多重比較について (その3−1:閉検定手順の理論) - So-net

多重比較について
(その3−1:閉検定手順の理論)
土居正明
Q. 多重比較の各手法についてはある程度分かりました。でも、検定をたくさん繰り返してしまうので、FWE を制御する
ために棄却限界が大変大きくなり、検出力がものすごく小さくなってしまうような気がします。今までの手法よりも検出力
を高める方法はないのでしょうか?
1 閉検定手順の意義・準備
今まで見てきました手法では、FWE を α 以下に抑えようとする場合、検定の回数が増えれば増えるほど検定 1 回あたり
の有意水準が小さくなります*1 。つまり、棄却限界が大きくなって棄却されにくくなります*2 。これは「差があるのに検出
されにくい」つまり検出力が低下することを意味します。これは多かれ少なかれ仕方のないことではあります。
しかし、そのようなことを少しでも起こりにくくしたい、ということで生み出された方法が 閉検定手順 です。簡単に言
いますと、この手法は「1回あたり有意水準 5 %で検定してもよいです。そのかわり、1つの(めぼしい)対立仮説を採択
するために、複数の帰無仮説を否定してください」ということを要求してきます。つまり、「1回あたりの有意水準が大き
い検定を繰り返して FWE が増加するのを、1つの対立仮説を採択するために棄却しなければいけない帰無仮説を複数持っ
てくることでトレードオフしている」ということです。
なお、閉検定手順というのは、Tukey-Kramer や Dunnett のような「検定の名前」ではなくて、
「ある手順に従った手法全体」
を指しています。
1.1 仮説の集合
というわけで、閉検定手順は多重比較において「1つの対立仮説を採択するために複数の帰無仮説を棄却しないといけな
い」代わりに「1つ1つの検定の有意水準を5%にしてもよい」とする手法です*3 。
そこで、試験全体としての帰無仮説の集合を考えていきます。ここで、帰無仮説の記号について、いくつか約束を決めて
おきます。例えば
Hij : µi = µj
Hijk : µi = µj = µk
Hijkl : µi = µj = µk = µl
Hij,kl : µi = µj かつ µk = µl
のように添え字で「第何群と第何群の平均値が等しい」という状況を表します。そして、仮説の集合を例えば
F = {H12 , H23 , H123 }
*1
Bonferroni の方法が分かりやすい例です。
*2
分布や仮説によっては棄却限界が小さくなって「棄却されにくくなる」こともあります( ex. 正規分布の下側棄却限界など)。が、いちいちそう書
くのは面倒ですので「棄却限界が大きい」=「棄却されにくい」という意味で用います。厳密な言葉遣いをしたい方は適宜読み替えてください。
*3 一般に有意水準は F W E ≤ α としたいときに、各検定の有意水準を α としてもよい、という方法です。
1
のようにおきます。また、両側検定の対立仮説は右肩に A をつけてたとえば
A
Hij
: µi 6= µj
A
Hijk
: µi = µj = µk ではない
A
Hijkl
: µi = µj = µk = µl ではない
A
Hij,kl
: µi 6= µj または µk 6= µl
などと表すことにします。
1.2 仮説の包含関係
たとえば、
H123 : µ1 = µ2 = µ3
H12 : µ1 = µ2
の2つの帰無仮説があるときに、H123 は H12 の特殊な状況です*4 。これを言い換えると、H123 は H12 に含まれている と
言えます。これを記号で
H123 ⊂ H12
と書きます*5 *6 。なお、H123 ⊂ H123 のように、自分自身に対してもこの記号を用いてもよいこととします。
1.3 演算 ∩ と「閉じている」ということ
では次に、複数の帰無仮説に対する演算 ∩ というものを定義しましょう。意味は「A かつ B」の「かつ」です。「共通部
分」とも言います。
つまりたとえば、
H12 ∩ H23
で何を表すかと言いますと、
H12 : µ1 = µ2
H23 : µ2 = µ3
の2つの仮説の「かつ」、つまり「µ1 = µ2 かつ µ2 = µ3 」すなわち「µ1 = µ2 = µ3 」です。これを
H12 ∩ H23 : µ1 = µ2 = µ3
のように書きます。これは結局 H123 : µ1 = µ2 = µ3 を示すことになりますので、
H12 ∩ H23 = H123
という風に書きます*7 。
そして、この 演算 ∩ に関して、F が閉じている ということが閉検定手順を使うために絶対的に必要になります*8 ので、
この点はしっかりと押さえておいてください。なお、閉検定手順で FWE が制御されていることの証明は補足に回しまし
*4
*5
*6
*7
*8
H12 と H123 では、H12 は「µ3 については自由」ですが、H123 は「µ3 も µ1 , µ2 と同じでないといけない」となっており、H12 の方が一般的
な状況であり、そのうちの一部が H123 ということになります。
この記号は他書で使われているかどうか確認せずに勝手に使っています。汎用なものかどうかは自信がありません。
⊂ を見たときに「どっちがどっちに含まれるんだっけ?」と思われる方がいらっしゃるかと思いますが、これは「集合と集合の間の不等号」である
ことを理解していただくと簡単です。
記号だけで見ると、添え字の {12} と {23} を全て並べて、重複している 2 を 1 回だけ書くことにした、という風に考えられます。しかし、慣れる
まではきちんと仮説を書いて「
『かつ』だから・・・」と考える習慣をつけておいた方がよいでしょう。
閉検定手順は、
「∩ で閉じている帰無仮説の集合」に対して FWE を制御することを保証するものです。∩ で閉じていない帰無仮説の集合に対して
は FWE が制御されている保証はありません。
2
た。
「定義:∩ に関して閉じている」
帰無仮説の集合 F が 演算 ∩ に関して閉じている とは、∀H, ∀H 0 ∈ F に対して、H ∩ H 0 ∈ F のときにいう*9 。
定義だけでは分かりにくいですので、いくつか具体例を見ていきましょう。
1.3.1 具体例1
最初の具体的として、先に見ました
F = {H12 , H23 , H123 }
が ∩ に関して閉じているかどうかを確認しましょう。F の全ての元の組み合わせに対して、∩ を考えてやればよいので、
H12 ∩ H23 = H123 ∈ F
H12 ∩ H123 = H123 ∈ F
H23 ∩ H123 = H123 ∈ F
という風に、どの2つを取り出しても結果は H123 となります*10 。したがって、F は ∩ に関して閉じている、ということ
になります。
1.3.2 具体例2
では次の具体例です。4群で、第1群を対照とする対照との比較に興味があるとします。つまり、興味のある帰無仮説全
体は
F = {H12 , H13 , H14 }
とします。このとき、この F が ∩ に関して閉じているかどうかを確認してみましょう。
H12 ∩ H13 = H123 6∈ F
H12 ∩ H14 = H124 ∈
6 F
H13 ∩ H14 = H134 ∈
6 F
となり、どの2つの組み合わせも、F に入っていません。これでは閉検定手順が使えません。ではあきらめて Dunnett の
方法を使うしかないのでしょうか? ところがそうではありません。現実には普通に我々が興味ある仮説を並べた時に、そ
れが閉じていないことも多いのです。
ではどうしたらよいかと言いますと、今出てきた 新しい帰無仮説 H123 , H124 , H134 を F に追加してやればよい のです。
同じ F を使うのは嫌ですので、新しい集合を
F 0 = {H12 , H13 , H14 , H123 , H124 , H134 }
|
{z
}
追加分
つまり「F から2つの仮説 H, H 0 を取り出して H ∩ H 0 を考えると、これが常に F に入っている」ということです。
先にも述べましたように、慣れるまでは「H12 ∩ H13 は µ1 = µ2 = µ3 だから・・・」のように1つ1つ考える習慣をつけましょう。たとえば、
「今回の演算 ∩ において、対称性 (A ∩ B = B ∩ A) は明らかなので H23 ∩ H12 などをもう一度確認する必要はありません。
」という文章がすぐに
納得できない方は、きちんと1つ1つ考えてください。
*9
*10
3
とします。さてこれで F 0 は閉じているのでしょうか? 残念ながらまだこれでも閉じていないのです。全ての2つの元に対
して演算 ∩ を考えてみますと、
H12 ∩ H13
H12 ∩ H14
H12 ∩ H123
H12 ∩ H124
H12 ∩ H134
H13 ∩ H14
H13 ∩ H123
H13 ∩ H124
H13 ∩ H134
H14 ∩ H123
H14 ∩ H124
H14 ∩ H134
H123 ∩ H124
H123 ∩ H134
H124 ∩ H134
=
=
=
=
=
=
=
=
=
=
=
=
=
=
=
H123
H124
H123
H124
H1234
H134
H123
H1234
H134
H1234
H124
H134
H1234
H1234
H1234
∈ F0
∈ F0
∈ F0
∈ F0
6∈ F 0
∈ F0
∈ F0
6∈ F 0
∈ F0
6∈ F 0
∈ F0
∈ F0
6∈ F 0
6∈ F 0
6∈ F 0
となり、新しく H1234 : µ1 = µ2 = µ3 = µ4 が出てきました。仕方がないですので、さらにこれを付け加えましょう。
Fe = {H12 , H13 , H14 , H123 , H124 , H134 , H1234 }
| {z }
追加分
e に関しては閉検定手順を用いることができる ようになり
とすると、今度は ∩ に関して閉じています*11 。したがって、F
ます。
1.3.3 具体例3
最後に4群の対比較を見てみましょう。興味のある帰無仮説全体は F = {H12 , H13 , H14 , H23 , H24 , H34 } です。この F
が ∩ に関して閉じているかどうかを確認します。
H12 ∩ H13 = H123 6∈ F
H12 ∩ H24 = H124 6∈ F
H13 ∩ H23 = H123 6∈ F
H14 ∩ H23 = H14,23 6∈ F
H23 ∩ H24 = H234 6∈ F
*11
H12 ∩ H14 = H124 6∈ F
H12 ∩ H34 = H12,34 6∈ F
H13 ∩ H24 = H13,24 6∈ F
H14 ∩ H24 = H124 6∈ F
H23 ∩ H34 = H234 6∈ F
H12 ∩ H23
H13 ∩ H14
H13 ∩ H34
H14 ∩ H34
H24 ∩ H34
= H123
= H134
= H134
= H134
= H234
6∈ F
6 F
∈
6∈ F
6∈ F
6∈ F
A ⊂ B のとき A ∩ B = B という関係が成り立つことと、H1234 は F 0 の全ての元を部分集合として含むことを考えれば明らかです。分からない
方は、再度2つずつの仮説の ∩ を計算してみて下さい。
4
より、F は ∩ に関して閉じていません。そこで、新しく出てきた H123 , H124 , H134 , H234 , H12,34 , H13,24 , H14,23 を付けく
わえて F 0 = {H12 , H13 , H14 , H23 , H24 , H34 , H123 , H124 , H134 , H234 , H12,34 , H13,24 , H14,23 } とします。今度は
|
{z
}
追加分
H12 ∩ H13 = H123 ∈ F 0
H12 ∩ H24 = H124 ∈ F 0
H12 ∩ H124 = H124 ∈ F 0
H12 ∩ H12,34 = H12,34 ∈ F 0
H13 ∩ H14 = H134 ∈ F 0
H13 ∩ H34 = H134 ∈ F 0
H13 ∩ H134 = H134 ∈ F 0
H13 ∩ H13,24 = H13,24 ∈ F 0
H14 ∩ H24 = H124 ∈ F 0
H14 ∩ H124 = H124 ∈ F 0
H14 ∩ H12,34 = H1234 6∈ F 0
H23 ∩ H24 = H234 ∈ F 0
H23 ∩ H124 = H1234 6∈ F 0
H23 ∩ H12,34 = H1234 6∈ F 0
H24 ∩ H34 = H234 ∈ F 0
H24 ∩ H134 = H1234 6∈ F 0
H24 ∩ H13,24 = H13,24 ∈ F 0
H34 ∩ H124 = H1234 6∈ F 0
H34 ∩ H12,34 = H12,34 ∈ F 0
H123 ∩ H124 = H1234 6∈ F 0
H123 ∩ H12,34 = H1234 6∈ F 0
H124 ∩ H134 = H1234 6∈ F 0
H124 ∩ H13,24 = H1234 6∈ F 0
H134 ∩ H12,34 = H1234 6∈ F 0
H234 ∩ H12,34 = H1234 6∈ F 0
H12,34 ∩ H13,24 = H1234 6∈ F 0
H12 ∩ H14 = H124 ∈ F 0
H12 ∩ H34 = H12,34 ∈ F 0
H12 ∩ H134 = H1234 6∈ F 0
H12 ∩ H13,24 = H1234 6∈ F 0
H13 ∩ H23 = H123 ∈ F 0
H13 ∩ H123 = H123 ∈ F 0
H13 ∩ H234 = H1234 6∈ F 0
H13 ∩ H14,23 = H1234 6∈ F 0
H14 ∩ H34 = H134 ∈ F 0
H14 ∩ H134 = H134 ∈ F 0
H14 ∩ H13,24 = H1234 6∈ F 0
H23 ∩ H34 = H234 ∈ F 0
H23 ∩ H134 = H1234 6∈ F 0
H23 ∩ H13,24 = H1234 6∈ F 0
H24 ∩ H123 = H1234 6∈ F 0
H24 ∩ H234 = H234 ∈ F 0
H24 ∩ H14,23 = H1234 6∈ F 0
H34 ∩ H134 = H134 ∈ F 0
H34 ∩ H13,24 = H1234 6∈ F 0
H123 ∩ H134 = H1234 6∈ F 0
H123 ∩ H13,24 = H1234 6∈ F 0
H124 ∩ H234 = H1234 6∈ F 0
H124 ∩ H14,23 = H1234 6∈ F 0
H134 ∩ H13,24 = H1234 6∈ F 0
H234 ∩ H13,24 = H1234 6∈ F 0
H12,34 ∩ H14,23 = H1234 6∈ F 0
H12 ∩ H23 = H123 ∈ F 0
H12 ∩ H123 = H123 ∈ F 0
H12 ∩ H234 = H1234 6∈ F 0
H12 ∩ H14,23 = H1234 6∈ F 0
H13 ∩ H24 = H13,24 ∈ F 0
H13 ∩ H124 = H1234 6∈ F 0
H13 ∩ H12,34 = H1234 6∈ F 0
H14 ∩ H23 = H14,23 ∈ F 0
H14 ∩ H123 = H1234 6∈ F 0
H14 ∩ H234 = H1234 6∈ F 0
H14 ∩ H14,23 = H14,23 ∈ F 0
H23 ∩ H123 = H123 ∈ F 0
H23 ∩ H234 = H234 ∈ F 0
H23 ∩ H14,23 = H14,23 ∈ F 0
H24 ∩ H124 = H124 ∈ F 0
H24 ∩ H12,34 = H1234 6∈ F 0
H34 ∩ H123 = H1234 6∈ F 0
H34 ∩ H234 = H234 ∈ F 0
H34 ∩ H14,23 = H1234 6∈ F 0
H123 ∩ H234 = H1234 6∈ F 0
H123 ∩ H14,23 = H1234 6∈ F 0
H124 ∩ H12,34 = H1234 6∈ F 0
H134 ∩ H234 = H1234 6∈ F 0
H134 ∩ H14,23 = H1234 6∈ F 0
H234 ∩ H14,23 = H1234 6∈ F 0
H13,24 ∩ H14,23 = H1234 6∈ F 0
となります。F 0 に含まれないのは H1234 だけであり、H1234 はそれ以外の全ての仮説に含まれるので、F にこれ付け加え
たものは ∩ に関して閉じています。したがって
Fe = {H12 , H13 , H14 , H23 , H24 , H34 , H123 , H124 , H134 , H234 , H12,34 , H13,24 , H14,23 , H1234 }
| {z }
追加分
e には閉検定手順が使えます。
は、∩ に関して閉じていることになります。したがって、この F
興味のある帰無仮説の集合が ∩ に関して閉じていないとき に重要な点は、このように最初に「本当に棄却したい帰無仮
説」を並べておいて、それから ∩ で閉じるように帰無仮説の集合を拡張していってやることです。このような準備を整え
て、ようやく閉検定手順が使えるようになります。
1.3.4 閉包 (closure)
上の具体例のように「F が ∩ で閉じていない場合は仮説同士の ∩ をどんどんつけ加えていって、閉じるようにしてやっ
e のことを、F の閉包 (closure) と呼びます*12 *13 。
た」集合 F
2 閉検定手順の理論
ようやく準備が整いましたので、閉検定手順の理論についてご説明します。∩ に関して閉じている仮説の集合として、先
に具体例2として作りました
Fe = {H12 , H13 , H14 , H123 , H124 , H134 , H1234 }
*12
F の閉包の厳密な定義は、「F の要素をすべて含み、かつ ∩ で閉じたものの中で最小のもの」です。
*13
この言葉は数学では大変よく使われる言葉です。多重比較で使われているのかどうか不安でしたが、 MCP2009 に参加したときに発表者の1人の
方が使われていたので、私も使うことにしました。
5
を考えましょう。まずは仮説を階層化させます。
H123 : µ1 = µ2 = µ3
H12 : µ1 = µ2
H1234 : µ1 = µ2 = µ3 = µ4
H124 : µ1 = µ2 = µ4
H13 : µ1 = µ3
H134 : µ1 = µ3 = µ4
H14 : µ1 = µ4
そして、これに親子関係を考えます。つまり、H12 : µ1 = µ2 を棄却したいのであれば、µ1 = µ2 に含まれる帰
無仮説を全て「H12 の親(2代以上上の世代を含めて『祖先』と呼ぶこととします)」と考えるのです*14 *15 。そして
H12 が棄却できるのは、H12 の祖先全てと H12 自身が棄却されたときのみ とするのです。今回の状況では、H12 を棄却す
るためには、H12 の祖先である H123 , H124 , H1234 の全てを棄却しなければならない、ということです。その代わりに全て
の検定を有意水準 0.05 にしてよくなるのです。これが閉検定手順です。まとめると以下の通りとなります。
「手順:閉検定手順」
興味のある仮説集合 F に含まれる全ての仮説を検定し、FWE を α 以下に保ちたいとき、
(i) F を含む閉じた仮説集合 Fe を作る*16 。
(ii) Fe の中で、棄却したい帰無仮説 Hij を一つ選び、その祖先を全て*17 選ぶ。
(iii) Hij の祖先を全て有意水準 α で検定する*18 。なお、このとき 検定の手法は何でもよい。
(iv) Hij の祖先か自分自身のうち、1つでも棄却できない仮説が残れば、Hij は棄却されず終了。
全て棄却されたときのみ、Hij を有意水準 α で検定できる。
とすればよい。
これが閉検定手順のやり方です。補足が必要なのは (iii) でしょうか。1点目は、それぞれの仮説を棄却しようとするとき
に「検定の手段は何でもよい」ということです。つまり、「閉検定手順」とは「検定の手法」というよりは、「検定が必要な
仮説の列挙」と「それぞれの検定の有意水準の指定」であり、「このようなやり方で行う検定全体」と考える方が妥当かと
思われます*19 。2点目は、毎回毎回 α = 0.05 でたくさん検定をしても、実は FWE は 0.05 に保たれる、ということです。
これは、本当に示したい仮説だけではなくて、∩ で閉じるように色々と仮説を継ぎ足してやり、
「本当に棄却したい帰無仮説
を1つ棄却するのに、たくさんの帰無仮説を棄却する」ことによってトレードオフが行われているからです。このことの証
明は補足に回します。
³ ´
e
全く同じことについて、別の表現を考えてみます。今度は「祖先」の代わりにその逆を「子孫」と呼びます。先の例 F
では H1234 の子孫はその他全ての帰無仮説であり、H123 の子孫は H12 と H13 です。
「手順(別の表現):閉検定手順」
興味のある仮説集合 F に含まれる全ての仮説を検定し、FWE を α 以下に保ちたいとき、
(i) F を含む閉じた仮説集合 Fe を作る*20 。
(ii) Fe の中で、「最も祖先」となっている仮説を有意水準 α で検定する。
(iii) (ii) で棄却できなければ、その子孫全ては棄却できなくなり、その子孫全てについて帰無仮説は棄却されない。
(iv) 同じ世代の全ての検定が終わると、1つ下の世代に移る。「すでに棄却できないことが決まっている仮説」は
検定しないものとする。
(iv) Hij の祖先を全て棄却して Hij にたどりついたときに限り、Hij の検定を有意水準 α で行う。
とすればよい。
*14
*15
*16
*17
*18
*19
*20
この「親」
「祖先」などの表現は、著者が勝手に呼んでいる名前ですので一般性はありません。もっと一般的な名前をご存知でしたら教えて下さい。
たとえば H12 ∩ H13 = H123 という関係から「H12 , H13 は H123 の子孫」
「H123 は H12 , H13 の祖先」であることが分かります。
つまり F の閉包を作る、ということです。
「Hij に含まれる仮説全て」と言っても同じことです。
たとえば FWE を 0.05 以下に抑えたければ、ここで毎回の検定を α = 0.05 として行えばよい、ということです
閉検定手順を用いた検定方法としては、たとえば「Dunnett の逐次棄却型検定」
、
「Williams の方法」など、検定方法まできちんと指定されたもの
がありますが、そのご説明は「3−2」の資料に回します。
つまり F の閉包を作る、ということです。
6
具体的にこの手法をどのように用いるのか、については「その3−2:閉検定手順の各手法」でご説明します。
3 補足:閉検定手順で、FWE が保たれていることの証明
では最後に、閉検定手順で FWE が保たれていることの証明をしましょう。
3.1 定理の主張
「定理:閉検定手順」
Fe を ∩ に関して閉じた仮説集合とする。Fe に対して閉検定手順を用い、各検定を有意水準 α で行った場合、あらゆる真の
状況に対してFWE は α 以下になる。
3.2 準備
3.2.1 記号
以下、たとえば、「H123 と H12 を両方棄却する」ことを
A
A
H12
∧ H123
と書くことにします。「複数の検定を繰り返す」という意味があり ∩ とは異なります のでご注意ください。
なお、このとき
A
A
A
P (H12
∧ H123
) ≤ P (H12
)
かつ
A
A
A
P (H12
∧ H123
) ≤ P (H123
)
(1)
が成り立ちます。
3.2.2 証明内での使い方
これは、証明の中では以下のように用います。H1 ⊂ H2 のとき、閉検定手順から H2 を棄却するためには、必ず H1 を棄
却しなければなりません。つまり、H1A を採択するには、最低でも H1A ∧ H2A とならなければなりません。
ここで (1) から P (H1A ∧ H2A ) ≤ P (H1A ) となります。つまり、「ある仮説が棄却される確率は、その祖先が棄却される確
率で抑えられる」ということです。この性質が、証明の本質部分となります。
3.3 具体例
一般的な証明にいきなり入るのは大変なので、まずは具体例で見ていきましょう。具体例とパラレルに定理の証明をしま
すので、具体例はしっかりと理解してください。
まず FWE についての整理ですが、たとえば4群のなかで第1群を対照とした対照との比較を考えますと、本当に知りた
い仮説
F = {H12 , H13 , H14 }
に対して、∩ で閉じた仮説
Fe = {H12 , H13 , H14 , H123 , H124 , H134 , H1234 }
e について閉検定手順を考えます。ここでは、2通りの真の状況について考えてみます。
を考えてやり、この F
3.3.1 具体例1:真の状況が µ1 = µ2 6= µ3 6= µ4 , µ2 6= µ4 のとき
ここで 真の状況が µ1 = µ2 6= µ3 6= µ4 , µ2 6= µ4 としましょう。FWE に関係あるのは「正しい帰無仮説を棄却する」と
e の中で正しい帰無仮説
き なので、今興味あるのは F
H12
7
A
が そ の 全 て の 祖 先 と と も に棄 却 さ れ た と き 、つ ま り 対立仮説 H12
が採択されたときだけ で す*21 。H12 の 祖 先 は
H123 , H124 , H1234 の3つなので、これに当の H12 を加えた4つの仮説が棄却されたときに初めて H12 が棄却されます。
これよりこのときの FWE は
¯
¡ A
¢
A
A
A
¯ µ1 = µ2 6= µ3 6= µ4 , µ2 6= µ4
F W E = P H12
∧ H123
∧ H124
∧ H1234
¡ A
¢
≤ P H12
| µ1 = µ2 6= µ3 6= µ4 , µ2 6= µ4 = α
(∵ (1))
となります。
従って、真の状況が µ1 = µ2 6= µ3 6= µ4 , µ2 6= µ4 のとき FWE は α 以下 に保たれています。
3.3.2 具体例2:真の状況が µ1 = µ2 = µ3 6= µ4 のとき
e の中で正しい帰無仮説は H12 , H13 , H123 の3つです。した
では次に真の状況が µ1 = µ2 = µ3 6= µ4 です。このときに F
がって、この3つだけが FWE に関係してきます。これら3つのうち、「どれか一つでも棄却される」ときに FWE が発生
してきますので、それぞれの祖先とともに考えてやると、
FWE =
¡© A
ª © A
ª © A
ª ¯
¢
A
A
A
A
A
A
A
¯ µ1 = µ2 = µ3 6= µ4
P H12
∧ H123
∧ H124
∧ H1234
∪ H13 ∧ H123
∧ H134
∧ H1234
∪ H123 ∧ H1234
(2)
となります。
ここでポイントとなるのは、
正しい帰無仮説である H12 , H13 , H123 全部の共通部分(=全ての正しい帰無仮説の共通の祖先)
e = H12 ∩ H13 ∩ H123
H
(= H123 )
e は ∩ に関して閉じていますので、H
e ∈ Fe です。従って、H
e の検定は有意水準 α で行
を考えることです*22 。このとき、F
e も正しい」ことが分かります。そのため、
われます。さらに、今「正しい帰無仮説全体の共通部分」をとっていますので「H
この仮説が誤って棄却される確率は α となります。これらをまとめますと、
³
´
¯
e A ¯ µ1 = µ2 = µ3 6= µ4 = α
P H
d
A d
A [
A
です*23 。次に、
H12 , H13 , H123 をそれぞれ棄却するために採択される必要がある対立仮説全体にそれぞれ H
12 , H13 , H123
という名前をつけます。このとき (2) と「準備」より、
A
A
A
A
d
A
H
12 = H12 ∧ H123 ∧ H124 ∧ H1234
A
A
A
A
d
A
H
13 = H13 ∧ H123 ∧ H134 ∧ H1234
[
A = HA ∧ HA
H
123
123
1234
e
という風におけます。重要なのは、
H(=
H123 ) は全ての正しい帰無仮説 H12 , H13 , H123 に対して、祖先であるか一致するかの
どちらか ということです。これより、(2) を変形しますと
FWE
¡© A
ª © A
ª © A
ª ¯
¢
A
A
A
A
A
A
A
¯ µ1 = µ2 = µ3 6= µ4 , µ2 6= µ4
= P H12
∧ H123
∧ H124
∧ H1234
∪ H13 ∧ H123
∧ H134
∧ H1234
∪ H123 ∧ H1234
¯
³
´
d
d
[
A ∪H
A ∪H
A ¯ µ = µ = µ 6= µ
=P H
¯
1
2
3
4
12
13
123
³
´
¯
eA ∪ H
eA ∪ H
e A ¯ µ1 = µ2 = µ3 6= µ4
≤P H
³
´
¯
e A ¯ µ1 = µ2 = µ3 6= µ4 = α
=P H
*21
³
³
e は H12 , H13 , H123 と一致するか祖先かのどちらか
∵H
eA ∪ H
eA = H
eA
∵H
´
´
A |µ = µ ) = α と書くことができます。P (H A | H ) = α でも同じ意味です。
なお、有意水準 α の検定ということは P (H12
1
2
12
12
*22
e に入っている(そしてその「共通部分」を有意水準 α で検定する)、というの
この「正しい対立仮説全体の共通部分」
(今の例なら H123 )が常に F
が FWE の制御にクリティカルに効いてきます。この事実が欲しいためにわざわざ「∩ で閉じている」ということを要請しているのです。
*23
e として「正しい帰無仮説 の共通部分」を考えることが重要です。これは「3−2」で(補足に?)書く予定ですが、
H
「正しいとは言えない帰無仮説
の共通部分を考えても意味がない」
、というのは「Fisher LSD 法が4群以上では一般に FWE が制御できない」ということに顕著に現れてきます。
8
となり、真の状況が µ1 = µ2 = µ3 6= µ4 のとき FWE が α 以下 に抑えられました。
3.3.3 具体例のまとめ
上の具体例での考え方をまとめます。重要なポイントは
e を作る。H
e は正しく、H
e ∈ Fe であり、H
e の検定の有意水準は α である。
(i) 正しい帰無仮説全体の共通部分H
d
A を考える。
(ii) 各 正しい帰無仮説 H を棄却するときに、採択されることが必要な対立仮説全体H
ij
ij
e ⊂ Hij (H
e は祖先か一致するか)であるため、P (H A ) ≤ P (H
e A ) である。
(iii) 全ての正しい帰無仮説 Hij に対して、H
ij
ということです。これらを使えば、一般の場合でも証明が可能になります。
3.4 一般の証明
では一般の証明に入りましょう。分かりにくい方は上の具体例をもう一度読み直してください。
「証明:閉検定手順」
∩ で閉じた帰無仮説の集まり Fe を
Fe = {H1 , · · · , Hn }
e の中で仮説をうまく並べてやって 正しい帰無仮説が H1 , · · · , Hk で
とし、真の状況を「T rue」で表すとします。なお、F
あり、正しくない帰無仮説が(存在するなら)Hk+1 , · · · , Hn とします*24 。
さて、ここで「正しい帰無仮説すべての共通部分」=「正しい帰無仮説全ての共通の祖先」について考えます。正しい帰
e と書くと、Fe が ∩ に関して閉じていることから
無仮説が H1 , · · · , Hk であることから、その共通部分を H
e=
H
k
\
Hi ∈ Fe
i=1
e もまた正しい帰無仮説 であり、Fe に入っています。
e は「すべての 正しい 帰無仮説の共通部分」ですので、H
です。この H
そして、正しい帰無仮説 有意水準 α で検定されます ので、
³
´
¯
e A ¯ T rue = α
P H
となります。
d
A
*25 。このとき、
さて次に、正しい帰無仮説 Hi を棄却するために採択しなければならない対立仮説全体を H
i とおきます
e は全ての正しい帰無仮説の祖先ですので、正しい帰無仮説 Hi を棄却するためには、必ず H
e を棄却しなければなりませ
H
ん*26 。
これより、
¯
!
¯
¯
d
A
FWE = P
H
i ¯ T rue
¯
i=1
³
´
¯
e A ¯ T rue
≤P H
(∵ (1))
Ã
k
[
=α
*24
*25
*26
(存在するなら)というのは「すべての帰無仮説が正しい:k = n」の場合に配慮した表現です。逆に正しい帰無仮説が1つも存在しない場合は、
明らかに FWE=0 ですので、わざわざ考慮するまでもなく α 以下に抑えられています。
d
A
A
A
A
A
先の具体例2では、例えば H
12 = H12 ∧ H123 ∧ H124 ∧ H1234 です。
e A が採択されていないといけない」ということです。
言い換えますと、
「HiA を採択するためには必ず H
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となり、FWE が α 以下に抑えられました。
以上の証明は真の状況の選び方に依存していませんので、結局どのような真の状況に関しても FWE が α 以下に
抑えられる ことが分かりました。
(証明終わり)
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