住宅生産振興財団主催の璽璽ヨーロッパ住宅・街 並み視察団”が,随行講師 宮脇檀(宮脇檀建築 研究室代表)先生を含め21名で,10月12日から23 日までの12日間,ヨーロッパ三方国(イギリス・ イタリア・フランス)の住宅・街並みを精力的に 見てまわりましたが,参加者の一員としてその概 要を報告いたします。 住宅生産振興財団 事業部次長 浅野隆司 ∬B.4ハ石CE フランスの代表的建築物パリ大聖堂(ノートルダム寺院) 視察旅程表(概要) 讐i総蒸疑轍雛難囎ll蒸 リバプール ↓ 照影勲3璽購鋤耀 ベニス パリ市内 ↓ ・コンコルド広場 ボローニア ↓ サン・ジミニアーノ ランコーン ↓ ↓ シエナ ↓ ロンドン市内 穂撃撫鰯i繰i嚢灘 アツシジ ↓ ・凱旋門 ↓ ノシヤイヨー宮殿 ↓ ・エッフェル塔 ↓ ・アレキサンダーm橋 ↓ ・ルクセンブルク宮殿 ・ベッドフォードスクエア ↓ ↓ ・パーククレセント ペルージア ↓ ・ジョージパーク ・ハムステッドヒル ・イスリントン地区 ↓ ピサ ・ノートルダム寺院 ・ポンピドー広場 ↓ ・モンマルトルの丘 ↓ ↓ フィレンツェ ↓ ↓ ・オペラ座 ミラノ ・サクレ・クール寺院 ↓ ・ルーブル博物館 26 ︾φ 視察団メンバー (順不同・敬称略) 団長田中 桂三(クボタハウス㈱) 講師 宮三島 檀(宮脇檀建築研究室) で4 安田 友彦(積水化学工業痢 佐治 郁夫(積水ハウス渕 ENOL且NO懸盤嚢鶴夢?影トミンスタ棚橋よりながめた 森畑 勝( 〃 ) 7ム 中山 浩介( 〃 ) 早川 元康( 〃 ) 梅岡 莞( 〃 ) 小堤 兵吾( 〃 ) 吉田 幸夫(小堀住研㈱) ▼︵ 小林 裕明( 〃 ) :丹羽 諭(不二企業1椥) 小田井 肇㈱ 電 通) 亨6 森 時雄(殖産住宅相互㈱) 一法師 基(㈱木下工務店) 斎藤 錠司(旭化成工業㈱) ▼6 田中 安夫㈱ 創 芸) 樋之口靖博(住宅生産振興財団) ▼▲ 浅野 隆司( 〃 ) 梅本 新(㈱海外企剛 二瓶 正史(宮櫨建築研究室) 11ン1L】r 海より見たヴェニスのサンマルコ寺院と街並み ▼亀 ウ︵ 27 ランコーンニュータウンの視察 ランコーン・ニュータウン(ホールトン・プラウ地区)の街並み 赤レンガ造りの建物が多いランコーンの街並み 鍵盤. 車が駐車できる中庭。歩道がない道舗装面に明るい色 の小砕石 6m∼3m幅のクル・ド・サックにつなげた道路の屈曲が大きく 狭いためスピードが出せない 緑が多く住環境に溶けあった街並み 28 ENOL.4ND 炉﹁ 一9 へ (: 陶一「 戸 轍”嬢﹁ P’ 賦 駕 ﹁0 ﹁ .“ ,トト 塗・鐸 貯、騙 卜 b奪∼ ザ£卜b鵜襲繧謹憂﹂騨熊購難癖、韓一 宮 丁 噺 乏、5詩 黛幽螺渉 ρ瓢鍵畿 ,・壕義.・茎㍗湊一 <イギリス>1 X 』 。 艦 。 rこ ug ・砂〆艶饗勢礁 趨 て 蟹 鷲 “ 軋 ランコーンニュータウン内のホールトン・プラウ地区 ロγドン北方約320㎞にあるリバプール市の郊 このことは,写真にもあるように曲がりくねっ 外にラソコーンニュータウンがある。この地域は ていて歩道はつけられていない。道路がせまいた 人口15万人で1棟2戸の赤レンガ造りの建物(総 め車を道路に駐車させる気にはならないようにな 2階タイプがほとんど)が多く目につきます。 っている。またスピードが出せない。それでいて なかでもホールトン・プラウ地区は新しい街並 みの試み(1966年)がなされたことで有名です。 住環境に溶け合った街並みとなっている。 当地の開発公社の設計家たちは人閲尊重の観点 庭(典型的には17m×15m程度)があり,住宅群 から,6m∼3m幅の地区内道路をクル・ド・サ がこれらの中庭のまわりに配置されている。 ックにつなげ,一車線二方通行の道路としてデザ インしました。 29 クル・ド・サヅクは,車を駐車できる小さな中 E2VOL/1ND 〈イギリス>IIロンドンの高級アソて一トメントと戸建 ロンドン市内リーゼントパーク脇のア 寝ルバニィ・ストリートに面したアパート メントを視察。外壁は白く,ファサード がすばらしい宮殿を思わせるような建物 で,歴史と伝統のある国ならではの景観 です。このアパートメントは英国王置所 ・有の賃借権付で,入居するにも保証金, 修理費,管理費等厳しい条件を満たす階 層の人のみが使用出来,ロンドンのステ イタスシンボルとしての位置づけされた 超高級アパートメントといえます。 ロンドン市内北方にあるハムステッドヒルの戸建を視察。市内はアパートメントが多く, 戸建は少ない。外構植栽はアメリカの開放的な面がなく,レンガの塀,生垣等日本に似た 街並みとなっている。 30 、 1皿4Lγ 〈イタリア〉中世都市国家の街並み 今回のヨーロッパ住宅・街並み視察の大きな 熊1鷹∵∵㍗二 ポイントは講師宮脇先生の考えから,中世ルネ ッサンス時代に建てられた都市国家が現代にい たるまでそっくり残っている北イタリア,特に 鵜藁滞蕪⊥・・ ベニス,ボローニァ,サン・ジミニアーノ,シ エナ,アッシジ,ペルージア,ピサ,フィレン ツェ,ミラノの九都市を視察旅程の約号の日数 をかけ歴訪したことです。 イタリアは訪れてみてわかったのですが,古 くから小国家群からなりたち,侵略してくる外 敵から自らの国家を守るため小高い丘に教会を 建て,その前に広場を作り,それを中心に街が 出来,その周囲を城壁がとり囲むという街並み が特色です。 九都市の中から特に印象にのこったベニス, サン・ジミニァーノ,フィレンツェの街並みを 鵡鋼.瓢、 ’噛濠斜、悌f−やト’甜ウ愚㌔ み漁寵︷ 瓢櫨.灘鍵鷲 箋凄享誉籍 報告いたします。 捕測 ゐへゆボミい い・:㌦ @ ノ議1熱、呂 ,指。、 、≧Fゴ , 層r}偲く「 31 ベニス(ヴェネティア) 畿蝿鑓 ベニスの地図 凝鎌 鐘塔からながめたベニスの街並み 水の都ベニス,現在人口36万人。町の中央をS字 型の大運河が流れ,交通機関はゴンドラ,モーター ボートや水上バスだけで,町の中は一台の箪もない ・媛 欝 点にまず驚く。 ここは地盤が悪く,今でも少しつつ沈下している そうです。 5世紀ごろよりこの小島(潟)に松の杭を打ち, 鍵 地盤補強をして建物が建て始められ,田世紀からル ネッサンスにかけて東地中海貿易の重要な拠点とな って栄えました。 ベニスの有名な建築物はビザンチン建築のサンマ 為野鶏箋 7﹂ 賦躍 サンマルコ寺院とサンマルコ広場 ルコ寺院。中世の豊かな装飾や彫刻と大理石や美し いモザイクの内装によリ構成されたすぐれた教会で 「黄金の教会堂」と呼ばれています。ベニスの富と 建築技術のすばらしさに圧倒されます。 またこの広場は市民の憩いの場として,人間的ス 7、 ケール,建築物のまとまり,運河との対比といった 攣 点でもすばらしいものになっています。ベニスの街 並みは島という限られた土地の上に高密な都市国家 r馬 を築いたため,建築と敷地と運河を一体化し,レン ガ,大理石,オレンジ瓦の石の芸術といった建物 で,道路幅も2m∼3mぐらいしかない複雑な街並 みとなっている。 潟の上に作った町のため緑が少なくバルコニーに は花壇・鉢植がいたるところに見うけられました。 7へ 運河をいくゴンドラからみたべニ・スの街並み ア﹂ 32 1冗4Lr 羅 / 簸_ サン・ジミニアーノ ロ ノ”閥1【”脚 サン・ジミニアーノの地図 報彰舜 ∼ 撫_ 錨灘 ・ ∴Ψ∵懸・ 丘陵にあるサン・ジミニアーノの街並み 灘蝶鰻亀、^ 鞭 1灘 トスカナ地方を代衰するこの町は,中部イタリア に位置し,中世から近世にかけての時期にイタリア 経済の中心となり,ルネッサンス美術を生んだ文化 の中心地でもある。起伏する丘陵にオリーブの樹が 並び,中腹にはぶどう畑やむぎ畑,街は赤レンガの 家と城や塔が丘の上に寄添い,詩情あふれる街並み 羅 となっている。 海抜300mの丘陵の上に13本の塔が林立する「美 しい塔の街」中世の街がそっくり残っている街並み です。 町の城壁よりみた林立する塔 33 1z且Lr ︻ フィレンツェ フィレンツェはラテン語で「花の都」を意味しま す。街は紀元前数世紀に起源を発するといわれます が,真に繁栄したのは11∼15世紀にかけてである。 われわれが訪れてまず目をみはったのは,市の 中心にあるドゥオモと呼ばれる大聖堂(ゴシック教 会堂)です。市の建物は5階建で統制されています が,ドゥオモだけは空高くそびえており,ラテン十 監 字型のヴォリュームあるドームがルネッサンス時代 を象徴しています。 この町は15世紀の金融財閥メディチ家が政権の座 についてから,建築物,絵画,彫刻等に富を使い芸 術の都として花開き,ダ・ヴィンチやミケランジェ ロ等を生みだし,近世ヨーロッパに大きな影響を与 ミケランジェロの丘からみたフィレンツェの街並み えたといわれています。 中央にそびえるドゥオモ 街並みは石レンガ造りの建物が並び,町の広場に はミケランジェロのダビデ像が立ち,歴史と伝統を ,難磯, 、聾 肌で感じます。 市内にはポルティコと呼ばれるアーケードのある 独特の街路が目につきます。 L ドゥオモと洗礼堂 コぴ 熱撫 ゆ ・・響 献1凝 ﹂ ・繭い、.亀∴ 継、 市内の街並み。道幅がせまいので車は小型 ポルティコと呼ばれるアーケードのある衡並み 車が圧倒的に多い 34 F究∠4N(辺 〈フランス〉パリ市内の街並み 馳 ’ 聯 、馬韓罐、 、灘謹_ 籔覇謹藥遜一 漁驚欝 湿粥 赫 麹 盈 0 5 緯 チ D「 一・ ’鐵 欝繧謎購繋. いみ ゴナ に らが 藻、 、婆:」 ド 鴬傷 輝、 磯碓鞠 蟻難 副艶客一 灘 媛 拶 岬篭鱒‘鵬 轡懸譲 耀撃 ・ マ リダ ぶ .臨藩糞盆畳 一、・盤簸 誘 c下 蜒求 A” 舗’ Q.鋸〃,望・ 青ハ・捧堺 蔓 拝 サ ル.引 ワ騎 饗驚翻 , ,9 続一 r7 廟 、遊磯目 葬「 り ・・’詩興七 、壕 .卿 ダ , 纏’ 罪難語’㌧一、.墾、 r 惚 。 瀞㌃ 甑嚇、}.A論、く 武 諾3 ZF「 エッフェル塔よりみたパリ市内の街並み。道路が放射状に伸びているのがわかる 現在のパリの街並みの基礎は1850年∼1870年 ㌔帆卸・β臥、㌘≧,:犠・, までの間に支配したナポレオン三世が今までむ さ苦しく密集した不衛生な中世都市であったパ .囎鹸・「=ゴサ∵ リを,広く明るい大通りが通り,豊かに木の茂 る公園,広場,市場をもち,豪壮な公共建築の 並ぶ近代的首都に変貌させ,パリが世界有数の 美しい都会となりました。また,フランスはゴ シックを生み,イタリアルネッサンスの影響を 受け,バロックの庭園,宮殿の華を開かせ,常 にヨーロッパ文化の中心としてパリには各様式 の傑作が生まれました。 写真でパリ市内の街並みを紹介します。 広い明るい大通り。通りの正面には必ず何かのモニュメントが ある(凱旋門) 35 4 大通りの正面にはオペラ座がある ^幽ワ.∬ ら;階ド 叢 }脚濤’ ’撚縦・ 憾 ∼ピ @細農 @ @ V ルーブル博物館の建物(旧宮殿) ⊆。だ,,一 ∬ ㍉ ・ .b 香 螺 嘉蹴 熱,. モンマルトルにあるしゃれた階段 ヴォージュ広場。四方を古い建物で囲まれた街並み 36 」FB.4/VOE 鰍無 凋』 ウ 鰍瞬 夢 議 蟻i 弼4砲彫も》伽し篇 b幽幽幽幽・{撫__・ リュクサンブール宮殿の庭園。非常に手入がゆきとどいている ._罵慧獄誌 、蒙騰綴 掛:㌦評、 リュクサンブール宮殿 . モンマ 艫gルにあるユトリロの街並み シャンゼリゼ通りの並木 37
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