新農業展開ゲノムプロジェクト: リソース領域

新農業展開ゲノムプロジェクト: リソース領域(プロジェクト研
究成果シリーズ515)
誌名
新農業展開ゲノムプロジェクト: リソース領域
巻/号
515号
掲載ページ
p. 1-98
発行年月
2014年3月
農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波事務所
Tsukuba Office, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat
研 究 成 果
515
(2014・3)
新農業展開ゲノムプロジェクト
-リソース領域-
Genomics for Agricultural Innovation
農林水産技術会議事務局
新農業展開ゲノムプロジェクト
-リソース領域-
Genomics for Agricultural Innovation
2014年3月
515ブック 1.indb
1
2014/02/04
14:50:06
序 文
研究成果シリーズは、農林水産省農林水産技術会議が研究機関に委託して推進した研究の成果を、総合的
かつ体系的にとりまとめ、研究機関及び行政機関等に報告することにより、今後の研究及び行政の効率的な
推進に資することを目的として刊行するものである。
この第 515 集「新農業展開ゲノムプロジェクト-イネ科作物の研究基盤リソースの整備(リソース領域)-」
は、農林水産省農林水産技術会議の委託プロジェクト研究として、2008 年度から 2012 年度までの5年間に
わたり、独立行政法人農業生物資源研究所を中心に実施した研究成果をとりまとめたものである。
農業上重要な遺伝子の解明、画期的作物の開発等のためのゲノム研究基盤の確立を図ることを目的として、
農林水産省は 1998 年に国際コンソーシアムを立ち上げてイネの全ゲノム塩基配列の解読に着手し、2004 年
に完全解読を達成した。その後も、病虫害抵抗性、収量性、環境ストレス耐性等に関する遺伝子約 100 個を
単離し機能を解明して特許化を行うなど、我が国はイネゲノム情報を活用した研究分野において世界をリー
ドしてきた。
本研究では、さらなる遺伝子の単離や機能解明に大きく貢献する様々な研究基盤の開発を目指し、イネの
突然変異系統の作出や、各組織や各生育ステージにおける遺伝子発現情報の収集を実施するとともに、イネ、
オオムギ、コムギ等について大量の遺伝子情報を処理して遺伝子機能を予測するための解析技術を開発した。
本研究の成果は、より効率的な遺伝子の単離や機能解明に利用できるとともに、DNA マーカー育種への
活用が期待されることから、農作物の遺伝子機能解析や品種改良等を行っている研究機関の関係者が今後の
研究計画を、農作物の生産振興に係る行政機関の関係者の方々等が今後の施策を考える上で有用であると考
えている。
最後に、本研究を担当し、推進された方々の労に対し、深く感謝の意を表する。
2014 年 3 月
農林水産省農林水産技術会議事務局長 雨宮 宏司 515ブック 1.indb
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目 次
第 1 編 人為的変異を利用したイネ実験系統群の作出
研究の要約 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
1 転写因子 cDNA 等を過剰発現するトランスジェニックイネ系統の作出・評価及び利用
(AMR0001)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
2 FOX 系統を利用したストレス耐性関連遺伝子の探索と利用(AMR0002)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
3 放射線を利用した変異体の作出・評価及び利用(AMR0003)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21
4 イネ転写因子キメラリプレッサーを用いた変異体の作出・評価及び利用(AMR0004)・・・・・・・・・ 25
第2編 遺伝子発現情報のプロファイリング
研究の要約 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44
1 イネのトランスクリプトーム解析(RTR0001)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
2 イネの生育過程における遺伝子発現アトラス作成(RTR0002)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57
3 イネと病原菌等との相互作用における遺伝子発現解析(RTR0003)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 61
4 自然環境下での遺伝子発現変動のプロファイリング(RTR0004)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64
5 イネの登熟制御に関わる遺伝子発現解析と分子機構解明(RTR0005)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 68
6 初期生活環における遺伝子発現プロファイルとその情報利用(RTR0006)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70
第3編 情報解析ツールの開発、整備
研究の要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73
1 超高速配列決定時代に対応した情報リソース開発(GIR1001)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80
2 比較ゲノム解析による遺伝子機能マイニングツールの開発と整備(GIR1002)・・・・・・・・・・・・・・・・ 87
3 表現型データベース・育種支援ツールの整備(GIR1003)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 90
4 研究活性化のための分譲リソースの維持・管理・提供及び研究支援(GIR1004)・・・・・・・・・・・・・・ 93
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研
究
の
Ⅰ 研究年次・予算区分
要
約
Ⅴ 研究方法
1 遺伝子機能解析の加速化を助ける放射線照射
研究年次:2008 年度~ 2012 年度
変異リソースの整備と評価
予算区分:農林水産省農林水産技術会議 新農業
イオンビームやガンマ線を照射した機能欠失型変
展開ゲノムプロジェクト
異イネ系統群作出、整備、特性評価を行う。すなわち、
Ⅱ 主任研究者 各照射集団において、放射線の照射条件と誘発され
主 査:(独)農業生物資源研究所
る突然変異の種類、部位、頻度等の因果関係をつか
理事長
む。誘発される突然変異の種類、部位、頻度等の情
石毛 光雄 報を集積することで、どのような照射条件が、逆遺
副主査:(独)農業生物資源研究所
伝学的スクリーニングに適した突然変異誘発方法か
理事
を明らかにする。最終的に、逆遺伝学的スクリーニ
佐々木 卓治(2008 ~ 2010 年度)
ングにより適した欠失変異集積イネ系統群の整備に
廣近 洋彦(2011 ~ 2012 年度)
努める。
研究リーダー:(独)農業生物資源研究所
2 イネ TF の包括的機能解明のためのトランス
植物科学研究領域
植物生産生理機能研究ユニット ジェニックリソースの整備と評価
上級研究員
1,000 種類以上のイネ TF cDNA を個別に過剰発
現する(TF-OX)イネを作出し、各 TF の機能獲
市川 裕章 得型変異系統群の整備と評価を行う。同時に、各
Ⅲ 研究担当機関 TF の標的(下流)遺伝子群の発現を抑制する遺伝
独立行政法人農業生物資源研究所
子サイレンシング(CRES-T)系をイネに適用する
(委託先)国立大学法人名古屋大学
ことで、ドミナントネガティブ型リソースである
(委託先)独立行政法人産業技術総合研究所
TF キメラリプレッサー過剰発現(TF-CR)変異系
(委託先)株式会社グリーンソニア
統群を多数作出する。
これら 2 種のトランスジェニック・イネリソース
Ⅳ 研究目的
は、TF 遺伝子に特化した実験系統群として、従来
本研究課題では各種人為的変異原のうち、放射線
のイネリソースには見られないユニークで貴重な研
照射や、転写因子(TF)をコードする遺伝子の発
究材料になると期待されるが、特定の TF 機能の獲
現改変(遺伝子組換え)等をイネに施すことによっ
得型変異と欠失型変異を比較観察することで、より
て誘発される多種多様な人為的変異を含むイネ実験
高精度で効率的な遺伝子機能解析研究を目指す。作
系統群を作出する。さらに、これら系統群の生育特
出した系統群の中から、生育特性の優れたものや、
性やストレス応答能などの形質の分析や評価、各種
バイオエタノール生産に適した系統などの選抜を行
形質の評価手法の確立と利用法の開発、有用形質の
い、有用遺伝子の同定や育種素材の開発に結び付け
選抜や有用遺伝子の同定と利用法の開発などの研究
る。また、この過程で各形質転換イネ系統の後代種
を組織的に行う。以上の研究開発により、i)各種
子を採種し、配布体制を整えると共に、各系統の表
イネ人為的変異導入実験系統群の後代種子や表現型
現型などの特性情報を紹介するデータベースを構築
情報が収集され、関連データベースの構築・公開へ
して公開する。
とつながる。また、ii)有用イネ遺伝子の同定や機
能解明、およびその分子育種への利用などに関する
研究の加速化、効率化に寄与する。
─1─
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3 包括的および戦略的イネ FOX hunting 系
でイネに個別導入して過剰発現させ、各形質転換
を駆使したストレス耐性関連遺伝子の探索手
イネ系統のストレス耐性を評価する(戦略的 FOX
法の確立と活用
hunting 系)。
従 来 の 包 括 的 イ ネ FOX hunting 系 に よ り 作 出
上記の研究から、ストレス耐性付与に関わる有用
された FOX イネ系統や、既存の FOX アグロバク
遺伝子を効率的に絞り込む手法を開発し、選択され
テリウムライブラリーをイネに導入して得られる
たストレス耐性遺伝子のイネへの単独導入あるいは
FOX イネ再分化系統について、塩や低温等の環境
複数遺伝子の共導入により、高度なストレス耐性を
ストレスに対する耐性検定を実施し、ストレス耐性
獲得した系統を作出することで、劣悪な環境条件下
候補系統を選抜する。これらのアプローチとは別
でも安定に生育するイネ(育種素材)の開発につな
に、約 100 種類のストレス耐性関連遺伝子群を選ん
げる。
研究計画表(研究室別年次計画)
研究課題
研究年度
08
09
10
11
担当研究機関・研究室
12
機関
研究室
1 人為的変異を利用したイネ実験系統
群の作出
(1) 転写因子 cDNA 等を過剰発現す
農業生物資源研究 植物生産生理機能
るトランスジェニックイネ系統の作
所 植物科学研究 研究ユニット
出・評価及び利用
領域
(2) FOX 系統を利用したストレス耐
名古屋大学 生物機 植物細胞機能研究
性関連遺伝子の探索と利用
能開発利用研究セ 分野
ンター
(3) 放射線を利用した変異体の作出・評
農業生物資源研
価及び利用
放射線育種場
究所 遺伝資源セン
ター
(4) イネ転写因子キメラリプレッサー
産業技術総合研究 植物機能制御研究
を用いた変異体の作出・評価及び利
所 生物プロセス研 グループ
用
究部門
グリーンソニア
注)文中の図、表、写真に付した番号は、課題番号とその中の一連番号を組合せて表示してある。
(例:1 -(1)の課題の 1 番目の図の場合は、図 11-1 と表示)
Ⅵ 研究結果
突然変異誘発系統集団として整備し、配布可能にし
1 放射線誘発突然変異系統群の作出と評価
た。また、これらの中から、約 600 系統の固定型突
日本晴、コシヒカリ、ひとめぼれ等の主要イネ品
種にガンマ線、イオンビームおよび EMS を処理し
然変異誘発系統を整備し、その生産性や耐塩性など
の評価を進め、リソースとして提供可能にした。
て育成した 32 種類の自殖後代群(M2 世代種子)を、
ガンマ線照射変異誘発イネ系統群から原因遺伝
─2─
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子が容易に同定可能な 24 種類の変異系統を選んで
研究に活用して頂いた。
ゲノム DNA を解析したところ、19 系統(79%)に
同種 TF cDNA 導入 OX と CR イネ系統間で逆転
DNA 欠失が見つかり、うち 15 系統が 1 ~ 10 数 bp
型の異常表現型を示したケースは 12 件あった。一
の小さな欠失で、4 系統は約 10 kbp 以上の大型欠
方、同種 TF の OX と CR イネ系統間で同等の表現
失であった。なお、残りの 5 系統のうち 2 系統が逆
型は 31 件見つかった。逆転型の TF は転写活性化
位、3 系統は塩基置換に起因する変異であることが
因子、また同等型の TF は転写抑制因子と推定され
わかった。
た。これらを含む各種 TF-OX および -CR イネ系統
異なる線量率のガンマ線を照射した突然変異誘発
は、トランスクリプトーム解析による対象 TF の下
植物の後代のうち、148 個体をアレイ比較ゲノムハ
流標的遺伝子の高精度予測や遺伝子発現ネットワー
イブリダイゼーション(aCGH)解析に供試したと
クの解明といった基礎研究のみならず、集団に見出
ころ、DNA 欠失の検出率は 10 ~ 20% の範囲であり、
された有用変異形質の育種素材としての活用等に役
線量率との間に正の相関関係は存在しないことが判
立てることが可能である。
明した。極早生あるいは矮性の変異形質を示す 2 種
500 種 類 を 越 す TF が 導 入 さ れ た CR イ ネ 系 統
の放射線誘発変異体のゲノム DNA を次世代シーク
(2,000 個体以上)のセルラーゼ糖化率およびリグニ
エンス解析に供し、共に約 30 か所の点変異を検出
ン含量を分析した結果、特定の TF ファミリーを導
したのみであったことから、ガンマ線による変異誘
入した系統が高糖化率と低リグニン含量を合わせ持
発頻度はさほど高くなく、育種素材として扱うのに
つことを見出した。これら系統の一部は、バイオエ
好都合であることが判明した。
タノール生産に有利な細胞壁成分を持つ有望系統と
期待される。
2 TF 形質転換イネリソースの作出と評価
イネ完全長 cDNA(FL-cDNA)クローン群から、
3 FOX イネ系統を用いたストレス耐性遺伝子
機能を損なうような DNA 欠失や変異を含まないと
の探索
考えられる TF をコードするものを選別し、1,162
包括的 FOX スクリーング系として、2,444 系統(約
種 類 の イ ネ TF cDNA の Gateway エ ン ト リ ー ク
12,000 個体)の FOX イネを耐塩性選抜に供し、後
ローンを調製した。各エントリークローンを OX 用
代でも安定な耐塩性を示す 12 系統を得た。うち、5
および CR 用の Gateway デスティネーションベク
系統は導入 cDNA の過剰発現形質と高度の耐塩性
ターに組込み、最終的に 1,148 種類の TF-OX およ
が遺伝学的にリンクしていた。導入 cDNA の中に、
び 1,093 種類の TF-CR 発現ベクターのアグロバク
植物ホルモンの代謝に係る酵素や機能未知タンパク
テリウムクローンを得た。これらのうち、915 種類
質をコードするものが見つかった。上記 FOX イネ
の TF-OX 菌株をイネに処理することで、2013 年 2
系統の他に、ストレス耐性に資する 77 種類の FL-
月 1 日までに 6,728 系統の TF-OX 再分化イネ(T0
cDNA を導入した 99 系統の FOX イネの種子ライ
世代)、並びに 911 種類の TF-CR 菌株から 6,419 系
ブラリーを得た。これらを 5 種類の環境ストレス耐
統の TF-CR イネ(T0)を鉢上げして栽培し、順次、
性試験に供し、比較的良好な耐性を示した 37 系統
後代(T1 世代等)種子を収穫した。
を屋外耐塩性試験に供し、3 種類の耐塩性 FOX 系
TF-OX および -CR イネ系統には葉、分げつ、草
統を選抜した。これら 3 系統はストレス耐性のパ
丈、稈、穂や籾などに様々な異常形質が見出された。
ターンが異なっており、独立した機構によって耐性
その多くは、TF-OX よりも -CR イネ系統でより高
を発揮していると推察した。
頻度で出現した。これは TF キメラリプレッサーの
また、上述の耐塩性(候補)イネ系統のストレス
働く分子機構に起因すると考えられた。以上の各種
耐性パターンをクラスタリング法によって評価した
TF の塩基配列や形質転換イネ等の情報は、作成中
ところ、そのパターンは多様性に富んでいたことか
のデータベースに順次記載した。また、TF-OX や
ら、ストレス耐性の機構も多様であることと考えら
-CR イネ系統の T1 種子等を、新農業展開ゲノムプ
れた。
ロジェクト参画者等の依頼に応じて配布し、各位の
上 記 の 他、 各 種 環 境 ス ト レ ス 耐 性 に 関 与 す る
─3─
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RICE SALT SENSITIVE 1(RSS1)は、双子葉植
は、未導入 TF コンストラクトのイネへの形質転換
物には存在しない因子で、ストレスにさらされた
を優先せざるを得なかったという事情がある。現状
細胞の分裂活性をサイトカイニンの作用を介して
では、T1 種子数の少ない系統は、可能な限り T1
維持する機能を有することを明らかにした。また、
個体の栽培を行うことで、T2 種子を収穫し、依頼
RSS3 は bHLH 型転写因子やジャスモン酸(JA)シ
者への配布に備えたい。
グナリングに係る JAZ タンパク質との相互作用を
3)TF の 機 能 に 影 響 を 与 え る 変 異 が あ る FL-
介して、JA 応答性遺伝子の発現を制御することを
cDNA クローンや、FL-cDNA クローン自体が存在
示した。今後、JA 応答と耐塩性との分子機構のさ
しない TF は、その後の研究対象になり得ていない。
らなる理解を要するが、JA 応答系を適切に制御す
この数は 900 種類前後に及ぶが、ゲノム研究が進ん
ることが耐塩性につながると期待される。
でいるモデル実験単子葉植物のイネの転写因子の包
括的機能解析のための研究リソースを充実させるに
Ⅶ 今後の課題
は、それらの各 TF についても、そのクローン化か
1)研究当初から予想されていたことであるが、
本リソース研究が抱えている最大の問題は、本研
ら始まる膨大な作業を実施するのが望ましいところ
である。
究 の 終 了 後 に、 放 射 線 突 然 変 異 誘 発 イ ネ 種 子 や
4)FOX イネ系統の各種ストレス耐性試験および
TF-OX および -CR イネ種子等のリソースの配布、
その結果のクラスタリングによるプロファイリング
さらに関連データベースの公開が本格化することに
の結果、塩ストレス等に耐性をもたらすイネの遺伝
ある。例えば AMR0001 / AMR0004 課題では、当
子が同定された。今後、各ストレス耐性遺伝子をイ
研究プロジェクト終了後は、それまで雇用していた
ネ等の植物のどの組織、どの段階、どのレベルで発
特別研究員、研究支援者等が契約切れとなり、デー
現させるか等の検討を加える必要がある。また、各
タベースや T1 種子等の形質転換リソースの維持・
遺伝子をどのような組み合わせで、どの品種に導入
管理体制は脆弱な状態にある。研究開発用の貴重な
するのが良いかの検討も行う必要があろう。また、
生物材料を担当研究機関の縮減しつつある財政で扱
これら遺伝子のうち、機能が未知あるいは理解が十
い続けるのは容易ではないため、持続性のある運営
分でないものは、機能を(さらに)解明することで
方法をどうやって構築していくか、今後の検討を要
特性の理解につながり、各遺伝子の適切な活用が可
する。
能になると期待される。また、今回の研究では、日
2) イ ネ に は 2,000 種 類 以 上 の TF が 存 在 す る。
本晴に由来するストレス耐性遺伝子が研究対象に
この中で我々が扱い得たのは 1,162 種の TF の FL-
なったが、他品種や系統に由来する該当遺伝子がさ
cDNA で、これをベースにして調製した TF-OX お
らなる耐性を付与する可能性もあり、何れを選択す
よび -CR コンストラクトをアグロバクテリウム経
るかの方策を検討する必要がある。
由でイネに導入出来たのはそれぞれ 915 および 911
種類である。5 年間でそれぞれ 1,000 種類の TF-OX
Ⅷ 研究発表
および -CR コンストラクトをイネに導入するとい
1)Y. Toda, M. Tanaka, D. Ogawa, K. Kurata,
う開始時の計画はおおむね達成出来た。ただし、
K.I. Kurotani, Y. Habu, T. Ando, K. Sugimoto,
TF コンストラクトの中には、何らかの理由で形質
N. Mitsuda, E. Katoh, K. Abe, A. Miyao, H.
転換体が得られにくい場合、TF 形質転換イネ個体
Hirochika, T. Hattori, S. Takeda(2013). RICE
の多くが生育不良(弱勢)になったものや、不稔性
SALT SENSITIVE3 Forms a Ternary Complex
や低稔性が多く出たものなど、次世代種子がほとん
with JAZ and Class-C bHLH Factors and
ど、あるいは全く得られることなく一生を終えてし
Regulates Jasmonate-Induced Gene Expression
まうといったものが少なからずあった。これらの
and Root Cell Elongation(2013). Plant Cell. 25:
異常形質の再現性は TF コンストラクトの再導入に
1709-1725.
よって一部の系統で再現されたが、再導入が出来た
2)H. Shinoyama, H. Ichikawa, M. Saitoh-
のはごく一部のコンストラクトのみであった。これ
Nakashima, M. Saito, R. Aida, H. Ezura, H.
─4─
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Yamaguchi, A. Mochizuki, K. Nakase, Y.
9)Y. Ohmori, T. Toriba, H. Nakamura, H.
Nishibata, Y. Nomura, H. Kamada (2012).
Ichikawa, H. Y. Hirano(2011)
. Temporal and
Introduction of male sterility to GM
spatial regulation of DROOPING LEAF gene
chrysanthemum plants to prevent transgene
expression that promotes midrib formation in
flow. Acta Horticulturae. 937(1): 337-346.
rice. Plant J. 65(1): 77-86.
3)M. Hakata, M. Kuroda, A. Ohsumi, T. Hirose,
10)T. Asano, M. Hakata, H. Nakamura, N. Aoki,
H. Nakamura, M. Muramatsu, H. Ichikawa,
S. Komatsu, H. Ichikawa, H. Hirochika, R. Ohsugi
H. Yamakawa (2012). Overexpression of a
(2011)Functional characterisation of OsCPK21,
rice TIFY gene increases grain size through
a calcium-dependent protein kinase that confers
enhanced accumulation of carbohydrates in the
salt tolerance in rice. Plant Mol. Biol. 75(1-2):
stem. Biosci. Biotechnol. Biochem. 76(11):
179-191.
2129-2124.
11)R. Morita, M. Kusaba, S. Iida, H. Yamaguchi,
4)W. Tanaka, T. Toriba, Y. Ohmori, A. Yoshida,
T. Nishio, M. Nishimura (2010). Molecular
A. Kawai, T. Mayama-Tsuchida, H. Ichikawa, N.
characterization of mutations induced by gamma
Mitsuda, M. Ohme-Takagi, H. Y. Hirano(2012).
irradiation in rice. Genes Genet. Syst. 84(5):
The YABBY gene TONGARI-BOUSHI1 is involved
361-370.
in lateral organ development and maintenance of
12)T. Asano, M. Wakayama, N. Aoki, S. Komatsu,
meristem organization in the rice spikelet. Plant
H. Ichikawa, H. Hirochika, R. Ohsugi(2010).
Cell. 24(1): 80-95.
Overexpression of a calcium-dependent protein
5)H. Nakagawa, A. Tanaka, T. Tanabata, M.
kinase gene enhances growth of rice under low-
Ohtake, S. Fujioka, H. Nakamura, H. Ichikawa,
nitrogen conditions. Plant Biotechnol. 27(4):
M. Mori(2012)
. Short grain1 decreases organ
369-373.
elongation and brassinosteroid response in rice.
13)M. Hakata, H. Nakamura, K. Iida-Okada, A.
Plant Physiol. 158(3): 1208-1219.
Miyao, M. Kajikawa, N. Imai-Toki, J. Pang, K.
6)T. Asano, N. Hayashi, M. Kobayashi, N. Aoki,
Amano, A. Horikawa, T. Tsuchida-Mayama, J.
A. Miyao, I. Mitsuhara, H. Ichikawa, S. Komatsu,
Song, M. Igarashi, H.K. Kitamoto, T. Ichikawa, M.
H. Hirochika, S. Kikuchi, R. Ohsugi(2012). A
Matsui, S. Kikuchi, Y. Nagamura, H. Hirochika, H.
rice calcium-dependent protein kinase OsCPK12
Ichikawa(2010).Production and characterization
oppositely modulates salt-stress tolerance and
of a large population of cDNA-overexpressing
blast disease resistance. Plant J. 69(1): 26-36.
transgenic rice plants using Gateway-based full-
7)H. Tabuchi, Y. Zhang, S. Hattori, M. Omae, S.
length cDNA expression libraries. Breed. Sci. 60
Shimizu-Sato, T. Oikawa, Q. Qian, M. Nishimura,
(5): 575-585.
H. Kitano, H. Xie, X. Fang, H. Yoshida, J.
14)M. Hakata, H. Nakamura, M. Kajikawa, H.
Kyozuka, F. Chen, Y. Sato(2011).LAX PANICLE2
Ichikawa (2010). Application of FTA Card
of Rice Encodes a Novel Nuclear Protein and
technology for identification of transgenes in
Regulates the Formation of Axillary Meristems.
transgenic rice. Rice Genet. Newslet. 25: 92-93.
Plant Cell. 23(9): 3276-3287.
15)H. Nakamura, M. Muramatsu, M. Hakata, O.
8)D. Ogawa, K. Abe, A. Miyao, M. Kojima, H.
Ueno, Y. Nagamura, H. Hirochika, M. Takano,
Sakakibara, M. Mizutani, H. Morita, Y. Toda,
H. Ichikawa(2009). Ectopic Overexpression
T. Hobo, Y. Sato, T. Hattori, H. Hirochika, S.
of The Transcription Factor OsGLK1 Induces
Takeda(2011). RSS1 regulates the cell cycle
Chloroplast Development in Non-Green Rice
and maintains meristematic activity under stress
Cells. Plant Cell Physiol. 50(11): 1933-1949.
conditions in rice. Nat. Commun. 2: 278.
16)M. Kusaba, T. Maoka, R. Morita, S. Takaichi
─5─
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(2009). A novel carotenoid derivative, lutein
3-acetate, accumulates in senescent leaves of
株式会社グリーンソニア
安本徹、佐藤和人、成田聡子
(*執筆者)
rice. Plant Cell Physiol. 50(8): 1573-1577.
17)C. F. Huang, N. Yamaji, M. Nishimura, S.
Tajima, J. F. Ma(2009). A rice mutant sensitive
Ⅹ 取りまとめ責任者あとがき
to Al toxicity is defective in the specification of
この「人為的変異を利用したイネ実験系統群の作
root outer cell layers. Plant Cell Physiol. 50(5)
:
出」は 4 実施課題からなるこじんまりした公募課題
976-985.
であるが、産・独・学が揃って参画し、それぞれの
18)R. Morita, Y. Sato, Y. Masuda, M. Nishimura,
立場や視点で研究リソースの作出と評価、さらにリ
M. Kusaba(2009). Defect in non-yellow coloring
ソースの評価法の確立と同時に有用遺伝子の探索等
3, an alpha/beta hydrolase-fold family protein,
に携わった。初年度から評価委員の先生方他から、
causes a stay-green phenotype during leaf
作出したリソースはまずは出来るだけ早く新農業展
senescence in rice. Plant J. 59(6): 940-952.
開プロジェクト参画者に公開・配布を行うことや、
19)Y. Sato, R. Morita, S. Katsuma, M. Nishimura,
TF-OX や -CR 形質転換イネの作出は参画者からの
A. Tanaka, M. Kusaba.(2009). Two short-chain
依頼に応じて TF 発現ベクターの導入順序を変更す
dehydrogenase/reductases, NON-YELLOW
べきといったアドバイスに従い、然るべく対応する
COLORING 1 and NYC1-LIKE, are required for
よう務めた。当初の作業仮説や目標が研究の過程で
chlorophyll b and light-harvesting complex II
変更せざるを得なくなったものもあり、様々な御指
degradation during senescence in rice. Plant J.
摘や厳しい評価を受けつつも、何れの実施課題も脱
57(1): 120-131.
落することなく、5 年間の研究を共に全う出来たの
20)R. Morita, M. Kusaba, S. Iida, T. Nishio, M.
は幸いである。リソース研究の性格上、止むを得な
Nishimura(2009).Development of PCR markers
い事情もあるが、作出した各種リソースと評価に関
to detect the glb1 and Lgc1 mutations for the
する原著論文を出来るだけ早期に仕上げることが望
production of low easy-to-digest protein rice
まれる。それによって、研究リソースやその評価法
varieties. Theor. Appl. Genet. 119(1): 125-130.
が植物科学系研究者に広く認知され、かつ活用され
21)S.G. Yao, Y. Sonoda, T. Tsutsui, H. Nakamura,
ることで、植物分子遺伝学、分子育種、バイオテク
H. Ichikawa, A. Ikeda, J. Yamaguchi(2008).
ノロジー分野の研究の推進に役立つなら、作出に携
Promoter analysis of OsAMT1;2 and OsAMT1;3
わった者として喜ばしい限りである。ただし、その
implies their distinct roles in nitrogen utilization
ためには、「本公募課題終了後の各種リソースの扱
in rice. Breed. Sci. 58(3): 201-207.
いをどうするか」という問題が立ちはだかるが、関
係者が知恵を絞って何とか対応していく必要があ
Ⅸ 研究担当者
る。
独立行政法人農業生物資源研究所
この機会に各実施課題の研究責任者、研究分担者
市川裕章 *、宮尾安藝雄
他、関係各位のたゆまぬ御尽力に改めて感謝申し上
国立大学法人名古屋大学
げたい。また、3 名の評価委員の先生方、農林水産
武田真 *、黒谷賢一、加藤大和、服部束穂
技術会議事務局および新農業展開ゲノムプロジェク
独立行政法人農業生物資源研究所
ト推進事務局(農業生物資源研究所)の関係各位の
西村実 *、森田竜平、西村宜之
御指導や御支援に御礼申し上げる。
独立行政法人産業技術総合研究研
(研究リーダー:市川 裕章)
光田展隆 *、高木優、松井恭子
─6─
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第 1 編 人為的変異を利用したイネ実験系統群の作出
1 転写因子 cDNA 等を過剰発現するトラン
生物研・イネゲノムリソースセンター(長村吉晃
スジェニックイネ系統の作出・評価及び利用
博士ら)から分与頂いた。各コード領域(CDS;
(AMR0001)
ただし、ストップコドンを削除)の 55 上流に 20
ア 研究目的
塩基の非コード配列と Gateway attB1 配列を付加
一群のイネ遺伝子の発現を制御する転写因子
し、33 下流には attB2 配列を付加した各 TF cDNA
(Transcription Factor: TF)をコードする cDNA
の PCR 産物を、Gateway BP 反応を介してエント
の過剰発現、並びにそのキメラリプレッサー(CR)
リ ー ベ ク タ ー pDONR207 に 組 込 ん だ。 得 ら れ た
の過剰発現(こちらは AMR0004 課題との連携)に
各 TF cDNA の Gateway エントリークローンを、
よって誘発される多種多様な人為的突然変異系統群
Gateway LR 反応を介して、TF 過剰発現(TF-OX)
の作出と形質評価を行う。また、この過程で得られ
用 Gateway デスティネーション・バイナリーベク
る成果や情報を元に、イネ TF 過剰発現系統データ
ター pSMAHdN638GW(図 11-1)に部位特異的に
ベースの構築や、生育促進、多収性、バイオマス増
組み込み、各 TF-OX 発現ベクターを取得した。次
大等の有用農業形質への関与が期待される遺伝子の
に、各 TF-OX 発現ベクターをエレクトロポレー
機能解析を行い、その利用法を探る。
ション法により、アグロバクテリウム EHA105 株
に導入した。また、各 TF cDNA のキメラリプレッ
イ 研究方法
サー過剰発現ベクター(TF-CR)は、生物研チー
(ア) TF 発現ベクターの構築とアグロバクテリ
ウムへの導入
ム(AMAR0001) と 産 業 技 術 総 合 研 究 所( 産 総
研)チーム(AMR0004)が共同開発した TF-CR 用
TF をコードすると推定されるイネ完全長 cDNA
Gateway デスティネーション・バイナリーベクター
クローンの情報を農業生物資源研究所(生物研)・
pSMAHdN643UGWRD(図 11-1)を用いて、産総
菊池尚志博士らから提供頂き、塩基配列に欠失や
研チームが構築かつアグロバクテリウムに導入し、
挿入等の変異のないクローンを選んで以下の実験
生物研に搬入された。
に供した。なお、TF のイネ完全長 cDNA 試料は
TF-OX および TF-CR 形質転換イネの作出
(イ)
図 11-1 転写因子 cDNA 過剰発現およびキメラリプレッサー過剰発現バイナリーベクターの構造
各 TF cDNA は、TF-OX ベクターではイネ Actin-1(OsAct-1)遺伝子プロモーター、
TF-CR ベクターではトウモロコシ Ubiquitin-1(ZmUbi-1)遺伝子プロモーターの制御下に
置かれ、T-DNA 導入を受けたイネ細胞内で構成的に過剰発現する。
─7─
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上記の TF-OX および TF-CR 発現ベクターは 1
回の実験あたり、各 6 ~ 7 種類(合計 12 ~ 14 種
情報は、順次、TF-OX イネ系統データベースに登
録した。
類)を供試した。ベクターあたり 30 ~ 50 粒の種
ウ 研究結果
子(品種: 日本晴)を出発材料に、Toki ら(1)の
イネ転写因子(TF)の再評価
(ア)
培養初期カルスを用いた迅速形質転換法に準じてイ
ネに導入した。アグロバクテリウムとの共存培養
イ ネ(Oryza sativa L. ssp. japonica) の ゲ ノ ム 上
後の個々のカルスは、30 mg/L ハイグロマイシン
で TF をコードし得る遺伝子の総数は、2,670 種類
(Hyg)を含む N6D 選抜培地に置床して 30 ~ 323C
(生物研 菊池ら、未発表)、2,722 種類〔PlnTFDB、
で約 1 か月間培養し、Hyg 耐性の形質転換カルス(集
Potsdam 大 学( ド イ ツ )、http://plntfdb.bio.uni-
団)を取得した。各 Hyg 耐性カルスは集団ごとに
potsdam.de/v3.0/〕、2,438 種 類(PlantTFDB、 北
Hyg 入り再分化培地に移して 28 ~ 300C で約 1 か
京 大 学、http://planttfdb.cbi.edu.cn/) と 算 出 さ
月間培養し、各カルス集団の緑化とシュート再分化
れている。前二者の数値が高いのは、SWI/SNF や
を誘導した。各集団由来の再分化イネは植物ホルモ
GNAT といったクロマチンの再構成や修飾に関わ
ン無添加培地に移植し、発根および根の伸長を促し、
る因子や、TFIID 他の基本転写因子等、広義の転
最終的に Hyg 耐性 TF 形質転換イネを得た。なお、
写制御因子に分類されるものも幅広く包含している
原則として実験区ごとに、アグロバクテリウムとの
ことに起因する。どの範囲までを TF として扱うか
共存培養や Hyg 選抜を経ていない培養初期日本晴
は研究者間で見解が分かれるところではあるが、本
カルスを再分化培地で緑化、再分化させ、独立した
研究では TF の基準として、標的遺伝子のプロモー
複数の再分化個体を作出し、コントロールとした。
ター配列に直接結合し、同遺伝子の転写を特異的に
(ウ) TF-OX および TF-CR 形質転換イネの栽
制御するトランス因子(基本転写因子を除く)を主
培、観察、データベースの構築
たる対象とし、さらにこのトランス因子に直接結合
根が十分に伸長した各 TF-OX および -CR 再分化
イネ(T0 世代)およびコントロールイネから、上
して標的遺伝子の発現を制御する(と想定される)
調節因子を対象にすることにした。
述の各カルス集団あたり原則として 1 本の分げつの
シロイヌナズナ由来 TF では、上記の PlnTFDB
みを選んで、直径 105 mm のポリエチレン製ポッ
と PlantTFDB の 他、 理 化 学 研 究 所 の RARTF
トに入った合成粒状培土(ボンソル 2 号、住友化学
(1,968 種 類、http://rarge.psc.riken.jp/rartf/) や
工業)に移植し、1 系統とした。この鉢上げは、各
オハイオ州立大学の AtTFDB(1,851 種類、http:
発現ベクターあたり 10 個体(10 系統)を限度に行っ
//arabidopsis.med.ohio-state.edu/AtTFDB/)
た。
どのデータベースが公開されている(Mitsuda と
鉢上げ後の各種 TF-OX および TF-CR 形質転換
な
Takagi(2))。上述の基準をふまえつつ、これらのデー
イネは、通常、20 ~ 24 ポットをばんじゅう(外寸
タベースで扱われている TF ファミリーをもとに、
684 x 423 x 160 mm)に入れ、13 時間明期/ 11 時
シロイヌナズナと同等の基準でイネの転写因子を見
2
間暗期で約 300 µmol/m /sec のメタルハライドラ
直し、イネの典型的 TF として 2,028 種類を選択し
ンプ(白色光)照射下で栽培し、出穂期の 1 ~ 2 週
た(表 11-1)。これはイネでタンパク質をコードす
間前に追肥( 1 g /ポット)を行った。なお、各ば
ると推定される 37,869 遺伝子(RAP-DB、2013 年
んじゅうには原則として各 3 ポットのコントロール
2 月現在; Sakai ら(3))の 5.4% に相当し、シロイ
イネを入れ、TF-OX および TF-CR イネ(T0 系統)
ヌナズナの約 5.8% に近い数値である。本課題では、
と一緒に栽培した。各イネは移植して約 3、5、8 週
表 11-1 に示した TF を形質転換イネに優先的に導
間後、生育や形態的な特性を観察した。また、栽培
入する対象とした。
イネ Gateway TF 発現プラスミドの取得、
(イ)
を開始して約 4 か月後、後代(T1)種子を個体ご
とに収穫して 404C で約 1 週間の乾燥後、シリカゲ
アグロバテリウムへの導入、および形質
ル入り容器に入れ、101C にて保存した。各系統に
転換イネの作出
生じた異常表現型、桿長、穂数、T1 種子数などの
本研究でデザインおよび構築した TF-OX およ
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したアグロバクテリウムクローン数も増加し、それ
表 11-1 イネ転写因子ファミリーの分類
ぞれ 1,142 および 1,080 種類(合計 2,222 種類)の
TF-OX および -CR 発現ベクターのアグロバクテリ
ウムクローンを得た。
こ れ ら の う ち、 イ ネ に 導 入 処 理 を し た の は
TF-OX が 915(延べ 1,038)、-CR が 911(延べ 1,050)
種 類 で( 表 11-2)、 前 者 の 93.1% お よ び 後 者 の
91.1% の発現ベクター処理区から再分化個体を得て
いる。この中には、カルス誘導培地や再分化培地に
置床中の TF-OX および -CR 培養細胞も含まれるが、
導入 TF cDNA がイネゲノムに組み込まれずに薬
剤マーカー遺伝子のみが組み込まれる可能性や、同
cDNA が組み込まれてもサイレンシングを起こす
可能性を考慮しないなら、イネ TF-OX や -CR プ
ラスミドが植物体の再分化に悪影響を与える頻度は
5% 前後と推定された。鉢上げした再分化イネ(T0
世代と呼称)の系統数は、TF-OX イネが 6,728 個体、
び -CR 発 現 用 の Gateway デ ス テ ィ ネ ー シ ョ ン・
TF-CR イネが 6,419 個体で、総計 13,147 個体に達
バ イ ナ リ ー ベ ク タ ー pSMAHdN638GW お よ び
した(表 11-2)。
pSMAHdN643UGWRD の構造を図 11-1 に示した。
各種 TF-OX および -CR 導入イネ系統あたりの鉢
これらのベクターは、国際科学振興財団(FAIS)
上げ個体数は、両系統とも半数近く(約 47%)が
由 来 イ ネ 完 全 長 cDNA 群 を 個 別 に 過 剰 発 現 す る
10 個体以上であった(図 11-2)。これら T0 個体を
(FOX)イネ系統の作出用のバイナリーベクター
人工光下で栽培し、自殖後代(T1)種子を得た。
pSMAHdN636L-GateA(13.5 kb、Hakata ら
(4)
)を
出発材料にして構築した。
T1 種子が収穫出来た個体数は、各系統あたりの平
均で TF-OX が 6.0 個体、TF-CR が 5.7 個体であっ
これらのベクターに各種 TF cDNA を組込み、
た。また、これまでに収穫した T1 種子数は(2013
得られた TF-OX および -CR 発現プラスミドをア
年 1 月 28 日時点)、4,293 個体の TF-OX イネ系統
グロバクテリウム経由でイネに導入し、TF-OX お
から総計 269,900 粒(個体あたり 62.9 粒)、4,017 個
よび -CR イネ系統を作出した。2013 年 2 月 1 日時
体の TF-CR イネ系統から総計 247,456 粒(個体あ
点での状況を表 11-2 にまとめた。生物研と産総研
たり 61.6 粒)を得ている。
(AMR0004)の双方でこれまでに用意した TF-OX
各種イネ TF ファミリーメンバーの cDNA がど
および -CR 発現プラスミドクローン数は、総計 2,241
の程度の割合で形質転換イネに導入されているか
種類に達した。これに伴い、各発現ベクターを導入
を図 11-3 に示した。一部の TF ファミリーを除き、
表 11-2 イネ転写因子 cDNA の過剰発現およびキメラリプレッサー発現イネの作出状況
─9─
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図 11-2 各種 TF 形質転換系統あたりの鉢上げ個体数
図 11-3 各種 TF 形質転換系統あたりの鉢上げ個体数
多種多様な TF の cDNA がほぼまんべんなくイネ
に導入された。
(ウ) TF-OX および –CR イネ系統に生じた異常
表現型
2010 年度から TF-OX および -CR イネ系統の T1
当 AMR0001 課 題 で は TF-OX イ ネ 系 統、
世代種子等の配布を、新農業展開ゲノムプロジェク
AMR0004 課題(産総研チーム)では TF-CR 系統
トの参画者を中心に実施し、各位の研究に活用して
を主体に、これらイネ系統の培養中および鉢上げ後
頂いた。2010 から 2012 年度までの 3 年間の配布実
の生育特性(表現型)を観察・評価した。観察結
績を、形質転換リソースの配布した件数と系統数に
果は構築中のイネ TF-OX イネ系統データベースに
分けて表 11-3 に示した。全部で 39 件のリクエスト
順次記載した(図 11-4)。また産総研チームによる
(配布件数に同じ)に対し、585 系統の TF-OX およ
TF-CR イネ系統の評価結果との比較や、両者の併
び -CR イネを配布している。最近、配布先の中か
記などを試行するため、産総研のデータベースとの
(5)
ら優れた成果が発表され始めており(Tanaka ら )、
間で表現型データを共有することとした。
今後も TF-OX や -CR イネを用いた研究成果が続く
ことを期待したい。
これまでに観察が終了した系統に生じた異常表現
型を表 11-4 に列記した。その判断基準として、同
─ 10 ─
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表 11-3 TF-OX, -CR イネ系統の配布実績(2010 ~ 2012 年度)
図 11-4 構築中のイネ TF cDNA 形質転換イネ系統データベース
A. トップページ画面、B. 検索結果表示画面、
C. 各種データ表示画面。
一の発現ベクターを組み込んだ形質転換個体群(系
5)。一部を除き、ほとんどの異常表現型は OX より
統)あたり、「2 個体以上 かつ 30% 以上」で共通の
も CR イネ系統でより多く見出されているのが特徴
異常表現型が観察された場合、その系統に生じた異
である。
常表現型として表記した。葉、分げつ、草丈、稈、
穂や籾などに様々な異常が見つかっている(図 11-
同一の TF を組み込んだ OX と CR 系統間で相対
する異常表現型(正反対型)を示した系統はこれま
─ 11 ─
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でのところ 1
2系統のみである(表 1
1
5)。これらの
は共に伸長した 。GCGlの機能を探るため、 2個体
TFは標的遺伝子の転写を正に制御する因子と考え
の野生型イネ(日本晴)、さらに各 2個体(独立し
xと CRイネ系統間で
られる 。次に、同一 TFの o
た形質転換体、 T2世代)の GCGJ-OXおよび−CR
同等の表現型が現れたのは( 同等型)
、草丈や稗の
イネの幼穂から mRNAを抽出し、次世代シーケン
長さ、分げつ、出穂期に係る変異を含む 3
1件であっ
サーを用いて転写産物の網羅的解析( RNA-seq)を
1
6)。 これらの場合、組み込まれた TFが
た(表 1
行った〔生物研作物ゲノム研究ユニット松本隆ユ
転写の抑制因子である可能性が期待される 。何れの
ニット長(現農林水産技術会議事務局)、大野陽子
型にしても、各 TFの機能は複数のアプローチを試
研究員 との共同研究〕 。その解析結果を元に、野生
しながら評価していく必要がある 。
、
) GCGI-OXおよび−CRイネの間で、発
型( W T
本研究で作出した TF形質転換イネ系統のうち、
現が有意に変動した転写産物がどの様な代謝経路に
G
r
a
i
nandCulmGrowth1(
GCG1
) と名付けた機能
存在するかを、網羅的な遺伝子発現データと代謝産
未知の TFの過剰発現( GCGI-OX)イネでは野生
物分析データを、代謝経路マップ上で同時かつ視覚
型よりも穀粒や梓が震化し、逆に GCGI-CRイネで
的に表示するためのウェブツール“KaPPA-View”
表 11-4 TFOXおよび CRイネ系統に出現した異常形質の頻度
短稗
ω
叩引
ee
表現型観察系統数
引
J
j、
粒
級粒
臼一
大粒
ω
籾
ロ一
山
長穂
短穂
ω
穂
山一
太稗
細稗
口 1 9ω
一
やや短稗
叩η
一
日一
長稗
山
日
疑似病斑
1一
Mωum 印 日 一引M 引 引 一W 9 は 一 ωμ
一
ω
日 山 川 町 引o
斑
病一課
器官異常
一
引
晩生
%一
異常頴
4一
6 科一
2mM1−
BH 一
5m9 一
計貯 一
W
泊 2一
引万 11−
旬初旬 7m 一
花
初
早生
O 一引 一
一川町ω
ω
出穂
1 日一
日一
山
やや緩性
矯性
10
R 一 −4 7 一
15
55
20 3 2
C一
数一
高
系一
草丈
Oo
一
ω
開帳性
直立性
統一
多分げつ
少分げつ
位灯引
引一
分げつ
ω
開帳性葉関節
直立性葉関節
引日
短葉
垂れ葉
巻き薬
ω 引ω
ω
一 MM 日ω
長葉
例一
細業
33 叩261461 一
一n 叩 一
1 0 71一
9 泊 661 一
1 2 1 一・
・
−
7M 一
治 犯 1 0o
2n 一
,
﹃
6
薄緑
広葉
一
6
濃緑
x 一
21
o
一
数 一一
シュート異常
葉
系一
表現型
統一
器官等
再分化個体 根 異 常
同一発現ベクター導入植物集団あたり 2個体以上かつ 30%以上に
共通の異常形質が出現した場合を (
異常)表現型と規定した。
-12-
図 11-5 顕著な異常表現型が観察された TF-OX 形質転換イネ系統
各写真の左側:コントロール(非形質転換イネの再分化
個体)、右側:各種 TF-OX イネ。
表 11-5 同一の TF を導入した OX と CR イネ間で相
反する異常形質を示した系統
表 11-6 同一の TF を導入した OX と CR イネ間で同
一の異常形質を示した系統
─ 13 ─
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(The Kazusa Plant Metabolic Pathway Viewer,
852 種類の TF-OX が組込まれた 6,728 系統、およ
http://kpv.kazusa.or.jp/kappa-view/) を 用 い て
び 830 種類の TF-CR が組込まれた 6,419 個体に及
解析した。その結果、図 11-6 に示した通り、細胞
ぶ(表 11-2)。これらに見られる可視的異常表現型
壁合成に関与する遺伝子群の転写レベルが、GCG1-
を生物研チームと産総研チームで手分けして調査し
OX イネでは野生型よりも高くなり(1.1 ~ 1.4 倍)、
たが、総じて TF-OX よりも -CR イネの方でより多
CR イネでは逆に野生型よりも低くなっていること
くの異常表現型が観察されている。この原因として、
が判明した(0.5 ~ 0.9 倍)。
まず TF キメラリプレッサーの機能原理に基づく効
以上の知見から、GCG1-OX イネでは野生型に比
果が TF-CR 系統に出ている点が挙げられる。すな
べて細胞壁合成関連遺伝子の発現が上昇し、細胞壁
わち、キメラリプレッサー系では、対象 TF が標的
成分が増加したために細胞の伸長や分裂が抑制され
遺伝子群の転写の誘導型あるいは抑制型の如何に関
る傾向が強くなり、その結果として穀粒や稈の伸長
わらず、構造や機能に類似性や重複が見られる複数
が阻害を受けたと推察した。逆に、CR イネでは野
の TF に共通する標的遺伝子の発現が同時に抑制さ
生型に比べて細胞壁合成関連遺伝子の発現が抑制さ
れる。その抑制が致死にならない限り、異常形質と
れ、細胞壁成分が減少したために細胞の伸長や分裂
して顕在化しやすくなるものと推定される。一方、
が促進された結果、穀粒や稈が伸長したものと推察
TF-OX イネ系統では、特定の転写誘導型 TF の異
した。
所的過剰発現による一群の標的遺伝子群の転写上昇
が形態形成や生育特性に影響を与える場合や、もと
エ 考 察
もと転写抑制型 TF の過剰発現がもたらす効果(こ
(ア) イネ TF-OX および -CR 発現ベクターを導
入した形質転換イネの作出と評価
れは結果的に機能抑制型 TF の CR イネと同等の表
現型になると考えられる)に由来する異常形質の
これまでに集計できた TF-OX および -CR イネの
出現が想定される。TF の多数派である転写誘導型
個体数(T0 世代では系統数に等しい)はそれぞれ、
TF の OX 系は CR 系に比べて形態や生育の異常が
図 11-6 GCG1 形質転換イネ系統の細胞壁合成関連遺伝子の発現変動
─ 14 ─
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出にくい、すなわち、イネでは TF 過剰発現に対し
の配列等の情報、各個体の表現型や生育特性の情報
て多少なりとも可塑性あるいは恒常性があると推察
は、産総研チームと連携しつつ、データベースに継
した。
続して登録中である。AMR0001 および AMR0004
なお、TF-OX および -CR 発現ベクターに用いら
課題から得られた形質転換イネ系統の特性情報を共
れたプロモーターが、前者はイネ Act-1(OsAct-1)、
同でまとめ、2013 年中に原著論文を執筆し、それ
後者はトウモロコシ Ubi-1(ZmUbi-1)由来で、共
が採択された時点でデータベースの公開や種子等の
にイネ(科作物)の構成的過剰発現に汎用されて
リソースの配布を実施予定である。
(6)
いる。Park ら
による形質転換イネを用いた各種
TF-OX 系 で は OsAct-1 プ ロ モ ー タ ー、 ま た
構成的過剰発現プロモーターの特性比較解析では、
TF-CR 系 で は ZmUbi-1 プ ロ モ ー タ ー に 対 象 TF
ZmUbi-1 プロモーターは、OsAct-1 プロモーター等
cDNA を接続し、TF cDNA およびそのキメラリプ
に比べ、播種して 30 日前後までの栄養生長期前半
レッサーをイネで構成的に過剰発現しており、これ
のイネの葉や根での活性が低い一方、OsAct-1 プロ
らの系は少なくとも他のイネ科植物に適用可能と
モーターは種子、とりわけ胚乳での活性がより低く、
期待される。新農業展開ゲノムプロジェクト GMO
他の生育ステージでは両者の活性はほぼ同等と報告
領域の実施課題(GMZ1001:効率的で安定したコ
されている。従って、プロモーターの活性や組織特
ムギ形質転換技術の開発、担当: 安倍史高 博士)
異性の差が TF-OX と -CR イネの異常形質の出現頻
で、アグロバクテリウムを介した高再現性の形質転
度に顕著な影響を及ぼしたとは考えにくい。
換系が特定のコムギ品種に対して確立されており、
同一の TF を有する OX と CR イネで正反対の異
AMR0001 および AMR0004 課題との連携により、
常形質を示したのは 12 系統と少数にとどまったの
イネ TF キメラ遺伝子の構成的過剰発現の効果をコ
は期待に反して残念である。これらの TF は標的遺
ムギで検定する共同研究を 2012 年度末から実施中
伝子の転写を正に制御する因子と考えられる。少数
である。他に生物研だけでもソルガム、オオムギ、
になった背景として、形態形成や成長を司る TF の
サトウキビ、キビ等の形質転換系が確立あるいは試
標的遺伝子の転写から異常形質出現までの過程に複
行されており、当研究で作出した発現ベクターやア
雑な制御ネットワークが存在し、器官分化や生育の
グロバクテリウムなどのリソースが有効活用出来る
調節の恒常性や重複性を付与していることがうかが
ものと期待される。
われた。この正反対型の形質を持つ TF-OX および
本研究の開始時期から懸念されていたことではあ
-CR イネは、RNA-seq(図 11-6)や発現マイクロア
るが、本リソース研究が抱えている最大の問題点
レイ解析等によって得られるトランスクリプトーム
は、本研究の終了時に、データベースの公開や種子
の変化を分析し、その TF の標的遺伝子を高精度に
等のリソースの配布等が本格化することにある。当
把握しつつ、遺伝子発現ネットワークの解明につな
研究プロジェクトの 2012 年度終了に伴い、それま
げることが出来ると期待される。
で雇用していた特別研究員、研究支援者等の研究推
また、これまでに得られた系統の中には、分げつ
進者が契約切れとなり、2013 年度以降のデータベー
の多少、稈や穀粒などの器官の生育促進などを示す
スの維持・管理・更新、種子等の形質転換リソース
系統が見出されている。これら有用と目される形質
の維持・配布・更新の実施体制は極めて脆弱な状態
が将来の育種素材として活用されることに期待した
にある。我々が扱っているリソースの主体(種子や
い。
アグロバクテリウム系統)は GMO であることから
煩雑な搬出手続きを要することも困難を大きくして
オ 今後の課題
いる。文科省では、ナショナルバイオリソースプロ
前述の通り、これまでに 915 種類の TF-OX およ
ジェクト(NBRP)が 2002 年度から開始されてお
び 911 種類の TF-CR 発現ベクターのイネへの導入
り、5 年間のリソース整備研究が第三期(2012 度か
により、総計 13,147 個体の TF-OX および -CR イ
ら 2016 年度)を迎えている。合計で 15 年間という
ネを作出・栽培し、続々と後代種子(T1 世代他)
長丁場なら、手間のかかる高等動植物のリソースの
が得られている。各種形質転換イネに導入した TF
作出・維持・管理・配布の流れが整備され、利用者
─ 15 ─
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キ 引用文献
が活用しやすい環境が当面、維持されやすい状況に
ある。農水省として、何らかの継続的な新規研究リ
1)Toki, S., Hara, N., Ono, K., Onodera, H., Tagiri,
ソース管理体制が維持されるなら、作出したリソー
A., Oka, S. and Tanaka, H.(2006).Early infection
スの維持・管理・安定供給が可能になり、作物の開
of scutellum tissue with Agrobacterium allows
発研究の推進に資するものと期待される。
high-speed transformation of rice. Plant J. 47:
969-976.
カ 要 約
2)Mitsuda, N. and Ohme-Takagi, M. (2009).
以下について、産総研チーム(AMR0004 課題)
Functional analysis of transcription factors in
と連携しながら推進した。
Arabidopsis. Plant Cell Physiol. 50: 1232-1248.
(ア) イネ TF 関連リソースの作出
3)Sakai, H., Lee, S.S., Tanaka, T., Numa, H.,
Coding sequence(CDS)の機能欠損に結びつく
Kim, J., Kawahara, Y., Wakimoto, H., Yang, C.C.,
恐れのあるヌクレオチドの欠失、挿入、置換等が
Iwamoto, M., Abe, T., Yamada, Y., Muto, A.,
ないイネ完全長 cDNA を選別し、Gateway システ
Inokuchi, H., Ikemura, T., Matsumoto, T., Sasaki,
ムを介した同 cDNA 群のクローニングを経て、最
T. and Itoh, T.(2013). Rice Annotation Project
終 的 に 1,142 種 類 の TF-OX お よ び 1,080 種 類 の
Database (RAP-DB): an integrative and
TF-CR 発現ベクターのアグロバクテリウムクロー
interactive database for rice genomics. Plant Cell
ンを取得した。これらアグロバクテリウム株を個別
Physiol. 54: e6.
にイネに感染させることで、各種 TF cDNA のキ
4)Hakata, M., Nakamura, H., Iida-Okada, K.,
メラコンストラクトをイネに導入した。これまでに、
Miyao, A., Kajikawa, M., Imai-Toki, N., Pang, J.,
それぞれ 6,728 系統の TF-OX イネと 6,419 系統の
Amano, K., Horikawa, A., Tsuchida-Mayama, T.,
TF-CR イネを培土に移植し、後代(T1 世代等)種
Song, J., Igarashi, M., Kitamoto H.K., Ichikawa, T.,
子を順次収穫中である。
Matsui, M., Kikuchi, S., Nagamura, Y., Hirochika,
(イ) TF-OX および -CR 形質転換イネの生育特
H. and Ichikawa, H. (2010). Production and
性、異常形質
characterization of a large population of cDNA-
TF-OX イネ系統には葉、分げつ、草丈、稈、穂
overexpressing transgenic rice plants using
や籾などに様々な異常が出現した。なお、ほとんど
Gatewaybased full-length cDNA expression
の異常表現型が TF-OX よりも -CR イネ系統でより
libraries. Breeding Sci. 60: 575-585.
高頻度で見つかったが、これは TF キメラリプレッ
5)Tanaka, W., Toriba, T., Ohmori, Y., Yoshida,
サーの働くメカニズムに起因すると考えられた。以
A., Kawai, A., Mayama-Tsuchida, T., Ichikawa,
上の各種 TF や形質転換イネ等の情報は、構築中の
H., Mitsuda, N., Ohme-Takagi, M. and Hirano,
データベースに順次記載した。
H.(2012). The YABBY gene TONGARI-BOUSHI1
同種 TF cDNA 導入 OX と CR イネ系統間で逆転
is involved in lateral organ development and
型の異常表現型を示した系統はこれまでに 12 系統
maintenance of meristem organization in the
と少なめである(表 11-6 参照)。逆転型が少数にと
rice spikelet. Plant Cell. 24: 80-95.
どまった理由として、形態形成や成長に係る標的遺
6)Park, S.H., Yi, N., Kim, Y.S., Jeong, M.H., Bang,
伝子の転写から表現型出現のステップが複雑な制御
S.W., Choi, Y.D. and Kim, J.K.(2010).Analysis of
系で構成されており、イネの成長や発達の分子機構
five novel putative constitutive gene promoters
に恒常性や重複性があると推察された。同種 TF の
in transgenic rice plants. J. Exp. Bot. 61: 2459-
OX と CR イネ系統間で相等しい表現型(同等型)
2467.
は 31 組が観察された。逆転型の TF は転写活性化
因子、また同等型の TF は転写抑制因子と推定され
研究担当者(市川裕章 *、宮尾安藝雄、槌田(間山)
るが、その実像の解明には個別の機能解析研究を要
智子、四方雅仁、阿部清美、飯田(岡田)恵子、堀
する。
川明彦)
─ 16 ─
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2 FOX 系統を利用したストレス耐性関連遺伝
試験)を実施した。LiCl 耐性試験では、MS 培地で
子の探索と利用(AMR0002)
育成した 7 日齢のイネ苗より切り戻したシュート基
ア 研究目的
部(4 cm 長)を 40 mM LiCl を含む培地にて生育
地球規模の気候変動等によって国内外での食糧供
させた。浸透圧ストレス耐性試験では、水で 3 日間、
給に対する不安感が増しており、種々の環境ストレ
Yoshida 培地で 15 日間、28℃で水耕栽培した植物
スに対する耐性を強化した作物の需要が高まってい
体を、26% PEG(平均分子量 4,000)を含む培地に
1)
る 。本研究開発ではこうした作物の開発に資する
7 日間、さらに PEG を含まない培地に 4 日間おいた。
ため、イネ遺伝子過剰発現(FOX)系統を利用し
高温ストレス耐性試験では、同様に 28℃で 17 日間
たストレス耐性イネ遺伝子の同定、ストレス耐性遺
水耕栽培した植物体を 42℃に 7 日間、さらに 28℃
伝子の機能解明、効率的なストレス耐性遺伝子探索
に戻して 7 日間おいた。室内耐塩性試験は(ア)と
システムの構築、およびストレス耐性遺伝子の有効
同じ方法で行なった。閉鎖系温室内耐塩性試験には
活用のためのリソースづくりを目指した。また、複
国際イネ研究所(IRRI)での試験と同様な水耕栽
合的な環境ストレス
1)
に対する耐性について、そ
の特性の解明を目指した。
培試験を実施した(発芽後 6 日目に NaCl を投与し、
11 ~ 15 日後の植物体の状態をスコアリングした)。
一部の系統については、隔離圃場に設置した簡易網
イ 研究方法
室での耐塩性評価試験を以下のように実施した。深
FOX 系統を用いたストレス耐性遺伝子の探
(ア)
索
さ 30 cm のポットに土を 25 cm まで入れ、播種後
11 日目のイネ個体(最大 8 個体)を定植し、プー
イネの FOX 系統群を用いた耐塩性系統の包括的
ルに並べて育成した。30 日後(根の活着後)にプー
なスクリーニングを次のように行った。MS 培地で
ルとポットの水を塩水に置換した(最終濃度 100
育成した 7 日齢のイネ苗のシュート基部(4 cm 長)
mM もしくは 150 mM NaCl とした)。pH、電気伝
を切り戻して培地に移植し、培地と等容の 600 mM
導度、および水位を維持しながら栽培を続け、定期
NaCl 水溶液を加え、その後の生存率を調べること
的に生育状況を記録した。
複合的ストレスに対する耐性メカニズムの
(ウ)
で耐塩性を評価した。生存した系統の後代系統の耐
塩性を再評価し、さらに高耐塩性と導入遺伝子との
特性解析
イネの各系統のストレス耐性パターンを比較し、
連鎖解析や独立した形質転換系統の解析から、過剰
発現によりストレス耐性向上に寄与できるイネ遺伝
プロファイリングを行なった。また、アジレント社
子を同定した。イネの FOX 系統には農業生物資源
のイネ 44K マイクロアレイを用いた遺伝子発現プ
研究所の市川裕章博士より分譲していただいた系
ロファイル解析等により、ストレス環境下でのイネ
2)
統 、および名古屋大学生物機能開発利用研究セン
の生長や生存を支える RSS1 および RSS3 因子の機
ターにおいて独自に作出した系統を用いた。
能を調べた。
ストレス耐性イネの作出に向けたリソース
(イ)
ウ 研究結果
の整備
FOX 系統を用いたストレス耐性遺伝子の同
(ア)
イネゲノムにコードされているストレス耐性関連
遺伝子を選定し、これらを過剰発現したイネ FOX
定
イ ネ の FOX 系 統(2,444 系 統、 約 12,000 個 体 )
系統のサブライブラリーを作出した。これらの系統
群を閉鎖系温室や隔離実験圃場で栽培し、種子を増
について高耐塩性系統のスクリーニングを行い、後
殖させた。また、比較対象用として、既存のイネ品
代系統でも安定して高耐塩性形質を呈する 12 系統
種・系統よりストレス耐性系統を選定して栽培し、
を選抜した。それらのうち、耐塩性形質と導入遺伝
種子を増殖させた。これらの後代種子を用いて 5 つ
子の過剰発現がリンクし、かつ高い耐塩性を示す 5
の環境条件下でのストレス耐性評価試験(LiCl 耐
系統を選抜した。これらの導入遺伝子を過剰発現さ
性試験、浸透圧ストレス耐性試験、高温ストレス耐
せた独立な形質転換体をそれぞれ新たに複数系統作
性試験、室内耐塩性試験および閉鎖系温室内耐塩性
出し、耐塩性評価試験を行なった。その結果、2 つ
─ 17 ─
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図 12-1 独立に作出したイネ遺伝子過剰発現系統の耐塩性試験結果
塩ストレスを除く前(グレー)と除いた後(黒)の生存率を示す。
2 つの遺伝子の過剰発現(BBC102 と BBC105)で高い耐塩性がみ
られた。
図 12-2 イネ FOX 系統(99 系統)のストレス耐性プロファイリング
A:高温ストレス耐性試験、B:浸透圧ストレス耐性試験、C:LiCl 耐性試験、
D:閉鎖系温室内耐塩性試験、E:室内耐塩性試験
各ストレス耐性試験での耐性の高いものを濃色で示す。
矢印は日本晴野生型(非形質転換イネ)、矢頭は 2 つの耐塩性試験で高い耐性を示した系
統のプロファイルをそれぞれ示す。
の遺伝子について耐塩性形質が再現された(図 12-
結果を図 12-3 に示す。16 種の既存イネ品種・系統
1)。この 2 つを過剰発現によってストレス耐性を付
についても同様に環境ストレス耐性を調査し、比較
与できる遺伝子として同定した。これらの遺伝子は
対象とした。その結果、14 種類の遺伝子の過剰発
植物ホルモン代謝に関わる酵素、および機能未知の
現体についてのみ、5 つ全ての条件においてストレ
タンパク質をそれぞれコードしていた。
ス耐性が確認された。その他の遺伝子の過剰発現体
ストレス耐性イネの作出に向けたリソース
(イ)
の整備
では、限られたストレス環境下でのみ耐性を示す
か、あるいは顕著な耐性を示さなかった。さらに、
ストレス耐性向上に寄与し得るイネ遺伝子の過剰
この調査において比較的高いストレス耐性を示した
発現体として、上述の 2 つの FOX 系統の他、99 系
FOX 系統(37 系統)について屋外試験により耐塩
統の FOX 系統の種子ライブラリーを作出した。こ
性を評価したところ、3 つの FOX 系統について特
れらの系統について、5 つの条件下での環境ストレ
に高い耐塩性がみられた。これらの 3 系統はそれぞ
ス耐性の評価を行い、各ストレス耐性をスコアリン
れ植物ホルモン代謝酵素、ナトリウムイオン・トラ
グした(図 12-2)。一例として LiCl 耐性評価試験の
ンスポーター、プロテインホスファターゼをコード
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塩性が SKC1 以外の遺伝子に大きく依存することを
示唆した。
b ストレス環境下での細胞分裂活性の維持に関
与する RSS1 因子の解析 高塩濃度、高温、低温、高浸透圧といった環境
ストレスへの耐性に必要とされるイネ RSS1 因子
が、メリステムでの細胞分裂活性を維持する仕組み
図 12-3 LiCl 耐性系統の例
左 3 個体:日本晴野生型(非形質転換イネ)
右 5 個体:LiCl 耐性の高いイネ FOX 系統
に関与することを見出した 5)。塩ストレス条件下に
おいて、RSS1 欠損変異体では細胞分裂に関与する
遺伝子の転写レベルが顕著に下がっていた。これら
する遺伝子を過剰発現する系統であった。また 3 つ
の遺伝子の多くについては、その発現が細胞分裂周
系統のうちの 2 系統は、閉鎖系温室での評価試験で
期に依存して制御されていることから、RSS1 欠損
も高い耐塩性を示した。
変異体では野生型よりもストレス環境下での細胞
複合的ストレスに対する耐性メカニズムの
(ウ)
特性解析
分裂活性が著しく低下するものと推定された。ま
た、RSS1 欠損変異体では活性型サイトカイニンで
a ストレス耐性プロファイリングの解析
あるトランスゼアチンの量が低下していたことか
前述の(イ)で得られたストレス耐性評価試験
ら、RSS1 によるストレス環境下での細胞分裂活性
の結果を系統間で比較し、そのパターンを解析し
の維持には、サイトカイニンの作用が介在している
た(図 12-2)。その結果、いくつかの遺伝子につい
と推察された 5)。塩ストレス存在下および非存在下
ては類似したストレス耐性パターンを示すことが判
における野生型と rss1 変異体のシュート基部での
明した。しかしながら、全体的には遺伝子の過剰発
遺伝子発現のプロファイルについては、データベー
現により付与されるストレス耐性のパターンは多様
ス(NCBI、GEO:GSE27884)にて公開した。
c ストレス耐性とジャスモン酸応答性遺伝子発
であった。また、試験した 5 つ全てのストレス条件
下において顕著に高い耐性を示す遺伝子過剰発現系
現との関係性
統は見出されなかった。高濃度の塩ストレスは植物
塩ストレス存在下での根の伸長に必要とされる
体内でイオンストレスと高浸透圧ストレスを与え
核内因子 RSS3 やそのホモログ(RSS3-like1、RSS3-
るのに対し、低濃度の LiCl はイオンストレスのみ
like2)の過剰発現体では、系統による差があるも
を与えると考えられているが、興味深いことに、2
のの、いくつかのストレスに高い耐性を示した。
つの環境条件で特に高い耐塩性を示した FOX 系統
RSS3 の 分 子 機 能 に つ い て 解 析 を 進 め た と こ ろ、
では、必ずしも顕著な LiCl 耐性や浸透圧ストレス
RSS3 が bHLH 型転写因子やジャスモン酸シグナル
耐性がみられなかった(図 12-2、矢頭で示す FOX
に関与する JAZ 因子と相互作用することが見出さ
系統のプロファイル)。同様の結果は、他の耐塩性
れた 6)。また、bHLH 型転写因子と相互作用できな
FOX 系統でもみられた。このことは、イオンスト
い RSS3 の変異により、ジャスモン酸応答性遺伝子
レス耐性や高浸透圧ストレス耐性の向上を伴わない
の発現変動が誘発されることや、塩応答性遺伝子の
未知の耐塩性機構があることを示唆した。一方、高
発現が変化することが判明した 6)。これらのことか
い耐塩性をもつことが知られている Nona Bokra に
ら、RSS3 がジャスモン酸応答性遺伝子の発現の制
ついては、耐塩性に寄与する遺伝子として SKC1(ナ
御に関わることが示された。塩ストレス存在下およ
トリウムイオン・トランスポーターをコードする)
び非存在下における野生型と rss3 変異体の根端で
が報告されている 3)。しかしながら、SKC1 の Nona
の遺伝子発現プロファイルについてはデータベース
4)
は、
(NCBI、GEO:GSE41442)にて公開した。さらに
室内耐塩性評価試験では高い耐性を示したものの、
このデータ解析から、rss3 変異によるジャスモン酸
閉鎖系温室内での耐塩性評価試験では高い耐塩性を
応答性遺伝子の発現変動と塩ストレス応答性遺伝子
示さなかった。このことは、Nona Bokra の高い耐
の発現変動とが独立に起きていると考えられた。こ
Bokra 型アリルをもつ 3 つの染色体置換系統
─ 19 ─
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のことは、塩ストレスに対する応答がジャスモン酸
入するのが適切かを検討する必要がある。また、ス
の合成やジャスモン酸シグナルの活性化によって仲
トレス耐性遺伝子の機能に関する知見やストレス耐
介されるという従来のモデルでは説明しにくく、よ
性向上付与に適した遺伝子アリルの探索がさらに必
り複雑な制御システムの存在を示唆した。
要である。今後さらに、複合的ストレスへの耐性メ
カニズムを調べることで、イネをはじめ種々の作物
エ 考 察
の環境ストレス耐性改善につながる知見が得られる
FOX 系統を利用して新たに同定された 2 つのス
ものと期待される。
トレス耐性遺伝子のうちの 1 つは、植物ホルモン代
カ 要 約
謝に関与する酵素をコードしていた。また、RSS3
FOX 系統を用いたストレス耐性遺伝子の同
(ア)
はジャスモン酸応答性遺伝子発現の制御に関与して
いた。これらの結果と、ジャスモン酸が老化や細胞
定
死を促進するホルモンであることとを考え合わせる
FOX 系統を利用したスクリーニングにより、植
と、ジャスモン酸作用を人為的に制御することで植
物ホルモン代謝に関わる遺伝子を新たに環境ストレ
物の環境ストレス耐性能を改変できる可能性が考え
ス耐性遺伝子として同定した。
ストレス耐性イネの作出に向けたリソース
(イ)
られた。今後のさらなる研究によって、ジャスモン
酸の代謝変動と塩ストレス耐性との関係について理
の整備
5 つの環境条件下でのストレス耐性を評価した、
解が進み、ジャスモン酸がどのような作用点におい
て環境ストレス耐性に関与するのかが解明されれ
77 種のストレス耐性遺伝子の過剰発現イネ系統(99
ば、より適切な制御が可能になると思われる。また、
系統)および既存イネ品種・系統(16 系統)を整
そのような制御によるストレス耐性の改善は、イネ
備した。
複合的ストレスに対する耐性メカニズムの
(ウ)
以外の作物にも適用可能になると期待される。
本研究では、複合的ストレスに対する耐性メカニ
特性解析
77 種のストレス耐性遺伝子の過剰発現イネ系統
ズムを完全に理解するには至らなかったが、その特
性については、いくつかの興味い知見が得られた。
(99 系統)および既存イネ品種・系統(16 系統)
RSS1 の機能解析からは、細胞の分裂活性を維持す
のストレス耐性の特性をプロファイリングした。
ることが、様々な環境ストレス耐性に必要なことが
RSS1 因子が環境ストレス環境下での細胞分裂活性
示唆された。FOX 系統群のストレス耐性パターン
の維持に寄与すること、また RSS3 因子がジャスモ
の複雑性は、多様なメカニズムがそれぞれの環境条
ン酸応答性遺伝子の発現制御に関わることを示し
件でのストレス耐性に寄与することを反映すると考
た。 えられた。したがって、ストレス耐性を安定的に付
与するには、生育環境に適合した耐性遺伝子の組み
キ 引用文献
合せを選抜する、もしくは複数の生育環境でストレ
1)Takeda, S. and Matsuoka, M.(2008). Genetic
ス耐性を示す遺伝子を組み合わせて機能させること
approaches to crop improvement: responding to
が有効であると考えられた。また、それぞれの遺伝
environmental and population changes. Nature
子がストレス耐性を付与するメカニズムを解明し、
Review Genetics. 9: 444-457.
どのようにして他のストレス耐性にも影響するのか
2)Nakamura, H., Hakata, M., Amano, K., Miyao,
を知ることで、異なるストレス耐性の機構を同時に
A., Toki, N., Kajikawa, M., Pang, J., Higashi,
付与することが可能になると考えられた。
N., Ando, S., Toki, S., Fujita, M., Enju, A., Seki,
M., Nakazawa, M., Ichikawa, T., Shinozaki, K.,
オ 今後の課題
Matsui, M., Nagamura, Y., Hirochika, H. and
本研究で得られた知見を有効に活用するには、ス
Ichikawa. H.(2007). A genome-wide gain-of-
トレス耐性遺伝子をどのような制御下で発現させる
function analysis of rice genes using the FOX-
べきか、どのような組合せで、どの品種・系統に導
hunting system. Plant Molecular Biology. 65:
─ 20 ─
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357-371.
る突然変異部位の同定を行うことにより、放射線で
3)Ren, Z.H., Gao, J.P., Li, L.G., Cai, X.L., Huang,
W., Chao, D.Y., Zhu, M.Z., Wang, Z.Y., Luan,
誘発される点様突然変異の頻度に関する知見を得
る。
S. and Lin, H.X. (2005). A rice quantitative
イ 研究方法
trait locus for salt tolerance encodes a sodium
順遺伝学的手法によるガンマ線誘発突然変
(ア)
transporter. Nature Genetics. 37: 1141–1146.
4)T a k a i , T . , N o n o u e , Y . , Y a m a m o t o , S . ,
異の解析
ガンマ線を照射した突然変異集団から、wx、pla、
Yamanouchi, U., Matsubara, K., Liang, Z.W., Lin, H.X., Ono, N., Uga, Y. and Yano M.
ジベレリン型わい性等の突然変異体をスクリーニン
(2007). Development of chromosome segment
グした。これらの突然変異体は比較的識別が容易で
substitution lines derived from backcross
あり、原因遺伝子がすでに明らかにされている。ス
between indica donor rice cultivar‘Nona Bokra’
クリーニングした突然変異体から DNA を抽出し、
and japonica recipient cultivar‘Koshihikari’.
PCR で突然変異の決定を行った。
マイクロアレイを用いた突然変異の解析
(イ)
Breeding Science. 57: 257-261.
5)Ogawa, D., Abe, K., Miyao, A., Kojima, M.,
炭素イオンビームを照射して得られた突然変異体
Sakakibara, H., Mizutani, M. Morita, H., Toda, Y.
および日本晴から DNA を抽出し、それぞれ蛍光色
Hobo, T. Sato, Y., Hattori, T., Hirochika, H. and
素でラベリングした。ラベリングした DNA を 44k
Takeda, S.(2011). RSS1 regulates the cell cycle
発現マイクロアレイ(Agilent 社)に競合的にハイ
and maintains meristematic activity under stress
ブリダイズし、欠失の検出を行った。また、誘発す
conditions in rice. Nature Communications. 2:
る突然変異以外の変異を含まない突然変異材料を作
278.
成する目的で、1 個体の日本晴由来の種子にガンマ
6)Toda, Y., Tanaka, M., Ogawa, D., Kurata,
線照射を行い、M1 個体の育成を行った。
放射線を利用した突然変異系統の特性評価
(ウ)
K., Kurotani, K., Habu, Y., Ando, T., Sugimoto,
K., Mitsuda, N., Katoh, E., Abe, K., Miyao, A.,
これまでに本課題によって得られた日本晴、コシ
Hirochika, H., Hattori, T., and Takeda, S.(2013).
ヒカリおよびひとめぼれに関する突然変異系統(固
RICE SALT SENSITIVE 3 forms a ternary
定済み)についてその増殖と特性調査を行った。さ
complex with JAZ and class-C bHLH factors,
らに、東日本大震災による東北地方太平洋沿岸部の
and regulates JA-induced gene expression and
津波被害地域に対応できる耐塩性品種の育成を目指
root cell elongation(2013). The Plant Cell. 25:
して、東北地域の作付けトップ品種ひとめぼれの固
1709-1925.
定済み突然変異系統約 400 系統(一部コシヒカリと
あきたこまちの突然変異系統も含む)について耐塩
研究担当者(武田真 *、黒谷賢一、加藤大和、服
性の評価と選抜を行った。
部束穂)
ウ 研究結果
3 放射線を利用した変異体の作出・評価及び利
用(AMR0003)
順遺伝学的手法によるガンマ線誘発突然変
(ア)
異の解析
ア 研究目的
ガンマ線照射により誘発される突然変異の解析を
主要品種に関する突然変異体の評価、並びに新た
行った。合計 24 例の突然変異を解析した結果、ガ
な突然変異体の選抜を行う。得られた突然変異体の
ンマ線照射で誘発される突然変異の多くが欠失であ
マイクロアレイ解析を進め、突然変異の表現型と欠
ること、欠失のサイズが数 bp あるいは約 10kbp 以
失位置とのリンクを明らかにし、欠失情報付き突然
上に偏る傾向があることを明らかにした(図 13-1)。
変異系統リソースの構築を目指す。また、ガンマ線
照射を行った個体について次世代シークエンスによ
マイクロアレイを用いた突然変異の解析
(イ)
ガンマ線照射後代 M2 の中から表現型に変異の認
─ 21 ─
515ブック 1.indb
21
2014/02/04
14:50:10
(モチ )
卜hlb欠
失
)(
葉
間
期
短
縮)
6個体
2個体
]
[
,
n
CAO
Glu84,85
GLB
P凶 , PLA2,PLA3
5個体
4個体
C
P
S
,KS
K
O
,KAO
GA3ox
G/01,
2
7個体
図 13イ 原因遺伝子が明らかな突然変異体の欠失サイズの解析
表 13・1 マイクロアレイ解析の結果
500Gy
250Gy
250Gy
年次
250Gyx2
h
1
2.
5Gyx20h
1
2
5Gyx2
h
2
0
1
1
1
5
.
2(
九5
/3
3
)
1
1
.
4
%(
4/3
5
)
1
4
.
2切
(1
/7)
2012
2
7.
3%(
3
/
1
1
)
2
0.
0%(
1/5
)
合計
20.
1
%(
1
1
/
5
3
)
9
.
8
%(
6
/
6
1
)
表 13・2
1
4.
7
%(
5
/
3
4
)
次世代シークエンスによる変異部位候補の検出
SNP
M20
M34
フィルターパス総塩基数
293,505,284
29,350,548,400
287,383,216
28,738,321,600
変異昔日位候補
37
37
変異昔日位調査
34
3
1
変異部位の同定
九
32(
9
1)
30(
9
5)
九
フィルターパス取得リード数
められた 1
6個体の突然変異体について aCGH法解
の表現型、 F
2に関しては野生型と変異型の分離が
析を行ったところ、 4系統から候補欠失( 25%)を
:1 (M34x日本晴; 1
1
2
:42、M34xカサラス;
ほぼ 3
同定した。その検出程度は前年度[Yl]とそれほど
86:30)に分離したことから、 M34の原因は l遺
3
1
)。
大差はないと考えられた(表 1
伝子による劣性変異であると考えられる 。
極早生変異体 99KG173 (コシヒカリ 由来 7
1
3出
M20(日本晴由来、震性)と M34(前述)について、
穂)と M34 (日本晴由来、 6/24出穂)について解
それぞれ HiSeq2000を用い、ゲノム配列解読を行っ
析を行った。99KG173には 2bpの欠失、 M34には
た結果、 SNPに関しては 37か所ずつ、それぞれ検
lbpの塩基置換を Se5 (OsHYl)遺伝子に見出した。
出した。それらについてサンガ一法を用いて再度確
1、Fz
極早生の表現型を示す M34と 99KG173の F
認を行なった結果、 M20は 34部位を確認し、 32か
ともに全て超早生の表現型を示したことから、 M34
1か
所(91%)に変異を検出し、 M34に関しては 3
の原因遺伝子は Se5(OsHYl)であると考えられた。
所確認し、 30か所( 95%)に変異を検出した(表
M34と日本晴およびカサラスとの F1は全て野生型
1
3
2検出) 。
表 13-3 2011 年 耐塩性供試系統
原品種
原品種
ひとめぼれ
ひとめぼれ
コシヒカリ
コシヒカリ
あきたこまち
あきたこまち
突然変異 処理
処理 EMS
イオンビーム 突然変異
ガンマ線
イオンビーム
ガンマ線
EMS
333
48
333
1248
212
2
4
4
合計
合計
381
381
16
216
3992
399
表 13-4 2011 年 耐塩性供試系統(世代別)
原品種
世代
原品種
世代 M7 以上
M4
M5
M6
合計
M4
ひとめぼれ
153
ひとめぼれ
153
コシヒカリ
コシヒカリ
あきたこまち
あきたこまち
M5
41
41
M6
160
160
M7
27以上
1627
216
2
合計
381
381
16
216
2
図 13-2 耐塩性処理(左から A.2011 年 0.4%塩水処理、B.2012 年 9/12 塩害水田、
C.2012 年 9/12 塩害水田対照区)
表 13-5 2011 年 選抜系統の耐塩性 耐塩性やや弱~弱
耐塩性やや強~強
23
79
合計
(うち不 稔 や少 けつ等 の不 良 形 質 を伴 う系 統 )
(ウ) 放射線を利用した突然変異系統の特性評価
(うち強は 20)
102
25
種し、4 つの塩水処理(7/20 から 0.2% および 0.4%
日本晴、コシヒカリおよびひとめぼれに関する突
の塩水処理。8/20 から 0.2%塩水処理、ならびに無
然変異系統について、2012 年度に約 290 系統を比
処理区)を行った(図 13-2)。なお、ひとめぼれ突
較品種とともにその生産性関連形質の調査と増殖を
然変異系統の出穂期は 8/20 頃に集中していた。
行い、2011 年度の増殖分と合わせて約 600 系統の
突然変異系統とした。
登熟後各区の全穂を収穫し、着粒数、稔実歩合、
穂数について 3 区の処理区を総合的に達観で判断
2011 年にこれまでに本課題によって得られた東
し、無処理区のひとめぼれ(コシヒカリ、あきたこ
北地域の主要品種イネ品種ひとめぼれの固定型突然
まち)と比較して耐塩性の強いものと弱いものをス
変異系統(コシヒカリとあきたこまちの突然変異系
クリーニングした。その結果、耐塩性の強い突然変
統も一部含む)と比較品種を合わせて 450 系統につ
異系統 79 系統を得た(表 13-5)。
いて耐塩性のスクリーニングを行った(表 13-3、4)。
10 × 50 穴のトレイに 1 系統 10 粒ずつを 6/13 に播
2012 年には東北大学の塩害圃場(大崎市)を利
用して 2011 年のスクリーニング結果により得られ
─ 23 ─
品 種 ・系 統
圃場
名
評価
原品種
変異原
出
穂
稈長
穂長
日
cm
cm
穂数
23
ひとめぼれ
原品種
12.6
79.4
21.5
14.1
耐塩性
千粒
稔
1穂
千粒重
稔性比/
重 g
性 %
粒数
比 /対 照
対照
区 %
区 %
8月
515ブック 1.indb
耐塩性
23
95.9
101.7
67.214:50:1061.1
2014/02/04
表 13-6 2012 年 耐塩性突然変異 5 系統の評価
出
品 種 ・系 統
圃場
名
評価
原品種
変異原
穂
稈長
穂長
日
cm
cm
穂数
原品種
耐塩性
稔性比/
千粒
稔
1穂
千粒重
重 g
性 %
粒数
比 /対 照
対照
区 %
区 %
8月
ひとめぼれ
耐塩性
12.6
79.4
21.5
14.1
23
95.9
101.7
67.2
61.1
ST8
◎
ひとめぼれ
C220Mev
15
73.2
18.2
16.2
20.1
89.1
97.5
76.2
91.3
ST16
○
ひとめぼれ
He100Mev
13
75.6
21.3
11.4
23.1
91.8
102.9
70.0
77.9
ST25
◎
ひとめぼれ
γ線 急 照 射
16
75.8
18.8
9.8
21.4
88.0
97.1
73.1
89.7
19
93.2
19.9
17.4
22.1
92.9
126.9
62.5
75.4
ST37
-
コシヒカリ
γ線 緩 照 射
19
95.2
19.8
13.0
21.0
87.0
132.9
71.3
83.9
ST38
○
あきたこまち
γ線 急 照 射
10
91.0
20.4
13.0
19.6
93.2
125.3
87.9
78.5
10
83.2
20.6
14.4
22.1
94.5
110.0
76.8
69.3
コシヒカリ
原品種
あきたこまち
原品種
た 79 系統の中から不良形質を伴わず、かつできる
ない 5 個体のうち、2 個体は逆位、3 個体は塩基置
だけ世代の進んだ突然変異系統 31 系統(ひとめぼ
換による変異であった。 マイクロアレイを用いた突然変異の解析
(イ)
れ、コシヒカリ、あきたこまちを原品種とするも
の、それぞれ 26、4、1 系統ずつ)と比較品種の 40
異なる線量率でガンマ線照射を行った突然変異後
系統を栽培した。反復内 15 個体の 2 反復で供試し
代 148 個体についてマイクロアレイ解析による欠失
た。4/27 に 播 種、5/30 に 移 植、6/25 か ら 塩 水 処
の検出を行った。その結果、線量率の違いによる欠
理を開始し、登熟終了まで続けた(図 13-2B)。耐
失の検出率には概して大きな差はないと考えられ、
塩性は処理区における千粒重および稔性の無処理
10% -20%の範囲であった。超早生や矮性の表現型
区(図 13-2C)に対する低下程度(%)で評価した。
を示す突然変異体について次世代シークエンサーに
その結果、農業特性に大きな問題がなく、耐塩性が
よるガンマ線照射個体のゲノムワイドの突然変異効
原品種よりも強い突然変異系統を 5 系統選抜した
率の解析を進めた。
(ウ) 放射線を利用した突然変異系統の特性評価
(表 13-6)。これらの選抜系統は食味や収量性等の実
用形質については原品種と遜色ないか否かの検証は
日本晴、コシヒカリ、ひとめぼれ等の主要なイネ
行っていないため、耐塩性の再現性のための現地試
品種について、ガンマ線およびイオンビーム照射
験とともに、これら実用形質の栽培試験を今後実施
と EMS 処理による突然変異系統 M2 種子を整備し、
する必要がある。なお、コシヒカリとあきたこまち
配布可能にした。これらの M2 世代において葉緑体
の突然変異系統(ST37 および ST38)は低アミロー
突然変異率を調べたところ、概してその突然変異率
ス突然変異体でもある。
に突然変異処理による大きな差は認められなかっ
た。これらの中からコシヒカリ、ひとめぼれ、日本
エ 考 察
晴を原品種とする突然変異体を選抜し、その評価と
順遺伝学的手法によるガンマ線誘発突然変
(ア)
異の解析
固定を進めて増殖を行い、現在約 600 系統の固定型
突然変異系統を整備した。さらに、それらについて
原因遺伝子が明らかになっている形質に関してガ
生産性特性や耐塩性に関して評価を進めて今後の遺
ンマ線照射由来突然変異体をスクリーニングし、24
伝研究や育種のための研究素材を提供できるように
の突然変異体について DNA 構造の変異を調べた。
した。
その結果、19 個体(79%)は欠失によるものであり、
そのうちの 15 個体(62%)は 1- 十数 bp の小さな欠失、
オ 今後の課題
残りの 4 個体(17%)は約 10kbp 以上の非常に大き
これまで育成した突然変異系統の維持・増殖・評
い欠失であることを明らかにした。一方、欠失では
価・配布業務を継続するための維持管理費が必要で
─ 24 ─
515ブック 1.indb
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14:50:10
ある。 ライン)を網羅的に作出し、T0 世代におけるそれ
らの形態に関する表現型を記録してデータベース化
カ 要 約
を行うことを目的とした。データベースはプロジェ
表現型から得られた原因遺伝子の明らかな
(ア)
クト内において先行公開し、生物試料提供の要請に
突然変異体の解析から、変異体の 80%程度は欠失
積極的に応えることとした。協力分担機関である
による変異であり、そのうちの 80%程度、すなわ
(株)グリーンソニアでは、イネ CRES-T ライン活
ち全体の約 60%が点様の欠失によるものであった。
用の一例として、それらの稈における細胞壁成分を
マイクロアレイ解析の結果は、1.を裏付け
(イ)
分析し、リグニン含量の変化した個体やセルラーゼ
ている。
による酵素糖化率の高い有用植物体を探索すること
ガンマ線による突然変異体をどのようにス
(ウ)
を目的とした。
クリーニングするかは、そのコストやスクリーニン
イ 研究方法
グ法の難易度等を総合的に考慮して判断することに
キメラリプレッサー発現イネ系統の作成と
(ア)
なる。
2007 年までに育成された 26M2 集団に加え
(エ)
評価
て全部で 32M2 集団の公開を行った。
a キメラリプレッサー発現イネ系統(TF-CR)
突然変異リソースから得られた固定型突然
(オ)
の作成
変異系統約 600 系統について収量特性ならびに耐塩
性の評価と増殖を進めた。
農業生物資源研究所からイネ転写因子の完全長
cDNA を取り寄せ、ゲートウェイ BP 反応により
次世代シークエンスの結果、ガンマ線によ
(カ)
pDONR207 ドナーベクターにクローニングし、エ
る SNP 変異の誘発頻度はさほど多くないことから、
ントリークローンを作成した。このとき、5’
側には
従来考えられていた不要な変異が入りにくく、育種
コード領域の翻訳効率を高めるために、20 塩基の
には利用し易いことがゲノムレベルで明らかになっ
非翻訳領域(UTR)を付加した。ただし、この 20
た。
塩基内に開始コドンが含まれる場合はそれより下流
のみを付加した。3’
側は転写抑制ドメイン(SRDX)
研究担当者(西村実 *、森田竜平、西村宜之)
と融合するためにストップコドンを削除してある。
網羅的に作成したエントリークローンは、本研究の
4 イネ転写因子キメラリプレッサーを用いた変
ために農業生物資源研究所で用意した CRES-T 法
異体の作出・評価及び利用(AMR0004)
用デスティネーションベクター(図 14-2)にゲー
ア 研究目的
トウェイ LR 反応によりクローニングした。このよ
産業技術総合研究所では 2003 年に植物の転写因
子を対象にした新しい機能解析技術である CRES-T
法を開発した(平津ら、1)。CRES-T 法では、本来
転写活性化因子である転写因子の C 末端側に植物
TF1
TF2
TF1
転写抑制
ドメイン
特異的な転写抑制ドメインを付加したキメラリプ
レッサーを発現させることにより、標的遺伝子の発
現を抑制して機能欠損の表現型を引き起こす(図
SRDX
Gene
14-1)。キメラリプレッサーは機能重複した複数の
転写因子に対しても優性的(ドミナントネガティブ)
に働くので、表現型が出やすく非常に有効な転写因
子の機能解析法である。本研究では、産業技術総合
研究所と農業生物資源研究所とが協力し、約 1000
個のイネ転写因子を対象としてその機能を抑制す
るキメラリプレッサー発現イネ系統(イネ CRES-T
機能欠損の表現型
図 14-1 CRES-T 法の概略
─ 25 ─
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Gateway cassette
図 14-2 CRES-T 法用デスティネーションベクター
うに作成したキメラリプレッサー発現コンストラク
(pH6.0)を加え、50℃で酵素糖化反応を行った。リ
トは Agrobacterium EHA105 株にエレクトロポレー
グニン含有量は Klason 法により算出した。Klason
ションによって導入し、農業生物資源研究所におい
法の上清液から細胞壁残渣の総グルコース量を求
てイネ(日本晴)に形質転換し、個々のキメラリプ
め、この値と酵素糖化反応により得られた値から糖
レッサー発現形質転換イネの作成をおこなった。形
化率を算出した(図 14-3)。
質転換当代(カルス再生個体 ; T0)を 1 遺伝子につ
ウ 研究結果
き 10 個体以上確保するよう心がけた。
キメラリプレッサー発現イネ系統の作成と
(ア)
b キメラリプレッサー発現イネ系統(TF-CR)
評価
の評価
a キメラリプレッサー発現イネ系統(TF-CR)
上記工程により作成した形質転換イネを閉鎖系人
工温室にて栽培し、表 14-1 に示す項目について全
の作成
農業生物資源研究所からイネ転写因子の完全長
植物の測定・観察を行った。異常形質が認められる
cDNA を約 1200 個取り寄せ、約 1100 個のエントリー
場合は極力写真撮影を行った。
c データベースシステムの開発
クローンおよび発現ベクターを作成し、これらのほ
上記の測定データ等は本研究プロジェクトのため
とんどについてアグロバクテリウムへの形質転換を
に開発したデータベースシステムに順次収録して
行った。このうち 913 遺伝子について農業生物資源
いった。データベースシステムは web サーバーベー
研究所において、のべ約 36000 カルスへアグロバク
スであり、web サーバーソフトに「Apache」、デー
テリウムの感染作業を行い、約 900 遺伝子近くにつ
タベースソフトに「MySQL」、CGI プログラミング
いて形質転換再分化個体を得た。鉢上げ個体数はの
に「Perl」を用いた。
べ約 7000 個体に達し、獲得 T1 種子は最終的に約
キメラリプレッサー発現イネ系統における
(イ)
細胞壁成分の評価
5000 個体分、30 万粒に達する見込みである。転写
因子ファミリーの内訳は図 14-4 の通りで、全体的
キメラリプレッサー形質転換イネ系統の成熟後の
に偏りなく実施している。
稈部分を採取して乾燥処理後、ビーズ式破砕装置で
処理した粉末を原料とした。この原料をアミラーゼ
b キメラリプレッサー発現イネ系統(TF-CR)
の評価
混合液で処理し、エタノール水溶液で洗浄後、70℃
2013 年 5 月までに 861 転写因子について表現型
で乾燥させた試料を糖化性分析に使用した。本試
を観察した。個体数は合計 6765 個体(1 転写因子
料にセルラーゼ、β- グルコシダーゼを含む緩衝液
あたり平均 7.9 個体)にのぼり、のべ 24335 表現型
─ 26 ─
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表 14-1 観測項目一覧
観察・計測時期
観察項目
カルス増殖速度
アグロバクテリウム感染後
カルスの形態
再分化個体の生育
再分化後
再分化個体の形態
鉢上げ後 2週目及び3週目
初期生育
草丈
分げつ
葉長
鉢上げ後 3週目, 5週目及び8週目 葉幅
葉色
葉関節の形態
その他葉の形態
鉢上げ後 5週目以降順次
花の形態
鉢上げ後 9~10週目
病斑
弱勢
籾形質
登熟
稈の形態
収穫時(鉢上げ後 4ヶ月)
穂の形態
頴花数
登熟歩合
稔性
穂の乾燥後
計測項目
草丈
分げつ数
葉長
出穂日数調査
主稈の稈長
主稈の節間数
主稈の稈太
主稈の穂長
主稈の一次枝梗数
穂数
主稈籾数
主稈粒数
全粒数
イネの第一節間をサンプリング+3日間乾燥
ビーズ式細胞破壊装置で粉砕(500μm以下の粉末)
アミラーゼ処理(デンプン除去)+3日間乾燥
硫酸加水分解
リグニン量測定
(クラソンリグニン)
セルラーゼによる酵素糖化
グルコース量測定(グルコーステスト)
図 14-3 細胞壁成分の分析フローチャート
─ 27 ─
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14:50:11
を記録した。これにともなって合計 8547 枚の写真
とは関係性の薄いものでよく観察された表現型とし
データを記録した。ファミリーごとに記録した表
ては、巻き葉、葉関節の異常、異常穎などがあげら
現型頻度(1 個体あたりの平均記録表現型数)は
れる。個別の表現型でとくに興味深い表現型として
BBR/BPC ファミリーや YABBY ファミリーで顕著
は次のようなものがあげられる。
に高くなっており、逆に CAMTA, Jumonji, CCCH,
GRF, DOF ファミリーなどで低い値となっている
( a ) 短く太い根、垂れ葉、葉色薄い、多分げつ、
異常穎などの複合形質
(図 14-5)。それぞれの表現型の出現回数は、背が低
MYB ファミリーに属する転写因子のキメラリプ
い、初期生育不良、種子登熟不良、少穎花、少分げつ、
レッサー発現イネにおいて短く太い根、垂れ葉、葉
など成長不良に起因すると思われるものが非常に多
色薄い、多分げつ、異常穎などの複合形質が複数個
く観察されている(図 14-6)。これらがキメラリプ
体で顕著に観察された(図 14-7)。
レッサーを導入したことによるものなのかどうかに
ついては慎重な検討が必要である。成長の良、不良
( b ) 異常カルス、葉関節異常、少分げつなどの
複合形質
図 14-4 実施した転写因子ファミリーの内訳
図 14-5 ファミリーごとに記録した表現型頻度
─ 28 ─
515ブック 1.indb
28
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14:50:11
bHLH ファミリーに属する転写因子のキメラリプ
顕著に観察された。単純過剰発現においても広葉、
レッサー発現イネにおいて毛羽立ったカルス、葉関
垂れ葉、葉脈異常など顕著な表現型が観察された(図
節が異常に開く、少分げつなどの複合形質が複数個
14-9)。キメラリプレッサー発現(TF-CR)と単純
体で顕著に観察された(図 14-8)。
過剰発現(TF-OX)で反対の表現型を示したとは
( c ) 根がまばら、強い巻き葉、矮性、出穂せず
いえないがどちらも表現型が強く大変興味深い。
などの複合形質
( d ) 全体的に寸詰まりな表現型
HD ファミリーに属する転写因子のキメラリプ
bZIP ファミリーに属する転写因子のキメラリプ
レッサー発現イネにおいて根がまばら、強い巻き葉、
レッサー発現イネにおいて全体的に寸詰まりになる
矮性、出穂せずなどの複合形質が複数個体において
ような表現型が複数個体で観察された。また、葉の
図 14-6 表現型別のべ観測数
図 14-7 興味深い表現型その1
図 14-8 興味深い表現型その2
─ 29 ─
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29
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図 14-9 興味深い表現型その3
図 14-10 興味深い表現型その4
色が濃く、籾も縦横比が通常とは大きく異なるよう
( f ) 擬似病斑表現型
な表現型となった(図 14-10)。
NAC ファミリーや GRAS, GARP ファミリーな
( e ) 強い巻き葉、細葉表現型
どに属する転写因子のキメラリプレッサー発現イネ
GRAS ファミリーに属する転写因子のキメラリプ
において、病斑様の葉枯れを起こすものが観察され
レッサー発現イネにおいて、強い巻き葉、細葉、薄
た。いずれも複数個体において表現型が確認され、
い葉色を示す個体が複数観察された(図 14-11)。
発生時期や発生部位、発生速度などは様々であった
─ 30 ─
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30
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図 14-11 興味深い表現型その5
図 14-12 興味深い表現型その6
(図 14-12)。
( h ) 稈長、籾形質異常
( g ) 穎花異常表現型
NAC ファミリーに属する転写因子のキメラリプ
BBR/BPC ファミリーや MYB, C2H2ZnF ファミ
レッサー発現イネにおいて、長稈、大籾傾向が観察
リーなどに属する転写因子のキメラリプレッサー発
された(図 14-14)。単純過剰発現イネでは逆の表現
現イネにおいて、顕著に穎花の異常が引き起こされ
型を示しており興味深い。
るものが観察された(図 14-13)。
( i ) 顕著な垂れ葉表現型
─ 31 ─
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31
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図 14-13 興味深い表現型その7
図 14-14 興味深い表現型その8
CCCH ファミリーに近い因子のキメラリプレッ
14-15)。
サー発現イネにおいて 8 個体中 3 個体が顕著な垂れ
( j ) 巻き葉、細葉表現型
葉形質を示した(図 14-15)。この因子はわずか 63
C2H2ZnF ファミリーに属する近縁の 3 転写因子
アミノ酸しかなく、転写因子というよりは相互作
のキメラリプレッサー発現イネが高頻度に強い巻
用因子として機能する可能性が考えられる。AUX/
き葉、細葉表現型を示した(図 14-16 左側)。この
IAA ファミリーの因子のキメラリプレッサー発現
うち 2 転写因子は分子系統樹において隣同士にな
イネも 3 個体中 3 個体が垂れ葉形質を示した(図
るパラロガスな転写因子であり、信用できる結果
─ 32 ─
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32
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図 14-15 興味深い表現型その9
図 14-16 興味深い表現型その 10
─ 33 ─
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33
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図 14-17 興味深い表現型その 11
図 14-18 興味深い表現型その 12
である。C2H2ZnF ファミリーの転写因子は一般に
サー発現イネにおいても 10 個体中 5 個体が葉関節
C 末端に転写抑制化ドメイン(RD)を持つことが
が閉じる表現型を示した(図 14-17)。逆に CCCH/
多いが、これら 3 転写因子は RD を持たない。一方
RingFinger 転写因子ファミリーに属する転写因子
C2H2ZnF ファミリーに属する別の転写因子のキメ
のキメラリプレッサー発現イネにおいて 8 個体中
ラリプレッサー発現イネも強い巻き葉、細葉表現型
4 個体が葉関節が開く表現型を示した(図 14-18)。
を示した(図 14-16 右側)。この転写因子は通常の
ARF ファミリーに属する転写因子のキメラリプ
過剰発現でも同様の表現型を示した(図 14-16 右側)
レッサー発現イネにおいても 10 個体中 3 個体が葉
ことから、元来転写抑制因子であると考えられ、実
関節が開く表現型を示した(図 14-18)。
際 C 末端に顕著な RD 様モチーフを持っている。
( l ) 葉の色の異常表現型
( k ) 葉関節の異常表現型
AS2 ファミリーに属する転写因子のキメラリプ
bHLH ファミリーに属する転写因子のキメラリプ
レッサー発現イネにおいて 10 個体中 6 個体が葉関
レッサー発現イネにおいて 4 個体中 4 個体が葉色が
薄い表現型を示した(図 14-19)。
節が閉じる表現型を示した(図 14-17)。また、別
のファミリーに属する転写因子のキメラリプレッ
(m) 再分化の異常に関する表現型
CBF/NF-Y ファミリーに属する因子のキメラリ
─ 34 ─
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図 14-19 興味深い表現型その 13
図 14-20 興味深い表現型その 14
プレッサー発現イネにおいて、シュートが分化せず
含んだ総合データベースとしての機能も持ち合わせ
に根だけが発生するという表現型が得られた(図
ている(図 14-21)。AMR0001 課題の結果である転
14-20)。
写因子の単純過剰発現イネの表現型データもすべて
c データベースシステムの開発
取り込み、ユーザーが同一ページ内にて両者の結果
本課題では出現した表現型をリアルタイムに記録
を比較できるようになっている(図 14-21、22)。ま
して関係者に向けて公開するデーベースシステムを
た、現在は転写因子以外の遺伝子については情報が
構築してきた。本データベースは表現型だけでなく
表示されないが、すべての遺伝子に関して基本的な
遺伝子の配列データやアノテーションデータなども
情報を表示できるようにしていく予定である。さら
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A
B
図 14-21 データベースシステムの画面例その1
CRES-T、過剰発現
植物データ
表現型詳細データ
図 14-22 データベースシステムの画面例その2
─ 36 ─
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表 14-2 観察された表現型の頻度比較
に、マイクロアレイデータや転写因子各ファミリー
イネ(TF-OR)と単純過剰発現イネ(TF-OX)は
の分子系統樹など、独自の表現型情報に加えて研究
反対の表現型を引き起こすことが期待されるが、実
に重要なデータを表示できるようにし、転写因子総
際に明瞭な反対の表現型を示したのは 12 転写因子
合データベースとしての機能を高める予定である。
にとどまっている(表 14-4)。一方で、キメラリプレッ
近日中にほとんどのデータを一般公開する予定であ
サー発現イネと単純過剰発現イネが同一の異常表現
る。本課題はイネ転写因子を単純過剰発現(TF-OX)
型を引き起こした例は 31 転写因子において確認さ
させる AMR0001 課題と対をなしており、データ
れた(表 14-5)。
キメラリプレッサー発現イネ系統における
(イ)
ベースから結果を比較することが期待されている。
まず表現型の出現頻度では、表 14-2 に示すように
細胞壁成分の評価
キメラリプレッサー発現イネにおいてより高頻度の
イネ転写因子 28 ファミリー、507 系統(約 1700
異常が観察されている。とくにキメラリプレッサー
個体)のキメラリプレッサー発現形質転換イネ系統
発現イネの方が弱勢や不稔形質を引き起こしやすい
について、リグニン含有量ならびに糖化性の分析を
傾向にあった(表 14-3)。対象とする転写因子が転
行った(表 14-6)。このうち 68 転写因子において
写活性化因子である場合、キメラリプレッサー発現
50% 以上の糖化率が得られた(図 14-23)。その内
─ 37 ─
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表 14-3 観察された弱勢、不稔形質の頻度
表 14-4 単純過剰発現(OX)とキメラリプレッサー
過剰発現(OR)で反対の表現型を示す例
表 14-5 単純過剰発現(OX)とキメラリプレッサー
過剰発現(OR)が同じ表現型を示す例
訳をみると、MYB ファミリー、NAC(NAM)ファ
ている。また、bHLH や bZIP など NAC ファミリー
ミリーに属するものが非常に多かった(図 14-24)。
や MYB ファミリーに属さないものでも酵素糖化性
一方で、リグニン含量が 13% 以下になった系統が
が向上したものやリグニン含量が減少したものが多
43 系統見つかった(図 14-25)。その内訳を見ると、
く認められた。
NAC ファミリーに属するものが 19 系統あった(図
14-26)。糖化率とリグニン含量をプロットしてみる
と、定説通り負の相関が見られた(図 14-27)。この
結果はわれわれの分析法が妥当であったことを示し
─ 38 ─
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表1
4
6 リグニン量と酵素糖化性を調査したファミ リーの内訳
R
i
c
eTFF
a
m
i
l
yl
i
s
t
サンプル数
系統数
A
2
0
(
v
e
r
.
1
}
2
2 AB13VP1
4
3 A
l
f
i
n
8
N
1
l
i
k
e
{
v
e
r
.
2
}
4 A
3
1
2 2
1
5 AP2
6 AP2EREBP
GARP
8 22 GARPARR-B
18 23
40
サンプル数
系統数
R
i
c
e_
TF_
F
a
m
i
l
yl
i
s
t
25
1
1
3
4
1
9
GATA
4
9 24 GRAS
1
2
54
3 25 Homeodomain
2
7
6
9
7
8
263
1
4
3 26 Myb
7 ARF
7
2
3 2
7 NAM
7
8
293
8 ARIDBRIGHT
2
4 28 SBP
8
1
4
9 AS2
5
4
1
7
9
2
8
10 AUXIAA
2
b
3
4
1
1
1
0 29 SRF-TF
7 30 TCP
1
6 3
1
34
13 BED
3 33 YABBY
14 BES1
3 34 Z
z
15 bHLH
56
1
6
7 35 不明
16 b
Z
I
P
48
1
9
1
17 C2H2
20
6
6
2
5
1
3
4
6
18
CBFNF-Y
−
・l
i
k
e
19 Co
6
7 32 WRKY
3
12 BBRBPC
TUBBY
63
4
4
2
2
2
20 Dof
糖化率平均(%)
1団】 O
8
0
.
0
6
0
.
0
4
0
.
0
2
0
.
0
﹄﹀ 亘
問
a
U
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一
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一
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aE
CE︿
U ﹂F
内陸
E ︽2
2 ︽2
2 ︿之
n
u
n
u
図 14-23 酵素糖化率一覧
Myb(n=11)
NAC(n=34)
図 14-24 高糖化率を示した系統
図 14-25 リグニン含量一覧
NAC(n=19)
図 14-26 低リグニン含量を示した系統
─ 40 ─
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リグニン含有量(%)
13.0
50.0
糖化率(%)
図 14-27 酵素糖化性とリグニン含量の相関図
エ 考 察
された。いずれも複数個体において表現型が確認さ
(ア)
キメラリプレッサー発現イネ系統の作成と
評価
れ、発生時期や発生部位、発生速度などは様々であっ
た(図 14-12)。シロイヌナズナではこのような表
キメラリプレッサー発現イネ系統(TF-OR)の
現型が観察されることはほとんどなく、イネに特有
観察を進めていく中で様々な興味深い表現型が観察
の表現型である。また、顕著に穎花の異常が引き起
された。たとえば MYB ファミリーに属する転写因
こされる表現型も複数系統で観察されたが、これら
子のキメラリプレッサー発現イネにおいて垂れ葉、
を引き起こした転写因子は MADS-box ファミリー
葉色薄い、多分げつ、異常穎などの複合形質が顕著
ではなく BBR/BPC ファミリーや MYB, C2H2ZnF
に観察された(図 14-7)。この転写因子のシロイヌ
ファミリーなどでありイネにおける花器官形成に独
ナズナオルソログは木質形成に関与することが示唆
自のメカニズムがあるかもしれないことを示唆して
されているもので、イネで観察された表現型のなか
いる。また、AS2 ファミリーに属する転写因子の
では垂れ葉のみが合致するように思われる。それ以
キメラリプレッサー発現イネが葉色が薄い表現型を
外の表現型はイネ独自の機能であると考えられ大変
示した(図 14-19)。AS2 ファミリーの転写因子が
興味深い。 また、bHLH ファミリーに属する転写
葉緑体の形成制御に関与しているという報告はこれ
因子のキメラリプレッサー発現イネにおいて毛羽
までになされておらず新しい発見に繋がる可能性が
立ったカルス、葉関節が異常に開く、少分げつなど
高い。また、CBF/NF-Y ファミリーに属する因子
の複合形質が顕著に観察された(図 14-8)。この転
のキメラリプレッサー発現イネにおいて、シュート
写因子のシロイヌナズナオルソログは細胞伸長に関
が分化せずに根だけが発生するという表現型が得ら
与することが示されているがイネでの表現型との関
れた(図 14-20)。シロイヌナズナでは topless とい
連性が見出しにくく非常に興味深い。また、イネで
う変異体が同様の表現型になることが知られてい
は病斑様の葉枯れを起こす表現型が複数系統で観察
て、転写抑制ドメインを介した転写抑制に関与する
─ 41 ─
515ブック 1.indb
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と考えられていることから、本表現型は本因子が転
たものやリグニン含量が減少したものが多く認めら
写抑制に関係する可能性を示唆するものであり非常
れた、それらのほとんどがシロイヌナズナオルソロ
に興味深い。このように、本研究プロジェクトでは
グにおいて細胞壁形成への関与を示唆されていない
様々な未知の現象が観測されており、個別研究を進
ものであったので、イネには独自の細胞壁形成メカ
めれば大きな成果が期待できる。全体的な傾向とし
ニズムが存在しているか、あるいは細胞壁成分とは
て、表現型の出現頻度は、表 14-2 に示したように
別の要因で糖化性の向上もしくはリグニン量の減少
キメラリプレッサー発現イネにおいてより高頻度の
が観察されたのかもしれない。
異常が観察されている。とくにキメラリプレッサー
オ 今後の課題
発現イネの方が弱勢や不稔形質を引き起こしやすい
キメラリプレッサー発現イネ系統の作成と
(ア)
傾向にあったことから、キメラリプレッサーの発現
の方がより劇的、致死的であることが考えられる(表
評価
本プロジェクトでは目標としていた 1000 転写因
14-3)。しかし、キメラリプレッサーの発現に使用
したプロモーターのほうがより強力であることや、
子のキメラリプレッサー発現イネを作成して表現型
観察者が異なることを考慮すると一概にはいえな
を観察する作業は概ね達成している。しかし、イネ
い。また、対象とする転写因子が転写活性化因子で
の全転写因子数は 2000 を優に超えるので、半分に
ある場合、キメラリプレッサー発現イネ(TF-OR)
も満たない規模で終了したことになる。リソースと
と単純過剰発現イネ(TF-OX)は反対の表現型を
しては中途半端なものになってしまうのが残念であ
引き起こすことが期待されるが、実際に明瞭な反対
る。完了した約 900 転写因子についても、カルス化
の表現型を示したのは 12 転写因子にとどまった(表
や再分化の過程が不調に終わったものや鉢上げの段
14-4)。このことは表現型の出現が単純なメカニズ
階で枯死しやすいもの、稔性が低いものなどが多く
ムに依っていないことを示唆している。一方で、キ
あり、転写因子によっては後代の種子を十分確保し
メラリプレッサー発現イネと単純過剰発現イネが同
たとは言えない状況になっているものもある。後代
一の異常表現型を引き起こした例は 31 転写因子に
の種子は世界各国からの要請に応じて配布したり、
おいて確認された(表 14-5)。一般的に言ってこの
すべてを混ぜたスクリーニング用ライブラリー種子
ような場合は対象転写因子が元来転写抑制因子であ
として使うことが想定されている。キメラリプレッ
る可能性が高いが、実際に転写活性化、抑制化活性
サー発現種子のライブラリーから幼植物を育ててス
を測定するなどして慎重な検証が必要である。
トレス耐性植物などをスクリーニングする研究は、
キメラリプレッサー発現イネ系統における
(イ)
細胞壁成分の評価
シロイヌナズナで先行して行っているが、高塩濃度
耐性、乾燥耐性、高温耐性、低温耐性など多数の新
酵 素 糖 化 性 を 網 羅 的 に 測 定 し た 結 果( 図 14-
規因子を同定でき非常に有用である。イネにおいて
23)、高糖化性を示した系統には MYB ファミリー、
同様の研究を行うことはシロイヌナズナ以上に重要
NAC(NAM)ファミリーに属するものが非常に多
なことであると考えられるが、種子量の少なさと財
かった(図 14-24)。MYB ファミリー、NAC ファ
源不足により実施する目処が立っていない。せっか
ミリーは特定のサブファミリーがシロイヌナズナに
くの優れたリソースを活用できる見込みがないこと
おいて木質形成に関わることが知られており、木質
は非常に残念である。また、本成果集に列挙したよ
形成が影響を受けた結果として酵素糖化率が向上
うに大変興味深い表現型が多数観察されているが、
したとしても不思議ではないと考えられる。また、
財源不足により再現性の確認や個別研究を行うこと
これらの NAC ファミリーではリグニン量が減少し
は困難である。写真データだけでなく本課題では計
ていたことから、酵素糖化性の向上が認められた
測数値データも非常に多数記録したが、それらの詳
NAC ファミリーに属する転写因子に関して、その
細分析を行うことも現状では難しい。データベース
原因はリグニン量の減少であることが強く示唆され
は公開する予定であるので、外国も含めた今後の研
る。bHLH や bZIP な ど NAC フ ァ ミ リ ー や MYB
究者コミュニティによる個別研究に期待したい。リ
ファミリーに属さないものでも酵素糖化性が向上し
ソースは活用するために作るわけであるが、現状で
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はそれができない状況になっているのが最大の問題
程度)について機能欠損の表現型を誘導できるキメ
点であるといえる。 ラリプレッサー遺伝子を作成してイネに発現させ、
キメラリプレッサー発現イネ系統における
(イ)
細胞壁成分の評価
のべ 7000 個体以上について表現型を観察してデー
タベースを作成した。また、これらについて T1 種
本プロジェクトでは約 500 転写因子について、細
子を収集した。
キメラリプレッサー発現イネ系統における
(イ)
胞壁成分の評価を行ったが、これは作成したキメラ
リプレッサー発現イネ系統の半分強でしかない。公
細胞壁成分の評価
500 超の転写因子遺伝子に関して、キメラリプ
的データバンクのマイクロアレイデータなどから、
発現パターンが細胞壁に関係しそうなものから順次
レッサー発現イネ系統 2000 個体以上のセルラーゼ
評価を行ったが、人智の及ばないところに画期的な
糖化率、リグニン含量を調べたところ、特定の転写
新発見がある可能性もあり、残りの転写因子につい
因子ファミリーの導入系統において高い糖化率と低
て評価していないことは残念である。さらにいえば、
いリグニン含量になっていることを見出した。 上述の通り、イネの全転写因子数は 2000 個以上あ
キ 引用文献
ると推定されるので、未解析転写因子はさらに多数
になる。評価が済んだ転写因子のなかには、今後の
1)Hiratsu, K., Matsui, K., Koyama, T., and Ohme-
展開が期待できる興味深い系統も多数あるが、財源
Takagi, M.(2003).Dominant repression of target
不足のため再現性評価や詳細解析を行う目処が立っ
genes by chimeric repressors that include the
ていないことが最大の問題である。
EAR motif, a repression domain, in Arabidopsis.
Plant J. 34, 733-739.
カ 要 約
キメラリプレッサー発現イネ系統の作成と
(ア)
評価
研究担当者(光田展隆 *、高木優、安本徹、松井恭子、
佐藤和人、成田聡子)
イネの転写因子遺伝子 900 超(全転写因子の半分
─ 43 ─
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研
究
の
Ⅰ 研究年次・予算区分 要
約
及び植物ホルモン処理や生物学的・非生物学的処理
研究年次:2008 年度~ 2012 年度
条件下における遺伝子発現情報収集を行ない、遺伝
予算区分:農林水産省農林水産技術会議 受託研
子の機能解明の基盤となる遺伝子発現情報データ
究
ベース等の情報リソースを整備する。
Ⅱ 主任研究者 Ⅴ 研究方法
1 次世代シークエンサーによるトランスクリプ
主 査:(独)農業生物資源研究所
理事長
トーム解析
石毛 光雄(2008 ~ 2012 年度)
次世代シークエンサーを利用したトランスクリプ
副主査:(独)農業生物資源研究所
トーム解析のための技術(RNA-Seq 技術)の確立
理事
を行なう。確立した本技術を使って網羅的なトラン
廣近 洋彦(2008 ~ 2012 年度)
スクリプトーム解析を行ないイネの新規な機能遺伝
子の発見を目指す。また、新規転写産物をゲノム上
推進リーダー:(独)農業生物資源研究所 農業
生物先端ゲノム研究センター
にマップし、遺伝子単離やゲノム解析の基盤となる
ゲノムリソースユニット ユニット長
遺伝子情報を充実させる。
長村 吉晃(2008 ~ 2012 年度)
2 マイクロアレイ解析による遺伝子発現情報解
析とデータベース化
Ⅲ 研究担当機関
独立行政法人農業生物資源研究所
自然条件下で生育させたイネ日本晴を用いて、イ
(委託先)国立大学法人東京大学
ネの全生育過程における様々な器官・組織の遺伝子
(委託先)独立行政法人農業・食品産業技術総合
発現情報を網羅的に収集し、遺伝子発現データベー
研究機構 スの開発を行なう。また、植物ホルモン処理及び環
境ストレス(生物学的及び非生物学的)条件下にお
Ⅳ 研究目的
ける遺伝子発現情報も収集・データベース化する。
イネの全転写産物情報の獲得を目指し、最先端
さらに、収集する遺伝子発現データと環境・気象情
の手法であ る レ ー ザ ー マ イ ク ロ ダ イ セ ク シ ョ ン
報(温度、日射量、降雨量等)を利用し、遺伝子発
(LMD: Laser-microdissection)技術やマイクロア
現と環境要因との関係について解析を行なう。
レイ解析技術、次世代シークエンス技術(超並列型
以上のように 2 種類の手法を用いて、イネのトラ
塩基配列解読装置)を用いて転写産物の網羅的な解
ンスクリプトーム解析及び遺伝子発現情報を収集
析を実施する。イネの様々な発育ステージにおける
し、今後の研究推進の基盤となる遺伝子発現データ
各器官・組織の網羅的なトランスクリプトーム解析
ベース・解析ツールを開発する。
研究計画表(研究室別年次計画)
研究課題
研究年度
08
09
10
11
担当研究機関・研究室
12
機関
研究室
1 遺伝子発現情報のプロファイリング
(1)イネのトランスクリプトーム解析
農業生物資源研究 作物ゲノム研究ユ
所
ニット・バイオイ
─ 44 ─
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ンフォマティクス
ユニット
(2)イネの生育過程における遺伝子発
農業生物資源研究 ゲノムリソースユ
現アトラス作成
所
(3)イネと病原菌等との相互作用にお
ニット
農業生物資源研究 耐病性作物研究開
ける遺伝子発現解析
所
発ユニット
(4)自然環境下での遺伝子発現変動のプ
ロファイリング
農業生物資源研究
所
植物生産生理機能
研究ユニット
(5)イネの登熟制御に関わる遺伝子発現
解析と分子機構解明
農業・食品産業技術
総合研究機構
稲収量性研究チー
ム
(6)初期生活環における遺伝子発現プ
東京大学
育種学研究室
ロファイルとその情報利用
注)文中の図、表、写真に付した番号は、上記研究課題番号とその中の一連番号を組合せて表示してある。
(例:1 -(1)の課題の 1 番目の図の場合は、図 11-1 と表示)
Ⅵ 研究結果
葉枯病菌感染時の遺伝子発現情報、種子登熟過程の
1 次世代シークエンサーによるトランスクリプ
遺伝子発現情報を収集した。得られた遺伝子発現情
トーム解析
報をまとめ、遺伝子発現データベース RiceXPro を
次世代シークエンサーを用いて獲得したショート
開発した。さらに、遺伝子発現情報をさらに整理・
リードのマッピング手法の確立、発現強度の数値化
加工し、遺伝子ネットワークを推定できる共発現解
等の検討を踏まえ、RNA-Seq 技術による遺伝子発
析データベース兼解析ツール RiceFREND を開発し
現解析手法を確立した。確立した本手法を使って
た。またさらに、収集した膨大な遺伝子発現データ
様々な器官・組織の網羅的なトランスクリプトーム
と環境・気象情報(温度、日射量、降雨量等)を入
解析、またリン酸、塩、カドミウム処理条時の遺伝
手し、個々の遺伝子発現と環境要因との解析を行な
子発現情報を収集した。本手法では、マイクロアレ
い、非常に多くの遺伝子が温度や光の影響を受けて
イ解析では得られない新規転写産物約 4200 の情報
いることを明らかにするとともに、モデリングによ
が得られた。得られた遺伝子発現情報は、イネアノ
り得られたこれらの成果は、Fit-DB として公開し
テーションデータベース(RAP-DB)及び新規に開
た。
発された閲覧データベース TENOR(Transcriptome
Ⅶ 今後の課題 Encyclopedia of Rice)で公開されている。
次世代シークエンサーを用いた RNA-Seq 法によ
2 マイクロアレイ解析による遺伝子発現情報解
る遺伝子発現解析手法を確立したが、マイクロアレ
析とデータベース化
イ解析手法と較べると、多くの RNA 量が必要、コ
自然条件下で生育させたイネ日本晴の全生育過程
ストがかかる、定量性に改良の余地がある等の問題
における様々な器官・組織の遺伝子発現情報収集を
も含まれている。一方、本手法では、理論的に全転
軸に、経時的に連続サンプリングした葉身の遺伝子
写産物の発現情報を収集できるメリットがある。マ
発現情報、相転換や開花等の大きなイベント時期の
イクロアレイ解析手法による遺伝子発現情報収集で
遺伝子発現情報を収集した。また、植物ホルモン(6
は、多数のサンプルから膨大な量の遺伝子発現情報
種類)処理条件下の遺伝子発現情報、いもち菌や白
が得られ、データベース化された。作成された遺伝
─ 45 ─
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子発現データベース RiceXPro や共発現データベー
Yamazaki, M. Kimizu, H. Yoshida, Y. Nagamura,
ス RiceFREND は、今後の遺伝子機能研究に非常に
J. Kyozuka. Inflorescence meristem identity in
有用なデータベース・解析ツールになると思われる。
rice is specified by overlapping functions of three
しかしながら、マイクロアレイ解析手法では、アレ
AP1/FUL-like MADS box genes and PAP2, a
イ(スライド)上にプローブとして搭載されている
SEPALLATA MADS box gene. Plant Cell 24
(5)
:
遺伝子しか発現情報を収集できないというデメリッ
1848-1859.(2012).
トも含まれている。従って、上記 2 つの手法を適材
6)C. C. Yang, Y. Kawahara, H. Mizuno, J. Wu, T.
適所で利用し、あるいは相補的に利用して発現情報
Matsumoto, T. Itoh. Independent Domestication
収集にあたることが望ましい。また、作成されたデー
of Asian Rice Followed by Gene Flow from
タベースは、利用されて価値が見出されるので、中
japonica to indica. Mol Biol Evol 29(5): 1471-
長期的に維持・管理・公開され続けることを期待し
1479.(2012.)
たい。
7)S. Uraguchi, T. Kamiya, T. Sakamoto, K. Kasai,
環境要因を考慮した自然条件下での遺伝子発現変
Y. Sato, Y. Nagamura, A. Yoshida, J. Kyozuka,
動プロファイリングにおいては、気象データから稲
S. Ishikawa, T. Fujiwara. Low-affinity cation
の葉で働くほぼ全ての遺伝子の働きを予測するシス
transporter (OsLCT1) regulates cadmium
テムが開発できた。本成果は、つくば圃場で得られ
transport into rice grains. Proc Natl Acad Sci U
た結果であり、今後、つくば以外の場所でも適応可
S A. 108(52): 20959-20964.(2011).
能かの検証が必要であろう。
8)H . S a k a i , H . M i z u n o , Y . K a w a h a r a , H .
Wakimoto, H. Ikawa, H. Kawahigashi, H.
Ⅷ 研究発表 Kanamori, T. Matsumoto, T. Itoh, B. S. Gaut.
1 原著論文
Retrogenes in rice (Oryza sativa L. ssp.
1)Y. Sato, N. Namiki, H. Takehisa, K. Kamatsuki,
japonica)exhibit correlated expression with
H. Minami, H. Ikawa, H. Ohyanagi, K. Sugimoto,
their source genes. Genome Biol Evol 3: 1357-
J. I. Itoh, B. A. Antonio, Y. Nagamura.
1368.(2011).
RiceFREND: a platform for retrieving
9)H. Takehisa, Y. Sato, M. Igarashi, T. Abiko, B.
coexpressed gene networks in rice. Nucleic
A. Antonio, K. Kamatsuki, H. Minami, N. Namiki,
Acids Res 41(D1): D1214-D1221.(2013).
Y. Inukai, M. Nakazono, Y. Nagamura. Genome-
2)A. J. Nagano, Y. Sato, M. Mihara, B. A.
wide transcriptome dissection of the rice root
Antonio, R. Motoyama, H. Itoh, Y. Nagamura,
system: implications for developmental and
T. Izawa. Deciphering and Prediction of
physiological functions. Plant J 69(1): 126-140.
Transcriptome Dynamics under Fluctuating
Field Conditions. Cell. 151(6)
: 1358-1369.(2012).
(2011).
10)Y. Ishimaru, Y. Kakei, H. Shimo, K. Bashir, Y.
3)Y. Sato, H. Takehisa, K. Kamatsuki, H. Minami,
Sato, N. Uozumi, H. Nakanishi, N. K. Nishizawa.
N. Namiki, H. Ikawa, H. Ohyanagi, K. Sugimoto,
A rice phenolic efflux transporter is essential for
B. A. Antonio, Y. Nagamura. RiceXPro Version
solubilizing precipitated apoplasmic iron in the
3.0: expanding the informatics resource for rice
plant stele. J Biol Chem 286(28): 24649-24655.
transcriptome. Nucleic Acids Res .(2012).
(2011).
4)Y. Kawahara, Y. Oono, H. Kanamori, T.
11)T. Izawa, M. Mihara, Y. Suzuki, M. Gupta, H.
Matsumoto, T. Itoh, E. Minami. Simultaneous
Itoh, A. J. Nagano, R. Motoyama, Y. Sawada, M.
RNA-Seq Analysis of a Mixed Transcriptome of
Yano, M. Y. Hirai, A. Makino, Y. Nagamura. Os-
Rice and Blast Fungus Interaction. PLoS One 7
GIGANTEA confers robust diurnal rhythms
(11): e49423.(2012).
on the global transcriptome of rice in the field.
5)K. Kobayashi, N. Yasuno, Y. Sato, M. Yoda, R.
Plant Cell. 23(5): 1741-1755.(2011).
─ 46 ─
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12)Y. Sato, B. Antonio, N. Namiki, R. Motoyama, K.
cereal grain. Biosci Biotechnol Biochem. 74(7):
Sugimoto, H. Takehisa, H. Minami, K. Kamatsuki,
1485-1487.(2010).
M. Kusaba, H. Hirochika, Y. Nagamura. Field
19)Y. Saito, N. Nakatsuka, T. Shigemitsu, K.
transcriptome revealed critical developmental
Tanaka, S. Morita, S. Satoh, T. Masumura. Thin
and physiological transitions involved in the
frozen film method for visualization of storage
expression of growth potential in japonica rice.
proteins in mature rice grains. Biosci Biotechnol
BMC Plant Biol 11: 10.(2011).
Biochem. 72(10): 2779-2781.(2008).
13)Mizuno H, Kawahara Y, Wu J, Katayose
20)H . M i z u n o , Y . K a w a h a r a , H . S a k a i , H .
Y, Kanamori H, Ikawa H, Itoh T, Sasaki T,
Kanamori, H. Wakimoto, H. Yamagata, Y. Oono,
Matsumoto T. Asymmetric distribution of gene
J. Wu, H. Ikawa, T. Itoh, T. Matsumoto. Massive
expression in the centromeric region of rice
parallel sequencing of mRNA in identification of
chromosome 5. Frontiers in Plant Science 2
unannotated salinity stress-inducible transcripts
(jun): 1-12.(2011).
in rice(Oryza sativa L.).BMC Genomics. 11(1)
:
14)Oono Y, Kawahara Y, Kanamori H, Mizuno H,
683.(2010).
Yamagata H, Yamamoto M, Hosokawa S, Ikawa
21)Y. Sato, B. A. Antonio, N. Namiki, H. Takehisa,
H, Akahane I, Zhu Z, Wu J, Itoh T, Matsumoto
H. Minami, K. Kamatsuki, K. Sugimoto, Y.
T. mRNA-Seq reveals a comprehensive
Shimizu, H. Hirochika, Y. Nagamura. RiceXPro:
transcriptome profile of rice under phosphate
a platform for monitoring gene expression
stress. Rice. 4(2): 50-65.(2011).
in japonica rice grown under natural field
15)M. Kubota, Y. Saito, T. Masumura, T. Kumagai,
conditions. Nucleic Acids Res. 39(Database
R. Watanabe, S. Fujimura, M. Kadowaki.
issue): D1141-1148.(2011).
Improvement in the in vivo digestibility of rice
22)M. Mihara, T. Itoh, T. Izawa. In silico
protein by alkali extraction is due to structural
identification of short nucleotide sequences
changes in prolamin/protein body-I particle.
associated with gene expression of pollen
Biosci Biotechnol Biochem. 74(3): 614-619.
development in rice. Plant Cell. Physiol 49(10)
:
(2010).
1451-1464.(2008).
16)T. Sazuka, N. Kamiya, T. Nishimura, K.
Ohmae, Y. Sato, K. Imamura, Y. Nagato, T.
2 記者発表
Koshiba, Y. Nagamura, M. Ashikari, H. Kitano,
1)イネの遺伝子が「いつ、どこで、どの程度」
M. Matsuoka. A rice tryptophan deficient dwarf
発現しているかを解明し、それらの情報を公開
mutant, tdd1, contains a reduced level of indole
- イネ科作物の遺伝子機能解明の加速化に貢献 -
acetic acid and develops abnormal flowers and
(2011 年 5 月 26 日、農業生物資源研究所)
organless embryos. Plant. J 60(2): 227-241.
2)イネの体内時計の役割を解明 - 体内リズムは品
(2009).
種の作期・栽培地域の拡大に重要 -(2011 年 6 月
17)Y. Saito, K. Kishida, K. Takata, H. Takahashi,
T. Shimada, K. Tanaka, S. Morita, S. Satoh, T.
Masumura. A green fluorescent protein fused to
rice prolamin forms protein body-like structures
in transgenic rice. J Exp Bot 60(2), 615-627
(2009)
20 日、農業生物資源研究所、東北大学、理化学
研究所)
3)低カドミウム米の作出に成功(2011 年 12 月 13
日、東京大学)
4)世界初!気象データからイネの葉で働くほぼ全
ての遺伝子の働きを予測するシステムを開発 - 栽
18)Y. Saito, T. Shigemitsu, K. Tanaka, S. Morita,
培中の作物の遺伝子の働きが予測可能になったこ
S. Satoh, T. Masumura. Ultrastructure of mature
とで、生育状況を正確に把握 (
- 2012 年 12 月 5 日、
protein body in the starchy endosperm of dry
農業生物資源研究所)
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独立行政法人 農業生物資源研究所
3 成果の普及に向けた取組(シンポジウムの開催、
長村吉晃 *、佐藤豊、B. アントニオ、杉本和彦、
成果集の作成等
並木信和
1)新農業展開ゲノムプロジェクト・富山シンポジ
独立行政法人 農業生物資源研究所
ウム 2010「ここまでできた!お米の研究最前線」
南栄一 *、高橋章、西澤洋子、西村麻理江、
(2010 年 12 月 10 日、富山県民会館)
今泉(安楽)温子、林誠、大竹祐子
2)新農業展開ゲノムプロジェクト・岡山シンポジ
井澤毅 *
ウム 2011「ここまでできた!お米の研究最前線」
農業・食品産業技術総合研究機構
(2010 年 11 月 14 日、岡山国際交流センター)
石丸努 *、梅本貴之
3)新農業展開ゲノムプロジェクトシンポジウム
公立大学法人京都府立大学
─ゲノム情報を活用した新品種開発の最前線─
増村威宏
(2012 年 7 月 23 日、東京大学伊藤国際学術研究
国立大学法人東京大学
センター・伊藤謝恩ホール)
伊藤純一
(*執筆者)
4 総説
1)増村威宏(2010)、米の成分(1)粒の生物的形
Ⅹ 取りまとめ責任者あとがき
本プロジェクト課題を推進する背景に、「2004 年
成、食品と容器、51(10)592-599
2)増村威宏,斉藤雄飛(2010)、米の食味に関与
12 月にイネ日本晴の全ゲノム配列が解読・公開さ
する貯蔵タンパク質の米粒内分布の解析、農業お
れたが、ゲノム上の約半数の遺伝子の機能が不明で
よび園芸 85(12)1235-1239
ある。」という状況があった。ゲノム上の機能未知
3)斉 藤 雄 飛, 増 村 威 宏(2010)、 米 加 工 食 品
の遺伝子も、イネの全ライフサイクル(発芽から開
に 役 立 つ タ ン パ ク 質 の 分 析 技 術、New Food
花・登熟、老化まで)のどこかで発現しているはず
Industry、52(11)1-8
であり、網羅的な遺伝子発現解析を行なえば、「ど
4)増村威宏(2009)、コメのおいしさはタンパク
の部位で、いつ、どの程度発現するか?」の情報が
得られ、今後の遺伝子機能解明に役立つだろうとの
質が左右する?!、化学 64(4)76-77
5)増村威宏(2009)、イネ科種子タンパク質の生
考えのもとに進めた。遺伝子発現情報の収集・蓄積
合成と蓄積、種子の科学とバイオテクノロジー、
は、サンプリングを含め、労力・時間・手間のかか
56-62
る地道な研究であるが、全課題担当者の努力と協力
により、詳細な遺伝子発現情報が収集され、利用価
Ⅸ 研究担当者
値のある有用なデータベース・解析ツールが整備さ
独立行政法人 農業生物資源研究所
れたと考えている。今後、多くの研究者に利用され、
松本隆(2008 ~ 2010)、伊藤剛 *、大野陽子、
研究推進に役立つことを願っている。
水野浩志(2008 ~ 2010)、沼寿隆、坂井寛章、
(推進リーダー:長村 吉晃)
川原善浩
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第 2 編 遺伝子発現情報のプロファイリング
1 イ ネ の ト ラ ン ス ク リ プ ト ー ム 解 析
(RTR0001)
を日本晴ゲノム配列にマップ、というものである。
マップ位置を RAP 遺伝子の位置と比較することに
ア 研究目的
よって新規な遺伝子の位置を見いだした。また、ス
イネの全遺伝子の機能を明らかにするためには各
トレス処理前後の正規化マップ量(RPKM)を比較
器官・組織での全転写産物の網羅的把握、いわゆる
することで 2)、ストレス特異的に応答する遺伝子を
トランスクリプトーム解析が重要である。これまで
検出した。
塩ストレス下でのトランスクリプトーム解
(イ)
に数多くの遺伝子転写物を解析する手法が開発され
たが、いずれも網羅性が不十分であった。本課題で
析
はトランスクリプトーム解析の手段として近年開
日本晴イネを水耕条件で生育させ、l50mM NaCl
発された超並列型塩基配列解読装置(Illumina GA
で 1 時間処理し、根および葉から Total RNA を抽
IIx)での RNA-Seq 法を用いる。この機器を用いて
出して mRNA を精製し、短鎖に切断した後二本鎖
76 塩基からなる短い配列を大量に作出し、1 回の実
DNA に変換して Illumina Genome Analyzer IIx で
験で各サンプルあたり 50 億塩基(全体では 400 億
36 サイクル(塩基)処理し、配列を BWA または
塩基)を解読することが可能になってきている。本
Bowtie ソフトウエアによって日本晴ゲノム配列に
法の利点は、発現の定量性に優れること、コピー数
マップした 3,4)。RAP 遺伝子の位置と比較すること
の少ない転写物をも検出できることであり、また、
によって新規な遺伝子の位置を見いだした 5)。
新規な転写単位を発見することも可能である 1)。
(ウ) リン酸欠乏と過剰、高濃度カドミウム環境
本研究では 5 年間を通じてイネの新規な機能遺伝
下における RNA-Seq 解析
子を明らかにし、イネアノテーション(RAP-DB)
リン酸欠乏と過剰に対する耐性メカニズムを解明
の充実も図る。さらに、様々な状況下におけるトラ
するため、遺伝子発現の経時変化を解析する。リ
ンスクリプトームの解明は、遺伝子発現状態のス
ン酸飢餓状態の植物の根から mRNA を抽出して
ナップショットを得ることと同義であり、このよう
RNA-Seq 解析を行う。特徴的な遺伝子発現につい
な解析によって生命機能の実態である遺伝子群の挙
てはリアルタイム PCR で確認する。カドミウム耐
動、発現制御様式を把握する為の基盤情報の提供を
性については、水耕培地に添加したカドミウムで 0、
目的とする。本課題ではまず、塩ストレス、リン酸
12、24 時間及び 5 日間処理した日本晴の根および
欠乏ストレス、カドミウムストレス下で変動する遺
葉から RNA を抽出し、RNA-Seq 解析を行った。
伝子について詳細に検討する。さらには、多くのス
また、日本晴とともに、より耐性をもつイネ品種
トレス処理時の日本晴の RNA-Seq を行ってストレ
についても解析する必要がある。そこで、リン酸欠
ス条件下でのトランスクリプトームの基盤情報を集
乏処理下でのカサラス等の耐性品種のトランスクリ
積する。これら全てのデータを統合し、利便性の高
プトーム解析を行い、耐性品種に特徴的な遺伝子発
いデータベースを構築、公開する。
現プロファイルの解析を行った。また、高濃度カド
ミウム環境下における日本晴の RNA-Seq 解析につ
イ 研究方法
いては、カドミウムストレスによって誘導された転
(ア) RNA-Seq のデータ処理
写産物の機能解析を行った。
(エ) イネ - いもち病菌の Dual RNA-Seq 解析
トランスクリプトーム解析の手順は、日本晴イネ
植物にとっての代表的なストレス条件としては、
を水耕条件で生育させ、ストレス処理後の根およ
び葉から Total RNA を抽出して mRNA を精製し、
塩、低温、乾燥などの非生物的ストレスに対して、
短鎖に切断した後二本鎖 DNA に変換して Illumina
病原菌の感染などの生物的ストレスも存在する 6)。
Genome Analyzer IIx で 50 ~ 76 塩基解析し、配列
従来のマイクロアレイを使ったイネの生物的ストレ
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ス研究は、そのほとんどがイネ側のみを対象とした
子について、各条件における遺伝子発現量を推定し、
遺伝子発現解析であり、病原菌と宿主植物の感染
発現プロファイル解析を行った。ストレス応答遺伝
時相互作用を理解するには不十分であった。RNA-
子や共発現する遺伝子、遺伝子上流に存在して発現
Seq 法を用いて、感染後 1 日目の感染組織由来のイ
制御に関わると考えられる cis-regulatory 配列を同
ネといもち病菌の混合トランスクリプトームの配列
定し、これらの情報を提供するデータベースとして、
決定を行い、それぞれのリファレンスゲノム配列に
TENOR(Transcriptome ENcyclopedia Of Rice)
対して同時にマッピングを行うことによって、双方
の開発を行った。
の感染時の遺伝子発現を同時に解析する手法(Dual
ウ 研究結果
RNA-Seq 法)を確立した。
イ ネ( 日 本 晴 )RNA-Seq デ ー タ ベ ー ス
(オ)
RNA-Seq のデータ処理
(ア)
TENOR の開発
まず、Illumina GA II のセットアップを行った。
ストレス・トランスクリプトームのデータ基盤を
2008 年 10 月に GA II 本機、クラスター作成機、付
構築するために、現在まで解析してきた塩・リン・
属ワークステーションが導入され、テストを経て、
高カドミウムストレスに加えて、合計 7 種類の処理
2008 年 12 月にはゲノム DNA 断片の解析を行える
(低カドミウム、超低カドミウム、低温、水没、乾
ようになった。また 2008 年 11 月に本課題において
燥、ジャスモン酸、浸透圧)について、複数のタイ
中心的に使用される mRNA 解析用のキットが発売
ム ポ イ ン ト(0h、1h、3h、6h、12h、1d、4d、5d、
されたので、これに対応した。植物組織の RNA 解
10d)と組織(葉と根)からサンプルを採取した。
析実験の概要を示す(図 21-1)。
これら合計 140 条件におよぶ様々な環境ストレスや
次世代シーケンサーが解読したショートリード
植物ホルモンで処理した日本晴について、RNA を
データに基づいて新規遺伝子構造の予測や遺伝子発
抽出し、RNA-Seq 解析を行った。全 RNA-Seq デー
現量を推定する解析システムの開発を行った。ま
タを合わせてリファレンスゲノムへマッピング、遺
ず、1)マッピング前に配列を前処理した。各リー
伝子構造予測を行い、RAP-DB に登録されている
ドの両端に存在する低塩基を削る、またリードに混
既知の遺伝子(RAP-DB 遺伝子)とは重ならない、
入しているシーケンシングアダプター配列の除去を
新規の転写領域を同定した。これらのイネの全遺伝
行うことによってマップ率の向上を図った。2)ま
図 21-1 イネ組織からの転写産物配列解読の過程
─ 50 ─
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た、マッピングプログラムとして BWA を採用し 3)、
鎖長が 100 ~ 300 のかなり長い遺伝子まで存在する。
SAM/BAM フォーマットのマッピング結果ファイ
また、G 検定による統計検定を行うことによって、
ルを標準フォーマットとして利用し、それに対応し
塩ストレスによって有意に(FDR>1%)発現量が
た SAMtools や独自の解析ツールを開発することに
変化する新規の Cufflinks 予測遺伝子を、葉で 213
よってデータ解析に汎用性をもたせた。3)2 つの
個(up:86、down:127)、 根 で 436 個(up:146、
サンプル(条件)間で発現量が変化する遺伝子を
down:290) 同 定 し た。 こ れ ら は ア ミ ノ 酸 代 謝
同定する際には、2 つの条件間での RPKM 比を使
(Indole-3-glycerol phosphate lyase)、 浸 透 圧 耐 性
用するだけでなく、G 検定と False Discovery Rate
(trehalose synthesis、OsTPP1)、糖輸送(OsMST3)
(FDR)によって発現量が有意に変化した遺伝子を
機能を持つタンパクと相同性があり、植物の複数の
統計的に検出する手法を開発した。4)新規遺伝子
ストレス対応性遺伝子が動いている事が分かった。
構造の予測については、RNA-Seq データと既知遺
RNA-Seq によって誘導される遺伝子の塩ストレス
伝子情報をもとに学習したマルコフモデルによる新
前後での発現量の比は全体的にアレイにおける実験
規遺伝子構造予測プログラムの開発を行い、新たな
と良い相関を示したが、相関が見られない遺伝子
パラメータを加えることによって予測精度の向上を
もあった。これらのうち 24 の遺伝子について定量
図った。具体的には、遺伝子領域の塩基遷移確率だ
RT-PCR で測定したところ、20 については RNA-
けではなく、コドン情報もマルコフモデルに組み込
Seq の結果と、4 についてはアレイに近い結果が得
んだ。また、RNA-Seq リードの厚さとその領域が
られた。これにより RNA-Seq が定量性にも優れて
エキソンである確率をモデル化する際に、その領域
いることが明らかになった。
リン酸欠乏、高濃度カドミウム環境下にお
(ウ)
周辺のリードの厚さ(遺伝子発現量)に応じてモデ
ルを複数用意することによって、RNA-Seq リード
ける RNA-Seq 解析
が転写領域に一様に分布していないという特性を克
日本晴の全転写産物中で既知のイネアノテーショ
服することを試みた。マップされた RNA-Seq リー
ン(RAP)にサポートされていないもの、および
ドの分布が本来イントロンである領域にまで広がっ
構造予測がなされていない転写産物の中から、有意
てしまい、エクソンーイントロン境界の予測が困難
にリン酸欠乏 / 過剰処理で応答する転写産物をおよ
になっている。そいで、Cufflinks もその入力デー
そ 7,000 個同定した。またそれらを組織、処理、応
タとして用いている TopHat によるスプライス部位
答、応答時期により、24 個のグループに分類した(表
7)
予測の精度が非常に良いことから 、これらの情報
21-1)。RAP 転写産物のうち、今回、Cufflinks で新
を利用することによって、エクソンとイントロンの
規に予測された転写産物が全体に占める割合は平均
境界の予測精度を上げた。
16.3% であった。また、Cufflinks で予測されたアノ
(イ) 塩ストレス下でのトランスクリプトーム解
析
テーションされていない転写産物は、NCBI RefSeq
に対する BLASTX 検索により、その 1/3 が既知の
塩ストレス前後で葉及び根から 2700 万~ 3500 万
遺伝子(転写因子等)と相同性を有することが明
リードの短鎖配列を産生し、そのうち約 80%はイ
らかとなった。既知の遺伝子との相同性がない転
ネゲノム配列にマップされた。これらを葉・根毎に
写産物の中には、予測された ORF を持っておらず
まとめて Bowtie-TopHat-Cufflink という一連のソフ
IPS1 のようにリン酸ストレス処理で機能する non-
7)
トで転写領域を構築した 。 RAP 遺伝子と比較し
protein coding 転写産物が含まれている可能性があ
てみると、葉・根それぞれ 50,000 程度の転写物が
る 8)。プロモーター(転写開始点より上流 1 kb)解
イネゲノムにマップされ、RAP 遺伝子の予測され
析により、24 個のグループに属する各遺伝子群の
なかった領域にマップされたのはそれぞれ 3,000 程
中で、リン酸欠乏処理 10 日で誘導される遺伝子群
度であった。さらにこのうち 3 分の一は既知の遺伝
に、P1BS 配列が統計的有意に存在することが明ら
子と BLASTX にてヒットしたが、残りの大部分は
かとなった。それらは、PHR1 によって発現制御を
ORF は組めても既知のタンパクとのヒットはない
受けているものが多く含まれると考えられる。また、
新規遺伝子であった。未知遺伝子の中にはアミノ酸
P1BS を統計的有意に含まないグループに属する遺
─ 51 ─
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伝子群の発現応答には、新規なシス配列が関わる事
9)
が示唆された 。
種でより強い発現強度を示す転写産物群、耐性品種
のゲノムにユニークな転写産物群の 3 種に分類する
次に、品種間比較のため、RAP 遺伝子の中で統
ことができた。(表 21-1)
計的に有意にリン酸欠乏処理で発現誘導・抑制され
高カドミウム環境下における日本晴の RNA-Seq
る転写産物を各品種でそれぞれ約 5,000 個を同定し
解析について、ストレス誘導遺伝子の機能解析等
た。次に品種間で共通に応答する転写産物を調べる
を行った。日本晴幼苗を 50μM Cd で 1 時間及び
ために、応答する遺伝子群について品種間の比較
24 時間処理を行った結果、1 時間処理で、16,814
を行った。その結果、1)根、葉それぞれリン酸欠
(根)、20,098(葉)個、24 時間処理では 14,264(根)、
乏処理で各品種に共通に発現誘導・抑制される転
23,924(葉)の転写産物(RAP 遺伝子と RAP アノテー
写産物を約 1,500 個同定した。また、1)の転写産
ションがない新規転写産物の両方を含む)の発現誘
物のなかで、2)根と葉で共通に発現誘導・抑制さ
導が確認された。これら誘導された遺伝子の GO 解
れる転写産物を約 400 個ずつ同定した。さらには、
析(biological process)を行った結果、発現の抑制
3)構造予測プログラム(Cufflinks)で予測された
される転写産物には、核酸代謝、タンパク代謝等生
RAP にアノテーションされていない転写産物の中
命維持の根幹に関わる GO を持つ転写産物が多かっ
で、リン酸欠乏処理条件で各品種に共通して応答す
た。Cd 処理は植物の生長にとって非常に有害であ
る転写産物もおよそ十数個ずつ同定した。またリン
ることが示唆される。それに対し、発現が誘導され
酸欠乏耐性に機能する転写産物についても調べたと
る転写産物では、金属イオントランスポーター、ス
ころ、品種間で応答する異なる転写産物群、耐性品
トレス応答関連に関わる GO を持つ転写産物が多
表 21-1 リン酸欠乏 / 過剰で応答する遺伝子
組織
Root
処理
− P
反応
増加
時間
Early (1d)
Middle (5d)
Late (10d)
Early (1d)
Middle (5d)
Late (10d)
Early (1d)
Middle (5d)
Late (10d)
Early (1d)
Middle (5d)
Late (10d)
Early (1d)
Middle (5d)
Late (10d)
Early (1d)
Middle (5d)
Late (10d)
Early (1d)
Middle (5d)
Late (10d)
Early (1d)
Middle (5d)
Late (10d)
減少
++P
増加
減少
Shoot
− P
増加
減少
++P
増加
減少
遺伝子数
230
354
503
148
171
246
233
472
265
209
203
208
224
117
216
454
83
205
588
466
166
1136
168
82
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図 21-2 カドミウム及び各種金属処理後の遺伝子の特徴
く、機能アノテーションからもトレハロース生合成、
RNA-Seq データに基づく推定値が支持された。
ガラクトース代謝、ストレス応答等、ストレスに対
ゲノムにマップされた RNA-Seq リードを元に各
する防御関連の転写産物が多く含まれていることが
遺伝子の発現量を測定し、感染前後での発遺伝子
分かった(図 21-2)。
発現プロファイルの比較を行った。その結果、イ
(エ) イネ - いもち病菌の Dual RNA-Seq 解析
ネで合計 15,616 個(30.0%)、いもち病菌で 872 個
日本晴へのいもち病菌接種実験を行い、感染後 1
(5.2%)の遺伝子の発現量が有意に変化しているこ
日目の第 4 葉の葉身から RNA を抽出し、RNA-Seq
とが分かった。また、親和性相互作用(イネ:R =
解析を行った。混合トランスクリプトーム中のいも
0.95、いもち病菌:R = 0.55)に比べて、非親和性
ち病菌 RNA が検出できるかどうかがこの手法の一
相互作用(イネ:R = 0.47、いもち病菌:R = 0.27)
番大事な点であるため、2 つの手法を用いていもち
の方がより多くの遺伝子発現変動が起きているこ
病菌 RNA の含有量を推定した。1 つ目は RNA-Seq
とが明らかになった。さらに、感染時に発現が誘
リードのマッピング結果を用いる方法であるが、
導された遺伝子の機能分類を調べた結果、イネ側
RNA-Seq リード配列をイネといもち病菌のリファ
で は pathogenesis-related 遺 伝 子(PR 遺 伝 子 ) や
レンスゲノム配列に同時にマッピングしたところ、
ファイトアレキシン生合成に関わる遺伝子が多く誘
感染組織から得られた RNA のうち約 0.2-0.3% がい
導されており、一方のいもち病菌側では植物の細胞
もち病菌由来であることが分かった。さらに、定量
壁を分解する機能をもつ glycosyl hydrolase 遺伝子
的 real time RT-PCR と人工的に調製した混合トラ
や cutinase 遺伝子、LysM 型ドメインをもつ遺伝子
ンスクリプトームサンプルを用いることによって、
の誘導が多くみられた。特に、感染時に発現が誘導
いもち病菌由来 RNA の含有量は 0-0.5% と推定され
されるいもち病菌遺伝子には細胞外への分泌シグナ
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ルを持つものが有意に多く、合計 240 個の新規のエ
の構造と重ならない予測転写領域を新規転写領域と
フェクター遺伝子候補を同定した。
して同定した。その結果、PARPNTE によって予
イ ネ( 日 本 晴 )RNA-Seq デ ー タ ベ ー ス
(オ)
測された新規の遺伝子座が 3,016 個、Cufflinks によっ
TENOR の開発
て予測された新規の遺伝子座が 1,263 個同定され、
合計 140 条件におよぶ環境ストレス、植物ホル
合計 4,279 個の遺伝子座(RNA-Seq 遺伝子)が新
モン処理条件下の複数タイムポイントにおける葉
たに日本晴ゲノム上に同定された。
と根の RNA-Seq 解析を行った(表 21-2)。そして、
RNA-Seq 遺伝子の信頼度を評価するため、RAP-
解読した配列データを前処理(低クオリティ塩基
DB 遺伝子と転写領域の長さと遺伝子発現量の比較
やアダプター配列、rRNA 配列の除去)した後に、
を行った 5)。その結果、転写領域長の分布は完全
TopHat プログラムを用いて日本晴リファレンスゲ
長 cDNA をはじめとした mRNA 配列によって支持
ノムにマッピングを行った。次に新規の転写領域を
される RAP-DB 遺伝子とほぼ同程度かやや短い傾
同定するため、PARPNTE と Cufflinks の 2 つのプ
向を示すことが分かった。また、遺伝子発現量は
ログラムを用いて、RNA-Seq 情報を利用した遺伝
mRNA 配列によって支持される RAP-DB 遺伝子と
子構造予測を行った。PARPNTE は本プロジェク
比べるとやや少ない傾向があるものの、EST によっ
トの元で開発をしている遺伝子予測プログラムで、
て支持される RAP-DB の ab initio 予測遺伝子とほ
既知遺伝子の塩基配列組成と RNA-Seq 情報を利用
ぼ同程度の発現量を持っていることが明らかになっ
して遺伝子構造を予測するプログラムであり、その
た。以上の結果から、新規の RNA-Seq 遺伝子の信
精度は一般的によく利用されている Cufflinks に匹
頼度は高いことが示唆された。
敵する。さらに PARPNTE の特徴としては、転写
新規の RNA-Seq 遺伝子も含めた、全イネ遺伝子
領域だけではなく、タンパク質コード領域も予測す
について条件ごとに遺伝子発現量を推定し、遺伝子
るため、その後の機能アノテーションが容易に行え
発現プロファイル情報を得た。また、統計検定で有
るという点が挙げられる。本解析では PARPNTE
意にストレスや植物ホルモンに応答する遺伝子を検
によって予測された遺伝子構造を優先的に採用し、
出するだけではなく、各遺伝子について共発現する
Cufflinks による予測結果は PARPNTE が予測しな
遺伝子や上流域のシス制御配列の同定を行った。こ
かった領域のみを採用した。2 つのプログラムに
れらの結果は Transcriptome ENcyclopedia Of Rice
よって遺伝子構造を予測した後、RAP-DB 遺伝子
(TENOR)データベースから提供している(図 21-
表 21-2 RNA-Seq サンプルの処理条件
処理
High salinity (150 mMNaCl)
High phosphate (3 mM KH 2 PO 4 )
Low phosphate (0 mM)
High cadmium (50 μM CdSO 4 )
Low cadmium (1 μM CdSO 4 )
Very low cadmium (0.2 μM
CdSO4)
Drought (grown w/o medium)
Flood (submerged in medium)
Cold (4℃)
Osmotic (0.6 M Mannitol)
ABA (100 μM)
JA (100 μM)
Developmental Time (Control)
組織
Shoot/Root
Shoot/Root
Shoot/Root
Shoot/Root
Shoot/Root
Shoot/Root
タイムポイント
0、1h
0、1、5、10d、10d+1d rec
0、1、5、10d、10d+1d rec
0、1、12h、1、5d
0、1、4、10d
0、1、4、10d
Shoot/Root
Shoot/Root
Shoot/Root
Shoot/Root
Shoot/Root
Shoot/Root
Shoot/Root
0、1、3、6、12h、1d
0、1、3、6、12h、1、3d
0、1、3、6、12h、1d
0、1、3、6、12h
0、1、3、6、12h、1d
0、1、3、6、12h、1d
0、1、3、6、12h、1、3、4、
5、10d
─ 54 ─
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図 21-3 イネのトランスクリプトームデータベース TENOR
3)。TENOR のトップページには 3 つの入り口を用
のリストの表示、の 4 つのリンクが提供される。
意している。1 つ目は遺伝子名や機能から検索をす
ゲ ノ ム ブ ラ ウ ザ で は RAP-DB 遺 伝 子 や RNA-
る「キーワード検索」である。2 つ目はゲノム上の
Seq 遺伝子の遺伝子構造とともにリピート領域や
位置から遺伝子構造やその発現プロファイル、上流
PLACE によって遺伝子の上流域 1 kb に予測され
域の情報などを得ることが可能なゲノムブラウザ
たシス制御配列情報 10)、MSU の遺伝子モデル 11)、
(GBrowse)である。3 つ目は遺伝子発現プロファ
Swiss-prot や TrEmbl のタンパク質配列をマップし
イルによる検索でストレス、組織、タイムポイント
た情報などが提供される。また、各処理条件の日本
などから発現パターンを指定して遺伝子を検索する
晴からとられた RNA-Seq リードのマッピング情報
ことが出来る。
が 1 塩基レベルの解像度で提供されており、ゲノム
ストレスや植物ホルモンに対する応答は、それ
上のどのサイトがいつ、どれぐらい転写されている
ぞれの遺伝子ごとにコントロールと各タイムポイ
のかが一目瞭然である。さらに、各遺伝子構造の上
ントにおける RNA-Seq リード数を Fisher's exact
にマウスカーソルを合わせることによって、その遺
test によって検定を行い事前に有意性を検出してあ
伝子の機能アノテーション上や遺伝子発現プロファ
る。遺伝子発現パターンからの検索では、有意水準
イルが概観でき、グラフをクリックすることによっ
(FDR)や変化率(fold change)を指定するとともに、
て、遺伝子発現プロファイルビュアーでさらに詳細
「どのストレス」で「どの組織」で「いつ」、「どの
な発現情報をみることが可能である。また、表示す
ような」発現応答を示したかを指定することによっ
る各トラックは、「Select Tracks タブ」で設定する
て遺伝子を検索することができる。条件にヒットし
ことにより任意の情報を選択することが可能であ
た遺伝子は下部のフレームに表示され、各遺伝子に
る。
ついて A:ゲノムブラウザでの遺伝子構造、上流
遺伝子発現プロファイルビューワーでは様々な条
域を含んだ表示、B:遺伝子発現プロファイルビュ
件での遺伝子プロファイルをグラフ表示してみるこ
アーでの詳細な発現パターンの表示、C:RAP-DB
とができる。対枢軸への変更やグラフの画像ファイ
でのアノテーション情報の表示、D:共発現遺伝子
ル出力、発現データのテキストファイル出力などの
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機能を持ち、さらに表示させたい実験条件を指定す
いくにあたり、誰もが使える基盤となるものである。
ることにより、任意の条件のみの遺伝子発現プロ
オ 今後の課題
ファイルを効率よく見ることが出来る。
RNA-Seq によるトランスクリプトーム解析は非
エ 考 察
常に有力な手段であり、今後、様々なグループで
RNA-Seq を配列決定からデータ解析まで行う体
のデータ作成が見込まれる。このようなデータも
制を確立し、まず塩ストレスについてマイクロア
TENOR に取り込み、ユーザーに提供していければ、
レイ、定量 RT-PCR と比較しながら検証を行った。
データベースの価値も益々大きくなると思われる。
その結果、既存のアノテーションには存在しない多
本課題で作成したりソースはこれからのイネの大
数の新規発現領域を発見するとともに、発現データ
規模研究を推進する上で重要な基盤になると期待さ
の定量性に関して RNA-Seq が優れていることを示
れる。従って、今後、どのようにしてデータベース
すことができた。
を維持し、継続してサービスを提供していくかが課
リン酸欠乏または過剰処理特異的に応答する遺伝
題である。
子の中には、各処理でのイネ表現型や生理現象に関
与すると考えられる機能を持つ遺伝子が多数含まれ
カ 要 約
ていた。また、遺伝子ファミリーに属する複数遺伝
本課題では、イルミナ社の次世代型シーケンサー
子のうち処理や組織間で共通に応答する遺伝子と特
Genome Analyzer II、IIx を用いたトランスクリプ
異的に応答する遺伝子が含まれる事が明らかとなっ
トーム研究に必要な実験技術と情報解析技術の基盤
た。ファミリー遺伝子の全ての遺伝子発現は、それ
を確立した。塩ストレス、リン酸欠乏・過剰ストレ
らプローブがアレイ上に載っていなければ、発現を
スについては、RNA-Seq 法を用いて日本晴におけ
明らかにし比較する事が出来ない。今回の解析によ
るストレス条件化での遺伝子発現の網羅的解析を行
りリン酸欠乏 / 過剰下におけるほぼ全遺伝子の発現
い、論文発表を行った。生物的ストレスについて
応答を初めて明らかとすることができた。更に、品
も、植物とその病原菌の双方の遺伝子発現を同時
種間比較で発見した転写産物は、各品種間でリン酸
に解析する技術(dual RNA-Seq 法)を確立し、イ
欠乏に対して基幹として共通に働く重要な転写産物
ネ - いもち病研究に応用し論文発表を行った。さら
群であることが示唆される。これらの多くの転写
に合計 140 条件にものぼる環境ストレスや植物ホル
産物はこれまでに報告がなされておらず、今回の
モン処理条件化での大規模 RNA-Seq 解析を行い、
RNA-Seq 解析により新たにリン酸応答に関与する
約 4200 個の未アノテーションの転写領域を同定し
ことが明らかとなった転写産物群である。高カドミ
た。これらの新規転写領域も含めた、日本晴の全転
ウム環境下でも、多数の遺伝子の発現誘導を確認し、
写産物についての様々な条件化での遺伝子発現プロ
その中でも金属イオントランスポーターやストレス
フィル情報、共発現遺伝子、転写調節領域情報など
応答関連に関わる遺伝子が多いことを見出せた。
を提供する基盤として、TENOR(Transcriptome
生物的ストレスとしてはイネといもち病菌の
ENcyclopedia Of Rice)データベースを作成した。
Dual RNA-Seq 解析を行い、量は少ないながらもい
もち病菌の RNA を捕捉し、発現の変動を観測でき
た。このような RNA-Seq の応用も今後広く行われ
ていくことであろう。
キ 引用文献
1)Wang Z, Gerstein M, Snyder M(2009). RNASeq: a revolutionary tool for transcriptomics.
本課題の全てのデータを納めた TENOR データ
Nat Rev Genet. 10:57-63.
ベースはこれまでに無い網羅的なイネの RNA-Seq
2)M o r t a z a v i A , W i l l i a m s B A , M c C u e K ,
によるトランスクリプトームのデータベースであ
Schaeffer L, Wold B (2008). Mapping and
る。発現変動のあった遺伝子に関してユーザーが独
quantifying mammalian transcriptomes by RNA-
自の条件でデータを抽出できるように設計されてい
Seq. Nat Methods. 5:621-628.
る。今後、イネのトランスクリプトームを研究して
3)Li H, Durbin R(2009). Fast and accurate
─ 56 ─
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short read alignment with Burrows-Wheeler
2 イネの生育過程における遺伝子発現アトラス
作成(RTR0002)
transform. Bioinformatics. 25:1754-1760.
ア 研究目的
4)Langmead B, Salzberg SL (2012). Fast
イネ日本晴の全ゲノム配列が完全解読され、約
gapped-read alignment with Bowtie 2. Nat
32000 個の遺伝子領域が推定されているが、約 40%
Methods 9:357-359.
5)Sakai H, Lee SS, Tanaka T, Numa H, Kim J,
の遺伝子は機能未知である。網羅的な遺伝子発現情
Kawahara Y, Wakimoto H, Yang CC, Iwamoto M,
報は遺伝子の機能予測に有効であるがイネにおける
Abe T, Yamada Y, Muto A, Inokuchi H, Ikemura
その整備は遅れており、早急に整備すべき課題の 1
T, Matsumoto T, Sasaki T, Itoh T(2013)Rice
つである。 Annotation Project Database(RAP-DB): an
本課題では、イネの全生育過程を通して様々な器
integrative and interactive database for rice
官・組織の遺伝子発現情報、さらに植物ホルモン処
genomics. Plant Cell Physiol. 54(2):e6
理や生物学的・非生物学的ストレス条件下での遺伝
6)Skamnioti P, Gurr SJ (2009). Against the
grain: safeguarding rice from rice blast disease.
子発現変動情報を収集し、データベース化して利用・
公開することが目的である。
Trends Biotechnol. 27:141-150.
イ 研究方法
7)Trapnell C, Roberts A, Goff L, Pertea G,
(ア) サンプリングと遺伝子発現情報収集
Kim D, Kelley DR, Pimentel H, Salzberg SL,
a 圃場におけるイネの全生育過程を通したサン
Rinn JL, Pachter L(2012). Differential gene
and transcript expression analysis of RNA-seq
プリングと遺伝子発現情報収集
つくばの圃場(5 アール)に移植した品種日本晴
experiments with TopHat and Cufflinks. Nat
約 1 万株からサンプリングを行なう。遺伝子は、切
Protoc. 7(3):562-78.
8)Wasaki, J, et al.(2003). Expression of the
断、傷害等により短時間に変動するため、1 度使用
OsPI1 gene, cloned from rice roots using cDNA
した株は使用しない。切断後のサンプルは直ちに液
microarray, rapidly responds to phosphorus
体窒素(- 180℃)で凍結し、その後 RNA を抽出、
status. New Phytologist. 158(2):239-248.
アレイ解析に供試する。圃場におけるサンプリング
9)Oono Y, Kawahara Y, Kanamori H, Mizuno H,
は、1)葉、根、茎、穂等の組織・器官別のサンプ
Yamagata H, Yamamoto M, Hosokawa S, Ikawa
リング(6 ~ 10 月)、2)葉、根、茎等の定期サン
H, Akahane I, Zhu Z, Wu J, Itoh T, Matsumoto
プリング(週 1 回、12:00 と 0:00、6 ~ 10 月)、3)
T(2011)
. mRNA-seq reveals a comprehensive
葉の 48 時間連続サンプリング(2 時間毎、毎週木
transcriptome profile of rice under phosphate
曜日 10:00 ~土曜日 10:00、6 ~ 10 月)、4)生殖
stress. Rice. 4(2):50-65.
器官発達過程、5)子房の初期生育過程、6)登熟期
10)Higo K, Ugawa Y, Iwamoto M, Korenaga
の胚と胚乳等について行なう。全生育過程から収集
T (1999). Plant cis-acting regulatory DNA
したサンプルについてマイクロアレイ技術により、
elements (PLACE) database: 1999. Nucleic
発現情報を獲得する。
b 植物ホルモン処理におけるサンプリングと遺
Acids Res. 27(1):297-300.
11)Kawahara Y et al.(2013). Improvement of
伝子発現情報収集
the Oryza sativa Nipponbare reference genome
6 種類の植物ホルモン(アブシジン酸、ジベレリ
using next generation sequence and optical map
ン、オーキシン、ブラシノステロイド、サイトカイ
data. Rice. 6:4.
ニン、ジャスモン酸)処理におけるイネのシュート
及び根のサンプリングを経時的に実施し、遺伝子発
研究担当者(伊藤剛 *、松本隆、大野陽子、水野浩志、
現情報を収集する。
c 微細組織・器官のサンプリングと遺伝子発現
沼寿隆、坂井寛章、川原善浩)
情報収集
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イネの根、胚、茎頂分裂組織からレーザーマイク
ロダイセクション(LMD)技術を使ってサンプル
(- 180℃)で凍結するなど、精度の高いデータ収
集に努めた。
を収集し、非常に特異的な遺伝子発現情報を収集す
る。
サンプル収集は、フィールドにおいては、1)葉、
根、茎、穂等の組織・器官別のサンプル収集(6 ~
(イ) マイクロアレイ解析
10 月)、2)葉、根、茎等の定期サンプリング(週
マイクロアレイ解析は、イネ 4x44K RAP-DB(ア
1 回、12:00 と 0:00、6 ~ 10 月 )、3)葉の 48 時
ジレント社)を用い、主に 1 色法で行った。植物ホ
間連続サンプリング(2 時間毎、毎週木曜日 10:00
ルモンに関する実験等の一部については 2 色法で解
~土曜日 10:00、6 ~ 10 月)、4)生殖器官発達過程、
析した。
5)子房の初期生育過程、6)登熟期の胚と胚乳等に
遺伝子発現情報データベース及び解析ツー
(ウ)
ルの開発
ついて行なった(図 22-1)。植物ホルモンによる遺
伝子発現情報収集は、実験室内の水耕栽培によって
収集する自然条件下での膨大な遺伝子発現情報を
実施した。また、根の詳細な発現情報収集は、微細
利用して、Web インターフェースの遺伝子発現デー
組織の発現情報収集であるため LMD 機器を使用し
タベースを開発する。また、更に発現情報を加工・
て行なった。イネマイクロアレイスライドは、約 4
利用して解析ツールとなる共発現データベースを作
万件のイネ完全長 cDNA 情報(KOME データベー
成する。
ス)に基づいて作成されたイネ 4 × 44K_RAP-DB
(Agilent 社)を使用した。
ウ 研究結果
様々な組織・器官(葉身、根、茎等)の遺伝子発
本課題は、イネ遺伝子の機能解析や遺伝子間相互
現情報を比較した結果、組織・器官特異的に発現す
作用研究を効率的に進められるような基盤情報整備
る遺伝子が多数認められ、特に根や胚・胚乳で多く
を目指し、マイクロアレイ解析技術を使ってイネ全
認められた(図 22-2)。
遺伝子の網羅的な発現情報の収集・データベース化
6 月~ 10 月までイネ葉身について実施した 48 時
に取り組んだ。遺伝子の発現情報は、特に自然条件
間連続サンプリング(毎週木曜日 10:00 から土曜
下の圃場で生育している“稲”に着目し、フィール
日 10:00 まで 2 時間毎に経時的にサンプリング)
ドサンプリングを中心に行なった。
結果から、多くの遺伝子が日周変動することが判明
サンプリングと遺伝子発現情報収集
(ア)
した。日中に発現量が最大になる遺伝子(例 光合
つくばの圃場(5 アール)に移植した品種日本晴
成関連遺伝子)や夜間に発現量が最大になる遺伝子
約 1 万株からサンプリングを行なった。遺伝子発現
(例 開花関連遺伝子)等が認められた(図 22-3)。
変動は、傷害等により短時間に変動するため、1 度
また、根の遺伝子発現情報については、レーザー
使用した株は使用しない、切断後は直ちに液体窒素
マイクロダイセクション技術を使って、根の頂端分
図 22-1 イネの全生育過程における圃場サンプリング計画模式図
─ 58 ─
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図 22-2 各種組織・器官の遺伝子発現比較
図 22-3 イネ葉身における遺伝子の日周変動
左:日中に発現のピークを示す光合成関連遺伝子、
右:夜間に発現のピークを示す開花関連遺伝子
裂組織から根基部にかけて詳細に調べ、38 データ
したマイクロアレイデータの発現量を閲覧可能とし
を収集・解析した。
たデータベースであり、利便性を考慮し、グラフィ
(イ) データベース構築
カルユーザインターフェース(GUI)を駆使したデー
得られた膨大なアレイデータを利用して 2 種
タベース構造とした。 本データベースは、フィー
類 の デ ー タ ベ ー ス、 イ ネ 遺 伝 子 発 現 デ ー タ ベ ー
ルドデータ 572、植物ホルモンデータ 143 データ及
ス RiceXProb
RiceFREND
1,2)
とイネ共発現解析データベース
3)
を作成し公開した。
び組織・器官タイプデータ(根)38 データ
4)
、合
計 753 データで構成されている。(図 22-4)
イネ遺伝子発現データベース RiceXPro は、収集
イ ネ 共 発 現 解 析 デ ー タ ベ ー ス RiceFREND は、
─ 59 ─
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図 22-4 遺伝子発現データベース RiceXPro
図 22-5 共発現解析データベース・解析ツール RiceFREND
815 個のマイクロアレイデータを利用して、計算・
精度の高い遺伝子発現情報を収集するために、“サ
加工した遺伝子ネットワークを推定可能なデータ
ンプリング”は非常に重要な要素であり、最も注意
ベース兼解析ツールであり、3 種類の結果表示機能
すべきポイントである。圃場で育成しているイネは、
を装備する等ユーザフレンドリーな構造となってい
絶えず成長しており、また環境要因(温度、時間、
る。本データベースは、遺伝子ネットワークや遺伝
光等)も刻々と変化していることから、イネ遺伝子
子間相互作用研究等に利用可能である。
(図 22-5) 発現の全体像を見るためには、経時的・経日的なサ
ンプリングも含めて評価することが必要である。
エ 考 察
本課題の目標の 1 つであったイネの全生育過程を
つくばの圃場(5 アール)に移植したイネ品種日
通して遺伝子発現を調べた結果、基本栄養成長期か
本晴約 1 万株からサンプリングを行ない、イネの遺
ら生殖成長期への相転換での非常に大きな遺伝子変
伝子発現情報を収集し、データベース化した。より
動現象 5)や組織・器官特異的な遺伝子の発現現象
─ 60 ─
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キ 引用文献
等、興味深い知見が得られた。
収集した大量の遺伝子発現データを利用して、イ
1)Sato Y, Antonio B, Namiki N, Takehisa H,
ネ遺伝子発現データベース及び共発現データベース
Minami H, Kamatsuki K, Sugimoto K, Shimizu
を作成した。これらのデータベースは、今後のイネ
Y, Hirochika H, Nagamura Y(2011). RiceXPro:
及びイネ科作物の生命科学研究やゲノム育種研究等
a platform for monitoring gene expression
の基盤情報として利用されるであろう。
in japonica rice grown under natural field
conditions. Nucleic Acids Research. 39:D1141-
オ 今後の課題
1148.
本課題では、マイクロアレイ技術とレーザーマイ
2)Sato Y, Takehisa H, Kamatsuki K, Minami
クロダイセクション技術を使って、イネの遺伝子発
H, Namiki N, Ikawa H, Ohyanagi H, Sugimoto
現情報を網羅的に収集した。非常に有用な情報が収
K, Antonio B, Nagamura Y(2013). RiceXPro
集できたと考えるが、収集した情報は、マイクロア
Version 3.0: expanding the informatics resource
レイに搭載されている遺伝子のみである。完全長
for rice transcriptome Nucleic Acids Research.
cDNA 解析や EST 解析等で捕捉されていない遺伝
41:D1206-D1213.
子、例えば発現量が非常に少ない遺伝子や非常に限
3)Sato Y, Namiki N, Takehisa H, Kamatsuki
られた時期や部位にのみ発現する遺伝子等の発現情
K, Minami H, Ikawa H, Ohyanagi H, Sugimoto
報は収集できていない。従って、今後、次世代シー
K, Itoh J, Antonio B, Nagamura Y. (2013).
クエンスによる発現解析技術(RNA-Seq)等によっ
RiceFREND: a platform for retrieving
て発現情報が充実することが望まれる。作成・公開
coexpressed gene networks in rice Nucleic Acids
されたイネ遺伝子発現データベースや共発現解析
Research. 41:D1214-D1221.
データベースは、今後の植物生命科学研究に有効に
4)Takehisa H, Sato Y, Igarashi M, Abiko T,
利用されることが望ましく、継続した維持・公開が
Antonio BA, Kamatsuki K, Minami H, Namiki
必要である。また、これらの遺伝子発現情報が、イ
N, Inukai Y, Nakazono M, Nagamura Y.(2012).
ンターネットで公開されている植物関係のデータ
Genome-wide transcriptome dissection of the
ベースと統合(個別情報のリンク)や連携が図られ、
rice root system: implications for developmental
研究者に使いやすい、有用な情報提供が行われるこ
and physiological functions. Plant J. 69(1):126-
とを期待している。 140.
5)Sato Y, Antonio BA, Namiki N, Motoyama R,
カ 要 約
Sugimoto K, Takehisa H, Minami H, Kamatsuki
イネの網羅的な遺伝子発現情報獲得を目的とし
K, Kusaba M, Hirochika H, Nagamura Y
て、マイクロアレイ技術により、つくば圃場で育成
(2011). Field transcriptome revealed critical
中のイネ日本晴の遺伝子発現情報を収集した。圃場
developmental and physiological transitions
に移植した 5 月から 10 月までの約 6 か月間、イネ
involved in the expression of growth potential in
の生育過程にあわせて各組織・器官、また生育時期
japonica rice. BMC Plant Biology. 11:10.
別に経日的にサンプリングする等、約 800 種類の発
現データを収集した。得られた遺伝子発現情報を
研究担当者(長村吉晃 *、佐藤豊、B. アントニオ)
使って、様々な情報をグラフィカルに閲覧可能な
イネ遺伝子発現データベース RiceXPo を作成・公
3 イネと病原菌等との相互作用における遺伝子
開した。また 1 次データのマイクロアレイデータ
発現解析(RTR0003)
を活用し、さらに高度化した共発現データベース
ア 研究目的
RiceFREND を開発・公開した。
イネが病原菌の感染に対して発動する抵抗性の分
子機構の本質を理解することは、コメ生産を病害に
よる損失から守るための基礎的知見を提供するもの
─ 61 ─
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である。このような抵抗性の発動は宿主であるイネ
AvrPish)の胞子懸濁液(1x106/mL)を定法に従っ
の遺伝子によって支配されており、抵抗性の発現過
て調製し、葉耳~根を避けるように第 4 葉身に噴霧
程におけるイネの遺伝子発現変化を解析することに
接種した。これらのいもち病菌系はそれぞれ Pia、
より抵抗性を支配する基本的な遺伝子を単離でき
Pish に対して非病原性、それ以外に病原性である。
る可能性があることは、抵抗性誘導剤 BTH 処理に
接種後 0, 1, 2, 3, 5 日後に第 4 葉をサンプリングし
よって誘導される遺伝子としてイネに強い抵抗性を
抽出した全 RNA を cy3-1 色標識法によりマイクロ
単独で付与できる WRKY45 がこの手法で単離され
アレイ解析に供した。対照区として水を噴霧したイ
1)
たことからも実証済である 。この事実は実際の病
ネを同様に処理した。同じいもち病菌とイネ系統の
原菌の感染過程における遺伝子発現をより詳細に解
組合せでイネ根に接種した。吸水 7 日目の幼植物の
析することにより、新規な遺伝子を同定できる可能
根をいもち病菌胞子懸濁液(1x106/mL)に地上部
性をも示すものである。病原微生物の侵入に対する
が直接触れないように 20 秒間浸漬したのち、水耕
抵抗性反応の起動はごく初期に起きると考えられて
栽培した(図 23-1)。接種 0,1,2,3,5 日後に根
おり、そこで起きる遺伝子発現変化の理解が本質的
全体をサンプリングして全 RNA を抽出し cy3-1 色
に重要であると考えられてきたにもかかわらず、こ
法によるマイクロアレイに供した。
(イ) 白葉枯病菌を接種したイネ葉身の RNA の
れまでの知見の蓄積は十分とはいえない。一方、実
際の感染の過程では宿主の一部の細胞が病原微生物
マイクロアレイ解析
に接触し、あるいは感染を受けるに過ぎず、それ以
イネ白葉枯病菌(T7174R)およびエフェクター(病
外の大多数の細胞では被侵入細胞からのシグナルを
原性因子)のイネ細胞への移行が起きないと考えら
受けて何らかの反応が起きているものと推測される
れる TypeIII エフェクター分泌能欠損病原性変異株
がその実態は明らかではない。本課題では、イネい
(ΔhrcV)を水に懸濁(A600 = 0.3)し、播種 42 日
もち病菌と白葉枯病菌を病原糸状菌および病原細菌
後(10 葉期)の日本晴(T7174R 株に罹病性)に剪
として取り上げた。これらはイネの主要病原菌でも
葉接種し、経時的に接種部位から 2-3mm 幅程度の
あることから、その感染の諸過程におけるイネ遺伝
葉身をサンプリングした。
子発現を組織、さらには細胞レベルで明らかにする
ウ 研究結果
ことは将来高度病害抵抗性イネを作成するための基
いもち病菌を接種したイネ葉身およびイネ
(ア)
礎的知見として重要である。また、これら 2 種類の
イネ病原菌はいずれも全ゲノム構造が解読されてお
根の RNA のマイクロアレイ解析
り、病原性に関する変異体も多数単離されているこ
いもち病菌 P91-15B に対して日本晴 Pia(抵抗性:
とから、それらを合わせたイネ遺伝子発現データ
R)、+/+(罹病性:S)の葉身における遺伝子レベ
ベースの構築は高度病害抵抗性イネの作出のために
ルでの応答は接種 3 日後で最も大きな差が認められ
重要な基礎的知見を与えるのみならず、イネの病害
た。これに対して根では接種 5 日後で差が最も大き
研究全体の進展にとって有益な基礎的知見を与える
くなった(図 23-1)。罹病性区および抵抗性区 3 日
ことができるものと期待される。
目の発現パターンはそれぞれ抵抗性区 2 日目と罹病
性区 5 日目に区分分けされた。このことは遺伝子対
イ 研究方法
遺伝子の関係において罹病性と抵抗性の応答に質的
いもち病菌を接種したイネ葉身およびイネ
(ア)
根の RNA のマイクロアレイ解析
な差はなく、前者の応答が後者に比較して量的に抑
制される、もしくは遅延するという、シロイヌナズ
イネいもち病菌抵抗性遺伝子 Pia, Pish およびそ
ナ / 斑点細菌病菌での実験結果と対応するものと考
の い ず れ も 持 た な い 日 本 晴( そ れ ぞ れ Pia, Pish,
えられた 1)。またイネ根への接種実験では、抵抗性
+/+)を人工気象器内で 4.5 葉期(播種 21 日)ま
区では菌糸は接種 5 日後まで外皮にとどまっており
で育成し、第 4 葉が上を向くように植物個体を水で
それ以上の侵入が認められないが、罹病性区では 5
湿らせた濾紙上に固定し 6 時間静置した。2 種類の
日以降に厚壁細胞層を貫入して皮層への菌糸侵入が
邦産イネいもち病菌(P91-15B; AvrPia, Kyu77-07A;
観察された。そこでマイクロアレイのタイムコース
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図 23-1 いもち病菌を接種したイネ第 4 葉および根における遺伝子発現変化
R:抵抗性、S:罹病性、赤:発現誘導遺伝子、青:発現抑制遺伝子
図 23-2 いもち病菌と白葉枯病菌に対する罹病性応答での共通に変化する遺伝子数
灰色円:白葉枯病菌野生型接種 4 日後で発現が変化する遺伝子(誘導 3099、抑制 3091)
を 1,2,3,5 日に設定して解析したところ、5 日
日以降では差が顕著になり ΔhrcV 接種区は水接種区
目における抵抗性区と罹病性区の遺伝子発現パター
に近くなった。接種 4 日以降では誘導倍率が 2 以上
ンの差が最も大きくなった。
または 1/2 以下となる遺伝子数は親株接種区で急激
(イ) 白葉枯病菌を接種したイネ葉身の RNA の
マイクロアレイ解析
に増加するのに対し、エフェクターを分泌できない
ΔhrcV 接種区ではそのような現象が認められなかっ
白葉枯病菌接種 3 時間後の水処理区を対照として
た。さらに野生型白葉枯病菌を接種した日本晴(罹
クラスタリング解析した結果、24 時間で菌接種区
病区)で発現が変化する遺伝子は親和性いもち病菌
と水処理区でパターンの差が認められることから、
を接種したイネにおける遺伝子発現変化と重複し、
イネと本菌の相互作用が始まる時期であることが示
特に接種 2、3 日後の遺伝子とは 40%以上の重複が
唆された。さらに親株と ΔhrcV 株接種区での遺伝子
見られた(図 23-2)。このことは最近と糸状菌という、
発現パターンは接種 48 時間では類似しているが、4
形態や感染機構が異なる病原体に対する感染成立過
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程において何らかの共通メカニズムが存在すること
それを用いてイネ全根における抵抗性、罹病性応答
を示唆した。
における遺伝子発現変化を明らかにした。イネ根の
厚壁細胞層の通過の可否がその後の感染の成立に必
エ 考 察
須であることから、真性抵抗性遺伝子の作用を知る
(ア) いもち病菌接種に対するイネの応答を葉身、
根における遺伝子発現解析から比較した。葉身では
上で重要な解析ポイントを明らかにすることができ
た。
白葉枯病菌接種イネにおける遺伝子発現解
(ウ)
接種 3 日以内に抵抗性と罹病性を決定するイベント
が起きることが示唆される。一方イネ根では外皮に
析
侵入したいもち病菌菌糸は抵抗性区、罹病性区のい
エフェクターが接種 4 日後までに感染成立に極め
ずれにおいても厚壁細胞層の外側である外皮にとど
て重要であることを明らかにした。また、罹病性応
まり、両者の差は接種後 5 日目頃にそれを突破でき
答においてはいもち病と白葉枯病という、異なる病
るかどうかで判定ができる。この時期にイネ側の遺
原菌に起因する場合でも共通する応答がある可能性
伝子発現変化の差が一番大きくなることからも、厚
を示唆する結果を得た。
壁細胞層の突破を防ぐというイネ側の防御イベント
キ 引用文献
が主動抵抗性遺伝子の下流でどのように制御されて
1)Tao Y, Xie Z, Chen W, Glazebrook J, Chang
いるのか興味深い。
白葉枯病菌野生型と対照区としての水処理
(イ)
HS, Han B, Zhu T, Zou G, Katagiri F(2003).
区の比較、さらにエフェクター分泌装置欠損株を用
Plant Cell. 15:317-330.
いた結果から、この菌のエフェクターは接種後 24
時間~ 4 日目までに重要な働きをすることが強く示
研究担当者(南 栄一 *、大竹祐子)
唆される。イネ組織内における菌数測定結果から親
和性、非親和性菌の増殖性は、接種後 4 日目前後で
4 自然環境下での遺伝子発現変動のプロファイ
決定されるという従来の結果と対応するものと考え
リング(RTR0004)
られた。
ア 研究目的
イネゲノム配列が解読され、多数の農業的に重要
オ 今後の課題
な形質に関係する遺伝子が QTL 解析等によって単
本研究ではマイクロアレイ法を用いることによっ
離同定されてきている。それら単離された遺伝子の
て宿主であるイネ側の遺伝子発現を詳細に解析し
分子機構を明らかにする機能解析が今後盛んになる
た。今後は RNAseq 等により病原菌側の感染各ス
と考えられるが、そのための重要な解析法として、
テージにおける遺伝子発現を合わせて解析すること
遺伝子からの転写産物を定量的に解析する qPCR
により、イネとこれら病原菌の相互作用の分子的実
法や、ゲノムワイドに遺伝子発現を解析するための
体をより詳細に把握できるものと考えられる。
マイクロアレイ解析法が確立している。しかしなが
ら、これまでの遺伝子発現解析は実験室環境で制御
カ 要 約
された中での遺伝子発現であり、農業形質に関与す
いもち病菌を接種したイネ葉身での遺伝子
(ア)
発現解析
る自然環境下での遺伝子発現を測定したケースはほ
とんどない。これは、自然環境が刻々変化し、再現
抵抗性および罹病性応答における遺伝子発現変化
性の確保が難しいからであり、また、その遺伝子発
を日本晴の準同質系統を用いて明らかにした。接種
現と環境との関係を確定することが出来ないからで
3 日以内に両者の応答を分けるキーイベントが起き
ある。実験室環境で、太陽光の様な強い光を、似た
ている可能性が強く示唆された。
スペクトルで発生させることは技術的に困難であ
いもち病菌の根への感染系の確立と遺伝子
(イ)
発現解析
り、そのため、ほとんどの研究者が、自然環境や圃
場とはかなり異なった条件での遺伝子発現を解析し
いもち病菌を根に接種するための手法を開発し、
て、分子機構を議論するに終始しているのが現状で
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ある。そこで、本課題では、温度や湿度や日照等の
自然環境の変化をモニターしながら、その中での遺
(9 セット)、0:00、12:00、明け方(3:50 ~ 6:
00)、夕方(17:00 ~ 20:00)。品種:日本晴。
伝子発現をマイクロアレイ法で解析し、どの環境変
気象データ
化が遺伝子発現に影響を与えているかを統計相関解
サンプリングを行った圃場から直線距離にして約
析等を用いて明らかにする。これによって、従来の
3km の地点に気象庁の館野高層気象台があり、極
遺伝子発現解析と農業形質を結び付けて議論するた
めて詳細な環境測定データが連続的に収集されてい
めの土台となるデータを得、分子遺伝学やゲノム育
る。そこで、気象データとしては主に気象庁による
種法への応用展開を検討する。今年度は、初年度の
館野高層気象台のデータを用いることとした。なお、
実験で得られたトランスクリプトームデータの詳細
この気象庁の気象測定データと圃場で得られた気象
な解析から、環境変化への応答と、慨日時計の様な
測定データで大きな差が無いことは、一昨年度確認
内因的な応答を切り分けるための解析方法を検討・
済みである。また、2008 年度の札幌、盛岡、大阪、
確立することを目的とする。
鹿児島、那覇の気象データも解析に用いた。
データ解析
イ 研究方法
環境変化への応答と慨日時計の様な内因的な応答
イネ概日時計突然変異体のフィールドトラ
(ア)
ンスクリプトーム解析
を切り分け、野外環境における環境変化への応答を
定量的に評価するためるために、統計モデリングを
イネの概日時計変異体 osgi を用いて、野生型で
行った。具体的には、非線形多次元最適化手法と
ある品種農林 8 号との比較フィールドトンランスク
統計学的モデル選択を組み合わせた大量解析系を、
リプトーム解析を行った。葉のサンプルは、1 週間
PC クラスタを用いて確立した。ゲート効果を考慮
ずつ異なる 4 ステージのイネ(農林 8 号・概日時
するのに、sin 曲線で近似できるゲートと矩形で近
計 osgi 突然変異体)を用いた、2008 年 8 月 12 日 7:
似できるゲートを検討した。この場合、夜の 21:
00 から翌 13 日 7:00 まで、2 時間ごとの一日分の
00 ~ 2:00 までの 5 時間、ゲートが開くといった
サンプル。トランスクリプトーム解析は、アジレン
条件をモデリングに入れ込むことができる。
ト社の市販の 44k イネマイクロアレイ用チップを
ウ 研究結果
用いた。
自然環境変動データとトランスクリプトー
(イ)
ムデータの統計モデリング
イネ概日時計突然変異体のフィールドトラ
(ア)
ンスクリプトーム解析
トランスクリプトームデータ
水田で栽培した正常なイネと OsGI 変異体イネの
2008 年度と 2009 年度に行ったフィールドトラン
スクリプトームデータを解析に用いた。
葉を 2 時間ごとにサンプリングし、遺伝子発現の
状態をマイクロアレイ解析法により網羅的に解析し
以下に概略を示す。なお、すべてのトランスクリ
た。その結果、正常イネと OsGI 変異体とでは半数
プトームデータは、茨城県つくば市の生物研実験圃
以上の遺伝子で発現量の強さに違いが見られた。ま
場で栽培したイネ葉身から抽出した RNA と、市販
た、正常イネは遺伝子発現が 24 時間周期で徐々に
されているアジレント社のイネ 4x44k DNA マイク
変化するパターン(日周変動リズム)を示したが、
ロアレイを用いて取得した。
osgi 変異体では昼型と夜型の 2 つのパターンで切り
○ 1 週間ずつ異なる 4 ステージのイネ(農林 8 号)
替わる単純な変動リズムを示した。これらの結果は、
を用いた、2008 年 8 月 12 日 7:00 から翌 13 日 7:
OsGI 遺伝子が壊れると、外界の光の条件が直接遺
00 まで、2 時間ごとの一日分のデータ。
伝子発現に影響をおよぼすことを示しており、遺伝
○荒天時のサンプルとして、つくば市に台風が接
子の発現に日周変動リズムを与えているのは体内時
近した 2009 年 8 月 10-12 日、8 月 31 日、10 月 8-9
計であることを明らかにした。
自然環境変動データとトランスクリプトー
(イ)
日のデータ。
○ RTR0002 によって収集された、様々な発生段
ムデータの統計モデリング
階、時刻におけるデータ。2 時間ごと 2 日分データ
2008 年に、つくば市内の水田でサンプリングし
─ 65 ─
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図 24-1 一枚のアレイデータに関して、実測値の予測値の相関を示した図
一点が一遺伝子の発現(左) 同様な解析を 108 枚分行い、相関係数をヒストグラムにした。(右)
エ 考 察
た 461 個のイネ(日本晴及び農林 8 号)の葉のサ
イネ概日時計突然変異体のフィールドトラ
(ア)
ンプルについてほぼ全遺伝子(27,201 個)の発現量
データを得た。そして、得られた発現量データと、
ンスクリプトーム解析
イネで体内リズムを保つのに必要な遺伝子を同定
気象庁が計測した気象データ(風量、気温、湿度、
日照、大気圧、降水量)、移植後の日数、採取した
し、この遺伝子が壊れ体内リズムが乱れることを確
時刻をもとに大型コンピュータによる統計的な解析
認した。この概日時計の変異体では、田植え時期が
を行い、気象条件がどのように各遺伝子の働き方を
遅れると、収量が大きく低下した。 体内リズムを
決めているかの「ルール」を計算で明らかにした。
指標とした選抜を行うことにより、環境適応能力の
その結果、イネの葉で働くことが分かった 17,616
高い品種を育成できると期待される。
自然環境変動データとトランスクリプトー
(イ)
個の遺伝子のうち、17,193 個について、「気象デー
タ」「移植後の日数」「時刻」を入力すれば、任意の
ムデータの統計モデリング
遺伝子の発現程度を推定できるシステムを構築し
トランスクリプトーム全体でみれば、非常に高い
た。次に、2009 年に、2008 年と同様なサンプルを
予測精度を得ることができたが、実験室でのトラン
108 個採取し、17,193 個の遺伝子の発現を実測した。
スクリプトームデータは予測精度が低く、また、個
そして、2008 年のデータから構築した予測システ
別の遺伝子に関しても、予測精度としての未知の
ムに、2009 年の「気象データ」
「移植後の日数」
「時刻」
データに対する R2 の値が低い遺伝子が散見される。
を入力し、遺伝子発現の程度を推定し、上記の実測
一因として、ひとつの環境因子だけを遺伝子発現の
値とこの推定値を比較した。その結果、構築したシ
予測に導入していることがあげられるので、今後、
ステムの信頼性は高く、非常に高精度に多くの遺伝
二つの変動環境因子を扱えるようにモデリング法の
子の働き方を予測できることを確認した(図 24-1)。
改良が必要である。
作物を利用した、水田の栽培条件での、移植直後
オ 今後の課題
から登熟期までといった作期全体をカバーする葉サ
イネ概日時計突然変異体のフィールドトラ
(ア)
ンプルでのほぼ全遺伝子発現解析は世界的にも例が
なく、実際の複雑な気象変動を踏まえて遺伝子の働
ンスクリプトーム解析
osgi 変異体は必ずしも圃場で収量性を落とさな
きの変動を推定するシステムは世界初の成果であ
い。そこで、変異体の遺伝子発現の大きな変化に関
る。
─ 66 ─
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わらず、収量性が変わらない原因を明らかにするこ
ると期待される。
自然環境変動データとトランスクリプトー
(イ)
とが肝要である。例えば、不良環境ストレスに対す
ムデータの統計モデリング
る抵抗性の弱化等を解析することが肝要である。
自然環境変動データとトランスクリプトー
(イ)
ムデータの統計モデリング
つくば市内の水田で生育させたイネ(日本晴及び
農林 8 号)の移植直後から登熟期までといった作期
今回の結果をより信頼性の高い成果に変えていく
全体をカバーする数百個の葉のサンプルについてほ
には、サンプルの採取と統計的な解析を、茨城県つ
ぼ全遺伝子(27,201 個)の発現量(遺伝子の働く度
くば市だけでなく日本各地で行うこと、また今回用
合い・程度、各遺伝子の mRNA 量のこと。)を解
いた日本晴ではなく、コシヒカリなど数多く栽培さ
析した。さらに、得られたデータと、気象庁が計測
れている品種に対応したシステムに変えていく必要
した気象データ(風量、気温、湿度、日照、大気圧、
がある。また、今後、品種間差の遺伝子発現データ
降水量)、移植後の日数、(採取した)時刻をもとに
までを考慮した統計解析技術を検討しながら、遺伝
大型コ量のこと。)を解析した。さらに、得られた
子の働き方をモニターする(または、予測する)こ
データと、気象庁が計測した気象データ(風量、気
とで、より効率的に育種を進められるようになると
温、湿度、日照、大気圧、降水量)、移植後の日数、
考えられる。このような改良したシステムを使え
採取した時刻をもとに大型コンピュータによる統計
ば、過去の気象データをもとに、日本各地のイネの
的な解析を行い、各遺伝子の「発現ルール(働きの
葉での遺伝子の働き方を推定することができると考
変化を決めているルール)」を計算した この計算の
えられる。推定された遺伝子の働く様子(遺伝子発
結果、イネの葉で働くことが分かった 17,616 個の
現データ)と、過去のイネが受けた気象の影響、例
遺伝子のうち、17,193 個について、
「気象データ」「移
えば、高温障害、冷害などを比較することで、これ
植後の日数」「時刻」を入力すれば、任意の遺伝子
らの障害に関係の深い遺伝子のリストアップが可能
の発現程度を推定できるシステムを構築した。 今
となる。加えて、今回明らかになった遺伝子の働く
回構築したシステムを活用することにより、過去の
様子(遺伝子発現量の推定データ)は、イネの栽培
気象データを用いて高温障害などに関連する遺伝子
状況の判断に使える「遺伝子発現マーカー」の開発
を特定することが可能になりえる。将来的には、こ
につながると考えられる。例えば、特定の遺伝子の
うした遺伝子の働き方を指標にすることで、作物の
日々の働き方を指標に、出穂期を正確に予測してそ
生育状況を正確に予測することが可能となり、施肥
れに応じて施肥をするタイミングを決めたり、病気
時期や農薬散布時期等の最適化などが可能になると
にかかりやすい状態であることを検知して、被害が
期待される。
確認できる前に農薬を撒くことなどが可能になる。
キ 引用文献
カ 要 約
1)Takeshi Izawa et al.(2011). Os-GIGANTEA
イネ概日時計突然変異体のフィールドトラ
(ア)
ンスクリプトーム解析
confers robust diurnal rhythms on the global
transcriptome of rice in the field. The Plant Cell.
イネの体内リズムが乱れる突然変異体を用い、自
23:1741-1755.
然環境下で栽培したイネの遺伝子の働きを網羅的
2)Atsushi J. Nagano et al.(2012). Deciphering
に調べると、発現する遺伝子の約半数が体内時計
and Prediction of Transcriptome Dynamics
の影響を受けていた。 具体的には、正常なイネで
under Fluctuating Field Conditions. Cell. 151:
は遺伝子発現パターンが 24 時間周期で徐々に変動
1358-1369. したが、osgi 変異体では、遺伝子の発現が変化し、
OsGI 遺伝子が体内リズムに関与していることを示
研究担当者 (井澤毅)
していた。 異なる作期や栽培地域に適した品種育
成を進める際、体内リズムを指標とした選抜を行う
ことで、環境適応能力の高い品種を得ることができ
─ 67 ─
515ブック 1.indb
67
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5 イネの登熟制御に関わる遺伝子発現解析と分
自然光ファイトトロンで育成し、開花 7 日目の登
子機構解明(RTR0005)
熟粒をエタノール酢酸(3:1)で固定、Takahashi
ア 研究目的
et al.(2010)1)の方法によりパラフィン包埋した。
胚乳は、受精後の胚乳核形成や細胞分裂、貯蔵物
組織切片を作成後、LMD を用いて杯盤とそれに隣
質の蓄積過程等を経て成熟するが、それらの分子機
接する胚乳組織を単離、回収した。Picopure RNA
構は明らかではない。そこで本課題では、頴果の発
isolation kit(Molecular Devices)により、微量の
達段階の違いや胚乳組織における組織別の遺伝子発
RNA を抽出後、2 色法によりマイクロアレイ解析
現解析、イネの胚乳細胞分裂や貯蔵物質蓄積の登熟
を行なった。
粒の微細組織発達や強勢頴果と弱勢頴果の登塾特性
ウ 研究結果
の違いに関わる遺伝子発現プロファイルをマイクロ
(ア) 分裂期の胚や胚乳組織を LMD により単離
アレイ技術により明らかにする。
する実験系の確立
イ 研究方法
開花 3 日目(胚や胚乳細胞が活発に分裂している
(ア) 分裂期の胚や胚乳組織を LMD により単離
する実験系の確立
時期)と 5 日目(分裂後期にあたり、デンプン性胚
乳とアリューロン層に分化し始める時期)の登熟粒
微細組織の胚や胚乳からレーザーマイクロダイセ
を用いて 3 種類の手法で検討した結果、切片の形態
クション(LMD)技術を用いて、目標部位を切断、
観察、LMD サンプルから抽出した RNA の量や質
収集し、精度の高いマイクロアレイデータを獲得す
の点から、独自開発の新鮮凍結包埋法(登熟粒を液
るためには、サンプルの固定・包埋方法が鍵である。
体窒素で瞬間凍結させたのち、カルボキシメチルセ
日本晴をグロースキャビネットで栽培(昼夜温度 ルロースゲルで包埋する法)が最も良好であると判
28/23℃)した、開花 3 日目(胚や胚乳細胞が活発
断した。したがって、開花 3 ~ 5 日の登熟初期の種
に分裂している時期)と 5 日目(分裂後期にあたり、
子の包埋法には、新鮮凍結包埋法を用いた。
糊粉層とデンプン性胚乳中心部における遺
(イ)
デンプン性胚乳とアリューロン層に分化し始める時
期)の登塾粒を条件検討に供試した。固定・包埋め
伝子発現プロファイル
胚乳細胞は、開花 3 日目から多核体形成・細胞分
方法は、1)エタノール酢酸(3:1)+ 2% カルボ
キシメチルセルロース(CMC)による凍結包埋法、2)
裂が起こり、5 日目に最外層が糊粉層に分化し、胚
特殊電子レンジを用いた急速パラフィン包埋法、3)
乳内部とは形態的に全く異なる組織となる。そこ
独自開発の新鮮凍結包埋法(登熟粒を液体窒素で瞬
で、開花後 3、5 日目の登熟種子から多核期の胚乳
間凍結させたのち、カルボキシメチルセルロースゲ
でアレイ解析を行ない、高発現を示す遺伝子群につ
ルで包埋する法)について検討した。
いて機能分類 を行なった結果、輸送関連遺伝子が
糊粉層とデンプン性胚乳中心部における遺
(イ)
伝子発現プロファイル
約 16%、糖代謝関連遺伝子約とストレス関連遺伝
子が約 10%、タンパク質分解関連遺伝子が約 6% 認
コシヒカリを自然光ファイトトロン(昼間 26℃
められた(図 25-1)。さらに発現差 3 倍以上の差の
-13h、夜間 20℃ -11h)で育成し、開花 7 日目と 12
ある遺伝子群抽出条件でフィルタリングを行なった
日目の登熟粒をエタノール酢酸(3:1)で固定、2%
結果、開花 7 日後の糊粉層で 2348 個、デンプン性
カルボキシメチルセルロースで凍結包埋した。組織
胚乳中心部で 1298 個、また開花 12 日後の糊粉層で
切片を作成後、LMD を用いて背部維管束側の糊粉
3495 個、デンプン性胚乳中心部で 3677 個の遺伝子
層(アリューロン層)とデンプン性胚乳中心部を単
が抽出され、同じ胚乳組織でも発現する遺伝子が大
離、回収した。両組織から TotalRNA 抽出後、2 色
きく異なることが示唆された。開花 7 日目、12 日
法によりマイクロアレイ解析を行なった。
目とも、糊粉層では脂肪酸合成や貯蔵タンパク合成
胚盤に隣接する白濁状の胚乳部位の遺伝子
(ウ)
発現プロファイル
に関わる遺伝子群が、デンプン性胚乳中心部ではデ
ンプン合成酵素やタンパク質合成に関わる遺伝子群
日本晴をポット栽培し、開花から温度制御された
発現が多かった。
─ 68 ─
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図 25-1 多核期胚乳で高い発現を示す遺伝子群
(ウ)
胚盤に隣接する白濁状の胚乳部位の遺伝子
発現プロファイル
果は、糊粉層とデンプン性胚乳に蓄積される貯蔵物
質の違いと一致しており、LMD による糊粉層とデ
玄米において胚盤に隣接する胚乳は、他の胚乳組
織と異なり、表現型を示すことが多い。この部分の
ンプン性胚乳の発現解析が適切に行なわれているこ
とが示された。
胚盤に隣接する白濁状の胚乳部位の遺伝子
(ウ)
胚乳をさらに走査型電子顕微鏡で観察すると、小型
のデンプン粒にクレータのような形状が認められ
発現プロファイル
アレイ解析の結果、胚盤では約 430 個、胚盤に隣
る。そこで開花後 7 日目の胚盤とそれに隣接する胚
乳を LMD で単離し、アレイ解析を行なった結果、
接する胚乳では約 950 個の興味ある遺伝子が見出さ
胚盤では約 430 個、胚盤に隣接する胚乳では約 950
れた。さらに遺伝子の機能分類を行なった結果、胚
個の興味ある遺伝子が見出された。
盤に隣接する胚乳では、転写因子、電子伝達系、炭
素代謝及びタンパク質分解に関わる遺伝子が多く認
エ 考 察
められた。また、胚盤で多く発現する遺伝子群から、
分裂期の胚や胚乳組織を LMD により単離
(ア)
する実験系の確立
登熟の過程で空間的に競合しあう胚盤とそれに隣接
する胚乳では、隣接する胚乳が分解した産物を胚盤
LMD で解析する登熟初期の(種子開花 3 ~ 5 日)
のサンプルの包埋には、新鮮凍結包埋法が最も適し
が成長の養分として吸収するなどの生理的な相互作
用が存在すると推察される。
ていると考えられ、品質の高いデータ取得に適用す
オ 今後の課題
べきである。
糊粉層とデンプン性胚乳中心部における遺
(イ)
伝子発現プロファイル
微細部位のマイクロアレイ技術とレーザーマイク
ロダイセクション技術を用いた解析では、サンプル
開花 7 日目、12 日目とも、糊粉層では脂肪酸合
の調製、特に組織の固定・包埋方法が重要なポイン
成や貯蔵タンパク合成に関わる遺伝子群が、デンプ
トである。イネの開花 2 日目~ 5 日目の胚乳多核体
ン性胚乳中心部ではデンプン合成酵素やタンパク質
形成や細胞分裂期のサンプルには、瞬間凍結包埋法
合成に関わる遺伝子群が多く発現している。この結
が適している。イネの開花 6 日目~ 12 日目のサン
─ 69 ─
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つくばの圃場(5 アール)で育成した日本晴から、
プル調製には、エタノール酢酸(3:1)+ 2%カル
ボキシメチルセルロース(CMC)による凍結包埋
開花後 2 日目、3 日目、4 日目の子房(胚発生の初
法(Ishimaru et al.2007)が適している。しかしな
期ステージ)をサンプリングし、エタノール酢酸等
がら、開花 12 日目以降の組織(デンプン量が多い)
で固定した後、パラフィン包埋サンプルを作成する。
では、検討が必要である。
さらにミクロトームで切片を作成し、レーザーマイ
クロダイセクション(LMD)手法で、胚全体を切
カ 要 約
り出すことによって胚発生初期のサンプルを作成す
本課題では、イネの受精後の胚及び胚乳発達初期
る。また、3 日目の球状胚については、頂部と基部
の遺伝子発現情報収集が目的である。受精後発達初
の領域、さらに腹側(シュートが分離する側)と背
期(2 日目~ 5 日目)の胚及び胚乳は極めて小さく、
側(胚乳側)の計 4 領域に分けて LMD で切り出す
組織切片からの LMD によるサンプルの収集・回収
ことによってサンプルを作成する。胚器官が形成さ
が不可欠である。しかしながら、デンプンが多いこ
れた(胚器官分化終了時)の胚発生中期の胚領域
とから組織が壊れやすく回収が難しい。そこで、本
(受粉後 7 日目)については、シュートを含む領域
課題では、サンプル及び品質の高い RNA 抽出法を
(Shoot)、幼根を含む領域(Root)、胚盤を含む領域
確立するとともに、その技術を用いて、胚及び糊粉
(Scutellum)及び芽鱗と基部を含む領域(Epiblast/
Coleorhiza)の計 4 領域を LMD により切り分け、
層とデンプン性胚乳の発現情報収集を実施した。
それぞれ解析用サンプルを作成する。
キ 引用文献
b 発芽後初期の幼植物のサンプリング
1)Takahashi H, Kamakura H, Sato Y, Shiono
生育初期の幼植物においては、イネ品種日本晴を
K, Abiko T, Tsutsumi N, Nagamura Y,
約 2 週間、温室内で栽培し、発育ステージの揃った
Nishizawa NK, Nakazono M.(2010). A method
植物体を選抜し、それらにおけるシュートを解体し、
for obtaining high quality RNA from paraffin
葉のステージ、領域ごとにサンプリングを行ない、
sections of plant tissues by laser microdissection.
アレイ解析用サンプルを作成する。
RNA 抽出方法とマイクロアレイ解析
(イ)
J Plant Res. 123(6):807-13.
TotalRNA 抽出は、市販のキットにより抽出・調
研究担当者(石丸努 *、梅本貴之、増村威宏、斉
製する。マイクロアレイ解析は、イネ 4x44K RAPDB(アジレント社)を用い、主に 1 色法で実施する。
藤雄飛)
(ウ) 収集した遺伝子発現情報の閲覧
6 初期生活環における遺伝子発現プロファイル
イネの胚及び初期生育の幼植物の葉等から収集し
とその情報利用(RTR0006)
た遺伝子発現情報は、イネ遺伝子発現データベース
ア 研究目的
RiceXPro1)のフォーマットに合わせて格納し、閲
健全なイネを育てるためには、イネの胚発生の状
覧可能とする。遺伝子発現情報は、発現強度が容易
況、また発芽や植物体の初期成育の状況把握が重要
に可視化できる胚用および幼植物用のグラフィカル
なポイントの 1 つである。本研究課題では、胚発生
Web インターフェースを開発する。
過程の初期及び中期、発芽後初期の幼苗における
ウ 研究結果
シュートの時空間的遺伝子発現プロファイル情報を
胚発生初期及び中期の遺伝子発現情報のプ
(ア)
収集し、それを利用することにより、胚発生や発芽、
植物体の初期生育等に関わる遺伝的情報基盤を確立
ロファイリング
初期胚発生の各領域間、ステージ間での遺伝子発
することが目的である。
現プロファイル情報を収集し、それらを用いて初期
イ 研究方法
胚発生で局所的発現を示す遺伝子リストを取得し
(ア) サンプリングと遺伝子発現情報収集
た。胚器官が形成された胚発生中期の胚領域(受粉
a 胚発生初期及び中期の解析材料のサンプリング
後 7 日目)については、シュートを含む領域(shoot)、
─ 70 ─
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図 26-1 胚発生中期(7DAP)の胚における LMD によるサンプリング部位
図 26-2 イネ遺伝子発現データベース RiceXPro における胚の発現データ化の可視化
A:発現情報のピクトグラフ表示、B:発現情報のヒストグラム表示
幼根を含む領域(root)、胚盤を含む領域(scutellum)
可視化できるグラフィカルユーザインターフェース
及び基部と芽鱗を含む領域(epiblast)の合計 4 領
を開発し、閲覧可能とした(図 26-2)。また、胚発
域に LMD を用いて切り分け(図 26-1)、4 組織、3
生初期及び中期の遺伝子発現プロファイルから、胚
反復の合計 12 サンプルから胚発生中期の遺伝子発
の局所的部位で発現を示す遺伝子をリスト化し、特
現プロファイル情報を取得した。胚発生中期の遺伝
に顕著な発現局在を示す遺伝子について、RNA プ
子発現プロファイル情報は、遺伝子発現データベー
ローブを作成して、in situ hybridization で発現を確
ス RiceXPro へ登録・格納し、胚発生初期のプロファ
認した結果、マイクロアレイ解析で精度が高い遺伝
イル情報と共に、それぞれの領域のシグナル強度を
子発現情報が得られていることが確認できた。
─ 71 ─
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発芽後初期の幼植物の葉の遺伝子発現情報
(イ)
のプロファイリング
期の幼植物の葉の遺伝子発現情報を収集し、データ
ベース化した。得られた遺伝子発現情報に関する論
生育初期の葉の発育ステージにおいては、P1, P2
文をまとめ、その後一般公開する予定である。これ
を含む茎頂分裂組織(P1 は最も新しくできた葉原
らの基本的なゲノム情報基盤は、非常に有用であり
基)、P3, P4, P5, P6 のステージに分け、葉の部位に
論文発表後は、継続して公開されることが望ましい。
おいては P4 を頂部から基部へ 4 つの領域に、P5 と
P6 においては、それぞれ葉鞘、葉鞘 / 葉身境界、
カ 要 約
葉身の 3 つの領域に分けて詳細にサンプリング行
本研究課題では、イネの初期生活環における遺伝
い、遺伝子発現情報を収集し、遺伝子発現データベー
子発現プロファイル情報を収集し、それを利用する
ス RiceXPro に登録・格納した。これらのデータは、
ことにより、胚発生や発芽、植物体の初期生育等に
幼植物用のグラフィカルユーザインターフェースを
関わる遺伝的情報基盤を確立することを目的として
作成し、発現強度を可視化した。胚及び初期生育の
本研究を推進した。胚発生過程初期においては、発
葉の遺伝子発現情報は、遺伝子ネットワークを推定
生過程に加えて、胚を 4 つの領域に分割することに
する共発現データベース RiceFREND
2)
のデータと
しても利用されている。
よって空間的な遺伝子発現のプロファイル情報を取
得した。胚発生中期においても胚を 4 つの領域に分
割し、遺伝子発現情報を取得した。生育初期の幼植
エ 考 察
物の葉については、葉のステージ、場所ごとに 12
胚発生初期及び中期の遺伝子発現情報のプ
(ア)
ロファイリング
の領域に分けてサンプリングを行ない、それらの遺
伝子発現プロファイル情報を取得した。胚発生の遺
初期胚発生の各領域間、ステージ間での遺伝子発
伝子発現情報 35 データ及び生育初期の葉の発現情
現プロファイル情報を用いて、初期胚発生で局所
報 36 データを収集し、これらの情報を全て遺伝子
的発現を示す遺伝子リスト作成し、gene ontology
発現データベース RiceXPro に登録・格納し、全遺
enrichment 解析を行い、初期胚発生の各領域にお
伝子の発現を可視化・閲覧可能とした。
いて、どのようなオントロジーを持つ遺伝子が有意
イネの初期生活環における全遺伝子の時空間的発
に抽出されるのかを解析したところ、各領域で濃縮
現を把握できる精度の高いデータベースを構築し、
されている遺伝子群から非常に興味深い結果が得
有用な遺伝子発現情報基盤を整備した。
られた。また、局所的な遺伝子発現情報及び in situ
hybridization の結果から、部位 / ステージ特異的と
キ 引用文献
思われる遺伝子も見いだされており、特異的な発現
1)Sato Y, Takehisa H, Kamatsuki K, Minami
マーカーとしての可能性が示唆された。イネ遺伝
H, Namiki N, Ikawa H, Ohyanagi H, Sugimoto
子発現データベース RiceXPro に登録したことによ
K, Antonio B, Nagamura Y(2013). RiceXPro
り、胚発生の遺伝子発現情報基盤として、今後有効
Version 3.0: expanding the informatics resource
に利用されることを期待している。
for rice transcriptome, Nucleic Acids Research.
発芽後初期の幼植物の葉の発現情報のプロ
(イ)
ファイリング
41:D1206-D1213.
2)Sato Y, Namiki N, Takehisa H, Kamatsuki
生育初期の葉の発育ステージの詳細な遺伝子発
K, Minami H, Ikawa H, Ohyanagi H, Sugimoto
現 情 報 を 収 集 し、 イ ネ 遺 伝 子 発 現 デ ー タ ベ ー ス
K, Itoh J, Antonio B, Nagamura Y (2013).
RiceXPro に登録したことにより、 初期生育の葉の
RiceFREND: a platform for retrieving
遺伝子発現情報基盤として利用され、健全なイネ幼
coexpressed gene networks in rice, Nucleic
苗育成に貢献できると期待している。
Acids Research. 41:D1214-D1221. オ 今後の課題
研究担当者 (伊藤純一)
本研究では、初期及び中期の胚発生過程と生育初
─ 72 ─
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研
究
の
Ⅰ 研究年次・予算区分 要
約
育種選抜に有用なイネの表現型をゲノム上に並列し
研究年次:2008 年度~ 2012 年度
て俯瞰できる QTL と遺伝子情報のデータベースを
予算区分:農林水産省農林水産技術会議 新農業
作製し、関連する分子マーカー情報を含めてイネゲ
展開ゲノムプロジェクト
ノム上に可視化するシステムを構築する。最終的に
は SNP 情報などを付加し、ゲノム育種支援システ
Ⅱ 主任研究者 ムとして統合化を行う。
主 査:(独)農業生物資源研究所 これらのような情報解析の成果を有用化し、ゲノ
理事長
ム塩基配列決定後の遺伝子機能解析を行うため、こ
石毛 光雄(2008 ~ 2012 年度)
れまでに完全長 cDNA クローンライブラリー、突
統括リーダー:(独)農業生物資源研究所 然変異系統、遺伝解析用系統群等、様々な解析リソー
理事
スが作出され維持・管理・提供されている。本研究
佐々木 卓治(2008 ~ 2010 年度)
では、さらなるゲノム解析分野の研究活性化のため、
廣近 洋彦(2011 ~ 2012 年度)
これら分譲リソースを滞りなく研究者に提供するこ
リーダー(1 情報解析ツールの開発、整備):
とと、そのための品質の維持および新たな解析技術
(独)農業生物資源研究所 に対応したリソースの普及と研究支援についても行
農業生物先端ゲノム研究センター
う。
ゲノムインフォマティクスユニット
Ⅴ 研究方法
ユニット長
イネ科穀類等に普遍的に使える自動アノテーショ
伊藤 剛(2008 ~ 2010 年度)
イネゲノム育種研究ユニット
ンシステムを開発するため、イネゲノム配列など
主任研究員
を中心に用いて遺伝子予測プログラムの構築、お
よびマッピングシステムのパラメータ最適化を行
米丸 淳一(2011 ~ 2012 年度)
い、パイプラインに組み込んで精度評価を行う。最
Ⅲ 研究担当機関 終的には主要穀類などに広く使えるようにし、アノ
独立行政法人農業生物資源研究所 テーション結果を可視化するウェブサービスを外
部に公開する。また、専門性の高いアノテーショ
Ⅳ 研究目的 ン情報を提供する。効率的なモチーフ抽出に向け
近年、超高速な塩基配列決定技術が次々と実用化
て、SALAD database に採用されている保存モチー
されたことから、これらに即応した情報解析の基盤
フに対して統一的な ID を割り振り PSSM 化するた
拡充を直ちに開始する必要がある。そこで、主要な
め、まず類似配列抽出ソフトである MEME 等で抽
イネ科植物の配列解析情報を用いて、アノテーショ
出されたモチーフを網羅的に比較し、分類する新規
ンのような基盤情報解析から応用比較解析までをこ
なアルゴリズムを開発する。ID を振ったモチーフ
なすための情報ツール、特に一般ユーザーにとって
情報と公開アノテーションへのモチーフ割り振り情
利用の容易なツールを開発する。また、モチーフ構
報をデータベース上に保存し、インターネットを介
造によるタンパク質の機能分類にもとづいて構築さ
した依頼に対して、インタラクティブに解析結果を
れた比較ゲノムデータベース SALAD database に
返すようなウェブ上のツールの作成・公開を行う。
ついて、進化上保存されたモチーフに対して種を超
QTL・遺伝子に関して、公開されている最新情報
えて共通の ID を振り、植物分子生物学者や育種に
および現在まで公開された多数の国内外の文献に記
かかわる研究者が必要とするアミノ酸配列に基づい
載されている情報を、育種目標に添った表現型ごと
た統計処理等が簡単に行えるようにする。さらに、
に分類・整理し、総合的な QTL・遺伝子リレーショ
─ 73 ─
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ナルデータベースを構築する。また、SNP マーカー
し、研究活性化に重要な情報を公開する。また、日
などの情報を加えてゲノム上に可視化する。リソー
本晴×カサラス等の戻し交雑自殖系統群、染色体断
スの維持・管理・提供に関して、これまでに作出し
片部分置換系統群、半数体倍加系統群なども合わせ
たイネ内在性レトロトランスポゾン Tos17 を用い
た過去及び新規の分譲リソースについての最新情報
た日本晴挿入変異体約 5 万系統(ミュータントパネ
を提供するため、配布管理および突然変異系統の在
ル)種子の保管および管理を行う。収集した変異体
庫管理システムを構築・運営する。リソースの追加、
の表現型情報、及びイネゲノム上の Tos17 挿入部
配布方法の変更等状況の変化に対応して随時システ
位情報等をミュータントパネルデータベースに整理
ムの追加改良を行う。
研究計画表(研究室別年次計画)
研究課題
研究年度
08
09
10
11
担当研究機関・研究室
12
機関
研究室
1 情報解析ツールの開発、整備
(1) 超高速配列決定時代に対応した情
農業生物資源研究 ゲノムインフォマ
報リソース開発
所
ティクスユニット
(2) 比較ゲノム解析による遺伝子機能マ
イニングツールの開発と整備
農業生物資源研究
所
植物生産生理機
能研究ユニット
(3) 表現型データベース・育種支援ツール
の整備
農業生物資源研究
所
イネゲノム育種
研究ユニット
(4) 研究活性化のための分譲リソースの
維持・管理・提供及び研究支援
農業生物資源研究
所
ゲノムリソー
スユニット
注)文中の図、表、写真に付した番号は、課題番号とその中の一連番号を組合せて表示してある。
(例:1-(1)の課題の 1 番目の図の場合は、図 11-1 と表示)
Ⅵ 研究結果 らに、マイクロアレイデータと SALAD database
イネ科植物における高精度ゲノムアノテーション
を組み合わせた新しい Viewer である”SALAD on
システムの構築と活用を行うと同時に、イネアノ
ARRAYs”の機能拡張とマイクロアレイデータの
テーションデータベース RAP-DB を継続的に改良
追加を行った。13 種のゲノム情報からの予想プロ
した。そこでは、アノテーション画面の改良に加え、
テオーム配列から、進化上で保存されたモチーフ
代謝情報やマーカー情報等を拡充し、遺伝子ファミ
を網羅的に抽出し、これらの保存モチーフに ID を
リー、遺伝子系統樹情報などを参照できる。イネゲ
付与し、そのモチーフを利用できるゲノムブラウ
ノム配列については日米共同で再構築作業を行い、
ザを作成した。冗長性が低く信頼性が高い情報の
高速シーケンサーのデータを用いて非常に微細な差
みを抽出した代表的な QTL 情報および機能遺伝
を見る品種間比較などに利用可能な超高精度版と
子情報におけるデータベースを構築し、Q-TARO
新規アノテーションを実行し、RAP-DB より公開
(QTL Annotation Rice Online)および OGRO(The
した。2008 年に公開した独自アルゴリズムを使っ
Overview of functionally characterized Genes in
た比較ゲノム解析用の SALAD database について
Rice Online database)の web 公開を行った。分譲
は、現在も利用者数は増加傾向にあり、5 年間で内
リソースについては、本研究期間中に完全長 cDNA
包するゲノム情報を 2 種から 10 種に拡大した。さ
ク ロ ー ン 14,445 ク ロ ー ン、Tos17 挿 入 変 異 系 統
─ 74 ─
515ブック 1.indb
74
2014/02/04
14:50:15
11,803 系統、遺伝解析材料 181 セットの配布を行っ
Cho, S. H. Bhoo, U. Sonnewald, T. R. Hahn(2008).
た。分譲リソースの情報発信および維持管理を行う
Loss of cytosolic fructose-1,6-bisphosphatase
システムの構築を行った。DNA の常温保存技術に
limits photosynthetic sucrose synthesis and
ついても検討を進めた。
causes severe growth retardations in rice(Oryza
sativa).Plant Cell Environ. 31(12): 1851-1863.
Ⅶ 今後の課題 4)H. Chen, P. P. Samadder, Y. Tanaka, T.
開発したデータ解析システム、ブラウザ、それ
Ohira, H. Okuizumi, N. Yamaoka, A. Miyao, H.
らを含むデータベース提供サービスについては今
Hirochika, T. Ohira, S. Tsuchimoto, H. Ohtsubo,
後、幅広い利用者に利用してもらうための活動、例
M. Nishiguchi (2008). OsRecQ1, a QDE-3
えば講習会等の機会を捉えて積極的にアピールする
homologue in rice, is required for RNA silencing
必要がある。また、増大続ける塩基配列情報などの
induced by particle bombardment for inverted
大規模情報を効率よく処理し表示する研究開発を引
repeat DNA, but not for double-stranded RNA.
き続き行っていく必要性がある。SALAD database
Plant J. 56(2): 274-286.
においては、ゲノム情報が増えた場合、トレーニン
5)S. Meier, C. Gehring, C.R. MacPherson, M.
グをするだけで、PSSM の更新を行い、モチーフを
Kaur, M. Maqungo, S. Reuben, S. Muyanga, M.-
抽出できなかった配列のみを新規のモチーフ抽出
D. Shih, F.-J. Wei, S. Wanchana, R. Mauleon,
に用いるアルゴリズムの開発を進める必要がある。
A. Radovanovic, R. Bruskiewich, T. Tanaka,
QTL や機能遺伝子の情報収集と整理は、情報を収
B. Mohanty, T. Itoh, R. Wing, T. Gojobori, T.
集し整理する仕組みを作成していくと同時に、表現
Sasaki, S. Swarup, Y. Hsing, V.B. Bajic(2008)
型および機能遺伝子情報を育種に効率的に活用する
The promoter signatures in rice LEA genes
仕組みについて考える必要がある。作製から時間が
can be used to build a co-expressing LEA gene
経過したミュータントパネル系統の保持・増殖につ
network. Rice. 1(2): 177-187.
いて検討する必要がある。
6)M. Mihara, T. Itoh, T. Izawa(2008). In silico
identification of short nucleotide sequences
Ⅷ 研究発表 associated with gene expression of pollen
原著論文
development in rice. Plant Cell Physiol. 49(10)
:
1)C. Gutjahr, M. Banba, V. Croset, K. An, A.
1451-1464.
Miyao, G. An, H. Hirochika, H. Imaizumi-Anraku,
7)Y. Kawahara, R. Sakate, A. Matsuya, K.
U. Paszkowski(2008). Arbuscular mycorrhiza-
Murakami, Y. Sato, H. Zhang, T. Gojobori, T. Itoh,
specific signaling in rice transcends the common
T. Imanishi(2009). G-compass: A web-based
symbiosis signaling pathway. Plant Cell. 20(11)
:
comparative genome browser between human
2989-3005.
and other vertebrate genomes. Bioinformatics.
2)M. Banba, C. Gutjahr, A. Miyao, H. Hirochika,
25(24): 3321-3322.
U. Paszkowski, H. Kouchi, H. Imaizumi-Anraku
8)S. Ohmori, M. Kimizu, M. Sugita, A. Miyao,
(2008). Divergence of evolutionary ways among
H. Hirochika, E. Uchida, Y. Nagato, H. Yoshida
common sym genes: CASTOR and CCaMK
(2009).MOSAIC FLORAL ORGANS1, an AGL6-
show functional conservation between two
Like MADS Box Gene, Regulates Floral Organ
symbiosis systems and constitute the root of a
Identity and Meristem Fate in Rice. Plant Cel.l
common signaling pathway. Plant Cell Physiol.
21(10): 3008-3025.
49(11): 1659-1671.
9)N. Fujita, Y. Toyosawa, Y. Utsumi, T. Higuchi,
3)S. K. Lee, J. S. Jeon, F. Bornke, L. Voll, J. I.
I. Hanashiro, A. Ikegami, S. Akuzawa, M.
Cho, C. H. Goh, S. W. Jeong, Y. I. Park, S. J. Kim,
Yoshida, A. Mori, K. Inomata, R. Itoh, A. Miyao,
S. B. Choi, A. Miyao, H. Hirochika, G. An, M. H.
H. Hirochika, H. Satoh, Y. Nakamura(2009).
─ 75 ─
515ブック 1.indb
75
2014/02/04
14:50:15
Characterization of pullulanase(PUL)-deficient
genome-wide discovery of single-nucleotide
mutants of rice (Oryza sativa L.) and the
polymorphisms. BMC Genomics. 11: 267.
function of PUL on starch biosynthesis in the
18)H. Sakai, T. Itoh(2010). Massive gene losses
developing rice endosperm. J. Exp. Bot. 60(3):
in Asian cultivated rice unveiled by comparative
1009-1023.
genome analysis. BMC Genomics. 11: 121.
10)H. Numa, M. Nishimura, T. Tanaka, H.
19)M. Mihara, T. Itoh, T. Izawa(2010). SALAD
Kanamori, C. C. Yang, T. Matsumoto, Y.
database: a motif-based database of protein
Nagamura, T. Itoh (2009). Genome-wide
annotations for plant comparative genomics.
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Nucleic Acids Res. 38(Database issue):D835-
based on transcription evidence. FEBS Lett. 583
842.
(4): 797-800.
20)H . M i z u n o , T . T a n a k a , H . S a k a i , H .
11)T. Tanaka, K. O. Koyanagi, T. Itoh(2009).
Kawahigashi, T. Itoh, S. Kikuchi, T. Matsumoto
Highly diversified molecular evolution of
(2010).Characterization of 2159 Unmapped Full-
downstream transcription start sites in rice and
length cDNA Sequences of Oryza sativa L. ssp.
Arabidopsis. Plant Physiol. 149(3): 1316-1324.
japonica 'Nipponbare'. Plant Mol. Biol. Rep. 28
(2)
:
12)M. Yoshii, T. Shimizu, M. Yamazaki, T.
357-362.
Higashi, A. Miyao, H. Hirochika, T. Omura
21)J. Yonemaru, T. Yamamoto, S. Fukuoka, Y.
(2009). Disruption of a novel gene for a NAC-
Uga, K. Hori, M. Yano(2010). Q-TARO: QTL
domain protein in rice confers resistance to Rice
Annotation Rice Online Database. Rice 3(2-3):
dwarf virus. Plant J. 57(4): 615-625.
194-203.
13)K. Tsuda, Y. Ito, S. Yamaki, A. Miyao, H.
22)K. Ebana, J. Yonemaru, S. Fukuoka, H. Iwata,
Hirochika,N. Kurata (2009). Isolation and
H. Kanamori, N. Namiki, H. Nagasaki, M. Yano
mapping of three rice mutants that showed
(2010). Genetic structure revealed by a whole-
ectopic expression of KNOX genes in leaves.
genome single-nucleotide polymorphism survey
Plant Sci. 177(2): 131-135.
of diverse accessions of cultivated Asian rice
14)A. Takahashi, N. Hayashi, A. Miyao, H.
(Oryza sativa L.).Breed. Sci. 60(4): 390-397.
Hirochika(2010). Unique features of the rice
23)H . N a g a s a k i , K . E b a n a , T . S h i b a y a , J .
blast resistance Pish locus revealed by large
Yonemaru, M. Yano (2010)
. Core single-
scale retrotransposon-tagging. BMC Plant Biol.
nucleotide polymorphisms—a tool for genetic
10: 175.
analysis of the Japanese rice population. Breed.
15)N. Amano, T. Tanaka, H. Numa, H. Sakai, T.
Sci. 60(5): 648-655.
Itoh.(2010)
. Efficient plant gene identification
24)H. Matsui, A. Miyao, A. Takahashi, H.
based on interspecies mapping of full-length
Hirochika(2010). Pdk1 kinase regulates basal
cDNAs. DNA Res 17(5).271-279.
disease resistance through the OsOxi1-OsPti1a
16)T. Hirose, Z. Zhang, A. Miyao, H. Hirochika,
phosphorylation cascade in rice. Plant Cell
R. Ohsugi, T. Terao(2010). Disruption of a
Physiol. 51(12): 2082-2091.
gene for rice sucrose transporter, OsSUT1,
25)K. Kobayashi, M. Maekawa, A. Miyao, H.
impairs pollen function but pollen maturation is
Hirochika, J. Kyozuka (2010). PANICLE
unaffected. J. Exp. Bot. 61(13):3639-3646.
PHYTOMER2 (PAP2), encoding a
17)T. Yamamoto, H. Nagasaki, J. Yonemaru, K.
SEPALLATA subfamily MADS-box protein,
Ebana, M. Nakajima, T. Shibaya, M. Yano(2010).
positively controls spikelet meristem identity in
Fine definition of the pedigree haplotypes
rice. Plant Cell Physiol. 51(1): 47-57.
of closely related rice cultivars by means of
26)M. Kishi-Kaboshi, K. Okada, L. Kurimoto,
─ 76 ─
515ブック 1.indb
76
2014/02/04
14:50:15
S. Murakami, T. Umezawa, N. Shibuya, H.
and maintains meristematic activity under stress
Yamane, A. Miyao, H. Takatsuji, A. Takahashi,
conditions in rice. Nat. Commun. 2: 278.
H. Hirochika (2010). A rice fungal MAMP-
33)K. F. Mayer, M. Martis, P. E. Hedley, H.
responsive MAPK cascade regulates metabolic
Simkova, H. Liu, J. A. Morris, B. Steuernagel,
flow to antimicrobial metabolite synthesis. Plant
S. Taudien, S. Roessner, H. Gundlach, M.
J. 63(4): 599-612.
Kubalakova, P. Suchankova, F. Murat, M. Felder,
27)M. Yoshii, M. Yamazaki, R. Rakwal, M. Kishi-
T. Nussbaumer, A. Graner, J. Salse, T. Endo, H.
Kaboshi, A. Miyao, H. Hirochika(2010). The
Sakai, T. Tanaka, T. Itoh, K. Sato, M. Platzer, T.
NAC transcription factor RIM1 of rice is a new
Matsumoto, U. Scholz, J. Dolezel, R. Waugh, N.
regulator of jasmonate signaling. Plant J. 61(5)
:
Stein(2011). Unlocking the barley genome by
804-815.
chromosomal and comparative genomics. Plant
28)K. Asano, A. Miyao, H. Hirochika, H. Kitano,
Cell. 23(4): 1249-1263.
M. Matsuoka, M. Ashikari(2010). SSD1, which
34)T. Matsumoto, T. Tanaka, H. Sakai, N. Amano,
encodes a plant-specific novel protein, controls
H. Kanamori, K. Kurita, A. Kikuta, K. Kamiya, M.
plant elongation by regulating cell division in
Yamamoto, H. Ikawa, N. Fujii, K. Hori, T. Itoh, K.
rice. Proc. Jpn. Acad. Ser. B Phys. Biol. Sci. 86
(3)
:
Sato(2011). Comprehensive sequence analysis
265-273.
of 24,783 barley full-length cDNAs derived from
29)K. Sugimoto, Y. Takeuchi, K. Ebana, A.
Miyao, H. Hirochika, N. Hara, K. Ishiyama, M.
12 clone libraries. Plant Physiol. 156(1): 20-28.
35)H. Sakai, H. Ikawa, T. Tanaka, H. Numa, H.
Kobayashi, Y. Ban, T. Hattori, M. Yano(2010).
Minami, M. Fujisawa, M. Shibata, K. Kurita, A.
Molecular cloning of Sdr4, a regulator involved
Kikuta, M. Hamada, H. Kanamori, N. Namiki, J.
in seed dormancy and domestication of rice.
Wu, T. Itoh, T. Matsumoto, T. Sasaki(2011).
Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 107(13): 5792-
Distinct evolutionary patterns of Oryza
5797.
glaberrima deciphered by genome sequencing
30)T. Asano, N. Hayashi, M. Kobayashi, N. Aoki,
and comparative analysis. Plant J. 66(5): 796-
A. Miyao, I. Mitsuhara, H. Ichikawa, S. Komatsu,
H. Hirochika, S. Kikuchi, R. Ohsugi(2011). A
805.
36)C. C. Yang, H. Sakai, H. Numa, T. Itoh(2011).
rice calcium-dependent protein kinase OsCPK12
Gene tree discordance of wild and cultivated
oppositely modulates salt-stress tolerance and
Asian rice deciphered by genome-wide sequence
blast disease resistance. Plant J. 69(1): 26-36.
comparison. Gene. 477(1-2): 53-60.
31)G. Chen, T. Komatsuda, J. F. Ma, C. Nawrath,
37)K. Nonomura, M. Eiguchi, M. Nakano, K.
M. Pourkheirandish, A. Tagiri, Y. G. Hu, M.
Takashima, N. Komeda, S. Fukuchi, S. Miyazaki,
Sameri, X. Li, X. Zhao, Y. Liu, C. Li, X. Ma, A.
A. Miyao, H. Hirochika, N. Kurata(2011). A
Wang, S. Nair, N. Wang, A. Miyao, S. Sakuma,
novel RNA-recognition-motif protein is required
N. Yamaji, X. Zheng, E. Nevo(2011). An ATP-
for premeiotic G1/S-phase transition in rice
binding cassette subfamily G full transporter is
(Oryza sativa L.).PLoS Genet. 7(1): e1001265.
essential for the retention of leaf water in both
38)Y. Nagamura, B. A. Antonio, Y. Sato, A.
wild barley and rice. Proc. Natl. Acad. Sci. USA.
Miyao, N. Namiki, J. Yonemaru, H. Minami, K.
108(30): 12354-12359.
Kamatsuki, K. Shimura, Y. Shimizu, H. Hirochika
32)D. Ogawa, K. Abe, A. Miyao, M. Kojima, H.
(2011). Rice TOGO Browser: A platform to
Sakakibara, M. Mizutani, H. Morita, Y. Toda,
retrieve integrated information on rice functional
T. Hobo, Y. Sato, T. Hattori, H. Hirochika, S.
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:
Takeda(2011). RSS1 regulates the cell cycle
230-237.
─ 77 ─
515ブック 1.indb
77
2014/02/04
14:50:15
39)R. Babu, C. J. Jiang, X. Xu, K. R. Kottapalli, H.
(2012). Genome-Wide Haplotype Changes
Takatsuji, A. Miyao, H. Hirochika, S. Kawasaki
Produced by Artificial Selection during Modern
(2011). Isolation, fine mapping and expression
Rice Breeding in Japan. PLoS One. 7(3):
profiling of a lesion mimic genotype, spl(NF40508)that confers blast resistance in rice. Theor.
e32982.
46)C. C. Yang, Y. Kawahara, H. Mizuno, J. Wu,
Appl. Genet. 122(4): 831-854.
T. Matsumoto, T. Itoh (2012). Independent
40)T. Kurusu, H. Hamada, Y. Sugiyama, T.
domestication of Asian rice followed by gene
Yagala, Y. Kadota, T. Furuichi, T. Hayashi, K.
flow from japonica to indica. Mol. Biol. Evol. 29
Umemura, S. Komatsu, A. Miyao, H. Hirochika, K.
(5): 1471-1479.
Kuchitsu(2011). Negative feedback regulation
47)H. Hamada, T. Kurusu, E. Okuma, H. Nokajima,
of microbe-associated molecular pattern-
M. Kiyoduka, T. Koyano, Y. Sugiyama, K.
induced cytosolic Ca(2+)transients by protein
Okada, J. Koga, H. Saji, A. Miyao, H. Hirochika,
phosphorylation. J. Plant. Res. 124(3): 415-424.
H. Yamane, Y. Murata, K. Kuchitsu (2012).
41)P. Leroy, N. Guilhot, H. Sakai, A. Bernard,
Regulation of a proteinaceous elicitor-induced
F. Choulet, S. Theil, S. Reboux, N. Amano, T.
Ca2+ influx and production of phytoalexins by a
Flutre, C. Pelegrin, H. Ohyanagi, M. Seidel, F.
putative voltage-gated cation channel, OsTPC1,
Giacomoni, M. Reichstadt, M. Alaux, E. Gicquello,
in cultured rice cells. J. Biol. Chem. 287(13):
F. Legeai, L. Cerutti, H. Numa, T. Tanaka, K.
9931-9939.
Mayer, T. Itoh, H. Quesneville, C. Feuillet(2012).
48)A. Miyao, M. Nakagome, T. Ohnuma, H.
TriAnnot: a versatile and high performance
Yamagata, H. Kanamori, Y. Katayose, A.
pipeline for the automated annotation of plant
Takahashi, T. Matsumoto, H. Hirochika(2012).
genomes. Front. Plant Sci. 3: 5.
Molecular spectrum of somaclonal variation in
42)E. Yamamoto, J. Yonemaru, T. Yamamoto,
regenerated rice revealed by whole-genome
M. Yano(2012). Rice OGRO: The Overview of
sequencing. Plant Cell Physiol. 53(1).256-264.
functionally characterized Genes in Rice online
49)Y. Kawahara, M. de la Bastide, J. Hamilton,
database Rice. 5: 26.
H. Kanamori, W. McCombie, S. Ouyang, D.
43)S. Y. Yang, M. Gronlund, I. Jakobsen, M.
Schwartz, T. Tanaka, J. Wu, S. Zhou, K. Childs,
S. Grotemeyer, D. Rentsch, A. Miyao, H.
R. Davidson, H. Lin, L. Quesada-Ocampo, B.
Hirochika, C. S. Kumar, V. Sundaresan, N.
Vaillancourt, H. Sakai, S. Lee, J. Kim, H. Numa,
Salamin, S. Catausan, N. Mattes, S. Heuer, U.
T. Itoh, C. Buell, and T. Matsumoto (2013).
Paszkowski.(2012). Nonredundant Regulation
Improvement of the Oryza sativa Nipponbare
of Rice Arbuscular Mycorrhizal Symbiosis
reference genome using next generation
by Two Members of the PHOSPHATE
sequence and optical map data. Rice. 6: 4.
TRANSPORTER1 Gene Family. Plant Cell. 24
50)H. Sakai, S.S. Lee, T. Tanaka, H. Numa, J.
(10): 4236-4251.
Kim, Y. Kawahara, H. Wakimoto, C.-c. Yang,
44)F. Hirose, N. Inagaki, A. Hanada, S. Yamaguchi,
M. Iwamoto, T. Abe, Y. Yamada, A. Muto, H.
Y. Kamiya, A. Miyao, H. Hirochika, M. Takano
Inokuchi, T. Ikemura, T. Matsumoto, T. Sasaki,
( 2 0 1 2 ). C r y p t o c h r o m e a n d p h y t o c h r o m e
and T. Itoh(2013). Rice Annotation Project
cooperatively but independently reduce active
Database (RAP-DB): An Integrative and
gibberellin content in rice seedlings under light
Interactive Database for Rice Genomics. Plant
irradiation. Plant Cell Physiol. 53(9)
: 1570-1582.
Cell Physiol. 54: e6.
45)J. Yonemaru, T. Yamamoto, K. Ebana, E.
総説・その他出版物
Yamamoto, H. Nagasaki, T. Shibaya, M. Yano
1)H. Sakai, T. Itoh, T. Gojobori(2008).Processed
─ 78 ─
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14:50:15
pseudogenes and their functional resurrection in
ⅩⅠ 取りまとめ責任者あとがき
the human and mouse genomes. In: eLS. John
本課題の期間中に、次世代シーケンサーやアレイ
Wiley & Sons Ltd, Chichester. http://www.els.
技術を用いた塩基配列および高速遺伝子型解析が加
net[doi: 10.1002/9780470015902.a0021000]
速度的に普及したことは特記すべき事項であり、そ
2)T. Yamamoto, J. Yonemaru, M. Yano(2009).
れらの技術を用いた研究もしくはそれらの解析デー
Towards the understanding of complex traits in
タが、本課題内の多くの実行課題で時機を合わせて
rice: substantially or superficially? DNA Res. 16
活用されたことは本プロジェクトが成功した要因の
(3):141-154.
一つと言えるだろう。一方、今後も多数の配列およ
3)山本敏央・矢野昌裕(2010). コシヒカリゲノム
び二次データが産出され続けることから、それらを
の解読とその育種的利用.テクノイノベーション.
効率的に利活用する仕組みを構築し続けることが重
20(2): 13-19.
要である。なお、多量に産出される配列データに比
4)清水巧・吉井基泰・大村敏博・宮尾安藝雄・廣
べて、表現型データを取得するための形質調査は従
近洋彦(2010.)ウイルス感染に必要なイネ遺伝子
来の計量・観察から大きく変化しておらず、今後は
とその破壊によるイネ萎縮病抵抗性の付与.植物
それらの効率的な取得に関する新規手法の開発が望
防疫.64(1):12-15.
まれる。また、研究リソースについては、解析集団
の作出のみならず、それらの配布・維持管理システ
Ⅸ 特許取得・申請 ムの利便性を向上させることで、表現型調査の効率
1)「遺伝子クラスタリング装置、遺伝子クラス
化に少なからず寄与すると考えられることから、今
タ リ ン グ 方 法 お よ び プ ロ グ ラ ム 」( 特 願 2007-
後も継続して行う必要がある。また、得られた表現
60745)
型情報を整理し提供する仕組みも重要なテーマであ
井澤毅、藤宮仁
2)「植物変異体、植物変異体の製造方法、及び可
溶糖の蓄積方法」(特願 2011-070763)
る。情報解析ツールの開発、整備のような研究基盤
米 倉
の構築に関するプロジェクトは、一見すると農業現
円佳、青木直、大杉立、岡村昌樹、廣瀬竜郎、大
場などの応用場面からすればもっとも遠いところに
音徳、宮尾安藝雄
あるように見えるが、家にたとえればこの部分はま
3)「遺伝子クラスタリング装置およびプログラム」
さに“基盤”であって“縁の下の力持ち”として家
(特願 2008-252353)三原基広、井澤毅
を支える役目にある。今後も種々の基礎・応用研究
を支え続けるための基盤研究が継続して進められて
Ⅹ 研究担当者
いくことを期待したい。
独立行政法人 農業生物資源研究所
*
*
(推進リーダー:米丸 淳一、伊藤 剛)
*
伊藤 剛 、井澤 毅 、米丸 淳一 、
山本 敏央、宮尾 安藝雄*
(*執筆者)
─ 79 ─
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第 3 編 情報解析ツールの開発、整備
1 超高速配列決定時代に対応した情報リソース
な穀類ゲノム配列を 24 時間以内に 1 Mbp 程度処理
開発(GIR1001)
可能なゲノムアノテーションシステムの開発を目指
ア 研究目的
す。自動学習システムについては既存の ab inito 予
近年、超高速な塩基配列決定技術が次々と実用化
測プログラム GeneZilla とパラメータ最適化ツール
され、例えば一度に 400 億もの塩基を比較的安価に
GRAPE を基本に構築した。タンパク質配列マッピ
解読することが可能になった。実際、イネでもこ
ングに関しては Spaln 等の有用性を UniProt のタン
のような高速シーケンサーを用いて既に多数の種・
パク質配列とイネ及びコムギゲノム配列で検証し
1
品種で配列決定が進んでいる(Huang ら )。また、
た。異種の cDNA 配列は、BLAST と est2genome
ムギ類のゲノムはイネよりはるかに大きく(オオム
を用いてゲノム・BAC 配列に自動マッピングし、
ギはイネの 12 倍、コムギは 40 倍)農業上重要であ
遺伝子構造を予測するシステムを開発した。種々の
りながらゲノム研究が難しかったが、全ゲノムも解
解析プログラムが出力する結果を基に最も確からし
読され始め、実際に国際コムギゲノム解析コンソー
い遺伝子構造を予測する部分は米メリーランド大学
シアムで高速シーケンサーを用いた BAC 配列の解
で開発されたプログラム JIGSAW を基本に構築す
2
読が進められている(Feuillet ら )。今後は、多
る。システムのインタフェースと制御部分に関して
様な作物でも大きなゲノム配列コンティグや大量
は、開発効率とメンテナンス性を考慮して汎用ウェ
cDNA からの配列情報が更に産出されるはずであ
ブアプリケーションフレームワークである Catalyst
る。我々は、急速に進展する本分野において世界の
を用いて構築する。外部の研究者がこのパイプラ
先端から取り残されることがないよう、高速配列決
インを簡単な操作で利用できるようにキューイン
定時代に即応した情報解析の基盤拡充を直ちに開始
グシステム、ユーザー認証機能、結果を表示する
する必要がある。このため、主要なイネ科植物(特
ゲノムブラウザを備えたウェブアプリケーション
にイネやムギ類)を中心に配列解析し、アノテーショ
を Apache、MySQL、Perl を用いて実現する。本
ンのような基盤情報解析から応用比較解析までをこ
システムをできるだけ簡便に利用できるようインタ
なすための情報ツール、特に一般ユーザーにとって
フェースは極力簡単にし、結果の表示についても現
利用の容易なツールを開発する。
在様々なゲノム関連ウェブサイトで使われている汎
本計画では、イネアノテーションにおける我々の
技術開発を生かしてイネ向けのプログラムの自動化
用ゲノムブラウザである GBrowse を基本に構築す
る。
イネゲノム整備
(イ)
と汎用化を行い、システムの骨格を完成させる。さ
らに、イネやイネ科作物で実際のデータ作成に適用
これまでにイネ(日本晴品種)のゲノム配列は、
して解析を実行し、ウェブを介してデータ作成を行
日本を中心とする IRGSP としてのアセンブリと、
うシステムの作成を行う。また、文献などに基づく
米国 MSU によるアセンブリが独立に公開されてお
遺伝子機能情報の精査や、高速シーケンサーのデー
り、少なからぬ混乱があるため、統一を望む声が利
タを用いた超高精度版ゲノム作成等を行う。さらに、
用者から強い。このため、米国 MSU と協議の上、
多数のゲノム配列を効率よく閲覧できるシステムを
単一のゲノムアセンブリーを構築して公表する。こ
構築する。
の際、現行配列では誤りが多く SNP 同定の障害に
なっているので、次世代シーケンサーのデータを用
イ 研究方法
いて修正する。まず、整列クローン地図(minimum
遺伝子予測および異種間配列マッピングシ
(ア)
ステム開発
tiling path)を見直し、Syngenta 社のクローン及び
光学マッピングの情報も加えた上で再度ゲノムを構
イネ、オオムギ、コムギ、トウモロコシ等の主要
築する。この配列に対して更に Illumina(合計 60
─ 80 ─
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倍量程度を日米で決定)及び 454(2 倍量程度を日
を間接的に行った。また、BAC 端配列のマップ率や、
本で決定)の配列をマッピングし、配列修正を行う。
nr データベースにヒットする BAC 端配列の割合な
(ウ) イネアノテーションデータベース
どから、近縁種に特異的な遺伝子の数を推定した。
上記の新規イネゲノム配列に対し遺伝子構造予測
更に、アフリカ栽培イネ(グラベリマ)で新規解
や機能予測等のアノテーションを実行する。それに
読されたゲノム配列の解析を行った。アミノ酸置換
加え、これまで公開していた旧ゲノム上の遺伝子
の解析は、グラベリマのゲノム配列の重複度に大き
データを新規ゲノムに移行し、新規ゲノム配列と共
く依存する。そこで、信頼性の高い領域のみに絞っ
にイネのアノテーションデータベース(RAP-DB)
て解析を行うために、日本晴ゲノムにマッピングし
3
より公開する(Tanaka ら )。また、アノテーショ
て得られたグラベリマのゲノム配列のうち、同一の
ンデータの充実を図るため、文献精査による遺伝
塩基を持つショットガン配列が二本以上存在する座
子情報の収集、収集した遺伝子情報と RAP-DB よ
位のみを使用して解析を行う。ソルガムを外群に置
り公開しているアノテーションデータとの結び付
いて日本晴、グラベリマ各系統に特異的に起きた
け、国際イネ遺伝子命名法(CGSNL)に準拠した
アミノ酸置換の数を計算し、Tajima's relative rate
4
遺伝子情報の記載(McCouch ら )、及び代謝経路
test によって検定を行う。また、SSR マーカーデー
と遺伝子機能情報との結び付けを実行する。さらに、
タについては、日本晴ゲノムの SSR のみならず、
RAP-DB と関連データベースとの連携や、次世代
インディカやグラベリマに特異的な SSR も解析す
シークエンサーにより大量決定されているイネゲノ
るために、ゲノムアラインメントからインディカ、
ム配列との対応付けを行う。遺伝子アノテーション
グラベリマの仮想的なゲノム配列を作成し、SSRIT
の詳細を表示するために従来、GBrowse の機能を
を使って SSR の同定を行う。本解析を通じて得ら
利用していたが、必ずしもユーザーに見やすい形で
れた各種ゲノム情報や解析データを公開するため
は表示されないため、独自にビューアを開発する。
に、SSR マーカー、日本晴との間の一塩基置換や
Oryzabase から提供されている遺伝子名や遺伝子シ
挿入、欠失情報を GFF ファイルにし、GBrowse シ
5
ンボルのデータを取得し(Kurata and Yamazaki )、
ステムを利用して閲覧できるデータベースの開発を
イネアノテーション DB(RAP-DB)の遺伝子との
行う。
オオムギ完全長 cDNA データ解析
(オ)
対応付けを行う。またこれとは別に、専門のキュレー
ターによる文献情報の精査を行い、遺伝子機能情報、
新規に生産されたオオムギ完全長(FL)cDNA を
転写配列やタンパク質配列のアクセッション番号、
用いて、ゲノム配列の明らかになった穀類 4 品種間
遺伝子名、遺伝子シンボルの情報を整理し、RAP-
で種間比較解析を実行する。得られた結果からオオ
DB に取り込む。
ムギ遺伝子の機能推定を行うと共に、オオムギ特
イネ近縁種比較解析
(エ)
異的遺伝子の探索を実行する。まず、24,783 本のオ
野生イネが持つ遺伝子資源の概要を明らかにする
オムギ FLcDNA 配列と既存の FLcDNA を比較し、
ために、アメリカの OMAP によって決定された三
冗長性のない代表 FLcDNA 配列セットを作成する。
種の近縁種、野生イネ(ルフィポゴン、ニヴァラ)
公的データバンクやタンパク質データベースを利用
とアフリカ栽培イネ(グラベリマ)、の BAC 端配
し ORF を予測した後、機能ドメイン探索を実行し
列をアジア栽培イネゲノムにマッピングした(Wing
遺伝子機能予測を行う。イネ(IRGSP 7)・トウモ
ら 6)。今年度は特に、ジャポニカの日本晴に加えて、
・ソルガム(Paterson ら 9)
・
ロコシ(Schnable ら 8)
インディカの 93-11 でのデータ作成を中心に行っ
ブラキポディウム(IBI 10)ゲノム配列及びアノテー
た。BAC 端配列から近縁種の遺伝子機能を推定す
ションデータを取得し、相同性検索を実行して種間
ることは難しいため、マッピングされた BAC 端配
で保存された遺伝子もしくはオオムギに特異的に存
列とされなかった BAC 端配列のセットをそれぞ
在する遺伝子を明らかにする。
(カ) 大量ゲノム表示ブラウザ開発
れ nr データベースに対して BLASTX 検索にかけ、
トップヒットした nr 遺伝子を InterProScan にかけ
レファレンスゲノムの塩基配列、近縁種の NGS
てドメイン検索し、Gene Ontology による機能分類
リードをマッピングして SNP 情報化した VCF ファ
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イル、リードの厚みを基礎データとし、これを効率
り当てることができるコンピュータがハイスペック
よく閲覧するシステムを開発する。多様な環境での
ではなく、かつ台数が少ない場合であっても動作で
ストレスの無い動作を実現するため、HTML5 での
きるようにした。イネゲノム配列を用いて実行テス
開発を行う。
トを行ったところ、利用できる計算ノード 4 台だけ
であっても(1 ノード当たり 2 CPU、4 GB RAM)、
ウ 研究結果
1 Mbp の配列を約 5 時間で処理することが可能で
遺伝子予測および異種間配列マッピングシ
(ア)
ステム開発
あった。アノテーションの精度に関しては、EST
アセンブリを加えて公開版と同様の構成で遺伝子予
異種間で cDNA とゲノムを比較して遺伝子座を
測精度を評価したところ、イネ、シロイヌナズナと
発見するため、DDBJ より 78,078 本の mRNA を取
も高い予測精度を示した(表 31-1)。インタフェー
得し我々の自動マッピングシステムにより、18,723
スについては図 31-1 に示すように利用者はゲノム
遺伝子座を決めた。イネ FLcDNA が存在する既知
配列を入力して、生物種を選択するだけでアノテー
の遺伝子座と対応付くのは 66% であり、本解析で
ションを実行できるようにしたので非常に簡単に利
6,271 遺伝子座(34%)の遺伝子構造が新たに同定
用可能である。アノテーション結果についても簡便
された。また、前者に関して、本解析で得られた結
に確認できるよう Excel フォーマットで提供すると
果と自動遺伝子予測プログラムの結果を既知の遺
共に、ゲノムブラウザ上で視覚的に閲覧できるよう
伝子構造と比較し精度を調べたところ、本解析の
にした。
イネゲノム整備
(イ)
CDS 予測精度が最も高かった。このことから、本
システムで予測する遺伝子構造は量と質の両面でイ
ゲノム構築のための MTP は日本側が準備し、米
ネゲノムアノテーションに効果的であることが分っ
国側で光学マッピングデータとつき合わせて完成
た。異種マッピング法及び ORF 予測機能について
させた。MTP を基に作成したゲノムに、日本の
は論文発表を行い、この機能を実装したウェブアプ
Illumina 配列(14.4 倍量)、米国の Illumina 配列(52.4
リケーションとして、Flowering Plant Gene Picker
倍量)、日本の 454 配列(2.7 倍量)を貼り付け、ゲ
11
を一般に公開した(Amano ら )。
ノムの 9 割程度は「ユニークなヒット」領域として
遺伝子アノテーションの精度については、近縁種
10 倍量以上のリードでカバーできた。454 では、数
の完全長 cDNA 配列が充分数公開されていない場
百塩基に及ぶ大きなギャップを 5 か所修正できた。
合には、高精度に遺伝子構造を予測することは難
また、Illumina では 4,886 か所の 4,923 塩基を修正
しい。そこで、完全長 cDNA 配列とアラインメン
した。一部染色体で間違いが多いが、概ね 1 Mb に
トできないゲノム領域については、5 種の遺伝子予
1 個以下である。また、ゲノム修正の過程で、個体
測プログラムに加え既知のタンパク質配列も利用し
間差(allele)もかなりの量が検出された(図 31-
て遺伝子を予測するようにした。現在本システムで
1)。個体間でサイトあたり 1.0-3.0 × 10-5 程度の違い
対応できるのはイネ、コムギ、オオムギ、トウモロ
があると推定される(Kawahara ら 12)。
(ウ) イネアノテーションデータベース
コシ、ソルガム、ブラキポディウム、シロイヌナズ
ナ、ダイズ、トマトの計 9 種となった。また縮退運
Oryzabase とデータ共有し、約 600 程度の遺伝
転対応として、アノテーションパイプラインの最適
子名を RAP-DB から検索できるようにした。自動
化、及びプロセス数とクエリ配列の分割を柔軟に行
アノテーションにより酵素番号(EC number)を
えるようにすることによって、アノテーションに割
付 与 で き た 遺 伝 子 は KEGG へ の リ ン ク を 作 成 し
表 31-1 イネ及びシロイヌナズナゲノムを用いて行った遺伝子予測結果
生物種
イネ
シロイヌナズナ
エクソンレベル
感度
特異度
0.83
0.85
0.91
0.85
遺伝子レベル
感度
特異度
0.57
0.56
0.67
0.56
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図 31-1 個体間で多様性が見られるゲノムの一部
た。KEGG との連携から KEGG gene に登録された
て、現在 1,626 遺伝子について公的に決められた遺
RAP アノテーションデータと RAP-DB の間での相
伝子名や遺伝子シンボルの情報を付与することがで
13
互リンクを作成した(Kanehisa ら )。この他新た
きた。これによりユーザーは、sd1 や pi21 など一般
なアノテーション情報として、既知の SSR をゲノ
的に使用されている遺伝子名で RAP-DB を検索す
ム上に対応させたほか、新たに SSR を予測し、現
ることが可能になった。
在 28,275 の SSR 情報が利用可能である。また、マー
15,866 の遺伝子ファミリデータを作成し、Plant
カー情報・遺伝子情報を利用してゲノム配列を取
Gene Family Database より公開した。また、この
得できるようになった。イネ品種間の配列比較が
データに基づく系統樹データを作成し、系統樹デー
BAC 端配列により可能となった。rRNA と tRNA
タベースからの一般公開を行っている。その他、コ
の塩基配列及び位置情報をダウンロードサイトから
シヒカリと Guangluai-4 のリード配列のマップ状況
取得できるようにした。また、全遺伝子の上流及び
はまず GBrowse のトラックで表示される。トラッ
下流の塩基配列データセットを作成し、ダウンロー
ク上に表示されている適当な領域をクリックする
ドサイトより利用者に提供した。
と別ビューワー(S-RAB)の画面が開き、その領
文献精査情報や各データベースへのリンクを分か
域に含まれる遺伝子や SNP、リード配列の情報と、
りやすく表示するために、遺伝子アノテーション
マップされたリード配列のアラインメントを閲覧す
の詳細を表示するためのビューアの開発を行った。
ることができるようになった。遺伝子発現情報は
ビューアは 4 つのタブで構成されており、それぞれ、
GBrowse の各トラックにヒストグラムとして表示
アノテーションの詳細、外部データベースへのリン
される(Sakai ら 14)。
(エ) イネ近縁種比較解析
ク、配列情報、遺伝子構造情報を閲覧することがで
きるようになっている。外部データベースへのリン
日本晴のゲノム配列に BAC 端配列をマッピング
クタブには、RAP-DB の関連データベースである
した結果、野生イネの 4 ~ 5%、アフリカ栽培イネ
遺伝子ファミリーデータベース、系統樹データベー
の 7% の BAC 端配列がマッピングされなかった。
スへのリンクも提供されている。Oryzabase から
間接的な機能分類の結果、マッピングされなかった
のデータと独自に行った文献精査のデータを合わせ
BAC 端配列には、結合タンパクに分類される遺伝
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子が多く、さらにドメインの詳細について調べた結
に有意な差は見られなかった。さらに、種間でも差
果、NBS-LRR タイプの耐病性関連遺伝子が有意に
が見られず、3 塩基重複型の SSR に関してはタンパ
多いことが分かった。また、近縁種のゲノムには、
ク質コード領域内でも進化的制約が弱いということ
栽培イネには無い遺伝子が 1000 以上存在すると推
が示唆された。本研究で得られたゲノム情報や解析
定された。これらの傾向はインディカである 93-11
データを、AfRicA-DB として公開した(図 31-2)。
でも同様であった。このことから、進化の過程で栽
作成した仮想ゲノム配列上に対応する日本晴遺伝子
培イネの系統ではゲノムの欠失が起き、耐病性関連
のアノテーションを表示し、RAP-DB へリンクす
遺伝子など多くの遺伝子が失われたと考えられる。
ることで詳細な機能情報を確認することができるよ
さらに、野生イネとの分岐後に、栽培イネゲノムか
うになっている。SSR や一塩基置換、挿入、欠失情
らの遺伝子の欠失が加速したということが示唆され
報を閲覧することも出来る他、グラベリマのゲノム
た。本研究により、近縁種のゲノムは、栽培イネで
配列に対する BLAST 検索機能も備えている(Sakai
失われた遺伝子の多くを現在も保持しており、新規
ら 15)。
(オ) オオムギ完全長 cDNA データ解析
耐病性関連遺伝子など、農業上有用な遺伝子資源を
非冗長性を除く解析により、今回 17,773 本の新
多く含んでいるということが示された。
更に、グラベリマの新規解読ゲノム解析について
規 FLcDNA が 明 ら か に な っ た。 最 終 的 に 22,651
は、二本以上のショットガン配列が存在する座位の
本から構成される非冗長なオオムギ FLcDNA 配
みを解析の対象とした結果、2,161 遺伝子について
列セットを作成した。ORF を予測できた遺伝子は
日本晴、グラベリマ、ソルガム間のアラインメント
22,623 であった。異種ゲノムとの配列比較では 1,699
を得ることが出来た。この内、日本晴、グラベリマ
本の配列がいずれのゲノム配列にも相同性を示さず
の各系統で起きたと考えられるアミノ酸置換がそれ
オオムギ特異的遺伝子の可能性が示唆された。しか
ぞれ 286、315 見つかったが、有意差は見られなかっ
しこれらの遺伝子のうち、機能的ドメインを持つ遺
た。次に、各系統での同義置換数(dS)、非同義置
伝子は 263 しかなく、大部分は配列が短い機能未知
換数(dN)を推定したところ、dN/dS の値がグラベ
の遺伝子であった。Morex の BAC 配列 181 本に対
リマの系統で有意に大きいことが分かった(グラベ
して FLcDNA マッピングによるアノテーションを
リマ:0.30、日本晴:0.25)。このことから、グラベ
実行したところ、113 本の BAC 配列に 1 つ以上の
リマ、日本晴間で、自然選択の強度に差があること
遺伝子領域を予測することができた(Matsumoto
が示唆された。これまでの複数の研究からグラベリ
ら 16)。
(カ) 大量ゲノム表示ブラウザ開発
マの方が相対的に heterozygosity が低いと考えら
HTML5 を用い、幅広いブラウザで動作するよう
れ、グラベリマの方が有効な集団の大きさが小さく、
進化の過程で日本晴よりも大きな瓶首効果があった
に設計した(図 31-3)。イネのようにレファレンス
ということが考えられる。インディカ、グラベリ
ゲノムがある状態でのリシーケンシングを想定し、
マの仮想ゲノム配列と日本晴のゲノムから SSR 配
これに対する多数の品種のようなデータの SNP 情
列を予測した結果、2,451 の SSR を同定した。この
報を VCF ファイルとして読み込み、表示できる。
内、1,568 の SSR について、3 ゲノムのいずれかで
但し、レファレンスが存在しなくても、VCF ファ
長さの変化が見られた。ゲノム上の分布を調べた結
イルさえあれば動作可能である。イネ程度のサイズ
果、過去の研究で報告されているように、非転写領
のゲノムであれば、数十~数百品種の閲覧が可能で
域に比べタンパク質コード領域には顕著に SSR が
ある。また、NGS によるリードの厚み情報を同時
少なく、タンパク質コード領域内の SSR は大部分
に表示し、SNP が無いのか、リードが無いのかを
(777/787)が 3 塩基重複型の SSR であることが分
一目でわかるようにすることもできる。但しこの場
かった。タンパク質コード領域内での SSR の長さ
合はデータが膨大になり、ロードに時間が掛かるた
の変化は有害であると考えられるが、日本晴、グラ
め、速度低下が見られる。ユーザーは、表示する品
ベリマについては、タンパク質コード領域と非転写
種を絞り込むように指定することが可能である。ま
領域で長さの変化がある 3 塩基重複型の SSR の数
た、特定の領域を指定し、SNP 情報をダウンロー
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図 31-2 アフリカイネのゲノム情報データベース
図 31-3 多数のゲノムを効率よく閲覧できるブラウザ
ドすることができる。各 SNP が機能に影響を与え
エ 考 察
るかどうか(コード領域かどうか、同義置換か非同
塩基配列決定は加速し、データは尚も増大の一途
義置換か)を一目で分かるように色分けして表示し、
である。高精度レファレンスを前提としたリシーケ
ユーザーが有用 SNP を探索する助けとする。イネ
ンシングだけでなく、新たにレファレンスを作成
では非常に多数の品種が既に解読され(Huang ら
するための高速シーケンシングも行われ始めてい
1
)、また今後は 1 万ゲノムの解読も予定されている。
る。この課題で作成したような、完全長 cDNA に
また、他の農畜産物でも非常に大量のゲノム解読が
基づく信頼性の高いアノテーションや、予測も含め
進行している。従って、このような大量ゲノム情報
た包括的な自動アノテーションを素早く簡単に行え
閲覧ブラウザの需要は高いと考えられる。
るシステムの需要は益々高まっていくであろう。こ
ういった機能を提供する側としては、安定したシス
─ 85 ─
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テム運用が求められるところである。実際、ここで
カ 要 約
開発した技術を利用して、アフリカ栽培イネのゲノ
イネ科植物を主要な対象として、高精度ゲノムア
ムやオオムギの完全長 cDNA のアノテーション並
ノテーションシステムを構築し、また活用した。イ
びに関連解析を推進することができ、論文発表等の
ネアノテーションデータベースの RAP-DB は、継
成果に繋げることができた。こういったバイオイン
続的に改良することで多くの利用を獲得し、年間
フォマティクスの研究基盤を整備していくことによ
百万ページ以上の利用があるデータベースとして成
り、現代的な大型のプロジェクトを遅滞無く実行す
長している。現在、アノテーション画面の改良に加
ることができる。
え、代謝情報やマーカー情報等を拡充し、遺伝子
このように大規模シーケンシングが当たり前と
ファミリー、遺伝子系統樹情報なども参照すること
なった時代においては、基盤となるレファレンスゲ
ができる。また、他のイネ科植物ではオオムギ完全
ノムの精度が極めて重要である。本課題の高精度版
長 cDNA、アフリカ栽培イネ等の主要研究資源の
イネ(日本晴)ゲノム作成は時宜を得ており、数千
配列解析を行い、データベースを作成し、運用して
のゲノムが決まろうとしているイネに於いては、こ
いる。高精度アノテーションを実行するパイプライ
れからの重要な研究資源となるものである。また、
ンを作成し、一般ユーザーが大規模ゲノム決定に際
このゲノム配列を核として構築したイネのアノテー
して容易に利用できるウェブアプリケーションを構
ションデータベース(RAP-DB)は幅広く活用され
築した。先ず完全長 cDNA を中心としたアノテー
ており、Oryzabase など他のデータベースと協力し
ションの仕組みを作成し、さらには新規遺伝子予測
ながら、イネゲノム研究の強力な基盤として活用し、
なども盛り込んだ包括的なシステムとなっている。
これを基盤としたバイオインフォマティクスを推進
イネゲノム配列については日米共同で再構築作業を
していくべきものと考える。
行い、高速シーケンサーのデータを用いて非常に微
ゲノムのビューワーとしては GBrowse のように
細な差を見る品種間比較などに利用可能な超高精度
広く使われている有力なプログラムが存在している
版を作成した。そして、そのゲノム配列に対して
(Stein
17
)。しかし、高等真核生物で数十から数百
アノテーションを実行し、RAP-DB より公開した。
のゲノムの SNP を効率的に概観できるようなプロ
RAP-DB では次世代シーケンサーによって決めら
グラムは存在していなかったため、ブラウザを新規
れた配列も参照できるようにしているが、特に今後、
に設計し、作成することとなった。本ブラウザはこ
大量のイネ在来種データを有効活用していくことを
れからの大規模ゲノム解析を支えるものとして活用
念頭に可視化手法の開発を行った。
していきたい。
キ 引用文献
オ 今後の課題
1)Huang X, Lu T, Han B(2013). Resequencing
開発したデータ解析システム、ブラウザ、それら
を含むデータベース提供サービスについては、一定
rice genomes: an emerging new era of rice
genomics. Trends Genet. 29(4):225-32.
の水準以上のものが作成できた。今後は幅広い利用
2)Feuillet C, Leach JE, Rogers J, Schnable PS,
者に利用してもらうための活動が必要である。論文
Eversole K(2011)/ Crop genome sequencing:
発表は行ってきており、長く公開しているものは相
lessons and rationales. Trends Plant Sci. 16(2)
:
当な利用数となっているので、比較的新しいものに
77-88.
関して講習会等の機会を捉えて積極的にアピールし
3)Tanaka T, et al.(2008). The Rice Annotation
たり、機能等の改善を継続的に行ったりすることは、
Project Database (RAP-DB): 2008 update.
さらなる利用増加に効果が大きいだろう。塩基配列
Nucleic Acids Res. 36(Database issue):D1028-
を中心とした生物データは尚も増大している。こう
33.
いった大規模情報を効率よく処理し、表示する研究
4)McCouch SR and CGSNL (Committee on
開発は、引き続き行っていく必要性が高いものと考
Gene Symbolization, Nomenclature and Linkage,
える。
Rice Genetics Cooperative)(2008). Gene
─ 86 ─
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14:50:16
nomenclature system for rice. Rice 1:72-84.
genomics. Plant Cell Physiol. 54(2):e6.
5)Kurata N, Yamazaki Y(2006). Oryzabase. An
15)Sakai H, Ikawa H, Tanaka T, Numa H, Minami
integrated biological and genome information
H, Fujisawa M, Shibata M, Kurita K, Kikuta
database for rice. Plant Physiol. 140(1):12-17.
A, Hamada M, Kanamori H, Namiki N, Wu J,
6)Wing RA, Ammiraju JS, Luo M, Kim H, Yu
Itoh T, Matsumoto T, Sasaki T(2011). Distinct
Y, Kudrna D, Goicoechea JL, Wang W, Nelson
evolutionary patterns of Oryza glaberrima
W, Rao K, Brar D, Mackill DJ, Han B, Soderlund
deciphered by genome sequencing and
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Kanamori H, Kurita K, Kikuta A, Kamiya K,
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2 比較ゲノム解析による遺伝子機能マイニング
ツールの開発と整備(GIR1002)
grass Brachypodium distachyon. Nature. 463
ア 研究目的
(7282):763-768.
11)Amano N, Tanaka T, Numa H, Sakai H, Itoh T
我々は、独自なアルゴリズムを使った比較ゲノム
(2010). Efficient plant gene identification based
解析用のデータベース(SALAD database)を作成
on interspecies mapping of full-length cDNAs.
してきた。本課題では、データベースの概念を超え
DNA Res. 17(5):271-279.
て、大量の公開データをユーザーの目的に応じて処
12)Kawahara Y et al.(2013). Improvement of
理したデータを内包し、かつ、インタラクティブに
the Oryza sativa Nipponbare reference genome
ニーズに応える「解析ツール」としての機能を重視
using next generation sequence and optical map
したスタイルを確立することを目標とする。本課題
data. Rice 6:4.
では、比較することができる生物種を大幅に増やし、
13)Kanehisa M, Goto S, Sato Y, Furumichi M,
データベースの利便性の向上を計ると共に、使用
Tanabe M(2012). KEGG for integration and
ユーザーの拡大を目指す。これまでに作成したマイ
interpretation of large-scale molecular data sets.
クロアレイデータと SALAD database を組み合わ
Nucleic Acids Res. 40(Database issue):D109-
せた新しい Viewer である“SALAD on ARRAYs”
14.
の機能拡張とマイクロアレイデータの追加も行う。
14)Sakai H, Lee SS, Tanaka T, Numa H, Kim J,
特に、新農業展開ゲノムプロジェクトがスタートし
Kawahara Y, Wakimoto H, Yang CC, Iwamoto M,
た時点で、プロジェクト内の横断的な共同研究を積
Abe T, Yamada Y, Muto A, Inokuchi H, Ikemura
極的に進めてほしいとの技術会議からの要望があ
T, Matsumoto T, Sasaki T, Itoh T(2013). Rice
り、本課題の責任者が RTR0004 の課題も担当して
Annotation Project Database(RAP-DB): an
いるため、RTR0004 および RTR0002 からの成果を
integrative and interactive database for rice
ユーザーフレンドリーに公開するひとつの形式とし
─ 87 ─
515ブック 1.indb
87
2014/02/04
14:50:16
集量f期間: wos~1月~ 2012年11月
アクセス停断ソフトウzアAWStat
s(v~r.6.95}
a
t
aa
月平均1
(
1
)
ページ数(リクエスト掛+約1
5
,
3
25
月平均訪問散+約1
,
639
l
どちらとも 2012
.
01
∼2012.
1
1
}
。
曲
2
事
。
。
加 店 舗 月1
0
日
1
y
I~遡J
。
曲
1
500
0
~~~u~~~~ ~ u~~~~~~n~~~~~~~~~~~~~H~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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:
m
:m
:~m: m
:m
:m
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m
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:
o
x
:m
:m
:~ m
:m
:o
x
:m
:
m
:m
:m
:
h
2
:
:
l
;
:
tm
h e
2
.
.
.M
附寸酔ゆ h 伸。 宮司勾 H 何愉 守悼 ゆ h 伸。、自司:~ ...判的 守
肺ゆ
伸。、
ロ ロ 刊 何 航 守 肋 ゆ れ 伸 。、
勾刊何削 噌悼 ゆ
。 。、
ロ
図 32
・
1 公開以降の SALADDBへのアクセス数の推移
て
、 上記 V
i
e
werでの公開を準備する 。 また、増え
ゲノム情報に対応するために、 MEME法で抽出し
続けるゲノム情報に対応してい くため進化上で保存
たモチー フをすべて利用し、アノテ ーシ ョンごとに
されたモチーフに対して種を超えて共通の IDを振
保存領域を計算し、改めて、モチーフを抽出する 方
る取り組みを進める。 また、こ れらのモチーフ を利
法を開発し た。それによ り、モチーフ を整理整頓し、
用できるゲノムブラウザも作成し、公開準備中であ
MEME法に より、 PSS
M を作成した。 さらに、1
3
る。
種のプロ テオ ームデータに 、PSSMを当て 、PSSM
作成時のペプチド配列と同じ配列が得 られるまで、
イ研究方法
PSSMの闇値を調整するモチーフのトレーニングを
(
ア
) SALADd
a
t
a
b
a
s
e公開
行い、 I
Dを振るためのモチーフを作成した D トレー
多様性ゲノムプロジ、エク トの課題で、比較ゲノム
ニングが済んだモチーフを 自己完結型モチーフと呼
解析用の独自なアルゴリズムを開発し、特許出願し
ぶことに した。
た(特許第 5
0
0
7
8
0
3号 1)。その特許 を利用したデー
a
t
a
b
a
s
e)を作成した (
Mi
h
a
r
a
タベース(SALADd
ら 2,3)
。
ウ研究結果
(
ア
) SALA
D da
t
a
ba
s
e公開
プロジェクト開始
(
イ
) SALADonARRA
YsVi
ewerサー ビス開声
合
直後の 2
0
0
8年に SA
LADデータベースを公開以降、
新規サ ー ビスとして、対象の蛋白 質配列の
訪問者数 は一応増加傾 向にある(図 3
2
1
)
。1か月
SALADクラスタ リ ングとサンプル別 のマ イクロ
あたり約 1
6
0
0強の訪問がある。公開当初( Ver
.
1)
は、
ア レイデー タを 同時に比較解析できる SALADon
イネと シロイ ヌナズナの 2種のゲノム情報を利用し
ARRAY
s Viewerを開発した。
ていたが、2
0
0
9年 8月ま でに 、内蔵するデー タを
(
ウ
) 1
3種の植物プロテオ ームデー タから網羅的
にモチ ーフ抽出
次世代シ ークエン サーの利用で、 日々 、増大する
1
0種の ゲノ ム情報から の予報プロテオ ーム情報を
処理し た情報をも っデー タベース(Ve
r
.
3) にアッ
プデー トした。
AT1G22770.1{GIGANTEA)のアノテーシヨン
グループにおけるSALAD解析結果
l
.
・
-
|整理整頓後のモチーフでのSA凶 D解 析 |
・
首.-厄" ~・宮里宣.
.
.,
・
3
司司 』 . I墨言書ti~:冨
署
..
.,
.’
京国圃園 玉置 E
舗
a
・
I
.
.
.
ー
・
国
2
国
理
j
1
伽 a
c
t
i
v
eSA凶 D解 析 |
<
S
a
n
C
!
l
l
仁宣言
市~調 ・
.
.
旬曳庫区耳
""~
町’
障
“
.
a
・
...
a
・
・ヨ
•
.
圃
図 32
・
2 AT1G22770.lのアノテーショングループにおける SALAD解析
(
イ
) SALADonARRAYsViewerサービス開貴台
結果でのピアソンの相関係数を調べたところ、 r =
新規サービスとして、対象の蛋白質配列の
0.
8
3であり、非常に高い相関を示していた。
SALADクラスタリングとサンプル別のマイクロ
アレイデータを同時に比較解析できる SALADon
エ考察
ARRAY
s Viewerを開発した。
2
0
0
8年 5月の SALADd
a
t
a
b
a
s
e公開以降、パー
3種の植物プロテオ ームデータから網羅的
(
ウ
) 1
この 5年間で、比較的、順調に利用者が増え続けて
にモチーフ抽出
トレーニングで自己完結したモチーフのみを用
いて、高等植物ゲノムに共通に存在し、かつ、 l
∼
ジョンアップを重ね、利用できるサービスを増やし、
2個 し か 類 似 配 列 が 存 在 し な い ATlG22770.l
いる 。 しかしながら、次世代シークエンサーからの
情報が増大し、現在の毎回 MEME解析を行う方法
では、対応が難しくなっている 。そこで、 MEME
(GIGANTEA)のアノテーショングループにおけ
モチーフの冗長性を除く集計法を開発し、また、モ
n
t
e
r
a
c
t
i
v
eSALAD解析
る SALAD解析を行い、 I
チーフを抽出したプロテオーム配列をイ吏ったトレー
の結果と比較してどのぐらい違いがあるかを確認し
ニング法により、自己完結型のモチーフを得る方法
2
2)
。GIGANTEA蛋白質の保存性は N 末
た(図 3
を開発した。今後、この自己完結型モチーフで、新
から C末まで、全域に関して確認できる 。
a
t
a
b
a
s
eの解析を進め、 早く、公開
しい SALADd
比較結果を見てみると、デンドログラムの部分で
を進めるべきと考えられる 。
は、目視で一部樹形に違いが見られるが、非常に
n
t
e
r
a
c
t
i
v
eSALAD解析で
類似していた。 また、 I
オ今後の課題
は存在しているが、整理整頓モチーフでの SALAD
トレーニン グを済ませた保存モチーフをベースに
解析では存在していないモチーフがーか所だけ存在
a
t
a
b
a
seを構築し、公開する 。
した新しい SALADd
した。 また、同様な解析を繰り返し、各解析結果で
また、ゲノム情報が増えた場合、 トレーニングをす
のモチーフのカバー率を求め、整理整頓モチーフ
るだけで、 PSSMの更新を行い、モチーフを抽出で
n
t
e
r
a
c
t
i
v
eSALAD解析
での SALAD解 析結果と I
きなかった配列のみを新規のモチーフ抽出に用いる
-89-
アルゴリズムの開発を進める必要がある。
ゲノム情報を比較するのは困難である。なお、ゲ
ノム情報とリンクする表現型情報として量的遺伝
カ 要 約
子座(QTL, Quantitative Traits Loci) があり、ま
独自なアルゴリズムを使った比較ゲノム解析用の
たそれらの情報を整理した Gramene-QTL (http:
データベース(SALAD database)を作成し、2008
//www.gramene.org/qtl/) データベースが存在す
年 5 月から公開している。2012 年度は、月あたり
る。しかし、Gramene は全ての QTL を網羅的に掲
の訪問数が 1600 件前後という利用実績で、現在も
載することを重視したため、その弊害として個々の
利用者数は増加傾向にある。この 5 年間で、内包
QTL の信頼性が異なり、遺伝子単離における多面
するゲノム情報を 2 種から 10 種に拡大した。加え
発現の確認や育種における劣悪形質の連鎖の確認な
て、これまでに作成したマイクロアレイデータと
どに利用する場面では問題が生じる可能性がある。
SALAD database を組み合わせた新しい Viewer で
そこで、本研究課題では、育種選抜に有用なイネ
ある”SALAD on ARRAYs”の機能拡張とマイク
の表現型をゲノム上に並列して俯瞰できる QTL・
ロアレイデータの追加も行った。さらに、13 種の
遺伝子情報データベースを作製し、関連する分子
ゲノム情報からの予想プロテオーム配列から、進化
マーカー情報を含めてイネゲノム上に可視化するシ
上で保存されたモチーフを網羅的に抽出し、これら
ステムを構築する。さらに、選択した QTL・遺伝
の保存モチーフに ID を付与し、そのモチーフを利
子位置情報と関連する複数の育種目標部位をイネ染
用できるゲノムブラウザも作成し、公開準備中であ
色体上に表示するシステムを作製し、ゲノム育種支
る。
援システムとして統合化を行う。
キ 引用文献
イ 研究方法
代表的 QTL・遺伝子情報データベースの作
(ア)
1)特許番号取得 特許第 5007803 号 「遺伝子ク
ラスタリング装置、遺伝子クラスタリング方法お
製
1214 件の論文から 5096 件のイネ QTL・遺伝子
よびプログラム」
2)Mihara M et al.(2008). In silico identification
情報を抽出し、染色体上の同一か所に検出された複
of short nucleotide sequences associated with
数年次および統計上検出された遺伝的(環境)相互
gene expression of pollen development in rice.
作用の QTL を省いた。さらに、DNA マーカー情
Plant Cell Physiol. 49(10):1451-1464.
報を用いて QTL 物理位置を特定し、同じ形質名を
3)Mihara M et al. (2010). SALAD database: a
持ち同じインターバルに検出された QTL 情報を整
motif-based database of protein annotations for
理し、冗長性の少ない代表的 QTL を抽出した。こ
plant comparative genomics. Nucleic Acids Res. 38
れらの代表的 QTL・遺伝子情報を SQL 言語により
データベース化し、表現型などの絞り込み検索を
(Database issue):D835-842.
用いて簡易にデータ抽出が可能なシステムを作製
し、ゲノムブラウザで QTL の範囲を可視化すると
研究担当者 (井澤毅)
同時に、QTL・遺伝子情報の抽出元の文献情報を
3 表現型データベース・育種支援ツールの整備
(GIR1003)
表示する統合的な Q-TARO(QTL Annotation Rice
Online)データベースを構築した。
ア 研究目的
単離された機能遺伝子情報のデータベース
(イ)
RAP-DB を含めたイネの主要なデータベースは、
化
ゲノムおよび遺伝子の塩基配列とアノテーションに
文 献 デ ー タ ベ ー ス Web of Science に 対 し て、
関する遺伝子型情報を整理したものが中心となって
[Rice]と[Mutant]、
[Knockdown]などの遺伝子
いる。これらの情報はイネのゲノム研究を遂行する
機能解析に用いられる手法をキーワードとして検索
ためには欠かせないが、育種・農業形質と関連する
し、抽出された文献 14102 件(2012 年 3 月 31 日現
表現型情報が存在していないことから、表現型と
在)の内容を確認の上、遺伝子機能が表現型と関連
─ 90 ─
515ブック 1.indb
90
2014/02/04
14:50:17
表 33-1 代表的 QTL のデータ
大カテゴリー
カテゴリー
Clone 1 to
/locus 100kb
根
形態的形質 苗・地上部
茎葉
穂・開花器官
種子
矮性
生理学的形 発芽・休眠
開花
質
ソース能
不稔
致死
食味
いもち病
抵抗性/耐性 他の病気
耐虫性
耐冷性
耐干(乾)性
土壌ストレス耐性
冠水耐性
他のストレス耐性
その他
その他
a
1
3
1
3
5
4
1
1
1
12
5
3
3
4
1
3
1
5
50
1
3
1
1
13
Interval
100kb 1Mb
No
>
to
to
10Mb interval a
1Mb 10Mb
14
30
2
9
6
15
4
5
10
34
5
14
20
63
10
16
12
46
8
23
6
16
3
17
2
8
7
3
16
7
11
4
32
6
22
10
16
3
11
5
1
24
36
9
10
7
9
1
25
5
10
8
3
11
1
12
4
15
1
2
21
64
3
20
18
45
11
2
12
7
6
2
2
6
11
13
175
500
76
237
染色体
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
10
5
16
26
17
15
1
1
12
5
6
1
6
7
11
3
1
2
6
6
2
13
9
2
3
3
9
5
7
12
6
14
18
4
4
9
8
3
15
3
6
19
7
3
1
4
6
3
6
7
3
4
5
3
10
16
18
5
1
1
1
3
2
1
4
6
3
12
11
5
2
4
3
1
1
7
4
2
1
7
3
1
8
1
4
7
4
5
3
3
2
4
2
4
4
3
2
1
4
16
21 11
30
6
5
2
2
1
3
15
5
3
1
190 102 142 100
8
2
2
3
1
3
2
29
7
1
5
2
4
6
8
5
3
3
3
11
4
4
1
5
7
1
8
4
3
1
1
1
4
1
3
68 149
2
1
3
4
3
4
3
2
2
3
4
7
1
2
71
2
1
61
2
1
3
2
11
2
6
1
67
5
13
1
1
5
1
7
3
3
1
63
1
1
1
2
2
3
5
12
1
2
4
1
2
2
7
2
1
4
4
2
2
2
14
6
8
1
49
3
67
60
31
66
111
93
47
17
49
64
45
6
83
45
27
28
25
111
77
19
11
36
1051
再近接マーカーによる位置同定
づけられている文献を 707 件抽出した。その後、こ
約 4cM であることを考えると、この限界は 4-40cM
れらの文献で解析されている遺伝子をイネにおける
となる。検出された QTL の大半が検証されていな
機能既知遺伝子とし、関連する表現型、機能解析の
いことを考慮するとこれらの QTL の大半は育種の
方法およびゲノム位置の情報を抽出した。なお、抽
パーツとして利用するのは困難な場合が多いと考
出された情報については、Q-TARO と同一のプラッ
えられた。各染色体の 2Mb ごとにマッピングされ
トホーム(表とゲノムブラウザ)で表示可能なシス
た QTL 数を調べた結果、多くの染色体の動原体近
テムを構築し、機能既知遺伝子のゲノム上の分布と
傍で少ない傾向がみられた。多数の QTL が観察
Q-TARO に登録されている QTL 領域と比較できる
された染色体では、15 以上の数の QTL が cluster
仕組みを作製した。
を形成する領域が存在していた。第 1 染色体では
4-6Mb と 38-44Mb の 2 か所の範囲、第 3 染色体では、
ウ 研究結果
0-2Mb の範囲に、第 6 染色体では、2-8Mb の範囲に
代表的 QTL・遺伝子情報データベースの作
(ア)
製
それぞれみられた。また、それ以外の染色体でも、
第 4 染色体の 32-34Mb、第 9 染色体の 20-22Mb の
代表的 QTL 情報を抽出した結果、情報の抽出
領域で QTL クラスターが観察された。これらの情
元となった論文数は 1214 件から 463 件、QTL 数
報を抽出元となった文献情報とともに、interactive
は 5096 件から 1051 件に縮約された情報となった。
に検索可能で、またゲノム上における個々の QTL
1051 件の QTL 情報を形質、区間サイズ、染色体
の位置関係を可視化する Q-TARO データベースを
毎に仕分けたものを表 33-1 に示す。もっとも数の
構 築 し、Web 公 開(http://qtaro.abr.affrc.go.jp/)
多い QTL 形質は、穂形質および耐干(乾)性で
した。
単離された機能遺伝子情報のデータベース
(イ)
それぞれ 111 件であった。これらの形質は、表現
型の測定が容易なためと考えられた。例えば、耐
化
干(乾)性は草丈などの形態的形質で測定されてい
デ ー タ を 整 理 し た 結 果、707 件 の 文 献 か ら 702
た。QTL の区間サイズは、1-10Mb 程度に最も多く
の機能遺伝子座情報を得ることができたことから
分布していた。利用されているマーカー数や集団
RAP 情報
(IRGSP build4 + RAP2)
と対応づけてデー
によっても異なるが、100-200 個体程度の primary
タ整理を行った。なお、この中には日本晴配列に存
population を用いた QTL 解析の検出限界はこのあ
在しない情報を含むことから、その場合は BAC 配
たりにあると推定される。高密度連鎖地図とゲノ
列情報に関連づけて整理を行った。これらの情報
ムサイズから予想される 1Mb あたりの連鎖距離が
は表形式で整理を行うと同時に、ゲノムブラウザ
─ 91 ─
515ブック 1.indb
91
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14:50:17
図 33-2 Q-TARO 上の OGRO データベース画面
で可視化できるようにした(図 33-2)。そして、こ
が少数の機能遺伝子の多面発現により形成されてい
れらの機能遺伝子情報データベースを OGRO(The
るのではなく、複数の機能遺伝子が関与している可
Overview of functionally characterized Genes in
能性があることを予想させる。
Rice Online database)と名付け、web 公開を行っ
オ 今後の課題
た(http://qtaro.abr.affrc.go.jp/ogro)。
QTL や機能遺伝子の情報収集と整理は、遺伝学
エ 考 察
の知識を持った人間がマニュアルで行う必要があ
Gramene データベースに掲載されている QTL
り、集積していく情報についての収集と整理が課題
は、信頼性や冗長性が考慮されていないことから極
の終了により困難になると考えられる。今後、別の
めて多数の QTL が掲載されており QTL の分布を
課題において機能遺伝子など最小限の情報を収集
概観するには不適であった。しかし、今回開発した
し、整理する仕組みを作成していく必要がある。ま
代表的 QTL データベース Q-TARO によって QTL
た、これらの表現型および機能遺伝子情報を育種に
の分布を理解することができるようになり、イネ
効率的に活用する仕組みについて考えていく必要が
ゲノム上の 6 か所の QTL クラスターを検出するこ
ある。
とができたと同時に育種に有用な表現型情報に関す
る QTL 情報セットができたと考えられる。さらに、
カ 要 約
機能遺伝子情報を整理した OGRO データベースを
育種選抜に有用なイネの表現型情報をイネゲノム
Q-TARO データベースと同一のプラットホームに
上に表示するために、冗長性が低く信頼性が高い情
作製したことで、これらの 6 か所の QTL クラスター
報のみを抽出した代表的な QTL 情報のデータベー
と機能遺伝子の分布の比較が容易になり、QTL ク
スを作製した。また、これらの情報をもとに、ゲノ
ラスターには多数の機能遺伝子が座乗していること
ム上における異なる形質 QTL の位置関係を可視化
が明らかとなった。このことは、QTL クラスター
する Q-TARO(QTL Annotation Rice Online)デー
─ 92 ─
515ブック 1.indb
92
2014/02/04
14:50:18
生物研で作出されたイネ内在性レトロトランスポ
タベースの構築を行い、公開(http://qtaro.abr.
1
affrc.go.jp/)し、論文を発表した(Yonemaru ら )。
ゾン Tos17 を用いた日本晴挿入変異体(Hirochika
また、公開されている論文から機能遺伝子情報を
ら 2)約 5 万系統(ミュータントパネル)に関して、
抽出し、機能遺伝子情報データベース OGRO(The
維持・管理・提供を行った(Miyao ら 3)。植物ゲノ
Overview of functionally characterized Genes in
ム機能解析棟種子保存庫と作業室で種子の保管お
Rice Online database)を Q-TARO と同一のプラッ
よび管理を行った。在庫が逼迫している系統に関
2
トホームを用いて構築し論文発表(Yamamoto ら )
して生物研の圃場と温室で適宜種子増殖を行った。
と と も に web 公 開 を 行 っ た(http://qtaro.abr.
ミュータントパネルデータベースを IRGSP1.0 のリ
affrc.go.jp/ogro)。
ファレンス配列に対応させた。 (ウ) 遺伝解析材料の維持・管理・提供
キ 引用文献
生物研が遺伝子単離・機能解析用の研究材料とし
1)Yonemaru J, Yamamoto T, Fukuoka S, Uga
て作出した日本晴×カサラス等の戻し交雑自殖系統
Y, Hori K, Yano M (2010). Q-TARO: QTL
群、染色体断片部分置換系統群、半数体倍加系統群
Annotation Rice Online Database, Rice. 3:194-
に関して、維持・管理・分譲作業を行った。 (エ) 分譲リソース維持管理システムの構築
203.
2)Yamamoto E, Yonemaru J, Yamamoto T,
リソースセンターの web ページより、分譲リソー
Yano M(2012). Rice OGRO: The Overview of
スに関する最新の情報を提供した。これら分譲リ
functionally characterized Genes in Rice online
ソースの配布管理および突然変異系統の在庫管理シ
database. Rice. 5:26.
ステムの構築・運営を行い、リソースの追加、配布
方法の変更等状況の変化に対応して随時システムの
*
研究担当者(米丸淳一 、山本敏央)
追加改良を行った。 ミュータントパネル系統におけるソマク
(オ)
4 研究活性化のための分譲リソースの維持・管
ローナルバリエーションの塩基配列解析
理・提供及び研究支援(GIR1004)
ミュータントパネル系統 3 系統について、次世代
ア 研究目的
シーケンサーを用いて全ゲノム塩基配列を行った。
これまでに実施されてきたプロジェクトの成果と
SNP の検出、トランスポゾンの転移の検出、コピー
して、完全長 cDNA クローンライブラリー、突然
数多型の検出を行った。 (カ) cDNA クローンの常温保存の検討
変異系統、遺伝解析用系統群等、遺伝子機能解析に
用いる様々なリソースが作出されている。ゲノムリ
DNA を常温で保存できるシステムの検討を行っ
ソースセンターでは、これらのゲノムリソースの維
た。ワットマン社の FTA カード、ガラス繊維ろ紙、
持・管理・提供を行っている。本課題では、さらな
および、コントロールの 3MM ろ紙に、DNA 溶液、
るゲノム解析分野の研究活性化のため、これら分譲
あるいは、菌体のグリセロールストックを染み込
リソースを滞りなく研究者に提供することと、その
ませて、20℃湿度 80%、30℃湿度 80%、40℃湿度
ための品質の維持、および、新たな解析技術に対応
95% 等の様々な保存条件で、1 週間後、1 か月後、
したリソースの検討・普及および研究支援を行う。
3 か月後、1 年後、2 年後、3 年後、4 年後に DNA
を回収し、形質転換効率より回収量を算出した。
イ 研究方法
ウ 研究結果
(ア) イネ完全長 cDNA クローンの維持・管理・
(ア) イネ完全長 cDNA クローン、イネ突然変異
提供
イ ネ 完 全 長 cDNA プ ロ ジ ェ ク ト で 作 出 さ れ た
系統、遺伝解析材料の提供
1
37,132 クローンの cDNA(Kikuchi ら )の維持・品
質管理及び提供(配布)を実施した。
表 34-1 に、2008 ~ 2012 年度の配布件数を集計し
た。
イネ突然変異系統の維持・管理・提供
(イ)
(イ) データベースシステムのアクセスの推移
─ 93 ─
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表 34-1 2008 ~ 2012 年度のリソース配布状況
研究材料の種類
cDNA
リクエスト件数 クローン/系統数
1941
14445
1040
11803
63
277
16
1568
28
1512
11
2002
22
858
1
93
15
660
14
1190
18
702
0
0
6
762
7
553
11
451
10
480
1
95
1
42
11
440
9
1044
3225
38977
Tos17
遺伝解析材料 個別系統
日本晴/カサラス BIL
日本晴/カサラス CSSL
コシヒカリ/カサラス BIL
コシヒカリ/カサラス CSSL
コシヒカリ/はやまさり BIL
コシヒカリ/NonaBokra CSSL
ササニシキ/ハバタキ BIL
ササニシキ/ハバタキ CSSL
アキヒカリ/コシヒカリ DHL
日本晴/コシヒカリ/ /コシヒカリ BIL
日本晴/コシヒカリ/ /日本晴 BIL
日本晴/コシヒカリ/ /コシヒカリ CSSL
日本晴/コシヒカリ/ /日本晴 CSSL
Jarjan/コシヒカリ/ /コシヒカリ BIL
IR64/Kinandang Patong RIL
コシヒカリ/IR64/ /コシヒカリ CSSL
コシヒカリ/IR64/ /IR64 CSSL
図 34-2 に、1997 年 12 月よりサービスを継続して
図 34-3 に ttm2、ttm5、ttm11 の各系統に特異的
いる。図 34-2 に月別のアクセス数の推移を示した。
に検出された突然変異のゲノム上での分布について
ここ 10 年ほどは月あたり 4 万~ 10 万アクセスで
示した。ゲノム上での置換変異の特定の部位への偏
安定している。総アクセス数は累計 940 万件を超え
りは見られなかった。
図 34-4 に ttm2、ttm5、ttm11 の 3 系統から得ら
ている。
(ウ) ミュータントパネル系統におけるソマク
れた系統特異的置換変異の置換様式ごとの頻度の平
均のスペクトラムを示した(白抜き棒グラフ)。G:
ローナルバリエーションの塩基配列解析
イネの内在性レトロトランスポゾン Tos17 を転移
C から A:T のトランジション変異の頻度が最も高
させたミュータントパネル系統での Tos17 によらな
かった、次に G:C から T:A へのトランスバージョ
い変異について調べるため、ttm2, ttm5, ttm11 の
ン変異が比較的高頻度に検出された。この傾向は、
3 系統に関して全ゲノム塩基配列を調べ、日本晴リ
アラビドプシスの自然突然変異のスペクトラムとよ
ファレンス配列に対して塩基置換が起こっている部
く似ていたが、G:C から A:T へのトランジショ
位を抽出した。(表 34-2)
ン変異の変異率は、アラビドプシスでは他の変異様
各変異部位に対して検出されたショートリードの
式に比較して際立って高い頻度分布を示したのに対
数と、サンガー法によって確認された割合を示して
して、培養変異における塩基置換では、比較的差が
いる。4 個以上の独立のリードで検出された部位は、
小さい傾向にあった。3 系統すべてに検出された非
すべて実際の置換変異であることが確認された。こ
系統特異的置換変異の頻度を、黒棒グラフで示した。
れらの正答率を勘案して、M1 世代の変異率を推定
こちらは、塩基置換様式に対して大きな特徴は見ら
-6
した。突然変異率の平均は 1.74 x 10 / 部位 / 2
れなかった。
4
倍体ゲノムであった(Miyao ら )。
(エ) cDNA クローンの常温保存の検討
─ 94 ─
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コシヒカリ/IR64/ /IR64 CSSL
9
3225
1044
38977
図 34-2 ミュータントパネルデータベースシステムのアクセス数月別推移
表 34-2 ttm2, ttm5, ttm11 系統に対する置換変異の検出数と M1 世代での変異率の推定
cDNA クローンの保存は、プラスミドの状態で
バリア袋で 2 重に包装した場合が最も保存効率が
は -30℃、菌体の状態では -80℃で保存している。長
高かった。コントロールの 3MM ろ紙では直後から
期的に効率よく保存するための技術開発を目的と
回収率の低下がみられた。温度が 30℃以上の場合、
して、ワットマン社の FTA カードを用いた cDNA
FTA カード、ガラス繊維ろ紙、ともに 1 年以内に
クローンの常温保存についての検討を行った。4 年
回収率の低下がみられた。2 年目以降は、温度 20℃
間にわたる常温保存 DNA の回収率の変化を図 34-5
湿度 80% の環境下に条件を絞り込み、4 年目まで
に示した。
観察をつづけた。この条件でラミジップとガスバリ
FTA カ ー ド、 ガ ラ ス 繊 維 ろ 紙、3MM ろ 紙 に
ア袋で 2 重に包装した場合は、FTA カード、ガラ
DNA や 菌 液 を 浸 み 込 ま せ て、 温 度 20 ℃、30 ℃、
ス繊維ろ紙共に比較的高い回収率を維持しているこ
40℃、湿度 80%、95% の条件で保存し、一定期間
とがわかった。特に、ガラス繊維ろ紙では、回収率
後に溶出して形質転換効率より DNA の回収量を算
の低下傾向は落ち着いてきているので、この条件で
出した。保存用袋については、ラミジップとガス
少なくとも数年間の DNA 常温保存は可能であるこ
─ 95 ─
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図 34-3 各系統の塩基置換部位のゲノム上での分布
図 34-4 塩基置換のスペクトラム
とがわかった。
入変異系統 11,803 系統、遺伝解析材料 181 セット
の配布を行った。ほぼ、目標は達成されたと考えて
エ 考 察
いる。
(ア) イネ完全長 cDNA クローン、イネ突然変異
系統、遺伝解析材料の提供
分譲リソースの情報発信および維持管理を
(イ)
行うシステムの構築
計画では、イネ完全長 cDNA クローン 15,000 ク
イネゲノムリソースセンターのホームページより
ローン、Tos17 挿入変異系統 3500 系統、遺伝解析
内外の研究者に分譲リソースの情報発信を行った。
材料 150 セット程度の配布を目標とした。5 年間で
また、配布状況、在庫管理システム等、内部作業用の
完全長 cDNA クローン 14,445 クローン、Tos17 挿
システムの実装も行い、維持管理の効率化に努めた。
─ 96 ─
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図 34-5 温度 20℃、湿度 80% で保存した DNA の回収率
(ウ) ミュータントパネル系統におけるソマク
ローナルバリエーションの塩基配列解析
以上経過している。発芽率は徐々に低下してきてい
る。また、リクエストの多い系統では、在庫切れの
Tos17 の転移以外の原因による変異を調べるため、
ミュータントパネル系統 3 系統に関して、全ゲノム
恐れもある。必要に応じて、系統を増殖する仕組み
が必要である。
培養変異の新たな利用法について
(イ)
塩基配列解析を行った。イネ培養細胞から再分化し
組織培養で特異的に活性化して転移する内在性レ
た個体では、Tos17 の転移以外に、高頻度(1.74 x
-6
10 / 部位 / 2 倍体ゲノム)で塩基置換の変異が行っ
トロトランスポゾン Tos17 を用いたミュータントパ
ていることがわかった。これらの Tos17 によらない
ネル系統の中から 3 系統を選んで全ゲノム塩基配列
変異に関して、今後、遺伝子機能解析を行う上での
解析して、Tos17 によらない突然変異について調べ
重要なリソースになりうると考えている。
たところ、塩基の置換変異が比較的高頻度で起こっ
(エ) DNA の常温保存技術の開発
ていることがわかった。また、コピー数多型等も
DNA の常温保存用に開発された FTA カードに
検出されているので、ミュータントパネル系統の
加えて、ガラス繊維ろ紙でも温度 20℃の保存条件
Tos17 の挿入によらない新たな変異を利用した遺伝
では、4 年間は DNA の回収が可能であった。低コ
子の機能解析が可能になると予想される。
ストで安定して保存する新たな保存法として利用可
カ 要 約
能と考えられる。
(ア) イネ完全長 cDNA クローン、イネ突然変異
オ 今後の課題
系統、遺伝解析材料の提供
(ア) ミュータントパネル系統の保持・増殖につ
いて
5 年間で完全長 cDNA クローン 14,445 クローン、
Tos17 挿入変異系統 11,803 系統、遺伝解析材料 181
ミュータントパネル系統は、作成してから 10 年
セットの配布を行った。 ─ 97 ─
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分譲リソースの情報発信および維持管理を
(イ)
行うシステムの構築
from japonica Rice. Science. 301:376-379.
2)Hirochika H. et al.(1996). Retrotransposons
イネゲノムリソースセンターのホームページから
of rice involved in mutations induced by tissue
の情報発信を行った。また、配布状況、在庫管理シ
culture. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 93(15):
ステム等、内部作業用のシステムの実装も行った。
7783-7788.
ミュータントパネル系統におけるソマク
(ウ)
ローナルバリエーションの塩基配列解析
3)Miyao A. et al.(2003). Target site specificity
of the Tos17 retrotransposon shows a preference
イネミュータントパネル系統では、Tos17 の転移
for insertion within genes and against insertion
以外の突然変異も高頻度で起こっていることを明ら
in retrotransposon-rich regions of the genome,
かにした。
Plant Cell. 15(8):1771-1780.
DNA の常温保存技術の開発
(エ)
4)Miyao A. et al.(2012). Molecular spectrum
ガラス繊維ろ紙を用いた DNA 常温保存技術の検
討・開発を行った。
of somaclonal variation in regenerated rice
revealed by whole-genome sequencing. Plant
Cell Physiol. 53(1):256-264.
キ 引用文献
1)Kikuchi S. et al.(2003). Collection, Mapping,
研究担当者(宮尾安藝雄*)
and Annotation of over 28,000 cDNA Clones
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