トランスジェンダー をいきる (17) 「自己物語の記述」による男性性エピソードの分析 牛若孝治 リアルライフの構築に向けて 1 始めに リア ルラ イフ 構築 とは 、 体 ・ 書 類上 の性 別 と ジェン ダー の性 別 が 不一 致で ある 場合 、自 己 の ラ イフス タイ ルを ジェ ンダ ー の 性別 に移 行 さ せる ことを 言う 。す なわ ち 、 筆者 の事 例で は 、 体・ 書 類上 の 性別 は女 性 で ある が 、 ジェ ンダ ー の 性別 は 男性 であ るた め、 自己 のラ イフ スタ イル を女 性 から 男 性 に 移行 させ る、 とい うこ とで ある 。 自己の ライ フス タイ ルを ジェ ンダ ー の 性別 に移 行 する とい うこ とは 、た と え ばそ れま で身 に 着 けてい た 女 性物 の服 や小 物 を 男性 物の 服や 小物 に 変え てい く、 それ まで 「私 」と いう 自称 詞を 使 ってい たの が、「 僕」・も しく は 「 俺」 に変 えて 、 男言 葉を 使用 する 、名 前 を 男性 名に する 、な ど である 。 今回か ら 3 回 に渡 って、筆者 がど のよ うに して 女性 か ら男 性 へ の 性 別移 行 を 行っ たの かに つい て 詳述 する 。第 1 回 目 の 今回 は、 リア ルラ イフ 構築の 最初 の段 階 と して 、女性 から 男性 への 服 装 や 小物 の 移 行に つい て 、 視覚 に 障 害の ある 筆者 が 、ど のよ うに して 男女 の衣 服 を 区別 する のか 、 実際 に 女物 の衣 服 や 小物 から 男物 の衣 服 や 小物 に 変え てい く過 程 で 、ど のよ うな 心理 的変 化 が 起 きたか 、 ま た、 どの よう にし て 紳 士物 の衣 服 や 小物 を 購入 して いる のか 、そ して 現在 、男 物 の 衣 服 や小 物 を 身に 着け るこ とが 「 当 たり 前」 の段 階 に至 るま でに なっ た経 緯 に つい て述 べて みる 。 2 「家族の洗 濯 物」から学んだ男女の衣服の違 いと、「食器 洗い」から学んだ男女の食器の違い 筆者は 学生 のこ ろ、 学校 の長 期 の 休み にな ると 、「女 の子 であ るこ とを 理由 に」、 家の 手伝 いと して 洗 濯 を 任さ れて いた 。 夏 休 み には 玉の よう な 汗を かき なが ら、 冬休 みに は、 凍り つき そう な 手 で、 毎日 のよ うに 洗濯 物を 干 し てい た。 そし て、時 間 を 決め て 、 洗濯 物を 取り 込み 、た たん で たんす の 中 にし まい こん だ 。 その よう な一 連 の 行為 の 中 で 、 筆者 は知 らず 知 らず の内 に、 男女 の衣 服 の 違い に気 づい た。 ま 135 ず 、同 じ 下 着で も 男 女 に よっ て デ ザイ ンや 大き さが違 うこ と、 生地 の厚 さが 男物 の生 地 は 厚く て 少 々重 いの に対 し、 女物 の 生 地 は 薄く て 軽 いこ と、そ して デザ イン にい たっ ては 、男 物 は シン プ ル ・女 物 は レー スが つい てい てな んと なく 華や か 、と いう 具合 であ る。 同様 に、 シャ ツ・ セー タ ー ・ズ ボン に対 して も、 男物 は 生 地が しっ かり してい て 厚 みが ある のに 対し 、女 物は 生地 が薄 く て 男物 より は小 さく 、し かも 襟 が 小さ い 、 など である 。視 覚に 障害 のあ る筆 者 は 、触 覚 に よっ て 男女 の 衣服 の違 いを 観察 して いた ので ある 。 そのう ち筆 者 は 、洗 濯物 を干 しな がら 、あ るい は洗濯 物を たた みな がら 、 い ちい ち「 これ は男 物 のパ ンツ 、いい なあ 、俺も こん な パ ンツ 、人 生 で 1 度 でい いか ら履 いて みた い 」、「 これ は女 物 の T シャ ツ、俺は男 なの に、こん な小 さく て薄 っぺら な T シ ャツ を着 せら れて なん だか 惨め やな あ」というように、一つ一つの洗濯物に、言葉にならない感想を交えながら観察していった。2 歳年上 の 兄 の洗 濯物 を触 った とき 、 「 俺、本当 はこん な下 着や 服を 着 る はず やの に」と 、言い 知 れ ぬ 興奮 と 羨 望が 入り 混じ った 複雑 な気 持 ち にな ったこ とを 今で も 記 憶 し てい る 。 また、筆者 は 毎 晩の よう に 、 「 女の 子で ある こと を理由 に」、食 事 の 後片 付け をやら され てい た 。 そのと き 筆 者は 、男 物 と 女物 の 茶 碗と 箸の 違い にも気 づか され た。 すな わち 、男 物の 茶碗 は女 物 より 大 きく て重 い 、男 物 の 箸は 、女 物 よ り 長 く て 太い 、とい うこ とで ある。 「 な ぜ俺 は 、こ ん な小 さな 女 物 の 茶碗 で、 しか もこ んな 短い 女物 の箸 で 、毎 食 の 飯を 食わ なけ れば なら ない のか 」と 、 食器 を 洗 う たび に情 けな い思 いに 駆ら れて いた 。 3 女性としての服 装 から、男性としての服装 への移行 ① 男 物 の 下着 を 購入 し 、身 に 着け た こと へ の 罪 悪 感 本格 的な 一人 暮ら しを 始 め た 1996 年ご ろか ら 、筆 者 は 男物 の下 着 に 興味 を持 ち、 仕事 の休 み を 利用 して 、遠 方 の スー パー で 、 男物 の下 着 を 購入 す るよ うに なっ た。 帰宅 後、 どき どき しな がら スー パー で買 った 男物 の 下着 を恐 る恐 る開 けて みた 。ブ リー フ ・ ト ランク ス・シャ ツ、、、。ど れも これ も 柔 らか な手 触 り。女物 より さら さら とし た 生 地で あり なが ら 、 縫 い目 がく っき りと 出て いる 。 そ の手 触 り にか っこよ さを 覚え た 筆 者 は 、顔 を赤 らめ 名が ら 、 男 物 の下 着 を たん すに しま った 。 そ して 入浴 後、 いった んた んす の 中 にし まっ た 男 物の 下着 のな か から 、 ブリ ーフ とシ ャツ を 取 り 出 し、 それ を身 に 着け た 。 別に 悪 い こと をし てい るわ けで はな い。 まし て一人 暮ら しで ある から 、誰 が見 てい ると いう わ けでも ない 。し かし 、体 が 女 性 で ある 筆者 の心 理状態 とし て、 男物 の下 着 を 触っ ただ けで 興奮 し ながら 身 に 着け たこ とに 、筆 者 は 罪悪 感を 覚 え た。そ こに は 、 「隠 れて 男装 して いる 自己 」に 対 す る 軽蔑 も 含 まれ てい たの かも しれ ない 。 ② 男 物 の カジ ュ アル な 服装 が 「似 合 う」 と 実感 し て 男物 の 下 着を 購入 し、 触 っ て 興 奮し たり 、身 に 着け たこ とへ の罪 悪感 は、 知ら ず知 らず 消え て いった 。する と今 度 は、 「 男物の カジ ュア ルな 服装 」を「 を して みた いと 思う よう にな り、そ れと なく 紳 士服 売り 場に 立ち 寄 る よう にな った 。 視覚 に 障 碍の ある 筆者 が 、 どの よう にし て 衣 服 を選 ぶの か。 当時 は、 前項 で詳 述し た 洗 濯物 を 136 通 じて の触 覚、 つま り、 記事 の 手 触り が主 流 で 、 後は 男性 店員 から 色や デザ イン の説 明 を 受け 、 試着 を しな がら 購入 した 。そ のよ うな 購入 の仕 方 を繰 り返 して いる うち に 、 「俺 のよ うな 細井 体系 でも 、 男物 の服 が着 れる 」 と いう 自信 がつ いて きたの か 、 2005 年ご ろか らは 、週 に 2 度 の仕 事 の 休み の 度 に、 紳士 服売 り 場 に 行 くよ うに なっ た 。そ して いつ の間 にか 、衣 服 の デザ イン と色 に も 興味 を 持 ち始 め、 ジェ ンダ ー 化 され た自 己 の 男 イメ ージ のデ ザイ ン と 色を 図式 化す るよ うに な った 。すな わち 、黒・紺・茶・グレー など の色 で 、縫い 目 や 仕立 てが しっ かり して いる 衣 服は「 男 」 という よう に、 視覚 に障 害 が あっ ても 、自 ら積 極的に 色や デザ イン など をあ る 程 度指 定し て 、 男 性店員 と 相 談し なが ら 購 入 す る 、 とい う仕 方 で 変化 し て い った ので ある 。 ③ ス ー ツ ・ネ ク タイ ・ 革靴 そ の 他 の 小物 2006 年に なり、いよ いよ スー ツ・ネ クタ イ・革靴 その他 の小 物 に も興 味 が 沸い た 。財 布 や バッ グ は、 比較 的身 に着 けや すか った もの の、 スー ツ・ネ クタ イ・ 革靴 を最 初似 身 に 着け たと きは 、 それな りの「 ハー ドル 」を 感じ てし まっ た 。 ( 体系 が 細井 俺が 、男物 のス ーツ を着 て、ネク タ イ を 締 めて 、 そ の上 革靴 まで 履 い て 、、、) と 、 自己 のその よう な姿 に 奇 異 な 感覚 を覚 えて 困惑 した 。 実際 、 女 性の 服装 から 男性 の 服 装へ の 移 行期 には 、 当時 勤務 して いた 鍼灸 マッ サー ジ治 療院 の 患者 さ んた ちか ら、 筆者 の 服 装 に 関す る 苦 情 が 出 てい た。 また 、職 場 の 上司 や同 僚た ちは 全員 視 覚 に障 害 が ある にも 関わ らず 、 患 者さ んた ちか らの 苦 情 を 受け て 、 筆者 を奇 異 な 目で 見る よう に なった 。 さ らに 、男 物 の 服装 で 実 家に 帰省 した ときは 、( すで に髪 型 は 短髪 だっ たの で )、 両親 か らの 小 言 が 絶え なか った 。父 にい たっ ては 、 「 そんな 男の かっ こう で帰 って くる な ! 」と 怒鳴 られ た 。紳 士服 売り 場で はう きう きし なが ら 衣 服 の 品定 め を 行 って いる 一方 で、 通勤 時や 勤務 中は 、 冷 たい 視線 にさ らさ れる 。 家 族 か らは 小言 を言 われ 、 半ば 家か ら 追 い出 され そう な迫 力 で 怒鳴 ら れる 。 「移 行期 」とは 、な んと 複雑 でデ リケ ー ト で脆 弱 な 期間 なの か 、と 、筆 者 は つく づく と 思い 知 らさ れた 。 4 終わりに―「私が男 物の服 装をし、男物の小物 を身に着けるのは当たり前」 男物 の 下 着を 触っ て 興 奮 し 、身に 着け たと き に罪悪 感を 感じ た 日 から 早 20 年 。 「 かっ こい い 」・ 「 セン スい いね 」な ど 、 服装 をほ めら れる 機会 が 多く なっ たこ とで 、筆 者 は 年々 メン ズフ ァッ シ ョン に こだ わる よう にな った 。現 在 で は 、 「男 物 の服 装 を し、男物 の小 物 を 身 に 着け るの は 当 たり 前 」と 心底 から 思っ てい る 。 それ でも たま には 女性 と 見 間違 えら れる こと がある の だ が、その 度に 、 「 女 がこ んな かっ こう し とるか 。 あ んた 、ち ゃん と 目 が 見 えと んか 」と 、 人前 で真 正面 から 堂々 と怒 れる よう にな った こ とは 嬉 しい 。 「服 装 の 乱れ は 心 の乱 れ 」 とい う言 葉 を よく 耳 にす る。 今後 、ど んな に 病 気 が ちで あっ ても 、 何 らか の事 情で 、男 物 の 衣服 や 小 物を 購入 する ことが 難し くな って も、 今持 って いる 男物 の衣 服 や 小物 で 、 自己 のメ ンズ ファ ッシ ョン にこ だわ りたい 。 うし わか こ うじ (立 命館 大学 大学 院先 端総 合学術 研究 科 ) 137
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