最近の産業社会の動向・ 求める人材、当社の事例から

学校からの要望
最近の産業社会の状況・厳しさ、求める人材などについて、また学校、教師、
生とへの要望などについて御社の事例、ご自身の体験などを通じてお話しいた
だきたいです。
講
内
師:富士電機デバイステクノロジー株式会社
取締役 技術・生産企画本部長 松本事業所長・山梨事業所長
矢島 維 豊
容 :「 最 近 の 産 業 社 会 の 動 向 ・ 求 め る 人 材 、 当 社 の 事 例 か ら 」
はじめに
1. 会 社 の 紹 介 ・ 事 業 内 容
2. 半 導 体 産 業 に つ い て
3. 事 業 の 課 題
4. 企 業 が 望 む 人 材
5. ス コ ッ ト ラ ン ド で の 経 験
6. 当 社 の 社 内 教 育
7. ま と め
質疑応答
終わりのお話し:教頭 中島千明先生
日
時 : 平 成 1 7 年 8 月 9 日 ( 火 )1 3 :3 0 ∼15 :00 (9 0 分)
学
校:諏訪市立諏訪中学校
対
象:諏訪中学校教師 約 15 名
学校側責任者・依頼元:教頭 中島千明先生
進行・コーディネーター・記録:星野京子
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はじめに
皆さんこんにちは。ただいまご紹介を頂きました富士電機デバイステクノロ
ジーの矢島維豊と申します。
会社の場所は駅から 1 キロくらいの松商学園の川を挟んだ反対側にあります。
自宅は松本駅を背にして東方、美ヶ原に行く途中の標高 800 メートルくらいの
場所です。温度は 2 度程違い、非常に涼しいところで生活しています。ゴルフ
でも打ち下ろすのはうまくいくのですが、平らですとうまく打てません。いつ
も上から下を見ているので感覚がそうなっているのではないか、なんて笑い話
しをいつも仲間としています。小学校、中学校、高校、大学と全て信州ですが
父親が電々公社に勤めておりましたので県内あちこちで暮らしました。松本が
主体でしたが上田、長野、そして諏訪にもおりました。諏訪は私が大学の 2 年
の頃におり、長い休みにはアルバイトをしました。諏訪駅の近くにある電電公
社の古い交換機 物を解体するアルバイトです。諏訪にはそんな思い出がありま
す。今日、諏訪に来ていろいろ変わった様子を見て時代の流れを感じました。
先ほど富士電機デバイステクノロジーとご紹介をいただきましたが昔は富士
電 機( 株) 松 本 工 場 と い う 名 称 で し た 。2003 年 に 持 ち 株 会 社 に 移 行 し こ の 名 称 に
変わりました。
私 の 勤 務 地 は 主 に 松 本 で す が 飯 山 工 場 に も 3 年 程 お り ま し た 。1991 年にはス
コットランド勤務となりました。今でも思い出すとゾッとするのですが英語は
全く聞けない、しゃべれない状態だったですが、突然上司にスコットランドへ
行き半導体の組み立て工場を立ち上げるように言われました。当時は、上司は
一体何を考えているのだろうと思ったのですが、今となってみれば約 5 年間の
スコットランドでの経験は私の人生の中でも常にプラスの経験でした。そんな
ところは後ほどご紹介したいと思います。スコットランドの後はまた松本の勤
務となりました。山梨事業所も兼務しておりますので月に 1 度くらい行き、特
に安全の関係をみております。
趣味は私も今年還暦を迎えましたが、体力が落ちるのを防ぐためにも地域の
ナイターソフトのシニアリーグに所属しております。あとは自然が好きですの
で、盆栽や庭木の手入れをしております。また、やはりものづくりが好きです
ので木工細工をして2人の孫にあげたりしております。
今日の進め方ですが、会社の概況や半導体の動向をお話ししながら、どんな
人材を求めているか私の経験を交えながらお話し致したいと思います。また、
我々は生涯勉強をしないといけないのですが、社内の教育についてもご紹介し
たいと思います。最後に、私なりきに家庭と教育の現場と会社との連携をお話
ししたいと思います。
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1.会社の紹介・事業内容
ど ち ら も そ う で す が 私 ど も を と り ま く 環 境 も 非 常 に 厳 し い状 況 で す 。 そ の 中
で生き残るためにいろいろな工夫をしております。
本 社 は 大 崎 に あ り 資 本 金 は 1 0 0 億 円 で す 。 売 上 規 模 は 連 結 で 1.432 億円、従
業 員 数 は 連 結 で 4.689 名 で す 。 松 本 事 業 所 は 昭 和 1 7 年 に 創 業 を 開 始 し 平 成 1 4
年には 60 周年を迎えました。
我々の半導体事業は大きく3つに分かれます。パワーモジュール、デイスク
リ ー ト 、I C です。 ウ エ ハ ー の 見 本 を 持 っ て 参 り ま し た 。 割 れ て も 構 い ま せ ん の
で回してご覧になってください。身近なものでは車のいろいろな部分に半導体
が 使 わ れ て い ま す 。 パ ワ ー モ ジ ュ ー ルは 産 業 用 ロ ボ ッ ト ・ エ ア コ ン ・ 電 気 自 動
車 、I C は 携 帯 電 話 ・ プ リ ン タ ー ・ フ ラ ッ ト T V な ど に 使 わ れ て い ま す 。 お 時 間
の関係ありますので資料を見ていただけばと思います。
これらのものを作っている拠点ですが松本事業所でウエハーの製造をしてお
ります。製造したウエハーは国内とスコットランドとフィリピンの生産拠点に
送り、組み立てをします。
情 報 デ バ イ ス 事 業 に は 製 品 が 2 つ あ り ま し て 、磁 気 記 録 媒 体 は パ ソ コ ン の 記
録 媒 体 と し て 使 用 さ れ て お り ま す 。も う 1 つ の 感 光 体 は コ ピ ー マ シ ン 、F A X に使
われております。
2.半導体産業について
半 導 体 産 業 の 歴 史 に つ い て お 話 し し ま す 。日本は 1950 年 代 に 敗 戦 か ら 復 興 し
1960 年 に 半 導 体 の 生 産 が 開 始 さ れ ま し た 。1964 年 に 東 京 オ リ ン ピ ッ ク が あ り 日
立 、 東 芝 、 三 菱 、 富 士 電 機等 が 一 致 協 力 し 東 海 道 新 幹 線 開 通 の 一 翼 を に な い ま
した。当然ヨーロッパ、アメリカからの売り込みがありましたがそれを阻止し
自 前 で 行 な っ た 成 果 で す 。こ こ ま で は ア メ リ カ 、ヨ ー ロ ッ パ が 強 い 時 代 で し た 。
日 本 の ピ ー ク は 1980 年 代 で す 。日 本 が ア メ リ カ を 追 い 越 し 世 界 1 に な り ま し た 。
1990 年 に バ ブ ル 崩 壊 な ど で 景 気 が 低 迷 し ま し た が よ う や く 最 近 回 復 し て き た よ
うです。アメリカは半導体に関しては意図的に 独自のコンピューターの シス
テムを開発し、 日本の半導体の競争力を弱め復興してきました。そうこうして
いる内に台湾、韓国が台頭してきました。日本は M&A や技術提携をしながら日
本あるいはアメリカの技術を集約し効率よく行なう取り組みをしました。また
デ ジ タ ル 家 電 で の 巻 き 返 し も あ り ま す。 シ ス テ ム を 日 本 流 に 作 り 海 外 の 半 導 体
メーカーもそれに合わせるようになりました。しかし今では韓国の攻勢は脅威
です。
日本の半導体産業は 80 年代には世界の 50 %以上を占めておりアメリカは逆
に 停 滞 し て い ま し た が 、9 0 年 代 は 逆 転 し て し ま い ま し た 。 ヨ ー ロ ッ パ は ほ ぼ 横
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ばいです。やはり脅威はアジアです。日本の半導体メーカーが世界でどのくら
い の 位 置 に あ る か と い う こ と で す が 、8 0 年 代 ま で は 世 界 の ト ッ プ テ ン の 中 に 6
社ほど入っておりましたが 2002 年のデーターでは残念ながら 3 社しか入ってい
ま せ ん 。2002 年 は イ ン テ ル と い う ア メ リ カ の 会 社 と サ ム ス ン と い う 韓 国 の 会 社
が 1.2 位 に つ け て い ま す 。
3.事業の課題
我々の事業を取り巻く課題ですがひとつには中国です。中国はヒトケタ違う
賃金で安いものを作っています。そこに打ち勝つためには中国に真似のできな
いような高機能、高付加価値な製品の創出と差別化が必要です。そして技術開
発 の 短 縮 と 資 本 の有 効 活 用 の た め の M & A 、 技 術 提 携 、 ノ ウ ハ ウ の 流 出 防 止 と
ブラックボックス化が必要です。
皆さんはキャノンさんの話しを聞いたことがあるかと思います。キャノンさ
んは以前は海外でたくさんの製品を作っていましたがトヨタ生産方式やセル生
産方式を取り入れ生産拠点を日本に戻しました。現在そのような会社が増えて
きており一時心配された空洞化が少し治まってきています。
参考までに日経新聞の記事をお持ちしました。シャープさんは液晶で頑張っ
ていますがその 技術者の思いが書いてあります。技術者は自分の働いた結果を
お金だけに求めるな。良い物を作ってたくさん売れ。そこに生きがいを感じる
ようになれ。とあります。今後の日本の進め方も書かれています。日本はアメ
リカから技術を学んできましたが今度は発展途上国に、ある程度のノウハウを
渡して恩返しをしないといけない。その中で更に高度な技術を開発していかな
いといけない。など書いてあります。子どもさんにお話しになるのに 1 つの参
考になればと思います。
4.企業が望む人材
これは私の独断と偏見で書かせていただきました。異論があったら おっしゃ
っていただけたらと思います。私が見た若者に対するイメージです。こちらは
会社の中でどういうことが起きているかということです。ディスカッションの
1つのたたき台にしていただけたらと思います。
1 番上の「意志の伝達が少ない」です。あまり積極的にものを言わない人が多
いです。何を考えているのか分かりません。話しを聞いてみてはじめてこんな
に悩んでいるのかと思います。我々の仕事は開発製品が半年あるいは1年で寿
命が来てしまいますので、効率よくやらないと開発が遅れてしまいます。
4 番目の「安易な妥協をする」です。我々はものづくりの会社ですから安全が
第一です。毎日職場で安全についての会議をしておりこういう事例がおきまし
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たので皆さんも気を付けてくださいと申しますが、他人事と受け止め自分には
起きないことと思ってしまいます。深刻に考える必要はないですが、もう少し
状況を判断し自分に厳しくする必要があります。
5 番目の「叱れない」です。私は入社後松本の事業所に 2 0 年おりましたが、
当時は鬼の先輩がいてビシビシ叱られました。会社はそういう中で人を育てて
いくのだと思います。その後飯山とスコットランドを経て、松本に戻ってきた
の は 1995 年の暮 れ で 開 発 を 任 さ れ ま し た 。 あ る と き 、 部 下 の 仕 事 の や り 方 が 生
ぬるかったので叱ろうとしたときがあります。すると隣にいた人に、叱ったら
だめだよ、明日から会社に出て来なくなるよ。と言われました。私が松本事業
所を離れていた8年間に、我々より下の世代の中で時代の変化が起こったので
す。教育がやりにくい状態です。相手を見て「この子は怒ってもよいが、この
子は怒ってはいけない」ということを常に考えなくてはならないのです。
6 番目の「上司の細かなフォローが必要」です。チャレンジすることが我々の
年代に比べて少なくなり指示されたことしかやらないのです。問題が起きても
それを改善する方向にいかず、上司がフォローをして問題 を明確に し、ひっぱ
ってあげないといけない。
7 番目の「独創的アイデアが不足」です。本来我々の仕事では 1 番大事にしな
くてはならないことです。しかし経験が少ないのか個性が少ないのか独創性が
不足しています。ものづくりということを経験して来ていないのでものを作っ
ときにバラツキがでてきます。そしてまたそのバラつき自体が分からない。
「企業として希望する人材」これは経営者協会でまとめたものです。先ほど
の 私 の 資 料 と 同 じ よ う な 内 容 で す 。 共通 的 な も の で す の で 説 明 は 省 か せ て い た
だきますがお読みいただければと思います。
5 スコットランドでの経験
「国際化社会へ対応するためには」ですが私の経験をお話ししたいと思いま
す。昨年松本のある高校から進路講話の依頼を受け 1 時間ほどお話しをしまし
た 。 そ の 中 で 「相手の国には必ず文化があり、文化にはそれぞれ違い
があるのでそれを勉強してください」というお話しをしました。共感を
得たようで今年もお話しに参ります。また、別の高校でも生徒がそれぞれ松本
平の各企業を訪問し「仕事の難しさを勉強する」という授業があり我々の事業
所では18名受け入れました。その高校の卒業生が事業所におりますのでその
先輩から仕事の厳しさについて話してもらいました。その先輩社員も海外に行
く機会が多いのですがやはり語学力と文化と歴史を勉強してほしいと言ってお
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りました。また、最近はこのように中学校あるいは高校の先生方が、企業とコ
ミュニケーションをとりながら自分達の教育を考えるという動きがあります。
私たちも経営者協会の事務局と相談をしながら積極的に対応したいと思います。
「コミュニケーション出来る語学力を持つ」です。さきほど少しお話しをし
ましたが 91 年にスコットランドへ行くようにと言われた頃、自分の子どもには
「お前の時代には国際社会が来るのだから、英語をしっかり勉強しなさい」と
頻 繁 に 言 っ て い ま し た 。「 お 父 さ ん は 英 語 の 勉 強 を し な い の 」 と 言 わ れ る と 「 俺
の時代はまだ必要ないよ」と返していましたが、それが仇となりました。ヒア
リングもスピーキングも何もできない。しかし会社は非情です。ある日突然に
スコットランドに行き工場を立ち上げろ、です。皆さんだったらどう思うでし
ょうか。私は頭の中が真っ白になりました。日本国内でさえゼロから工場を立
ち上げるのはたいへんです。ましてや会話もできず文化も違う外国です。
今日は英語の先生はいらっしゃいますか。これはあくまでも私の経験ですが
私はスコットランドに着任して半年は必死でテープを聴きました。すると半年
を過ぎた頃から急に分かるようになってきました。新聞広告によく載っている
ようなありふれたテープです。言葉というものは勉強をしようと思って聞いて
いるとなかなか頭に入らないですね。私は孫がおりますが 1 週間ほど一緒に過
ごしていると言葉をどんどん覚えていくのが分かります。あれは親が教えよう
として一生懸命勉強させているわけではなく、子どももそんなに強く勉強をし
たいと思っているわけでもありませんね。通常の英語の授業の他に家に帰って
から寝る前に5分でもテープを聞くということをお薦めします。私も通訳を通
して会話を聞く機会が多かったと思いますがテープを聞いたのは良いことだっ
たと思います。半分眠りながらの聞き流しであってもだんだん耳が慣れてきま
す。将来、皆さんの教え子の中からある日突然に会社の都合でアメリカに行く
ヨーロッパに行く東南アジアに行くというケースが出てくると思います。あく
までも素人の意見ですが、その子のためにも文法を習うことよりも、ヒアリン
グや知っている単語を繋げ相手に自分の意志を伝えるということが出来た方が
良いと思います。スペルの試験があると思いますが現地の人も日本人が漢字を
間違えるように結構スペルを間違えているものです。先ずは相手の言うことを
聞き取って自分の気持ちを伝えるということだと思います。
また、人間は必ず自分の経験が海外でもどこでも使えます。私は通訳の方を
付けていただいたのですが確かに会議などでは通訳の方は役に立ちます。しか
し例えば取引先から「社長とお話ししたい」と電話が掛かってきます。そのと
きに「英語が分からないので通訳に変わります」とは言えないわけです。相手
の人はペラペラ話してきます。私はどうしたらいいんだろうと頭のなかで思考
めぐらせます。言っていることのほとんどが聞き取れないままに時間は過ぎて
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いきます。考えてみたら文章にしてもらえれば分かることです。誤解を防ぐた
め に も 今 言 っ た こ と を フ ァ ッ ク ス で 送 っ て く だ さ い と お 願 い し ま し た 。自 分 の
経験の中から火事場の馬鹿力ではないですが対処法が出てくると思
います。失敗を含めていろいろな経験を子どもさんにはさせてあげ
たら良いのではと思います。
また、相手の国の歴史、文化、宗教を知っておかないとたいへんなことにな
ります。最近大学の先生方が教養課程で苦しんでいると聞きます。工学部に入
学したのに物理を勉強してこない。医学部に入学したのに生物を勉強してこな
い 。 そ れ ら も き ち ん と 勉 強 し て も ら い た い の で す が 、 加えて歴史、文化、宗
教を勉強し興味を持ってもらいたいです。
例えばスコットランドと日本では週末の過ごし方が全く違います。スコット
ランドは週給で金曜日に給料が支給されます。その給料を持ち夫婦揃って一週
間分の食料を買いに行き、余ったお金で週末を過ごすという生活スタイルです。
そ の た め 金 曜 日 に 残 業 を し ろ と 言 う と 、 私 の 家 庭 の 夫 婦 仲 を裂 く つ も り か と 言
われます。こういうことも学んでおかないといけないです。日曜日は教会に行
くのでやはり休日出勤は強要できません。
ま た 、 こ ん な 面 も あ り ま す 。 私 が ス コ ッ ト ラ ン ド に い た 最 後 の 年 は 1 9 9 5 年で
戦後 50 年でした。式典が開かれ第二次世界大戦で日本と組んだドイツは招かれ
ましたが日本は招かれませんでした。スコットランド政府の人に今年は我慢し
てくださいと言われましたが、私はそれまで第二次世界大戦の敵国という意識
がなかったです。私は皆さんにとても親切にしてもらい嫌な思いをしたことが
ありませんでした。しかし、たった 1 度だけこんなことがありました。ショッ
ピングセンターで買い物をしているときに少しお酒が入った老人に「お前は日
本人だな、俺はフィリピンで戦ったが日本人にひどいめに合わされた」と言わ
れました。私は「私は年代が少し違うのです、確かに過去にそういうことがあ
っ た と 思 い ま す が 申 し 訳 あ り ま せ ん 、分 か り ま せ ん 」と し か 言 え ま せ ん で し た 。
表には出ていませんがイギリスでは日本は第二次世界大戦で戦った相手という
のはどこかにあります。それを忘れてはいけない。それを念頭に置きながら行
動をしていかないといけないです。
「人格の尊重」です。例えば日本では酒酔い運転のチェックがありますがス
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コットランドは自己申請です。入国審査もそうです。自分で申請するものがな
いと言えばそのまま入れてくれます。その代わり抜き打ちチェックがあり、そ
れで見つかるときつく叱られます。ようするに相手を信頼するという国なので
す。ですから酒酔い運転の取締りはしません。その代わりに酒酔い運転でつか
まると即刻監獄に入れられます。
人格の尊重に当るかどうか分かりませんがスコットランド人の良いところを
ご紹介します。私は単身赴任だったのでスーパーによく買い物に行きました。
皆さんご存知のとおりスコッチウイスキーがとてもおいしく、私も随分楽しみ
ました。好みのウイスキーを選び、買い物かごに入れて歩いているとおじさん
が話し掛けてきます。あなたの選んだウイスキーはおいしいですよね。でもこ
ちらのウイスキーの方がもっとおいしいよ。次回はこれを買ってみなさい。こ
の言い方がいかにもスコットランド人らしいです。そのウイスキーはまずいか
らこれを買えとか、そのウイスキーはやめて今直ぐにこれを買えというのでは
ないのです。私が買ったこのウイスキーは自分の意志で選んだ。それはけなさ
な い 。 で も こ れ は も っ と お い し い か ら次 回 買 い な さ い 、 と い う 言 い 方 で す 。 そ
ういう中に私は 4 年半いましたのでとても恵まれた生活でした。最近は中国や
マレーシアやフィリピンに行きますが、それらの国は本当に治安が悪いです。
とても家族を連れて行くことはできません。駐在する場合は専任の運転手を付
けてもらい外出時にはガードして貰います。ヨーロッパはそういうことは必要
ありません。
「行動の前に徹底的に議論する」です。若い頃には上司から「お前あれやっ
ておけよ」とよく言われました。あれって何ですかと聞く と怒られるので自分
の頭の中で整理をしながら、今までの過程から こういうことを指示されている
のだな、と考えます。考える場を与えてくれていたのかもしれません。しかし、
それは海外では通用しません。要は契約社会なのです。採用したときにお前の
仕事はこうだよ、と言っておかないといけません。余分な仕事かもしれないけ
れどやってくれないか、ということは契約に入っていません。追加でお給料を
ください、ということになります。そこがとてもドライです。徹底的に議論し
て契約しておかないとだめです。
イギリスは労働組合が活発でしたがサッチャーさんの時代に組合の力は弱ま
りました。我々の会社も組合はなく 従業員の代表と我々がコミュニケーション
をとれば良かったのです。しかしある日突然全く口をきかなくなったのです。
挨拶をしても返してくれない。原因はこうでした。彼らは自分の給料の額を隠
さずお互いに見せ合うのです。あいつがこれだけ上がったのに俺の給料は何だ。
納得がいかない。俺はこんなに働いているのになぜこんなお給料なんだ。しか
し、分かりましたもう少し上げましょうなんていうわけにはいきません。きち
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んと査定するときの基準を明確にしなければ突っ込まれたときに説明ができま
せん。結局日本と同じく業務目標制度を導入しました。
「スコットランドの子どもと日本の子どもの違い」です。これは私が 4 年半
過ごした中で感じたことです。
スコットランドのお母さんは子どもが悪いことをすると頭はたたきませんが
お尻をたたき叱ります。私が買ったばかりの車を家の前に停めて置いたところ、
子どもさんが石で車体に落書きをしてしまいました。その子のお母さんは子ど
ものお尻を叩いて怒りました。それを見ていたら私は何も言えなくなり保険で
修理しました。子どもは自由奔放に育てられていますがいたずらもたくさんし
ます。私の部屋にいつのまにか入ってきて「おじちゃんアメちょうだい」なん
て言います。今の日本にはない自由奔放さです。
「遊び方」です。自然がかなり残っているせいでしょうか、外で暗くなるま
で 遊 び ま す 。野 生 の ウ サ ギ や リ ス も い ま す 。女 の 子 も 男 の 子 も 木 登 り を し ま す 。
サッカーも好きです。最近の日本は子ども同士で外で遊んでいる様子をあまり
見ません。
「勉強」です。スコットランドは恐らく塾ないと思います。学校と家庭そし
て会社に入ってからかなり勉強をします。自分でお金を出し夜間の専門学校に
行 き ま す 。 会 社 が お 金 を 出 す の は 束 縛 に な り ま す 。1 つ の 会 社 に ず っ と い る の で
は な く 技 術 や 知 識 を 身 に 付 け ス テ ッ プ ア ッ プ を し た 自 分 を 売 り 込 み ま す 。「 仕
事のための勉強」に結びついていると思います。日本は「受験のた
めの勉強」とりあえず大学に入るまでの勉強のように思えます。
「生命感」です。スコットランドは命をたいへんに大切にしますが今の日本
はどうでしょう。たいへんに生命感が失われていると思うのです。
6. 当 社 の 社 内 教 育
我が社の社内教育です。当然昇給試験があります。また海外留学制度や仕事
の合間に大学院に行き勉強をする社会人ドクターの取得もあります。その他に
海外トレーニー制度もあります。今後はこまめに新入社員の様子を 見ながら新
入社員教育の充実をしていきたいと思います。
7. まとめ
最 後 の ま と め に な り ま す 。 私は家庭と学校と会社の連携で教育強化が
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必要だと思います。 家 庭 で は ご 両 親 と も お 忙 し い と 思 い ま す が 、 子 ど も さ
んを自然に接しさせて命の大切さを教えてもらいたいです。またも
のづくりの経験をさせていただきたいです。
講話で高校に伺ったときに聞いたお話しですが、あるお父さんは会社で新製
品が出ると「これはお父さんの会社の新製品だ。お父さんが開発したんだよ」
と必ず子どもに見せるそうです。そのときに子どもに「お父さんすごいね。だ
けれどお給料安いね」と言われるそうですが、
「お給料の多さではないのだ
よ。お父さんのような技術者は給料よりも自分の仕事が認められる
ことに生きがいを見出すのだよ」と 言 う そ う で す 。 こ ん な 会 話 は 子 ど も の
成長に役立つと思います。学校の父親参観日などでお父さんの体験談を皆さん
の前で話してもらうことも 1 つの教育になるのではと思います。
お 父 さ ん 方 は 仕 事 が た い へ ん に 忙 し い で す 。1 2 時 過 ぎ ま で 働 く 人 も い ま す し
休日がない人もいます。親子の触れ合いの場を作るためにも当社で はいろいろ
な 行 事 を や っ て い ま す 。1 つ は 親 子 で の ボ ー リ ン ク 大 会 で す 。 お 父 さ ん お 母 さ ん
友達も自由参加です。そんな触れ合いの場です。環境の問題もクローズアップ
されてきています。環境を考えるきっかけになればということで、お父さんお
母さん子どもさんと一緒に工場の回りの掃除をする日を秋に設けています。掃
除の後は川辺でアルプスを見ながらお昼を食べます。我々が責任を感じている
のはお父さんが忙しくて家族と触れ合うチャンスがないのではということです。
いろいろと雑多にお話ししてきましたが以上で終わります。どうもありがと
うございました。
質疑応答
質問
採 用 時 に は 、「 こ う い う 人 が 欲 し い 」と い う 希 望 を 元 に 採 用 を さ れ る と 思 い ま
すが、実際に働きだしたら不適切だったということはありますか。
回答
採用時に既に完成されている人間というのは少ないです。その人の可能性を
見て採用をします。知識よりもその人の物の考え方が間違っていないかなどが
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重 要 で す 。 先 ほ ど の 資 料 に も あ り ま し た が 忍 耐 力 や 精 神 力 が 大 事 で す 。1 番 苦
しいのは叱れないことです。育ててあげたくても叱ったら明日から
出てこない。こうなると苦しいです。このことは 学 校 で も あ る の で は な
いでしょうか。
質問
企業ではそういうときは再教育をするのですか。それと も辞めてもらうので
すか。
回答
再教育します。辞めてもらうということはありません。その人が悪いことを
したわけではなくこちらのメガネが合わなかったのですから。職種もいろいろ
ありますのでその人が合うと思われる職種に本人に話しをした上で異動させた
りもします。絶対に人間にはそれぞれ良いところがあります。
しかし合わないということもあります。こういう事例があります。自分はこ
の研究所でこういうことを勉強したい。こういうことを生かしたい。と強い考
えがあるのですが、当社は製品を作るときにゼロから作るのではなく材料を買
い、その特性を活かして改良して直していきます。ですから大学でゼロから作
るということをしていた人には合わないことがあります。製造会社と研究所と
は全然違います。その気持ちを捨てられるのなら当社で働いてもらいます。し
かし人を粗末にするということは絶対にいけません。必ず良いとこ
ろがあります。
質問
矢島さんのお話しをお聞きし企業の考えていることと学校の考えにはそんな
にずれがないのかもしれないと思いました。今の教育で考えている問題と企業
の考えている問題は同じなのだと思いました。だからこそもっと教育の現場は
頑張り育て、きちんとした素材を社会に出さないといけないと思いました。
回答
私はそうではないと思います。やはり家庭と学校と会社で育てないと
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いけないと思うのです。昔は会社の先輩も恐かったし学校でも先生は恐か
ったと思います。私も体罰をもらったことがあります。今そういうことができ
ないのは親の責任もあると思います。何かあると先生を責める傾向があります。
先 生 方 も 頑 張 り よ う が な い 部 分 が あ る と 思 い ま す 。だ っ た ら 家 庭 と 学 校 と
会社一緒になって対策をしないとだめだと思います。経営者協会の中
で学校の先生方と話しをする機会があったのですが先生方 の悩みも段々分かり
力を合わせていかなければと思っています。長野県経営者協会の安川会長はそ
の点を熱心に進めています。先ほども紹介しましたが、学校も動きはじめてい
ます。協力をし合っていきたいと思います。
感想
いただいた資料やスコットランドのお話しの中で企業の代表や日本人として、
文化や歴史を背負って奮闘されているということを感じて感動しました。学校
の中にいますと日本について考える機会がたいへんに少ないです。お話しの中
に新入社員が変わってきてしまっているということがありましたが、昔の世代
が鍛えられてきたような大 事なものを無くしてしまってはいけないと思います。
これから社会に巣立っていく子ども達に学校でも家庭でも社会でもきちんと教
えていかないと国が滅んでしまうのではという思いを持ちました。我々は日本
の国を背負うということがないので危機感や切羽詰った感じが足りないとも思
いました。ガーンという気持ちです。今日は本当にありがとうございます。
終わりのことば
今日は本当にありがとうございました。学校の現場でこのようにお話しをお
聞きする機会はたいへんに少ないです。学校も会社も立場は違っても考えは同
じである、人を育てるということでは全てが同じである、その中で世の中も地
球も動いているということがわかりました。また生徒にもお話ししていただく
機会があればぜひお願いをしたいと思います。今日は本当にありがとうござい
ました。
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