(演 題) 身近な昆虫「 セ ミ 」の謎に迫る

(学校名)
(発表者)
2年
1年
(演
(部の名称)
愛知県立知立高等学校
科学部員 3 名
科学部員 3 名
題)
身近な昆虫「
(顧問氏名)
セ
ミ
」の謎に迫る
科
星
学
野
部
芳
彦
(第 2 報)
1.はじめに
セミは、「夏の鳴く虫」や「セミ取り」として子どもからおとなまで身近に感じているカメムシ目の昆虫
だが生活史や生態に関しては昆虫学者にも未解明の謎が多い。そこで私たち知立高科学部では、昨年度、
セミの羽化殻(幼虫から成虫になる際に脱皮した抜け殻)の採集からその生活史の一端を調査・研究した
が、今年度は本校内のセミにマーキングを施し、その後の追跡調査をすることでセミの生態についてさ
らなる知見を得たのでここに報告したい。
2.調査内容と調査方法
(1) セミの羽化予報について
セミの羽化時期と気象条件との関係は、諸説あるが、温度との関係は十分考えられる。昨年我々は
北緯 35 度の名古屋地方でのスギ花粉の飛散が元日からの最高気温の積算値が 400 で始まるという経験
則に着目し、セミの羽化もこれに準じて、積算最高気温との関連から羽化予報を試みた。
2009 年の積算最高気温とセミの鳴き声の確認による初観察日から、『名古屋地方でのセミの羽化が
積算最高気温 3500 頃に始まる。
』との仮説を立てた。
今回は 2010 年の元日からの気象データから積算最高気温を計算し、2010 年夏の実際のセミの羽化
観察から仮説の真偽を考察する。
(2) セミのマーキング調査
野生動物の生態や行動を研究するにあたって「マーキング」という手法がある。野鳥を捕獲して足
環やタグをつけたり、羽毛に塗料をスプレーして追跡調査をすることはよく知られているし、サケな
どの回遊魚のヒレにタグを付けて放流したり、ウミガメへ発信機を装着することもよく話題になる。
昆虫の研究では、鱗翅目マダラチョウ科のアサギマダラがアマチュア研究者によるマーキング調査
で「渡りをする蝶」であることが判明し、マスコミにもよく取り上げられるようになった。
アサギマダラの翅には鱗粉の無い部分がある。ここで一旦この蝶を捕獲し、雌雄や翅のサイズなど
を記録した上で、その翅の鱗粉の無い部分に捕獲場所・捕獲者名・日付を油性ペンで記入した後に
放蝶する。このマーキングされた個体が別の場所で再捕獲されればどのくらいの時間をかけてどれだ
けの距離を移動したかがわかる。事実、日本にはいくつかのアサギマダラの追跡ネットワークが整備
され、日本からはるか台湾まで2千キロメートルも渡りをした個体もアマチュアの研究者によって確
認されている。
本校内では毎夏、千匹ほどの多数のセミが羽化していることが昨年の調査からわかった。そこで、
今回は校内でセミの成虫を捕獲し、マーキングを施して放ち、再捕獲を試みることでセミ成虫の行動
範囲や、自然状態での寿命などを確認しようと試みた。
実際の調査はつぎのような手順で行った。
知立高 2010 (研 1)
マーキング調査手順
①
正門前、生徒昇降口前のケヤキ、ソメイヨシノの樹木周辺で
セミの成虫を捕獲する。
②
捕獲したセミの成虫は性別、体長を記録し、右写真のように
油性マーカー(当初は黒・赤、後に白に変更)で捕獲月日と識別記
号(かな 2 文字+数字○○)をセミの前翅に大きく記入する。
③
放す際には、投げ上げないで、できるだけ捕獲場所近くへ静かに放すよう努める。
④
マーキングしたセミの追跡調査を効果的に行うため、本校生徒および職員はもちろん小中学生を含
めた知立市の一般市民の方々に協力をお願いするポスターを製作した。
このポスター(研究集録最終頁を参照)は、校内・市役所や市立図書館をはじめとする市内主要な
公共施設、小中学校、本校周りの店舗に掲示し、個人用のチラシも用意して、ひとりでも多くの目に
触れるようにした。
また、セミに関する情報提供は、直接訪問・電話・FAX だけでなく、セミ報告専用のメールアドレ
スを開設してさまざまな手段での情報収集につとめた。
3.結果と考察
(1) セミの羽化予報について
私たちは、セミの羽化が最高気温の影響が蓄積してある程度の積算温度に達するとその効果が現れると
考えていて、昨年の気象データとセミの羽化時期の結果から「積算最高気温 3500 度」を目安とした。
2010 年の知立付近でのセ
ミの初鳴きはアブラゼミが 7
月5日、クマゼミが7月6日
であった。これと気象データ
とを比較すると右のグラフ
のようになる。
積算最高温度は、7 月 11
日に 3500 度に達した。
2010 年 積算最高気温
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
しかし、セミの鳴き声が
0
初鳴き予想日
7 月 11 日
少し早かったかな?
な?
1/1
2/1
3/1
4/1
5/1
6/1
7/1
実際に確認されたのは予想
セミの初鳴き確認日
日より 6 日前の 7 月 5 日で
7月5日
この日までの積算最高温度
は 3300 度であった。
われわれのセミの羽化予想は数日の誤差で的中しているといえる。しかし、6 日という微妙なずれが生
じたのは、セミの羽化がスギの花粉の飛散とは異なって単に気温だけでなく、地温やそれまでの天候の
状況、土の乾燥度など温度以外の要因が複雑に絡み合っていることを示している。
今後は気温以外の要因も合わせて考慮した、より正確なセミの羽化予報に挑戦したい。
(2)
セミのマーキング調査について
セミへのマーキングは、羽化シーズンが始まり繁殖期が終る 7 月 13 日から 8 月 25 日までのべ 14 日間で
272 匹に行った。校内に生息するセミの総数からするとごく一部ではあるが、部員と顧問で可能な限りの
捕獲にあたったつもりである。捕虫網の数からは初年度としたらこれが限界であった。次の表にマーキン
グのために捕獲し、再捕獲できた匹数を表にあらわす。
18 件の再捕獲の内、本校の生徒・職員からの連
絡と部員や顧問による確認によるものが 13 件、一般市民や小学生からの情報提供が 5 件であった。
知立高 2010 (研 2)
2010 年度の知立高におけるセミマーキング調査結果
注:(
)内は、生存個体
クマゼミ
アブラゼミ
ニイニイゼミ
3 種セミの合計
捕獲数
181
90
1
272
再捕獲数
14 (10)
4 (3)
0 (0)
18 (13)
再捕獲率
7.7 (5.5)%
4.4 (3.3)%
0 (0)%
6.6 (4.8)%
大阪市立自然史博物館主催で 2007 年に長居公園でセミのマーキング
を参加者 383 名で2日間に渡り実施したことがあったが、捕獲総数 5489
生きたまま3回再捕獲された
クマゼミ♀
の『おか
3』 ↓
匹で再捕獲が 131 匹(再捕獲率 2.4%)であった。今回は、マーキングの
個体数は 20 分の 1 ではあったが、再捕獲率は長居公園の 2 倍であった。
このような野外調査の結果はその実施規模に相当左右されそうである。
今回の調査からつぎのようなセミの生態が明らかになった。
①
セミの行動範囲はそれほど広くなく、産卵・ふ化・羽化を一定の
地域で行い、世代交代をしている。
再捕獲地点はほとんどが本校から数 100 メートル以内であり、最遠は本校から南 3.13 キロメートルの刈
谷市立東刈谷幼稚園であった。この個体はクマゼミのオスだが、セミのオス成虫の腹部は鳴き声を効果的
に共鳴させるため空洞が多く、腸管などの内臓はわずかなため樹木の師管に口吻を差し込んで養分豊富な
樹液を摂取している。また、からだの大きさのわりに翅は小さく、トンボのように翅を水平に保ったまま
ではなく、飛行のためには激しい上下動が必要であって、遠方への移動は困難である。
さらに、樹液が豊富で、しかも異性個体が近く、産卵場所が確保された『セミにとって安住の地』があ
れば、わざわざ危険を冒してまで遠くへ移動する必要はなくなるはずである。
したがって多くのセミ個体は比較的狭い地域で一生を終えると考えられる。
ただ、地球の温暖化によって、もともと南西日本に生息しているクマゼミの分布が東に移動していると
いわれている。セミの分布範囲の拡大速度の測定記録はほとんど無いが、環境が変化して成虫のふ化率が
高まって個体数が増加し、繁殖期に 1 キロメートルほどの移動で新たな安住の地を見つけながら分布を
徐々に広げていったのだろうと想像できるが、果たして実際にどのくらいの速度なのだろうか。
②
セミ成虫の寿命は、従来「1 週間のはかない命」とよくいわれるが 2~3 週間は生存している。
今回のマーキング調査でもっとも長命のセミは、右上写真のクマゼミ♀「おか3」で、マーキングされ
た日に羽化したとしても最低 18 日間生きていた。
アブラゼミ♂「かみ5」は、8 月 3 日にマーキングして、9 月 9 日に地域の方から連絡を頂いた。未確認
であるが、その日まで生きていたとすると、なんと 37 日間の寿命ということになる。
4.おわりに
「自然誌」とは、
「自然が自ら語る物語」のことをいう。しかし、その物語はただ耳をすますことだけで
は得られない。私たちは地域の方々の協力で貴重なデータを手に入れ、
「セミの自然誌」を垣間見ることが
でき、セミを取り巻く自然の仕組みの絶妙さや不思議さに心から感動している。
昨年 10 月の COP10 で生物や生態系の多様性への社会全体の関心も高まってきたようだ。今後も学校内
から外に目を向け、身近な自然から地球全体に視野を広げて、地域の一般市民の方々とともに身のまわり
の生きとし生けるものが語る「自然誌」に耳を傾け続けていきたい。
5.参考文献
沼田英治・初宿成彦,都会にすむセミたち 温暖化の影響,海游社(2007)
.
長野県自然教育研究会編,長野県自然観察事典 動物編,長野県自然教育研究会(1995)
知立高 2010(研
3)
WANTED
印のついたセミをさがしています。
サインペンではねに印のついたセミをみつけたらご連絡願います。
印のついたセミをみつけたら…
1
セミのはねにかかれている文字(左:日付、右:個体識別記号を示しています。)
右上の例では「7 月 30 日 ほし7」と書かれています。
オス
メス
2 オス・メス(右の写真のように腹弁の有無でわかります。)
3 みつけた場所(できるだけくわしく)
4 生きているか、死んでいるか
5 発見者の氏名と連絡先
1~5を明記して E メールか FAX で下記までご送付願います。
また、印のついたセミ(標本でも OK です。) を知立高校まで
お送りいただけると幸いです。セミはティッシュペーパーなど
にくるみ、つぶれないように箱に入れてください。
※直接知立高校にお持ちいただいてもかまいません。
※標本が送れないときは、はねの記号をデジカメで撮影し、
画像をメールで送付いただいても結構です。
連絡先
〒472-8585 知立市弘法二丁目 5 番地 8
愛知県立知立高等学校 科学部 顧問・教諭 星野 芳彦
電話 0566-81-0319
FAX 0566-81-5297
E メール semichosa@ chiryu-h.aichi-c.ed.jp
市民のみなさまへ
知立高科学部では、昨年よりセミの研究をしています。
セミは、羽化して「一週間のはかない命」とよく言われます。
しかし、実際にその短い期間にどのくらいの距離を移動してい
るか、成虫の寿命が本当はどのくらいなのかなど謎の多い昆虫で
もあります。そのセミの生態を解明するため、夏休み期間中に知
立高校内のセミに印をつけて調査します。
どうぞご協力をお願いいたします。
知立高の科学部とセミ一同
知立高 2010(研 4)