のパートをしっかりと責任を持って歌うこ とを目指しているのです。皆の心が一つになった時、きれいなハーモニー の歌声になります。たかが歌のようですが、そのメロディーや歌詞を自分 の心に刻むことによって、私の大事にしている「聴く耳」ができ、自分が 何をするかを意識化できるように思えます。こうして心を静め、心を整え てその日の学習に入るのですが、歌がきれいになるのに従って学びの体勢 − 32 − シンポジウム も深まっていきます。 実技実践 : 4 月は日常生活の練習、5 月は感覚教育、6 月に数教育、 7 月には言語教育と、各領域の前半の提供を一通り済ませます。そして各 領域と教具の関連性の全体を掴み、現場で使うことができるようにしてい きます。9 月以降は後半の提供に入り、1−2 月で理論と実践のまとめ、学 びを深めていくことになります。 2 年目 : 2 年目は指定された実習園での教育実習を 4 週間しますが、 習った提供法を実際に使ってみる実習は特に大切で、頭だけの勉強でなく 実際に使えるようにするために不可欠です。習った提供法を実際に使い、 子どもの望ましい心身の発達の援助になっているか、内的要求にあってい るか、直接指導を受ける実習は特に大切なものです。 2 年目の夏には 3 日間の集中講義で理論的理解を深めます。 また、2 年間をかけたアルバムを作成することは、提供法をより深く理 解する手助けとなります。また、卒業したあと立ち戻って確かめる手がか りとなりますから、当コースではこれをとても大切にしております。 最後に資格試験に合格すればディプロマを取得することになります。 2.養成において大切にしていること モンテッソーリ女史の心に触れる、自分を整える : コースでの養成 において何よりも私が大切にすることは、先ず学生がモンテッソーリ女史 が大事にされた「子どもの心を知る」こと、次にモンテッソーリ教具の伝 達と援助の方法をマスターすること、更にモンテッソーリ教育に携わるも のとして自分をどう整えるべきかを知ることです。 人的環境である洗練された教師の養成 : 教具が整っているとか、環 境が整備されていることに越したことはありませんが、むしろ大事なのは 人的環境である洗練された教師の存在こそが最も重要な条件と考えます。 教師の養成が二の次になってしまっては子どもへの本当の援助が出来ませ ん。教具を使うのも環境を活かすのも教師なのです。それだけに教師は教 具の使い方だけでなく、教具を媒介にして子どもの精神活動の良き援助者 としてのトレーニングをすることが必要です。 良き教師になるために : 子どもは本当にお仕事が好きです。教具と の出会いの瞬間の一つ一つがその子どもにとってはかけがえのない人格形 − 33 − 成の瞬間のように思えます。教具の中にある秩序に従いながら自分を構築 するために全精力をかけている子どもに適切な援助が出来るためには、教 師は教具の意味と使い方を正確に理解しておく必要がありますし、同時に、 その教具をその子どもの成長のリズムや一人ひとりの理解に合わせた援助 の仕方や伝え方を身体でマスターしていることが大切です。 また、何がこの子に必要なのかを見極める観察力と、その子どもの環境 と性格からくる困難を乗り越えることがどう人格形成に関わるかというこ とを理解し、教具と関わりながら現場で援助できる働きが出来るようにと 願っています。 3.どのように養成すべきか 子どもから学ぶ : 私はモンテッソーリ教育に出会う前、一斉保育の 教師を 20 年間続けていました。それがふとしたことからモンテッソーリ 教具に集中している 1 人の幼児に出会ったのです。その幼な子の顔を見た とき、私は「童の顔」という言葉を思いました。本当に素朴で満足しきっ た平和な顔でした。この幼な子との出会いが、私のモンテッソーリ教育の 出発点となりました。ですから私の教師養成の原点には、子どもと共に教 師が育つのだという確信があります。 生まれてまだ 3 年か 4 年の子どもたちが、それぞれの家庭環境や価値観 を背負って集まってくる初めての小さな集団の中で、家庭で通じていたこ とが社会では通じないことに出会い、自分を修正したり、不足しているも のを補ったり、自分を作るために必要なものを獲得するために教具を使っ て人格を作る子どもたち。教師はそんな子どもと共に歩く同伴者なのです。 また、まだ自分を自由に表現できない幼な子の代弁者であるよう努めなく てはなりません。 現場から学ぶ : そのためには現場で子どもの表情や仕草の中にその 子が必要としている内面を瞬間的に見抜く観察力と、その時を逃さず適切 な援助と展開を、その子のリズムと理解の仕方に合わせて対応できる奉仕 と愛の心を育てることが必要です。そして子どもの小さい変化に気付く感 性が教師に育って欲しいと願っています。 各園内で養成する : これらは現場で必要不可欠なことですが、2 年 の在学中に完成することはできません。ですからコースを卒業したあとで − 34 − シンポジウム こそ、本当の職員養成が現場で始まるのでしょう。そのためにコースとし ても、卒業後は園と連携し、様々な研修会を行っております。 各種研修会 : まず、園長・主任級の指導的立場におられる先生方を 対象に、実習指導の現場に来ていただいて、実際に子どもが教具に出会い ながら人格的に安定していく過程を研修したり、実習生と子どもとの関わ り方の学びの場を提供しています。 また、園長主任会は教師養成の難しさに悩む園長先生、主任先生対象の 研修会です。 それから、コース卒業生を対象に、現場における展開と援助の仕方を深 めていく研修会も行っています。 これらの研修会によって、卒業後に現場でさらに育っていくことを応援 したいと願っております。 4.養成の難しさとこれからの課題 ここまでは、私どもが何を大切にし、何に重点をおいて教員養成をして いるかを述べて参りましたが、これらを行っていく上で様々な難しさも感 じます。 忙しい実態 : 保育現場はとても忙しいのが現状です。その現場を離 れてコースに出て来るのは、本人にも、送り出す側の職場の先生の側にも 大きな負担があるのです。 専門的意識の希薄さと発達した文化の影響 : また、保育者としての 専門教育を受けてきたはずの方々の、専門的意識の希薄さを感じる最近で す。若い新任の先生は、自分の意見が言えない、表現ができない、質問が できない、報告ができない、話して良い時と聞くべき時の区別が弱い、な どの傾向があります。 手先が器用に使えないとか、感じ方が弱い、周囲との関係がうまく取れ ないという最近の風潮は、現代の環境から来るのでしょうか。そのような 変化の激しい生活の中で育ってきた方たちの養成は、モンテッソーリ教師 以前の問題から始めなければなりません。 平和教育 : しかしながら私たちが「大変だ!難しい!」と言っては おれません。このような社会情勢に一番苦しんでいるのは子どもたちなの ですから。コースで提供のやり方だけを勉強すれば良いのであれば事は簡 − 35 − 単ですが、生きている人間と関わっているという重要な役目を私たちは持 っているのです。 整理された教具と出会い、法則性に従って精神活動を習得すれば、生活 の中で出会う出来事に対応するときに何をすべきか、自分の立場と周囲の 状況を把握できるようになるでしょう。社会性を行動に移していけるとき、 モンテッソーリ教育が生かされ、その思考性は平和な人格形成につながる のだと考えています。幼児期に心の平和を味わった子どもたちが、大人に なって本当に平和な社会を築いてくれると確信しています。 養成を活かす : 養成コースを卒業した後も、モンテッソーリ教育 に携わった方々が子育てが終わった時点で職場に戻ることもできるでしょ う。それまでに経験したものを子どもにも園にも豊かな環境となって活か すことができますし、例え戻らなくても、子育てに悩む若いお母さん方に 関わっていくことができれば、地域社会にも豊かな環境となって活かすこ とができるのではないかと考えています。 まとめ 今まで述べましたことを念願し私は教師養成に関わって参りましたが、 コース生を養成することによって私自身も養成されてきたように思いま す。教師は子どもを援助すると同時に、教師は子どもから学びます。また、 教師は現場で教師同士で学びあい、成長していかなければならないと思っ ています。そして教師を養成する側も同時に学びあい、養成されていくの です。このように学びあいながら平和な社会を作っていきたいと願ってい ます。 − 36 − シンポジウム モンテッソーリ教育の継承と創造 第 4 シンポジスト 林 信二郎 (川口短期大学) はじめに 私は、これまで幼稚園教員養成にかかわってき、主に幼児教育学関係の 授業を担当してきました。このような仕事に就いたきっかけが、モンテッ ソーリ教育にありましたし、この教育は、優れた理論と実践の体系を持つ 教育の一つと受け止めてきました。 私のモンテッソーリ教育との出会いは、40 年近く前の、まだ学生だっ た頃に遡ります。インドで出版された英文で書かれた本を読む機会があり、 面白いと感じて、ゼミで紹介したところ、指導教官が出版を勧めてくれ、 連名で 2 冊ほど訳出しました。それ以来、この教育から多くのことを学び ましたし、もたらしてくれたものも少なくありません。また、その時期は、 ちょうどモンテッソーリ教育が、再評価され始めていた時期に重なり、日 本モンテッソーリ協会が作られ、上智にモンテッソーリ教員養成コースが スタートした時期でもありました。 私は、この教育から何を学んだのかという、個人的体験と、約 40 年近 くの間、私の目に映った、実践としての「子どもの家」、それを支える「モ ンテッソーリ教員養成コース」 、それらを支える組織としての「モンテッ ソーリ協会」という 3 者のあり方の視点から、その継承と創造の問題を考 えたいと思います。 1、この教育から学んだこと この教育から学んだこととしていろいろありますが、次の 2 点を取り上 げます。教育や保育の世界には、一見対立すると思われる考え方や方法が さまざまな形で存在しています。例を挙げるなら、子どもの自発性の尊重 と教師の指導性の重視、遊びと生活や作業、個別活動と集団活動、同一年 齢集団と異年齢集団、内発性の信頼と賞罰に基づく教育、などなどです。 これらの背景には、児童観、発達観、教育観、人間観、世界観などがあり、 − 37 − モンテッソーリ教育はそれらに関して、あるはっきりとした見解に立って います。そのため、この教育を学ぶことを通して、他の多くの幼児教育理 論や方法を理解し、位置づける尺度を得ることが出来た点があります。 いま一つのものは、周知のように、この教育は、まさに 100 年前に始まり、 世界的に大きな関心を呼び急激に広がりましたが、その後衰退し、1960 年代から再評価されてきたという歴史を持っています。それは、国によっ て特色を持ちながら世界的にある共通性を持って展開されました。その歴 史から学んだことは、同じ教育理論や方法であっても、その時代の支配的 な発達観、子ども観、時代精神、抱えている国家的・社会的課題、広めよ うとする主体の活動のあり方やその受け止められ方などにより、評価され もすれば、批判されもし、禁止されさえするということです。 2、これまでの継承・創造とこれからの課題 1960 年代以降のこの教育は、多くの熱心な人々に支えられて、着実と も言える歩みをしてきたと思います。しかし、個人の名前がついたこの教 育の道は、平坦なものではありませんでした。その振り返りと、残されて いる課題などについて取り上げたいと思います。 ⑴「モンテッソーリ協会」の継承と課題 1967 年に設立されたモンテッソーリ協会の最初の 10 年間は、模索・混乱 期であったように思われます。啓蒙、普及活動に力を入れ過ぎたり、商業主 義に走る立場の人も出てき、それを不満として去っていった人もいました。 1977 年に、人柄、識見、カリスマ性、柔軟性、指導力を備えたルーメ ル神父を会長に迎えてから、運動体としての機能を保持しながら、研究と 教育を総括するものとしてよく発展してきました。そこには、事務局、関 係者の献身的サポートも忘れてはなりませんが、支部組織も整い、財政的 にも不安の無いものとなっています。 これからの課題としては、次の諸点を挙げたいと思います。先ず、良い 意味でのカリスマ性をもって長く良い導きをしてくださったルーメル神父 の後を受け、昨日の定期総会で前之園幸一郎氏が新しい会長に選ばれまし た。この新しい会長を会員全体で支え、これまでのよきものを継承し、新 しい魅力を作っていかなければならないということがあります。次に、事 務局を含めた高齢化の兆しへの対応の問題があります。そこには、協会と − 38 − シンポジウム しての内のまとまりと、外に対しては必ずしも開かれているとはいえない 現実がありそうです。そのことが、入ってしかるべき人、入って活動を期 待したい若い人たちの未加入の原因ともなっています。さらには、子ども の家や教員養成コースへの評価基準の明確化やカソリックとのスタンスの あり方もこれからの課題としてありそうです。 ⑵「モンテッソーリ教員養成コース」の継承と課題 1970 年に上智モンテッソーリ教員養成コースが出来て以降、国際コー スが出来、協会認定のコースが各地に作られ、それぞれのコースの特長を 生かしながら多くの人材を育ててきました。 課題として考えられる一つは、受講生の一種の「転向」に対する配慮、 サポートが必要ではないかということです。受講生のほとんどが、幼、保 の資格を取るに際して、すでに一般的な理論と方法を学んでいます。それ を、この教育を学ぶに際して全面否定あるいは一部否定することとなりま す。それは、大きな喜びを伴うと同時に、これまでの信念体系が変更され るという小さくない痛みを伴う事柄だと思われるからです。次に、修了者 の定着性のことがあります。大きな苦労のもとに育て、育った有資格者が、 比較的短い期間の実践の後、保育の場を去っていく現実があります。そこ には様々な要因が働いていることでしょうが、せっかく育った人的資源を 大切にする道を探っていかなければならないと思われます。 ⑶「子どもの家」の継承と課題 この教育の成否は、基本的には、 「子どもの家」でどのような子どもが 育っているのかに尽きると思われます。普通の幼稚園や保育園を、モンテ ッソーリ教育の実施園へと切り替えるに際しては、多くの困難に直面しな がら、職員や保護者の理解、職員の研修や資格取得などの問題を克服して、 信頼と期待が得られるようになっており「子どもの家」の数も多くなって いるようです。 その「子どもの家」が、さらに浸透普及するためには、大きな声によっ てではなく、実践の卓越性を確保し、積み重ねていくことが大切です。具 体的には、そこに預けた保護者や受け入れる小学校の先生方が、 「子ども の家」で育った子たちの確かな違い、育ちの実感が持てることです。それ とあわせて、その確かな育ちの違いを、可視化する努力も求められます。 相良先生が、その姿を豊富な事例で印象的に話されているのを聞く機会が − 39 − ありましたが、そのような、今の流行の言葉を使うならば、説明責任を果 たすことも必要なことでしょう。 3、これからの創造 イタリアで生まれた教育を、日本の文化と国情に合う形で生かしてきた こと自体、優れて創造的な取り組みがなされてきたといえるでしょう。こ れからの創造を考えるに当たって、次の 3 点を挙げたいと思います。 その一つは、子どもから学ぶという原点に立ち帰って、現在の日本の教 育課題をしっかりとした目で見すえ、子どもの育ちの中で、欠けているも のは何か、伸ばすべきものは何かの観点に立って教育を作り上げていくこ とです。それは、平和教育であったり、環境教育であり、コスミック教育 であったりするでしょう。その二つは、生命の連続性の観点に立ってその 援助のあり方を考えるということです。モンテッソーリは胎内の生命の誕 生からその発達を捉えていますが、その延長としての家族での生活と育ち、 幼稚園や保育園での生活と育ち、小学校・中学校・高等学校へと続いてい き、育つ者から育てる者へと移行して、生を全うする生涯学習の観点から の教育の構想が待たれます。その三つは、頑固さと柔軟性に関することで す。モンテッソーリ教育の本質を見失うことなく、そして、この教育を信 頼し、期待する者たちの輪を崩すことなく、しかも、その一方、日本の教 育の現状に適応し、子どもの幸せに向けて、より多くの教育関係者が力を 合わせられるような途を開いていく柔軟性を持つことです。これがモンテ ッソーリ教育であり、子どもの家であるという典型的モデルを明確にし、 それにこだわることと、それからの距離を測りながら柔軟に生かしていく ことと言い換えても良いかもしれません。 最後に、モンテッソーリ教育とモンテッソーリ教育運動について一言触 れておきたいと思います。モンテッソーリ教育運動は、この教育に賛同し、 少しでも多くの人に知ってもらいたい、広めたいと願う人々の取り組みで す。そのため、啓蒙普及活動に不利になると思われることは、あえて取り 上げないことは許されることと考えます。しかし、モンテッソーリ教育の 本質を明らかにしようとする取り組み、モンテッソーリ教育研究は、モン テッソーリを神格化することは避けなければならないし、批判や問題点に しっかりと向き合っていかなければならないと考えます。 − 40 − シンポジウム 司会者としての報告 天 野 珠 子 (駒沢女子短期大学) 第 40 回大会テーマ『 「子どもの家」開設 100 周年〜モンテッソーリ教育 の継承と創造〜』が、そのまま本シンポジウムのテーマでもあった。シン ポジストは、我が国のモンテッソーリ教育に長らく関わって来られ、今も 活躍中の以下の方々にお願いした。 乾盛夫氏 ・暁の星学園理事長、鳴門聖母幼稚園園長、モンテッソーリ協会理事(四 国支部長) 。 乾氏は、長らく幼稚園長としてモンテッソーリ教育を実践する傍ら、 藤原元一氏と共に設立された九州モンテッソーリ教員養成コースにおい て 20 年間教員養成に携り、九州地方のモンテッソーリ教育普及に尽力 された方である。主に我が国における幼稚園でのモンテッソーリ教育に ついて提案して頂いた。 江口浩三郎氏 ・エミール保育園園長、福岡モンテッソーリ教育研究会会長。 昭和 48 年にエミール保育園園長となられてから、ご夫妻で保育園に モンテッソーリ教育を導入され、保育園におけるモンテッソーリ教育の 実践を広く映像や出版物を通して宣伝され、モンテッソーリ園に切り替 える多くの保育園のさきがけとして、今も普及活動を続けられている。 保育園の立場からテーマに沿った提案をお願いした。 下條善子氏 ・信望愛学園モンテッソーリ教師養成コース主任。長崎純心大学モンテ ッソーリ教員養成コース客員教授。 九州コースで約 10 年、信望愛コースで約 20 年と計 30 年間、モンテ ッソーリ教師養成に携わってこられた。今回は教員養成の立場から提案 して頂いた。 林信二郎氏 ・奈良教育大学、埼玉大学において長らく教鞭をとられ、2006 年 3 月、 − 41 − 埼玉大学を定年退職され、現在は川口短期大学教授。専門は幼児教育 学。草創期の上智モンテッソーリ教員養成コース講師。現在は京都モ ンテッソーリ教師養成コース、東京モンテッソーリ教育研究所講師も されている。モンテッソーリ協会常任理事。 1969 年 『モンテッソーリ教育 0 歳〜 6 歳』 の翻訳で、一躍脚光を浴び、 その後もソフトな語り口で若い保育者の人気を集める。今回は、理論 家の立場から、モンテッソーリ教育の「これまで」と「これから」に ついて提言頂いた。 提言内容については、シンポジスト各氏からの報告があるので、ここで は概略と司会者としての所感を述べさせて頂く。 乾氏は、6 領域の時代、一斉的な幼稚園教育に疑問を感じ、もっと子ど もには自由が必要ではないかと感じられていた頃、モンテッソーリ教育に 出会ったこと、そして切り替えていく中で子どもを見る目、助成者として の教師、など、ご自身の信念を確固たるものとしていかれたプロセスが紹 介された。 また、平和教育の原点にモンテッソーリ教育があることを実践者は意識 して保育に携わることが今後も大切なことである、と提言された。 江口氏は、モンテッソーリ教育導入におけるご自身の経験から、保育者 が一丸となって、その精神を理解し、教具提示のみに目が行きがちになる ことへの警鐘を述べられた。また子育て支援への取り組みについても紹介 された。今後については、憲法改正論に触れられながら、保育者も広く社 会に目を向け、モンテッソーリ教育を通して我々が社会貢献をしていく必 要性を述べられた。 下條氏は、教師養成の立場から、モンテッソーリ教師は、教具の目的へ の深い理解を身に付け、子どもの観察力、瞬時の判断力を磨くことが大切 である、しかし忙しい現場を抱えてのコースでの学習についていける若者 の減少とモンテッソーリ教育以前の社会人としての育ちの欠如など大きな 問題が立ちはだかっている現状を述べられた。 林氏は、日本モンテッソーリ協会の歴史を紹介され、啓蒙期から次のス テップへの移行期に入った現状で、モンテッソーリ教育がますます発展し ていく為に残る幾つかの課題を提案された。①カリスマ的魅力でモンテッ ソーリ協会をリードし、今の繁栄をもたらされた K. ルーメル氏のご退陣 − 42 − シンポジウム とその元でパイオニアとして普及活動をされてきた方々の高齢化を考え、 モンテッソーリ教育をリードする新たな若い力を育てることの重要性。② モンテッソーリ教育に大きな関心を寄せながらも強い宗教的背景を感じ、 一線を画している優秀な一般教育関係者に門戸を開く必要性。③相良敦子 氏のように、一般社会、特に子育て中の若い層に、出版や講演を通して広 く宣伝する人材を増やすこと。など具体的提言がされた。 四氏がそれぞれの立場から行われた提言は、どれも参加者に示唆を与え るもので、モンテッソーリアン一人ひとりが、真摯に受け止め自らの課題 にしていく方向性を与えられたのではないだろうか。40 回目を迎えた大 会は、600 名を越す参加者であった。年に一度全国から集うモンテッソー リアンは、今後も増え続けることであろう。量的にも質的にも今後の発展 を期待したいと強く思わされたシンポジウムとなった。 つたない司会で申し訳なかったが、実行委員長として今回の大会を企画 運営した者として、大会最後のイベントが実り多く無事終了でき満足して いる。連日の極暑の中を最後のシンポジウムまで参加してくださった方々 に感謝して報告とさせて頂く。 − 43 − 論 文 モンテッソーリ教育の歴史的歩みと今日への問題提起 前之園 幸一郎 (青山学院女子短期大学) はじめに 2007 年 1 月 6 日は「子どもの家」開設から 100 周年に当たる。モンテ ッソーリの後世への偉大な足跡を思い起こすために、同年 1 月 6 日から 2 日間にわたりローマにおいて「モンテッソーリ『子どもの家』100 周年記 念大会」が開催された。大会には世界 45 カ国から 1200 人が参加した(1)。 大会においては平和の問題が大きく取り上げられ、「教育を通していかに 平和を確立するか」が主要テーマとして論じられた。この会期中にイタリ ア郵政省によって発行された郵便記念切手「モンテッソーリと子どもたち」 は、イタリア社会がこの大会に寄せる関心の高さを物語っていた。本稿で は「子どもの家」が 1900 年代初頭に開設されたイタリアの当時の社会的 背景、ならびに「子どもの家」が果たした社会改革的意義について考察し、 その今日への問題提起を検討する。 1.1900 年代初頭のイタリア社会の変化 20 世紀に入りイタリアは大きく変貌を遂げつつあった。その変化は、先 ず人口の発展にみられた。イタリアの人口は、イタリア王国成立の 1861 年から 1901 年までに 2575 万 600 人から 3377 万 8000 人に達し、1911 年 には 3692 万 1000 人となった。 1861 年から 1911 年までの 50 年間に人口は増大を続けた。実際にはこ の数字以上の高い出生率であったにもかかわらず人口増加がこの水準にと どまったのは、厳しい生活条件による高い幼児死亡率とおびただしい数の 外国への移民の増加の奇妙な均衡によるものであった。高い幼児死亡率の ために当時の平均寿命は 23 歳であった(2)。 移民問題もイタリアの社会的変化を示していた。1900 年までは毎年国 外に出かける移民の数は 30 万弱であった。最初は、移民はヨーロッパ諸 国の隣国に向かっていた。しかし次第にアメリカ大陸のラテン・アメリカ に向かうようになり、1900 年代の初めが移民の動向の転換点となる。こ − 44 − 論文 の時期から、移民は年間 50 万人を超えるようになったからである。それ が 1913 年には頂点に達し 87 万 2598 人となった。この労働者の半数は主 として米国に向かった。 非識字者問題も深刻であった。1871 年の国勢調査によれば、6 歳以上 の国民の半数以上が非識字者であり、その 40 年後の 1911 年には、6 歳 以上の非識字率は 37.6%であり、これを性別で見ると男性の非識字率は 32.6%、女性は 42.4%であった。 さて、イタリア社会のより全般的な変化についても見てみよう。1900 年当時、イタリアは基本的には農業国であった。国民の過半数以上が農民、 牛飼い、羊飼いとして生活していた。しかし、すでに 1880 年から産業的 変化が始まっていた。女性が就業する紡績産業が姿を現したからである。 1881 年には紡績の従事者の 97.74%は女性であった。1872 年にはミラノ にゴム産業のピレッリ(Pirelli)社の最初の工場が開かれた。1889 年に トリノに自動車産業のフィアット(FIAT)社が設立された。同じく 1889 年にはイタリアとスイスを結ぶシンプロン・トンネルが開通した。これは、 当時、世界最長の 20 キロのトンネルであった。1906 年には、労働運動の 拠点となる労働総同盟(Le confederazione generale del lavoro)が結成さ れた。1906 年には、初めてノーベル賞が 2 名のイタリア人に与えられた。 カルドゥッチ(Giosuè Carducci, 1835-1907)に対する文学賞、ゴルジ (Camillo Golgi, 1844-1926)に対する医学賞がそれである。また、自由主 義者ジョリッティ(Giovanni Giolitti, 1842-1928)によって指導されたイ タリアの政治は近代化と諸改革の方向へと進みつつあった。 以上のような社会的変化の中で、首都ローマも大きな変貌を遂げつつあ った。その一つが人口急増の現象である。それは、一つには新国家の政府 機能の拡充にともなう国家公務員の増加によるものであった。他方、仕事 を求めて全国各地からローマに押し寄せる労働者、農民などの流入人口の 増大もその一因をなしていた。 2.ローマ、サン・ロレンツォ地区の再開発と「子どもの家」 サン・ロレンツォ地区は、ローマ市街を取り囲むアウレリア城壁外側の ヴェラーノ(Verano)墓地と鉄道操作場との間にある狭い地帯に貧民層の 居住する街区として形成された。現在のローマ終着駅テルミニの後方近く − 45 − に位置している。この地域の成り立ちの事情について、モンテッソーリは 『子どもの発見』の中で次のように述べている。サン・ロレンツォ地区が 形成されたのは 1884 年から 1888 年の間であった。当時、高額の公的助 成金による建築ブームが起こっていた(3)。しかし、ブームが加熱し安普請 の建物が過剰に建設されたためにその公的助成は打ち切られることになっ た。その結果、サン・ロレンツォ地区には未完成のままの多くの建物が放 置された。ところがその建物は、いつしか首都ローマの貧困階層の人々の 格好の避難の場所となった。そこに住み着くものが現れたからである。そ の居住者たちの中には、わずかな現金収入を得るために自分の狭い家をさ らに又貸しする者まで現れた。そして、社会的にも衛生的にも劣悪この上 ない無法地帯の貧民窟が形成されることになったのである。 このような状況に対して、1900 年代の初めに進歩的な立場の人々の間 でローマの都市計画の推進を求める一つの運動が生まれた。そして 1904 年にローマ不動産協会(L’ istituto Romano dei Beni Stabili)が設立された。 その責任者はターラモ(Eduardo Talamo)氏であり、彼はサン・ロレン ツォ地区の建物再開発に着手することになった。ローマ不動産協会は近代 建築の理念によるサン・ロレンツォ地区の改造計画を推し進めた。それに よると、新しい住居は単に物理的な居住の場所としてだけでなく、家族の 親密な家庭生活が可能となるような空間として考えられていた。新住宅は、 それまでの不健康で陰鬱な構造に対して空間的にも、空気の流通、明るさ、 快適さなどに十分な考慮が払われており、衛生的にも細かな環境的配慮が なされていた。 当時のある新聞によると、1907 年 1 月 7 日に入居が始まったサン・ロ レンツォ地区の建物は 73 軒からなるアパートである。それは、各 1 部屋、 2 部屋、3 部屋からなる住居であり、それぞれに台所がついている。家賃 は、1 部屋につき 11 リラで、台所は 5 リラである。また、すべて住居に は水道が備えられており、階段には照明がつけられている。建物の入り口 には門番のために守衛がおかれている。さらに不動産協会はこの建造物の 保全管理のために、家屋をきれいに使用する家族に対しては 1 ヶ月の家賃 を免除する特典を定めている(4)。 この再建造された建物の中庭には、公共の秩序の維持を呼びかけるため の次のような掲示がなされていた。 「住居の衛生は子どもたちの健康のため − 46 − 論文 である」 ( “L’ igiene dell’ abitazione è la salute dei figli.” ) 「住まいを大切にする (5) 人は自分自身を大切にすることになる」 ( “Chi cura la casa cura se stesso.” ) 。 衛生についてのこのような考え方の徹底が居住者に対して図られ、それは 成果をあげつつあった。ローマ不動産協会は、居住者を借家人として見る だけでなく、同時に良識ある市民の形成という問題をも視野に入れていた のである。そして、サン・ロレンツォ地区の居住者の間には地域社会とい う意識が生まれつつあった。 さて、新しく建造されたアパートにおける子どもたちの扱いが重要な 問題となった。仕事に出かける親たちによって家に残される子どもたち が建物を破損することが危惧されたからである。それについてターラモ (Talamo)氏は一つのアイデアを持っていた。それは、このアパートに居 住する 3 歳から 7 歳までの子どもをアパートの 1 室に集め、それを 1 名の 女教師の指導にゆだねるというプランであった。彼は 1906 年の年末にこ の特別の幼児学校の開設とその運営を一任することをモンテッソーリに提 案した。その結果、最初の「子どもの家」が 1907 年 1 月 6 日に「マルシ 通り」 (Via dei Marsi)に開設されることになったのである。モンテッソ ーリは、人と環境に対する深い配慮を基本とする幼児教育の試みをそこに おいて開始した。 3. 「子どもの家」における教育的、社会的変革の試み モンテッソーリは、 「1907 年の『子どもの家』開所式でのあいさつ」にお いて再開発前のサン・ロレンツォ地区が「貧しい民衆の隔離(I’ isolamento delle masse povere) 」 (M. Montessori, La scoperta del bambino, p.363.)の 場所であったと述べている。世界中から人々が訪れる「永遠の都市ロー マ」の一角に、中世にハンセン病患者が隔離されたように、またユダヤ教 徒がゲットーに囲い込まれたように、最下層の人々のみを遠ざける特別な 地域が存在していたのである。そこでは「貧しい人々は、もはや裕福な隣 人たちからどのような優しさのお手本も示してもらえない。最悪の窮乏の 場合でさえ、金持ちの隣人たちからの救援の希望を彼らは抱くことはでき ない。この貧しい人々に投げ与えられたパンくずさえも、それは私たちが 彼らから掠め取ったものであった。私たちは、このように悲惨な人々をわ れわれから引き離して城壁の外側に集めて住まわせ、彼らを絶望のうち放 − 47 − 置して、彼らが相互に残虐さと悪徳を学び合うように仕向けているのであ る」(6)。彼女は、1896 年の大学卒業後も、研究とともに従来「黙殺されて きた教育」 ( “ i sirenzi dell’ educazione” )の問題にますます関心を強めて いた。すなわち、見て見ぬ振りをしてやり過ごされてきた知的遅滞児と女 性の問題についてである。そして「子どもの家」において、これらの意図 的に見過ごされている問題についての実験的試みに着手する。 3.1 「子どもの家」における教育法の実践 さて、スイスの心理学者ピアジェ(Piaget, J. 1896-1980)は、モンテッ ソーリについて 1935 年版『フランス百科事典』 (Encyclopédie Française) に次のように書いている。 「遅滞児の教育についてイタリアで研究を行っているモンテッソーリは、 障害児の分析に専心した。そして、障害児のそれぞれの事例は医学の問題 であるよりもむしろ心理学的なレベルの問題であることを発見して、彼女 は子どもの知的な発達ならびに教育の根底にある問題に取り組むことにな った。モンテッソーリは、遅滞児たちが彼女に教えたことを一般化するこ とによってそれを直接に健常児に適用した。すなわち、発達の初期の段階 においては、子どもたちは思考よりも行動によってよりよく学習する。ま た、行動を誘発するのに役立つ適切な教具は、優れた図書や言葉によっ てよりもはるかに早く子どもを理解に到達させる。遅滞児の知的なメカ ニズムに関するモンテッソーリの精密な観察は、このようにして後に世界 的に大きな反響を引き起こす彼女の教育法の出発点を確立することになっ た」(7)。 ピアジェは、モンテッソーリが知的遅滞児の人類学的・心理学的研究か ら、また遅滞児たちに適用された教育的諸方法から引き出した成果を以下 のように要約している。 ① 知的障害者の問題は教育学の問題であって、社会的にいかにその再教 育を実現するかの問題である。社会も政治も障害児の教育の責任から逃れ ることはできない。 ② 幼児の学習は、作ること、行動すること、身体的運動を行うことに深 く関連しており、したがって、行動を促しながら新しい知識を獲得するよ うに導く適切な教具の活用が重要となる。サン・ロレンツォ地区において − 48 − 論文 モンテッソーリは「新しい子どもの発見」を行うことになったが、その子 どもたちは、単に行動するだけでなく、秩序をもって、正確に、注意力と ともに素晴らしく行動する子どもであった。 ローマ大学の精神病棟における知的障害児の観察ならびにイタールおよ びセガンについての研究の結果として、モンテッソーリが 1898 年のトリ ノの教育会議において行った提案は以下の通りである。 ① 公立小学校に特別の併設学級が設けられるべきである。そこには障害 の程度の軽い子どもたちが受け入れられる。 ② 重度の障害児に対しては、教育ならびに医療を行う養護的な特別の施 設が設置されるべきである。 さらに、これらの実現のためには、教員養成におけるカリキュラムの整 備ならびに障害児教育の専門家の養成の必要が問題となる。前者の問題に 対しては、モンテッソーリは教員養成カリキュラムの中に診断学の授業の 導入を提案した。後者の問題に対しては大学教育と同程度の障害児教育の 特別のコースの設置を提案した。これらの提案の中の前者、つまり、軽度 の知的障害児の教育のための教育方法を身につけた教員の養成の必要は、 1900 年の「知的障害児師範学校」 (Scuola Magistrale Ortofrenica)の設 置によって実現された。 「子どもの家」の教育実践の背後には、モンテッ ソーリの知的障害児の教育に対する深い問題意識が存在した。 3.2 女性の権利の実現と「新しい女性」像 モンテッソーリの遅滞児に対する科学的社会的関心は、それまで黙殺さ れてきた女性問題と分かちがたく結びついていた。すなわち、女性の教育 を受ける権利、人格形成の権利、労働への権利、パートナーを選ぶ権利、 選挙権などに対する関心と結びついていた。つまり、子どもの教育の問題 は母親の諸権利の実現の問題と深く関連していると考えられたのである。 この観点に立てば、例えば、幼児の健全な発達のためには遺伝的要因以上 に、環境的諸要因が大きな影響力を持っている。環境は、妊娠・授乳の期 間の母親に影響を与え、胎児にも新生児にも同様に大きな影響を与える。 幼児の優れた健康は、十分な食生活、母親の読み書き能力、差別に耐える 必要のない母親の主体的な生活環境などによって生み出される。そして、 母親の生活諸条件を守ることは、幼児のさまざまな病気に対する予防を行 − 49 − うことをも意味する。 モンテッソーリが、ベルリン(1896) 、またロンドン(1899)における 国際婦人会議で行った女性の過重労働に対する告発は、それが女性の健康 を損ない、結果的に子どもたちの健康をも損なうことになることへの批判 であった。それは、女性労働が適切な法律によって保護され、男性に比較 して高い割合の女性の非識字問題が解決され、社会的・政治的な分野にお ける女性の役割と存在が強化されるべきだとする主張として表明された。 さらに、モンテッソーリは、1899 年に、将来、妻となり母親となる女 子学生たちに青春期の衛生について、そして出産の衛生について科学的な 知識が偏見なしに明快に与えられるべきだと訴えながら、「ローマ女子高 等師範学校」 (l’ Istituto Superiore di Magistero Femminile di Roma)に「障 害児教育学」あるいは「衛生学と人類学」の講座が開設されるよう政府に 対し要請した。なお、その担当者は男性ではなく女性の教師であることが 重要だけと付け加えた。文部大臣グイド・バッチェッリ(Guido Baccelli) は、翌 1900 年にその「衛生と人類学」の講師にモンテッソーリを委嘱し、 彼女はその任務を 1907 年まで続けることになった。 社会的偏見は、女性が無知のままで従順であることを望んでいた。モ ンテッソーリは機会をとらえては、女性が幼児的とさえ思われる発育不全 の知的状態におかれている現状への告発を行った。彼女は、1908 年のロ ーマにおける「婦人全国会議」 (Congresso nazionale delle donne a Roma) に 参 加 し た。 そ こ で は「 教 育 に お け る 性 道 徳 」(La morale sessuale nell’ educazione)がテーマに取り上げられた。モンテッソーリは、女性の 伝統的偏見からの解放のために、生命を産み出す「お産」のテーマこそが 学校の教育課程の一部に組みこまれるべきだと考えた。暗黙の性的問題へ の禁止が、偽りの純潔性の装いのもとに女性を倫理的奴隷に育て上げてい ると考えたからである(8)。モンテッソーリは、自分自らの労働によって社 会的発展に参加し、男性とともに公共の幸せの確立のために貢献する「新 しい女性」 (donna nuova)の理想の実現を目指す当時のフェミニストたち の運動に参加していた。1906 年に、 「子どもの家」の開設、運営の責任を 受け入れる以前には、モンテッソーリは婦人参政権論者による闘争の中心 人物たちの一人であった。1906 年 2 月 26 日に日刊紙「生活」(La vita) に「思想と行動協会」 (Società Pensiero e Azione)の団体名による婦人参 − 50 − 論文 政権についての声明文が掲載された。モンテッソーリもその署名人に名を 連ねていた。そこには、 「すべての女性よ、立ち上がれ!今日の社会状況 におけるあなたがたの第一の義務は、投票権を要求することである。 」と 述べられていた(9)。しかし社会参加を掲げる女性たちの積極的な運動にも かかわらず、婦人参政権闘争は大きな成果を挙げることができなかった。 イタリアの女性が最初に投票権を行使するのは、第二次大戦後の 1946 年 のことである。 モンテッソーリは多くの社会改革の運動に参加した。ローマにおける 社会派作家ジョヴァンニ・チェーナ(Giovanni Cena, 1870-1971)は、ロ ーマの湿地帯地域のアグロ・ロマーノ(Agro Romano)ならびにポンティ ーネ(Pontine)に暮らす農民たちの劣悪な生活条件の改善の必要を訴え、 その解決のために奔走していた。チェーナを中心にして「僻地農民学校の ための委員会」 (Comitato per le scuole dei contadini)が組織された。そ の委員会の主要メンバーの一人として、モンテッソーリが日頃から敬愛し 大きな影響を受けていたローマ大学衛生学教授のアンジェロ・チェッリ (Angelo Celli)も参加していた。同委員会は、マラリアの多発地域で知ら れるアグロ・ロマーノ地帯の農民の子どもたちのために多くの学校を設立 した。その一環として、モンテッソーリによっていくつかの「子どもの家」 が同地域に開設されることになった(10)。湿地帯のこの僻地にも「子ども の家」が存在することになったのである。モンテッソーリは、サン・ロレ ンツォ地区の「子どもの家」の運営の責任を受諾したとき、すでにその当 時の社会的矛盾の変革とその改善のために真正面から取り組もうと決意し ていたのである。 4.教育の目的・手段としての「自由」と「平和」 強固な意思と情熱をもって社会的・文化的闘いを続けるモンテッソーリ にとって、 「子どもの家」はその存在それ自体が働く女性に対する一つの 援助を意味していた。彼女が、子どもと女性の人間的解放を自らの追及す べき課題としていたからである。それゆえに、モンテッソーリの目指す目 標はターラモ氏のサン・ロレンツォ地区の建築再開発計画の動機と一致す るものであった。そして、モンテッソーリの教育的計画とターラモ氏の社 会的計画とがサン・ロレンツォ地区において密接に統合されることになっ − 51 − たのである。 すでに触れたようにモンテッソーリは、知的遅滞児に用いられている諸 感覚についての教具を健常児に対して実験し、両者のあいだに違いが見ら れるかどうかを確かめることに大きな関心を抱いていた。障害児と健常児 の学習において感覚教育が果たす重要性を「子どもの家」の教育を通じて 具体的に確認することに彼女の主要なねらいがあった。 さて、モンテッソーリは、サン・ロレンツォの実験を振り返り 1910 年 に出版された彼女の著書『教育学的人類学』 (Antropologia pedagogica)に おいて次のように解説している。 「適用された教育的方法は、幼児の諸必要に完全に合致する一連の漸進 的な心理的刺激をつくりだすように考えられている。環境は、一人ひとり の子どもをその個別的な可能性に応じて心理的に発達するよう促す。子ど もたちはあらゆる行動を自由に行うことができて、しかも愛情をもって優 しく扱われる。このような興味ある教育的実験が行われたのは初めてのこ とであると私は信じている。すなわち、それは、落ち着いていて、平穏で 情愛に満ちた温もりある環境の中で、子どもたちの意識のなかに種を蒔く という実験であったからである」(11)。 モンテッソーリは、 「子どもの家」の環境を「落ち着いたもの」 (calmo)、 「平穏なもの」 (pacifico)と述べている。子どもは、そのような環境にお いて平和な生活を呼吸し肌で感じ取る。なぜなら、そこでは、抑圧、圧迫、 承認、手本・モデルへの一致、弱者に対する強者の意思の押し付け、激し い競争、所有のための争いなどの諸条件が除去されており、尊敬、協力、 活動、行動へのドアーが広く開かれていたからである。しかも、子どもた ちの生活においては、自由が積極的に享受されていて、他者とのさまざま な関係を築きあげるために平和(pace)が明確に位置づけられていた。平 和が教育の手段であり目的でもあると彼女が考えていたからである。「子 どもの家」の「新しい子ども」像は、仕事熱心で、思慮深く、自主的で、 陽気で、従順で、秩序を愛し、環境の優れた観察者・探検家であり、落ち 着いていて自信に満ちている子どもとして語られている。 上に引用した『教育学的人類学』の言葉は、教育における平和のテーマ がモンテッソーリ法の中に当初から考えられていたことを示している。彼 女は、われわれが子どもに対して個性的存在としての尊敬の念を持っての − 52 − 論文 ぞみ、彼らを全面的に理解し、柔軟に認識する姿勢で接するときにのみ教 育における平和が実現されると考えていたのである。 ファシズムから解放され共和国に生まれ変わった祖国イタリアにおい て、モンテッソーリはその主著『 「子どもの家」における幼児教育に適用 された科学的教育学の方法』のタイトルを 1950 年に『子どもの発見』と 改めて、改訂版として刊行した。その『子どもの発見』の序文には、「人 間は、子どもの発見とその人間形成における人格的な発達の援助に注意集 中し、あらんかぎりのエネルギーを注ぐことによってのみ、人類が当面す る諸問題、とりわけ、最も緊急な平和と連帯の問題を解決することができ る」と述べられている(12)。 「平和」 と 「連帯」 は、 今日、 最も緊急な課題であり教育の問題である。現在、 人類は一つの有機体として相互依存と連帯を通してかろうじて地球上に存 在している。もはや人類は「一国民の貧窮化は他の国民の富を作り出すの でなく、人類全体の衰退をもたらすことになる」状況におかれている(13)。 モンテッソーリは、教育と平和の関係を宇宙的視点から述べたのである。 5.今日への問題提起 5.1 平和と教育 モンテッソーリは、1952 年にその 82 歳の生涯を終えてオランダの寒村 ノルドヴェーク・アーン・ゼーに眠っている。その大理石の墓碑には「何 でも可能にすることのできる親愛なる子どもたちが、私と一緒になって人 類と世界のために平和を築きあげることを私は願っております」との後世 へのメッセージがエピタフとして刻まれている。彼女は、ただ単に戦火の 止んだ状態が平和であるとは考えなかった。そして「政治にできることは 紛争を回避することのみであるが、平和を建設するのは教育の仕事である」 (『教育と平和』 )と述べている。彼女によると、武器によっては平和の実 現は不可能であり、 「平和への武器」は唯一教育だけである、とされてい る。そして、彼女は教育を通しての平和への準備が最も有効で建設的な仕 事であるとの確信に立って、子どもに対する正義・調和・愛の教育の実践 を訴えている。 モンテッソーリは、平和への展望とその実現は、子どもが子どもとして その尊厳を保証され、子どもの人間性が損なわれることのない教育を通し − 53 − てのみ可能となると主張した。ファシズムによって祖国を追われていたモ ンテッソーリは、戦後、イタリア政府の招聘により、1947 年に帰国した。 彼女は、同年 5 月 3 日に新憲法を制定するためのイタリア憲法制定議会に おいて、世界的平和と文明の発展についての演説を行った。同年 12 月 22 日にイタリア共和国憲法が可決された。教育を通しての平和の実現の課題 は、モンテッソーリが現代のわれわれに課している大きな宿題の一つであ る。 5.2 「人間の建設者」としての子ども モンテッソーリは、子どもたちが大人に向かって絶えず「自分一人でや れるように私を助けて!」 《Aiutami a fare da solo.》(『幼児と家庭』)とメ ッセージを発していると述べている。この言葉の中にモンテッソーリの子 ども観のすべてが要約されている。彼女の教育思想は、子どもは自立を妨 げる大人の余計な手助けや干渉を拒否しているというこの大前提からスタ ートする。モンテッソーリによれば、 子どもは「人間の建設者」である。「建 設者」 《Costruttore》とは次第しだいに仕事を成し遂げる存在であり、子 どもの基本的な仕事は人間を作り上げる仕事である。人間には、誕生直後 から人間的存在として自己を完成させるための身体的・心理的・精神的な すべての特質が備わっている。すなわち、人間的発達のための道程が書き 込まれた各人の自然のプログラムが自然によって子どもには与えられてい る。子どもは、その内部的な自然のルールとその使命に従い、その自然を 尊重する。われわれは、子どもが教育の中心におかれているか否かを絶え ずモンテッソーリによって問いかけられている。 5.3 子どもの権利 モンテッソーリは「子どもは人類の未来に対する希望であり約束である」 (『教育と平和』 )と述べている。子どもは、当然ながら生命、安全、平和、 教育、尊敬に対する子どもとしての固有の権利を有しており、また、その 権利の主体でもある。彼女によると、子どもの諸権利は、人間を生み出す 労働者としての権利として考えることができる。子どもは未来の世代とし て、出生の直後からそれぞれに精神的身体的発達のための労苦をいとわず 人間になるための困難な労働に従事しているからである。 − 54 − 論文 子どもは、大人の保護と援助のみを必要とする弱々しく無防備な存在で はない。子どもにはわれわれ人類の源泉という偉大な秘密が潜んでおり、 子どもは人類の生みの親であり人類の父親である。したがって「社会は子 どもの社会的諸権利を十分に認識しなければならず、また、子どもや青少 年のために彼らの精神的発達を保証するにふさわしい有用な環境を準備し なければならない」 ( 『教育と平和』 ) 。子どもを基本的人権の主体として考 える視点は、教育にかかわる者の基本的教養の一つだと考えられる。 5.4 宇宙的世界観 モンテッソーリが子どもを見つめるまなざしの背後には宇宙的世界観が 存在する。それによると、人間の諸器官が「自然の法則」に従って構成さ れ全体としての調和のもとに働いているように、地上にそれぞれの生物が 「宇宙的諸法則」に従って存在することによって地球には全体的調和がも たらされている。その調和は、 それぞれの生物が 「宇宙的使命」を果たし、 「宇 宙的課題」を遂行することにより成立する。すべての生物は他の生物の幸 せに貢献する目的を与えられている( 『児童期から思春期へ』 )。ミミズが 毎日その体重の 200 倍もの土を食べて土壌を腐植土に変えているのも単に 食欲の充足のためではない。それは、与えられたコスミックなミッション を果たすためなのである。 それでは、知性を与えられているわれわれ人間にとって宇宙的使命とは 何か。モンテッソーリは、答えようのない根本的で重要な問いかけを今日 のわれわれに行っている。それに対しては、われわれ各自が具体的な行動 を通して応じるしかないと思われる。 1 イタリアモンテッソーリ協会月刊機関誌『幼児の生活』 《Vita dell’infanzia》 2007 年 1・2 月併月号。 2 Paola Trabalzini, Maria Montessori, Scienza e Società, in “Vita dell’infanzia”, marzo/aprile 2007, pp.15-25. 以下のデータは本論文に依拠している。 3 M. Montessori, La scoperta del bambino, pp.361-373. 4 R. Guerra, L’Asilo-Scuola nella Casa, in “Il giornale d’Italia, a VII, n. 7,7 gennaio 1907, 上掲 Trabalzini 論文より。 5 E. Talamo, La casa moderna nell’opera dell’Istituto Romano di Beni Stsbili, − 55 − Roma, Bodoni, 1910, tavola XLVI、上掲 Trabalzini 論文より。 6 La scoperta del bambino, p.364. “I poveri non hanno più alcun esempio di gentilezza dai vicini più fortunate e non hanno più speranza di soccorso, in caso di estremo bisogno, dai vicini che sono ricchi: queste briciole che si gettavano ai poveri, anche queste abbiamo loro tolto; agglomerandoli lontano da noi, fuor dalle mura della città, e lasciandoli a se stessi nell’abbandono, nella disperazione, nella reciproca scuola di brutalità e di vizio.” 7 A. scocchera, Maria Montessori. Quasi un ritratto inedito, La Nuova Italia, 1990, p.7. 8 上掲 Trabalzini 論文 , p.20.” È questa falsa purità che forma la schiavitù morale.” 9 上掲 Trabalzini 論文 , p.20. 参照。 10 Birth and spreading of the “Children’s Houses” in Italy 1907-1916, Panels from the “Mauro Laeng” Didactic History Museum, Università Roma TRE. 11 M. Montessori, Antropologia pedagogica, Milano, Vallardi, 1910, p.120 “I metodi pedagogici adottati sono tali da costituire una serie graduale di stimoli psichici perfettamente adatti ai bisogni infantili: l’ambiente stimola ogni individuo al proprio sviluppo psichico secondo la potenzialità soggettiva: i fanciulli sono liberi in tutte le loro manifestazioni e vengono trattati con molta affettuosità cordiale. Credo che per la prima volta si sia fatta tale interessante esperienza pedagogica: di seminare cioè nelle cosienze infantili, in un ambiente calmo, caldo di sentimento affettivo e pacifico.” 12 La scoperta del bambino, p. VIII. “L’umanità può sperare in una soluzione dei suoi problemi, fra cui i più urgenti sono quelli di pace e unità, soltanto volgendo la propria attenzione e le proprie energie alla scoperta del bambino e allo sviluppo della personalità umana in corso di formazione”. 13 M. Montessori, Educazione e pace, Edizuone ONM, 2004, p.30. “l’impoverimento di un popolo non fa la ricchezza di un altro, ma il decadimento di tutti.” − 56 − 実 践 報 告・事 例 報 告 モンテッソーリ治療教育における給食当番活動の 実践からの一考察 岡 本 仁 美 (前うめだ・あけぼの学園) 勝間田 万 喜 (うめだ・あけぼの学園) はじめに 今日、世界的に、ノーマライゼーションやインクルージョンという近年 の障害者支援の理念を背景として「障害」 「発達支援」の捉え方が変化し ている。従来は障害をマイナスのものとして捉え、状態の改善や克服のた めに発達を支援するという考えであった。今日は障害の起因となっている 疾患やその人の中に内在していることのみに焦点を当てるのではなく、そ の人を取り巻く環境面を含め、多面的、総合的にその人の生活上の困難さ という点に焦点を当てるようになった。(1) 「社会参加」を前提として、そこで生じる不自由さの内容や程度で支援 を考えるというものである。 私達は、障害のある子ども達が、自尊心を持って、社会参加しながら生 きていくことを目指す。自己実現のために環境を整えながら、個々の多様 なニーズに丁寧に応えて、発達を支援するモンテッソーリ教育には、その 理念、教育方法の中に、今日の障害児支援が目指している方向での具体的 提案が多く含まれていると、実感している。 今回、発達支援センター「うめだ・あけぼの学園発達支援部毎日通園室」 の具体的な給食当番活動の支援を通して、モンテッソーリ治療教育法の意 義について考察を試みる。 1 モンテッソーリ教育における給食当番活動の目的 (1) 自立心、独立心を育てる 自分が食事をするための準備を、試行錯誤、自己訂正、問題解決の 経験を繰り返しながら、完結できるようになることにより、自信が付き、 自立心独立心が育つ。 − 57 − (2) 社会性、協調性から自己有用感を育てる 仲間のために食事の準備をし、喜ばれることにより、自分の存在が 人によい影響を与えると実感する経験ができる。このことにより自己 有用感が育ち、より良い人格形成を促す。 (3) 手先や身体の運動発達を促す 日常生活活動のプログラムの集大成である給食当番活動を通して、 運動機能、巧緻性、協応運動の発達を促す。 (4) 認知発達を促す 給食当番活動は、各領域が相互に関連しあっている。その活動と系 統的教材教具との総合教育により、認知発達を促す。 2 給食当番活動の方法 (1) 環境の構造化の実際 1)物的環境の構造化 外界の刺激を上手く処理できず、混乱が多い子どもにとって、 「物的環境」 を視覚的に構造化することにより予測をもっての活動が可能になる。この ことにより自発的な活動の方向付けとなり、主体性を育てる支援となるこ とを目指す。以下具体例を挙げていく。 ① 当番活動を 1 つずつ順番に表した手順表を使用する。 子どもの発達や、障害の特徴に合わせて、文字カード、絵カード、写 真カードを準備する。毎回決まったやり方で繰り返し活動できることや 自分で次の活動を確認できることにより、自発的に活動が展開できる。 食事の準備は一般的に、大人の指示に従いながら「大人の活動を子ども が手伝う方法」になりがちである。視覚的手がかりで子どもが主体的に 活動できることにより「一人でできるように子どもの活動を大人が手伝 う方法」へと転換できる。 ② その日の当番を写真カードや名前カードで示す。 その日の当番を示すカードがいつも決まった場所に掲示されていて自 分が当番であることを常に確認できる。このことは、記憶することが苦 手だったり、目の前の刺激に影響を受けて目的を達成しづらい子どもに とっては、自分が選択をした活動に責任を持つ意志力や選んだ活動に自 発的に取り組む姿勢を育てる助けとなる。 − 58 − 実践報告・事例報告 ③ 当番活動に必要な道具類のセッティングに配慮する 手鏡や、こぼした物を入れる器などは運びやすいかごなどに入れて収 納する。棚の一段には必要な道具が一つずつ収納されている等の配慮を する。そのうえで上記の手順表の活動の流れに合わせて、棚の上から下 へ、解りやすく、運びやすく、使いやすく収納する。また、活動中に牛 乳をこぼした時に自分で処理できるように、子どもが扱いやすいサイズ の雑巾や雑巾バケツが、処理活動の手順に沿って決まった場所に解りや すく置かれている。このように、活動中、失敗した時に問題解決できる ような道具のセッティングへの配慮は、失敗経験が多く、自信を失いや すい子どもにとっては特に、重要である。このセッティング方法と上記 の手順表を併せて使用することで、より自発的な活動を促す。 ④ 果物カードを使用する 毎朝、当番は果物数種の小さい絵カード集を持ち厨房に行く。栄養士 とその日の給食で出される果物を、実際の果物を触りながら、絵カード と合わせ確認する。その後クラスに戻り、友達に今日の果物を伝える。 選んだカードは子ども達が見える決まった場所にかけておく。帰りの集 団活動時に今日の果物を思い出す手がかりとする。 この活動を通して、具体物と絵カード、言葉の一致による抽象化、果 物を予測したり、思い出したりする記憶等の知的活動を促す。また、果 物を楽しみに待つクラスのメンバーに厨房で確認した果物の名前を伝 え、喜ばれることにより、自己有用感を育てることをねらいとする。 ⑤ クラスメンバー、スタッフの名札カードを使用する 各自のマーク付き名前カードをそれぞれが食事をする場所の机の上に 置く。食事とカードを 1 対 1 に対応させることや、大人がマークや名前 を伝えることで食事を配る場所を示すなど、空間認知が苦手な子ども への配慮が可能となり、食事を配るときの手がかりになる。 ⑥ 欠席カードを使用する 欠席の子どもの席に欠席カードを置く。配膳時、配らない席をカード で示すことにより、混乱を防ぐ。 ⑦ だいたいいつも決まった席で食べる 当番の子どもが名前カードを一人で置くことや、食事を配るときに予 測をもって活動することの助けとなり、より自発的な活動を促すことが − 59 − 出来る。 また、当番以外の子どもにとっても、自分の席が決まっていることに より自発的に自分の食事の準備を始め、スムーズに着席が出来る。秩序 感を好む子ども達には、決まっていることが、決まった方法で進んでい くことは安心感を与える。クラス全体が安定して、楽しい食事時間がス タートできる。 クラスが落ち着いた頃には混乱なく当番活動を出来る子どもが当番を 行う場合は、自分で好きな席を選べるような自由席へのステップアップ も目指す。 ⑧ その他(視覚的構造化以外)の配慮 不器用で、動きの制約が多く、失敗が多くなりがちな子どもにとって は、使用する道具の配慮は不可欠である。配膳台の高さ、使用する道具 のサイズなどの基本的な配慮に加えて、食器や道具を運ぶために、お盆 ではなく握るところがしっかりしていて持ちやすく、歩行のバランスが とりやすい重さや形のかごを使う、トングやスプーンは握りやすいよう に布やテープを巻く、指を入れられるような補助具を使って工夫をする 等、子どもの状態にあわせて個別に対応することによって子どもが自信 を持って活動に取り組むことを可能とする。 2)人的環境 子どもの自己実現は、障害の状態や子どもの能力以上に環境との「関係 性」により、大きく異なる。最終的には環境としての大人の役割が主体性 の実現に大きく影響する。うめだ・あけぼの学園では様々な困難さを併せ 持つ子ども達の自己実現のため、子どもを多角的に支援することを目指し ている。そのために支援者として子どもに関わる大人が、それぞれの立場、 専門性を活かしながらいかに在るべきかを常に自己研鑽し、話あっていく ことに努めている。以下具体的に述べていく。 ① 評価に基づいた支援法の検討 発達の状態が個々に異なる発達障害児へ、発達支援を行うためには、 各種の評価(アセスメント)が不可欠である。評価とは、発達の状態や 特異性、その子の得意な能力、苦手な能力、認知の様式、発達のめばえ、 つまずいている事柄とその原因、ばらつきなどを、正確に、客観的に捉え、 − 60 − 実践報告・事例報告 子どもの情報を統合、分析するものである。評価の目的はその子が自分 のもつ力をよりよく発揮できるためのベストな方法を関わる大人(家族 や療育スタッフ)が知ることで、適切な物的、人的環境を整えて、家庭 や療育現場で支援していくことにある。決して子どもの能力をランク付 けしたり、選別したりするものではなく、評価は行動観察や情報の聴取 などから共感的理解に基づいてその子の日常生活に活かされるべきもの であることを確認のため記しておく。 専門職種との連携: 言語聴覚士、作業療法士、理学療法士、心理士、視能 訓練士、医師、看護師、ケースワーカ、栄養士らが、必要に応じて専門評 価を行う。個別療育の時間、保護者同席で、専門評価を行う場合と、日常 のクラスに入り、日常生活の行動観察から評価する場合を併用していく。 これに、加え、日常接している担当スタッフや保護者からの情報などの インフォーマルアセスメントも含めて、総合的に発達全体のつまずきや特 性を評価する。その上で子どもがつまずきを乗り越えられるような支援方 法を考え、実践につなげていく。 評価は 1 回のみではなく、その子の必要性に応じて随時行い、支援プロ グラムを立て、実行し、考察、再検討する。 「プラン→ドゥ→シー」を繰り返し、よりよい支援を目指す。 多職種と連携するうえで大切なことは、多職種の評価を発達の部分評価 に終わらせず発達の全体像を捉えるためのものとすることである。そのた めには、日常的にクラスで関わっている担当者のキーパーソンとしての役 割が重要である。 評価に基づいて療育場面での具体的支援の方法を多職種のチームで検討 するが、その評価によって解った子どもの情報を、子どもの状態に合わせ ながら、コーディネイトし、療育場面で中心となって支援していくのはク ラスの担当者である。 以下にうめだ・あけぼの学園での具体的な専門職種との連携の一例を挙 げる。 栄養士との連携:上記「物的環境の構造化」で述べたように毎日給食で食 べる果物を、子ども達は楽しみにしており、厨房に聞きに行く役割を交代 − 61 − で行う。その際のサインやカードを併用しながらの子どもの「今日の果物 は何ですか?」の質問に、栄養士は担当者からの情報を基に、その子の理 解の段階に合わせた回答をする。また、給食当番の際に、厨房の前に作業 がしやすいような高さの机や棚を用意し、食器や食材をいつも同じように 設定する。 さらに、豆ごはんなど、その日の食材の準備に参加できるものは、厨房 スタッフがさやに入った豆を各クラスごとに用意し、子ども達は皮むきを 経験することができる。栄養士は、食事時間などの療育場面に積極的に参 加し、また、献立を検討する会議を開いて担当者とコミュニケーションを とり療育目的や支援法を理解し、協力し合える姿勢をもつ。その様な環境 の中、食事を通しての子どもの健康管理や、偏食指導などの専門評価、支 援を行う。 言語聴覚士との連携:上記「物的環境の構造化」で述べたように視覚的手 がかりを使用する際、言語聴覚士が子どもの言語評価をし、クラス担当者 と子どもに合わせた視覚的手がかりの方法を検討したり、子どもが視覚的 手がかりを活用できるように、療育プログラムやホームプログラムを立案 する。担当者と一緒に療育を実施する。 作業療法士、理学療法士との連携:上記 2(1)1)⑧で示したような物的 環境の整備を可能にするには作業療法士や理学療法士との連携が不可欠で ある。 食材の盛りつけ活動を行う際の、その子どもにとっての適切な介助方法、 道具の工夫、道具の選択を作業療法士と検討すること。また、子どもが作 業しやすい姿勢で活動できるように、机や椅子の高さ調節や補助椅子の使 用などを理学療法士と検討する等の連携である。 ② 見本を見せる 大人はデモンストレーターとしてその子どもの特に困難な点を丁寧に その子に合った方法で提示し、伝える。それは、個別療育と日常の集団 保育の両方の療育場面で繰り返し提示する。もちろん給食当番場面でも その子に応じて見本を提示しながらすすめていく。しかし、給食当番活 動は、記憶の容量が小さい、記憶がとぎれやすい、記憶を再生しにくい、 論理的思考に基づく活動の流れを理解しにくいといった困難さを抱えて − 62 − 実践報告・事例報告 いる子どもにとっては長い活動なので全体を順を追って理解し活動の始 終点を把握するのは、難しいことが多い。そのため新学期には、クラス のプログラムとしてみんなでクラス担当者の給食当番提示を見ることを 行う。 ③ 縦割りのコミュニケーション 子ども同士で先輩の活動を見るところから、やがて協力して給食の準 備をするようになる。加えて、同法人内の姉妹保育園の子ども達と一緒 に当番活動を行う。同じ場で同じ活動を共有することにより子ども同士 のコミュニケーションを支える。 (2)困難の抽出をプログラミングする。 ① 個別療育 給食当番に必要な作業である、注ぐ、盛る、分ける、同じ物を合わせる、 数える、運ぶなどのそれぞれのニーズに応じた支援を抽出し教材教具を 通して丁寧に伝える。 ② 集団療育 ・一斉活動場面:当番活動のなかでメンバーに難しいと見られるが子ど もがやってみたいと思う部分を抽出してやり方を紹介し、練習する。 ・自由活動の場面:当番活動に繋げる活動の例 ・観察台に季節の食材を置く。 ・豆の皮むきの体験。 ・大きな秘密袋に野菜、果物をいれて触る ・様々な日常生活活動教材の設定。 ・園庭での砂、水遊び、ごっこ遊び。 ・感覚、数、言語、文化教材の体験。 ・給食場面: 達成感、自己有用感を育てる。 ・当番活動を通して感謝を大人や仲間から伝えられる経験をする。 ・食事の準備が出来たことを鐘を鳴らし、皆に伝える。 感謝の言葉の伝え方を知る。 ・大人がモデルとなり示す。 ・自分の思いを十分に伝えられない子どもには、大人がその気持ちを − 63 − 行動や視線、姿勢から読み取り代弁したり通訳したりする。 単独の作業をつなげてひとつの活動を完結する経験をする。 3.給食当番活動の実践からの考察 (1)視覚的手がかり活用の有効性 発達につまずきがあるうめだ・あけぼの学園の子ども達の多くは、記憶 をとどめておくことが苦手であったり、見聞きしたことを再生する力に乏 しかったり、表現したい気持ちがあっても、言葉を上手くコミュニケーシ ョンの手段として使えない等、様々な困難さを抱えている。情報を受けて 理解する際にも、情報を発信する際にも様々な個々の異なる課題が、子ど もの自発的活動の妨げとなることも多い。そういった子ども達は日常、大 人の指示や身体的支援が必要以上に多くなりがちである。彼らに様々な視 覚的手がかりである、サイン(マカトンサイン、手話など)、絵カード、 写真などを活用することにより、自分で理解し、行動を組み立て再認し、 活動することを可能にする。聴覚からの情報である、話し言葉では、子ど もが一度聞き逃すと、情報は消えてしまうため、振り返り確認することが 難しい。しかし、食事準備手順表などの絵カードは、活動を確認する手段 になり、頻度やペースも子どもの意志性やテンポに合わせることができる。 具体的には、カードの綴りになっている手順表を使う場合、すでに終わっ た作業、今行っている作業、次に行う予定の作業の時間的な流れという視 覚的手がかりに、ページをめくっていくという、運動フィードバックも加 わり、子ども達に解りやすい。 視覚的手がかりによる解りやすさが、子どもの当番活動のモチベーショ ンに大きく影響すること、同じ当番活動を複数の友達で行う時に、視覚的 な手がかりは共通のコミュニケーションツールとなりやすいと我々は実践 を通して考察する。 − 64 − 実践報告・事例報告 事例 1)ダウン症候群の年中児Yちゃん。 模倣の力や視覚弁別の力はあるが、課題理解そのものが難しく、活動の意味、流 れを把握しにくい。模倣しているが自分の動作の意味理解が伴わないことが多い。 視覚的な手がかりとして、準備手順表を用いることにより、手順表のエプロンの 絵を見てエプロンの掛かっている場所に自ら行く、花瓶の絵に実際の花瓶を合わ せ置いてみる等、自分のこれから行おうとしている行動の意味を理解している様 子が解る。その結果、日常クラス集団では緊張が高く表情も硬いYちゃんが、給 食当番の場面では、活き活きとした表情でいつもより発声も多く、長い工程の給 食当番活動を主体的に行う様子が見られるようになった。 事例 2)広汎性発達障害のK君 刺激に影響をされ、行動を調整することが苦手なため、大人の言葉の指示に従っ て、手伝いを受けながら当番活動を完結することは難しい。しかし、文字が読め る K 君は、名前カードが座席に置かれていることと、それぞれの椅子に名前が 付いていることにより、手順表を助けに、ほぼ 1 人で当番活動を仕上げることが できる。失敗したり、混乱すると途中で活動を中断してしまう K 君を、心身と もに支える物的環境が、意欲を満たし自己価値を上げるための大きな役割を果た している良い例と考える。 (2)抽象化の壁に対しての有効性 発達に支援を必要とする子ども達にとって、具体的な情報を抽象化して いくところに大変な難しさがある。感覚教具や、数、言語の教具の活用に よって、具体化された抽象を繰り返し体験していながらもなお、日常生活 への汎化が難しく、概念の理解につながりにくい。その様な子どもにとっ て、非常に身近で具体的、魅力的で印象的な「食」ということをテーマに した給食当番活動はその目的が解りやすく、作業工程も系統立っているこ とで目的意識が継続しやすく、繰り返し行える楽しい活動である。つまり、 この様に解りやすく、繰り返しが可能な当番活動の経験と、系統的総合的 な教具との相互関連の活動により、抽象的な数、言語、感覚の様々な事柄 を当番活動の経験の中で汎化しやすくなるのである。教具で学習したこと を当番活動で汎化する、当番活動の感覚的な実体験を再度、日常の集団療 − 65 − 育あるいは、個別療育に戻り、教具により整理すること、この繰り返しの 結果としてそれぞれの子どもの認知発達が促される。 まさに、当番活動は、モンテッソーリが「モンテッソーリ教材のひとつ ひとつは― 正しく使われさえすれば―それまで存在していたにもかかわ らず、気づかれなかった新たな驚きをこどもの周辺に掘り出しながら体験 の新しい視野を展開します。モンテッソーリが教材を宇宙の謎を解く鍵と よぶのはこのためです。 (中略)いかに小さな仕事であろうとも、現実の 事物に根ざしているという点では、まさしくまっとうな仕事であって、決 して“真似ごとあそび”ではないのです。 」(2)と言っていることの明確な 例であると考える。 事例 1)レット症候群のAちゃん 日常、クラスでなかなか自分からの遊びを選び、集中してとりくむ事が難しい。 ある日、当番活動で好物のバナナのたくさん入ったバットを運ぶことになった。 丁寧に、しかも得意げに 1 人で運ぶ姿が見られた。バナナの入ったバットがしっ かり、体で感じることができる程の重さであったこと、厨房からクラスへという 動きの始終点が、はっきりしていて解りやすかったことが助けとなったと考える。 さらに、その日はパンであったため、バナナの後に軽いパンの袋を持ち上げて運 ぶ時、その軽さに気づく表情をし、運び方もバナナの時とは異なっていた。 その後、重めの大きな布製豆袋を持ってみたり、大人と重さを感じる遊びを楽し めるようになった。 事例 2)自閉症のCくん それまで、 「匂いの筒」の提示に興味を示すことがなかったが、給食当番で、カ レーライスの盛りつけをした後の個別療育で、カレー粉の入った「匂いの筒」を 何度も嗅ぎ、カレーライスの写真カードを指さしていた。帰宅後、C くんは、カ レーライスの写真カードで夕飯のメニューの希望を母親に伝えた。雑多な刺激の 中から 1 つの属性に注意集中することが難しいCくんにとって、感覚教具と当番 活動が 環境の中の「匂い」への気づきに導き彼の生活が拡がった。 − 66 − 実践報告・事例報告 (3)他職種との連携の必要性 モンテッソーリ法は、子どもの人格教育のために、医者、教育者、心理 学者、哲学者であるマリア・モンテッソーリが、多様な視点で考えだし、 障害児教育からスタートした教育法である。そのことからも我々が日々支 援している、様々な発達の特徴を持つ子どもにとっては、その教育法が有 効であることは明らかである。しかし、実践の場において、モンテッソー リ教育法の多角的視点を正確に理解し、子どもにあわせて適切な教育を行 っていくことは、簡単なことではない。 状態像の背景に複雑な要因を抱えて、その結果、やりたいことが実現で きず、意欲が育ちにくい子どもを十分に理解するには、単職種の認識から の視点だけでは難しいことが多い。様々な職種の多様な認識を持つ視点か らの支援は、モンテッソーリの多角的視点による教育法に通じるものであ ると考える。スタッフにとって、給食当番という具体的な共通場面での連 携は、子どもの発達をそれぞれの専門的な視点で捉えながらも、子どもの ことを共通に理解しやすい、場面が決まっていることで子どもに合わせた 具体的支援方針を出しやすいなどメリットが大きい。加えて、実際の生活 場面を通して、生活に根ざした専門的視点を深めていくという点で意味が 大きいと考える。 (4)家庭との連携の重要性 「食事の準備」はどの家庭でも日常的な生活場面であることから家庭と の連携が具体的に実践しやすい。学園での実践を、家庭で部分的にでも行 えたり、家庭で行っているよい方法などを学園での当番活動にとりいれた りと、家庭、園双方向で、日常的に継続して行っていきやすい活動である。 大人にとっても、身近で日常的な「食」というテーマを通じて、子ども と関わる上で大切にしたい視点、価値観、支えていく方法について親とス タッフが共通理解を持ちやすい。また、子どもも学園でやったことを家庭 で行い、家族に自分の果たした役割を感謝され、自己有用感がはっきりと 印象づきやすいと考える。給食当番を通しての家庭との連携は、子どもの 育ちを支える上でも、支える大人の姿勢を育てる上でも重要であると考察 する。 − 67 − (5)責任感から自己信頼感、そして自尊感情の育ちへの影響 給食当番活動は、日常生活活動の集大成である。発達に支援が必要な子 どもの中には、活動の始まりや終わりを決定したり、一連の流れを理解し たりすることが難しい子どもが多い。その様な子どもにとって食事の準備 というわかりやすい活動をその子に応じた参加の仕方で最初から最後まで やりとげることで集団の中で責任感が育つことにつながる。 また、出来ないところへのヘルプコールや、やりたいことをアピールす るなどの子どもからの発信の力も育ちやすい。物的、人的環境の力に支え られながら、 「みんなの食事を準備できた!」 「ありがとうと感謝されて気 持ちがいい」「やってみたらできた」といった自己有用感、自己信頼感が 育つ。その確かな自己有用感、自己信頼感をベースにして自分の存在を肯 定することが出来る自尊感情は、発達に支援が必要な子どものみならず、 すべての子どもに、さらに言えば、すべての人間にとって、必要な感情で あろう。その感情をモンテッソーリは、以下のように述べていることに注 目したい。 「私たちは子供がちっぽけな弱い存在だと考えるから子供を助 けてやるのでは決してなく、創造の大きな原動力を授けられているからこ そ助けるのです。 (中略)私たちはこの原動力に対して援助の手をさしの べたいと願うのです。小さな子供に対しての援助でも、子供の弱さに対し ての援助でもありません。 (中略)教育のとるべき新しい道は以下の通り です。即ち、 諸々の発達過程における 子供の心に対して援助してやり、数々 の活動の原動力に便宜を与え、子供の様々な精神機能を補強してやること です。 」(3) こうしたことからも、 「出来ない、解らない、危ない」と経験を制限さ れがちな発達に支援が必要な子どもにとっては特に、給食当番活動は、モ ンテッソーリ法の最終目的である人格形成の点で、有意義な活動であると 考える。 (6)今後の課題 年々、うめだ・あけぼの学園でも多様な支援を必要とする子ども達が増 えてきている。つまり今まで以上に人的にも物的にもより細かく個々への 支援が行われていくことが必要となるのである。適切な支援を提供してい くために、ひとり一人のスタッフの力量とそのスタッフが連携するチーム − 68 − 実践報告・事例報告 力の充実が今以上に求められている。その要請に応えるためには、モンテ ッソーリ教育法の共通理解を深め、チームで一貫した教育理念を持つこと が重要である。その理念を基に、それぞれの専門性を活かして、個々の子 どもにあったプログラムを組み立て、日常生活、個別療育の両方で子ども の自己実現に繋がる力を伸ばすことが継続的な課題となろう。加えて、様々 な支援ニーズを持つ子ども達のために園全体でハード面である、物的環境 も今後、更に整備していく必要がある。 なお、実践研究の今後の課題としては、今回は実践をまとめて報告する に留まったので、様々な特性を持つ子どもたちそれぞれに合わせた支援の 方法の検討を深めていきたい。そのためには個々の事例を通しての分析研 究を行いたい。 最後に モンテッソーリ教育法はマリア・モンテッソーリが多様な認識の視点で 考え出した多面的、総合的な教育法であるが、その一面だけを捉えられ誤 解が多い現状がある。例えば、モンテッソーリ教具を部分的に取り上げ、 点数化できる能力開発だけに焦点が当てられたり、あたかも大人にとって、 都合のいい子どもを育てる教育法であるかのように思われていることであ る。我々が、子どもの発達支援で大切にしたいことは、自尊感情を育み、 支えることである。出来ないこと、不得意なことがあっても、周囲の大人 や友達の理解ある関わりにより、自分はかけがえのない存在であるという 実感をもてることが大切である。その中で、自己肯定感を育みながら、新 しいこと、知らないことへも希望をもってチャレンジする意志をもつ。そ の経験の中での様々な学習を通して成長発達することを願っている。誤解 の多いモンテッソーリ教育法を「閉じられた教育法」にしないために、我々 が発達支援で目指すことと、モンテッソーリが明らかにしたこととを照合 しながら、子どもをよく観察し、モンテッソーリが表現している子どもの 姿を、我々自身が発見できる実践を行うことが今、我々に求められている ことであろう。発達に支援が必要な子ども達が、その将来、インクルーシ ブな地域社会の中で、積極的に自分の人生の担い手となれるように、幼児 期から、主体性の育ちを支えるモンテッソーリ教育法での支援を継続し、 充実を目指したい。 − 69 − 引用文献 (1)独立行政法人国立特殊教育総合研究所『ICF(国際生活機能分類)活 用の試み』ジアース教育新社、2005 年、11 頁。 (2)E.M.スタンディング『モンテッソーリの発見』クラウス・ルーメ ル監修佐藤幸江訳 エンデルレ書店、1975 年、347 頁―348 頁。 (3)マリア・モンテッソーリ『創造する子供』菊野正隆監修武田正實訳 エンデルレ書店、1973 年、29 頁。 − 70 − 実践報告・事例報告 日本におけるモンテッソーリ教育の動向 第 39 回全国大会アンケート調査を通して 福 原 史 子 (ノートルダム清心女子大学) 奥 山 清 子 (ノートルダム清心女子大学) 高 月 教 恵 (新見公立短期大学) はじめに マリア・モンテッソーリがイタリアのサンローレンゾで最初の「子ども の家」を始めてから、今年(2007 年)で 100 年を迎えた。その 1 年前で ある 2006 年 8 月に、 日本モンテッソーリ協会(学会)第 39 回全国大会が、 中国支部の担当で岡山市にあるノートルダム清心女子大学において開催さ れた。大会テーマ「モンテッソーリ教育の原点を見つめて―人格形成の観 点から―」のもと、 日本全国及び海外から約 600 名の参加があり、基調講演・ 基礎講座・研究発表・シンポジウム・ワークショップ・ラウンドテーブル・ 特別講演等、熱意に溢れた 3 日間が過ぎていった。 さて、モンテッソーリ教育に関心のある参加者の集まりである本大会に おいて、参加者の傾向を知ることは、日本におけるモンテッソーリ教育を 考える上で重要なことであると捉え、大会最終日にアンケート調査を実施 した。本稿ではそのアンケート結果を分析・検討することによって、日本 のモンテッソーリ教育について考察する。 Ⅰ.アンケート調査の目的 モンテッソーリ教育について学ぶために各地から集まった参加者の実態 を把握することは、日本におけるモンテッソーリ教育の動向を知る上での 貴重な資料となると考えられる。これまでの大会においても、参加者の人 数や会員・非会員別内訳等については、それぞれの大会事務局からの報告 がみられた(1)。本調査においては、それらに加えて「モンテッソーリ教育 を実践する中で感じた喜び」や「モンテッソーリ教育を実践していく上で − 71 − の困難や悩み」「クラス編成に関する意識」等、実践に関わる内容を組み 込み、一歩踏み込んだ質問を試みた。 Ⅱ.調査方法及び回収結果 1.調査方法及び調査期間 第 39 回全国大会(2006 年 8 月 7 日から 8 月 9 日)の最終日、2006 年 8 月 9 日に会場入り口にて出席者全員にアンケート用紙を配布し、 同日の閉会式終了後、アンケート回収箱を設置および手持ちにて回 収した。但し「調査結果の分析及び考察」Ⅲ− 1、Ⅲ− 2 については、 アンケートからではなく大会参加者最終名簿のデータより直接導き 出した。 2.調査対象 本大会参加者全員。 3.回答率 大会参加者数 597 名(参加者最 終名簿より) 図 1:参加者の会員・非会員別内訳 アンケート回答者 294 名 回答率 49.2% Ⅲ.調査結果の分析及び考察 1.会員・非会員の割合(図 1) より正確な数値を得るために、アンケートからではなく、大会参加 者の最終集計名簿のデータから導き出した。日本モンテッソーリ協 会会員が参加者 597 名中 279 名で 47%、非会員が 318 名で 53%で あった。会員よりも非会員の参加が多いことがわかる。 2.都道府県別参加者数(図 2) より正確な数値を得るために、本項目もアンケートではなく、最終 集計名簿より参加者の出身都道府県を数え分布図にまとめた。開催 地岡山県は 87 名で一番多いが、北海道から沖縄まで全国各地から参 − 72 − 実践報告・事例報告 60∼ 30∼59 15∼29 6∼14 1∼5 (人) 山口38 広島53 岡山87 福岡44 東京53 滋賀36 神奈川30 図 2:都道府県別参加者数 無回答 1% 20代 25 81 60代∼ 10% 50代 15% 40代 14% 20代 43% 30代 17% 30/40代 30 50代∼ 54 52 0% 20% 40% 会員 図 3:参加者の年齢 17 60% 80% 非会員 図 4:年齢別の会員・非会員内訳 − 73 − 100% (人) 加していることがわかる。広島・東京の 53 名が続き、福岡・滋賀・ 山口の順になっている。モンテッソーリ教員養成所のある東京・神 奈川・広島・福岡・長崎が多いことが明らかである。一方で同じ中 国地方でも鳥取・島根は参加者が 0 名、また近隣の四国でも愛媛・ 高知は 0 名という地域差がはっきりと表れている。 3.年齢(図 3) 20 代の参加者が最も多く、全体の 43%であった。30 代と 40 代の参加 者を合わせても 31%で、圧倒的に若い参加者が多いことがわかった。 4.年齢別会員・非会員の割合(図 4) 項目 3 の年齢別参加者では、20 代が半数近いことがわかったが、年齢 別の会員・非会員の割合をみると、20 代では会員が 25%、30 〜 40 代 で 30%であるのに対し、50 代以上 では会員が 75%を占めている。この 小学校 0% 大学/その他 7% ことから本協会(学会)が、若い教 師にとっていかに有意義な知識・情 報を提供できるかということに、今 保育園 21% 後の発展の鍵があるといえよう。そ のことに関連して若い教師の困難や 幼稚園 72% 悩みについては項目 9 で扱っている。 5.勤務先(図 5) 図5:参加者の勤務先 幼稚園に勤務していると回答のあっ た人が 72%、次いで保育園の 21%、 これらを合わせると 93%となり、教 育現場で日々実践をしている人が参 どちらともいえ ない 2% 無回答 12% いいえ 3% 加者のほとんどだということがわか る。大学及びモンテッソーリ教員養 成コース関係者他が 7%、小学校勤 はい 83% 務はアンケート回答者の中では 1 名 のみであった。 図 6:モンテッソーリ園か否か − 74 − 実践報告・事例報告 6.モンテッソーリ園か否か(図 6) モンテッソーリ教育を標榜している園が全体の 83%で、「いいえ」が わずか 3%、 「どちらともいえない」が 2%であった。モンテッソーリ 園がほとんどであるのに関わらず、会員数が半数を下回る点で課題が 残る。 モンテッソーリ教育を行っていない一般園からの多数の非会員参加者 が望まれる。 7.参加内容について プログラムでは、参加者全員を対象とした基調講演・シンポジウム・ 特別講演に加えて、初日と 2 日目の午後から参加者がそれぞれで選ん で参加する、基礎講座・研究発表・ワークショップが並行して行われ た。アンケートからは、 「どれも拝聴したかったが、体がひとつなので 残念」という意見が多く寄せられた。初日の内容毎の参加者を平均し てまとめると、基礎講座に 58%、研究発表に 26%、ワークショップ に 16%の割合で選択がみられた。項目 2 及び 3 でふれたように、参加 者は圧倒的に幼稚園及び保育園の現場で働いている若い教師(保育士) ということで、明日からすぐに使える内容を求めていることが窺えた。 したがって、理論を中心とした研究発表には発表者・傍聴者ともに集 まりにくい傾向がある。理論研究と実践はモンテッソーリ教育の両輪 であることから、いかに理論研究分野を広げるかが今後の課題である。 8.実践者の喜び(図 7) 「モンテッソーリ教育に携わって幸せに感じたことは何か?」という質 問では、自由な記述式の回答を分類整理して集計を行った。「小さい時 に手のかかった子どもが大きくなって何でも自分でできるようになっ た時」や「正常化していく姿」など、子どもの成長に関する意見が最 も多く、次いで「子どもが満足した表情」や「達成した時の笑顔」が 多かった。子どもから教師としての充実感をもらっていることが窺え る。続いて「子どもと共感できた時」 、 「親と共感できた時」、「自分自 身の成長を感じた時」 、 「卒園児の姿を見た時」となっている。アンケ − 75 − 0 20 40 60 80 100 図 7:モンテッソーリ教育実践者の喜び 120 140 (人) ートからはモンテッソーリアンとしての誇りと情熱を感じる数多くの 記述がみられた。 9.実践者の困難と悩み(図 8ー10) 「モンテッソーリ教育を行う上で困難に思うことは何か?」という質問 では、 「自分自身の力不足」という意見が最も多かった。次いで「保護 者との関係」、 「教師間の連携や教師の質向上について」 、「子どもの周 りの環境の悪化」と続く。一番回答の多かった「自分自身の力不足」 の内容を細かくみると(図 9) 、 「一人ひとりと関わることができない」 「教育法の奥が深く理解できない」 「提示のタイミングがわからない」 「提 示に追われてクラス全体に対応できない」 「いつも平常心で子どもと接 すること、自分自身の情緒の安定が難しい」となっている。また、年 齢別に悩み・困難を分析すると(図 10) 、20 代では「自分自身の力不 足」との答えが最も多いが、年齢が上がるにつれてその割合が徐々に 少なくなり、 50 代以上では「保護者との関係」や「子どもの周りの環境」 を危惧している割合が高くなっている。また、30・40 代では、他の年 齢と比べて「教師間の連携・質向上」に困難を感じる割合が高くなっ ている。天野 (2003) (2) の研究において、 「保育者の自己意識」は、モン テッソーリ教師と一般保育者の双方とも低く、「勉強したい」が両者と も 9 割に達し「自身の力不足や迷いを感じている」保育者が多いこと からも、本項目における回答は、これからの大会や研修会のプラン作 − 76 − 実践報告・事例報告 0 20 40 60 80 100 120 140 図 8:モンテッソーリ教育実践者の困難と悩み 0 10 20 図 9:自分自身の力不足 0% 20% 40% 60% 80% 100%(人) 図 10:年齢別にみる困難と悩み − 77 − 30 160 (人) 40 50 (人) りに役立つと考える。 10.クラス編成について(図 11) 項目 6 のモンテッソーリ園からの参加 者が 83%に及ぶことに基づくと、当然 その他 1% 横割り中心 4% 無回答 9% 横割り 3% と言える結果であるが、 「異年齢保育(縦 縦割り中心 21% 割り) 」と「異年齢保育中心(一部年齢 縦割り 62% 別保育)」を合わせると 83%となって いる。 「年齢別保育(横割り) 」と「年 齢別保育中心(一部縦割り) 」を合わ 図 11:クラス編成について せた割合はわずか 7%である。保育園 において 3 〜 6 歳クラスは縦割りだが、3 歳未満のクラスは縦割りが 難しく年齢別保育を行わざるを得ないという意見も見られた。しかし ながら、 「クラス編成」に関する自由な意見を求めたところ、「異年齢 の子どもたちがお互い協力したり、刺激し合ったり、助けたり、助け られたりしながら好ましい成長が見られる」という異年齢保育の良さ を十分理解した上で、 「年齢ごとの横のつながりや年齢に応じた活動の 深まりも大切でバランスが重要でありかつ難しい」という意見も多く、 今後の課題と考えられる。前述の天野(3)の研究では、モンテッソーリ ではない一般保育者の 81.6%が「縦割り保育」に肯定的とのデータが あることから、さらに深めたいところである。 11.今後学びたいテーマ 項目 1 〜 10 までの分析の中で、課題として浮かび上がってきた「教師 自身の教育力を高めるための学び」や「実践に役立つ内容」 、「保護者 との関係」 、 「子どもを取り巻く社会問題」に関するテーマの他に、 「コ スミック教育」や「宗教教育」などについて学びたいという意見がみ られた。 Ⅳ.AMI / USA 主催「モンテッソーリ百年祭」参加者内訳との比較 第 39 回全国大会から半年後の 2007 年 2 月にサンフランシスコにて 4 日間の日程で、 「モンテッソーリ 100 年祭及びリフレッシャーコース」が − 78 − 実践報告・事例報告 「Yesterday’ s Discovery, Today’ s Science」のテーマのもと開催された。リ フレッシャーコースは、3 〜 6 歳(Primary) 、6 〜 12 歳(Elementary)、 0 〜 3 歳(Assistant to Infancy)のそれぞれのレベルの AMI ディプロマ 既得者のための再教育の場であり、今回は「数教育」を中心に行われた。 AMI/USA への電子メールでの問い合わせに対し、Executive Director で ある Virginia McHugh Goodwin 氏より返信頂いたデータによると、大会参 加(登録)者数は 1378 名で、その内訳は 3 〜 6 歳コースに 543 名、6 〜 12 歳コースに 277 名、0 〜 3 歳コースに 74 名、管理職のためのワークシ ョップに 294 名、アシスタントのためのワークショップに 190 名であった。 参加者に関して第 39 回大会との比較を試みると、参加者の会員・非会員 別の割合(図 12)は日本は会員数が半数に満たないのに対して、アメリ カは 100%が会員である。これは大会参加申し込み時に、会員でなければ 参加できない(参加費と年会費を同時に徴収)システムになっていること による。 39 回全国大会 AMI/USA 100 年祭 図 12:参加者の会員・非会員の割合の日米比較 さらに、興味深い点は勤務先(受講コース別)参加者の割合である(図 13)。日本は幼稚園と保育園からの参加者が 93%を占めるのに対し、アメ リカは 0 〜 3 歳コースと 3 〜 6 歳コースを合わせて 45%である。日本で はアンケート結果でわずか 1 名であった小学校の関係者が、アメリカでは 20%に及んでいる。アメリカでは小学校教育においてもモンテッソーリ教 育への関心が高く、日本とは対照的である。2008 年夏より「モンテッソ ーリ小学校教員養成コース」が日本でスタートすることから、日本でも関 心が高まることが期待される。その他に、管理職のためのワークショップ やアシスタントのためのワークショップ、一般参加者(年会費は払う)へ − 79 − 小学校 0% 大学/ その他 7% アシスタント ワークショップ 0∼3歳 5% 14% 保育園 21% 3∼6歳 40% 小学校 20% 幼稚園 72% 管理職 ワークショップ 21% 39 回全国大会 AMI/USA 100 年祭 図 13:勤務先(コース別)参加者の割合の日米比較 のオープン講座などもあり、今後の大会プログラムの編成の参考になると 考えられる。 おわりに 全国大会のアンケート結果から、モンテッソーリ教育で育つ子どもの姿 から喜びや励ましを得ている教師の姿が窺えた。大会参加者の年齢構成は 20 〜 30 代の若い教師によって占められており、これらの教師の困難・悩 みのトップには教師自身の力不足がある。このことはモンテッソーリ教育 の継承を考える上でも、研修のあり方が大きな課題となっているように考 えられる。また、年齢が増すに従って保護者の無理解や保護者とのコミュ ニケーションを悩みとして重視する教師が増えていることは、サンフラン シスコの大会でも同様の傾向が見られた。管理職のためのワークショップ では、ロールプレイを取り入れた実践的な研修も行われていたことからも、 実践に役立つ研修のあり方も検討すべきと考える。 2009 年 4 月より教育職員免許状の有効期限が 10 年となり、研修時間の 確保・研修内容の問題などの様々な問題をはらんでいる。モンテッソーリ 教育においても、各園ごとの園内研修はもちろん、地域での研修、学会と しての研修のもち方など、時代の変化に沿った新しい研修様式の構築が必 要であろう。 − 80 − 実践報告・事例報告 100 年前、モンテッソーリが医学、障害児の教育をもとに彼女の教育理 念に基づいて教具を考案し、大人の意識改革を訴えていったように、現代 に生きる子どもたちのために、現代社会の諸条件に基づいて新しい創造を 発揮することが私たちに課せられた課題であろう。 参考文献 (1)町田 明「第 37 回全国大会を終えて」 『モンテッソーリ教育』第 37 号、 2004 年、145 頁。 (2)天野珠子「 『保育観』意識調査―モンテッソーリ教師と一般保育者の 比較から―」 『モンテッソーリ教育』第 36 号、2003 年、86 〜 87 頁。 (3)同上書、84 〜 85 頁。 − 81 − 6 歳までの教育をその後の教育内容 から俯瞰してとらえる重要性 〜ピンクタワーが基礎解析の数列の等式証明に利用できる一例〜 本 田 豊 (元横浜モンテッソーリ幼稚園) 1.はじめに —感覚を伴わない数量の「ひとり歩き」が起きている— 中学校で数学を教えていたとき、数量感覚に関する現在の生徒に象徴的 な場面に出くわした。 教師(以下 T) 「 (中略)太郎君は駅までどれくらいの速さで歩いたのだ ろうか。 」 この問いに比較的計算力のある生徒(以下 S)が次のように答えた。 S「時速 60km です。 」 T「ほぅ、時速 60km というのはどれくらいの速さか見当がつくかい?」 S「……」 T「時速 60km というのは信号のない直線道路を車がアクセルを吹かし て走っている速度だよ。 」 S「……」 T「動物でいえば全速力で走っているダチョウだな。」 S「ダチョウってすごいですね!」 T「いやぁ、 ダチョウもすごいけれど太郎君や S さんはもっとすごいよ。」 クラスで大いに盛り上がったが、実際、笑える話ではない。少なからず の人数が自動車の速度、ダチョウの驚異的な脚力、そしてヒトの歩く速度 の限界というものにあてはめる『ものさし』を持っていなかったのである。 問題は計算力のあるなしではない。感覚的に「これではおかしい」と気づ かないことである。そしてこれは速さの感覚に限ったことではない。身近 なものの大きさ、長さ、重さ、さらには聴覚、嗅覚といった五感すべてに わたる領域において、様々な場面で「ズレ」が目立ち始めているのだ。腕 の長さはどれくらい?バケツ一杯の水の量はどれくらい?お風呂のお湯の 温度はどれくらい? この感覚のズレ(時には感覚の無さといってもよい)は、その生徒の成 − 82 − 実践報告・事例報告 長の過程においていつ生じたものなのか。また、いつ逃してしまったもの なのか。これはモンテッソーリ教育に出会う前の私にも、容易に想像がつ くことであった。 それは、―幼児期の体験不足―。 2.研究のねらいと方法 一般的に算数・数学に限らず、教科の学習というものは学年が上がるに したがって具体的な教材を離れ、抽象的な論理が多くなるものである。モ ンテッソーリ教育のもとで具体物に慣れ親しみ、手を器用に使いこなして きた子どもにとっては、抽象化への準備が出来ているといえる。それもい きなり抽象化が進むのではなく、抽象化へと進む教材が段階的に用意され ているのである。モンテッソーリ教具に限らず、実体験を伴わない学習は 子どもにとって生きる道具とはなり得ず、単なる進学のための訓練に過ぎ ない。 写真 1 赤い棒 写真 2 茶色の階段 写真 3 重量板 写真 4 金色のビーズ (写真 1, 2, 3, 4 「量感覚を育てる教材」) − 83 − 子どもに秘められた可能性は無限である。その可能性を引き出すために、 たくさんのモンテッソーリ教具が用意されている。そして、それぞれの教 具には使い方に制限が設けられている。その制限は、子どもが自分自身で 教具を使いこなすために必要不可欠なものである。提供の仕方に制限はあ るが、教具に備わっている発展性は遥かに大きい。そこで、教師が提供の 制限にとらわれることなく、その教具に込められた可能性を的確に把握し ていれば、子どもの学習の発展性を予測することが容易になる。 ‘教え込まない’モンテッソーリ教育にあっては、大きなシラバスのな かで教師が一つひとつの活動の位置づけを明確にしていることが求められ る。子どもの活動に潜む隠された意義をより深く見通すことは、子どもへ の各段階における援助のあり方に明らかな差を生みだす。人間の絶え間な い連続した成長を考えれば、前後の発達段階の特徴や学習内容の把握は必 須である。しかしながら、現場の教師は目の前の子どもたちを見るのに精 一杯で、ともすれば大きな全体像が見えないまま日々の教育に追われてい ることはないだろうか。例えば、幼稚園の教師が自分の担当する 3 〜 6 歳 児のことしか知らず、3 歳までの発達や 6 歳以降の傾向に無頓着であれば、 それは子どもにとって断片的でその場限りの体験になりかねない。 「子どもの家」の誕生から 100 周年。現在の日本国内におけるモンテッ ソーリ教育は、未だに 6 歳以降の受け皿が乏しいのが現状である。そのた め、幼稚園・保育園の教師も、実は卒園後の子どもたちがこの先こう花開く、 というモンテッソーリのカリキュラムによる実例を目の当たりにする機会 にはそう恵まれていないのではないだろうか。本研究では、馴染み深い教 具を実例に挙げて、その教具の発展性について検証することを目的とする。 3.ピンクタワーの汎用性 次の等式を証明しなさい n Σk k=1 2 n =Σk 3 k=1 この数式は通常、高校 1、2 年生の数Ⅱ(基礎解析)の学習内容である。 高校で文系を選択した場合には、大学の教養で学習をする場合もある。こ の式からモンテッソーリの代表的な教具であるピンクタワーや金ビーズ、 − 84 − 実践報告・事例報告 色ビーズを想像することができるだろうか。これらの教具でこの数式の証 明ができるのである。 写真 5 ピンクタワー ピンクタワーは、モンテッソーリ教具の中でもとりわけ有名な教具の ひとつである。3 歳前後の幼児が取り組む代表的な教具であり、その使い 方についてはここで語る必要はないだろう。1 辺 1cm の立方体から 1 辺 10cm の立方体まで積み上げると 55cm、台座に載せると約 70cm の高さ になるこの教具は、平均身長が約 100cm 弱となる 3 歳児にとっては、ま さに目の高さにそびえるタワーである。ちなみに、55cm という数値は、 1+2+3+4+5+6+7+8+9+10 から導かれたものであるが、この足し算は、ドイ ツの天才数学者ガウス(1777 〜 1855)の以下の幼年期の逸話とともに児 童に紹介されてもよいだろう。 小学校低学年のとき、先生が、 「1 から 100 までの数を全部たすと、い くつになるかな?」と問題を出した。教師はこれで 1 時間はのんびりでき ると思っていたのだが、ガウスはたちどころに「5050」と答えてしまった。 びっくりした教師がどのように計算したのかとたずねると、ガウスは次の ように答えた。 「1 と 100 をたすと 101 になり、2 と 99 をたすと 101、3 と 99 をたして も 101 となり、こうして順にたしていくと、この 101 が(100 の半分の) 50 個できるから、全部で(101 × 50 =)5050 である。」 ピンクタワーの 55cm という数値は 1 から 10 までのわずか 10 個の自然 − 85 − 数の和であるから、頭から順にたしていっても大した労力ではない。しか し、 1+2+3+4+5+6+7+8+9+10 =(1+10)+(2+9)+(3+8)+(4+7)+(5+6)←たす順番を入れ替える =11+11+11+11+11 ←同じ数の組み合わせを作る =11× 5 ←できた組み合わせは元の個数(10 個)の半分(5 個) =55 ←多数の足し算が簡単な掛け算で答に導ける という解き方に、数学の美しさを見ることができる。実際に行われている 操作は加法の交換法則であり、これはモンテッソーリの「へびあそび」に おける「10 の発見」と通ずるものである。 「へびあそび」の場合、 1+2+3+4+5+6+7+8+9+10=10+(9+1)+(8+2)+(7+3)+(6+4)+5 ← 10 がいくつと余りは? =10+10+10+10+10+5 ←金のビーズが 5 本と 5 のビーズが 1 本 =55 となる。 では自然数 1 から n までの和はいくつになるだろうか。 { { 1+2+3+…+ (n-2) + (n-1) +n= (n+1) +(n-1) +2}+(n-2) +3}+… たす順番を最初と最後、二番目と最後から二番目、…と入れ替えて、 = (n+1) + (n+1) + (n+1) … n +1 という数が元の総数 n 個の半分できるから… n = (n+1) ×2 これを整理して… 1 (n+1) =2n これがガウスの用いた公式である。 高校 1、2 年生の数Ⅱ(基礎解析)で学習する数列の和を表す記号Σ(シ グマ:ギリシア文字、 英語だと和を表す sum の S にあたる)を用いて表せば、 n 1 Σ k =1+2+……+n= n 2 (n+1) K=1 ー となる。前出の等式を証明しなさい、の左辺はこれの 2 乗であるから、 1 2 ー (n+1)となる。これは 1 から始まる自然数の列を 2 乗しているわけだ n 2 − 86 − 実践報告・事例報告 から、代数的に掛け算の九九表(実際は 10 × 10 まで)の(たて)×(よ こ)による総和であるとイメージが浮かぶ。 この九九の表を掛け算の交換法則に基づいて色ビーズを換えていくと (例 3 × 4 = 4 × 3 だからピンクの 3 のビーズ 4 本を、黄色の 4 のビー ズ 3 本に交換していくと)九九表の色はカギ型になる。 写真 6 色ビーズの九九表 写真 7 カギ型になったビーズ 各色ビーズを平方数になるように まとめると、すべてのビーズが平方 のビーズに置き換えることができ た。 この平方のビーズを各々重ね合わ せると、各自然数の立方が出来上が り、立方のビーズと交換できる。 写真 8 立方のビーズに交換 n では次に、 Σ k を求めよう。 k=1 2 3 乗の展開公式 3 (k+1) = k3+3k2+3k+1 から、 ( k3 を左辺に移項して…) 3 (k+1) ―k3 =3k2+3k+1 この恒等式が得られる。 この式において、 k = 1 のとき 2 3 ― 13 = 3・12+3・1+ 1 k = 2 のとき 3 3 ― 23 = 3・22+3・2+ 1 − 87 − k = 3 のとき 43 ― 33 = 3・32+3・3+ 1 ・・・・・・・・・・・・・・・ 3 k = n のとき (n+1) ― n3 =3n2+3n+1 これらを辺々加えれば、 (左辺は同じ累乗数の+、−が交互に出ており合 わせて 0 だから) 3 (n+1) ― 13 =3 (12+22+ …… +n2) +3 (1+2 …… +n)+n ←残るのはこの 2 項だけと左辺は簡単になる。 1 ここで 1+ 2+ 3+ …… +n = (n+1)から、求める和を S とすると 2n 3 3 (n+1) +n (n+1) ― 13 =3S + 2n よって (両辺を 3 で割って、S について整理すると…) 1 3 1 3 }= { (n+1) (n+1) (2n+1) S=――(n+1) 3(n+1) 2n 6n さて、遠回りをしたが、ここではじめの問題に戻って 13+23+33+ …… +n3 を求めてみよう。 4 乗の展開公式 4 (k+1) = k4 + 4k3+ 6k2+4k+1 から、 (これも k4 を左辺に移項して…) 4 (k+1) ― k4 = 4k3+ 6k2+4k+1 この恒等式が得られる。 この式において k = 1 のとき 2 4 ― 14 = 4・13+ 6・12+ 4・1+ 1 k = 2 のとき 34 ― 24 = 4・23+ 6・22+ 4・2+ 1 k = 3 のとき 44 ― 34 = 4・33+ 6・32+ 4・3+ 1 ・・・・・・・・・・・・・・・ 4 ―n4 = 4n3+ 6n2+ 4n+ 1 k = n のとき (n+1) 辺々加えると、 (これも左辺は同じ累乗数の+、−が交互に出ており合わ せて 0 だから) − 88 − 実践報告・事例報告 n n n 4 (n+1) −14 =4 Σ k3 + 6 Σ k2 + 4 Σ k +n (右辺はΣを用いて…) k=1 k=1 k=1 これに n 2 Σk = k=1 n 3 Σk= k=1 1 6 ー 3 k=1 4 1 } { (n+1) (2n+1) −n −2n (n+1) − (n+1) (n+1) 4 ー 1 =ー 4 n(n+1)= 2 n n 1 Σ k を求めると n(n+1) n (2n+1) , Σk = ー (n+1)を代入して、k=1 2 2 1 2 2 n (n+1) ー これはまさに自然数の立方を重ね合わせたもの、即ち、立方のビーズのタ ワーであり、ピンクタワーである。 写真 9 10 Σk k=1 2 10 =Σk 3 k=1 いつも保育園・幼稚園で扱っている教具がこれほどの学習内容を含んで いるということ、そしてそれに至る種まきを現場の教師が担っているとい う事実は、とても重く、一人ひとりの責任と自負を改めて意識せずにはい られない。実生活上の体験と、モンテッソーリ教具での抽象化された体験 は、幼児期では単に混在している場合があるとの批判もある。しかし、モ ンテッソーリ教育は児童期、青年期の抽象化された学習段階でこれらが結 びつく、気の遠くなるような熟成期間を要する教育である。幼児期の豊か な生活体験とモンテッソーリ教具での体験が、現実事象の問題解決学習の 助けとなることを検証することを今後の課題とする。 − 89 − 4.おわりに モンテッソーリ教具の多くには、直接目的の陰に隠れて実に数多くの間 接目的が含まれている。幼児期までの「ひとりでできるように手伝って」 という目に見える援助が、児童期では、 「ひとりで考えられるように手伝 って」という目に見えない援助へと移行していく。そのため、教具を提供 する教師は、その間接目的の奥行きをつかむことが難しくなる。学習の到 達目標を設定して、援助の確認をすることはできる。しかし、到達目標を 超えた子どもについては、どこまで興味を広げて考えているのかを相対的 に評価する尺度はない。子どもの学びを、頭の中に作っていく「引き出し」 に例えると、始めは大きさや奥行きがバラバラの状態である。そこで、こ の引き出しを体系的な知識に組み立てて、使える「箪笥」、即ち、知恵に 結び付けていく援助こそが大切である。 単なる反復練習の中では収まりきらない、好奇心の爆発を活かしてこそ のモンテッソーリ教育である。必ずしもしかるべき手順を踏んではくれな い子どもの興味や体験を尊重したい。その上で子ども自身が未知の直感や ひらめきを自覚し、喜べるような援助のあり方を考えたい。 参考文献 (1)Montessori, M., “’PSICO aritmetica” Garzanti (2)マリア・モンテッソーリ『モンテッソーリ 私のハンドブック』エン デルレ書店 (3)マリア・モンテッソーリ『創造する子供』エンデルレ書店 (4)マリア・モンテッソーリ『人間の可能性を伸ばすために』エンデルレ 書店 − 90 − 海 外 情 報 モンテッソーリ百年祭幼児教育国際交流大会報告 野 原 由利子 (名古屋芸術大学) 池 田 和 子 (ひまわり子どもの家) 村 上 隆 (あさひ幼稚園) 2007 年 10 月 28 日から 30 日、中国杭州市人民会議場において、中国で 初めての国際モンテッソーリ大会が開催された。中国各地から約 200 名、 諸外国から約 200 名が参加、充実した盛大な大会であった。 大会後の 31 日には二園の見学が準備されていたが、その内の一つ、杭 州人民政府立の「武林門幼児園」の見学を通して、より深く感じることが できたのは、中国には幼児教育について深くしっかりと研究しておられる 研究者、実践者の存在があり、モンテッソーリ教育の真髄についても正し く理解し、実践を高めているということであり、その真摯な姿勢に深い感 銘と敬意を抱くことができた。 3 日間の大会の様子の概略を、5 日間ツアーの関係で行動をともにする ことになり、初めての中国で、英語も、日本語はもっと通じない珍道中を 体験した 3 人の力を合わせてご報告したい。大会も通訳がまず英語の通 訳を聞きながら直ちに日本語に訳してアナウンスするという状態だったた め、インターネットに公表された英文の大会プログラムも参考にしながら 各講演の概要をまとめた。 1 日目 10 月 28 日(日) ① 中国人民政府からの歓迎挨拶 人口 4500 万人、全国で一番の経済成長をとげている浙江省は、国の 政策の下で、すばらしい教育課程、教育システム、幼児教育を発展さ せており、国としても評価してきた。 この地でモンテッソーリ教育の実践についてのシンポジウムが開かれ − 91 − ることはすばらしいことであり、すべての子どものため、世界の未来 のため、ユネスコと協力して更に前進していくことを期待している。 ② AMI国際モンテッソーリ協会 アンドレ・ロバーフロイド 会長 挨拶 偉大な国、中国がより良い教育を普及し、幸せな人間を作ることに努 力されることに敬意を表したい。モンテッソーリ教育は、異なる性格 の人、異なる考えの人すべてを結びつけ、楽しい世界を創造すること ができるものである。 ③ 基調講演 1.「大人と子どもは共に育つ―孔子―」 中国人教授 Kongxianglin 孔子の時代、国学は貴族だけのものであった。孔子は出身を問わず、 向上したい者には学ぶ機会を与えなければならないとし、弟子として 迎え、 「国民に奉仕する国民」を育てた。弟子の一人ひとりの性格や 才能を知り、志を語り合い、それぞれに応じた応対を心がけた。その 中で人は互いに学び合い、不足を知り、反省し、強くなり、相互に成 長するとした。これが「教学相長」の思想である。モンテッソーリの 個一人ひとりを尊重し、大人と子どもが育ち合う思想と相通ずるもの である。 ④ 基調講演 2.「大人と子どもは共に育つ―モンテッソーリ―」 リン・ローレンス (イギリス教育センター) 子どもたちは世界中の最も大切な宝物である。彼らは未来への希望、 社会への希望、そして彼らの家族への希望をもたらす。全ての国の全 ての子どもたちは未知なる潜在能力を持って生まれる。この能力は彼 らが彼らをとりまく環境の中で生活し、成長し、発達するにしたがっ て具現されるものである。子どもというものは彼らの中に彼ら自身の ための能力を持っている。法律と大人はこの具現化のプロセスを理解 と共同によって援助することができる。養育者たる大人と成長者たる 子どもとの間での共同はどの段階においても両者に利益をもたらす し、また社会に対しても利益をもたらすのである。 ⑤ DVD上映 ⑥ 大会歓迎交流会 − 92 − 海外情報 2 日目 10 月 29 日(月) 午前のテーマ:子ども―モンテッソーリの連続的教育概念 ① モンテッソーリ教育 0 〜 3 歳 吸収する精神を持つ未発達の能力 ジュディ・オライオン 子どもの人生における最初の 3 年間が、その後続く全ての成長の足場 を築く基礎を設定する。モンテッソーリはこの時期を精神的胚の期間 と名づけた。 「それは、新しく生まれ出た子どもが、肉体的な世界に おける胚によって、精神的な世界の中にまさになされることがらに相 応する一つの形成的仕事をなさねばならないということに次いで起こ るものである。 」この期間を通して Unconscious Absorbent Mind(無 意識的に吸収する精神)のかぎりない潜在能力を理解することにより、 私たちは一人の子どもが一つの強い基礎を創ることができるよう援助 できるのである。この基礎とは、 平和の基礎であり、信頼の基盤であり、 また、一人の全き人間としての潜在能力を実現させるための基盤とい うことである。 ② モンテッソーリ教育 3 〜 6 歳 Shannon Helfrich 3 〜 6 歳の年齢にある子どもへのマリア・モンテッソーリ博士の教育 法は、彼ら自身が自らを形成することを援助することである。子ども がこの世の中で機能するために必要な全ての価値と知識をもって彼ら 自身の二つとない人格を活発に創りつつあるというのが、この期間を 通じてなのである。モンテッソーリ教具は知識を発展させる全ての基 本的な習熟のための基礎として有効に働く。 ③ モンテッソーリ教育 6 〜 12 歳における適切な教育 ジーン・ミラー 子どもが 6 歳に近づくにつれ、新しい子どもが出現するのを見る。体 格的な外観のみならず、性格や振る舞い、様式を学ぶことにおいても 顕著な変化を見る。モンテッソーリ教育法は 6 〜 12 歳の性質を理解し、 環境を高度に効果的に学べる方法を与えることにより打ち立てられて いる。この期間の子どもたちに対しては社会的、倫理的な意識を発展 させ、また、一緒に協同して作業することを重視する。6 〜 12 歳児 を教える技術にはクラスという社会的単位内でそれぞれの子どもの独 立性を奨励することが含まれている。 − 93 − 午後のテーマ:大人への準備と環境の準備 ④ モンテッソーリ教育 12 〜 18 歳、青年期の偉大な仕事:未来への道 のり デイビット・カーン モンテッソーリ教育の青年領域部分は、成長の原理と幅広い青年たち のために適切に準備された環境を考慮して構築されている。青年の「偉 大な仕事」とは、実際に問題の解決を通し、社会への実際の貢献を建 設的に創造することである。 ⑤ 青少年の秘密 12 〜 18 歳 北京標準大学教授 モンテッソーリは内在的な個性を尊重し、子どもを信じ、余計な干渉 をしないようにとしている。強いられて事をすれば、自分の自己判断 を抑圧してしまう。必要なこと以外は言わないほうがよい。老子や孔 子の教育観と共通している。 2002 年中国では幼稚園教育についてガイドラインを示した。「生命を 尊重する。人格を重視する。環境を重視する。自己選択を重視する。 教育内容を高める―」などであり、モンテッソーリ教育と共通するも のである。 中国のモンテッソーリ教育で重視しているのは、環境の整備、栽培活 動、室内の選択活動、感覚教育、科学と社会への関心、子どもたち同 士の協力関係などである。 ⑥ 大人への精神的準備 Eduardo Cuevas モンテッソーリ教育の哲学は人間の生活は二次元的実在であるという 考えである。一つは物質的なものをとりまく実在であり、いま一つは 精神的なものの実在である。物質的実在は人をして個体として生き延 びることに駆り立て、精神的実在は人を共同体として栄えるよう方向 付ける。物質的実在は人をして考えることを要求し、精神的実在は人 が夢見ることを要請する。モンテッソーリ教育の教育者たちは二重の 準備が必要である。モンテッソーリ教育の哲学は、この古代からの偉 大な中国の哲学と非常によく似通っており、実在性の偉大な構築者で あるとともに、創造者でもあることを要請するものである。 ⑦ 準備された環境 Mary Raudonis Loew モンテッソーリ博士の人間の成長に関する観察、考察、および著作 は、西洋、東洋にわたる偉大な賢者たちの遺産の一つとして位置づけ − 94 − 海外情報 られる。しかし彼女の仕事が他と区別されるのは、誕生から成人まで の子どもの生活を明らかにするという比類ない貢献をしたことであ る。人類学者の洞察力、科学者の細部にわたる注意深さ、深遠な直感 的な天賦の才能、そして特別な人間性への愛情をもって、大人として 子どもたちのために成長に合わせた空間を設計しなくてはならないと した。成長の 4 つの局面それぞれにおいて、子どもたちは知的、心理 的、社会的、精神的な各段階で異なった性質を示す。モンテッソーリ 博士はこれらを「特別に設計された場所、準備された環境(Prepared environments) 」とした。これらの環境を構成する実際の要素の概念に ついて考察したい。 ⑧ 家庭環境におけるモンテッソーリ教育、Amy Kirkham と保護者 家庭環境というものは家族全員の要求を満たさなければならない。子 どもが、 ‘家の主人公’とはならない間は、その子どもが適応できる よう、次第に自立していけるよう援助するために環境を変化させる必 要がある。私たちは子どもを支援し、人生を送る準備をさせる必要が ある。子どもに対する究極の贈り物は共同社会へ貢献する成員として 生きるための知識と能力である。これは家庭での日常生活での活発な 関わり方を通して自負心を持つという感情を成長させることをも含ん でいる。世界に対する、平和に対する、引き続く積極的な変化に対す るモンテッソーリの希望は、子どもたちや彼らがなるであろう成人男 性や成人女性の内にあるとした。現在から未来にかけて社会的世代に 大きい影響を与えるのは子どもである。家庭環境におけるモンテッソ ーリ教育はこれが全て始まる場所である。 10 月 30 日(火) 午前のテーマ: 生活への援助としての原理 ① 生命の援助としての原理 子ども社会とモンテッソーリ原理 Qian Wen 東中国標準大学教授 家庭はもっと年齢層に応じた環境、学校と補完できる環境を工夫すべ きである。大人、子ども共に満足する共同の環境を工夫したい。家族 が各自のものを置くスペースをつくり、各自で片付けることのできる 能力を育成しなければならない。大人が子どもと一緒に作業すること − 95 − も大切だが、決して代りにやってしまうことのないよう、子どもが自 分でできるようになるよう援助すること、子どもが焦らぬようじっく り取り組める時間を保証することなどが大切である。家庭は、生活に 直面する能力の養成をする場であることを確認したい。 ② 子ども、社会とモンテッソーリ教育原理 Molly O Shaughnessy 全ての子どもは生まれながらの探究者である。全ての子どもは理解し ようと欲し、社会に適応し、貢献しようと願っている。モンテッソー リ博士は子どもたちの本当の性質を観察し、子ども時代を世界的規模 で文明の蘇生のための最高の潜在力と見た。地球共同体として、私た ちは子どもたちの真の性質にふさわしい最適な学習環境を創りだすこ とに共同する機会を持っている。モンテッソーリ教育環境の中で私た ちが目の当たりにする結果は、社会的な団結・自己訓練・共同・先導・ 創造性・知的柔軟性などである。これらの重要な特性の開発は、健康 的な適応、問題解決への力、地球規模での挑戦や好機への解答を探す のに革新的である可能性に対し貢献する。 ③ 国境なき教育―全ての子どもたちの主張を擁護せよ― Sylvia Dubovoy モンテッソーリ教育の原理が社会のより広い意味において採用されれ ば、学校のみではなく、それらの可能性は広大で全てを包含する。国 境のない教育はあらゆる国の全ての子どもたちの主張を利し、擁護す る様々な方法で採用され得る。今日、全体としての社会が子どもの人 間性を変革する力に気づくことが必要なのである。マリア・モンテッ ソーリは知識の種を撒く弛みなき作業、誕生から成人まで世界をより 良い場所にしようとする人間の成長の自然法則に気づき、理解する仕 事を引き受けた。 「人間は彼自身と彼の家族を支えるためだけでなく、偉大な畏敬の念 を起こさせるなにものかの道具になるために労働しなければならない ―彼の個人的な関心事に奉仕するだけでなく、全体としての人間性に 奉仕するのである。 」 (マリア・モンテッソーリ『教育と平和』p.79」) − 96 − 海外情報 午後のテーマ:未来を創る ① 子どもがより良い明日をつくるのを助けよう シェリル・フェレイラ マリア・モンテッソーリは『教育と平和』 (p.31)に次のように述べ ている。 「子どもは人類にとって希望であり未来である。」全ての子ど もが人類にもたらす「希望」とは何だろうか。その希望とは人類の魂 の深部にある人間の潜在的な未知の偉大さに存する潜在的能力、それ は子どもにだけ近づくことのできる能力である。そして保障された未 来とは、もし私たちが子どもが彼の生活を一人の子どもとして生きる のを援助しさえすれば、彼の性質にとっては真理なのであるが、彼は これらの漠然とした豊かさを現実化させ、人間の性質の偉大さを私た ちに明らかにしてくれるということである。すなわち、マリア・モン テッソーリの言葉で言えば、 「もし、私たちがこの胚を私たちの最も 大切な宝物として気を配るだけで、私たちは人間性の偉大さのために 働くことになるのです。 」 ② DVD 上映―モンテッソーリ教育と社会改革 ③ 人格の基礎ー未来への私たちの希望 Annette Haines モンテッソーリは次のようなことを示している。もし私たちが違った 大人に成長することを欲するならば、私たちは人生の最初の 6 年にあ る子どもに私たちの注意を向けなければならない。なぜなら、人間の 個性が形成されるのはこの期間を通してであるから。 もし私たちが発達のそれぞれの局面のための教育環境を創りだすと き、子どもの発達要求に留意するならば、生じてくる大人は自己訓練 を積み、快活で、有能で創造性豊かな強い性格を持った人間となるで あろう。彼は彼の世界を愛するだろうし、その世界にある様々な物事 やそこにいる人びとに対して尊敬の念を抱くことであろう。彼は彼の なすべき宇宙的な責任を理解することであろう。私たちがこの世界を より良い場所にしたいと願うなら、私たちの唯一の希望は、人間の個 性に対して変化を生み出すこと、すなわち、子どもを通してしか達成 できない仕事の中に存する。 「そして私たちは人間の魂の成長の目撃者となる:新しい人類の誕生、 彼はもはや事件の犠牲者ではなくなり、彼の先見の明に対する感謝は − 97 − 人類の未来を指し示し、形づくることができるようになるだろう。」 (マリア・モンテッソーリ『子どもの心』 8 頁」) ④ 閉会の辞 AMI 会長、アンドレ・ロバーフロイド 子どもは世界的なもの。平和的に育ってほしい。いろいろ困難があっ ても解決の方法を発見し続け、前進していこう。モンテッソーリ教育 が必ず大きな役割をはたすであろう。 トレーニングセンターを設立することになったので、トレーナーたち が支援できる。 宇宙の調和を説いた老子、孔子の教えを大切にしていきたい。 ⑤ 閉会の辞 浙江省 知事 秋は収穫の季節、この大会は世界の友好を深めることができた。そし て参加者の人生の援けになる 20 件の講義をきくことができた。美し い人間性を育て、社会を育てたいものである。 子どもたちに平和と世界の調和を贈らなければならない。 国連からも祝辞をいただいたことを報告したい。 大会終了後の 10 月 31 日、武林門幼児園の施設と保育を見学した。 戸外には、広い敷地、木立、噴水、オブジェ、畑、うさぎの飼育小屋、 砂場、落書きコーナー、屋上花壇、円形温水プールなど。園舎内には、 談話室、オーラル室、保健室、水槽、読書コーナー、子どもたちの作 品を飾るギャラリーなど。調理室で、子どもたちがトースターでパン を焼き、見学者においしいジャムをつけてごちそうしてくれたのも温 かい思い出である。 保育室は 3 〜 5 歳の縦割りで、 日常生活、 感覚、算数、言語(漢字、英語)、 文化の教具・教材が子どもが使いやすそうに配置されていた。中二階 にはピンクの清潔でかわいらしいふとんが人数分常時敷かれていた。 子どもたちは戸外での縄跳び遊び、砂場遊び、畑でのお仕事にも楽し そうに集中し、各所にある大きな黒板にチョークで自由に書いては消 す落書きコーナーも人気のようだった。50 人以上の見学者が園内を まわっているにもかかわらず、室内では、縫い取りや刺繍、各種教具 を自主的に選び、落ち着いた雰囲気ではあったが、一人で集中してい る子どももいれば、友達同士で同じ教具を楽しんだり、協力し合って − 98 − 海外情報 いる姿も随所に見られ、大らかな明るさを感じた。 フレーベルなどの保育遺産もしっかり学び、保育実践の中で、子ども にとって必要な環境、活動を地道に模索して今日に至っているという 誠実さを感じ取ることができ、親しみと敬意を抱いて帰国することが できた。 武林門幼児園 朝(9 時頃)の園庭遊び なわとびに挑戦 朝(9 時過ぎ)の円形温泉プール 数名の子どもがもう泳ぎ始めていた 戸外遊びを終え入室するとすぐに 自主的にお仕事を選び集中していった 調理室でパンを焼き、ジャムをつけて 見学者たちへどうぞ − 99 − ラ ウ ン ド ・ テ ー ブ ル 〔ラウンド・テーブル A〕 保育者の育ち合い 野 村 緑 (聖アンナ子どもの家) 朝比奈 太郎 (むくどり保育園) ラウンド・テーブルAでは、 「保育者の育ち合い」について、約 50 名の 参加者が 3 つのグループに分かれて話し合いを行った。参加者の所属する 園の形態(幼稚園、保育園、子どもの家など)や規模、経験年数や立場を 超えて活発な討議が行われていたようだ。 この「保育者の育ち合い」というテーマでは、どのグループにおいても、 「育ち合い」のための前提として、 主に「研修(園内・園外)の持ち方」と「保 育者(職員)間のコミュニケーション」という二つの視点があげられてい たように思う。かぎられた時間や条件の中で、どのように工夫して研修を 行っていったらよいか、また、どのように保育者間のコミュニケーション を図り、共通理解を深めながら、お互いに成長しあっていけるか、様々な 園での取り組みが紹介された。 【研修について】 ・月一回程度(あるいは複数回)提供を中心とした園内研修を行っている。 ・経験によってグループわけをして園内研修をしている。 ・外部講師を招いての研修。コース修了者による研修。 ・コースや外部研修会への派遣。 ・泊りがけで集中して行う新人研修。 ・他のモンテッソーリ園への視察研修。 等々。 個々の園での取り組みは様々であるが、一様に園内研修を重視している 姿がうかがえる。 − 100 − ラウンド・テーブル すべての保育者がコースで学べればいいのだが、地域によっては、それ がむずかしいのが現状であり、新たにモンテッソーリを導入した園や、新 人を多く抱える園では悩みも多いようだ。また、園内での提供法やシステ ムの統一などの面でも、園内研修は不可欠といえる。 園内研修の成果としては、モンテッソーリの理論や提供法の研修を通し て、教師の人間性も同時に磨かれるといった肯定的な意見があった一方、 じつは教具の知識や提供法よりも保育者の心の部分を育てるのがむずかし く、新人などは言葉遣いや基本的な生活態度から育てなくてはならないと いった悩みの声も上がっていた。 まだ、別の意見としては、モンテッソーリは提供や教具を使った活動の 時間だけを言うのではなく、全人的発達をめざし、生きる力を身につけら れるよう援助することを目的としている以上、子どもの生活全般を捉える 必要があり、そのためにはもっと広い視点で様々な分野の研修を取り入れ る必要があるというものもあった。 特に医学や脳科学の分野での乳幼児の発達についての研究は、検査技術 の進歩と共に著しく発展している。それらの研究の多くは、モンテッソー リの理論や実践を裏付けるものであり、またより深く検証する機会を与え てくれる。保育園でも幼稚園でも(子育て支援の観点からも) 、脳科学に 基づく乳児(0・1・2 歳児)の発達過程と乳児のモンテッソーリの実践に ついては、学んでいきたいテーマのひとつだと思われる。 【保育者(職員)間のコミュニケーションについて】 朝・夕(午後)にミーティングを行える園では、その時間を有効に使っ て、情報伝達や打ち合わせを行っているようだが、多くの園ではなかなか 職員が集まれる時間がとれずに悩んでいるようだ。その日にあったことを メモ・ノートの閲覧を通して、全体に知らせたり、昼の休憩時間等のちょ っとしたお茶の時間になるべく情報を伝え合うようにするなどの工夫をし たり、月 1 回の会議の時にまとめてしっかり話し合うという園もあった。 コミュニケーションの問題は、時間だけではなく何を伝え合うかという 質の問題も重要であり、特にモンテッソーリにおいては、一人ひとりの子 どもに沿った個別の発達記録や指導計画、提供の記録や計画とその伝達が とても重要な鍵となるようだ。また、大人がモデルとなる以上、パート等 − 101 − の補助スタッフや(給食のある園では)調理師等も含め、全職員が同じよ うに子どもを理解し共通した接し方ができることも大切であり、そのため の会議や研修等も必要になる。この面でも各園での様々な取り組みが報告 されていた。 − 102 − ラウンド・テーブル 〔ラウンド・テーブル B〕 適切な援助のための観察力を身につけるには 奥 山 清 子 (ノートルダム清心女子大学) 米 島 幸 子 (仙台白百合学園幼稚園) 今回のラウンド・テーブルでは、 「適切な援助のための観察力を身につ けるには」という新しいテーマに最も多い 109 名の参加者を迎えました。 会場の関係で 2 教室に分かれ、さらに 8 つの小グループになって、全国各 地の方々と話し合うことにしました。各班に会員 2 名がメンバーとして加 わり、いろいろな年齢層の方々により約 1 時間にわたる話し合いがもたれ ました。各班の記録をもとに内容を「適切な援助のための話題」と「観察 力にかかわる話題」とに整理し報告します。 1 適切な援助のために ・泣いている子を泣き止ませようとするのではなく、受け入れる。 ・心に余裕があると、今の発達の姿や子どもが求めているものがわかる。 ・全体を常に見ていないと、瞬間的な判断に陥りやすい。 ・日々のかかわりの中で、ありのままの姿を見せてくれるように信頼関係 を築く。 ・その子とどうかかわっているか、アンテナを張る。 ・この子が今何に興味があるのか見つけてあげるのが教師の仕事ではない か。 ・自分のレールに子どもを入れようとすると子どもは逃げてしまう。先生 自身が自由にならないと子どもは受け入れてくれない「〜させよう」と 思わないこと。 ・その子が求めていることがきちんとわかった状態で対応できているか。 − 103 − 1)現在の悩みや課題 ・お仕事のとき一人ひとりがちゃんと見えていない。 ・園内で話し合っていない。 ・せっかくタイミングを見つけても、教師の手が足りないため、時期を逃 してしまうことがある。 ・子どもたちがやりたいのか、単なる憧れなのか、敏感期なのか判断する のが難しい。 ・年齢差に応じた環境づくりが難しい。 ・ディプローマを持っている教師が少なく、園内研修もなかなか行えず、 せっかくよいものがあるのに子どもに伝えていけずもったいなく思う。 ・モンテッソーリ活動で一人一人の記録をしているが、本当にその子にき ちんと合った活動を与えてあげているのか不安に思う。 ・集団で一斉に幼児を動かさなければならないとき、個々の対応をどうし たらよいか、教師の要求と子どもの欲求が食い違ったときなど、困難を 感じる。 ・子どもの状態を見ていくのに 35 人を 2 人担任では目が行き届かない。 2)各園での取り組みや工夫 ・他の教師からみての他者評価、アドバイスを受け入れることが大切。 ・教師の思い、子ども自身の思いをはぐくむために観察力を身につけるこ とは大切である。 ・今の状態をありのまま受け入れるには観察。教師もアンテナをはること。 ・日々すごしていく中で、提供したいものがあるが、子どもにも興味ある ものが他にあるのではないかと不安である。自分だけの目線でなく、他 の教師にも見てもらい、他の教師からのアドバイスをもらっている。 ・ 3 学期になると縦割になるので、全体でみることになり、他の教師にア ドバイスをもらったりしている。また、トラブルになったとき、対応の 仕方などを考えることができる。 3)保護者との関係 ・なるべく体を使うように助言すると何時間もさせるような保護者もい る。 − 104 − ラウンド・テーブル ・母親勉強会などで啓発している。 ・園ではトイレの自立が出来ているのにどうしても紙パンツをやめない 親、すぐ紙パンツをはかせる親がいる。 ・行動が遅い子:食事・着替え:なぜ遅いか原因を探る。 ・家でも自分で食べるように。 ・保護者との関わり。 例:オムツ、食事の仕方、箸、スプーン、手を使えない子が多い 幼稚園で出来ることを家でしていないので、園での様子を保護者 に伝え、気長に見守っていくことが子どもを育てることに繋がる。 ・観察する保育参観を通し、参観記録を提出してもらう。保護者も観察す る大切さに気づき、教師も気づかなかった子どもの様子を知ることが出 来た。 ・朝の講演にあったように、 0 歳のとき手づかみで食べたり、箸のもちかた、 道具の使い方等経験が少ないように思う。 ・教師は子どもに対して段階を踏んでいるが、保護者は他児と比較してし まい、先へ先へと考えてしまう。今の子どもの姿を受け入れているとこ ろもあるが、受け入れていない姿も多くある。 ・マザーコースや参観の時にはアンケートを行なったり、生の声を発言し ていただくことで、意見を交換するなど交流を持つことも重要。そうし た工夫をしている。子どもだけでなく、保護者の安定も大切。 ・何があっても親に連絡する。親が安心すれば子どもも安心する。親から の信頼も得られる。 ・家庭環境など、わかるようにし、その子どもとのやり取りなど記入する。 2 観察力を磨くために 1)各園の記録の方法 ・保育園では、口頭で伝え、メモで職員間の連絡を図る。 ・保育園では 0 歳児担当になると、食事や排便の量、睡眠、遊びの内容記 録は重要である。 ・毎日の記録、教具名がすべて書いてあるカルテのような記録用紙がある。 ・1 週間分の一覧がある。カラーペンで、領域に分けて記入している。 ・1 週間を通して見えるものを用いている。 − 105 − ・1 日を見るもの、今日何をしていたか、詳しく書いているが、継続的に 見ることが難しい。 ・お仕事の欄、フリーの欄に分かれている 一人 1 ページで、日時・活動 内容、困難な点、友達、体調、興味、集中力を文章ではなく、園内合意 のマーク○△×で書き込んでいく。 ・一人一人の記録をとることで、その子ども自身が求めていることがわか る。 2)観察のポイント ・コースで習った観察の 4 ポイントを常に参考にしている。 ①昨日と比べない、今日の事を見る ②どういう敏感期にあるか ③自己選択したかどうか、繰り返した時間は ④集中力はどれくらい、自己完成したかどうか ・観察者として子どもと接するのではなく、子どもに教えてもらえる先生 にならないと伝えていけない。 ・子どもを観察するのでなく、子どもを知ること。 ・ 1 年目は、観察する余裕がなく難しかったが、2 年目からは、観察し、 かかわっていると気づくことも多くなった。 ・ 障害児を受け入れて、こちらで環境をセッテングすれば落ち着いて活動 に取り組めることがわかった。観察して、わかったことが多く、観察の 大切さを実感した。 ・自分ではない他の先生のやっている姿を観察し、自分を見直すことが大 切。他の先生がやっている姿を観察することでまた違った見方、考え方 が出来るようになる。 ・観察は一人では無理。その幼稚園によって背景も問題も違ってくる。冷 静になって観察しないと、先入観などで見てしまったら絶対にだめ。 ・観察は子どもを信頼していないと出来ない。1 クラスに 30 人以上いる と大人の都合で動いてしまうことが多くなる。 − 106 − ラウンド・テーブル 3)記録について ・記録をつけることによって教師自身が安心してくる。 ・文章に表現することでよくわかってくる。 ・書いていると、そのときの様子など振り返ることができる。 ・記録をしていくと変わったポイントや、変化したことがよくわかる ・記録があると、決まった子だけがお仕事をしていたり、見えていない子 があったり、作業していない子にどうかかわっていくか反省が出来たり、 方向性が見えてくる。 ・記録をとることで、日々の保育の反省ができる。明日気をつけること、 特に見落としてしまった子を中心にかかわるようにしている。 ・教具に関しての観察力。 アルバムを活用する。 子どもがぶつかっている壁を詳しく知っていく。どこがわからないのか 考えるとき、アルバムや講義ノートなどを見る。そして乗り越える。ま た、園内で問題を出し、教師同士で話し合いをする。 子どもを見るとき、モンテッソーリは「子どもがそのままの状態を見せ てくれた」といっている。確かめるのではなく、その子どもの現実を見 ることが大切。 参加者からの感想 共感できる面がありよかった。パワーを感じた。いろいろな園の話が聴 けてよかった。いろいろな園をもっと見て回りたいと思った。いろいろな 園の取り組みがあることがわかった。同じところを目指して努力している 人がいるということがわかり、得るものが大きかった。 − 107 − 〔ラウンド・テーブル C〕 子どもの自己活動を育てる 田 中 弘 美 (ウィズチャイルドさくらがおかモンテッソーリスクール) 安 藝 雅 美 (神戸海星女子学院マリア幼稚園) Ⅰ.はじめに 当日は、約 70 名の参加人数で 1 グループ 8 〜 9 名の 8 グループを作り、 二部屋に分かれて行った。それぞれ自己紹介を行い、グループごとに司会 と書記を決め、ディスカッションは参加動機から始まり自由発言の形式で 進行した。皆、問題意識をもって熱心に参加されていたため、前向きで有 意義な実り多い時間となった。 Ⅱ.話し合いの結果を以下に分類した。 1. 「自己活動」とは 2.問題提起 3.解決に向けて 4.事例 1. 「自己活動」とは ・自分で身につけたものがだんだん積み重なり自分で出来るようになる こと。 ・子どもは本来自己活動能力を持っている。胎児の時から自己活動して 4 4 4 いる。大人の役割は、その持っている力を……育てるのではなく、観 察しその子にあった…援助をすること。 2.問題提起 ・出来る能力はあるのに興味を持たない子、精神面、体力面で育ってい − 108 − ラウンド・テーブル ない子に対しての対応が難しい。 ・多動気味の子の行動が他児に影響を与える。 ・教師が付いていないと仕事が出来ない。 ・教師がどう援助していいのか分からない。観察力がない。 ・教師の手が足りなくて子どもを長く待たせてしまう。 ・繰り返しをする子どもが少ない。敏感期にあっていない。 ・満足した提示が出来ていないのではないか。教師が自信を持てない。 ・研修を受けていない教師が多い。 3.解決に向けて ①よく観察する ・その子どもの興味のあることを用意する。 ・一見何もしていないような子どもに対し、手助けするときか、見守 るときか判断する力が必要。 ・子どもの良い点を見つけ、自信を持たせる。 ・敏感期に応じた提示をする。 ・子どもが待つ時間も大切にする。 ‘見る仕事’の時。 ②自立を早くさせようとせかさない。子どもを信じて焦らない。 ・無理に仕事をさせようとするのは自己活動を阻害することもある。 ・子どもが自分で選び、自己決定させることの大切さ。 ③教具を使うことだけが自己活動ではなく戸外でも自己活動はある。 ④環境を整える。 ⑤仕事の基礎提示をしっかり行う。秩序感が育つ。 ⑥教師自身が育つこと。 ・教師が育つまでは、出来るところから進めていく。 ⑦記録をつける。そこから見えてくる。予測がたてられる。 ⑧保護者との良い関係を作る。 ・保護者会でモンテッソーリ教具を紹介し、理解を得る。 ・子どもの育ちを丁寧に知らせる事が大切。 ・親の理解がないと自己活動も育たない。 − 109 − 4.事例 ①「モンテッソーリの根本的な活動は何か」を考慮した。 縫い刺しをする前に自分で一つ一つ穴開けのみをしたり、地図の国旗なら塗 ったものを用意するのでなく白い紙に子どもに書かせたり、そのことで、身 につけたものが積み重なり、自信を持って自分でどんどんするようになった。 ②子どもに聞いてみる。 時には、なぜやらないのかを子どもに聞いてみると、「やり方が分からな い…」と失敗を恐れていた。そこで、その子の興味あるもので、且つ困難 性があまり高くないものを持ってきて、 「先生やるから見ててね」とやっ てみせることで、取り組めるようになった。 ③実生活に結びつくものを伝えていく。 育てたひまわりの種を数える。パンを焼く活動を毎日していた時、他児に も教えてもらうようにしたら、その子はまた違った活動にも取り組むよう になった。 (一つの活動を満足するまで行い自信がついたものと思われる。) 生活の中から仕事につなげ、また生活に還元していく。家庭とのつなが りも出来、子どもが自信をもてた。 ④子どもが予定を考えて行動出来るようにする。 仕事に対し「何をしたらいいか分からない」という子がいた。自分で選ん でいたわけではなく時間つぶしに取り組んでいたのではないかと感じ、活 動の流れが教師の指示待ちになっていたことに気付いた。手作りの時計で 活動時間を示したところ、時計を見て次の活動の始まりに気付いてくれる 子が増えた。 Ⅲ.最後に 子どもがいきいきと自己活動している姿は、私達モンテッソーリ教師に とって一番嬉しい姿である。それを願わない教師はいないだろう。 今回のディスカッションを通し、私達はあらためて子どもの持っている 力を信じて待つことの大切さと、子どもの力による自由自己選択の大切さ を感じた。 また、一番の環境である教師は常に自己研鑽をはかり、観察 力を付けることが必要である。このことを改めて認識するに至った。 私達は、未来を背負う子どもたちのために、今、このことを喜んで引き 受ける人になりたいものである。 − 110 − ラウンド・テーブル 〔ラウンド・テーブル D〕 子どもを育む園庭の意味 中 尾 昌 子 (八幡カトリック幼稚園) 藤 原 江理子 (九州幼児教育センター) 1.はじめに (司会者側の準備として) ラウンドテーブルにおける話し合いの前に、まず司会者間で、「園庭」 という言葉の意味を、ある程度共通理解として持っておくための打ち合わ せを行った。 その中で、「園庭」というだけでは話し合いの焦点が絞りにくいので、 具体的な園庭の機能を次の二点に絞って、その意味を深く掘り下げてはど うかということで合意をした。すなわち、 ① 身体機能を発達させる「運動」の場としての園庭 ② 動植物と子どもたち自身の「生命」を育む場としての園庭 話し合いの始めに、参加者に園庭についてこの二点を絞り込む話し合い 方法に対する提案をし、意見を募った。その結果、参加者の一部から「様々 な実践例や問題提起があるだろうから、項目を二つに限定せず、自由に発 言を誘う方がよいのではないか」という意見が出され、グループの賛同を 得た。これにより、今回の D グループの話し合いは、話し合いの流れの中 で生じる話題を自由に論じる方法が選択されることとなった。 (話し合いの形態) D グループの参加総数は 40 余名であった。より多くの参加者が発言で きることを考慮し、2 名の司会者が二手に分かれ、それぞれ 20 数名で話 し合うこととなった。司会はいずれも司会者が担当し、他に話し合いの記 録者を選出して、話し合いが進められた。 − 111 − 2.話し合いの概要 二つに分かれた話し合いは、いずれも活発に実践報告や問題提起がなさ れた。二つに分かれてはいても、討議内容には多くの共通点が見出される ため、ここでは話し合った二つのグループの内容をとりまとめ、項目ごと に整理して報告する。 1)様々な園庭の実態 ・園庭がグラウンドになっていて、運動は活発だが、草木に対する認識に 乏しい。 ・グラウンドは行事に向いているが、風景は味気ない。感性を育むのと行 事に適した側面は両立できるのか。 ・畑などをつくり、植物(実のなる樹木・花・野菜)を育てている。 ・里山が園庭になっている。既成の園庭と異なり自然条件(天候や季節) に左右され、子どもは自然から学ぶ。 ・固定遊具と設定遊具を併用している。 ・芝生を植えたので、子どもたちは裸足の感触を楽しんでいる。小鳥や小 さな生き物が来る安らぎの場となっている。 2)身体を動かす活動例 ・子どもの自己活動を重視。跳び箱なども常設して、子ども同士が協力し て工夫できるよう配慮している。木登り活動は、テープを巻いて視的目 印とし、目標を設定する。スポーツは困難な部分だけを取り出し、重点 的に援助している。ボール磨きやプールを洗う等も園庭活動として取り 入れている。 ・ブランコの代わりとして木にロープをかけ、ブランコを取り外した。 ・テレビの影響で「戦いごっこ」も多く、声かけに悩む。 ・子ども同士の衝突事故が多発。活動の制限やルールが必要となる。 3)植物との関わりの活動例 ・プランター田植えを実施。穫れた米を脱穀して玄米にし、おにぎりにす る。他にも、食べられる実のなる木やイチゴの観察。アケビや葡萄の栽 培も行っている。 ・食べられる実や採ってもよい草木、また、カニの飼育など、図鑑を併用 しながら育てている。 ・発泡スチロールで花を栽培。クラスで草取りをしながら育てる。 − 112 − ラウンド・テーブル ・子どもには自分の畑があり、植物の球根を育てることが喜びとなってい る。絵カードと連携した活動を用い、意識して育てる活動を展開してい る。 ・プチトマトなどを栽培。収穫時に子どもに大きな喜びをもたらす。 ・自然研究での取り組み。2m 四方の田で実際の稲作りを体験。箱に田植 えをするのとは異なり、実際の田で田植え・稲作りすると、稲に対する 子どもの思いが全く異なった。一粒一粒を大切にし、活動に加われなか った子どもが「共につくる」 「食べる」 「共に育てる」 「共に喜ぶ」こと を通して変化した。 4)遊具に関する現状 ・固定されている遊具は自己活動により上達するが、常設でないものは活 動が継続しにくい。 ・砂場の道具を当番制で管理し、なくなると子ども同士が助け合って捜し、 きちんと元の場所に片付けている。 ・昼食のとき、花を飾る活動のために、花を栽培している。特に遊具がな くても子どもたちは大丈夫。 ・新たな園庭の固定遊具は何を考慮すべきか。ユニット式か単品遊具か、 色彩や安全面ではどのような点に注意すべきか。 ・遊具は子どもを受身にする。自分で何かしようと工夫したり、働きかけ る機会を生み出さない。 5)動物を育てる問題点 ・近年、鳥インフルエンザの発生時に、子どもに世話をさせないよう通達 があった。子どもに世話をさせないのでは意味がないので、飼育は中止 した。 ・飼育したくてもできない現状がある。 6)園庭と保育室との関係 ・園庭は室内の延長とし考えている。室内のものを外に出して活動(絵画 など)し、自然の中で生じる事象を大切にしたい。 ・室内外に教師を配置。教師の得手不得手でその時々の活動が体操や観察 等、バラエティに富む。また保護者の協力も得る。 ・園庭は保育室とは別の場所と思っていたが、自然との一体化ということ で、モンテッソーリ教育と関連付ける可能性を見出せた。 − 113 − ・園庭ではただ遊ばせている。教師の工夫や配慮が必要だと再認識した。 7)安全面における危惧 ・広い園庭。職員の目が行き届かないことがあり、事故を心配して子ども の活動をとめてしまう。怪我なく、のびのびと活動するにはどうしたら よいか。 ・遊具が倒れてきた。幸い怪我はなかったが安全に気を配っている。 ・道路に面した園庭。子どもが腕を掴まれたことがあり、フェンスを設置 した。 ・塀を作っても、子どもへの話しかけが起こる。子どもに対処法を教えて いる。 ・園舎をガラス張りにし、園庭を見渡せるように工夫している。 8)教師が育つ重要性 ・園庭の大小や園の事情があるにしても、子どもが育ち、達成感を味わえ る環境の準備が大切ではないか。そのために、教師自身の興味・知識と 向上心が不可欠。ときには地域の人達の協力を得ながら、教具がなくて も自然を生かすこと、自然を素材にした環境作りを教師自身が研究すべ き。 ・未熟で受身の経験しかもたない若い教師には、自身の感動体験が少ない。 子どもにも本物を介した体験が必要だが、導く教師自身にも、生活の様々 な実体験の必要がある。 ・自分が田植えの実体験をすることで自ら楽しいと感じた。このような体 験は必要。 ・牛をくさいとか怖いとか思ったが、体験することで牛を育てる人の気持 ちが判かり、子どもとも分かち合えた。子どもより以前に知っていたら なおよかったと今回思った。 ・教具でも教師自身が何度も教具に触れておくことが大切なように、教師 の深い知識と経験が、子どもにも伝わるのではないか。 ・植物の栽培を通して療法する仕事。どんな活動にもモンテッソーリ教育 の直接的・間接的目的があり、それを踏まえて様々な実情に取り組んで いく姿勢は共通のものだと再認識した。 − 114 − ラウンド・テーブル 3.まとめ 今回、園庭への思いやりや取り組みについて分かち合う中で、園庭の環 境の多機能性が求められていることが考察された。住む地域や生活環境、 園の諸事情や子どもを取り巻く諸問題等によって、園庭への要求や必要性 も変化すると考えられる。だからといって、限られた条件の中で、すべて の要求を満たすことは難しい。大切なことは、それぞれの園で、それぞれ の実情に合わせ、園庭にどのような役割を求め、そのために何を拾捨する かという十分な討議・研究であろう。 また今回の話し合いでは、園庭の機能だけではなく、活動を導く教師の 役割の重要性にも言及がなされた。子どもの豊かで生き生きとした実体験 のためには、園庭の環境を整え準備して導く、教師の積極的関与が不可欠 である。そのために、教師自身も多様な興味を抱くための感受性を磨き、 本物の体験による知識を身につけ、園庭における子どものよりよい活動と その発展性について、研究を重ねることが望まれる。 「子どもを育む園庭の意味」と銘打たれた話し合いであったが、育まれ るのは子どもばかりでなく、教師も、また園庭そのものも、互いに育みあ ってこそ、真の園庭の意味が見えてくるのではないだろうか。 (文責:藤原江理子) − 115 − 〔ラウンド・テーブル E 〕 保育者と保護者の育ち合い 杉 山 智 (みくに幼稚園) 前 田 辰 恵 (聖母幼稚園) Ⅰ、はじめに 私たちのグループは「保育者と保護者の育ち合い」という今日的課題で あり、みなが多少なりとも対応に憂慮しているテーマであった。 子どもと保護者そして教師の三者の関わり合いによって、はじめて子ど もの育ちが可能になり、常に子どもが中心であることを確認して話し合い が始まった。 参加者は 50 名、新任は数名で経験者が多く、園の中で責任のある立場 の人も多かった。そのためか話し合いは活発であった。前半は現状の分か ち合い、短い休憩後各グループ毎に短いまとめの発表をし、後半は他のグ ループの発表を参考にしながら、現状をどうすれば良いかを考えた。 母親の入院に伴なって見えた、 「患者と病院、立場が違うと物事は違っ て見える」という司会者のアドバイスもあり、保護者の立場に立ってみる と、問題点は別な見方になることを考えながら、話し合いを進めた。 Ⅱ、話し合いの概要 <現状の分かち合い> 1、モンテッソーリ教育が保護者に理解されにくい ・多くの園で、園長や担任などによる定期的な勉強会や保育参観、個人 面談、講師を招いての講演などが行われているが、勉強会に保護者の 参加が少ない。特に聞いて欲しいと思う保護者ほど参加されない。 − 116 − ラウンド・テーブル ・移行中の園や移行して間もない園では、行事等を少なくする事に対し て保護者の不満等があり、理解を得難い。 ・モンテッソーリ教育ではない園から、転園してこられた保護者に伝え るのは難しい。 ・教具の提供等話すと、 「私の子どもに○○をやらせて下さい。」と注文 がつく。 ・保育園の場合は、保護者が勉強したくても時間が取れない。 2、担任として ・自分の子どもに対する担任の対応に敏感、特に子ども同志のトラブル の場合、子どもは仲直り出来ても、保護者同志は受け入れられず、溝 が出来る。 ・若い教師は敬遠されたり、 「子どものいない先生に何が判る。」と言わ れたりする。 ・担任の人事に保護者が介入する。 ・トラブルがあった時、新任とベテランの差がある。例えば謝罪のタイ ミング等。 ・若い先生のコミュニケーション力の弱さを感じると共に、一般的にも 教師と保護者とのコミュニケーション不足を感じる。 ・一年目の教師は、子どもの様子を伝えて欲しいと思う保護者の気持ち は良く分かるが、どのように伝えたら良いか分からない。 ・子どもを援助することは、教師がむやみに手を出す事ではない事を判 かってもらえず、 「手を掛けていないのでは…」と言われる。 3、その他 ・保護者同志が園から離れた所でもめているが、園が介入すべきかどう か悩む。 ・バザーで保護者が親睦を深めるのではなく、競い合ったり、足を引っ 張ったりしている。 ・入園当初、子どもが泣くと保護者は「子どもは園が嫌いなのだ。」と 判断して、休ませてしまう。しかし同じ体験をした保護者に話しても らうことによって、保護者の気持ちが強くなると、園児も泣かずに登 − 117 − 園するようになり、保護者の親睦にも繋がった。 ・小学校への受験を目的として、入園させている保護者への対応が難し い。 ・朝お勉強をして遅く登園する子どもがいる。 ・保護者に友達のように接しられるが、教師としての威厳が必要なのだ ろうか。 ・先々保護者がやってしまって、こどもの達成感を育てていない。そし て待つ事の大切さに気付いていない保護者がいる。 <育ち合うために> 1、園として、担任として ・職員同志が子どもの良かった所などを、日常的に分かち合う。又園長 と担任が子どもの見方、価値観を同じくし、共通理解する。そうする 事によって、保護者に対して同じ視点で話せる。 ・まず、子ども主体の保育にすること。そうする事によって、保護者の 理解も得やすく、モンテッソーリ教育を伝えやすくもなる。 ・クラス替えがないと、トラブルも少ない。 ・クラス替えの不安はあるが、二学期には落ち着く。 2、勉強会 ・モンテッソーリ教育(精神、活動)をいかに生活の中に生かせるかを、 子どもの姿を中心に、子どもの事実の中から伝え、家庭でもモンテッ ソーリの精神を生かす事が出来る事を伝える。 ・園長、担任が一方的に話すのではなく、保護者同志の分かち合いを大 切にする。保護者が自分の言葉で話すことにより、自分のものにする 事ができる。 ・保護者自身も自分を顧みることが出来るような分かち合いにする。 ・こういうふうに子どもを育てていきたいという園の方針を明確に伝え なければならない。 − 118 − ラウンド・テーブル 3、保育参観 ・教師が子どもとどう関わっているか、参観してもらう。 ・保育参観だけでなく保育参加として、保護者も半日保育士になる。 ・参観での子どもの観察記録を書いてもらい、それに教師が返事を書き、 コミュニケーションを図る。 4、その他 ・保護者との交換日記、連絡帳を通しての一対一の対応により、信頼関 係を作る。 ・行事への保護者参加、協力により、関係を築いていく事が出来るよう になる。 ・神さまが、子どもを通して出会わせて下さった保護者、出合いを大切 にする心を持って、お互いの良いところを高め合う。 ・門で子どもを迎え入れたら、ここから先は、 「命がけで護ります。」と いう気概が大切。原点は子どもの成長を護る事であるから。 Ⅲ、おわりに 保護者との信頼関係を保つためには、コミュニケーションが必要である が、その手がかりは、子どもをよく観察し、モンテッソーリ教育の視点か ら見た子どもの姿、良い事であっても、良くない事であっても子どもの事 実を伝え合う事。保護者と教師の信頼関係ができる事によって、結果的に モンテッソーリ教育を伝える事が可能になり、保護者同志の中に伝統的雰 囲気、精神性が受け継がれ、保護者と子どもと教師の育ち合いの中で、園 の顔が作られていく。そのためにも私たちは喜びを持って、生き生きと生 きていく人間的成長とモンテッソーリ教育の理論、教具の学びを続ける必 要がある事を、確認しあって、終了した。 − 119 − 〔ラウンド・テーブル F 〕 障害児との育ち合い 鈴 木 弘 美 (HYS 教育研究所) 森 田 倫 代 (きらら保育園) Ⅰ 「企画趣旨の説明」にかえて まず、標記のテーマについての「企画趣旨」が説明されるのが本来であ ると思われる。 しかしながら、司会進行を仰せ付かった者たちは企画に直接関与してい ないので、全国大会事務局から会員全体に送られた「日本モンテッソーリ 協会(学会)全国大会参加申し込みのご案内」に明らかにされている本大 会における「ラウンド・テーブル趣旨」と標記のテーマの簡単な趣旨説明 を確認しておきたい。 それによれば、ラウンド・テーブルは、①参加者の課題、問題、悩みに ついて語り合う場であり、②実践経験を通し、問題解決の糸口を見つけた り、また、園として、あるいは保育者として新たな試みの一助になれば、 ということが意図されている。そして、 「障害者との育ち合い」は、「モン テッソーリ教育において障害児を受け入れていくにはどのような取り組み が大切かを考える」ということが趣旨であるとされる。 このテーマには、 「誰が」あるいは「誰と」障害児が育ち合うのかが明 示されていないが、このことは、モンテッソーリ教育が、1990 年以降浸 透しつつあるインクルージョンという考えを実践する際に、多くのヒント を含んでいることを踏まえているものと思われる。 Ⅱ 進行について 当日、参加者 35 名は、3 つのグループに分かれて話し合った。それぞ れのグループには各 1 名の進行係と記録係が配された。 − 120 − ラウンド・テーブル 参加者は大会事務局から示されたテーマの趣旨を理解しているものとの 暗黙の了解の下に、実際には、話し合いの内容がどのくらい趣旨に沿って いるかというよりも、 「語り合う場」としてのあり方が保障された。 グループ討議が約 1 時間続けられ、その後、各グループからの報告と全 体討議が行われた。 Ⅲ グループからの報告と全体討議の概要 約 1 時間といえども、グループでの話し合いには時間不足のようであり、 各グループとも、参加者には語り尽くせぬものがたくさん残ったようであ った。以下に、当日の各グループの話し合いの記録と筆者の記憶をもとに 概要を記したい。 (1) 4 歳の自閉症児のお弁当には、 白米と唐揚げしか入っていなかった。 先生は母親に、 「野菜等入れて栄養バランスのよいお弁当を」と助言 した。しかし、母親は「病気だから」とあきらめ気味である。 これに対して、参加者から次のような意見が出された。自閉症児 にはこだわりのあることを踏まえるならば、「白米と唐揚げ」は母親 のあきらめではなく、努力の結果だと解釈できないだろうか。母親 もいろいろ試みた結果、 「白米と唐揚げ」にたどりついたのではない か。 (2) 自分の園に依頼された子どもを、設備等の問題で必ずしもすべて 受け入れることができない。そのような例のひとりであるダウン症 児が、市の勧めで別の園に入園した。そこでは専任の先生がついて くれるということであったが、教育的支援がなされなかったと聞い て残念に思った。 (3) 障害のある子どもが、加配(定員を上回って割り当てられた先生) に指導されると、マンツーマンになり過ぎて、子ども同士のコミュ ニケーションがとれにくくなることもある。 (4) 子どもたちが、障害を特別視せず特性として見られるようになり、 お互いの違いとして認め合えるようになるとよいと思う。そのため に保育者は子どもたちの間に入って、障害児と健常児が理解しあえ るように援助するべきだ。障害のある子どもたちの行動が他の子ど もたちに理解されなかった場合には、その障害児が何をしたかった − 121 − のかなどを他の子どもたちに伝えてやるなどして。 (5) アスペルガー症候群の子どもを専門に指導している。その子ども は人との関係をもちたがらないのだが、それでも少しずつ信頼関係 を築いてきた。最近、その子がお仕事に集中し過ぎて、築いてきた 関係がぐらついてきたように思う。 (6) 日課の変更をいやがるアスペルガー症候群の子どもたちには、今 から何をするかをきちんと伝えておくとよい。 (7) 自閉症の疑いありと診断されて入園した子どもが、年長になった。 年長になってから同じ先生に診断をしてもらったら正常とのこと。 ボーダーライン上にいる子どもが、あまりに早期に診断され病名を つけられるとかわいそうだ。 ところで、各グループから共通して報告されたのは、次の点である。入 園の時には診断がついていないが、入園後、保育をしてゆくうちに、「少 し普通の子と違うところがある」ということが見えてきた子どもの場合、 それをその子の親にどう伝えるか。あるいは、子どもの障害が明らかであ ってもそれを認めようとしない親たちにどう対応するか、ということであ る。これらは大変難しいことで、 保育者を悩ませている。また、保育の中で、 どのように他の子どもたちとのかかわりをもたせてゆくか、親たちの不安 をどのように抑制するか、などの問題もある。このことについて、参加者 から出された意見は以下のとおりである。 (1) 「普通の子とは違うところのある」子どもの親に園に自由見学に来 てもらい、自分の子どもの姿が普通の子どもとは違うということを 感じとってもらう。 (2) 親というものは、一生かかっても自分の子どもの障害を受け入れ られないものなのではないか。 (3) 子どもの障害を認めたくないという親の気持ちを受け入れられるか。 (4) 親や保育者の問題ではなく、子ども同士の問題ではないか。子ど もたちが園で良い時を過ごし、成長ができれば、自ずから解決され る問題なのではないか。 さらに、ひとつのグループから報告された「障害のある子どもにとって、 担任は持ち上がりである方よいのかどうか」についても、参加者の関心が − 122 − ラウンド・テーブル 寄せられた。参加者の全員が、 持ち上がりでも、 あるいは担任が代わっても、 それぞれに長所と短所があることをよく承知した上で、以下のような意見 が述べられた。 (1) 担任が代わることによって、子どもの別の面が見出される。 (2) 担任が持ち上がりになることで、ひとりの子どもの長所を細かく 見ることができる。 (3) 担任が代われば、 「物には変化や変更があるのが普通である」とい うことを、子どもたちに理解してもらうきっかけになるのではないか。 (4) 自閉症児にとっては代わらないほうがよい。 (5) 障害のある子どもを持ち上がりで指導する保育者にも、多大な精 神的負担がかかることも理解されなくてはならない。保育者もカウ ンセリングを受けながら指導に当たらなければならない場合もある。 このような保育者のストレスを顧慮するならば、持ち上がりが必ず しもよいとは言えない。 Ⅳ おわりに そもそも、参加者が問題を語り尽くすことができなかった。ここにまと めて報告したことが、当日語られたすべてでもない。しかし、自分の日頃 の思いを口に出してみるだけでも、自らの考えを整理し、問題を発見する 糸口を見出すきっかけになるだろう。また、たまたま同じテーブルについ た人の言葉に、目からうろこが落ちるような経験をすることもある。もし、 そのような機会であり得たならば幸いである。 司会を務めた筆者が残念に思うのは、参加者の言葉を掬い取って、「モ ンテッソーリ教育」に収束させることができなかったことである。それは、 筆者が、障害児教育の理論および実践について、あまりに素人であったこ とに起因している。筆者は、 「障害者も非障害者もない」というインクル ージョンの考えをよすがとして司会の依頼を受けたのだが、これについて は未だ後悔はなく、むしろその思いを日々強めている。 本大会における、うめだ・あけぼの学園園長の加藤正仁先生のご発表、 および元同園の岡本仁美先生と同園の勝間田万喜先生のご発表が本企画に 対する「提案」であり、かつ、これに対する多大な示唆を含んでいる。今 後のラウンド・テーブル運営においては、何らかの形式で「提案」にあた − 123 − るものが設定され、参加者がそれを前提に話し合うという展開がなされる のもひとつのあり方ではないだろうか。 ラウンド ・ テーブル F への参加者のみなさん、各グループの司会や記録 を引き受けてくださったみなさん、そして、会場の設営や係をしてくださ ったすべてのみなさんに心からの謝意を表したい。 (文責:鈴木弘美) − 124 − 図 書 紹 介 前之園幸一郎著 『モンテッソーリと現代―子ども・平和・教育―』 林 信二郎 (川口短期大学) はじめに 2007 年 8 月 7 日に駒沢女子短期大学を会場として開かれた、モンテッ ソーリ協会(学会)第 40 回全国大会の総会において、本書の著者である 前之園幸一郎氏が、新しい会長に選ばれた。このことは、クラウス・ルー メル神父が、その人徳と大きな指揮力、そして、この教育に対する並外れ た情熱の下に、30 年の長きにわたって育て、導いてきた、日本における モンテッソーリ教育とその協会を、これから如何に継承し、発展させてい くのかという、一つの区切りの時期を迎えていることを意味している。 本書は、そのような大切な時期に、結果的にではあったが、実にタイミ ングよく出版された。それは、著者がこれまで蓄積してきたモンテッソー リ研究の成果を世に問うものであり、この教育から、何をどう学んでいく かという一種の態度表明であり、日本モンテッソーリ協会のこれからの方 向性に示唆を与えてくれるものでもある。その意味からも、待望された出 版であるといえよう。 ところで、私は、この大会のシンポジウム「モンテッソーリ教育の継承 と創造」で、子どもから学ぶという原点に立ち返って、現在の日本が直面 すべき教育課題を見据え、取り組んでいくべきこと、モンテッソーリ教育 研究とモンテッソーリ教育運動の混同を避けること、組織としては、内に まとまりをもちながら、外にひらいていくこと、カトリックとのスタンス のあり方などについて提案させてもらった。本書は端無くも、私が課題と 感じていることや、確認したいと思いつつもあいまいなままで済ませてき たことなどに、明確な情報と知見を与えてくれるものであった。あわせて、 私は、この書から、研究者としてあるべき姿を改めて学んだ感じを持って − 125 − いる。 本書のテーマとするもの 本書は、モンテッソーリの人間像に焦点を当てつつ、その思想のアウト ラインを概観することをねらいとしている。そこで論じられる、彼女とそ の教育についての主な観点は、先ず、 「平和への武器は唯一教育あるのみ」 であり、平和を建設することは教育の仕事であるという立場に立つ「平和 と教育」のテーマである。次いで、子どもは、 「自分ひとりでやれるよう に私を助けて」とのメッセージを発し続けている存在と捉え、人間の建設 者、人類の父と位置づける「子ども観」と「子どもの権利」の主張である。 そして、その背後には、 「すべての生物は他の生物の幸せに貢献する目的 を与えられている」とする「宇宙的世界観」と、それに基づく「コスミッ ク教育」の考え方である。 以上のような三つのテーマを明らかにするに際して、著者の視点は、モ ンテッソーリとその教育にだけ注がれているのではなく、その背景をなす 当時のイタリアの政治、経済、文化など、広い範囲にわたっている。それは、 彼女とその教育の本質を全体として捉えたいという旺盛な探究心・知識欲 と息の長い精力的な取り組みに支えられたものである。 著者は、常に冷静な歴史研究者のまなざしで、モンテッソーリとその教 育を研究対象としている。しかし、モンテッソーリに向けられる著者の視 線は、一貫して敬愛の心を伴った優しさにあふれている。 内容の全体を知る手がかりとして、本書の章構成を明らかにするなら以 下の通りである。 序章 モンテッソーリと現代社会 第 1 章 モンテッソーリの自己選択 第 2 章 モンテッソーリ教育思想の展開とチッタ・ディ・カステッロ 第 3 章 モンテッソーリの障害児教育への視座 第 4 章 モンテッソーリの教育法と受肉としての子ども像 第 5 章 モンテッソーリ教育における宗教性とカトリックからの批判を めぐって 第 6 章 第 7 章 モンテッソーリの教育思想における宇宙的秩序 イタリア人気質―主体性と創造性 − 126 − 図書紹介 第 8 章 拡大を続けるモンテッソーリ教育と現代社会の子どもたち 本書の特色 研究方法としては、イタリア語の原典にこだわり、第一次資料に即した 形でモンテッソーリとその教育の基本を捉えようとしている。それは、モ ンテッソーリ自身がイタリア語で書くことにこだわり、他国語で出版され たものに対しては、自らの校閲によってイタリア語版としていることを重 視してのことである。しかしこれが可能になったのは、イタリアでの留学 経験を持つ著者の堪能なイタリア語があってのことである。 そのような歴史研究書としての正統な道を踏みながら、その表現は、 「さ て、 」と始め、 「しかし…」 、 「ところで…」と語り継いでいくスタイルの文 章となっており、読みやすく、理解しやすいものである。このように読み 物として抵抗感なく読み進められる平易な文章でありながら、その内容は、 重ねられた思索と、緻密な文献研究に基づく高度に精選された豊かなもの となっている。そのため、文章は平易で分かりやすいものであるにもかか わらず、すらすらと読み飛ばしていくわけにはいかないのも事実である。 その意味からも、本書はまさに、簡潔で、平易な言葉で書かれたモンテ ッソーリ教育の優れた研究の書である。 歴史的事実に基づく知見 この書の中には、これまであいまいなままで、そしてあるものは、誤っ て伝えられ、 学ばれ、 信じてきた(信じたくて過ごしてきた)多くのことが、 明らかにされ、正しい姿が示され、訂正されている。 たとえば、第 1 章で、モンテッソーリが生まれ育った当時のイタリアの 国家的、政治的、経済的背景や課題を明らかにし、19 世紀後半のイタリ アの学校制度、とりわけ、女子教育の実態を明らかにしている。その中で、 これまで、多くの場合、常套句的に語り伝えられてきた、「モンテッソー リは、イタリアにおける最初の医学博士であった」というのは正確ではな く、イタリアにおいて医学部を卒業した最初の女性ではないし、最初の女 医でもないことを、具体的資料に基づく歴史的事実から明らかにし、「女 医マリア・モンテッソーリ」とするのが、正確な表現であるとしている。 そして、そこに続けて、 「しかしこれらの事実は、いささかも彼女の偉大 − 127 − さを損なうものではない。 」としている。 「その偉大な業績と人間性に対する敬愛と尊敬の念から、モンテッソー リに対して無意識のうちに神格化の誤りを犯す傾向がある。」ことに対し て警鐘を鳴らしているのである。 このような、崇拝の念などから、事実を直視しているとは言いがたい事 柄として、ムッソリーニとの不幸な接触の時期があったこと、マリオの出 生の秘密と息子マリオへの想い、カトリックからの批判などが取り上げら れ、新しい知見を提供してくれている。 さらに、事実として十分に掘り起こされてこなかった事柄に関して、新 しい情報を提供してくれているものとして、 「子どもの家」での実践に先 立つ研究とその成果、サント・スピリト病院外科の助手時代、ローマ大学 精神科病棟無給助手時代などでの一般に知られてこなかった研究論文の成 果と、それらが彼女の思想形成につながったであろうと思われる点などが ある。また、障害児教育に関して書かれている多くの研究論文とその意味 するもの、最初の著書「子どもの家に適応された科学的教育の方法」が出 版されるに至る経緯と、そこで大切な役割を果たすフランケッティ男爵夫 妻にかかわることなど、これまで十分に把握されてこなかったことを明ら かにしているのも、本書が高く評価されるべき点である。 ピノッキオについて 知る人も少なくないとは思うが、著者は、 『ピノッキオの人間学』なる 名著も存在するピノッキオについての優れた研究者である。本書でも第 7 章である程度詳しく取り上げられているが、モンテッソーリに先立ちつつ イタリアという国を同じくした作品であるピノッキオの人間形成のプロセ スに、モンテッソーリ教育との酷似性を重ねて、興味深い内容が用意され ている。 おわりに 著者は本書の最後を、 「モンテッソーリは、人間の『いのち』が宇宙生 命体の一部をなすものだと考えている。そして、 人間の幼児の場合には、 『い のち』の主体として、内発的な力による成長発展を遂げることが宇宙的な プランに参与することだとしている。私たちは、今こそまさに彼女のこの − 128 − 図書紹介 思想に学び、 『いのち』の意味について考え方を深めるべき状況に立たさ れていると考えられる。 」の言葉で結んでいる。 新しく知った驚きや感動を伴って読んだ内容を、この限られた紙数に書 き切れるものではない。ゆえに、この図書紹介を読む読者は、ぜひ本書を 手にとって読んでもらいたいと思う。 学苑社(〒 102-0071 東京都千代田区富士見 2-10-28) 2007 年 8 月、316 頁、定価 2,000 円 − 129 − 相良敦子著 『親子が輝くモンテッソーリのメッセージ』 島 田 美 城 (横浜女子短期大学) 「子育ち・子育てのカギ」という副題のとおり、本書はモンテッソーリ の見いだした子どもの育ちの法則と、それを生かした子育ての実践のアド バイスについて書かれた本である。子育てに戸惑っている現代の母親たち への心のこもった贈り物として、抽象的な教育論や教具の説明は極力排し て、大変わかりやすく書かれているところに最大の特徴がある。著者はす でにこのような育児をする人のためにモンテッソーリ法を噛み砕いて説い た本を 6 冊出しているが、この本は 7 冊目に当たる。育児に悩む母親たち と、育児支援などを通して歩みをともにする活動をしてきた私は、多くの 子育てに悩む親たちにこの本をすぐにでも配ってまわりたいと思ったほど である。 本書は「子どもをどう見守るか」「 家庭で何を教えたらいいの? 」 と迷 う人への答えが書いてあるという前書きどおり、教育学を学んだことがな い、モンテッソーリの専門的な知識がない方々を対象に、家庭での育児に しっかりと焦点を絞って書かれている。相良はこの本をはじめとした 7 冊 の本を通して、手を緩めることなく、ひたすらモンテッソーリの幼児理解 と援助法についての説明を続けている。私には相良の情熱の大半は、「モ ンテッソーリからモンテッソーリを超えて」という言葉のごとく、モンテ ッソーリ教育の一般化に注がれていると思う。 子育てやしつけという名を借りた、親の子どもに対する無理解や抑圧を、 モンテッソーリは彼女の平和教育への思いの中で、「大人と子どもの間の 戦争」 と呼んだ。そして、 実はこの戦争が今も絶えることがなく続いていて、 世界で一番数が多いと思われる根深い戦いであることを指摘している。相 良は、モンテッソーリの子ども観や子どもへの手の貸し方を伝えることに よって、親子の間の無意味な葛藤や争いを少しでも減らせるよう、子ども が傷つくことによって「新しい人間」の誕生が妨げられることがないよう、 繰り返し大切なメッセージを伝えようとしているのである。最近の親子の − 130 − 図書紹介 関係がもとになって起きた事件などを見ても、多くが、親の過剰な抑圧や 過干渉、放任、無理解と関係のあるものであり、この戦争はおさまるどこ ろかますますひどくなってきていると思われる。この不毛な戦争を少しで も減らしていくことは、世界の平和にとって非常に意味のあることだと相 良は強く考えているのである。 モンテッソーリ的な子どもの見方がわかると、今までとは違った子ども の姿が見えてきて、親子の関係も変わってくる。モンテッソーリがいう子 どもの持っている自然の摂理、つまりこの世の中の環境としっかりふれあ い、生きようとしている力をそのまま生かしてゆく育てかたは、無理がな く、子どもにとっても親が邪魔なものにならず、むしろ生きることの援助 者となることができる。そうであれば、子育てが親子にとっていかに楽し く、そしてその時期がいかに有意義になるかということが語られている。 また「今回の本は今までとは異なるスタイルの本」になっており、その 目的は、 「誰でも納得できる幼児教育のポイントを伝えること」だという。 編集者と何度も検討した結果生まれたと言う章立てや、レイアウトは、工 夫が凝らされており、大変読みやすいつくりになっている。モンテッソー リの子ども観を 21 の子どもからのメッセージとしてとらえなおしており、 その 21 のメッセージのそれぞれについて親たちの体験談も交えながら、 あるときにはほのぼのと、あるときには少しユーモラスにその意味を解き 明かしている。それぞれのメッセージは子どもの叫び、言葉をタイトルと して使っているが、それがまた生き生きした言葉で、子どもたちの様子が 浮かんでくるようである。それぞれのメッセージが章として独立した書き 方になっているので、どこから読んでもどこで止めてもよく、細切れにし か読書ができない育児中のお母さんにも読みやすくできているところに行 き届いた配慮が感じられるのである。 あるひとつのメッセージを例にとってみよう。ページが見開きになって いると考えてほしい。たとえばメッセージ 10 はこのような構成になって いる。 右ページ メッセージ 10 おもしろくてたまらないよ! 「運動の敏感期」にはありとあらゆる動き方を一生懸命 にやるのです。 − 131 − 左ページから 敏感期の概要 お母さんからの手紙(事例) 敏感期についての段階を追った説明 〔ところどころの章の間に用語の説明やモンテッソーリ について詳しい教育学的な解説などを枠で囲んで入れて ある。 〕 全体の目次は以下のとおりである。 第 1 章 お子さんの前で、やりかたを「して見せて」いますか? メッセージ 1 「する!」 「自分で!」と叫んだとき、一人でできるよう になりたかったの。 メッセージ 2 「できない」のではなくて、 「やり方」がわからないだけ なの。 メッセージ 3 できるようになりたいから、真剣に見ているよ。 メッセージ 4 「ことば」で言われてもわからないよ。 メッセージ 5 何度も失敗しながらできるようになるのだから、すぐに 怒らないでよ。 第 2 章 幼児期特有の「敏感期」の見方がわかると子育てが楽しくな ります メッセージ 6 困るから必死で抗議しているのに。 メッセージ 7 いつもどおり、にやってよ。 メッセージ 8 輝いて生きたいの! メッセージ 9 楽しくてたまらない! メッセージ 10 おもしろくてたまらないよ! メッセージ 11 手を使ってやってみたいよ! 第 3 章 子どもは動きながら学ぶのです メッセージ 12 これと、これと、おなじ! メッセージ 13 同じものを集めよう。同じものどうし合わせよう。較べ − 132 − 図書紹介 よう、順番に並べよう。 メッセージ 14 もう一度、もう一度、もう一度、もう一度……。 第 4 章 子どもには自分を成長させる「活動のサイクル」がありま す メッセージ 15 自分で選んだのだから、やりぬくよ。 メッセージ 16 仕事中だから邪魔しないでよ。 メッセージ 17 ああスッキリした。おもしろかった!ぼくいい子でしょう。 メッセージ 18 お仕事、だいすき! 第 5 章 子どもが自分でできるような環境を整えてあげましょう メッセージ 19 ひとりでできるように道具を整えてよ! メッセージ 20 どこにあるかよくわかるよ。やり方もわかる!ちゃんと やれて楽しいな! メッセージ 21 わたしが、自分の行動の主人公よ! ( 「環境を整える」ことと「提示する」ことを心がければ 親も子も輝き始めます。 ) リタ・クレーマーは、モンテッソーリの伝記のなかで、モンテッソーリ が亡くなったときにロンドンの『タイムズ』紙がモンテッソーリの死を次 のように報じていたと伝えている。 「このメソッドの最終的な評価は、学 校の間でどれだけ受け入れられたかという度合いよりも、その原理が人類 の一般的な意識にどれだけ吸収されたかということをもとにしたほうがよ かろう」。モンテッソーリ教育の目的は、輝くような新しい子どもの姿を 少しでも増やしてゆくことにあり、メソッドや教具への固執にはないはず である。モンテッソーリ教育がより多くの人々に理解され、実践されるこ とが望ましいと思う。 さて、教育者として、真の子どもの姿と援助の方法をより広い層の人た ちに伝えるために、子どもの傍らに立つという姿を崩さずに明るく楽しい 口調で語り続けている相良の姿が、私にはだんだんとモンテッソーリと重 なって見えてきた。河出書房新社(〒 151-0051東京都渋谷区千駄ヶ谷2-32-2) 2007年1月、214頁、定価 1,470 円 − 133 − 藤原元一・藤原桂子・藤原江理子著 『モンテッソーリ教育 ―やさしい解説―』 関 聡 (久留米信愛女学院短期大学) 本書は、故藤原元一先生が九州幼児教育センターから発行した『モンテ ッソーリ教育―やさしい解説―』 (平成 15 年)に、藤原桂子・藤原江里子 の両会員が加筆修正し、学苑社から書籍化されたものである。 先生がお亡くなりになられて早 2 年が経った。昭和 46 年にモンテッソ ーリ九州研究会が発足し九州の地にまかれたモンテッソーリ教育の種は、 九州幼児教育センター・トレーニングコースにて育てられ、今そこに学ん だ保育者によって沢山の花が咲き実がなっている。 本書はその九州コースでのインターネット講座から生まれたものであ る。藤原元一先生の最後の著書に、藤原桂子会員が言語の領域、現所長の 藤原江里子会員が文化の領域を分担執筆したものである。「再び執筆する ことの無い著者の思いを大切にしたい」との考えから、修正は最小限にと どめ、原著の文章をできる限りそのままにしてある。 先に目次を紹介する。 はじめに 1 章 幼児教育とは 2 章 環境との出会い 3 章 教具 4 章 教師 5 章 日常生活の領域 ―動きを通して、生活に適応するために 6 章 感覚の領域 ―生きる力をつけ、社会的存在になるために 7 章 逸脱発育と正常化 ―逸脱発育から発達の本筋へ 8 章 数の領域 ―順序だてて考える力を養うために 9 章 言語の領域 ―子どもの言語発達のために 10 章 文化の領域 ―子どもの知的興味を培うために 11 章 自由と規律 ―子どもの自由を確立するために あとがき − 134 − 図書紹介 本書の最も大きな特徴は、長年にわたってモンテッソーリ教師養成に関 わってきた著者のモンテッソーリ教育への情熱と教師養成で培われた経験 が凝縮されている点である。九州コースはインターネットによる講座を実 施しており、受講者の疑問・質問に答えつつ進行する講座が本書を生んだ。 副題が「やさしい解説」となっているゆえんである。写真や図表が取り入 れられており、文章も読みやすく、今からモンテッソーリ教師になろうと する者にとっては格好の入門書である。さらに、モンテッソーリ教育の実 践者や研究者にとっても、著者の教師養成の経験と専門の心理学にもとづ いた知見は、自らのモンテッソーリ教育を見直す時に多くの示唆を与えて くれる。 本書の内容の概要は次の通りである。 1 章の「幼児教育とは」においては、モンテッソーリの子ども観が解説 されている。冒頭の、 「幼児期教育は、学童期教育とは根本的に異なります。 その理由は、次の事実に基づいています。幼児期の子どもの学び方は、 『吸 収する』形で行われます」という叙述は、モンテッソーリを学ぶ者が最初 に心に刻むテーマにふさわしい。そして、 「モンテッソーリ教育法は、第 一に環境の整備、すなわち、子どもの発達を助けるための環境整備の必要 性、第二に自己教育力(自己形成力)の援助、すなわち、子どもの自発性・ 自主性・自己発展の援助の必要性、これら二つの要件を果たすように構成 されている」とモンテッソーリ教育の原理を説いている。 2 章の「環境との出会い」においては、 整備された環境が論じられている。 本書の特徴とも言える具体的な説明がなされており、 「保育室での自由と秩 序」 「園庭での自由と秩序」など丁寧にわかりやすく解説されている。とく に、 「環境の構成の基本」の項は、保育室の構成・コーナーの設定・教具棚 の配置・教具の系統など、現場の教師にとって示唆に富む内容である。保 育室の水道栓の場所に日常教具、その近くで保育室の入り口から見えやす いところに(感覚教具は色彩が美しいので)感覚教具、その近くに数教具 といった説明やじっくり取り組む数や言語は入り口の近くではなく奥にと いった説明は、これから実践に取りくむ者の大きな助けとなるに違いない。 3 章の「教具」においては、モンテッソーリ教育の実践の中核となる教 具について述べられている。とくに現場の教師がもっとも関心を持つ提示 (提供)については詳しく述べられている。 「整備された環境の中から子ど − 135 − 図書紹介 もが自己選択した教具は、教師の援助によって子どもにその取り扱い方が 示され、子どもは作業に入ります。この援助を提示と呼んでいます」と述 べ、提示の意味・留意点・手順・条件などが細かく記されている。とくに、 提示における「子どもの内面への働きかけ」が強調され、提示の形骸化や 手段化を戒めている点を看過してはならない。 4 章の「教師」においては、モンテッソーリ教師(新しい先生)のある べき姿が描かれている。本書の教師論の特徴は、コスミック教育を教師論 のなかで展開している点である。コスミック教育は、 「モンテッソーリ教 育の出発点であり、終着点でもある」と説く。新しい先生とは、「地球に 生きる人間が宇宙を構成する一員であること」を自覚し、「宇宙の内的な 関係や、関連性に目覚めると共に、宇宙的調和の思想のもとに人間と人間 以外のすべての生物をも含めて、人類の平和と幸福を願う」教師であり、 その自覚の上に立ち、 「人間としての使命に目覚める」ことをモンテッソ ーリアンに求めている。 5 章・6 章・8 章・9 章・10 章においては、モンテッソーリ教育の 5 領 域がそれぞれ詳しく解説されている。各領域ともに、領域の目的や教具の 提示法が示され、写真も載せられており、日々の実践の参考となる内容で ある。それぞれ章の終わりにプログラムが記されている。今回あらたに加 筆された文化の領域においては、文化を二つの視点から考察している。一 つめは幼児期における日常・感覚・数・言語の各領域の集大成としての文 化の意味、二つめは次の小学校の段階への橋渡し役としての文化の意味で ある。評者は今後モンテッソーリ教育の中で文化の領域が重要になってく ると感じている。実践者の方々にぜひこの文化の章に目を通していただき たいと願う。 7 章の「逸脱発育と正常化」においては、逸脱と正常化についてその意 味や方法が論じられている。 「わたしたちの目は、成長という事実に慣れ きってしまい成長の不思議さを感じなくなっています」というモンテッソ ーリの言葉を引用し、 「この成長の事実を先入観なしに見ることを心がけ なければなりません」と説き、逸脱から発達の本筋に戻る道である正常化 について論じている。さらに、今日の子どもの病理―不登校・学級崩壊・ 注意欠陥・いじめ・ひきこもり・言語障害・学習障害・家庭内暴力・心気症・ 人格障害・対人恐怖などにも触れ、現代的治療法(箱庭療法・遊戯療法・ − 136 − 図書紹介 ロールプレイング・森田療法)も取り上げている。 11 章の「自由と規律」においては、子どもの自由を確立するという観 点から、本書で展開したモンテッソーリ教育論を総括している。最後の項 「モンテッソーリ教育の構想」において、9 節にわけてモンテッソーリ教 育を構想しているが、本書をコスミック理論で締めくくっている。すなわ ち、 「私たちは、宇宙の調和に基づく思想のもとに、人間と人間以外のす べての生物をも含めて、生命の尊厳について深く思いをいたし、人類の平 和と幸福を願い、自らの使命を探求する人間の育成を目指そうとするモン テッソーリ女史のメッセージに耳を傾け、謙虚に、自分もまた、このため に命をささげる一人として、子どものために奉仕する人となるよう努力し たいと思います」と。 以上が本書の概要である。①読みやすくていねいな記述であること、② 具体的な保育の場面を想定した内容であること、③実践に有効な示唆に富 むこと、④写真や図表が理解を助けてくれること、それらはまさに本書 が「やさしい解説」であることを示している。しかし、今見てきたように、 本書はいわゆるマニュアル書ではない。そこに深い哲学の支えがある。解 説書である本書にコスミック理論を随所に展開したのは、著者のモンテッ ソーリ理解とモンテッソーリ実践の根幹がそこにあったことを表している。 かつて著者は本誌において保育者の使命感について論じ(「モンテッソ ーリ園の実施状況の実態分析Ⅰ」本誌第 36 号) 、そこでふたつの保育者に ついて述べている。一つめは、 「子どもから学び、子どもの見る目も育っ てきて、モンテッソーリ理論の理解が深められている」保育者である。二 つめは、 「子どもを見る目が育っていない。モンテッソーリの理論と実践 の理解が不足、とくに提示の形だけの理解に傾いていて、提示の意味や意 義の理解が不足していて、実践理論の無理解が目立つ」保育者である。そ の違いをもたらすのは保育者としての使命感であると言う。 モンテッソーリ教師養成のために一生を捧げた藤原元一先生の情熱と信 念が込められている本書から、モンテッソーリ教師が多くの教えを学ぶこ とを確信している。 学苑社(〒 102-0071 東京都千代田区富士 2-10-28) 2007 年 11 月、246 頁、定価 2,940 円 − 137 − 第 40 回 全 国 大 会 参 加 報 告 第 40 回全国大会を終えて 天 野 珠 子 (第 40 回全国大会実行委員長) 第 40 回全国大会が東京支部担当と決定した 2 年前、従来通り上智大学 で開催する予定で、比較的安易に実行委員長をお受けしました。ところが その後、協会事務局も教員養成コースも上智大学から離れることになり、 まずは会場探しから暗礁に乗り上げてしまいました。交通の便が悪い、仏 教園である等のリスクは承知で、選択肢の一つとして勤務校の駒澤学園に 交渉したところ、思いがけず快諾を得られ、まず会場が決定いたしました。 常々、ルーメル会長より、毎年の大会の収益がモンテッソーリ協会を支え る大きな資金源である、と伺っておりましたので、会場費の節約が図れる ことになり、運営面で一安心しました。 次にスタッフの人選ですが、毎日顔を合わせることが可能な短大同僚の 田中正浩氏(事務局長)と阿部敏行氏(会計担当)にお願いしました。田 中氏は前協会事務局長だった平野智美氏の教え子で、学生時代に大会のお 手伝いの経験がありましたので、安心して事務関係の一切をお任せしまし た。三役の決まったところで、東京支部員の中から東京モンテッソーリ教 育研究所理事の江島正子氏(広報担当) 、廣澤弓子氏(受付担当)、南郷治 代氏(懇親会担当) 、梅野芳子氏(ワークショップ担当)という気心の知 れた仲間とアドバイザーとして現協会事務局長で関東支部長でもある松本 良子氏が全面協力して下さることになり、計 8 名の企画委員が決まりまし た。また、発送その他は世田谷聖母幼稚園と愛珠幼稚園の教職員が引き受 けてくれました。 第 40 回という節目に加え、子どもの家がローマで開設されて 100 年目 という記念すべき大会のテーマは、 「モンテッソーリ教育の継承と創造」 に決まり、大会内容もそれに相応しく、従来の内容の踏襲と同時に新たな イベントを企画しました。その一つが、わが国のモンテッソーリ園の紹介 です。地域のバランスをとるため各支部長の方々には大変なご迷惑をお掛 けしましたが、パネル展と映像による紹介園をご推薦頂き、華やかな色を 添えることができました。ご多忙の中を応募頂いた園の方々に改めて御礼 − 138 − 大会参加報告 申し上げます。 外部講師には、ヨゼフ・ピタウ氏と谷田貝公昭氏という全くタイプの異 なる両氏を迎え、内容にメリハリを付けたことも新しい取り組みといえる と思います。また、開催地の稲城市には、モンテッソーリ園が一園もあり ません。広く普及の意図を込め、相良敦子氏に公開講座を担当して頂きま した。大会テーマに沿い応用講座講師には3〜5歳の前後を含めて頂きた い、講演Ⅰ、Ⅱの講師には、イタリアと日本のモンテッソーリ教育の歴史 に焦点を絞って頂きたい等かなり勝手なこちら側の注文に、それぞれ快く ご協力頂き感謝申し上げます。研究発表も 15 と数こそ例年並みでしたが、 質的には高くなってきたという感想も頂きました。その他ワーク・ショッ プ、ラウンドテーブルも環境的に恵まれたこともあり好評でした。シンポ ジウムは、経験豊かな講師陣により、大会テーマそのままモンテッソーリ 教育の「これまで」と「これから」を語って頂きました。その他、座禅堂 見学、造形ワークショップ、懇親会の稲城太鼓演奏と保育科児童文化部に よる「へびダンス」など大会中、駒沢女子短期大学の保育科全教職員をは じめ、関係各位の多大な協力に支えられ無事終了できましたことは、私に とっては何よりも有難く、 うれしいことでした。しかし小さな不手際は多々 あったことと思います。どうぞお許しください。 閉会式においてルーメル会長が、この大会をもって会長の職を辞される とご発表になり一つの時代の終わりと、新たな創造の時代が前之園新会長 の元に始まるエポックとなった忘れられない大会ともなりました。極暑の 中を、ご参加下さいました皆さまの暖かいご支援とご協力に感謝申し上げ 報告とさせて頂きます。 − 139 − 大会を終えて 町 田 明 (恵泉幼稚園) 記録的な猛暑の今夏、都心を離れた美しい多摩丘陵に建つ駒沢女子短期 大学の会場は、全国からの参加者 600 余名を静かに優しく迎えてください ました。 大会では、特別企画「日本のモンテッソーリ園―北から南から―」をは じめ多様なプログラムが展開され、参加者の間にはその選択に迷う様子も 見られましたが、受講した個々のプログラムについては、いずれも深い感 銘を受けたようでありました。 中でも、2 日めの特別講演「現代っ子不器用の証明―脳力を手で伸ばす ―」の谷田貝公昭先生(目白大学大学院教授)の講演は、正にサプライズ 講演で、巧みな話術を駆使し「大学教授版綾小路公麻呂」「時間のたつの も忘れて惹き込まれた」 「冗談の中にも長年の研究成果が位置づけられて いた」「モンテッソーリ教育の実践と一致している」 「親たちにも聞かせた かった」等々、参加者のアンケートでの評判が圧倒的に高いものでした。 講演要旨は次のようでありました。 1.なぜ手の器用さか 2.手さばきの実態 3.不器用さ周辺の諸問題 4. 器用さ復活の方途 以下は、受講した私の園のお母さんの感想です。 「なぜ人間はこれほど脳が発達したのか。なぜ現代人は不器用といわれ ているのかがわかりました。手を動かす=脳を働かせる=ことは直接体験 であり、目・耳からの情報は間接体験で、現代はこの間接体験が前者に比 べてどれほど多いかに驚かされると共に、直接体験のたいせつさを学びま した」 今大会は、当協会の中心であられたクラウス・ルーメル会長が、30 年間 に恒るご功績を残されご勇退なされた節目の大会でもありました。そのご 功績を讃え深く感謝申し上げますと共に、今大会のテーマ“モンテッソー リ教育の継承と創造”に向かい、一同手を携えて前進してまいりましょう。 − 140 − 大会参加報告 第 40 回全国大会を振り返って 田 中 正 浩 (第 40 回全国大会事務局長) 今大会は、奇しくも「子どもの家」が開設されて 100 周年という記念す べき年での開催となりました。したがって、大会テーマの冒頭を「『子ど もの家』開設 100 周年」で飾ることは、大会実行委員長との間ですぐに決 まりました。問題は、そのあとにどのような言葉を続けるかでした。勿論、 単に言葉を選ぶという問題ではなく、大会3日間のプログラムを決める上 でも生命線となるテーマの設定ということで悩みました。本大会が 100 周 年を契機に何を考え、何をすべきなのか。いろいろと模索した末、モンテ ッソーリ教育の過去、現在、未来を見据え、モンテッソーリ教育の理論・ 実践を検証しながらその発展に寄与するにはと「―モンテッソーリ教育の 継承と創造―」を理事会の承認を得て、テーマとして掲げるに至りました。 第 40 回全国大会の企画、準備、運営は、このような思いが起点となって いることを、まずは記しておきたいと思います。 さて、これからは限られた紙幅においてではありますが、事務局を任さ れた者として、大会でのアンケートなどで参加者より寄せられた声をもと に若干の大会報告をさせていただきます。大会は、酷暑のなか 3 日間に亘 り、加えて東京都内とはいえアクセスに多少の難がある会場での開催とな りましたが、多くの方々にご参加いただきました。参加者は 627 名(会員 328 名、非会員 299 名)に及びました。これだけの方々が全国各地から足 を運んでいただけたことに、事務局としてあらためて感謝申し上げるとこ ろです。学会主催の大会であれば、何よりも研究者、実践者問わず多くの 方々が参加し、研究・実践を発表、報告し、交流できる場であることが本 義であるという点で、スタッフ一同、多数の参加が大会の成功を約束する 第一歩と考えるところがありましたので非常に嬉しく思った次第です。た だ同時に、準備に怠りがないかと、より身の引き締まる思いで皆様をお迎 えすることにもなりました。 アンケートの回答では、大会のハード面について参加の方々から次のよ うな評価を受けました。 「会場がきれいで、ゆったりとしている」 、 「東京 − 141 − とは思えないほどの緑に囲まれ、大会三日間集中でき成果を得ることがで きた」 、「設備が整っていた」 、 「三日間通うのに大変な思いをした」 、 「会場 が入り組んでいてわかりにくかった」 、 「会場案内を矢印で示してくれてわ かりやすく、スタッフに尋ねると丁寧に教えてくれた」等々。プログラム 内容などのソフト面については、 「基調講演、特別講演が大変よかった」、 「上 映、パネル展の企画がよかった」 、 「ビデオ等の上映時間が講座、研究発表 と重なり見ることができず残念であった」 、 「実践家の研究発表をもっと増 やして欲しい」 、「研究発表のテーマ、内容が多彩で興味をもって聴けた」 、 「研究発表の時間が短いのでは(導入部分で終わる発表が多かった) 」など とありました。今大会では、新機軸としてパネル展「日本のモンテッソー リ園―北から南―」 、さらに VTR 展を開催しました。これらは、単にこれ までの大会と異なること(企画)をというだけではなく、モンテッソーリ 教育が他(園)においてどのように捉え、受け容れられているか、また、 実践されているかを観ることで、大会テーマである「モンテッソーリ教育 の継承と創造」への検証や議論がより深まるのではと考えたからでした。 パネル展も VTR 展も好評のなかご覧いただけたようでした。お忙しいな か、写真を提供していただいた園の方々、また、これらの園との交渉を引 き受けてくださった支部長の皆様に感謝申し上げます。 シンポジウムは、まさに大会テーマそのものを考える機会として設定し ました。敢えて、シンポジストは、モンテッソーリ教育に対して自身の領 域から専門的にアプローチできる方々にお願いいたしました。アンケート には、「各シンポジストの提言がテーマを捉えていた」 、「シンポジストが モンテッソーリ関係者ばかりであるのが気になった」などと記されていま した。ラウンドテーブルでは、 「個人の意見を出し合えてよかった」、「他 のモンテッソーリ園の先生方と交流できて有意義であった」 、 「ベテランと 若い教師に偏りがあった」 、 「幼稚園と保育園で話が合わなかった」とのご 意見をいただきました。ラウンドテーブルの成否は、担当者(司会等)の 方々のお力に負うところが多く、今回も担当の方々の機転で多くをカバー していただき、実りのある場にしていただいたと聞き及んでおります。参 加者 367 名にも及んだワークショップでは、 「会場設備、映像、写し方が 大変よかった」、「初心者向けと上級者向けとに分けて欲しい」などのご指 摘がありました。大会において、ワークショップは、特に研修的性格の強 − 142 − 大会参加報告 いものでありますので、そのことを踏まえたサポート体制が必要であった かと反省しております。 以上のようにアンケートには、厳しいご指摘、ご意見もありましたが、 一方では、企画、準備にと約一年取り組んできたスタッフ(実行委員、大 学関係者、学生たち)への感謝、ねぎらいの言葉が綴られており、これら がスタッフの疲れを一掃し、元気を与えてくれました。また、苦言の多く は、同時に代案を示しながらの生産的意見でもあり、大会 ( 学会 ) への思 いが伝わってくるようでした。本大会は、40 回と数を重ねるなかでモン テッソーリ教育の研修会的性格が色濃くなってきています。しかし、一方 で平成 8 年より日本学術会議に学術研究団体として登録を許された学会で あり、事務局としては、その学会の主催する大会であることを意識したと き、企画、準備、そして運営の難しさを感じることもありました。しかし、 このような思いや経験のなかで、今後の学会 ( 大会 ) の更なる充実がなさ れていくのではと考える次第です。 最後に、昨年、岡山ノートルダム清心女子大学での大会に参加した際、 事務局の方々には、お忙しいなか大会運営等について、時間を割き説明い ただき、また、当方のお願いにも惜しむことなく資料などをご提供いただ きました。このような大所帯の学会であると、一から準備するには膨大な 労力がかかるわけですが、前大会事務局に助けられましたことに御礼を申 し上げたいと思います。なにか言い訳とお礼の場と紙面がなってしまいま したが、有形無形の協力がいかに大切かを知らされた大会でもありました。 − 143 − 大会に参加して 帆 高 壽 壯 帆 高 圭 子 (関東支部会員) モンテッソーリ教育の大会が仏教系の大学で開催され新しい歴史を開く 事になりました。しかも上智大学出身の戸田洋樹学長が「橋渡しの」気持 ちで参加を迎えてくださるとは。思えば、かって京都の仏教大学で教育学 を担当し、我が国におけるモンテッソーリ教育の受容と展開の歴史に詳し い故吉岡剛先生も実は名古屋のカトリック大学のご出身でした。 大会の基礎講座で江島正子先生が触れられたように、モンテッソーリは 著書の中で宗教教育について語っています。 「宗教があらゆる人の心のな かで、世界のはじまり以来存在する普遍的な感性だということを考えにい れなければなりません」 「わたしはインドでヒンズー教徒、カトリック教 徒等のいろいろの宗教団体に属する人々のために宗教のコースを開いたこ とがあります。 」インドで活動し没後 10 年をむかえるマザーテレサについ て、彼女の伝記作家も、 「あなたの宗教が何であれ、良き信者でありなさい。 それが口癖だった」と語っています。子どもの家がローマ市街に開設され て 100 年、世界のモンテッソーリ教育の研究と実践は今後どのような展開 を見せるのでしょうか。 40 回大会では元所属していた中部支部の野原由利子先生や、名古屋の 各園で実践の種を蒔き育て、今も沖縄でご活躍のシスター・クレア小原先 生など懐かしい方々とお会いできて幸いでした。 いま世界の声として平和への願いが叫ばれています。乳幼児期から平和 の教育をうけた子どもたちの心に宿った平和の種が世界中に広がり、全世 界が大きな平和に満たされますように祈っています。 − 144 − 支 部 報 告 北海道支部 支部長 甲 斐 仁 子 (藤女子大学) 1) 前年度同様、次の有志によって委員会を開催し、支部活動について検 討を重ねている。継続課題は、道内の連絡網・連携を含む支部組織およ び活動展開。甲斐仁子(支部長) 、前鼻百合江(支部連絡係)、青木昭子、 青木貞康、石崎南緒子、岡本侑子、岡野尚子、小田進一、白井祥子、城 由利子、杉浦篤子、内藤寿美、西千雅子。 2) 2005 年度支部主催研修会を開催した。開催日:2007 年 2 月 17 日午後 1 時半〜午後 4 時半 演 題: 「気になる子どもへのモンテッソーリ教育」 講 師:佐々木信一郎(福島市こじか「子どもの家」発達支援センター 園長) 参加費:2,000 円(会員無料、学生 500 円) 目 的:モンテッソーリ教育に関心のある方、取り組んでいる方を対象 に、広範囲におよぶ「気になる子ども」にモンテッソーリ教育 法の導入実践と成果を紹介し、有効性を学ぶことを目的とする。 参加人数:15 園(53 名) 。 3) 本年度反省事項は、昨年度に引き続き、支部部ニューズレター第 4 号 を発行できなかったことである。継続発行を検討したい。 4) 日本保育学会第 59 回全国大会が北海道で初めて開催され、大会実行委 員として本支部の前鼻百合江会員、小田進一会員が貢献された。今後、 このような他学会への参加協力が、本学会としても求められる姿勢であ ろう。 2006 年度会計報告(2006 年 8 月 1 日〜 2007 年 7 月 31 日)単位(円) 区 分 収 支部活動援助金 入 研修参加費 予算額 30,000 30,000 決算額 摘 要 30,000 2005 年度分 81,500 @1,000 × 24 名 の 雑収入 部 前年度繰越金 計 30 465 預金利息 920,672 900,023 980,702 1,011,988 − 145 − 支 講師料 会場費 出 通信費 の 雑費 部 計 100,000 132,580 講師料 10 万円・諸費 32,580 円 10,000 30,550 社会福祉総合センター 50,000 10,450 50,000 10,500 「緑が台子どもの家」開所祝い金 210,000 184,080 次年度繰越金 827,908(1,011,988 円 − 184,080 円) 上記の通り相違ありません 2007 年 7 月 21 日 前鼻百合江 東北支部 支部長 鷹 觜 達 衛 (司祭の家) Ⅰ.第 31 回東北支部研修会 1、2006 年 10 月 21 日 (土) 〜 22 日 (日) 盛岡白百合学園幼稚園において。 2、参加者数:施設 15、個人 4、計 79 名 (青森県)ファチマ幼、 (岩手県)一関藤保、盛岡白百合学園幼、個 人 (秋田県)大湯保、わかば保、 (宮城県)角田カトリック幼、仙 台白百合学園幼、聖ドミニコ学院幼、個人 2 名。(山形県)山形聖 マリア幼、蔵王めぐみ幼、にこにこ子どもの家、(北海道)八雲マリ ア幼、 (大阪府)松本科学工業。 3、講 師:松本静子先生、野村緑先生。 4、研修内容: a、講話 : 「モンテッソーリ教育にとって今もっとも大切なこととは?」 ―モンテッソーリ教育の本質について― b、実技指導: 1)感覚教育…「葉のたんす、幾何たんす、星づくり」 2)言語教育…「絵合わせ、五十音ならべ、砂文字板、移動五十音、 鉄製はめこみ、小さい黒板、桝目のある紙、二 色の移動五十音」 − 146 − 支部報告 5、第 31 回研修会会計報告 収入 582,887 円 支出 576,448 円 残高 6,439 円 Ⅱ.支部役員会 2007 年 7 月 7 日(土)15:00 より、仙台白百合学園幼稚園において、 支部規約に基づく組織の見直しと第 41 回 JAM 全国大会のためのテー マ、 講師陣、 プログラムなどに関する話し合いを行った。 参加者 5 名。 Ⅲ.第 32 回支部研修会開催予定: 2007 年(平成 19 年)10 月 20 日(土)〜 21 日(日) 聖ドミニコ学院幼稚園 〒 980-0874 仙台市青葉区角五郎 2-2-14 TEL 022-222-6337 Ⅳ.平成 18 年度支部会計報告 (収入) (支出) 前年度からの繰越金(郵貯) 207,658 研修会補助 〃 (現金) 1,887 支部研修会残高 6,439 補助金 1,887 30,000 郵貯利息 13 合 計 平成 18 年度末残高 245,997 合 計 1,887 244,110 円 (次年度への繰越金) 内訳 現金…0 円、郵普預…244,110 円 以上の通り相違ありません 米島幸子 関 東 支 部 支部長 松 本 良 子 (ブレーメン教育研究所) Ⅰ.活動報告 今年度も関東支部単独の活動は行わず、下記のように上智コース同窓会 と共催で 2 回の講演会を行いました。 − 147 − 記 § 上智コース同窓会との共催研修会 1.日時・会場:平成 19 年 1 月 13 日(土)13:30 〜 15:00・富坂キリ スト教センタ− 1 号館 講 師:林 信二郎先生―埼玉大学名誉教授・川口短期大学特認教 授、日本モンテッソーリ協会常任理事 テ ー マ: 「モンテッソーリ教育と私」 参 加 費:同窓会員・関東支部会員= 1,000 円、非会員= 2,000 円。 参加者= 43 名中関東支部会員は 1 名。 教育学者である先生が、モンテッソーリ教育とどのように出会われ、今 迄関わって来られたか、特に初期の同窓会との関わりが深かったので真摯 なお話に皆聞き入りました。 2.日時・会場:平成 19 年 5 月 26 日(土)13:30 〜 15:30・みょうじょ う幼稚園(世田谷区三軒茶屋) 講 師:前之園幸一郎先生 ―青山学院女子短期大学学長, 日本モンテッソーリ協会常任理事・ 副理事長・副会長, イタリアモンテッソーリ協会理事 テ ー マ: 「ピノッキオとモンテッソーリ」―子供観の観点から― 参 加 費:同窓会員・関東支部会員=無料、非会員= 2,000 円、参 加者= 49 名中、関東支部会員は 9 名。 参加者の大半は、いわゆる「ディズニーによるピノッキオ」しか知らな い世代でした。 ご講演から、原作者・コッローディ(1826 〜 1890)は、モンテッソー リと殆ど同世代の人。 ピノッキオの主要テーマは、 「子どもの可能性と自己超越の努力の過程 であること」 。原作からは、 当時の教育が主体的な子どもへの援助ではなく、 大人が望む期待に合致したものであったことへの批判が読み取れること。 彼もモンテッソーリも「子どもに寄り添う立場に立ち」彼らにやさしいま なざしを注いでいたこと。ひたすらファンタジック場面の連続であるディ ズニー作品が原作とは大差あること等々を興味深く学びました。 会場園みょうじょう幼稚園園長松本巌先生は自らモンテッソーリ教育園 − 148 − 支部報告 ご出身、園長就任以来全力投球で取組まれた御由、手作りの環境見学に深 い感銘を受けました。 Ⅱ.会計報告(平成 18 年 8 月 1 日から平成 19 年 7 月 10 日まで) <収入の部> 単位=円 <支出の部> 単位=円 月/日 8/1 10/10 摘 要 前年度よりの繰越金 利息(18/4/1)受取り JAM からの活動費 平成 19 年 1/16 研修会参加費 4/1 利子 7/10 合計 <繰越金内容> 金 額 614,802 30 50,000 1,000 532 666,364 月/日 8/1 12/26 12/26 12/27 平成 19 年 1/13 4/1 7/9 7/9 7/10 7/10 摘 要 利息の税金(18/4/1 受取分) 年賀はがき代 コピー代 年賀はがき代 金 額 5 5,750 1,150 150 講師謝金 利子への税金 第 40 回全国大会賛助金 上記送金手数料 合計 次年度への繰越金 10,000 105 50,000 150 67,310 599,054 郵便貯金 599,054 円 手持ち現金 0 円 平成 19 年 7 月 10 日 上記の通り相違ありません。 会計担当 龍野真知子 以上 東 京 支 部 支部長 天 野 珠 子 (駒沢女子短期大学・愛珠幼稚園) Ⅰ.活動報告 東京支部は、第 40 回モンテッソーリ協会全国大会(平成 19 年 8 月 7 日 〜 9 日)の担当支部になったため、その準備に追われ他の活動をすること ができませんでした。 (1)大会開催のため、企画委員会を発足し以下のような準備を進めました。 企画委員会開催日 − 149 − 第 1 回:平成 18 年 4 月 1 日 第 5 回:平成 19 年 4 月 3 日 第 2 回:平成 18 年 9 月 16 日 第 6 回:平成 19 年 6 月 2 日 第 3 回:平成 18 年 11 月 25 日 第 7 回:平成 19 年 7 月 7 日 第 4 回:平成 18 年 12 月 24 日 第 8 回:平成 19 年 8 月上旬開催予定 企画委員(実行委員兼務)メンバー 東京モンテッソーリ教育研究所理事(東京支部員) 4名 駒沢女子短期大学(保育科) 教員(東京支部員) 2名 東京支部長 1名 日本モンテッソーリ協会事務局長(アドバイザーとして) 1名 (2)年賀状発送 大会参加を呼びかけるお知らせを年賀状にして東京支部員に発送しまし た。 Ⅱ.会計報告 平成 18 年 8 月〜平成 19 年 7 月 月 日 H18.8.1 摘 要 支 出 (単位:円) 収 入 前年度繰越金 110,852 18.9.7 第 40 回大会支援金 500,000 18.9.7 東京支部活動費 50,000 18.11.22 年賀はがき(200 枚) 18.12.9 10,000 宛名用ラベル 800 18.12.10 大会事務局へ(支援金) 19.4.1 500,000 郵貯利子 合 計 182 661,034 510,800 次年度繰越金 150,234 (内訳:郵貯…120,208 現金…30,026) 上記の通り相違ありません。 平成 19 年 7 月 7 日 田中正浩 − 150 − 支部報告 北 陸 支 部 支部長 岩 田 陽 子 (北陸モンテッソーリ教師養成コース) Ⅰ 支部活動 今年度の支部活動は、園庭のたわわに実る姫リンゴが印象的な、新潟県 見附天使幼稚園で開催した。当園は昭和 29 年に創設され、昭和 46 年より モンテッソーリ教育を導入されている。現在は、特に若い保育者の養成の 時期にあたり、園内ではその研修に取り組まれている。豊かな園の組織力 のもとで、その園内研修がいかに緻密に行われているかが理解できた。ゆ とりある保育を参観した後は、参加者らによる討議、有意義な研修会であ った。 真壁良雄園長はじめ諏佐恵美子副園長、クラス担任の先生方、給食のス タッフの方々、そして何よりも子どもたちにも感謝したい。会のはじめに 園長先生が、アメリカにおけるモンテッソーリ教育の効果(2006. 9. 29 サ イエンス版)について紹介された事も印象に残る。 (1)日時 平成 18 年 10 月 20 日(金)9:00 〜 15:00 (2)会場 学校法人 聖母学園 見附天使幼稚園 (3)参加者 団 3 名、団維 4 名、個 1 名,非会員 6 名 計 14 名 (新潟県内 13 名、石川県 1 名) 見附天使、亀田カトリック、海星、上越カトリック 幼稚園、マリア愛児園、聖母愛児園、聖母乳児院 北陸モンテッソーリ教師養成コース (4)研修内容 保育参観及び討議 子育て支援の取り組み 園内研修についてなど (5)今後の北陸支部活動についての報告 * 本部から支部規約(2006.8.1 付)による副支部長、会計委員 をおくことが知らされた。 * 2009 年の夏の全国大会は北陸に決定。 Ⅱ 支部会計報告について 支部活動援助金に頼らないで、参加者の当日負担金で賄う − 151 − 収入 14,000 円 1,000 円× 14 名 支出 14,000 円 給食弁当代、資料代含む 残金 0 円 以上の通り報告します。 平成 19 年 6 月 25 日 岩田 陽子 中 部 支 部 支部長 野 原 由利子 (名古屋芸術大学) 2006 年度、9 月は全国大会の渡辺先生の講演の報告を米田先生、月例研 究会の講義を森下先生。10 月は、森下先生の講義と大会での研究発表報 告を野原。11 月、12 月、1 月、2 月は 森下先生の文化教育を中心とした 講義。3 月は、1 月にローマの大会に参加された糸原先生、米田先生、森 下先生からお話を伺いました。5 月は森下先生の文化教育に関する講義、 6 月は森下、江口、前鼻、石井先生たちの「TUDOI の会」の子育て支援 事業としての講演会を後援させていただきました。 幼稚園教育要領、保育所保育指針、学習指導要領の改訂作業も進んでい ます。公立幼稚園、公立保育園の民営化も各地ですすんできています。 この部分は野原の私見ですが、福祉国家としてすべての産業に公的責任を 負ってきた日本は、新自由主義的政策に転換し、鉄道、電信・電話、郵便 などを民営化、ついに保育・教育の世界にも民営化と競争原理をもちこん できています。いくつかの民営化、質の良い民営化は許されると思います が、あくまでも、保育・教育は公的責任を堅持して、すべてを民営化して 行政は撤退してしまうのではなく、公設・公営園を残して公的水準を示す とともに、民間園と切磋琢磨して条件整備、保育内容の向上をともにはか るべきだと思います。愛知県の高浜市などは市のすべての公設公営、公設 民営、民立民営の幼稚園、保育園に対し、保育サービスに関する第三者評 価を行って、その結果を市民に公開し、市全体の保育・教育水準の向上を 実現しています。 − 152 − 支部報告 激動の中、モンテッソーリ教育に活路を見出そうとしている既存の私立 園も、民営化を引き受けるとともにモンテッソーリ教育を導入しようとし ている園も多々あります。 日本モンテッソーリ協会が頼りにされる存在として、営利的にモンテッ ソーリ教育を利用する流れにも抗して、正しいモンテッソーリ教育の普及 活動に力を注ぐべき時と思っています。中部支部では定例研究会会場園の 野並保育園が導入園の良き成果を示しています。 会計報告 <収入>日本モンテッソーリ協会よりの補助金 30,000 円 研究会 参加費 本代マージン 利子 293,100 円 6,912 円 22 円 計 360,034 円 2005 年度 繰越金 51,031 円 収入合計 411,065 円 <支出>講師謝礼 262,000 円、会場費 27,000 円、通信費 12,070 円 アルバイト代 8,800 円、渉外費 10,400 円、広報費 2,604 円 コピー代 240 円、消耗品代 980 円 計 324,094 円 2006 年度 繰越金 86,971 円 支出合計 411,065 円 以上の通り相違ありません 会計 村田尚子 − 153 − 近 畿 支 部 支部長 相 良 敦 子 (エリザベト音楽大学) 1、活動報告 2006 年度から神戸に在住しておられたシスター小池良枝子理事が和歌 山に転任になり、次年度は相良の職場が変わるということで二人の理事が 職場変更に伴う雑多な用件に追われ続けたために、赤羽理事と 3 人で近畿 支部研修会開催を相談するゆとりを欠いたまま年度を終わってしまった。 近畿支部の皆様にこの場を借りてお詫びしたい。 支部主催の研修会はできなかったが、今年度も近畿支部の会員の多くが、 国際モンテッソーリ教師養成センター、京都モンテッソーリ教師養成コー ス、信望愛学園モンテッソーリ教師養成コースの恩恵を受けて、質の高い 勉強をする機会に恵まれていた。5 月には松本静子先生による研修会が、 7 月には赤羽恵子先生による研修会が京都で行われ、卒業生でない人々も 貴重な勉強の機会をいただいている。また近畿には、広島の信望愛学園コ ースで養成を受ける人たちもいて、その卒業生たちのための研修会が 8 月 に行われるので広島に出向いて勉強させていただいている人がたくさんい る。 近畿支部長の私の勤務先が、2006 年 3 月までは長野市、2007 年 4 月か らは広島市になり、大部分の時間を近畿以外の地で過ごしているために手 薄になってしまって申し訳ない。近畿で研修会を企画するためには、事務 処理などを全面的にシスター小池理事に依存してきたので、神戸から地理 的に遠い和歌山に転任されたことに支部長の私は心理的な痛手を受けてい る。 2、会計報告 2006 年度(平成 18 年度)会計報告 収入 前年度繰越金 820,862 円 利子 543 円 支出 0 円 次年度繰越金 821,405 円 − 154 − 支部報告 中 国 支 部 支部長 奥 山 清 子 (ノートルダム清心女子大学) 1.活動報告 (1)中国支部研修会 日時:2006 年 11 月 12 日(日)14:00 〜 15:30 場所:ノートルダム清心女子大学 520 ND教室 講師:甲子園大学教授 ・ 京都大学名誉教授 斉藤久美子先生 『心の独り立ちとジレンマ』をテーマに、乳幼児が「愛着」と「分離」の 両方向への綱引きに身を置き、もがきながら心の独り立ちへと向かう発達 的現実の観察研究に関する貴重なフィルムを鑑賞した。 (2)第 39 回全国大会反省会 研修会の前、11:30 から 13:30 まで、昼食を囲みながら 8 月に行われ た大会の反省会を行なった。さらに、今後の中国支部のあり方についても、 真剣な話し合いがなされた。 (3)講演会への参加 11 月 25 日倉敷市にある川崎医療福祉大学で行われた特別公開講座ドイ ツの国際モンテッソーリ治療教育教師ローレ・アンダリックさんによる【モ ンテッソーリ教育からの提案】の聴講を中国支部会員に呼びかけ参加する ことができた。ご自宅を開放し、障害児 ・ 者の治療教育にとりくみ、一人 一人の暮らしへのまなざしを熱く語るお話に、子育て中の母親や幼児教育 関係者、学生ら 400 人が熱心にうなずいていた。 2.会計報告 収入 前年度繰越 69,012 円 全国大会から支部活動費として 利子 316,382 円 114 円 収入合計 385,508 円 − 155 − 支出 通信費 5,800 円 反省会昼食代 15,000 円 支出合計 20,800 円 差引残高 364,708 円 中国支部の平成 19 年度への繰越金は 364,708 円となります。 以上相違ありません。 会計 高月教恵 四 国 支 部 支部長 乾 盛 夫 (鳴門聖母幼稚園) 四国四県では少ないモンテッソーリ各園の努力は貴重なものである。随 想でご報告に代えさせていただく。 モンテッソーリ教育は、乳幼児の人格化への成長をめぐる科学的な考察 が綿密に積み上げられていることをつよく感じさせられる。日々だいじな 幼児を預かっていると、なおさらそう感じるのである。そこから、子ども を中心にした雰囲気で、 その研究心を研いでゆくことが掛け替えのない‘し ごと’であることを痛感している。どこまで行けるか判らないが、私たち も「ひとりでできるようにたすけてね」と言い続けるものと素直に思って いる。 子どももおとなも自己選択しないでは人格者に成長できない、と言えば 言葉遊びのようであるが、近頃よくそう実感する。物わかりはよいのに決 められない子どもとよく時を過ごす。子どもを中心に考えるスタッフもひ とり一人が納得して決めないと自由な雰囲気の保育室はできない。園長の 自己研修も並でないことも察しできる。 みじかに困難な状況があっても、気付いて自他の研修・養成を覚悟して 取り組めば、子どもも支援してくれるのが解ってくるものだ。不思議であ る。 モンテッソーリ教育が、現今の日本の幼児の世界に貴重な人間性追求の − 156 − 支部報告 証になっていることを堅持し、家庭社会と人類に平和構築への働きとなる ことを願って止まない。 2006 年度会計報告 収入 2005 年度より繰越金 14,901 円 銀行利子 9円 収入合計 14,910 円 支出 2006 年度 支出 次年度へ繰越 0円 14,910 円 以上 九 州 支 部 支部長 関 聡 (久留米信愛女学院短期大学) 1、活動報告 九州ではかねてよりモンテッソーリ教育を導入している幼稚園や保育所 が多い。そこでモンテッソーリ教育に関する教員の研修会や保護者に向け た講演会が、各地で盛んに行われている。 1974 年に設立された「九州幼児教育センター・トレーニングコース」 は九州のモンテッソーリ教育の中心となって教員養成や研修活動を行って いる。さらに、2004 年には「純心モンテッソーリ教員養成コース」が設 立され、九州のモンテッソーリ教育により一層の発展をもたらした。また、 「東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター」の九州同窓会生に よる研修活動も定期的に開催され、松本静子所長が指導に訪れている。そ れら以外にも、グループや研究会、修道会などによる研修会活動が積極的 に開催されている。 以上のような状況のなか「日本モンテッソーリ協会 九州支部」主催に よる活動は行わなかった。養成コースや各研修会と連絡を取り合いながら、 九州のモンテッソーリ教育の発展に側面から支援していきたい。 − 157 − 2、会計報告 平成 18 年度会計報告 収入 前年度繰越金 701,281 円 利子 579 円 支出 税金 114 円 次年度繰越金 701,746 円 九州支部 支部長 関 聡 平成 19 年 7 月 7 日 − 158 − 教 員 養 成 コ ー ス 報 告 NPO 法人 東京モンテッソーリ教育研究所・ 付属教員養成コース クラウス・ルーメル コース長 2007 年 3 月末日をもって、上智モンテッソーリ教員養成コース(以下、 上智コース)は閉鎖され、特定非営利活動法人(NPO 法人)東京モンテ ッソーリ教育研究所付属教員養成コースとして、日本モンテッソーリ協会 よりモンテッソーリ教員養成コースとしての、許可証をいただき、一本立 ちいたしました。 教場も、昨年の仮教室とは異なり、養成のための専用教室ができ、モ ンテッソーリ教育の学びの場としてふさわしい環境を作ることができまし た。上智大学、及び富坂キリスト教センターのご協力によるところが大き く、心より感謝申し上げます。 上智コースでは、大学の事務方がすべての事務関係を行ってくださって おりましたが、この度は、運営に関することも実践講師が行なうこととな り、実践面ではベテランの講師陣ですが、運営面では、試行錯誤しながら よちよち歩きで行なっております。 不手際のことも多々ございまして大変ご迷惑をおかけしておりますが、 モンテッソーリ教育実施園、他、関係各位のご協力、ご理解をいただき、 お許しいただいておりますこと、心より感謝申し上げます。 東京モンテッソーリコース開設二年目に当たり、今までの歴史を引継ぎ、 さらに、この大切な教育の使命を担っていく努力を重ねて参りたいと思っ ております。 今後とも、ご指導、ご鞭撻をよろしくお願い致します。 当コースについての概要を、お知らせ致します。 事務局、およびコース会場 〒 112-0002 東京都文京区小石川 2 丁目 17 番 41 号 富坂キリスト教センタ− 2 号館 Tel.(03)5805-6786 / Fax.(03) 5805-6787 − 159 − ホームページ htt://www.ti-montessori-e.main.jp/ 学生数 一年次生 39 名 二年次生 31 名(4 月 5 日現在) 講義項目および講師 当コース、コース長は、上智コース同様、クラウス・ルーメル(上智大 学名誉教授、日本モンテッソーリ協会名誉会長)、教務主任には、堀田和 子(モンテッソーリ原宿子供の家、すみれが丘子供の家園長)が就任し、 上智コースの授業内容と同等の講義を行なうこととし、実践、および理論 のほとんどの講師は、引き続き当コースで講義を行っております。 また、各領域ともコース実践講師の次世代育成にも大切な時期ですので、 上智コース修了の中堅の方々がコース助手など担当しています。 各講師による講義項目は、当コース案内を参照ください。 2007 年 9 月 4 日には、 「教育における自然性の回復」というテーマにて、 青山学院女子短期大学学長・日本モンテッソーリ協会新会長の前之園幸一 郎教授による特別講義を開催しました。 人間およびそれ以外の生物の生命の営みについて講義を聞く機会を得 て、神様からいただいた生命の自然な成長の発達を遂げるために、現在の 便利になり過ぎた文化的生活を見つめ直し、子どもの環境をどのように考 えていくべきか学ぶよい機会を得ました。 2007 年 8 月の第 40 回モンテッソーリ全国大会のワークショップは、当 コースが担当し、 「抽象化のプロセス」という統一テーマのもと、各領域 とも 100 名または、それ以上の参加者を得て、より深く学びあえるワーク ショップにしたい、と実践講師一同研修を重ねた成果を発表いたしました。 「このような実践が聞きたかった」という参加者のつぶやきも聞こえて きて、モンテッソーリ教育の魅力が少しでも心に伝わって大会参加の喜び が得られればこの上なく幸いです。 今後とも、当コースへのご理解、ご指導、ご協力をお願い申し上げ、ご 報告とさせていただきます。 − 160 − 教員養成コース報告 東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター 松 本 静 子 所長 2007 年 3 月の卒業試験は国際試験官としてバージニア・バックリー先 生をお迎えし、昼間部 32 期生 20 名、夜間部 24 期生 19 名全員が無事卒 業いたしました。今年度は昼間部 22 名、夜間部 1 年 27 名、2 年 11 名が 在籍しております。 10 月には、恒例となりました韓国の AMI トレーニングセンター学生と の交流会が行われました。学生たちは、言葉と文化の違いを楽しみながら、 モンテッソーリアンを目指す一致した心を分かち合いました。 2007 年は 1 月のローマに始まり、世界各地で子どもの家 100 年祭の催 しが行われた年でした。日本では去る1月に 100 + 1 年祭と題した世界大 会を開催いたしました。未来へ繋ぐモンテッソーリ教育への歩みを皆様と 分かち合う有意義な会になりましたことをご報告いたしますと共に、ご協 力に深く感謝いたします。 研修会のご報告 シルバーナ・Q.モンタナーロ先生特別講義 2007 年1月 27 日〜 2 月 5 日 演題「子どもから高齢者の調和ある動きの発達とその環境」 高齢者についての新たな視点も加えられ、宇宙規模で生命をとらえ、宇宙 の市民として各々が使命感を持って生きることについて、お話していただ きました。(参加者 250 名) AMI第 24 回短期実践研修会 2007 年 8 月 1 日〜 3 日 今回の夏期研修会は俳句、ダンス等、参加型のテーマが多く、多くの方々 に実践にすぐに役立つ内容とご好評をいただきました。 (参加者 210 名) その他年間の研修会及び大会は以下の通りです。 2007 年 5 月:関西研修会(大阪) 、 8 月:AMI 第 24 回短期実践研修会 (相模原) 、 10 月:東北研修会(仙台) 、中国モンテッソーリ 100 年祭(浙江省杭州市) 、 11 月:韓国モンテッソーリ 100 年祭(韓国) 、2008 年 1 月国際モンテッ ソーリ教育の 100+1 年祭(奈良) 、8 月 6 〜 8 日 AMI 第 25 回短期実践 − 161 − 研修会(相模原) 研修生制度 モンテッソーリ園ご勤務の方、ならびに既卒者を対象とした制度で通常 授業の一部聴講が可能です。今年度は 11 名の方が学ばれました。正科生 への編入、ディプロマ取得、アルバム製作は認められません。各分野の授 業開始日程及び諸規定等詳細につきましては、お申込時にお知らせいたし ますのでお問い合わせください。 九州幼児教育センター・モンテッソーリ 教員養成コース報告 藤 原 江理子 委員長 平成 19 年度現在の当コース在籍生は、 2 年次生 30 名・1年次生 18 名です。 ディプロマを取得する本科コースは今年で 30 期生を迎えました。これも 皆様のご指導とご支援のおかげと感謝し、主な活動を下記に報告致します。 1.実践講習会 当コース主催の実践講習会は、モンテッソーリ教育のより広い普及を目 指すだけでなく、卒業生や既受講者の学習の見直しも近年の重要な課題と しています。今年の実施概要は次の通りです; ・日常生活課程 入門編 平成 19 年 4 月 28 日〜 4 月 30 日 同 上 平成 19 年 6 月 1 日〜 2 日 (宮崎カリタス修道女会西部地区研修) 一般編 平成 19 年 7 月 27 日〜 7 月 29 日 ・数課程 入門編 平成 19 年 8 月 18 日〜 8 月 20 日 − 162 − 教員養成コース報告 2.全国大会における研究発表 今年の第 40 回大会において、当コーススタッフと研究チームが、言語 活動における新しい作業の提案を行いました。 テーマ: 「五十音図を活用するための試み」 発表者:藤原桂子・後藤廣嗣・木村厚美 3. 「子どもの家」創立 100 周年記念研修会 ・開催期日 第 1 部〜数から見た感覚世界 平成 19 年 11 月 3 日〜 4 日 第 2 部〜五十音図を歌おう 平成 19 年 11 月 24 日〜 25 日 ・会場 玄海ロイヤルホテル これらの研修が当コースの同窓生だけでなく、九州支部の方々の情報交 換と交流に、少しでも役立てるよう願っております。 信望愛学園モンテッソーリ教師養成コース 佐々木 良晴 委員長 現代社会の状況を見るにつけ、モンテッソーリ教育の更なる必要性を感 じています。 本コースは今年度も子どもに関わる教師と、その教師に関わるスタッフ の自己トレーニングの養成に力を入れました。特に現場の充実を目指し、 現場における教師と子どもの関係をテーマとして実習指導者研修会を設け ました。 − 163 − <活動内容> ・第 39 回全国大会ワークショップ担当:8 月 7、8 日 受講人数 日常生活の練習 77 名 感覚教育 72 名 数教育 言語教育 82 名 100 名 ・シルバーナ・モンタナーロ先生をお迎えして 2007 年 2 月 6 日、思いがけずモンタナーロ先生を広島にお迎えできま した。 「原爆ドーム」 「平和資料館」 「平和記念聖堂」をご見学の後、当日 夜に「子どもの命を理解するために」をテーマにご講演下さいました。モ ンタナーロ先生の子どもに対する深い愛を通して、モンテッソーリ女史の 心に触れることができたことは素晴らしい感動と恵のひと時でした。急な ことでしたが、卒業生や在学生等 170 余名が参加出来て幸いでした。 ・園長主任会 :1 回 6 月 27、28 日 45 園、59 名参加 ルーメル先生を講師にお招きした。 ・実習指導者研修会 :現場において教師と子どもの仕事の関係をテーマ にして 4 回 5 月 29、30 日 13 園 26 名参加 6 月 22、23 日 10 園 21 名参加 11 月 28、29 日 13 園 24 名参加 1 月 29、30 日 14 園 27 名参加 ・卒業生研修会 :1 回 8 月 23 〜 25 日 144 名参加 提供のポイントとその意味 ・講習会 :5 回 4 月 3、4 日 日常 45 名参加 7 月 19、20 日 感覚 35 名参加 21、22 日 数 35 名参加 11 月 22、23 日 言語 23 名参加 24、25 日 文化 21 名参加 ・スタッフ研修会 :1 回 2 月 15、16 日 10 名参加 ・在学生 :19 年度 1 年生 57 名、2 年生 52 名 ・卒業生 :42 名(2007 年 3 月 27 日卒業) − 164 − 教員養成コース報告 報告 ・ 2007 年 4 月より、山口、広島の、2 会場にて開催 ・ドメニコ・ヴィタリは 2007 年 7 月にイグナチオ教会主任司祭に転任致 しましたので、後任として 9 月 3 日から佐々木良晴が委員長に着任致し ました。 在職中はいろいろとご協力を頂きありがとうございました。当コースは 新しい委員長の下スタッフ一同力を合わせこれからも頑張ることと存じま す。私も何かの際には力を合わせたいと思っておりますので、今後とも当 コースへのご支援をよろしくお願い致します。 (ドメニコ・ヴィタリ) 京都モンテッソーリ教師養成コース 赤 羽 惠 子 委員長 2007 年の初めに、 モンテッソーリ 「子どもの家」開設 100 周年を祝うため、 京都モンテッソーリコースの卒業生を中心に 24 名のグループで、ローマ のモンテッソーリ国際大会に参加しました。 出発便が 1 月 2 日の午前中でしたので、皆元旦から浮き足立っていたよ うです。 ○夏期講習会 恒例の夏の講習会もテーマは「子どもの家」でした。 7 月 21 日(土) 於:京都大谷ホール(参加者 273 名) ・午前中:教育実習担当者会議(出席者 25 名) 13:00 〜 17:50 ・基調講演:片山 忠次 先生(兵庫教育大学名誉教授) 「マリア・モンテッソーリの『子どもの家』の意味」 ・講演:赤羽 惠子(京都モンテッソーリコース 委員長) − 165 − 「子どもの家のこどもたち」 ・映画: 「深草こどもの家の 1 年」 (いちばんいいものを子どもたちに) ・ わかば会総会(卒業生の会) 7 月 22 日(日)於:平安会館(コース別研修) 9:00 〜 16:00 出席者 298 名 9:00 Aコース 言語教育 赤羽 惠子 Bコース 感覚教育 板東 光子 Cコース 実践発表 藤原幼児園 12:00 13:00 Dコース 数教育 渡辺 政美 Eコース 実践発表 板東・高野 Fコース 卒業生の集い 司会(岡山) 16:00 ○ 教員養成状況 1.専門コース (教師・保育士有資格者対象、JAMディプロマコース) 2007 年 3 月 JAMディプロマ取得者累計 1,180 名 2007 年 4 月 新入学 1 年生 59 名 2 年生 76 名(含む編入生) 2.基礎コース (専門 1 年生の部分を下記地方会場で学んでいる学生) 札幌・東京・京都・福岡の各会場 入学者合計 67 名 3.公開保育とゼミナール ○ お問い合せは下記へどうぞ 京都モンテッソーリ教師養成コース TEL 075-641-8410 FAX 075-642-8588 e-mail:[email protected] − 166 − 教員養成コース報告 純心モンテッソ−リ教員養成コ−ス 片 岡 千鶴子 長崎純心大学学長 4 年制大学内に設置された本コ−スは、平成 17 年度が第 1 期のコ−ス 生になります。第 1 期生は本年卒業した学生を含め、3 学年(平成 15 年、 16 年、17 年入学)の 23 名が 8 月の集中実践科目を受講いたしました。第 1 期生のコ−ス修了は平成 21 年 3 月になります。第 2 期生は平成 18 年度 入学生で、現在 21 名が受講しています。第 2 期生からは、すべての科目 を 4 年間の通常の授業時間内で学ぶことが出来るように計画しています。 したがって、本学卒業と同時にモンテッソ−リ教員免許が取得できるよう になります。本年、本学児童保育学科に入学し、第 3 期生となったコ−ス 希望学生は 12 名です。 今年度実施いたしましたコ−スの授業は以下の通りです。 理論科目 モンテッソ−リ教育学特論Ⅰ 前期 90 分授業 15 回 第 3 期生対象 モンテッソ−リ教育学特論Ⅱ 4 年間の集中講義 全員対象 10 月 14 日 集中講義 前之園 幸一郎(青山学院女子短期大学学長) 5 月 12 日 同上 江島 正子(明和学園短期大学教授) 実践科目 第 1 期生 8 月夏期集中 モンテッソ−リ教育実践科目 第 2 期生 毎週 90 分授業科目 モンテッソーリ教具提供法Ⅰ 専攻演習Ⅰ・Ⅱ 第 1 期生 3 年生、4 年生を対象に、各々週 90 分「卒業論文」の作成 内容「モンテッソ−リ教育理論の研究」、 「教具アルバム作成」 幼稚園教育実習 第 3 期生 モンテッソーリ教育実習園 見学 3 日間 第 2 期生 モンテッソーリ教育特別実習Ⅰ 1 週間 第 1 期生 3 年生 幼稚園教育実習Ⅰ 2 週間(モンテッソーリ教育 実習園) 4 年生 幼稚園教育実習Ⅱ 2 週間(同上) モンテッソーリ教育特別実習Ⅱ 1 週間 − 167 − 『モンテッソーリ教育』総目次 (第 1 号〜第 40 号) ◆凡例◆ 本一覧は、 『モンテッソーリ教育』 (第 1 号〜第 40 号)の目次を配列した ものである。 1.記載事項 1)刊号出版年度 2)ジャンル 3)タイトル 4)著者 5)記載ページ 2.原則として原文そのままを採用したが、明らかに誤字と思われるもの は訂正した。 また表記の統一上、一定の修正を加えた部分もある。 目次と本文タイトルが異なる場合は本文の情報を優先した。 目次に記載されていない記事も、誌面に見えるものに関しては立項した。 タイトルのない記事は編集担当者が決定した簡潔で説明的なタイトルを [ ]内に補記した。 3.タイトル副題におけるダッシュの形式を統一した。 例: 「本タイトル―タイトル副題―」→「本タイトル―タイトル副題」 4.書評の表記方法は、対象書籍著者名;他の責任表示『書名』…書評著 者名の形式に統一した。 5.イニシャルで記名された編集後記執筆者名は当該執筆者氏名に変更し た。 作成・編集:編集幹事 葊津香織 − 168 − 総目次 第 1 号 1968 年 創刊の辞 … ……………………………………………………………………………………1 モンテッソーリの科学的教育とは何か………………………………… 鼓 常良………2 モンテッソーリの業績について………………………………………… 神藤克彦………9 現代の進歩主義教育学におけるモンテッソーリの立場(上) ………………………………… クラウス・ルーメル 平野智美 訳… …15 児童における自由の問題………………………………………………… 霜山徳爾… …20 静かにする練習……………………………………… マリーア・モンテッソーリ… …24 子どもの心理とその導き方…………………………………………… 小谷 善一… …29 子供の家の笑話…………………………………………………………………………… 33 子供の家の記録 生れ出る喜び:月見ケ丘子供の家…………………………………… 鼓 常良… …35 「子供の家」の幼児期:うめだ子供の家… …………………………… 赤羽恵子… …43 道は遠い。しかし、喜びはすぐやってくる:田瀬子供の家……………… 伊藤保郎… …51 私の体験:田瀬子供の家……………………………………………… 内木豊子… …57 モンテッソーリ式寺子屋:善福寺子供の家………………………… 松本尚子… …62 報道欄……………………………………………………………………………………… 71 編集後記………………………………………………………… 桂幼児教育研究所… …74 執筆者紹介………………………………………………………………………………… 75 第 2 号 1969 年 モンテッソーリ・クラスの始め方……………… マリオ・M・モンテッソーリ………2 イタールとセガン………………………………………………………… 住 宏平… …10 モンテッソーリ教育法と森田療法……………………………………… 水谷千賀… …16 モンテッソーリ教育におけるキリスト教的人間像について………… 坂本 堯… …27 モンテッソーリ『家庭における子ども』………………………… 鷹觜達衛 抄訳… …35 国際モンテッソーリ協会会長マリオ・モンテッソーリ氏を訪問した時の報告 ………………………………………………… ペトロ・ハイドリッヒ… …45 実践記録 八戸市ファチマ幼稚園:モンテッソーリ教育第一年目の経験…… 鷹觜達衛… …47 名瀬信愛幼稚園:混合保育の体験………………………………… 押川リン子… …56 名瀬信愛幼稚園:小さい体験……………………………………… 青堀志保子… …58 名瀬信愛幼稚園:私共のあゆみ……………………………………… 堀村節子… …60 海星学園マリア幼稚園……………………………………………… 目良小枝子… …62 大阪教育大学附属幼稚園……………………………………………… 植田有子… …70 田瀬子供の家…………………………………………………………… 伊藤保郎… …78 月見ヶ丘子供の家: (1)半聾児のばあい… ………… 小島澄子、白藤江津子… …83 月見ヶ丘子供の家: (2)M ちゃんのこと… ………………………… 豊田昌子… …84 月見ヶ丘子供の家: (3)幼児たちにかこまれて… ………………… 八田くみ… …85 うめだ子供の家:私の保育記録から……………………………… 佐久間瑞枝… …87 善福寺子供の家………………………………………………………… 松本尚子… …91 キンダーガーデン ( 京都北白川) : (1)雨後に遅れた「おくての筍」 ………………………………………………………………… 宮下郁司… …94 キンダーガーデン ( 京都北白川) : (2)生れかかる「こどもの家」 ………………………………………………………………… 久田佳子… …99 − 169 − キンダーガーデン ( 京都北白川) : (3)わが園の最年少児 井上光弘君 3 才 2 か月… ………………………………………… 織田真理子……101 報道欄 本協会の経過報告………………………………………… 事務局(文責・香川) ……104 桂・幼児教育研究所報告……………………………………………… 鼓 常良……107 編集後記…………………………………………………………………… 鼓 常良……110 執筆者紹介……………………………………………………………………………… 111 第 3 号 1970 年 モンテッソーリ生誕 100 年記念号 生誕 100 年に際しておもう… …………………………………………… 鼓 常良………1 わが国の幼児教育の将来について……………………………………… 竹村 一………9 モンテッソーリ幼児教育について一言………… サンディップ・K・タゴール… …19 モンテッソーリ鑚仰断章………………………………………………… 神藤克彦… …20 モンテッソーリ教育学と「正常化」……………………………………… 相良敦子… …25 重度精神薄弱児の治療教育の方法としてのモンテッソーリ教育…… 渡辺映子… …36 天性生かそう幼児教育:モンテッソーリの理論を今日に… ……………… 鼓 常良… …42 モンテッソーリの教師論………………………………………………… 平野智美… …46 あるインドの「子どもの家」―タゴール教授の会見記 ………………………………………… サンディップ・K・タゴール… …56 インドの生活とモンテッソーリ・トレーニング・コース…………… 高橋陽子… …61 モンテッソーリ教育法 100 年のあゆみ:幼児教育の秘密… ……………… 鼓 常良… …70 一粒の、からしだね…………………………………………………… 長沢美知子… …82 ペルジャの「子供の家」を訪問して……………………………… 長谷川きぬ子… …89 モンテッソーリ教師養成に備えて …………………………………… 赤羽恵子… …92 [Mrs. ギッターの視察とうめだ子供の家の様子]… …………………… 松本静子… …93 新参保母の心情………………………………………………………… 山極小枝子… …95 雑感………………………………………………………………………… 小林 緑… …97 研究生として……………………………………………………………… 伊藤恵子… …99 東京・善福寺子供の家…………………………………………………… 松本尚子……101 モンテッソーリ教育に触れて一年……………………………………… 吉田晃子……106 [善福寺子供の家]………………………………………………………… 渡辺陽子……110 [善福寺子供の家]……………………………………………………… 清水三枝子……112 事実を尊ぶ―ヨガとモンテッソーリ教育……………………………… 伊藤保郎……114 タッタひとりのためにでもなれたら…………………………………… 宮下郁司……121 シャイド博士とシュベルテン女史の来訪……………………………… 鼓 常良……131 シャイド博士とシュベルテン女史の実践講習会―録音テープより…… 算数研究会 A.パウル・シャイド博士の講演…………………………………………………… 135 B.シュベルテン女史の講演………………………………………………………… 138 生誕 100 年記念・第 3 回講習会に参画して… ………………………… 宮下郁司……143 編集後記…………………………………………………………………… 小谷善一……154 第 4 号 1971 年 重責をになって…………………………………………………………… 平塚益徳… … 1 新発足……………………………………………………………………… 神藤克彦… … 5 臨床心理学からみた子供の世界………………………………………… 霜山徳爾… … 6 − 170 − 総目次 モンテッソーリ教育の今昔……………………………………………… 平塚益徳 …17 モンテッソーリ教育の実践とは………………………………………… 鼓 常良… …25 近代進歩教育におけるモンテッソーリ教育法の位置…… クラウス・ルーメル… …30 子供の家の環境構成と教育内容………………………………………… 赤羽恵子… …37 モンテッソーリにおける人間形成について…………………………… 坂本 堯… …47 研究発表 モンテッソーリ教育法に切りかえて………………………………… 野田 実… …62 精神薄弱児の研究……………………………………………………… 渡辺映子 … …68 1971 年度モンテッソーリ教育初級実践講習会におけるレポート抜萃 Maria Montessori における人間形成について… …………………… 市場幸助… …78 「モンテッソーリにおける人間形成について」に関連して… ……… 相良敦子… …80 モンテッソーリにおける人格形成について………………………… 込山和枝… …82 モンテッソーリ教育の実践とは…………………………………… 鳥居百合子… …87 モンテッソーリ教育における理論と実践について ……………… 飯塚文子… …89 モンテッソーリ教育 その理論と実践について…………………… 渡辺陽子… …92 編集後記…………………………………………………………………… 坂本 堯… …95 執筆者紹介………………………………………………………………………………… 〔97〕 第 5 号 1972 年 新しき前進… ……………………………………………………………… 平塚益徳 … … 1 これからの保育:フレーベルとモンテッソーリの止揚… ……………… 市丸成人 … … 3 モンテッソーリ教育と自由……………………………………………… 相良敦子… …10 精神薄弱児に対するモンテッソーリ教育……………………………… 渡辺義久… …24 モンテッソーリ教育法と宗教教育……………………………………… 鷹觜達衛… …34 2 歳児になった子供の家で………………………………………………… 吉田晃子… …39 「みぞ板」―かな文字への道しるべ:モンテッソーリ教育の言語指導 ………………………………………………………………… 佐藤幸江… …45 シンポジウム A 初心者グループ………………… 藤原元一、鷹觜達衛、吉田晃子、松本尚子… …55 B 経験者グループ………………… 伊藤保郎、相良敦子、佐藤幸江、赤羽恵子… …65 C 特殊教育グループ…………………………… 神藤克彦、渡辺義久、渡辺映子… …71 幼児教育観の変化と知的教育:モンテッソーリ法の受容を例として ………………………………………………………………… 永野重史 …82 世界改造論 … …………………… マリーア・モンテッソーリ 小谷善一 訳 …91 マリーア・モンテッソーリ以前ならびに以後の遊びと仕事の教育学 …………………………………………… カバリエリ・クラウディア……107 編集後記…………………………………………………………………… 編集委員……113 執筆者紹介………………………………………………………………………………〔115〕 第 6 号 1973 年 特別記念講演 現代日本におかれている教育的課題………………… 平塚益徳 おとなの人間関係が醸しだす幼児の病気 … ………………………… 緒方安雄 敏感期の精神生理学―視覚を中心として……………………………… 酒井 誠 精神薄弱児に対するモンテッソーリ教育:そのⅡ―線上歩行について … ……………………………………………………… 渡辺義久、渡辺映子 − 171 − … 1 …22 …34 …45 精神薄弱児の治療教育におけるモンテッソーリ法への接近 ………………………………………………… 宇佐川浩、杉村久美子 …56 「これからの保育」を求めて… …………………………………………… 市丸成人 …75 幼児教育における改革―第 40 回日本応用心理学会における発表…… 小谷善一 …84 健康と体育について……………………………………………………… 伊藤保郎 …89 モンテッソーリ教育のヒューマニズム………………………………… 坂本 堯 …95 M 教育の音楽訓練におけるソルフェージュ利用の試み… …………… 早川和美…108 M. モンテッソーリの教育改革における「吸収する心」という考え …………………………………………… カバリエリ・クラウディア…117 環境構成を原点から考える……………………………………………… 山下玲子…123 研究発表 モンテッソーリ教育への歩み……………………………… 小林 緑…127 体験発表 モンテッソーリ教育法を取り入れた当時の子どものようすを振り返ってみて ………………………………………………………………… 古田節子……136 編集後記………………………………………………………………… 編集責任者……140 執筆者紹介………………………………………………………………………………〔141〕 第 7 号 1974 年 シンポジウム:モンテッソーリ教育を日本に導入するに際しての諸問題 Ⅰ………………………………………………………………………… 永野重史 … 1 Ⅱ………………………………………………………………………… 堀内康人 … 7 Ⅲ………………………………………………………………………… 松本 一 …17 Ⅳ………………………………………………………… 下條裕紀媛、上原則子 …20 研究発表 3 歳児……………………………………………………………………… 松本尚子 …33 生理学的訓練とモンテッソーリ学習(感覚訓練) …………………………………………………… 吉田滝文、川崎澄子 …43 障害幼児の治療教育におけるモンテッソーリ法への接近(そのⅡ) ―教具の検討と実施方法に関する研究…………… 宇佐川浩、石井みや子 …51 研究論文 イタールとモンテッソーリ―「アヴェロンの野生児」を中心に… 鼓 常良 …63 体験された自由−マリア・モンテッソーリ頌……………………… 霜山徳爾 …70 モンテッソーリの科学的教育……………………………………… 西本順次郎 …86 発達心理学よりみたモンテッソーリ教育…………………………… 山下栄一 …94 最近における児童研究の動向………………………………………… 伊藤幸寿……104 海外情報 [米国での「モンテッソーリ復活」の状況]………………………… 清水貞夫……113 [ロスアンジェルスより]……………………………………………… 松本静子……119 [ロンドンのトレーニングコース]…………………………………… 渡辺陽子……122 モンテッソーリ用語………………………………………… クラウス・ルーメル……125 モンテッソーリ文献だより………………………………… クラウス・ルーメル……136 編集後記…………………………………………………………………… 平野智美 …137 執筆者紹介……………………………………………………………………………… 138 − 172 − 総目次 第 8 号 1975 年 (第 8 回大会/講義・研究発表収録) 実践研修会講義 モンテッソーリ教育学の思想的背景 ………………………… K・ルーメル… …1 モンテッソーリ教師の在り方………………………………………… 福田真弓… …9 モンテッソーリ教育における教師の役割…………………………… 神藤克彦… …16 一斉保育とモンテッソーリ教育……………………………………… 平沢颯子… …23 おもちゃと教具………………………………………………………… 高橋陽子… …25 モンテッソーリの宗教道徳教育……………………………………… 坂本 堯… …36 私の実践(言語教育について)………………………………………… 天野珠子… …44 帰朝報告 欧米でのモンテッソーリ教育……………………………… 松本静子… …57 研究発表 幼児の知育についての一考察………………………………………… 市丸成人… …71 「子どもの家」における子どもの行動研究 …………………………… 吉田瀧文… …84 病院「子どもの家」における子どもの特徴 … ……………………… 小坂一代……102 障害幼児の治療教育におけるモンテッソーリ法への接近(そのⅢ) ―総括と展望………………………………………………………… 宇佐川浩……118 治療教育セミナー講義 歴史的流れよりみたモンテッソーリの治療教育…………………… 菅 修……138 現代心理学からみたモンテッソーリ教育…………………………… 平井 久……149 養護訓練とモンテッソーリ法………………………………………… 藤田和弘……153 座談会 乳児・就学児とモンテッソーリ教育―松本静子先生を囲んで………… 158 海外情報 西ドイツにおけるモンテッソーリ教育学研究の現状と動向… … 平野智美……171 編集後記……………………………………………………………………… 事務局……183 執筆者紹介…………………………………………………………………………… 〔184〕 第 9 号 1976 年 シンポジウム:モンテッソーリ教育における人間性の再発見 Ⅰ………………………………………………………………………… 渡辺和子… …1 Ⅱ………………………………………………………………………… 丸山 晋… …5 Ⅲ………………………………………………………………………… 相良敦子… …11 Ⅳ………………………………………………………………………… 市崎謙作… …21 研究論文 モンテッソーリ著『教育人類学』における「規範」概念の歴史的背景 ………………………………………………… クラウス・ルーメル… …32 モンテッソーリにおける社会性の陶冶……………………………… 乙訓 稔… …42 モンテッソーリにおける子どもの発達観…………………………… 伊藤幸寿… …51 実践研究 幼児期のことばを考える (1)−音声による言語… ………藤原元一、藤原桂子…60 モンテッソーリの乳児の家…………………………………………… 松本静子…78 モンテッソーリ原宿子どもの家−誕生から今日まで……………… 堀田和子…83 海外情報 ヘルミング女史を訪ねて…………………………………… 平野智美…96 講演 モンテッソーリ教育の原理………… マルゴット・R・ウォールタック……103 編集後記…………………………………………………………………… 平野智美……109 執筆者紹介…………………………………………………………………………… 〔111〕 − 173 − 第 10 号 1977 年 研究論文 モンテッソーリ教育における「作業」についての一考察………… 奥山清子 …1 モンテッソーリの「科学的教育学」と精神集中による人間形成… 江島正子…11 モンテッソーリ教育における「想像力」の問題についての一考察 ………………………………………………………………… 原 弘美…24 実践研究 数教育にみるモンテッソーリ教育法の原理………………………… 松本静子…34 モンテッソーリ治療教育の出発……………………………………… 三谷嘉明…44 海外情報 第 18 回国際モンテッソーリ大会に出席して … ……… クラウス・ルーメル…57 S・O・Sキンダードルフ便り……………………………………… 菅野和俊…61 書評 Rita Kramer: Maria Montessori, A Biography (1976) …………………………………………………… クラウス・ルーメル…65 講演 モンテッソーリ教育学の現代的意義 … …………… ルドルフ・ラサーン…69 報告 第 10 回モンテッソーリ大会に出席して………………………… 滝口 恵…85 編集後記…………………………………………………………………… 平野智美…91 執筆者紹介………………………………………………………………………………〔93〕 第 11 号 1978 年 研究論文 モンテッソーリ教育における自己開発と文化伝達…………… K・ルーメル… …1 モンテッソーリ感覚教具の教育学的意義…………………………… 平野智美…10 実践研究 モンテッソーリ教具円柱さしに関する研究 ……………………………………………… 江草安彦 、 山口茂嘉 、 奥山清子…18 一斉保育からモンテッソーリ法への移行にあたって……………… 中尾昌子…26 モンテッソーリ教育における言語教育の一特色 ―2 幼児の事例をもとに書きことばの爆発現象を考察する…… 森 里美…36 海外情報 イタリアのモンテッソーリ教員養成コース……………… 金沢熙子…44 書評 Theodor Hellbrügge:Unser Montessori Model-Erfahrungen mit einem neuen Kindergarten und einer neuen Schule … …………………………… 江島正子……49 William Heard Kilpatrick:The Montessori System Examined ……… 原 弘美……55 講演 モンテッソーリの心理的教育法の不変性を探る …………… マリア・アントニエッタ・パオリーニ 松本静子 訳……59 第 11 回大会報告 第 11 回モンテッソーリ協会大会に参加して ……………………… 森 豊三郎……69 日本モンテッソーリ協会第 11 回大会報告………………………………………… 75 編集後記………………………………………………………………………………… 79 筆者紹介………………………………………………………………………………… 80 − 174 − 総目次 第 12 号 1979 年 論文 モンテッソーリ学校の教師の任務…………………………………… 市丸成人… …1 モンテッソーリ教育における縦割自由保育の仲間関係…………… 正田幸子……14 モンテッソーリにおける調和について(1)… ……………………… 江島正子……29 モンテッソーリ教育における「個性化」と「社会化」の関係について ………………………………………………………………… 中島共子……40 実践研究 幼児期の言葉を考える(2)−文字による言語… …… 藤原元一 、 藤原桂子……56 立川藤幼稚園 M 教育実践報告:我が国の M 教育法実践への背景と現在 ……………………………………………………………… 森 豊三郎……78 モンテッソーリ教育における絵画のとらえ方について………… 坂田久美子……87 いつの日にか本当の M 教育の実践をとねがいつつ… ……………… 松本良子…103 「あとりえ・もぐら」から−制作実践の実際… ……………………… 菅原理之…109 海外情報 第 19 回国際モンテッソーリ大会に出席して………… K・ルーメル…121 書評 ウィリアム・ボイド著;中野・藤井・茂木訳『感覚教育の系譜:ロックから モンテッソーリへ』………………………………………………… 原 弘美……125 アンナ・マッケローニ著;夙川幼児教育研究会訳 『モンテッソーリ博士との出会い』……………………………… 中山幸夫……133 講演 モンテッソーリ教育学における幼児の社会的発達 テオドール・ヘルブルッゲ ……………………………………………………… K・ルーメル 訳……138 第 12 回大会参加報告 第 12 回日本モンテッソーリ大会基本コースに参加して…………… 池田政純…146 第 12 回日本モンテッソーリ大会応用コースに参加して…………… 中本正気……151 神藤克彦先生追悼……………………………………………………………………… 156 日本モンテッソーリ協会第 12 回大会報告…………………………………………… 157 編集後記…………………………………………………………………… 松本尚子……161 執筆者紹介……………………………………………………………………………… 162 第 13 号 1980 年 モンテッソーリ教育の当面する諸問題 モンテッソーリ教育の当面する諸問題……………………………… 松本静子… …1 縦割自由保育の検討―横割一斉保育との対比において…………… 正田幸子……12 モンテッソーリ教育と発達障害幼児―「実験教育学」の意味づけと適用 ………………………………………………………………… 渡辺勧持……25 論文・実践研究 モンテッソーリ教育の現場における体系―理論的根拠から……… 相良敦子……38 モンテッソーリ教育の現場における体系―実践的事実から……… 村上操子……52 モンテッソーリにおける調和について(2)… ……………………… 江島正子……64 モンテッソーリ法による人格形成…………………………………… 金沢熙子……77 モンテッソーリ教育と治療教育……………………………………… 井田範美……91 モンテッソーリ教育法による卒論指導―モンテッソーリの宗教教育 ………………………………………………………………… 小谷善一……103 − 175 − モンテッソーリの宗教教育(Ⅰ)―人格を中心に………………… 末吉小夜美……106 海外情報 モンテッソーリ教員養成コース(ケルン)………………… 原 弘美……117 書評 K・ルーメル他 15 名著『モンテッソーリ教育−基礎編・応用編』 ………………………………………………………………… 中山幸夫……121 ポーラ・ポルク・リラード著;いいぎりゆき訳『なぜ、いまモンテッソーリなのか』 ………………………………………………………………… 尾賀真理…127 講演 モンテッソーリ運動と哲学―その文化的関連 …………………………… クリスチナ M.トルードゥ 鈴木晶子訳……133 第 13 回全国大会参加報告 大会参加後の園での話し合いを中心にして………… 神戸小百合児童館一同……147 上級コースに参加して………………………………………………… 中村典子……153 クリスチナ M.トルードゥ先生の講演を聞いて ………………… 若山雅子……161 鼓 常良先生追悼……………………………………………………… K・ルーメル……162 故 平塚益徳先生の死を悼む………………………………………… K・ルーメル……163 支部報告………………………………………………………………………………… 164 第 13 回大会報告………………………………………………………………………… 176 編集後記…………………………………………………………………… 平野智美……179 執筆者紹介……………………………………………………………………………… 180 第 14 号 1981 年 巻頭言 モンテッソーリ教育への期待−競争か、協力か …………………………………………………… クラウス・ルーメル …1 シンポジウム:幼稚園教育要領とモンテッソーリ教育とをどう関連させるか 提案 I……………………………………………………………………… 相良敦子 …2 提案Ⅱ…………………………………………………………………… 松本 一…12 提案Ⅲ………………………………………………………………… 下條裕紀媛…19 提案Ⅳ…………………………………………………………………… 正田幸子…25 論文・実践研究 モンテッソーリにおける宗教教育の人間学的基礎………………… 江島正子……33 モンテッソーリ教育における 「宇宙的教育 (cosmic education)」 の概念(Ⅰ) ………………………………………………………………… 原 弘美……47 森田療法から見たモンテッソーリ法………………………………… 田中善範……57 モンテッソーリ教育実施園での導入保育(3 歳児)について……… 下條善子……68 書評 マリア・モンテッソーリ著『子どもと学校の危機−社会・学校・世界』 ………………………………………………………………… 平野智美……80 E.B. バーネット著『モンテッソーリ音楽− 3 歳〜 8 歳の子供のためのリズム曲集』 … ………………………………………………………………… 平野智美……84 講演 なぜいまモンテッソーリ教育が必要なのか−アメリカ人の視点から ……………………………………… テリイ・マロイ 正田幸子 訳……86 第 14 回大会参加報告 基本コースに参加して………………………………………………… 谷川有子……95 応用コースに参加して……………………………………………… 土井まり子……96 実践研修に参加して…………………………………………………… 末永憲江……98 − 176 − 総目次 マリオ・モンテッソーリ師の死去を悼む………………… クラウス・ルーメル……101 支部報告………………………………………………………………………………… 102 第 14 回大会報告………………………………………………………………………… 115 編集後記…………………………………………………………………… 平野智美……118 第 15 号 1982 年 巻頭言 子どものいたみに共感できるモンテッソーリアン………… 藤原元一 …1 提案 モンテッソーリ実施園において園長や主任はどのようにして 職員を指導せねばならないか……………………………………… 三村邦明 …2 論文・実践研究 モンテッソーリ教育における「宇宙的教育 (cosmic education)」の概念(Ⅱ) ………………………………………………………………… 原 弘美…14 モンテッソーリ教具「色つき円柱」に関する研究 ……………………………………… 奥山清子、江草安彦、山口茂嘉…22 幼児の成長期に果たす日常生活の練習の重要性とあり方 ………………………………………………………………… 下條善子…30 モンテッソーリと音楽教育……………………………… 田幸典子、杉山節子…39 モンテッソーリ教育における「静かごっこ」の今日的意義 ………………………………………………………………… 青山キヌ…49 モンテッソーリ教育における体育指導―実践例 …………………………………………………… 笠井晴美、杉元孝子…57 海外情報 幼児の宗教的潜在能力 ……………………… マリア・テレザ・マルケッティ 鷹觜達衛 訳…67 モンテッソーリ教育の成果に関する追跡調査(その 1)… ………… 正田幸子…74 ソフィア・カバレッティ女史を訪ねて……………………………… 江島正子…80 AMI大会に出席して………………………………………………… 松本静子…86 アメリカにおけるモンテッソーリ教育の現況―研修旅行を通して ………………………………………………………………… 堀田和子……89 書評 マイケル・J・グロス著;正田幸子訳『モンテッソーリの人格観』…相良敦子……92 ヘレネ・ヘルミング著;平野智美、原弘美共訳『モンテッソーリ教育学』 ………………………………………………………………… 相良敦子……94 R.C. オレム著;三谷嘉明、山崎久美子、穴沢久美共訳 『今日のモンテッソーリ教育』… …………………………………… 松本英子……95 井田範美編著『モンテッソーリ障害児教育』………………………… 児島達美……97 第 15 回大会参加報告 「 シンポジウム 」 に参加して…………………………………………… 野田 実……100 「 基本コース 」 に参加して…………………………………………… 春川理恵子……103 「 応用コース 」 に参加して……………………………………………… 鶴巻裕美……106 実践研修 「 感覚 」 に参加して………………………………………… 諏佐恵美子……108 支部報告………………………………………………………………………………… 112 第 15 回大会報告………………………………………………………………………… 122 編集後記…………………………………………………………………… 松本 恵……126 − 177 − 第 16 号 1983 年 巻頭言 子どもの生き方を変えるモンテッソーリ教育……………… 松本静子 …1 課題研究 モンテッソーリ教育が根づく鍵−運動について 「運動」について… ……………………………………………………… 相良敦子 …2 「音楽」への展開−巧緻性と「奏」 ・習熟と「想」 ・予感と「間」 ………………………………………………………………… 森 貞子 …9 「運動」の研究を続ける意図… ………………………………………… 村上操子…14 課題研究に関する総括的報告………………………………………… 平野智美…21 講演 モンテッソーリとフレーベル―教具と恩物の比較を中心として ……………………………………… ルドルフ・ラサーン 平野智美訳…24 モンテッソーリの再発見―現代心理学からの考察………………… 平井 久…35 論文・実践研究 モンテッソーリ教育思想の教育哲学的一考察(Ⅰ)………………… 江島正子…42 モンテッソーリ教育の人間学的基礎について……………………… 中島紀子…48 「星作り」の三角形について… ………………………………………… 金沢熙子…55 保育園における私の体験―3 歳未満児について … ………………… 熊谷佳枝…58 海外情報 モンテッソーリ教育の成果に関する追跡調査(その 2)… ………… 正田幸子…63 スペインにおけるモンテッソーリ教育法の軌跡…………………… 矢崎律子…68 書評 マリア・モンテッソーリ著;クラウス・ルーメル、江島正子共訳 『モンテッソーリの教育法 : 基礎理論』……………………………… 宗和太郎…77 モンテッソーリ教育実践研究連盟編『モンテッソーリ子どもの家』 …………………………………………………… クラウス・ルーメル…81 第 16 回大会参加報告 基本コースに参加して……………………………………………… 狩原さおり……82 応用コースに参加して………………………………………………… 大場光子……83 実践研修に参加して①………………………………………………… 宮崎治子……86 実践研修に参加して②……………………………………………… 中谷真奈美……87 実践研修に参加して③……………………………………………… 神野ちあき……88 第 16 回大会に出席して………………………………………………… 天田松代……91 モンテッソーリ大会に参加して……………………………………… 戸村幸世……92 「モンテッソーリアンの集い」の総括(園長・主任)……………… 松本 一……93 (一般教師)………………… 乾 盛夫……96 支部報告………………………………………………………………………………… 98 第 16 回全国大会報告…………………………………………………………………… 103 編集後記…………………………………………………………………… 松本 恵…108 第 17 号 1984 年 巻頭言 人間的成長とモンテッソーリ教育…………………………… 野田 実… …1 シンポジウム:教育改革とモンテッソーリ教育―幼稚園教育要領の改訂に関連して 中教審 「 経過報告 」 を基にして今後の幼児教育のあり方を考える…… 勝部真長… …3 ピアジェ教育理論を基にした幼児教育のあり方…………………… 滝沢武久……10 事実からの提言………………………………………………………… 相良敦子……16 シンポジウムに関する総括的報告…………………………………… 平野智美…24 − 178 − 総目次 講演 21 世紀の人間・現代の幼児… …… パオリーニ・アントニエッタ 鷹觜達衛訳 …28 当面する幼稚園教育の課題………………………………………………岸井勇雄……38 論文・実践研究 モンテッソーリ教育の自由のとらえ方とそのための提示……………藤原元一……45 モンテッソーリ教育思想の教育哲学的一考察(Ⅱ)……………………江島正子……54 伝統的幼児教育とモンテッソーリ教育…………………………………宗和太郎……59 モンテッソーリ教育に於ける音楽の指導について……………………川村洋子……71 海外情報 幼児期に於ける欲求充足の遅延行動実験とCCQ調査の追試 ……………………………………………………………………正田幸子…78 書評 市丸成人著『モンテッソーリ教育学入門』……………………………佐野真一郎…93 G. シュルツーベネシュ著『モンテッソーリ』………………………………関 聡…96 第 17 回大会参加報告 大会に参加して……………………………………………………………海和直子…99 大会に参加して…………………………………………………………高徳佳代子…100 応用コースに参加して……………………………………………………佐藤珠美…102 実践研修コースに参加して………………………………………………副島悦子…103 実践研修コースに参加して………………………………………………松原玲子…105 「 モンテッソーリアンの集い」の総括(園長・主任)… ………………鷹觜達衛…107 支部報告………………………………………………………………………………… 109 第 17 回全国大会報告…………………………………………………………………… 115 新入会員…………………………………………………………………………………… 119 維持会員…………………………………………………………………………………… 121 編集後記……………………………………………………………………… 平野智美……124 第 18 号 1985 年 巻頭言 こどもの人権を守ることは夢か………………………………… 伊藤保郎 …1 特別寄稿 モンテッソーリ教師の役割と意義 ………………………………………… パウル・オスワルト 平野智美訳 …2 論文 モンテッソーリ教育の 「 生 」 と 「 死 」 の道徳的概念について……… 上野慶子…10 モンテッソーリ教育学における 「 環境 」 の意味するもの… ………… 甲斐仁子…20 進化論的視点からみたモンテッソーリの 「 自由」について……… 笹原英史…30 実践研究 モンテッソーリの言語教育と概念形成について… …………………… 天野珠子…40 自立への過程の分析―保育室での規律の確立の過程… ……………… 菅原早苗…53 「子どもの家 」 における宗教教育について… ………………………… 山頭泰種…59 幼稚園と小学校との関係―数領域について…………………………… 松本 一…62 導入保育について………………………………………………………… 古賀裕子…67 モンテッソーリ教育における体育指導のあり方… …………………… 北冨晴美…73 海外情報 ドイツ教育学会主催モンテッソーリ教育学研究大会に参加して… 平野智美…86 ボン市立モンテッソーリ小学校 … …………………………… ルンツェ喜久子…90 − 179 − 書評 相良敦子著『ママ、ひとりでするのを手伝ってね!』… ………… 浦田まり子 …98 W. ベーム編著『マリア モンテッソーリ』……………………………… 関 聡…101 第 18 回大会参加報告 基本コースに参加して………………………………… 岡崎かおり、西谷まゆみ…105 応用コースに参加して…………………………………………………… 山口鈴子…106 実践研修コース 「 感覚 」 に参加して…………………………………… 宮崎治子…107 地区研究会報告 広島における 「 モンテッソーリ教育ゼミナール 」 に参加して…………………………………………………………… 宮崎美城…110 支部報告… ……………………………………………………………………………………… 114 第 18 回全国大会報告… ……………………………………………………………………… 119 新入会員… ……………………………………………………………………………………… 123 新入維持会員… ………………………………………………………………………………… 125 英文摘要… ……………………………………………………………………………………… 127 編集後記…………………………………………………………………………………… 130 第 19 号 1986 年 巻頭言 やるべきことがまだたくさんあるモンテッソーリ教育…… 鷹觜達衛 …1 講演 生命助成の教育 …………… レニルダ・モンテッソーリ 田中正浩訳 …2 論文 臨教審・教育改革の土台作りはモンテッソーリ教育で……………… 市丸成人 …8 モンテッソーリ教育と障害児の指導………………………………… 井田範美 …16 デューイのモンテッソーリ観……………………………………… 佐野真一郎 …22 実践研究 感覚教具と子どもの出会い…………………………………………… 下條善子 …30 モンテッソーリの宗教教育における運動の役割について………… 江島正子 …37 海外情報 アメリカのモンテッソリ教育−シカゴ・MECA-Seton スクール紹介…………………………………………………………… 甲斐仁子 …44 書評 セトンモンテッソーリスクール編;甲斐仁子訳 『モンテッソーリ法による幼児と体育:幼児の運動感覚機能の発達』 ………………………………………………………………… 伊藤保郎 …49 井田範美、田中道治著『精神発達遅滞児の知的学習』……………… 相良敦子 …51 松浦鶴造著『モンテッソーリ教育の研究』…………………………… 鈴木弘美 …53 第 19 回大会参加報告 大会に参加して……………………………………………………… 下條裕紀媛 …57 大会に参加して……………………………………………………… 押川リン子 …58 実践研修コース「日常生活」に参加して………………………… 明瀬菜穂子 …59 実践研修コース「感覚」に参加して……………………………… 黒田はる子 …60 実践研修コース「言語」に参加して……………………………… 大浦富美枝 …61 実践研修コース「数」に参加して…………………………………… 木村 植 …63 支部報告…………………………………………………………………………………… 65 第 19 回全国大会報告… ………………………………………………………………… 70 新入会員…………………………………………………………………………………… 76 英文摘要…………………………………………………………………………………… 77 編集後記…………………………………………………………………………………… 82 − 180 − 総目次 第 20 号 1987 年 協会創立 20 周年記念号 巻頭言 モンテッソーリ教育運動の発展とは何か… …………………… 平野智美 …1 特別講演 「 まなざし 」 で身に語りかけるということ… ……………… 吉本 均 …3 講演 日本におけるモンテッソーリ教育 25 年の歩み… ……… クラウス・ルーメル …12 日本におけるモンテッソーリ教育法実施の実状分析… ……………… 藤原元一 …18 シンポジウムⅠ: モンテッソーリ教育 20 年の実践が証すもの 環境の構造化と調整―子どもの自己発達を助けるために… ……………町田 明 …27 環境整備と子どもの活動記録…………………………………………… 川村洋子 …32 環境構成と子どもの変化………………………………………………… 乾 盛夫 …38 日常生活練習の内容…………………………………………………… 黒田はる子 …42 シンポジウム Ⅱ: 幼児教育の改革と教員養成 幼児教育の改革と教員養成……………………………………………… 岸井勇雄 …47 養成される教師…………………………………………………………… 松本静子 …51 特に現場でのモンテッソーリ教育法による教員養成… ……………… 三村邦明 …56 短大における教員養成とモンテッソーリ教育………………………… 相良敦子… …62 論文 上智モンテッソーリ教員養成コース同窓会共同研究:モンテッソーリ教育の 実態調査(1)−モンテッソーリ教師の意識調査 ………… 町田明(代表) …66 モンテッソーリ教材・教具の 「 構造 」 に関する一考察… …………… 中山幸夫 …90 モンテッソーリ・メソッドにおける「社会化」についての一考察 ………………………………………………………………… 五十嵐敦子 …98 書評 堀田和子著『ちょっと待って、お母さん』… …………… クラウス・ルーメル…105 市丸成人、松本静子編著『モンテッソーリ教育の理論と実際』上・下巻 …………………………………………………………………… 森 里美…107 森貞子著『モンテッソーリの幼児教育に学ぶ幼児の音楽行動』……… 桑村清子…109 第 20 回大会参加報告 大会(基本コース)に参加して………………………………………… 前田瑞枝…112 特別講演を聞いて…………………………………………………………… 関 聡…113 支部報告…………………………………………………………………………………… 116 第 20 回全国大会報告… ………………………………………………………………… 120 新入会員…………………………………………………………………………………… 125 英文摘要…………………………………………………………………………………… 127 編集後記……………………………………………………………………………… 131 第 21 号 1988 年 巻頭言 子供に会いたい 会わせて下さい… ……………………… 鈴木キミエ 講演 モンテッソーリ教育における進歩・平和・人間の可能性 ……………………………………… クリスチナ・マリー 奥山清子訳 子どもの思考と認知発達………………………………………………… 滝沢武久 シンポジウムⅠ :幼稚園教育要領の改訂とモンテッソーリ教育 …………………………………………………………………… 岸井勇雄 …………………………………………………………………… 市丸成人 − 181 − …1 …2 …10 …17 …23 …………………………………………………………………… 天野珠子 幼稚園教育要領の改訂とモンテッソーリ教育への提案… …………… 宮崎美城 シンポジウムⅡ:「遊び」と「仕事」をどう考えるか その共通点と相違点…………………………………………………… 下條裕紀媛 子どもの活動は「遊び」か「仕事」か………………………………… 三宅みち フレーベルとモンテッソーリの比較……………………… クラウス・ルーメル 論文・実践研究 モンテッソーリ教育における誤りの「自己訂正」の教育的意義 ………………………………………………………………… 堀川百合子 モンテッソーリの音楽教育 断章…………………………………… 小山郁之進 モンテッソーリ教育の実態調査(Ⅱ) − M 教育実施園卒園生の母親による卒園生の動向調査 …… 町田明(代表) 音楽の指導について……………………………………………………… 前田瑞枝 …30 …36 …42 …48 …55 …61 …69 …76 …89 モンテッソーリ教室におけるマイクロ・コンピューターの導入― 最近のアメリカにおける実例からの考察…………………………… 岡崎悦子 …99 海外情報 垣間見の台湾モンテッソーリ教育事情………………………………… 松本良子…110 アドヴァンスト・モンテッソーリ・エレメンタリーコースに参加して(Ⅰ) …………………………………………………………………… 堀田和子…112 ワシントン国際モンテッソーリ大会―21 世紀への教育……………… 江島正子…117 書評 エリザベス・G・ヘインストック著;平野智美監訳;中山幸夫、佐野真一郎訳 『モンテッソーリ教育のすべて』……………………………………… 正田幸子…121 支部報告 ………………………………………………………………………………… 123 第 21 回全国大会報告… ………………………………………………………………… 127 新入会員…………………………………………………………………………………… 132 英文摘要…………………………………………………………………………………… 133 編集後記…………………………………………………………………………………… 137 第 22 号 1989 年 巻頭言 恵みを忘れずに…………………………………………………… 乾 盛夫 …1 講演 これからの教育 危機の中の幼児教育―その回生をめざして …………………………………………………………………… 安齋 伸 …2 幼稚園教育要領の基本:「 環境を通して行う教育 」 の源流と課題― フランスの教育を手がかりとして…………………………………… 相良敦子 …10 シンポジウム Ⅰ:モンテッソーリ教師の役割 …………………………………………………………………… 杉山敦子 …19 …………………………………………………………………… 松本静子 …23 …………………………………………………………………… 三村邦明 …29 シンポジウム Ⅱ:日本の幼児教育の現状とモンテッソーリ教育 …………………………………………………………………… 堀田和子 …37 …………………………………………………………………… 土橋 誠 …42 …………………………………………………………………… 鷹觜達衛 …48 …………………………………………………………………… 藤原元一 …54 − 182 − 総目次 論文・実践研究 生涯学習とモンテッソーリ教育―自己教育と自己表現の観点からの一考察 …………………………………………………………………… 岡崎悦子 …60 モンテッソーリ教育における園庭指導について… …………………… 綿貫真理 …71 モンテッソーリ教育と 「 子どもと死」… ……………………………… 江島正子 …81 台湾における幼児教育の現状と問題点―幼児教育改革の動向…… 施 慶 賢 …92 海外情報 アドヴァンスト・モンテッソーリ・エレメンタリーコースに参加して(Ⅱ) …………………………………………………………………… 堀田和子…101 韓国・ソウルの幼稚園………………………………………………… 五十嵐敦子…107 書評 M. モンテッソーリ著;平野智美・渡辺起世子共訳 『モンテッソーリ私のハンドブック』………………………………… 藤原桂子…113 支部報告…………………………………………………………………………………… 116 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 124 第 22 回全国大会報告… ………………………………………………………………… 130 新入会員…………………………………………………………………………………… 135 英文摘要…………………………………………………………………………………… 139 編集後記…………………………………………………………………………………… 143 第 23 号 1990 年 巻頭言…………………………………………………………………………渡辺和子 …1 講演 乳幼児教育の基盤としての原体験…………………………………山田卓三 …3 シンポジウム:幼稚園教育要領・保育所保育指針改訂とモンテッソーリ教育 モンテッソーリ教育実践の成果が今、新幼稚園教育要領に 寄与するもの…………………………………………………………相良敦子…11 ……………………………………………………………………江口裕子…18 ……………………………………………………………………岡本夏木…23 シンポジウムに関する総括的報告………………………………………森 貞子…26 論文・実践研究 モンテッソーリ教育が新教育要領に示唆するもの…………………杉山まり子…28 オープン・スクールとモンテッソーリ教育―その思想的背景と 方法原理の基礎を巡っての一考察…………………………………中山幸夫…37 就園前の 2 歳児保育について… …………………………………………前田瑞枝…47 戸外活動について―室内と屋外のバランス……………………………大森一雄…56 モンテッソーリ教育の音楽に関する一考察……………………………広江美奈…64 0 歳からの手の動きとそれに対応する環境づくり……………………大森久美子…74 海外情報 モンテッソーリ・ヨーロッパ研修旅行 1 パオリーニ先生の講義を聞いて… ……………………………………平沢颯子…84 2 ラサーン教授とオスワルト名誉教授の講義を聴いて… ………………岡崎悦子…89 書評 M. モンテッソーリ著;阿部真美子訳『自発的活動の原理』……………松浦鶴造…93 相良敦子、池田政純・則子著『子どもは動きながら学ぶ』…………杉山まり子…95 シスター・クリスティーナ・マリー・トルドウ著;三宅将之訳 『コスミック教育の形成 : インドにおけるモンテッソーリ』……… 佐藤良子 …97 追悼 日本におけるモンテッソーリ教育の開拓者 ペトロ・ハイドリッヒ師の死を 悼む ―他人のために生きた人… …………………… クラウス・ルーメル …99 − 183 − 支部報告…………………………………………………………………………………… 101 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 107 第 23 回全国大会報告… ………………………………………………………………… 111 新入会員…………………………………………………………………………………… 116 英文摘要…………………………………………………………………………………… 120 編集後記……………………………………………………………………… 鈴木弘美……126 第 24 号 1991 年 巻頭言 マニュアルの限界………………………………………………… 森 貞子 …1 講演 学校の意義と限界… ……………………………………………… 宇佐美 寛 …2 シンポジウム:敏感期とその教育的意義 発育段階理論としての「敏感期」… ……………………… クラウス・ルーメル …8 新しい発達観からみた敏感期の意義…………………………………… 滝沢武久 …14 敏感期とその教育的意義………………………………………………… 松本静子 …20 シンポジウムに関する総括報告………………………………………… 鷹觜達衛 …24 論文・実践研究 幼稚園に於ける伝統的行事及び伝承遊びに具現されるモンテッソーリ教育理念 …………………………………………………………………… 正田幸子 …28 モンテッソーリ教育における絵本の展開―絵本の意義と絵本を活かす途 …………………………………………………………………… 荒井晶子 …38 モンテッソーリ・メソッドと教育運動―教育方法の本質をめぐっての一考察 …………………………………………………………………… 中山幸夫 …50 モンテッソーリ法を用いた親子同時セラピー ―自由と制止の問題に焦点をあてた症例を通して… …………… 杉田穏子 …62 現代における環境問題とモンテッソーリ教育………………………… 岡崎悦子 …75 報告 国際モンテッソーリ第 21 回世界大会… ………………………… 松本静子 …85 海外情報 ドイツのモンテッソーリ大会に参加して… ………………… 江島正子 …91 書評 R.C. オレム編;平井久監訳;三谷嘉明、高橋修 訳 『新しいモンテッソーリ教育』……………………………………… 中山幸夫 …96 西本順次郎著『モンテッソーリ法の教育と医学』… ………………… 井田範美 …98 W.H. キルパトリック著;平野智美,鈴木弘美 訳 『モンテッソーリ法の検討』………………………………………… 林信二郎…100 米国モンテッソーリ協会出版;甲斐仁子 訳 『モンテッソーリスクール‐経営指導要綱』………… クラウス・ルーメル…103 支部報告…………………………………………………………………………………… 105 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 111 第 24 回大会報告… ……………………………………………………………………… 114 新入会員…………………………………………………………………………………… 119 英文摘要…………………………………………………………………………………… 123 編集後記…………………………………………………………………………………… 127 第 25 号 1992 年 巻頭言 環境への信頼……………………………………………………… 松本良子 …1 講演 モンテッソーリ教育と平和:その今日的な意義… … クラウス・ルーメル …3 − 184 − 総目次 シンポジウム:まことの平和は子供から 心に築く平和の砦………………………………………………………… 渡辺和子 …13 小さい子どもが己れを導く………………………………… ロバート・ラッシュ …20 ヒロシマの持つ教育的意味……………………………………………… 河合護郎 …23 シンポジウムに関する総括報告………………………………………… 乾 盛夫 …29 論文・実践研究 幼児の発達特性とモンテッソーリ教育 ―現場の具体的実践の重要な事項について… …………………… 藤原元一 …34 精神発達の鍵―日常生活の練習………………………………………… 松本静子 …41 新生児からの平和教育…………………………………………………… 中林康子 …51 子供の攻撃性と平和を愛する心……………………………………… 武安ヨシヱ …59 蚕の飼育観察の記録―蚕の飼育観察の子どもの活動の拡がりと教師の援助 ………………………………………………………………… 山崎サヨ子 …69 わたしたちをとりまく生命のイメージ… クリスチナ・マリー・トルードゥ …80 モンテッソーリ教育法の幼児にみられる「自己教育力」について調査と 考察……………………………………………………………………… 宮崎美城 …90 書評 M. モンテッソーリ著;関聡訳『新しい世界のための教育』、 M. モンテッソーリ著;田中正浩訳『人間の可能性を伸ばすために』 二冊の翻訳書について………………………………………………… 鈴木弘美…101 支部報告…………………………………………………………………………………… 105 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 111 第 25 回大会報告… ……………………………………………………………………… 116 新入会員…………………………………………………………………………………… 122 英文摘要…………………………………………………………………………………… 127 編集後記…………………………………………………………………………………… 133 第 26 号 1993 年 巻頭言 激変する環境の中の子ども……………………………………… 松本尚子 …1 講演 21 世紀に生きる子どもの創造性の伸ばし方……………………… 松原達哉 …2 シンポジウム:モンテッソーリ教育の移行にかかわる諸問題 シンポジウム司会者としての報告……………………………………… 松本静子 …17 第 1 シンポジスト………………………………………………………… 江島正子 …19 第 2 シンポジスト………………………………………………………… 土橋 誠 …26 第 3 シンポジスト………………………………………………………… 前田辰恵 …31 第 4 シンポジスト………………………………………………………… 前田瑞枝 …39 論文・実践研究 子ども史の中のモンテッソーリ………………………………………… 高祖敏明 …47 逸脱して園生活になじめない子供への対応…………………………… 三村邦明 …58 モンテッソーリ教師について…………………………………………… 赤羽恵子 …67 子供と絵本……………………………………………………………… 渡辺満智子 …77 宇宙教育について…………………… サラ・コンカス 高根文雄、伊藤初美訳 …92 モンテッソーリ教育における幼児同士の関わり合い ………………………………………………… 奥山清子、佐々木ゆう子 …98 海外情報 ミュンヘンのモンテッソーリによる障害児教育………… 木下 健…105 − 185 − 追悼 マリオ jun 氏を偲んで……………………………………… クラウス・ルーメル…110 井田範美先生を悼む……………………………………………………… 藤原元一…111 書評 クラウス・ルーメル編『モンテッソーリ教育の道』… ……………… 松本薫平…113 江島正子著『モンテッソーリの人間形成』… ………………………… 相良敦子…117 ハンス・エルスナー『モンテッソーリ教育―コスミック教育の理論と実際』 ビデオ、同『モンテッソーリのコスミック教育』小冊子 ……………………………………………………… クラウス・ルーメル…120 第 26 回全国大会参加報告 理論コースに参加して…………………………………………………… 牧山勝美…124 ワークショップを中心に………………………………………………… 若林良子…126 第 26 回全国大会に参加して… ………………………………………… 平沢颯子…126 支部報告…………………………………………………………………………………… 128 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 134 第 26 回全国大会のご報告… ……………………………………………… 松本良子…140 新入会員…………………………………………………………………………………… 151 英文摘要…………………………………………………………………………………… 159 編集後記…………………………………………………………………………………… 164 第 27 号 1994 年 巻頭言 モンテッソーリアンの未来……………………………………… 松本静子 …1 講演 子どもの成長発達と教育―モンテッソーリ教育の全体像……林 信二郎 …2 シンポジウム:モンテッソーリ教育への移行実践報告 シンポジウム司会者としての報告……………………………………… 藤原元一 …13 第 1 シンポジスト………………………………………………………… 下村 徹 …16 第 2 シンポジスト………………………………………………………… 海道洋子 …24 第 3 シンポジスト………………………………………………………… 板橋和子 …29 論文・実践研究 鼓笛への導入………………………………… 小林君恵、遠藤美智恵、石垣佳奈 …36 Advanced Montessori Class の実践報告: 「旧約聖書の創造の 7 日間の お話と地球の歴史の実験から…」… ………………………………… 堀田和子 …41 幼児と宗教―3 歳から 6 歳までの子どもとの体験報告 …………………………… ソフィア・カヴァレッティ 訳・鷹觜達衛 …51 想像力によるコスミック教育 ……………………… シスター・クリスチナ・マリー 訳・奥山清子 …61 海外情報 AMI/USA モンテッソーリ国際大会に参加して… ……… 松本静子 …70 書評 相良敦子著『お母さんの「敏感期」 』………………………………… 杉山まり子 …74 マリア・モンテッソーリ著;鈴木弘美訳『子供の何を知るべきか』 ……………………………………………………… クラウス・ルーメル …78 P.G. ゲープハルト・ゼーレ著;岡本敏雄訳 『モンテッソーリ法による情報基礎の学習』………………………… 鈴木弘美 …82 − 186 − 総目次 第 27 回大会参加報告 第 27 回全国大会報告… ………………………………………………… 野田 実 …86 台湾から参加して………………………………………………………… 林 瑞呈 …88 ワークショップに参加して……………………………………………… 天野珠子 …90 支部報告…………………………………………………………………………………… 92 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 100 事務局報告…………………………………………………………………… 松本良子……105 新入会員…………………………………………………………………………………… 115 英文摘要…………………………………………………………………………………… 122 編集後記……………………………………………………………………… 江島正子……127 第 28 号 1995 年 巻頭言 根づく「時」… …………………………………………………… 相良敦子 …1 講演 心とからだ…………………………………………………………… 養老孟司 …2 シンポジウム:地球に生きる―科学的教育の発想に迫る シンポジウム司会者としての報告……………………………………… 正田幸子 …9 第 1 シンポジスト………………………………………………………… 赤羽恵子 …14 第 2 シンポジスト……………………………………………………… 下條裕紀媛 …22 第 3 シンポジスト………………………………………………………… 藤原元一 …30 第 4 シンポジスト………………………………………………………… 松本静子 …38 第 5 シンポジスト………………………………………………………… 松本尚子 …43 論文・実践研究 配慮を必要とする子ども達(LD)―認知・行動に偏りを持つ子ども達 …………………………………………………………………… 森永良子 …47 私の「環境による保育」論……………………………………………… 小川博久 …58 小学校課程:現場からの報告―小学生の敏感期と作業… ………… 藤原江理子 …68 アメリカのモンテッソーリ教育運動―ランブッシュ夫人の業績と貢献 …………………………………………………………………… 甲斐仁子 …78 キャンベル、D.N. の『キルパトリックの“モンテッソーリシステムの検討” に対する批判的分析』 (1970)におけるモンテッソーリ法の再検討に ついて…………………………………………………………………… 中島紀子 …87 保育者養成校におけるモンテッソーリ教育普及への取り組み …………………………………………………………………… 青山キヌ …96 モンテッソーリ教育の視点で行う障害児教育―保育者の行う個別的援助Ⅰ …………………………………………………………………… 佐々木景…106 海外情報 ドイツ・モンテッソーリ協会創立 70 周年記念大会に参加して ―モンテッソーリとベルリン……………………………………… 江島正子…115 書評 松本静子著『モンテッソーリアンと生きる』… ……………………… 吉岡 剛…121 野村緑著『おかあさんのモンテッソーリ』… ………………………… 野田 実…125 H.ハイラント著;平野智美、井出麻理子共訳 『マリア・モンテッソーリ』……………………………… クラウス・ルーメル…128 第 28 回全国大会参加報告 台湾から参加して…………………………………………… 高 慶和、王 珍妮…133 ワークショップに参加して……………………………………………… 野村 緑…134 − 187 − 日本モンテッソーリ大会に参加して…………………………………… 深津高子…134 支部報告…………………………………………………………………………………… 136 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 144 事務局報告…………………………………………………………………… 松本良子…149 新入会員…………………………………………………………………………………… 167 英文摘要…………………………………………………………………………………… 174 編集後記……………………………………………………………………… 吉岡 剛……180 第 29 号 1996 年 巻頭言 地域社会とモンテッソーリ教育………………………………… 鷹觜達衛 …1 講演 モンテッソーリ教育に期待する:教育心理学徒として… …………… 東 洋 …2 発達脳の可能性をさぐる―環境は脳にどのような変化をもたらすか …………………………………………………………………… 酒井 誠 …9 シンポジウム:自己を形成しようとする子ども 司会者としての報告……………………………………………………… 藤原元一 …18 第 1 シンポジスト:自己形成しようとする子ども…………………… 赤羽恵子 …21 第 2 シンポジスト:「 学ぶ 」 ことと自己形成… ……………………… 相良敦子 …28 第 3 シンポジスト:自分を形成しようとする子ども… ……………… 松本静子 …35 第 4 シンポジスト:自分を形成しようとする子ども… ……………… 三村邦明 …45 論文・実践研究 国際モンテッソーリ乳児アシスタントコースに学んで… ………… 小池良枝子 …52 学ぶ喜びを学ぶ…………………………………………… ヨハネ・アルティリョ …60 幼児の自己形成を助けるために:モンテッソーリ教育から学んだもの ―保育園での実践を通して………………………………………… 板東光子 …67 日本で一番古いモンテッソーリ教具の由来について… ……………… 宮崎美城 …75 ユーモア感覚の育成とモンテッソーリ教育 ―「統合」と自己洞察・自己客観化・愛の視点から… ………… 岡崎悦子 …84 ラウンドテーブル ラウンドテーブル (R.T) の経緯及び結果報告… ……………………… 藤原元一 …94 ラウンドテーブル A モンテッソーリ教育の導入…… 広渡千代子、戸田恵子 …97 ラウンドテーブル B ①自己形成する子どもの援助は如何にあるべきか …………………………………………………………………… 江島正子…101 ラウンドテーブル B ②………………………………………………… 堀田和子…103 ラウンドテーブル B ③……………………………………………… 山下千鶴子…105 ラウンドテーブル C〔①〕子どもが真の姿を現すために ―ありのままの私でいられる………………………………………… 町田 明…108 ラウンドテーブル C ②………………………………………………… 松本良子…109 ラウンドテーブル C ③……………………………………………… 長澤美知子…111 海外情報 AMI トレーナー会議に参加して………………………………………… 松本静子…115 子どもの教理指導のためのマリア・モンテッソーリ協会のワークショップ (ドイツ・ギーセン)に出席して…………………………………… 江島正子…119 書評 M. モンテッソーリ著;K. ルーメル、江島正子共訳 『モンテッソーリ教育法:子ども―社会―世界』……………………… 鈴木弘美…129 − 188 − 総目次 第 29 回全国大会参加報告 韓国から参加して………………………………………………………… 方 貞徳…133 長崎大会に参加して……………………………………………………… 岡野尚子…134 講演者として参加して…………………………………………………… 清水法子…137 支部報告…………………………………………………………………………………… 138 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 146 事務局報告…………………………………………………………………… 松本良子…152 新入会員…………………………………………………………………………………… 164 英文摘要………………………………………………… 翻訳:クラウス・ルーメル…173 編集後記……………………………………………………………………… 鈴木弘美……179 第 30 号 1997 年 巻頭言 秩序感喪失の時代に……………………………………………… 吉岡 剛 …1 講演 子ども達に、生きる喜び、学ぶ喜びを………………………………… 小林 登 …2 モンテッソーリ法は子どもの解放をもたらしたか… ………………… 高祖敏明 …20 シンポジウム:内発的動機づけと環境 第 1 シンポジスト 保育と環境構成…………………………………… 小田 豊 …34 第 2 シンポジスト 発達心理学の立場………………………………… 滝沢武久 …38 第 3 シンポジスト 幼児の現す内発性と環境とのかかわり ―モンテッソーリの立場から………………………………………… 藤原元一 …45 シンポジウム司会者としての報告……………………… 天野珠子、林 信二郎 …54 論文・実践研究 モンテッソーリの人間学論:生命を中心に……………… クラウス・ルーメル …61 モンテッソーリの宗教教育……………………………………………… 江島正子 …70 モンテッソーリ教育環境−社会的変容と再考………………………… 甲斐仁子 …80 海外情報 第 22 回モンテッソーリ国際大会出席とモンテッソーリの足跡を訪ねる旅 …………………………………………………………………… 松本静子 …90 韓国におけるモンテッソーリ教員養成機関の現状 ―ソウル特別市地域を中心に…………………………………………… 洪淳康 …96 台湾におけるモンテッソーリ教育の発展の現状と問題点について …………………………………………………………………… 王 珍妮…103 書評 マリア・モンテッソーリ著;クラウス・ルーメル、江島正子共訳 『モンテッソーリ児童期から思春期へ』………………………………… 杉浦太一…110 第 30 回全国大会参加報告 講演者として参加して…………………………………………………… 深津高子…114 第 30 回大会に参加して… ……………………………………………… 徳田和子…115 広島から大会に参加して………………………………………………… 秋山広子…117 支部報告…………………………………………………………………………………… 120 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 128 事務局報告…………………………………………………………………… 松本良子…133 新入会員…………………………………………………………………………………… 151 英文摘要………………………………………………… 翻訳:クラウス・ルーメル…161 編集後記………………………………………………………… クラウス・ルーメル……166 − 189 − 第 31 号 1998 年 巻頭言 混沌の淵より……………………………………………………… 山下 悟 …1 講演 これからの幼児教育に期待するもの…………………………………… 西澤潤一 …2 愛を生きる:マザーテレサから学ぼう………………………………… 渡辺和子 …19 シンポジウム: 現代日本の幼児教育における最優先課題 第 1 シンポジスト 幼児の感性を育む―〈ふれる〉保育を通して …………………………………………………………………… 片山忠次 …28 第 2 シンポジスト 保育者の資質・能力の向上… ………………… 林 信二郎 …35 第 3 シンポジスト 幼児の心を育てる保育…………………………… 田中弘子 …42 論文・実践研究 いのちと愛の神秘…………………………………………… ガエタノ・コンプリ …46 モンテッソーリ教育における環境と教師……………………………… 松本静子 …58 少年犯罪の裏にあるもの―破壊的カルトとの出会いから… ………… 浅見定雄 …69 モンテッソーリ教育の与える影響 ―モンテッソーリ教育は、 保育上の問題をいかに解決するか… … 岡田耕一 …76 モンテッソーリ教具のもつ意味について ―縫い取りでの子どもの様子を通して…………………………… 高月教恵 …84 モンテッソーリ教育の普及とスクールボランティア ………………………………………………… 奥山清子、佐々木ゆう子 …95 子どもから学ぶモンテッソーリ教育………………………………… 岡山真理子…103 海外情報 ペルージア国際会議 ―科学しよう 平和に於ける科学の構築のために… …………… 埜村 恵…112 モンテッソーリ宗教教育のワークショップに参加して… …………… 江島正子…116 書評 アウグスト・スコッケラ著;堀井幹二訳『マリア・モンテッソーリ』 …………………………………………………… クラウス・ルーメル…124 S. カヴァレッティ他著;クラウス・ルーメル、江島正子共訳 『子どもが祈りはじめるとき―モンテッソーリ宗教教育』 … ……… 鷹觜達衛…128 第 31 回全国大会参加報告 モンテッソーリ園のたくましさを求めて……………………………… 下村 徹…132 昔、女ありけり…………………………………………………………… 鈴木弘美…133 支部報告…………………………………………………………………………………… 135 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 143 事務局報告…………………………………………………………………… 松本良子…149 新入会員…………………………………………………………………………………… 178 英文摘要 … …………………………………………… 翻訳:クラウス・ルーメル…188 編集後記……………………………………………………………………… 松本尚子……196 第 32 号 1999 年 巻頭言 21 世紀にむけて限りない前進を………………………………… 藤原元一 …1 講演 私たちをとりまく精神的状況の変化について………………………… 井原彰一 …2 障害児教育に学ぶ………………………………………………………… 江草安彦 …12 − 190 − 総目次 シンポジウム: 育つ心 育てる心 第 1 シンポジスト 幼児の感性を育む…………………… ドメニコ・ヴィタリ …14 第 2 シンポジスト モンテッソーリ教育に見た娘の成長… …………… 谷口泰司 …18 第 3 シンポジスト モンテッソーリ教育とわが子……………………… 安岐照実 …25 司会者としての報告……………………………………………………… 藤原元一 …29 論文・実践研究 我国におけるモンテッソーリ教育の諸動向 ―戦前期の各種状況(1)…………………………………………… 吉岡 剛 …35 幼稚園教育要領の改訂とモンテッソーリ教育………………………… 相良敦子 …49 今、モンテッソーリ教育の進むべき道は―理論編… ………………… 天野珠子 …58 感覚教具の役割と教師の手助け………………………………………… 前田瑞枝 …67 道徳教育とモンテッソーリ……………………………………………… 江島正子 …77 海外情報 第 23 回国際モンテッソーリ大会に参加して… ………… クラウス・ルーメル …86 パオリーニ先生の帰天…………………………………………………… 松本静子 …93 モンテッソーリ教育の宝石箱…………………… アントニエッタ・パオリーニ …94 書評 ガルザンティ社発行『モンテッソーリ全書』… ………… クラウス・ルーメル…105 吉田圭著『モンテッソーリの教育』… ………………………………… 吉岡 剛…108 第 32 回全国大会参加報告 艱難 ・ 忍耐 ・ 希望……………………………………………………… 谷本千佳代…112 全国香川大会の準備スタッフに参加して……………………………… 小林恭子…113 全国大会に参加して……………………………………………………… 中本恵子…115 支部報告…………………………………………………………………………………… 116 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 125 事務局報告…………………………………………………………………… 松本良子…131 新入会員…………………………………………………………………………………… 145 英文摘要………………………………………………… 翻訳:クラウス・ルーメル…153 編集後記……………………………………………………………………… 松本静子……160 第 33 号 2000 年 巻頭言 21 世紀を迎えて… …………………………………………… 林 信二郎 …1 講演 「受け入れ」の美徳… ……………………………… レニルデ・モンテッソーリ …2 モンテッソーリの道徳教育…………………………… ヴィンフリット・ベーム …10 シンポジウム:子どもに学ぶ自然の法則 第 1 シンポジスト 保育者に問われるもの……………………………… 天野珠子 …31 第 2 シンポジスト モンテッソーリ教育と自然の法則………………… 川村洋子 …38 第 3 シンポジスト モンテッソーリ法の成立過程を辿りつつ… …… 関 聡 …48 司会者としての報告 … ………………………………… 藤原元一、奥山清子 …53 論文・実践研究 劇あそびとモンテッソーリ教育………………………………………… 飯村静江 …61 我国におけるモンテッソーリ教育の諸動向(2)学術・学会等に見られる状況 …………………………………………………………………… 吉岡 剛 …70 保育現場に活かす研修会のもち方……………………………………… 下條善子 …95 心理学の動向とモンテッソーリ教育―アメリカを例として… ……… 甲斐仁子……102 − 191 − 身近な自然と知的発達…………………………………………………… 米島幸子……112 海外情報 イタリア・モンテッソーリ協会の活動内容およびローマ大学の 教育実習受け入れについて……………………………………… 前之園幸一郎……118 韓国におけるモンテッソーリ教育法の受容に関する一考察………… 李善玉……125 ラウンドテーブル A モンテッソーリ教師の悩みについて … 中尾昌子、松本良子、吉田八重子…131 B「実践上の諸問題 」 に関する報告書… …… 江口裕子、前田辰恵、堀田和子…138 C モンテッソーリの宗教教育………………… 江島正子、加藤京子、中川明美…145 D 障害児受け入れ上の諸問題………………… 香川澄子、埜村 恵、町田 明…151 書評 相良敦子著『幼児期には 2 度チャンスがある』… …………………… 鈴木弘美…155 相良敦子著『お母さんの「発見」 』……………………………………… 江島正子…159 図書紹介 レニルデ・モンテッソーリ著;クラウス・ルーメル、江島正子共訳 『国境のない教育者』……………………………………… クラウス・ルーメル…162 第 33 回大会参加報告 第 33 回全国大会に参加して… ………………………………………谷本千佳代…166 支部報告…………………………………………………………………………………… 168 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 177 事務局報告……………………………………………………………………松本良子…183 新入会員…………………………………………………………………………………… 197 英文摘要 ……………………………………………… 翻訳:クラウス・ルーメル…205 編集後記……………………………………………………………………… 江島正子……213 第 34 号 2001 年 巻頭言 「モンテッソーリ教育」の自己点検・自己評価… …………… 甲斐仁子 講演 障害児のこころの発達を支援する………………………………… 古塚 孝 シンポジウム:21 世紀に期待するモンテッソーリ教育 第 1 シンポジスト 平和の希望としての子ども……………………… 片山忠次 第 2 シンポジスト 保育の両義性についての理解とバランス…… 林 信二郎 司会者としてのまとめ…………………………………………………… 相良敦子 シンポジウム:イタリア教育文化とモンテッソーリ教育 第 1 シンポジスト 文化的土壌の特質から……………………… 前之園幸一郎 第 2 シンポジスト イタリア長期滞在から学んだこと… …………… 伊藤初美 第 3 シンポジスト モンテッソーリ教育とファンタジー… …… オムリ慶子 司会者としてのまとめ………………………………………………… 酒井ツギ子 論文・実践研究 20 世紀における改革教育の国際性…………………… ハラルド・ルドウィヒ… 国際的視野からみるモンテッソーリ教育……………………………… 松本静子… 新教育における反復説受容―モンテッソーリの提起した教育学的な地平 …………………………………………………………………… 山内紀幸… 幼稚園におけるモンテッソーリ教育の課題と取り組み… …………… 天野珠子… チッタ・ディ・カステッロにおける第一回モンテッソーリ・コースと その背景…………………………………………………………… 前之園幸一郎… 海外情報 第 24 回国際モンテッソーリ世界会議に参加して……… クラウス・ルーメル… − 192 − …1 …2 …11 …15 …19 …21 …25 …29 …33 …35 …50 …60 …69 …78 …87 総目次 海峡両岸におけるモンテッソーリ現状について… …………………… 劉 冷琴 …92 ラウンドテーブル A 教師の養成・研修について……………………………… 中尾昌子、松本良子…101 B 乳児・未満児保育について……………………………… 埜村 恵、江口裕子…105 C 両親教育について………………………………………… 戸田恵子、廣澤弓子…108 D 障害児受け入れの問題について……………………… 町田 明、荻野美佐子…112 E 環境設定について………………………………………… 堀田和子、前田瑞枝…117 F 園経営について………………………………………… 江口浩三郎、杉山敦子…121 G 宗教教育について……………………………………… 江島正子、高月教恵、 …………………………………………………… 高橋雅子、木曽佐栄子…128 書評 片山忠次著『子どもの育ちを助ける』… …………………………… 林 信二郎…133 江島正子著『モンテッソーリの宗教教育』… ………………………… 相良敦子…137 第 34 回全国大会参加報告 第 34 回全国大会に参加して… ………………………………………… 鈴木一宏…141 第 34 回全国大会に参加して… ………………………………………… 今井美麻…142 支部報告…………………………………………………………………………………… 143 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 150 事務局報告…………………………………………………………………… 松本良子…156 新入会員…………………………………………………………………………………… 179 英文摘要………………………………………………… 翻訳:クラウス・ルーメル…186 編集後記……………………………………………………………………… 鈴木弘美……191 第 35 号 2002 年 巻頭言 21 世紀の「モンテッソーリ教育」… ………………………… 荻野美佐子 講演 人間らしさの回復をいかにはかるか ―子どもたちに豊かな自然と人間関係と文化を… ………………… 大田 堯 シンポジウム:一般園でモンテッソーリ教育に学んできたもの―経過・内容・ 子どもの変化 第 1 シンポジスト モンテッソーリ教育導入の過程について ………………………………………………………………… 沖野由紀子 第 2 シンポジスト 一般園でモンテッソーリ教育に学んできたもの …………………………………………………………………… 鳴海英美 第 3 シンポジスト 一般園へのモンテッソーリ教育の受容過程について ………………………………………………………………… 森本喜久子 第 4 シンポジスト モンテッソーリ教育のあゆみ…………………… 海道洋子 第 5 シンポジスト 第二期導入期としての再出発…………………… 舟山千佳 司会者としての報告……………………………………………………… 天野珠子 論文・実践研究 モンテッソーリにおけるコスモス(宇宙)… ………………………… 江島正子 保育環境における色彩演出と効用―ヨーロッパの保育室を例として …………………………………………………………………… 杉浦篤子 平和教育としてのモンテッソーリ教育………………………………… 松浦公紀 フィートリッヂ緑が浜保育園の乳児への取組み… …………………… 埜村 恵 モンテッソーリ教師の自己教育について…… 奥山清子、林 基子、高月教恵 保育の中に見られる教師のモンテッソーリ児童観… 下條裕紀媛、福原千穂 − 193 − …1 …2 …12 …16 …20 …24 …30 …34 …36 …49 …59 …69 …80 …94 年齢縦割りクラスの中で見えた子どもの姿……………… 細川祥子、森 純子…104 海外情報 モンテッソーリ研修大会に出席してミュンスター(ドイツ)ミネアポリス (アメリカ)………………………………………………… クラウス・ルーメル … 112 ラウンドテーブル A 教師養成・研修について… …………………………… 松本良子、前田瑞枝…117 B 平和教育をめぐって… ………………………………… 乾 盛夫、白井祥子…122 C 宗教教育について… …………………………………… 江島正子、廣澤弓子…128 D 3 歳未満児保育について… ………………………… 小池良枝子、天久真理…133 E 障害児保育について… ………………………………… 町田 明、岡本仁美…136 F 親・地域との連携… ………………………………… 下條裕紀媛、中尾昌子…140 G 一般園へのモンテッソーリ教育の導入について…天野珠子、倉田佐恵子…144 H 園の経営について… ………………………………… 江口浩三郎、杉山敦子…148 書評 M. シュウェークマン『モンテッソーリ』 、H. レーンデルス『モンテッソーリ事例』 ……………………………………………………… クラウス・ルーメル…152 図書紹介 冨樫行慶著『モンテッソーリ幼児教育の原点』 ―「待つ」ということ…………………………………………………… 鈴木弘美…157 第 35 回大会参加報告 第 35 回大会事務局長をつとめて… ………………………………… 野原由利子…159 第 35 回全国大会実行委員長として… ………………………………… 田中稔子…160 第 35 回全国大会に参加して… ………………………………………… 澤村育栄…161 第 35 回全国大会に参加して… ………………………………………… 蘇川千晃…162 第 35 回全国大会に参加して… ………………………………………… 村田尚子…163 スリランカのモンテッソーリアンからの挨拶…… プシュパ・アルトガマゲ…164 支部報告…………………………………………………………………………………… 167 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 178 事務局報告…………………………………………………………………… 松本良子……184 新入会員…………………………………………………………………………………… 206 英文摘要………………………………………………… 翻訳:クラウス・ルーメル……218 編集後記……………………………………………………………………… 鈴木弘美……224 第 36 号 2003 年 巻頭言 21 世紀の 「 モンテッソーリ教育への期待」… ……………… 押川リンコ モンテッソーリ未発表資料 新しい世界と教育:1947 年コロンボ教員養成コース講演 ……………………………… マリア・モンテッソーリ 訳:江島正子 講演 平和・癒しの礎《ヌチドゥ宝》… ………………………………… 押川壽夫 シンポジウム:子どもと共にめざす平和 第 1 シンポジスト マリアモンテッソーリの平和への努力 …………………………………………………………………… 江島正子 第 2 シンポジスト 武器ではなく教育で実現する平和… …………… 相良敦子… 第 3 シンポジスト 子どもと共に創る「平和」… …………………… 板東光子… 第 4 シンポジスト 子どもと共に歩み、生活の中で実践され生きている平和 ………………………………………………………………… 渡邉満智子 司会者としての報告……………………………………………………… 林信二郎 − 194 − …1 …2 …10 …20 …25 …29 …33 …38 総目次 論文・実践研究 マリア・モンテッソーリの平和教育における倫理と宗教 ………………… ハラルド・ルードウィヒ 訳:クラウス・ルーメル …40 モンテッソーリ園の実施状況の実態分析I―Montessori 教育の効果の問題から …………………………………………………………………… 藤原元一 …71 「保育観」意識調査 ―モンテッソーリ教師と一般保育者の比較から …………………………………………………………………… 天野珠子 …79 モンテッソーリにおける社会改革者的姿勢とそれを支える根本思想 ……………………………………………………………… 前之園幸一郎 …89 モンテッソーリメソッドにおける幼児の音楽教育… ……………… 西 千雅子 …98 ラウンドテーブル 1 自園での教員養成・園内研修について… ……………… 下條善子、鳴海英美…107 2 障害児保育について―統合保育実践上の諸問題… ……… 町田明、鈴木敬子…111 3 子どもの宗教心と平和への志向について… …………… 鷹觜達衛、当間弘子…116 4 地域社会・小学校との交流や連携について… ……… 松本良子、江口浩三郎…120 5 一斉保育からモンテッソーリ教育への移行について… … 天野珠子、中尾昌子…125 6 2 歳児保育について……………………………………… 村上貞子、玉城章子…130 書評 早田由美子著『モンテッソーリ教育思想の形成過程:「知的生命」の援助を めぐって』… ……………………………………………………… 荻野美佐子…134 藤原元一著『モンテッソーリ教育―やさしい解説―』…クラウス・ルーメル…139 坂井泉著『「モンテッソーリ教育」で子どもの才能が見つかった 自分を見失わない人間を育てる、一歳からの幼児教育』………… 鈴木弘美…143 江島正子著『たのしく育て子どもたち―モンテッソーリ教育』……… 林信二郎…147 第 36 回全国大会参加報告 第 36 回全国大会参加報告… …………………………………………… 乾 盛夫…151 第 36 回全国大会に参加して… ………………………………………… 笹原美希…152 第 36 回全国大会を終えて… ………………………………………… 与世田明美…153 大会を終えて……………………………………………………………… 玉城典子…154 支部報告…………………………………………………………………………………… 156 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 168 事務局報告…………………………………………………………………… 松本良子…174 英文摘要………………………………………………… 翻訳:クラウス・ルーメル…210 編集後記……………………………………………………………………… 松本静子…213 第 37 号 2004 年 巻頭言 モンテッソーリ教育における喫緊の要務… …………………… 江島正子 …1 講演 モンテッソーリ教育から私が学んだこと……………………………… 汐見稔幸 …2 乳幼児期における人格発達の重要性 ……………………… シルヴァーナ Q. モンタナーロ 訳:三浦勢津子… …14 シンポジウム:子どものいのちとモンテッソーリ教育 第 1 シンポジスト あなたは選び抜かれて生まれた…………………… 赤羽恵子 …25 第 2 シンポジスト 「 生きる力 」 の基礎を育てるという視点から… … 林 信二郎 …30 第 3 シンポジスト 現代社会の快適さの追及と子どもをめぐる現実 ……………………………………………………………… 前之園幸一郎 …34 − 195 − 第 4 シンポジスト スペシャルニーズのある子ども…………………… 松本静子 …39 司会者の報告……………………………………………………………… 甲斐仁子 …45 論文 ドルトン・プランとその現代的意義―モンテッソーリ教育に学ぶ …………………………………………………………………… 後藤恭子 …48 モンテッソーリと J. コルチャッ クの子ども存在に関する思想の比較研究 ………………………………………………………………… 小田倉 泉 …59 モンテッソーリと倉橋惣三―環境構成を中心に… …………………… 髙月教恵 …71 実践報告・事例報告 社会的発育について……………………………………………………… 川村洋子 …80 植物の観察―子どもたちと植物を育て、観察し、見守ることを通して生命を考える …………………………………………………………………… 牛嶋恒美 …89 海外情報 Éducateurs sans Frontières〈国境のない教育者〉に参加して ……………………………………………………… クラウス・ルーメル…100 ラウンドテーブル A シンポジウムを受けて …赤羽恵子、林信二郎、前之園幸一郎、松本静子 司会:前田辰恵……106 B 0 歳〜 3 歳の保育について……………… 小池良枝子、江口裕子、中山香織…111 C 障害児を受け入れて… ………………… 谷本千佳代、岡本仁美、鈴木敬子…115 D モンテッソーリ教育の導入… ……… 中尾昌子、菅原けい子、朝比奈太郎…120 E モンテッソーリ教師の悩みとよろこび…… 野村緑、木村悦子、鈴木一宏…124 書評 クラウス・ルーメル著『ルーメル神父来日 68 年の回想』 『モンテッソーリ教育の精神』………………………………………… 鈴木弘美…128 天野珠子著 『あいじゅだより : モンテッソーリ教育を実践する幼稚園から』 …………………………………………………………………… 藤原元一…134 相良敦子、田中昌子著『お母さんの工夫:モンテッソーリ教育を手がかりとして』 …………………………………………………………………… 甲斐仁子…138 シルヴァーナ Q. モンタナーロ著『いのちのひみつ』………………… 高根文雄…141 第 37 回全国大会参加報告 第 37 回全国大会を終えて… …………………………………………… 町田 明…145 子どもに生きる(社会の中で)… ……………………………………… 杉山敦子…146 全国大会に参加して……………………………………………………… 池田誠人…147 支部報告…………………………………………………………………………………… 148 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 159 事務局報告…………………………………………………………………… 松本良子…167 英文摘要 ……………………………………………… 翻訳:クラウス・ルーメル…208 編集後記…………………………………………………………………… 荻野美佐子…217 第 38 号 2005 年 巻頭言 モンテッソーリ教育における「教育と平和」… …………前之園幸一郎 追悼 藤原先生、また会う日まで:九州地区モンテッソーリ教育の先駆者 ……………………………………………………… クラウス・ルーメル モンテッソーリ未発表資料 子ども社会党の目標………………… マリア・モンテッソーリ 訳:江島正子 − 196 − …1 …2 …3 総目次 講演 乳児のための環境づくり… シルヴァーナ Q. モンタナーロ 訳:三浦勢津子 …6 0 歳からの発達………………………… ジュディ・オライオン 訳:深津高子 …14 公開対談 次世代育成力を巡る動き:メディアと子ども ………………………………………………… 清川輝基 対 相良敦子 …53 シンポジウム:モンテッソーリ教育と次世代育成力 第 1 シンポジスト 次世代育成力… ……………………………………名村啓史 …62 第 2 シンポジスト 「幼稚園における障害のある幼児の受け入れや指導 のあり方」から…………………………………………………………徳田和子 …66 第 3 シンポジスト 次世代育成支援時代の保育園の役割 ―学童の生活 ……………………………………………………………………海道洋子 …70 司会者としての報告………………………………………………………天野珠子 …76 論文 モンテッソーリ、フェミニズムの変遷―医学と教育学のはざまで ……………………………………………………………………最上 学 …79 実践・事例報告 IT社会におけるモンテッソーリ教育の展開―次世代をみつめて ……………………………………………………………………田中昌子 …90 モンテッソーリ教育に学ぶ家庭教育力再生への道のり… ……………三上恵子…100 園芸療法の立場から見た「モンテッソーリ教育」 ―生きているもの 植物を育てるということ… ……………………森 愛…110 2 歳半から親子で始めるモンテッソーリ教育… ………………………上村瑞枝…121 海外情報 イタリアにおけるモンテッソーリ教育の動き…………… ドメニコ・ヴィタリ…130 第 25 回国際モンテッソーリ協会主催シドニー世界大会に参加して ……………………………………………………………………深津高子…134 図書紹介 松村禎三著『見つける!伸ばす!幼児の潜在能力』… ………………鈴木弘美…140 江島正子著『世界のモンテッソーリ教育』… …………… クラウス・ルーメル…143 第 38 回全国大会参加報告 子どもが「お仕事を終わった!」あとの気持ち… ……………………相良敦子……145 第 38 回大会を終えて… ………………………………………………小池良枝子…146 第 38 回全国大会に参加して… …………………………………………大塚悦子…147 支部報告…………………………………………………………………………………… 149 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 161 事務局報告……………………………………………………………………松本良子…169 欧文摘要…………………………………………………… 訳:クラウス・ルーメル…175 編集後記…………………………………………………………………………関 聡…187 第 39 号 2006 年 巻頭言 「子どもの家」設立 100 年………………………… クラウス・ルーメル モンテッソーリ未発表資料 モンテッソーリからアデレーナへ ( インド発) ……………………………… マリア・モンテッソーリ 訳:江島正子 講演 モンテッソーリ教育の現代性について…………………………………渡邉和子 超少子化時代の幼児のくらし……………………………………………江草安彦 − 197 − …1 …2 …7 …21 シンポシウム:人格形成と環境 第 1 シンポジスト 五感体験、感情体験が心を育てる… ……………脇 明子 …33 第 2 シンポシスト 児童精神医学の臨床から見えてくるもの……… 古元順子 …39 第 3 シンポシスト モンテッソーリ、シュタイナー、そして神智学 ……………………………………………………………………衞藤吉則 …45 司会者としての報告…………………………………………………前之園幸一郎 …47 論文 モンテッソーリ教育思想にみる神智学的パラダイム ―シュタイナー教育思想との接点…………………………………衞藤吉則 …50 実践・事例報告 人間関係の正常化についての一考察―観察記録を通して… ……高月教恵 他 …69 モンテッソーリ教育における年長児の保育……………………………天野珠子 …79 学童期の学習活動に必要とされる幼児期に培われるべき力の検討− 書きことばの獲得と数量概念の形成に果たすモンテッソーリ教育の役割 …………………………………………………………………野原由利子 …91 小さな陽だまりで始めた母と子のモンテッソーリ教育… …………倉田佐恵子…102 心身の調和的発達と自立を援助する体育活動…………………………北冨晴美…111 海外情報 「子どもの家」100 年祭ローマ国際会議 Ⅰ……………………………松本静子…119 「子どもの家」100 年祭ローマ国際会議 Ⅱ……………… ドメニコ・ヴィタリ…122 ラウンドテーブル A 0 〜 3 歳児………………………………………………… 村上貞子、久万美子…127 B 3 〜 6 歳児………………………………………………… 前田瑞枝、秋田加代…132 C 障害児を受け入れて……………………………………………………水島智次…138 D 子育て支援………………………………………………… 水島解子、児山恵子…140 E 学童保育…………………………………………………… 戸田恵子、竹田康子…142 F 園内研修、指導者育成…………………………………… 佐藤良子、林 基子…146 図書紹介 クラウス ・ ルーメル監修『モンテッソーリ教育用語事典』……… 荻野美佐子…151 佐々木信一郎著『子供の潜在能力を 101% 引き出すモンテッソーリ教育』 ……………………………………………………………………林信二郎…154 池田政純、池田則子著『ひとりで、できた!』… ……………………甲斐仁子…158 第 39 回全国大会参加報告 第 39 回全国大会を終えて… ……………………………………………奥山清子…163 大会を終えて………………………………………………………………髙月教恵…164 第 39 回全国大会を終えて… ……………………………………………福原史子…165 大会に参加して……………………………………………………………堀内秀子…166 ワークショップを終えて…………………………………………………下條善子…166 支部報告…………………………………………………………………………………… 168 教員養成コース報告……………………………………………………………………… 182 追悼 メアリー・ヘイズさんの帰天……………………………… クラウス・ルーメル…192 埜村恵先生を偲んで………………………………………………………川村洋子…193 事務局報告 …………………………………………………………………松本良子…194 欧文摘要…………………………………………………… 訳:クラウス・ルーメル…201 編集後記………………………………………………………………………鈴木弘美…218 − 198 − 総目次 第 40 号 2007 年 巻頭言 生きる喜びと感動を子どもたちに………………………………赤羽惠子 …1 新旧会長交代について………………………………………… ドメニコ・ヴィタリ …2 モンテッソーリ未発表資料 カルフォルニア・レクチャー(1915 年 9 月 13 日) 子どもの運動と精神発達 …… マリア・モンテッソーリ 訳:クラウス・ルーメル、江島正子 …4 講 演 マリア・モンテッソーリの教育改革……………………ヨゼフ・ピタウ …14 シンポジウム:モンテッソーリ教育の継承と創造 第1シンポジスト 日本の幼稚園に奉仕できる喜びと感謝… ………乾 盛夫 …22 第2シンポジスト モンテッソーリ教育の継承と発展について… …江口浩三郎 …27 第3シンポジスト 教師養成コースの使命……………………………下條善子 …32 第4シンポジスト モンテッソーリ教育の継承と創造… …………林 信二郎 …37 司会者としての報告………………………………………………………天野珠子 …41 論文 モンテッソーリ教育の歴史的歩みと今日への問題提起… …前之園幸一郎… …44 実践報告 ・ 事例報告 モンテッソーリ治療教育における給食当番活動の実践からの一考察 …………………………………………………… 岡本仁美、勝間田万喜… …57 日本におけるモンテッソーリ教育の動向:第 39 回全国大会アンケート調査を通して ………………………………………… 福原史子、奥山清子、高月教恵… …71 6 歳までの教育をその後の教育内容から俯瞰してとらえる重要性 ……………………………………………………………………本田 豊… …82 海外情報 モンテッソーリ百年祭幼児教育国際交流大会報告 ……………………………………… 野原由利子、池田和子、村上 隆… …91 ラウンド・テーブル A 保育者の育ち合い… ………………………………… 野村 緑、朝比奈太郎……100 B 適切な援助のための観察力を身につけるには… …… 奥山清子、米島幸子……103 C 子どもの自己活動を育てる… ………………………… 田中弘美、安藝雅美……108 D 子どもを育む園庭の意味… ………………………… 中尾昌子、藤原江理子……111 E 保育者と保護者の育ち合い… ………………………… 杉山 智、前田辰恵……116 F 障害児との育ち合い… ………………………………… 鈴木弘美、森田倫代……120 図書紹介 前之園幸一郎著『モンテッソーリと現代―子ども・平和・教育 』 …………………………………………………………………林 信二郎…125 相良敦子著『親子が輝くモンテッソーリのメッセージ』…………… 島田美城…130 藤原元一・桂子・江理子著『モンテッソーリ教育―やさしい解説』 ………………………………………………………………………関 聡……134 第 40 回全国大会参加報告 第 40 回全国大会を終えて……………………………………………… 天野珠子……138 大会を終えて…………………………………………………………… 町田 明……140 第 40 回全国大会を振り返って………………………………………… 田中正浩……141 大会に参加して…………………………………………… 帆高壽壯、帆高圭子……144 支部報告………………………………………………………………………………… 145 教員養成コース報告…………………………………………………………………… 159 『モンテッソーリ教育』総目次 第 1 号~第 40 号… ……………………………… 168 事務局報告……………………………………………………………………松本良子……200 ≪英文摘要≫…………………………………………………… クラウス・ルーメル……209 編集後記………………………………………………………………………天野珠子……220 − 199 − 事 務 局 報 告 第 40 回 日本モンテッソーリ協会(学会) 全国大会プログラム 第1日目 8月7日(火曜日) 9:00 【受付(記念講堂)】 9:30 【開会式・オリエンテーション】 10:00 【基調講演】 「マリア モンテッソーリ(Maria Montessori)の教育改革」 11:30 13:00 14:30 15:00 ヨゼフ・ピタウ(大司教) 司会:ヴィタリ・ドメニコ 昼 【基礎講座Ⅰ】 【応用講座Ⅰ】 「モンテッソーリの伝「乳幼児期の環境構 記に見られる子ども 成と平和教育−0歳 の人格形成−理論と ∼6歳を中心に−」 松本 静子 実践の根拠づけ−」 クラウス・ルーメル (東京国際モンテッソーリ教師 13:45 13:55 南郷 治代 研究発表4 研究発表5 研究発表6 竹田 恵 村上 操子 松村 禎三 松本 巌 トレーニングセンター所長) (日本モンテッソーリ協会(学会)会長) 司会:前川さちえ 司会:木村悦子 司会: 天田松代 司会 : 青山 キヌ 司会 : 小池良枝子 14:40 15:00 14:30 15:00 【基礎講座Ⅱ】 【応用講座Ⅱ】 研究発表7 研究発表8 研究発表9 ワークショップ 「モンテッソーリの 「0歳から 12 歳まで 岡本仁美他 福原史子他 井川郁美 (感 覚) 宗教教育」 のモンテッソーリ教育」 司会:佐々木信一郎 司会:渡辺理恵 司会:下條裕紀媛 堀田 和子 江島 正子 16:30 休 研究発表1 研究発表2 研究発表3 菅原けい子 藤原桂子他 鈴木 義昭 ワークショップ 司会:前川さちえ 司会:木村悦子 司会:天田松代 (日常生活) 高根 文雄 (明和学園短期大学教授) (横浜モンテッソーリ 幼稚園園長) 司会 : 関 聡 司会 : 野原由利子 15:45 15:55 千葉 和恵 研究発表10 研究発表11 研究発表10 小川かおる 前鼻百合江他 三上 恵子 田村澄子他 畑山 晴子 司会:佐々木信一郎 司会:渡辺理恵 司会:下條裕紀媛 16:40 16:40 第2日目 8月8日(水曜日) 10:00 【特別講演】 テーマ「現代っ子不器用の証明 ̶ 脳力を手で伸ばす̶」 11:30 13:00 谷田貝 公昭(目白大学大学院教授) 司会:町田 明 昼 【講演Ⅰ】 【講演Ⅱ】 「モンテッソーリ教育 「日本におけるモンテッ の歴史的歩みと今日 ソーリ教育実践のルー ツとその後の発展」 への問題提起」 前之園幸一郎 赤羽 恵子 (青山学院女子短期大学教授) 14:30 15:00 16:40 17:00 18:00 18:30 20:30 司会 : 松本良子 (京都モンテッソーリ 教師養成コース委員長) 司会 : 岩田陽子 休 研究発表13 加藤 正仁 司会:五十嵐敦子 研究発表14 甲斐 仁子 司会:江島正子 13:45 13:55 研究発表15 本田 豊 ワークショップ (数) 廣澤 弓子 梅野 芳子 司会:五十嵐敦子 14:40 【ラウンドテーブル】 A:保育者の育ち会い D:子どもを育む園庭の意味 B:適切な援助のための観察力を E:保育者と保護者の育ち合い 身につけるには F:障害児との育ち合い C:子どもの自己活動を育てる 14:40 15:00 ワークショップ (言 語) 天野 珠子 伊藤 千恵子 吉村 るみ子 【平成18年度定期総会】 【懇親会】駒沢女子短期大学児童文化部 和太鼓「和」 「子どもの家」100周年記念ローマ国際会議参加VTR上映 第3日目 8月9日(水曜日) 9:00 【シンポジウム】 テーマ「モンテッソーリ教育の継承と創造」 【公開講座】10:00∼11:30 「モンテッソーリに学ぶ子どもの見方・ 乾 盛夫(鳴門聖母幼稚園) たすけ方−知っているのと、知らない 江口浩三郎(エミール保育園) のでは大ちがい−」 下條 善子(信望愛学園モンテッソーリ教師養成コース) 相良 敦子(エリザベト音楽大学教授) 林 信二郎(川口短期大学) 司会:天野 珠子 司会:福川須美 12:00 閉会式 12:20 − 200 − − 201 − 松本 良子 鈴木 成一 山本 雅子 − 202 − 第 41 回全国大会—予告— 開催期間:平成 20 年 8 月 1 日(金) ・2 日(土) 会 場:仙台白百合学園幼稚園 〒 981-3205 仙台市泉区紫山 1 - 2 - 1 ☎ 022 (777) 6777 大会テーマ: 「よりよいモンテッソーリ教育を!」 連 絡 先:大会事務局 ☎ 022 (777) 6777 第 42 回全国大会—予告— 開催期間:平成 21 年 8 月 1 日(土) ・2 日(日)・3 日(月) 会 場:福井市地域交流プラザ「AOSSA 」アオッサ 大会テーマ: 「教育に希望をつなぐために」 ―モンテッソ-リ教育の真髄をさぐる― 連 絡 先:大会事務局 ☎ 0776 (66) 2564 FAX0776(66)5715 − 203 − − 204 − − 205 − − 206 − 以下の方々と施設は、ご退職その他の事由によりご退会なさいました。 ご在会中のご活躍とご支援を覚え、心から敬意と謝意とを表させて頂きます。 お一人ひとりのご健勝と、各施設のご発展とを祈らせて頂きます。 本当にありがとうございました。 − 207 − 事務局新住所・執務曜日・時間等について − 208 − The History of the Montessori Education Movement And the Issues It Poses for Today Koichiro Maenosono January 6, 2007, marks the 100th anniversary of the opening of “ The Children’s Home.” In order to recall the great footprints left in the world by Montessori, “The 100th Year Celebration of the‘Montessori Children’s Home’”was held for two weeks from January 6, 2007. One thousand two hundred persons from forty-five countries around the world participated in the celebration. The issue of peace was prominent with a discussion of “How Can Peace Be Established Through Education?” as the main theme. Within this paper, I deal with the “The Children’s Home” against the social background of Italy at the opening of the 20th century and investigate the social-reformist significance of “The Children’s Home,” considering the issues it poses for today. − 209 − Food Serving Activity at Lunch Time in the Context of Montessori Hitomi Okamoto Maki Katsumata In this article we examine some aspects of handicapped education as they are realized through assigned lunchtime tasks within the context of the Montessori system at Umeda Akebono Gakuen. The objectives are as follows: 1. to nurture independence, self-reliance; 2. to enhance self-esteem through social interaction and cooperation; 3. to promote physical ability, especially motor skills; and 4. to enhance cognitive development. Serving lunch involves planning—an analysis of the physical environment, the selection of the most appropriate utensils, and a decision as to the correct place setting. It involves the interaction of handicapped people with staff and family and can involve people at all skill levels, placing them in an atmosphere that affirms their usefulness and encourages their independence. It is essential that staff have a thorough understanding of the Montessori educational system to more effectively address individual developmental needs and to promote the self-actualization of children with disabilities. − 210 − Trends in Montessori Education in Japan − Through an Analysis of the Questionnaire Distributed at the 39th National Convention − Fumiko Fukuhara Kiyoko Okuyama Norie Takatsuki The 39th National Convention of the Japan Association Montessori (JAM) was held in Okayama City from August 7 to 9, 2006. A questionnaire was distributed and 297 out of 597 participants (49.2%) responded to this survey. Most responders were young teachers in their 20s and 30s working in kindergartens or nursery schools all over Japan. We noticed that there was a clear regional deviation with respect to the responders. This survey also reveals their feelings regarding their daily experiences. Most Montessori teachers are pleased with children’s growth; however, they face some difficulties or trouble with respect to “feelings of inadequacy,” “the inability to communicate with parents,” and “cooperation with other teachers.” These problems should be taken up and discussed in future meetings or training courses. Comparing the participants of the Montessori Centenary Celebration held by AMI/USA in San Francisco in February, 2007, we found some differences. Ninety-three percent of participants were kindergarten or nursery-school teachers in Japan, whereas 20% of participants were in elementary education in San Francisco. In fact, we identified only a single participant as an elementary-school teacher in our survey. As for the regional deviation of participants, the tendencies were quite similar between the two countries. − 211 − The Importance of Education Prior to the Age of Six from the Perspective of Higher Education: How the Pink Tower Can Be Used to Prove the Sequential Equation in a Basic Analysis Yutaka Honda This equation represents what one learns during the first year of high school. In fact, this concept can be articulated using the pink tower, gold beads, and colored beads. Has the possibility (expansion) of Montessori educational materials been properly verified? Have kindergartens and nursery schools clearly grasped what is needed by students before they enter elementary school? After entering elementary school, students should not be left to advance solely on the basis of their innate abilities. Educators should verify the extent of the expansion. Currently, Montessori education in Japan, to a great extent, ends at six, but the tools offer great utility to the educator. Teachers have to be aware that they are planting the seeds of future possibilities, which is a very heavy responsibility. − 212 − モンテッソーリ教員養成コース I. 日本モンテッソーリ協会公認モンテッソーリ教員養成コース ・NPO 法人東京モンテッソーリ教育研究所・付属教員養成コース コース長 クラウス・ルーメル 〒 112-0002 東京都文京区小石川 2 丁目 17 番 41 号 富坂キリスト教センター 2 号館 ☎ 03-5805-6786 / fax 03-5805-6787 http: //www.ti-montessori-e.main.jp/ ・九州幼児教育センター・トレーニングコース (モンテッソーリ教員養成コース) 所長 藤原 江理子 〒 811-3425 福岡県宗像市日の里 7-21-4 ☎ 0940-36-7008 E-mail: [email protected] http: //homepage4.nifty.com/ktcourse/ http: //hpm3.nifty.com/ktcourse/(携帯サイト) ・信望愛学園モンテッソーリ教師養成コース 委員長 佐々木 良晴 〒 735-0014 広島県安芸郡府中町柳ヶ丘 36-7 ☎ 082-581-1337 ・京都モンテッソーリ教師養成コース 委員長 赤羽 恵子 〒 612-0817 京都府京都市伏見区深草向ヶ原町 17 ☎ 075-641-8410(8280) E-mail: [email protected] ・純心モンテッソーリ教員養成コース 長崎純心大学学長 片岡 千鶴子 〒 852-8558 長崎県長崎市三ツ山町 235 ☎ 095-846-0084(代) − 213 − II. 国際モンテッソーリ協会公認モンテッソーリ教員養成コース 東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター 所長 松本 静子 〒 228-0801 神奈川県相模原市鵜野森 2-20-2 ☎ 042-746-7933 E-mail: [email protected] http: //www.geocities.jp/ami_tokyojp/ III. 日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成コース 〒 145-0063 東京都大田区南千束 2-3-1 ☎ 03-3727-9864 E-mail: [email protected] http: www.sainou.or.jp@monte-new/ IV. うめだ・あけぼの治療教育職員養成所 〒 123-0851 東京都足立区梅田 7-19-23 ☎ 03-3889-1700 − 214 − 『モンテッソーリ教育』第 41 号原稿募集 <論文・実践報告・事例報告> 内容……自由、分量……原稿用紙(400 字詰)25 枚以内(ヨコ書き) <書評・海外情報> 分量……原稿用紙(400 字詰)10 枚程度(ヨコ書き) <執筆要領>(論文、実践報告・事例報告) 『モンテッソーリ教育』への投稿は、次の規定に従うものとする。 1.論文のテーマは、モンテッソーリ教育に関する理論と実践についての研究、 およびモンテッソーリ研究に関連したものであること(未刊行のものに限る) 。 2.論文原稿は、ヨコ書きとし、次の点を厳守すること。 ①本文は、図、表、注を合わせ、400 字詰原稿用紙 25 枚以内とすること。 (た だし、注および引用文献は、1 字 1 ますとする。算用数字と欧文は 2 字 1 ま すとする)。ワープロ使用の場合は 32 字 33 行の書式で 10,000 字以内。 ②図、表は文中に挿入せず、別の用紙に貼付し、論文原稿には挿入すべき箇所 を指定しておくこと。 ③制限枚数をこえた場合は、書き直しを求めることがある。 3.原則として常用漢字、新仮名づかいを使う。 4.注および引用文献は、原則として文中の該当箇所の右肩に(1) (2)として 表記しておいて、論文原稿の末尾にまとめる。 5.引用文献の記述の形式は、次の通りである。 (1)紀尾一郎『モンテッソーリ教育学』エンデルレ書店、1995 年、30 〜 35 頁。 (2)藤井 勝『モンテッソーリ教育学の性格』、東京太郎編『モンテッソーリ 教育の理論』新教育学全集第 3 巻、西風社、1994 年、230 〜 236 頁。 (3)太田さゆり「モンテッソーリと新教育」 『ペスタロッチ学会紀要』第 5 巻、 1995 年、50 頁。 (4)Montessori, M., Das Spannungsfeld (Wien:Herder. 1979) pp. 33-40. (5)Moller, A., “Models in a New Education”, In Merton R. K, (ed, ), Sociology Today (New York: Paulist Press, 1959), p.145. (6)Newman S., “On the Montessori Tomorrow”. German Review 24 (1959), p.750. (7)ibid., p. 779. 6.欧文摘要(200 語程度)及びその邦訳(400 字程度)を添付すること。 − 215 − 7.原稿は 3 部(コピーでよい)提出すること。ワープロ使用の場合は完成原稿 のほかにそのファイルを入れた FD 又は CD-ROM(MS-DOS テキスト変換し たもの)を添付し、ディスクの表に使用機種名および氏名、ファイル名を記入 すること。なお、和文の句読点はテン(、)及びマル(。 )を使用のこと。 <原稿締切> 2008 年 9 月末日(期日厳守) <原稿提出先> 〒 112-0002 東京都文京区小石川 2 丁目 17 番 41 号 富坂キリスト教センター 日本モンテッソーリ協会 モンテッソーリ教育編集委員会 *原稿には勤務先、氏名(フリガナ付記)を記入して下さい。 *図版等で多額の出費を要する場合、執筆者に負担を求めることがあります。 *連続投稿はご遠慮下さい。 *ディスクと一緒にハードコピー(出力紙)を添えてご提出下さい。文字化けが 生じても、復元することができます。 *ソフトは、Word(ウインドウズ、マッキントッシュ)や Excel をご使用下さい。 その他のソフトをご使用の場合には、テキストファイルで保存したデータをご 用意下さい。 *ディスクはケースに入れる等、破損を防ぐ工夫をお願いします。 − 216 − 『モンテッソーリ教育』論文投稿規定 『モンテッソーリ教育』における「論文・実践研究」については、以下の投稿規 定に従うものとする。 投稿資格 1)本学会会員 2)本学会会員と共同研究を行う者 3)特に編集委員会が認めた者 投稿原稿 1)投稿原稿は未発表のものに限る。また、他の学術雑誌に投稿予定 の論文は投稿することができない。 2)分量および書き方は、別に定める執筆要領による。 採否 1)投稿原稿は編集委員会で査読する。 2)査読結果により、所定期間内に旧原稿と修正箇所を明記した文書 を添えて再提出する。旧原稿の返却後、期限内に再提出されない 場合は、期限切れにより原稿の撤回とみなされる。著者の都合に より撤回する場合は、その旨を編集委員会に書面で連絡する。撤 回された原稿が再度提出された場合は、新投稿論文として扱う。 3)投稿者は査読結果に異議があるとき、編集委員会に書面により反 論を申し述べることができる。それに対して編集委員会は書面に より回答する。 著作権 本誌の掲載文に関する著作権は原則として日本モンテッソーリ協会に 帰属する。したがって、本学会が必要とする場合は転載し、第三者か ら本学会著作物等の複製あるいは転載に関する承諾の要請があり本学 会において必要と認めた場合は、著作者に代わって承諾することがで きるものとする。また、編集委員会が本業務を代行する。 − 217 − 日本モンテッソーリ協会編集委員会規定 (目的・定義) 第 1 条 日本モンテッソーリ協会編集委員会(以下「委員会」という)は、会 則第 4 条第 4 号に則り設置され、学会誌『モンテッソーリ教育』の 刊行を目的とし、年 1 回発行する。 (使命) 第 2 条 本 誌はモンテッソーリ教育の理論と実践に関する研究、論文、実践、 書評、学会通信等、会員のモンテッソーリ教育研究活動に関連する記 事を記載する。 (構成) 第 3 条 本誌の編集には、理事会の委嘱を受けた委員から構成される委員会が あたるものとする。 (任期) 第 4 条 編集委員の任期は 3 年とする。但し、再任を妨げない。 (委員長) 第 5 条 委員会には委員長 1 名をおく。委員長は委員の互選によって選出する ものとする。 (幹事) 第 6 条 委員会の事務を円滑に行うため幹事若干名をおく。 (業務) 第 7 条 本誌各号の内容及び投稿論文の掲載採否については、委員会の合議に よって決定する。 第 8 条 掲載を予定される原稿内容及びその他について、委員会が再考を求め ることができる。 第 9 条 図版等で多額の出費を要する場合、執筆者の負担を求めることがある。 第 10 条 執筆者による校正時の大幅な修正は、原則としてこれを認めないもの とする。 附則 2006 年 8 月 9 日 施行 − 218 − JAPAN ASSOCIATION MONTESSORI Board Klaus Luhmer*(Hon. President) Masako Nakao Koichiro Maenosono*(President) Domenico Vitali*(Vice President) Akira Machida*(Vice President) Ryoko Matumoto*(General Secretary) Keiko Akabane* Tamako Amano* Mitsuko Bando Masako Ejima Ph.D.* Eriko Fujiwara Shinjiro Hayashi* Morio Inui Kimiko Kai Chizuko Kataoka Yoshieko Koike Yuriko Nohara Kiyoko Okuyama Atsuko Sagara Shinichiro Sasaki Yoshiharu Sasaki Yukie Shimojo Satoshi Seki Sadayoshi Tai Inspector Seiichi Suzuki Masako Yamamoto *member of the Executive Board Yurie Maehana Shizuko Matsumoto* MONTESSORI EDUCATION Editors Masako Ejima Ph.D.*(Chief Editor) Klaus Luhmer* Tamako Amano* Shinjiro Hayashi* Kimiko Kai Koichiro Maenosono* Shizuko Matsumoto* Yuriko Nohara Kiyoko Okuyama Atsuko Sagara Satoshi Seki Hiromi Suzuki* Domeniko Vitali* − 219 − Secretary Yoshie Honda Kaori Hirotsu Hiroko Tanaka *Executive Editors 編集後記 遅くなりましたが、 「モンテッソーリ教育」第 40 号をここにお届けいた します。今号は、第 40 冊目という記念すべき号となり、巻末にこれまで の「モンテッソーリ教育」第 1 号から第 40 号までの総目次を掲載させて いただきました。第 1 号(1968 年)の目次には、今日のモンテッソーリ 教育の発展に貢献された草創期の先生方のお名前が連なり、懐かしくまた 感慨もひとしおです。 さらに昨夏開催されました、第 40 回大会は、子どもの家開設 100 周年 の記念すべき大会 ( 学会 ) でもあり、大会テーマ「モンテッソーリ教育の 継承と創造」にちなんだシンポジウムでの提言や基調講演でのヨゼフ ・ ピ タウ氏の玉稿も掲載することができました。大会発表の中からも論文、実 践報告など参加できなかった方々にも参考となる内容を掲載できました。 ラウンド ・ テーブルは「育ち合い」を主とした内容を各方面から話し合え るように企画されたものですが、各グループの話し合いの内容を知るため、 実践家の先生方には特に参考になると思います。 その他、ルーメル先生、江島先生によるモンテッソーリの未発表講演の 訳、3 冊の新刊図書紹介、など盛り沢山でしかも充実した記念号となった のではないかと思います。 大会閉会式において当協会(学会)のクラウス・ルーメル氏のご勇退が ご自身から発表され大きなショックを参加者一同が受けましたが、永い間、 モンテッソーリ教育の普及・発展にご尽力頂いた功績に敬意を払い、副会 長のドメニコ・ヴィタリ氏よりその経緯も紹介されております。前之園幸 一郎新会長のもと、モンテッソーリ教育の継承と創造がこれからも続くこ とを期待しております。 ご多忙の中をご投稿下さいました諸先生方に御礼申し上げ、編集後記と させて頂きます。 (天野珠子) − 220 − 『モンテッソーリ教育』編集委員会 委員長 江島正子(明和学園短期大学) 委 員 クラウス・ルーメル(上智大学) 前之園幸一郎(青山学院女 子短期大学) ドメニコ・ヴィタリ(イグナチオ教会)松本静 子(東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター) 江 島正子(明和学園短期大学) 天野珠子(駒沢女子短期大学) 奥山清子(ノートルダム清心女子大学) 甲斐仁子 (藤女子大学) 相良敦子(エリザベト音楽大学) 鈴木弘美(HYS 教育研究所) 関聡(久留米信愛女学院短期大学) 野原由利子(名古屋芸術 大学) 林信二郎(川口短期大学) 欧文校閲 クラウス・ルーメル 幹 事 本多ヨシヱ 廣津香織 田中浩子 2008 年 3 月 31 日 発行 発行所 日本モンテッソーリ協会 〒 112-0002 東京都文京区小石川 2-17-41 富坂キリスト教センター 2 号館 B 棟事務室 TEL・Fax(03)3814-8308 URL: http://wwwc.dcns.ne.jp/~montessori/ URL: http://pweb.cc.sophia.ac.jp/~luhmer/ e-mail [email protected] 郵便振替口座 00110-7-71777 代 表 会長 前之園幸一郎 編 集『モンテッソーリ教育』編集委員会 江 島 正 子 © 日本モンテッソーリ協会 印刷 (株)プリントボーイ プリントボーイ ビジネス サポートは、印刷や印刷周辺で発生する、 さまざまなビジネスシーンをサポートする貴社の社内印刷室です。 当社独自の商品、技術、サービスをご活用いただき、 さまざまなビジネスシーンにお役立てください。 ●紀要・論集・テキスト など大学印刷物全般 ●社内報、マニュアルな ど各種ビジネス印刷物 ●カタログ、パンフレット など広告・宣伝印刷物 ●デジタルカラー印刷機 によるカラー印刷物 ●データ作成、出力処理 などデジタル処理サー ビス ●在庫管理や保管サービス ●発送代行サービスやデ リバリーサービス お客様の多用なご要望にお応えするため、ネットワークや専門家集団を組織しています 株式会社プリントボーイビジネスサポート 〒157-0062 東京都世田谷区南烏山6丁目24番13号 TEL:03-3309-1861 FAX:03-5315-3414 皆様のお陰でこの度、世界で3番目に国 際モンテッソーリ協会(AMI)本部より 認可され、モンテッソーリ教育に必要な、 教具・教材の製作・販売等、を許可され ました事、お知らせします。 国際モンテッソーリ協会(AMI) 設立後、初めて0∼6歳教師養 成コースが MATSUMOTO KAGAKU JAPAN て! け 駆 先 世界に ※詳しくお知りになりたい方は、 当方までお問い合せください。 松本科学工業有限会社 モンテッソーリ教育環境心理学研究所 松 本 修 二 ・ 愛 子 〒579-8002 東大阪市池の端町8―16 TEL 0729-81-4875 FAX 0729-86-0168 E-MAIL [email protected] モンテッソーリ
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