研究成果報告書 研 究 題 目 所属 実 施 年 度 無機ナノ粒子を高分散させた高分子固体電解質の 調製とその二次電池用電解質への応用 国立大学法人 山口大学 大学院 平成 20 年度 医学系研究科 代表研究者 氏名 堤 宏守 印 1.研究の目的・背景 【研究背景】移動可能電源としての電池は,携帯機器用小型二次電池から電気自動車用大型 二次電池まで,さらなる小型化,高容量化を目指して研究が行われている。このような電池 には,比重が小さく,薄膜化が可能な高分子固体電解質の使用が有望であるが,以下のよう な課題を抱えており,実用化には至っていない。 (1)低いイオン伝導度:溶液系に比べると,約 1/100~1/1000 の伝導度であり,低イオン 伝導性のために大電流放電時に,電極反応が遅くなり規定電圧を取り出すことができない。 (2)低い機械的強度:電池の小型・軽量化を目的とするために,電解質層の薄膜化が行わ れているが,高分子固体電解質を薄膜化すると,その機械的強度が保てないため,電解質層 の薄膜化に関しては,現状では限界がある。 (3)耐熱性・難燃性の欠如:有機化合物である高分子化合物は,高温時に機械的強度が減 少しやすい他,短絡や温度上昇による電池破損時に発火,燃焼する可能性も高い。このため 特に大型二次電池への高分子固体電解質の応用が困難となっている。 【研究目的】本研究では,高分子固体電解質の材料設計を根本から見直し,液体電解質と同 レベルのイオン伝導度を持ち,機械的強度や耐熱性も高め,さらに電極との界面形成を円滑 に行うことのできる高分子固体電解質の実現を目的とする。これを実現可能な系として,ナ ノサイズ化したヒドロキシアパタイト(骨や歯の主成分)を高分散させた高分子マトリック スを用いた電解質に焦点をあて,研究を行う。 【ねらい】研究目的で述べた系により,以下のようなことを実現することを目指す。 (1)高いイオン伝導性の発現:高分子固体電解質は,高分子化合物と無機塩の混合系であ る。この系に,表面に極性基を有する無機ナノ粒子を高分散させることにより,系中の無機 塩のさらなるイオン解離を促進する。 (2)高い機械的強度の確保:高分子マトリックス中に無機ナノ粒子を高分散させることに より,粒子-高分子鎖間の相互作用が顕著に発現するようになるため,機械的強度が極めて上 昇することが知られている。 (1)のような機能を有する無機ナノ粒子をマトリックス中に分 散させ,従来の高分子固体電解質の3倍程度の機械的強度を有する電解質膜を実現する。 (3)耐熱性と難燃性の向上:ナノサイズにした無機粒子を高分子中に高分散させることに より,無機粒子をベースにした耐熱性の確保と無機成分による燃焼反応の阻害による自己消 火性の付与を実現する。難燃性に優れた高分子固体電解質の調製を試みる。 2.研究成果及び考察(申請時の計画に対する達成度合を織込む) 【無機ナノ粒子を含む高分子固体電解質の調製と特性評価について】 無機ナノ粒子を含む高分子固体電解質の調製を行った。主にヒドロキシアパタイト(Hap) 粒子を含む系について検討を行った。Hap は,塩基性リン酸カルシウムの 1 種であるため, 通常は,硝酸カルシウムとリン酸水素アンモニウムなどの可溶性塩から調製した沈殿生成物 を焼結することで調製するが,今回は,ポリマー共存下で,Hap 粒子の調製を行い,そのサ イズを小さくするとともに,焼結を行わないことで Hap の結晶性を低下させ,ポリマー中 への分散性の向上を目指した。 調製した電解質膜を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したところ,計画通りに Hap 粒子 の粒子径が 2μm以下になっていることが確認できた。また,電解質膜表面は,SEM 観察 では,極めて滑らかであった。従って,高分子マトリックス中に,この手法で均一に分散さ せることができることが明らかとなった。 得られた電解質膜の熱安定性について評価を行ったところ,ポリマー単独の状態よりは, 熱的に安定であることが明らかとなった。しかしながら,電荷キャリアとして機能する塩な どの熱分解を抑制することは,比較的低温で重量減少がみられたことから,あまりできてい ないことが明らかとなった。 【申請時の計画に対する達成度について】 (1)高いイオン伝導性の発現:伝導度は,目標値の 1/100 程度と,計画通りに高くするこ とができなかった。後述するように,機械的特性とイオン伝導性には,トレードオフが存在 し,この両立可能な組成の探索までは,本計画年度内では不可能であった。 (2)高い機械的強度の確保:機械的強度を増すために,Hap 粒子の存在量などを変化させ た。破断強度が上昇する組成では,伝導度が低下するなどの現象がみられ,機械的強度と伝 導度のトレードオフが存在する。この組成を厳密に決定するためには,さらなる検討が必要 と考えられる。 (3)耐熱性と難燃性の向上:温度上昇時に,塩などの分解に伴う重量減少が起こるため, 耐熱性という点では,当初目指したねらいは,実現できていない。しかしながら,基本的に 不燃性の無機粒子を混合している点から,難燃性は向上するものと考えられる。今後,着火 燃焼試験などによる検証が必要である。 3.経費の使用状況(申請時の計画に対する実績を記述) (設備備品費について)申請当初,調製した高分子固体電解質の熱安定性などを評価するた めに熱重量測定装置が必要と考え申請したが,高分子固体電解質膜の電気化学安定性や電極 応答なども検討する必要性があり,電気化学測定装置(ポテンショスタット一式)及びこれ を制御するコンピュータを購入し,使用した。 (消耗品費について)申請当初,モノマー及びポリマーなどの有機試薬類が多く必要になる と考え,多めに申請したが,比較的早い時期に,高分子固体電解質の調製に用いる試薬の種 類を絞ることができたので,これらの試薬にかかる経費は,やや少なめになった。無機試薬 についても,ほぼ同様であった。実験器具については,高分子固体電解質膜の調製などに用 いる機材(硝子器具,注射器等)などが必要になったことなどにより多めになった。 (旅費について)申請当初には考えていなかった学会に参加し,必要な情報収集を行ったた め学会に参加する旅費として使用した。 4.将来展望(今後の発展性、実用化の見込み等について記述) 【今後の発展性】 先述したように,今回検討した高分子固体電解質では,そのイオン伝導性と機械的強度と の間にトレードオフが存在するため,最適化を系統的に行う必要がある。この最適化を行う ことができれば,より優れた特性を有する高分子固体電解質を調製できるものと考えられ る。 【実用化の見込み】 最適化がどの程度可能になるかによって,高分子固体電解質の性能が左右されるので実用 化の見込みについては言及することは難しいものの,基本的なコンセプトは,高分子固体電 解質の高性能化,高機能化には不可欠な要素が含まれており,本系を発展させることで,実 用電池に使用可能な高分子固体電解質が調製できるものと考えている。 5.成果の発表(学会での発表、学術誌への投稿等を記載。予定を含む) Hiromori Tsutsumi, et al., “Ionic conduction of hydroxyapatite-imidazolepoly(vinylidene fluoride) composite films prepared by in situ apatite synthesis method”, European Polymer Journal, 投稿中 また,今後,成果を精査して,学会発表や学術誌への投稿などを行う予定である。
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