アメリカの家計部門の負債構造とアメリカ経済への

03
レ ポ ート
アメリカの家計部門の負債構造と
アメリカ経済への影響
だ
住宅金融支援機構 財務企画部 推進役
て
ゆう じ
伊達 裕治
2008 年8月に住宅金融支援機構入構、市場資金部を経て、2014 年4月より現職。住宅金融支援機構に入構す
る以前は、民間の銀行および証券会社において、証券化商品の組成業務、プリンシパル・インベストメント業務
に従事していた。学習院大学理学部卒、ペンシルバニア大学ウォートン校より経営学修士(MBA)を取得してい
る。
[要
旨]
1.アメリカの実質 GDP 成長率は、
2009 年にマイナス 2.8%まで低下した後、
2012 年は 2.8%、
2013 年は 1.9%
の水準になっている。アメリカの実質 GDP 成長率に占める個人消費の寄与率は、引き続き高く、2013 年は
72%になっている。実質 GDP 成長率の上昇とともに、アメリカの家計部門※1の平均消費性向も上昇してお
り、2013 年は 95.5%の水準まで回復している。
2.アメリカの家計部門における住宅ローン、ホームエクイティ・ローン(HEL)
、消費者ローンを合わせた負債
総額は、2013 年においては 12 兆5千億ドルに達しており、家計の債務残高は増え続けている。
3.アメリカの家計部門の債務残高が増え続けている原因となっているのは、消費者ローンである。住宅ローン
残高、HEL 残高が前年比マイナスで減少あるいはゼロで横ばいに推移する中、消費者ローンは金融危機以降、
前年比 4.0%から 6.0%の水準で増加している。
4.アメリカの家計部門の消費者ローン残高の内訳を見ると、教育ローンが全体の 40%を占めている。住宅ロー
ンのみならず、教育ローンにおいても、アメリカ政府は流動性供給を行い、リスクの担い手となっている。
5.アメリカの金融機関の住宅ローン、HEL、消費者ローンの審査基準は、一部において緩和傾向が見られるが、
金融危機以降は、厳格化あるいは横ばい傾向にあるため、景気動向によっては、アメリカの家計部門の借入れ
が鈍化し、個人消費が圧迫される可能性があると考えられる。
1 はじめに
●
っている。
2013 年のアメリカ実質 GDP 成長率への寄与度を見
ると、個人消費が 1.4%と大きく、次いで輸出 0.4%、設
アメリカの実質 GDP 成長率は、2008 年のリーマン・
備投資 0.3%、住宅投資 0.3%となっている。マイナス
ブラザーズ証券破綻に始まった世界的な金融危機による
成長となっているのは、政府支出および輸入であり、そ
与信枠の収縮を受け、2009 年にはマイナス 2.8%まで低
れぞれマイナス 0.4%およびマイナス 0.2%となってい
下した後、2012 年は 2.8%、2013 年は 1.9%の水準にな
る【図表1】
。
※1 FRB の Z.1 におけるアメリカの家計部門には、個人以外にもアメリカ国内のヘッジファンド、プライベートエクイティファンドおよび個人信託財産が NPO 法人
として分類され、合算されている点に注意が必要。
68
Housing Finance 2014 Spring
図表1
アメリカの実質 GDP 成長率と寄与度
8.0
6.0
4.0
政府支出
2.0
輸入
輸出
%
0.0
在庫投資
住宅投資
−2.0
設備投資
個人消費
−4.0
前年比
−6.0
−8.0
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013
暦年
(資料)BEA より
図表2
アメリカの平均消費性向と実質 GDP 成長率
0.98
5.0
4.0
0.97
3.0
2.0
0.96
1.0
0.95
%
0.0
実質 GDP 成長率(左軸)
平均消費性向(右軸)
−1.0
0.94
−2.0
0.93
−3.0
0.92
20
13
20
12
20
11
20
10
20
09
20
08
20
07
20
06
20
05
20
04
20
03
20
02
20
01
20
00
−4.0
暦年
(資料)BEA より
Housing Finance 2014 Spring
69
03
レ ポ ート
アメリカの実質 GDP 成長率に占める個人消費の寄与
2 アメリカの家計部門の負債構
●
率は、2011 年、2012 年、2013 年は、それぞれ 97%、
造の動向
54%、72%となっており、2000 年から 2013 年までの単
純平均は 79%になっている。
数字を見ても明らかな通り、アメリカの実質 GDP 成
2000 年以降のアメリカ家庭における負債総額を住宅
長率を牽引するのは、個人消費であり、個人消費は各家
ローン借入額、消費者ローン借入額、ホームエクイティ・
庭の可処分所得および消費支出等によって変動する。
ローン(HEL)借入額の合計額とすると、2000 年に6兆
2000 年から 2013 年までのアメリカの平均消費性向
6千億ドルあった負債総額は、2007 年にはほぼ2倍の
(=個人消費支出÷可処分所得)を見てみると、2005 年
13 兆3千億ドルまで膨れ上がった。しかし、その後の
に 97.4%のピークを迎えて、2009 年に 93.9%まで低下
金融危機の影響を受けてアメリカ家庭の負債総額の残高
した後、2013 年は 95.5%まで回復している【図表2】
。
は伸び悩んでおり、2013 年においては 12 兆5千億ドル
【図表2】の通り、アメリカ家庭の平均消費性向と実質
の水準となっている【図表3】
。
GDP 成長率は一定の関係性を持っている。GDP 成長
連邦準備銀行(FRB)の定義によれば、住宅ローンに
率が上向けばアメリカ家庭の個人消費支出は増え、平均
は、1〜4ファミリー向け住宅ローン(mortgages on
消費性向も増えることを意味し、個人消費支出が増えれ
1-4 family properties)および農業住宅向け住宅ローン
ば、GDP 成長率はプラス成長することを意味する。
(mortgages on farm houses)が含まれている。住宅の
本稿では、アメリカの家計部門の負債構造を紐解き、
種類を捨象して定義すれば、住宅ローンとは、家庭が住
その負債構造から今後のアメリカ経済について考えてみ
宅を担保に住宅を取得するあるいは既存の住宅ローンを
る。
借り換えるためのローンである。
図表3
アメリカの家計部門の負債総額
14.0
68
12.0
66
10.0
64
HEL(左軸)
兆ドル
8.0
62 %
消費者ローン(左軸)
6.0
住宅ローン(HEL 除く)
(左軸)
60
4.0
住宅ローン(HEL 除く)
/負債全体
(右軸)
58
2.0
56
暦年
(資料)FRB より
70
Housing Finance 2014 Spring
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
0.0
においても前年比マイナス 8.5%となっている。
住宅を担保とする点において、住宅ローンと HEL は
同じではあるが、一般的に HEL は、抵当権順位で住宅
住宅ローン残高は、2003 年に前年比 14.3%まで増加
ローンに劣後するため、HEL の担保となるのは家庭の
した後、HEL 同様に 2008 年以降は減少を続けたが、
資産価額から先順位の住宅ローン残高を差し引いた住宅
2013 年においては前年比 0.0%の水準まで回復してい
の純資産価額、つまり住宅のエクイティ部分の価値を担
る。
HEL、住宅ローンともに借り手の住宅を担保とする有
保に借り入れるローンである。
住宅ローン、HEL を上記の通り定義すると、それ以外
担保借入のため、担保価値の変動、つまり不動産価格の
のローンは、消費者ローン(consumer credit)に分類さ
変動の影響を受ける。アメリカの不動産価格の指数とし
れ、内訳としては、クレジットカード払いに代表される
て代表的な S&P ケースシラー全米住宅価格指数(以下、
リボルビング型ローン、自動車ローン、教育ローン
全米住宅価格指数)と HEL、住宅ローンの残高伸び率を
比較すると、全米住宅価格指数が 2005 年に 187 のピー
(student loan)
、その他ローンに大別される。
クをつけて 2011 年の 126 まで低下する中、HEL およ
アメリカの家計部門の負債残高に占める住宅ローンの
び住宅ローンの残高伸び率もそれぞれ低下している。
割合は、2009 年の 67%をピークに同年以降、減少を続
けている。住宅ローン、HEL、消費者ローンの残高の対
アメリカの家計部門の保有不動産の価格から住宅ロー
前年比伸び率を比べると興味深い変化が見えてくる【図
ンおよび HEL の残高を差し引いた住宅に係る純資産
表4】
。
額※2 は、2005 年にピークの 13 兆 1,010 億ドルに達し
残高伸び率の増減では、HEL の伸縮が大きい。HEL
た後、2011 年には6兆 2,600 億ドルにまで低下した。
残高は、2004 年には前年比 30.8%と大きく伸びたもの
2013 年においてアメリカの家計部門の当該純資産額は、
の、2008 年以降はマイナス成長が続いており、2013 年
10 兆 260 億ドルの水準まで回復している。アメリカの
図表4
住宅ローン、消費者ローン、HEL の前年比残高伸び率
35.0
200.0
30.0
180.0
25.0
160.0
20.0
140.0
15.0
120.0
S&P ケース・シラー全米住宅価格指数
(右軸)
負債全体(左軸)
%
10.0
100.0
5.0
80.0
0.0
60.0
−5.0
40.0
−10.0
20.0
−15.0
0.0
消費者ローン(左軸)
HEL(左軸)
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
住宅ローン(HEL 除く)
(左軸)
暦年
(資料)FRB、S&P より
Housing Finance 2014 Spring
71
03
レ ポ ート
消費者ローンは、繰り返しになるが、ショッピング等
家計部門の当該純資産額の回復に反して、HEL 残高は
のリボルビング型ローン、自動車ローン、教育ローン※3、
2007 年以降、減少を続けている【図表5】
。
アメリカの失業率は、2007 年の 4.6%をボトムに、
その他ローンに大別される。
2010 年は 9.6%まで上昇、2014 年2月時点では、7.0%
2013 年において、アメリカの家計部門の消費者ロー
の水準まで改善している【図表6】
。
ン残高は3兆 986 億ドルに達しているが、うち教育ロー
雇用環境の改善、あるいはアメリカの家計部門の不動
ン残高が1兆 2,256 億ドルと消費者ローン残高の 40%
産純資産額の上昇に反して、HEL 残高が減少している
を占めている。なお、アメリカの家計部門の 2013 年に
のは、借り手の HEL のニーズの減少、あるいは貸し手
おけるリボルビング型ローン、自動車ローンの残高は、
の HEL の消極姿勢(悪く言えば、貸し渋り)が原因と思
それぞれ 8,565 億ドル、8,749 億ドルとなっている【図
われる。その原因を調べるために、続いてアメリカ家庭
表8】
。
における消費者ローンの動向についても分析を行う。
アメリカの家庭における教育ローン残高は、リボルビ
アメリカの家計部門の消費者ローン残高について見て
ング型ローンおよび自動車ローンを上回り、HEL 残高
みると、消費者ローン残高は、2009 年にマイナス 3.7%
(7,038 億ドル)を上回っている。
となった時を除いて、2000 年以降は毎年増加している。
アメリカの内国歳入庁(Internal Revenue Service)
2013 年においても、消費者ローンの残高伸び率は 6.0%
によれば、HEL は最大で元本 10 万ドル相当の支払利息
の水準で増加している【図表7】
。
を所得から控除することができる※4。この所得控除の
図表5
アメリカの家計部門の保有する不動産に係る純資産額と HEL 残高
14.0
12,000
12.0
10,000
10.0
8,000
6,000
億ドル
兆ドル
8.0
HEL 残高(右軸)
6.0
4,000
家庭の不動産資産の純資産額
(左軸)
4.0
2,000
2.0
0.0
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
0
暦年
(資料)FRB より
※2 FRB は、アメリカの家計部門の保有する不動産は、所有者が自ら居住する全ての不動産としており、農業住宅やトレーラーハウス、賃貸に出されていないセカンド
ハウス、等も含まれている。
※3 図表7において、2006 年以降、教育ローンの残高が大きく伸びているのは、集計上、2006 年 Q1 まで教育ローンをその他ローンに含めていたことが原因である
ことに留意されたい。
72
Housing Finance 2014 Spring
図表6
アメリカ失業率と HEL 残高
10.0
10,000
8.0
8,000
6.0
6,000
億ドル
12,000
%
12.0
HEL 残高(右軸)
失業率(左軸)
13
12
20
20
11
10
20
09
20
08
20
20
07
06
20
20
20
20
20
20
20
20
05
0
04
0.0
03
2,000
02
2.0
01
4,000
00
4.0
暦年
(資料)FRB、アメリカ労働省より
図表7
消費者ローンの内訳および前年比残高伸び率
14.0
35,000
12.0
30,000
10.0
25,000
8.0
20,000
%
4.0
15,000
2.0
億ドル
6.0
その他ローン(右軸)
教育ローン(右軸)
自動車ローン(右軸)
リボルビング型ローン(右軸)
0.0
10,000
消費者ローン変化率(左軸)
−2.0
5,000
−4.0
−6.0
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
0
暦年
(資料)FRB より
Housing Finance 2014 Spring
73
レ ポ ート
図表8
03
消費者ローン資産と消費者ローン負債内訳(2013 年)
(単位
消費者ローン資産
億ドル)
消費者ローン負債
連邦政府
預金取扱機関
信用組合
ABS 発行体
金融会社
その他
7,298
12,715
2,650
486
6,790
1,047
リボルビング型ローン
自動車ローン
教育ローン
その他ローン
8,565
8,749
12,256
1,416
合計
30,986
合計
30,986
(資料)FRB より
メリットと住宅ローン金利に近い金利水準から、多くの
アメリカにおいては、貸し手である金融機関と借り手
アメリカの家計は、子供の教育費や医療費の支払いを
である個人が直接取引をする市場をプライマリー・モー
HEL によって行っていたと思われる。
ゲージ市場、略してプライマリー市場と呼んでいる。そ
HEL 残高の推移を見ても明らかだが、アメリカの金
して、MBS 等の組成により、貸し手と機関投資家が直
融機関は、金融危機以降、HEL の貸し出しについて消極
接取引を行う市場をセカンダリー・モーゲージ市場、略
的である。HEL が借りにくくなった結果、高額な学
してセカンダリー市場と呼んでいる。
※5
費
を支払うために、アメリカの家庭は教育ローンの
借り入れを増やしていると思われる。
教育ローンについても、その借入利息は、一定の条件
※6
の下、所得控除が適用される
ため、アメリカの家庭が
教育ローンを借り入れる理由の一つになっていると思わ
れる。
セ カ ン ダ リ ー 市 場 に は、ジ ニ ー メ イ や GSE※7
(Government Sponsored Enterprise)として設立さ
れ、現在はアメリカ連邦政府の管理下にあるファニーメ
イおよびフレディマック、そして民間の金融機関が存在
する。
アメリカの家庭向けに貸し出された住宅ローンの貸し
手の内訳を見ると、ジニーメイあるいは GSE が審査基
3 アメリカの家庭向け信用リス
●
クの担い手たち
準を定める住宅ローン残高は、合計で5兆 9,315 億ドル
となっており、住宅ローン資産の約 60%を占めている
【図表9】
。
GSE が直接あるいは担保として保有する居住用住宅
アメリカの家庭向けに貸し出された住宅ローンは、貸
ローンは、総額で4兆 5,476 億ドルとなっており、その
し手である金融機関に原債権のまま保有されるか、
大部分を GSE 適格住宅ローンおよびその他資産を担保
MBS(Mortgage-backed Securities)の発行のために
とする MBS および ABS(以下、GSE MBS・ABS)
ファニーメイやフレディマックを含む第三者に債権譲渡
の発行によって調達している【図表 10】
。
されるか、政府系金融機関であるジニーメイの保証を付
して証券化されるのが一般的である。
2010 年の会計基準(FAS166、167)の改正により、証
券化済み住宅ローンの大半が GSE 本体に連結されたも
※4 自宅の購入・建設・大規模改修を行う目的でなければ、借入残高 10 万ドルを上限に、HEL の支払利息について、所得控除を受けることができる。
http://www.irs.gov/publications/p936/
※5 アメリカの大学入試センター(College Board)によれば、米国の私立4年生大学の 2013-2014 年の学費は、全米平均で 30,094 ドルとなっている。公立4年
制大学でも州外生徒の場合、同期間の学費は、全米平均で 22,203 ドルとなっている。
http://trends.collegeboard.org/college-pricing
※6 教育ローンの支払利息について、借入期間にわたって、年間最大 2,500 ドルの所得控除を受けることができる。
http://www.irs.gov/publications/p970/ch04.html
※7 本稿における GSE には、連邦住宅貸付銀行(Federal Home Loan Bank:FHLB)
、ファニーメイ、フレディマック、他が含まれている。
74
Housing Finance 2014 Spring
図表9
住宅ローン資産と住宅ローン負債の内訳※8(2013 年)
(単位
住宅ローン資産
億ドル)
住宅ローン負債
GSE
預金取扱機関
エージェンシーおよび GSE
適格 MBS の担保※9
ABS 発行体
信用組合
その他
45,476
23,708
14,206
合計
98,633
家庭向け
公的非金融法人企業
民間非金融法人企業
93,716
4,817
100
合計
98,633
7,931
3,448
3,864
(資料)FRB より
図表 10
GSE の資産と負債の内訳(2013 年)
(単位
金融資産
億ドル)
負債
証券化済み住宅ローン
その他住宅ローン
マルチファミリー住宅ローン
エージェンシー MBS・ABS
その他金融資産
40,877
4,599
2,435
2,933
12,771
合計
63,615
GSE MBS・ABS
その他社債
その他負債
42,340
19,652
1,154
負債合計
63,146
(資料)FRB より
のの、実体的には MBS として存在しており、MBS 市
アメリカの消費者金融保護局(Consumer Financial
場が縮小したわけではない点は、FRB の Z.1 を見る上
Protection Bureau)のレポート※11によると、2011 年
で留意する必要がある。
12 月から 2013 年5月にかけて、教育ローン残高は年率
エージェンシーの発行する MBS・ABS の残高は、6
20%の伸び率を示しており、同期間の伸び率が2%を下
兆 3,303 億となっており、最大の投資家は民間の預金取
回ったリボルビング型ローン残高を大きく上回ってい
扱機関であり、アメリカの中央銀行である FRB がその
る。
後に続いている【図表 11】
。
アメリカの大学入試センター(College Board)によ
残高から計算すると、セカンダリー市場において証券
ると、2011-2012 年学期において学士号を取得した者の
化されたエージェンシー MBS・ABS の 24%を連邦準
うち、約 57%の生徒が負債をかかえ、一人あたり平均
※10
、FRB は、住宅ロ
25,000 ドルの借入れがあった※12。高額であるアメリ
ーンの信用リスクの担い手として大きな存在感を示して
カの4年制大学の学費について、大半の学生あるいはそ
いる。
の保護者は教育ローンを借りて支払っているということ
備銀行が保有していることになり
住宅ローンのみならず、アメリカの連邦政府は、教育
ローンにおいても、存在感を示している。
であり、教育ローンの返済負担は軽くはない。
連邦政府が保証する、あるいは直接貸し付けた教育ロ
※8 合計に HEL 残高 7,153 億ドルを含んでいる。
※9 FRB 資料では、Agency-and GSE-backed mortgage pool となっている。
※ 10 FRB の Z.1 上では、アメリカ財務省が FRB と同じカテゴリーで掲載され続けているが、アメリカ財務省の保有分は、既に全て売却済みとなっており、現時点で
保有しているのは FRB のみである。
※ 11 2013 年7月 17 日「膨れ上がる教育ローン 連邦政府のローン残高は1兆ドルを超える(Student Debt Swells, Federal Loans Now Tops a Trillion)
」
※ 12 http://trends.collegeboard.org/student-aid/highlights
Housing Finance 2014 Spring
75
03
レ ポ ート
図表 11
ーン残高は、2014 年 Q 1において1兆 518 億ドルとな
投資家別エージェンシー MBS・ABS
の保有残高(2013 年)
(単位
アメリカ国内
預金取扱機関
っており、2007 年の残高である 5,169 億ドルのほぼ2
億ドル)
倍の水準に達している【図表 12】
。
17,210
連邦準備銀行
15,474
投資信託
8,370
公的および民間の年金基金
4,400
生命保険会社
3,628
MMF
3,611
REIT
2,800
GSE
2,933
信用組合
2,003
損害保険会社
1,143
証券ブローカー
1,142
その他
4 アメリカの家計部門の負債構造と
●
アメリカ経済へのインプリケーション
一般論として、アメリカ社会においては、高等教育を
受けることは、職業選択の自由につながり、将来におい
て安定かつ高い収入を得られる期待感につながってい
る。また、概して、アメリカにおいては、犯罪が少なく、
自然環境の多い地域、都心部に近い地域ほど不動産価格
は高くなる。
589
合計残高
良い教育を受けて良い職業に就き、良い地域に住むこ
63,303
とがアメリカンドリームであるとすれば、その夢の実現
(資料)FRB より
に向けて、教育ローンを組み、住宅ローンを借りるアメ
連邦政府が保証する、あるいは直接貸し付けた教育ローン残高※13
図表 12
12,000
10,000
8,000
億ドル
6,000
連邦パーキンズローン
連邦家族教育ローン
政府直接ローン
4,000
2,000
0
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014Q1
歴年
(資料)Federal Student Aid より
※ 13 各ローンの名称の和訳については、独立行政法人日本学生支援機構「アメリカにおける奨学金制度に関する調査報告書」を参考にさせていただいた。
http://www.jasso.go.jp/statistics/scholarship_us/scholarship_us.html
76
Housing Finance 2014 Spring
上回り、全体の 95%になっている【図表 14】
。
リカ家庭の動きは、アメリカ社会において成功をはかる
クレジットカード貸付の審査基準については、住宅ロ
一つのバロメーターであり、アメリカ社会に古くから根
ーンよりやや「緩和」傾向にあるものの、審査基準を「厳
付いている概念であると考えられる。
格化」あるいは「横ばい」とした金融機関は、67%にな
アメリカの預金取扱機関が、金融危機によって抱える
っている【図表 15】
。
ことになった負の資産の処理をようやく終えたとして
も、預金取扱機関に対する規制強化の動きは強まってお
OCC に よ れ ば、消 費 者 向 け 間 接 貸 付(Indirect
り、セカンダリー市場に容易に売却できない資産(例え
Lending)の大部分は、自動車ローンであり、残りは教
ば、HEL やサブプライムローン)についての選別は、既
育ローン、船舶ローン、レジャー用自動車ローンによっ
に始まっていると考える。
て構成される。OCC の調査によれば、消費者向け間接
この傾向は、アメリカの通貨監督庁(Office of the
貸付の審査基準を「緩和」した金融機関は、63%になっ
Comptroller of the Currency:OCC)の公表する調査
ているものの、調査対象の 58%の金融機関の間接貸付
※14
報告書
金のポートフォリオにおいて、信用リスクが高まってい
から読み取れる。
るとしている。
調査対象となったアメリカの金融機関において、居住
用住宅ローン審査の基準を「厳格化」あるいは「横ばい」
アメリカの家庭が教育および住宅取得に必要な資金を
とした銀行は、住宅ローン貸付業務を行っている 78 機
ローンによって調達している中で、貸付基準を「厳格化」
関の 89%を占めている。OCC によれば、住宅市場は回
あるいは「
(厳格化したまま)横ばい」とする預金取扱機
復傾向にあるものの、2012 年に住宅ローン業務そのも
関がアメリカ家庭の資金ニーズに応えられないとした
のから撤退した金融機関は2社存在しており、OCC は、
ら、アメリカの連邦政府・中央銀行がそのギャップを補
居住用住宅ローンの審査基準については、
「横ばい」ある
填すべく、プライマリーあるいはセカンダリー市場にお
いは「厳格化」の傾向は継続するとの見方を持っている
いて MBS・ABS の買い入れを含めた流動性供給を行っ
たとしても不思議ではない。
【図表 13】
。
一般的な HEL については、審査基準を「厳格化」ある
しかし、アメリカ家庭の収入に上限があるように、ア
いは「横ばい」とした金融機関は、居住用住宅ローンを
メリカ家庭における債務返済能力についても上限があ
図表 13
居住用住宅ローンの審査基準の変化
年
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
緩和
26%
19%
0%
0%
5%
8%
10%
11%
横ばい
69%
67%
44%
27%
36%
52%
65%
76%
厳格化
5%
14%
56%
73%
59%
40%
25%
13%
(資料)OCC より
図表 14
一般的な HEL の審査基準の変化
年
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
緩和
34%
19%
2%
0%
5%
9%
18%
5%
横ばい
64%
65%
46%
22%
35%
55%
68%
73%
厳格化
2%
16%
52%
78%
60%
36%
14%
22%
(資料)OCC より
※ 14 “2013 Survey of Credit Underwriting Practice”
, January 2014, Office of the Comptroller of the Currency
Housing Finance 2014 Spring
77
03
レ ポ ート
図表 15
クレジットカード貸付の審査基準の変化
年
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
緩和
19%
16%
18%
0%
0%
25%
35%
33%
横ばい
56%
79%
47%
32%
19%
31%
50%
54%
厳格化
25%
5%
35%
68%
81%
44%
15%
13%
(資料)OCC より
る。
を抑制する目的で、
「貸付真実法における返済能力およ
住宅ローンあるいは教育ローンの返済負担率が高い家
※15
び 適 格 住 宅 ロ ー ン 基 準」
(Ability-to-Repay and
庭においては、預金取扱機関が貸付基準を厳格化した場
Qualified Mortgage Standards under the Truth in
合、クレジットカードあるいは自動車ローンを組めなく
Lending Act)が 2014 年1月 10 日より施行され、アメ
なる可能性があり、結果、アメリカの個人消費が圧迫さ
リカの消費者にとって返済可能な住宅ローン(afford-
れる可能性がある。景気が上向き、企業の採用が増え、
able mortgage)が何であるか、一定の基準が示された。
可処分所得も増加すれば、そのような心配は杞憂に終わ
金融機関主導による利益に偏重した貸付は二度とさせ
るであろう。FRB は、量的緩和の縮小(いわゆるテーパ
ない、
借り手には返済可能な住宅ローンを借りてもらう。
リング)を開始しており、これを景気回復のシグナルと
当該法からは、アメリカの金融当局のそのような気概を
して考えた場合、アメリカの景気見通しは暗くはないと
感じ取ることができる。消費者保護を推進しつつ、健全
言えるだろう。しかし、住宅ローンあるいは教育ローン
なプライマリー市場の創設が実現できれば、セカンダリ
に対するアメリカ連邦政府の流動性供給が十分でなく、
ー市場において投資家は MBS を安心して購入すること
万が一、個人消費が低迷した場合、アメリカ連邦政府と
ができ、プライマリー市場およびセカンダリー市場の両
して次に何ができるであろうか。
方において、流動性が高まるであろう。住宅ローン市場
参考になると思われるのは、我が国において 2009 年
12 月に施行された中小企業金融円滑化法(以下、
「法」と
の拡大によるアメリカの本格的な景気回復に期待した
い。
いう。
)である。この法は、借り手からの返済条件変更の
申し出について、個別金融機関の自主努力によって対応
できるように規定するものであり、返済条件の緩和につ
いて、金融機関が前広に対応できる制度を導入するきっ
かけとなった。法の期限が到来した 2013 年4月以降に
おいても、個別金融機関の自主努力によって取り組みが
※本稿の意見にわたる部分については執筆者個人の見解であ
って、住宅金融支援機構の見解ではありません。
〈参考文献〉
独立行政法人日本学生支援機構、
「米国アメリカにおける奨
学金制度に関する調査について報告書」
、2010 年2月
継続されている功績は大きく、借り手にとっては住宅ロ
Boards of Governors of the Federal Reserve System, “Z. 1
ーンを借りる一つの安心材料につながっていると思われ
Financial Accounts of the United States Fourth Quarter
る。法を先行実施した我が国の事例は、アメリカにおい
ても、金融機関による貸し渋り、貸し剥がし対策の一つ
として、参考になるのではないかと考える。
アメリカにおける金融ビジネスは、金融危機を境にレ
バレッジ型からデレバレッジ型に大きく方向転換を行っ
ており、住宅ローンの分野においても、容易な借り入れ
2013”
College Board, “Trends in Higher Education”
Consumer Financial Protection Bureau, “Ability to Repay
and Qualified Mortgage Standards Under the Truth in
Lending Act(Regulation Z)
”
Internal Revenue Service, “Publication 936(2013)
, Home
Mortgage Interest Deduction”
※ 15 アメリカの消費者金融保護局(Consumer Financial Protection Bureau)が貸付真実法を施行するレギュレーション Z(Regulation Z)を改正した法である。
http://files.consumerfinance.gov/f/201301_cfpb_final-rule_ability-to-repay-preamble.pdf
78
Housing Finance 2014 Spring
Internal Revenue Service, “4. Student Loan Interest
Deduction”
McGraw Hill Financial, “S&P/Case-Shiller Home Price
Indicies”
Office of the Comptroller of the Currency, “2013 Survey of
Credit Underwriting Practice”, January 2014
Office of the U.S. Department of Education, Federal Student
Aid, “Federal Student Loan Portfolio”
Rohit Chopra, "Student Debt Swells, Federal Loans Now Top
a
Trillion",
Consumer
Financial
Protection
Bureau
Newsroom, July 17, 2013
U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic Analysis,
“National Income and Product Accounts Table”
Housing Finance 2014 Spring
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