第2編 個別労働関係

第2編
個別的労働関係
第1章 労働契約
第1節 労働契約の意義
第2編 個別労働関係
第 1 章 労働契約
この章では、平成 20 年 3 月から施行された労働契約法の概要、労働法における労働条件決定の基
本となる労働契約の法的性質、労働契約成立時における使用者の責務、労働契約に附随する労働者の
義務(誠実労務提供義務・守秘義務など)及び使用者の義務(安全配慮義務など)、有期労働契約の
雇止め、労働契約の終了の形態などについて述べる。
第1節 労働契約の意義
1.労働契約の概念
(1)労働契約とは
労基法の労働者である要件は、①使用者の指揮監督下における労務提供、②支払われる報酬が労
務の対償である(賃金である)こと、であった(第1第2章5.P42 以下参照)。そして、このよ
うな使用者と労働者との関係が「労働契約」である。
労働契約の特色を民法の請負・委任と比較すると、「請負」が仕事の完成(労働の成果)を目的
とし、「委任」は統一的な事務処理を契約目的とするのに対し、労働契約は労働それ自体の提供を
目的とする契約である。請負や委任であれば仕事の完成(労働の成果)や統一的な事務処理が契約
目的であるから、請負人・受任者(労務を提供する側)が労務内容を依頼者から独立して決定する
ことができる。
労働契約においては、労働者が負う義務は仕事の完成や統一的な事務処理ではなく、仕事を行う
こと(労働)それ自体である。したがって、労働者の労働をどのように利用して経営目的を達成す
るか使用者の権限に属する(労務指揮権)。また、たとえば、ある日の仕事をどのように行うかを
あらかじめ決めておくことができないため、契約内容は抽象的な表現に止まるのが常であり、この
意味で労働義務は「不特定債務」の一種であり、その内容を特定するための権限が「労務指揮権」
である(土田「労働契約法」P8)。
※労働契約における「労働」の意義
労働契約上、労働者が負う「労務提供義務」
(
「労働義務」と同義)は、現実に肉体や精神を活動さ
せることを要件とするのでなく、作業開始の準備を整えて待機することで足りると解される。その労
働力をどのように活用するか、あるいは活用しないかは使用者の「労務指揮権」に属することであっ
て、労働者には労働義務はあっても、労働をさせろという権利(就労請求権)は原則として認められ
ない。
⇒ 「労働義務」(労務提供義務)は、現実に肉体や精神を活動させることを要件とするのでなく、作業開始の準
備を整えて待機することで足りると解される。
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第1節 労働契約の意義
(2)労働契約の特徴
1)「契約」であること ⇒ 労働条件合意の原則
労働契約は「契約」である。すなわち、労働の提供と賃金支払いとの交換を基本的内容とする双
務契約である。労働者は労働を提供する義務を負い、使用者は賃金を支払う義務を負うものであり、
この関係を相手方からみれば、使用者は労務給付請求権・労務指揮権を有するのであり、労働者は
賃金請求権を有するものである。この関係が労働関係の根幹をなしている。
第 2-1-1 図 労働関係における双務契約
労務給付請求権
使
用
者
労務指揮権
労 働 者
賃金請求権
2)継続的であること ⇒ 解雇制限と広範な人事権の付与
労働契約は「継続的契約」である。契約を長期にわたって継続することが常であり、期間の定め
がない契約の形をとることが多い。そこでは、契約の継続という要請(雇用保障の要請)が法的に
保護され、民法が定める解約の自由の原則(民法 627 条 1 項)は解雇権濫用の法理のもとに使用者
からの行使が制限される(契約法 16 条)。
反面、雇用保障の要請は労働契約展開の過程で生じるさまざまな事情の変更に対応して契約内容
を柔軟に変更・調整する権限を使用者に与えてきた。それができなければ事情の変化に応じて労働
契約を解約するほかなかったからである。このようにして人事権に基づく柔軟な人事異動(転勤な
ど)や就業規則の変更による労働条件の一方的変更が認められてきた。要するに、労働契約が「継
続的契約」であるが故に、使用者に人事権・契約内容変更権を認める裁量権を与えたともいえる。
⇒ 労働契約が「継続的契約」であるが故に、雇用保障の要請から解雇権濫用の法理が導き出され、使用者に
はその代償として広範囲な人事権(転勤・職種変更など)が与えられてきた。
3)組織的であること ⇒ 労働条件の画一性・統一性
労働契約は「組織的契約」である。事業が組織を土台として展開される以上、労働契約もまた使
用者が編成する組織への編入と企業秩序の維持を求められることになる。この組織の本質は、組織
を編成し統率する者に効率的運営に関する裁量権限(労務指揮権・人事権)が認められることであ
る。
企業組織のもう一つの要素は、労働契約に集団的性格が与えられることである。本来、労働契約
は個々の労使間における契約であるが、企業経営において労働条件の集合的処理、とくにその統一
的かつ画一的な決定を必要とする性質(注)がある点を見逃すわけにいかない。
注.たとえば、始業・終業の時刻は主要労働条件のひとつであるが、個別にバラバラな契約をするわけにいかな
い。このような労働条件は、通常は就業規則による統一的かつ画一的な決定を必要とする。
⇒ 労働条件は統一的かつ画一的な決定を必要とし、わが国では就業規則にその旨規定することが普及し
ている。
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4)人格と不可分であること ⇒ 人格不可侵
労働契約は「人格的」性格を有する。労働契約によって労働者が負う労働義務は、精神的・肉体
的能力を提供する債務(行為債務)であり、そこでは、労働の提供と労働者の身体・人格とが一体
であり不可分である。そして、使用者の指揮権に属するのは行為債務の部分であって、たとえば、
口ひげや茶髪を禁止することができるのは、それが業務上障害となる場合に限られるのであり、使
用者の労務指揮権は労働者の身体・人格にまで及ぶものではない。さらに、使用者には労働者の生
命・身体の安全・人格(名誉、プライバシーなど)の保護が要請される。使用者に課せられた安全
配慮義務は、信義則(注)の要請であるとともに、この人格的性格から生じる義務であるともいえ
る(土田「労働契約法」P11)。
注.信義則
民法 1 条 2 項「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」の規定をいう。
⇒ 使用者の指揮権は労務の提供に関してのみ及ぶのであって、労働者の人格には及ばない。
5)交渉力・情報力に格差があること
⇒ 使用者に対し労働条件明示義務・団交応諾義務
労働契約の締結に際し、労使間の交渉力・情報量などにおいて使用者は優位な立場を有する。こ
のため労働条件の対等決定には限界があり、「労働の従属性」とも呼ばれる。
労働法は、労働条件の対等決定を実現させるため、使用者に種々の制約を課している(注)。
注.たとえば、労働契約の締結時に一定の労働条件を明示すること(労基法 15 条 1 項)
、労働者代表との団体交
渉に応じる義務(労組法 7 条 2 号)などがある。
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第1節 労働契約の意義
2.労働契約と民法の「雇用」
(1)概
要
労基法は「労働契約」ということばを使っているが、その定義規定はとくに設けていない。ただ
し、第 9 条において「『労働者』とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」とい
う。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と規定しているところから、「事業に使
用され、その対価として賃金が支払われる契約関係」を指すものと考えられる。したがって、この
契約によって労働者には労務提供義務が、使用者には賃金支払義務が生まれる(双務契約)
。
労務提供義務は、使用者の指揮命令の下において労働を行う義務であり、成果を提供する義務を
負う請負と異なるものであるが、最近の人事管理においては、成果に対するコミットメント方式を
採り入れる傾向が強まり、また、その働き方においては、労働でありながら業務の遂行の手段及び
時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしない裁量労働制なども認められ(労基法 38 条
の 3、38 条の 4)、その点では労働と請負との差が縮まりつつあるように思える。
一方、民法の「雇用」では、「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約
し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」(民
法 623 条)と規定しており、「労働に従事する」こと及びその対価として報酬を与えることを約す
ることを「雇用」と定義づけている。
では、労基法の「事業に使用される」と民法の「労働に従事する」とではどのように違うのであ
ろうか。
これについて、「異なる」とする説(
「峻別説」という。)と「同じである」とする説(
「同一説」
という。)との論争がある。
※労基法上の労働者
労基法上の労働者とは、次の2要件を満たす者である。
① 労基法が適用される「事業」(適用事業)に使用されること
②「使用従属関係」のもとで労務を提供し、その対価として「賃金」を得ること
(民法の「雇用」では①の要件がない。)
次に、労働契約と民法との関係について考察する。
労働契約法の「労働契約」と民法の「雇用」
(民法 623 条)とは基本的に一致する契約であると
いえる(荒木「労契法」P12)。そこで、労契法で定める準則(規則に従うこと。従うべき規則のこ
と)があればそれが優先適用されるとともに、労契法に準則がなく民法に準則がある事項について
は民法の準則が適用される。
たとえば、民法は期間の定めがない契約について2週間の予告期間をおいて解約する自由を契約
当事者の双方に認めているが(民法 627 条 1 項)、労契法は使用者側から行う解約(すなわち解雇)
については「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権
利を濫用したものとして、無効とする。」(労契法 16 条)と、いわゆる解雇権濫用の法理を規定し
ているため労契法 16 条が民法 627 条 1 項にとって代わることになる。
これに対し、労働者側から行う解約(辞職)は、労契法に何ら制約が設けられていないから民法
の規定が適用され、2週間の予告期間の経過とともに雇用関係が終了することになる。
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第1章 労働契約
第1節 労働契約の意義
⇒ 労契法は、労働関係に関し、民法の特別法という位置づけになる。
(2)峻別説
峻別説は、民法では「雇用」
(平成 16 年改正前の旧法では「雇傭」という字が用いられた。
)、
「請
負」、
「委任」などという労務提供要式があるが、労基法でいう労働契約は使用従属関係のもとで行
われる労務提供であるものをすべて含むから、「請負」、「委任」の形式をとっていてもそれは労働
契約であり、労基法の労働契約は民法の「雇用」のほかに「請負」、
「委任」を含むこともあり得る
というものである。
1)菅野教授の説明
一例を紹介すると、菅野和夫教授は次のように述べておられる(ただし、同教授は後述(4)115
ページで説明するように、最近は「同一説」の立場を強めている。)
。
「「労働契約」は、民法上の「雇傭」に該当する場合が大多数であるが、それとは必ずしも一致せ
ず(「労働契約」は「雇傭」と一致するとの説としては、下井・労基法 66 頁)
、民法上の請負又は委
任の形式を取った労務供給契約でもありうるし、また民法上の雇傭、請負又は委任の契約形式をとっ
ていない(非典型の)労務供給契約でもありうる。
」(菅野「労働法」第五版補正二版 P69」)
しかし、それは本来「雇用」とすべき契約の要式を「請負」、
「委任」としたに過ぎないとの見方
もできるから、民法の雇用と労基法の労働契約とは同一であると考える方が自然のような気がする。
2)安西弁護士の説明
同じく峻別説の立場をとる安西
愈弁護士は、民法の雇用は「合意」が要件であるのに対し、労
働契約は使用従属関係にあるという事実が要件である、と説明し、次のように述べておられる。
「労働契約は、民法の特別法(適用の対象が特別分野に限られる法で、特別法は一般法に優先し、
一般法は特別法のないものについて補充的に適用される。)であり、労働分野の民事関係には労働契
約法が同法の施行日の平成 20 年 3 月 1 日より優先して適用されている。一方、労基法の労働契約の
当事者としての労働者とは使用従属関係が要件となるので、両者の合意という意味の民事上の契約を
結んでいない当事者間でも、労働契約関係が発生することがある。当事者間の契約は、請負や業務委
託であっても、使用従属関係の実態が認められれば労基法の労働者となる。」
(安西「採用・退職」十
二訂版 P3~4)
なお、平成 17 年に発行されている十訂版では、民事上の雇用契約と労基法上の労働契約の違い
について次のように説明している(最新版の十二訂版(平成 21 年 3 月発行)では削除された。)。
「よく雇用契約と労働契約の違いということが問題となるが、雇用契約は労務を提供し、報酬を
支払うという合意が要件となる。一方、労働契約は使用従属関係(指揮命令を受け、その命令のま
まに服従して働くという関係)にある事実と賃金支払いが要件となる。
使用従属関係が要件となるので、右に述べた意味にいう雇用契約を結んでいない当事者の間でも、
労働契約関係が発生することがある。そのような例の一つとして「出向」がある。
出向は、雇用契約を結んだ出向元会社との間の雇用契約関係を存続させたまま(すなわち在籍の
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第1節 労働契約の意義
まま)
、出向先会社に出向いてその会社の従業員の地位をも得て、指揮命令を受けて働くという関係
に入るものである。したがって、出向先会社と出向社員との間では使用従属関係が成立する。
そこで、雇用契約を結んでいない出向先会社と出向社員との間でも労働契約関係が成立するので、
出向先会社は労働契約上の「使用者」となり労基法上の当事者(労基法第 10 条)となる。
労基法の適用される事業場に労働者として採用される場合には、すべて使用者の指揮命令を受け
て働くという関係に入るので、その雇用契約は、同法上の労働契約ということになる。したがって、
労基法の適用を受ける労働者の雇用はすべて“労働契約”に該当すると解してさしつかえない。」
(安
西「採用・退職」十訂版 P2)
なるほど、出向は、雇用契約を結んだ出向元会社との間の雇用契約関係を存続させたまま(すな
わち在籍のまま)、出向先会社に出向いてその会社の従業員の地位をも得て、指揮命令を受けて働
くという関係に入るものである。そして、出向先会社と出向社員との間では使用従属関係という事
実が成立するが雇用契約が存在するという合意の存在は定かでない場合が多い。そのように考える
と、峻別することも無意味であるとはいえない。むしろ、在籍出向の実態はこのような感覚を含ん
だものであるのかも知れない。
3)片岡教授の説明
片岡 曻教授は、労働契約は生存権的理念に基づき市民法の原理に修正を加える点に着目し、峻
別説の立場に立って次のように説明しておられる。
「わが国では、労働の従属性に基づいて、労働契約を民法の雇用契約とは区別された労働法上の独
自の概念と認める見解(「峻別説」と呼ばれる)が、支配的ないし多数説である。すなわち、労働契
約は、民法の雇用契約を前提として、これに対し生存権的理念(「人たるに値する労働条件の保障」
労基法 1 条参照)に基づき一定の原理的修正を加える意味において、労働法上の独自の概念として認
められ、雇用に関する民法の規定は、右の原理的独自性に反しない限度で労働契約にも適用があるこ
とになる。
」(片岡「労働法」P110)
(3)同一説
1)下井教授の説明
同一説の立場をとる下井隆史教授は、ドイツ民法では「委任」は無償に限られ、有償の「委任」
という概念がないため従属的雇傭と非従属的雇傭という概念を持たざるを得ず、前者を「労働契約」
と観念せざるを得なかったが、日本の民法ではその必要がないとして次のように述べられている。
「労働契約は、民法 623 条以下に定めのある雇傭契約とはいかなる関係にたつのか。学説には、労働契
約は「労働の従属性」を本質的特徴とするところの、雇傭契約とは峻別されるべき独自の概念であるとす
る考え方もある(代表的文献としては、片岡 曻「労側契約の法的性質」片岡他『新労働基準法論』〔昭和
57〕86 頁以下)。筆者は以下のように考える。契約類型としての雇傭は、労務給付そのものを目的とする
点で労務給付の結果を目的とする請負と異なり、また使用者の指揮監督の下で労務給付が行われる点で、
受任者がみずからの裁量によりそれをなす委任および請負人が自主的にそれをなす請負と区別される。わ
が国民法の雇傭は、「労務ニ服スルコト」と「之ニ其報酬ヲ与フルコト」が約される(民法 623 条)契約
関係である。それは資本主義社会における賃労働関係の法的表現にほかならない。それゆえ労働契約も契
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第1章
章 労働契約
第
第1節 労働契約の意義
約類型
型としては雇傭契約と同一
一のものと解す
するのが正しい**。」(下井「労基法」 P77)。
**
においては、委
委任が無償に限
限られるゆえ
えに雇傭契約(DienstvertrrAg)を「従
従属的」(A
わが民法に
それと「非従属
属的」(unAbbh ngig)なそ
それに分けて前者を「労側
側契約」(Ar
rbeitsvertr
bhh ngig)なそ
A
Ag)と観念せ
せざるを得なか
かったドイツの
の場合とは違
違って、ドイツ
ツにおける非従
従属的雇傭が
が有償委任に
含
含まれることに
になるため(民法 648 条参
参照)、雇傭
傭と労働契約の
の契約類型と しての差異を
を論じる意味
は
はないのである
る。より詳しくは、下井・
・労働契約法の
の理論 3 頁以下・39 頁以下
下・48 頁以下
下等参照。
2)土
土田教授の説
説明
土田 道夫教授も
も次のように
に説明し、契
契約類型としては同一であるから、民
民法の雇用契
契約は、労
契約として労
労働法の適用
用を受けると
と説明し、同
同一説を支持
持している。
働法成立後は労働契
「日本の労働法
法理論は,労働
働契約の特質
質をふまえて
て「労働の従属
属性」を認め
め,民法上の労務供給契
雇用・請負・
・委任)と峻
峻別する立場に
に立ってきた
た。「労働の従
従属性」の内
内容としては,
,①労働者
約(雇
が使用
用者の指揮命
命令に服して労働すること
と(人的従属
属性),②労使
使間の交渉力
力・情報格差ゆえに,労
働者が
が労働契約の
の締結・展開過
過程で使用者
者の労働条件決
決定に服さざ
ざるをえない
いこと(経済的
的従属性)
,
③労働
働者が使用者
者の労働組織に組み込まれ
れて労働する
ること(組織的
的従属性)な
などが挙げられる。本書
にいう労働の他人
人決定性(=①)
,交渉力
力・情報格差(=②)
,組織
織的性格(=
=③)に相当す
するといい
。
うる。
理論
論的には,労
労働契約と雇用契約(民 6623 条)との
の関係が問題と
となる。つま
まり雇用は,独
独立労働に
関する
る請負・委任
任と異なり,
「労働に従事
事すること」
(労働それ自体)を目的と
とする契約で
であり,「指
揮命令
令下の労働」を特色とするため,労働
働契約におけ
ける「労働の従
従属性」とど
どのように異なるのかが
問題となるのであ
ある。学説上
上は,雇用契約
約があくまで
で自由・平等な当事者間の
の契約である
るのに対し,
契約における
る「労働の従属性」は単な
なる「指揮命
命令下の労働」
」以上の支配
配的・身分的要素を含む
労働契
概念で
であるとして
て,両者を峻別
別する立場(峻別説)が
が有力である。しかし,労
労働契約は当事
事者対等の
契約関
関係としての
の構成を基本としており,その内容として使用者の
の権力や労使
使間の支配従属
属関係を観
念する
る余地はない
い。たしかに労
労働契約は,労
労務指揮権と
とそれに基づく労働の他人
人決定性(人的従属性)
を基本
本とするが,それは文字どおり,使用
用者による労
労働義務・労働
働条件の一方
方的決定という権利義務
関係の
の特質(労働
働の他人決定性
性)を意味し
しており,労
労契法 6 条が定
定める「使用
用され」ることの法意も
ここに
にある。そし
して,この特
特質は,雇用契
契約における
る「指揮命令下の労働」と
と異なるとこ
ころはない。
した
たがって,契
契約の法的性格(類型)と
としては,労
労働契約と雇用
用契約は同一
一の契約と解すべきであ
る(同
同一説)。もちろん,労使
使を形式的に
に自由・平等な法的人格者
者と理解した
た民法と異なり,労働法
は,上
上記従属性の
の認識をふまえた多様かつ
つ独自の立法
法規制を備えて
ており,また
た,労働条件対
対等決定原
則(労
労基 2 条 1 項)
項 を基礎とす
する判例法の 規制も,この
の点の認識によって正当化
化される。したがって,
労働契
契約が法の規
規制理念の面で雇用契約と
と異質の存在
在であることは当然である
る。
しか
かし,両者は
は契約類型としては同一で
であるから,雇用契約は,労働法成立
立後は労働契約
約として労
働法の
の適用を受け
けると考えるべきである。」
労働契約法」P45~46)
(土田「労
3)荒
荒木教授の説
説明
荒木 尚志教授は
は、従来、労
労基法は労働
働契約の定義を持たずに、
、まず「労働
働者」である
るかを判断
働者が締結し
した労務供給
給契約を労働
働契約とみな
なしてきた、と説明する 。そして、労
労働者性判
し、労働
断では「事業・・・に使用され
れる者」とい
いう要件が付
付加されているいるため、
、そうした要
要件が付加
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個別的労働関係
第1章 労働契約
第1節 労働契約の意義
されていない民法の雇用契約との相違に関心が集まったという。しかし、現在では労契法 6 条に労
働契約の定義が規定され、契約類型としては民法の雇用契約と同一のものと解してよいとする。
「従来,労基法上は労働契約の定義規定が存せず,労働者に該当するか否かをまず判断し,この者
が締結した労務供給契約を労働契約とみなしてきた(さらには労働者性判断で「事業……に使用され
る者」の要件が付加されているため〔労基 9 条〕,そうした付加要件のない民法上の雇用契約との相
違に関心が集まった)。しかし,今日では,2007 年制定の労契法 6 条が,民法の雇用とほぼ同様の規
定を置いて実質上労働契約を定義するに至っている。すなわち,民法 623 条は雇用契約を「当事者の
一方が相手方に対して労働に従事することを約し・相手方がこれに対してその報酬を与えることを約
する」契約と規定するが・労契法 6 条も同様に労働契約を「労働者が使用者に使用されて労働し,使
用者がこれに対して賃金を支払うことについて……合意する」ことによって成立する契約と規定して
いる。そうすると,契約類型としては雇用契約と労働契約は同一のものと解してよい。そして,後述
するように,労契法上の労働者と労基法上の労働者は(事業の付加要件がある点を除き)同一の概念
と解されるので,労基法および労契法上の労働契約,すなわち,個別的労働関係法上の労働契約と民
法上の雇用契約は同一の契約類型と解してよい。」
(荒木「労働法」P46)
(4)結
論 ⇒ 本質的違いはない
東大「注釈労基法」上巻 P185 では、実務上の立場から、雇用と請負や委任との区別を契約形式
や当事者の意思によって行うのでなく、使用従属関係という概念を用いて実質に即して行うならば、
結局労基法 9 条の「事業に使用され」と民法 623 条の「労働に従事する」
(改正前は「労務ニ服ス
ル」)は同じ内容を指している、と説明している(ただし、労基法では同居の親族のみを使用する
事業に使用される労働者及び家事使用人をその適用から除外しているが、それは本質的な問題では
ない。)。結論としては、労基法の労働契約と民法の雇用契約とは本質的な違いはないと解して差し
支えないのではないかと思う。
前述(2)で紹介した菅野教授は、平成 20 年 4 月発行の「労働法」第八版 P68 では次のように
述べて同一説を容認している。
「民法の雇用契約は、
「当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対し
てその報酬を与えることを約する」契約とされている(623 条)。この雇用契約と労働契約との関係につい
ては、範囲が一致する概念であるという見解(たとえば、下井・労基法 77 頁)と範囲が異なる別個の概念
であるという見解(たとえば、萬井隆令・労働契約締結の法理 15 頁以下)が対立してきた。しかし、労働
契約に該当するか否かについては、労働関係の実態に即して判断されるべきものであって、契約の形式(契
約書の文言)が「請負」ないし「委任」
(準委任)であっても、契約関係の実態において[使用されて労働
し、賃金を支払われる]関係と認められれば「労働契約」に該当しうる、というのが、学説・裁判例にお
いてほぼ一致した見解である(東大労研・注釈労基法上 185 頁参照)。そして、
「雇用契約」に該当するか
否かについても、同様に契約の形式(契約書の文言)が「請負」ないし「委任」であっても、契約関係の
実態において[労働に従事し、報酬を受ける]関係と認められれば「雇用契約」に該当するというべきで
あろう。そうとすれば、
「労働契約」と「雇用契約」も基本的に同一の概念とみるができる。」
(菅野「労働
法」第八版 P68)
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第1章 労働契約
第1節 労働契約の意義
⇒ 民法の雇用契約と労基法・労契法の労働契約とは、実務上は同じものであると考えて差し支えない(最近の
学説は「同一説」に傾いてきていると思う。)。
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第2編
個別的労働関係
第1章 労働契約
第 2 節 労働契約の原則
第2節 労働契約の原則
1.労働契約法の制定
(1)法律制定の経緯・背景
1)法制定に至る経緯
労働契約法は、労働者と使用者が労働条件を決める際の基本ルールとなる法律である。労働時間
や賃金などの最低基準は労働基準法や最低賃金法で規定されているが、解雇や出向などに関する一
般的なルールを示した法律はなく、今まで判例などで確立した基準(判例法理)を参考にするしか
なかった。
労働条件を巡る紛争が急増する中、法制化により紛争を減らす必要があり、日本労働組合総連合
(連合)など労働界からも制定を求める動きがみられ、厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科
会の審議を経て、政府は平成 19 年 3 月に「労働契約法案」を国会に提出し、同年 11 月 8 日に衆議
院で一部修正の上可決、11 月 28 日に参議院で可決成立、12 月 5 日に公布された。施行日は平成
20 年 3 月 1 日である。
その主な内容は、①労働契約の原則(労使対等、信義誠実、権利の濫用の禁止など)、②使用者
の責務(契約内容説明責任、安全配慮義務など)、③法令・労働協約・就業規則・労働契約の関係、
④出向・懲戒・解雇等であり、民法の基本原則、労基法の規定、判例法理などをまとめて明文化し
たものということができる。
2)法制定の背景
労働契約法はどのような社会的変化を背景として制定されたものであるのか、荒木 尚志教授は
次の3点を挙げている(荒木「労契法」P3~P7)。
① 個別労働関係紛争の増加と紛争処理制度が整備されたこと
② 企業内の評価システムの変更・労働組合の組織率低下など企業内における労働環境が変化し
たこと
③ 企業の危機管理において法令遵守(コンプライアンス)が重要視されるようになってきたこ
と
すなわち、バブル経済崩壊後の長い不況の中で、企業は大規模な雇用調整・事業再構築(リスト
ラクチャリング)をおし進め労働相談の増加に対応して個別労働関係紛争の解決制度(都道府県労
働局の助言・指導・あっせんなど、都道府県労働委員会による情報提供・相談・あっせんなど)及
び紛争解決手段としての法整備(個別労働関係紛争解決促進法、労働審判法など)がなされたこと
である。これらによる紛争の予防及び解決のためには判例法理より明確な準則が必要であった。
企業内の労働環境の変化については、正社員数の絞り込みに対応してパート・アルバイト・契約
社員・嘱託・派遣社員・個人下請けなど多様な雇用・就労形態が普及してきたこと、成果主義や短
期評価が賃金・処遇に強く結びつくようになったこと、労働組合の弱体化により労働組織における
コミュニケーションの劣化をもたらしたこと、などがある。
法令遵守が重要視される背景には、規制緩和により「事前規制型市場社会」から「事後監視型市
場社会」へという法制改革の進展がある。企業はその中で労働関係の法的ルールの明確化を必要と
するようになったといえる。
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第 2 節 労働契約の原則
(2)労働契約法の意義・目的等
1)労働契約法の意義
就業形態の多様化、個別労働関係紛争の増加等に対応し、労働関係における公正さを確保するた
め、労働契約の関係における労働者と使用者との権利義務の理念や規範(労働契約の原則)を定め
た法律である。
労働契約に関する民事的なルールが明らかとなり、個別労働関係紛争が防止され、労働者の保護
を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することが期待される。
個別労働関係紛争を解決するための労働契約に関する民事的なルールについては、今まで民法及
び個別の法律において部分的に規定されているのみであり、体系的な成文法は存在していなかった。
また、裁判の積み重ねによる「判例法理」は、必ずしも予測可能性が高いとはいえず、また、労働
者及び使用者の認知度も高いとはいえない。これに比して労契法は法律として明文規定を有し、公
布手続きを経て広く認知される利点がある。
⇒ 法律は内容が明確であり認知度も高いが、「判例法理」は認知度が高いとはいえず予測性も高いとは
いえない。
2)労働契約法の目的
労働契約法は、就業形態の多様化、個別労働関係紛争の増加等に対応し、労働関係における公正
さを確保し、労働者の保護を図りながら個別労働関係の安定に資することを目的としている(労契
法 1 条)。そのためには合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われなければならないが、そ
の前提となる労働契約の原則として、① 労働者及び使用者の自主的な交渉の下で労働契約が合意
により成立し又は変更されるという合意の原則、② 就業規則の変更により労働条件を変更する場
合の周知・合理性の原則等を規定している。
労働契約法は、民事上のルールを定めたもので罰則規定はなく、労働基準監督署による監督指導
は行わないこととしている。また、労働契約法の運用・解釈について、厚生労働省からは当初期待
されていた解釈指針などは示されず、従前の判例・裁判例を参考にするほかなさそうである(注)。
労働契約法
(目的)
第 1 条 この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は
変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより、合理的な労働
条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労
働関係の安定に資することを目的とする。
注.ただし、法制定に際し、「労働契約法について」(平 19.12.5 発基 1205001 号)、及び「労働契約法の施行に
ついて」(平 20.1.23 基発 0123004 号)の通達が出されている。
3)民事法規としての労働契約法
荒木 尚志教授の説明によると、民法の特別法であるという労契法の性格は、従来の労働立法に
みられなかった新しいものであるそうだ(荒木「労契法」P13)。労働基準法をはじめ最低賃金法、
労働安全衛生法などの従来の労働保護立法は、法の実施を強制するため罰則や監督行政の実施を伴
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第 2 節 労働契約の原則
っていた。また、男女雇用機会均等法が定める一定の準則については、厚生労働大臣や都道府県労
働局長による指導・監督権限を規定し、行政指導を法の施行の手段としている。
これに対し労契法は、罰則や行政指導による監督・指導を伴わない純然たる民事法である。いい
かえると、従来の労働立法の場合には、法違反について行政機関(労働基準監督署、都道府県労働
局など)に強制権限の発動を促すことができたが、労契法の場合には契約当事者自身が紛争解決の
手続き(最終的には司法手続き)を利用して行うことになる。
(3)労働契約法の「適用の範囲」
、「労働者」及び「使用者」
1)労働契約法の適用の範囲
イ 同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人
法の適用面からいえば、労基法は同居の親族のみを使用する事業については適用せず(労基法
116 条 2 項)、労契法もまた同居の親族のみを使用する場合の労働契約に適用しないこととして
いる(労契法 19 条 2 項)。しかし、
「家事使用人」については、労基法は適用されないが(労基
法 116 条 2 項)、労契法は適用される。
ロ 国家公務員
国家公務員については、労基法は適用除外しているわけでなく、国公法附則 16 条によって労
基法の適用を排除している。そのため、国家公務員であっても国公法附則 16 条が適用されない
者には労基法が適用されることになる(例:特定独立行政法人の職員である国家公務員(いわゆ
る現業国家公務員)-特労法 37 条 1 項)。これに対し労契法では、国家公務員について労契法の
適用を全面的に排除している(労契法 19 条 1 項)。
⇒ 国家公務員と国との関係は「労働関係」ではなく「勤務関係」と呼ばれ、労働契約という概念ではなく「権力に
よる任用」と説明される。
ハ 船 員
船員については、労基法は総則部分(平均賃金に関する規定を除く。)及び当該規定に対応す
る罰則規定だけは適用されるが、他はすべて適用されない(労基法 116 条 1 項)。これに対し労
契法は①就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約に対する直律効(労契法
12 条)、②有期労働契約に関する規制(契約期間中の解雇原則禁止、必要以上に短い期間を定め
て反復更新することを禁止)
(労契法 17 条)だけを適用除外し、他の規定は適用される(労契法
18 条)。
⇒ 船員については、労基法は原則として適用されないのに対し、労契法はその大部分が適用される。
2)労働者
労働者とは、労基法は「事業の種類を問わず、事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払わ
れる者」(労基法 9 条)と規定しているのに対し、労契法は「労働者とは、使用者に使用されて労
働し、賃金を支払われる者」(労契法 2 条 1 項)と定めている。両者は表現が異なるにしても「使
用従属関係下における労務提供」及び「その対価としての賃金の支払い」という点で同一であり、
労基法の労働者と労契法の労働者とき基本的には同じであると解される。
ただし、労基法の労働者は「事業又は事業所に使用される者」でなければならないから、「事業
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第1章 労働契約
第 2 節 労働契約の原則
又は事業所」と呼べない状況のもとで使用従属関係下における労務提供が行われても労基法の労働
者に該当しないが、労契法の労働者に該当し得る。その例として、大学の個人研究室で大学教員に
個人的に雇用される「秘書」などは労基法上の適用事業に当たらないと解され労基法上の労働契約
ではないが労契法上の労働者となろう、という野川 忍教授や荒木 尚志教授の指摘があることにつ
いては、すでに述べた(第1第2章4.(1)
「事業とは」37 ページ)
。
⇒ 労働基準法の労働者と労働契約法の労働者とは基本的には同じである。
3)使用者
使用者とは、労基法は「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項につ
いて、事業主のために行為するすべての者」
(労基法 10 条)と規定しているのに対し、労契法は「使
用者とは、その使用される労働者に対して賃金を支払う者」(労契法 2 条 2 項)と規定している。
つまり、労基法の場合は、
① 事業主
② 事業の経営担当者
③ その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為するすべての者
の三者で構成されるのに対し、労契法の使用者の場合は、労働者と相対する労働契約締結の当事者
であり、その使用する労働者に対して賃金を支払う者である。したがって、それは労基法の使用者
のうち①に限定される者であってその範囲が相対的に狭い。
なお、「事業主」とは、個人企業の場合はその企業主個人を指し、会社その他法人組織の場合は
法人そのものが事業主である。
⇒ 労働契約法の使用者とは、労働者に対して賃金を支払う者のことであり、事業主(法人であれば法人そのも
の)のことを指す。
(4)労働契約法の概要
労働契約とは、一定の対価(賃金)と一定の労働条件のもとで、自己の労働力の処分を使用者に
ゆだねることを約す契約である。契約形式が採られていなくても、事実上の使用従属関係が存在す
れば、労働契約が存在すると認められる。
その原則は、①労使対等の原則、②均衡考慮の原則、③仕事と生活の調和の原則(ワークライ
フバランス)、④信義誠実の原則、⑤権利の濫用禁止、である。このうち、②及び③については、
国会審議において修正により設けられたものである。
労働契約法の概要
1)労働契約の原則
労働契約の原則として、次の5原則を掲げる。
① 労使対等の立場に立つ合意原則を明確化(3 条 1 項)
② 就業実態に応じ、正社員との均衡を考慮した処遇の原則(同条 2 項)
③ 仕事と生活との調和の原則(ワークライフバランス)(同条 3 項)
④ 労働契約における信義誠実の原則(同条 4 項)
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第 2 節 労働契約の原則
⑤ 権利の濫用の禁止(同条 5 項)
2)労働契約の成立・変更
① 労働契約は、労使が合意することにより成立する(6 条)
② 労働契約締結時において、合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させてい
た場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件による(7 条)
。
③ 労働条件は、労使の合意により変更することができる(9 条)
④ 労働条件の変更が合理的である場合は、就業規則を変更することによって労働条件を変更するこ
とができる(10 条)
⑤ 就業規則の基準に達しない労働契約はその部分について無効とし、就業規則の基準が適用される
(12 条)。
3)労働契約の継続・終了
① 出向は、その必要性、選定等の事情により権利の濫用と認められる場合は無効となる(14 条)
② 懲戒は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は権利を濫用し
たものとして無効となる(15 条)
③ 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は権利を濫用し
たものとして無効となる(16 条)
4)有期労働契約
① 契約期間中は、やむを得ない事情がない限り解雇できない(17 条 1 項)
② 契約期間が必要以上に短い期間を定めることのないようにしなければならない(17 条 2 項)
(5)制定・施行
労働契約法は平成 19 年 12 月 5 日に公布され、平成 20 年 3 月 1 日に施行された(平成 20 年 1
月 23 日政令 10 号)。
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第 2 節 労働契約の原則
2.労働契約の原則
前述のとおり、労働契約の原則については労働契約法に明定されている。労働契約法の内容につ
いては、①労働契約の原則等、②労働契約の成立・変更、③労働契約の継続・終了、④有期労働契
約、について規定している。
(1)労働契約の五原則等
労働契約とは、①使用者の指揮監督下における労務提供、②支払われる報酬が労務の対償である
(賃金である)ことを内容とする契約であり、労働者が負う義務は仕事の完成や統一的な事務処理
ではなく、仕事を行うこと(労働)それ自体であることについては、すでに述べた(前述1.
(1)
参照)。つまり、一定の対価(賃金)と一定の労働条件のもとで、自己の労働力の処分を使用者に
ゆだねることを約すものである。契約形式が採られていなくても、事実上の使用従属関係が存在す
れば、労働契約が存在すると認められる。
その原則について、労契法は、①労使対等の原則、②均衡考慮の原則、③仕事と生活の調和の
原則(ワークライフバランス)
、④信義誠実の原則、⑤権利の濫用禁止の5つの原則を掲げ、その
他⑥契約内容の理解促進、⑦安全配慮義務、を規定している(労契法 3~5 条)。
1)労使対等の立場に立つ合意原則
労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場に立って締結・変更すべきものとする(契約法 3 条
1 項)。
労基法 2 条 1 項は、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものであ
る。」と、労働条件決定の面から労使対等の原則を規定しているが、労働契約法は労働契約の締結・
変更の場合における側面から同趣旨の原則を規定している。
労基法・労契法いずれの場合も、労働条件決定のメカニズムにおいてこの労使対等の立場に立つ
べきことを明確にしているが、法的には具体的効果をもつものでない(訓示規定)。
⇒ 労基法は労働条件の決定において、労契法は労働契約の締結・変更において、労使対等の立場で決定、締
結変更すべきものとしている。
2)均衡考慮の原則
労働契約は、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結・変更すべきものとする(衆院修正に
より追加)(契約法 3 条 2 項)。
「就業の実態に応じて」とは、正規職員とパート職員との就業の実態を比較してという意味であ
るが、パート職員のみが従事している業務の場合は「それぞれの労働者の就業実態を踏まえながら、
労働者ごとの労働契約の内容がバランスを欠かないように留意する」という理念的なものと解する
べきである(野川「労契法 84」)。
パート労働法においては「通常の労働者との均衡を考慮しつつ」短時間労働者の職務内容・職務
の成果・意欲・能力・経験等を勘案し賃金を決定すべき努力義務を定めているが(パート労働法 9
条 1 項)、労契法においてはいかなる者といかなる者との均衡を想定しているのか明らかにしてい
ない(平 20.1.23 基発 0123004 号「施行通達」においてもこの点に触れていない。)
。
したがって、この規定自体は具体的な法的効果をもつものでなく、理念規定としての性格に止ま
ると考えられる(荒木「労契法」P74)。
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現状、非常勤職員、有期雇用職員、パート職員など呼称はさまざまである非正規職員の労働条件
は正規職員の待遇に比べて劣悪であり、改善を目指してこの条項が衆議院で修正追加された。パー
ト労働者についてはパート労働法において一定の保護が図られているが、労契法においては、パー
ト労働者にかかわらずフルタイムパートを含む非正規職員全般の労働条件について、その就業の実
態に応じて、正規職員との均衡を考慮しつつ定めなければならないということである。
3)仕事と生活の調和の原則(ワークライフバランス)
労働契約は、仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結・変更すべきものとする(衆院修正により追
加)(契約法 3 条 3 項)。
このワークライフバランス配慮義務は、分科会においてほとんど議論されず、政府案にも盛り込
まれていなかったが、民主党から提案された案に規定されており、衆議院で修正追加されたもので
ある(労働条件分科会の公益委員を務めていた岩出誠弁護士によると、政治的妥協で取り込んだも
のであろうと推測されるとのこと。
)
厚生労働省は、平成 20 年 7 月、在宅勤務のためのガイドラインの改定を行っているが、その中
でワークライフバランスと自宅勤務との関係について、在宅勤務を制度として導入するか否かは、
基本的には事業主が労働者等の意向を踏まえ、業務の内容や事業場における業務の実態等を勘案し
て判断するものであるが、「仕事と生活の調和等の観点から在宅勤務を希望する労働者の存在等を
随時把握し、在宅勤務の可能な業務の検討などを進めておくことが望まれる。」と、業務内容や労
働者の希望に配慮しつつ適切な在宅勤務の導入及び実施を図ることとしている(平 20.7.28 基発
0728001 号)。
「配慮しつつ締結・変更すべきもの」とは、2)均衡考慮の原則と同様に理念規定であると考え
られる。
「配慮」の意義については育児・介護休業法における転勤を伴う配置変更に関する事業主の配慮
義務に関する通達と同様の趣旨であると考えられ、仕事と生活との調和を図ることが困難とならな
いよう意を用いることである。
※育児・介護休業法
第 26 条
事業主は、転勤を伴う配置の変更をしようとするときは、子の養育又は家族介護の状況に配
慮しなければならない。
※平 16.12.28 職発 1228001 号
(5) 「配慮」とは、労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものの対象となる労働者について子の
養育又は家族の介護を行うことが困難とならないよう意を用いることをいい、配置の変更をしないとい
った配置そのものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講ずる
ことを事業主に求めるものではないこと。
4)信義誠実の原則
労働者及び使用者は、信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行しなければならない(契約法
3 条 4 項)。
民法 1 条 2 項は「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
」と
定めており、この権利の行使・義務の履行に関する原則は労働契約においても適用される原則であ
ることを明定したものである。
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第 2 節 労働契約の原則
⇒ 民法第 1 条第 2 項 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
⇒ 労基法 2 条 2 項 労働者及び使用者は、労働協約、就業規則、及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義
務を履行しなければならない。
5)権利の濫用禁止
労働者及び使用者は、権利の行使に当たってそれを濫用してはならない(契約法 3 条 5 項)
。
この規定も民法 1 条 3 項「権利の濫用は、これを許さない。」という規定が労働関係の当事者で
ある労働者及び使用者にも適用されることを確認的に規定したものである。
当事者が契約に基づく権利を濫用してはならないことは契約の一般原則であり、民法 1 条 3 項は
労働契約についても適用されるものであることを明確にした。
この権利の濫用は使用者の権利に限られるものではなく、労働者の権利の濫用も考えられる。た
とえば、退職後に重大な非違行為が発覚した労働者による退職金請求が権利の濫用とされることが
あり得る(荒木「労契法」P78、(注))。
注.「アイビ・プロテック事件」東京地裁判決平 12.12.18
株式会社Yで営業部長職にあったXが、社会福祉法人Aの理事に就任するとして、辞表を提出した際、Yと
の間で、YはXに対し、三カ月間、退職金として、それぞれ給与の一ヶ月分相当額を支給するといった内容の
覚書を取り交わしていたが、退職直後Yと業務内容の競合する会社Bの常務取締役に就任し、しかも辞表提出
直前にYのコンピューター内の顧客データをBへ移動し、さらに退職直前にYコンピューター内の顧客データ
の一部を消去するなどの非違行為があることが判明した。Yから右覚書に基づく退職金が支払われなかったた
め提起された訴訟で、裁判所は、Xの行為は懲戒解雇事由に該当ないし匹敵するものであり、かつその背信性
は重大であると認められ、また本件退職金の合意は、Xの退職に当たってYが特別かつ例外的にXに対してこ
れを支給する趣旨にあったものと認められるところ、Xの行為は右合意の趣旨を無に帰せしめる性質を有する
ものであったというべきであることなどからすれば、XのYに対する本件退職金請求は権利の濫用に当たると
して、請求が棄却された(Y社には退職金支給制度は存在していなかった。)。
⇒ 権利の濫用禁止は、使用者の行為だけでなく労働者の行為もその対象となる。
6)契約内容の理解を促進させる義務
イ 契約内容の理解促進
使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるよ
うにするものとする(契約法 4 条 1 項)。この理解促進義務は、具体的には、労働契約の内容に
ついて労働者に情報を提供することや労働者からの質問に誠実に回答することなどが考えられ
る。通達では「『労働者の理解を深めるようにするに』ついては、一律に定まるものではないが、
例えば、労働契約締結時又は労働契約締結後において就業環境や労働条件が大きく変わる場面に
おいて、使用者がそれを説明し又は労働者の求めに応じて誠実に回答すること、労働条件等の変
更が行われずとも、労働者が就業規則に記載されている労働条件について説明を求めた場合に使
用者がその内容を説明すること等が考えられる」としている(平 20.1.23 基発 0123004 号)。
労基法・パート労働法は、労働契約締結の際に、使用者が主要労働条件について明示すべきこ
とを義務づけているが、労働契約法は、これに加えて、その内容を労働者が理解を深めるように
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第 2 節 労働契約の原則
使用者は努力すべきことを明らかにしたものである。
「労働者の理解を深めるようにする」とは、具体的な権利義務を設定するものでなく、努力義
務に近い訓示的規定であり、ここから説明義務違反による損害賠償の根拠となるようなものは直
ちに導き出されるわけでないと解される(岩出「労働契約法」P31)。
⇒ 使用者は、労働契約の締結に際し労働条件を明示する義務を負うほか、労働条件及び労働契約の内容に
ついて労働者の理解を深めるようにする配慮も求められる。
ロ 契約内容の書面による確認
労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めある労働契約に関する事項を含む。)につ
いては、できる限り書面により確認するものとする(法 4 条 2 項)。この規定は、契約の締結・
更新時に労働契約の内容について未確認であったために生じるトラブルを防止するため、できる
だけその内容を書面で確認することで労使双方の納得性を高めようとする趣旨である。
⇒
今後の実務上の対応として、労働契約の内容(就業規則の内容、労働条件通知書記載事項など)を一
層周知し、個別の問合せに対しても回答できる態勢を整えることが望まれる。
「期間の定めある労働契約に関する事項を含む。」とは、期間の定めがある労働契約を締結す
る際に、期間満了時において更新の有無や更新の判断基準等があいまいであるために個別労働関
係紛争が生じることが少なくないところから、「有期労働契約の締結、更新、及び雇止めに関す
る基準」
(平 15.10.22 厚労告 357 号)により使用者が明示しなければならない事項である更新の
有無や更新の判断基基準などが含まれることを明確にしたものである。
「確認するものとする」という表現もあいまいであるが、訓示規定といえよう。また、労働契
約法において労働契約の書面確認の方向が出されたこと、労働契約原則として労使対等な立場に
立つ合意に基づく締結・変更であることが明文化されたことなどにより、実務においても労使当
事者が署名又は記名捺印する労働契約書という書面契約をする風潮を促進すべきではないかと
いう意見もある(安西「採用・退職」P95~96)
7)安全配慮義務
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができ
るよう、必要な配慮をするものとする(労契法 5 条)。
労働者は、通常の場合、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用
いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、労働者が労務提供のため設置する場所、設備・
器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等
を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うものである(「川義事件」最高裁
判決昭 59.4.10)。
使用者が労働者に対して負う安全配慮義務は、比較的早くから判例法理として認知されていたが、労
働契約法に明文規定が設けられたことにより一層明確になった。
詳しくは、第5章3.
(第6回(10 月))において述べる。
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第1章 労働契約
第 2 節 労働契約の原則
(2)労働契約の成立及び変更
1)労働契約の成立
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことにつ
いて、労働者及び使用者が合意することによって成立する(労契法 6 条)。
労働契約を締結する場合において、合理的な労働条件が定められている就業規則を使用者が労働
者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとす
る。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意して
いた部分については、当該労働契約の内容が就業規則で定める基準を下回る場合を除き、この限り
でない。
2)労働契約の内容の変更
労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる
(労契法 8 条)が、労働者の個別合意が得られない場合であっても、就業規則を変更することによ
り労働契約の内容である労働条件を労働者の不利益に変更することが認められている。すなわち、
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周
知させ、かつ、就業規則の変更が次の①から⑤の事情に照らして合理的なものであるときは、労働
契約の内容である労働条件は当該変更後の就業規則に定めるところによるものとされる(労契法
10 条)。
① 労働者の受ける不利益の程度
② 労働条件の変更の必要性
③ 変更後の就業規則の内容の相当性
④ 労働組合等との交渉の状況
⑤ その他の就業規則の変更に係る事情
しかし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条
件として合意していた部分については、就業規則が変更されても個別労働条件は変更されない(当
該労働契約の内容が就業規則で定める基準を下回る場合を除く。)(労契法 10 条ただし書)。
(3)労働契約の継続・終了
1)出
向
⇒
第7回(12 月)にて詳述
使用者が労働者に出向を命じることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対
象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合に
は、当該命令は、無効とする(労契法 14 条)。
「出向を命じることができる場合」については、①採用の際などにあらかじめ包括的な同意を取
付けておけば足りるとする説(包括同意説)、②密接な関連会社間の日常的な出向についてのみ包
括同意で足りるとする説(限定包括同意説)、③包括同意では足りず、就業規則等に出向条件につ
いて労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていることを要件とする説(具体的同意説)、
④すべて個別同意が必要とする説(個別同意説)など諸説あり、客観基準を示すことができなかっ
たものと思われる。
※具体的同意説の裁判例
○「新日本製織事件」最高裁二小判決平 15.4.18 (具体的同意説)
①「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務させることがある。」という規定があるこ
と」
②労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、
126
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第2編
個別的労働関係
第1章 労働契約
第 2 節 労働契約の原則
賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮
した詳細な規定が設けられていること、というような事情の下においては、「個別的合意なしに、Y
の従業員としての地位を維持しながら出向先であるA社においてその指揮監督の下に労務を提供す
ることを命ずる本件各出向命令を発令することができるというべきである。」と判示し、具体的同意
説を採用している。
○ 「ゴールド・マリタイム事件」最高裁二判決事件平 4.1.24(具体的同意説)
「改正就業規則において新たに出向に関する規定をもうけたことは、従業員にとって労働条件の不
利益な変更にあたるというべきであるとしても、右規定は、労働組合との協議を経て締結された本件
労働協約に基づくものであるのみならず、その内容において、出向先を限定し、出向社員の身分、待
遇等を明確に定め、これを保証しているなど合理的なものであって、関連企業との提携の強化をはか
る必要が増大したことなど控訴人の経営をめぐる諸般の事情を総合すれば、出向に関する改正就業規
則及び出向規程の各規定はいずれも有効なものというべきであり、その運用が規定の趣旨に即した合
理的なものである限り、従業員の個別の承諾がなくても、控訴人の命令によって従業員に出向義務が
生じ、正当な理由がなくこれを拒否することは許されないものと解するのが相当である。」(ただし、
本件出向命令は業務上の必要があってなされたものではなく、権利の濫用に当たり無効とされた。)
権利(人事権)の濫用を判断する要素として、①出向の必要性、②人選の合理性、③労働者が被
る不利益の程度、がある(前述「新日本製鐵事件」)。
なお、政府案では、
「出向」の定義について、第2項に「前項の「出向」とは、使用者が、その使用
する労働者との間の労働契約に基づく関係を継続すること、第三者が当該労働者を使用すること及び
当該第三者が当該労働者に対して負うこととなる義務の範囲について定める契約(以下この項におい
て「出向契約」という。
)を第三者との間で締結し、労働者が、当該出向契約に基づき、当該使用者と
の間の労働契約に基づく関係を継続しつつ、当該第三者との間の労働契約に基づく関係の下に、当該
第三者に使用されて労働に従事することをいう。」と規定することとしていたが、この表現では業とし
て行う出向(職安法の労働者供給事業に該当する。)も含まれてしまうという民主党の主張もあり、衆
院修正により削除された。
2)懲
戒
⇒
第7回(12 月)にて詳述
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行
為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当である
と認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする(労契法 15 条)。
「懲戒することができる場合」についても客観基準が示されていないが、一般的に懲戒処分の有
効要件としては、おおむね次のような基準を満たさなければならないとされる。
① 罪刑法定主義の準用
あらかじめ就業規則に懲戒事由・懲戒の種類及び程度が規定されていること、規則制定前の
違反に対して遡って適用することはできないなど。
② 平等取扱いの原則
同じ程度の違反に対し同一の種類及び程度の懲戒でなければならない。
127
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第2編
個別的労働関係
第1章 労働契約
第 2 節 労働契約の原則
③ 相当性の原則
懲戒処分の種類及び程度が社会通念上相当として是認されるものでなければならない。
④ 適正手続き
本人に弁明の機会が与えられていることは最小限必要であり、その他就業規則に規定される
手続きを経たものでなければならない。
懲戒処分を行うには、客観基準を満たしていて就業規則の懲戒事由に該当しなければならない
(その意味では、就業規則に包括的規定を設けておくことは重要である。)。
懲戒権の根拠については、企業秩序を維持するため使用者に認められた固有の権利であるとする
「固有権説」、就業規則の規定を含む契約上の根拠に基づく権利であるとする「契約説」との対立
があったが、最近の判例では契約説的立場をより明確に示すに至っている(荒木「労契法」P143)。
⇒ 「国鉄札幌運転区事件」最高裁三小判決昭 54.10.30
「職場環境を適正良好に保持し規律のある業務の運営態勢を確保するため、その物的施設を許諾さ
れた目的以外に利用してはならない旨を、一般的に規則をもって定め、または具体的に指示、命令す
ることができ、これに違反する行為をする者がある場合には、企業秩序を乱すものとして、当該行為
者に対し、その行為の中止、原状回復等必要な指示、命令を発し、又は規則に定めるところに従い制
裁として懲戒処分を行うことができるもの、と解するのが相当である。」
⇒ 「ネスレ日本事件」最高裁二小判決平 18.10.6
使用者の懲戒権の行使は,企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行わ
れるものであるが,就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても,当該具体的
事情の下において,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当なものとして是認すること
ができないときには,権利の濫用として無効になると解するのが相当である。(本件では懲戒事由と
された職場での暴行事件から 7 年以上経過した後にされた諭旨退職処分が権利の濫用として無効とさ
れた。
)
※権利の濫用の要素としての「行為の性質及び態様その他の事情」について
行為の「性質」とは、懲戒事由となった労働者の行為そのものの性質をいう。「態様」とはその行
為がなされた状況や悪質さの程度などを指すと思われる。「その他の事情」には、企業秩序にいかな
る悪影響があったかという行為の結果やこれまでの処分や非違行為歴、反省の有無など労働者の情状
などのほかに、使用者の対応も考慮要素に含まれると思われる。
懲戒事由が存在する場合に、いかなる懲戒手段をとるかは使用者の裁量にゆだねられるが、懲戒権
の行使が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫
用したものとして無効になる(下記「ダイハツ工業事件」-注)。
注.「ダイハツ工業事件」最高裁二小判決昭 58.9.16
日米間の沖縄返還協定をめぐるデモに参加し、凶器準備集合等の嫌疑で現行犯逮捕・勾留され、
その間会社を欠勤した。その後Xは出勤したが、会社はXに自宅待機を命じた。しかしXは連日に
わたって会社工場に立ち入ろうとして警士(警備員)とトラブルを繰り返したため、Xを20日間
の出勤停止処分としたにもかかわらず、再三にわたって工場に立ち入り、警士に対して打撲傷を与
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第2編
個別的労働関係
第1章 労働契約
第 2 節 労働契約の原則
えたりしたため、Xを懲戒解雇した事件。1審及び2審は懲戒解雇については無効と判示したが、
最高裁は「本件懲戒解雇に及んだことは、客観的にみても合理的理由に基づくものというべきであ
り、本件懲戒解雇は社会通念上相当として是認することができ、懲戒権を濫用したものと判断する
ことはできない」として、懲戒解雇有効と判示した。
⇒ 懲戒事由が存在する場合に、いかなる懲戒手段をとるかは使用者の裁量にゆだねられる(権利の濫用に当
たらない範囲内で。)。
3)解
雇
⇒
第3回(7 月)にて詳述
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫
用したものとして、無効とする(労契法 16 条)。
この規定は、いわゆる「解雇権濫用の法理」といわれるもので、裁判で培われてきた法理を旧労基法
18 条の 2 に規定し(平成 16 年 1 月 1 日より)、その後労契法の施行によりそのまま同法 16 条に移行さ
せたものである。
「客観的に合理的な理由」は、労働者の帰責に基づく債務不履行(労働契約上の義務違反)があり、
かつ、それが労働契約の継続を期待し難い程度に達している場合に肯定される。
その理由として、一般的には次のようなものが考えられる。
① 労働能力の喪失(傷病、障害)、勤務成績著しい不良、重要な経歴詐称
② 規律違反行為
③ 経営上の必要性(整理解雇など)
④ ユニオン・ショップ協定に基づく解雇義務
⇒「日本食塩製造事件」最高裁二小判決昭 50.4.25
「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当して是認すること
ができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。」
「社会通念上相当として是認する」とは、それが労働者を企業から排除するに値するほどのものか
どうか、という点を社会通念に照らして検証し、これが肯定されれば「社会通念上相当として是認す
る」ということになる。
⇒「高知放送事件」最高裁二小判決昭 52.1.31
2 週間に 2 度も寝過ごして放送に穴を空けた事故を起こしたアナウンサーの解雇は、悪意・故意の
不存在、共に寝過ごした放送記者の処分が譴責処分に過ぎないこととの均衡等を考慮すると、解雇は
社会通念上相当として是認することはできず、解雇権濫用に当たるとした。
解雇する合理的な理由がある場合に、使用者は「解雇回避努力」が求められるのかという点について
は、上記①~④の類型ごとに論じられなければならないが、一般論としていえば、新規学卒・定期採用
者については一定の解雇回避努力が求められる。
(専門職・中途採用者については解雇回避努力は求められないか、求められたとしてもその要求度合い
が弱いと解される。)
⇒「セガ・エンタープライズ事件」東京地裁決定平 11.10.15 ⇒ 解雇回避努力不十分とした。
大学院卒業後就職し、業務遂行上問題を起こして上司に注意されることや、業務に関して顧客から
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第2編
個別的労働関係
第1章 労働契約
第 2 節 労働契約の原則
苦情がなされることがしばしばあり、勤務成績査定も低い者が、特定の業務がない「パソナルーム」に
配置され、退職勧告に応じなかったため、就業規則の「労働能率が劣り、向上の見込みがない」との理
由により普通解雇されたケースに対し、判決は「平均的な水準に達していないというだけでは不十分で
あり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないとき」でなければ解雇できないとした。更に
体系的な教育、指導を実施することでその労働能力を向上する余地もあったとしている。
⇒ 一般論としていえば、新規学卒・定期採用者については一定の解雇回避努力が求められ、「平均的な水準に
達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないとき」でなけれ
ば解雇できない。
(4)有期労働契約
1)やむを得ない事由による解雇
使用者は、期間の定めがある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その
契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない(労契法 17 条 1 項)。
民法 628 条は、
「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、
各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方
の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。」と定めており、
この規定が労働契約においても適用されることを明確にした。
「やむを得ない事由」に該当する例として、
① 労基法 19 条 1 項ただし書・20 条 1 項ただし書の「天災事変その他やむを得ない事由のため
に事業
の継続が不可能となった場合」
② 雇用契約を締結した目的を達するにつき重大な支障を引き起こす事項(「福音印刷事件」大
審院判決大正 11.5.29)
③ その事由が存するにかかわらず、雇用契約を継続することが一般の見解上不当又は不公平で
あると認める事実(「増訂日本債権法各論・下」鳩山秀夫)
などをいうとされている(岩出「労契法って何」P83)。
具体的にどのようなことを「やむを得ない事由」と解するかについては、一般的には、期間の定
めがない契約における解雇権濫用の法理を適用する場合の「合理的理由」よりも限定された事由(よ
り厳格に解すべき事由)であって、期間満了を待たず直ちに契約を終了させざるを得ない事由を意
味するものと思われる(荒木「労契法」P155。同趣旨のものとして菅野「労働法」P181、土田「労
契法」P679)。
労契法 17 条 1 項は使用者側から行う解雇のみを制限しているため、労働者が有期労働契約期間
中に解約する場合は、従来どおり民法 628 条の反対解釈によることとなる。
⇒ 有期労働契約において契約期間中に解雇することは、実質的にかなり限定され、期間の定めがない正規職
員を解雇する場合に適用される解雇権濫用の法理よりも厳格な事由を必要とし、実務上困難である。
労契法
第 17 条
使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、
130
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第2編
個別的労働関係
第1章 労働契約
第 2 節 労働契約の原則
その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。
第2項 略
民法
(やむを得ない事由による雇用の解除)
第 628 条 当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者
は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によ
って生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
なお、有期労働契約期間中における労働者側からする辞職は、民法 628 条は任意規定であるから、
契約期間中に解約できるという就業規則等の規定があれば有効である(下井「労働法」P47)。
(そのような就業規則等の規定がなければ、使用者と話合って合意解約するほかない。)
2)必要以上に短い期間を定める契約の禁止
使用者は、期間の定めがある労働契約について、その労働契約により労働者を使用する目的に照
らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよ
う配慮しなければならない(労契法 17 条 2 項)。
※(参考)「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」平 15.10.22 厚労告 357 号
第 4 条(契約期間についての配慮)
使用者は、有期労働契約(当該契約を一回以上更新し、かつ、雇入れの日から起算して一年を超
えて継続勤務している者に係るものに限る。)を更新しようとする場合においては、当該契約の実
態及び当該労働者の希望に応じて、契約期間をできる限り長くするよう努めなければならない。
有期労働契約については、短期間の有期労働契約を反復更新するのではなく、当初からその有期契約
労働者を使用しようとする期間を契約期間とする等により全体として契約期間が長期化することを目
指すものであるが、契約期間を特定の長さ以上の期間とすることまでを求めているものではない。
「必要以上に短い期間」の判断は、有期契約を締結する事情に照らして判断すべきものと解される(岩
出「労契法って何」P73)。具体的には、数年間に亘って雇用することが見込まれる場合に、契約期間
を 2~3 か月程度として更新を繰り返すことなどがこれに該当するものであろう。
国大・独法における非常勤職員の契約期間は一般的に 1 年契約・更新 2 回までとしている場合が多い
が、この条項をタテに「3 年とすべき」との批判がある。しかし、人件費が 1 年度ごとに予算化される
こと、1 年を超えて業務量を予測することが困難であること等から考えて、1 年契約という期間が「必
要以上に短い期間」に該当するとは言えないと解する。
「配慮しなければならない」の趣旨は、訓示規定であると解される(菅野「労働法」P175)。しか
し、雇止めの合理的理由を判断するにあたり、「労働者を使用する目的」が考慮要素となることは考え
られる。
⇒ 国大・独法において、有期雇用職員と契約期間を1年ごととすることは、国家予算が年度単位で決定されるこ
と、一定期間の勤務成績を考慮した上で更新するすることは合理的であること、などの事情を勘案すると、「必要
以上に短い期間」とは解されないと考える(私見)。
131
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
第3節 労働契約の成立・変更
1.労働契約の成立・変更
(1)労働契約の成立(労契法 6 条・7 条)
1)労使の合意により成立する
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことにつ
いて、労働者及び使用者が合意することによって成立する(労契法 6 条)。
このように、労働契約は、労働契約の締結当事者である労働者及び使用者の合意のみにより成立する
ものである。したがって、労働契約の成立の要件としては、契約内容について書面を交付することまで
求められるものでないから、「労働条件通知書を交付していないから労働契約が成立していない」とい
うことはできない。また、労働条件を詳細に定めていなかった場合であっても、労働契約そのものは成
立し得るものである(法定明示義務を欠くことになるが。
)。
この当事者の合意によるということは契約の根本に関わることであって当然であり、労働者又
は使用者のいずれかが「知らなかった」、「認識していなかった」にもかかわらず労働契約が成立
していたということはありえない(もっとも、
「黙示の合意」ということは概念的に肯定されるが、
労働契約においては限定的に解されている。)
。
労働契約の成立は労使の「合意」が原則であるが、第1節 1.
(2)3)(109 ページ)で述べたとお
り、企業経営においては労働条件を集合的に処理する必要上、労働条件を統一的かつ画一的に決定
せざるを得ない性質がある点を無視するわけにいかない。そのため、(2)で説明するとおり、就
業規則の変更による労働条件の変更を一定の制約のもとに認めている。
次に、労働契約の内容(労働条件)は労働契約書(国大・独法・では「労働条件通知書」と称
して契約書形式を採っていないことが多い。)を作成して使用者・労働者が各自所持するものであ
るが、労働条件は多岐にわたっておりそのすべてを契約書に記載することは現実的でない。そこ
で、労働契約法は、
「労働契約締結時において、合理的な労働条件が定められている就業規則を労
働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件による。」と
規定し、契約時における就業規則の労働条件の内容が原則的に労働契約の内容となることとして
いる(労契法 7 条)。
2)労働契約の成立の時期
労働契約はいつ成立するか、という問題に対して、労契法は「労働者及び使用者が合意すること
によって成立する」ことを明確に規定した。ことばを替えていえば、採用が決定した時点で契約は
成立しているのであり、極端なことをいえば、ある主婦がパートタイマー募集のビラを見てその会
社に電話し、「働きたい」と申込み、これに対し会社の担当者が「よろしい。明日から募集ビラど
おりの時給 900 円で働いてください。
」と承諾したとすれば、そこで、労働契約は成立したことに
なる。その主婦が、翌日、出勤途中で交通事故に遭ったとしたら労災保険の通勤災害に該当し、保
険給付を受けることができる(安西「採用・退職」P1~2)。
しかし、実務においては、現実に使用従属関係にあるか否か(請負であるか労働であるかの判断)
が問われるものであり、一般論としていえば「合意」のみで成立すると解するのは性急すぎるよう
132
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
に思う。
労働契約の成立に関し、労契法では「合意」が基本であるのに対し、労基法は「事実」重視であ
るため、その成立の時期に違いがあるのではないかという個人的疑問については、すでに述べた(45
ページ)。
3)労働契約と就業規則との関係
労働契約を締結する場合において、合理的な労働条件が定められている就業規則を使用者が労働
者に周知させていたときは、労働契約の内容はその就業規則で定める労働条件によるものとする。
ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容を上回る労働条件を合意していた
部分については、労働契約の内容が優先適用される(労契法 7 条)
イ 合理的な労働条件
「合理的な労働条件」とは、就業規則が定める労働条件それ自体に合理性が求められるという
ことである。後述する4)の就業規則の変更の場合における「合理的なもの」の場合は、変更の
内容とそのプロセス全体にわたる総合判断としての合理性であるから、それと異なる。
菅野 和夫教授は、この点について次のように述べておられる。
「この合理性は、就業規則が定める当該労働条件それ自体の合理性であり、後記の就業規則の変
更の場合の変更の内容のプロセスの全体にわたる総合判断としての合理性とは異なる。就業規則が
定める労働条件のそれ自体の合理性は秋北バス事件判決以来その効力の要件とされてきたもので
あるが、労働者が就業規則を前提とし、これを受け入れて採用されたという状況の中で問題となる
合理性なので、企業の人事管理上の必要があり、労働者の権利・利益を不相応に制限していなけれ
ば肯定されるべきものといえよう。裁判例上も、この合理性が否定されたことはほとんどない。た
だし、服務規律・懲戒規定を中心にして、裁判所が、労働者の利益に配慮して、就業規則の規制内
容を合理的に限定解釈することは煩雑に行われる。
」(菅野「労働法」P112)
また、「合理的な労働条件」は、個々の労働条件について判断されるものであり、就業規則に
おいて合理的な労働条件を定めた部分については労働契約の内容となる法的効果が生じ、合理的
でない労働条件を定めた部分についてはそのような効果が生じない(平 20.1.23 基発 0123004
号)。
ロ 周
知
就業規則を労働者に周知させることは使用者の労基法上の義務でもあり、周知の方法として、
労基法は次の3つの方法のいずれかによることに限定している(労基法 106 条、労規則 52 条の
2)。
① 常時作業場のみやすい場所に掲示し又は備付けること。
② 書面を労働者に交付すること
③ パソコンで内容を常時確認できること。
しかし、労契法 7 条の周知の場合は、実質的な周知手続きがとられていることが必要との観点
から、労基法に定める周知手続きに限られないと解されている。具体的には、労基法 106 条によ
る周知のほか、次のような方法も認められる(岩出「労契法って何」P58)。
a.規則内容を説明会で公表する。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
b.採用時に説明し要旨を配布する。
c.社内報等で開示範囲を掲載する。
「周知」とは、上記①~③又はa~cのような方法により労働者が知ろうと思えばいつでも就
業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことをいうものである。このように周知させてい
た場合には、労働者が実際に就業規則の存在や内容を知っているか否かにかかわらず、労契法 7
条の「周知させていた」に該当する(注)。
注.「フジ興産事件」最高裁二小判決平 15.10.10
「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要
する(最高裁昭和 54 年 10 月 30 日第三小法廷判決〈国労札幌支部事件〉)。そして、就業規則が法的規範と
しての性質を有する(最高裁昭和 43 年 12 月 25 日大法廷判決〈秋北バス事件〉)ものとして、拘束力を生ず
るためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものとい
うべきである。」
第 2-1-2 図 労働契約と就業規則との関係
労働契約を締結するとき
(労契法7条)
就業規則を変更するとき
(労契法 10 条)
就業規則の規定自体
就業規則変更の内容と変更
が合理的であること
手続きが合理的であること
合理的な労働条件が定められて
変更後の就業規則を周知させ、か
いる就業規則を労働者に周知さ
つ、就業規則の変更が合理的なも
せていたとき
のである
就業規則の内容が労働契
変更後の就業規則の内容
約の内容となる
が労働契約の内容となる
(2)契約内容の変更(労契法 8 条~10 条)
1)労使の合意による変更
労働条件を変更する場合は、労働者及び使用者が合意して変更することが原則である(労契法 8
条)。したがって、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働
者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない(労契法 9 条)。
しかしながら、すでに述べたように、わが国においては、個別に締結される労働契約(国大・独
法では「労働条件通知書」形式の文書を交付している)では詳細な労働条件は定められず、就業規
則によって統一的に労働条件を設定することが広く行われてきた。そして統一的な労働条件の変更
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
も就業規則を変更することによって行われるが、変更された就業規則で定める労働条件と個別の労
働者の労働契約の内容である労働条件との法的関係は如何に、という問題がある。
これについて、労働条件を集合的に処理する必要上から、就業規則の変更により労働契約の内容
である労働条件を変更することが一定の制約のもとに認められてきた(判例法理一注)。労働契約
法では、就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、次のいずれをも満たすときは、
労働契約の内容である労働条件は当該変更後の就業規則に定めるところによるものとすることと
規定している(労契法 10 条)。
① 就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業
規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らし
て合理的なものであること
② 変更後の就業規則を労働者に周知させること
なお、
「労働者の不利益」については、個々の労働者の不利益をいうものであるとされている(平
20.1.23 基発 0123004 号)。
2)「合理的なもの」
その判断基準として、
「第四銀行事件」最高裁三小判決平 9.2.28 は7要素、労契法は4要素(注)
を挙げており、両者の関係を比較すると、次のように整理できる(岩出「労契法って何?」P61)。
第 2-1-3 図 「合理的」の判断要素
第四銀行事件の7要素
労契法 10 条の 4 要素
①就業規則の変更によって労働者が
① 労働者が受ける不利益の程度
被る不利益の程度
②使用者側の変更の必要性の内容・
② 労働条件を変更する必要性
程度
③変更後の就業規則の内容自体の相
③ 変更後の就業規則の内容の相当性
当性
④代償措置その他関連する他の労働
① 労働者が受ける不利益の程度
条件の改善状況
⑤労働組合等との交渉の経緯
④ 労働組合等との交渉の状況その他の
⑥他の労働組合又は他の従業員の対
就業規則の変更に係る事情
応
⑦同種事項に関する我が国社会にお
③ 変更後の就業規則の内容の相当性
ける一般的状況
④ 労働組合等との交渉の状況その他の
就業規則の変更に係る事情
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
なお、労働契約と就業規則との関係については、次の裁判例が参考となり、労契法 10 条の規定
はこれら判例法理に沿って規定したものであって、通達は“判例法理に変更を加えるものではない”
としている(平 20.1.23 基発 0123004 号)。
注.厚労省は、労契法 10 条は「就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の
変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他の就業規
則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当
該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」と4要素として解しているが、
「労働組合
等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情」の部分を前半の④「労働組合等との交渉の
状況」と後半の⑤「その他の就業規則の変更に係る事情」とに区分して理解することもできる。し
かし、岩出 誠弁護士は「実質的には差異はないでしょう。」と述べておられる(岩出「労契法っ
て何?」P61)
。
イ 労働契約と就業規則との関係について
就業規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを
理由として、その適用を拒否することは許されない。
「おもうに、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な
労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集
合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則
条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、
その適用を拒否することは許されないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正
当な手続による改善にまつほかはない。」(
「秋北バス事件」最高裁大法廷判決 昭 43.12.25)
ロ どのような場合に就業規則の変更が「合理的なものである」と判断されるのか?
賃金、退職金など重要な労働条件に関し不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項
が、そのような不利益を労働者に法的に受認させることを許容できるだけの高度の必要性に基づ
いた合理的な内容のものでなければならない。
「当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみてそれによって労働者が
被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を
是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労
働者にとって重要な権利、労働条件に関し、実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成または変更
については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受認させることを許容できるだけ
の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものとい
うべきである。」(
「大曲市農協事件」最高裁判決昭 63.2.16)
ハ 一部の労働者のみに大きな不利益が生じる就業規則の変更
「みちのく銀行事件」最高裁判決平 12.9.7
「しかしながら、本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ
賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のように
大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利
益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。就業規則の変更によってこのよう
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
な制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するな
どの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働
者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないものというほかはない。」
⇒「第四銀行事件」最高裁二小判決平 9.2.28、
右の合理性の有無は、具体的には、次の点等を総合考慮して判断すべきであるとしている。
① 労働者が被る不利益の程度
② 使用者側の変更の必要性の内容・程度
③ 変更内容自体の相当性
④ 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
⑤ 労働組合との交渉の経緯
⑥ 他の労働組合又は他の従業員の対応
⑦ 同種事項に関するわが国社会における一般的状況
「総合考慮して判断すべき」とは、7つの考慮要素が列挙されているが、これらは合理性判断の
「要件」ではなく、あくまで考慮すべき「要素」である(要件であれば、1つでも欠ければ合理性
がないと判断される。通達「労働契約法の施行について」基発第0123004号平成20年1月23日も同様
の趣旨。)。
したがって、たとえば、代償措置は総合考慮すべき要素の1つであるが、絶対に必要な要件では
ない。
⇒ 労契法 10 条の「⑤ その他の就業規則の変更に係る事情」は、「第四銀行事件」における④、⑥、⑦をいう。
⇒ 「周知」と「合理的」を要件に、就業規則を変更することによって労働契約の内容を変更することができる。
その後の類似の事件における最高裁の判決においても同様な考え方がとられ、判例法理として確
立しているものである。
これらの考課要素は、就業規則の変更が合理的なものであるか否かを判断するに当たっての要素
として例示したものであり、個別具体的な事案に応じて就業規則の変更に係る諸事情が総合的に考
慮され、合理性判断が行われることとなるものである。
③の「変更後の就業規則の内容の相当性」には、第四銀行事件最高裁判決で列挙されている考慮
要素である「変更後の就業規則の内容自体の相当性」のみならず、「代償措置その他関連する他の
労働条件の改善状況」、
「同種事項に関するわが国社会における一般的状況」も含まれるものであり、
就業規則の内容面に係る制度変更一般の状況が広く含まれる(平 20.1.23 基発 0123004 号)。
※業務命令権について
使用者が労働者に対して有する業務命令権は、労働者が契約によってその処分を許諾した範囲内に
おいて有効とされ、就業規則に規定された内容が合理的なものである限り、その内容が労働契約の内
容となる(労契法 7 条 1 項)。
「電電公社帯広局事件」最高裁一小判決昭 61.3.13 では、頸肩腕症候群の健康診断受診命令に従わ
ないため会社がなした懲戒処分は、労働者として労働契約によってその処分を許諾した範囲内のもの
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
であり、有効とした。
5)就業規則と労働契約との関係 ⇒ 就業規則による最低基準の保障
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効と
する。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による(労契法 12 条)。
この規定は、旧労基法 93 条の規定を労契法に移行させたものである。
⇒ 類似規定
※労基法 13 条(労基法違反の労働契約)
この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。
この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。
※労組法 16 条(労働協約で定める基準の効力)
労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効
とする。この場合において無効となった部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部
分についても、同様とする。
このように、労働契約の内容を無効とするだけでなく一定の水準に書き換えて直接規律する効力
を「直律効」と呼んでいる。
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2.契約期間に関する規制
(1)契約期間
1)有期契約と無期契約
労働契約に期間を定めると、当事者はやむを得ない事由がない限り、途中で契約を解約するこ
とはできない(民法 628 条、使用者の解雇に関して労契法 17 条 1 項)。そのため長期にわたる契
約が設定されると、労使ともその意に反して契約を継続しなければならないことが起こり得る。
そこで、民法は雇用契約の期間が 5 年を経過している場合等には、5 年経過後は当事者のどちらか
らでも 3 か月の予告をもって契約の解除をすることができることとしている(民法 626 条)
。
これに対し、労基法は労働者に対する人身拘束の防止という観点から、民法の規定を修正し契約
期間の上限を 3 年(一定の専門業務等については 5 年)とすることとしている。この上限 3 年(一
定の専門業務等については 5 年)という規定は平成 15 年改正(施行は 16 年 1 月 1 日)により規定
されたもので、その前は 1 年(一定の専門業務等については 3 年)であった。ただし、暫定措置と
して 1 年経過後は労働者側からする解約は自由に行うことができることとされている(下記(3)2)
(142 ページ)参照)。
民法
(期間の定めのある雇用の解除)
第 626 条 雇用の期間が五年を超え、又は雇用が当事者の一方若しくは第三者の終身の間継続すべき
ときは、当事者の一方は、五年を経過した後、いつでも契約の解除をすることができる。ただし、こ
の期間は、商工業の見習を目的とする雇用については、十年とする。
2 前項の規定により契約の解除をしようとするときは、三箇月前にその予告をしなければならない。
(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第 627 条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをするこ
とができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了
する。
2 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただ
し、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
3 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければ
ならない。
(やむを得ない事由による雇用の解除)
第 628 条 当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者
は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によ
って生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
(雇用の更新の推定等)
第 629 条 雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこ
れを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する。
この場合において、各当事者は、第六百二十七条の規定により解約の申入れをすることができる。
2 従前の雇用について当事者が担保を供していたときは、その担保は、期間の満了によって消滅する。
ただし、身元保証金については、この限りでない。
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
(雇用の解除の効力)
第 630 条 第六百二十条の規定は、雇用について準用する。
(賃貸借の解除の効力)
第六百二十条
賃貸借の解除をした場合には、その解除は、将来に向かってのみその効力を生ずる。この場
合において、当事者の一方に過失があったときは、その者に対する損害賠償の請求を妨げない。
労契法
第 17 条 使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、
その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。
2 使用者は、期間の定めのある労働契約について、その労働契約により労働者を使用する目的に照
らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよう
配慮しなければならない。
2)有期契約の雇止め
ところで、労働契約の期間は雇用が存続できる期間を意味し、期間の満了は雇用の終了を意味
することになる。しかし、期間の定めがない契約については使用者からの一方的解約(解雇)に
ついては、民法の趣旨(627 条)と異なり判例の積み重ねにより厳格な制限が行われてきた。すな
わち、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、そ
の権利を濫用したものとして無効とする」という解雇権濫用の法理である(労契法 16 条)。
これに対し、期間の定めがある場合は期間の満了だけで当然に雇用が終了してよいのか、そもそ
も期間の設定は法律の定める上限の範囲内であればいかなる場合も許されるのかということが議
論されるようになってきた。(前者の場合については有期契約の反復更新の後に雇止めをする事案
をめぐって一定の場合には解雇権濫用の法理の類推適用が認められる場合がある。)。
そこで、平成 15 年改正(施行は 16 年 1 月 1 日)において、
「厚生労働大臣は、期間の定めのあ
る労働契約の締結時及び当該労働契約の期間の満了時において労働者と使用者との間に紛争が生
ずることを未然に防止するため、使用者が講ずべき労働契約の期間の満了に係る通知に関する事項
その他必要な事項についての基準を定めることができる」
(労基法 14 条 2 項)こととし、それに基
づき「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」
(平 1510.22 厚労告 357 号)を告示し
た(資料6、資料7
188~190 ページ)。
⇒ 「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」に示された基準が合理的な基準であり、適切な運用
がなされていれば雇止めは有効であると個人的には考えている。
(この点については「第5節 労働契約の終了」第3回(7 月)にて論じる。)
(2)西欧諸国における有期労働契約の法規制
日本では有期労働契約を締結すること自体は禁止されるものでないが、西欧諸国では「正当な事
由が必要」
(ドイツ)、
「一定の事由に限定」
(フランス)されている。しかも、契約更新回数は限定
され、日本のような短期契約を数十回も繰返すようなことはできない。
労働政策研究・研修機構の依頼を受けて 2004 年に行った橋本 陽子教授(ドイツ担当)
・奥田 香
子教授(フランス担当)の研究報告によると、ドイツ、フランスの有期労働契約法制は次のとおり
である。
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
有期労働契約法制対比表(ドイツ・フランス)(抜粋)
項
目
ド
イ
ツ
フ
ラ
ン
ス
有期労働に関
労働関係の期限設定には正当事由が必
労働契約は期間の定めのない契約が
する考え方
要である。
原則であり、有期労働契約は一定の事由に限
定されている
主な規整法規
有期労働契約
ができる場合
パートタイム労働・有期労働契約法
有期労働ができるのは、次の二つの
労働法典
有期労働契約は、いかなる場合でも、企業の
場合である。
通常かつ恒常的な活動に係る雇用に就ける目
①労働契約に期限を付けることに正当
的としてはならず、そのような効果をもたら
な事由がある場合。
してはならない。
②2年間までの期間を定める場合。2
有期労働契約ができる場合の一定の事由が、
年間の期間内に更新は3回まで認めら
法に限定列挙されている。
れる。ただし、有期、無期を問わず以
有期労働契約の期間は、更新(1回に限定さ
前に労働関係があった者とは有期労働
れている。)による延長期間を含め最長18 か
契約を締結することはできない。
月(例外あり。)とされる。
この最長期間と更新回数は、労働協約
により別途定めることができる。この
協約に当然には拘束されない労使も、
これを適用することを合意できる。
「正当事由」又
前項①の正当事由として、次の項目が
前項の一定の事由には通常の利用事由と雇用
は「一定の事
列挙されている。これらは、例示列挙
政策上の特別な利用事由があり、それぞれ次
由」
であると解されている。
の項目が列挙されている。これらは、限定列
①一時的な追加的労働需要への対応
挙である。
②職業訓練又は大学の課程の修了に引
1通常の利用事由
き続いて雇用する場合
①欠勤者や病休者などの代替
③他の労働者の一時的代替
②輸出用の特別な注文、安全上必要な緊急作
④期限設定を正当化する労務給付の特
業など企業活動の一時的増加
殊性
③引越し、ホテル・レストラン、文化活動、
⑤試用(原則6か月以内)
テレビ放送など季節的業務、又は活動の性質
⑥期限設定が正当化される労働者の個
や業務の一時性から無期労働の不利用が慣行
人的事由
となっている部門での雇用
⑦公的財政による臨時的雇用
2失業者の雇用促進や労働者
⑧裁判上の和解に基づく期限設定
の追加的な職業訓練など雇用政策に係る利用
(正当事由ある有期労働契約について
事由
は、最長期間の規制はない。)
「ドイツ、フランスの有期労働契約法制調査研究報告」労働政策研究・研修機構 2004より
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
⇒ 西欧諸国では、有期労働契約の締結は正当事由が必要(ドイツ)、一定の事由に限定(フランス)されている。
(3)契約期間の上限・下限
1)契約期間の上限
労働契約の期間を定める場合には、一定の事業の完了に必要な期間を定める場合には制約はなく
それ以外の場合は 3 年(次のイ又はロに該当する場合は 5 年)を超えてはならない(労基法 14 条
1 項)。契約を更新することは差支えないが、雇止めする場合には一定の制約がある点に注意する。
※契約期間を最長 5 年とすることができる場合
イ 厚生労働大臣が定める基準に該当する専門的知識等を有する者との契約(平 15.10.22 厚労告
356 号)
① 博士の学位を有する者
② 次の資格を有する者
・公認会計士
・医師・歯科医師
・獣医師
・弁護士
・一級建築士・税理士
・薬剤師
・社会保険労務士
・不動産鑑定士
・技術士
・弁理士
③ 情報処理に関するシステムアナリスト、アクチャリー試験合格者
④ 特許発明者、意匠創作者、種苗登録品種育成者
⑤次のいずれかに該当する者であって年収 1075 万円を下らないもの
・一定の実務経験を有する科学技術に関するシステムアナリスト、情報システムのシステム
エンジニア、デザイナ一
・一定の実務経験を有する事業運営に関するシステムエンジニア
⑥ 国、地方公共団体その他の法人によりその有する知識、技術又は経験が優れたものである
と認定されている者
ロ 60 歳以上の者との契約
2)契約期間中における労働者側からの退職
労働契約に期間を定めると、当事者はやむを得ない事由がない限り、途中で契約を解約すること
はできないことが民法の原則である。そこで、契約期間の原則的限度を従来の 1 年から 3 年に変更
する改正時に経過措置を設けて、労働契約の期間の初日から 1 年を経過した日以後は、労働者側か
らする解約は理由の如何にかかわらず自由に申し出ることができることとした(上記1)イ及びロ
に該当する者を除く。)
(労基法附則 137 条)。この規定は、改正法施行(平成 16 年 1 月 1 日)後三
年を経過した場合において、改正後の労働基準法第十四条の規定について、その施行の状況を勘案
しつつ検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講じるまでの間の暫定措置である。
労基法附則
第 137 条 期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期
間が一年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第十四条第一項各号に規定する労働者を除く。)
は、労働基準法の一部を改正する法律(平成十五年法律第百四号)附則第三条に規定する措置が講じ
られるまでの間、民法第六百二十八条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から一年を経
過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。
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平成 15 年附則
(検討)
第 3 条 政府は、この法律の施行後三年を経過した場合において、この法律による改正後の労働基準
法第十四条の規定について、その施行の状況を勘案しつつ検討を加え、その結果に基づいて必要な措
置を講ずるものとする。
⇒ 有期契約期間中であっても、契約期間の初日から1年経過すれば、労働者は自由に退職することができる。
3)期間の定めがない契約と定年制
労基法が契約期間の長さについて一定の制限を設けた趣旨は、長期労働契約による人身拘束の弊
害を排除するためである。したがって、契約期間の定めがない労働契約はそのような弊害がないの
で禁じる必要がなく、定年制の場合は、定年に達するまで労働契約を解約できないというものでな
く、労働者側からする解約の自由が保障されているので、違法とされない(詳しくは第5節第1款
3(1)(第3回(7 月)を予定)参照)。
4)契約期間の下限
前述 1)のとおり、契約期間の長さについて上限は原則として3年であるが、下限はとくに定め
られていないので、1 日でもよい。ただし、労働契約法では、期間の定めがある労働契約について、
その労働契約により労働者を使用する目的に照らして、「必要以上に短い期間」を定めることによ
り、その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならないとしており、合理的
な説明ができない細切れ契約を禁止している。
「必要以上に短い期間」の判断は、有期契約を締結
する事情に照らして判断すべきものと解される(岩出「労契法」P73)。
国大・独法における非常勤職員の契約期間は一般的に 1 年契約・更新2回までとしている場合が
多いが、この条項をタテに「3年とすべき」との批判がある。しかし、人件費が 1 年度ごとに予算
化されること、1 年を超えて業務量を予測することが困難であること等から考えて、1 年契約とい
う期間が「必要以上に短い期間」に該当するとは言えないと解する。
また、契約期間が 1 日限りの日々雇用であっても、それが繰り返されると労働者の雇用継続への
期待から問題が生じてくる。電話受信発信事務等の業務を請負う会社に日々雇用として 11 か月雇
用された労働者の雇止めについて争われた事案で、①フルタイムで 1 週間に 5~6 日勤務している
こと、②更新手続きも行わずに更新を重ねていること、③勤務期間が 11 か月に及んでいること、
により、日々の経過により当然に雇用契約が終了するものとは解されないとし、雇止めには合理的
な理由が必要だとする裁判例がある。さらに雇用保険加入の手続きをとらなかった点についても会
社の不法行為を認めている(「プロマインド事件」東京地裁判決平 19.10.1-注)。
注.「プロマインド事件」東京地裁判決平 19.10.1
「原告は離職前 2 月の各月において、同一の事業主に 18 日以上雇用されているので、雇用保険法 6 条、4
2 条にいう適用除外者には該当しないと考えられる。原告が退職後、公共職業安定所で相談したことを受けて、
同所が被告に対し原告が雇用保険の適用対象になると思われる旨説明したのに被告がこれを受け容れず、最終
的に雇用保険の手続きがとられなかった事実が認められる。そうすると、被告が故意又は過失により、雇用保
険加入の手続きを僻怠するという不法行為を行い、これにより原告が本来適用となるはずの雇用保険の基本手
当の支給を受けられなかったという損害を被ったものというべきである。」として基本手当 90 日分(68 万
3100 円)の支払いを命じた。
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
⇒ 雇用保険・健康保険・厚生年金保険などの強制加入者について加入手続きをとらないと、不法行為により損
害賠償責任を負う。
(4)契約の自動更新の問題
1)問題の提起
有期契約を期間満了後も放置して使用従属関係を継続させている場合の法律関係はどうなるの
か、その場合の労働契約を終了させるためにはどうすればよいのかという問題等について考察する。
問題点を整理すると、次のようになる。
① 民法 629 条による期間満了後の自動更新された契約の契約期間はどうなるのか。
② 自動更新された契約が期間の定めがない契約であるとした場合、そのような契約に解雇権濫
用の法理が適用されるのか。
③ 自動更新された契約が期間の定めがある契約であるとした場合、そのような契約と労基法 14
条の労働契約の期間に関する制約との関係はどうなるのか。
2)民法 629 条の解釈
契約期間を定めるということは、臨時的な仕事であるとか、人件費予算の見通しが不安定である
とか、何か理由があるはずである。この場合に契約期間を定めて労働契約を締結することになるが、
契約期間の更新・雇止めに関する制約は、第5節第2款(第3回(7 月)を予定)で詳述する。
では、期間の定めがある契約を契約期間満了後も放置して、使用従属的関係を継続させている場
合は、どうなるのであろうか。これについて、民法 629 条 1 項は次のように規定している。
民法
(雇用の更新の推定等)
第 629 条 雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者が
これを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定す
る。この場合において、各当事者は、第六百二十七条の規定により解約の申入れをすることができる。
この場合の「従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する」契約の契約期間も「「従
前の雇用と同一の条件」ということになるのかはっきりしない。文字どおりとすれば従前の雇用期
間と同一の期間で更新されたことになるが、「この場合において」以下に規定する解約に関する取
扱いは期間の定めがない契約と同様の規定であるので、期間の定めがない契約として更新されたの
ではないかという疑問も生じる。
これについては、伝統的な解釈では「契約期間の定めのない契約」であるとされており、厚生労
働省の見解でも「契約期間の定めのない契約」で更新されるとしている(注)。
裁判例においても、契約期間を2年(当時の労基法の労働契約期間の上限は 1 年であった。)と
して私立大学の嘱託専任講師に任用された者が、契約期間の満了時において担当科目の廃止を理由
に契約更新を拒否された事件で、裁判所は、契約期間は 1 年に短縮されたものと判断している。そ
して、労働者が「本件契約締結後1年間を経過した後も引き続き当該大学の教員としてその労務に
従事し、大学側が、これを知りながら異議を述べなかったことは、当事者の各主張に照らし、当事
者間に争いのないものと認められるから、本件契約は、期間の定めのないものとして更新されたも
のというべきである。」と判示したものがある(「旭川大学事件」旭川地判決昭 53.12.26。ただし、
大学が嘱託専任講師を解雇したことは、もともと2年間の雇用が予定であったことを了解した上で
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
嘱託選任講師に就任したものであること、別途専任教員が新たに採用されたため嘱託専任講師に任
じられた主な理由も失われていることなどにより、解雇したことは一応合理的な理由があるとし
た。)。
注.厚労省「労基法コメ」上巻P221
労基法 14 条の「超える期間について締結してはならない」の項の解説で、
「また、上限期間を契約期間とする労働契約について、契約期間終了後引き続き労働し、使用者も意義を述べな
いときは、民法第 629 条第 1 項により、黙示の更新があったものと推定され、以後契約期間の定めのない労働契
約が結ばれたものと推定されるが、本条に抵触しないことはいうまでもない。」と述べている。
⇒ 期間を定めて雇用し、契約期間満了後も使用し続けると、一般に期間の定めがない契約が締結されたものと
みなされる。
しかし、最近では「従前の契約期間と同一の期間」で自動更新されたと解すべきとする学説もあ
る。
菅野 和夫教授は、「契約期間の定めのない契約」と解したのは「解約の自由」(解雇の自由)が
存在していた時代の解釈であり、民法 629 条後段の趣旨は期間の定めがある雇用契約において黙示
の更新が行われても当事者に解約の自由を与えよう(期間の拘束を受けないようにしよう。)とい
うものであった、として、今日では期間の定めがない契約において解雇権濫用の法理が適用される
のだから、同じ期間の契約として更新されると解すべきであると主張されている(菅野「労働法」
P176~177)
。たしかに、同教授が指摘されているように、たとえば、
「期間三カ月のアルバイトを
三カ月を過ぎて使用しつづけた場合に、一挙に解雇が不自由な「期間の定めのない労働契約」に転
化してしまうというのは雇用の実態にそぐわないのであり、むしろ期間三カ月の契約として黙示に
更新されると解すべきである。」とすることが妥当であると思う。
下井 隆史教授も次のように述べて、菅野説を支持しておられる。
「雇止めがなされず契約期間経過後も労働者が勤務を続けているときは、労働契約が同一の条件を
もって黙示に更新されたと推定されることになる(民法 629 条 1 項)。この黙示更新された労働契
約について、期間の定めがない契約であると解した裁判例もある(角川文化振興財団事件=東京地
決平 11.11.29)。しかし、それは雇用の実態にそぐわないゆえ更新前と同じ期間が付せられている
ものと解し、そのような更新が反復された場合には解雇権濫用法理が類推適用されるという見解
(菅野 170 頁)の方が妥当と思われる。」(下井「労基法」P101)
⇒ 有期労働契約期間が満了しても更新手続きを執らずに使用従属関係を継続していると、労働者側から「契約
期間の定めのない契約である」と主張されるおそれがある。
(5)3年上限規制の誤解
労基法が定める有期契約の上限 3 年の規制は,労働者が期間途中で自由に退職できずに人身拘束
となる期間の長さ(拘束効果)に関するもの,つまり,1 回の有期契約の期間の定めをどれだけ長
くできるかに関する規制である。しかし,実務においては,まったくの誤解からか,有期契約を反
復継続して利用可能な総期間を 3 年と定めた規制(欧州等で採られている出口規制)と受け取って,
6 か月契約等を反復更新し,全体で 2 年 11 か月となった時点で更新拒絶するといった例が見うけ
145
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
られる。これは労基法 14 条 1 項の 3 年上限規制とは全く関係のない対応である(荒木「労働法」
P414)。
このように、労基法が有期契約の期間に上限を設けた趣旨は人身拘束となる期間を制限しようと
する趣旨であるから、上限期間内の期間(たとえば1年)を繰返して更新することが適法であるこ
とはまぎれがない。
また、契約期間を6年と定めた場合であっても、たとえば、1 年経過後は労働者側からいつでも
退職を申し出ることができることとされている場合は、1 年を超える期間は一種の身分保障期間で
あると考えられ、労基法 14 条の契約期間の制約に反するものでないと解される。この点について、
厚労省「労基法コメ」上巻P221 では、次のように述べて肯定している。
「仮に、労働契約で 6 年の期間を定めてた場合であっても、上限期間経過後はいつでも労働者側か
ら解約することができることが明示され、6 年間のうち上限期間を超える期間は身分保障期間である
ことが明らかな場合には、本条(労基法 14 条のこと一引用者)に違反するものではないと解される。」
(厚労省「労基法コメ」上巻P221)
(6)大学教員等の任期
1)
「任期」の意義
大学の教員などについて、国家公務員時代に用いられていた「任期」を付すことがある。この「任
期」は労働法上どのように考えればよいのか。
平成 9 年に制定された「大学の教員等の任期に関する法律」
(以下「大学教員等任期法」という。)
では、「任期」とは、教員の任用に際して教員等との労働契約において定められた期間であって、
引き続き任用される場合を除き当該期間の満了により退職することとなるものをいう、とされてい
るから、実質的には労働法の労働契約期間に等しい。
大学教員等任期法では一定の職務に就ける場合に任期(法文上任期の長さに制限はないが、行政
解釈により上限5年)を付すことができるのに対し、労基法の契約期間に関しては職務・職種に関
係なく3年(一定の専門的知識を必要とする業務及び 60 歳以上の者との契約については5年)を
限度としている。
この大学教員等任期法の「任期」と労基法の「契約期間」との関係についてどのように考えれば
よいのだろうか?
それは、両者が並立して利用が可能であるとする考え方が一般的であり、「大学にとってはそれ
ぞれ一長一短があり、利用しやすい方をどちらか選択して、あるいは両者を組み合わせて有期雇用
教員を採用することができる」とされる(「国大労働関係」P75)。
両者の特長を比較すると次の表のとおりであり、一般的に教員にとって有利であるところから、
大学教員等任期法は労基法 14 条(契約期間)に対する特例法であるという考え方もある。したが
って、大学教員等任期法を適用できる事例については「任期」を定める方法にするか、「任期」と
「契約期間」との併用にすべきであろう。
146
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第 2-1-3-1 図 「任期」と「契約期間」との比較
大学教員等任期法
労基法
(1) 適用職務・職種
限定される
制限がない
(2) 期間に関する制約
法文上自由
原則3年
(行政解釈では5年)
(一定専門業務等は5年)
1年経過後は自由
1年経過後は自由
(3) 教員側からの退職申出
(博士資格者等を除く)
なお、法人化前の国家公務員時代には、任期を定めて教員を任用する場合は当該任用される者の
同意を得なければならない(旧大学教員等任期法 4 条 2 項)とされていたが、法人化後は労使合意
に基づく労働契約関係で律することとなったため個別の同意は不要となり、代わって教員の任期に
関する規則を定めておかなければならないこととなった(大学教員等任期法 5 条 2 項)。
大学教員等任期法は、国立大学法人、公立大学法人又は学校法人は、当該国立大学法人、公立大
学法人又は学校法人の設置する大学の教員について、次の①~③のいずれかに該当するときは、労
働契約において任期を定めることができることとしている(大学教員等任期法 5 条 1 項)。
① 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育
研究の分野又は方法の特性にかんがみ、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職
に就けるとき。
② 助手の職で自ら研究目標を定めて研究を行うことをその職務の主たる内容とするものに就け
るとき。
③ 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。
また、任期中であっても、1 年経過後は教員等の側から退職をいつでも申し出ることができるこ
ととされている(大学教員等任期法 5 条 5 項)ので、1 年を超える期間は一種の身分保障期間で
あると考えられ、労基法 14 条の契約期間の制約に反するものでない。
2)
「任期」の運用
実際の運用においては、たとえば任期 10 年である場合に、労働契約の期間を 10 年とし、1 年
経過後は教員側から退職を申し出ることが可能とする運用もできるが、講義その他の業務が年度を
単位に運営されていることを考慮すると、
「任期」と労基法の契約期間と分けて考えて、たとえば、
契約期間は 1 年とか 2 年とし任期期間中は原則として契約期間を更新するという方法も考えられ
る。この場合、労働法上は有期労働契約の雇止めと解される。
任期 10 年ということは、労働契約期間を 1 年とすると、9 回だけ更新して計 10 年間の雇用を
保障するが、原則的には 10 年経過した時点で任期の更新がない限り自動的に退職することになる。
つまり、任期は有期労働契約更新の上限期間に等しい。
この場合、実態は有期労働契約の雇止めであるから、実務においては、平成 15 年 10 月 22 日厚
労告 357 号(資料6
188 ページ)の雇止め基準に基づく予告をすることが望ましい(あらかじめ
更新しない旨を明示している場合は予告の義務はないが、念のため予告する。)
。
3)任期制導入の法的課題
147
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第3節 労働契約の成立・変更
すでに定年制のもとで雇用されている教員を任期制雇用に切り替える場合の法的課題について
検討する。
イ 合理的変更の法理
現在の大学教員の立場は、定年制のもとで期間の定めがない労働契約が成立しているものとい
える。これを有期労働契約に切り替える際、個々の労働者において同意が得られれば何ら問題な
く労働契約を書き替えることができるが、同意しない場合には改定した就業規則の条項が合理的
なものであるから「これに同意しないことを理由としてその適用を拒否することは許されない」
と主張できるだけの合理性を備えた制度としなければならない(合理性変更の法理)。
この間題は、別途「就業規則の不利益変更と合理性の判断基準」の問題として取り上げること
にする(第 7 章「就業規則」(第 7 回(11 月)を予定))。
ロ 大学教員等任期法との関係
大学教員等任期法は、
「教員を任用する場合において」、上記①~③について国立大学法人にお
いても「労働契約において任期を定めることができる」こととしている(同法 4 条)。この規定
は「教員を任用する場合において」適用されるものであるから、すでに任用されている教員を任
期付きに変更する場合に適用できるものか大いに疑問であり、今後採用する教員に対してのみ適
用するほかあるまい。
⇒ すでに定年制のもとで期間の定めがない労働契約が成立している教員を任期制に切り替えるためには、
一般的に、本人の同意が必要である。
4)任期制設計上の留意点
イ 制度導入の目的と合理性の判断基準との関係
任期制導入の目的は、任期中に専門分野に関する研鑽に努力し培った知識・経験を後輩・学生
に教授することを奨励し、不適任者を排除することにあろうかと思う。いわば教員としての責務
を自覚し履行することを刺激することであって、「既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条
件を一方的に課する」
(「秋北バス事件」判決)ことを目的とするものでないと考えられる。その
意味では目的に合理性があると思われるが、制度そのものに合理性があるか否かの判断基準は目
的のみでなく、
① 変更内容の相当性
② 変更の必要性
③ 変更手続きの相当性(説明・説得の努力、激変緩和措置等)
④ 代償利益の供与
を総合考慮して判断されるべきものである。
□ 有期労働契約の雇止めとの関係
再任用拒否が有期労働契約の雇止めに該当すると判断されるときは、任用の時点で契約更新の
有無、有りとした場合は更新する場合又はしない場合の判断の基準を示さなければならない(平
15.10.22 厚労告 357 号一資料6 188 ページ)。
たとえば、任期 10 年、労働契約期間 5 年とする場合は、1 回目の更新はとくに条件を付さな
148
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
いが、2 回目は「こういう場合は更新しない」又は「こういう場合には更新する」ということを
明示しなければならない。この判断基準については「労働者が、契約期間満了後の自らの雇用継
続の可能性について一定程度予見することが可能となるものであることを要するものであるこ
と」として、具体的事例が示されている。なお、明示の方法は「書面を交付することにより明示
することが望ましい」とされている。(平成 15.10.22 基発 1022001 号)。
ところで、退職は労働者にとってきわめて重要な労働条件であるから、雇止めに該当する場合
は、変更内容が「第四銀行事件」最高裁二小平 9.2.28 判決で示されている「高度の必要性」
に基づいた合理的な内容のものであることが求められると考えられる(注 1、注 2)。よりシビア
な合理性が求められるといってよい。そのため、教員以外の職種で雇用を継続することはできな
いのかということも含めて検討されることも一方法かと思う(教員が他の職種に甘んじてまで雇
用継続を希望することがあるかどうか別として、激変緩和の意義があるのではないか。)。
なお、雇止めに該当する場合の手続き上の留意点として、前述厚労告 357 号 2 条(30 日前ま
でに予告)、3 条(労働者が請求した場合は雇止め理由証明書の交付)に定める義務がある。
注 1.「第四銀行事件」最高裁二小判決平 9.2.28
合理性を判断する場合は「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不
利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させ
ることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その
効力を生ずるものというべきである。」とし、定年を 55 歳から 60 歳へと延長したこと、及びそれに伴う 55 歳
以降の賃金見直しにより従来の賃金の 63~67%へ低下したことは、高度な必要性があったとして、非組合員で
ある役職者の賃金低下が適法とされた。
注 2.「みちのく銀行事件」最高裁一小判決平 12.9.7
同じ高齢者の賃金を大幅に減額させた例であっても、第四銀行事件では定年年齢を 55 歳から 60 歳へと延長
したが、みちのく銀行事件ではすでに 60 歳定年制が実現しており、専任制導入に伴う 55 歳以上の者の賃金が
大幅に減額されたことは、合理的なものといえないとされた。
149
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
3.募集・採用に関する規制
(1)概 要
企業が労働者を募集する場合に、募集内容については①男女雇用機会均等法による性による差別
の禁止、②雇用対策法による募集・採用時の年齢制限の禁止、③雇用対策法による外国人雇入れ時
の届出、などの規制がある。
募集方法については、①刊行物・文書の掲示・配布、インターネットなどを活用して事業主が自
ら行う募集は自由、②従業員以外の部外者へ募集を有償委託する「委託募集」は厚生労働大臣の許
可が必要、③職業紹介事業を行うには有料・無料いずれの場合も厚生労働大臣の許可が必要、など
の規制がある。
公共職業安定所を通じて募集を行う場合は一定の書式による「求人票」に労働条件等を記載する
が、その記載内容と実際の条件とに食い違いが生じる場合があるので、あらかじめ、求人票の提出
に一定の学内・機構内ルールを設ける必要がある。
次に、採用については、一般に企業は採用の自由を有している。自己の営業のために労働者を雇
用するにあたり、法律その他による特別な制限がない限り、だれを雇用するか、どのような条件で
雇用するかを原則として自由に決定することができる。ただし、一旦労働者として雇用すると、労
基法をはじめとする労働法上のさまざまな制約を受けることになる点に留意しなければならない。
また、どのような政治的信条・宗教的信条を持つ者を採用するか、または採用しないかは使用者の自
由であるが、そのような情報収集の手段はさまざまな形で制限されるようになってきた。
⇒ 職安へ提出する求人票について、あらかじめその記載内容を学内・独法内においてチェックするルールを設
ける必要がある。
(2)使用者の採用の自由
1)採用の自由の原則
上記(1)で述べたとおり、採用における使用者の裁量権は幅広く認められる。最高裁は「憲法
は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、22 条、29 条等において、財産
権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業
者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇
傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他
による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者
が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法
とすることはできないのである。」と判示している(「三菱樹脂事件」最高裁大法廷判決昭 48.12.
12-資料8 191 ページ)。
この「三菱樹脂事件」は、大学を卒業し採用試験に合格して3か月の試用期間を設けて採用され
た労働者が、違法な学生運動に従事したにもかかわらず身上書にこの事実を記載せず、面接試験に
おける質問に対しても学生運動をしたことはなくこれに興味もなかった旨虚偽の回答をしたとし
て、試用期間の満了直前に期間の満了とともに本採用を拒否する告知を受け、その効力を争った事
件である。その結果、採用時の使用者の裁量権は、前述のとおり、自由権的基本権である「信条」
についても及ぶとして本採用拒否が認められたものである。しかし、このような企業の採用の自由
150
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
も、憲法上の「公共の福祉」による制限を予定しており(憲法 22 条)、労働者保護、差別の禁止、
人権保護の原理に基づいた法律(雇用機会均等法上の男女差別の禁止、労働組合法上の不当労働行
為の禁止など)によって一定の制約を受ける(岩出「論点・争点労働法」P75)。
また、下井 隆史教授は「三菱樹脂事件」の最高裁判決を批判し、次のように述べておられる。
「前掲三菱樹脂事件の二審判決(東京高判昭 43.6.12)は、入社試験の応募者に思想・信条に関係
ある事項を申告させることは公序良俗に反するとした。これに対し最高裁判決は、企業が労働者の採
否決定にあたって思想・信条を調査することは違法ではないとする。他人の思想・信条を尊重するこ
とはきわめて重要であるから、この考え方には疑問がある。ただし、思想・信条に「関係」のある事
項を問うことは一切許されないとすると、いわゆる人物判断も不可能という非現実的な結果になる。
職業的適格性の有無を判断するための調査等が思想・信条との関連性をもつ場合は違法ではないとい
うべきであろう。
」(下井「労基法」P43)
「三菱樹脂事件」後に出された「慶大医学部附属厚生女子学院(採用拒否)事件」(注)では、
「思想・信条の自由」と「使用者の採用の自由」との関係について一段と踏み込んだ判断を示して
いる。
すなわち、企業が或る人物を採用しないと決定したことが憲法が定める思想・信条の自由等の諸
規定の精神に反するものとして、裁判所が公権的判断において採用の自由を制限するためには、思
想、信条等が採否を決する原因となっているということだけでは足りず、それが採用を拒否したこ
との直接、決定的な理由となっている場合であって、そのような企業の行為の態様、程度等が社会
的に許容される限度を超えるものと認められる場合でなければならない。
注.「慶大医学部附属厚生女子学院(採用拒否)事件」最高裁三小判決昭 51.12.24
「労使関係が具体的に発生する前の段階において、企業等が或る人物を採用しないと決定したこ
とが前記憲法の諸規定の精神に反するものとして、裁判所が公権的判断においてそれに応ずる判断
を示すためには、思想、信条等が企業等において人員の採否を決するについて裁量判断の基礎とす
ることが許される前記のような広汎な諸要素のうちの一つの、若しくは間接の(思想、信条等が外
形に現われた諸活動の原因となっているという意味において)原因となっているということだけで
は足りず、それが採用を拒否したことの直接、決定的な理由となっている場合であって、当該行為
の態様、程度等が社会的に許容される限度を超えるものと認められる場合でなければならないもの
と解するのが相当である。 」
⇒ 企業がもつ採用の自由には広範囲に裁量権が認められ、思想・信条を理由として採用拒否することは原則と
して自由であるが、現在では思想・信条を調査する手段に種々の制約がある。
⇒ 入社試験において思想・信条に関係ある事項を申告させることは、現在では、職業的適格性が思想・信条と
の関連性をもつなど合理的な場合を除いて、違法というべきであろう。
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憲法
(法の下の平等、貴族制度の禁止、栄典)
第 14 条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、
政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
第2項以下 略
(思想及び良心の自由)
第 19 条
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
(居住・移転及び職業選択の自由、外国移住及び国籍離脱の自由)
第 22 条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
(財産権)
第 29 条 財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
2)採用の自由への制約
イ 立法による制約
前述「三菱樹脂事件」において最高裁は、「法律その他による特別の制限」がある場合には、
採用の自由が制約されると判示している。だが、近年まで採用の自由を制限する法規制はあまり
存在してこなかった。しかし近年、使用者の採用の自由が徐々に規制される傾向が見受けられる。
まず、雇用における差別を禁止する観点から、男女雇用機会均等法 5 条は、募集及び採用に関
し、使用者が女性に男性と均等な機会を与えるべきことを規定している。この規定により、かつ
てより広く行われてきた「女性のみ」「男性のみ」とする募集を行うことができなくなった。
次に、個人情報保護の観点からの規制である。職業安定法 5 条の 4
第 1 項は、公共職業安
定所や「労働者の募集を行う者」等が業務の目的達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収
集することを許容しているが、許容されているのは採用の目的に必要な情報であるから、労働者
の募集を行う企業は、業務の目的の達成に必要な範囲内とみなされない思想・信条等に関する情
報収集を行えないことになる。
また、雇用対策法は、募集・採用時の年齢制限に関して、原則として「その年齢にかかわりな
く均等な機会を与えなければならない」と、一定の場合年齢にかかわりなく均等な機会を与える
よう義務を事業主に課している。さらに、障害者雇用促進法では、事業主に一定の比率で障害者
を雇用すべきこと(一定の人数を雇用すべきこと)を義務づけている(国大・独法・独法の法定
雇用率は 2.1%、一般企業は 1.8%)
。
ロ 行政による制約
厚生労働省は応募者の個人情報収集に関し指導を行っている。たとえば、「職業紹介事業者、
労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職
者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示等に関して適切に対処
するための指針」(平成 11 年 11 月 17 日労働省告示第 141 号)は、「人種、民族、社会的身分、
門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項」
「思想及び信条」
「労働組
合への加入状況」に関する情報を収集してはならないとしている。
152
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第3節 労働契約の成立・変更
また、
「労働者の個人情報に関する指針」
(平成 12 年 12 月 25 日労働省告示第 120 号)も上記
の情報を収集してはならない情報と位置づけている。
さらに、平成 15 年 5 月に成立した個人情報保護法 8 条に基づき作成された厚生労働省の「雇
用管理に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針
について」は、労働者の個人情報収集に関し個人情報の利用目的を具体的・個別的に特定すべき
ことを要求している。
このように、昭和 40 年代に最高裁が認めた企業の広範な情報収集活動の自由は、近年、種々
の法律制定・改定により実際にはさまざまの制約が課せられていると言えよう。
※採用の自由と男女差別・同和問題
三菱樹脂事件」最高裁大法廷判決昭 48.12.12 は、企業者の採用の自由について次のように述べ、
広範な裁量権を認めている。
「企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働
者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律そ
の他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであつて、企業
者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法
とすることはできないのである。」
それでは、男女差別や部落差別はどうであろうか?
これらは思想・信条と違ってただそこに生まれたという本人にとってはどうしようもない生来的な
もので、何らいわれのない不合理な差別の歴史性を有するものであるから、部落差別を企業が積極的
になしたとすれば基本的人権侵害としての不法行為(民法 709 条、715 条)を構成することになりか
ねない。
しかし、女性差別に関しては、一般的に勤続年数が短いこと、従来から法律上の就業制限があった
ことの影響、勤労意識の差などもあり、採用の性質上、違法な差別的権利侵害としての不法行為の成
立としてはどこまで公序良俗違反といえるか、現在のところむずかしい面がある(安西「採用・退職」
P8)。
(男女雇用機会均等法は、募集・採用について均等な機会の付与を義務付けているに過ぎず、均
等に採用することまでも要求するものではない。)
3)調査の自由への制約
労働者をいかなる方法(公募か縁故募集かなど)で募集するか、どのような基準で採用するかは、
原則的には使用者の自由である。そして、採否に必要な個々の応募者についての調査もすることが
できる。しかし、この「調査の自由」が応募者の人格権・プライバシーとの関係において相当の制
約を受ける。それから、調査の対象事項においてのみでなく、調査の手段・方法においても社会通
念上の妥当性を欠くものであれば違法となることも重要である(注 1、注 2)。
なお、「個人情報の保護に関する法律」(個人情報保護法)が制定・施行(平成 15 年)される
前にも労働者の個人情報の収集・保管・使用に関する原則とガイドラインを示した労働省の「労働
者の個人情報に関する行動指針」
(平 12 年)があったが、個人情報保護法制定後は「雇用管理に関
する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業主が講ずべき措置に関する指針」
(平 16.7.1
厚労告 259 号)や「雇用管理に関する個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」
(平 16.10.29 基発 1029007 号)が出されている。
153
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
注 1.下井 隆史教授は、採否決定にあたって労働者の思想・信条を調査することは違法でないとする三菱樹脂事
件判決の見解には疑問があり、職業的適格性の判断のためとはいえないような調査は違法と解すべきであると
述べておられる(下井「労基法」P43、P83)。同判決に関しては、試用期間の趣旨について「調査」による
最終決定の留保でもあると解するところに疑問がある、としている。
注 2.
「B金融公庫事件」東京地判平 15.6.20
大卒予定者の採用選考に応募して四次面接までパスして最終健康審査で不合格となった事案で、判決は労働
契約の成立は否定し不採用を適法としたものの、B型肝炎のウイルス検査と精密検査を本人への説明もなく同
意も得ないで行ったことはプライバシーの侵害にあたるとして慰謝料の支払いを命じている。
また、労働者派遣における派遣労働者に関する個人情報の保護について、派遣元事業主は、派遣
労働者となろうとする者を登録する際には当該労働者の希望及び能力に応じた就業の機会の確保
を図る目的の範囲内で、派遣労働者として雇用し労働者派遣を行う際には当該派遣労働者の適正な
雇用管理を行う目的の範囲内で、派遣労働者となろうとする者及び派遣労働者の個人情報を収集す
ることとしている(「派遣元事業主が講ずべき措置に関する指針」平成 11 年労告 137 号)。
この場合に、特別な業務上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であっ
て収集目的を示して本人から収集する場合を除いて、次に掲げる個人情報を収集してはならない。
① 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある
事項
② 思想及び信条
③ 労働組合への加入状況
個人情報を収集する際には、本人から直接収集し、又は本人の同意の下で本人以外の者から収集
する等適法かつ公正な手段によらなければならないこととされている(前述平成 11 年労告 137 号)。
⇒ 個人情報を収集する場合は、原則として本人から直接収集しなければならない。
(3)性差別・年齢制限の禁止
1)性差別の禁止
労働者の募集及び採用について、事業主は、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければ
ならない(均等法 5 条)。
募集又は採用に当たって、男女のいずれかを表す職種の名称を用いたり、「男性歓迎」、
「女性向
きの職種」などの表示を行うことは禁止される。また、ウェイター、営業マン、カメラマン、ベル
ボーイ、潜水夫等「マン」、
「ボーイ」、
「夫」などは男性を表す職種の名称であるから、募集の際に
用いることはできない。同じように、ウェイトレス、セールスレディ等「レディ」、
「ガール」、
「婦」
など女性を表す職種の名称も使用することができない。
このような募集は、たとえば、「カメラマン(男女)募集」とする等男性を表す職種の名称にカ
ッコ書きで「男女」と付け加える方法や、「ウェイター・ウェイトレス募集」のように男性を表す
職種の名称と女性を表す職種の名称を並立させる表現をとれば適法とされる(「性差別に関し事業
主が適切に対処するための指針」平 18.10.11 厚労告 614 号)。
2)年齢制限の禁止
事業主は、労働者の募集及び採用について、原則としてその年齢にかかわりなく均等な機会を与
154
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
えなければならない(雇対法 10 条)。ただし、次の場合には年齢制限することが認められる(雇
対則 1 条の 3 第 1 項)。
① 定年の年齢を下回ることを条件とする(無期契約に限る)
② 労基法等が年齢により就業を禁止している業務
③ 年齢制限をすることが合理的であるとして次に掲げる場合
a 新規学卒者等の募集・採用(無期契約に限る)
b 技能継承等の必要上年齢構成是正のための限定募集・採用(無期契約に限る)
c 俳優、子役等の募集・採用
d 60 歳以上の高齢者の募集・採用(高年齢者の雇用の促進に係る国の施策を活用する場合に
限る。)
また、募集に応じる労働者がその有する能力を有効に発揮することができる職業を容易に選択で
きるようにするため、事業主は、募集する職務の内容、当該職務の遂行に必要な労働者力・経験・
技能の程度などをできるだけ明示するものとする(雇対則 1 条の 3 第 2 項)。
なお、雇用対策法は年齢にかかわりなく均等な募集・採用の機会を与えることを事業主に義務づ
けているのであって、年齢階層ごとに均等に採用すべきことまでをも求めているものではない。ど
ういう人物を採用するかは事業主の自由であるが、その基準は職務の遂行に必要な労働者の適性・
能力・経験・技能の程度などによるべきことは当然である。
(4)採用選考時における健康診断
1)健康診断の実施時期の問題
前述(1)で述べたように、企業は一般に採用の自由を有しているから、健康不安のある者を好
んで採用する必要はない。そのため、健康情報を入手するため選考過程におけるある段階で健康診
断を実施する。通常は筆記試験、面接試験が終わった段階で、あとは健康診断の結果に問題がなけ
れば「内定」を出すことになる。この場合、健康診断の結果に問題があれば「内定」に至らず採用
しないことになるが、前述のとおり、採用するかしないかは企業の裁量権が幅広く認められるから、
実務において問題となることはまずない。問題となるのは、実質的な「内定」を出した後に健康診
断を実施し健康不安を理由として内定を取り消す場合である。仮に、法的に「内定」と判断される
場合には5.採用内定(163 ページ以下)で説明するとおり、労働契約が成立していると解される
から解雇に関する法理が適用されることになる(留保解約権付きであり、かつ、通常の解雇ほどの
制約ではないが)。
⇒ 採用時に行う健康診断は、「選考」のために行う健康診断と安衛法の規定に基づく「雇入れ時」の健康診断と
を分けて考えた方がよい。
2)労働安全衛生法上の健康診断実施義務
労働安全衛生法施行規則 43 条は「事業者は、常時使用する労働者を雇入れるときは、当該労
働者に対し、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。ただし、医師による
健康診断を受けた後、三月を経過しない者を雇い入れる場合において、その者が当該健康診断の結
果を証明する書面を提出したときは、当該健康診断の項目に相当する項目については、この限りで
ない」と、労働者を採用した場合に一定の項目について健康診断を実施すべきことを事業者に義
務づけている。雇入れ時の健康診断においては、診断項目を省略することはできない(定期健康診
155
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
断については、一定の項目について省略することができる。)
※法定健康診断項目
① 既往歴及び業務歴の調査
②
自覚症状及び他覚症状の有無の検査
③
身長、体重、腹囲、視力及び聴力(千ヘルツ及び四千ヘルツの音に係る聴力をいう。)の検査
④
胸部エックス線検査
⑤
血圧の測定
⑥
血色素量及び赤血球数の検査(次条第一項第六号において「貧血検査」という。
)
⑦
血清グルタミックオキサロアセチックトランスアミナーゼ(GOT)、血清グルタミックピルビック
トランスアミナーゼ(GPT)及びガンマーグルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GTP)の検査
(いわゆる「肝機能検査」)
⑧ 低比重リボ蛋白コレステロール(LDLコレステロール)、高比重リボ蛋白コレステロール(HDL
コレステロール)及び血清トリグリセライドの量の検査(いわゆる「血中脂質検査」)
⑨
血糖検査
⑩ 尿中の糖及び蛋白の有無の検査(次条第一項第十号において「尿検査」という。
)
⑪
心電図検査
※選考時の健康診断と雇入れ時の健康診断
この雇入れ時の健康診断は安衛法上事業者に実施が義務づけられているものであるから、その費
用は本来事業主が負担すべきものであるが、国立大学や独立行政法人では、公務員採用の慣習から
採用選考時において応募者に健康診断書の提出を義務づけ、安衛則 43 条ただし書の規定により雇
入れ時の健康診断の実施を省略している場合がある。これを禁止する明文規定や通達もなさそうであ
るから実務上は問題としなくてもよいが、選考時の健康診断はあくまでも選考資料として活用するた
めのものである。
3)HIVエイズ検査等の禁止
厚生労働省は「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」(平 7.2.20 基発 75 号)を発
し、職場におけるHIV感染の有無を調べる検査(「HIV検査」)は、労働衛生管理上の必要性に
乏しく、事業者は労働者に対してHIV検査を行わないこととするほか、採用選考時においても「事
業者は、労働者の採用選考を行うに当たって、HIV検査を行わないこと」としている。
裁判例では、「警察官といえども,週休 2 日制,週 40 時間労働,年間 20 日の有給休暇等が原則
として保障されているのであり,不規則な勤務や一時的な長時間勤務を強いられることがあるとし
ても,疲労やストレスを回復するだけの休息・休日は本来確保し得るはずである。HIV感染の事
実から当然に,警察官の職務に適しないとはいえない。」として、本部長らの辞職勧奨行為は,違
怯な公権力の行使と判示したものがある(本人に無断で検査したことは許されないとした。
)(「東
京都・自警会事件」採用時のHIV抗体検査東京地裁判決平成 15 年 5 月 28 日)。
なお、B型肝炎についても同様な見解をとっており「応募者本人に対し,その目的や必要性につ
いて告知し,同意を得た場合でなければ,B型肝炎ウイルス感染についての情報を取得することは
できない。」として、原告に無断でB型肝炎ウイルス感染を判定する検査を受けさせたこと,さら
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
に精密検査を受けさせたことは違法とされた事件がある(不採用については,感染が判明した時点
で内定していたとはいえないとして原告の主張を退けた。
)(「国民生活金融公庫事件」東京地裁判
決平 15.6.20)。
(5)求人票の問題
1)求人票記載内容はそのまま労働契約の内容となるのか?
非常勤職員などを採用する際に、公共職業安定所を通じて募集する場合は職安へ「求人票」を提
出する。この職安へ提出した求人票に、本来事業主が想定していなかったことを何らかの事情で記
載してしまうことがある。その場合の労働契約の内容はどうなるのであろうか?
この求人票の趣旨とするところは、①求人者に対し真実の労働条件の提示を義務付けることによ
り、職安を介して求職者に対し真実の労働条件を認識させたうえ、ほかの求人との比較考量をして
いずれの求人に応募するかの選択の機会を与えること、②求人者が現実の労働条件と異なる好条件
を餌にして雇用契約を締結し、それを信じた労働者を予期に反する悪条件で労働を強いたりするな
どの弊害を防止することなどにあり、求人者は、職安を通じて募集する際に、その従事すべき業務
の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を職安に対し明示すべき義務を定めているものである
(職安法 18 条)。したがって、求人票には一定の公共性が認められ、使用者を拘束する側面があ
る。
しかし、求人は労働契約申込みの誘引であり、求人票はそのための文書であるから信義則上みだ
りに変更すべきでないが、労働法上の規制(職業安定法)はあっても、本来そのまま最終の契約条
項になることを予定するものでない側面も有している(「八洲測量事件」東京高裁判決昭 58.12.19
-注)。したがって、求人票には本来真実の内容を記載すべきであるが、求人票に誤って記載して
しまったり、その内容を変更しようとする場合は、採用時の労働条件明示の際にその点にとくに留
意して明示すべきである。このようなトラブルは、昇給・退職手当・賞与の有無に関して多いとこ
ろから、パート労働法において「昇給の有無」
「退職手当の有無」
「賞与の有無」について、文書交
付の方法等により明示することが義務づけられている(パート労働法 6 条 1 項、パート労働法施行
規則 2 条 1 項)。
⇒ 仮に、職安に提出した求人票に記載した内容に誤りがあっても、採用時における労働条件明示を適切に行っ
ていれば、無用の紛争を避けられる。
注.「八洲測量事件」東京高裁判決昭 58.12.19
新卒定期採用において、大学等へ提出された求人票には基本給の見込額の記載があり、Xらは求
人票に記載された見込額は最低限支払われるものと期待していたが、実際の基本給は求人票記載額
を下回るものであった事案で「本件求人票に記載された基本給額は「見込額」であり、文言上も、
また次に判示するところからみても、最低額の支給を保障したわけではなく、将来入社時までに確
定されることが予定された目標としての額であると解すべきであるから、Xらの右主張は理由がな
い。」として棄却された。
求人は労働契約申込みの誘引であり、求人票はそのための文書であるから、労働法上の規制(職
業安定法)はあっても、本来そのまま最終の契約条項になることを予定するものでなく、本件採用
内定時に賃金額が求人票記載のとおり当然確定したと解することはできないといわざるをえない
157
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
(信義則との関係については、別途精査される。)。
2)求人票に虚偽の記載をした場合
虚偽であることを認識しながら、求人票に実際と異なる労働条件を記載した場合は、その履行義
務があり、求人票記載の内容が労働契約の内容となると判断される。
裁判例では、実際は退職金共済制度に加入していないのに、求人票に退職金共済制度に加入する
ことが明示されていた事件で、裁判所は、退職金共済制度に加入すべき労働契約上の義務を負って
いたというべきであり、現実に加入していなかった以上、少なくとも、中小企業退職金共済法にお
ける最下限の掛金によって計算した退職金については、会社に支払義務があると判示している(注)。
注.「丸一商店(退職金不支給)事件」大阪地裁判決平 10.10.30
「求人票は、求人者が労働条件を明示したうえで求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者
は、当然に求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になることを前提に雇用契約締結の申込みをするのである
から、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情がない限
り、雇用契約の内容になるものと解すべきである。そして、前記認定の事実に照らせば、XとYの間で雇用契
約締結に際し別段の合意がされた事実は認められず、Yも退職金を支払うことを前提とした発言をしているこ
とに鑑みると、本件雇用契約においては、求人票記載のとおり、Yが退職金を支払うことが契約の内容になっ
ていたと解される。」
⇒ 虚偽であることを認識しながら実際と異なる労働条件を求人票に記載した場合には、その履行義務があり、
求人票記載の内容が労働契約の内容となる。
3)錯誤により意に反した内容を求人票に記載した場合
求人者は、正社員と異なる雇用区分の採用をするつもりであったが、求人票に誤って正社員の雇
用条件を記載した場合も、2)と同様に求人票記載の労働条件が労働契約の内容になるとなるものとさ
れる。
裁判例においても、定期採用の「正社員」と峻別した不定期に採用する「特別職」を募集するに
もかかわらず、求人票の雇用期間欄の「常用」に丸印をつけ、具体的雇用期間欄を補充することな
く空白のままとして、定年制欄に「有」に丸印をつけ、「55歳」と記載した求人票を職業安定所
へ提出した事件では、求人票記載の内容と異なる別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、
本来の意思にかかわりなく、本件求人票記載の労働条件にそった雇用契約の内容になる、と判断し
ている(注)。
注.「千代田工業(求人票錯誤記載)事件」大阪高裁判決平 2.3.8
「求人票の真実性、重要性、公共性等からして、求職者は当然求人票記載の労働条件が雇用契約
の内容になるものと考えるし、通常求人者も求人票に記載した労働条件が雇用契約の内容になるこ
とを前提としていることに鑑みるならば、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異な
る別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解するのが相当であ
る。」
⇒ 錯誤により誤って求人票に記載した場合であっても、求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になること
があり得る。
158
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
4.労働条件の明示
(1)明示する時期
1)労働契約締結時における明示義務
労働契約の締結に際し、賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない(労基法
15 条 1 項)。
労基法 15 条 1 項及び雇止め基準告示 1 条 1 項では、労働条件を明示する時期について「労働契
約の締結に際し」と規定しているので、契約更新の際には改めて明示しなくてもよいのではないか
という疑問が生じる。しかし、厚労省の見解では、契約期間満了後に契約を更新する場合も同様に
労働条件を明示しなければならないこととしている(厚労省「労基法コメ」上巻P224)。
労働者を出向(在籍出向及び移籍出向)させる場合は、出向先と新たな契約を締結することとな
るので出向先が労働条件を明示すべきであるが、出向元が代わって行うことも差し支えない。
2)契約期間中における労働条件の変更
では、就業規則や労働協約を改定することによって契約期間中に労働条件を変更した場合に、新
労働条件を明示する義務はあるのだろうか?
有期労働契約を期間満了により更新する場合は「労働契約の締結に際し」に含まれることとされ、
契約更新の都度明示する必要があるが、「労働契約の継続中において就業規則の変更等により労働
条件の変更がなされた場合に本条(労基法15条のこと)の労働条件の明示を要するか否かについて
は、本条の適用はないと解すべきである」(厚労省「労基法コメ」上巻P224)される。
したがって、契約期間中の変更について文書交付等の方法により明示する法的義務はないと考え
てよい。
しかし、契約締結時に労働条件通知書により明示した内容を変更しておきながら、その後、文書
を交付しないということは、何か片手落ちのような観が否定できない。実務においては、やはり何
らかの形で文書交付、変更内容の記録保存の必要性があるように思う。そうすることが、労働契約
法4条2項の趣旨に沿うものである。
現場の事務処理負担の増加抑制などを考慮し、たとえば、次のような簡略な方法で済ませるという
ことも考えられる。
① 変更した事項及び変更適用時期のみを記した用紙(「労働条件変更通知書」)を用いる
② 書面交付によるべき事項(労規則5条2項)のうち、とくに重要な事項の変更についてのみ通
知する(たとえば、契約期間、就業の場所及び従事すべき業務、賃金に関することに限る。始
業・終業の時刻や所定勤務日の変更などは通常ノーワーク・ノーペイの原則により処理するた
めトラブルになることが少ない。)
労契法
(労働契約の内容の理解の促進)
第4条
2
第1項 略
労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。
)につ
いて、できる限り書面により確認するものとする。
159
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
⇒ 契約期間中の労働条件の変更を個別に明示する法的義務はないが、非常勤職員等の有期契約者に関し就
業の場所、業務内容、賃金など重要な労働条件の変更については、何らかの形で明示することが望ましい。
(2)明示すべき内容
1)労働者全般に適用される明示事項
労働契約の締結に際し、使用者が労働者に対し明示すべき労働条件の内容は、次のとおりである
(労基則 5 条 1 項、資料7
189 ページ)。
① 労働契約の期間に関する事項
①の 2 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
② 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働
者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
③ 賃金(退職手当及び⑤に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。
)の決定、計算及び
支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
④ 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
④の 2 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並び
に退職手当の支払の時期に関する事項
⑤ 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。
)、賞与及び第八条各号に掲げる賃金並びに最低
賃金額に関する事項
⑥ 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
⑦ 安全及び衛生に関する事項
⑧
職業訓練に関する事項
⑨災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
⑩ 表彰及び制裁に関する事項
⑪ 休職に関する事項
このうち第①号~第④号については必ず労働条件を明示しなければならない事項(定めをしない
ことは許されない。)であるので「絶対的必要明示事項」と呼ばれ、明示の方法も書面交付と規定
している。そのため、国大・独法においては、一般にこれらの事項を記載した「労働条件通知書」
を交付している。
第④号の 2 から第⑪号までに掲げる事項については、使用者がこれらに関する定めをする場合に
のみ明示する必要があるが、これらに関する定めがない場合は明示する必要がない相対的必要明示
事項である。明示の方法は指定されていないので、口頭でもよい。
上記④の「退職に関する事項」については、退職の事由、手続き、解雇の事由などをいう。その
内容が膨大なものとなるときは就業規則上の関係条項を網羅的に示すことで足りる(平 11.1.29
基発 45 号)。
2)パートタイム労働者に適用される明示すべき事項
パートタイム労働者については、とくに労使間のトラブルが多く発生しているところから、一般
労働者と同様に労基法に基づく上記①~⑪に掲げる労働条件を明示するほかに、次の3項目(
「特
定事項」という。)について文書交付の方法等により明示しなければならない(パート労働法 6 条
1 項、パート労働法施行規則 2 条 1 項)。
160
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
a 昇給の有無
b 退職手当の有無
c 賞与の有無
その他、①週所定労働日以外の日の労働の有無、②所定労働時間を超えて、又は所定労働日以外
の日に労働させる程度、などについても、明示するよう努めるものとされる(パート労働法 6 条 2
項、平 19.10.1 基発 1001016 号)
(3)明示の方法
1)労働者全般に適用される明示の方法
労基法規定の上記(2)1)①~④の事項(③のうち「昇給に関する事項」を除く。)について
は、文書交付の方法によって明示しなければならない(労規則 5 条 2 項・3 項、資料9(192 ペー
ジ)の◎印の事項)。④の 2~⑪の事項及び「昇給に関する事項」については、明示の方法は限定
されていないので口頭で行ってもよい。
2)パートタイム労働者に適用される明示の方法
パート労働者についても上記1)の一般規定が適用されるほか、パート労働法規定の上記(2)
2)a~cについて文書交付の方法等により明示しなければならない(パート労働法 6 条 1 項)。
「文書交付の方法等」とは、文書交付による方法のほか、パート労働者が希望した場合はFAX又
は電子メールでもよいということである(パート労働法施行規則 2 条 2 項)。
パート労働者の場合、労基法による文書交付義務事項及びパート労働法による特定事項以外の事
項であっても、労働条件明示の方法としては「文書の交付等により明示するように努めるものとす
る」こととしている(パート労働法 6 条 2 項)
。
したがって、パート労働者に対しては、資料9(192 ページ)の表の◎、○、□の各印欄の事項
について記載した文書を交付することが望ましい。
パート労働法&パート労働法施行規則
(労働条件に関する文書の交付等)
第六条 事業主は、短時間労働者を雇い入れたときは、速やかに、当該短時間労働者に対して、労働
条件に関する事項のうち労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第十五条第一項に規定する厚生
労働省令で定める事項以外のものであって厚生労働省令で定めるもの(次項において「特定事項」と
いう。主を文書の交付その他厚生労働省令で定める方法(次項において「文書の交付等」という。
)に
より明示しなければならない。
2 事業主は、前項の規定に基づき特定事項を明示するときは、労働条件に関する事項のうち塑産室
項及び労働基準法第十五条第一項に規定する厚生労働省令で定める事項以外のものについても、文書
の交付等により明示するように努めるものとする。
パート労働法施行規則
(法第六条第一項の明示事項及び明示の方法)
第二条 法第六条第一項の厚生労働省令で定める短時間労働者に対して明示しなければならない労働
条件に関する事項は、次に掲げるものとする。
一
昇給の有無
二
退職手当の有無
三
賞与の有無
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
2 法第六条第一項の厚生労働省令で定める方法は、前項各号に掲げる事項が明らかとなる次のいず
れかの方法によることを当該短時間労働者が希望した場合における当該方法とする。
一
ファクシミリを利用してする送信の方法
二
電子メールの送信の方法(当該短時間労働者が当該電子メールの記録を出力することによる書
面を作成することができるものに限る。
)
3 前項第一号の方法により行われた法第六条第一項に規定する特定事項(以下本項において「特定
事項」という。)の明示は、当該短時間労働者の使用に係るファクシミリ装置により受信した時に、前
項第二号の方法により行われた特定事項の明示は、当該短時間労働者の使用に係る通信端末機器によ
り受信した時に、それぞれ当該短時間労働者に到達したものとみなす。
(4)明示された労働条件が事実と相違する場合
明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は即時に労働契約を解除することができる
(労基法 15 条 2 項)。
この場合に、就業のために住居を変更した労働者が契約解除の日から 14 日以内に帰郷する場合
においては、使用者は必要な旅費を負担しなければならない(労基法 15 条 3 項)。
「社宅」は、単なる福利厚生施設とみなされる場合は「明示すべき労働条件」とは解されないか
らこれを供与しなかった場合でも即時契約解除事由とならない。ただし、民法 541 条による契約解
除は可能である(昭 23.11.27 基収 3514 号)。
民法
(履行遅滞等による解除権)
第 541 条
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその
履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
162
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
5.採用内定
(1)採用内定の法的意義
1)始期付き労働契約の成立
新規学卒者の採用は、通常、使用者による募集の開始が卒業の 1 年ぐらい前から始まり、必要書
類の提出、採用試験の実施(筆記試験及び面接試験)、合格決定・通知(内々定)
、誓約書・身元保
証書等の提出(内定)、健康診断受診などの過程を経て入社式における辞令交付という経過をたど
る。
この場合に、使用者が採用内定の通知を発信し労働者が誓約書・身元保証書等を提出した時点で
試用労働契約ないし見習労働契約が成立すると解される。ただし、就労開始が翌年 4 月という始期
付き、卒業できなかった場合等一定の場合には解約する旨の権利留保付き契約である(始期付き・
解約権留保付き労働契約一後述資料10 193 ページ「大日本印刷(採用内定取消)事件」参照)。
しかし、この採用内定を法的に規定することには未解決な部分があり、たとえば、次のような点
について議論が尽きない。
① 採用内定を取り消すことは解雇に該当するのか、そうだとすれば予告が必要なのか(離職を
伴わない解雇があり得るのか)。
② 就業規則の適用はどうなるのか(会社の名誉・信用保持、機密保持など。またこれらの違反
に対して懲戒することができるのか)。
③ 労働者側からの入社辞退は民法 627 条により 2 週間経過後有効になるのか。その場合に、使
用者は損害賠償を請求できるのか。
④ 労働条件を明示すべき時期はいつか(採用内定時か、入社式で辞令交付するときか)。
⇒ 新卒定期採用者の「採用内定」は、一般に法的には「始期付き・解約権留保付き労働契約」が成立していると
解される。
2)採用予定者と採用決定者
いわゆる“採用内定者”といわれる者の中にも法的にみると2種類あり、それは「採用予定
者」と「採用決定者」とである。
採用予定者はまだ労働契約が成立しておらず、その会社の従業員としての地位を取得してい
ない者である。「採用の内々定」などともいい、労働契約締結の予約者とか「採用内定契約」
という特別の契約を締結した者というように解される。その取消は解雇ではない。
一方、採用決定者の場合は労働契約が成立し、その会社の従業員としての地位を取得した者
である。ただし、卒業という条件や入社日の到来という始期がついており、効力の発生はそれ
らが成就したときからである。その取消しは民法上の解雇となる(安西「採用・退職」P9)
。
3)採用内定者に労働基準法の適用はあるのか?
労基法でいう労働者とは、職業の種類を問わず①「事業又は事務所に使用される者」で、②「賃
金を支払われる者」をいう(労基法 9 条)。
採用内定者は、実際にはまだ事業場に出勤しておらず、勉学中の生徒・学生という地位にあるか
ら①も②も要件を満たしていない。したがって、民事上の(民法や労働契約法上の)雇用契約・労
働契約は成立しているとしても、労基法の適用を受ける労働者に至っていると未だいえない。安西
163
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
愈弁護士は「もし、採用内定者が労基法上の『労働者』とすれば、『労働者の過半数』という場合
の労働者の中に含まれなければならない。行政解釈では、病欠、出張、休職期間中の者は『労働者』
の中に入るとされていても(昭 46.1.18 基収 6206 号通達)、採用内定者は含むと明示されていない
が、その理由もここにあるといえる。」と述べておられる(安西「採用・退職」P13)。
判例も「採用内定者である被控訴人は、いまだ具体的な就労義務を負うことなく、賃金も支払わ
れていないのであるから、労働基準法の適用を受けない」としている(「電電公社近畿電通局事件」
大阪高裁判決昭 48.10.29)。
採用内定者に労基法が適用されるか、という問題について異論もあり、たとえば、菅野 和夫教
授は、労働条件の明示に関し「採用内定を労働契約の成立と解すると、労基法上の労働条件明示義
務(15 条)は、採用内定段階で履行されなければならないのではないか、という問題が生じる。
同義務の趣旨からはこれを肯定するほかないように思われる。」と、労基法に基づく労働条件明示
義務ありとし、解雇予告については「次に、使用者の解約権行使については、労基法上の解雇予告
(20 条)を要するか。労基法は、「試の使用期間中の者」は、引き続き 14 日をこえて使用される
にいたった場合に、初めて解雇予告の保護を受けるとする(21 条)。これとの均衡上、試みの使用
期間の開始前については解雇予告の適用はないと考えてよかろう。」と、解雇予告は適用なしとい
うように個々の条項ごとに適用すべきとし、労基法そのものの適用を否定していない。
4)採用内定取消しの合理的理由
採用内定の法律的意義が「解約権留保付き労働契約の成立」であるとすると、解約権を行使で
きる場合はどんなときか、ということが問題となる。裁判事例では、「解約権留保の趣旨、目的に
照して客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる。」
と、解約権行使が合理的であり社会通念上相当と是認できる場合に適法であるとしている(「大日
本印刷事件」最高裁二小判決昭 54.7.20-資料10 193 ページ)。
では、最近、社会問題化している企業の業績悪化に伴う採用取消しにおいて、「客観的に合理的
と認められ、社会通念上相当として是認することができる」とは、どんな場合であろうか?
内定関係においては、採用予定者と企業との結びつきがすでに雇用されている者ほど強いわけで
はないから、人員整理にあたって就労者の解雇よりも内定取消しを優先させることもやむをえない
とされる(西谷「労働法」P146)。
しかし、採用内定取消しも使用者の事情による解約(すなわち解雇)であるから、整理解雇の要
件を準用してその適法性が判断されるべきである。
具体的には、次の4点である。
① 採用内定取消しによる人員抑制が必要であること(解雇の必要性)
② 採用内定回避努力を行ったこと(解雇回避努力)
③ 採用内定取消対象者の人選が適正であること(人選の適正)
④ 誠意をもって対象者と協議・説明したこと(協議・説明)
⇒ 業績悪化に伴う採用内定取消しにおいては、その適法性の判断では整理解雇の要件が問われるが、就労
者の解雇よりも内定取消しを優先させることもやむを得ない。
164
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
※「就労の始期」か「効力発生の始期」か
上記「大日本印刷事件」では就労の始期を大学卒業の直後とする労働契約成立と解している。し
かし、
「電電公社近畿電通局事件」最高裁二小判決昭 55.5.30 では、
「労働契約の効力発生の始期を
右採用通知に明示された昭和 45 年4月1日とする労働契約が成立したと解するのが相当である。
」
と、「効力発生の始期」としている。
これについて、下井 隆史教授は、「「就労始期つき」とすれば就業規則が適用され、内定者もた
とえば企業秘密保持の義務を負い、またレポート提出などが業務命令として出されうることになる。
「効力始期つき」と見れば、これらはすべて否定される。内定者は通常、学校在学中であることを
思えば、原則としては「効力始期つき」と解する方がよいと筆者は考える。
」と、
「効力発生の始期」
を支持している(下井「労基法」P107~108)。
⇒ 採用内定は、法的には「始期付き・解約権留保付き労働契約の成立」と考えられるが、「始期」とは「効力発生
の始期」と解するのが妥当である。
下井 隆史教授は、内定取消しの合理的理由について、
「内定期間中は労働関係は現実には展開さ
れないから、労務給付義務の不履行や服務規律違反等が解雇理由となることはありえない。解雇の
合理的理由として考えられるのは、労働能力や従業員としての適格性を疑わせる重大事実の発見又
は明確化、人員削減の必要性等の経営上の理由であろう。」と述べておられる(下井「労基法」P108)。
5)平成 21 年職業安定法施行規則の改正による規制
平成 4 年以降の不況において「企業による採用内定取消しが相当数行われ、社会的批判を浴びた
ため、旧労働省は行政指導を制度化することとし、職業安定法 54 条(雇人方法等の指導)に基づ
き施行規則を整備し、新規学卒者を雇入れようとする者が採用内定を取り消すときは、あらかじめ
公共職業安定所長又は施設(学校・大学)の長にその旨通知することとし(職安則 35 条)、公共職
業安定所長はこれに基づきその回避について指導を行うこととしていた。
しかし、平成 20 年後半からの景気低迷の影響を受けて企業の採用内定取消しが大きな社会問題
となりつつあることにかんがみて、厚生労働省は、採用内定取消しの防止のための取組みをさらに
強化するため職業安定法施行規則の改正等を行い、ハローワークによる内定取消し事案の一元的把
握、一定の採用内定取消し企業を公表できること等とした(平成 21 年 1 月 19 日改正職業安定法施
行規則等の公布・施行)
。
① 新規学卒者の採用内定取消しを行おうとする事業主は、公共職業安定所及び施設の長(学校
長)に通知するものとする(従来は公共職業安定所及び施設の長(学校長)のいずれかに通知
すればよかった。)
。
② 採用内定取消しの内容が厚生労働大臣の定める場合に該当するときは、厚生労働大臣はその
内容を公表することができる(新設)。
厚生労働大臣がその内容を公表する基準は、次のとおりである。
[1]二年度以上連続して行われたもの
[2]同一年度内において十名以上の者に対して行われたもの
(内定取消しの対象となった新規学卒者の安定した雇用を確保するための措置を講じ、これらの者
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
の安定した雇用を速やかに確保した場合を除く。)
[3]生産量その他事業活動を示す最近の指標、雇用者数その他雇用量を示す最近の指標等にかんがみ、
事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないときに、行われたもの
[4]次のいずれかに該当する事実が確認されたもの
・内定取消しの対象となった新規学卒者に対して、内定取消しを行わざるを得ない理由について十
分な説明を行わなかったとき
・内定取消しの対象となった新規学卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき
新規学校卒業者の採用内定取消しを行おうとする事業主が行う通知については、従来は様式が定
められていなかったが、改正により所定の様式によることとなり、①内定取消し者数、②内定取消
しを行わなければならない理由、③内定取消しの回避のために検討された事項、④対象学生等への
説明状況、⑤対象学生等に対する支援の内容等を記載する必要がある(職業安定法施行規則第 35
条第 2 項)。
職安法及び職安則
職業安定法
(雇人方法等の指導)
第 54 条 厚生労働大臣は、労働者の雇人方法を改善し、及び労働力を事業に定着させることによっ
て生産の能率を向上させることについて、工場事業場等を指導することができる。
職業安定法施行規則
(法第 54 条に関する事項)
第 35 条 厚生労働大臣は、労働者の雇人方法の改善についての指導を適切かつ有効に実施する
ため、労働者の雇入れの動向の把握に努めるものとする。
2 学校(小学校及び幼稚園を除く。
)、専修学校、職業能力開発促進法第十五条の六第一項各号に掲げ
る施設又は職業能力開発総合大学校(以下この条において「施設」と総称する。
)を新たに卒業しよ
うとする者(以下この項において「新規学卒者」という。
)を雇い入れようとする者は、次の各号の
いずれかに該当する場合においては、あらかじめ、公共職業安定所及び施設の長(業務分担学校長
及び法第三十三条の二第一項の規定により届出をして職業紹介事業を行う者に限る。
)に職業安定局
長が定める様式によりその旨を通知するものとする。
一
新規学卒者について、募集を中止し、又は募集人員を減ずるとき(厚生労働大臣が定める新規
学卒者について募集人員を減ずるときにあっては、厚生労働大臣が定める場合に限る。
)。
二
新規学卒者の卒業後当該新規学卒者を労働させ、賃金を支払う旨を約し、又は通知した後、当
該新規学卒者が就業を開始することを予定する日までの間(次号において「内定期間」という。)
に、これを取り消し、又は撤回するとき。
三
新規学卒者について内定期間を延長しようとするとき。
3 公共職業安定所長は、前項の規定による通知の内容を都道府県労働局長を経て厚生労働大臣に
報告しなければならない。
4 法第五十四条の規定による工場、事業場等の指導については、職業安定局長の定める計画並びに具
体的援助要項に基づき、職業安定組織がこれを行うものとする。
5 職業安定組織が前項の指導を行うに当たっては、労働争議に介入し、又は労働協約の内容に関与し
166
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
てはならない。
第 17 条の 4 厚生労働大臣は、第三十五条第三項の規定によ ̄り報告された同条第二項(第二号に
係る部分に限る。
)の規定による取り消し、又は撤回する旨の通知の内容(当該取消し又は撤回の対
象となった者の責めに帰すべき理由によるものを除く。)が、厚生労働大臣が定める場合に該当する
とき(倒産(雇用保険法第二十三条第二項第一号に規定する倒産をいう。
)により第三十五条第二項
に 規定する新規学卒者に係る翌年度の募集又は採用が行われないことが確実な場合を除く。)は、
学生生徒等の適切な職業選択に資するよう学生生徒等に当該報告の内容を提供するため、当該内容
を公表することができる。
2 公共職業安定所は、前項の規定による公表が行われたときは、その管轄区域内にある適当と認める
学校に、当該公表の内容を提供するものとする。
⇒ 採用内定は、始期付き・解約権留保付き労働契約が成立していると解される。
⇒ 採用内定者の地位は、試用期間を付して雇用関係に入った試用期間中の者の地位と基本的に異なる
ところはない。
※採用内定を取消すことができる事由
採用内定を取消すには、試用期間中の者に対する本採用を拒否する事由と同程度の事由が必要で
ある。
(2)事例:日本綜合地所内定取消し問題
1)補償金支払いによる解決
平成 21 年 4 月入社の大卒採用者 53 名の採用内定を取り消した日本綜合地所は、1 人に付き 100
万円の補償金と団体交渉を行った合同労組に解決金を支払うことで解決したと報じられている。
日本綜合地所:「内定切り」に補償金 100 万円で和解
日本綜合地所の内定取り消し:補償金 100 万円で解決
42 万円から増額
マンション分譲などを手がける「日本綜合地所」(本社・東京都港区)が大学生 53 人の内定を取り
消した問題で、学生 3 人が加入し交渉をしていた全国一般東京東部労組(岸本町雄委員長)は 2 日、
同社と協定書を締結し問題が解決したことを明らかにした。
労組によると、協定書で会社側は「精神的負担を含め多大な迷惑をかけることとなり、誠に申し訳
ない」と学生に改めて謝罪した。その上で、補償金 100 万円と解決金の支払いで合意した。補償金は
当初 42 万円が提示されたが、交渉で 100 万円まで増額され、組合員以外の学生にも同額が支払われた。
日本綜合地所の広報担当者は「ほとんどの学生さんへの補償金支払いは終えた。ご迷惑をおかけし
たので、業績回復に全力をあげたい」と話している。労組によると、組合員の 3 人は内定が取り消さ
れた後、就職活動を再開、1 人は新たな内定が取れたが、2 人は就職先が決まらず留年せざるを得ない
という。
須田光照書記次長は「内定取り消しや非正規労働者の解雇など、弱い立場へのしわ寄せを許さず、
企業の社会的責任を追及していく」と話している。労組には、内定取り消しの相談が相次いでおり、
特に住宅・不動産業界の相談が目立つという。厚生労働省が先月 30 日公表した内定の取り消しのまと
167
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
めでは、大学生で 1009 人の内定が取り消され、昨年 12 月の調査から 377 人増えている。
【東海林智】
毎日新聞 2009 年 2 月 3 日 東京朝刊
東部労組によると、解決金の額は非公表だが、すでに支払われ、組合費を除き 3 人に渡したとい
う(日経NET2009/02/02)。
事例:日本綜合地所の場合も、学生と会社との間に労組が加わって上記①~④(163 ページ)な
どについて説明を求めたものと思われる。
※公務員の場合
公務員の場合は明確な任用行為によってはじめて公務員関係が成立し、採用内定通知は発令
に至る事実上の準備行為に止まると解されている。
注.「東京都建設局事件」最高裁一小判決昭 57.5.27
公務員の場合の採用内定は「単に採用発令の手続を支障なく行うための準備手続としてされる事実上の行
為」に過ぎないから、内定通知によって通知書に記載された採用日に職員たる地位を取得するものでないと
された。公務員の場合は、辞令交付に至らなければ任用の効果は発生せず、内定を取り消された者の救済手
段は損害賠償請求に止まると解される。
2)採用内定取消しと労働基準法との関係
前述「大日本印刷(採用内定取消)事件」(164 ページ)において、最高裁は、採用内定取消し
は解約権を留保した労働契約が成立したものと認めるのが相当であるとの判断を示した。
しかし、
「労働契約」と表現を使っているが労働基準法の労働契約のことを指すのか、それとも
労使が合意したという意味での民法の「雇用契約」が成立しただけなのか不明である。
安西
愈氏は「在学中の採用決定者は、民事上の労働契約は成立しているとしても、まだ労基法
の適用を受ける労働者といえず、判例も、まだ労働契約の効力の発生(4 月 1 日を始期)していな
い『採用内定者である被控訴人は、いまだ具体的な就労義務を負うことなく、賃金も支払われてい
ないのであるから、労働基準法の適用を受けない』
(昭 48.10.29 大阪高裁判決電電公社近畿電通
局事件)としている。」とする(安西「採用・退職」P13)。
しかし、学説では必ずしも労基法の適用そのものを排除するとの立場を明確に打ち出してはおら
ず、20 条の「解雇予告制度の適用はないと考えるべきであろう」とする学説(東大「注釈労基法」
上巻P360、菅野「労働法」P134 ほか)が主であり、厚労省「今後の労働契約法制の在り方に関
する研究会報告書」(平 17.9.15)においても、採用内定者にも労基法が適用されることを前提と
して、内定取消しの際の解雇の予告について「試の使用期間中の者については 14 日を超えて引き
続き使用されるまでは同条の適用がないとされていることとの均衡がとれていない」から労基法
20 条の解雇の予告規定を適用を除外すべきである、と提言している(第 2.1(1))。
「労働基準法第 20 条の解雇の予告については、現在、採用内定期間中においても適用があること
とされているが、試の使用期間中の者については 14 日を超えて引き続き使用されるまでは同条の適
用がないとされていることとの均衡がとれていない。また、採用内定期間中は労務の提供や賃金の支
払がなく、採用内定が取り消される場合には、採用内定者が少しでも早くこれを知ることができるよ
うにすることが最も重要である。したがって、採用内定期間中については労働基準法第 20 条の適用
168
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
を除外し、採用内定者が少しでも早い時期から求職活動ができるようにすることが適当である。」
(「今
後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告書」平 17.9.15)
なお、労基法 19 条は産前産後の法定休業期間及びその後 30 日間の解雇を禁止しているが、採用
内定取消しに関し同条は適用されないと解することが自然であろう(私見)。
⇒ 採用内定は、始期付き・解約権留保付き労働契約が成立していると解される。
⇒ 労働契約が成立しているならば、採用内定取消は「解雇」に等しく、解雇権濫用の法理によって「客観的
に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」場合は無効となる(労契法 16 条)。
⇒ 採用内定者の地位は、試用期間を付して雇用関係に入った試用期間中の者の地位と基本的に同様で
あると考えられる(すでに雇用されている正規従業員に比べると雇用保障の程度は弱い。)。
(3)入社前の研修
採用内定の法的意義は、前述(1)のとおり、始期付き・解約権留保付き労働契約が成立してい
ると考えられるが、未だ使用者の使用従属下における労務の提供が開始されていない状態のことを
いうとされる。ただし、この始期付きが「就労の始期」か「効力発生の始期」か、という問題があ
り、
「就労の始期」と解するとレポートの提出や入社前の事前研修を強制できるし、
「効力発生の始
期」と解するとそれを強制することは難しい(注)。
しかし、仮に、参加を強制する研修が行われると、「業務命令として参加を強制される教育訓練
は労働時間である」
(昭 26.1.20 基収 2875 号)とされるところから、始期が早まったと考えるか、
あるいは採用内定と別個の臨時的な労働契約が締結されたとでも解すしかない。始期が早まったと
考えると、労基法が適用されるほか労働・社会保険の適用対象にもなるのではないかという疑問も
生じてくる。
そこで、入社前の事前研修は、
「任意」の参加とし、
「使用従属下の労務の提供一賃金支払い」と
は異なる枠組み(たとえば謝金対象業務)とすることがよい(私見)。つまり、採用内定に関して
は「効力発生の始期」と解して任意の参加とするのである。その場合に、参加を促進させる策とし
て、「採用後の実務に即役立つと好評を博しています」とか「参加者には、1 日〇〇円(交通費込
み)をお支払いします」というようする。また、災害補償については、任意参加の研修であれば未
だ労基法上の労働者ではないと解されるから、あらかじめ自己責任で参加してもらうことを内定者
に明確に伝える必要がある。
注.一般的には業務命令に基づく作業時間は「労働時間」であると解されるが、自宅で学習すべき通信教育の受
講を業務命令として命じることができるとする主張もある(労務行政「新・労働法実務相談」P337〔安西
愈〕)
ので、入社前のレポート提出を強制することもあながち不可能と決めつけるわけにもいかない。
しかし、合宿訓練などを行う場合には体力養成訓練なども織り込まれることが多く、災害補償を
抜きにしては行い難い。その場合には、一般職員の研修と同様に拘束された必須カリキュラムとし
て、その受講は労働時間として捉えることになる。ただし、賃金は初任給とは無関係に一律○○円
というような形にしても違法とはならない(労務行政「新・労働法実務相談」P338~339〔安西
169
愈〕)
。
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
災害が生じた場合の保険給付の算定の基礎となる給付基礎日額は、賃金額が決まっていないとす
れば厚生労働大臣(具体的には所轄都道府県労働基準局長)が職権で決定することになる。
⇒ 採用内定者に対し入社前の研修参加を強制することは、論理的に無理ではないかと考える。
(あくまでも自主参加とし、報酬・交通費等を支払う場合は「謝金」が適当である。)
(4)中途採用者の内定取消し
最近では、新規卒業による一斉採用の事例ばかりではなく、中途採用者やヘッドハンティングに
よる採用内定取消事件も生じている。たとえば、ヘッドハンティングした労働者に関する「インフ
ォミックス事件」東京地裁決定平 8.10.31(注)は、ヘッドハンティングによりマネージャー職に
スカウトされた労働者に対する経営悪化を理由とする内定取消しに関する事例である。
この事件において裁判所は、
「大日本印刷事件」最高裁二小判決昭 54.7.20(164 ページ)で確立さ
れた法理を引用した上で、採用内定者は、現実には就労していないものの労働契約に拘束され他に
就職することができない地位に置かれているのであるから、企業が経営の悪化等を理由に採用内定
取消しをする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する法理が適用されるべきであると
した。
すなわち、①人員削減の必要性、②人員削減の手段として整理解雇することの必要性(回避努力)、
③ 被解雇者選定の合理性、④ 手続の妥当性という四要素を総合考慮のうえ、客観的に合理的と認
められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきであるとしているのである。
裁判所は、入社の辞退勧告などがなされた時期が入社日のわずか 2 週間前であって、しかもこの
労働者は、すでに前会社に対して退職届を提出して、もはや後戻りできない状況にあったこと等は、
労働者に著しく過酷な結果を強いるものであり、客観的に合理的なものとはいえず、社会通念上相
当と是認することはできないとして、内定取消しを無効としている。
注.インフォミックス事件(東京地裁平成9年10月31日決定)
スカウトによってY社への転職が内定していたが入社直前になって採用内定を取消された事案において「始
期付解約留保権付労働契約における留保解約権の行使(採用内定取消)は、解約権留保の趣旨、目的に照らし
て客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当
である(最高裁昭和54年7月20日第二小法廷判決〈大日本印刷事件〉)。そして、採用内定者は、現実に
は就労していないものの、当該労働契約に拘束され、他に就職することができない地位に置かれているのであ
るから、企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には、いわゆる整理解雇
の有効性の判断に関する(1)人員削減の必要性、(2)人員削減の手段として整理解雇することの必要性、(3)被
解雇者選定の合理性、(4)手続の妥当性という4要素を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして
客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきである。」と、経
営悪化等を理由に採用内定を取消す場合の有効性は、整理解雇の4要素を総合考慮して判断すべきであるとし
た。
債務者が経営状態の悪化を理由にいわゆるリストラをせざるを得なくなり、これに伴い、採用条件提示書に
も記載されていた債権者の配属予定部署が廃止され、マネージャーとして採用することができなくなった状況
下で、
〔1〕基本給の三か月分の補償による入社辞退、
〔2〕再就職を図るため試用期間(三か月)債務者に在
籍し、期間満了後に退職、〔3〕マネージャーではなくSEとして働くという三つの条件を提示して事態の円
満解決を図ろうとしたものと推認されるのである。
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
しかしながら、前記採用内定に至る経緯や債権者が抱いていた期待、入社の辞退勧告などがなされた時期が
入社日のわずか二週間前であって、しかも債権者は既にA会社に対して退職届を提出して、もはや後戻りでき
ない状況にあったこと、債権者が同月二四日、Bに対し、内容証明郵便を出すなどの言動を行ったのは、本件
採用内定の取消を含めた自らの法的地位を守るためのものであると推認することができるから、債務者の職種
変更命令に対する債権者の一連の言動、申し入れを捉えて本件内定取消をすることは、債権者に著しく過酷な
結果を強いるものであり、解約留保権の趣旨、目的に照らしても、客観的に合理的なものとはいえず、社会通
念上相当と是認することはできないというべきである。
⇒ 経営悪化を理由とする採用内定取消しは、整理解雇の有効性の判断に関する法理が適用されるべきであ
る。
ただし、このように採用内定取消しを厳格に考えることに批判的な意見もあり、たとえば、下井
隆史教授は、実際に行われる内定取消しの理由の大部分は「経営上の理由」であろうが、内定取
消しについて厳格過ぎる適法性基準を用いることは疑問だとし、整理解雇の有効要件である「必
要性」、「回避努力」、「対象選定」では問題ないとしながらも内定取消しを違法としたインフォミ
ックス事件の判断のあり方を疑問視している(下井「労基法」P109)
。
171
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
6.試用期間
(1)試用期間の意義
1)留保解約権付きの労働契約としての試用期間
新規に雇用された労働者は,一定期間「試用」又は「見習い」として雇用され,通例,就業規則
においてこの試用期間中またはその終了時に「社員として不適格と認めたときは本採用しないこと
がある」いった特別の解約事由が明記されている。この試用期間について三菱樹脂事件最高裁判決
-資料8 191 ページは、事案毎に判断する必要があることに留意しつつも「解約権留保労働契約」
と理解した。
その結果,試用期間中の使用者による解約の適法性は,留保解約権の適法行使か否かの問題とな
る。判例は,通常の解雇より「広い範囲における解雇自由が認められてしかるべきもの」であるが
解約権留保の趣旨,目的に照して,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されう
る場合にのみ許されるとしている。具体的には,「企業者が,採用決定後における調査の結果によ
り,または試用中の勤務状態等により,当初知ることができずまた知ることが期待できないような
事実を知るに至った場合において,‥‥‥の者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でない
と判断することが…相当であると認められる場合」に、留保解約権の行使が許されるとする。
試用期間の法的意義は事案毎に判断する必要があるが,これを「解約権留保付労働契約」とする
理解は,その後,通常の試用期間には一般に妥当するものと解さている。
次に「大日本印刷事件」最高裁二小判決昭 54.7.20-資料10 193 ページは、採用内定者の地
位は、試用期間を付して雇用関係に入った試用期間中の者の地位と基本的に異なるところはないと
しており(注)、
「採用内定」と「試用期間」の法的意義は同じと考えてよい。したがって、採用内
定の取消をする場合は、試用期間中の者を本採用拒否する理由と同程度のものを要求されると考え
られる。
試用期間中は通常の解雇より広い解約権行使が認められるため,あまりに長期の試用期間の設定
は,場合によっては公序良俗違反との評価を受ける余地もあろう。この試用期間を延長することが
あるが、試用期間の延長は,延長について契約上の根拠が認められる合等でなければ,基本的に許
されないと解すべきである。
注.「大日本印刷事件」最高裁二小判決昭 54.7.20
「わが国の雇用事情に照らすとき、大学新規卒業予定者で、いったん特定企業との間に採用内定の関係に入
った者は、このように解約権留保付であるとはいえ、卒業後の就労を期して、他企業への就職の機会と可能性
を放棄するのが通例であるから、就労の有無という違いはあるが、採用内定者の地位は、一定の試用期間を付
して雇用関係に入った者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないとみるべきである。」
⇒ 採用内定取消しをする場合は、試用期間中の者を本採用拒否する場合の理由と同程度の理由が必要であ
る。
2)期間の定めの解釈
労働者を雇入れるときに、一定期間の雇用期間を設けて有期契約を締結し、実際の業務に就かせ
てとくに問題がなければ有期契約の期間満了後に期間の定めがない契約(本採用)をするという方
法をとることがある。この試用期間付有期契約の法的性質について、教員としての適性を判断する
172
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
ために設定された 1 年間の期間が,労働契約自体の期間の定めか,無期契約における試用期間の設
定と解すべきかが問題となった事案において,判例は,期間満了により契約が当然に終了する旨の
明確な合意がある場合を除き,試用期間と解すべきとしている(「神戸弘陵学園事件」最高裁三小
判決平 2.6.5)。
この「神戸弘陵学園事件」では、契約期間は一応 1 年とし,勤務状態を見て再雇用するか否かの
判定をする旨の説明を受け、期間 1 年の期限付きで採用された常勤講師の雇止めが問題となった。
最高裁は期間設定の趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのもの(試用目的)である
ときは、期間満了時に雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が成立しているなどの特段の事情
が認められる場合を除き,同期間は,契約の存続期間の定めではなく,試用期間であると解するの
が相当とした。これは有期契約の利用目的を限定的に解し、期間の意味を無期契約における試用期
間に読み替えようとする解釈ということもできる(荒木「労働法」P413)。
しかし、日本法は有期契約の利用目的については規制を行っておらず、試用目的の利用を制限す
べきかについては異論もあり、菅野 和夫教授は「「期間の満了により契約が当然に終了する旨の明
確な合意が成立している場合」というのは、労働者の適性を評価判断するための有期労働契約につ
いてはなかなか考えがたく、結局はそのような有期労働契約はほとんどすべて試用期間とされてし
まうであろう。これでは、就職困難者のための雇用政策として考案されている「トライアル雇用」
(注)も実施が困難となる。」と批判されている(菅野「労働法」P169)。
注.「トライアル雇用」
ハローワークが求人企業に就職困難者(中高年者、若年者、母子家庭の母、障害者、ホームレス等)を短期
間(原則3か月)試行的に雇って貰い、常用雇用(本採用)への移行や雇用のきっかけ作りを計るもの。ハロ
ーワークの紹介に応じて「トライアル雇用」を行った事業主には、雇用保険から一定の奨励金が支給される。
事業主はトライアル雇用だけで雇用を終了させてもよいが、終了に際しては常用雇用移行等に関する助言・指
導が行われる。
⇒ 採用内定取消と試用期間中の本採用拒否とは、同程度の理由が必要とされる。
(2)試用期間の長さ・延長
1)試用期間の長さ
正規従業員の採用については、入社後一定期間の試用期間(見習い期間ということもある。)を
設定し、この間に人物・能力を評価して本採用するかどうかを決める。したがって、試用期間は人
物・能力を評価するに必要な期間とすべきであり、通常は就業規則に定められる。この期間の長さ
はどのぐらいまで可能であろうか。
菅野教授は「試用期間の長さは、前述のように 3 カ月が一番多く、1~6 カ月にわたるのが大多
数であるが、格別の制限はない。ただし、合理的理由(必要性)なくあまりに長期に試用期間に留
めおく場合は、公序良俗違反となりえよう。立法論としては、長さの上限(たとえば1年)を設け
ることが考えられる。」と述べておられる(菅野「労働法」P170)。
裁判例では、「試用期間中の労働者は不安定な地位に置かれるものであるから、労働者の労働能
力や勤務態度等についての価値判断を行なうのに必要な合理的範囲を超えた長期の試用期間の定
めは公序良俗に反し、その限りにおいて無効であると解するのが相当である。」として 2 年にも及
ぶ見習社員及び試用社員としての期間は、「その全体が右の合理的範囲を越えているものと解する
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
のが相当である。」と判示したものがある(「ブラザー工業事件」名古屋地裁判決昭 59.3.23-安
西「採用・退職」P50)。安西 愈弁護士によると、「1年」の試用期間というのは長すぎはしない
かという問題があるが、現実にはかかる1年間の試用期間を定めているケースについて、1年が長
すぎるから無効であるという取扱いはなされていないそうである。
⇒ 有期雇用職員に試用期間を設けることは可能であるが、その場合の「人物・能力を評価するに必要な期間」
は、おのずから常勤職員の場合と異なる。
⇒ 国大・独法では、常勤職員について6か月、非常勤職員について3か月程度の試用期間を設けていることが
多いようだ。妥当な取扱いであろう。
2)試用期間の延長
試用期間は、新採用者が正規職員として本採用するに足りる職務適格性を有するか否かを判断す
るための期間であり、その間に職務不適格と判断された場合には解雇することができるとの解雇権
が留保された期間であると解することについては、すでに述べた。そして、この試用期間の趣旨に
照らせば、試用期間満了時に一応職務不適格と判断された者について、直ちに解雇の措置をとるの
でなく、配置転換などの方策により更に職務適格性を見いだすために、試用期間を引き続き一定の
期間延長することも許される(注)
。
試用期間を延長する場合は意思表示が必要であるから、当初予定されていた試用期間が経過する
前に、①試用期間を延長すること及び②延長する期限、を明示しなければならない。これを怠ると
試用期間は延長されず、当初の試用期間が経過した時点で本採用された効力が生じ、以後、解雇す
るには正規職員を解雇するの同等の解雇事由が必要となる。
注.「雅叙園観光事件」東京地裁判決昭 60.11.20
事案の概要
当初3か月の試用期間を定めて試雇用員として採用されたXはミスが多く、また、反抗的な態度
をとることも多く、配属1か月後、Xの直属の上司は従業員としては不適格と判断し口頭で退職を
勧告したが、Xはこれに応じなかった。そして、2か月目にも再度退職勧告をしたが、Xは応じな
かった。試用期間が満了する3か月においても、Xの考課査定は相変わらず悪かったが、更に訓練
すればあるいは本採用できるかもしれないと考え、試用期間を3か月延長することとした。ところ
が、Xのミスは何度注意されても直らず、延長された試用期間経過後において、上司とつかみ合い
の喧嘩を起こすに至った。その後、XはYから退職勧告を受けたが、Xは仕事を続けさせて欲しい
旨懇請したので、再度試用期間を延長した。しかし、その後もXはトラブルが絶えず、YはXを解
雇した。
裁判所の判断
Y会社がした1回目の試用期間の延長はこの観点から是認することができるものの、第2回目の
試用期間の延長については、1回延長した試用期間満了すべき昭和 56 年 10 月 6 日よりも後に行わ
れ、また、延長する期間の定めもされていないのであるから、その動機、目的はともあれ、これを
相当な措置として認めることはできない。したがって、本件解雇時において、Xは既に試用期間を
終えていることになるから、本件解雇が効力を有するためには、正社員に対するのと同様な解雇事
由の存在が要求されるものといわなければならない。
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
しかし、本件では、正社員に対するのと同様な解雇事由が存在するとして、結局、本件解雇は有効
であるとした。
(3)本採用しない適法な条件
1)留保解約権行使の適法性
試用契約が解約権留保付労働契約として構成されるということになれば、試用期間中の解雇や本
採用拒否は留保解約権の行使となり、解約権がいかなる場合に行使できるのかが重要な問題となる。
この点について三菱樹脂事件(注)は、次のように判示した。
① 試用期間中の解約権留保を、採用決定の当初にはその者の資質・性格・能力などの適格性の
有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないため「後日における調査や観
察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるもの」とする。
② このような留保解約権に基づく解雇は通常の解雇よりも広い範囲において解雇の自由が認め
られてしかるべきである。
③ しかし、留保解約権の行使も、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由
が存し、社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される。
つまり、留保解約権行使が是認されるのは、採用決定後における調査の結果により、または試用
中の勤務状態等により、当初知ることができずまた知ることが期待できないような事実を企業者が
知るに至った場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇用しておくの
が適当でないと判断することが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に相当であると認められ
る場合である。
菅野 和夫教授はこのうち③がもっとも肝要で、企業側は適格性欠如の判断の具体的根拠(勤務
成績・態度の不良)を示す必要があるが、留保解約権行使については通常の解雇よりも広い範囲に
おいて解雇の自由が認められるとの前提でなされ、実質的には、試用期間にはなお実験観察期間と
しての性格があり職務能力や適格性の判断に基づくより広い留保解約権が行使されうる、と述べて
おられる(菅野「労働法」P167~168)。
注.「三菱樹脂事件」最高裁大法廷判決昭 48.12.12
全学連の学生運動家を採用してしまった会社が本採用を拒否した事件について、「右の留保解約権に基づく
解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲に
おける解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない。」と判示している。そして、その判
断基準については、「前記留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理
的な理由が存在し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。」と
して、本採用拒否を無効とした二審判決を破棄し、審理を高裁へ差し戻した。
⇒ 採用内定は、解約権留保付雇用契約であると解するのが相当である。
⇒ 採用内定取消による解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、通常の解雇の場合よりも
広い範囲における解雇の自由が認められる。
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2)試用期間と身元調査
前述「三菱樹脂事件」は、選考過程での質問(調査)に対する事実秘匿が本採用拒否の理由とさ
れたという事件であるが、菅野 和夫教授は、同判旨は「試用期間中に補充的身元調査によって判
明した新事実はそれ自体で解約事由となりうるとしているようにも読める」とされ、これを批判し、
「身元調査は採用内定過程で済まされるべきであって、それを試用期間にまで持ち込むことは、試
用者の地位を不安定にし、また採用内定と試用の実質的な違いを無視するものである。」と述べら
れ、同旨の意見として色川幸太郎=石川吉右衛門編「最高裁労働判例批評(2)」P463[山口浩一郎]
を挙げておられる。ただし、同教授は、試用契約において留保される解約権は、試用期間中におけ
る勤務態度や能力の観察による従業員としての適格性判断に基づいて行使されるべきものである
が、この実験観察による適格性判断は入社選考の際の資料をも基礎として行われるので、入社選考
の際の適法な調査(質問)に対する事実の秘匿や虚偽申告は、この実験観察による適格性判断を誤
らせるものとして、または従業員としての適格性に必要な信頼関係を喪失させるものとして解約権
行使の事由となると考えられる、とも述べられており、結果として最高裁の下した判断を支持して
おられるようである(菅野「労働法」P167~168)。
⇒ 選考時に把握できなかった身元調査のため試用期間を充てることができる補充期間と解すべきではないが、
入社選考の際の適法な調査(質問)に対する事実の秘匿や虚偽申告は、①試用期間中の実験観察による適
格性判断を誤らせるものとして、又は②従業員としての適格性に必要な信頼関係を喪失させるものとして解約
権行使の事由となると考えられる、
これを精神疾患の有無に関して応用でき
るのではないか
選考時に心身の健康状態について質問をして、事
実の秘匿や虚偽申告があった場合には信頼関係を喪
失させるものとして本採用拒否をする
(4)業務不適格の判断
まず、本採用拒否について、個別の事例で法的効力を予測することは困難であるが、業務不適格
性の判断について使用者に広い裁量権が認められる傾向があることは確かである。そのため、裁判
例において、一般の解雇では解雇回避努力(軽易な業務への配転配慮、教育・訓練の実施など)が
求められるのに対し、試用期間中の解雇・本採用拒否の場合はほとんどそのような配慮を求めずに
解雇効力を認めている。
裁判例においても「試用期間中は前記のようなこれを置く趣旨に鑑み、右適格性等の判断に当っ
て使用者に就業規則等に定められた解雇事由や解雇手続き等に必ずしも拘束されない。いっそう広
い裁量判断権(かような広い裁量、判断権を含む解雇権)が留保されているものと解するのが相当
である」
(「静岡宇部コンクリート事件」東京高裁判決昭 48.3.23)というように、使用者に広範
囲な裁量判断権を認めている。
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
1)能力不足・適格性欠如
① 業務不適格の判断1
「試用期間中は前記のようなこれを置く趣旨に鑑み、右適格性の判断に当って使用者に就業規
則等に定められた解雇事由や解雇手続等に必ずしも拘束されない。いっそう広い裁量判断権(か
ような広い裁量、判断権を含む解雇権)が留保されているものと解するのが相当である」として、
甚だしい不注意により安全作業を怠ったコンクリート・ミキサー車の運転手を能力・適格性に欠
けるところがあるといわざるを得ないとした(「静岡宇部コンクリート事件」東京高裁判決昭
48.3.23)。
② 業務不適格の判断2
勤務態度不良に関しても厳格な適用が可能で、たとえば、試用期間中の出勤率が90%に満た
ないとき、あるいは無断欠勤を3回以上したときなどは本採用しないという内規がある場合に、
それに該当し本採用拒否したことは正当とされた例がある(「日本コンクリート工業事件」津地
裁決定昭 46.5.21)。
※勤務不良の基準
本採用を拒否する理由として、出勤率、無断欠勤回数などをあらかじめ内規で定めておくとよい。
その場合に、
「出勤率90%未満」、
「無断欠勤3回以上」という基準は、ひとつの目安として使え
るのではないか。
③ 業務不適格性の判断3
給油見習として採用したが、勤務態度や接客態度が悪いため上司から注意を受けても改めよう
としなかったため、勤務実績のあった 7 日分の賃金を支払って行った解雇につき「本件解雇は、
試用期間中になされたものであり、申請人の勤務態度が、顧客へのサービスが要求される給油所
の従業員としては、適切なものとはいいがたいことからすると、解雇権が濫用されたものとはい
えない。」(
「日和崎石油事件」大阪地裁決定平 2.1.22)
⇒ 勤務態度や接客態度が悪いことは本採用拒否の理由となる。
④ 業務不適格性の判断4
試用期間中の言動から、従業員としての不適格性が窺われるときは、その判断は一般従業員の
場合よりも(本人にとって)厳しくしてよい。
「試雇傭中のバス車掌が常務中、職場の先輩たる従業員に対し、車掌として不適当な言葉を使
い、同人を立腹させ、上長の監督者から謝罪するように言われ謝罪したが、その謝罪に一片の誠
意も見られない態度は、会社の期待を裏切ったものであり、車掌としての適格性を欠くとしてな
した会社の解雇は有効である」(「淡路交通事件」神戸地裁洲本支部決定昭 43.1.10)
⇒ 先輩従業員に反抗し、上司から謝罪するように言われても誠意ある態度が見られない場合は、本採用拒否
の理由となる。
2)勤務成績不良
勤怠不良は本採用拒否の理由になる。
① 勤務成績不良
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
試用期間中の継続雇用に関する認定基準内規が出勤率 90%に満たないとき、又は 3 回以上無
断欠勤したとき、とされている場合に、これに該当して行った解雇は正当(「日本コンクリート
工業事件」津地裁決定昭 46.5.21)。
⇒ 出勤率 90%未満、無断欠勤3回以上は、本採用拒否の理由となる。
3)協調性欠如
協調性が欠けることは本採用拒否の理由となる。
① 協調性の有無
「労務の提供が事業体のなかで有機的に行われる現代の企業のもとにおいては、なによりも職
場における規律と共同が重んじられ、これなくしては多数の労働者による円滑な共同作業は不可
能である」(
「国鉄静岡管理局事件」静岡地裁判決昭 48.6.19)
「申請人が、試用期間中、前記のような粗暴な放言をしたり、軽率な発言により同僚多数の反
感を買う等非協調性を明らかにする行為があったため、会社は申請人を従業員として不適格と判
断し、本件解雇に及んだと認めるのが相当である」
(「新田交通事件」東京地裁判決昭 40.10.29)
⇒ 同僚多数の反感を買い、非協調性をあきらかにする行為があったときは、本採用拒否の理由となる。
(5)試用期間と疾病
定期採用した職員がいわゆる5月病に陥って休みがちとなり、年次有給休暇も使い切って欠勤を
するような場合がある。
このような者を本採用拒否できるだろうか? また、精神疾患が疑われるとして専門医の診断を
受診させることは可能であろうか?
国大・独法の人事制度では病気休暇・傷病休職制度など解雇猶予措置が充実しているから、試用
期間中といえども当該措置の適用を受けられることは当然である。したがって、一般論としては疾
病を理由として本採用を拒否することは困難であると考えられる。
しかし、その疾病が採用前から認識していたものであるのか、採用後認識したものであるかによ
って事情が異なる。
1)精神疾患以外の疾病の場合
精神疾患以外の疾病(いわゆる肉体的疾患)の場合は採用時の選考において健康診断により発見
できると思われるから、入り口で阻止することが比較的容易である。一旦採用してしまえば、人事
制度に基づく病気休暇・傷病休職制度を適用せざるを得ないであろう。裁判例においても、肺結核
の見習社員を社員として健康上不適格として解雇した例では「このような事由は就業規則所定の
「やむを得ない会社の都合によるとき」に当らないものというべきである。」として、解雇無効と
判断している(「読売新聞社事件」東京地裁判決 31.9.14)。
また、疾病の発症の時期が採用前であるにしても、2)で菅野教授が述べておられるように、そ
のような身元調査は選考時に行うべきで採用後の試用期間中に補充的に行うことは否定的に考え
なければならない。したがって、正規職員と同等に取扱う必要がある。
2)精神疾患の場合
精神疾患の場合は、選考時における健康診断で疾病を把握することは難しく、本人の申告がなけ
れば把握は困難である。したがって、選考時においての調査も本人に対する質問によらざるを得な
い。この質問に対して事実を秘匿したり詐称すると、信義則上の義務に違背し、問題となる。
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
a 採用後に精神疾患に罹患した場合
採用後に罹患したとすれば、疾病を理由に本採用拒否をすることには疑問が残る。人間誰しも
精神的疾患に罹患することが起こり得るもので、長期契約を前提とする労働契約においては一定
の解雇猶予措置が必要であると考えられるからであり、肉体的疾患であろうと精神的疾患であろ
うと変わりない。したがって、この場合は病気休暇・休職の各制度を利用することになろう。た
だし、疾病を不問とし、勤務不良のみを理由に本採用拒否をすることは可能であると思われるが、
本人が勤務不良の原因が疾病であることを立証した場合には、正当な理由があるものとして本採
用拒否が難しくなる。
b 採用前から精神疾患に罹患していた場合
採用前から精神疾患に罹患していた場合は、そのことを使用者が知ったならば雇用契約が締結
されなかったであろうから、「試用中の勤務状態等により,当初知ることができずまた知ること
が期待できないような事実を知るに至った場合」(「三菱樹脂事件」最高裁大法廷判決昭 48.12.
12-資料8 191 ページ)に該当すると思われるから、本採用拒否の理由に該当すると解する。
次に、精神疾患に罹患しているか否かの調査は身元調査に含まれるとすれば、上記(3)2)の
とおり、試用期間は原則的には職員としての適格性判定のための実験観察期間と把握すべきであっ
て身元調査の補充期間と解すべきではない、とされるから、一般論としては、健康状態の把握等の
調査は採用内定過程で済ませるべきであってそれを試用期間にまで持込むことには疑問がある。
ただし、菅野教授が述べられているように、試用期間中の適格性判断は採用選考時の資料をも
基礎として行われるので、採用選考時の際の適法な調査(質問)に対する事実の秘匿や虚偽申告
があれば、適格性判断を誤らせるものとして職員としての適格性に必要な信頼関係を喪失させる
ものとして解約権行使の理由になると考えられる(菅野「労働法」P168)。
なお、産業医又は使用者が指定する専門医の診断を受けるべき受診命令に関しては、第9章第3
節休職の項で詳述する(第7回(11 月)を予定)。
3)疾病まで至らない場合
実際の裁判例では、17 歳の女子従業員を「ヒステリー性抑うつ症であり集団生活に適さない」
という理由で本採用を拒否した事案において、一過的なヒステリー状態に過ぎないとして、会社が
病気ないしは加療を要する疾患として扱い「本採用を拒否したことはいささか軽卒であつたとの批
判も免れない」として解雇無効としたものがある。
※「ソニー(ヒステリー性抑うつ症による解雇)事件」東京高裁判決昭 43.3.27
裁判所は「被申請人の精神的疾患の有無についても、証人Bは分裂気質も単に人の精神面におけ
る性格傾向をあらわすだけの意味を有するだけで病気ではないという意見をのべているし、又C医
師は申請人に対しヒステリーと診断したが、上記のとおり僅か三〇分の問診を経たのみであり、前
掲甲第三九号証ならびに証人Bは、申請人がヒステリーと診断されたとしても、その状態は一過性
のものとみられる条件があり、その程度も病気といえるほど重いものでなく軽いものであつたと思
われるとの意見をのべているので、以上認定の経過と右B医師意見ならびに申請人本人尋問の結果
を綜合してみると、本採用を拒否された当時の申請人の精神面は特にこれを病気とするほどのもの
ではなく、いわゆる通常の意味の一過的なヒステリー状態ないしは精神面身体面の不安定な状態か
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
ら来る精神的な偏向状態を示しておつたに過ぎないものと推認されるのである。」とし、「会社が
申請人を以上認定した程度の資料をもつてこれを病気ないしは加療を要する疾患として扱い、しか
もその点を主要な実質的な理由として本採用を拒否したことはいささか軽卒であつたとの批判も
免れない」と、本採用拒否を無効としている。
試用期間中に疾病が発見された場合
発症の時期
採用前
肉体的疾病
採用後
採用時の選考でチェックすべき問題であ
一般職員と同様に病気休暇制度・病気休職
る(解雇困難)
制度を利用できる(解雇困難)
精
採用時に
秘匿していた場合は経歴詐称・信義則違反
神
質問あり
として解雇できる
的
採用時に
申告義務があるわけではないので、信義則
疾
質問なし
違反を問うことはできず解雇できず、解雇
病
勤務不良を理由に解雇できる(注 2)
するとすれば勤務不良しかない(注 1)。
注 1、注 2 勤務不良の原因が精神疾病であることを本人が立証した場合は、解雇は困難となる。
(6)試用期間と経歴詐称
一般論として、経歴を詐称することは信義則上の義務に違背するものと解される。したがって、
試用期間中に経歴詐称が発覚した場合には「三菱樹脂事件」最高裁大法廷判決昭 48.12.12 の判決
のとおり、本採用拒否の理由になりうるが、本来、そのような身元調査は選考時に行うべきであっ
て試用期間に持ち込むものでない、との批判もある(注 1、注 2)。
注 1.たとえば、菅野 和夫教授は、次のように記述している。
「試用期間は原則的には従業員としての適格性判定のための実験観察期間(および従業員としての
能力ないし技能の養成=見習期間)と把捉すべきであって、身元調査補充期間とは解すべきでない(同
旨、色川幸太郎=石川吉右衛門編・最高裁労働判例批評(2)463 頁[山口浩一郎])。身元調査は採
用内定過程で済まされるべきであって、それを試用期間にまで持ち込むことは、試用者の地位を不安
定にし、また採用内定と試用の実質的な違いを無視するものである」(菅野「労働法」P168)。
注 2.西谷 敏教授は採用後に判明した経歴詐称は、それを理由として労働関係を終了させることが
できるか否かは通常の解雇と同一の基準で判断すべきであると、次のように述べている。
「まず、採用後判明した労働者の思想や組合所属などを理由として解約権を行使することは、労基
法 3 条や労組法 7 条 1 号に違反して許されないのは明らかである。採用後判明した経歴詐称について
も、それを理由として労働関係を終了させることができるか否かは、基本的には解雇と同一の基準で
判断すべきであり、とくに留保解約権行使の問題として論じる必要はない。」(西谷「労働法」P151)
1)質問に対して真実を告げる義務
企業に採用されようとして応募した者は、履歴書記載した内容や面接時の質問に対して真実を告
げるべき信義則上の義務があるとされる。
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
タクシー会社の運転手を採用するに当たり前職に同業他社の職歴があることを秘匿して採用さ
れ、事実において前職会社の評価が「はかばかしいものでなかった」というような場合には、その
事実が面接時において判明していれば採用されなかったと思われるから、経歴詐称を理由とする懲
戒解雇は有効と判断している(注)
。
注.「都島自動車商会事件」大阪地裁決定昭62.2.13
「一般に企業が労働者を採用するにあたって履歴書を提出させ、あるいは採用面接において経歴
の説明を求めるのは、労働者の資質、能力、性格等を適性に評価し、当該企業の採用基準に合致する
かどうかを判定する資料とするためであるから、かかる経歴についての申告を求めることは企業にと
って当然のことといわなければならない。従って、その反面として、企業に採用され、継続的な契約
関係に入ろうとする労働者は、当該企業から履歴書の提出を求められ、あるいは採用面接の際に経歴
についての質問を受けたときは、これについて真実を告げるべき信義則上の義務があるというべきで
あり、これを偽り詐称することは右にいう信義則上の義務に違背するものである。」
また、経歴詐称は、幹部要員ほど重要な要素であり、知能、性格、教養ないし器量如何が労働力
の価値を大きく決定するものであるから、これらを知るための事項に詐称があった場合は、解雇有
効とされる(注)。
注.「富士通信機事件」東京地裁判決昭 42.4.24
「労働者の労働力の評価についていえば、労働者が雇用契約にもとづき使用者に提供すべき労働力
は労働者の単なる肉体的条件のみならず、精神的条件によって、その価値を左右されることを否定す
ることができず、特に企業の幹部要員にあっては同僚と協調しながら多数の部下を統率して、上司を
補佐する労務に服するものであるから、その精神的条件すなわち知能、性格、教養ないし器量如何が
労働力の価値を大きく決定する。従って、これを推知すべき事項は、労働力の評価に当然必要となる
ものといわなければならない」
なお、単に経歴詐称というだけでは解雇理由として不十分であり、経歴詐称がなかったならば雇
用契約が締結されなかったであろうという因果関係が必要とされる(注 1~注 3)。
注 1.「関西ペイント事件」東京地裁決定昭 30.10.22
「経歴詐称がなかったならば雇用契約が締結されなかったであろうという因果関係が、社会的に妥
当と認められる程度に重大なときは、経歴詐称を理由とする解雇は適法であるというべきである」
注 2.「三愛作業事件」名古屋地裁決定昭 55.8.6
大学中退を高校卒と偽った作業員の解雇は「職種が港湾作業という肉体労働であって学歴は二次的
な位置づけであること、大学中退を高校卒としたものであって詐称の程度もさほど大きいとはいえな
いこと等を総合すれば、本件学歴詐称は、それ自体信義則に反するものではあるが、それのみを理由
に一旦採用された者を解雇するのは著しく妥当を欠き、解雇権の濫用であると判断される。」
注 3.「日本郵便逓送事件」神戸地裁判決昭 47.2.15
学生運動に参加していたことを秘匿したとする臨時運転手の解雇は、まず「ことさら秘匿した」事
実がみとめられないこと、「面接試問の際、学生運動の経歴につき若干あやふやな答弁をした事実が
あったとしても、このことのみをもってただちに解雇することは酷に失し、解雇権の濫用であって許
されないというべきである。」
181
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
⇒ 経歴詐称を理由とする解雇は、経歴詐称がなかったならば採用されなかったであろうという程度に重大な内
容である場合に適法とされる。
2)経歴詐称と懲戒処分としての解雇
懲戒処分は企業秩序維持のために使用者に認められる権利であるから、まだ企業に採用されてい
ない段階においての経歴詐称を理由として懲戒解雇・諭旨解雇などの懲戒処分はなし得ないのでは
ないか、という主張がある。
この主張はもっともであって、たとえば、東大「注釈労基法」上巻P258〔土田 道夫〕では「こ
れに対し学説の多くは、経歴詐称が採用段階の行為であるところから、企業秩序違反に基づく懲戒
の対象とならず、普通解雇の錯誤(民95条)・詐欺(同96条)による労働契約の無効・取消しをも
たらすにすぎないと解している(片岡他・新基準法論521頁〔西谷 敏〕)
。」と、懲戒処分としての
解雇ではなく普通解雇とすべきとしている。
民法
(錯誤)
第 95 条
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大
な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
(詐欺又は強迫)
第 96 条
2
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知
っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3
前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。
裁判例では、経歴詐称を理由としてなした諭旨解雇処分について、労働者側が「経歴詐称は労働
契約成立前の事情であって、労働契約成立後の経営秩序の問題ではない」(したがって、就業規則
上の懲戒事由に該当しない)と主張したのに対し、解雇は「懲戒解雇」の文言を用いて表現されて
はいるものの、その実質は当該労働者との労働契約を将来に向って解除しうる旨の一種の約定解除
権を留保したものであると解せられるとし、それが労働契約締結前に生じたものであることは、右
約定解除権を行使するのに別段妨げがあるということはできないと、形式的な「懲戒解雇」を約定
解除権と解して解雇有効として労働者側の主張を退けている(注)。
注.「日本鋼管事件」東京高裁判決昭 56.11.25
「なるほど仮りに使用者が経営秩序維持のため労働者に対する優越的地位に基づく懲戒権を有す
ることを是認するとしても、労働契約締結前の労働者の行為を理由として懲戒権を行使しうるかにつ
いて疑いの存することはもっともである。しかしながら、本件解雇の意思表示は、就業規則第八六条
及び労働協約第二八条により、控訴人が「重要な経歴をいつわり、その他詐術を用いて雇入れられた
とき」に該当するとしてなされたものであるところ、右事由に基づく解雇は「懲戒解雇」の文言を用
いて表現されてはいるものの、その実質は使用者である被控訴人が個々の労働者につき右事由がある
場合に、当該労働者との労働契約を将来に向って解除しうる旨の一種の約定解除権を留保したもので
あると解せられるから、その事由がある以上、それが労働契約締結前に生じたものであることは、被
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
控訴人が右約定解除権を行使するのに別段妨げがあるということはできない。」
⇒ 経歴詐称による解雇は、一般的には懲戒解雇ではなく普通解雇で処理すべきものである。
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
7.外国人雇用に関する規制
(1)概 要
最近の語学学校の経営不振等による外国人講師の解雇が社会問題化していることや不法滞在・不
法就労者が増加していることなどに対応し、平成 19 年に雇用対策法の改正が行われ、外国人労働
者が適正な労働条件及び安全衛生を確保しながら、在留資格の範囲内でその有する能力を有効に発
揮しつつ就労できる環境が確保されるよう、事業主に適切な措置を講ずるべき義務が課せられた。
すなわち、外国人を雇い入れるときは、まず、その者の氏名・在留資格等を確認しなければなら
ず、その上で①外国人労働者の募集及び採用の適正化、②適正な労働条件の確保、③安全衛生の確
保、④雇用保険、労災保険、健康保険及び厚生年金保険の適用、⑤解雇の予防及び再就職の援助、
⑥外国人労働者の雇用状況の届出、⑦外国人労働者の雇用労務責任者の選任、などの適切な措置を
とらなければならない。
以下「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」
(平 18.
8.3 厚労告 276 号)の規定を中心に説明する。
(2)外国人労働者の募集及び採用の適正化
1)募
集
事業主は、外国人労働者(注)を募集するに当たっては、募集に応じ労働者になろうとする外国
人に対し、従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間、就業の場所、労働契約の期間、労働・社会
保険関係法令の適用に関する事項について明示しなければならない。
明示の方法については、①書面の交付、②当該外国人が希望する場合には電子メールの送信のい
ずれかの方法によることとされる。これは、来日後に、募集条件に係る相互の理解の齟齬等から労
使間のトラブル等が生じがちであるからである。
注.外国人労働者
「外国人」とは、日本国籍を有しない者をいい、特別永住者並びに在留資格が「外交」及び「公用」の者は
除かれる(雇対則 1 条の 2)
。「外国人労働者」には、技能実習制度において「特定活動」の在留資格をもって
雇用関係の下でより実践的な技術、技能等の修得のための活動を行う「技能実習生」も含まれる。
2)採
用
イ 在留資格の確認
事業主は、外国人労働者を採用するに当たっては、あらかじめ、当該外国人が、採用後に従事す
べき業務について、在留資格上、従事することが認められる者であることを確認することとし、従
事することが認められない者については、採用してはならない(雇対法 28 条 1 項)。
口 公平な採用選考
事業主は、外国人労働者について、在留資格の範囲内で、外国人労働者がその有する能力を有効
に発揮できるよう、公平な採用選考に努めるべきである。とくに、永住者、定住者等その身分に基
づき在留する外国人に関しては、その活動内容に制限がないことに留意する。また、新規学卒者等
を採用する際、留学生であることを理由として、その対象から除外することのないようにする。
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第3節 労働契約の成立・変更
(3)適正な労働条件の確保
1)均等待遇
事業主は、労働者の国籍を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱
いをしてはならない(労基法 3 条)。
2)労働条件の明示
イ 書面の交付
事業主は、外国人労働者との労働契約の締結に際し、賃金、労働時間等主要な労働条件につい
て、当該外国人労働者が理解できるようその内容を明らかにした書面を交付する。
口 賃金に関する説明
事業主は、賃金について明示する際には、賃金の決定、計算及び支払の方法等はもとより、こ
れに関連する事項として税金、労働・社会保険料、労使協定に基づく賃金の一部控除の取扱いに
ついても外国人労働者が理解できるよう説明し、当該外国人労働者に実際に支給する額が明らか
となるよう努める。
3)適正な労働時間の管理
事業主は、法定労働時間の遵守、週休日の確保をはじめ適正な労働時間管理を行う。
4)労働基準法等関係法令の周知
事業主は、労働基準法等関係法令の定めるところによりその内容について周知を行う。その際に、
分かりやすい説明書を用いる等外国人労働者の理解を促進するため必要な配慮をするよう努める。
5)労働者名簿等の調製
事業主は、労働基準法の定めるところにより労働者名簿及び賃金台帳を調製する。その際には、
外国人労働者について、家族の住所その他の緊急時における連絡先を把握しておくよう努める。
6)金品の返還等
事業主は、外国人労働者の旅券等を保管しないようにする。また、外国人労働者が退職する際に
は、労働基準法の定めるところ(注)により当該外国人労働者の権利に属する金品を返還すること。
また、返還の請求から七日以内に外国人労働者が出国する場合には、出国前に返還すること。
注.金品の返還
労基法 23 条は、労働者が退職した場合に、請求があれば 7 日以内に未払い賃金等を支払わなければならな
い旨を定めている。しかし、外国人の場合はそれよりも早く出国することもあり得るので、
「指針」
(平 19.8.
3 厚労告 276 号)において、その請求の日から 7 日以内に外国人労働者が出国する場合には出国前に支払わな
ければならないこととしている。
⇒ 労働者が退職する際に、請求があれば7日以内に金品を返還しなければならないから、一般的に未払い賃
金は請求された後7日以内に支払えばよい。
外国人の場合は退職即出国ということもあり得るから、請求後7日以内に出国する場合は出国前に未払い
賃金等を支払わなければならない。
(4)安全衛生の確保
1)安全衛生教育・災害防止措置
事業主は、外国人労働者の安全衛生を確保するため、労働安全衛生法に定められた措置を講じる
等の責務を果たすことはもちろんであるが、その際に、当該外国人労働者がその内容を理解できる
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第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
方法により機械設備、安全装置又は保護具の使用方法を説明し、事業場内における労働災害防止に
関する標識、掲示等について整備(図解等の方法を用いる等)をするように努める。また、外国人
労働者が労働災害防止のための指示等を理解することができるようにするため、必要な日本語及び
基本的な合図等を習得させるよう努める。
2)健康診断の実施等
事業主は、(外国人労働者に対して健康診断を実施するに当たっては、健康診断の目的・内容を
当該外国人労働者が理解できる方法により説明する、②健康指導及び健康相談を行うよう努める
(5)労働・社会保険の適用
1)制度の周知及び必要な手続の履行
事業主は、外国人労働者に対し、雇用保険、労災保険、健康保険及び厚生年金保険(以下「労働・
社会保険」という。)に係る法令の内容及び保険給付に係る請求手続等について、雇入れ時に外国
人労働者が理解できるよう説明を行うこと等により周知に努める。
2)保険給付の請求等についての援助
事業主は、外国人労働者が離職する場合には、外国人労働者本人への雇用保険被保険者離職票の
交付等、必要な手続を行うとともに、失業等給付の受給に係る公共職業安定所の窓口の教示その他
必要な援助を行うように努める。
また、外国人労働者に係る労働災害等が発生した場合には、労災保険給付の請求その他の手続に
関し、外国人労働者からの相談に応ずること、当該手続を代行することその他必要な援助を行うよ
うに努める。
さらに、厚生年金保険については、その加入期間が六月以上の外国人労働者が帰国する場合、帰
国後、加入期間等に応じた脱退一時金の支給を請求し得る旨帰国前に説明するとともに、社会保険
事務所等の関係機関の窓口を教示するよう努める。
(6)適切な人事管理・教育訓練・福利厚生等
事業主は、その雇用する外国人労働者が円滑に職場に適応し、当該職場での評価や処遇に納得し
つつ就労することができるよう、適切な人事管理
生活指導等
教育訓練の実施等に努める。
具体的には、たとえば、生活指導等に関しては、(D日本社会への対応の円滑化を図るため、日
本語教育及び日本の生活習慣、文化、風習、雇用慣行等について理解を深めるための指導を行う、
②外国人労働者からの生活上又は職業上の相談に応じる、などがある。
福利厚生に関しては、①適切な宿泊の施設を確保する、②給食、医療、教養、文化、体育、レク
リエーション等の施設の利用について、外国人労働者にも十分な機会が保障されるようにする、な
どがある。
(7)帰国及び在留資格の変更等の援助
1)帰国手続き等の援助
事業主は、その雇用する外国人労働者の在留期間が満了する場合には、当該外国人労働者の雇用
関係を終了し、帰国のための諸手続の相談その他必要な援助を行うように努める。
2)在留資格の変更手続き等の援助
事業主は、外国人労働者が在留資格を変更しようとするとき又は在留期間の更新を受けようとす
るときは、その手続を行うに当たっての勤務時間の配慮その他必要な援助を行うように努める。
(8)解雇の予防及び再就職の援助
事業主は、事業規模の縮小等を行おうとするときは、外国人労働者に対して安易な解雇等を行わ
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
ないようにするとともに、やむを得ず解雇等を行う場合は、その対象となる外国人労働者で再就職
を希望する者に対して、関連企業等へのあっせん、教育訓練等の実施・受講あっせん、求人情報の
提供等当該外国人労働者の在留資格に応じた再就職が可能となるよう、必要な援助を行うように努
める。その際、公共職業安定所と密接に連携するとともに、公共職業安定所の行う再就職援助に係
る助言・指導を踏まえ、適切に対応する。
(9)外国人雇用状況の届出等(平成 19 年 10 月 1 日施行)
1)雇入れ時及び離職時の届出
事業主は、新たに外国人を雇い入れた場合又はその雇用する外国人が離職した場合には、厘皇豊
働省令で定めるところにより、その者の氏名、在留資格、在留期間その他厚生労働省令で定める事
項を確認し、厚生労働大臣に届け出なければならない(雇対法 28 条 1 項)。
イ 届出事項(氏名、在留資格、在留期間のほかに)(雇対則 10 条 1 項)
① 生年月日
② 性別
③ 国籍
④ 資格外活動の許可を受けている者にあっては、当該許可を受けていること(雇入れのとき
のみ)
⑤ 住所(離職のときのみ)
⑥ 雇入れ又は離職に係る事業所の名称及び所在地
⑦ 賃金その他の雇用状況に関する事項(雇入れのときのみ)
雇用保険の被保険者である場合は、被保険者資格得喪関係の届出で確認できる事項は省略さ
れる。
□ 確認方法(雇対則 11 条)
外国人の氏名、在留資格、在留期間等について、外国人登録証明書又は旅券により確認しな
ければならない。
資格外活動の許可を受けている者にあっては、資格外活動許可書又は就労資格証明書により
資格外活動許可も確認しなければならない。
ハ 届出時期(雇対則 12 条)
① 外国人が雇用保険の被保険者である場合
雇入れの場合は翌月 10 日までに、離職の場合はその翌日から起算して 10 日以内に、雇用
保険被保険者資格得喪届と併せて届け出る。
② 外国人が雇用保険の被保険者でない場合
雇入れ又は離職日の翌月末日までに届け出る。
二 届出先(雇対則 12 条)
所轄公共職業安定所の長へ
2)すでに雇用している外国人に関する届出(経過措置)
外国人の雇用に関する届出義務に関する規定(雇対法 28 条)は平成 19 年 10 月 1 日からの施行
されたが、施行日の際に現に外国人を雇い入れていた事業主は、平成 20 年 10 月 1 日までに届け出
なければならないとされた。ただし、当該外国人が施行日から平成 20 年 10 月 1 日までに離職した
場合には届出を要しない(雇対法平成 19 年附則 2 条 1 項)。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
資料6(P140,147,148 関係)有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準
○有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準
(平成十五年十月二十二日)
(厚生労働省告示第三百五十七号)
最終改正 平成 20 年 1 月 23 日厚労告 12 号
労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第十四条第二項の規定に基づき、有期労働契約の締結、
更新及び雇止めに関する基準を次のように定め、平成十六年一月一日から適用する。
(契約締結時の明示事項等)
第 1 条 使用者は、期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」という。)の締結に際し、労働
者に対して、当該契約の期間の満了後における当該契約に係る更新の有無を明示しなければならな
い。
2 前項の場合において、使用者が当該契約を更新する場合がある旨明示したときは、使用者は、労働
者に対して当該契約を更新する場合又はしない場合の判断の基準を明示しなければならない。
3 使用者は、有期労働契約の締結後に前二項に規定する事項に関して変更する場合には、当該契約を
締結した労働者に対して、速やかにその内容を明示しなければならない。
(雇止めの予告)
第 2 条 使用者は、有期労働契約(当該契約を三回以上更新し、又は雇入れの日から起算して一年を
超えて継続勤務している者に係るものに限り、あらかじめ当該契約を更新しない旨明示されている
ものを除く。次条第二項において同じ。
)を更新しないこととしようとする場合には、少なくとも当
該契約の期間の満了する日の三十日前までに、その予告をしなければならない。
(雇止めの理由の明示)
第 3 条 前条の場合において、使用者は、労働者が更新しないこととする理由について証明書を請求
したときは、遅滞なくこれを交付しなければならない。
2 有期労働契約が更新されなかった場合において、使用者は、労働者が更新しなかった理由について
証明書を請求したときは、遅滞なくこれを交付しなければならない。
(契約期間についての配慮)
第 4 条 使用者は、有期労働契約(当該契約を一回以上更新し、かつ、雇入れの日から起算して一年
を超えて継続勤務している者に係るものに限る。)を更新しようとする場合においては、当該契約の
実態及び当該労働者の希望に応じて、契約期間をできる限り長くするよう努めなければならない。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
資料7(P140,160 関係)労働基準法の一部を改正する法律の施行について(抜粋)
○労働基準法の一部を改正する法律の施行について(抜粋)
(平成 15 年 10 月 22 日基発第 1022001 号)
(2)
ア
雇止めに関する基準の内容
第 1 条関係
(ア) 本条により明示しなければならないこととされる「更新の有無」及び「判断の基準」の内容は、
有期労働契約を締結する労働者が、契約期間満了後の自らの雇用継続の可能性について一定程度予見
することが可能となるものであることを要するものであること。
例えば、「更新の有無」については、
a 自動的に更新する
b 更新する場合があり得る
c 契約の更新はしない
等を明示することが考えられるものであること。
また、
「判断の基準」については、
a 契約期間満了時の業務量により判断する
b 労働者の勤務成績、態度により判断する
c 労働者の能力により判断する
d 会社の経営状況により判断する
e 従事している業務の進捗状況により判断する
等を明示することが考えられるものであること。
(イ) なお、これらの事項については、トラブルを未然に防止する観点から、使用者から労働者に対
して書面を交付することにより明示されることが望ましいものであること。
(ウ) 本条第 3 項については、使用者が労働契約締結時に行った「更新の有無」及び「判断の基準」
に係る意思表示の内容を変更する場合に、当該労働契約を締結した労働者に対して、速やかにその変
更した意思表示の内容を明示しなければならないものであること。この場合、
「更新の有無」及び「判
断の基準」が当該労働契約の一部となっている場合には、その変更には当該労働者の同意を要するも
のであること。
イ
第 2 条関係
(ア) 本条の対象となる有期労働契約は、
a 1 年以下の契約期間の労働契約が更新又は反復更新され、当該労働契約を締結した使用者との雇用
関係が初回の契約締結時から継続して通算 1 年を超える場合
b 1 年を超える契約期間の労働契約を締結している場合
であること。
(イ) なお、30 日未満の契約期間の労働契約の更新を繰り返して 1 年を超えた場合の雇止めに関して
は、30 日前までにその予告をするのが不可能な場合であっても、本条の趣旨に照らし、使用者は、で
きる限り速やかにその予告をしなければならないものであること。
ウ
第 3 条関係
「更新しないこととする理由」及び「更新しなかった理由」は、契約期間の満了とは別の理由を明示
189
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
することを要するものであること。
例えば、
(ア) 前回の契約更新時に、本契約を更新しないことが合意されていたため
(イ) 契約締結当初から、更新回数の上限を設けており、本契約は当該上限に係るものであるため
(ウ) 担当していた業務が終了・中止したため
(エ) 事業縮小のため
(オ) 業務を遂行する能力が十分ではないと認められるため
(カ) 職務命令に対する違反行為を行ったこと、無断欠勤をしたこと等勤務不良のため
等を明示することが考えられるものであること。
エ
第 4 条関係
本条における「労働契約の実態」とは、例えば、有期労働契約の反復更新を繰り返した後、雇止めを
した場合であっても、裁判において当該雇止めが有効とされる場合のように、業務の都合上、必然的
に労働契約の期間が一定の期間に限定され、それ以上の長期の期間では契約を締結できないような実
態を指すものであること。
(3)
ア
その他
有期労働契約の雇止めに関する裁判例を見ると、契約の形式が有期労働契約であっても、
・反復更新の実態や契約締結時の経緯等により、実質的には期間の定めのない契約と異ならないも
のと認められた事案
・実質的に期間の定めのない契約とは認められないものの契約更新についての労働者の期待が合理
的なものと認められた事案
・格別の意思表示や特段の支障がない限り当然更新されることを前提として契約が締結されている
と認められ、実質上雇用継続の特約が存在すると言い得る事案
があり、使用者は、こうした事案では解雇に関する法理の類推適用等により雇止めが認められなかっ
た事案も少なくないことに留意しつつ、法令及び雇止めに関する基準に定められた各事項を遵守すべ
きものであること。
イ
雇止めに関する基準は、有期労働契約の契約期間の満了に伴う雇止めの法的効力に影響を及ぼす
ものではないこと。
(4)
助言及び指導
行政官庁は、雇止めに関する基準に定める内容に反して労働契約の締結や雇止めがなされた場合にそ
の是正を求める等、雇止めに関する基準に関し、有期労働契約を締結する使用者に対し、法第 14 条第
3 項に基づき必要な助言及び指導を行うことができるものであること。
190
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
資料8(P150,172,175,179,180 関係)
本採用拒否事件
「三菱樹脂事件」最高裁大法廷判決昭 48.12.12
(事実の概要)
Yが実施した大学卒業者の社員採用試験に大学在学中に合格し、大学卒業と同時にYに 3 か月の試
用期間を設けて採用されたXが、採用試験の際に提出した身上書の所定の記載欄に虚偽の記載をし、
または記載すべき事項を秘匿し、面接試験における質問に対しても虚偽の回答をしたことを理由とし
て、試用期間の満了直前に本採用を拒否された。
(判決の要旨)
憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、22 条、29 条等において、
財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業
者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭
するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他によ
る特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定
の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とするこ
とはできないのである。
原判決は、Yの就業規則である見習試用取扱規則の各規定のほか、Yにおいて、大学卒業の新規採
用者を試用期間終了後に本採用しなかった事例はかつてなく、雇入れについて別段契約書の作成をす
ることもなく、ただ、本採用にあたり当人の氏名、職名、配属部署を記載した辞令を交付するにとど
めていたこと等の過去における慣行的実態に関して適法に確定した事実に基づいて、本件試用契約に
つき上記のような判断をしたものであって、右の判断は是認しえないものではない。
〈中略〉
し
たがって、Xに対する本件本採用の拒否は、留保解約権の行使、すなわち雇入れ後における解雇にあ
たり、これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。
ところで、本件雇傭契約においては、右のように、Yにおいて試用期間中にⅩが管理職要員として
不適格であると認めたときは解約できる旨の特約上の解約権が留保されているのであるが、このよう
な解約権の留保は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性
格、能力その他Yのいわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を
行ない、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最
終的決定を留保する趣旨でされるものと解されるのであって、今日における雇傭の実情にかんがみる
ときは、一定の合理的期間の限定の下にこのような留保約款を設けることも、合理性をもつものとし
てその効力を肯定することができるというべきである。それゆえ、右の留保解約権に基づく解雇は、
これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲に
おける解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない。
企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知るこ
とができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実
に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留
保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使
することができるが、その程度に至らない場合にはこれを行使することはできないと解すべきであ
る。
191
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立・変更
資料9(P161 以下
)
労働条件の明示及びその方法
明示すべき内容
通常
パート職
職員
員
◎
◎
◎
◎
◎
◎
賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期
◎
◎
昇給に関する事項(パート職員に対しては昇給の有無を付加)
△
○
◎
◎
△
○
臨時に支払われる賃金(退職手当を除く)、
△
□
賞与及び1か月を超える一定期間を算定基礎とする賃金(精勤手当、能
△
○
最低賃金額に関する事項
△
□
⑥
労働者に負担させるべき食費、作業用品その他
△
□
⑦
安全及び衛生に関する事項
△
□
⑧
職業訓練(教育訓練)に関する事項
△
□
⑨
災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
△
□
⑩
表彰及び制裁に関する事項
△
□
⑪
休職に関する事項
△
□
①
労働契約の期間に関する事項
①の 2 就業の場所及び従事すべき業務
②
始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休
日、休暇、労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時
転換に関する事項
③
④
退職に関する事項(解雇の事由を含む。
)
④の 2 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び
支払の方法、退職手当の支払の時期(パート職員に対しては退職手当
の有無を付加)
⑤
率手当等)
、(パート職員に対しては賞与の有無を付加)
通常職員 = パート以外の職員
パート職員 = 週所定勤務時間が通常職員の週所定勤務時間より短い者
◎=労基法 15 条 1 項の規定により文書交付の方法により明示しなければならない(労基法施行規則 5 条 2 項)。
○=パート労働法の規定(特定事項)により文書交付の方法等により明示しなければならない(パート労働法 6 条
1 項、同法施行規則 2 条 1 項)。
□=文書交付の方法等によるよう努力する(パート労働法 6 条 2 項)。
△=方法は指定しないが明示しなければならない(労基法施行規則 5 条 1 項)
。
その他=パートの場合、①週所定労働日以外の日の労働の有無、②所定労働時間を超えて、又は所定労働日以外の
日に労働させる程度などについても上記□の場合と同様に文書交付の方法等により明示するよう努める(平
19.10.1 基発 1001016 号)
192
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立
資料 10( P163,164,168,170,172 関係 ) 採用内定取消し事件
「大日本印刷事件」最高裁二小判決昭 54.7.20
「大日本印刷事件」最高裁二小判決昭 54.7.20
(1)事実のあらまし
一審原告側労働者X(被控訴人・被上告人)は、在籍大学の推薦を受けて、総合印刷を業とする一審
被告側使用者Y(控訴人・上告人)の求人募集に応じ、筆記試験と適性検査を受け、身上調書を提出し、
面接試験と身体検査を受け、その結果、文書で採用内定の通知を受けた。Xの在籍大学が求人募集に対
する学生の推薦に関し「二社制限、先決優先主義」を徹底していたので、X は、内定通知を受けた後、
大学の推薦で応募していた他社への応募を辞退した。
入社予定日の約 2 ヵ月前に、突如としてYからXに対し採用内定を取消す旨の通知があり、しかもそ
の理由も示されていなかった。Xは、取消通知のあった時期が遅かったため他の相当な企業への就職は
事実上不可能となり、他に就職することもなく、大学を卒業するに至った。
そこで、X は、Y の採用内定取消しは合理的理由を欠き無効である等主張して、従業員としての地
位確認等の訴えを提起した。
(2)判決の内容(労働者側勝訴)
内定取消しは無効とされた。
採用内定により、労働者が働くのは大学卒業直後とし、それまでの間に企業と学生が取り交わした誓
約書に記載されている採用内定取消事由があれば会社が解約することができることを約した労働契約
が成立したと認めるのが相当である。したがって、会社の採用内定取消しは、解約の事由が社会通念上
相当として是認することができるものである場合にのみ取消が可能である。
具体的には、「企業の留保解約権に基づく大学卒業予定者の採用内定の取消事由は、採用内定当時知
ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取
り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是
認することができるものに限られる。」としている。
これを本件についてみると、Xはグルーミー(陰気)な印象なので当初から不適格と思われたが、そ
れを打ち消す材料が出るかも知れないという理由で採用内定としておいたところ、そのような材料が出
なかったから採用内定を取消したというYの主張に対し「グルーミーな印象であることは当初からわか
っていたことであるから、Yとしては、その段階で調査を尽くせば、従業員の適格性の有無を判断する
ことができたのに、不適格と重いながら採用を内定し、その後右不適格性を打ち消す内容がでなかった
ので内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認する
ことができず、解約権の濫用というべき」として、採用内定取消しを無効とした。
(3)解
説
採用内定の通知を受けた学生は、他の企業への就職活動を停止するのが一般的である。その後に不当
に内定が取消されてしまうと、学生は新卒としての就職の機会を逸してしまうことになりかねない。こ
の採用内定取消しをめぐっては、採用内定がいかなる法的性質を有するかについて、多くの議論がなさ
れてきた。
この問題について、最高裁判決は、解約権留保・就労始期付労働契約が内定時に成立するとしている。
仕事を開始する時期を大学卒業直後とし、それまでの間に誓約書記載の採用内定取消し事由が発生した
場合には使用者が解約権を行使することができることとしている。採用内定当時知ることができず、こ
193
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第3節 労働契約の成立
れを理由として内定を取消すことが客観的に合理的と認められ社会通念上相当な場合に内定を取消す
ことができるとしている。
取消事由が「客観的に合理的で社会通念上相当」として是認できるか否かの判断に関する事件として、
「日立製作所事件」横浜地裁判決昭 49.6.19 では、在日朝鮮人であることを隠して応募書類の氏名・本
籍欄に虚偽を記入し採用された者が、入寮手続の際に在日朝鮮人であることを告げたために内定を取消
された事例で、裁判所は「提出書類の虚偽記入」という取消事由に関しその内容・程度が重大なもので
信義を欠くようなものでなければ内定を取消すことはできないと述べ、国籍を理由とする差別的取扱い
であるとし、当該採用内定取消しが無効との判決を下している。
これに対し「電電公社近畿電通局事件」最高裁二小判決昭 55.5.30 では、無届デモにより公安条例違
反等の現行犯として逮捕され起訴猶予処分を受けるなどの違法行為をしたことを理由とする採用取消
しを有効としているものもある。
194
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
第4節 労働契約の継続・展開
1.労働契約上の権利・義務
(1)概
要
労働契約を締結すると、労働者は使用者の指揮命令のもとにおいて労務を提供しなければならな
い(労務提供義務)。この使用者の指揮監督下における労務提供が「労働」の基本(必須要件)で
あって、労働者は使用者の指揮監督に従わなければならない義務を負っている。つまり、労働契約
には、労働者が使用者に対し指揮命令権を与えることの承認が含まれている。
裏返していえば、使用者は、労働契約によって指揮命令権が与えられている。具体的には、労働
者が行うべき労働の種類・場所時間帯・遂行方法などについて必要な指示及び監督を行う権限であ
る。
このような関係から、労働契約上労働者が負う義務には、①労務提供義務、②指揮命令に対する
服従義務、③企業秩序遵守義務、④守秘義務、⑤競業避止義務などがあると考えられる。このよう
な義務を明確にするためには、一般に就業規則に規定する必要がある。
使用者の義務としては、①安全配慮義務、②職場環境配慮義務などがある。これを図示すると、
次のようになる。
第 2-1-4-1 図 労働契約上の権利・義務
服
従
義
務
労務提供義務
(労働義務)
労働契約上の権利・義務
労働者の義務
職務専念義務
企業秩序遵守義務
守 秘 義 務
競業避止義務
転落・爆発防止
安全配慮義務
過重負荷・長時間労働に
よる健康障害防止
使用者の義務
セクハラ防止
職場環境配慮義務
パワハラ防止
その他のハラスメント防
以下、項を改めて、個別に記述することにする。
195
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
(2)労務提供義務(労働義務)
労働契約において労働義務の内容をあらかじめ詳しく特定しておくことは難しいので、一般的に
いえば、労働義務の内容を具体化し労働者を指揮命令する権限を使用者に認め、使用者の指揮命令
のもとで労働に従事する義務を労働者に課している、といえる。しかし、労働契約の本質はあくま
でも労働力の提供であるのだから、労働者の人格を支配したりプライバシーを侵害するなどの基本
的人権を侵すことは許されない、と解すべきである。したがって、労務指揮権も、業務上の必要性
及び社会的相当性の観点から制約を受ける。
1)誠実労務提供と職務専念義務
労働者は使用者の指揮監督のもとで労務を提供する義務(労働義務)を負っており、労務提供は、
契約法の一般原則により債務の本旨に従って(誠実に)現実になされなければならない(民法 493
条)。
では、どの程度職務に専念しなければならないのだろうか?
裁判例は、日本電信電話公社法34条2項の「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しな
ければならない」旨の規定に基づき、公社職員は「その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをそ
の職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味する」とするものがある
(「電電公社目黒電報電話局事件」最高裁三小判決昭 52.12.13-注)。しかし、労働者が職務以外の
ことは一切考えないというような高度な義務を課すことは現実的でなく、あくまでも合理的な注意
を払って職務を行えば労務提供義務(職務専念義務)は果たされると解すべきである(東大「注釈
労基法」上巻 P196)。
同判決は、現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とせずに職務専念義務
違反は成立するとも述べており、労働者にとって相当厳しい判決内容である。ただし、「大成観光
事件」では同判決の補足意見として伊藤正己裁判官は、職務専念義務は「労働者が労働契約に基づ
きその職務を誠実に履行しなければならないという義務」であって、リボンやプレート着用などの
組合活動が職務専念義務に違背するのは業務に支障をきたすからであると、次のように述べている。
(したがって、業務に支障をきたさないリボンやプレート着用などの組合活動は職務専念義務に違
背しない、とする。)
「労働者の職務専念義務を厳しく考えて、労働者は、肉体的であると精神的であるとを問わず、す
べての活動力を職務に集中し、就業時間中職務以外のことに一切注意力を向けてはならないとすれば、
労働者は、少なくとも就業時間中は使用者にいわば全人格的に従属することとなる。私は、職務専念
義務といわれるものも、労働者が労働契約に基づきその職務を誠実に履行しなければならないという
義務であつて、この義務と何ら支障なく両立し、使用者の業務を具体的に阻害することのない行動は、
必ずしも職務専念義務に違背するものではないと解する。」(「大成観光事件」最高裁三小判決昭
57.4.13 伊藤正己裁判官の補足意見)
⇒ 職務専念義務は、合理的な注意を払って職務を果たす義務であると解される。
(注意力のすべてを職務遂行のためのみに用いるという考え方は、現実的でない。)
196
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
民法
(弁済の提供の方法)
第 493 条
弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があら
かじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたこ
とを通知してその受領の催告をすれば足りる。
注.「電電公社目黒電報電話局事件」最高裁三小判決昭 52.12.13
「日本電信電話公社法34条2項は「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない」旨を
規定しているのであるが、これは職員がその勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い
職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定の違反が成立するためには現実に職務の
遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。」として「ベトナム侵
略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプラスチック製のプレートを着用して勤務し、公社就業規則の懲戒事
由に該当するとしてなされた懲戒戒告処分は適法とされた。
※公務員の場合
公務員の場合の職務専念義務は「勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用
い、政府(又は「当該地方公共団体」)がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。
」
(国公法 101 条 1 項、地公法 35 条)と定められており、職務専念義務の違反が成立するためには職
務上の阻害など実害の発生を要しない(しかし、現実的でないとの批判もある。
)
。
2)誠実労務提供義務と私用メール
勤務時間中に会社のネツトワークを用いて私用メールの受発信やウエブサイトの閲覧などを行
う行為は、誠実労務提供義務に反する。通常はそれほど問題となることはないが、会社や経営陣を
批判・中傷するメールが濫発されたりすると問題となる。
イ 職務専念義務との関係
裁判例では、「私用メールは、送信者が文書を考え作成し送信することにより、送信者がその
間職務専念義務に違反し、かつ、私用で会社の施設を使用する企業秩序違反行為を行うことにな
ることはもちろん、受信者の就労を阻害することにもなる。」と、職務専念義務違反・企業秩序
違反行為となるとし、社内において社員同士がこれを繰返すと「自分が職務専念義務等に違反す
るだけでなく、受信者に返事の文書を考え作成し送信させることにより、送信者にその間職務専
念義務に違反し、私用で会社の施設を使用させるという企業秩序違反行為を行わせるものである。
このような行為は、Y会社の就業規則の懲戒事由に該当し、懲戒処分の対象となり得る」として
いる(「日経クイック情報事件」東京地裁判決平 14.2.26)。
リボン・バッチ等着用の場合は労働自体は遂行されているのに誠実労務提供義務違反を問われ
ること(「電電公社目黒電報電話局事件」最高裁三小判決昭 52.12.13、「大成観光事件」最高裁
三小判決昭 57.4.13)をかんがみると、メール発信行為はその作業中職務を行わないこととなる
ため一層誠実労務提供義務違反となる評価を免れない。ただし、労働者も社会生活を営む市民で
あるから、日常生活を営む上で必要な範囲内で行う私用メールをすべて誠実労務提供義務違反と
して取扱うのは行過ぎとされる。
では、どの程度の私用メールであれば誠実労務提供義務違反とならないのであろうか?
197
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
まず、私的電話の使用については、日常の社会生活を営む上で通常外部と連絡をとる受発信は、
職務遂行の妨げにならず会社の経済的負担も軽微な場合には社会通念上許容される。そして、電
子メールの場合も私用電話制限の問題とほぼ同様に考えることができる(注1)。裁判例として、
就業規則上私用メールが禁じられていなかったこと,労働者の送受信したメールが1日あたり2
通程度であったことから,職務専念義務違反にあたらないと判断している例もある(「グレイワ
ールドワイド事件」東京地裁判決平15.9.22-注2)。
注 1.「F社Z事業部(電子メール)事件」東京地裁判決平 13.12.3
「勤労者として社会生活を送る以上、日常の社会生活を営む上で通常必要な外部との連絡の着信
先として会社の電話装置を用いることが許容されるのはもちろんのこと、さらに、会社における職
務の遂行の妨げとならず、会社の経済的負担も極めて軽微な場合には、これらの外部からの連絡に
適宜即応するために必要かつ合理的な限度の範囲内において、会社の電話装置を発信に用いること
も社会通念上許容されていると解するべき」とし、「会社のネットワークシステムを用いた電子メ
ールの私的使用に関する問題は、通常の電話装置におけるいわゆる私用電話の制限の問題とほぼ同
様に考えることができる。」と判示した。
注 2.「グレイワールドワイド(電子メール)事件」東京地裁判決平 15.9.22
Xは米国系のY会社に 22 年にわたって勤務していたが, 機密漏洩への処分を決定するとして無
期限の出勤停止を命じられ, その 3 カ月あまり後に解雇された。Yは解雇の理由として, ①職務命
令違反, ②就業時間中の私用メール, ③私用メールにおける上司の誹謗中傷, ④人事情報の漏洩,
⑤海外の親会社等への文書送付(本人名義), ⑥他の従業員の転職あっせん, ⑦事情聴取における不
適切な態度, ⑧海外の親会社等への文書送付(組合名義), があったと主張したが, 裁判所では,②
および⑥のみが認められ, かつ, 後者の背信性の程度は低いとして, 解雇権の濫用に当たると判断
された。
会社から貸与されたパソコンを使用して、20 日間に私用メール 49 通を送受信し, うち 39 通は
就業時間内であり、送信のほうが多くて 49 通のうち 35 通, 受信が 14 通であった。会社は,職務
専念義務に違反すると主張したが裁判所は認めなかった。
一般に、使用者が就業時間中の私用メールを明確に禁止しておらず、 私用メールの頻度もは
1 日当たり 2 通程度で,それによって職務遂行に支障をきたしたとか,会社に過度の経済的負担
をかけたということがなければ、社会通念上相当の範囲にとどまると判断されよう。
ロ 誹謗中傷の問題
前述「グレイワールドワイド(電子メール)事件」では、人事についての不満や上司に対する
批判を 「アホバカCEO」」
「気違いに刃物(権力)
」などの不穏当な言葉で書き, 取引先や競合会社
の従業員を含む友人らに送信したことが問題とされた。判決は, 直ちに職務専念義務違反にはな
らないにしても, 対外的信用を害しかねない行為であり, 労働者としての誠実義務の観点から
不適切である, したがって、就業規則の「その他, 前各号に準ずるやむを得ない事由のあるとき」
という普通解雇事由に当たる, と判断している(ただし、背信性の程度が低いこと、本人は解雇
時まで約22年間にわたりG社のもとで勤務し、その間特段の非違行為もなく、むしろ良好な勤務
実績を挙げてG社に貢献してきたことを併せ考慮すると、本件解雇が客観的合理性及び社会的相
当性を備えているとは評価しがたいとして、解雇は無効であるとした。)
198
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
⇒ 社内のネットワークシステムを利用して会社の人事や経営批判のメールを発信する行為は、誠実義務違反と
して解雇事由に当たると解される。
ハ 社内メールチェックとプライバシー保護との関係
社員が勤務時間中に私用メールを受発信していたとしても、ネットワーク上で交信される内容
をチェックしなければ当該行為を発見できない。使用者は電子メールの中味を見てもよいのか、
会社の機器を利用している以上, 労働者のプライバシーは保護されないのか、という問題がある。
一般論として、ある目的で社内メールを監視することと、社員のプライバシー保護との関係につい
て、前述「F社Z事業部(電子メール)事件」では「社内ネットワークシステムを用いた電子メール
の送受信については、一定の範囲でその通信内容等が社内ネットワークシステムのサーバーコンピュ
ーターや端末内に記録されるものであること、社内ネットワークシステムには当該会社の管理者が存
在し、ネットワーク全体を適宜監視しながら保守を行っているのが通常であることに照らすと、利用
者において、通常の電話装置の場合と全く同程度のプライバシー保護を期待することはできず、当該
システムの具体的状況に応じた合理的な範囲での保護を期待し得るにとどまるものというべきであ
る。」と、社内ネットワークシステムの性質上通常の電話装置の場合と全く同程度のプライバシー保
護を期待することはできないとしている。
そして「合理的な範囲」とは「通常の電話装置における場合よりも相当程度低減されることを甘受
すべきであり、職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視
した場合、あるいは、責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くない
のに専ら個人的な好奇心等から監視した場合あるいは社内の管理部署その他の社内の第三者に対し
て監視の事実を秘匿したまま個人の恣意に基づく手段方法により監視した場合など、監視の目的、手
段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な
範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害となると解するのが相当である。」
としている。
⇒ 結論的にいえば、個人の好奇心や従業員に秘匿して行うのではなく、会社がシステム管理・従業員の職務規
律維持・機密保持などの目的で監視することがある旨を周知した上でメールの交信をチェックすることは、ブラ
イバシー権の侵害に当たらないといってよい。
3)労務提供義務と労働者の就労請求権
労働者が使用者に対して就業させることを請求する権利(就労請求権)をもつのかという問題
がある。
一般的には、労働者には労働義務があるが「労働する権利」があるわけでなく、使用者は賃金を
支払うかぎり提供された労働を使用するかどうかは自由であって、労働受領義務はないと考えられ
る(菅野「労働法」P72)。
裁判例では、解雇された見習い社員が解雇無効、賃金支払い、就労妨害排除請求を求めた事件で、
解雇無効、賃金支払いの請求は認めたが、就労妨害排除請求については、「労働者の就労請求権に
ついて労働契約等に特別の定めがある場合又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の
合理的な利益を有する場合を除いて、一般的には労働者は就労請求権を有するものでないと解する
のを相当とする。」として就労請求権を認めなかったものがある(「読売新聞社事件」東京高裁決
199
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第4節 労働契約の継続・展開
定昭 33.8.2 )。
しかし、調理人(コック)として採用されたXが同系列の他店で働くよう指示され、これを拒否
したため解雇された事件では、就労請求権について「労働契約等に特別の定めがある場合又は業務
の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合はこれを肯認するのが相
当である。」と一般的基準を判示し、「調理人としての技量はたとえ少時でも職場を離れると著し
く低下するものであることが認められるから、Xは業務の性質上労務の提供につき特別の合理的な
利益を有する者と言って差支えなく、XはYに対し就労請求権を有するものと考える。」と、もと
の店で就労する権利を認めたものがある(「レストラン・スイス事件」名古屋地裁決定昭 45.9.7)
。
⇒ 労働者の就労請求権は、特約がある場合や業務の性質上合理的な利益がある場合でなければ、一般的に
は認められない(ただし、不就労を命じた期間について使用者に賃金支払い義務がある。)。
4)調査協力義務
労働者の非違行為の調査や企業秩序維持の目的で、使用者が本人又は同僚その他の労働者に事情
聴取や調査を行う場合がある。
このような調査・事情聴取に労働者は応じる義務があるのだろうか?
まず、労働者本人の労働義務違反に関する調査であれば、労働者本人は労務提供義務の一環とし
て調査協力義務があると解される(注)。
注.「ダイハツ工業事件」最高裁判決昭 58.9.16
Y社の工員であったXは、日米間の沖縄返還協定をめぐるデモに参加し、凶器準備集合等の嫌疑で現行犯逮
捕・勾留され、その間Y社を欠勤した。その後Xは出勤したが、Y社が事情聴取のために命じた労務課への出
頭を無視し、従前の職場で作業を行い続けたことからXに自宅待機を命じた事件で、Xのその後の過激な行動
によりなされた懲戒解雇を有効としている。
これに対し、他の労働者に関する調査については、調査協力義務の範囲は限定される。
「富士重工業事件」最高裁三小判決昭 52.12.13 では、①労働者が他の労働者に対する指導・監
督や企業秩序の維持を職責とし、調査に協力することを職務内容とする場合は、調査への協力は「労
働契約上の基本的義務である労務提供義務の履行そのものであるから、右調査に協力すべき義務を
負う」が、それ以外の労働者の場合は「企業の一般的支配に服するものでない」から、②調査対象
である違反行為の性質・内容・当該労働者の違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適切
な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、労働者が「調査に協力することが労務提供
義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められ」る場合に限って調査協力義務を負う、とし
ている(注)(土田「労契法」P92~P93)。
注.「富士重工業事件」最高裁三小判決昭 52.12.13
Aらが、就業時間中上司に無断で職場を離脱し、原水爆禁止運動の署名を求めたり、同運動の資金調達のた
めにハンカチの作成を依頼したりこれを販売したりするなど就業規則に違反する行為をしたとして会社が事
実関係の調査に乗り出し、労働者Xに対して、事情聴取を行ったところXは一部の質問に対する回答を拒否し
たためXを譴責処分とした。
Xは、これを不服として提訴したものである。
判決は、労働者が、いつ、いかなる場合にも、当然に、企業の行う右調査に協力すべき義務を負っているも
200
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
のと解することはできない、と次のように述べている。
「企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであり、企業は、この企業
秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもって一般的に定め、あるいは具体的に労働者に指示、
命令することができ、また、企業秩序に違反する行為があった場合には、その違反行為の内容、態様、程度等
を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は違反者に対し制裁として
懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができることは、当然のことといわなければならない。しか
しながら、企業が右のように企業秩序違反事件について調査をすることができるということから直ちに、労働
者が、これに対応して、いつ、いかなる場合にも、当然に、企業の行う右調査に協力すべき義務を負っている
ものと解することはできない。けだし、労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによって、企業
に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負うが、企業の一
般的な支配に服するものということはできないからである。」
そして、「調査に協力することがその職務の内容となっている場合には、右調査に協力することは労働契約
上の基本的義務の履行そのものであるから、右調査に協力すべき義務を負う」が、これ以外の場合には、「調
査対象である違反行為の性質、内容(中略)等諸般の事情から総合的に判断して、右調査に協力することが労
務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められない限り、右調査協力義務を負うことはない」と
判示した。
⇒ 一般に、管理職や保安課員の場合は調査協力義務があるが、同僚等については特別の事情がある場合で
なければ強制することできない。
(3)労務指揮権と服従義務
1)労務指揮権
労務指揮権(指揮命令権)は労働契約上の使用者の基本的権利であるが,企業人事の実務では,
「人事権」や「業務命令権」が多用される。また裁判例も業務命令概念を認め,これを「使用者が
業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令」と定義している(「電電公社帯広局事件」最
高裁一小判決昭 61.3.13)。一般的には、労務指揮権は、①日常業務遂行上の具体的指示としての
「業務命令権」、②労働力の有効活用するための「人事権」
(配置・昇進など)を含む概念であると
考えられる。
イ 意義・機能
労務指揮権は,労働契約締結時には抽象的内容にとどまる労働義務を具体化し,労働義務の適
正な履行を確保するために欠かせない法的手段であり,労働契約の不可欠の要素である。また労
働契約は,労働の他人決定嘲を特質とする契約であるから,労務指揮権は労働契約に独自の権利
ということができる。具体的には,労働の態様・方法・密度等を決定・規律する日常的な労働の
命令や,同一企業内で職種・勤務場所を変更する配転命令・降格命令が労務指揮権の内容である。
一方,労務指揮権は,あくまで労働契約の予定する範囲内で労働義務内容を決定する権利にと
どまり,労働契約そのものを変更できる権利ではない。この点,出向や時間外・休日労働は,労
働契約において本来予定された措置ではなく,契約そのものの変更を意味することから,労務指
揮権の対家とはならず,これら措置に関する命令権(出向命令権,時間外・休日労働命令権)は,
労務指揮権とは区別して考えなければならない。また,労務指揮権は賃金の領域には及ばないこ
とから,基本給の減額を伴う降格(資格の引下げ)も,労務指揮権の対象とならない。さらに,
201
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
企業秩序の規律に関する命令も,労務指揮権とは別の権利(企業秩序権)として論じるべきであ
る(土田「労契法」P97~98)。
ロ 法的根拠・性質
労務指揮権は,労働義務内容を使用者の裁量(判断)のみで一方的に決定・変更する機能を有
し、行使されれば直ちに契約内容(労働義務内容)の変更という効果を生じさせる権利であり,
その法的性質は形成権である。したがって、また,労務指揮権に基づく個々の命令も事実行為で
はなく,法律行為たる意思表示を意味する。この結果,労働者は,個々の命令の効力それ自体を
訴訟において争うことができる。たとえば配転命令については,配転命令の無効確認請求訴訟や,
同請求を被保全権利とする配転命令の効力停止の仮処分の申立てが可能であるが,これは,配転
命令権(労務指揮権)が形成権たる性格を有するからである。出向命令権や休職命令権について
も同じことがいえる(土田「労契法」P98)。
ハ 労務指揮権の限界
労務指揮権は,労働義務内容を異体化する権利であるから,その限界は,労働義務の限界と一
致する。すなわち労務指揮権は,法令,労働協約,就業規則,労働契約,労使慣行によって限界
を画され,その範囲内においてのみ行使できるものである。判例も,業務命令(権)の限界に関
し,「労働者が当該労働契約によってその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによって
定ま」り,
「当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰する」と述べている(「エフ・エフ・シー事
件」東京地裁判決平 16.9.1)。
実際には,就業規則において労務指揮権を確認する規定が設けられることから,労務指揮権は
広範に及ぶことになるが、労務指揮権が広く肯定されること自体は,労働契約というものの性格
上当然である。しかし、同時に,労働契約も契約である以上労働者が労働契約によって保持して
いる利益を保護し,労使間の利益調整を行うことも重要であり,これが労働条件対等決定の原則
(労基法 2 条 1 項)であり、労務指揮権は以下のような規制に服する。
① 労働契約において労働義務内容が特定的に合意されていれば,労務指揮権は排除され,合
意による決定が優先する(労契法 7 条ただし書)。
② 労務指揮権が認められる場合も,権利濫用の規制が及ぶ(労契法 3 条 5 項)。
2)業務命令権と服従義務 ⇒ 服従義務の根拠は労働契約にあるとした
使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示・命令は、「業務指揮」、「業務命令」などと
呼ばれている。業務命令違反に対しては、通常、懲戒処分がなされることになる(懲戒については、
第7章第3節(第7回(11 月)を予定)で詳述する。)。
使用者が業務命令を発し得る根拠は労働契約に求められ、労働契約によって自己の労働力の処分
を許諾した合理的範囲内で使用者に業務命令件が認められる(下記「電電公社帯広局事件」最高裁
一小判決昭 61.3.13 資料11 243 ページ参照)。
しかし、当該事項の性格や業務上の必要性などからみて合理的限度を超える業務命令、あるいは
人格的利益を不当に侵害する業務命令などは、労働者の許諾の範囲外であるとして拘束力を否定さ
れるべきであり、判例も大方これを支持している。
具体的に、使用者の権限が制限された事例を次のとおり掲げる。
①
日常携帯品以外の持ち込みが禁止されている工場で、守衛が所持品検査を行うためには携帯
物の形状、数量等の状況から見て持ち込みが禁止されているものを所持していると疑うに足り
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
る相当な事由がなければならないとされた(所持品検査は思想・信条の調査につながるおそれ
もあるとされた。)(
「神戸製鋼所事件」大阪高裁判決昭 50.3.12)。
②
ハイヤー運転手が口ひげをはやすことが身だしなみ規定に違反するかという点に関し、身だ
しなみ規定で禁止するヒゲは「無精ひげ」、
「異様・奇異なひげ」を指し、格別不快感を生じさ
せない口ひげはこれに当たらないとされた(「イースタン・エアポートモータース事件」東京
地裁判決昭 55.12.15)。
③
企業が、労働者の髪の色・型・容姿・服装などについて制限する場合には、事業運営上必要
かつ合理的な限度に止まるよう特段の配慮を必要とし、トラックの運転手が茶髪を改めるよう
にとの命令に従わなかったとして諭旨解雇されたことは、無効とされた(「㈱東谷山家事件」
福岡地裁小倉支部決定平 9.12.25)。
⇒ 業務命令は、当該事項の性格や業務上の必要性などからみて合理的なものでなければ強制力をもた
ない。
3)自宅待機命令
イ 業務命令としての自宅待機(自宅謹慎)
懲戒処分としての出動停止とは別に、普通解雇や懲戒解雇の前置措置として労働者を処分する
か否かにつき調査または審議決定するまでの間、職場への悪影響を防ぐために従業員を出社(業
務従事)させない措置(自宅待機命令)をとることがある。具体的には、①業務命令として自宅
待機を命じる場合と、②使用者が労働者の労務提供の受領を拒否する場合、に分けられ、いずれ
の場合にせよ、労務指揮権の行使として当然に行えるものである。したがって、就業規則上の根
拠規定は不要と解される。
たとえば、横領行為に関する調査・検討期間中、本人が出社していたのでは調査への支障もあ
るため、業務上自宅待機の必要性があると解される。また、労務提供の受領拒否と解される場合
も、処分対象行為がごく軽微であるのに、ことさら長期間自宅待機を命じるなどといった場合に
は、権利濫用や信義則違反などが問題となる余地があるが、特段の事情のない限り、調査・検討
に必要な相当期間、自宅待機をさせることができる。
ただし、労務指揮権に基づく自宅待機命令は懲戒処分としての出勤停止とは異なるから、原則
的には賃金は全額支払わなければならないものである。自宅待機を命じることができるかどうか
という問題と賃金を支払わなくてよいのかどうかは、別の問題である。
ロ 自宅待機と賃金支払い義務
①の業務命令として自宅待機を命じる場合は、労働者に労務提供の用意があるの業務命令に従
って自宅に待機しているわけであるから、賃金を支払う必要があるのは当然である。労働者とし
ては自宅待機という業務命令に従って労務を履行しているともいえる。
②の労務提供受領拒否の場合は、使用者側の都合で労務の受領を拒否されて労働者は債務の履
行(労務提供)ができなくなったわけであるから、民法 536 条 2 項「債権者の責めに帰すべき事
由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失
わない。」とする規定当てはめると、労働者は反対給付である賃金請求権を失わないと解される。
もっとも、民法 536 条 2 項は任意規定であるから、就業規則に民法と異なる規定があれば就業規
則が優先するが、強行法規である労基法 26 条によって60%の支給義務は免れない。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
次に、使用者が右支払い義務を免れるためには、労働者を就労させないことにつき、「不正行
為の再発、証拠湮滅のおそれなどの緊急かつ合理的な理由が存するか又はこれを実質的な出勤停
止処分に転化させる懲戒規定上の根拠が存在することを要する」とされる(「日通名古屋製鉄作
業(自宅謹慎)事件」名古屋地裁判決平 3.7.22)。
⇒ 自宅待機を命じて賃金支払い義務を免れるのは、①不正行為の再発、証拠湮滅のおそれなどの緊急かつ
合理的な理由が存する場合、②自宅待機を実質的な出勤停止処分に転化させる懲戒規定上の根拠、が存在
することを要する。
4)健康診断受診命令
たとえば、法令に基づいて使用者に実施義務がある健康診断については、事業者が行なう健康診
断を受ける義務が労働者にあり(安衛法 4 条・66 条 5 項)
、集団感染のおそれがある病気にかかわ
る場合には労働者は健康診断受診義務を負うものとされる(胸部エックス線検査を拒否した労働者
に対する懲戒処分は適法とされた(「愛知県教育委員会(胸部X線検査拒否)事件」名古屋高裁判
決平 9.7.25・最高裁一小判決平 13.4.26-注 1)。
法定外の健康診断については、①就業規則に規定があること、②内容と方法が合理的であること、
を要件に、必要のある者に対して指定した病院で受診を義務づけることができるとされる(山川「雇
用法」P216、
「電電公社帯広局事件」最高裁一小判決昭 61.3.13、資料11(243 ページ)参照)
。
注 1.「愛知県教育委員会(胸部X線検査拒否)事件」名古屋高裁判決平 9.7.25
公立中学校の教師が放射線暴露の危険性を理由にエックス線検査を拒否して、地方公務員法違反
で減給の懲戒処分を受けたのに対して、右処分を違法として懲戒処分の取消しを求めていたケース
の控訴審の事例(原審は請求を認めていたが高裁は原判決を取り消し、原告の請求を棄却。最高裁
も高裁判決を支持。)
定期健康診断において胸部エックス線検査を実施することについては、肺結核罹患の早期発見の
見地からその医学的有用性が依然と存在するところ、エックス線暴露による人体への影響は零では
ないとしても、ほとんど考慮するまでもないとされていることが認められる。
安衛法 66 条 5 項ただし書は、受診者が他の医師による健康診断結果を証明する書面を提出しさ
えすれば、受診義務は免除されることとされているが、そのことは、受診義務を否定する根拠たり
えないし、結核予防法及び安衛法にはそのような定めは存在しない。
集団感染を防止するために、結核感染の有無についてのエックス線検査は不必要とは認められず、
本件において、被控訴人は本件エックス線検査を受検するよう命じた近藤校長の職務命令に従うべ
き職務上の義務があったというべきである(労働者側敗訴)。
注 2.「電電公社帯広局(精密検査受診命令)事件」最一小判昭 61.3.13
就業規則が労働者に対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めていると
きは、そのような就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて当該具体的労働契約の
内容をなしているものということができるから、就業規則の規定に基づいて発せられた頚肩腕症候
群総合精密検診の受診を命じた業務命令は適法であり、これに従わなかったこと及び職場離脱は懲
戒事由に該当し適法である。
⇒ 集団感染を防止するために、使用者は、結核感染の有無についてのエックス線検査を受検するよう命じるこ
とができる。
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
(4)企業秩序遵守義務
労働契約に付随して労働者に生じる義務に、企業のもつ懲戒権のもとでその秩序を遵守すべき企
業秩序遵守義務(誠実義務)がある。場合によっては勤務時間外や企業外においても使用者の利益
を不当に害してはならないと解される(注 1)。
このように、判例はきわめて広範な企業秩序遵守義務を認め、その違反に対し、使用者は規則の
定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができることとされている(注 2)。
注 1.「関西電力事件」最高裁一小判決昭 58.09.08
就業時間外に会社社宅で組合の機関決定を経ていないビラ配布を行った従業員が、右ビラの内容
が事実に基づかず会社を中傷誹謗するものであり就業規則所定の懲戒事由に該当するとして譴責処
分に付された事例につき「ビラの内容が大部分事実に基づかず、又は事実を誇張歪曲して被上告会
社を非難攻撃し、全体としてこれを中傷誹謗するものであり、右ビラの配布により労働者の会社に
対する不信感を醸成して企業秩序を乱し、又はそのおそれがあった」として、懲戒処分を有効と判
示した。
注 2.富士重工業事件最高裁三小判決昭 52.12.13
同僚の組合活動に関し会社が行う調査に協力しなかったとして懲戒処分を受けたことを不服とす
る裁判において、
「労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによつて、企業に対し、労
務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負うが、企業の一
般的な支配に服するものということはできない」として、
「右調査に協力することがその職務の内容
となつている場合には、右調査に協力することは労働契約上の基本的義務である労務提供義務の履
行そのものであるから、右調査に協力すべき義務を負うものといわなければならないが、右以外の
場合には、・・・右調査協力義務を負うことはないものと解するのが、相当である。」として懲戒処
分を無効と判示した。
(5)守秘義務
1)概
要
職務上知り得た企業秘密を守る義務を守秘義務という。
国家公務員の場合は在職期間のみならず退職後にも守秘義務を課せられている(国公法 100 条 1
項)が、民間においては労働契約の終了によって消滅すると一般に解されている。ただし、不正競
争防止法上の守秘義務は労働契約の存否とは関係なく継続するが、それを超える労働契約上の守秘
義務を同列に論じることはできない(東大「注釈労基法」P200)
(「不正競争防止法」の営業秘密に
ついては後述する。)。
会社の3か年計画を知った労組役員が外部の検討会において資料として配付したとして懲戒解
雇された事件で、東京高裁は「労働者は労働契約にもとづく附随的義務として、信義則上、使用者
の利益をことさらに害するような行為を避けるべき責務を負うが、その一つとして使用者の業務上
の秘密を洩らさないとの義務を負うものと解せられる。」と、守秘義務は労働契約に付随する信義
則上の義務であると判示している(「古河鉱業足尾製作所事件」東京高裁判決昭 55.2.18)。
では、従業員は雇用先の企業に対しどの程度の守秘義務を負うのであろうか。
判例では、「善良なる管理者の注意を用い、誠実にこれを行うべき雇用契約上の義務を負う」と
するものがある(注)。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
注.美濃窯業事件(名古屋地裁昭和 61 年 9 月 29 日判決)
「右雇用契約存続中においては、Y(プラント主任)はX会社に対し、労務を提供するに当たり、
善良なる管理者の注意を用い、誠実にこれを行うべき雇用契約上の義務を負うことは当然のことで
あるから、Xの承認を得ないでX以外の業務に従事したり、Xの不利益になる事項及び業務上の機
密を漏洩したり、職務を利用して私利を謀ったりなどをしてはならない義務をXはYに対し負って
いたものというべきである。」
2)退職後も守秘義務があるのか
退職後も『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程、価格等に関わる事
項』については一切他に漏らさないこと。」という誓約書を提出していたYが、X社を懲戒解雇さ
れた後同業他社に再就職し、X社の顧客名簿に基づいて重点的に営業を行った事例につき、
「労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は、その秘密の性質・範囲、
価値、当事者(労働者)の退職前の地位に照らし、合理性が認められるときは、公序良俗に反せず
無効とはいえないと解するのが相当である。」とし、本件誓約書の秘密保持義務は、(1)「秘密」の
範囲が無限定であるとはいえないこと、(2)当該「秘密」を自由に開示・使用されれば、容易に競
業他社の利益またはX会社の不利益を生じさせ、X会社の存立にも関わりかねないこと、(3)Yは、
営業の最前線におり、顧客に関する事項を熟知し、その利用方法・重要性を十分認識しており秘密
保持を義務付けられてもやむを得ない地位にあったとの事情を認定した上で、「本件誓約書の定め
る秘密保持義務は、合理性を有するものと認められ、公序良俗に反せず無効とはいえないと解する
のが相当である」と判示した裁判例がある(「ダイオーズサービシーズ事件」東京地裁判決平
14.8.30-P244 ページに資料12事件概要を記載)。
※公務員の守秘義務
「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同
様とする。
」(国公法 100 条 1 項)と、在職期間のみならず退職後にも守秘義務を課している。
※民間における守秘義務
退職後後も一定の範囲で守秘義務を課すことは、その秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前
の地位に照らし合理性が認められるときは肯定される。ただし、誓約書の提出等退職時の個別合意
が必要である。
(公務員は法律の強制力により退職後の守秘義務を規定しているが、民間の契約社会では内容の合
理性・労使の明確な合意が問われることになる。)
3)不正競争防止法の「営業秘密」保護
不正競争防止法は、労働者が営業秘密(注)を在職中及び退職後に不正に使用・開示した場合に、
使用者は差し止め請求、損害賠償請求をすることができるとされており、また裁判所は訴訟におい
て一定の疎明があったときは機密保持命令を出すことができる旨定めている(不正競争防止法 3
条、4 条、10 条)。
したがって、生産方法・販売方法などの情報が「秘密」として指定され管理されている場合には、
「不正利益又は加害の目的」でという制約付きであるが、労働者は退職後においても当然に(就業
規則の定めや退職時の「誓約書」等の特約がなくても)秘密保持義務を負うことになる。
注.「営業秘密」とは
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第4節 労働契約の継続・展開
秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、
公然と知られていないものをいう。
これに対し労働契約に基づく秘密保持義務は、労使の合意又は合理的と認められる就業規則の定
めが存することを要するものであるが、秘密として管理されていないもの、使用者から示されたも
のではないものを含むことも可能である。また、不正競争の目的でなくても、秘密の使用・開示に
よって労働者の義務違反があつたことになる(下井「労働法」P113)
。
(6)競業避止義務
1)概
要
労働者が退職後後にライバル会社に就職しない義務を負うこと、あるいは同様の業務を行わない
義務を負うことを「競業避止義務」という。この競業避止義務については、在職中及び退職後を問
わず現行法上明文の規定はなく、在職中の競業避止義務は、一般的に労働契約上の付随義務として
の使用者に対する忠実義務・誠実義務の一つとして位置づけられている。
退職前の労働契約上の競業避止義務が退職後にも存続するかどうかという点に関しては、判例上
も学説上も争いがあり、競業避止義務を認める裁判例・学説においても「一定の範囲内」での義務
を認めるにとどまっている。したがって、退職後の労働者に労働契約上の競業避止義務を当然負わ
せるということはできず、通説及び判決例のほとんどが退職後の競業避止義務を課す根拠として明
確な合意あるいは就業規則での規定が必要だとしている。ただ、競業避止義務が憲法上認められて
いる労働者の職業選択・労働の自由を直接的に制限するということや一般的には経済的弱者である
労働者の地位を考慮すると、使用者の利益との合理的な調整が必要だと解される。合理性がない場
合には公序良俗違反で無効とされる場合がある(注)。
注.「中部機械製作所事件」金沢地裁判決昭 43.3.27
「習得した業務上の知識、経験、技術は労働者の人格的財産の一部をなすもので、これを退職後にどのよう
に生かして利用していくかは各人の自由に属し、特約もなしにこの自由を拘束することはできない。」
下井 隆史教授は、判例では一般に、退職後の労働者の競業避止義務は容易に認められない考え
方がとられていると指摘し、就業規則に定める程度ではもちろん、「誓約書」の形式をとる労使合
意による競業避止義務の特約も「合理的な限定解釈が加えられてのみ効力が認められるべきもので
ある。」と、次のように使用者にとって厳しい見解を述べられている。
「判例では一般に、退職後の労働者の競業避止義務を容易に認めない考え方がとられている。それ
は支持されるべきことであろう。労働者は退職後も競業避止義務を負うとする就業規則の定めはもち
ろん、「誓約書」の形態をとることが多い労使合意による競業避止の特約も、合理的な限定解釈を加
えられてのみ効力が認められるべきものである。退職後の競業避止義務は労働者が雇用関係のなかで
獲得した職業能力の発揮という性格を有するから、それを制約する就業規則の定めや特約は限定され
た範囲においてのみ効力が認められるものにしておく必要がある。とくに退職後の競業行為の差止め
は、より厳しい要件をみたさなければならないと考えられる。」
(下井「労働法」P111)
2)退職後も競業避止義務があるのか
下記「ダイオーズサービシーズ事件」では、退職後も「事情があって貴社を退職した後、理由の
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
いかんにかかわらず2年間は在職時に担当したことのある営業地域(都道府県)並びにその隣接地
域(都道府県)に在する同業他社(支店、営業所を含む)に就職をして、あるいは同地域にて同業
の事業を起こして、貴社の顧客に対して営業活動を行ったり、代替したりしないこと。」という誓
約書を提出していたYが、X社を懲戒解雇された後同業他社に再就職した事例につき、
① 本件での秘密保持義務は合理性を有すること
② 期間が比較的短く、区域が限定されていること
③ 禁じられる職種はX社と同じ事業であって、当該事業においては新規開拓には相応の費用を
要するという事情があること
④ X社には利益がある一方、Yの不利益については禁じられているのは顧客収奪行為でありそ
れ以外は禁じられていないこと
を認定した上で、
「本件誓約書の定める競業避止義務は、退職後の競業避止義務を定めるものとして合理的な制限の
範囲にとどまっていると認められるから、公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当であ
る。」と判示し、Yの行為は、本件誓約書の定める競業避止義務(債務)違反という債務不履行に該
当するとしている。
(7)公務員の職務専念義務免除
公務員は、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府又は地
方公共団体の職務にのみ従事しなければならないという、いわゆる「職務専念義務」が規定されて
いる(国公法 101 条、地公法 35 条)。ただし、これには「法律又は命令(条例)の定める場合を除
いて」という例外があり、この例外を「職専免」と呼んでいる。
国公法
(職務に専念する義務)
第 101 条
職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のす
べてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。
職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、官職を兼ねてはならない。職員は、官職を兼ねる場
合においても、それに対して給与を受けてはならない。
第2項 略
イ 職専免の態様
国家公務員の「職専免」の概念は相当幅広いもので、休暇(年次休暇、病気休暇、特別休暇及
び介護休暇)のほか、法令の規定による就業禁止・就業制限期間、健康保持・向上のための期間、
妊婦保護の期間、兼業許可により勤務免除される期間、組合活動としての交渉時間などがあり、
詳細は第 2-1-3 図(1)~(10)のとおりである(「公務員の勤務時間・休暇法詳解」 P279~282)。
また、勤務免除の効果が、本人の請求に対する「承認」によって生じるもの(同図(1) (4) (5) (6)
(7))、「許可」により生じるもの(同図(9))、法律上当然に生じるもの(同図(10))、職権の発動
により生じるもの(同図(2))、などさまざまである。給与面からみると有給のものが多いものの、
無給である場合もある(同図(9))。
ロ 職専免の根拠
「職専免」の根拠は国公法 101 条 1 項の「職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、そ
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
の勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有す
る職務にのみ従事しなければならない。」という規定にあり、
「法律又は命令で定める場合」とし
て、次のようなものがある。
第 2-1-4-2 図 国家公務員の職務専念免除
内
休暇
容
根
拠
手続き等
年次休暇、病気休暇、特別休暇及び介護休暇
勤務時間法 16 条
承認
職員の健康保持増進のための総合的な健康診査
人事院規則10-4第 21
承認
(いわゆる人間ドック)
条の 2
就業禁止期間(①伝染性疾患の患者又は保菌者
人事院規則10-4第 24
等、②精神障害のため業務に就かせることが著し
条条 2 項
(1)
(2)
職権
く不適当と認められる者)
(3)
(4)
産前・産後の就業制限及び保育時間
人規 10-7 第 8 条~10 条、 法定。
人規 15-14 第 22 条 1 項 6
保育時間につ
号~8 号
いては承認
妊娠中又は出産後の女子職員の健康診査及び保
人事院規則10-7 第 5
承認
健指導を受けるための時間
条
妊娠中の女子職員の休息、補食
人事院規則10-7 第 6
(5)
(6)
承認
条2項
妊娠中の女子職員の通勤緩和の時間(妊娠中の女
人事院規則10-7 第 7
子職員の請求に基づき一日を通じて一時間を超
条
承認
えない範囲内で勤務しないことを承認した時間)
(7)
(8)
レクリエーション参加(当局側が能率増進のため
人事院規則10-6第 5
承認
特に機会を設け職員の参加を求めるもの)
条
勤務条件に関する行政措置の要求又は不利益処
国公法 86 条
不明
兼業の許可を受けて勤務時間を割く場合(勤務義
国公法 103 条・104 条、人
承認又は許可
務が免除されるが、その時間については、給与が
事院規則14-8第 5 条
分に対する不服申立てのために要求者又は請求
者として勤務時間を割く場合
(9)
減額される)
交渉時間(職員団体の代表者として当局と交渉す
(10)
国公法 108 条の 5
法定
る時間)
「公務員の勤務時間・休暇法詳解」(学陽書房発行)P279~282
ハ「職専免」の意義・性質
a.勤務免除
それでは、「職専免」とは一体何なのか?
上記第2-1-3図をまとめると、次のようなことがいえるのではないかと思う。
①「職専免」の意義・性質は多様な概念が含まれ、共通していえることは「勤務免除」とい
209
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
うことである。
② 勤務を免除するわけだから原則的には労基法の「労働時間」とはならないが、たとえば、
勤務を免除するが研修やレクレーション参加を強制するような場合は労働時間となり得る
ことも考えられる。
③ 休暇であれば本人の意思に基づいて取得することになるが、
「職専免」では強制的に、又
は自動的に勤務免除となることもある。
④ 無給の職専免もあり、単に給与が保障される期間というとらえ方はできない。
⑤「休暇」はすべて「職専免」に当たる。
⑥「休暇」と位置づけられない「職専免」もあり、職専免の概念は広い。
b.
「職専免」と休暇との違い
「休暇」は、勤務時間として割振られた時間において勤務から開放することをいう(「公務
員の勤務時間・休暇法詳解」 P274)。「休日」は勤務時間をもともと割振られていないから、
これと区別される。
労働法においてもこれとほぼ同様であり、労働契約上労務を提供する義務がある日に労働義
務を免除された日を「休暇」と解している(安西「労働時間」P771)
。労働法の「休日」は労
働契約上労務提供義務がない日のことであるから、これも公務員の場合と同様である。
ということは、「職専免」の勤務免除の意義と「休暇」の「勤務から開放すること」とは、
目的こそ違うものの法的な意義においてはさほどの違いはないのではないかと思われる。また、
上記上記第2-1-3図(3)の産前・産後の就業制限及び保育時間のように、女子職員の健康・
福祉として職専免を認めるほか特別休暇としても規定している項目もあるから、一層「職専免」
と休暇との親和性が増すといえる。
ただし、(7) レクリエーション参加のように、従来は特別休暇であったものを「当局側が能
率増進のため特に機会を設け職員の参加を求めるものであり、そのために職員の勤務を免除す
るもの」
(前述「公務員の勤務時間・休暇法詳解」 P281)として、法改正(昭和 61 年)によ
り特別休暇から削除したものものもあるので、勤務免除ではあっても使用者の関与を積極的に
残す意義があるものは、
「休暇」と区別されなければならない。
人事院規則15-14
国家公務員の特別休暇
(特別休暇)
第 22 条
勤務時間法第十九条の人事院規則で定める場合は、次の各号に掲げる場合とし、その期
間は、当該各号に掲げる期間とする。
一
職員が選挙権その他公民としての権利を行使する場合で、その勤務しないことがやむを得ない
と認められるとき 必要と認められる期間
二
職員が証人、鑑定人、参考人等として国会、裁判所、地方公共団体の議会その他官公署へ出頭
する場合で、その勤務しないことがやむを得ないと認められるとき 必要と認められる期間
三
職員が骨髄移植のための骨髄液の提供希望者としてその登録を実施する者に対して登録の申出
を行い、又は骨髄移植のため配偶者、父母、子及び兄弟姉妹以外の者に骨髄液を提供する場合で、当
該申出又は提供に伴い必要な検査、入院等のため勤務しないことがやむを得ないと認められるとき
必要と認められる期間
210
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四
職員が自発的に、かつ、報酬を得ないで次に掲げる社会に貢献する活動(専ら親族に対する支
援となる活動を除く。)を行う場合で、その勤務しないことが相当であると認められるとき
一の年
において五日の範囲内の期間
イ
地震、暴風雨、噴火等により相当規模の災害が発生した被災地又はその周辺の地域における生活
関連物資の配布その他の被災者を支援する活動
ロ
障害者支援施設、特別養護老人ホームその他の主として身体上若しくは精神上の障害がある者又
は負傷し、若しくは疾病にかかった者に対して必要な措置を講ずることを目的とする施設であって人
事院が定めるものにおける活動
ハ
イ及びロに掲げる活動のほか、身体上若しくは精神上の障害、負傷又は疾病により常態として日
常生活を営むのに支障がある者の介護その他の日常生活を支援する活動
五
職員が結婚する場合で、結婚式、旅行その他の結婚に伴い必要と認められる行事等のため勤務
しないことが相当であると認められるとき
人事院が定める期間内における連続する五日の範囲内
の期間
六
六週間(多胎妊娠の場合にあっては、十四週間)以内に出産する予定である女子職員が申し出
た場合 出産の日までの申し出た期間
七
女子職員が出産した場合
出産の日の翌日から八週間を経過する日までの期間(産後六週間を
経過した女子職員が就業を申し出た場合において医師が支障がないと認めた業務に就く期間を除
く。)
八
場合
生後一年に達しない子を育てる職員が、その子の保育のために必要と認められる授乳等を行う
一日二回それぞれ三十分以内の期間(男子職員にあっては、その子の当該職員以外の親が当該
職員がこの号の休暇を使用しようとする日におけるこの号の休暇(これに相当する休暇を含む。)を
承認され、又は労働基準法 (昭和二十二年法律第四十九号)第六十七条 の規定により同日における
育児時間を請求した場合は、一日二回それぞれ三十分から当該承認又は請求に係る各回ごとの期間を
差し引いた期間を超えない期間)
九
職員が妻(届出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。次号において同じ。
)
の出産に伴い勤務しないことが相当であると認められる場合
人事院が定める期間内における二日
(再任用短時間勤務職員にあっては、十六時間)の範囲内の期間
十
職員の妻が出産する場合であってその出産予定日の六週間(多胎妊娠の場合にあっては、十四
週間)前の日から当該出産の日後八週間を経過する日までの期間にある場合において、当該出産に係
る子又は小学校就学の始期に達するまでの子(妻の子を含む。)を養育する職員が、これらの子の養
育のため勤務しないことが相当であると認められるとき
当該期間内における五日(再任用短時間勤
務職員にあっては、その者の勤務時間を考慮し、人事院が定める時間)の範囲内の期間
十一
小学校就学の始期に達するまでの子(配偶者の子を含む。
)を養育する職員が、その子の看護
(負傷し、又は疾病にかかったその子の世話を行うことをいう。)のため勤務しないことが相当であ
ると認められる場合 一の年において五日(再任用短時間勤務職員にあっては、その者の勤務時間を
考慮し、人事院が定める時間)の範囲内の期間
十二
職員の親族(別表第二の親族欄に掲げる親族に限る。
)が死亡した場合で、職員が葬儀、服喪
その他の親族の死亡に伴い必要と認められる行事等のため勤務しないことが相当であると認められ
るとき
親族に応じ同表の日数欄に掲げる連続する日数(葬儀のため遠隔の地に赴く場合にあって
211
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は、往復に要する日数を加えた日数)の範囲内の期間
十三
職員が父母の追悼のための特別な行事(父母の死亡後人事院の定める年数内に行われるもの
に限る。)のため勤務しないことが相当であると認められる場合 一日の範囲内の期間
十四
職員が夏季における盆等の諸行事、心身の健康の維持及び増進又は家庭生活の充実のため勤
務しないことが相当であると認められる場合
一の年の七月から九月までの期間内における、週休
日、休日及び代休日を除いて原則として連続する三日の範囲内の期間
十五
地震、水害、火災その他の災害により職員の現住居が滅失し、又は損壊した場合で、職員が
当該住居の復旧作業等のため勤務しないことが相当であると認められるとき 七日の範囲内の期間
十六
地震、水害、火災その他の災害又は交通機関の事故等により出勤することが著しく困難であ
ると認められる場合 必要と認められる期間
十七
地震、水害、火災その他の災害時において、職員が退勤途上における身体の危険を回避する
ため勤務しないことがやむを得ないと認められる場合 必要と認められる期間
ニ 労基法の「休暇」と「職専免」
国家公務員では「特別休暇」としている不就業があるのに対し、労基法は特別休暇という概念
がない。
就業禁止・権利保護に関する規定では「拒んではならない」
(公民権行使の保障-労基法 7 条)、
「就業させてはならない」
(産前産後休業・生理休暇-同法 65 条)、
「請求することができる」
(育
児時間-同法 67 条)などとしている。これらの事項は国家公務員では「特別休暇」、
「病気休暇」
と規定しているから、特別休暇制度をもつ国大・独法の就業規則下では、特別休暇と位置づけて
も国家公務員時代と変わらない仕組みであり、とくに支障がないものと思われる。
212
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
2.使用者の労働契約上の義務
(1)概
要
労働契約を締結することによって使用者に生じる義務として、まず第一に賃金支払い義務がある
が、これについては第2章で詳しく述べる(第4回(8月を予定))
。
ここでは、賃金支払い義務以外の使用者の義務について、体系的に概略を述べることにする。
使用者には、労働者が労務を提供する過程においてその生命及び身体等を危険から保護するよう
配慮する義務がある、と比較的早くから考えられてきた。
その後、使用者の義務には、長時間労働や業務上の負荷によって引き起こされる脳血管疾患・心
疾患によるいわゆる“突然死”や職場における人権侵害を防止して働きやすい職場環境を確保する
配慮義務も含まれる、と次第に考えるようになってきた。これを概念的に示せば第2-1-4図のよ
うになる。
第 2-1-4-2 図 契約に伴う使用者の義務
危険に対する安全配慮
安全配慮義務
長時間労働や業務上の負荷に
契約上の使用者の義務
伴う疾病に対する安全配慮
労働契約に伴う社会通念上の
使用者の義務(広義の安全配慮
職場環境配慮義務
義務)
人格の尊厳・働きやすい
人間関係を保つ配慮
(2)安全配慮義務
1)概
要
安全配慮義務という概念は、今まで法令に明文化されていたわけでなかったが(注)、契約に付
随して使用者に課せられる当然の責務と考えられ、判例法理として確立したものである。最高裁は、
「雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、
通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用い
て労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提
供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過
程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義
務」という。)を負っているものと解するのが相当である。」と判示し、労働契約の締結により使
用者に生じる当然の責務であるとの立場を採っている。(「川義事件」最高裁判決昭 59.4.10)。そ
の根拠は民法の不法行為、債務不履行、労働安全衛生法の安全・健康確保義務などの条項に由来す
る。
注.平成 20 年 3 月 1 日に施行された労働契約法では、次のように明文規定が定められた。
(労働者の安全への配慮)
第五条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよ
う、必要な配慮をするものとする。
213
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
次に、労契法においても「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保
しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と、労働視野の安全に対する
配慮は使用者の責務であることを明確にしている(労契法 5 条)。
安全配慮義務とは、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮する雇用契約上の義務
であって、契約書に明記されていなくとも契約に伴い使用者に当然課せられる義務であると考えら
れている。判例においても、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用
し、又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から
保護するよう配慮すべき義務」と判示している(「川義事件」最高裁判決昭 59.4.10)ように、労
働契約に基づく使用者の付随的義務であることについては確立しているが、一般の労使に対して十
分に周知されているといい難く、事後的に不測の事態が生じるおそれが多分にある(注)。
この義務を怠ったために労働者が損害を被ったときは、事業主は民法 415 条に規定する債務不履
行、又は 709 条の不法行為により損害を賠償する義務を負うことになる。
「生命、身体等の安全」には、心の健康も含まれ、「必要な配慮」とは、一律に決まるものでは
なく、使用者に特定の措置を求めるものでないが、労働者の職種・労務内容・労務提供場所などの
具体的な状況に応じて必要な配慮をすることが求められる。
注.たとえば、宝飾点の宿直勤務者が強盗に襲われて死亡した事件で、のぞき窓、インターホン、防犯チェーン
等の盗賊防止のための物的措置や宿直員の増員などの措置を講じてさえいれば使用者の責任を問われること
はなかった(前述「川義事件」)。
第 2-1-4-3 図
安全配慮義務の概念
転落・爆発等の事故
安全配慮義務
脳・心臓疾患によ
長時間・業務上負荷
による健康障害
る突然死
うつ病による自殺
2)安全配慮すべき対象者
事業主の安全配慮義務は契約に付随して生じるものであるから、直接雇用する職員にとどまらず、
次の者に及ぶ。
① 自己が直接雇用する職員
② 派遣労働者
③ 出向労働者
④ 下請け会社の従業員(原則的には下請け会社の事業主が責任を負うべきものであるが、
元請負会社と下請負の従業員との関係が特別な関係にある場合には、元請け会社の事業主に
も安全配慮義務が及ぶ場合がある。
)
イ 自己が直接雇用する労働者
事業主が安全配慮義務を果たさなければならない対象者は、それが労働契約上の付随義務であ
ると解されるところから、当該事業主が雇用する労働者が含まれることは当然である。また、契
214
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第4節 労働契約の継続・展開
約上の責任であるから、正規従業員、パートやアルバイトといった臨時雇用従業員などの雇用契
約の内容にかかわらず安全配慮義務を負うものであり、たとえ不法就労の外国人であっても、雇
用する限り安全配慮義務を負うものである(注)(「改進社事件」最高裁三小判決平 9.1.28)
。
注.ただし、損害賠償の算定において「一時的に我が国に滞在し将来出国が予定される外国人の逸失利益を算
定するに当たっては、当該外国人がいつまで我が国に居住して就労するか、その後はどこの国に出国してどこ
に生活の本拠を置いて就労することになるか、などの点を証拠資料に基づき相当程度の蓋然性が認められる程
度に予測し、将来のあり得べき収入状況を推定すべきことになる。」と、日本での就労可能期間については日
本での収入を基礎とし、その後は出国先での収入を基礎に算定すべきものとしている。
ロ 派遣労働者
安全配慮義務は、直接雇用する労働者以外にも実質的な指揮命令権を有する関係にある者に他
対しても負っているとみなされ、直接雇用関係にない派遣労働者についても派遣先事業主が第一
次的に安全配慮義務を負うことになる(派遣契約に基づき、派遣先事業主に生じる当然の義務で
あると考えられる。)。
ハ 出向労働者
出向労働者については、出向元と出向先の両方と雇用関係が認められるところから、一般的に
は両事業主に安全配慮義務があるものとされる。
大学卒後、オタフクソースに入社し、ほどなく製造を担当する関連会社へ移籍出向した20歳
台の男性Aが過激かつ長時間労働によりうつ病に罹り自殺した事件につき、裁判所は、「被告イ
シモト(移籍出向先)は雇用主として、被告オタフクソース(移籍出向元)はAに対して実質的
な指揮命令権を有する者として、Aに対して一般的に安全配慮義務を負っていると解される」と
判示し、出向元・出向先双方の事業主に安全配慮義務があるとしている(「オタフクソース事件」
広島地裁判決平12.5.18)。
国立大学や独立行政法人においても、期限付きで「移籍出向」をさせることがあるが、実質的
な指揮命令権を有すると判断される場合は、国大・独法・独法側にも安全配慮義務があると考え
られる。
ニ 下請け会社の従業員
下請け会社の従業員については、原則的には下請け会社の事業主が責任を負うべきものである
が、元請負会社と下請負の従業員との関係が「実質的な指揮命令関係にあるような特別な社会的
接触関係」(偽装請負のようなケースを想定しているのか?)にあるような場合には、下請け会
社の従業員に対しても安全配慮義務があることが認められている(注 1)。
注 1.「三菱重工業神戸造船所事件」最高裁一小判決平 3.4.11
下請企業の労働者として約 20 年間ハンマー打ち作業等に従事していた者が、作業に伴う騒音により聴力
障害に罹患した事件で「実質的な指揮命令関係にあるような特別な社会的接触関係」(注 2)にあるような場
合には、下請け会社の従業員に対しても信義則上、安全配慮義務があるとした。
注 2.特別な社会的接触関係
請負関係において、本来であれば発注者が下請負会社の従業員を指揮命令することはあり得ないのである
が、現実に実質的な指揮命令関係にあったようなときは、という意味である。
3)安全配慮すべき程度
安全配慮義務は災害発生を未然に防止するための物的・人的管理を尽くす義務であり、結果責任
215
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
とは異なる。したがって、社会通念上相当とされる防止手段を尽くしていれば賠償責任を免れるこ
とになるが、裁判所の判断は事業主側にとって相当厳しい結果となっている。
安全配慮義務を果たすためには、その時代にでき得る最高度の設備の導入その他環境改善措置を
とることが求められ、営利企業であるからという理由で相応の設備を整えればよいとの考え方は認
められない、ということである。
クロム酸化合物を扱う作業で健康障害を起こし死亡した裁判では、「第一に求められるのは、作
業環境の保持について、労働者の健康、人命の尊重の観点から、その時代にできうる最高度の環境
を改善するよう努力することであり、この点について企業は営利を目的にしているのであるから、
労働者の健康を保持する義務も、企業利益との調和の範囲内で、作業環境の改善を投じれば履行さ
れるという考え方は到底採用できない」と判示している(「日本化学工業六価クロム事件」東京地
裁判決昭 56.9.26)。
※公務員の場合
公務員関係における国の責務についても民間の場合と同様な判断がなされており、最高裁は自衛隊
内の車両整備工場で車両整備中、後退してきたトラックにひかれて死亡した自衛隊員の両親の訴えに
対し、国は公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っていると判示して
いる。
⇒ 「陸上自衛隊八戸車両整備工場事件」最高裁三小判決昭 50.2.25
「国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間における主要な義務として、法は、公務員が
職務に専念すべき義務(国家公務員法一〇一条一項前段、自衛隊法六〇条一項等)並びに法令及び上
司の命令に従うべき義務(国家公務員法九八条一項、自衛隊法五六条、五七条等)を負い、国がこれ
に対応して公務員に対し給与支払義務(国家公務員法六二条、防衛庁職員給与法四条以下等)を負う
ことを定めているが、国の義務は右の給付義務にとどまらず、国は、公務員に対し、国が公務遂行の
ために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに
遂行する公務の管理にあたつて公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以
下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである。」
○安全配慮義務に違反した例
「電通(うつ病自殺)事件」最高二小判決平 12.3.24
1.事件の概要
この事件は、新卒入社間もない男性社員が平成 2 年から 3 年にかけての 14 か月間に残業(申告時間
月 48~87 時間)、徹夜(深夜 2 時以降の退勤月 2~12 回)、休出(最大月 12 日)を繰り返しうつ病に
罷患した上自宅で自殺した事件について、1 億 6,800 万円余りの損害賠償を認めたものである。なお、
会社側は男性の両親が男性と同居し、勤務状況や生活状況をほぼ把握していたのであるから、男性が
うつ病に罹患し自殺に至ることを予見することができ、また、男性の右状況等を改善する措置を採り
得たことは明らかであるのに具体的措置を採らなかったとして両親の過失を主張した。
二審では、両親の過失が肯定され損害額から3割の過失相殺が認められたが、上告審では死亡した
男性は独立の社会人として自らの意思と判断に基づき業務に従事していたのだから、両親が男性と同
216
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
居していたといえ、男性の「勤務状況を改善する措置を採り得る立場にあったとは、容易にいうこと
はできない」と、両親の過失は否定された。
2.判決の要旨
判決の内容はほぼ男性の両親の主張を認めるもので、その概要は、次のとおりである。①うつ病罷
患と長時間労働との関係について「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続する
などして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周
知のところである」と肯定した。②使用者の責務として「使用者は、その雇用する労働者に従事させ
る業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働
者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であ」ると、安全配慮
義務を肯定している。③会社側の対応については、男性が「恒常的に著しく長時間にわたり業務に従
事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための
措置を採らなかったことにつき過失があるとして、一審被告の民法 715 条に基づく損害賠償責任を肯
定した」高裁の判断は正当として是認することができるとした。
○安全配慮義務違反はないとされた例
「富士電機E&C(うつ病自殺)事件」名古屋地裁判決平 18.1.18
1.事件の概要
電気工事設備会社の技術課長であったMは,大阪の関西支社に単身赴任した半年後にうつ病を発症。
自宅療養を経て約 1 カ月半後職場復帰したMは,平成 10 年 3 月,名古屋の中部支社に転勤となり単身
赴任していたが,平成 11 年 8 月,赴任先の社宅マンションで自殺した。遺族は、会社が精神面の健康
状態への配慮を怠ったためうつ病を再発し自殺したとして 1 億 2,600 万円の損害賠償を求めた。
2.判決の要旨
関西支社においてすでに管理職の経験があったこと等に照らせば,Mが第三課で従事した業務は,
内容面において,従前Mが従事してきた業務と質的に大きな変化があったものということはできない。
また,ISO認証収得の準備期問を除いては,Mの勤務時間がさほど長時間にわたるものではなく,
休日出動もなかったことに照らせば中部支社におけるMの業務は,量的な面でもさほど過重であった
ということはできない。
その上、①自らの希望により職場復帰を果たしたこと,②技術課長として処遇されることを承知の
うえ,自ら中部支社への転勤を希望した結果,中部支社の技術部第三課長として赴任したこと,③中
部支社への転勤を契機にうつ病の病状が軽減する傾向にあったと推認できること,④その結果,遅く
とも平成 10 年 12 月 8 日ころの時点で,Mのうつ病が完全寛解の状態に至ったことにかんがみれば,
上記の管理職としての業務一般が,Mにとって,心理的負荷を及ぼすような過重な業務であったと認
めることはできない。
(3)職場環境配慮義
安全配慮義務が労働者の生命、身体、健康を守るため使用者に課されている義務であるのに対し、
「職場環境配慮義務」は労務遂行に関連して労働者の人格的尊厳を侵し、その労務提供に重大な支
障をきたす事由が発生することを防ぎ、またはこれに適切に対処して、職場が労働者にとって働き
やすい環境を保つよう配慮する注意義務である。
「職場環境配慮義務」は、セクシャル・ハラスメント損害賠償請求事件などを通して明らかにな
217
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
った使用者の責務であるが、その対象はセクシャル・ハラスメントに止まらず、上司と部下、先輩
と後輩など職場における人間関係や仕事の与え方などでパワーハラスメントと呼ばれるいじめや、
大学などの学内で教授等がその権力を濫用して学生や配下の教員に対して行う数々の嫌がらせを
行うアカデミックハラスメント(パワーハラスメントの一種)などに対しても適用される法理であ
る。
第 2-1-4-4 図 職場環境配慮義務の内容
施設整備義務
職場環境配慮義務
監督教育義務
誠実対応義務
・宿直をさせる場合の侵入防御施設
・更衣室等のプライバシー保護措置
・責任体制の確立、研修の実施
・職場内で起こる権利侵害の取締
・受け手を退職を促さない義務
・行為者の懲戒処分
ハラスメントの防止については、第12章で詳しく述べる(第8回(12 月を予定))。
(4)不法行為と債務不履行
従業員が他人(他の従業員など)の権利を侵害した場合(不法行為)や使用者が労働契約上の義
務を怠った場合(債務不履行)は、損害賠償責任を負うことになる。以下、それぞれの法的な特徴
を整理しておく。
①不法行為
雇用契約に限らず、一般に、故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵
害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負うこととされる(民法 709 条)。しか
し、この場合は労働者が使用者の故意又は過失を立証する責任を負うことになり
労働者に負担
がかかり救済される機会が多いとはいえなかった。
②債務不履行
そこで、雇用契約上の義務違反(債務不履行)として使用者の安全配慮義務違反という考え方
が生まれてきた。すなわち、使用者は、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器
具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する課程において、労働者の生命及び身体等
を危険から保護するよう配慮する雇用契約上の義務(=「安全配慮義務」)を負っている、と考
えるのである。この義務を怠ったために労働者が損害を被ったときは、事業主は民法 415 条に
規定する債務不履行により損害を賠償する義務を負う、という主張である。
③不法行為と債務不履行の違い
債務不履行というのは、使用者が雇用契約上負っている安全配慮義務という債務を履行しなか
った責任を追及するものであり、不法行為は、前述のごとく他人の権利・利益を侵害した場合の
責任追及であり、それぞれ根拠が異なる。
218
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
その特徴をまとめると、次のようになる。
第 2-1-4-5 図 債務不履行と不法行為
不法行為
債務不履行
拠
民法 709 条
民法 415 条
立証の内容
労働者:加害事実と加害者の故意・
労働者:使用者の安全配慮義務違反の事実の
過失かあったことの立証責任を求
立証が求められる。
められる。
使用者:これに対し故意・過失がなかったこ
根
とを立証しなければ賠償責任 を免れない。
請求権の時効
3年
10 年
遅延損害金
損害の発生と同時に発生
履行の請求により発生
慰謝料
・労働者自身について認める。
・同左
・遺族についても、労働者の請求権
・同左
を相続したものとして認める。
・上記プラス労働者の家族又は遺族
・労働者の家族又は遺族の受けた精神
の受けた精神的損害についての請求
的損害についての請求は認められない。
も認められる。
民法
(債務不履行による損害賠償)
第 415 条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによっ
て生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をするこ
とができなくなったときも、同様とする。
(不法行為による損害賠償)
第 709 条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによ
って生じた損害を賠償する責任を負う。
(使用者等の責任)
第 715 条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加え
た損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の
注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2
使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3
前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
(5)労働安全衛生法上の義務
安衛法は、労働災害防止のための①危害防止基準の確立、②責任体制の明確化、③自主的活動の
促進、を目的の1つに掲げている(安衛法 1 条)。
そのため、事業者の責務として、①職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなけれ
ばならないこと、②労働者の健康に配慮して、労働者の従事する作業を適切に管理するように努め
なければならないこと等を定めており、その面からも安全配慮義務を果たす責務があるといえる
219
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
(安衛法 3 条 1 項、65 条の 3)。
安衛法
(目的)
第 1 条 この法律は、労働基準法 (昭和二十二年法律第四十九号)と相まって、労働災害の防止の
ための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に
関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保すると
ともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする。
(事業者等の責務)
第 3 条 事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適
な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するように
しなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するよう
にしなければならない。
(作業の管理)
第 65 条の 3 事業者は、労働者の健康に配慮して、労働者の従事する作業を適切に管理するように
努めなければならない(注)。
注.労働者の特性に合わせた個別の管理が求められる。
※労働者の健康保持義務
分科会の審議では「労働者の健康保持義務についても併せて規定すべきではないか」という指摘が
使用者側からなされていたが、今回の労働契約法に明文規定を設けることは見送られたという。
しかし、
「労働者の心の健康の保持増進のための指針について」
(平 18.3.31 基発 0331001 号)の中
で「心の健康づくりを推進するためには、労働者自身がストレスに気づき、これに対処するための知
識、方法を身につけ、それを実施することが重要である。」と、労働者のセルフケアの重要さを指摘
しているように、とくに心の健康の問題については労働者の自己管理義務が認められると解される。
このような自己健康管理義務は「健康管理規程」などがあればそこから導かれ、それがなくても安
衛法 4 条の労働者の労働災害防止努力義務、同法 66 条 5 項の健康診断受診義務、同法 66 条の 7 第 2
項の健康保持努力義務、同法 66 条の 8 第 2 項の面接指導受容義務、同法 69 条 2 項の労働者の健康保
持増進努力義務や、前記指針のセルフケア義務等を踏まえて、労働契約の信義則上の健康配慮義務の
一環として「自己健康管理義務」が導かれ得るものと解される(岩出「労働契約法」P38)。
⇒ 労働者の健康保持義務は、労働契約の信義則上の義務、安衛法上の労働者の責務を定める諸規定から導
かれ得るが、法人の「健康管理規程」にも明文規定をもつようにしたい。
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
3.労働条件変更の法理
(1)概
要
1)労働条件変更の方法
労働契約は「継続的契約」であるから、事業展開・営業成績等に合わせて、契約継続期間中に職
種・勤務地・経済的処遇などの労働条件を変更しなければならないことが当然起こり得る。このよ
うな労働条件の変更は、①個人ごとに決定される労働条件の変更(配転・出向等の人事異動、成果
主義制度による個別賃金の決定など)、②集団的に決定される労働条件の変更(賃金体系・退職金
制度・労働時間制・定年制など)に分かれる。
労働条件変更のための代表的な手段としては、a個別労働者との合意、b就業規則規定の変更や
労働協約の新規締結・改訂があり、①個人ごとに決定される労働条件の変更についてはa個別労働
者との合意によって行われるのが一般的であり、②集団的に決定される労働条件の変更については
就業規則・労働協約の改定によって行われることが一般的である。しかし、最近は②集団的に決定
される労働条件の変更についてもa個別労働者との合意によるケースが増えてきており、「変更解
約告知」と呼ばれる手法もその一つである(就業規則の変更による労働条件の変更については第7
回(11 月)、変更解約告知については第3回(7 月)を予定)。
労働者と使用者の間で労働条件を変更する合意が成立した場合、労働条件の変更は原則として、
当該合意に基づいて適法に行われる。ただし、労働条件変更の合意は、労働基準法などの強行法規
に違反したり、就業規則・労働協約の定めよりも労働者に不利益な労働条件を定めたりするもので
あってはならない(労基法 13 条、93 条、労組法 16 条)。
一方、労働条件変更の合意が成立しない場合には、後述(4)のとおり、①就業規則を変更する
方法、②労働協約を締結・変更する方法、③使用者が労働条件を変更する権限を有することが労働
契約に定めておく方法、により労働条件を変更することが可能である。
労働条件変更の合意が成立しておらず、①~③のいずれの方法にもよらない労働条件の変更は、
たとえ変更を必要とする合理的な理由が存在するとしても無効とされる。判例として、経営状況が
悪化した中で使用者が労働者との合意を経ずに行った賃金引下げの効力を否定した「東豊観光事件」
大阪地裁判決平 13.10.24 などがある。
2)労働条件変更の理由
企業が労働条件を変更しなければならない場合は、どんな場合であろうか?
土田 道夫教授は、労働条件変更の理由を類型化すると、次のように分類できるとされている(土
田「労契法」P492)。
① 企業の合併に伴う労働条件の統一のため
② 人事制度の変化に伴う変更(定年延長に伴う賃金制度の変更など)
③ 経営体質の改善や経営悪化を機とする人件費の切詰め
④ 成果主義人事制度の導入
しかし、上記のような大改革の必要が伴うものでなくても、労働条件の変更は日常的に起こりう
るものであるから、人事担当者としてはその枠組み(スキーム)を理解しておくことが望まれる。
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第2
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
第 2-1-4-6 図 労働条件変更の方法
明示的同意
労働者との合意あり
労働条件の変更
変更解約告知
新契約に応じなければ解雇する
労働者との黙示の同意
黙示の同意による変更は容易に認められない
就業規則の変更
合理的内容と就業規則の周知が要件である
労働者との合意なし
労働協約の変更
著しく不利な変更や手続き不備の場合は効力
否定
契約上変更権限が付与
(2)労働者との合意による変更
労働契約法は、労働条件の設定について1条で「労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働
契約が合意の原則により成立し、又は変更されるという合意の原則」を定めている。また、3条 1
項においては「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は
変更するものとする。」としている。したがって、労働者と使用者が労働条件について合意すれば、
それに従ってその内容が労働条件となる。この場合に、合意された労働条件が強行的規範(労基法
13 条、労契法 12 条、労組法 16 条)や強行法規や民法の公序良俗(90 条)に反しない限りその効
力が認められ、就業規則変更時における合理性審査の場合と異なる(荒木「労働法」P309)
。
※この合意の原則を有期雇用職員の1年契約で更新2回まで(雇用期間の上限は3年)という規定に
当てはめて考えてみると、たとえば、事務補助のような恒常的な業務に従事する職員を「1年契約で
更新2回まで」とする条件で雇用したと場合に、このような契約を無効とする強行法規は存在しない
から公序良俗に反すると判断されない限り適法な契約内容であるということができる。
恒常的な業務に3年という期限付きで雇用することが合理的であるか否かの議論は、契約内容の法
的効力とは無関係であるということである(非合理的であってもそれを無効とする強行法規が存在し
ない限り、有効とされる。
)
。
(3)労働者との黙示の同意
次に、労契法 8 条は「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件
を変更することができる。」と、労働契約における労働条件の変更は、労使の合意を基本原則とす
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
ることを明定しているから、使用者が労働条件を変更しようとする場合、労働者が当該変更に同意
していれば、労働条件は両者の合意に基づいて適法に変更されることになる。しかし、第1節1.
(2)(109 ページ)で述べたように、労働条件はその組織的・集団的性格から集合的に処理せざるを
得ない場合が多く、就業規則を変更することによって行われる。個別の合意を形成することは、整
理解雇など特別な場合を除いて実際的でない。
そこで、実際上問題になることが多いのは、労働条件の変更に対する労働者の同意が明確な形で
示されていない場合に、当該労働者の言動等の事実関係からどのような場合に「黙示の同意」があ
ったとして合意を認定できるかという問題がある。
1)荒木 尚志教授の説
この問題について、荒木 尚志教授は、黙示の合意の認定は明確に認定できる特段の事情のある
場合等に限定し,そのような場合に該当しなければ黙示の合意を認定することなく就業規則の合理
性審査に服させるべきであるとして、次のように述べておられる。
「労働者と使用者が労働条件について合意すればそれに従って労働条件が労働契約内容となる。就
業規則にはそうした合意の対象となる労働条件を提示するという契約のひな形機能(図表 13-1①)
があり,就業規則に示された労働条件に労働者が合意すれば,その合意の効力によって就業規則上の
労働条件は労働契約内容となる。この場合,原則として,合意された労働条件が強行的規範(労基 13
条,労契 12 条,労組 16 粂)や強行法規,公序良俗(民 90 条)に反しない限り,その効力が認めら
れ合理性審査も問題とならない。交渉力格差のある当事者間の契約についての合理的意思解釈や限定
解釈等は問題となるが,これは一旦契約内容となることを承認した上での解釈問題であり,契約内容
となるか否かの場面での就業規則の合理性審査とは異なる。
このような効果を伴う就業規則の労働条件についての合意を,いかにして認定すべきかが問題とな
る。合意には明示の合意と黙示の合意がある。継続的就労関係である労働関係では,使用者の提示す
る就業規則条件に明示的に異議を表明することなく就労を継続することも少なくないが,この場合に,
当然に黙示的に同意したものと解すると,当該労働条件の合理性を問題とすることなく拘束力が生じ
ることになる。しかし,このような黙示の合意の認定は,労使間の交渉力格差を踏まえた労使対等決
定の原則(労契 1 条,3 条 1 項参照)が要請される労働契約においては妥当ではない。特に,合意が
認定できない場合について,労契法によって合理的処理枠組みが用意されるに至っていることを踏ま
えると,黙示の合意の認定は,明示の合意に匹敵するような意思の合致を明確に認定できる特段の事
情のある場合等に限定し,そのような場合に該当しなければ,黙示の合意を認定することなく就業規
則の合理性審査に服させるのが妥当である。
」(荒木「労働法」P309~310)
2)裁判例
裁判例では、労働者が賃金体系の変更について十分に認識していたにもかかわらずこれに異議を
述べなかった場合に比較的簡単に黙示の同意を認定した例もある(「エイバック事件」東京地裁判
決平 11.1.19)が、多くの裁判例では黙示の同意の認定は慎重に行われている。
同様に黙示の同意の認定を慎重に行っている裁判例としては、賃金体系の変更(歩合制の導入)
に合理性が認められ、変更直後には原告本人からも他の労働者からも異議がなかった等の事実関係
を踏まえた上で黙示の同意を認定する「光和商事事件」大阪地裁判決平 14.7.19-注 1)、賃金減額
の提示を受けた労働者が一旦退職の意思表示をした後にこれを撤回したとしても黙示の同意とは
223
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
認められないとする「山翔事件」東京地裁判決平 7.3.29)
、55 歳以降の賃金減額の事案において、
労働者が変更直後に異議を述べていないとしても、55 歳到達前に異議を述べている以上は黙示の
同意は認められないとする「日本ニューホランド事件」札幌地裁判決平 13.8.23-注 2 などがある。
注 1.「光和商事(歩合給導入)事件」大阪地裁判決平 14.7.19
黙示の同意を認めた例。
貸金業法改正により貸金利息の上限が引き下げられ同業者間の競争が激化したのに伴い賃
金体系を変更し(男性営業社員については歩合給制とし、基本給と精勤手当は固定額 を支給
するが、顧客手当・営業手当等は各営業社員の顧客件数や貸出残高に応じて計算されるように
なった)、また事業存続のため営業社員の基本給が減額される措置がとられ賃金が減額された
ことから、退職後、右賃金体系の変更等の無効を主張してそれに基づく賃金差額の支払と実際
に支払われた退職金と変更前の基本給に基づいて計算した退職金の差額支払を請求した。
裁判所は、歩合給制の導入が直ちに従業員に不利益な賃金体系であるということもできない
としたうえで、原告らは歩合給制導入 を認識し、それに基づいて計算された賃金を受領する
ことにより歩合給制の導入を黙認 ていたし、基本給減額についても原告らは黙示に承諾して
いたものとして、請求はいずれも理由がないとして請求が棄却された。
またその後の基本給 の引き下げについても、原告らは特段抗議することなく、減額された
賃金を受領し続け ていたため、裁判所は「賃金を会社側が一方的に減額することは認められ
ないが、本件 の場合、黙示で承諾していたものと認められる」と判断した。
この事案では、手続き・総人件費について次のような特徴がある。
① 会社は新たな給与体系の詳細を記載した書面を従業員に回覧させ、これを閲覧可能な場所
に掲示した。
② 総人件費を縮小することなく移行を実施した。給料が下がった社員ばかりでなく、営業社
員 10 人中 6 人の賃金手取額がそれ以前の手取額を上回った。
注 2.「日本ニューホランド(賃金減額)事件」札幌地裁判決平 13.8.23
黙示の承諾がみとめられなかった例。
農業用トラクターの販売及び修理を目的とする株式会社 Y は、経営協議会において労働組合Aと
協議し、定年を55歳から60歳に延長するとともに55歳以降はそれまでと異なる賃金体系に移
行し賃金が減額される旨の決定を行った。
これを不服とするXが提起した裁判において、Xは、本件決定当時、本件決定の内容を知ってい
たものと推認することができるにもかかわらず、XがYに対し、本件決定の内容について異議を述
べた形跡は窺えない。しかし、だからといって、Xが本件決定の内容について黙示の同意を与えた
と解することは相当ではない。本件決定の内容を知らせるY代表者名義の上記文書に、異議のある
者は名乗り出るよう促すような記載があれば格別、上記文書にはそのような記載は何もないのであ
るから、上記文書により本件決定の内容を知ったからといって、直ちにYに対して異議を述べなか
ったからといって、本件決定の内容について黙示の同意を与えたということはできず、本件決定が
55歳以降の労働条件を定めるものである以上、これに対する異議は、55歳になって本件決定の
適用を受けるまでに述べればよいと解するのが相当である。しかるところ、Xは、55歳になる前
である平成11年3月2日、B総務担当部長に対し、本件決定に基づく賃金の減額は納得できない
旨述べ、これに異議を述べたのであるから、Xは、本件決定の内容について黙示の同意を与えたと
いうことはできない、と判示した。
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
⇒ 黙示の合意の認定は明確に認定できる特段の事情のある場合等に限定し,そのような場合に該当しなけれ
ば認めるべきでない。
労契法
(労働契約の内容の変更)
第 8 条
労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することが
できる。
(就業規則による労働契約の内容の変更)
第 9 条
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益
に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでな
い。
第 10 条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労
働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、
変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に
照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定
めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によ
っては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、
この限りでない。
⇒ 労働条件の変更における労使間の合意形成は、一般に黙示の同意は認められず明確な同意を必要とする。
「更正会社三井埠頭事件」東京高裁判決平 12.12.27
管理職賃金 20%カツトに関し「黙示の同意」が否定された例。
(1)事件のあらまし
A会社は、平成 10 年 5 月に、管理職従業員に対し、あらかじめ通知した上で賃金の 20%減額を実施
した。その後A会社では同年 10 月に会社更生手続が開始された。
A会社の管理職であったXら(3 名) は、希望退職により同社を退職した後、同人らは上記賃金減
額には同意しておらず、平成 10 年 5 月分以降の減額分は未払賃金であるとして、A会社の更正管財人
Yに対しその支払いを求めて提訴した。
(2)判決の内容(労働者側勝訴)
就業規則に基づかない賃金の減額・控除に対する労働者の承諾の意思表示は、賃金債権の放棄と同
視すべきものであり、それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理
的な理由が客観的に存在するときにかぎり、有効であると解すべきである。
Xらは賃金減額の通知があったことを知りつつ、これに異議を述べることなく減額された賃金を受
け取り続けたのであり、外見上、賃金減額を黙示に承諾したと認めることが可能である。
しかし、Xらが本件賃金減額の根拠について十分な説明を受けていないこと、A会社において本件
減額に対する各人の諾否の意思表示を明示的に求めようとしたとは認められないこと、Xらは賃金減
額に異議を述べなかった理由として、
「異議を述べると解雇されると思った」
「自らの勤続期間が短く、
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
他の人を差し置いて異議を述べるべきでないと思ったからで、賃金控除に納得していたわけではない」
などと供述していること、本件賃金減額によるXらの不利益は小さくないものである上、管理職のみ
に負担を負わせるものとなっていること等に鑑みると、Xらがその自由な意思に基づいて本件減額通
知を承諾したものとは到底いえないし、また、外形上承諾と受け取られるような不作為がXらの自由
な意思に基づいてなされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したともいえない。
(3)解 説
労働条件の変更とは、法的にいえば労働契約という契約の内容の変更であるので、契約内容は当事者
間の合意によって決定・変更されるという民法(契約法)の原則からすれば、労働者と使用者の合意
が、労働条件変更のもっとも基本的な手段ということになる。
労働者と使用者の間で労働条件を変更する合意が成立した場合、労働条件の変更は原則として、当
該合意に基づいて適法に行われる(労働者が就業規則や労働協約による労働条件変更に同意している
場合も同様)
。ただし、労働条件変更の合意は、労働基準法などの強行法規に違反したり、就業規則・
労働協約の定めよりも労働者に不利益な労働条件を定めたりするものであってはならない(労基法 13
条、93 条、労組法 16 条など参照)。
一方、労働条件変更の合意が成立しない場合には、就業規則や労働協約を変更することによって労
働者の同意を得ることなく労働条件変更を行うことが認められている(労契法 10 条、「秋北バス事件」
。就業規則や労働協約を変更せずに、労働者との合意もなく変更するこ
最高裁大法定判決 43.12.25 など)
とは不適法・無効となる。たとえ労働条件変更を必要とする合理的な理由が存在するとしても、この
ことに変わりはない
⇒ 就業規則に基づかない賃金の減額に関する労働者の承諾の意思表示は、それが労働者の自由な意
思に基づくものであると客観的に認められるときに限り有効とされる。
(4)合意によらない労働条件の変更
1)就業規則の変更による場合
就業規則の変更によって既存の労働条件を引き下げることは原則として許されないが、変更に
「合理性」がある場合には変更に反対の労働者にも変更の効力が及び、労働条件の引き下げが認め
られるという考え方が判例上確立している(「秋北バス事件」最高裁大法廷判決昭 43.12.25)
。
この法理が労働契約法に取入れられ、「変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の
変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、
労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、
労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。
」という
明文規定をもつようになった(労契法 10 条)。
就業規則変更の「合理性」は、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後
の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情」
(労契法
10 条)に照らし判断することになる。また、変更の効力の要件として変更後の就業規則の内容を
労働者に「周知」させる必要がある。
合理性の判断基準については、第8章就業規則の項で述べる(第7回(11 月)を予定)。
⇒ 労使の合意が形成できない場合であっても、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
更が「合理的なもの」である場合は、当該変更後の就業規則の内容が労働契約の内容である労働条件とな
る。
2)労働協約の変更による場合
企業内に労働組合が存在する場合、労働協約に定めた労働条件を変更するためには労働協約の改
定手続きを踏まなければならない。日本の労働組合の多くは企業別組合であるので労働協約も企業
別協約として就業規則と同一の労働条件を定めることが多いが、協約締結組合員については就業規
則の改定と同時に労働協約の改定も行わなければならない。協約を改定せず就業規則だけを改定し
ても、協約に反する就業規則は無効となる(注)。
注.労基法 92 条は、労働協約に反する就業規則を直ちに無効とするのではなく労基署長による変更命令により
変更させる手続きを定めている。したがって、変更命令により就業規則が改定されるまでは労働協約に反する
就業規則であってもその効力は否定し得ないと思われるが、土田「労契法」P518 は「協約に反する就業規則と
して無効となる。」としているので、それに従った。
なお、通説・判例は、労働協約のもつ規範的効力は有利原則を否定するとの立場をとっている。
したがって、労働協約のもつ規範的効力は、労働協約の水準を下回る労働契約を協約水準まで引上
げるほか、協約水準を上回る労働契約を協約水準まで引下げる効力がある。
3)労働契約により使用者に変更権限がある場合
使用者が労働条件を変更する権限を有することが労働契約に定められている場合には、その定め
に基づいて使用者が労働者の同意を得ずに行う労働条件の変更は、権利濫用等に該当しない限り許
容される。たとえば、成果主義的な人事・賃金体系の下で低査定の労働者に対して資格の引き下げ
や賃金減額を行うものとする労働契約上の定めが存在する場合、この定めに基づく資格や賃金の引
き下げは、前提となる査定に違法な点がなく、かつ、権利濫用等に該当しなければ適法に行いうる
(成果主義的賃金制度の下で使用者が就業規則の定めに基づいて行った賃金減額を有効とした例
として「エーシーニールセン・コーポレーション事件」東京地裁判決平 16.3.31。
※ 「降給の合理性」
営業権譲渡により新会社に雇用され、新会社の成果主義による給与制度の適用を受け、降給の措
置を受けた従業員が、降給の無効を訴えた事案において、裁判所は、成果主義における降給の合理
性に関して次のような判断を示している。
「降給が許容されるのは、就業規則等による労働契約に、降給が規定されているだけでなく、降
給が決定される過程に合理性があること、その過程が従業員に告知されてその言い分を聞く等の公
正な手続きが存在することが必要であり、降給の仕組み自体に合理性と公正さが認められ、その仕
組みに沿った降給の措置がとられた場合には、個々の従業員の評価の過程に、特に不合理ないし不
公平な事情が認められない限り、当該降給の措置は、当該仕組みに沿って行われたものとして許容
「エーシーニールセン・コーポレーション事件」東京地裁判
されると解するのが相当である」(
決平 16.3.31)
4)変更解約告知
新たな労働条件での労働契約再締結の申し入れを伴った解雇のことを「変更解約告知」という。
労働条件変更の申し入れに応じない労働者の解雇をこれに含めることもある。
227
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
変更解約告知は、労働条件変更を目的として行われる解雇であり、個別的な労働条件変更のため
の新たな手法として注目されつつある。但し、変更解約告知に関する法律上の規定はなく、判例上
の効力判断枠組みも必ずしも確立していない。
詳しくは第5節労働契約の終了の項(第3回(7 月)を予定)。
(5)法令・労働協約・就業規則・労働契約の優劣関係
1)概
要
労基法は労働契約関係下にある労働者の労働条件について規定した法律であるが、労働条件の決
定方式は労働契約のみに止まらず、就業規則、又は労働協約によって定めら
れることも多い。正規労働者の場合は、むしろ、就業規則又は労働協約によって定められることの
方が多いのではないだろうか。
個別の労働者に適用される労働条件は、労働契約・就業規則・労働協約・労基法その他の法律、
のうちどれとなるのだろうか。たとえば、次の規定の優劣関係はどうなっているのであろうか。
① 労働契約と労基法との関係(労基法 13 条)
② 労働契約と就業規則との関係(労契法 12 条)
③ 労働契約と労働協約との関係(労組法 16 条)
④ 就業規則と労働協約との関係(労基法 92 条、労契法 13 条)
以下、項を改めて、記述する。
2)労働契約と労基法との関係
この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効とする。
無効となった部分は、この法律で定める規定による(労基法 13 条)。
このように、労働基準法は労働契約の内容まで変えてしまう力をもっている。これを、法律が直
接労働契約の内容を律するという意味で「直律効」と呼んでいる(注)。
注.労働契約に対する「直律効」は、労基法のみならず、3),4)で述べる就業規則及び労働協約についても
認められる。
第 2-1-4-7 図
労働契約A
労働契約と労基法との関係
労基法
労働契約B
有利原則肯定
労基法の基準を下回る労働契約は労
基法の基準まで引上げられる
労基法の水準まで
そのまま有効
引き上げられる
228
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
3)労働契約と就業規則との関係
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とす
る。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による(労契法 12 条)。
この規定は、旧労基法 93 条をそのまま労契法に移行させたものである。
就業規則の基準を下回る労働契約は、前述のとおり「その部分について無効」とされるが、上回
る部分については明文規定がなく、法令解釈としてそのまま有効と解される(有利原則を適用)。
それから、労契法はこの就業規則優先の法理に対して若干の制限を設けており、当該就業規則が
法令又は労働協約に反する場合は就業規則の規定を適用しないとしている(労契法 13 条)。
第 2-1-4-8 図
労働契約A
労働契約と就業規則との関係
労働契約B
就業規則
有利原則肯定
就業規則の基準を下回る労働契約は
就業規則の基準まで引上げられる
就業規則の水準まで
そのまま有効
引上げられる
⇒ 就業規則で定める基準を下回る内容の個別契約を締結する必要があるときは、就業規則に、「ただし、
労働契約においてこれと異なる定めをすることがある。」というような委任規定を設けておくようにする。
4)労働契約と労働協約との関係
労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無
効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がな
い部分についても、同様とする(労組法 16 条)。
「違反する」とは、個別労働契約が労働協約の水準を下回ることはもちろん、上回ることも認め
ないという趣旨である。労働協約にこのような強い力を与える理由は、個別に使用者と交渉して高
い労働条件を獲得する「抜駆け」を許すと、労働者の団結権を侵害することになるからである。こ
の点については、第3編第5章「労働協約」の項において詳述する(第 10 回を予定)。
第 2-1-4-9 図
労働契約A
労働契約と労働協約との関係
労働契約B
労働協約
有利原則否定
労働協約には個別の労働契約を制御
する規範力が与えられている
229
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第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
(5)就業規則と労働協約との関係
就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない(労基法 92
条 1 項)。
就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、所轄労働基準監督署長は法令又は労働協約に抵
触する就業規則の変更を命じることができる(労基法 92 条 2 項)し、当該反する部分については
当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、(就業規則優先の規定
を)適用しない(労契法 13 条)。
第 2-1-4-10 図
就業規則A
労働契約と労働協約との関係
就業規則B
労働協約
有利原則否定
労働協約の水準ま
点線の水準まで引下
で引上げられる
げられる
「反してはならない」とは上回ることも下回ることも否定する趣旨であるが、直ちに労働
協約の水準に置き換える(直律効)のでなく、就業規則の改定手続きによって是正する
労基法
(法令及び労働協約との関係)
第 92 条 就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。
2 行政官庁は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。
230
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個別的労働関係
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第4節 労働契約の継続・展開
4.労働契約にまつわるその他の問題
(1)賠償予定の禁止
1)概
要
労働契約の不履行について、あらかじめ違約金を定めたり損害賠償額を予定する契約をすること
は禁止されている(労基法 16 条)。このような制度は、ともすると労働の強制となり労働者を不当
に拘束し、使用者に隷属せしめることになるから、民法の一般原則の例外として禁止されたもので
ある。
「違約金」は、通常は損害賠償の予定と推定されるが(民法 420 条 3 項)、制裁として定めるこ
とも可能であり、その場合には、使用者は、損害発生の有無にかかわらず違約金を取り立てること
ができる。「損害賠償額を予定する契約」も同様な効果があり、損害額を証明しなくても予定額を
請求することができるので、使用者にとって便利であるが、「違約金」も「損害賠償額を予定する
契約」も労働契約においては禁止されている。
不履行によって実際に生じた損害について賠償請求することは差し支えない(昭 22.9.13 発基
17 号)。
民法
(賠償額の予定)
第 420 条
当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合にお
いて、裁判所は、その額を増減することができない。
2
賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。
3
違約金は、賠償額の予定と推定する。
しかし、実際に生じた損害について賠償請求することは差し支えないとされていても、労働契約
の不履行と実際に生じた損害との間に相当因果関係(※)がないときは、損害賠償請求が認められ
ない。
芸能プロダクションに所属する下積み歌手が廃業したため、売り出しのために要した諸費用が無
駄になったとして経営者が歌手に損害賠償を求めた事件で、裁判所は、芸能プロと歌手との関係を
雇用契約(労働契約)として労働基準法の適用を受けると認定しつつ、歌手の売り出しが成功する
のはそれ程容易ではないし偶然的要素に左右されるものであるから、歌手の責に帰すべき事由によ
る契約解除と諸費用が無駄になったこととは相当因果関係がないとして、損害賠償義務はないとさ
れた(注)。
※スター芸能企画事件東京地裁判決平 6.09.08
歌手志願者が歌手を廃業したため、売り出しのために要した諸費用が結果的に無駄に支出された
として、芸能プロダクションを経営する者が歌手志願者に対し損害賠償を求めた事件で、裁判所は、
「被告は、原告の定めた時間内に原告の指定する場所において芸能出演等を行い、被告は出演時間
等を原告の了解なしに変更しないこと、他社交渉をしない旨の義務を負い、原告は被告に対し、一
か月二〇万円の出演料名目の金銭を支払う旨の義務を負う旨の記載があり、これによれば、被告は、
原告の一方的指揮命令に従って、芸能出演等に出演し、その対価として原告から定額の賃金を受け
るものというべきであるから、本件契約は、その実質において雇用契約(労働契約)にほかならず、
労働基準法の適用を受けるものというべきである。」として芸能出演契約が労働契約であるとした。
231
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個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
その上で、諸費用の返済については、「被告が歌手を廃業したため前記諸費用が結果的に無駄に
支出された費用等になったとしても、かかる意味において前記諸費用の支出が結果的に無駄になる
という事態は、仮に被告が本件契約上の義務を誠実に遂行していたとしても起こり得るのであるか
ら(新人歌手が歌手として成功するのはそれほど容易なことではないし、それも多分に偶然的要素
に左右されることは容易に推測される)、本件契約の終了原因が被告の責めに帰すべき事由による
解除であったことと原告の支出した前記諸費用が無駄になったこととは相当因果関係(※)がない
というべきである。」として芸能プロダクション側の主張が退け歌手志願者に損害賠償義務はない
と判示した。
※相当因果関係
民法上「債務不履行」又は「不法行為」による損害賠償の範囲を定めるにあたって自然的因果関
係に立つ損害のうち賠償しなければならない部分を限定して指すことばである。具体的には、通常
生じる損害に特別事情による損害で予見可能性があるものを加えた額である。
参考:民法
(損害賠償の範囲)
第 416 条
債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償を
させることをその目的とする。
2
特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見するこ
とができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
2)研修・留学費用の返還問題
実務でよく起こる例として、会社が研修費用や留学費用を負担して一定期間研修・留学した後、
復職して短期間で退職する場合に研修・留学費用を返還させることがある。これが賠償予定の禁止
条項に抵触しないのか問題となる。
具体的には、特定の修学叉は研究の費用を使用者が貸与し、その条件として、一定期間当該使用
者のもとで勤務した場合は費用の返還の要はないが、その一定期間勤務しなかった場合には費用を
返還させるという契約が違法であるか、という問題である。これは、海外留学費用の援助又は医師
獲得のための医学生に対する援助等と関連して問題になることが多い。この場合は、次のように整
理されよう。
【留学費用の返還ができるか否かの基準】
① 留学が会社業務とされるかどうか
会社業務であれば返還請求はできない。業務か否かを決定する要因としては、会社からの留
学・研修内容の指定、帰国後の業務と留学・研修内容との関連性などがある。会社の返還請求を
認めた長谷工コーポレーション事件においては、留学生は自分の選考を自由に決められるうえに、
帰国後の業務と留学内容との間の関連性が薄いということが決め手になったのではないかと思
われる。
② 費用返還について労働者の明示の同意があったか
仮に留学が業務と関連性が薄いとされても、費用返還について労働者の明示の同意がない場合
は返還請求が否定され得る。
新日本証券事件においては、傍論であるが、かかる同意があったかという点に対し、裁判所は
慎重な姿勢を示している。
232
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
③ 費用返還の内容が合理的であるか
学説の中にはさらに、費用返還の内容が合理的であるかどうかということを問題とするものが
ある。海外留学費用は多額に及び、その全額の返還を求めるのは退職した従業員には酷である場
合もあることから、帰国後退職までの年限に応じて、適切な減額や分割返済等の配慮が必要とい
う。
裁判例では、次のような事例がある。
【違法ではないとされた事例】
①
帰国後一定期間を経ずに退職する場合、会社が支払った留学費用を返還する旨の契約につい
て、本件留学制度の利用は業務命令ではなく従業員の自由意思によるもので、留学は従業員に
とって有益な資格・経験となることから本件留学は業務であるとはいえず、留学費周の負担に
ついては労働契約と別個のものとして契約することが可能であるとし、本件契約は金銭消費貸
借契約であり労基法 16 条(賠償予定の禁止)に違反しないとされた(「長谷工コーポレーシ
ョン事件」東京地裁判決平 9.5.26 資料13(246 ページ)参照)。
⇒ 業務命令でなく従業員の自由な意思による留学の費用負担は労働契約と別個の契約であるとして労基法 16
条(賠償予定の禁止)に違反しない。
②
楽器製作会社が、自己の経営するピアノ調律技術者養成所を終了した労働者を雇用するに際
し、養成所の授業料貸与金の返還をその退職まで猶予する旨の契約を結んだのは、養成所に入
所する際純然たる貸借契約として定められたものであり雇傭契約とは別箇の契約として締結
されたものであること、研究生は、養成所卒業後被控訴会社へ就職するか否かは自由であり、
被控訴会社へ就職すれば退職時まで貸与金一二万円の返済が猶予されていたに過ぎないこと、
養成所の授業料が月額一万円(合計一二万円)であることも特に不合理な金額とはいえないこ
と、などにより貸与金契約が公序良俗に反するから無効であるといえないとした(「河合楽器
製作所事件」静岡地判決昭 52.12.23)。
⇒ ピアノ調律技術者養成所の授業料貸与は純然たる貸借契約であるから、卒業後製作会社に就職しなかった
場合に返還する契約は有効とされた。
③
新聞の募集広告を見て応募して採用された者が、会社が負担する費用で第 2 種免許を取得し
たものの、その直後に退職したため、会社が研修費用(約 20 万円)の返還を求めた事件で、
裁判所は、二種免許取得費用にいて「第 2 種免許はA個人に付与されるものであって,会社の
ようなタクシー業者に在籍していなければ取得できないものではないし,取得後は会社を退職
しても利用できるという個人的利益がある(現にAはこの資格を利用して転職している)こと
からすると,免許の取得費用は,本来的には免許取得希望者個人が負担すべきものである。」
とし、「費用支払いを免責させるための就労期間が 2 年であったことが,労働者であるタクシ
ー乗務員の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものであるとはいい難い。した
がって,取得費用返還条項は,本件雇用契約の継続を強要するための違約金を定めたものとは
いえず,労基法 16 条に反しないと解するのが相当である。
」と判示した(「コンドル馬込交通
(免許取得費用立替)事件」東京地裁判決平 20.6.4)。
⇒ タクシー運転手の二種免許取得費用の返還規定は労基法 16 条(賠償予定の禁止)に違反しない。
233
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
④
労働者の願い出によって社内技能者訓練を実施し、使用者が材料費を含む練習費用、指導、
検定費用などを支弁し、合格、不合格にかかわらず、その後、約定の期間内において退職する
ときは右の金員を弁済することとし、約定の期間就労するときはこれを免除する等の特約をす
ることは、①その費用の計算が合理的な実費であること、②その金員が使用者の立替金と解さ
れるものであること、③その金員の返済によりいつでも退職が可能であること、④短期間の就
労であって不当に雇用関係の継続を強制するものでないことの理由をもって、右金員返済にか
かる約定は、労基法 16 条に抵触しない(大阪高裁判決「藤野金属工業事件」昭 43.2.28)。
⇒ 職務に関連する資格取得費用であっても、費用の額の計算が合理的な実費相当であり、立替金と解される
等の場合は、その返還規定は労基法 16 条(賠償予定の禁止)に違反しない。
【違法とされた事例】
留学規程中の、留学終了後 5 年以内に自己都合退職した場合に留学費用を全額返還させる
①
規定について、本件留学への応募は労働者の自発的意思にゆだねられ留学の成果は労働者にと
っても利益になるが、一旦留学が決まれば業務に関連するような学科を専攻することが定めら
れており、留学も業務命令として行われ、待遇も勤務時に準じて決められていること等から留
学に業務性が認められるとして本件規定は退職者への実質的な制裁であり労基法 16 条(賠償
予定の禁止)に違反して無効であるとされた(「新日本証券事件」東京地裁判決平 10.9.25)。
⇒ 業務命令として行われた留学費用を返還させることは、退職者への実質的な制裁であり労基法 16 条(賠償
予定の禁止)に違反して無効である。
②
美容師見習につき、勝手に退職した場合等には技術指導の講習手数料として入社時にさかの
ぼり一カ月につき四万円(月利三パーセント)を支払う旨の契約について、従業員に対する指
導の実態は一般の新入社員教育とさして違いはなく、しかもこの契約により労働者の自由意思
を拘束して退職の自由を奪う性格を有することは明らかであるので労基法 16 条に違反する
(浦和地裁判決「サロン・ド・リリー事件」昭 61.5.30)。
⇒ 研修・留学費用を返還させることは、業務性の強いものについては労働関係の継続を強制するものとし
て違反と判断される傾向がある。
一般的にいえば、①研修・留学制度の目的が業務に関連した学科や専攻科目に限定されるのか、
②業務命令によるものか、本人の自由意思によるものか、③研修・留学中の生活が本人の自由にゆ
だねられているのか、などが判断要素とされ、業務性の強いものは労働関係の継続を強制するもの
として違反と判断される傾向がある。
自由度の高い自己啓発奨励的な研修・留学の場合は、金銭消費貸借契約・負担付贈与契約等と考
えられ労働関係の継続を強制するものではないとされる傾向がある。この場合は、会社が負担する
費用の額にもよるが、就業規則に返還義務規定を設け、さらに誓約書の提出を義務づけて留学後 5
年程度の期間在職勤務をした場合に返還を免除する制度を設けることは可能と思われる。
これら類似の事案が法違反となるかどうかは、結局は事実認定の問題であるが、研修等が使用者
の命令によるものであるか、援助金等が立替金であるか(事業の必要経費ではないか)、消費貸借
であるか、返済方法を定めているか等の点から、当該契約が労働関係の継続を不当に強要するもの
234
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
であるかどうかを総合的に判断する必要があろう。
なお、労基法 16 条は、その禁止している違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約の相手
方を労働者本人に限定していないから、禁止している契約の相手方が労働者自身の場合はもちろん、
労働者の親権者又は身元保証人が、労働者の行為について違約金又は損害賠償額の支払義務を負担
する場合の契約も含まれ、さらには、労働者が負担義務を負った違約金等の支払について保証する
保証人又は連帯債務者の保証契約等も含まれるものと解される(厚労省「労基法コメ」P235 以下)。
3)遅刻、無断欠勤等に対する違約金
債務不履行は、債務者の故意過失等による履行不能に限らず、履行遅滞、不完全履行等契約の本
旨に従った履行をしない一切の場合を含むので、労働契約において遅刻、無断欠勤などをすると債
務不履行となるが、これらについて損害賠償額を予定している場合には違法となるものと解される。
不注意による不良品の生産等も同様であり、あらかじめ損害賠償額を予定することはできない。
4)契約締結時に支払われたサイニングボーナスの返還義務
優秀な社員を獲得するため採用時にサイニングボーナスを支払って一定期間退職を制限する場
合がある。これが違約金又は賠償予定の禁止に当たるのかが争われた事件で、裁判所は次のように、
サイニングボーナスの性格を足止め策と認定しその返還規定を無効と判断している(日本ポラロイ
ド事件東京地裁判決平 15.3.31)。
※事案の概要と判旨
Yは米国系X会社との間に雇用契約を締結したが, 勤務開始から 5 カ月半で退職した。契約締結時
の報酬約定には, ①現金報酬総額, ②サイニングボーナス, ③インセンティブボーナス, ④長期報
酬制度(ストックオプション), ⑤通勤手当,が定められ, そのうち②については, 雇用開始以降直ち
に 200 万円を支払うが, Yが 1 年以内に自発的に退職した場合にはXに全額返還すると定められて
いた。これに基づきXが本訴を提起してYに 200 万円の返還を求めたのに対し, Yは反訴を提起して
③の不支給や④の不実施に対する損害賠償等を請求した。判決は, ②の性質について, 単なる支度金
や契約金ではなく一定期間企業に拘束されることに対する対価としての性質を有すると認めた上で,
これはYを 1 年間Xに拘束することを意図した経済的足止め策なので労基法 5 条(強制労働の禁止)
および 16 条(賠償予定の禁止)に反し,その返還規定は無効と判断してXの請求を棄却した。他方, 反
訴についても, ③や④に関するYの権利は発生していないとして, すべて棄却した。
わが国において、古くから労働契約成立の証拠として支度金等の名目で授受されることがある。
これは一種の手付であるが、民法 557 条 1 項が適用される「解約手付」と解すべきかどうか疑問で
あるとされる。一般には、契約成立の証としての手付と解し、婚約の際の結納に類似する贈与とし
ての意味を持ち、労働契約が履行されれば返還の問題は起きない。労働者が労務を提供するに至ら
なかった場合に返還すべきものであるに止まる(有泉 亨「労基法」P110)。
民法
(手付)
第 557 条
買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買
主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。
第2項 略
(有償契約への準用)
235
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
第 559 条
この節の規定は、売買以外の有償契約について準用する。ただし、その有償契約の性質
がこれを許さないときは、この限りでない。
5)
「違約金」と「損害賠償額」とが適用される範囲
労基法 16 条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定す
る契約をしてはならない。」と規定している。
そこで、損害賠償額を予定する契約は「労働契約の不履行について」のみ禁止され、労働者の不
法行為による損害については損害賠償額を予定することは禁止されないのではないかという疑問
が生じる。
これに対し、厚労省の立場は、違約金については労働契約の不履行についてのみ禁止され、損害
賠償額の予定については労働契約の不履行に限らず不法行為についても禁止されるとの立場をと
っており、厚労省「労基法コメ」P235 では次のように述べている。
本条が禁止する損害賠償額の予定は、労働契約の不履行に伴う損害賠償に限定されず、不法行為の
場合における損害賠償も含むと解される。そして、こう解すれば、債務不履行の場合に限られる違約
金と損害賠償額の予定とを区別する実益があることとなる。本条が労働契約の章に規定されているこ
と及び民法の損害賠償額の予定も債務不履行の場合に限られると解される余地があることからみれ
ば、不法行為による損害賠償額の予定は含まれないようにも解されるが、本条の文理に従えば「労働
契約の不履行」は違約金にのみかかり、損害賠償額の予定にはかからないと解されるし、また、労働
関係にあっては、使用者の機械、器具等を労働者が破損したような場合の損害賠償額を予定すること
も考えられるので、労働者保護のうえからかかる不法行為の場合の損害賠償額の予定も含まれると解
すべきであろう(厚労省「労基法コメ」P235 以下)
。
なお、労基法 16 条の賠償予定の禁止違反は、現実に違約金等を徴収することによって初めて成
立するのではなく、違約金の定めや賠償額を予定する契約をすることによって成立する(荒木「労
働法」P70)。
他方、労働契約の不履行により実際に発生した損害額を使用者が労働者に対して賠償を求めるこ
とは、禁止されるものでない。
(2) 労働者の損害賠償責任
1)責任制限法理
労働者が労働義務又は付随的義務に違反して使用者に損害を与えた場合、債務不履行に基づく損
害賠償責任を免れない(民415条・416条)。また、労働者の行為が不法行為(民709条)の要件を満たせ
ば、損害賠償責任を負うし、第三者に損害を及ぼしたときは、使用者責任(民715条1項)を前提とする
使用者による求償権行使(同条3項)も認められる。
しかし,それは同時に,資力に乏しい労働者にとって過酷な結果をもたらすため,学説・裁判例
上,労働契約の特質を考慮した責任制限法理が形成されている。すなわち、使用者は、不法行為に基
づく損害賠償および求償権の(民715条)行使に際して、労働が使用者の指揮命令下における労務の
提供であること、労働者の労働によって得た経済的利益を使用者が得ていること、などの労働契約
の特質を考慮して、「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において」の
み、被用者に対し損害の賠償または求償の請求をすることができる(責任制限法理)とするもので
236
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
ある。したがって、労働者が指揮命令に反するなどして労働義務に違反したとしても,そこから生
じる損害の全責任を労働者に負わせることは、一般的にできないと考えられる。
※責任制限法理
不法行為又は債務不履行による損害賠償責任を一定の限度で打ち切る法的論理をいう。その限度を
超える分については,全く免責とするものと,故意又は重過失の場合,あるいは過失を立証した場合
には責任があるというように,要件を加重して責任を認めるものとがある。責任制限は,本来は立法
で定めるはずのものであるが,旅客の航空機事故についてのように約款で定めるものもある。普通,
責任制限というときは,金額上の責任制限を指し,無過失責任など重い責任を定め,あるいは,免責
約款を禁止する代わりに認められることが多い。国際海上物品運送法による運送人の責任制限(13条
1項)はその適例である。
このような責任制限の法理が生まれてきた背景には、次のような論理がある。
① 労働の他人決定性
労働契約は,労働それ自体を目的とする契約であり,労働義務の内容は,指揮命令に従って
誠実に労働し,結果達成に向けて必要な行為をする義務(手段債務)である。したがって,使用
者が目的達成に関する指示を発し(たとえば一定の売上げ達成の指示).労働者がこれに従って誠
実に労働していれば,指示された結果を達成できず,外形上,指示に反して使用者に損害を与
える結果となったとしても,労働義務違反とはならず,損害賠償責任の問題を生じない。また,
使用者の指示が抽象的で不明確な場合は,指揮命令違反の事実自体が否定され,損害賠償責任
が否定される。
② 使用者の危険負担の原則
まず労働契約においては,使用者は事業遂行のために労働者の労働力を利用し,そこから生
じる利益を取得するのであるから,事業遂行から生じる危険は原則的には使用者が負担すべき
ものと考えられる(報償責任・危険責任原理)。
責任制限の基準は、損害の公平な配分という法(不法行為法)の基本原理とともに信義則(労契3条
4項)の観点から、① 労働者の帰責性(故意・過失の有無・程度)、② 労働者の地位・職務内容・労働条
件、③ 損害発生に対する使用者の寄与度(指示内容の適否、保険加入による事故予防・リスク分散の
有無等)に求められる。
具体的判断としては、タンクローリーの物損事故に関して、賠償額を民法上の原則から 4 分の 1
に減額している最高裁判例(注 1)、4トン車のスリップ事故につき、修理費用の5%相当とした
高裁判例(注 2)などがある。
一方、営業会議を通じて社長が営業取引の詳細を認識・決済していた場合において、不良債権発
生を理由とする取締役兼従業員に対する懲戒解雇・損害賠償請求は認められていない(注 3)。
また、重大な過失が認められるケースでも、宥恕すべき事情や会社側の非を考慮して責任を 4 分
の 1 や 2 分の 1 に軽減している(具体的事例を示すこと)一方、背任などの悪質な不正行為や、社会
通念上相当の範囲を超える引き抜き等の場合は、責任制限は格別考慮されない(菅野「労働法」
P76)。
237
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
民法
(債務不履行による損害賠償)
第 415 条
債務者(労働者)がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者(使用者)は、
これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行
をすることができなくなったときも、同様とする。
(損害賠償の範囲)
第 416 条
債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせ
ることをその目的とする。
2
特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することがで
きたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
(不法行為による損害賠償)
第 709 条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによ
って生じた損害を賠償する責任を負う。
(使用者等の責任)
第 715 条
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加え
た損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注
意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2
使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3
前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
(労働者)
、(使用者)の語は宮田が補足挿入
2)具体的事例
運転手の車両事故に関し、タンクローリーの運転手が前方不注意で他社の車両に追突した事故に
ついて、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において会社が労働者に
請求できる限度は損害額の4分の 1 であるとした「茨石事件」最高裁一小判決昭 51.7.8(注 1)
、
4トントラックを運転中スリップしてトンネル側壁に衝突させて車両を損傷した事故について、車
両の運転手として事故の発生を防止すべく、路面の状況や車両の整備状況、積載物の重量に応じた
速度で走行する等の安全運転すべき注意義務があるとしつつも、その賠償を請求し得る範囲は、信
義則上損害額の5パ―セントに過ぎないとしたK興業事件大阪高裁判決平 13.4.11(注2)などが
ある。
一方、営業社員が負う注意義務は営業会議又は社長がなした明示あるいは黙示の指示若しくは了
解の範囲内で取引を実行することであり、その結果損害が生じたとしても、その損害を賠償する責
任はないと判示している蒲商事件大阪地裁判決平 3.8.27(注3)がある。
注 1.「茨石事件」最高裁一小判決昭 51.7.8
石油等の輸送、販売を業とするX会社の従業員Yは、会社の業務としてタンクローリーで重油を
輸送中に、同人の車両間隔不保持・前方不注意が原因で訴外A会社の車両に追突する事故を起こし
た。この事故によって、X会社は、事故車両の修理費用等につき、約 33 万円の損害を被った。また、
X会社は、A会社に対し、損害賠償として約 8 万円を支払った。
判決は、
「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務
態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、
被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる。」とし、本件の事実関係の下では、
XがYに支払いを請求しうる額は信義則上Xが被った損害額の 4 分の 1 を限度とすべきであるとし
た原審の判断は正当として是認できるとした。
⇒ 損害額(約 41 万円)の 4 分の 1 を限度とすべきであるとした原審の判断は正当であるとした。
注 2.K興業事件大阪高裁判決平 13.4.11
運送を業とする会社Xが、元従業員Yに対し、Yが在職中、X所有の四トントラックを運転して
北陸道を走行中に同車のスリップによりトンネル側壁に衝突して車両を損傷させたことにつき、Y
には、車両の運転手として事故の発生を防止すべく、路面の状況や車両の整備状況、積載物の重量
に応じた速度で走行する等の安全運転すべき注意義務があるところ、これを怠ったことからスリッ
プしてしまったと推認されるから本件事故の発生につきYの過失の寄与を否定することはできない
としつつ、「本件のように、使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、
直接損害を被った場合には、使用者は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められ
る限度において、被用者に対し、上記損害の賠償を請求することができるにとどまること、本件に
おいて、信義則上相当と認められる限度を判断するに当たっては、控訴人の車両保険加入の有無、
控訴人における労働条件、被控訴人の勤務態度等の諸事情を総合的に考慮すべきことは、原判決の
説示するとおりである。そして、これらの諸事情に関し原判決が認定した事実に照らせば、控訴人
が本件事故により被った損害のうち被控訴人に対して賠償を請求し得る範囲は、信義則上、修理費
用55万5335円のうちの5パーセント相当額にとどまるというべきである。」と判示した。
⇒ 損害額(55万円余り)の5%相当額にとどまるとした。
注3.蒲商事件大阪地裁判決平3.8.27
「被告会社は代表者Aがその全てにつき決定権を有する会社であり、原告は取締役であるといっ
ても、その実質は多額の取引実績を有する営業担当従業員にすぎないこと、被告は営業会議におい
て取締役も含めて個々の営業担当者がなす取引の詳細を認識し、これを決済していたこと、原告も
その例外ではなく被告は原告が担当する取引内容を把握してこれに対処していたこと、新規取引先
を開拓することが原告の担当業務に含まれていたため、原告がなす取引から不良債権が発生する確
率が高いこと、さらに、過去に被告が個々の担当者がなした取引の結果蒙った損害の賠償を個人に
対し請求した事例がないことが認められる。
右事実からすると、原告が従業員又は取締役として被告に対して負うべき注意義務は、営業会議
又はAに対し原告が認識した事実若しくは得た情報を正確に伝達し、これに基づき営業会議又はA
がなした明示あるいは黙示の指示若しくは了解の範囲内で取引を実行することであり、原告なした
行為が営業会議の指示あるいは了解の範囲内と認められるにもかかわらず、右行為により被告に損
害が生じたとしても、その損害を賠償する責任はないものと解するのが相当である。」と、懲戒解
雇無効とともに損害賠償責任を否定した。
⇒ 代表者のなした明示あるいは黙示の指示・了解の範囲内の取引であるとして、労働者に責任はないとした。
(3)前借金相殺の禁止
前借金(注)その他労働することを条件とする前貸しの債権と賃金とを相殺することは、禁じら
れている(労基法 17 条)。
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
注.前借金=労働することを条件に使用者から借り入れ、将来の賃金より返済する約束の金銭をいう。とくに芸
娼妓契約の場合に親や親権者が多額の金銭を借り受け、労働者が無報酬で働く人身売買形態が多かったため、
これを禁じたものである。
前借金制度は労働者の足止め策として用いられ、労働者の身体を拘束する作用を伴うのが通常で
あるから、労基法制定当時に全面禁止とすべきとの意見もあったそうであるが、当時、庶民金融が
発達していなかった我が国でこれを全面禁止することは不時の出費に対し金融の途を絶つことに
もなるので、労基法は前借金そのものを禁止するのではなく、賃金と前借金を相殺することを禁止
するに止めたものであるそうだ(労働基準法制定作業に加わった寺本広作著「労働基準法解説」P188
の記述を厚労省「労基法コメ」上巻 P239、東大「注釈労基法」P295 が紹介している。)。禁止され
ているのは、
「前借金についての使用者の債権(前貸債権) で賃金に対する労働者の債権(賃金債
権)を相殺すること」であるから、前借金を渡すこと自体が禁じられているわけではない。それゆ
え、前借金による消費貸借契約自体は無効とはならない。
「労働することを条件とする前貸しの債権」の中には、前借金のように、労働者が労働すること
によって取得する賃金と相殺することによって返済させる目的で貸付けた債権で、金銭貸借関係と
労働関係が密接に関係し、身分的拘束を伴うようなものが含まれる。したがって、労働者の人的信
用に基づいて受ける金融又は賃金の前払いのような単なる弁済期の繰上げであるようなもので身
分的拘束を伴わないと認められるものは、禁止されるものでない(昭 22.9.13 発基 17 号)。
なお、労基法は 24 条 1 項ただし書において賃金の全額払いの例外として労使協定により制限つ
きながら賃金の一部と相殺することを認めているが、「労働することを条件とする前貸しの債権」
については前借金相殺の禁止規定(労基法 17 条)があるため、たとえ労使協定を締結しても相殺
できないと解する。なお、労働者側からする相殺は基本的には許されるが、この場合にはその相殺
が労働者の真の自由意思に基づいて行われたことが必要である(賃金の一部控除については第4回
(8 月)を予定)。
裁判例では、契約期間満了時に支給する旨定められている勤続奨励手当を、月割り額にして「前
貸金」として毎月支給されている場合に、中途退職等の場合には支給済みの「前賃金」を返還する
旨の約定は、同手当は実質的には賃金の一部であり前借金相殺禁止規定に違反し無効であるとされ
た例がある(「東箱根観光開発事件」東京地裁判決昭 50.7.28、東大「注釈労基法」上巻 P297)
(資
料14(248 ページ))。
(4)社内預金
1)労働契約に付随する貯蓄契約等
労働契約に付随して、貯蓄を契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をすることは、禁止されて
いる(労基法 18 条 1 項)。「労働契約に付随して」とは、労働契約の成立及び存続の条件として、
という意味であり、このような行為は人身を拘束するおそれが強いところから「絶対禁止」となっ
ている。
⇒ 労働契約を締結・更新する条件として貯蓄をさせたり貯蓄金を管理したりすることは、絶対禁止である。
2)労働者の委託を受けてする貯蓄金管理
労働者の委託を受けてその貯蓄金を管理することは必ずしも禁止されるものではないが、そのよ
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
うな貯蓄金を管理しようとする場合は、次の要件を満たさなければならない。
①
貯蓄金管理に関する労使協定を締結し、所轄労働基準監督署長へ届け出ること
②
貯蓄金管理規程を定め労働者に周知すること
③
預金の受け入れの場合は一定の利子をつけること
また、労働者が貯蓄金の返還を請求したときは、遅滞なく返還しなければならず、貯蓄金管理を
継続することが労働者の利益を著しく害すると認められるときは、所轄労働基準監督署長による貯
蓄金管理中止命令が発せられることがある(18 条 5 項・6 項)。
①の「労使協定」については労基法にしばしば登場する用語であるが、第2章賃金(第4回(8
月)を予定)の項で詳述する。
(5)給食調理職員の雇用
附属学校の給食調理に従事する職員などについては、夏休み・冬休み・春休みの各期間はそれぞ
れ約1か月、年間で約3か月間業務がない。このような場合に、その間も雇用を継続すべきか、そ
れとも各学期の終了とともに労働契約を終了させ、新学期が始まるとともに新たにその都度労働契
約を締結すべきか、が問題となることがある。以下、継続雇用と、その都度雇用する場合の法的問
題を検討する。
1)継続雇用とする場合
年間を通じて、夏休み・冬休み・春休みの各期間を休日とすることになるが、これは就業規則で
定める休日を上回ることになるから、個別労働契約で設定することが可能である。すなわち、「労
働条件通知書」に記載し交付する。このような取扱いをする者が複数いるものと思われるから、就
業規則にも「ただし、給食調理員については次のとおりとする。」というように例外規定を設けて
周知することが望ましい。
■夏休み・冬休み・春休みの各期間の法的意義
この期間は雇用を継続していることとし、就労義務のない日、すなわち労働契約上の休日に当
たると考える。したがって、休日に関する労働法上の制約に注意する(労働条件通知書、就業規
則への記載など)。
■社会保険関係
労働保険(労災・雇保)、社会保険(健保・厚保)とも雇用関係が継続する限り被保険者資格
は継続する。この場合に保険料負担に関し、労働保険の場合は実際に支払った賃金額を基礎とし
て算出するので1か月間無給の月があっても問題が起きないが、社会保険の保険料は標準報酬月
額を基礎として算出するため、実際に賃金を支払っていなくても一定額の個人負担額が発生する
ので、該当職員によく説明する必要があろう(使用者側にも事業主負担が生じる。)。
■賃金の毎月1回以上払いとの関係
労基法は賃金の支払いについて毎月払いの原則を掲げている。
これは、労基法上の労働者は生活収入源を賃金に依存しているから、日常生活に支障が起きな
いようとの配慮であると考えられる。したがって、継続して1か月以上も休日が続き、無収入に
なる月があることなどを想定していない。
給食調理業務従事者の場合は日給又は時間給であると思われるから、賃金計算期間中の所定労
働日がゼロであるとノーワークノーペイの原則により1か月間無給となってしまうが、毎月1回
以上払いの原則に反するとは言えないと考えられる。
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
■年次有給休暇の取扱い
年次有給休暇は「継続勤務」を条件に付与される。夏休み・冬休み・春休みの各期間は休日で
あるから、教職調理員の年間所定勤務日数は通常の職員より少なくなるが、付与日数は通常の有
期雇用職員と同様の日数を与えなければならない。なお、比例付与の対象とするか否かは「1週
間の所定労働日数」によることとされている(労基法 39 条 3 項)ので、夏休み等があっても通
常は減じられない。
2)各学期ごとに雇用する場合
各学期ごとに雇用する場合は、3~4か月間雇用した後1か月程度の空白期間を設けて再度雇用
することを繰返すことになるが、労働契約が実態として同一性がないと考えるのは妥当ではないと
される(注)
。
したがって、一般に、雇用保険・社会保険とも被保険者資格を取得し空白期間中も被保険者資格
が継続するものと考えられるが、個別の事情に合わせて対応する必要がある。
年次有給休暇については継続勤務として取扱うのが妥当であろう。
注.「日本中央競馬会事件」東京高判平 11.9.30
競馬開催時期だけ労働契約を締結している事例について、雇われている期間が仕事のある時だけに就業
規則で限られ、労働契約を結んでいない期間があるからといって、労働契約が実態として同一性がないと
考えるのは妥当ではない、とされた。
⇒ 給食調理員の雇用については、夏休み等により一般の有期雇用職員よりも休日が多い契約あるが、通
年雇用されていると考えるのが実態に即していると思われる
242
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
資料11(P202 関係)
「電電公社帯広局事件」最高裁一小判決昭 61.3.13
「電電公社帯広局事件」最高裁一小判決昭 61.3.13
概
要
Y公社(被告)では、電話交換手を中心に頸肩腕症候群の長期罹患者が多数存在していたことから、
労働協約を締結した上で長期罹患者に対してA逓信病院において総合精密検診を実施することとし
た。就業規則には、心身の故障により勤務軽減等の措置を受けた職員は健康回復努力義務規定が存在
した。Y公社は、頸肩腕症候群を発症して軽易な業務に就いたまま治療が長引いていた電話交換手X
に対し、上記精密検査を受診すべき旨の業務命令を発令した。XはA逓信病院は信頼できないなどと
して 2 度にわたって命令を拒否し、このこと等を理由として懲戒戒告処分を受けたので、その無効確
認を求めて提訴した。
⇒
要点
①Y公社では、電話交換手を中心に頸肩腕症候群の長期罹患者が多数存在していた。
②長期罹患者に対してA逓信病院において精密検査を実施すること等を内容とする労働協約を締結した。
③就業規則には、心身の故障により勤務軽減等の措置を受けた職員は健康回復努力義務などの規定等が存在した。
判決の内容
労働者側敗訴
「一般に業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令であり、使用
者がその雇用する労働者に対して業務命令をもって指示、命令することができる根拠は、労働者がそ
の労働力の処分を使用者に委ねることを約する労働契約にあると解すべきである。」とし、使用者が業
務命令をもって指示、命令することのできる事項であるかどうかは、労働者が当該労働契約によって
その処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによって定まるものであって、この点は結局のとこ
ろ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものということができるとした。
使用者が当該具体的労働契約上いかなる事項について業務命令を発することができるかという点に
ついても、関連する就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいてそれが当該労働契約の
内容となっているということを前提として検討すべきこととなる。換言すれば、就業規則が労働者に
対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、そのような就業規則
の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて当該具体的労働契約の内容をなしているものという
ことができるから、就業規則の規定に基づいて発せられた頚肩腕症候群総合精密検診の受診を命じた
業務命令は適法であり、これに従わなかったこと及び職場離脱は懲戒事由に該当し適法であるとされ
た。
公社就業規則及び健康管理規程の内容は、公社職員が労働契約上その労働力の処分を公社に委ねて
いる趣旨に照らし、いずれも合理的なものというべきであるから、右の職員の健康管理上の義務は、
公社と公社職員との間の労働契約の内容となっているものというべきである。
右の合理性ないし相当性が肯定できる以上、健康管理従事者の指示できる事項を特に限定的に考え
る必要はなく、例えば、精密検診を行う病院ないし担当医師の指定、その検診実施の時期等について
も指示することができるものというべきである。
⇒ 受診命令を就業規則に定めておく必要がある。
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
資料 12 (P206 関係)
「ダイオーズサービシーズ事件」東京地裁判決平 14.8.30
「ダイオーズサービシーズ事件」東京地裁判決平 14.8.30
(1)事実の概要
A社は、B社とフランチャイズ契約を締結し、B社からマット類の商品の提供を受け、清掃用品の
レンタル等を行うクリーンケアサービス事業等を営んでいたが、平成12年1月に当該事業部門をX
会社に営業譲渡した。Yは、平成2年にA社に入社した者であるが、当該営業譲渡に伴ってX社に移
籍し、以降、X社においてレンタル商品の配達、回収等の営業を担当したが、その後、X社に懲戒解
雇された。
Yは、解雇後まもなくB社とフランチャイズ契約を結んでいるC商事とサブフランチャイズ契約を
締結したが、X社在職中に担当した顧客の中でもX社との取引単価の高い顧客を優先して訪問し、X
社とのレンタル契約を解約してC商事とのレンタル契約を締結してもらうことがあったため、X社は
Yに対し、秘密保持義務及び競業避止義務に違反して顧客を奪ったとして、債務不履行又は不法行為
に基づく損害賠償を請求した。
なお、X社の就業規則には秘密保持及び競業避止の規定があり、また、YはX社に対し秘密保持義
務及び競業避止義務を負う旨の誓約書を提出していた。
(2)判決の要旨
1)秘密保持義務について
本件誓約書に基づく合意は、X社に対する「就業期間中は勿論のこと、事情があって貴社を退職
した後にも、貴社の業務に関わる重要な機密事項、特に『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』
並びに『製品の製造過程、価格等に関わる事項』については一切他に漏らさないこと。」という秘密
保持義務をYに負担させるものである。
このような退職後の秘密保持義務を広く容認するときは、労働者の職業選択又は営業の自由を不
当に制限することになるけれども、使用者にとって営業秘密が重要な価値を有し、労働契約終了後
も一定の範囲で営業秘密保持義務を存続させることが、労働契約関係を成立、維持させる上で不可
欠の前提でもあるから、労働契約関係にある当事者において、労働契約終了後も一定の範囲で秘密
保持義務を負担させる旨の合意は、その秘密の性質・範囲、価値、当事者(労働者)の退職前の地
位に照らし合理性が認められるときは、公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当であ
る。
本件誓約書の秘密保持義務は、(1)「秘密」の範囲が無限定であるとはいえないこと、(2)当該「秘
密」を自由に開示・使用されれば、容易に競業他社の利益またはX会社の不利益を生じさせ、X会
社の存立にも関わりかねないこと、(3)Yは、営業の最前線におり、顧客に関する事項を熟知し、そ
の利用方法・重要性を十分認識しており秘密保持を義務付けられてもやむを得ない地位にあったと
の事情を認定した上で、「このような事情を総合するときは、本件誓約書の定める秘密保持義務は、
合理性を有するものと認められ、公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。」と
判示している。
2)競業避止義務について
本件誓約書に基づく合意は、X会社に対する「事情があって貴社を退職した後、理由のいかんに
かかわらず2年間は在職時に担当したことのある営業地域(都道府県)並びにその隣接地域(都道
府県)に在する同業他社(支店、営業所を含む)に就職をして、あるいは同地域にて同業の事業を
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
起こして、貴社の顧客に対して営業活動を行ったり、代替したりしないこと。
」という競業避止義務
をYに負担させるものである。
このような退職後の競業避止義務は、秘密保護の必要性が当該労働者が秘密を開示する場合のみ
ならず、これを使用する場合にも存することから、秘密保持義務を担保するものとして容認できる
場合があるが、これを広く容認するときは、労働者の職業選択又は営業の自由を不当に制限するこ
とになるから、退職後の秘密保持義務が合理性を有することを前提として、期間、区域、職種、使
用者の利益の程度、労働者の不利益の程度、労働者への代償の有無等の諸般の事情を総合して合理
的な制限の範囲にとどまっていると認められるときは、その限りで、公序良俗に反せず無効とはい
えないと解するのが相当である。
(1)本件での秘密保持義務は合理性を有すること、(2)期間が比較的短く、区域が限定されている
こと、(3)禁じられる職種はX社と同じ事業であって、当該事業においては新規開拓には相応の費用
を要するという事情があり、(4)X社には利益がある一方、Yの不利益については禁じられているの
は顧客収奪行為でありそれ以外は禁じられていないことを認定した上で、
「もっとも、X社は、本件
誓約書の定める競業避止義務をYが負担することに対する代償措置を講じていない。しかし、前記
の事情に照らすと、本件誓約書の定める競業避止義務の負担によるYの職業選択・営業の自由を制
限する程度はかなり小さいといえ、代償措置が講じられていないことのみで本件誓約書の定める競
業避止義務の合理性が失われるということにはならないというべきである。」と判示した。
これらの事情を総合すると、本件誓約書の定める競業避止義務は、退職後の競業避止義務を定め
るものとして合理的な制限の範囲にとどまっていると認められるから、公序良俗に反せず無効とは
いえないと解するのが相当である。
Yは、少なくとも顧客情報を利用して、退職時2年以内に在職時に担当したことのある営業地域
であるさいたま市にて同業の事業を起して、X会社の顧客に対し営業活動を行ったものというほか
ない。したがって、Yの本件行為は、本件誓約書の定める競業避止義務(債務)違反という債務不
履行に該当すると認めるのが相当である。
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
資料13(P233 関係)
海外留学費用返還請求の事例
「長谷工コーポレーション事件」東京地裁判決平 9.5.26
結論=返還請求認める
原告会社においては、昭和 54 年から平成 6 年まで社員留学制度があり、一定の資格を満たした社員
は自由に応募することができた。原告の従業員であった被告は、平成 2 年 1 月に上記留学制度に応募
し、留学生候補に選ばれ、1 年 2 ヶ月人事部付きとして特定の業務を免除され留学準備に専念した。
平成 3 年 6 月から平成 5 年 5 月までの間、被告は米国 Tulane 大学大学院に留学し、経営学博士号(MBA
の間違え?)を取得し同年 6 月に帰国し、留学前に所属していた部署で建築受注営業を担当した。留学
に先立ち、被告は原告会社に対し誓約書を提出し、帰国後一定期間を経ず特別の理由なく原告会社を
退職することとなった場合、原告会社が海外大学院留学に際し支払った一切の費用を返却することを
約した。帰国後 2 年 5 ヶ月経過した平成 7 年 10 月に被告は原告会社を退職したので、原告は被告に支
払った本件留学費用 850 万円弱のうち、学費相当額である約 466 万円の返還を求めた。
判決は、本件留学は、留学社員の担当業務と直接関係がないうえに留学先や専攻についても留学社
員の自由に任されていたことから、業務と見ることはできず、原告会社の本件留学に関する学費等の
支払いは、労働契約とは別個の金銭消費貸借契約(ただし、帰国後一定期間原告会社に勤務すること
をもって返済義務が免除される)と構成し、原告の請求を認容した。
「富士重工業事件」東京地裁判決平 10.3.17
結論=返還請求認めず
原告会社においては海外企業研修員派遣制度があり、原告の海外関連会社で実務を経験しながら研
修を受講することとなっていた。派遣された社員は、通常、原告が 49%出資する関連会社 S 社(1 か月)
および関連会社傘下の自動車中間卸業者で(23 か月)研修を積むこととなっていたが、被告は昭和 63
年 4 月から平成 2 年 1 月までの 21 か月間、もっぱら S 社に派遣され、主として原告会社からの指示で
S 社の財務状況を調査し原告に報告をしていた。平成 2 年に原告会社は S 社の全株式を取得している。
留学に先立ち、原告会社は研修終了後 5 年以内に退職する場合には派遣費用の全部または一部の返還
を求めることがある旨の規則を被告に提示したうえ説明をし、被告も了解した。 帰国後半年経った平
成 2 年 7 月、被告は原告会社を退職し、それに伴い、研修費用約 452 万円の分割返済を定めた覚書に
原告会社と被告は合意したが、第 1 回の返済額 10 万円を支払ったところで被告が返済に応じないので
原告会社が返還請求を提訴した。
判決は、本件研修は原告会社の関連会社において業務に従事することによる社員教育の一態様であ
るうえに、被告は原告の業務にも従事していたのであるから、研修費用は原告会社の業務遂行費用と
してその返還を求めることは労働基準法 16 条に反するとして原告の請求を棄却し、退職時の費用返還
に関する合意については、本来被告に返還義務がないにもかかわらず行ったもので、錯誤があり無効
とし、すでに支払済みの 10 万円の被告に対する返還を命じた。
「新日本証券事件」東京地裁判決平 10.9.25
結論=返還請求認めず
原告会社の従業員であった被告は、平成 4 年 1 月から平成 5 年 5 月までの間、原告会社の留学規定
に基づき Boston 大学経営学部大学院に留学し MBA を取得した。帰国後 3 年 10 か月経過した平成 9 年
246
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
3 月に被告は原告会社を自己都合により退職したので、原告会社は留学費用約 542 万円(ただし、給与・
賞与・住宅費は含まれていない)の返還を求めた。
原告会社は上記留学規定の中に留学終了後 5 年以内に自己都合で退職した場合は原則として留学に
要した費用の全額を返済する旨の定めがあり、それを被告にも説明したと主張したが、裁判所は本件
規定は留学に関係する者のみに説明しており、その限りで就業規則としての周知性を備えているもの
の、被告に個別に説明し合意を得たとの証明がなされていないと認定した。さらに、本件留学制度は、
応募自体は従業員の自由にゆだねているものの、いったん留学が決定されれば、専攻も原告の業務に
関係があるものを指定し、留学期間中の待遇も勤務に準じて定められていることから、業務命令とし
て海外に留学派遣を命じており、現に被告は留学先においてデリバティヴの専門知識を習得し帰国後
右知識を利用して業務に従事しているから、帰国後 5 年以内の退職による留学費用返還を求めた留学
規定は海外留学後の原告会社への勤務を確保する目的でありそれに反する者への制裁としての意味を
有するから、労働基準法 16 条に反するとして、原告の返還請求を棄却した。
※教育・研修を受ける義務
判例は、一定の場合に、会社の業務命令に基づいて行う教育・研修を労働者は受ける義務があると
する。受ける義務を労働者に対して認めている。たとえば、①国鉄がその職員に対して青年職員研修
会へ参加することを命じた業務命令が無効ではないとされた例(「国鉄静岡鉄道管理局事件」静岡地
裁判決昭 48.6.29)、 ②新型車両導入に伴う教育訓練を目的とした時間外労働命令を拒否したことを
理由とする戒告または訓告の処分につき、右命令拒否には「正当な理由」が認められず、「正当な理
由がなければ、時間外労働命令を拒むことはできない」と定める就業規則の規定に違反することから
就業規則所定の懲戒事由に該当し、さらに懲戒権の濫用も認められないとされた例(
「J R 東海(大阪
第三車両所) 事件」大阪地裁判決平 10.3.25)などがある。
⇒ 労働者には、業務に関連する教育・研修を受ける義務がある。
247
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
資料14(P240 関係)
「東箱根観光開発事件」東京地裁判決昭 50.7.28
「東箱根観光開発事件」東京地裁判決昭 50.7.28
(1)事件のあらまし
第一審原告であるXらは、土地開発事業・土地売買等を営む第一審被告Y会社に雇用されたが、X
らは1年も経たないうちに、勤務振りが悪い等の理由により辞職を迫られ、事実上解雇されるに至っ
た。Yにおいては、賃金制度の中に勤続奨励手当なるものが設けられていたが、この手当は労働契約
期間(Xらの場合は各 1 年)を全期間勤続した場合に期間満了時に支給され、解雇も含め中途退職し
た者には支給されないものであった。ただし、Yはこの手当の前渡しを希望する従業員に対しては、
その月割額に相当する金員を、期間満了時に本来支給を受けるべき手当額から控除することにより返
還するという条件で賃付けていた。この結果、従業員が労働契約期間の途中で退職した場合は、それ
までに支給されていた勤続奨励手当の全額を返還しなければならないこととされていた。
Xらは、Yにより解雇される際に、この勤続奨励手当の返還請求をちらつかせられたため、未払賃
金や解雇予告手当の支払請求等を断念する旨記された「覚書」にやむなく署名・押印し和解契約を締
結した旨主張した。そして、Xらは、このような和解契約は労基法 20 条、24 条の脱法行為であり、
憲法・労基法により保障された労働者の権利を侵害するものであること等から、民法 90 条の公序良俗
に違反し無効である等と主張し、Yに対し未払賃金、解雇予告手当及び附加金の支払いを求めて提訴
した。
(2)判決の内容(労働者側勝訴)
この勤務奨励手当制度における前賃金は、その運用・取扱いの実態や支給額等から判断すると、実
質上労働の対価として支給される賃金の一部である。そうすると、中途退職の場合における前賃金返
還の約定は、「もともと貸付金としての実質を有していないにもかかわらず、『前貸金』という制度
を建前上採用し」たものであり、それにより社員の「労働を事実上強制させ」たり、「気に入らない
社員の解雇を著しく容易にし」たり、かつ、労働契約の終了に伴う「未払賃金の清算とか解雇予告手
当の支払等について、使用者側に一方的に有利な立場を確保」したりする意図の下になされたものと
いえる。したがって、このような前貸金返還の約定は、労働者を強制的に足留めさせることを禁じて
いる労基法 5 条、前借金による相殺を禁止した同 17 条、及び、解雇予告を定めた同 20 条の脱法行為
にあたる点を払拭できず、「民法 90 条の公序則に抵触し、無効というべきである」。
また、Yが、法的には効力を認められないこの前借金返還請求を利用して、Xらに未払賃金等を放
棄させるような内容の和解契約に応じさせたことは、前掲の前貸金返還約定の効力に関する判断と同
様の理由等により、民法 90 条に違反して無効である。
(3)解 説
この裁判例は、会社が毎月支給される金員のうち約半額近くを勤続奨励手当と称する前賃金とし、
中途退職者に対し支給済みの前貸金を返還させることにしていた事案で、前借金相殺に関するかつて
の典型的パターンといえるものであった。この事件では、使用者が一審判決を不服として控訴してい
るが、控訴審も概ね一審判決を是認している。
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第2
個別的労働関係
第1章 労働契約
第4節 労働契約の継続・展開
249
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第1款 労働契約の終了の形態
第5節
労働契約の終了
第1款 労働契約の終了の形態
1.労働契約の終了事由
労働契約の終了を分類すると、次のように整理できる。
第 2-1-5-1 図 労働契約の終了事由による分類
労働者側か
らする解約
労使の合意
期間の定めがない
による解約
契約(無期契約)
終期付契約
による退職
労働契約の終了
使用者側か
らする解約
①辞
職
民法 627 条適用(注 1)
②合意退職
就業規則等の規定による
③定年退職など
就業規則等の規定による
④解
雇
労基法及び解雇権濫用の法理が
適用される
期間満了に
よる退職
⑤雇止め
平 15 厚労告 357 号遵守。期間の
定めが有名無実化していると解
期間の定めがある
雇権濫用の法理が適用される場
契約(有期契約)
合がある
契約期間途
⑥やむを得ない
中の解約
事由による解約
民法 628 条適用(注 2)
特殊な事由による
労働者の死亡
労働契約の消滅
法人格の消滅
会社清算のほか会社合併、営業譲渡、会社
分割などがあり、法人格否認の法理が適用
される場合がある(注 3)
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第1款 労働契約の終了の形態
注 1 及び注 2 民法 627 条・628 条
(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第 627 条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをするこ
とができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了
する。
2
期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただ
し、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
3
六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければ
ならない。
(やむを得ない事由による雇用の解除)
第 628 条 当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者
は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によ
って生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
注 3.法人格否認の法理 = たとえば、ある会社が解散して新会社を設立する場合に、両会社の株主、役員構
成、事業内容、従業員の共通性等が認められる場合には、旧会社の雇用関係を新会社が引き継がなければな
らないとする法理である。
退職にまつわる問題をその性質によって法的に分類すると、前ページの図のとおりであり、以下
簡単に説明を加える。
①
辞
職=職員側から一方的に解約を通告し契約を終了させること。この場合、期間の定めが
ない契約の場合は、原則的には民法 627 条 1 項の規定により2週間経過後に契約は終了する。
本書において「何がなんでも退職」と呼ぶことがある。
一度告知した退職の意思表示は、使用者の同意なく撤回することはできない。
注.日本高圧瓦斯事件(大阪高裁昭和 59 年 11 月 29 日判決)
就業規則に「退職を願出て、会社が承認したとき、従業員の身分を喪失する」旨規定している場合に、2
週間以内に退職申出を承認しなかったとしても、右解約予告期間経過後においてもなお解約の申入れの効力
発生を使用者の承認にかからしめる特約とするならば、もしこれを許容するときは、使用者の承認あるまで
労働者は退職しえないことになり、労働者の解約の自由を制約することになるから、かかる趣旨の特約とし
ては無効と解するのが相当である。
②
合意退職=職員側からの退職の申し出又は大学・独法側からの退職勧奨に基づき、両者の合
意により契約を終了させることをいう。退職日は労使の話合いによって決めることになるが、
その場合に就業規則の規定が一応の目安になる。「依願退職」ともいう。
退職の意思表示は、使用者の承諾の意思表示が労働者に到達するまでの間は、撤回すること
ができる。
注1.「白頭学院事件」大阪地裁判決平9.8.29
「労働者による雇用契約の合意解約の申込は、これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し、
雇用契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるよう
な特段の事情がない限り、労働者においてこれを撤回することができると解するのが相当である」
250
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第1款 労働契約の終了の形態
③
定年退職など=定年は「条件付き終期付き契約」と考えられる。「条件付き」というのは、
「定年に至るまで継続雇用されていたときは」という意味であり、定年まで雇用を保障したり
退職しないことを義務づけたりするものとは解されていない。休職期間が満了しても休職事由
が解消しない場合に退職させることも、同様の性質と考えられる。
④
解
雇=労働契約を将来に向かって解約する使用者側の一方的意思表示である。契約当事者
の一方である使用者が行う単独行為であり、形成権の行使であるが、労基法その他労働法令上
の制約及び解雇権濫用法理の適用によりその効力が否定されることがある。
⑤
雇止め=有期労働契約において、期間満了後も契約を何度か更新した後、契約を更新せずに
期間の満了をもって契約を終了させることをいう。形式的には期間の満了であっても、労働者
の契約更新の期待が法的に保護されるレベルにあると判断されるときは、解雇の法理が類推適
用され「相当の理由」がなければ雇止め無効とされる。
⑥
やむを得ない事由による退職=有期労働契約において、契約期間中にやむを得ない事由に
より退職することがある。
使用者側からする解約(解雇)の場合は、無期契約の常勤職員を解雇する場合より厳格な解
雇権濫用法理が問われる。
※国家公務員の場合の離職
国家公務員は労働法の場合と異なり、採用の段階で公権力によって「任用」されたものであるか
ら、離職においても「免職」
(労働法の「解雇」に相当)
、
「辞職」
(労働法の「合意退職」に相当)
、
定年退職などに限られ、公権力の意思に反して職員の側から一方的に離職すること(労働法の「辞
職」に相当)は認められていない。
職員の側からする退職は、国家公務員の場合には「書面をもつて辞職の申出」を行い、任命権者
は「特に支障のない限り、これを承認するものとする」(国公法 77 条、人規8-12第 73 条)と
されており、承認がなければ身分を喪失することはできない。
⇒ 「辞職」ということばは、国家公務員の場合は辞職の申し出対し任命権者が承認すること(労働法の「合意退
職に相当」)をいうが、本書では「何がなんでも退職」をいうこととしている。
2.労働者側からする解約
(1)民法における雇用契約の解約
民法の「雇用」は、一方が相手方に対し労務に服することを約束し、相手方がこれに報酬を支
払うことを約束する契約である(民法 623 条)
。
したがって、
「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる」
(労
基法 9 条)という労基法の使用者と労働者の関係はこの「雇用」に相当し、労基法の労働契約は
民法の雇用契約に関する規定の適用も受けることになる。
(労基法の規定と民法の規定とが競合す
る場合は、特別法優先の原理により労基法の規定が適用されることになる。)
民法の雇用契約の解約についての要点は、次のとおりである。
①
当事者が雇用の期間を定めていないときは、各当事者はいつでも解約の申し入れをすること
ができる。この場合原則として2週間経過後に雇用契約は終了する(民法 627 条 1 項)。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第1款 労働契約の終了の形態
②
期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。
ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない(民法 627 条 2 項)。
月給者の場合は月の前半に解約を申入れると月末に退職・翌月1日に職員としての身分を喪
失する(月末退職)。月の後半に申入れた場合は、翌月末日退職翌々月1日に職員としての身
分喪失となる。
③
雇用期間を定めたときであっても、やむを得ない事由があるときは直ちに契約の解除をする
ことができる。この場合その事由が一方の過失によって生じたときは、相手方に対して損害賠
償の責を負う(民法 628 条)(注)。
注.理屈の上では、労働者の一方的辞職に対しても損害賠償請求をすることが可能であるが、あらかじめ、
違約金を定めたり損害賠償額を予定することが禁じられている(労基法 16 条)ため、使用者は損害額を
立証しなければならず、ほとんど実効性をもたない。
④
雇用期間を定めているときは、やむを得ない事由がなければ原則として解約することはでき
ない。ただし、5年(商工業見習者の雇用について 10 年)経過後は3か月前に予告すること
により解約することができる(民法 626 条)。
これをまとめると、次の表のようになる。
第 2-1-5-2 図 民法の解約権
契約期間
解約理由
とくに限定しない
期間の定めがない契約
○
やむを得ない事由
627 条
(2週間経過後解約)
期間の定めがある契約
(有期契約)
×
○
628 条
(即時可)
626 条
(5年経過後は3か月前に予告する
ことにより可)
(2)就業規則と民法の規定が競合する場合
たとえば、国大・独法の就業規則に「退職しようとする日の1か月前までに申し出て学長(又は
理事長)の承認を得なければならない」という規定がある場合に、民法 627 条 1 項の規定(申入れ
後2週間経過により終了)との関係はどうなるのであろうか。
これについては、民法の規定が任意規定であるのか強行規定であるのかによって結論が異なる。
1)民法 627 条 1 項は強行規定か?
学説上は任意規定説で有力なものがあるが(たとえば東大「注釈労基法」上巻 P314)、法曹界で
は経営者側の弁護士団体である「経営法曹会議」が強行規定であるとの立場に立って、不合理であ
るからと民法改正の主張をしている(注 1)ので、実務では強行規定であるとの前提で処理するこ
とが望ましい(注 2)。
注1. 日本経営法曹会議は、次のように主張している。
ウ 期間の定めのない労働契約における労働者の辞職(労働契約解約の意思表示)の効力の発生時期については
民法第627 条を見直すべきである。
現在,民法第627 条1 項により労働者が労働契約の解約を申し入れれば,2週間の経過により雇用契約は終
了するとされており,これは裁判例(平和運送事件大阪地判昭和58 年11 月22 日本労働経済判例速報1188.3
等)で強行法規と解されている。しかし,突然,労働者が雇用契約の解約を申し入れた場合,使用者として担
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第1款 労働契約の終了の形態
当業務の引き継ぎ,後任者の手配等を考えれば2週間という期間は極めて短いものである。民間企業の就業規
則の退職規定において,例えば「退職の申し出は少なくとも1ヶ月前とする」旨を定めているものが相当ある
が,これは引継・後任の手当て等の準備に最低必要な期間を意味する合理的な規定であり,労働者を不当に拘
束するものでもないと考えられる。しかし,このような規定でさえ労働者の一方的な辞職の場合には,民法第
627 条1 項を強行法規と解すれば無効にされるので極めて不合理である(「今後の労働契約法制の在り方につ
いて」平16.12.11)。
注 2.「平和運送事件」大阪地裁判決昭 58.11.22
上記日本経営法曹会議が取上げた「平和運送事件」では「期間の定めのない雇用契約にあっては、労働者は、
その雇用関係を解消する旨の一方的意思表示(退職申入れ)により、いつにても雇用関係を終了させることが
できるのであり、そして、この場合原則として、労働者の退職申入れ後二週間の経過によって終了するもので
ある(民法六二七条一項)。」「労働者は一方的な退職申入れにより雇用関係を終了させることができるので
あって、使用者の承諾を何ら必要とするものではないし、また仮に、被告に労働者の退職に使用者の承諾を要
する旨の就業規則なり労働慣行などがあったとしても、これらは民法六二七条一項後段の法意に反し無効とい
うべきであ」る、と判示している。
⇒ 期間の定めがない契約において、労働者側から行う解約の申入れ後原則として2週間経過すると、当該契約
は終了すると定める民法 627 条 1 項は、強行規定であると解されている。
2)具体的事例
たとえば、期間の定めがない職員で月給制の者が退職を申し出た場合で、退職の意志が固い場合
(「辞職」に相当)の退職日について、民法の規定では次のようになる。
① 4月 15 日に辞職の意思表示があった場合
月の前半に解約の申入れがあったので、翌月以後で、かつ、2週間経過後の日、すなわち4
月 30 日付退職(5月1日以後職員としての身分を喪失)となる。
② 4月 16 日に辞職の意思表示があった場合
月の後半に解約の申入れがあったので、民法による効果は翌々月(6月1日以後職員として
の身分を喪失)でなければ生じない。
しかし、就業規則では1か月前までに申し出れば効果を認めることとしているから、5月
16 日付退職(5月 17 日以後職員としての身分を喪失)となる(注)。
注.「日本高圧瓦斯事件」大阪高裁判決昭 59.11.29
就業規則に「退職を願い出て会社が承認したときに従業員の身分を喪失する」旨の規定がある場合に、「右
規定の趣旨及び適用範囲については、従業員が合意解約の申し出をした場合は当然のことであるし、解約の申
入れをした場合でも民法627条2項所定の期間内に退職することを承認するについても問題がないが、それ
以上に右解約予告期間経過後においてもなお解約の申入れの効力発生を使用者の承認にかからしめる特約と
するならば、もしこれを許容するときは、使用者の承認あるまで労働者は退職しえないことになり、労働者の
解約の自由を制約することになるから、かかる趣旨の特約としては無効と解するのが相当である。」とした。
3)就業規則上の「1か月前までに」の意義
民法が強行規定であるならば、退職の申し出について就業規則に「1か月前までに」と規定し
ても意味がないではないか、という議論があるが、実はそうでない。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第1款 労働契約の終了の形態
第一に、職員が退職を申し出るのは、通常、「合意退職」の申し出であって、「辞職」の申入
れであることは稀であると考えられる。その合意退職の場合は労使で話し合って退職日を決める
ことになるから、そのときに就業規則に定めた時期が一応の目安となる。
第二に、「辞職」の場合であっても、退職の申入れの時期によっては、2)②でみてきたよう
に、「1か月前までに」という就業規則の規定が有効になる場合があることである。
以上の点から、就業規則に1か月程度前に申し出る規定をもっていることが望ましい。
(3)退職の意思表示
1)「辞職願」と「辞職届」
ことばの問題であるが、「辞職願」(又は「退職願」)は合意退職の申込み、「辞職届」(又は
「退職届」)は何がなんでも退職と結びつくイメージがある。もちろん、実態で判断すべきことで
あるが、就業規則のつくりも退職を願い出て学長(又は理事長)の承諾を得て退職、という手続き
になっていれば、「辞職願」は形式面から「合意退職の申込み」であると主張する場合に説得力が
ある。したがって、この場合は「合意退職の申込み」に対する使用者の「承諾」がいつなされたか
が重要となる(「承諾」前であれば、次に記述するとおり、労働者は退職の意思表示を撤回できる。)
(注1)。
民法の原則によれば、承諾の期間を定めた申込みの場合(労働契約は使用者の承諾がなくても2
週間経過すると効力が生じるから、承諾期間は2週間以内となる。)には、その期間内は申込みを
取消すことができないことになっている(民法521条)。しかし、判例は、継続的契約関係である
労働契約では民法521条以下の契約の成立に関する法理をそのまま適用し難いとして修正を加え、
合意退職の申入れに対しては、使用者が承諾するまでは撤回できるとする(注1、注2)。
注1.「白頭学院事件」大阪地裁判決平9.8.29
「労働者による雇用契約の合意解約の申込は、これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し、雇
用契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段
の事情がない限り、労働者においてこれを撤回することができると解するのが相当である」と、使用者の承諾
の意思表示が労働者に到達する前であれば、原則として撤回可能としている。
注2.「田辺鉄工所事件」大阪地裁決定昭48.3.6
「従業員の合意退職申入れの撤回についても民法第521条以下の法理の適用があるかの如きであるが、労働
契約が継続的契約関係であり、日々の指示就労を介して人的にも強く結びついている関係であることに鑑みる
と、民法第521条以下の法理をそのまま適用し難く、従業員は、使用者が承諾するまでは合意退職の申入れを
撤回できるを原則とし、ただ、使用者に不測の損害を与える等信義に反する特段の事情があるときは撤回でき
ない」
上記判例でいう「使用者に不測の損害を与える等信義に反する特段の事情があるとき」というの
は、たとえば、後任の募集を開始して採用活動を開始したり採用が内定したような事情が該当する
ものと思われる。
民法
(承諾の期間の定めのある申込み)
第 521 条
2
承諾の期間を定めてした契約の申込みは、撤回することができない。
申込者が前項の申込みに対して同項の期間内に承諾の通知を受けなかったときは、その申込み
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第1款 労働契約の終了の形態
は、その効力を失う。
一方、
「辞職届」という場合は、なにがなんでも退職というイメージと結びつく。辞職の場合は、
その意思表示が使用者に到達した時点で解約の告知としての効力を持つことになるから、撤回する
ことはできない(菅野「労働法」P427)。もっとも、たとえば、退職届を提出しないと退職金をも
らえないなどという誤解のもとになした意思表示であれば瑕疵があるから、無効または取消の主張
をなし得る。
実務において、労働者の退職の申出が「なにが何でも退職」の告知なのか、「合意解約」の申込
みなのか明かでない場合がある。その場合には、合意解約の申込みであるとすると使用者の承諾な
しに雇用関係を終了させることができないという不都合な結果が伴うことになる。下井 隆史教授
は、これについて、合意解約の申込みに任意退職の意思表示(なにが何でも退職)が予備的に含ま
れていると考えて問題を処理するのがよい、としている。つまり、労働者の退職申出に対する使用
者の承諾がなかった場合でも、原則として2週間が経過すれば雇用関係は終了すると解するのであ
る(下井「労基法」P201、土田「労契法」P561も同旨。)。
※辞職=撤回することはできない。
※合意退職の申込み=使用者の「承諾」の意思表示が労働者に到達する前であれば撤回できる。
※「何がなんでも退職」と懲戒解雇
実務において、非違行為が発覚し懲戒解雇処分になりそうになった場合に、本人から辞表が提出
され退職してしまうことがある。そのような場合に国家公務員の場合は辞職を承認しなければよい
が、民間のルールでは2週間経過後に雇用関係が終了してしまう。そのため、本来であれば懲戒解
雇により退職手当が不支給とされるべきはずのものが、懲戒手続きが間に合わずに支給しなければ
ならない事態となりかねない。
退職手当の不支給事由として「在職中に懲戒解雇事由に該当する行為があったとき」という規定
を追加し、当該事由に該当すると思料する事由がある場合は退職手当の一時差止める規定を設けて
おくなどの措置をとる必要がある。
2)「承諾」の時期
いかなる状態をもって「承諾」と判断するかは、なかなか難しい。
「退職辞令」、退職に関する「人事異動通知書」の交付など退職を承諾する旨の使用者の意思表
示がなされれば「承諾」は明白であるが、その前であっても、退職承認の決定権がある者が退職願
を受理することによって「承諾」が肯定され得る。
判例では、人事部長が慰留したのに聞き入れず退職届を提出しこれを受領したことをもって承諾
の意思表示があったと判示した例がある(注)。しかし、労務取締担当部長による退職届の受領は
同部長に承認の権限がなかったとして撤回を認めた例もあり(「岡山電気軌道事件」岡山地裁判決
平3.11.19)、退職届を受理した者に退職承認の決定権があることが「承諾」の要件となっている。
通常は人事部長、学部長など一定の権限を有する職位の者が退職届を受領した場合に、過去にお
いてその受領を撤回したしたことがないなど慣習となっていれば、これをもって「承諾」したと解
してよいのではないだろうか。前述「大隈鉄工事件」でも「合意解約申込に対する使用者の承諾の
意思表示は、就業規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式によらなければなら
ないというものではない。」と、辞令・通知書の交付を効力要件としていない。
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第1款 労働契約の終了の形態
注.「大隈鐵工所事件」最高裁三小判決昭62.9.18
採用の際は、副社長をはじめ人事部長を含む計4人の総合評価で決定していた事実との対比で「労働者の新
規採用は、その者の経歴、学識、技能あるいは性格等について会社に十分な知識がない状態において、会社に
有用と思われる人物を選択するものであるから、人事部長に採用の決定権を与えることは必ずしも適当ではな
いとの配慮に基づくものであると解せられるのに対し、労働者の退職願に対する承認はこれと異なり、採用後
の当該労働者の能力、人物、実績等について掌握し得る立場にある人事部長に退職承認についての利害得失を
判断させ、単独でこれを決定する権限を与えることとすることも、経験則上何ら不合理なことではないからで
ある。」と判示し、人事部長単独の意思による承認を肯定している。
⇒ 大学・独法においては、どの時点で「承諾」とするのかあらかじめ明確にしておくことが望まれる。
⇒ 「承諾」の意思表示は必ずしも辞令・通知書の交付を必要とするものでなく、退職承認権限のある者が
退職願を受理したことをもって「承諾」したと考えられる。
○白頭学院事件(大阪地裁平成9年8月29日判決)
承諾する権限をもつ理事長による承諾の意思表示が労働者に到達する前であれば、合意解約の申
込みは撤回できるとした。
(事案の概要)
Xは、Yの設置する中学校及び高校において体育教員として勤務する者である。Xは、平成6年8
月から平成7年5月にかけて生徒の母親Aと情交関係を結んでいたが、平成7年12月14日、Aの
元夫Bからこれを理由に暴行を受け、また、Bは、Xに対し携帯電話で校長に電話して辞めると言う
よう強迫したので、Xはやむなく学校に電話し校長に対して学校を辞めたい旨告げた。
同月20日、Xは校長の勧奨を受け、退職願を書いて校長に手渡した。校長は、Yの任免及び懲戒
権者である理事長に電話してこれを報告し理事長の了承を得た。一方、Xは、帰宅後、退職を取りや
めようと考え、校長に架電し退職願を撤回する旨伝えた。
(判決の要旨)
「労働者による雇用契約の合意解約の申込は、これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到
達し、雇用契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認め
られるような特段の事情がない限り、労働者においてこれを撤回することができると解するのが相当
である〈中略〉。
Xは、合意解約の申込から約2時間後にこれを撤回したものであって、Yに不測の損害を与えるな
ど信義に反すると認められるような特段の事情が存在することは窺われず、Xは、理事長による承諾
の意思表示がXに到達する前に、合意解約の申込を有効に撤回したものと認められるので、Yの合意
解約が成立した旨の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
」として、撤回を認め
た。
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○大隈鐵工所事件(最高裁昭和 62 年 9 月 18 日判決)
C部長に承諾権限があるならば、C部長が退職願を受理したことをもって即時承諾の意思表示が
なされたものとして、撤回が認められなかった。
(事案の概要)
Xは、大学在学中にA政治団体に加盟し、昭和47年にYに入社した者であるが、同期入社のBとと
もに、会社内でA政治団体の非公然の活動を行ってきたところ、Bの失踪事件に関連してYの上司か
ら事情聴取を受けたことをきっかけとして、それまで秘匿していたA政治団体所属の事実がYに露見
したことに強い衝撃を受け、社内における自己の将来の地位に希望を失い、C人事部長に退職届を提
出した。Xは、翌日、退職の意思表示を取消す旨申し入れたが、Yはこれを拒絶した。
(判決の要旨)
「私企業における労働者からの雇用契約の合意解約申込に対する使用者の承諾の意思表示は、就業
規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式によらなければならないというものでは
ない。
・・・C部長にXの退職願に対する退職承認の決定権があるならば、原審の確定した前記事実関
係のもとにおいては、C部長がXの退職願を受理したことをもって本件雇用契約の解約申込に対する
Yの即時承諾の意思表示がされたものというべく、これによって本件雇用契約の合意解約が成立した
ものと解するのがむしろ当然である。」として、本件は「承諾」後の撤回であるとして撤回が認められ
なかった。
⇒ 退職の意思表示(合意解約の申込み)は、使用者の「承諾」前であれば撤回することができる。
⇒ 「何がなんでも退職」の意思表示であれば、使用者の同意なしに撤回することはできない。
(4)有期労働契約の解約の特例
期間の定めがある契約はやむを得ない事由がなければ契約解除することができない(民法 628
条)が、改正労基法施行(平成 16 年 1 月 1 日)後3年を経過した場合において施行の状況を勘案
しつつその結果について必要な措置が講じられるまでの間は、1年を経過した日以後においては、
労働者は使用者に申し出ることによりいつでも退職することができることとされている。ただし、
専門的知識を有する者及び 60 歳以上の者とする契約は除かれる(注)
(労基法附則 137 条、平成
15 年附則 3 条)。
したがって、現在のところ、契約期間を3年とする労働契約の意義は、労働者にとって雇用が
保障される期間であって、使用者にとっては身分を拘束できる期間は最長で1年である。
注.専門的知識を有する者及び 60 歳以上の者とする契約であって3年を超える期間を定めた場合に除かれる(下
井「労基法」P93)。
⇒ 1年を超える契約期間を締結しても、1年を経過した日以後においては、労働者からの解約は、専門的知識
を有する者及び 60 歳以上の者とする契約を除いて、経過措置によっていつでもできる。
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3.労使の合意による退職
(1)合意解約の意義
労働者と使用者との合意により労働契約を解約することが「合意解約」である。
合意解約は、労働者又は使用者の解約の申込みに対し相手方がこれを承諾することによって成立
する。これは労使双方の意思の合致に基づく労働契約の解約であって、使用者の一方的意思表示に
よる解雇と異なるから、労基法の解雇制限(19 条)、解雇の予告(20 条)及び労契法の解雇規制(16
条)の規定は適用されない。
また、合意解約の申込みは要式行為ではないので、一般的には書面による必要はなく口頭や電子
メールでも可能であるが、多くの大学・独法では下記(2)に示すように、「文書をもって願い出
なければならない」と就業規則に規定しているため、それによることになる。
申込みに対する承諾の意思表示も、一般的には格別辞令交付等の要式を必要としない(土田「労
契法」P561)
。
(2)合意解約の成立
1)合意解約の意思表示
合意解約の成立には「申込み」の意思表示とこれに対する「承諾」の意思表示とが必要である。
労働者側からの解約申込みは、一般的には、次のような就業規則の条項に基づいて、「退職願」
を提出することによって行う。
(自己都合退職)
第○○条 教職員が退職しようとするときは、あらかじめ、退職を予定する日の30日前までに文書
をもって願い出なければならない。
2 前項の願い出があった場合、業務上特に支障のない限り、これを承認するものとする。
提出された「辞職願」が合意退職の申込みであるならば、一般に就業規則の規定に従って退職日
まで少なくとも 30 日間の期間をもって両者の合意の上で具体的退職日を定めることになるが、労
働者の一方的意思表示である場合は「雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによっ
て終了する」ことになる(民法 627 条 1 項)。
※「退職願」と「退職届」
労働者による合意解約の申込みの場合は「退職願」と書くことが適当であるし、労働者の一方的意
思表示(解約告知)の場合は「退職届」と書くのがふさわしい。もとより、法的意義がどちらである
か、また「合意」が有効であるかは、書面の表紙書きにあるのでなく、就業規則の規定との関係や「退
職願」
(又は「退職届」)の提出の経緯、当事者双方の態度などに基づいて判断されるべきものである。
合意解約の形をとる場合であっても、違法な指名解雇基準と密接不可分な関係にたってなされた合
意解約は無効とされる。裁判例では、「有夫の女子」「30 歳以上の女子」という一般的な退職基準を
設けることは、結婚している女子の差別待遇または性別による差別待遇に該当するといえるから、い
ずれも憲法第 14 条、労働基準法第 3 条、第 4 条の精神に違反し、かかる差別に基く法律行為は私法
上無効であるとし 「この基準に基く指名解雇は公序良俗に反し私法上無効であるというべきところ、
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申請人はかかる指名解雇を目前にしてこれから免れ得ないものと観念したために退職願を提出した
のであり、・・・違法な指名解雇基準と密接不可分な関係に立って成立した合意解約ということがで
き、結局かかる合意解約は公序良俗に反し私法上無効であるといわなければならない。」として合意
解約を無効としたものがある(「小野田セメント事件」盛岡地裁一関支部判決昭 43.3.10)。
使用者による退職勧告についても、合意解約の申込みと解すべきか否かが問題となることがある。
判例は、一定期日までに退職願を提出した者は任意退職扱いとするが、退職願の提出がない場合は
解雇する旨を通告した場合について、期日までに退職願を提出した労働者との合意解約を認めてい
る(「川崎重工事件」神戸地裁判決昭 32.9.20)。
2)合意解約の意思表示の瑕疵
労働者が使用者から退職を迫られ、不本意ながら意思表示を行った後に翻意して意思表示の効力
を争う場合がある。これについては、心裡留保(民法 93 条)、錯誤(同 95 条)、詐欺・脅迫(同
96 条)など民法の意思表示の原則に従ってその効力が判断される。
民法
(心裡留保) ⇒ 真意を知るときは無効
第 93 条
意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにそ
の効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その
意思表示は、無効とする。
(虚偽表示) ⇒ 虚偽の意思表示は無効
第 94 条
2
相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
(錯誤) ⇒ 要素に錯誤があるときは無効
第 95 条
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大
な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
(詐欺又は強迫) ⇒ 詐欺・脅迫による意思表示は取消すことができる
第 96 条
2
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知
っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3
前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。
たとえば、労働者に懲戒解雇事由がないにもかかわらず懲戒解雇することを示唆して退職届を提
出させたときは、違法な害悪の告知として脅迫による取消しが認められる(「ニシムラ事件」大阪
地裁決定昭 61.10.17。脅迫否定例として「ソニー事件」東京地裁判決平 14.4.9)。
また、懲戒解雇事由がないにもかかわらず労働者が退職の意思表示をしなければ懲戒解雇になる
と誤信して退職を申込み、その事情を使用者側が知っていたときは、動機の黙示的表示が認められ
要素の錯誤として無効とされる(「徳心学園事件」横浜地裁決定平 7.11.8)。
労働者が実際には退職の意思がないにもかかわらず反省の意を強調する意味で退職願を提出し、
使用者もその真意を知っていたというときは、退職の意思表示は心裡留保として無効となる(「昭
和女子大学事件」東京地裁決定平 4.2.6)。
259
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3)合意解約の意思表示の撤回
合意解約の効力は労働者の解約申込みを使用者が承諾した時点で発生するため、それまでの間は、
労働者は原則として退職の意思表示を撤回することができる点については、2.
(3)1)
(254 ペ
ージ)ですでに述べた。使用者がどの時点で合意解約を承諾したかは、退職を含む任免権が誰に与
えられているかによって判定される(土田「労契法」P562)。
人事部長が退職承認の最終決定権を有している場合に、人事部長による退職願の受理が使用者の
即時承諾の意思表示とされ合意解約の成立が認められる(「大隈鐵工事件」最高裁判決昭 62.9.18)
し、退職願を受理した常務が退職に関する最終決定権を有していないときは、社長名による退職承
諾の意思表示以前になされた撤回の効力が認められる(「岡山電気軌道事件」岡山地裁判決平
3.11.19)。
なお、合意解約の申込みに対する使用者の承諾前であっても、使用者に不測の損害を与えるなど
信義に反する事情があるときは、撤回は許されないと解される(土田「労契法」P562)。
⇒ 合意解約の申込みは、相手方が「承諾」するまでの間は撤回することができる。
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4.終期付契約による退職
(1)定年制
1)定年制の合理性
定年制は、労働者が一定年齢に達したときに労働契約が終了する制度である。定年到達前の退
職や解雇が格別制限されていないから労働契約の期間を定めたものと解されない。結局、労働契
約の終了事由を定めた特殊な約定であるといえる。
定年制については、労働者の労働能力や適格性がいまだ十分に存在しているにもかかわらず一定
年齢到達のみを理由として労働関係を終了させるもので、合理性がなく雇用保障の理念に反し効力
がないとする見解もあるようだが、菅野和夫教授は、年功昇進による長期雇用システムのもとでは、
賃金コストを抑制するための不可欠の制度として合理性があり、公序良俗違反にあたらないとして、
定年制を肯定している(注)。
注.菅野「労働法」P430~P431
「定年制は、従業員の雇用尊重を最優先課題とし、かつ年功による処遇(賃金・昇進)を基本とするわが国
企業の長期雇用システムにおいて、年功による昇進秩序を維持し、かつ賃金コストを一定限度に抑制するため
の不可欠の制度として機能してきた。いいかえれば、定年は、労働者にとって、定年年齢における雇用の喪失
という不利益のみならず、定年までの雇用保障や勤続年数による賃金の上昇などの利益を伴ってきた。したが
って、定年制度を一要素とする長期雇用システムにおける雇用保障機能と年功的処遇機能が基本的に維持され
ているかぎり、同制度はそれなりの合理性を有するのであって、公序良俗違反にあたらない。これに対し、企
業の従業員に対する雇用尊重の基本方針が放棄され、かつ年功的処遇が能力主義・成果主義によって置き換え
られた場合には、定年は従業員にとって格別のメリットのない制度と化し、合理性を失うことになる。」
⇒ 定年制は、長期雇用保障と年功的処遇を前提に合理性を有し是認される制度である。
2)定年後の再雇用
企業が定年の定めをする場合は、鉱山における坑内作業の業務を除いて、60歳を下回ることが
できない(高年齢者法 8 条)。
また、65歳未満の定年の定めをしている企業は、その雇用する高年齢者の65歳までの安定し
た雇用を確保するため、次のいずれかの高年齢者雇用確保措置を講じなければならない(高年齢者
法 9 条)。
①
当該定年の引上げ
②
継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も
引き続いて雇用する制度をいう。)の導入
③
当該定年の定めの廃止
「65歳」とあるのは、経過措置により次のとおり読み替えられる(高年齢者法附則 4 条)。
平成 19 年 4 月 1 日から平成 22 年 3 月 31 日まで
63歳
平成 22 年 4 月 1 日から平成 25 年 3 月 31 日まで
64歳
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上記②については、継続雇用を希望する高年齢者を全員雇用することが原則であるが、労使協定
により、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入する
ことも認められる(高年齢者法 9 条 2 項)。
労使協定を締結する場合の再雇用する基準は、たとえば、次のようなものが考えられる。
(再雇用対象者に係る基準)
第○条
定年退職後の再雇用対象者は、再雇用を希望する定年退職者のうち、以下の要件を満たす者
とする。
(1)働く意思・意欲
業務遂行の意欲があること
(2)健康
勤務に支障がない健康状態にあること
(3)能力、技術及び経験 職務遂行上必要な能力、技術及び経験を有していること
(4)勤務態度
定年退職前 2 年間において、勤務態度が良好でないと評価されていない
こと
再雇用の基準は労使協定で定めることを要するが、協定をするため努力したにもかかわらず協議
が調わないときは、平成 21 年 3 月 31 日(常時雇用する労働者数が 300 人以下の中小企業は平成
23 年 3 月 31 日)までの間は就業規則その他これに準じるものにより、継続雇用制度の対象となる
高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入することができる(高年齢者法附則 5
条 1 項・2 項、高年齢者令附則 5 項・6 項)。
(2)休職期間の満了による退職
私傷病に基づく欠勤が長期に及び「休職処分」となり、就業規則で定める「休職期間が満了して
も休職事由が解消せず復職しないときは、自動退職とする」という退職事由により退職させること
がある。このような規定の有効性について、①期間満了の翌日等一定の日に雇用契約が自動終了す
ることが明白に就業規則に定められていること、②その取扱いが規則どおりに行われており、例外
的な運用や裁量がなされていないこと、を要件として定年制と同様に終期の到来による労働契約の
終了と解される(昭 27.7.25 基収 1628 号、「電機学園事件」東京地裁決定昭 30.9.23)。
なお、「休職期間が満了しても休職事由が解消せず復職しないときは、解雇する」と規定する就
業規則もみかけるが、その場合は解雇権濫用の法理によって制約を受ける。とくに傷病休職の場合
は軽度の職務への配置義務が要件となり、そうした配置の可能性があるにもかかわらず行った解雇
は無効とされる(注)。
注.全日本空輸(休職解雇)事件大阪高裁判決平 13.03.14
労災事故によって約三年三か月休業した後に復職した客室乗務員が労働能力低下を理由として解雇された
事例に付き「使用者は、復職後の労働者に賃金を支払う以上、これに対応する労働の提供を要求できるもので
あるが、直ちに従前業務に復帰ができない場合でも、比較的短期間で復帰することが可能である場合には、休
業又は休職に至る事情、使用者の規模、業種、労働者の配置等の実情から見て、短期間の復帰準備時間を提供
したり、教育的措置をとるなどが信義則上求められるというべきで、このような信義則上の手段をとらずに、
解雇することはできないというべきである。」と復帰後の職務訓練等が必要とした上で「原告には、就業規則
の解雇事由である「労働能力の著しく低下したとき」に該当するような著しい労働能力の低下は認められない
し、また、就業規則が規定する解雇事由に「準じる程度のやむを得ない理由があるとき」に該当する事由もこ
れを認めることはできない。」として解雇無効と判示した。
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(3)その他個別事情による退職
1)行方不明となった蒸発職員の退職
行方不明となり無断欠勤を続ける職員は退職してもらうことになるが、法的には単に蒸発して行
方不明となっただけでは黙示の退職の意思表示があったとして取扱うわけにいかない(注)
。
注.働く意思がない態度を表明したとき
寮から荷物をまとめて出て行き蒸発したというような場合には、当該会社で働く意思がない態度を表明したとし
て、黙示の退職の意思表示があったものとして取扱ってよいとされる(昭 23.3.31 基発 513 号)。
このような場合に、あらかじめ退職事由として、たとえば「行方不明による欠勤が 60 日に及び
なお所在不明のときはその翌日をもって自動退職とする。」という規定を就業規則に定めて処理す
ることが許されるかという問題がある。
安西 愈弁護士は、休職期間満了の自動退職が是認されるのだから、
「行方不明」という事由発生
に基づく一定期間の経過という「雇用契約終了事由の成就」による当然退職制度も有効であり、不
合理であるとはいえないと説く(安西「採用・退職」P825~826)。しかし、自発的に行方をくらま
し出社の意思がないと推認できる場合や現行犯逮捕されて長期拘留されている場合などはともか
く、たとえば、海難事故に遭い無人島にたどりついて救助を待っていたというような場合も自動退
職が許されるのかという疑念がある。
⇒ 自動退職とするか解雇とするかの別を明確に定めておくことが望まれる。
それでは、無断欠勤などを理由として解雇する場合はどうであろうか?
一般に、解雇するかしないかは使用者の裁量であるから、実務においては、前記海難事故のよう
な生死不明の場合は解雇を保留し、出社の意思がないと推認できる場合や本人の帰責理由による無
断欠勤の場合に解雇する、というような運用をするのがよいと思われる。
ただし、解雇はその意思表示が相手方に到達しないと効力が発生しないため、意思表示の送達の
ためには「公示による意思表示」が必要とされ、簡易裁判所に公示送達の申立てをしなければなら
ない。
民法
(公示による意思表示)
第 98 条
意思表示は、表意者が相手方を知ることができず、又はその所在を知ることができないと
きは、公示の方法によってすることができる。
2
前項の公示は、公示送達に関する民事訴訟法 (平成八年法律第百九号)の規定に従い、裁判所
の掲示場に掲示し、かつ、その掲示があったことを官報に少なくとも一回掲載して行う。ただし、裁
判所は、相当と認めるときは、官報への掲載に代えて、市役所、区役所、町村役場又はこれらに準ず
る施設の掲示場に掲示すべきことを命ずることができる。
3
公示による意思表示は、最後に官報に掲載した日又はその掲載に代わる掲示を始めた日から二週
間を経過した時に、相手方に到達したものとみなす。ただし、表意者が相手方を知らないこと又はそ
の所在を知らないことについて過失があったときは、到達の効力を生じない。
4
公示に関する手続は、相手方を知ることができない場合には表意者の住所地の、相手方の所在を
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第1款 労働契約の終了の形態
知ることができない場合には相手方の最後の住所地の簡易裁判所の管轄に属する。
5
裁判所は、表意者に、公示に関する費用を予納させなければならない。
※国家公務員の場合
国家公務員の免職の場合は通知書を交付することとしているが、「これを受けるべき者の所在を
知ることができない場合においては、その内容を官報に掲載することをもつてこれに替えることが
できるものとし、掲載された日から二週間を経過したときに通知書の交付があつたものとみなす」
ことになっている(人規12- 0 第 5 条 2 項)
2)自己破産した職員の退職
労働者を雇用する使用者が破産した場合には、破産管財人は雇用する労働者を解雇することがで
きる(民法 631 条)が、労働者が自己破産した場合には、使用者には当然に解雇する権利が与えら
れているわけでない。
この点について、安西 愈弁護士は、通常は自己破産になったという理由だけでは解雇理由とはな
らないが、職場内の人間関係の悪化や業務上不適格が生じる場合には、できるだけ本人と話合って自己
都合退職させるべきである、と次のように説明しておられる。
「しかし、自己破産という理由だけでは解雇理由とならない。一般に取引契約では「破産、民事再
生、会社更生等」は、契約の解約事由になっている。自己破産原因は、支払不能であるから特に信用
が重視される業務に特約(限定社員)として従事している社員や使用人兼務役員、会社の幹部で特に
信頼関係の高度な者等については雇用特約(就任時の念書)等で『自己破産の場合は当然退職する。
』
といつた合意があれば有効で、破産の宣告があったときは、退職としてよいであろう。
一般の従業員の場合には、たとえそのような特約があってもその合理性が問題となり、自己破産に
関連して業務上の重大な支障を生じたり、名誉信用の毀損が著しい場合、その他企業秩序ないし就労
上信用を継続することが著しく困難な自体が生じたときは、当該事由によって解雇は可能であろうが、
通常は自己破産になったという理由だけでは解雇理由とはならない。
(中略)
そこで、自己破産は一般社員には解雇理由とはならないが、同僚などに保証人を依頼したため金銭
的に相当な損害を与えた場合には(本人が免責になっても保証人は免責にならないし、同僚に対し借
金踏倒し的状況となる。
)、人間関係の悪化が問題となり、また金銭上の信頼を要する業務、特別に本
人・同僚・近接者等の生命・身体に危険を及ぼす可能性の高い業務、幹部社員などで忠実義務が高度
の場合等については、業務上不適格として、解雇が正当の場合もある。ただし、そのような場合でも
できるだけ本人と話合い、自己都合退職とすべきだろう。
」(安西「採用・退職」P841~843)
民法
(使用者についての破産手続の開始による解約の申入れ)
第 631 条
使用者が破産手続開始の決定を受けた場合には、雇用に期間の定めがあるときであって
も、労働者又は破産管財人は、第六百二十七条の規定により解約の申入れをすることができる。この
場合において、各当事者は、相手方に対し、解約によって生じた損害の賠償を請求することができな
い。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第1款 労働契約の終了の形態
⇒ 会社が破産した場合に、破産管財人は雇用する労働者を解雇することができるが、労働者が破産した場合
には、使用者は当然には解雇することはできない。
⇒ 自己破産した労働者を退職させるには、本人との話合いによって自発的に退職してもらうことが望ましい。
5.解 雇(使用者側からする解約)
解雇とは、一般的に、労働契約を将来に向かって解約する使用者側の一方的意思表示である。
(労
働者側から行う解約権の行使は「辞職」と呼ぶことについては、すでに述べた。
)。
民法の基本原則に従えば、期間の定めがない契約については、労使双方とも「いつでも解約の申
入れをすることができる」ことになっているが、使用者側から行う「解雇」は実際には判例の積み
重ねにより「解雇権濫用の法理」という厳しい制限が課せられてきた。現在では労契法 16 条によ
り「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権
利を濫用したものとして、無効とする。」と、明定されている。
解雇については、項を改め「第3款 解雇」(317 ページ以下)において詳述する。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
第2款 有期労働契約の雇止め
1.「雇止め問題」の概要
(1)問題の所在
わが国の製造業の生産現場では、契約期間を2、3か月程度とする短期契約をする工員(臨時工・
季節工などと呼ばれる。)を多数雇用する慣行がある。そして、契約更新を何度か繰返した後、景
気後退期に受注量が減少すると期間満了を理由に契約を打切る(「雇止め」という。)。製造業以外
の業種においても、短期契約で雇用し、契約を何度も繰り返した後に使用者の一方的・恣意的な理
由(例:「生意気だ」、「おばさんは要らない」など)により契約を打切ること(雇止め)がある。
これらはとかくトラブルになりやすいし、法的にも問題である。
また、契約法の一般原則では、有期労働契約について「やむを得ない事由があるとき」でなけれ
ば契約解除することはできない(民法 628 条、裁判例として(注))にもかかわらず、期間の定め
がない正規職員については解雇権濫用の法理により保護されているが有期労働契約の非正規職員
については比較的簡単に解雇することができる、という誤った考えがある。
注.ネスレコンフェクショナリー(契約期間中の解約)事件大阪地裁判決平 17.3.30
業務を外部委託するため、1年契約を3年以上にわたって契約更新してきた菓子類販売促進業務に従事する
労働者を契約期間中に解雇した事案で、裁判所は、契約期間内においても解約することができるとの条項が契
約書にあったとしても、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することはできず、権利の
濫用として無効であるとした。
⇒ 業務を外部委託するために担当業務がなくなることは「やむを得ない事由があるとき」に該当しない。
一方、期間の定めがない契約(無期契約)については、使用者からの一方的解約(解雇)は民法
の趣旨(627 条)と異なり判例の積み重ねにより厳格な制限が行われてきた。すなわち、
「解雇は、
客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したもの
として無効とする」という解雇権濫用の法理である(労契法 16 条)
。
本来、労働契約に契約期間を定めるというは、業務の性質上それなりの理由があるからであって、
期間が満了すれば契約は当然に終了することになる。事実西欧諸国では、労働契約に期間を定める
場合は一定の要件を定めているところが多いと聞く(注)
。
問題は、業務の性質上契約更新が期待されているにもかかわらず、期待を裏切る形で雇止めをし
たり、有期契約期間中は原則として解約することができないにもかかわらず、途中解約することで
ある。
さらに、期間の定めがある契約の場合、更新を繰返した後に期間の満了だけで当然に雇用を終了
させてよいのか、そもそも期間の設定は法律の定める上限の範囲内であればいかなる場合も許され
るのかということなどが議論されるようになり、数多くの裁判例を通じて労働者の契約更新期待を
保護する動きがみられ、契約期間の満了に伴う更新拒否(雇止め)が個別紛争問題の争点となって
いる。
注.土田道夫教授によれば、ドイツ・フランス等のEU諸国では期間設定に一定の事由を要求し、それを欠く場
合は期間の定めがない契約とみなす立法が発展しているそうである(土田「労契法」P667)。
また、橋本 陽子教授によれば、ドイツの場合、有期労働契約が認められるのは、次の二つの場合であるそうだ
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
(橋本 陽子「ドイツ、フランスの有期労働契約法制調査研究報告」労働政策研究・研修機構2004
JILPT:The Japan Institute for Labour Policy and Training。)。
① 労働契約に期限を付けることに正当な事由(たとえば、一時的な追加的労働需要への対応、他の労働者の一
時的代替など)がある場合。
② 2年間までの期間を定める場合。2年間の期間内に更新は3回まで認められる。ただし、有期、無期を問わ
ず以前に労働関係があった者とは有期労働契約を締結することはできない。
以上を整理すれば、雇止め問題の所在はおよそ次のような点であろう。
※問題の所在
① 有期労働契約を何度か更新した場合に、単に期間満了のみの理由で契約を終了させることができ
るか?
② 業務量が減少したり予算が打切られた場合など雇用継続が困難となる事情が生じても、配転など
をして法人全体で雇用を保障しなければならないのか?
③ 期間満了の退職であっても、解雇権濫用の法理が適用されるのか?
(4.(1)4)286 ページに解説記述あり)
これらの問題は個別の事情に応じて判断されるべきものであるが、インターネツト上の情報や労
組の主張などでときとして我田引水的な意見を見かける。
(2)有期労働契約期間中の解雇
雇止めと異なるが、有期労働契約期間中の解約(解雇)についても問題がある。
有期労働契約の期間中の解雇については、民法 628 条が「当事者が雇用期間を定めた場合であっ
ても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この
場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して
損害賠償の責任を負う。」と規定している。これは当事者双方が期間の定めに拘束される結果、期
間中は原則として解約できないことを前提として、やむを得ない事由があれば即時解除をなし得る
こと、ただし、その事由が当事者の一方の過失により発生させたものであるときは当該過失を発生
させた者は損害賠償の責任を負うことを明らかにしたものである(菅野「労働法」P180)。同趣旨
の制限は、使用者についてのみ労契法 17 条 1 項に定められており、
「使用者は、期間の定めのある
労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間に
おいて、労働者を解雇することができない。」こととされる。
一方、労契法 16 条は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認めら
れない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」としており、有期契約・無期契約
にかかわらず「合理的な理由で、社会通念上相当と認められる事由」がある場合には解雇すること
ができると解される。そこで民法の「やむを得ない事由」と労契法の「合理的な理由で、社会通念
上相当と認められる事由」(解雇権濫用の法理)との関係がどうであるかが気になるところである
が、菅野 和夫教授は、
「やむを得ない事由」は、期間の定めがない雇用保障的意義と民法の規定の
文言に照らして考えれば、期間の定めがない契約における解雇に必要とされる「合理的な理由で、
社会通念上相当と認められる事由」よりも厳格に解すべきである、としている(菅野「労働法」P181)。
行政解釈も同様であり、次のとおりである。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
「法第 17 条第 1 項の「やむを得ない事由」があるか否かは、個別具体的な事案に応じて判断され
るものであるが、契約期間は労働者及び使用者が合意により決定したものであり、遵守されるべきも
のであることから、
「やむを得ない事由」があると認められる場合は、解雇権濫用法理における「客
観的に合理的な理由を欠き(ママ)
、社会通念上相当である」と認められる場合よりも狭いと解され
るものであること。
」とされている(平 20.1.23 基発 0123004 号)。
第 2-1-5-3 図 「やむを得ない事由」と
「合理的・社会通念上相当」との関係
労契法の「合理的な理由で、社会通念
有期契約の
上相当と認められる事由」(解雇権濫
やむを得な
用の法理)
い事由
以上の点と、民法 628 条は任意規定、労契法 17 条 1 項は強行規定と解されるところから、次の
ような結論に達する(荒木「労契法」P154)。
①有期契約において、労働者の辞職について、やむを得ない事由がなくても可能である旨の合意
(就業規則の規定等)がある場合は、無効とすべきではない。
②有期契約において、使用者側からする解雇は、「やむを得ない事由」よりも緩やかな要件で解
雇する特約(就業規則の規定等)がある場合であっても、そのような特約は無効となる(注)。
注.「ネスレコンフェクショナリー事件」大阪地裁判決平 17.3.30
就業規則の解約条項が民法628条に反し無効であるか否かについて、「民法628条は、一定の期間解約
申入れを排除する旨の定めのある雇用契約においても、「已ムコトヲ得サル事由」がある場合に当事者の解除
権を保障したものといえるから、解除事由をより厳格にする当事者間の合意は、同条の趣旨に反し無効という
べきであり、その点において同条は強行規定というべきであるが、同条は当事者においてより前記解除事項を
緩やかにする合意をすることまで禁じる趣旨とは解し難い。」とし、「やむを得ない事由」よりも厳格にする
特約は無効であるが、緩やかにする特約は使用者側から行う解雇であっても有効と判断している。
しかし、労契法が施行された平成 20 年 3 月 1 日以後は、同法 17 条 1 項の明文規定により上記②のような結
論となる。
⇒ 有期労働契約期間中の職員を使用者の都合で解雇する場合は、無期労働契約の正規職員を解雇するより
も、より厳格な解雇事由が必要である(一般的には契約期間の満了まで待つようなすべき。)。
(3)行政の対応
1)有期労働契約調査研究会の発足
反復更新された有期労働契約の雇止め(契約の不更新)については、実際に裁判で争われる事例
が多く、平成9年 12 月の中央労働基準審議会の建議において、
「有期労働契約の反復更新の問題等
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第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
については、その実態及び裁判例の動向に関して専門的な調査研究を行う場を別に設けることが適
当である。」とされた。また、平成 10 年9月に成立した改正労基法の国会審議の際には、衆議院労
働委員会及び参議院労働・社会政策委員会において、有期労働契約について反復更新の実態、裁判
例の動向等について専門的な調査研究を行う場を設けて検討を進めるべき旨の附帯決議が行われ
た。
これらを踏まえ、旧労働省では、学識経験者の参集を求め、平成 11 年5月以降「有期労働契約
の反復更新に関する調査研究会」
(座長 山川隆一筑波大学教授)を開催し、雇止め等有期労働契約
の反復更新に係る諸問題について、その実態や関連裁判例を把握・分析し、専門的な検討を重ね、
平成 12 年9月、その検討結果を報告書にまとめ中央労働基準審議会に報告した。
2)厚生労働省による雇止め基準の告示
厚労省は、上記1)の有期労働契約調査研究会の報告を受けて、平成 15 年の労基法改正におい
て「厚生労働大臣は、期間の定めのある労働契約の締結及び当該労働契約の期間の満了時において
労働者と使用者との間に紛争が生じることを未然に防止するため、・・・基準を定めることができ
る」
(14 条 2 項)こととし、これに基づき有期労働契約を締結・更新・雇止めする場合には、使用
者は一定の基準を遵守すべきことを明確化した(「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する
基準」平成 15 年 10 月 22 日厚労告 357 号-【再掲】資料6(304 ページ))
。
その主な内容は、①契約締結時における更新に関する事項の明示、②雇止めの予告、③雇止め理
由の明示、契約期間長期化の配慮、などである。
⇒ この雇止め基準に則った雇止めの効力問題に関しては、4.(4)289 ページ以下に記述した。
(4)学内からの反発
平成16年に法人化された国立大学においては、法人化の際の就業規則の制定によって非常勤職員
の契約更新回数に上限を設けた大学が多数あるが、優秀な職員を単に期間満了を理由として退職さ
せることに反発の声があがっている。
たとえば、最近の報道では、京都大学では平成17年に就業規則を改定して、平成17年度以降非常
勤職員の雇用期間期間の上限を5年としたそうであるが、その期限が平成22年3月となっているこ
とに、学内に反発の声があるという。
京大で100人雇い止めへ非常勤職員、10年度から
京都大が 2010 年度中に契約期限を迎える非常勤職員 100 人について、契約を更新せず「雇い止め」
にすることが 23 日、分かった。
厳しい財務状況を背景に、各地の国立大でも同様の動きがあり、学内からは「非常勤職員が教育、
研究活動を支えている職場の実態を考慮していない」と反発の声が上がっている。
雇い止めの対象となるのは、05 年度に採用された非常勤職員。京大は 05 年 3 月に就業規則を改定
し、同年 4 月以降に採用された職員の契約期限を上限 5 年としたため、10 年度以降は契約満了となる
職員がいる。
京大によると、昨年 12 月現在、時給制で働く非常勤職員は約 2600 人、うち約 1300 人は就業規則の
改定後に採用された。京大職員組合の調査では、少なくとも 90 人が勤務継続を希望しているという。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
国から京大への運営費交付金は毎年約 10 億円ずつ減額され、常勤職員数や人件費も抑制傾向が続い
ている。
一方で研究室などの職場では、削減された常勤職員の仕事を肩代わりし、非常勤職員の負担が実質
的に増えているという。
京大人事企画課は「非常勤職員の業務は臨時的で補助的。雇用期間の上限は採用時に個別に伝えて
おり、トラブルにはならない」としている。
2009/01/23 【共同通信】
職員組合側の主張は、「非常勤職員を雇用して大学の恒常的業務を遂行することは現状ではやむ
を得ないが、5 年経過後も続く恒常的な業務に従事する時間雇用職員をわざわざ退職させて、新規
に採用するのは何故か?
業務上も非効率で京大のためにならないのではないか。」ということの
ようである。
たしかに、法人化後、優秀な非常勤職員を3年で退職させ、公募によって未知数の新人を採用す
ることは大学経営の利益に反するのではないかという主張には説得力があり、例外措置を設けて雇
用期間の限度をさらに2年間延長したり、更新限度回数を撤廃する大学も現れてきている。
その後の京都大学の動静は、非常勤職員2名が中心となって京都大学時間雇用職員組合を組織し、
平成 21 年2月上旬から大学構内のクスノキ周辺にテントを張って座込みをはじめた。両名は3月
末日に雇止めされたが団交を要求して大学敷地内を占拠しているため、4月に入って大学側が土地
の明渡しを求めて提訴するに至った(平成 22 年 4 月現在、占拠はしていないようだが裁判は継続
している模様)。
一方、従来組織である京都大学職員組合も5年ルールの改善を求めて署名運動を展開し、何度か
団交を重ねた結果、5年期限満了後も「公募」に応じることで再雇用が次の要領で可能となった。
■
部局が必要と判断した業務とし、必ず「公募」する。
■
5 年期限満了時、当該業務に就いている非常勤職員はこれに応募することができる。
■
採用は、部局の長の責任と判断により行う。
■
雇用期間 5 年満了者の場合も、新規採用者(1 年目) とする。
*ただし、雇用期間について「一事業年度単位」
「通算雇用期間最長 5 年まで」の現行制度は維
持する。
(大学側は「名目」を守り、職員側は「実」をとったということか?)
※民間の現状
民間では、有期労働契約は、一般的に①雇用量の調整のため、②正規社員と異なる賃金体系で補
助的業務に従事させるため、③正規社員の給与制度内で処遇できない高度専門能力者の処遇のため、
④プロジェクト的有期事業に従事させるため、などにおいて活用されている。
①や②の場合に、通常、契約更新の限度回数を設けることはしない。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
(5)大学側の事情
現在、国立大学における非常勤職員の雇用期間は、医療系職員や一部の専門技術職員を除いて、
1年契約を2回まで(雇用期間の上限は3年)としているところが多い。雇用期間の上限を3年と
する理由はよく分からないが、国家公務員時代に適用された定員法の制約上、非常勤職員の常勤化
を回避する制度の名残りが関係しているのではないかと思われる。
現状の大学経営においては、運営費交付金が毎年減額され人件費確保が困難となっていく現状に
加えて、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者法)が雇用する常勤職員を本人の希望
により65歳に達するまで雇用することを義務づける雇用確保措置(高年齢者法 9 条-注)の履行
の課題もあり、現在の非常勤職員が担当する業務を再雇用職員に肩代わりさせることも含めて検討
しなければならない状況にある。
注.高年齢者法の雇用確保措置は、①定年年齢の引上げ、②継続雇用制度(定年後も引続き再雇用する制度)、
③定年の廃止のいずれかの措置を講じることであるが、一般的には②の制度導入で対応する大学が多い。
※国家公務員の定年延長の動き
総務省「公務員の高齢期の雇用問題に関する研究会」(座長 清家 篤教授)の最終報告では
「雇用と年金の連携を図り、職員が高齢期の生活に不安を覚えることなく職務に専念できるようにす
るため、公務員についても、定年年齢を段階的に65歳に引き上げる必要」との見解を示し、定年を
平成25年度から61歳に引上げ、以後2年ごとに定年年齢を1歳ずつ延長し、平成37年度からは
65歳定年を実現することとしている。
国のこうした動きが国大・独法の人事制度に影響を与えることは必至で、今後の法人経営において
正規職員の高年齢者の活用をどのように進めていくか、ということが課題となってくる。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
2.有期労働契約調査研究会の報告
(1)裁判例の分析
1)概
要
前述(1.(3) 1)268 ページ以下)「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」では、
過去の裁判例を類型化し、次の4タイプに分けてそれぞれの特徴を分析・把握している。
① 純粋有期契約タイプ
契約期間の満了によって当然に契約関係が終了する。
② 実質無期契約タイプ
期間の定めがない契約と実質的に異ならない状態に至っていると認められる。
③ 期待保護(反復更新)タイプ
相当程度反復更新の実態から雇用継続への合理的な期待が認められる。
④ 期待保護(継続特約)タイプ
格別の意思表示や特段の支障がない限り当然に更新されることを前提に契約を更新したと認
められる。
このうち、①のタイプについては解雇に関する法理の類推適用が否定され、期間満了による契約
終了が肯定されるのに対し、②~④のタイプについては解雇権濫用の法理が類推適用され当該期間
雇用の事案に即した合理的な理由がなければ期間満了によって契約が終了するものではないとさ
れる。
2)裁判例の分析の結果
裁判例の分析の結果については、次のような内容である(資料15 P305 以下に詳細掲載)。
「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」
(平成 12 年9月 11 日)
厚生労働省が委嘱した有識者による調査研究会報告では、有期労働契約の反復更新に関する調査の
実施、裁判例の分析などをもとに、有期労働契約の期間満了を理由とする雇止めについて、行政の対
応について提言を行っている。その要点をタイプ別にまとめると、<1>~<4>のとおりである。
<1> 純粋有期契約タイプ
裁判所により、次の<2>~<4>のいずれにも該当しない契約であるとされたもの
①業務内容や契約上の地位が臨時的であること又は正社員と業務内容や契約上の地位が明
確に相違していること、②契約当事者が有期契約であることを明確に認識していると認められ
る事情が存在すること、③更新の手続が厳格に行われていること、④同様の地位にある労働者
について過去に雇止めの例があること、といった状況がみられる。
例:「亜細亜大学非常勤講師雇用期間満了事件」東京地裁昭和 63 年 11 月 25 日
継続雇用を期待させる使用者の言動がなかったこと、専任教員と非常勤講師との職務内容、責任、
雇用条件の相違等の契約関係の実態を認定した上で、
「以上のような諸事情を考慮すると、原・被告
272
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第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
間の雇用契約は、20 回更新されて 21 年間にわたったものの、それが期間の定めのないものに転化
したとは認められないし、また、期間の定めのない契約と異ならない状態で存在したとは認められ
ず、期間満了後も雇用関係が継続すると期待することに合理性があるとも認められない」と判示し
ている。
⇒ 更新を何度繰り返しても、期間の満了によって雇止めすることができる。
⇒ 大学の非常勤講師などがこれに該当する。
<2> 実質無期契約タイプ
裁判所により、当該有期契約は期間の定めがない契約と実質的に異ならない状態に至っていると
認められたもの
①業務内容の恒常性や更新の手続が形式的であることが広く認められるほか、当事者の主観
的態様について言及された事案においては、②雇用継続を期待させる使用者の言動が認められ
たものが多く、また、同様の地位にある労働者の更新状況について言及された事案においては、
③これまでに雇止めの例がほとんどないものが多い。
例:たとえば、有期労働契約の雇止めに関するリーディングケースとなっている「東芝柳町工場事
件」(昭 49.7.22 最高裁第一小法廷判決)は、「実質において、当事者双方とも、期間は一応2ヶ
月と定められてはいるが、いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を
締結する意思であったものと解するのが相当であり、したがって、本件各労働契約は期間の満了毎
に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたもの
といわなければなら(ない)」と判示している。
⇒ 就業規則の解雇事由に期間満了を掲げていても、経済事情の変動により剰員を生じる等従来の取扱い
を変更して右条項を発動してもやむをえないと認められる特段の事情の存しないかぎり、期間満了を理由
として傭止めをすることは、信義則上からも許されない(解雇に関する法理が適用される。)。
⇒ 恒常的業務・基幹的業務に従事し、契約更新手続きがルーズであったり、長期雇用を期待させる言動が
ある場合に該当する。
<3> 期待保護(反復更新)タイプ
裁判所により、<2>とは認められなかったものの 、雇用継続への合理的な期待は認められる契約
であるとされ、その理由として相当程度の反復更新の実態が挙げられているもの
①業務内容の恒常性や更新の手続が形式的であること、②雇用継続を期待させる使用者の言
動が認められたものが多いこと、で実質無期契約タイプの場合と共通している。ただし、③業
務内容について必ずしも正社員との同一性が認められないこと、④過去に同種の労働者につい
て雇止めされた例があることなどの点で違いがみられる。
例:たとえば、
「日立メディコ事件」
(昭 61.12.4 最高裁第一小法廷判決)は、
「本件労働契約が期
間の定めのない労働契約が存在する場合と実質的に異ならない関係が生じたということもできない
というべきである。」としつつ、「柏工場の臨時員は、季節的労務や特定物の製作のような臨時的作
業のために雇用されるものではなく、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたものであり、
上告人との間においても5回にわたり契約が更新されているのである」と判示している。
273
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
⇒ その雇用関係はある程度の継続が期待されていたものであり、このような労働者を契約期間満了によっ
て雇止めするに当たっては、解雇に関する法理が適用される。
⇒ 恒常的業務に従事し、更新回数・勤続年数が大きくなるにしたがって労働者側に反復更新の期待が高ま
る。
⇒ 事業活動縮小による整理解雇の場合、正社員の整理解雇より緩やかな理由で雇止めを認めるケースが
かなりみられる(前述「日立メディコ事件」など)。
<4> 期待保護(継続特約)タイプ
裁判所により、<2> とは認められなかったものの、格別の意思表示や特段の支障がない限り当然
更新されることを前提として契約が締結されているとし、期間満了によって契約を終了させるため
には、従来の取扱いを変更して契約を終了させてもやむを得ないと認められる特段の事情の存する
ことを要するとするなど、雇用継続への合理的な期待が、当初の契約締結時等から生じていると認
められる契約であるとされたもの
①更新回数が0~5回と概して少ないこと、②もともとは期間の定めのない契約であった事
案等当該有期契約の締結の経緯等が特殊であるケースが多いことなどの点で実質無期契約タ
イプとの共通点が多い。ただし、③更新の手続・方法が厳格な事案があるという点で違いがみ
られるほか、④1度も更新がなされていない事案でも契約締結の経緯等により本タイプである
として雇止めが認められなかったものもあり、更新回数の多寡は契約関係の状況の認定に当た
り重視されていないといい得る。
例:たとえば、「平安閣事件」(最高裁昭和62年10月16日第二小法廷判決)は「本件雇用契約
を期間の定めのない契約ないしはその定めのない契約に転化したものと解することはできないもの
の、実質においては、期間の定めは一応のものであって、いずれかから格別の意思表示がない限り
当然更新さるべきものとの前提のもとに、雇用契約が存続、維持されてきたものというべきである
から、期間満了によって本件雇用契約を終了させるためには、雇止めの意思表示及び剰員を生ずる
等従来の取扱いを変更して雇用契約を終了させてもやむを得ないと認められる特段の事情の存する
ことを要する」と判示している。
⇒ 格別の意思表示がない限り当然更新さるべきものとの前提のもとに、雇用契約が存続、維持されてきた
ものというべきであるから、解雇に関する法理が適用される。
⇒ 契約期間は形式的で、実質において契約は更新されるものとの前提のもとに雇用契約が成立・存続して
いる。
⇒ 契約継続の特殊な事情等を理由として、雇止めを認めないケースが多い。
(各タイプの「例」は同報告書に添付されている裁判例の中から独自に宮田が選択して取り出したもの。)
調査研究会による裁判例の分析の結果を要約すると、
① 非常勤講師のような<1>純粋有期契約タイプでは契約期間の満了によって契約が自動的に
終了する。
② <1>以外のタイプ、すなわち<2>実質無期契約タイプ、<3>期待保護(反復更新)タイプ及
び<4>期待保護(継続特約)タイプではほぼ全ての事案において、雇止めの可否についての判断
274
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
を行っている。
雇止めの可否についての判断を行うにあたって、
「解雇に関する法理の類推適用により」
(「東芝
柳町工場事件」最高裁一小判決昭 49.7.22 )、
「信義則上の要請に照らして」
(「龍神タクシー事件」
大阪高裁判決平 3.1.16 )、あるいは「『更新拒絶権の濫用』という枠組により」
(「ダイフク事件」
名古屋地裁判決平 7.3.24 )、というような観点から判断している。
なお、解雇に関する法理が類推適用される場合には、ほとんどの裁判例において、期間の定めが
ない契約の下にある労働者の解雇の判断において判例上用いられている解雇権濫用法理が類推適
用されている。
※解雇権濫用の法理の類推適用 ⇒ 「意思表示」と「相当の理由」
期間満了に伴う有期労働契約の終了のためには更新拒絶の意思表示が必要であり、かつ、相当
な理由がなければ従来どおりの契約期間で自動更新されるという判例法理による更新制度をい
う(菅野「労働法」P178~P179)。
⇒ 過去の裁判例の分析の結果、「雇止めをするためには期間満了以外の『相当な理由』が必要とされる。」
といえる。
3)雇止め効力の判断要素
イ 有期労働契約調査研究会の判断要素
前述「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」(平成 12 年9月 11 日)では、雇止
め効力の判断要素として、次のようなものを挙げている。
a
業務の客観的内容
従事する仕事の種類・内容・勤務の形態(業務内容の恒常性・臨時性、業務内容についての正
社員との同一性の有無等)
⇒ 臨時性業務の場合は雇止めが認められやすい。
b
契約上の地位の性格
契約上の地位の基幹性・臨時性(例えば、嘱託、非常勤講師等は地位の臨時性が認められる。)、
労働条件についての正社員との同一性の有無等
⇒ 臨時性・補助的業務の場合は雇止めが認められやすい。
c
当事者の主観的態様
継続雇用を期待させる当事者の言動・認識の有無・程度等(採用に際しての雇用契約の期間や、
更新ないし継続雇用の見込み等についての雇主側からの説明等)
⇒ 継続雇用を期待させるような言動があるときは、雇止めが認められにくくなる。
d
更新の手続・実態
契約更新の状況(反復更新の有無・回数、勤続年数等)、契約更新時における手続の厳格性の
程度(更新手続の有無・時期・方法、更新の可否の判断方法等)
⇒ 厳格な更新手続きを行うときは、雇止めが認められやすくなる。
e
他の労働者の更新状況
同様の地位にある他の労働者の雇止めの有無等
⇒ 過去に雇止めの例があると、雇止めが認められやすくなる。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
f
その他
有期労働契約を締結した経緯、勤続年数・年齢等の上限の設定等
⇒ 一定勤続年数・年齢等の上限が設定されていると、雇止めが認められやすくなる。
以上を整理すると、次のようなことがいえるであろう。
第 2-1-5-4 図 雇止めを有効とする要素・無効とする要素
項
目
雇止めを有効とする要素
雇止めを無効とする要素
業務の性質
臨時的、補助的
恒常的、正規職員並み
契約上の地位
臨時的地位(嘱託・非常勤)
正社員と変わらず
継続雇用を期待させる言動
なし
あり
更新の手続き
厳格である
ルーズである
勤続年数や年齢の上限
設定されている
設定されていない
他の労働者の更新状況
過去に例がある
過去に例がほとんどない
(2)有期労働契約調査研究会の提言
以上の調査・分析を踏まえ、研究会は有期労働契約の雇止め等に関する問題点への対処のあり方
について、次のような提言をしている。
① 有期労働契約の締結、更新、雇止めに対する一律の制約は現時点では適当ではないが、実際
にトラブルが生じた場合に、事後的に裁判を通じて司法的解決を個別に図らざるを得ないとい
う現在の状況は、トラブルの未然防止という観点からは問題もある。
② 有期労働契約の雇止め等に関するトラブルを未然に防止するため、具体的には、例えば次の
ような措置を講じることが適当と考えられる。
a.雇止めに関する裁判例の分析により明確になった裁判例の傾向(有期労働契約の類型化、
類型別の具体的な契約関係の特徴・雇止めの可否の判断等)について広く情報提供を行うこ
と
b.トラブルを未然に防止する観点から、有期労働契約の締結及び更新・雇止めに当たっては、
次の事項に留意することが望ましいと考えられる。
・更新・雇止めに関する説明
契約更新・雇止めを行う際の当該事業場における更新の有無についての考え方、更新する
場合の判断基準等を、有期契約労働者に対し、あらかじめ説明することが望ましいのではな
いか。
・契約期間
不必要に短い契約期間とするのではなく、労働基準法の規定の範囲内で、当該労働契約の
実態や労働者の希望に応じ、できるだけ長くすることが望ましいのではないか。
・雇止めの予告
解雇の場合の労働基準法第 20 条第1項の定めに準じて、少なくとも 30 日前に更新しな
い旨を予告することが望ましいのではないか。
・雇止めの理由の告知
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
雇止めについて、労働基準法第 22 条の退職証明における解雇の理由の証明に準じて、使
用者は「契約期間の満了」という理由とは別に、当該労働者が望んだ場合には更新をしない
理由を告知することが望ましいのではないか。
(この提言を受けて、上記②bの各項目を盛り込んだ「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに
関する基準」平 15.10.22 厚労告 357 号(【再掲】資料6 304 ページ)が告示された。
)
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
3.「雇止め基準」の設定
(1)設定に至るまでの経緯
厚生労働省は、前述2.の有期労働契約調査研究会報告を受けて法改正を行うこととし、平成
15 年労基法改正(施行は 16 年 1 月 1 日)において「厚生労働大臣は、期間の定めのある労働契約
の締結時及び当該労働契約の期間の満了時において労働者と使用者との間に紛争が生ずることを
未然に防止するため、使用者が講ずべき労働契約の期間の満了に係る通知に関する事項その他必要
な事項についての基準を定めることができる」という条項が新設された(労基法 14 条 2 項)。
それに基づき「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」
(平 1510.22 厚労告 357 号。
以下「雇止め基準」という。)を告示している。
ただし、「雇止め基準」は法的に雇止めの有効性を保証するものではなく、通達においても「雇
止めに関する基準は、有期労働契約の契約期間の満了に伴う雇止めの法的効力に影響を及ぼすもの
でないこと。
」としている(平 15.10.22 基発 1022001 号)。
しかし、以上みてきたように、この通達が生まれるまでに有識者による裁判例を類型分析した「有
期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」
(平成 12 年9月)などを基礎として検討したもの
であるから、法的にもそれなりに耐えられるものと評価できるし、少なくとも「労働者と使用者と
の間に紛争が生ずることを未然に防止するため」に効果的であるということができよう(4.(4) 4)
292 ページの土田 道夫教授の主張を参照)。
⇒ 雇止め基準を遵守することによって、労働者と使用者との間に生じる紛争を未然に防止することが期待
できる。
⇒ 「雇止め基準」を遵守することにより、雇用継続に対する期待が生まれにくくなる。
(2)雇止め基準
「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」平成 15 年 10 月 22 日厚労告 357 号では、
以下のように①更新の有無の明示、②雇止めの予告、③雇止め理由の明示、④長期契約締結努力義
【再掲】資料6 304 ページ参照)。
務、の4基準が示されている(
1)更新の有無の明示
使用者は、期間の定めがある労働契約(有期労働契約)の締結に際し、労働者に対して、契約の期
間の満了後における更新の有無を明示しなければならない。そして、契約を更新する場合がある旨
明示したときは、当該契約を更新する場合又はしない場合の判断の基準を明示しなければならない。
通達では、たとえば、次のような明示方法が考えられるとしている(平 15.10.22 基発 1022001
号)。
イ 更新の有無について
① 自動的に更新する
② 更新する場合があり得る
③ 契約の更新はしない
ロ 更新する・しないの判断基準について
① 契約期間の満了時の業務量により判断する
② 労働者の勤務成績、態度により判断する
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
③ 労働者の能力により判断する
④ 予算の寡多により判断する
⑤ 従事している業務の進捗状況により判断する
(筆者は、この基準では予測可能性の面から抽象的過ぎると考えており、実務においては後述5.
(2)P296 以下のとおり、もっと具体的基準を示すようにすべきである。)
2)雇止めの予告
使用者は、有期労働契約を3回以上更新し、又は雇入れの日から起算して1年を超えて継続勤務
している者(※)に係る労働契約を更新しないこととしようとする場合には、少なくとも当該契約
の期間の満了する日の 30 日前までにその予告をしなければならない。ただし、あらかじめ当該契
約を更新しない旨明示されている場合は予告の必要はないが、実務においては、無用な混乱を避ける
意味で予告した方がよい。
この予告は解雇の予告(労基法 20 条)に準じてあらかじめ予告するものであるが、有期労働契
約の期間満了による「雇止め」は解雇ではないので、解雇に関する規制は適用されない。たとえば、
「解雇」であれば業務上傷病による休業期間中・産前産後の法定休業期間中及びその後 30 日間は
解雇することが制限される(労基法 19 条)が、雇止めであればそのような制限がない。
※雇入れの日から起算して1年を超えて継続勤務している者
たとえば1年契約を更新し雇用期間の上限を3年と定めて雇用している非常勤職員を、更新基準に
該当しないという理由で最初の1年間限りで更新拒絶(雇止め)する場合に、厳密な意味では雇止め
基準による予告は不要であるが、実務においては、予告はもちろんのこと、さらに契約期間の途中で
次期契約についての面談等を実施する等、労働者に次期契約の有無に関する見通しを伝えるべきであ
る。
3)雇止め理由の明示
上記2)の場合、労働者が請求したときは、更新しないこととする理由について遅滞なく証明書
を交付しなければならない。この場合の理由は、「契約期間の満了」と別な理由でなければならな
いことはもちろんである。その例として次のような理由が考えられる(平 15.10.22 基発 1022001
号)。
○ 雇止めの理由の例
① 前回の契約更新時に、本契約を更新しないことについて合意していたため
② 契約締結当初から更新回数の上限を設けており、本契約は当該上限に係るものであるため
③ 担当していた業務が終了・中止したため
④ 事業縮小のため
⑤ 業務を遂行する能力が十分でないと認められるため
⑥ 職務命令に違反する行為を行ったこと、無断欠勤をしたこと等勤務不良のため
※更新回数に上限を設けることの可否
現在、大多数の国立大学に導入されている契約更新回数に限度を設けることについて批判があるが、
これが直ちに無効となるものでないことは、厚労省が上記②のような例を掲げていることからも明き
らかである。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
4)長期契約締結努力義務
有期労働契約(1回以上更新し、かつ、1年を超えて継続勤務している場合に限る。)を更新し
ようとする場合は、当該契約の実態及び労働者の希望に応じて、契約期間をできる限り長くするよ
うに努めなければならない(「雇止め基準」4 条-【再掲】資料6 304 ページ参照)
。
この規定は、過去の裁判例において、製造業等において受注減に備えて臨時工の契約期間を2か
月程度とする慣行があり、数十回も自動更新した後、突然に、不況による受注減等を理由に契約期
間満了による雇止めをする等の弊害がしばしばみられたため、設けられたものと思われる。
同様な趣旨の規定は労働契約法においても、「労働者を使用する目的に照らして、必要以上に短
い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければなら
ない。」(17 条 2 項)と、定められている。
「できる限り長くするように」、
「必要以上に」という不明確な表現であるところから、いずれも
強制力がない訓示規定に止まると解される(労契法 17 条 2 項が訓示規定であることについては、
菅野「労働法」P175)。
(3)有期労働契約3年限度の可否
1)3年以上雇用している有期労働契約者を「雇止め」すると解雇と判断されるのか?
「雇用期間が3年以上である有期労働契約者が契約期間の満了により雇止めされた場合には、解
雇と判断される」という「うわさ」がある。果たしてほんとうであろうか?
前述「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」では、雇止め効力判断要素として
a
業務の客観的内容
b
契約上の地位の性格
c
当事者の主観的態様
d
更新の手続・実態
e
他の労働者の更新状況
f
その他(有期労働契約を締結した経緯、勤続年数・年齢等の上限の設定等)
を挙げており、確かに勤続年数も考課要素の一つである。しかし、「単純に雇用期間が○年以上の
者を雇止めすると解雇とみなす」というような乱暴な結論を出しているわけでなく、それらを総合
的にみて実態がどうであるかで判断される(2.(1)3)雇止め効力の判断要素 P275 参照)。
このような「うわさ」が広まった原因は、雇用保険の特定受給資格者の要件がからんでいるので
はなかろうか。
雇用保険の所定給付日数は、再就職の難易度に着目した離職理由により離職した者、すなわち「倒
産、解雇等による離職者」(特定受給資格者)が十分な給付日数が確保されるよう優遇される。そ
の中には、解雇(重責理由による解雇を除く。)のほか「期間の定めのある労働契約の更新により
3年以上引き続き雇用されるに至った場合において当該労働契約が更新されないこととなったこ
とにより離職した者」という要件が含まれている。
このように、雇用保険においては、雇用期間が3年以上である被保険者が契約期間の満了により
雇止めされた場合には、特定受給資格者として所定給付日数が解雇の場合と同様に優遇される。そ
れが誤解されて「雇用期間が3年以上である被保険者が契約期間の満了により雇止めされた場合に
は、解雇と判断される」ということになったのではないだろうか?
280
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
雇保法及び雇保則
雇用保険法
(所定給付日数)
第 23 条 第1項
2
略
前項の特定受給資格者とは、次の各号のいずれかに該当する受給資格者(前条第二項に規定する
受給資格者を除く。
)をいう。
一
当該基本手当の受給資格に係る離職が、その者を雇用していた事業主の事業について発生した倒
産(破産手続開始、再生手続開始、更生手続開始又は特別清算開始の申立てその他厚生労働省令で定
める事由に該当する事態をいう。第五十七条第二項第一号において同じ。)又は当該事業主の適用事業
の縮小若しくは廃止に伴うものである者として厚生労働省令で定めるもの
二
前号に定めるもののほか、解雇(自己の責めに帰すべき重大な理由によるものを除く。第五十七
条第二項第二号において同じ。)その他の厚生労働省令で定める理由により離職した者
雇用保険法施行規則
(法第 23 条第 2 項第 2 号 の厚生労働省令で定める理由)
第 35 条
一
法第 23 条第 2 項第 2 号 の厚生労働省令で定める理由は、次のとおりとする。
解雇(自己の責めに帰すべき重大な理由によるものを除く。
)
第二号~第六号 略
七
期間の定めのある労働契約の更新により三年以上引き続き雇用されるに至つた場合において当
該労働契約が更新されないこととなつたこと。
第八号以下 略
281
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
4.「雇止め」効力の判断基準
(1)判断の手順
有期労働契約を何度が更新した後に期間満了により雇止めする場合に、その効力の判断は、お
おむね次のような手順によって行われる。
①純粋有期契約タイプであるか? ⇒ ②期待保護に値するか? ⇒ ③「相当の理由」があるか?
当該契約が純粋有期労働契約タイプであれば期間満了により雇用関係が当然に終了するし、純
粋有期労働契約以外のタイプであっても、労働者が抱く更新期待が保護に値しなければ契約はそ
のまま終了することになる。期待保護に値する場合であっても雇止めすることに「相当の理由」
があれば雇止めの効力は認められる。
したがって、雇止めが認められない場合は「純粋有期労働契約以外のタイプであって、労働者
が抱く更新期待が保護に値するにもかかわらず、雇止めをする「相当の理由」がない場合」であ
る。
⇒ 有期労働契約の雇止めが無効とされるのは、①純粋有期労働契約以外のタイプであって、②労働者が抱く
更新期待が保護に値するにもかかわらず、③雇止めをする「相当の理由」がない場合、である。
1)<1>純粋有期契約タイプであるか?
雇止めの有効・無効を判断する場合に、
「有期労働契約調査研究会」による裁判例の分析の類型
タイプを活用することができる。
同研究会による裁判例の分析の結果では、類型タイプのうち<1>純粋有期契約タイプでは契
約期間の満了によって契約が自動的に終了するが、<1>以外のタイプ、すなわち<2>実質無期契
約タイプ、<3>期待保護(反復更新)タイプ及び<4>期待保護(継続特約)タイプではほぼ全て
の事案において、雇止めの可否についての判断を行っている。要は労働者が抱く更新期待の問題
である。
そこで、<1>純粋有期契約タイプであれば労働者の更新期待は認められず、期間満了により
契約は終了する。
⇒
裁判例:
「亜細亜大学(非常勤講師雇用期間満了)事件」東京地裁昭 63.11.25
原・被告間の雇用契約は、20 回更新されて 21 年間にわたったものの、それが期間の定めがない
ものに転化したとは認められないし、また、期間の定めがない契約と異ならない状態で存在したと
は認められず、期間満了後も雇用関係が継続するものと期待することに合理性があるとも認められ
ない。したがって、被告の更新拒絶につき解雇に関する法理を類推して制約を加える必要があると
はいえない。
※無期契約(定年制)教員の場合
有期契約教員の場合、上記「亜細亜大学(非常勤講師雇用期間満了)事件」を代表例としてほと
んどのケースで雇止め有効と判断されている。これに対し、学部再編等により余剰(又は不要)と
なった無期契約(定年制)教員の場合には、整理解雇に関する解雇権濫用の法理が厳格に適用され
る。解雇回避努力が十分でなかったとして解雇無効とされた例を掲げる。
282
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
「北陸大学(ドイツ語教員解雇)事件」金沢地裁判決平 19.8.10
学部再編によるドイツ語科目廃止に伴う担当教員の解雇について、裁判所は、学部再編の必要性
について、大学は学部の再編や再編後のカリキュラムを自由に決定できることは明らかであるとし
ながら、担当科目等を喪失するなどにより教員を解雇する場合には「少なくとも本件学部再編のみ
ならず、再編後のカリキュラム編成について、それによって担当科目を喪失する教員の解雇がやむ
をえないとするだけの必要性や合理性が認められることが必要である」とした。
そして、本件では、①直ちに教員を削減しなければならない差し迫った必要性がなかった、②ド
イツ語科目が廃止された後もドイツ語の履修を希望する学生がいる等のことから、直ちにAらを解
雇する必要性があったかどうかについては疑問が残るとした。解雇回避努力義務については、あえ
てドイツ語科目を存続させる経過措置をとらずに直ちに廃止したこと、演習科目をA(被解雇教員)
に担当させることができない客観的合理的な理由もなかったことなど解雇回避努力義務が尽くされ
ていないとした。さらに、手続きの相当性についても、Aらの雇用の確保の方向では一切代償措置
をとらず、またAらと十分な協議もしていないとし、結論として本件解雇は客観的に合理的な理由
を欠き、社会通念上相当として是認できないとした。
2)期待保護に値するか?
前述のとおり、<1>純粋有期契約タイプであれば労働者の更新期待は認められず、期間満了
により契約は終了する。しかし、<1>以外のタイプでは、何らかの形で解雇に関する法理が類
推適用され、労働者の更新期待が保護に値するか問われる。
土田 道夫教授は労働者の期待保護に値する場合について、「そのポイントは、雇用継続に関す
る労働者の期待利益が法的保護に値する程度に達しているか否か」であると述べて、次のような
説明をしておられる(土田「労契法」P669)。
具体的には、当事者の意思解釈の問題であり、次の①~⑥ような判断要素から期間満了後も雇
用の継続を予定しているという当事者双方の意思が推認されれば、保護に値すると考えられる(合
理的理由がなければ雇止めできないことになる。)。
① 職務内容・勤務実績の正規職員との同一性・近似性
② 職務の継続性・臨時性
③ 契約締結・更新の状況(有無・回数・勤続年数など)
④ 更新手続きの態様・厳格さ
⑤ 雇用継続を期待させる使用者の言動・認識の有無
⑥ 他の同種労働者の更新の状況
⇒ 労働者の抱く更新期待への合理的理由
「期限付き雇用契約の更新拒絶等が信義則上許されないのは、当該雇用契約について、労働者に
契約更新を期待する合理的理由がある場合であることは確立した判例であり、当該労働者の期待が
合理的かどうかは、当該雇用契約時の状況、就業実態や待遇、契約更新の手続等の事情を総合的に
考慮して決すべきものと解せられる。」とし、採用試試験の結果、編集局長が原告の採用に消極的
であったことから、妥協案として、1年後に契約を延長するか、打ち切るか、正社員にするか決定
するという結論になり、中間パフォーマンス・レビューにおいても、日本語編集部門責任者 A から、
原告の評価は他の人より厳しいこと、契約期間が1年なので長期目標を持たせることはできない旨
伝えられたという事情のもとでは、労働者の抱く更新期待への合理的理由がなく、雇止め有効とさ
れた(
「ロイター・ジャパン事件」東京地裁判決平 11.1.29)。
283
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
⇒ 期待保護に値しないとされた裁判例:「日本ステリ事件」東京地裁決定平 10.10.23
医療機関から滅菌業務の代行を1年単位の契約で請け負う会社が1年単位で雇用していたパート
を雇止めした事件では、①契約期間を更新していたこと、②更新手続きの際雇用期間を含む雇用条
件について十分な説明がなかったこと、③従事していた仕事は契約先病院における通常的かつ恒常
的な業務であったこと、④これまで雇止めになったパートはいないこと、などからすれば雇用継続
についてある種期待を抱いた可能性も否定できない、としつつも、一方においてa病院との業務委
託契約が1年単位であること、b業務量の変動がありそれを多数のパートを雇用して対応していた
こと、c経費節減の要請より病院から委託された業務の一部をKサービスに委託していること、d
パートの定着率は悪く労働者の雇用期間は最も長い者で3年間に過ぎないこと、などの事情により
雇用継続に対して何らかの期待を抱いたとしても、それは少なくとも法的保護に値する程度に達し
ていたということまではできない、とされた。
事例:「日本ステリ事件」東京地裁決定平 10.10.23
各医療機関からの1年単位の契約で委託を受けて、医療に用いられた器具の減菌業務の代行を主た
る業務とする株式会社に雇用されたパートタイマーの女性らに対し、会社が平成 10 年 3 月 31 日をも
って雇止めする旨の通知をしたのは、雇用契約は実質的に期間の定めのない契約であるから本件雇止
めは解雇であり、解雇無効であると訴えた事案である。
裁判所は、まず、下記①~④の事情や労働者らの各雇用契約の更新回数、業務形態及び就業規則か
らすれば、本件各雇用契約をして期間の定めのない契約あるいは実質的に期間の定めのないものと同
視すべき契約であったとまで認めることはできないとした。
①
本件雇用契約締結及び更新の際、雇用期間について会社から明確な説明を受けていないが、パ
ートタイマー労働契約書には時間給、労働者各自の個別的事情によって決定された勤務時間が記
され、それが1年単位で作成され、勤務時間や時間給は契約更新の際に変更されていることから
すると、労働者らはいずれも各契約書の内容を確認、理解した上、それらに署名・捺印したものと
いうべきである。
②
「長く勤められる方歓迎」の求人広告、労働者らが面接の際長く勤めて欲しい旨担当者から説
明されたことについては、そのような求人広告の記載や担当者の言動は抽象的なもので、直ちに
これをもって雇用期間を明示したものと解するのは困難である。
③
労働者らの従事していた業務は、病院内における通常的かつ恒常的な業務であり、専門的知識
が不要ということもできないが、通常的かつ恒常的だからといって期間の定めのない契約である
ということはできないし、求人案内の募集要項に「未経験者可」と記載されていることや、労働
者が長期間にわたる研修を実施した形跡もないことなどからすれば、直ちに高度の専門性が必要
であるということはできないというべきであり、労働者らの業務の性質から、本件各雇用契約が
期間の定めのない契約であるということはできない。
次に、下記a~cの事情に照らせば、労働者らが雇用継続に対して何らかの期待を抱いたとしても、
法的保護に値する程度に達していたということまではできないとして、雇止め有効とした。
a.会社と各医療機関との業務委託契約が1年単位であり、会社の業務量が変動を免れず、会社は
それに対応するためにパートタイマーを多数雇用していたことが認められる。
b.各契約更新手続きの際に作成されている契約書の内容は詳細にわたり、勤務時間や時間給の変
284
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
更も契約書に記載されるなど、会社にとっては形式的で、内容を確認する必要さえないという性
質の文書ではない上、それ自体から当然に契約が更新されるものとは解釈できないこと。
c.これまで雇止めになったパートタイマーはいなかったとしても、定着率は悪く、契約更新者の
数も多くないものと推測されるし、労働者らの雇用契約の更新は最大3回、3年間に過ぎない。
3)「相当の理由」があるのか?
仮に、保護に値するならば、信義則上、雇止めするには「相当の理由」がなければならない。
この場合の「相当の理由」とは、正規職員に対する整理解雇と同程度の合理性が求められるもの
でなく、常用的臨時工の雇止めについて、整理解雇の4要件を厳密に当てはめるのでなく、期間
の定めなく雇用されている従業員の希望退職者募集に先立って臨時員の雇止めが行われてもやむ
を得ないとされる(下記「日立メディコ事件」
)。
事例:「日立メディコ事件」最高裁一小判決昭 61.12.04
「しかし、右臨時員の雇用関係は比較的簡易な採用手続で締結された短期的有期契約を前提とするも
のである以上、雇止めの効力を判断すべき基準は、いわゆる終身雇用の期待の下に期間の定めのない
労働契約を締結しているいわゆる本工を解雇する場合とはおのずから合理的な差異があるべきであ
る。したがって、後記のとおり独立採算制がとられている被上告人の柏工場において、事業上やむを
得ない理由により人員削減をする必要があり、その余剰人員を他の事業部門へ配置転換する余地もな
く、臨時員全員の雇止めが必要であると判断される場合には、これに先立ち、期間の定めなく雇用さ
れている従業員につき希望退職者募集の方法による人員削減を図らなかったとしても、それをもって
不当・不合理であるということはできず、右希望退職者の募集に先立ち臨時員の雇止めが行われても
やむを得ないというべきである。」として、正規従業員の希望退職者募集に先立って臨時員の雇止めを
行っても不当・不合理であるということはできず、やむを得ないとした。
第 2-1-5-5 図「雇止め」効力の有効性判断手順
はい
純粋有期契約タイプであるか
いいえ
期間満了により契約は終了する
いいえ
期待保護に値するか
はい
はい
「相当の理由」があるか
いいえ
期間満了のみで契約を終了させる
ことができない
285
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第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
※「相当の理由」と「合理的な理由」
有期労働契約の雇止めに関し、菅野 和夫教授は「相当の理由」という表現を用いておられる(菅
野「労働法」P178)ので、本書でもそれを用いた。類似のことばとして「合理的な理由」というこ
とばもあるが、これは一般に無期労働契約における解雇権濫用法理として用いられているため、同
教授は区別して用いておられるものと思う(有期労働契約雇止め基準における「相当の理由」の方
が無期契約における解雇権濫用法理としての「合理的な理由」よりも緩やかなものであると考えら
れる)
。
安西 愈弁護士もこれを裏付ける説明をしており、雇止めについて解雇の法理が類推される場合の
相当事由は、パートタイム雇用の性格上一般労働者の場合と異なる短期的・補充的・雇用調整的な
雇用の性質が「合理的理由」と「社会通念上の相当性」を判断するに当たって考慮されるとし、
「期
間満了後の更新拒否という雇用期間の区切りの適用上の必要性(例えば、業務量の減少、正社員の
充足等の更新の是非の検討判断の必要性)から一般的な解雇の場合よりもその事由は広く緩やかな
ものになると解される。」と述べておられる(安西「採用・退職」P962)。
4)具体的検証
では、前述1.
(1)267 ページの「※問題の所在」の問いかけを第 2-1-5-5 図に当てはめて活
用してみよう。
① 単に期間満了のみの理由で契約を終了させることができるか?
a.講座担当講師のような単年度で業務の継続性が決まる純粋有期契約タイプ(研究会報告
の<1>タイプ)であれば、講座の廃止・内容変更等により期間満了による雇止めをする
ことができる。
b.上記a.以外の業務であっても、労働者が契約更新を期待することについて合理的理由
がなければ、期間満了によって雇止めをすることができる(事例:P284「日本ステリ事件」)。
c.上記a.以外の業務であって、労働者が契約更新を期待することについて合理的理由が
ある場合であっても、使用者の側に「相当の理由」があれば、期間満了によって雇止めを
することができる(事例:P285「日立メディコ事件」)。
d.上記a.~c.に該当しない場合であっても、最後の契約更新時に「この契約が最後の
契約であって期間満了により労働契約は終了する」ことについて労働者の明確な同意を得
ている場合は、雇止めをすることができる(安西「採用・退職」P954 以下)。
② 配転などをして法人全体で雇用を保障しなければならないのか?
雇用保障の問題はいわば「解雇回避努力を果たす義務」であるから、労働者の更新期待が
保護に値する場合に、使用者に「相当の理由」があるか否かを判断する場合に問われる。
したがって、上記①cの場合には、非常勤職員にふさわしい配転などをして雇用を保障し
ようとする努力が求められるが、それ以外の場合にはそのような義務はない。
③ 解雇権濫用の法理が適用されるのか?
上記①cの場合には解雇に関する法理が類推適用される。しかし、それは正規職員に対し
て適用される解雇権濫用の法理とまったく同程度というものではない(前述 P282「日立メデ
ィコ事件」)ので、本書ではその違いを区別するため「相当の理由」という菅野 和夫教授が
用いられていることばを使っている。
286
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第2款 有期労働契約の雇止め
(2)安西 愈弁護士の見解
安西 愈弁護士は有期労働契約の類型を5タイプに分けてそれぞれ個別に雇止めの可否をまと
められている(安西「採用・退職」P944)。
有期労働契約調査研究会の分析では4類型に分類し、そのうち期間満了で契約が終了するタイ
プは純粋有期契約タイプだけであつたが、安西説では、①政府の予算に基づく補助金や研究調査
費に基づく業務で次期予算や事業の範囲について,継続の保障のない場合は、期間満了によって
雇止めの効力が当然に認められること、②業務量が変動する業務で雇用期間が数年程度と見込ま
れるものについては、経営上の理由による雇止めが認められること(4.業務変動対応継続期待
保護タイプ)などがある、としている。この業務変動対応継続期待保護タイプでは、業務量の縮
小,生産・取扱商品の減少,製品の廃止,部門や業務の閉鎖等による雇止めが予告することによ
り可能であるとする。
⇒ 上記安西説②は、需給変動が激しい製造業の臨時工の雇止めを正当化する論拠として注目される。
第 2-1-5-6 図 有期労働契約のタイプと雇止めの取扱い
安西愈著「採用・退職」P944 より
有期契約のタイプ
業務や事業の内容(例示)
雇止めの可否
1.純粋有期契約タイプ
・私立学校の非常勤講師,嘱託講師等で, 原則どおり契約期間の満了によって
期間満了後の雇用契約関係の継続
当年度限りとされている場合
雇用契約関係が終了するものであ
の期待のないもの
・公共団体等の業務で毎年入札により受
り,雇止めの効力が当然に認められ
⇒研究会報告の<1>純粋有期契
注する業務に従事する場合
る。
約タイプがこれに含まれると思わ
・労基法第 14 条の退職制限のある勤務
れる
拘束者の場合
2.次期継続期待無保護タイプ
・政府の予算に基づく補助金や研究調査
次期の継続業務がなくなったり,減
期間満了後の次期雇用契約関係の
費に基づく業務で,次期予算や事業の範
少した時は原則どおり契約期間の満
継続の期待について合理性(保障) 囲について,継続の保障のない場合
了によって契約関係が終了するもの
の認められないもの
・予備校・私立学校の常勤講師でも,次
と客観的にも理解される場合で,雇
⇒上記1.に類似するタイプであ
年度の生徒数,カリキュラムや教師の陣
止めの効力が当然に認められる。
るが業務の継続性が保障されてい
容等で更新しないことがある旨が明白
ないものが該当する。
な場合
3.短期的雇用継続期待保護タイ
・最初から派遣可能期間が 3 年以内と
予定されている更新年数の満了や予
プ
されている派遣法の一般的業務派遣の
め定められている更新継続雇用要件
雇用契約継続の合理的期待はある
雇用の場合
に該当しないと認められる時は,雇
が,それが 3 年程度の短期間のも
・一定の期間に所定の技術・能力に達し
止めの効力が認められる。
のと認められるもの(更新回数等
ないと継続雇用の期待のない専門業務
⇒解雇の法理が適用されないとする
が予め決まっているものも含む)
の場合
点で特異。
⇒現在国大・独法で主流となって
287
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第2款 有期労働契約の雇止め
いる更新回数に上限を設けて雇用
する方式がこれに含まれる
4.業務変動対応継続期待保護タ ・ある程度の業務量の景気による繁閑や
少なくとも数年程度の更新・継続
イプ
生産商品の市場競争等による寿命の限
は期待されるもので,必ずしも解雇
雇用継続への合理的な期待が認め
度があるが,数年程度は更新され特段の
に類した法理の通用を受けるともい
られる契約であるとされるが,そ
事情のないときはその間の雇止めの予
えず,ある程度の業務上,経済上,
の保障は数年程度で,その理由と
定されない場合
経営上の事情等による雇止めが予想
して業務のある程度の継続的内容 ・注文や請負業務のある程度の継続が予
される場合(業務量の縮小,生産・
と相当程度の反復更新の実態が認
定されている場合で,一定の期間後の終
取扱商品の減少,製品の廃止,部門
められるもの
期が予想されている事業等に雇用され
や業務の閉鎖等による雇止め)で予
⇒研究会報告の<3>期待保護
ている場合
告による終了事由として有効
(反復更新)タイプ及び<4>期
⇒必ずしも解雇に関する法理が適用
待保護(継続特約)タイプであっ
されないとする点で特異。
て雇用保障の期間が数年であると
解されるものがこれに該当すると
思われる
5.実質的無期限・長期的継続期
一般には上記 4 のようなある業務量等
雇止めには解雇に類した法理の適用
待保護タイプ
の継続の限り更新が期待される従事者
を受けるが,経済事情,経営の都合
相当程度の長期的な雇用継続への
であるが,指導的,リーダー的な立場の
による雇止めにあたっても,雇止め
合理的期待が,当初の契約の締結
者で正規従業員に近い立場で雇用され
回避の努力をある程度尽くさないと
時等の特約や特別な事情,更新の
ている場合等で,ある程度長期間の雇用
解雇権の濫用となる。しかし,終身
反復継続から生じていると認めら
継続を期待させる業務内容や使用者の
雇用の正社員とちがって人員削減を
れるもので期間の定めのない契約
特約やその旨の言動が認められる場合
やむを得ないと認められる特段の事
と異よらない実態のもの
及び業務内容が恒常的なものであり,当
情が生じたときは更新を拒絶するこ
⇒研究会報告の<2>実質無期契
面業務縮小等の予想されない業務であ
とは許される。本質的な有期雇用性
約タイプ、<3>期待保護(反復
り,更新手続きが形式的となっている場
は失わないので,更新拒否(雇止め)
更新)タイプ及び<4>期待保護
合
の効力を判断すべき基準は,終身雇
(継続特約)タイプが含まれると
(更新が形式的でなく,本人の能力・勤
用の期待の下に期間の定めのない雇
思われる
務態度・業務量・生産や商品の需給関係
用契約を締結している正社員を解雇
等から毎回更新の可否が個別的に判断
する場合とはおのずから合理的な差
されている場合はこのタイプではなく, 異がある。
上記 4 のタイプに近くなる)
⇒解雇に関する法理が適用されると
する。
288
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(3)解雇権濫用の法理の類推適用
1)解雇権濫用の法理とは
「解雇権濫用の法理」とは、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると
認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
」
(労契法 16 条)とする裁判
例によって確立された考え方で、「解雇に関する法理」とも呼ばれる。
具体的には、解雇する場合に「合理的な理由があること」及び当該解雇が「社会通念上相当で
あると認められること」の二要件を問われるものである。詳しくは第3款2.(4)(326 ページ
以下参照)。
2)
「類推適用」の意義
期間満了に伴う労働契約の終了のためには「相当の理由」が必要であり、かつ、更新拒絶の意
思表示を必要とするということを意味する。更新拒絶の意思表示がないか、それがあっても「相
当の理由」がないときは、自動的更新が行われるという判例による一種の法定更新が行われるこ
とになる(菅野「労働法」P178)。
つまり、
「類推適用」とは、有期契約が期間の定めがない契約に転化するのではなく、解雇に準
じる相当な理由を求められるということである(したがって、類推適用されて更新された労働契
約の期間は従来と同一の期間となる。)。
前述2.
(2)の調査研究会報告の裁判例分析では、<1>純粋有期契約タイプ以外のタイプで
は解雇に関する法理が類推適用され、期間満了による「雇止め」をする場合は当該期間雇用に即
した合理的理由が必要とされる。ただし、比較的簡易な採用手続きで採用された短期的有期契約
の臨時員の場合は、その雇止めの効力を判断すべき基準は、終身雇用の期待のものと期間の定め
がない契約の本工を解雇する場合とおのずから合理的な差違がある(注)。
注.「日立メディコ事件」最高裁一小判決昭 61.12.04
「柏工場の臨時員は、季節的労務や特定物の製作のような臨時的作業のために雇用されるものではなく、
その雇用関係はある程度の継続が期待されていたものであり、上告人との間においても五回にわたり契約が
更新されているのであるから、このような労働者を契約期間満了によって雇止めにするに当たっては、解雇
に関する法理が類推され(る)」。ただし、
「右臨時員の雇用関係は比較的簡易な採用手続で締結された短期的
有期契約を前提とするものである以上、雇止めの効力を判断すべき基準は、いわゆる終身雇用の期待の下に
期間の定めのない労働契約を締結しているいわゆる本工を解雇する場合とはおのずから合理的な差異がある
べきである。」
⇒ 解雇に関する法理の類推適用とは、労働契約を終了させるためには「相当の理由」と更新拒絶の意思表示
が必要であるということである。
⇒ 「相当の理由」は、無期契約の者に適用される解雇権濫用の法理の場合における「合理的な理由」よりも緩
やかな理由であると考えられる。
(4)「雇止め」効力と厚労省「雇止め基準」
平成 15 年に告示された「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」平 15.10.22 厚
労告 357 号(「雇止め基準」)は、期間の定めがある労働契約の締結時及び労働契約の満了時にお
いて労働者と使用者との間に紛争が生じることを未然に防止するために、学識経験者等による実
289
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態調査・裁判例の分析などを踏まえた研究会報告に基づいて厚労省が定めたものである。その内
容は、有期労働契約の締結時における更新の有無の明示と,更新がありうる旨明示した場合の「当
該契約を更新する場合又はしない場合の判断の基準」の明示を中心として使用者の説明義務・情
報提供義務を規定している。
では、企業にとって、この「雇止め基準」を遵守すれば「雇止め」の法的効力が認められるこ
とになるのかということが気になる点であるが、厚労省は、民事不介入の立場から当然であるが
「雇止めに関する基準は、有期労働契約の契約期間満了に伴う雇止めの法的効力に影響を及ぼす
ものでないこと。」と中立の姿勢である(平 15.10.22 基発 1022001 号)。
学説では、「雇止め基準」の法的効力に言及した参考書は多くないが、そのうち①山川 隆一教
授、②「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告」
、③菅野 和夫教授、④土田 道夫教授、
の各説・見解を以下紹介する。
1)山川 隆一教授の説
「有期労働契約調査研究会」の座長を務めた山川 隆一教授は、雇止め基準の法的効果について、
雇止め基準により直接の法的効果が発生するわけでないが、雇止め効力の判断において考慮され
る可能性があるほか、採用時などに更新についての説明が不十分な場合には不法行為責任が問題
となり得よう、と述べておられる(山川「雇用法」P284)
。
つまり、
「雇止め基準」を守っていれば法的効力が認められるというわけでなく、また、守らな
ければ効力が否定されるということでもなく、守らなければ不法行為責任として損害賠償請求の
対象となり得る、という趣旨であろう。
※山川 隆一教授の見解
「雇止め基準」から直接の法的効果が発生するわけではないが,雇止めの効力の判断において
考慮される可能性がある。ただし、採用時などに更新についての説明が不十分であった場合は不
法行為責任が問題となりうる。
⇒ 「雇止め基準」を遵守することによって直接の法的効果が発生じるわけではないが、少なくとも「雇用継
続に関する労働者の期待利益」は生まれにくくなり、雇止めの効力の判断において考慮される可能性が
ある。
⇒ 「雇止め基準」を遵守しないと、不法行為として損害賠償責任を負うことが起こり得る。
2)
「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告」の見解
「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告」(平 17.9.15。座長 菅野 和夫教授 )で
は、
「雇止め基準」に定める手続きを踏むことは雇止めの有効性の判断において重要な考慮要素と
はなるが、雇用継続への期待が合理的といえるかについてはその他の事情も総合的に考慮して判
断されることになるので、単に手続を踏めば雇止めが有効となるものではない、としつつ、
「契約
締結時に更新がないことが明示されていれば、原則として労働者にも更新に対する期待が生じな
いと考えられるなど、使用者の手続履行を求めることは判例法理の具体的な判断を明確化して予
測可能性を高めるものと考えられる。」としている。
要は、手続きさえ踏めば雇止めが有効となるものでないが、手続き自体は雇止めの有効性判断
の重要な考課要素となるものであり、手続きを履行することによって原則として労働者に更新期
290
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第2款 有期労働契約の雇止め
待が生じない、ということであり、それなりの効果が期待できるというものであろう。
「平成 15 年の改正労働基準法に基づき制定された「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関
する基準」により、使用者は、有期労働契約の締結に際し更新の有無を明示しなければならず、更
新する場合があると明示したときはその判断の基準を明示しなければならないこと、一定の有期労
働契約を更新しない場合には、契約期間満了日の 30 日前までにその予告をしなければならないこ
と等が定められている。そこで、労働契約法制の観点からもこのような更新の可能性の有無や更新
の基準の明示の手続を法律上必要とすることとし、使用者がこれを履行したことを雇止めの有効性
の判断に当たっての考慮要素とすることが適当である。この基準に定める手続を求めることによっ
て、労働者が更新の可能性を予測しやすくなり、判例法理が働くトラブルが少なくなり、より安定
的に有期労働契約が利用されることにつながることが期待される。
これについては、使用者が手続を踏みさえすれば雇止めを有効とすることにつながり、現在の判
例法理よりも労働者に不利になるのではないかとの懸念がある。しかしながら、上記の手続を踏む
ことは雇止めの有効性の判断において重要な考慮要素とはなるが、雇用継続への期待が合理的とい
えるかについてはその他の事情も総合的に考慮して判断されることになるので、単に手続を踏めば
雇止めが有効となるものではない。雇止めの判例法理は労働者が有する契約の更新に対する期待を
保護するものであるから、現在でも手続の在り方は雇止めの有効性の判断において考慮要素とされ
るものであり、使用者の手続履行を労働契約法制上求めることは現在の判例法理を変更するもので
はなく、現在よりも労働者が不利になるものではない。契約締結時に更新がないことが明示されて
いれば、原則として労働者にも更新に対する期待が生じないと考えられるなど、使用者の手続履行
を求めることは判例法理の具体的な判断を明確化して予測可能性を高めるものと考えられる(「今後
の労働契約法制の在り方に関する研究会報告書」平 17.9.15 第5.2(2))。
※「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告書」の見解
「雇止め基準」の手続きを踏むことは雇止めの効力判断において重要な考慮要素とはなるが、
単に手続を踏めば雇止めが有効となるものではない。しかし、契約締結時に更新がないことが明
示されていれば、原則として労働者にも更新に対する期待が生じないと考えられるなど、使用者
の手続き履行を求めることは判例法理の具体的な判断を明確化して予測可能性を高めるものと考
えられる。
3)菅野 和夫教授の説
「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」の座長を努めた菅野 和夫教授は、雇止め基準
に私法上の雇止め効力が与えられていないので、労働契約法において規定しようとした、とその
経緯を次のように述べておられる。
「上記の『基準』は、違反について格別の制裁がなく、また私法上の効力も付与されていない。
そこで、平成 19 年に制定された労働契約法の構想過程では、『基準』に規定された事項を労働契約
法に盛り込めないかが検討されたが、労使の主張の対立が激しく、成就しなかった。ただし、同法
の国会審議において、
『労働者及び使用者は、労働契約の内容についてできる限り書面により確認す
るものとする』との規定における『労働契約の内容』に続いて『(期間の定めのある労働契約に関す
291
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第2款 有期労働契約の雇止め
る事項を含む)』という文言を付加する修正が行われた(4 条 2 項-注)
。この文言は、
『基準』にお
ける更新の有無、および、更新ありの場合は更新する場合としない場合の判断の基準などの諸事項
を想定してのものといえる。」(菅野「労働法」P175)
注.労働契約法
(労働契約の内容の理解の促進)
第4条
使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるよう
にするものとする。
2
労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、
できる限り書面により確認するものとする。
※菅野 和夫教授の見解
教授は明言されていないが、法的効力が付与された雇止め基準を実現させようとしたがそのベー
スに厚労省の「基準」があったことが推察される。
4)土田 道夫教授の説
土田 道夫教授は、雇止め規制の方向性としては,実体的規制から手続的規制に重点を移して考え
るべきであり、使用者が「雇止め基準」に則った説明責任を果たし,労働者がこれを納得した上で有
期労働契約を締結した場合は,特別の事情がない限り,解雇規制の類推を否定し期間の満了に伴う労
働契約の終了を肯定すべきである、と次のように説明しておられる。
「企業実務では,雇止めの規制を恐れるあまり,有期雇用労働者の契約更新や再雇用を行わない
ケースが増えており,雇止めの法規制がかえって有期雇蝉働者の雇用機会を狭める結果を生んでい
る。要するに,雇止めに対する過剰な実体的規制は,労働契約の適正な運営の促進という労働契約
法の観点からも,労働者の雇用機会の確保という政策的観点からも妥当性を欠く。
これらの点を考慮すると,雇止め規制の方向性としては,実体的規制から手続的規制に重点を移
して考えるべきであろう。この点,2003 年の改正労基法 14 条 2 項・3 項に基づいて設けられた基準
(「有期労働契約の締結,更新及び雇止めに関する基準」[平成 20・1・23 厚労告 12 号]
)が注目さ
れる。これは,有期労働契約の締結更新・雇止めに関して行政的助言・指導を行うための基準であ
るが,有期労働契約の締結時における更新の有無の明示と,更新がありうる旨明示した場合の「当
該契約を更新する場合又はしない場合の判断の基準」の明示を中心としており(1 条)
,有期労働契
約の運営に関する使用者の説明義務・情報提供義務という手続的規制に位置づけることができる。
雇止めの規制に関しては,この手続的規制を判断基準として摂取すべきであろう。すなわち,使
用者がこれら規制に基づく説明責任を果たし,労働者がこれを納得した上で有期労働契約を締結し
た場合は,特別の事情がない限り,解雇規制の類推を否定し,期間の満了に伴う労働契約の終了を
肯定すべきである。具体的には,使用者が有期労働契約の更新がない旨を明示・説明したときは,
期間の満了によって労働契約は終了すると解すべきであるし,更新の可能性があることを前提に更
新基準を明示し,かつ,当該基準を適用して雇止めを行ったことに問題がない場合は,労働者の主
観的な期待利益にかかわらず,契約は終了すると解すべきである。
」
(土田「労契法」P676)
292
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
※土田 道夫教授の見解
使用者が厚労省「雇止め基準」基づく説明責任を果たし,労働者がこれを納得した上で有期労
働契約を締結した場合は,特別の事情がない限り,解雇規制の類推を否定し期間の満了に伴う労
働契約の終了を肯定すべきである。
(雇止め規制の方向性については5.(4)299 ページ参照)
(5)非常勤公務員の場合
1)再任用期待権の否定
公務員の場合も、民間と同じく期間を限った非常勤職員が雇用されることが多い。その実態の
多くは年度単位の任用期間を設定して任用するものであるが、年度を超えて再任用する場合に1
日程度の空白期間を設ける場合がある。また、日々雇用するという概念もあり、年度ごとに任用
予定期間を年度末まで設定して日々雇用を継続することもある。このような実態から、年度単位
の任用が繰返されると、任用更新期待が生まれることは自然であるが、判例は、公務員の任用関
係においては、民間における有期契約に関する更新拒否の法理の適用を否定し、非常勤職員の任
用関係が反復更新された場合でも、当局による新たな「任用」のない限り、職員は任用期間の満
了によって当然にその地位を失うとする。ただし、任命権者が職員に対して,任用の継続を確約
ないし保障するなど,任用予定期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬもの
とみられる行為をしたというような特別の事情があるような場合は、任用の継続が保障されてい
るとの誤った期待を抱かせた行為により生じた損害賠償責任を負うことになる(注)。
注.「中野区(非常勤保育士)事件」東京高裁判決平 19.11.28
中野区は二つの保育園を営利法人に行わせることとし、非常勤保育士を廃止することを決定しAら非常勤
保育士 28 名を再任用しなかった事案において、区にとり保育士を確保する必要性があったことから,
① 採用担当者において,長期の職務従事の継続を期待するような言動を示していたこと
② Aらの服務内容が常勤保育士と変わらず継続性が求められる恒常的な職務であること
③ それぞれ 9 回から 11 回と多数回に及ぶ再任用がされ,結果的に職務の継続が 10 年前後という長期間に
及んだが,再任用が形式的でしかなく,実質的には当然のように継続していたこと
に照らすと,Aらが再任用を期待することが無理からぬものとみられ行為を区においてしたという特別の事
情があったものと認められる。したがって,前記のAらの任用継続に対する期待は法的保護に値するものと
評価できるものと解し、その期待権を侵害したことによる損害賠償として報酬の 1 年間分に相当する程度の
慰謝料額を認めた。
⇒ 公務員の場合は、任用に関する任命権者の裁量権限が幅広く認められ、任用関係が反復更新された場合
であっても新たな「任用」のない限り職員としての地位を当然に失う。
最高裁判決(「大阪大学(非常勤職員雇止め)事件」最高裁一小判決平 6.7.14)では,任用予
定期間満了によりすでに退職した非常勤職員には,再び任用される権利あるいは再任用を要求す
る権利は認められず,不再任用という任命権者の不作為それ自体を理由とする損害賠償請求を認
めることはできない,とされる。一方,本判決では,任命権者が同職員に対して,任用の継続を
確約ないし保障するなど,任用予定期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬ
ものとみられる行為をしたというような特別の事情があり,任用の継続が保障されているとの誤
った期待を抱かせた行為により生じた損害については,不法行為が成立する余地もあると判断さ
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
れる(資料16 312 ページ参照)。
西谷 敏教授はこのような任用拒否を批判し、次のように述べておられる。
「公務制度改革の急速な進行により、官民の壁が低くなり、公務員もいわば民間化しつつある状
況のなかで、判例の形式論はもはや維持しにくくなっている。非常勤職員についても、その雇用が
公務員法の趣旨に反するなどの事情があり、任用拒否の自由を認めることが著しく信義則に反する
などの事情がある場合には、信義則にもとづき、あるいは解雇権濫用法理の類推適用により、任用
拒否は許されず、当局と職員の間には、任用されたのと同様の法律関係が継続する(一種の任用の
擬制)と解すべきであろう。また、当局が職員の任用継続に期待をもたせる言動をしたうえで、任
用拒否によってその期待を裏切ったような場合には、国・自治体は少なくとも国家賠償法による損
害賠償義務を負うと解すべきである。
」(西谷「労働法」P442)。
2)非常勤職員の公務員任用更新拒絶事件
イ 国立情報学研究所事件東京地裁判決平 18.3.24、東京高裁判決平 18.12.13
この事件は、国の機関に公務員として1年単位で14年間にわたって任用されていた非常勤
職員が15年目に再任用されなかったことは無効であると訴え、国の機関から大学共同利用機
関法人に移行した後に判決が出されたものである。一審は更新拒絶無効(労働者側勝訴)、二審
は更新拒絶有効(使用者側勝訴)という判断となった(資料17 314 ページ参照)。
判決は、労働法において適用される解雇権濫用の法理(注)に関し、雇用期間満了後も再任
用されるとの期待を抱いたとしても、その期待は主観的な事実上のものにすぎず、雇用期間満
了後の再任用が法律上保護されるべきものであるということはできない、として公務員の公権
力による任用関係には適用されないとした。
注.解雇権濫用の法理
使用者が労働者を解雇するには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる場合
でなければならず、この要件を欠く解雇は、その権利を濫用したものとして、無効とする考え方をいう。長
年にわたって裁判例が積み重ねられた結果の考え方であり、労働契約法 16 条に規定された。
有期労働契約の場合、期間満了による雇止めであっても、①実質的に期間の定めのない契約と異ならない
状態になっている場合(東芝柳町工場事件最高裁一小判決昭 49.7.22)、②雇用関係にある程度の継続が期待
される場合(日立メディコ事件最高裁一小判決昭 61.12.4)には、当該雇止めには解雇権濫用の法理が類推適
用される。
前述「国立情報学研究所事件」東京高裁判決は、この民間に適用される解雇権濫用の法理は公務員の公権
力による任用関係には適用されないとしたものである。
⇒ 公務員の任用行為に関しては、労働契約における解雇権濫用の法理は適用されない。
ロ 大阪大学(非常勤職員雇止め)事件大阪地裁判決平 20.11.27
法人化前の国の機関であった時代に、事務補佐員として図書館勤務していた女性が、法人化
後60歳以後更新しないという就業規則の規定により雇止めされたことは、平等の原則・公序
良俗に反し無効であるとして提起した事案において、控訴人(労働者側)の主張は理由がない
として退けられた。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
※「大阪大学(非常勤職員雇止め)事件」から得られる結論
① 常勤職員を再雇用制度により 65 歳に達するまで雇用を保障するのに対し、非常勤職員を
60 歳で雇止めすることは雇用形態・職務内容が異なり合理的区別といえる。
② 法人化前から雇用していた非常勤職員を 60 歳以降雇止めとする就業規則の規定に基づき
雇止めすることは有効である。
⇒ 就業規則の規定に基づき、非常勤職員を 60 歳以降雇止めすることは有効である。
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第2款 有期労働契約の雇止め
5.実務における留意点
前述1.
(4)269 ページのとおり、大学・独法における更新限度の基準の緩和ないし撤廃に関
し有期雇用職員当事者だけでなく学部・部局など現場からの要求が高まってきている。そこで、
更新限度を設けるメリツト・デメリット、それを緩和ないし撤廃した場合の危険性などについて
考察する。
(1)概
要
以上みてきたように、有期労働契約の雇止め問題は、現在のところ、その効力について必ずし
も予測可能といえる段階まで明確にされているわけでない。さきに説明した有期労働契約調査研
究会報告及び同報告に基づく「雇止め基準」(平 15.10.22 厚労告 357 号)にしても、雇止めに
関する労使間個別紛争の増加に対し行政がどのような対応をとるべきかという観点からまとめ
られたものであり、雇止めの効力問題は別に論じるべきである。
しかし、そうはいっても、同報告及び「雇止め基準」は「期間の満了時において労働者と使用
者との間に紛争が生ずることを未然に防止するため」にした提言・基準であるから、これを遵守
することによって実務上の課題はほとんど解決できるのではないかという点を指摘できる。
学説においても、雇止め基準を遵守した手続きを踏んだことは「これにより直接の法的効果が
発生するわけではないが、雇止めの効力の判断において考慮される可能性がある」(山川「雇用
関係法」P284)、「使用者がこれら規制に基づく説明責任を果たし、労働者がこれを納得した上
で有期労働契約を締結した場合は、特別の事情がない限り、解雇規制の類推を否定し、期間満了
に伴う労働契約の終了を肯定すべきである。」(土田「労契法」P676)という主張もみられる。
(2)雇止め理由の具体化
1)通達の例示を改善する
前述通達(基発 1022001 号)
(3.
(2)278 ページ以下)では、
「更新の有無」及び「判断の基
準」の内容に関し「労働者が、契約期間満了後の自らの雇用継続の可能性について一定程度予見
することが可能となるものであることを要する」としているが、その例示(278 ページ(2)ロ)
をみると判断項目を例示しただけであって、
「一定程度予見することが可能」な程度といえるほど
具体的な基準を示したものとは、とてもいえない。
そこで、実務においては、たとえば、更新しない理由として
「契約期間満了時の業務量が当初の3割以上減少した場合」
「期間中の勤務状況において無断欠勤、無断遅刻・早退が3回以上あったこと」
「勤務成績が『とくに劣る』こと」
「対象期間について予算の確保ができなかったこと」
というように、より予見可能な具体的理由を示すようにしたい。別途運用規程ないし内規などに
具体的程度を定める方法でもよい。このような客観基準が無用な個別紛争の回避に役立ち、雇止
め有効・無効の判断にもよい影響を及ぼすものと思われる。
2)ある国大の雇止め基準例
現在、非常勤職員の雇用期間に関し3~5年程度の限度を設けている国大が大多数であると思
われるが、下記の例は更新限度を撤廃し「雇止め事由」を明確化した事例である。
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第2款 有期労働契約の雇止め
参考:ある国大が明示している雇止め基準
臨時職員人事規程
(雇用期間の更新制限)
第6条 臨時職員就業規則第6条第3項に基づく更新しない場合の基準については,次の各
号のいずれかに該当する場合とする。
1.契約締結当初から、更新回数の上限を設けており、当該上限に当たる場合
2.前回の契約更新時に、更新しないことについて合意していた場合
3.担当業務を終了又は中止した場合
4.担当業務に関連するプログラム、プロジェクト等の事業を廃止又は縮小した場合
5.本学の経営状況の悪化により、更新を行うことが困難である場合
6.担当業務を遂行する能力が十分ではない場合
7.当該雇用期間中において懲戒処分を受けている場合
8.職務命令に違反する行為を行った場合又は無断欠勤をしたこと等勤務成績が不良の場合
9.本人が契約更新を希望していない場合
10.直近の健康診断の結果、業務遂行に問題がある場合
11.その他前各号に準ずる客観的かつ合理的な事由がある場合
6.については能力の判断が難しいという問題もあり、
「勤務実績に問題がある場合」とするこ
とも一方法であろう。その場合の「勤務実績評価表」の一例を、別な国大の例であるが次に掲げ
る。
<勤務実績評価案>
※
更新計画時に人事評価等の次の事項を入れる。
○
以下の事項について、評価等を記載してください。
▣ 業務等の理解力
□高い
□問題ない
□問題あり
▣ 業務の処理
□迅速
□問題ない
□問題あり
▣ 規律の遵守
□よい
□問題ない
□問題あり
▣ 協 調
□高い
□問題ない
□問題あり
□意欲的 □問題ない
□問題あり
性
▣ 業務の取組姿勢
▣ 欠勤(本書提出時)□ない
□あり(
日
時間)
※雇用期間3年までの雇用更新の際には、上記で問題ありとされた項目が2以上、又は問題
ありとされた項目が1以上でかつ欠勤が多い(所定勤務日数の概ね2%以上)場合は、「勤
務実績に問題がある」とし、更新は不可とする。
※雇用期間3年を超えて更新しようとする場合は、更新の都度、高い・迅速・意欲的等と評
価された項目が3以上があることを条件とする。
⇒ 3年ルール・5年ルールの撤廃可否は、この雇止め基準づくりにかかっており、非常勤職員の発揮能力を正
しく評価・把握する仕組みが不可欠ではないかと思われる。
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第2款 有期労働契約の雇止め
⇒ 雇止めの有効・無効の判断において、更新しないことについて「相当な理由」があることが重要な要素であ
るから、更新しない理由として「相当な理由」を設定する必要がある。
3)運用面の問題
イ 行動を注意する
せっかくルールをつくっても、それが恣意的に運用されたのでは不満のもととなる。公正な
評価・処遇をすることが紛争を未然に防ぐ上で重要である。
とくに問題となるのは、
「協調性がない」とか「反抗的態度」などの行動面に関する上司・部
下の主観の違いであるが、評価者は上司であるのだから、
「よくない」と判断する行動・態度に
対してその場で注意することが望ましい。日本の企業においては、協調性や人格円満は重要な
職業能力であるから、これが欠ける者との契約更新をしないことは十分「相当の理由」に該当
するものである。
ただし、抜打ち的に行うのではなく、日常業務の中で都度指摘し改善を求める指導を重ねた
上で行うようにする。
⇒ 本人に非があることであっても、それを突然雇止め理由として持出すとトラブルのもととなる。
ロ 面談の実施
大学・独法の有期雇用職員の契約期間は、通常1年としている。これを何度も更新すると更
新手続きが惰性に陥りやすいが、十分注意する必要がある。
毎年、1~2月頃に翌年度の契約について個別に話合うような運用をしたい。この面談も雇止
め有効・無効の判断によい影響を及ぼすものと思われる。
⇒ 継続雇用への合理的な期待を生じさせないためには、1回ごとの契約であるという意識を労使ともが有する
ことが肝要である。
※ 学部・部局の協力態勢
上記1)~3)で述べたとおり、「雇止め問題」の解決には①基準づくり、②的確な運用、が
不可欠である。これを管理部門と学部・部局とが協力し合って推進することが肝要であると考え
る。そのため、現場第一線の指導的立場の職員に対し、非常勤職員労務管理に関し労働法を含め
た啓蒙・研修が必要となろう。
(3)契約更新回数に上限を設けることの可否
国の機関が法人化された国立大学、独法では、たとえば、事務補佐員の場合、契約期間は会計
年度ごとの1年間とし、更新回数2回まで(雇用期間の上限が3年)というように、有期労働契
約の更新回数に限度を設ける制度が普及している。これは、定員法が適用されていた国の時代に
有期任用の非常勤職員の常勤化を防止するためにとられた措置の名残りであろう。
契約更新回数に上限を設ければ限度回数を超えて労働者に更新期待は生まれないため、限度回
数に達したことを理由とする個別紛争は起こりにくい。
では、このような更新回数に限度を設けることは可能なのだろうか。
日本においては期間雇用に関する法規制は立法上も判例法上も存在せず、このような回数に限
度を設けることは契約の自由に委ねられているといえる。したがって、更新回数に限度を設ける
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第2款 有期労働契約の雇止め
ことを無効とする根拠はないと解する。
学説では、更新回数でなく雇用期間そのものに関し、期間の定めがない契約における解雇が解
雇権濫用の法理によって厳しく制限されていることとのバランスを考慮して、契約期間の設定自
体に合理的理由を求める見解もあるようだが、土田教授は、このような説に対し「法的根拠が明
確でないし、政策的にも、労働市場にこのように積極的に介入する法政策の妥当性には疑問が残
る。」としている(土田「労契法」P667)。
通達は有期労働契約の更新回数に上限を設けることを否定するわけでなく、
「契約更新をしない
こととする理由」の例示として、
「契約締結当初から、更新回数の上限を設けており、本契約は当
該上限に係るものであるため」という理由を挙げている(平 15.10.22 基発 1022001 号)。
しかし、最近では有期雇用職員が担当する職務が必ずしも補佐的な業務に限られず、大学・独
法の行う事業の各業務を正規職員、非正規職員が各々分担して担当するようになってきたという
事情もあり、そのため、非正規職員を3~5年程度で雇止めする弊害も顕在化しており、大学経
営の効率の観点から更新回数の限度を見直す動きもみられる。
一部の大学・独法ではすでに更新回数の限度を撤廃した例も見受けられる。その場合に、前述
「雇止め基準」に則った運用をすることが肝要である。
⇒ 有期労働契約の更新回数に限度を設けることは、現行法令では禁止する明文規定はないので、違法
とはいえない。
(ただし、優秀な人材も一定期間で流出するというデメリツトも否定できない。
)
(4)雇止め規制の方向性
土田 道夫教授が述べておられる(4.(4)4)292 ページ以下)ように、企業実務では,雇
止めの規制を恐れるあまり,有期雇用労働者の契約更新や再雇用を行わないケースが増えており,
国大・独法においても契約更新回数に限度を設ける例が主流を占めている。雇止めの法規制がか
えって有期雇用労働者の雇用機会を狭める結果を招いているという側面も否定できない。要する
に,雇止めに対する過剰な実体的規制は,労働契約の適正な運営の促進という労働契約法の観点
からも,労働者の雇用機会の確保という政策的観点からも妥当性を欠く。
これらの点を考慮すると,雇止め規制の方向性としては,実体的規制から手続き的規制に重点
を移して考えるべきであるとする同教授の主張は的確で説得性がある。
そこで平成 15 年の労基法改正において 14 条 2 項・3 項に基づいて設けられた基準(「有期労働
契約の締結,更新及び雇止めに関する基準」
[平成 20・1・23 厚労告 12 号])が注目される。これ
は,有期労働契約の締結更新・雇止めに関して行政的助言・指導を行うための基準であるが,有
期労働契約の締結時における更新の有無の明示と,更新がありうる旨明示した場合の「当該契約
を更新する場合又はしない場合の判断の基準」の明示を中心とした使用者の説明義務・情報提供
義務という手続きを規定している。
実務においては、厚労省「雇止め基準」に基づく説明責任を使用者が果たし,労働者がこれを
納得した上で有期労働契約を締結した場合は,基準そのものが権利の濫用に当たるとか公序良俗
に反するとか特別の事情がない限り,雇止めに関する紛争か生じるおそれが少なく雇止め有効と
考えてもよいのではないか。また、仮に紛争が生じたとしても期間の満了に伴う労働契約の終了
を肯定される蓋然性が相当程度ある。
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第2款 有期労働契約の雇止め
「使用者が有期労働契約の更新がない旨を明示・説明したときは,期間の満了によって労働契約
は終了すると解すべきであるし,更新の可能性があることを前提に更新基準を明示し,かつ,当該
基準を適用して雇止めを行ったことに問題がない場合は,労働者の主観的な期待利益にかかわらず,
契約は終了すると解すべきである。」
(土田「労契法」P676)
(5)有期労働契約に対する高年齢者法の規制
有期労働契約を更新して雇用を継続している場合に、たとえば60歳に達した場合に更新せず雇止
めをすることは、高年齢者法との関係ではどうなるのだろうか。
高年齢者法の高年齢者雇用確保措置は、主として期間の定めがない労働者に対する継続雇用制
度の導入等を求めているため、有期雇用契約のように、本来、年齢とは関係なく一定の期間の経
過により契約終了となるものは、別の問題であり、少なくとも高年齢者雇用安定法に違反しない
と考えられる。ただし、実態として期間の定めがない雇用とみなされる場合は定年の定めをして
いるものと解されることとなり、その場合には高年齢者雇用確保措置を講じなければならない(厚
生労働省「改正高年齢者雇用安定法Q&A」)。
⇒ 有期労働契約者については、高年齢者法の継続雇用制度を適用しなくてよい。
(6)年齢を理由とする雇止めの可否
たとえば、「60 歳に達した場合は契約更新しない」というような規定は有効であろうか?
これを直接禁止する明文規定は見あたらないから、無効とする根拠はない。裁判例においても、
法人化前から雇用していた非常勤職員を 60 歳以後は契約更新しないとする法人化後の就業規則
の規定に基づき雇止めをした事案で、雇止め有効としている(「大阪大学(非常勤職員雇止め)事
件」大阪高裁判決平 20.11.27-資料16 P312)。
しかし、雇用対策法は労働者の募集・採用に関し、無期契約については定年年齢を下回る募集・
採用を認めているが、有期契約については年齢制限をすることはできないとしている(雇対法 10
条、雇対則 1 条の 3 第 1 項 1 号)。
募集の際に年齢不問としていながら、60 歳で雇止めをするとの規定を就業規則に定めている場
合には、就業規則それ自体が直ちに雇用対策法第 10 条違反となるものではないが、しかしながら、
当該就業規則に基づいて 60 歳以上の者を採用しない場合には、採用において年齢制限を行うこと
となることから、雇用対策法第 10 条違反と解される(厚生労働省「労働者の募集及び採用におけ
る年齢制限禁止の義務化に係るQ&A」。
この見解に対し批判もあり、たとえば、安西
愈弁護士は漫然と更新を繰返すなどの状況によ
り「実質的に期間の定めのない契約」とみなされる者は、高年齢者法の継続雇用制度の適用があ
るものの定年年齢に達したということで雇止めが認められるのに対し、きちんと手続きを行い「期
間の定めのある」契約に該当する場合は、毎回ごとに新規採用であるから 60 歳で更新しないこと
は雇対法違反となるという奇妙なことになると述べている(「月間総務」2009 年 1 月号 P31)。
実務においては、「実質的に期間の定めのない契約」も「期間の定めのある契約」も 60 歳で従
来の雇用条件を打切り、その後は雇用条件を変えて 65 歳に達するまでの間は本人の希望により継
続雇用制度を設けることが妥当であろう(前述「月間総務」)。
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
⇒ 1年契約の非常勤職員を60歳以降も契約更新する場合は、常勤職員の再雇用制度に準じた新たな
労働条件(単価低減、所定労働時間の短縮など)で契約することが妥当である。
⇒ 3年ルールを撤廃する場合は、たとえば60歳到達により雇止めし、常勤職員の再雇用制度に準じた
新たな雇用制度(単価低減、所定労働時間の短縮など)を創設することも一案である。
(7)合意による期間満了退職
1)労働条件通知書の本人同意欄の意義
長期にわたって反復更新された有期労働契約であっても、契約更新時に今回をもつて最後とし
次回以降の更新を行わない旨を合意した場合は、期間満了による労働契約の終了であり、
「解雇権
濫用の法理の類推適用」の問題も「更新期待利益保護」の問題も生じない。厚生労働省の見解に
おいても更新しない理由の一つとして「前回の契約更新時に、本契約を更新しないことが合意さ
れていたため」という事由を例示している(平 20.1.23 基発 0123005 号)。
安西
愈弁護士は、この期間満了の合意は従前の更新手続きが明確でなく事実上期間の定めが
ない状態になっている場合であっても、改めて最後の契約であり当該期間の満了により雇用契約
が終了する旨の合意が成立したときは有効であると述べられている(安西「採用・退職」P954~
956)。
したがって、最後の契約更新時に「今回の更新をもって最終とし、○年○月○日限りで本学(本
機構)を退職することとなる。」というような文言を労働条件通知書に加えるようにしたい(「労
働条件通知書」は文字どおり「通知」としての効力であるから、副本に確認印をもらうとか、で
きれば「契約書」を取り交わすことによって「合意」を客観的に形成することが望ましい。
)。
⇒ 最近、労働条件通知書に本人同意欄を設け、内容に同意したとの確認印をもらう国大・独法が増えて
いるようだ。
○「合意」による期間満了退職を認めた裁判例
「旭硝子船橋工場事件」東京高裁判決昭 58.9.20
会社の経営悪化を理由に更新期間を1か月ないし半月とし「右期間満了後は更新しない旨申入れを
受け、いずれもこれを承諾して労働契約を締結したことが認められるので、同日の経過によって労
働契約は終了した」と判示した。
「近畿コカ・コーラボトリング事件」大阪地裁判決平 17.1.13
「本件雇止めについて事前に会社からの十分な説明が行われ、その際配布された最後の1年間の
雇用契約書には、雇用期間は平成14年1月 1 日から同年12月末日までと、同雇用期間が経過し
た後は雇用契約を更新しないことが明記され、パートタイム労働者はいずれもこの雇用契約書に記
名押印してこれを会社に提出し、本人らも副本を所持している以上、本件雇用契約を契約期間の経
過と同時に終了させる合意が成立しており・・・本件各雇用契約を終了させる旨の合意が成立して
いた」として雇止めを認めている(次項2)で詳述)
。
301
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
「全国社会保険協会連合会事件」大阪高裁決定平 13.10.15
パート看護師の雇止めについて「平成 11 年 3 月 5 日に改めて労働契約書を取り交わした際、相手
方に対し『同年 4 月から平成 12 年 3 月まで契約する、ただし、6か月毎の契約として同年 3 月末日
で辞めてもらう』と告げているのであって、相手方がこれを聞きながら、なお期間満了後も雇用を
継続してもらえるとの理解のもとに、署名したとみることには無理があるといわなければならない。
」
として「新たな労働契約書への署名を求める際に『これで最後やからね』と念を押していること(こ
れは相手方も認めている)に照らせば、上記発言はあったものと推認するのが自然である。」として
「本件雇止めに解雇の法理を適用する余地はないと解される。」とした。
⇒ 反復更新された有期労働契約の終了に当たっては、最終直前の更新の際に「最終更新の契約である
こと」「次期以降の更新はしない」ことについて合意を取り付けることがもつとも円満な方法である。
2)「近畿コカ・コーラボトリング事件」大阪地裁判決平 17.1.13
当初雇用期間を定めずに雇用していたパート労働者に対し、就業規則を変更して1年契約とし、
その業務を子会社に委託するため1年間に限って雇用することとし、最後の労働契約書に署名押
印した事案で、裁判所は雇止め無効の訴えを退けている(資料18 P315 参照)。
事前説明会の実施、書類による意思確認、年次有給休暇の期間内取得の推進などを尽くしてお
り、雇止め手続きとして参考となる。
この事件は、①業務は臨時的な性質でないこと、②ほぼ正社員と同様の業務に従事していたこと、
③採用されてから本雇止めまで9年ないし13年以上にわたって勤務を続け、契約も7回更新された
こと、④契約書の作成が新たな雇用期間の開始後になることもあったこと、⑤契約書の作成に当たり、
契約更新の意思について明確な確認を行われることはなかったこと、⑥本件雇止めまでの間は雇止め
にしたことはなかったことが認められ、一般論として、雇止めによって雇用を終了させるためには、
解雇に関する法理が類推適用される、とされると判断している。
しかし、会社側が採った措置が次のようなものであるため、解雇に関する法理を類推適用する
余地はないとされた。P283 の「2)期待保護に値するか?」の判断が「ノー」である例と考えら
れる。
①
会社は、雇用契約は満了となり継続雇用はしないので有給休暇を全部使って欲しいと述べたこ
と
②
労働者は、雇用契約書を受領し、記名押印した上で確認印を押していること
③
同契約書については労働者も保管していたが、異議を述べることはなかったこと
④
当該労働者の前年の年休消化率が60%前後であったが、最終年度は100%であること
⑤
所定労働時間が短いために雇用保険の被保険者とならない取扱いを受けるおそれのあったパー
トナー社員の大半は、被保険者となるよう労働時間を増やすことを選択したこと
(8)雇止めに関する組合の団交要求
既存の職員組合が非常勤職員の雇止めに関して改善を申入れ、団交を求めることがあるが、非
組合員の労働条件である雇止め問題は義務的団交事項であるのだろうか?
菅野 和夫教授は、義務的団交事項について「組合員である労働者の労働条件その他の待遇や当
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
該団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なもの」と表現され、次のよ
うに述べておられる。
※非組合員の労働条件
「わが国の団体交渉法制においては、労働組合は組合員の労働条件その他の待遇についての団体
交渉権を有し、非組合員のそれらについては団体交渉権を有しない。したがって、当該組合の組合
員でない管理職や非正規労働者などの労働条件は、それ自体としては団体交渉権の範囲外である。
しかしながら、それら非組合員の労働条件問題と共通のないしは密接に関連するものである場合、
または組合員の労働条件に重要な影響を与えるものである場合には、使用者は非組合員の労働条件
問題について、組合員の労働条件に与える影響の観点から団体交渉義務を負うこととなり得る(西
谷 303 頁。実際にも、かなりの企業別組合が非組合員である労働者の賃金について団体交渉を行い
労働協約を締結している。
)
。同様に、いまだ組合には加入していない新規採用者の初任給の問題も、
組合員の勤続による賃金カーブの出発点(ベース)になるものなので、組合員の賃金問題と密接に
関連し、ないしは同問題に重要な影響を与えるものとして、原則として義務的団体交渉にあたるこ
ととなる(根岸病院事件-東京高判平 19.7.31 労判 946 号 58 頁――新規採用者の初任給引下げにつ
いて、将来にわたり組合員の労働条件に影響を及ぼす可能性が大で、組合員の労働条件との関わり
が強い事項として団体交渉義務があると判断した)。実際上も、多くの企業別組合の労働協約におい
て、初任給に関する取決めが行われている。
」(菅野「労働法」P534~535)
文中、紹介している「西谷 303 頁」とは、西谷 敏著「労働組合法」第2版有斐閣刊 2006 年の
ことであり、該当箇所を転載する。
※西谷 303 頁
「労働組合は、原則として組合員の労働条件について団体交渉を行うものであり、合意事項が協
約化された場合も、それは直接的には組合員にだけ適用される。しかし、パートタイム労働者や派
遣労働者などなどの非組合員の労働条件も、間接的には組合員の労働条件に重要な影響を及ぼす。
また、日本の企業では、組合員が将来非組合員の管理職に昇進していく場合が多く、管理職の労働
条件にも労働組合が関心をもつべき理由がある。したがって、労働組合がこうした関心から非組合
員の労働条件について団体交渉を要求した場合、これらの問題も義務的交渉事項になると解すべき
である。」
(西谷「労組法」P303)
しかし、国大・独法における正規職員、非常勤職員の関係においては、1年契約を繰返す非常
勤職員の雇用形態が、定年制のもとで期間の定めがない契約の常勤職員に与える影響はほとんど
ないものと考えられるから、一般的には、非組合員である有期雇用契約における雇止め問題が常
勤職員で組織される職員組合の義務的団交事項とならないものと思われる(私見)。
なお、最近は非常勤職員にも組合加入資格を認める労働組合も出現してきている。その場合に
組合員の雇止めに関する団交申入れには応じざるを得ないので、今後、雇止め議論はその合理性
を主体としたものになっていくのではないかと思われる。
303
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第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
【再掲】資料6(104 ページの再掲)
(P269,277,278,280関係)
○有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準
(平成十五年十月二十二日)
(厚生労働省告示第三百五十七号)
最終改正 平成 20 年 1 月 23 日厚労告 12 号
労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第十四条第二項の規定に基づき、有期労働契約の締結、
更新及び雇止めに関する基準を次のように定め、平成十六年一月一日から適用する。
(契約締結時の明示事項等)
第一条
使用者は、期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」という。)の締結に際し、労働
者に対して、当該契約の期間の満了後における当該契約に係る更新の有無を明示しなければならな
い。
2
前項の場合において、使用者が当該契約を更新する場合がある旨明示したときは、使用者は、労
働者に対して当該契約を更新する場合又はしない場合の判断の基準を明示しなければならない。
3
使用者は、有期労働契約の締結後に前二項に規定する事項に関して変更する場合には、当該契約
を締結した労働者に対して、速やかにその内容を明示しなければならない。
(雇止めの予告)
第二条
使用者は、有期労働契約(当該契約を三回以上更新し、又は雇入れの日から起算して一年を
超えて継続勤務している者に係るものに限り、あらかじめ当該契約を更新しない旨明示されている
ものを除く。次条第二項において同じ。)を更新しないこととしようとする場合には、少なくとも当
該契約の期間の満了する日の三十日前までに、その予告をしなければならない。
(雇止めの理由の明示)
第三条
前条の場合において、使用者は、労働者が更新しないこととする理由について証明書を請求
したときは、遅滞なくこれを交付しなければならない。
2
有期労働契約が更新されなかった場合において、使用者は、労働者が更新しなかった理由につい
て証明書を請求したときは、遅滞なくこれを交付しなければならない。
(契約期間についての配慮)
第四条 使用者は、有期労働契約(当該契約を一回以上更新し、かつ、雇入れの日から起算して一年を
超えて継続勤務している者に係るものに限る。)を更新しようとする場合においては、当該契約の実
態及び当該労働者の希望に応じて、契約期間をできる限り長くするよう努めなければならない。
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第2款 有期労働契約の雇止め
資料 15(P272関係)
調査会報告が取り上げたタイプ別裁判事例
「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告」
(平成 12 年9月 11 日)より
<1>純粋有期契約タイプ
このタイプでは、役割・責任など業務の性質が正規職員と明確に異なる場合(例:非常勤講師)は、
反復更新による期待保護が否定され、雇止めが有効とされる。
○事例1-1亜細亜大学(非常勤講師雇用期間満了)事件東京地裁昭 63.11.25
(要
点)
専任教員とは異なる役割・待遇の非常勤講師について、次のような場合は、1年契約を 20 回更新
した後に雇止めをすることは適法である。
①
毎年辞令の交付が行われ、契約内容について相互の意思確認が行われている。
②
大学は、非常勤講師に対して、期間の定めなく雇用するとか、長期間継続して雇用するなどと言
明したことはない。
① 240~250 名の非常勤講師のうち毎年 40~50 名ほど更新しないものがおり、その中には大学側の
都合による者も含まれている(過去、雇止め実績がある。
)。
(判例から学ぶ法理)
①
期間の定めがない契約と異ならない状態で存在していたと認められるか、又は、期間満了後も雇
用を継続するものと期待することに合理性があると認められる場合には、解雇の法理を類推すべき
であると解するのが相当である(本件はこれに該当しないとされた。)
。
② 非常勤講師については、大学が教育上の配慮から適任者を求める必要があるから、講義が恒常
的に設置されていても、雇用期間の定めがある講師を雇用することは当然ありうることである。
③ 辞令交付は1年という期間を限定したもので、重要な更新手続に当るといえるが、毎年の金額
が固定していない賃金額を記載する必要がある場合は、新たな契約期間が始まった日(4月1日)
以降であっても許される。
(事案の概要)
1年契約を繰り返し、21 年間にわたって私立大学で英語、ヒンディー語の非常勤講師をしてきた原
告に対し、大学側が講義内容の改善のため講師を交替させることとし、期間満了を理由に雇止めした事
案につき、当該雇止めは適法であるとした。
(判決の要旨)
①
被告は、原告に対し、昭和三八年四月一日付で非常勤講師(辞令上は兼任講師)を嘱託し、その後昭
和四三年度までは「亜細亜大学本年度兼任講師を嘱託する。
」と記載された各年四月一日付の辞令を交
付し、昭和四四年度からは辞令上も非常勤講師を嘱託し、「亜細亜大学本年度非常勤講師を嘱託する。
」
と記載された各年四月一日付の辞令を交付し、これを昭和五八年度まで一年毎に更新してきた。
②
雇用契約は、期間が一年と定められ、これが更新されてきたものであることが認められる。
③
専任教員と非常勤講師との違い
(a)採用時の選考
亜大における教員は専任教員と非常勤講師に分かれ、専任教員には専任教授、専任助教授、専任講
師及び専任助手が該当する。専任教員の採用に際しては相当厳しい資格条件が課されているが、非常
勤講師の場合はそれに準じる教育・研究能力があると認められる者も採用することができる。
(b)身分的拘束
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第2款 有期労働契約の雇止め
専任教員はその職務及び責任の面で全般的な拘束を受けその地位が期間の定めなく継続するのに
対し、非常勤講師は限られた職務を本来短期間担当する地位にあり、大学から全般的な拘束を受けな
いことを前提としており、兼業についても、専任教員には他に本務をもつことを禁ずる規定があるの
に対し、非常勤講師は他に本務をもってはならないとの制約はない。(実際に、原告は東京大学と上
智大学においても講師をしていた。)
(c)大学の役職・校務の担当
専任教員のうち教授、助教授、講師は、専門学術の研究及び教育に従事し大学の役職又は校務を担
当することがあるのに対し、非常勤講師は、委嘱された科目について授業及び指導をするだけで大学
の役職又は校務を担当することはない。
(d)雇用期間
専任教員は、定年の定めがあるほかは通常在職期間の定めはなく、非常勤講師は1年ごとの契約で
ある。
(e)賃金面
専任教員には基本給のほか諸手当、賞与及び退職時に退職金が支給されるが、非常勤講師には、一
週間に一回の授業(一コマ)を担当した場合の一か月の金額に、一週間に担当するコマ数を乗じて算
出された賃金が毎月支払われるだけで、その金額も担当コマ数が年によって増減するとそれに応じて
変動するものであり、交通費を除く他の諸手当、賞与、退職金は一切支給されない。
④
被告は、原告に対し、原告を期間の定めなく雇用するとか、長期間継続して雇用するなどと言明した
ことはない。
⑤
また、亜大のB教養部長は、昭和五八年六月二二日ころ、原告に対し、大学の方針で来年度から外国
人の先生を採用しないことにしたので、来年度は原告を採用しない旨述べた。亜大としてはそのような
方針を採ることにしていなかったが、Bは原告を傷つけないためその旨述べたのであった。
⑥
非常勤講師については、大学が教育上の配慮から適任者を求める必要がある。亜大では近時非常勤講
師は二百四、五〇名いるが、そのうち四、五〇名は更新しないし、大学の都合で更新しなかった者もい
る。また、非常勤講師で二〇年以上継続している者も数名いるが、外国人の非常勤講師では原告が最も
勤続年数が長かった。
⑦
原告の担当していた講座
(a)亜大においては原告の担当していた英語とヒンディー語の講義は恒常的に設置されていた。
(b)講義が恒常的に設置されていても、雇用期間の定めがある講師を雇用することは当然ありうるこ
とである。
⑧
辞令の交付
(a)被告の原告に対する毎年の辞令交付は一年という期間を限定したもので、重要な更新手続に当る
といえる。
(b)その交付が四月一日以降であったのは、毎年の金額が固定していない賃金額を記載する都合によ
るものであった。
(結
論)
以上のような諸事情を考慮すると、原・被告間の雇用契約は、二〇回更新されて二一年間にわたった
ものの、それが期間の定めがないものに転化したとは認められないし、また、期間の定めがない契約と
異ならない状態で存在したとは認められず、期間満了後も雇用関係が継続するものと期待することに合
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第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
理性があるとも認められない。
したがって、被告の更新拒絶につき解雇に関する法理を類推して制約を加える必要があるとはいえな
い。
以上の次第で、原告・被告間の雇用契約は昭和五九年三月三一日をもって終了したものと認められる。
<2>実質無期契約タイプ
このタイプでは、継続雇用を期待させる使用者の言動があったり、更新手続きが形式的である場合は、
雇止め無効とされる。
○2-1東芝柳町工場(基幹臨時工雇止め)事件最高裁一小判決昭 49.7.22
(要
点)
次のような場合に、基幹臨時工を期間満了による雇止めをすることは、信義則上許されない。
①
契約期間を2か月とし、5回から23回にわたって更新している。
②
採用に際し、長期継続雇用、本工への登用を期待させるような言動が会社側にあった。
③
契約更新に当たっては、必ずしも契約期間満了の都度直ちに新契約締結の手続きがとられていた
わけでない。
④
基幹臨時工が2か月の期間満了によって雇止めされた事例はなく、自ら希望して退職するものの
ほか、そのほとんどが長期間にわたって継続雇用されている。
⑤
過去、期間の満了ごとに当然更新を重ねて、あたかも期間の定めがない契約と実質的に異ならな
い状態で存在していた。
(判例から学ぶ法理)
①
期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めがない契約と実質的に異ならない状態で
存在していたものを、期間満了を理由に雇止めする場合に、解雇に関する法理を類推すべきである。
②
期間の終了毎に当然更新を重ねて実質上期間の定めがない契約と異ならない状態にあったこと
等の事情があるときは、単に期間が満了したという理由だけで会社は雇止めを行わず、労働者もま
たこれを期待・信頼し、このような相互関係のもとに労働契約関係が存続・維持されてきたものと
いうべきである。
③
このような場合には、臨時従業員就業規則に契約期間の満了を解雇事由として掲げていても、契
約期間の満了を解雇事由とする右条項を発動してもやむを得ないと認められる特段の事情の存し
ないかぎり、期間満了を理由として雇止めをすることは、信義則上からも許されない。
(事案の概要)
契約期間を2か月と記載してある臨時従業員としての労働契約書を取り交わした上で基幹臨時工と
して雇い入れた者を、当該契約が5回ないし23回にわたって更新された後、雇止めの意思表示をした。
基幹臨時工が2か月の期間満了によって雇止めされた事例はなく、自ら希望して退職するもののほ
か、そのほとんどが長期間にわたって継続雇用されている。1年以上継続して雇用された臨時工は、試
験を経て本工に登用することとなっているが、右試験で不合格となった者でも、相当数の者が引き続き
雇用されている。
Xらの採用に際しては、長期継続雇用、本工への登用を期待させるような言動があり、Xらも期間の
定めにかかわらず継続雇用されるものと信じて契約書を取り交わしたのであり、本工に登用されること
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第2款 有期労働契約の雇止め
を強く希望していたという事情があった。
(判決の要旨)
本件各労働契約は、期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異な
らない状態で存在していたものといわなければならず、本件各傭止めの意思表示は右のような契約を終
了させる趣旨のもとにされたのであるから、実質において解雇の意思表示にあたる。そうである以上、
本件各傭止めの効力の判断にあたっては、その実質にかんがみ、解雇に関する法理を類推すべきである
とするものであることが明らかである。
本件各労働契約が期間の満了毎に当然更新を重ねて実質上期間の定めのない契約と異ならない状態
にあったこと、及び上記のような上告会社における基幹臨時工の採用、傭止めの実態、その作業内容、
被上告人らの採用時及びその後における被上告人らに対する上告会社側の言動等にかんがみるときは、
本件労働契約においては、単に期間が満了したという理由だけでは上告会社において傭止めを行わず、
被上告人らもまたこれを期待、信頼し、このような相互関係のもとに労働契約関係が存続、維持されて
きたものというべきである。そして、このような場合には、経済事情の変動により剰員を生じる等上告
会社において従来の取扱いを変更して右条項を発動してもやむをえないと認められる特段の事情の存
しないかぎり、期間満了を理由として傭止めをすることは、信義則上からも許されないものといわなけ
ればならない。
(結
論)
本件雇止めは、契約期間満了を解雇事由とする就業規則の規定に基づく解雇としての効力を有するも
のではない。
<3>期待保護(反復更新)タイプ
このタイプでは、業務内容が必ずしも正規職員と同じではないが恒常的で、更新回数が多い場合にお
いて、継続雇用を期待させる使用者の言動があったり、更新手続きが形式的であると、雇止め無効とさ
れる。
○事例3-2安川電機八幡工場(パート整理解雇)事件福岡高裁決定平 14.9.18
(要
点)
整理解雇の四要件のうち、a.人員削減の必要性、b.解雇回避努力、c.手続の妥当性の3要件
は満たされていても、d.人選の妥当性について次のような見解がある。
①
無断欠勤や無断遅刻があり、これまでにも上司に注意をされたが是正されていなかった者を選定
することは適法である。
②
年齢を理由とすると推定されるような人選は違法である。
(判例から学ぶ法理)
14~17 年間もの長期にわたって、3か月ずつの雇用期間を多数回にわたって更新してきた後に
①
会社が労働契約を更新しなかった場合は、解雇に関する法規整が類推適用される余地がある。
②
期間の定めがある労働契約の場合は、民法 628 条により原則として解除はできず、やむことを
得ない事由があるときに限り、期間内解除ができる。この場合に、労基法 20 条・21 条の規定により
予告が必要となる。
(事案の概要)
X1、X2はY社の「Dスタッフ」と呼ばれる短時間契約従業員として3か月の雇用期間を定めて雇
308
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第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
用され、モーターに取り付ける検出器の調整取付けに従事していた。X1は14年間、X2は17年間、
同様の契約が更新されてきた。Y社は、X2を含む14名に対して平成13年6月25日に、X1を含
む7名に対して同月26日に解雇予告をしていたとして、X1には7月26日、X2には7月25日を
もって解雇する旨の意思表示をした。
Y社の「Dスタッフ就業規則」には、「会社は、次の各号の1つに該当するときは、契約期間中とい
えども解雇する。5号 事業の縮小その他やむを得ない事由が発生したとき」(9条)、「前条の規程
による解雇については、本人の責めに帰すべき事由を除き、30日前に本人に予告する」(10条)と
の規定があった。
X1らは、Y社のなした整理解雇の意思表示が、解雇予告義務に反し、解雇理由が存在せず解雇権濫
用であり無効である等主張し、労働契約上の地位保全及び賃金仮払いの仮処分を申し立てた。1審はX
1らの申立を却下した。
(決定の要旨)
就業規則9条の解雇事由の解釈にあたっても、当該解雇が、3か月の雇用期間の中途でなされなけれ
ばならないほどの、やむを得ない事由の発生が必要であるというべきである。Y社の業績は、本件解雇
の半年ほど前から受注減により急速に悪化しており、景気回復の兆しもなかったものであって、人員削
減の必要性が存したことは認められるが、本件解雇により解雇されたパートタイマー従業員は、合計3
1名であり、残りの雇用期間は約2か月、X1らの平均給与は月額12万円から14万5000円程度
であったことやY社の企業規模などからすると、どんなに、Y社の業績悪化が急激であったとしても、
労働契約締結からわずか5日後に、3か月間の契約期間の終了を待つことなく解雇しなければならない
ほどの予想外かつやむを得ない事態が発生したと認めるに足りる疎明資料はない。したがって、本件解
雇は無効であるというべきである。
X1らが14~17年間もの長期にわたって、3か月ずつの雇用期間を多数回にわたって更新してき
たことからすれば、Y社がX1らとの間の労働契約を更新しなかったことについて、解雇に関する法規
整が類推適用される余地があるというべきである。そこで、次にY社が本件解雇をした、即ち、X1ら
との間の労働契約を終了させた理由が合理的であって、社会通念上相当なものとして是認することがで
きるかどうかについて検討する。
認定事実によれば、本件においてはいわゆる整理解雇の4要件のうち、人員削減の必要性、解雇回避
努力、手続の妥当性の3要件は満たされている。次に、被解雇者選定の妥当性について検討するに、X
1については無断欠勤や無断遅刻があり、これまでにも上司に注意をされたが是正されていなかったこ
とが認められるから、Y社がX1を選定したことに違法は認められない。
しかし、X2については、Y社が主張するX2の勤務態度や協調性の問題点については、時期、態様
等について具体的な主張がなく、これを疎明するに足りる客観的な資料や他の候補者との比較資料の提
出もなく、さらに、Y社が、当初、X2に対して年齢とか勤務状況であると答え、その後も具体的な理
由は明確にされていなかったこと、X2が選定されたことが妥当であると認めるに足りる疎明はないと
いうほかない。したがって、X2については、仮の地位を定める仮処分についての被保全権利の存在が
一応疎明されているというべきである。
<4>期待保護(継続特約)タイプ
当初は期間の定めがない契約であったものを有期雇用に切り替えた場合や有期雇用で新規採用し一
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第2款 有期労働契約の雇止め
定期間経過後に正規職員として登用することが期待される場合など継続雇用を期待させる特別の事情
があるときは、更新回数が少ない場合においても雇止めを無効とされる。
○4-1三洋電機(定勤社員雇止め)事件大阪地裁決定平 3.10.22
(要
点)
次のような場合に、期間満了を理由に定勤社員を雇止めすることは、合理的理由がなく、労使間の
信義則に反する措置というべきであって許されない。
定勤社員は、臨時社員として2か月の期間の定めがある労働契約を連続して少なくとも 11 回更
①
新し、2年以上継続勤務してはじめてその資格を得られるものである。
申請人らが臨時従業員として採用されてから本件雇止めに至るまで最長で 11 年 10 か月、最短
②
で6年5か月も雇用を継続しており、更に、定勤社員になってからでも2年ないし6年を経ている。
③
定勤社員については、その定年と俗称される年齢まで勤務を続けられると受け取れるような説明
を会社側がしていた。
④
定勤社員だけについて、そのほぼ全員を対象として同時かつ一挙に定勤社員契約を解消させるよ
うな本件雇止めを行わなければならないほどの真にやむを得ない理由があったとはいいがたい。
(判例から学ぶ法理)
①
期間の定めがある契約を反復更新繰り返したとしても、そのことのみによって、期間の定めがあ
る労働契約が期間の定めがない労働契約に転化したということはできない。
②
契約期間満了後も継続して雇用することを予定している者を雇止めするについては、経営内容の
悪化により操業停止に追いやられるなど従業員数の削減を行うほかないやむを得ない特段の事情
のない限り、解雇に関する法理が類推され、右の趣旨の特段の事情のある場合に限って雇止めがで
きるものというべきである。
③
この場合の解雇事由は、いわゆる終身雇用の期待の下に期間の定めがない労働契約を締結してい
る正社員を解雇する場合とはおのずから合理的な差異があることは否定できない。
(事案の概要)
契約期間2か月の臨時社員を2年以上経験した後、契約期間1年の定勤社員として雇われたパートタ
イマーが、会社の経営内容の悪化を理由として雇止めされ、その効力を争った事例で、会社側の解雇回
避努力が足りなかったとして従業員としての地位保全が認められた。
(判決の要旨)
〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
①
定勤社員契約は、一年という期間の定めがある労働契約にほかならないというべきであって、反復更
新を繰り返したとはいえ、そのことのみによって、期間の定めがある労働契約が期間の定めのない労働
契約に転化したということもできない。
②
定勤社員については、その定年と俗称される年齢まで勤務を続けられると受け取れるような説明を被
申請人がしたことも前記のとおりであるから、被申請人としても、定勤社員につき文字どおり一年限り
で雇用関係を終了させようと考えていなかったことは明らかであり、また、申請人ら定勤社員の側とし
ても、かなり継続的な雇用関係が維持されることを期待していたものということができる。
③
また、定勤社員は、臨時社員として二か月の期間の定めがある労働契約を連続して少なくとも一一回
更新し、二年以上継続勤務してはじめてその資格を得られるものであり、申請人らはいずれも臨時社員
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第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
として2年以上継続勤務した上、決して短いとはいえない期間の契約を1回以上更新した経験を有して
いる(申請人らが臨時従業員として採用されてから本件雇止めに至るまで最長で 11 年 10 か月、最短で
6年5か月も雇用を継続しており、更に、定勤社員になってからでも2年ないし6年を経ている。
)。
④
これらの事情にかんがみると、定勤社員契約において合意された契約更新の定めは、被申請人が経営
内容の悪化により操業停止に追いやられるなど従業員数の削減を行うほかないやむを得ない特段の事
情のない限り、契約期間満了後も継続して定勤社員として雇用することを予定しているものというべき
であり、解雇に関する法理が類推され、右の趣旨の特段の事情のある場合に限って雇止めができるもの
というべきである。
⑤
したがって、右のような特段の事情が存在しないのにかかわらず、被申請人が定勤社員の雇止めをす
ることは、定勤社員の信頼に著しく反することであって許されないというべきである。
〔解雇-整理解雇-整理解雇の回避努力義務〕
①
被申請人が、定勤社員だけについて、そのほぼ全員を対象として同時かつ一挙に定勤社員
契約を解消させるような本件雇止めを行わなければならないほどの真にやむを得ない理由があったと
はいいがたい。
②
そうすると、被申請人としては当時まず当勤社員の中で希望退職者を募り、または各定勤社員の個別
的事情を考慮するなどして、雇止めの対象を定勤社員の一部にとどめる措置を講じるのが相当であった
といえる。
(結
論)
したがって、本件雇止めは、十分な回避努力を欠く点において合理的理由のない労使間の信義則に反す
る措置というべきであって、雇止めを正当化しうる前記趣旨での特段の事情があったとは認めがたい。
311
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第2編 個別的労働関係
第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
資料 16(P293, P300関係)
大阪大学(非常勤職員雇止め)事件 大阪高裁判決平 20.11.27
事件の概要
控訴人(昭和20年生・第1審原告)は、昭和54年11月19日、国立大学当時の大阪大学に事務補佐
員として採用されて大学附属図書館勤務となった女性である。原告は、昭和55年4月1日から、毎年翌
年3月30日までの雇用契約の更新を平成16年3月30日まで続けた。
平成16年4月1日、大阪大学は国立大学法人化され、控訴人は事務補佐員として被控訴人(第2審被
告)との間で平成17年3月31日までの雇用契約を締結し、更に同年4月1日、雇用期間を平成18年
3月31日までとする雇用契約書に署名押印した。
被控訴人は、国立大学法人化されるに当たって、就業規則を整備し、非常勤職員については1年更新と
すること、60歳に達した日以降最初の3月31日以降は更新しないことを定め、この規定に基づき、平
成18年4月1日以降の控訴人の契約更新をしなかった。
これに対し控訴人は、法人化以前に既に23回も契約更新を繰り返していることから、平成16年4月
1日付け雇用契約は期限の定めのない雇用契約であり、平成17年4月1日付け雇用契約書は新たな契約
ではないこと、同契約書に控訴人が署名押印したのは強迫による意思表示であり取り消すこと、非常勤職
員を年齢で更新を拒絶する非常勤就業規則の条項は、平等原則(憲法14条、労働基準法3条、4条、男
女雇用機会均等法1条等)に反し、公序良俗(民法90条)に反して無効であることを主張して、被控訴
人職員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。
第1審では、継続雇用についての控訴人の期待には合理性がないこと、非常勤職員の契約更新の上限を
60歳と定めた非常勤職員就業規則は適法であることなどとして、控訴人の請求を棄却したことから、控
訴人はこれを不服として控訴した。
主文
1
本件控訴を棄却する。
2
控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
1
被控訴人法人化前の控訴人の地位
控訴人は、昭和54年の任用以来平成15年4月の任用まで23回更新を繰り返してきたこと等を考慮
すると、遅くとも平成15年4月1日時点では期間の定めのない任用関係に転化した旨主張するが、控訴
人は昭和54年11月19日以来平成16年3月30日まで期限付任用に係る非常勤の国家公務員とし
て、毎年4月1日に翌年の3月30日までを任期として、任期満了ごとに退職と任用を繰り返してきたも
のであるところ、国家公務員法上、任用行為もないのに期限付任用の非常勤国家公務員が期間の定めのな
い任用関係に転化するとの規定はないから、控訴人の上記主張は失当である。
2
被控訴人法人化に伴う控訴人との雇用契約について
控訴人は、法人化に伴い締結された平成16年4月1日付け雇用契約の雇用期間の定めは、継続的な勤
務関係における労働条件の不利益変更と同視でき、控訴人がこれに同意していない以上無効である旨主張
するが、上記雇用契約における雇用期間の定めは、そもそも継続的な勤務関係における労働条件の不利益
変更に該当しないから、控訴人の主張は選定を欠き失当である。
控訴人は、仮に継続的な勤務関係の労働条件の変更と評価できない場合であっても、法人化を契機に雇
用期間を1年と区切ることは公序良俗に反し無効である旨主張するが、非常勤職員は法人化前においても
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第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
雇用期間を定められた雇用関係にあり、法人化を契機に1年と区切ったものではなく、また法人化によっ
て国家公務員法の適用を受けなくなったとしても、そのことから直ちに期間の定めのない雇用契約に転化
するものではないから、控訴人の同主張も採用できない。
控訴人は、被控訴人の行為は、法人化に伴い新規に契約を締結することを奇貨として、あえて有期の雇
用契約締結を求めるものであり、労働者に比して圧倒的優位にある地位を濫用するものとして公序良俗に
反する旨主張するが、法人化の前後において期限付任用の地位に変更はないから、控訴人の同主張も理由
がない。
3
被控訴人法人化により制定された就業規則の効力
控訴人は、被控訴人が法人化した時点において、60歳を超えて雇用継続されることが当然に期待され
ることが社会通念であったことからすれば、非常勤職員就業規則2条が雇用期限を60歳に設定すること
に合理性はなく、また法人化前は、控訴人は60歳を超えても働き続ける期待を有していたから、控訴人
に対し同条を適用して雇止めすることは公序良俗に反して無効である旨主張するが、控訴人において、任
用期間の満了後に再び任用されることを期待する法的利益を有するものではない。
次に控訴人は、常勤職員は65歳まで再雇用が可能であり、大学が特に認めたときは65歳を超えて勤
務することが可能であるのに、非常勤職員は原則として60歳を超えて労働契約が更新されることはない
から、平等原則に反し無効である旨主張するが、常勤職員と非常勤職員とは雇用形態・職務内容が異なり、
その差異は代替職員の確保にも影響を及ぼすから、上記の区別は合理的区別ということができ、平等原則
に反し無効であるということはできない。なお、控訴人は、非常勤職員は退職金もなく賃金も低いから、
非常勤職員の方が満65歳まで勤務できる制度をより必要としている旨主張するが、これは社会政策・立
法の問題であって、就業規則の合理性とは別問題である。
最後に控訴人は、60歳に達した後もなお雇用が継続されると期待したことは十分合理的であり、被控
訴人が非常勤職員就業規則2条を控訴人に適用すれば、控訴人のかかる期待権を侵害することになり違法
であるから、同条項は控訴人に適用されない旨主張するが、控訴人主張の期待が法的利益を有するもので
ないことは前記のとおりである。
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第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
資料17(P294関係)
「国立情報学研究所事件」東京高裁判決平 18.12.13
「国立情報学研究所事件」東京地裁判決平 18.3.24、東京高裁判決平 18.12.13
1.事件の概要
非常勤職員(時間雇用・事務補佐員)として、1年ごとに 13 回にわたり任用更新を繰り返してきた
原告Xが、平成 15 年 3 月 31 日をもって次年度の任用をしないこととされたため、これが違法であると
主張し被告大学共同利用機関法人情報・システム研究機構を相手取って地位確認と賃金・慰謝料の支払
いをもとめた事例。
2.一審判決
①
公法上の公務員任用関係においても、権利濫用・権限濫用の禁止に関する法理ないし信義則の法理の
適用をまったく否定するのは相当ではない。
②
公務員に対する任用更新の拒絶が著しく正義に反し社会通念上是認し得ない場合など、特段の事情が
認められる場合には、権利濫用・権限濫用の禁止に関する法理ないし信義則の法理により、任命権者は
当該非常勤職員に対する任用更新を拒絶できないというべきである。
③
以上によれば、Xは平成 15 年 4 月 1 日以降においても従前の任用が更新されたのと同様の法律関係
に立つというべきであるから、平成 16 年 3 月 31 日までの任期が付された非常勤職員であったとみなさ
れ、平成 16 年 4 月 1 日以降は大学共同利用機関法人情報・システム研究機構との労働関係に移行した
ことが認められる。
3.二審判決
① 争点 1「本件勤務関係が私法上の労働契約関係であって、解雇権濫用の法理が適用されるか」(注)
国家公務員の任用は公法上の行為であって、本件勤務関係が私法上の労働契約関係と同質のものであ
るということはできない。
②
争点 2「本件勤務関係が公法上の任用関係であるとしても、解雇権濫用の法理が類推適用され得るか」
公法上の任用関係である期限付き任用の本件勤務関係が実質的に期限の定めのない雇用関係に変化
することはあり得ない。
また、退職した職員を再任用するか否かは任命権者が行う行政処分としての新たな任用行為であっ
て、任命権者の裁量にゆだねられる。
③ 争点 3「再任用されなかったことにより、任用継続に対する期待権侵害の不法行為が成立するか」
面接の際、担当する職務が一般事務及びパソコンを使用した事務であり、採用されたら長く勤めてほ
しいと説明を受けたため雇用期間満了後も再任用されるとの期待を抱いたとしても、その期待は主観的
な事実上のものにすぎず、雇用期間満了後の再任用が法律上保護されるべきものであるということはで
きない。
4.結 論
国家公務員である非常勤職員の期間満了の際に再任用されなかったことについて、解雇権濫用の法理
の類推適用は認められない。
また、再任用されるとの期待権侵害による不法行為が成立するかという点について、任用の際に「採
用されたら長く勤めてほしいと説明を受けた」ことや「平成 2 年から平成 14 年までの間 13 回にわたり再
任用された」との事情により再任用されるとの期待を抱いたとしても、法律上保護されるべきものといえ
ないと、不法行為の成立を否定した。
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資料 18(P302 関係)
「近畿コカ・コーラボトリング事件」大阪地裁判決平 17.1.13
1.事件の概要
原告 A、B は平成5年3月、原告 C は平成元年5月に、それぞれ被告にパート労働者として採用され、
自動販売機への飲料の挿入等の業務を行っていた。当初原告らの雇用期間は明らかでなかったが、被告は
平成7年4月に、従前の期間社員就業規則を廃止して新たなパートナー社員就業規則を作成し、原告らを
含むパートナー社員(雇用期間を定めて雇い入れられ、就業時間、賃金等が労働契約書により個別に定め
られた者)にこれを交付した。この規則には、「労働契約書の雇用契約期間満了になったとき」には退職
するものとする、と定められており、被告は原告らとの間で、個別に雇用期間を平成7年4月1日から同
年12月31日までとする労働契約書を作成した。そして、平成8年1月以降、被告は原告らとの間で、
毎年、雇用期間を1月1日から12月31日までの1年間とする労働契約書を作成し、これを原告らに交
付した上、原告らが署名押印するという手続きがとられていた。
その後、被告は経営構造改革の1つとして子会社への業務委託等を行うこととし、平成13年11月、
在籍する76名のパートナー社員に対する説明会において、平成14年1月以降パートナー社員の業務を
含む業務を子会社に委託すること、パートナー社員については平成14年1年間は被告が雇用するが、業
務上の指揮命令、労務管理等は子会社が担当すること、被告とパートナー社員との雇用期間は平成14年
12月末を持って満了し、以後継続雇用はしないので、残りの有給休暇は全部使って欲しいことを説明し
た上、パートナー社員に対し、平成14年の契約更新の意思を確認したところ、原告らも大半のパートナ
ー社員と同様契約更新を希望した。
被告は、平成13年12月、原告らを含むパートナー社員に対し、平成14年度の契約書に署名押印を
求めたところ、原告 A、B とも特に異議を述べることなく署名押印したほか、原告 C は自宅から署名押印
した契約書を異議を述べることなく被告宛送付した。
平成14年6月、被告から業務委託を受けた子会社は、パートナー社員に対する説明会を開き、被告と
パートナー社員との契約は平成14年12月末日をもって終了し、以後継続雇用しないこと、有給休暇を
計画的に取得して欲しいこと等の説明を行い、同年10月にも被告及び子会社は説明会を開き、同様の説
明を行った。原告らはこれらの説明会にいずれも出席した。10月の説明会においては、被告は原告らに
対し、パートナー社員としての期間に応じた退職餞別金通知書を交付したが、原告 A、B から短期パート
タイマーの期間も餞別金の算定の基礎に入れるべきとの抗議を受けて修正のうえ交付した。
平成14年11月7日付けで、被告は原告らを含む76名のパートナー社員に対し、12月末日で雇用
期間が満了する旨通知した。一方子会社は、雇止めされたパートナー社員のうち45名を面接の上採用し
たが、原告らはいずれも採用されなかった。原告らはその後地域労組に加入し、本件雇止の実質は解雇で
あるとして、その撤回等を要求して平成14年11月から15年3月まで4回の団体交渉を行ったが合意
に至らなかった。そこで原告らは、被告の従業員の地位にあることの確認と、雇止め以降の期間に係る賃
金の支払いを求めて提訴した。
2.主
文
1
原告らの請求をいずれも棄却する。
2
訴訟費用は、原告らの負担とする。
3.判決要旨
本件各雇用契約は、少なくとも平成7年4月以降に関しては、期間の定めのある契約であって、その更
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第1章 労働契約 第5節 労働契約の終了
第2款 有期労働契約の雇止め
新が繰り返されたことをもって、雇用契約自体が期間の定めのない契約となるものということはできな
い。
しかしながら、①本件の原告らの業務は臨時的な性質はなかったこと、②原告らは一部の業務を除き正
社員と同様の業務に従事していたこと、③原告らは被告に採用されてから本雇止めまで9年ないし13
年、平成7年4月以降に限っても7年以上にわたって勤務を続け、契約も7回更新されたこと、④契約更
新の際には契約書に記名押印する等の手続きがとられてはいたものの、契約書の作成が新たな雇用期間の
開始後になることもあったこと、⑤契約書の作成に当たり、被告から原告らに内容の確認をすることはあ
っても、契約更新の意思について明確な確認を行われることはなかったこと、⑥本件雇止めまでの間は、
被告がパートナー社員を雇止めにしたことはなかったことが認められる。以上の事実を考慮すると、本件
各雇用契約について、期間の定めのない契約と何ら異ならない状態にあるとまではいえないとしても、そ
の雇用関係は、ある程度の継続が期待されていたというべきであり、被告が雇止めによって雇用を終了さ
せるためには、解雇に関する法理が類推適用されるというべきである。
①
被告は平成13年11月、原告らに対し、平成14年12月末日をもって雇用契約は満了とな
り、継続雇用はしないので有給休暇を全部使って欲しいと述べ、14年の契約書には不更新条項を入
れることを説明した上で契約更新の希望を確認したこと
②
被告は、平成13年12月、14年の雇用契約書を交付したが、原告らはこれに記名押印した上、
確認印を押していること
③
同契約書については原告らも保管していたが、被告に対して異議を述べることはなかったこと
④
原告らは平成13年度の年休消化率が60%前後であったが、14年度は100%であること
⑤
所定労働時間が短いために雇用保険の被保険者とならない取扱いを受けるおそれのあったパート
ナー社員の大半は、被保険者となるよう労働時間を増やすことを選択したこと
が認められる。
以上の通り、被告と原告らとの間においては、平成14年12月末日をもって本件各雇用契約を終了させ
る旨の合意が成立していたというべきである。
原告らは、1年後に退職する旨の明確かつ客観的な意思表示がないと主張するが、契約不更新条項の記
載された本件契約書に原告らは記名押印し、確認印まで押しているのであるから、その意思表示は明確か
つ客観的である。また、原告は不更新条項について公序良俗に反して無効である旨主張するが、これを無
効とする根拠はない。また、原告らがかかる合意をしたことに鑑みれば、本件各契約書の作成については、
本件各雇用契約について、その継続が期待されていたと言うことはできないから、解雇に関する法理を類
推適用する余地はなく、この点からも。本件各雇用契約は、期間満了により、平成14年12月末日をも
って終了したというべきである。
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第3款 解
雇
1.解雇に関する法的構成
(1)解雇とは
1)解雇の一般的意義
解雇とは、一般的に、労働契約を将来に向かって解約する使用者側の一方的意思表示である。
労働契約の解約という形成権(注 1)の行使であり、使用者の単独行為である(労働者側から行
う解約権の行使は「辞職」と呼ぶことについては、すでに述べた。)
。ただし、次項(2)で述べ
るように、当然ながら解雇に関する規制がある点に注意しなければならない。
契約期間の満了による退職や契約期間中に何らかの事情により労使話合いで退職することなど
は、解雇ではない(注 2)。
注 1.形成権
単独の意思表示のみによって法律効果を生じさせることのできる権利である。 法文に形成権という概念が
示されているわけではないが、講学上、法律行為の分類として用いられる。
具体的には、解除権・予約完結権・取消権・相殺権・遺留分減殺請求権などがある。
注 2.会社の業績不振による希望退職の募集に労働者が応じる場合
この場合は雇用保険では「事業主都合」として取り扱うが、これは「正当な理由のない自己都合退職」と
区別するためであって、解雇と解しているわけでない。
民法では、
「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れを
することができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することに
よって終了する。」(民法 627 条 1 項)とされており、労使どちらからでも解約は自由であるとさ
れる。ただし、民法の特別法である労基法は、
「使用者は、労働者を解雇しようとする場合におい
ては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。」(労基法 20 条 1 項)と規定してい
るから、使用者側からする解約は民法の2週間という規定が修正されて「30 日」ということにな
る。
そのうえ判例は、労働契約が継続的契約であるという特殊性から(第1節1.
(2)2)109 ペ
ージ参照)、使用者側からする解約(解雇)に対して厳しい制限を課してきた。いわゆる「解雇
権濫用の法理」である。この判例の考え方をそのまま明文化したものが労働契約法 16 条であり、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権
利を濫用したものとして、無効とする。」と規定している。
それから、定年制や休職期間の満了による退職は終期特約付の契約であると考えられ、解雇と
区別される(しかし、休職については一方的に契約を打ち切られるという労働者側の感情もある
ため、誤解を避ける意味で解雇の手続きをとることを定める就業規則も少なくない。ただし、解
雇の手続きをとる場合は改めて解雇権濫用の法理の適否を問われる。
)。
2)解雇の自由
ここで注意しなければならないことは、使用者は労働者を「解雇できない」のではなく「制限
される」に過ぎないということである。事実、現行の労契法 16 条のもととなった旧労基法 18 条
の 2 が新設された平成 15 年改正政府原案では「使用者は、この法律又は他の法律の規定によりそ
317
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の使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することがで
きる。ただし、その解雇が、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められな
い場合は、その権利を濫用したものとして無効とする。」というものであった。それが国会論議の
中で、わざわざ「使用者は・・・解雇できる」と規定する必要はないということで削除されたい
きさつがある。
したがって、解雇に対する基本理解としては、法律の規定によって解雇が制限されている場合
を除き解雇することはできる、というのが正しい(そのような権利を濫用してはならないことも
また民法が規定するところである。
)。
片岡 曻教授は、解雇権ないし解雇の自由に関する理論として、学説は①民法の立場から解雇の
自由を認める「解雇自由説」、②使用者の解約の自由を前提としつつ権利の濫用の法理によって
制約を加えようとする「権利濫用説」、③正当な事由がない限り解雇は許されないとする「正当
事由説」があり、判例は戦後の初期ごろには正当事由説に立つものがみられたが、次第に権利濫
用説に立つものが多数を占めるようになった、と述べておられる(片岡「労働法(2)」P188~190、
権利濫用説の例として「日本食塩製造事件」最高裁昭 50.4.25(2.(4)327 ページ)参照)。
⇒ 解雇は「できない」のでなく、権利の濫用となるような解雇は許されない、ということである(解雇権濫用の法
理)。
(2)解雇の意思表示
解雇は、使用者側の一方的意思表示であることは(1)1)ですでに述べたが、解雇の効力は
使用者の意思表示が労働者に伝わらなければ効力を有しない。通常は「解雇通知書」
「解雇予告通
知書」などを交付する方法によって意思表示するが、本人が受領を拒否した場合や行方不明のと
きにはその伝達をいかにすべきか問題となる。
1)解雇通知書の受領を拒否した場合
解雇の意思表示は必ずしも書面交付を要件としているものでないから、口頭による伝達であっ
ても有効である。受領拒否が予想される場合には複数の者で通知に臨み、解雇の意思表示を行っ
た状況や受領を拒否した状況等を記録しておく。
2)郵送による意思表示
疾病等により出勤しない者に対して行う意思表示は、郵便によることがある。民法は隔地者に
(民法 97 条 1 項)として
対する意思表示は「その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる」
いる。相手方に到達したというためには必ずしも相手方がその通知を受領して認識することまでは必
要でなく、相手方の勢力範囲に入り、了知可能な状態に置かれた時点で到達を認める裁判例がある(丸
尾「解雇」P234)
。一般的には、相手方の郵便受けに到達した時点で意思表示が到達したと解され、郵
便物の受領を拒否したとしても同様に解される。
3)労働者が行方不明の場合
相手方の所在を知ることができないときは、公示送達の方法による意思表示をすることになる。
公示送達は簡易裁判所に申立て、裁判所の掲示板に掲示され、官報に少なくとも1回掲載され、
最後掲載から2週間経過したときに相手方へ到達したものとみなされる。
なお、人事院規則では懲戒所在不明者に対する文書の交付は、その内容を官報に掲載することをも
つてこれに替えることができるものとされており、官報に掲載された日から2週間を経過したときに
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文書の交付があつたものとみなされる。 国大・独法においてこれを準用している例が見受けられるが、
民間ルールである公示送達の方法によることが本来の姿であろう。
民法
(隔地者に対する意思表示)
第 97 条
2
隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
隔地者に対する意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、又は行為能力を喪失したときで
あっても、そのためにその効力を妨げられない。
(公示による意思表示)
第 98 条
意思表示は、表意者が相手方を知ることができず、又はその所在を知ることができないと
きは、公示の方法によってすることができる。
2
前項の公示は、公示送達に関する民事訴訟法 (平成八年法律第百九号)の規定に従い、裁判所
の掲示場に掲示し、かつ、その掲示があったことを官報に少なくとも一回掲載して行う。ただし、裁
判所は、相当と認めるときは、官報への掲載に代えて、市役所、区役所、町村役場又はこれらに準ず
る施設の掲示場に掲示すべきことを命ずることができる。
3
公示による意思表示は、最後に官報に掲載した日又はその掲載に代わる掲示を始めた日から二週
間を経過した時に、相手方に到達したものとみなす。ただし、表意者が相手方を知らないこと又はそ
の所在を知らないことについて過失があったときは、到達の効力を生じない。
第4項・第5項 略
人事院規則
人事院規則12―0(職員の懲戒)
(懲戒の手続)
第5条
2
懲戒処分は、職員に文書を交付して行わなければならない。
前項の文書の交付は、これを受けるべき者の所在を知ることができない場合においては、その内
容を官報に掲載することをもつてこれに替えることができるものとし、掲載された日から二週間を経
過したときに文書の交付があつたものとみなす。
第3項 略
(3)労働基準法における解雇の意義
前述(1)のように、解雇は使用者の「意思表示」であると一般的に解されているが、労基法
でいう解雇は単なる意思表示でなく「離職」の事実をもって解雇と解している。たとえば、労基
法 19 条は「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十
日間」は解雇してはならない旨を定めているが、この期間中に解雇の予告をしたことが労基法 19
条に違反するか争われた事件において、判決は労基法 19 条の定めは、その定めの期間中における
解雇の予告を禁ずる趣旨でなく、同期間中の解雇そのものを禁ずる趣旨であると解せられる」と
判示している(「東洋特殊土木事件」水戸地裁竜ヶ崎支部判決昭 55.1.18)。すなわち、解雇禁止
期間中に解雇の予告をすることは許されるのである。
この理屈を採用内定取消しの問題に当てはめると、採用内定については内定通知の時点で解約
権を留保した労働契約が成立していると解されてるので、採用内定取消しはすでに成立した労働
319
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契約を使用者が一方的意思表示により解約するという意味では解雇の意思表示ではあるが「解雇」
そのものではない。したがって、採用内定取消しについては労基法の解雇に関する規定(労基法
19 条、20 条、64 条、104 条)は適用されず、産前産後休業期間及びその後 30 日間の解雇禁止や
解雇予告の規定は適用されない(東大「注釈労基法」上巻 P319)。
(採用内定取消しの適法性については第2節5.(1)4)(164 ページ以下)参照)
⇒ 労基法の「解雇」とは単なる意思表示のみでなく、現実に「離職」の事実をもって解雇とされる。
⇒ 解雇制限期間中であっても、解雇の意思表示(解雇の予告)をすることができる。
(4)解雇権の法的構成
民法では、期間の定めがない契約について「いつでも解約の申入れをすることができる」とし
ている点については、すでに述べたとおりである((1)1)317 ページ。民法 627 条 1 項)。そ
して、この規定は、労働者のみならず使用者にも適用されるため、解雇は原則的には使用者の自
由であり例外的に制限を受けるとする考え方がある(裁判例では「ナショナル・ウエストミンス
ター銀行(第三次仮処分)事件」東京地裁決定平 12.1.21(注)など。
)。
一方、わが国の長期雇用慣行に基づく労使間の強い信義則、雇用保障政策重視、企業の社会的
使命などの観点から、解雇権ははじめから制約を受けるものであり、一定の理由があるときのみ
行使できる性質の権利と考えるべきだとする説も有力である。
前者説の「例外的に制限を受ける」、後者説の「一定の理由があるとき」が、次項で述べる解
雇権濫用の法理であるから、いずれの場合であっても、実務において変わるところはなく、一定
の理由を欠く解雇は否定されると考えなければならない。
注.「ナショナル・ウエストミンスター銀行事件」東京地裁決定平 12.1.21
銀行が経営方針転換により、貿易担当業務から撤退し、その統括部門であるGTBS(グローバル・トレ
ード・バンキング・サービス)部門の閉鎖を決定したことに伴いXのポジションが消滅し、かつXを配転さ
せ得るポジションも存在しないとして、Xに対し一定額の金銭の支給及び再就職活動の支援を内容とする退
職条件を提示し、雇用契約の合意解約を申し入れた。しかし、Xはこれを拒否したため解雇した事件で、「い
わゆる整理解雇の四要件は、整理解雇の範疇に属すると考えられる解雇について解雇権の濫用に当たるかど
うかを判断する際の考慮要素を類型化したものであって、各々の要件が存在しなければ法律効果が発生しな
いという意味での法律要件ではなく、解雇権濫用の判断は、本来事案ごとの個別具体的な事情を総合考慮し
て行うほかないものである。」と述べている。
320
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2.解雇に関する規制
(1)労使の自主規制
まず第一の問題として、法律の規定によって解雇が制限されている場合を除き解雇することは
できるのであるが、労使の自主規範によって規制する場合である。
労使の自主的規範による規制は、①就業規則による規制、②労働協約による規制、がある。就
業規則に定められていない理由による解雇、労働協約に定められていない理由による解雇のいず
れも無効と解される。
丸尾 拓養弁護士は、実際の紛争では「手続きの相当性」がポイントとなることがある、と指摘
されている。裁判官は、解雇に至る経緯(プロセス)を重視することが多く、このプロセスをて
いねいに積重ねるほど解雇有効に傾くそうである(丸尾「解雇」P18)。
1)就業規則による規制
就業規則の解雇事由について例示列挙か限定列挙かという論争があり、普通解雇については例
示列挙、懲戒解雇については限定列挙する説が従来の通説であった。しかし、平成 15 年労基法改
正(施行は平成 16 年 1 月 1 日)において、就業規則の絶対必要記載事項である「退職に関する事
項」が「退職に関する事項(解雇の事由を含む。)」と改定されたところから、就業規則に記載す
る解雇事由は普通解雇、懲戒解雇の区別なくいずれの場合も限定列挙と解する説が大勢を占める
ようになってきた(注)
。
実務上は「その他前各号に準ずる事由」というような包括規定を設けておけば、いずれの立場
にたってもさしたる違いはない。
就業規則記載例(普通解雇)
(解雇)
第22条 教職員が次の各号の一に該当する場合は、これを解雇することができる。
(1) 勤務成績が不良の場合
(2) 心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合
(3) 第14条第1項第1号から第3号及び第5号の休職をした者が第15条に定める休職の上限期
間を満了したにもかかわらず、なお、休職事由が存在する場合
(4) その他職務に必要な適格性を欠く場合
(5) 経営上又は業務上やむを得ない事由による場合
2 教職員が次の各号の一に該当する場合は、解雇する。
(1) 成年被後見人又は被保佐人となった場合
(2) 禁錮以上の刑(執行猶予が付された場合を除く)に処せられた場合
(懲戒の事由)
第38条 教職員が次の各号の一に該当する場合には、懲戒に処する。
(1) 正当な理由なしに無断欠勤をした場合
(2) 正当な理由なしにしばしば欠勤、遅刻、早退するなど勤務を怠った場合
(3) 故意又は重大な過失により大学法人に損害を与えた場合
321
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(4) 窃盗、横領、傷害等の刑法犯に該当する行為があった場合
(5) 大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合
(6) 素行不良で大学法人の秩序又は風紀を乱した場合
(7) 重大な経歴詐称をした場合
(8) その他この規則及び大学法人の諸規則によって遵守すべき事項に違反し、又は前各号に準ずる
不都合な行為があった場合
注.たとえば、菅野 和夫教授は、その著書の中で従来の例示列挙説の立場から限定列挙説支持へと
変更されている。
菅野「労働法」第五版 P445(平成 13 年 11 月刊)
「学説・裁判例上は限定列挙説が優勢であるが、解雇権濫用法理が解雇の自由を基礎としてこ
れを制限する理論であることを考えると、例示列挙と解すべきである。すなわち、使用者は就業
規則上の解雇事由に該当しなくても、客観的に合理的な理由と認められるかぎりは、従業員とし
ての適格性の欠如や信頼関係の喪失を理由として、契約関係を終了せしめうると思われる。」
菅野「労働法」第八版 P451~452(平成 20 年 4 月刊)
「学説・裁判例上は、解雇権濫用法理が解雇の自由を基礎としてこれを制限する理論であるこ
とを根拠に例示列挙説に立ち、使用者は就業規則上の解雇自由該当の事実がなくても、客観的に
合理的な理由が存在しなければ労働契約を終了せしめうると説く見解もある。しかしながら、使
用者が就業規則に解雇事由を列挙した場合は、使用者が労働契約上自らそれら事由に解雇の自由
を制限したものとして、列挙された以外の事由による解雇は許されないこととなろう。
」
(同教授の説明によると第六版から立場を変更されたそうである。
)
⇒ 就業規則に記載された解雇事由は、懲戒解雇・普通解雇の別にかかわらず限定列挙と解するのが通説で
ある。実務においては、就業規則記載の解雇事由に該当しなれば懲戒解雇はもとより、普通解雇もなし得な
いと解する限定列挙説の立場に立つのがよい。
2)労働協約による規制
労働協約において、組合員を解雇する場合は労働組合と「協議」しなければならない、という
いわゆる解雇協議条項を設ける場合がある。
協議とは「必ずしも双方が合意に達することを必要とするものではないが、会社が一応形式的
に組合に話をもちかければ足りるというものではなく、会社と組合との双方が問題解決の方策を
発見するために誠意を尽して審議すること」
(「小川工業事件」福島地裁決定昭 51.3.30-注 1)さ
れており、単なる付議では足りず、十分な審議を要する。協議を十分にしていないとして解雇無
効とされた裁判例は多数ある(最近では、東京金属事件一水戸地下妻支決平 15・6・19)。しかし、
組合が解雇絶対反対の態度をとり、協議に応じなければ、使用者が協議を断念して解雇を行って
も協議義務違反とならない(「池貝鉄工事件一最一小判昭 29・1・21。洋書センター事件一東京高
判昭 61・5・29―注 2)。
「協議」ではなく「同意」を必要とする解雇同意条項とすることもあるが、使用者が組合と十
分に協議を尽くし、その解雇がやむをえないものであるにもかかわらず、組合があくまでも同意
を拒むのであれば、使用者は同条項上の義務を尽くしたとされる(萩澤清彦「解雇」経営法学全
322
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集 15 人事 166 頁、西谷 357 頁-注 3)
。
注 1.「小川工業事件」福島地裁決定昭 51.3.30
会社は申請人らに対し希望退職を申入れたが、これに応じなかったために指名解雇した。これに
対し、申請人らは、本件解雇が「会社は通常の企業活動に伴なう機械設備等の合理化によっては、
人員整理は行なわないよう努力し、職場転換出向等の場合は組合と協議の上本人の事情を斟酌して
決定する。右は会社が住友セメント株式会社、四倉、田村両工場の下請企業である性格から両工場
の生産に重大な変化がない限り責任を以て組合員の身分を保障することを意味する」と規定する労
働協約三四条に定める組合との実質的な協議を経ずになされたものであるから無効であり、そうで
なくとも、生産の重大な変化がないから解雇基準に違反し無効であると主張して争ったものである。
裁判所は、まず右三四条を「組合において自ら労働者の生存を守るため使用者の一方的人事権行
使を制約し適正妥当なものにしたいという考えの下に」作成され、
「その具体的適用に当っては組合
との協議が必要である旨を定めた人事条件(解雇協議条項)であると解するのが相当である」とす
る。ここで「協議とは必ずしも双方が合意に達することを必要とするものではないが、会社が一応
形式的に組合に話をもちかければ足りるというものではなく、会社と組合との双方が問題解決の方
策を発見するために誠意を尽して審議すること」をいうにもかかわらず、会社は人員整理について
三四条所定の協議を尽くしたとはいえない。
そして、三四条違反の効果について、人事条項は「組合の意思を媒介することにより、労働者に
生活の危機をもたらす虞のある会社の解雇権行使を、制度化された条件下におき、それを限界づけ、
そのことにより組合が会社の人事権行使に参加し労働者の地位を確保し生存を守ることを規定した
ものであり、それはいうなれば経営参加であり、経営参加という経営社会内における基本的制度に
関する規定(経営参加条項)」であり、経営社会内の構成員である使用者および従業員に対し強行法
的効力を有し、それに違反する解雇は無効であるとしている。
注 2.洋書センター事件一東京高判昭 61・5・29
洋書の販売等を目的とする Y 株式会社(被告・被控訴人)において,新しく結成された労組(組
合員3名)と「会社は運営上,機構上の諸問題,ならびに従業員の一切の労働条件の変更について
は,事前に,組合,当人と充分に協議し同意を得るよう努力すること」との条項をもつ労働協約を
締結した。その後 Y 社は,入居中のビルの取壊しによる社屋移転を組合に明らかにした。その後,Y
社は 5 月 15 日迄に仮店舗へ移転するため営業を停止し,移転作業を始めたいと組合に申し入れたが,
組合は移転による労働条件の悪化などを理由に反対した。Y 社は,組合にに知らせずに連休中に移
転を行い,作業終了後にⅩらへ仮店舗に出社するよう電報で連絡した。X らは仮店舗での就労を命
じた業務命令を拒否し,旧社屋が職場であるとして,施錠をはずして旧社屋内に入ったうえ,社長
を旧社屋に連行し,約 16 時間にわたって軟禁して暴行を加え,その後も業務命令を無視して旧社屋
を占拠し続けた。これらのことから,Y 社はⅩl とⅩ2 を懲戒解雇とした。
一審は,懲戒解雇を有効とした
二審は「本件事前協議約款の締結に至るまでの前言その文言・趣意等に徴し,信義則に照らして
考察すれば,右事前協議の対象事項には,事柄の性質上事前協議に親しまない場合,あるいは事前
協議の到底期待できない特別な事情の存する場合を除いて,従業貞の解雇、処分を含むものと解す
るのが合理的である。」「社長に対しての長時間に及ぶ軟禁,暴行傷害を実行した当の本人であるか
ら,その後における組合闘争としての右 X1・X2 らによる旧社屋の不法占拠などの‥‥‥事態をも
323
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併せ考えると,もはや,Y 社と組合及び右 Xl・Ⅹ2 両名は,本件解雇に際して,本件事前協議約款
に基づく協議を行うべき信頼関係は全く欠如しており,・・・『労働者の責に帰すべき事由』に基づ
く本件解雇については、組合及び当人の同意を得ることは勿論,その協議をすることと自体,到底
期待し難い状況にあった,といわなければならないから,かかる特別の事情の下においては、Y社
が本件事前協議約款に定められた手続を履践することなく,かつ,組合及び当人の同意を得ずに,
X2 及び X1 を即時解雇したからといって,それにより本件解雇を無効とすることはできない。」と、
一審判断を支持した。
注 3.西谷 357 頁
「人事「協議」条項は,人事上の個別措置について労働組合の理解を得るべく誠実に協議する義
務を使用者に負わせるものであって,単に形式的に労働組合と会見すればよいというものではない
(※)
。しかし,労働組合自身が正当な理由なく協議を拒否している場合には,使用者が協議を経な
いで人事を進めても,協議条項違反とはいえない。労使関係が組合役員の暴力等によって混乱し,
協議を行うべき信頼関係が欠如しているという特別の事情がある場合も同様である。また,労働組
合が当該人事に実質的に同意する趣旨とみなしうる態度をとった場合,協約所定の同意・協議の手
続が厳格に履践されなくても,同意・協議がなされたものとして扱ってよい。他方,会社が終始一
貫して解雇に固執しているので,組合が交渉の継続を断念したとしても,
「協議が整った」とみなす
ことはできない。
」(西谷「労組法」P357)
⇒ 解雇協議条項の「協議」とは「必ずしも双方が合意に達することを必要とするものではないが、会社が一応
形式的に組合に話をもちかければ足りるというものではなく、会社と組合との双方が問題解決の方策を発見
するために誠意を尽して審議すること」である。
(2)労働基準法による法規制
第二の問題は労働基準法の規制である。
これには、①解雇事由の明示、②解雇制限、③解雇等の不利益取扱いの禁止、がある。解雇の
予告、証明書等の交付など解雇の手続きについては、別途「4.解雇の手続き」
(340 ページ以下)
において詳述する。
1)解雇事由の明示
イ 就業規則の絶対的記載事項
解雇が使用者の恣意的事由により行われることを防止するため、平成 15 年改正(施行は平成
16 年 1 月 1 日)において、就業規則の絶対的記載事項を従来の「退職に関する事項」から「退
職に関する事項(解雇の事由を含む)」に変更された(労基法 89 条 3 号)。
ただし、この規定は解雇の事由を就業規則に記載すべきことを使用者に義務づけるものでは
あるが、解雇の効力に影響を及ぼすものでないと解されている(普通解雇の場合)。
※国会質疑における政府答弁(平 15.4.18 内閣衆質 51 号)
「第 89 条 3 号は、就業規則において『解雇の事由』を記載することを義務付けるものであるが、
当該就業規則に使用者がどのように『解雇の事由』を記載するかまでを定めたものでなく、また、
当該就業規則に記載された『解雇の事由』以外の事由によって使用者がその使用する労働者を解雇
324
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することを制限するという法律効果を有する条文ではないと解している。
したがって、具体的な解雇の効力については、就業規則に記載された内容も含めて、第 18 条の 2
の規定に基づいて判断されることになる。」
(「18 条の 2」とは旧労基法 18 条の 2 のことで、現行労契法 16 条「解雇は、客観的に合理的な理由
を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とす
る。」と同じである。)
ロ 労働条件書面交付による明示事項
この就業規則の絶対的記載事項である「退職に関する事項(解雇の事由を含む)」
(労基法 89
条 3 号)は、労働契約締結時の労働条件書面交付による明示事項であるので、労働者の採用時
に文書を交付する方法によって明示しなければならないことにもなっている(労基法 15 条 1
項、労規則 5 条 1 項 4 号)。
2)解雇制限
次の期間中は、解雇事由が存在する場合であっても解雇することはできない(労基法 19 条)。
①
業務上傷病により療養のため休業する期間及びその後 30 日間
②
産前産後の女性が労基法第 65 条の規定により休業する期間及びその後 30 日間
ただし、労基法規定(81 条)の打切補償(注)を支払う場合には上記①期間中であっても解雇
できるとされ、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合で、
所轄労働基準監督署長の認定を受けたとき場合には上記①又は②の期間中であっても解雇が可能
である。
注.打切補償
労基法 81 条は労働者の業務上災害による傷病について、療養開始3年経過後は、平均賃金の 1200 日分の
支払いを要件としてその後の補償を行わなくてよいと規定している。
3)解雇等の不利益取扱いの禁止
労基法では、使用者側からの契約解除(解雇)を含む不利益取扱いについて、次のような制
限を設けている。
①
国籍、信条、社会的身分を理由とする差別的解雇(3 条)
② 業務上傷病による療養のため休業する期間とその後 30 日間、及び産前産後の休業する期
間とその後 30 日間は解雇禁止(19 条)
。
③
企画業務型裁量労働において、みなし労働時間の適用を受けることに同意しないことを
理由とする解雇禁止(38 条の 4 第1項 6 号)
④
労働者が労基法違反の事実を労働基準監督官へ申告したことを理由とする解雇禁止(104
条 2 項)
⑤
労働者が年次有給休暇を取得したことを理由とする解雇禁止(136 条)
なお、解雇の手続きについては、後述4.
(340 ページ以下)で述べるように、30 日以上前の
予告又は解雇予告手当の支払を義務づけている(20 条)。
(3)その他の法律による法規制
1)解雇その他不利益取扱いの禁止
労基法以外の労働法その他の法律においても、労働者が正当な行為をしたことを理由として、
解雇を含む差別的取扱い、不利益取扱いを禁ずる規定が少なくない。その主なものを掲げる。
325
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①
労働組合の組合員であること、労働組合を結成・加入し、労働組合の正当な活動をした
ことの故をもって解雇その他不利益取扱いをすることの禁止(労組法 7 条 1 号)
②
労働者が労働委員会へ不当労働行為の救済の申立て等をしたことを理由とする解雇その
他不利益取扱いをすることの禁止(労組法 7 条 4 号)
③
労働安全衛生法、賃金の支払の確保に関する法律違反の事実を労働基準監督署長等へ申
告したことを理由とする解雇その他不利益取扱いをすることの禁止(安衛法 97 条 2 項、賃
確法 14 条 2 項)
④
女性労働者が婚姻・妊娠・出産したことを理由とする解雇その他差別的取扱いをするこ
との禁止(均等法 9 条 3 項)
「解雇その他差別的取扱い」には「期間を定めて雇用される者について、契約の更新をし
ないこと。」が含まれる。したがって、有期労働契約の契約期間の更新に当たり女性労働者が
婚姻・妊娠・出産したことを理由として雇止めすることは違法となる(平 18.10.11 厚労告
614 号)。
⑤
女性労働者が均等法に基づく紛争の解決について都道府県労働局長へ援助を求めたこと
を理由とする解雇その他不利益取扱いをすることの禁止(均等法 13 条 2 項)
⑥
労働者が育児・介護休業の申し出をしたこと、又は実際に休業をしたことを理由とする
解雇その他不利益取扱いをすることの禁止(育介法 10 条、16 条)
⑦
紛争調整委員会にあっせんの申請をしたことを理由として解雇等の不利益な取扱いをす
ることの禁止(個別紛争解促法 5 条 2 項)。
⑧
公益通報者が公益通報者保護法に定める公益通報をしたことを理由とする解雇無効及び
降格、減給その他不利益な取扱い禁止(公益通報者保護法 3 条、5 条)
2)雇用対策法上の規制
イ 再就職援助計画
1か月に 30 人以上の離職者が生じる場合は、最初の離職者が生じる1か月前までに労働組合
等の意見を聴取した上で再就職援助計画を作成し、公共職業安定所長へ提出してその認定を受
けなければならない(雇対法 24 条、雇対則 7 条の 2・7 条の 3)。
ロ 大量雇用変動の届出
1か月に 30 人以上の離職者が生じる場合は、大量雇用変動がある日の少なくとも一月前に、
離職者の数その他を記載した大量離職届を公共職業安定所長へ提出しなければなければならな
い(雇対法 27 条、雇対則 8 条・9 条)。
(4)判例法理による規制(解雇権濫用の法理)
解雇は、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利
を濫用したものとして無効とする(労契法 16 条)。
この規定は、平成 15 年改正により従来労基法 18 条の 2 に定められていたが、労働契約法の制
定・施行に伴い平成 20 年 3 月 1 日より同法へ移行した(従来の労基法 18 条の 2 は削除)。
この条項の根拠として、
「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通
念上相当とて是認することができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当
である。」(「日本食塩製造事件」最高裁二小判決昭 50.4.25)とする最高裁判例があり、「解雇権
濫用の法理」と呼ばれている。
326
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注 1.「日本食塩製造事件」最高裁二小判決昭 50.4.25
労働組合から除名された労働者に対しユニオン・ショップ協定に基づく労働組合に対する義務の履行とし
て使用者が行う解雇は、一般的には客観的に合理的な理由があり社会通念上相当なものとして是認すること
ができるのであるが、同除名が無効な場合には客観的に合理的な理由を欠き社会的に相当なものして是認す
ることはできず、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由がないかぎり、解雇権の濫用として無効であると
言わなければならない、として高裁へ差し戻した。
なお、ユニオン・ショップ協定とは、労働者が当該協定が締結されている会社に雇用された場合には一定
期間内に労働組合に加入しなければならず、組合員が労働組合を脱退したとき又は除名されたときに会社は
解雇するという労働協約上の条項をいう。
この労働契約における「解雇権濫用の法理」は、通常の契約解除の場合と内容を異にし、労働
者の証明責任を軽減する独自の法理を形成している。すなわち、通常の契約解除の場合には権利
の濫用であることの証明責任は解除権を行使された側が負うのであるが、
「解雇権濫用の法理」の
場合には「客観的に合理的な理由」が存在すること、及び「社会通念上相当」であることについ
て、使用者側が実質的な証明責任を負担しなければならないことである。
したがって、前述「日本食塩製造事件」最高裁判決は説明としては権利の濫用という形(権利
濫用説)をとっているが、解雇には正当な事由が必要であるという説を裏返したようなもので、
実際の運用上は正当事由説と大差ない、という評価もみられる(角田他「労働法の争点」[川口 美
貴]P162)。
なお、労契法 16 条の原型となった旧労基法 18 条の 2 の表現は“否定文を無効とするつくり”
になっていて分かりにくいが、当該条項が創設された平成 15 年改正において政府が提出した法案
では、次のようになっていた。
政府提出法案 労基法 18 条の 2
使用者は、この法律又は他の法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限され
ている場合を除き、労働者を解雇することができる。ただし、その解雇が、客観的に合理的な理由を
欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
衆議院修正後 労基法 18 条の 2 → 現行労契法 16 条
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を
濫用したものとして、無効とする。
この法案に対して、①前段の規定は解雇を促進する規定であるかのように受け取られるおそれ
があること、②民事裁判において、解雇の正当性の立証は使用者側に課せられているが、このよ
うな規定では立証責任が逆転し、労働者側が解雇の不当性を立証しなければならなくなるのでは
ないか、という議論がなされ、衆議院において前段を削除し、修正が加えられたものである。
このことからもわかるように、解雇は、法律により使用者の権利が制限されている場合を除き、
327
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本来使用者の権利であるのである(ただし、その権利の行使には「合理的な理由」と「社会通念
上相当」という要件が必要である。
)。
⇒ 解雇が本来使用者の権利であると解するか、それとも本来制限されていて例外的に認められると解するか、
の違いによって就業規則の解雇事由が限定列挙であるか例示列挙であるかの結論が違ってくる。
※客観的に合理的な理由
解雇理由が「合理的」であるとは、解雇理由とされる事実が存在すること及びそれが解雇を正当
化するに適切な事実であることとされ、そして、
「客観的」であるとは、解雇理由が外部から検証し
得る事実により説明できるものであるということである。
※社会通念上相当として是認する
解雇理由が客観的かつ合理的なものであるとしても、それが労働者を企業から排除するに値する
ほどのものかどうか、という点を社会通念に照らして検証し、これが肯定されれば「社会通念上相
当として是認する」ということになる。
「合理的な理由」及び「社会通念上相当である」については、次項3.で詳述する。
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3.解雇事由
(1)概
要
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その
権利を濫用したものとして、無効とする。」とされる(労契法 16 条)。いわゆる解雇権濫用の法
理といわれるものである。
そこで、
「合理的な理由」と「社会通念上相当である」とはどんなことをいうのか個別に整理し
ておく。
次に、解雇が正当とされるためには単に労働者の債務不履行が存在するだけでは足りず、それ
が雇用関係を終了させてもやむを得ないと認められる程度に達していることを要し、次の3点に
具体化される。
①労働者の解雇事由が重大で、労働契約の履行に支障を生じさせ又は反復・継続的で是正の余
地に乏しいこと。
②使用者が事前の注意・警告・指導等によって是正に努めていること。
③使用者が職種転換・配転・出向・休職等の軽度の措置によって解雇回避努力をしていること。
上記②、③を解雇回避努力義務ともいい、労働者の能力・適性・職務内容・企業規模等に応じ
た解雇回避措置が求められる。これを土田 道夫教授は「期待可能性の原則」と呼んでいる(土田
「労契法」P584)。
(1)合理的な理由
解雇が一般的に認められる理由として、①傷病、②勤務不良、③経歴詐称、④規律違反行為、
⑤経営上の必要性(人員過剰)、⑥ユニオン・ショップ制による解雇義務などがあり、これらが「合
理的な理由」と考えられる。
第 2-1-3-○図 合理的な理由
①傷
病
②勤務不良 (債務不履行)
労働能力の喪失
③経歴詐称
合理的な理由
④規律違反行為
⑤経営上の必要
(事業活動の縮小・組織の廃止)
⑥ユ・シ協定解雇義務
1)傷
病
傷病、健康状態の悪化によって労働能力が低下することは解雇事由の一つとなる。就業規則で
は「身体・精神の障害により業務に堪えないとき」「心身の故障のため職務の遂行に支障があり、
又はこれに堪えない場合」などと規定されることが多い。ただし、傷病や健康状態の悪化が直ち
に解雇事由になるわけでなく、傷病等が債務の本旨に従った労働義務の履行を期待できない程度
329
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に重大であることを要する(土田「労契法」P585)。
労働者が専門医の診断書を提出して職場復帰を希望しているときはそれを尊重すべきであるが、
労働者が主治医の診断書を提出しても、使用者は会社が指定する専門医の受診を指示することが
でき、これを拒否し続ける場合は解雇も是認される(「京セラ事件」東京高裁判決昭 61.11.13)。
その場合に、就業規則に「必要と認めるときは、大学が指定する専門医の診断を受けるべきこと
を指示することができる。」という規定を設けておく必要がある。
職場復帰の可否を判断する場合に、まず第一に労働者が現に従事している業務への就労適格性
の有無を判断する。そして、現在の業務への就労が困難であるとしても、労働契約上就労可能な
軽易業務が存在すれば、使用者はその業務を提供して解雇を回避する義務を負う(「日放サービス
事件」東京地裁判決昭 45.2.16)。
休職制度は解雇猶予措置としての性格を有し、休職期間満了時に治癒しない場合には、①就業
規則上当然退職扱いとする合意解約、②休職期間満了時に別途解雇する場合、とがある。②の場
合には休職期間中解雇を猶予したことにより、解雇の相当性を高める。
休職期間中に治癒の見込みがない場合は解雇することができるが、見込みがないことの立証責
任は使用者側にあるので、実際には解雇は困難である(休職期間の途中で辞めてもらうのであれ
ば、実務では退職届を提出してもらうように働きかけるのがよい。)
(丸尾「解雇」P33)。
※精神疾患を理由として解雇できるか?
うつ病・適応障害・パニック障害などの精神疾患であること自体は、身体の病気の場合と同様に
解雇事由とならない。解雇事由としては精神疾患のため「業務に堪えない」というという要件が付
加される。
労働者が提出する主治医の診断書には必ずしも「うつ病」と病名が明確に記載されているわけで
なく、
「自律神経失調症」
「うつ症状」
「気分障害」などと書かれていることもある。そこで、使用者
としては病名にこだわり産業医の診断を命じることが多い。しかし、丸尾 拓養弁護士は、解雇を検
討するような事案では、病名は使用者にとって関係なく「解雇しなければならないほど業務に支障
が生じている証拠が集められるかが重要となる。」と述べておられる(丸尾「解雇」P35)。
⇒ 職場復帰の可否を判断する場合に、まず第一に労働者が現に従事している業務への就労適格性の有無を
判断する。そして、現在の業務への就労が困難であるとしても、労働契約上就労可能な軽易業務が存在す
れば、使用者はその業務を提供して解雇を回避する義務を負う。
2)勤務不良
労働者は労働契約に基づき、賃金に見合った適正な労働を提供する義務を負うので、職務遂行
能力や適格性の欠如、勤務成績不良は労働義務の不完全履行とされ、解雇理由となる。就業規則
では「労働能率が劣り、向上の見込みがないこと」「勤務成績が不良の場合」「職務に必要な適格
性を欠く場合」などと規定される。
問題となる能力不足や適格性の欠如は、再三の指導や教育、研修機会の付与によっても容易に
是正しがたい程度に達し、職務遂行上の支障を発生させているかその蓋然性があることを要する。
次に、配転・降格によって当該労働者の能力を活用する余地があれば、そのような雇用継続努
力が求められる(「セガ・エンタープライゼス事件」東京地裁決定平 11.10.15)。概していえば、
330
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学卒入社後間がない若年者については、研修、動機付け、上司の指導等による改善の見込みがな
かったかという点に重点を置いて判断され、専門技能を買われてスカウトにより入社したような
経験者については、ズバリ能力、実績の程度を重視して判断する傾向にあるようである。
土田 道夫教授によれば、近年の傾向として、能力不足を理由とする解雇の効力は以前より広く
肯定される傾向にあるそうである(土田「労契法」P587)。一方、成果主義のもとでは、公正な評
価や能力開発の機会の付与が解雇の当否を左右する重要な要素となる、とも同教授は指摘されて
いる。
3)経歴詐称
使用者が労働者を雇用する際に、学歴、職歴等その経歴を申告させるのは、これら労働者の過
去の行跡をもって従業員としての適格性の有無を判断し、採用後の賃金、職種等の労働条件にこ
れを正当に評価決定するための資料を得ることにある。したがって、労働者は、雇用されるに際
し、その経歴等の申告を求められたときには、使用者に前述の諸点について認識を誤らせないよ
う真実の申告ないし回答すべき信義則上の義務があるとされる(「日本鋼管鶴見造船所(経歴詐
称諭旨解雇)事件」横浜地裁判決昭 52.6.14)。
労働者が経歴等を詐称して雇用された場合には、信義則上の義務に違背しているのみならず、
本来従業員たりえないのに従業員たる地位を取得し、企業内の適正な労務配置、賃金体系等を乱
していることになるから、就業規則あるいは労働協約においてかような経歴詐称を懲戒解雇事由
として規定することには、それなりの合理的な理由と必要性があると解される。
では、いかなる経歴を偽ると解雇事由となるのか?
それは、使用者の認識の有無が当該労働者の採否に関して決定的な影響を与えるものについて
の秘匿又は詐称した場合である。換言すれば、労働者が真実の経歴を申告ないし回答したならば、
社会通念上、使用者において雇用契約を締結しなかったであろうという因果関係が存在する場合
をいうものである。
判例では、東大在学中を中卒とする学歴詐称やその他職歴、家族状況等についての詐称を理由と
する現場作業員に対する諭旨解雇について「被告における現場作業員の募集は、職種及び同僚、
上司との協調、和合などを配慮して、その学歴を前記のとおり「中卒又は高卒」に限定したもの
であり、したがって、原告についてもその申告のとおり中学卒と信じたからこそ採用したもので
あり、もし真実の学歴を知らされ、東京大学にまで入学している者であることを知っていたなら
ば、上記観点から原告を採用しなかったであろうことが認められる。」と、解雇有効としている
(「日本鋼管鶴見造船所(経歴詐称諭旨解雇)事件」)。
4)規律違反行為
規律違反行為としては、①暴行・脅迫・誹謗、②業務命令違反、③業務妨害・秩序紊乱、④不
正行為などがある。これらの行為は労働義務違反(又は労働契約に付随する義務である「企業秩
序遵守義務」
「誠実義務」違反)を構成し、懲戒事由ともなる。したがって、最悪の場合は懲戒解
雇される。このような職場規律違反は企業秩序や使用者に与える損害が明白であるため、1回の
行為であってもその重大性によっては解雇有効とされる。
① 暴行・脅迫・誹謗
上司・同僚や取引先に対する暴行・脅迫・誹謗は、企業秩序や労使の信頼関係を著しく阻害
する行為として、解雇有効とされやすい。
取引先の従業員に対し暴言・誹謗を繰返し、それを理由とする休職処分にも従わず解雇され
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た「大通事件」大阪地裁判決平 10.7.17 など。
②業務妨害・秩序紊乱
労働者が積極的に業務を妨害したり会社上層部に造反することは、労働契約上の重大な義務
違反を構成し、労使の信頼を損なう行為として解雇事由に当たる。
NC旋盤工が会社に対する不満からコンピュータデータを無断で抜取ったりプログラムを消
去して業務に重大な支障を生じさせたケース(「東栄精機事件」大阪地裁判決平 8.9.11)や、
会社の内部抗争の過程で、管理職が臨時株主総会への出席を従業員に求めるなどして人事権に
不当に介入したケース(「グレイワールドワイド事件」東京地裁判決平 15.9.22)などがある。
③ 業務命令違反
業務命令違反には、日常的な労働の指示・命令のほかに配転・出向命令に違反する場合や施
設管理上の指示に対する拒否・違反も含まれる。その手順として、まず業務命令の効力が判断
され、業務命令が有効とされた場合においても、命令拒否が固執的・反復継続的で是正の余地
がなく使用者に労働契継続を期待しがたい事情があることが解雇の要件となる。土田 道夫教授
は、この要件を「最後の手段の原則」と呼んでいる。解雇はいかなる場合でも最後の手段であ
って、使用者は雇用継続の努力を最後まで続ける義務があるということである。
解雇有効とされた例では、トラツク運転手が正当な配転命令に従わず、運転乗務命令を再三
拒否した「西井運送事件」大阪地裁判決平 8.7.1、出向を不満として出向先の業務指示を再三拒
否した「昭和アルミニウム事件」大阪地裁判決平 11.1.25 などがある。
④ 不正行為
不正行為は、企業財産・物品の不正受領、取引先等からの収賄、不正経理等の企業利益相反
行為に分かれる。これらの行為はその悪質さから懲戒解雇事由とされることが多いが普通解雇
事由としても認められる。
解雇有効例として、「上田事件」東京地裁決定平 9.9.11
⑤ その他の理由
その他の解雇事由として、経営不振・組織改編など経営上の必要性(整理解雇)、労働組合と
締結したユニオン・ショップ協定による解雇義務(前述「日本食塩製造事件」最高裁二小判決
昭 50.4.25(2.(4)326 ページ)を参照)などがある。詳しくは「第3.第3章不当労働行
為」の項で述べる(第9回(1 月)の予定)。
⇒ 解雇はいかなる場合でも最後の手段であって、使用者は雇用継続の努力を最後まで続ける義務がある
(「最後の手段の原則」)。
※資格が採用条件となっている場合
たとえば、博士が採用要件であった職に採用されて数年後に、この博士認定のもとになった論文が
盗作とわかり、博士そのものを取り消された場合に解雇できるだろうか?
【結論】単に採用条件に過ぎないのであれば当該資格を失っても解雇事由には当たらないが、資格
が労働契約存続要件であるならば解雇事由に当たる。
まず、博士等の資格が採用要件であり、当該資格を失えば労働契約を存続する意義が失われるよう
な存続要件ともなっていると認められる場合は、当然解雇できると考えられる。
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⇒ 例として、医師・看護師・レントゲン技師・ボイラーマンなどが該当するであろう。
次に、一定の資格が採用要件であるが、その資格を失えば労働契約を存続させる意義が失われると
までは必ずしもいえない場合は、一般に解雇することは困難と考えられる。
⇒ 例として、大学の教員、研究所の研究員などが該当すると思われる。
(なぜこのように考えるかについて、たとえば、営業社員を募集する場合に普通運転免許の取得を要
件として採用した場合に、免許が失効すると従業員としての地位も失うというようなことは、社会通
念上相当とは判断されないと考えられるから。)
ただし、不正をして博士号を取得するような者は職員としての適格性や使用者の信用・名誉毀損の
面から解雇できる余地がある。
留意点として、博士号が教員としてのシンボルであり、教員としての存続要件としたいのであれば、
博士号剥奪を解雇事由として就業規則に明定しておくべきである(当該規定が有効か無効かの判断は、
実際に起こった個別の事情ににより判断されることになる。)。
※協調性不足を理由として解雇できるか?
【結論】職場を数度変更しても改善がみられない場合は、解雇できる(丸尾「解雇」P28)。
(ここでも「最後の手段の原則」は適用される。)
①協調性不足の原因
労働契約における労働者の義務は、労務を提供することが中心であるから、上司を尊敬したり
同僚と良好な関係を築くことが労働者の当然の義務ということはできない。単に自己主張が強い、
または周囲との会話に消極的で引きこもりがちであるというだけで解雇事由とはならないと考え
られる。
②協調性不足の内実
協調性不足には、大きく分けて 2 つのタイプがあり、a他人との関係構築に消極的すぎるタイ
プと、b他人と衝突を繰り返すタイプである。
消極的すぎるタイプでは、企業にとって業務に支障が生じることは少ない。口数が少なかった
り人付き合いが上手でないということはあるが、一応の仕事はこなす。個性の多様さとして想定
の範囲内である限り、適所に配置すれば足りる。実際にはうつ病や適応障害などの精神疾患の事
案と類似または重畳することがある。
これに対し、他人と衛突を繰り返すタイプは、企業組織の円滑な運営を妨げる。自己主張が強
かったり上司に楯突いたりする問題社員とも重なる。このため、
(協調性不足というよりも)職務
規律違反や業務命令違反のほうが大きな理由となる。実際の事案では統合失調症や人格障害の精
神疾患が原因であることもある。
③協調性改善の機会の付与
協調性不足は人間関係の不全でもあるから、人間関係をリセットすることが重要となる。すな
わち、配置転換を行い、上司や同僚を一変させる。それでも、協調性不足が繰り返されるのであ
れば、労働者側の帰責性は高まっていく。
実務的には、数回の配置転換を行い、協調性改善の機会を労働者に付与する。配置転換の際に
は、労働者に対し協調性を改善することを求める。使用者としては、労働者にチャンスを与える
趣旨であることを明確に申し渡す。二度日の配置転換の際には、最後の機会であることを明示し
ておく。
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このような配置転換を実施すると、その直後は労働者が自制し協調性改善に努力するものの、
時間がたつと地の性格が隠せなくなり周囲との関係が悪化する場合も出てくる。このような事例
で裁判紛争となったとき、配置転換直後の人事考課で協調性が高く評価されている事実に使用者
が苦慮することもある。使用者の細心の対応が求められる。
2)社会通念上相当
普通解雇する事由がある場合であっても、具体的状況下において解雇することが社会通念上相
当なものとして是認されるときでなければ解雇権の濫用として無効とされる。つまり、解雇とい
う法的効果が相当であるか、重きに失することはないかというバランス感覚について一般社会の
基準に当てはめて判断することである。この中には、当該企業の労使関係、同種の事案における
解雇実績の有無、当該労働者の処分歴、宥恕すべき情状、手続きの相当性などの考慮要素が含ま
れる。
裁判例では、寝過ごしによる二度にわたる放送事故を起こしたアナウンサーの普通解雇につい
て、①本件事故は過失によるもので悪意又は故意によるものではないこと、②同じく事故を起こ
したファックス担当者はけん責処分に処せられたに過ぎないこと、などから、解雇をもって臨む
ことはいささか苛酷に過ぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとし
て是認することはできない、として解雇無効としたものがある(注)。
注.「高知放送事件」最高裁二小判決昭 52.1.31
2週間に2回の寝過ごしによる放送事故を起こしたアナウンサーを、普通解雇事由として「一、精神また
は身体の傷害により業務に耐えられないとき。二、天変地異その他已むを得ない事由のため事業の継続が不
可能となったとき。三、その他、前号に準ずる程度の已むをえない事由があるとき。」と定めた会社の就業
規則に基づき解雇した事件で、裁判所は「普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇し得るも
のではなく、当該具体的な事情の下において、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当な
ものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるとい
うべきである。」として、①本件事故は、共にXの過失によって発生したもので、悪意又は故意によるもの
ではないこと、②第二事故のファックス担当者はけん責処分に処せられたに過ぎないこと、などから、「X
に対し解雇をもって臨むことは、いささか苛酷に過ぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に
相当なものとして是認することはできないと考えられる余地がある。」として解雇無効とした一審判断を正
当とした。
(2)解雇有効とされた例
非公務員化後、勤務成績・勤務態度不良による普通解雇が起こり得るところから、実際に「社
会通念上相当と認められる」勤務不良とはどんなことか、裁判例で解雇有効とされた例を掲げる。
実態としては、極端な勤務不良・能力不足でないと、解雇は難しいようである。
① 勤務不良・反省なし
遅刻が著しく(入社以来 8 か月間に 48 回、計 701 分)、その上職務怠慢であって上司の注
意に対しても反省の色がないことは、懲戒処分としての諭旨解雇事由である「勤務成績著し
く不良にして改悛の見込みがないとき」の条項に該当し、解雇有効である(「三協工業事件」
東京地裁判決昭 43.8.10)。
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② 勤務不良・周囲に悪影響を及ぼす発言
無断欠勤、上司の指示に対する違反、職場の同僚に対する悪影響を及ぼす発言及び常軌を
逸した行為がたびたびあり、誓約書としての念書を入れた後も何ら改善されないで更に繰り
返したケースについて「勤務成績が著しく悪く、向上の見込みがないと会社が認めたとき」
に該当し、普通解雇が有効である(「日本 NCR 事件」東京地裁判決昭 49.11.26)。
③ 極端な営業成績不良・改善の見込みなし
セールスマンの販売成績が著しく劣悪(最低でも責任額の 32%であるのに同人は 4.9%に
過ぎない。)で、販売活動の面においても活動予定表記載の予定訪問先がしばしば異なってい
て計画性がなく、上司がしばしば注意を与えたが改善の跡がみられなかったことは就業規則
の「業務能力が著しく劣り、その向上の見込みなし」に該当し普通解雇は有効である(「ゼネ
ラル事務機事件」東京地裁決定昭 49.7.2)。
④ 勤務態度不良・配転引受職場なし
派遣先において遅刻、欠勤多く、協調性を欠き派遣会社に対する信用、営業成績に重大な
影響があり、得意先から勤務態度不良を理由として引取り方を求められており、上司の再三
の注意もきかず、配転するにも引き受ける職場がないケースにつき、就業規則の「勤務成績
または能率が不良で就業に適しないと認められるとき」に該当し解雇は有効である(「日放事
件」東京地裁決定昭 49.6.25)。
⑤ 勤務成績不良・改善熱意欠如・上司への人格攻撃
仕事上のミスがおびただしく、これに対する上司の度重なる改善の指示に従わないばかり
か改善の熱意に欠けており、勤務成績、能率が不良で職場内での協調性に欠け、他の同僚と
融和協力して業務を遂行する意思を有せず、上司の人格攻撃をしばしば行う社員につき、会
社が再三の注意をし「専務の直属下において努力する機会を与えるなどの配慮をしたにもか
かわらず、自己の事務処理の誤りにつきこれを率直に反省しようとする態度がうかがわれな
い等」は、就業規則の「勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められた場合」にあ
たるとして解雇有効とした(「リオ・ティント・ジンク社事件」東京地裁判決昭 58.11.14)。
⑥ 4度の長期欠勤・勤務不良による解雇
通勤途上の負傷や私傷病等を理由に四度の長期欠勤をはじめ、約5年5か月のうちの約2
年4か月欠勤し、最後の長期欠勤前2年間の出社日数のうち約4割が遅刻であったこと、長
期欠勤明けの勤務にも消極的であり、また上司の指導にもかかわらず、出勤しても離席が多
く、出勤時の勤務実績も劣悪で、担当業務を指示どおりに遂行することができなかったこと
は就業規則及び労働協約の普通解雇事由(労働能率が甚だしく低く、会社の事務能率上支障
があると認められたとき)に該当するものとして客観的に合理的な理由があり解雇権の濫用
には当たらないとした(「東京海上火災保険(普通解雇)事件」東京地裁判決平 12.7.28)。
⇒ 極端な欠勤、勤務不良である。
⑦ 能力不足・勤務不良による解雇
労働者と雇用契約を締結して以降、国際営業部、海外プロジェクト部及び国際審査部に順
次配置転換し、担当業務に関する債権者の能力・適性等を判断してきたものであり、特に国
際審査部においては、労働者が国内法務の業務を希望したことから、その法務能力及び適性
を調査するため、約三か月間、日常業務を免除し、法務実務に関する研修等の機会までも与
えたものの、その結果は法務担当者としての能力、適性に欠けるばかりでなく、業務遂行に
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対する基本的姿勢に問題があると評価されたことから、労働者をさらに他の部署に配置転換
して業務に従事させることはもはやできない、との会社側の判断もやむを得ないものと認め
られる、として解雇有効とした(「三井リース事業事件」東京地裁決定平 6.11.10)。
⇒ 法務のスペシャリストとして採用したが専門能力に欠けていた。研修の機会も与えている。
⑧
店長としての適格性に欠けるとして解雇
弁当等の加工・販売店の「店長としての勤務状況は、商品及び従業員の管理能力に欠け、
接客態度も不良であって、店舗において食品の製造、販売を業とする被告の従業員としては
不適格というほかないから、店長以外への配置転換も困難であったと認められるから、本件
解雇は、合理的理由があるものとして、解雇権濫用には当たらないものと解するのが相当で
ある。」として解雇有効とした(「ユーマート事件」東京地裁判決平 5.11.26)。
⇒ 販売員としての適格性に欠けていた。
⑨ 極端な勤務不良・上司への反抗による解雇
配転先での勤務を不服として「資料室勤務を命ぜられて以降、①所属長に無断で欠勤・早
退・遅刻・離席を繰り返し、特に資料室では当初の一時期を除き約一年間ほとんど勤務しな
かったこと、②出勤表は本来の設置場所である資料室で毎日記載すること、また、欠勤等の
際は直属の上司であるA専門部長に直接連絡することなどの上司の指示・命令に従わなかっ
たこと、③上司により命ぜられた業務をほとんど履行しなかったこと、④この間再三にわた
り注意・警告を受けても反省するどころか一切無視して改めず、かえって反抗し、悪態を尽
くしたうえ、業務命令書を交付した上司の面前でこれを八つ裂きにして上司の頭上に振りか
けるに及んだこと、そして、⑤以上のような言動は、時が経過するに従い一層顕著となって
いったのであり、その間被告が原告の反省とこれによる勤務態度の改善を期待して行った出
勤停止処分の内示・発令、業務指示者の変更、調査課勤務へ変更の示唆などの配慮にも全く
応えなかったことが認められる」から「原告には被告の従業員として、上司の指示、命令に
従って誠実に労務を提供するという労働契約上の基本的債務を履行する意志なしとの被告の
判断は、客観的妥当性を有すると認められる。」として解雇が有効とされた(「日本テレビ放
送網事件」東京地裁判決昭 62.7.31)。
⇒ 誠実労務提供義務を履行する意思がないことは、解雇事由となる。
⑩ 反戦デモに参加し逮捕・拘留された解雇
佐藤首相訪米阻止・国際反戦デーの闘争において逮捕・勾留され、307 日間欠勤した労働
者に対する事故欠勤を理由とする普通解雇が有効とされた。
「同被告は、原告が約三〇〇日間に及ぶ欠勤をし、執行猶予付とはいえ懲役刑の有罪判決
を受けた事実を重要視し、これを根拠として原告を普通解雇にしたものであり、かつ、事前
に、前記認定のとおり、懲戒委員会の審議に付しているのであるから、それは懲戒解雇の場
合の手続を免れる目的でなされたわけではなく、右のような事情がある場合には普通解雇と
することは一般的に相当といわざるを得ない。」(「住友化学工業事件」名古屋地裁判決昭
58.10.21)。
⇒ 長期の事故欠勤である。
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(3)解雇無効とされた例
一方、解雇無効とされた例を掲げる。
病気休職者の職場復帰は、もとより個別に判断すべきものであるが、回復の見込みがあるので
あれば、原職復帰でなくても軽易な業務に就かせるべきとの傾向がある。
① 私傷病休職期間満了による解雇
休職期間中の従業員が、仕事への復帰可能とする医師の診断書を添えて復職要求したが、
会社がこれを拒否した事案につき、右拒否には正当理由がなく、原告への合理的理由の明示
を欠いた違法、無効なものと解すべき、として復職申出をした時点で当然復職したものとし
た(「マルヤタクシー事件」仙台地裁判決昭 61.10.17)。
⇒ 復職させる場合の手続きについて、必要に応じて会社指定の医師の診断を受診させることができる規定を設け
ることが肝要。
② 意欲・能力不足による解雇
大学院卒の正社員として採用された従業員が、特定の業務分野のないパソナルーム勤務を
命じられた後に、労働能率が劣り、向上の見込みがない、積極性がない、自己中心的で協調
性がない等として解雇されたことに対して、右解雇を無効として地位保全・賃金仮払いの仮
処分を申し立て、会社主張の解雇理由は具体的事実の裏付けがないとして、解雇は権利の濫
用に該当し無効であるとされた(「セガ・エンタープライゼズ事件」東京地裁決定平 11.10.15)。
⇒ 解雇するには具体的事実の裏付けが必要。
③ 成績不良・会社中傷による解雇
靴及び装身具の販売等を業とする会社で販売職として雇用されていた者が、勤務成績不良、
会社と同僚を誹謗中傷した等として解雇され、その効力を争ったケースで、会社が解雇の事
由として挙げたのは就業規則の解雇事由に当たらないか、解雇事由とすることができないも
のであるとして、解雇権の濫用として無効であるとされた(「ユリヤ商事事件」大阪地裁決定
平 11.8.11)
⇒ 解雇するには就業規則の解雇事由に該当しなければならない。
④ 成績不良等による解雇
タクシー運転手に対する営業収入の不良、運転代行をしたこと等を理由とする解雇につき、
就業規則所定の解雇事由に該当するまでに至らないとされた(「ヒノヤタクシー事件」判決盛
岡地裁判決平 2.2.1)。
(4)整理解雇の四要件(要素)
整理解雇もやはり解雇の一種であるから、解雇権濫用の法理のもとでその合理性及び相当性が
審査され、正当と認められない場合は無効と判断されることになる。加えて、整理解雇は経営上
の理由によるもので、労働者側に理由がないにもかかわらず労働者が不利益を受けること、大量
解雇を伴う整理解雇は雇用政策上の影響も大きいこと、などから独自の審査基準が判例において
発展してきた。すなわち、整理解雇が正当と判断されるには、次の四要件(要素)が必要である
との考えである。
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① 人員整理の必要性
人員整理を行う経営上の必要性があり、企業経営上やむを得ないといえる場合でなければ
ならない。
「必要性」とは、経営不振の打開や経営合理化のために人員削減を行う必要性が客観的に
存在することであって、
「倒産必至」という事情までも求めるものでない。しかし、人員整理
後に新規採用をするなどの矛盾することが行われた場合には必要性が否定される。
② 解雇の必要性(回避努力義務)⇒
解雇回避努力を尽くしたか
人員整理を解雇という方法で行う必要性がなければならず、言い換えれば、使用者は配転、
出向、一時帰休、有期契約労働者の雇止め、希望退職の募集など整理解雇を回避するための
努力を尽くさなければならない、ということである。
このうち、希望退職の募集は重要なもので、それを経ることなく整理解雇を行った場合は
回避努力を尽くしていないと判断されやすいであろう(下井「労基法」P180)。
③ 合理的選定基準
一般に労働者の職務能力、解雇が労働者の生活に与える打撃の程度、労働者間の衡平など
を考慮しつつ、勤務成績、勤怠記録、勤続年数、年齢、職種などが基準となる。
しかし、この合理性の判断は相当に微妙でむずかしい。裁判例では、a.解雇の後になっ
て従業員に提示された人選基準は特段の事情がない限り合理性を有しない(「労働大学第二次
仮処分事件」東京地裁決定平 13.5.17)、b.「53 歳以上の幹部職員」という基準は幹部職員
としての業務が高齢になると業績が低下するともみとめられないので合理的とはいえない
(「ヴァリグ日本支社事件」東京地裁判決平 13.12.19)、とするものなどがある。
④ 協議・説明
労働組合又は労働者に対して事前に説明し、納得を得るよう誠実に説明・協議しなければ
ならない。これは労組法の団交義務とは別に、労使の信義則により課せられる義務であると
言える。
裁判例は一般に、使用者は人員整理の必要性と内容(時期・規模・方法・被解雇者の選定
基準など)について労働組合又は労働者に対して説明を行い、かつ、十分に協議して納得を
得るように努力すべき信義則上の義務を負うとする。このような義務は労組法上の団交義務
や労働協約の定めによる協議義務とは別に信義則に基づく義務であると説明される(下井「労
基法」P181)
。
整理解雇は、この四要件(要素)のすべてを満たさなければできないものなのではなく、判例
は
① すべてを満たさなければならないとする立場
② 一部が不十分でも全体として満たしていればよいとする立場
③ 4つの要素は要件ではなく、考課要素に過ぎないとする立場
に分かれており、それぞれの当該裁判事案に適合するものとして言明されたとみるべきである。
一般的には、差し迫った倒産の危機がないにもかかわらず整理解雇しようとする場合には四要
件を厳しく問われる傾向がある。
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1)すべてを満たさなければならないとする判例
「三田尻女子高校事件」山口地裁決定平 12.2.28
「一般に、使用者の財政状態の悪化に伴い、人件費削減のための手段として行われるいわゆる整理解雇は、
労働者がいったん取得した使用者との雇用契約上の地位を、労働者の責に帰すべからざる事由によって一方的
に失わせるものであり、それだけに、労働者の生活に与える影響も甚大なものがあるから、それが有効となる
ためには、〔1〕経営上、人員削減を行うべき必要性があること、〔2〕解雇回避の努力を尽くした後に行われ
たものであること、〔3〕解雇対象者の選定基準が客観的かつ合理的であること、〔4〕労働組合又は労働者に
対し、整理解雇の必要性とその時期・規模・方法につき、納得を得るための説明を行い、誠意をもって協議す
べき義務を尽くしたこと、以上の各要件すべていずれも充足することが必要である。」
2)一部が不十分でも全体として満たしていればよいとする判例
「日証(第一、第二解雇)事件」大阪地裁判決平 11.3.31
「当該解雇の意思表示が権利濫用となるか否かは、主として以下の観点を総合的に考察して判断すべきであ
る。
すなわち、第一に、人員削減の必要性が存すること、第二に、希望退職者の募集等使用者が解雇回避のため
の努力を行ったこと、第三に、被解雇者の選定が客観的で合理的な基準に基づいてなされたこと、第四に、解
雇手続が妥当であること(使用者が、労働組合や従業員に対して、具体的状況に応じ、解雇の必要性やその時
期、規模、方法を説明し、納得の得られるよう協議したことなど)が必要と解される。」
3)4つの要件ではなく、考課要素に過ぎないとする判例
「ナショナル・ウエストミンスター銀行(三次仮処分)事件」東京地裁平 12.1.21
「なお、債権者は、本件解雇が解雇権の濫用に当たるかどうかについては、いわゆる整理解雇の四要件を充
足するかどうかを検討して判断すべきである旨主張するが、いわゆる整理解雇の四要件は、整理解雇の範疇に
属すると考えられる解雇について解雇権の濫用に当たるかどうかを判断する際の考慮要素を類型化したもので
あって、各々の要件が存在しなければ法律効果が発生しないという意味での法律要件ではなく、解雇権濫用の
判断は、本来事案ごとの個別具体的な事情を総合考慮して行うほかないものであるから、債権者主張の方法論
は採用しない。」
339
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4.解雇の手続き
(1)解雇の予告
1)解雇の予告(労基法 20 条)
労働者を解雇しようとする場合は、少なくとも 30 日前にその予告をしなければならない。30
日前に予告をしない使用者は、30 日分以上の平均賃金を支払わなければならない(予告手当)。
予告の期間は、平均賃金を支払った日数分だけ短縮することができる。
【例外】:次の場合には予告せずに即時解雇が可能である(20 条 1 項ただし書)。
① 天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合で、労働基準監
督署長の認定を受けたとき
② 労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合で、労働基準監督署長の認定を受けた
とき
2)予告をしない解雇の効力
使用者が労基法 20 条(解雇の予告)に違反し、予告期間を置かずに手当の支払いもせずに即時
解雇した場合、解雇の効力はどうなるのだろうか?
強行法規に違反するから無効であると解すると「裁判所は・・・第 20 条・・・の規定に違反し
た使用者・・・に対して・・・付加金の支払を命ずることができる。」とする労基法 114 条の規定
と矛盾する(労働契約関係が消滅していないのであれば、予告手当も付加金の支払いも必要ない。)
。
イ 相対的無効説
判例では、即時解雇としての効力は生じないが、使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限
り、解雇通知後 30 日を経過するか、又は通知後に予告手当の支払いをしたときに解雇の効力が
生じるとしている(注)
。
注.「細谷服装事件」最高裁二小判決昭 35.3.11
使用者が労働基準法二〇条所定の予告期間をおかず、または予告手当の支払をしないで労働者に解雇の
通知をした場合、その通知は即時解雇としては効力を生じないが、使用者が即時解雇を固執する趣旨でな
い限り、通知後同条所定の三〇日の期間を経過するか、または通知の後に同条所定の予告手当の支払をし
たときは、そのいずれかのときから解雇の効力を生ずるものと解すべきであって、本件解雇の通知は三〇
日の期間経過と共に解雇の効力を生じたものとする原判決の判断は正当である。
ロ 選択権説
学説は、労働者が相当期間内に解雇無効を主張するか、それとも解雇有効を前提として予告
手当の支払いを請求するかいずれかを選択できるとする説が有力である(選択権説-菅野「労
働法」P418、下井「労基法」P189)
。労働者が「予告がない」として争う場合は解雇無効となる
し、予告手当の請求をする場合は解雇の無効を主張することはできない。
実務上はこの選択権説に従うことがよい。
※私見では、予告手当があたかも労働者の権利に属するかのごとき「選択権説」はしっくりとこな
いので「相対的無効説」がよいと思っている。しかし、即時解雇ができずに 30 日間の経過を待たな
ければならないとすると 30 日分の賃金支払い義務が生じるので、賃金か予告手当かの違いがあるに
しても、使用者は結局のところ 30 日分に相当する金銭の支払いを要することに変わりがない。
340
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ハ 有効説
労基法 20 条違反の解雇であっても解雇自体は私法上有効と考え、労働者は解雇予告手当及び
付加金を請求できるとする説である。解雇が有効だからこそ予告手当支払い義務が残り、その
不履行によって付加金が課されるという説明は論理的に明快であるが、労基法の中でなぜこの
条項(20 条)だけが強行規定でないのかという点で批判にさらされる。
⇒ 予告をしない解雇は、即時解雇としての効力は生じないが、使用者が即時解雇に固執する趣旨でな
い限り、解雇通知後 30 日を経過するか、又は通知後に予告手当の支払いをしたときに解雇の効力が生
じる(相対的無効説)。
2)
「少なくとも 30 日前」の意義
この予告期間の計算は、労基法に別段の定めがないから民法の一般原則によることとなる。し
たがって、解雇予告がなされた日は算入されず翌日から起算し(民法 140 条)、期間の末日の終了
をもって期間の満了となる(民法 141 条)ので、予告の日と解雇の効力発生の日(離職した日)
との間には中 30 日間の期間が必要、ということである。
たとえば、6月 30 日付で解雇する(その日の終了をもって効力を発生させる。実質的には7月
1日から効力が生じる。
)ためには、少なくとも5月 31 日には予告をしなければならない。
第 2-1-5-6 図 少なくとも 30 日前の意義
5/31 6/1
6/30 7/1
退職日
予告日
少なくとも 30 日前
解雇の効力発生
民法
(期間の起算)
第 139 条 時間によって期間を定めたときは、その期間は、即時から起算する。
第 140 条 日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、そ
の期間が午前零時から始まるときは、この限りでない。
(期間の満了)
第 140 条 前条の場合には、期間は、その末日の終了をもって満了する。
3)予告の方法
イ 解雇日の特定
解雇の予告は、労働者がいつ解雇されるのか明確に認識できるように、解雇の日を特定して
行わなければならない。たとえば、
「がんばってもらわないと、このままでは 30 日後に解雇す
る」というようなものは、確定的な解雇の意思を明示するもので解雇の予告といえない(「全国
資格研修センター事件」大阪地裁判決平 7.1.27)。
また、
「○月○日までに親会社から注文がなかった場合は解雇する」といような条件付き予告
も適法な解雇の予告とはいえない。
341
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予告は、直接労働者に対し、「あなたを○月○日付けで解雇します。」というように、解雇の
意思表示が明確に伝わる方法で行うべきである。
ロ 予告の方法
予告は、直接個人に対して解雇の意思表示が明確に伝わる方法でなされるべきであり、文書
で行うのが確実な方法であるが、口頭で行っても有効である。ただし、口頭で予告した場合に
は、解雇に関して争いが起こった場合に証明困難となる場合が多いので、解雇予告の手続とし
てはそれに加えて労働者に書面を交付することにより解雇予告することが望ましい(厚労省「労
基法コメ」上巻 P289)。
口頭で行う場合は、複数で行うとか立会人を置くなどするほか、実施状況を業務日誌又は備忘
録に記録しておくようにする。
ハ 所在不明の場合
解雇はその意思表示が相手方に到達しないと効力が発生しないため、意思表示の送達のため
には「公示による意思表示」が必要とされ、簡易裁判所に公示送達の申立てをしなければなら
ない。
民法
(公示による意思表示)
第 98 条
意思表示は、表意者が相手方を知ることができず、又はその所在を知ることができないと
きは、公示の方法によってすることができる。
2
前項の公示は、公示送達に関する民事訴訟法 (平成八年法律第百九号)の規定に従い、裁判所
の掲示場に掲示し、かつ、その掲示があったことを官報に少なくとも一回掲載して行う。ただし、裁
判所は、相当と認めるときは、官報への掲載に代えて、市役所、区役所、町村役場又はこれらに準ず
る施設の掲示場に掲示すべきことを命ずることができる。
3
公示による意思表示は、最後に官報に掲載した日又はその掲載に代わる掲示を始めた日から二週
間を経過した時に、相手方に到達したものとみなす。ただし、表意者が相手方を知らないこと又はそ
の所在を知らないことについて過失があったときは、到達の効力を生じない。
4
公示に関する手続は、相手方を知ることができない場合には表意者の住所地の、相手方の所在を
知ることができない場合には相手方の最後の住所地の簡易裁判所の管轄に属する。
5
裁判所は、表意者に、公示に関する費用を予納させなければならない。
※国家公務員の場合
国家公務員の免職の場合は通知書を交付することとしているが、
「これを受けるべき者の所在を
知ることができない場合においては、その内容を官報に掲載することをもつてこれに替えること
ができるものとし、掲載された日から二週間を経過したときに通知書の交付があつたものとみな
す」ことになっている(人規8― 12 第 78 条)
※特定独立行政法人等職員の懲戒免職
特定独立行政法人等の現業職員を免職しようとする場合において、労基法 20 条の予告が必要な
のであろうか?
これについて内閣法制局意見(昭 39.人.3 号)は、国公法 82 条の免職は、一般職の国家公務員
の勤務秩序を確保するために設けられた制裁としての免職であり、私企業において設けられた制
342
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裁としての解雇とその実体においてなんら相違はないのであるから、労基法 20 条(解雇の予告)
の規定の適用を排除する趣旨が含まれていると解すべき根拠はない、として「労働基準法第 20 条
所定の手続をとらなければならないものと解すべきである。
」と述べている。
4)予告の取消し
解雇の予告は使用者が一方的になす意思表示であり、これを取り消すことは原則的にできない
(民法 540 条 3 項)。取り消す場合は労働者の同意を必要とする(昭 25.9.21 基収 2824 号)。
(2)予告手当の支払い
1)予告手当の法的性質
予告手当は、労働の対償性がないと考えられるので賃金ではない(注)が、行政当局は、その
支払方法は賃金に準じて、通貨で直接支払うよう指導している(昭 23.8.18 基収 2520 号)。
注.解雇予告手当の所得税法上の取扱い
所得税法基本通達 30-5では「労働基準法第 20 条《解雇の予告》の規定により使用者が予告をしないで解
雇する場合に支払う予告手当は、退職手当等に該当する。」とし、退職手当等として処理すべき見解を示し
ている(当たり前であるが、これは所得税法上の取扱いであって、労働法上「退職手当」(退職手当は賃金
に該当する。)として取扱うべきものかを論じているものでない。)。
予告手当は現実に支払わなければならないものであり、労働者が使用者に対して負う借金と相
殺することはできない。通達においても「予告手当の支払は、単にその限度で予告義務を免除す
るに止まるものである。したがって法理上相殺の問題は生じない。」としている(昭 24.1.8 基収
54 号)。
2)予告手当の受領拒否
解雇の効力について争いがある場合は、労働者が予告手当の受領を拒否することがある。この
場合、使用者はいかなる程度のことをすれば解雇の効力を発生させることができるだろうか。
この点について、供託を要するとする説(吾妻光俊「労働基準法」P108、石井照久他「註解労
働基準法Ⅰ」P294)もあるようだが、行政解釈は現実の提供がなされればよいと解しており、次
のような場合には予告手当の支払いがなされたと認められる、としている(昭 63.3.14 基発 150
号)
①
郵送等の手段により労働者宛発送し、この予告手当が労働者の本拠地に到達したとき。こ
の場合の効力は、労働者本人が直接受領すると否とにかかわらず、また労働者の在宅・不在
に関係なく生じる。
②
労働者に解雇予告手当を支払う旨通知した場合は、その支払日を指定し、その日に本人が
不参したときはその指定日、支払日を指定しないで本人不参のときは労働者が通常出頭し得
る日。
なお、解雇の申渡しと同時に解雇予告手当を提供し当該労働者がその受領を拒んだときは、こ
れを法務局に供託できることはいうまでもない(前述基発 150 号)。
※解雇予告手当と時効の問題
解雇予告手当は解雇の意思表示に際して支払わなければ解雇の効力を生じないものと解されるか
ら、解雇の予告を行わず解雇予告手当も支給しないで行った解雇の効力は無効であり、一般には解
343
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雇予告手当については時効の問題は生じない(昭 27.5.17 基収 1906 号)。
(3)解雇予告除外認定
1)概
要
前述(1)1)
(340 ページ)で述べたとおり、労働者を解雇する場合は原則として解雇の予告
が必要であるが、「労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合」は即時解雇が可能である。
ただし、使用者の恣意的判断による濫用を防止する観点から、その事由について所轄労働基準監
督署長の認定を受けることを要することとしている(20 条 3 項で準用する 19 条 2 項)。
では、所轄労基署長の認定を受けずになした即時解雇は効力を有するのであろうか。
これについて、行政解釈は、所轄労働基準監督署長の認定は労働者の責に帰すべき事由に基い
て解雇する場合に「該当する事実があるか否かを確認する処分であって、認定する事実がある場
合には使用者は有効に即時解雇をなし得るものと解される」とし、客観的事実があれば即時解雇
の効力を認めている。(昭 63.3.14 基発 150 号)
。
したがって、認定を受けることは解雇に若干遅れてなされてもよく、就業規則上のつくりとし
ては、「即時解雇する」とし、「この場合において、所轄労働基準監督署長の認定を受けた場合に
は、予告手当を支払わない」
(認定を受けないのであれば予告手当を支払うことになる)というよ
うな表現がよいと思う。
2)解雇予告除外申請書
解雇予告除外申請書が提出された場合には、行政通達では、所轄労働基準監督署長は「事の性
質上特に迅速にこれを処理、決定するとともに、当該書面だけについて審査することなく、必ず
使用者、労働組合、労働者その他の関係者について申請事由を実地に調査の上該当するか否かを
判定すべきものであるから、十分その取扱いに留意せられたい。」としている(昭 63.3.14 基発
150 号)
しかし、実際には、認定までに2~3週間を要するようである(ことを穏便に済ませようとし
たいのか、申請書の受付自体を渋る監督署もあると聞く。
)。
3)労働者の責に帰すべき事由
イ 行政解釈
「労働者の責に帰すべき事由」とは、労働者の故意、過失又はこれと同視すべき事由であるが、
判定に当っては、労働者の地位、職責、継続勤務年限、勤務状況等を考慮の上、総合的に判断すべ
きであり、
「労働者の責に帰すべき事由」が法第二十条の保護を与える必要のない程度に重大又は悪
質なものであり、従って又使用者をしてかかる労働者に三十日前に解雇の予告をなさしめることが
当該事由と比較して均衡を失するようなものに限って認定すべきものである。
「労働者の責に帰すべき事由」として認定すべき事例を挙げれば、 次のようなものがある(昭
23.11.11 基発 1637 号)。
(1) 原則として極めて軽微なものを除き、事業場内における盗取、
・横領、傷害等刑法犯に該当する
行為のあった場合、また一般的にみて「極めて軽微」な事案であっても、使用者があらかじめ不
祥事件の防止について諸種の手段を講じていたことが客観的に認められ、しかもなお労働者が継
続的に又は断続的に盗取、横領、傷害等の刑法犯又はこれに類する行為を行った場合、あるいは
事業場外で行われた盗取、横領、傷害等刑法犯に該当する行為であつても、それが著しく当該事
344
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業場の名替もしくは信用を失ついするもの、取引関係に悪影像を与えるもの又は労使間の信頼関
係を喪失せしめるものと認められる場合。
(2) 賭博、風紀索乱等により職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ぼす場合。
また、これらの行為が事業場外で行われた場合であつても、それが著しく当該事業場の名誉もし
くは信用を失ついするもの、取引関係に悪影響を与えるもの又は労使間の信頼関係を喪失せしめ
るものと認められる場合。
(3) 雇入れの際の採用条件の要素となるような経歴を詐称した場合及び雇入れの際、使用者の行う
調査に対し、不採用の原因となるような経歴を詐称した場合。
(4) 他の事業場へ転職した場合。
(5) 原則として2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合。
(6) 出勤不良又は出欠常ならず、数回に亘って注意をうけても改めない場合。
の如くであるが、認定にあたっては、必ずしも右の個々の例示に拘泥することなく総合的かつ実質
的に判断すること。
なお、就業規則等に規定されている懲戒解雇事由についてもこれに拘束されることはないことと
しており、就業規則に規定されている即時解雇事由に該当しても、必ずしも「労働者の責に帰すべ
き事由」に該当するとして認定を受けることができるわけでない(昭 23.11.11 基発 1637 号、
昭 31.3.1
基発 111 号)
。
それから、懲戒解雇の場合に退職手当を支払わない旨を就業規則に定めていることがあるが、
即時解雇認定要件である上記①~⑥と退職手当不支給要件は一応別で、全額不支給が適法とさ
れるのは「労働者に永年の勤続の功を抹消してしまうほどの不信があったことを要し、労基法
第 20 条但書の即時解雇の事由より更に厳格に解すべきである」とする下級審判例がある(「橋
本運輸事件」名古屋地裁判決昭 47.4.28)。
解雇予告除外認定は、原則として解雇の意思表示をなす前に受けるべきものであるが、この認
定は、
「労働者の責に帰すべき事由」という事実があるか否かを確認する処分であって、認定され
るべき事実がある場合には使用者は有効に即時解雇をなし得るものと解されるので、即時解雇の
意思表示をした後、解雇予告除外認定を得た場合はその解雇の効力は使用者が即時解雇の意思表
示をした日に発生すると解される。
認定申請書が提出された場合には、事の性質上特に迅速にこれを処理、決定する方針で対処す
るとともに、当該書面だけについて審査することなく、必ず使用者、労働組合、労働者その他の
関係者について申請事由を実地に調査の上該当するか否かを判定すべきものである、と通達を発
している(昭 63.3.14 基発 150 号)
(4)解雇手続きとその効力問題
1)即時解雇事由が存在しない場合
以上、
(1)~(3)で述べたように、使用者が労働者を解雇する場合に、即時解雇事由が存在
しない場合は予告又は予告手当の支払いが必要である。では、解雇予告をせず、かつ、予告手当
も支払われずになされた解雇の効力はどうなるのだろうか?
この問題は労働法の争点のひとつであり、諸説あるがおおよそ①無効説、②有効説、③相対的
無効説、④選択権説、の4つに集約される。
345
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①無効説
解雇予告をせず、かつ、予告手当も支払われずになされた解雇は無効であるとする。しかし、
無効であるとすると、解雇予告をせず、かつ、予告手当も支払われずになされた解雇に対して
なされる付加金の支払い命令を規定する労基法 114 条が無意味となってしまうという批判があ
る。
※「尾婆伴(即時解雇)事件」大阪地裁決定平 1.10.25
小料理店を経営していた女性の死亡にともない、その母が権利義務関係を承継した後、廃業を
することとし右小料理店に勤務していた従業員を即時解雇したことにつき、女性の入院後及び死
亡後においても申請人(従業員)において本件店舗における営業を従来と変わりなくつづけてき
たのであるから、右の民法及び労働基準法の規定の定めるやむをえない事由があった場合にはあ
たらないものというべきであり、被申請人(女性の母)のした右民法の規定に基づく解雇の意思
表示は無効であるとした。
②有効説
労基法違反であるが、解雇は有効であるとする。しかし、有効であるとすると、労基法の禁
止規定のうち、この解雇予告又は予告手当の支払いを規定する 20 条だけが強行規定でないとい
う不自然な結果となってしまう。
③相対的無効説
使用者が即時解雇に固執しない限り、解雇後 30 日が経過した時点(又は予告手当が支払われ
た時点)で解雇の効力が発生するとする。判例・通達はこの説を採用しているが、学説は④選
択権説を採るものが多い。
山川 隆一教授は「この説にも、即時解雇への固執という基準が不明確であり、また解雇後に
労働者が労務を提供せずに 30 日経過すれば、その間の賃金も得られず解雇が有効になるという
問題点があるとされ、最近では選択権説が有力である。」と述べておられる(山川「雇用法」P264)。
西谷 敏教授も、相対的無効説の立場では「労働者は、使用者が『即時解雇に固執』したとい
う証明困難な場合にしか予告手当を請求しえないという不都合が生じる。」として、選択権説を
支持しておられる(西谷「労働法」P414)。
※「細谷服装事件」最高裁二小判決昭 35.3.11
使用者が労働基準法二〇条所定の予告期間をおかず、または予告手当の支払をしないで労働者
に解雇の通知をした場合、その通知は即時解雇としては効力を生じないが、使用者が即時解雇を
固執する趣旨でない限り、通知後同条所定の三〇日の期間を経過するか、または通知の後に同条
所定の予告手当の支払をしたときは、そのいずれかのときから解雇の効力を生ずるものと解すべ
きであって、本件解雇の通知は三〇日の期間経過と共に解雇の効力を生じたものとする原判決の
判断は正当である。
通達もほぼ上記判例「細谷服装事件」と同様な相対的無効説を採っており「法定の予告期間
を設けず、また法定の予告に代わる平均賃金を支払わないで行った即時解雇の通知は即時解雇
としては無効であるが、使用者が解雇する意思があり、かつその解雇が必ずしも即時解雇であ
ることを要件としていないと認められる場合には、その即時解雇の通知は法定の最短期間であ
る30日経過後において解雇する旨の予告として効力を有するものである。」としている(昭
346
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24.5.13 基収 1483 号)。
この相対的無効説を採る場合は、解雇後の30日間に労務提供を必要とするのか、などの面
倒な問題が発生する。
④選択権説
労働者は、解雇無効を主張することもできるし、解雇を承認(?)して予告手当を請求する
こともできるとし、どちらかを選択できるとする。
下井 隆史教授は、
「『選択権説』は解雇予告制度の趣旨を十分に生かそうとする巧妙な解釈論
であり、支持に値するであろう。」と評価しておられる(下井「労基法」P189)。
その他前述山川 隆一教授、西谷 敏教授のほか、菅野 和夫教授も選択権説の立場に立つ(菅
野「労働法」P446)。
この説では、労働者はいつまでに選択権を行使しなければならないのかが問題となる。
※「セキレイ事件」東京地裁判決平 4.1.21
「入社後まもなく社内や社外においてYの経営につき非難中傷をし、さらにYと無縁の暖炉や
ログハウスをYの見込み客に売り込み、また、顧客からの入金分の横領等の背任行為を行ったと
して解雇予告手当を支払うことなくXを即日解雇した事案につき
「Yに懲戒解雇権が発生しているとは認められず、したがって、Yの懲戒解雇の意思表示は無効
であり、これを通常解雇の意思表示と見るにしても、解雇予告手当の支払がない以上解雇の効力
は生じないことになるが、Yにおいて雇用関係を即時に終了させる旨の意思を有していたことは
明らかであるとともに、Xにおいても雇用関係の即時終了の効力が生じること自体は容認し、解
雇予告手当の支払を求めているものであるから、右意思表示によってXとYとの間の雇用関係は
即時に終了し、YはXに対し解雇予告手当を支払うべき義務が生じるものと解するのが相当であ
る。」と、解雇予告手当を支払うべきことを認めた。
2)即時解雇事由が存在する場合
客観的に解雇予告除外認定事由が存在する場合に、除外認定を受けずになされた解雇は手続き
違反であるが、解雇は有効と解される(下井「労基法」P189)。
厚労省の見解も、解雇予告除外認定の性質は解雇予告除外事由が存在するが否かを確認する行
為であるとしており、したがって「(解雇予告除外)認定は解雇の効力発生要件ではなく、認定申
請及び認定決定の有無にかかわらず、客観的に解雇予告除外事由が存在する場合は、予告手当の
支払なき即時解雇も有効に成立する」としている(厚労省「労基法コメ」上巻 P310)。ただし、
労基法違反として罰則の適用対象となることはいうまでもない。
(5)解雇予告の適用除外(労基法 21 条)
次のいずれかに該当する労働者については解雇予告の規定を適用しない(労働基準監督署長の
認定を必要とせず即時解雇が可能)
。
①日々雇い入れられる者(※)で引続き使用される期間が1か月以内のもの
②2か月以内の期間を定めて使用される者で所定の期間内のもの
③季節的業務に4か月以内の期間を定めて使用される者で所定の期間内のもの
④試みの使用期間中の者で引続き使用される期間が 14 日以内のもの
このような臨時的性質の労働者に対しては解雇予告制度を適用することが困難であるし、労働
347
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者も臨時的な就労と考えているので保護に欠けるところはないと考えられるからである。しかし
ながら、解雇予告義務を免れるため契約の形式のみをこのような形にして濫用するおそれもある
ので、これを防止する見地から「1か月以内のもの」、
「所定の期間内のもの」、
「14 日以内のもの」
というような制限を設けている。
※日々雇い入れられる者
「日々雇い入れられる者」とは、1日単位の契約期間で雇われその日の終了によって労働契約も
終了する契約形式の労働者をいうものである。形式的に日雇い契約の形をとっていても、明示又は
黙示に同一人を引き続き雇用している場合には、社会通念上継続した労働関係が成立していると認
められて解雇予告規定や年次有給休暇制度の適用があるのは当然である(昭 23.12.27 基収 4296 号)
。
(6)解雇理由の証明書交付
1)概
要
解雇された労働者が解雇理由について証明書を請求したときは、使用者は遅滞なく交付しなけ
ればならない。解雇を予告し退職前の労働者の場合も同様である。
(22 条 1 項・2 項)証明書の用
途は労働者に委ねられているが、解雇をめぐる紛争を迅速に解決するのに役立つこと、次の就職
に役立たせることなどが考えられる。
なお、労働者が解雇の事実のみについて証明書を請求したときは、解雇の理由を証明書に記載
してはならない、とされている(平 11.1.29 基発 45 号)。
この証明書の請求権の時効は、労基法 115 条により2年であり、同一の事項について何度でも
請求することができる(平 11.3.31 基発 169 号)。
2)解雇理由と記載内容との関係
職員を解雇した場合に、証明書に本当の理由を書くと本人を傷つけるとか何か事情があって真
実の理由を書かないことがある。その場合に、後で裁判となって争われるときに、証明書記載以
外の理由を追加できるかという問題がある。
解雇が普通解雇であれば、解雇は雇用契約の終了という一個の訴訟物であり民法 627 条に基づ
く一個の解約と解されるので、解雇当時使用者が認識していたか否かにかかわらず解雇当時に存
在していた理由を後から追加して解雇事由を争うことができる(注 1)
(安西「採用・退職」P893)
。
しかし、懲戒解雇の場合は、労働者の企業秩序権違反行為を理由として一種の秩序罰を課すも
のであるから、具体的懲戒の適否はその理由とされた事項に限定して判断されるべきものである。
したがって、後から「実はこうであった」と持ち出すことはできない(注 2)。この点については、
「第7章就業規則」(第7回(11 月)予定)の項で詳述する
注 1.「上田株式会社事件」東京地裁決定平 9.9.11
「確かに、使用者が労働者に対して普通解雇を行う際、解雇理由を明示することが望ましい。しかしなが
ら、使用者の行う普通解雇は、民法に規定する雇用契約の解約権の行使にほかならず、解雇理由には制限が
ない(但し、解雇権濫用の法理に服することはいうまでもない。)から、就業規則等に使用者が労働者に対し
て解雇理由を明示する旨を定めている場合を除き、解雇理由を明示しなかったとしても解雇の効力には何ら
の影響を及ぼさず、また、解雇当時に存在した事由であれば、使用者が当時認識していなかったとしても、
使用者は、右事由を解雇事由として主張することができると解すべきである。これを本件についてみるに、
債務者の就業規則には、解雇に際し、債務者が労働者に対して解雇理由を明示する旨の定めがなく、また、
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債務者の主張する債権者の勤務成績の不良は、本件解雇前の債権者の勤務状況を解雇理由とするものである
から、債務者が債権者の勤務成績の不良を本件解雇理由とすることは許されるというべきである。」
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4.変更解約告知
(1)変更解約告知とは
「変更解約告知」とは,解雇と労働条件の変更を結び付けたものであり,使用者が労働者に対し
て,労働契約の内容の変更ないし新契約の締結を求め,これに応じない場合には解雇する旨の意思
表示をなすことをいう。欧州では従前から議論の対象となり,ドイツでは法律で明文化されている
が、わが国では明文規定がなく,裁判所も通常の配転・解雇の判断枠組みの中で判断している。
経営不振等により労働契約の内容に重要な変更を行おうとする場合に、これを集団的に行うとき
は就業規則を労働者にとって不利益に変更することによって行われてきた。
労働者の同意を得られないにもかかわらず労働契約の内容に重要な変更を行おうとするときは、
次のような方法が考えられる(変更解約告知)
。
①
使用者が労働条件の変更を申入れ、労働者がこれを拒否した場合に解雇の意思表示をする場
合
②
使用者が解雇の意思表示をするとともに、従前のものと異なる労働条件での新契約の申込み
を行う場合
この変更解約告知も解雇の一種であるが、通常の解雇とは別個の正当性基準や手続きのもとで
承認しようとするのが変更解約告知の法理である。
日本の学説ではこの法理を承認すべきかについて意見が分かれており、裁判例では整理解雇の法
理を類推する方法で解決を図るものが多いが、最近は変更解約告知の法理を確立することに積極的
な裁判例もみられる(注 1、注 2)。
すなわち、「スカンジナビア航空事件」では、①再雇用契約の申入れの労働条件の変更が業務運
営にとって不可欠であり、②その必要性が労働者が受ける不利益を上回っていて、③解雇回避の努
力が十分に尽くされているときには、使用者は新契約締結に応じない労働者を解雇できる、として
いる(注 1)。
「日本ヒルトン事件」では、日々雇用する配膳人に対し、経営状況悪化等の事情から労働条件の
変更に同意しなければ日々雇用の契約を更新しないとする使用者の申入れに対し、労働者が従来の
条件による賃金等を請求する権利は留保しつつ新条件の下で就労すると答え、使用者が就労拒否し
た事案において、本件労働条件変更に合理的理由があるとして本件雇止めは有効であると認められ
る、とした(注 2)。
注 1.「スカンジナビア航空事件」東京地裁決定平 7.4.13
Y(会社)は、業績不振の経営再建策として、平成6年6月10日、地上職及びエア・ホステスの日本人従業
員全員に対して、早期退職募集と再雇用の提案を行った。同募集の応募期限である7月29日までに、115
名が早期退職に応じたが、Xらを含む25名は、従前の労働条件で雇い続けるよう労働組合を通じて回答した。
このため、Yは、労働組合との団体交渉を通じて、早期退職募集期限を延長し、さらに、早期退職者を募集
する一方で、早期退職に応じない25名に対して、9月30日をもって解雇する旨の解雇予告の意思表示をし、
自宅待機を命じたものである。
会社が、Xらに対し、職務、勤務場所、賃金及び労働時間等の労働条件の変更をともなう再雇用契約の締結
を申し入れたことは、会社業務の運営にとって必要不可欠であり、その必要性は右変更によってXらが受ける
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不利益を上回っているものということができるのであって、この変更解約告知のされた当時及びこれによる解
雇の効力が発生した当時の事情のもとにおいては、右再雇用の申入れをしなかったXらを解雇することはやむ
を得ないものであり、かつ、解雇を回避するための努力が十分に尽くされていたものと認めるのが相当である。
注 2.「日本ヒルトン事件」東京高裁判決平 14.11.26
その経営状況が悪化したことから、平成11年3月9日、各配膳会に登録しYホテルに就労する配膳人に対
して、従来賃金の支払対象とされていた食事・休憩時間を賃金の支払対象としないこと等を内容とする、労働
条件の引き下げを通知した。
95%の配膳人はこれに同意したが、Xらは、労働条件変更を争う権利を留保しつつYの示した労働条件の
元に就労することを承諾するとYに通知したところ、同年5月11日、YはXらを雇止めした。
XらとYの間の雇用関係の実態に則して判断すると、本件労働条件変更は、大幅な赤字を抱え、ホテル建物
の賃貸人から賃料不払を理由とする明渡請求を受けるという会社の危機的状況にあって、会社の経費削減の方
法として行われたもので、その労働条件変更の程度も、同様に不況にあえぐ他のホテルにおいても実施されて
いる程度のものであって、会社の危機的状況を乗り切るにはやむをえないものと認められ、したがって、本件
労働条件変更に合理的理由があるとして、本件雇止めは有効であると認められる。
(2)変更解約告知と就業規則の変更
わが国では、労働条件の集合的・統一的変更は、就業規則を変更することによって行うことが定
着している。判例においても、勤務形態の変更又は労働条件の引下げに応じることを拒否したため
解雇されその効力が争われた事案で、労働条件の変更は就業規則の変更によって行うべきであり、
変更解約告知という労働条件変更手段を認めることは労働者に厳しい選択を迫って不利な立場に
おくことになるゆえ妥当ではなく、整理解雇の効力に関する厳格な要件によって処理すべきである
とされている(「大阪労働安全センター(変更解約告知)事件」大阪地裁判決平 10.8.31、大阪高
裁判決平 11.9.1-注)。
注.「大阪労働衛生センター(変更解約告知)事件」大阪地裁判決平 10.8.31
週三日勤務の医局員に対し、週四日勤務の常勤従業員になるか、あるいはパートタイマーの労働
条件に応じるか、の選択を求めたケースにつき、わが国では変更解約告示という独立の類型を設け
ることは適当ではなく、解雇を必要とする経営上の必要性は何ら認められず、本件解雇の意思表示
は解雇権の濫用に当たり無効とされた。
なお、判決は、労働条件の変更は解雇を伴う変更解約告知ではなく就業規則の変更によってされ
るべきものである、と次のように述べている。
「ところで、講学上いわゆる変更解約告知といわれるものは、その実質は、新たな労働条件に
よる再雇用の申出をともなった雇用契約解約の意思表示であり、労働条件変更のために行われる
解雇であるが、労働条件変更については、就業規則の変更によってされるべきものであり、その
ような方式が定着しているといってよい。これとは別に、変更解約告知なるものを認めるとすれ
ば、使用者は新たな労働条件変更の手段を得ることになるが、一方、労働者は、新しい労働条件
に応じない限り、解雇を余儀なくされ、厳しい選択を迫られることになるのであって、しかも、
再雇用の申出が伴うということで解雇の要件が緩やかに判断されることになれば、解雇という手
段に相当性を必要とするとしても、労働者は非常に不利な立場に置かれることになる。してみれ
ば、ドイツ法と異なって明文のない我国においては、労働条件の変更ないし解雇に変更解約告知
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という独立の類型を設けることは相当でないというべきである。そして、本件解雇の意思表示が
使用者の経済的必要性を主とするものである以上、その実質は整理解雇にほかならないのである
から、整理解雇と同様の厳格な要件が必要であると解される。」
「関西金属工業事件」大阪高裁判判決平 19.5.17 では,裁判所は,変更解約告知という類型が認
められる場合があるとしながら,本件ではこれが整理解雇と同時になされたものであり,労働条件
の変更のみならず人員の削減を目的として行われ,一定の人員は再雇用しないことが予定されてい
る以上,整理解雇の場合と同様に,その変更解約告知にて再雇用されないことが予定された人員に
おいて人員整理の必要性が存在することが必要とされる、と厳格な判断をしている。
学説においては、菅野 和夫教授は、労働条件の変更は就業規則を合理的に変更することによっ
て行うべきであり、変更解約告知は、変更したい労働条件が個別労働契約で定められているなど就
業規則変更によっては対処できない場合にはじめて許容されうると、次のように述べておられる。
「わが国では、労働条件変更には、労働関係を継続した就業規則を合理的に変更するという、より
穏健な変更手段があるので、この手段によって対処できる場合には、変更解約告知の合理性は認めら
れない。変更解約告知は、変更したい労働条件が個別労働契約で定められているなど、就業規則変更
によっては対処できない場合にはじめて許容されうるものである。
」
(菅野「労働法」P466)
しかし、下井 隆史教授は、前述菅野説を「十分な妥当性があるといえそうである。
」としつつも、
変更解約告知は就業規則の変更のような使用者が一方的に行うものでなく、労働者との合意を経て
労働条件を変更しようとするものであるから、私的自治により相応した望ましいものである、とし
ている(下井「労基法」P177)。
⇒ わが国において変更解約告知は、現在のところ、就業規則変更によっては対処できない場合にはじめて許
容され得る、と考えるべきである。
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