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2002年夏のヨーロッパでの水害 ー エルベ川流域を中心として ー

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京都大学防災研究所年報
第 46 号 B
平 成 15 年 4 月
Annuals of Disas. Prev. Res. Inst., Kyoto Univ., No. 46 B, 2003
2002 年夏のヨーロッパでの水害
ー エルベ川流域を中心として ー
戸田圭一
要
旨
2002 年 夏 ,ヨ ー ロッパ で は ド イ ツ,チェコ ,オ ー ス ト リ ア,フ ラ ン ス と 広 い 範 囲 に わ
たって 大 規 模 な 洪 水 が 発 生 し ,各 地 で 甚 大 な 被 害 が 発 生 し た 。本 報 で は ,現 地 で 実 施 し
た 水 害 調 査 結 果 を 基 に ,チェコ ,ド イ ツ を 流 れ る エ ル ベ 川 流 域 の 洪 水 災 害 を 中 心 に ,と
くに チェコ の プラ ハ 市内 ,ドイ ツ のド レス デ ン市 内 の被 害 およ び 着目 す べき 現象 に つい
て 述 べ る 。ま た チェコ ,ド イ ツ の 治 水 対 策 に つ い て も 得 ら れ た 情 報 を 要 約 し て 記 す。ま
た ,今 回 の 水 害 の 特 徴 や 治 水 対 策 に つ い て 若 干 の 考 察 を 行 う。
キ ー ワ ー ド: エ ル ベ 川 ,豪 雨 ,洪 水 氾 濫 ,都 市 水 害 ,治 水 対 策
はじめに
1.
害額は約 30 億ユーロ(2003 年 4 月 末日時点で 1 ユー
ロ = 約 132 円 )と さ れ て い る 。一 方 ,ド イ ツ 国 内 で
2002 年 夏 は ヨ ー ロッパ 各 地 で 大 き な 洪 水 が 発 生
は流域の地形との関係で,2 種類の洪水が発生した。
した。とくに 8 月中旬にはドイツ,チェコ,オースト
ま ず 先 行 す る 強 雨 に よ り,支 川 の 沿 川 各 地 で 洪 水・
リア で ,9 月 初 旬 に は フ ラ ン ス で 大 規 模 な 洪 水 災 害
土砂氾 濫が発 生し た。続 いてエ ルベ 川本川 を洪水 が
に 見 舞 わ れ た 。筆 者 は 2002 年 11 月 に ,土 木 学 会 の
流下し てきた 。エ ルベ川 沿いの ドレ スデン 市では こ
ヨ ー ロッパ 水 害 調 査 団 の 一 員 と し て チェコ ,ド イ ツ
れま で の 最高 水 位 を記 録 し ,溢水 氾 濫 が生 じ た 。ド
を流れるエルベ川流域の現地調査に参加する機会を
レス デ ン市 では 12,000 人 が 避難 し ,事 故な ど で 4 人
得た 。水 害 調 査 団 は 4 班 に 分 か れ ,エ ル ベ 川 流 域 の
が死 亡 し てい る 。そ して 洪 水 の流 下 に 伴い ,順 次 沿
他,ド ナ ウ川 流 域 ,ロー ヌ 川 流域 の 調 査も 同 時 に行
川 各 地 で ,破 堤 ,溢 水 に よ る 洪 水 氾 濫 が 生 じ た 。ド
われ た。本報 は ,こ の調 査 団 が実 施 し た調 査 結 果を
イ ツ 国 内 の 被 害 額 は 約 92 億 ユ ー ロ と 見 積 も ら れ て
基に して ,エ ル ベ 川流 域 を 中心 に ,今 回の 洪 水 の実
いる 。な お ,エル ベ 川 の洪 水 氾 濫事 象 に つい て は 次
態や発生 メカニ ズム,行政 機関な どの 河川管 理体制
章以降で詳しく述べる。
や危 機 管 理 体 制 な ど を 取 り ま と め た も の で あ る 。
ド ナ ウ 川 の ド イ ツ,オ ー ス ト リ ア 流 域 で は ,主 に
強雨地 域の支 川で 被害が 生じた 。前 半には 下オー ス
ヨ ー ロッパ 洪 水 概 況
2.
トリ ア 州 カン プ 川 など で ,後 半に は イ ン川 ,ザ ル ツ
アッハ川,エン川などで洪水被害が発生している。カ
2.1
エ ル ベ 川 ,ド ナ ウ 川 の 洪 水 概 況
ン プ 川 流 域 の ツ ベット ル 市 で の ピ ー ク 流 量 460m3 /s
2002 年 8 月 1 日から 13 日 にかけて,ヨ ーロッパの
は 1000~5000 年 確 率 に 相 当 す る 流 量 と 推 定 さ れ て
広範 な 地域 に も た ら され た 持 続 的 な降 雨 に よ り,北
いる。各地 で道路 の決壊 や河川 構造 物の被 災が生 じ
海に注ぐ エルベ 川,黒海に 注ぐド ナウ 川のそ れぞれ
た 。イ ン 川 沿 川 の ザ ル ツ ブ ル グ で は ,日 雨 量 が 100
本川 ,支 川 で 大 規 模 な 洪 水 災 害 が 生 じ た 。
年 確 率 の 140 ㎜ を 超 え ,沿 川 の 住 宅 地 が 被 災 し た 。
エ ル ベ 川 上 流 域 の チェコ で は ,ブ ル タ バ 川( エ ル
ま た 油 の 流 出 事 故 も 発 生 し た 。オ ー ス ト リ ア で は 8
ベ 川 の 支 川 )が プ ラ ハ 市 内 で 溢 水 氾 濫 を お こ し た 。
人が死亡し,経済損失は 25~30 億ユーロと見積もら
チェコ国内では 220,000 人が避難し,15 人が死亡,被
れている。
Fig.1 Elbe river basin
2.2
ローヌ川の洪水概況
2002 年 9 月 8 日 ~9 日 に か け て ,フ ラ ン ス 南 東 部
のガール,エロー,ヴォークリューズの 3 県を暴風雨
とこれにより生じた洪水が襲い,死者 24 人,推定被
害 総 額 約 11 億 ユ ー ロ の 大 規 模 な 洪 水 災 害 が 発 生 し
た。と く に,ロ ー ヌ 川の 右 支 川で あ る ガー ル 川 の流
域 で は ,8 日 夜 か ら 9 日 の 早 朝 に か け て 激 し い 集 中
Fig.2 Inundation area in Prague
豪雨が生じ た。ガール県アンデューズでは 24 時間雨
量が 687 ㎜ に 達 し た 。ガ ー ル 川 上 流 部 に 位 置 する ア
の後 、11 日 か ら 13 日 の 3 日 間で エ ル ベ 川 の 中上 流 ,
レス 市や ,ガ ー ル 川,ロ ー ヌ 川の 合 流 点付 近 の アラ
とくに チェコ南 部地 域とチェコ ,ドイ ツの山 岳部 で,
モン 市で は ,多 数 の車 の 流 出や 住 宅 の孤 立 ,輪 中堤
100~200mm,所 に よって は 200mm を 超 す 豪 雨 が 発
の決 壊 な ど 甚 大 な 被 害 が 生 じ た 。
生した。12 日からプラハ市民はブルタバ川の洪水氾
濫に備えて土嚢の準備などを進めていたが,13 日か
エルベ川の洪水氾濫と災害の実態
3.
ら 14 日にかけてブルタバ川が市内で溢水し、洪水氾
濫に よる 被害 が 発生 した 。プ ラハ 市 内の 流量 は,14
3.1
エルベ川流域
エ ル ベ 川 は ,チェコ ,ド イ ツ を 流 下 し 北 海 に 注 ぐ
大 陸 河 川 で あ り,チェコ を 流 れ る ブ ル タ バ 川( モ ル
ダ ウ 川 )を 加 え る と ,そ の 全 長 は 1,290km,流 域 面
2
日にピーク値 5,300m3 /s と推定されており,100 年確
率 の 流 量 3,700m3 /s を は る か に 凌 ぎ 、そ の 値 は 500
年に一度の流量に匹敵するとも言われている。
被 害 が 大 き かった 地 域 は ,Fig.2 に 示 す カ ル リ ン
積は約 158,000km に及ぶ(Fig.1 参照)。わが国の利
地 区( ブ ル タ バ 川 右 岸 ),ホ ル ソ ビ ス 地 区( ブ ル タ
根 川 の 幹 川 流 路 延 長 ,流 域 面 積 が そ れ ぞ れ 322km,
バ 川 左 岸 ),お よ び マ ラ ス ト ラ ナ 地 区 の 河 川 沿 い の
2
16,800km で あ る こ と か ら そ の ス ケ ー ル の 大 き さ が
エリア(ブルタバ川左岸)であった。その他,ブルタ
窺い 知 れ よ う。
バ川右岸のプラハ動物園も浸水被害に見舞われてい
2002 年 8 月 8 日から 13 日にかけて,北海から移動
してきた低気圧がサハラ~バルト諸国にかけて張り
出 し て い た 高 気 圧 に よって ブ ロック さ れ ,オ ー ス ト
る。
(1) カ ル リ ン (Karlin) 地 区
地区中心部の住民からの聞き取り調査によれば,
リア お よ び チェコ 上 空 に 数 日 間 停 滞 し た 。こ の 低 気
13 日 午前 3 時に ラジオに より避難が 指示され ,警察
圧の影響でエルベ川流域は広い範囲で降雨に見舞わ
が 住 民 が 避 難 し て い る か ど う か チェック し て ま わっ
れ,大 規 模 な 洪 水 氾 濫 現 象 が 発 生 し た 。以 下 に ,現
た。避難場所には学校が指定されたとのことである。
地 調 査 結 果 を も と に ,チェコ の プ ラ ハ 市 内 ,ド イ ツ
13 日 午後 0 時 頃 から 浸 水が 始ま り,最 大浸 水深 は 約
のドレスデン市内の洪水氾濫を中心にその特徴をま
3m,ところに よっては 4m に達 するところ もあった。
とめ て み る こ と に す る 。
石造り,レンガ造りの建物の壁は,浸水部分(1.5m
~2.0m)が,カ ビ が は え る の を 防 ぐ た め は が さ れ て
3.2
プラハ市内の洪水氾濫事象
いた。建物の中には,元来,平屋であったものに 2 階
2002 年 8 月 1 日から 10 日にかけてエルベ川の中上
以上を増設したが補強が十分でなく,1 階部分の浸水
流域の 広い 範囲 で 50mm 以上 の降 雨 が発 生し た。そ
により強度が低下して倒壊したものもあった(Photo
Photo 1 Building damaged by flood inundation
Fig.3 Inundation area in Dresden
1)。ま た ほ と ん ど の 建 物 に は 倉 庫 や 物 置 と し て 利
用さ れ る地 下 室 が あ り,そ の 一 部 は道 路 沿 い に 開口
3.3
ドレスデン市内の洪水氾濫事象
部を有し ている が,開口部 からの 氾濫 水の流 入によ
ド レ ス デ ン 市 内 も 今 回 大 き な 洪 水 被 害 を 被った
り,地 下 室 は 全 滅 状 態 で あった 。地 下 鉄 ク リ ジ コ バ
(Fig.3 参 照 )。1501 年 以 来 500 年 ぶ り の 洪 水 で あ
(Krizikova) 駅も浸水し,地下鉄ホームまで水が達し,
り,5,000ha が 浸 水 し た が ,そ の 原 因 は ,(1) 8 月 13
2002 年 11 月 の 時 点 で も 運 行 停 止 の ま ま で あった 。
日のバイサリッツ川(エルベ川の左支川)の氾濫,(2)
ま た当 地 区東 端 のオ リ ンピック ホテ ル でも ホ テル
8月 17 日のエルベ川本川の氾濫,に分けられる。ま
従業員に 聞き取 り調査 を実 施した 。こ のホテ ル周辺
た洪水後,(3) 地下水位の上昇,という問題も生じて
は地区内でも地盤高が低い場所であるが,13 日から
い る 。以 下 順 を 追って そ れ ぞ れ の 原 因 に よ る 洪 水 被
4 日間浸水が継続した。これは外水だけでなく,下水
害 の 実 態 を 記 す。
の逆流の影響もあったようである。建物の中 (1F コー
(1) バ イ サ リッツ 川 の 氾 濫
ヒ ー ショップ) で も 70cm ほ ど の 浸 水 深 に 達 し た 。ホ
ド レ ス デ ン 南 西 部 ,エ ル ツ 山 脈 沿 い の バ イ サ リッ
テルは少 し高い ところ に位 置して いるの で,周辺の
ツ川の流域周辺で 12 日の日雨量が 180~200mm に達
地盤高からみるとこのホテル付近の浸水深は約 3.5m
し た 。バ イ サ リッツ 川 は 平 常 時 の 流 量 が 1m3 /s オ ー
~4.0m 程度 であったと 推測 され る。ホ テル は2 週間
ダ ー の 小 河 川 で あ る が ,豪 雨 の 影 響 を う け て 12 日
営業 を停 止 し ,予 約客 ,滞 在 客を 別 の ホテ ル に 誘導
の 深 夜 か ら 13 日 に か け て 推 定 500~600m3 /s の 流 量
した と の こ と で あ る 。
が流下 し,鉄道の 軌道な どに大 きな 損害を もたら し
(2) ホ ル ソ ビ ス (Holsovice) 地 区
た 。バ イ サ リッツ 川 は ド レ ス デ ン 市 内 で エ ル ベ 川 に
地区住 民から 聞き取 り調 査を実 施した 。こ こでは
合 流 す る が ,市 内 で も 激 し い 溢 水 氾 濫 が 発 生 し た 。
13 日 午 後 に 避 難 が 行 わ れ ,地 区 の 全 員 が 避 難 し た 。
バ イ サ リッツ 川 に 近 い 鉄 道 中 央 駅 な ど が 浸 水 し ,駅
13 日 の 夜 に 浸 水 が 発 生 し た が ,浸 水 深 は 最 大 で も
で の 浸 水 深 は 4m に も 達 し た 。ま た 下 水 道 の 排 水 不
50cm 程度 に とど まった との こ とで ある 。4 日間 浸水
良も氾濫の規模を大きくした模様である。
が継 続し ,ま た 地 下室 に も 氾濫 水 が 流入 し た 。水が
なお,バイサリッツ川の東を流れるミュークリッツ
引いた後は泥だけでなく、様々な異物,漂流物が残っ
川は,同じ くエル ベ川の 左支川 でド レスデ ン市内 よ
た。10 日 間で 概 ね 復 旧 し た が,電 気・ガ ス は 復旧 に
り上流 でエル ベ川 に合流 するが ,そ こでは 上流の 小
それ 以 上 の 時 間 を 要 し た と の こ と で あ る 。
規模な 調整池 が決 壊した 模様で ,下 流の川 沿いの 街
(3) マ ラ ス ト ラ ナ (Mala-Strana) 地 区
に は 洪 水 災 害 ,土 砂 災 害 の 痛々し い 傷 跡 が 残 さ れ て
当地区 はブル タバ川 左岸 の川沿 いで,旧市 街地に
いた。Photo 2 は流出 土砂により 寸断された鉄 道を
連な る 観 光 ス ポット で あ る 。マ ー ネ ス 橋 か ら カ レ ル
示している。
橋,カ ン パ島 に か けて 浸 水 した が ,浸 水深 は 痕 跡か
(2) エ ル ベ 川 本 川 の 氾 濫
ら 推 定 し て 1.5m~2.0m に 達 し た 模 様 で あ る 。浸 水
エルベ川の洪水が流下し,17 日に洪水氾濫が発生
を受けた 壁の多 くはは がさ れてい た。またマ ーネス
した 。河 川 から の 溢 水で ,エ ル ベ川 沿 い のツ ウ イ ン
橋左岸のレストランの外壁および店内には浸水深の
ガー宮 殿など が浸 水した 。エル ベ川 のピー ク流量 は
痕跡 を示 す プレ ー トが 設 置し て あった の が印 象 的で
5,600m3 /s 程 度 と 推 定 さ れ て い る 。エ ル ベ 川 の ド レ
あった 。
スデン 市内域 の上 流部に は遊水 地があ るが ,遊水 地
の貯留量を超えた洪水が流入したため遊水機能を果
デ川およびその支川で越水や破堤による氾濫が生じ
たさなくなってしまった。またエルベ川の市内下流部
た 。鉄 道 橋 下 で 狭 窄 部 と なって い る 堤 防 箇 所 が 被 災
では ,放 水 路 を せ き 止 め て い る 施 設 が 破 壊 さ れ た 。
した り,堤 内 地の 内 水 に より 堤 防 が 河 川側 に 壊 れ た
(3) 地 下 水 位 の 上 昇
りもした。市域の約半分が浸水し,浸水深は 0.5m か
上 記 の洪 水 の 影 響 によ り,洪 水 後に 地 下 水 位 が上
ら 大 き い と こ ろ で は 3.0m に 達 し た 。
昇 し ,水 害 調 査 を 行った 2002 年 11 月 の 時 点 で も な
ア イ レ ン ブ ル グ 市 の 北 東 30km に 位 置 す る エ ル ベ
お高い状 態が続 いてい た。地下水 位の 上昇は 急激で
川沿い の街ト ルガ ウ市で は,エ ルベ 川の洪 水流量 の
あり,1 時間で最大8 cm も地下水位が上昇した箇所
ピークは 8 月 18 日に発生した。堤防の弱い箇所を土
もあった 。2003 年 夏ま では 地下 水位 は 下が らな いと
嚢で 補 強 し,市 内 へ の洪 水 氾 濫を 防 い だ。市 内 に は
の見 通し で あ る。水害 調 査 実施 時 点 でも ,ビ ル が浮
ガラ ス 工 場 が あり,も し も浸 水 す れ ば その 被 害 は 計
かびあがるのを防ぐために地下室に土嚢を積むなど
り 知 れ な かった と の こ と で あ る 。
して 対 応 し て い る と の こ と で あった 。
最後 に,エルベ 川流域 の洪水 流出 事象の 時間変 化
を Fig.4 に ま と め て 示 す。
3.4
流域内のその他の洪水氾濫事象
ド イ ツ、ザ ク セ ン 州 を 流 れ る エ ル ベ 川 の 左 支 川 ,
ムルデ川 流域も 激しい 集中 豪雨に 襲われ ,ム ルデ川
の洪水 氾 濫が 発 生し た。8 月 12 日か らの 2 日 間 雨量
が 380mm に 達 し た 地 域 が 1,500km2 に の ぼ り,ま た
出水 も き わ め て 急 激 で あった 。エ ル ツ 山 脈 北 斜 面 の
バ イ サ リッツ 川 や ミュー ク リッツ 川 流 域 と 同 様 の 集
中豪 雨 が こ こ で も 起 こった 模 様 で あ る 。
ラ イ プ チ ヒ の 約 20km 東 に 位 置 す る 人 口 お よ そ
20,000 人 の ア イ レ ン ブ ル グ 市 は ム ル デ 川 沿 い に 位
置し ,か つて 何 度 も洪 水 に 遭遇 し て いる が ,今 回も
洪水被害 を受け た。ムルデ 川の洪 水流 量のピ ークは
8 月 13 日の 深 夜に 発 生し てお り,市 中を 流れ る ムル
Photo 2 Railway damaged by flood with sediment
Fig.4 Time change of flood phenomena
ド イ ツ・チェコ の 治 水 対 策
4.
4.1
流 域・河 川 管 理
ドイツ では,連邦 が管理 する河 航水 路を除 いて河
川 管 理 は 基 本 的 に 各 州 が 行って お り,い わ ゆ る 水 系
一貫型の 管理は 実施さ れて いない 。治 水の規 模とし
ては 100 年 確 率 の 洪 水 規模 が 想 定 さ れ ,河 川 施設 が
管理され ている が,堤防の 素材や 形態 などの 管理水
準が 十 分で な く,今 回の 洪 水 時 に 漏水 や 破 堤 の 原因
になった と も い わ れ て い る 。今 回 の 災 害 後 に 策 定 さ
Photo 3 Mobile levee in Prague
れた5大重点プロジェクトの一つには,国土全体(連
邦,州 政 府で 共 通 )の洪 水 防 御計 画 が 目指 さ れ るこ
と に なって い る 。掘 り 込 み 式 の 河 道 が 多 い が ,過 去
150 年間で氾濫域が 85 %減少して土地利用形態が変
化し て おり,沿 川 各 地の 破 堤 に よ る氾 濫 の 被 害 を助
長 す る 結 果 と なった 。こ の よ う な 状 況 に 鑑 み て ,ザ
クセン州 水管理 局では ,エ ルベ川 支川 のムル デ川に
対し,河 川が本 来有 する氾 濫によ る遊 水機能 を活か
し,農 耕 地 は あ る 程 度 ,氾 濫 を 許 容 し ,人 口 密 集 地
を堤防で防御するという考え方に基づいた治水計画
を打 ち 出 し て い る 。
チェコ の プ ラ ハ 市 内 に つ い て は ,100 年 確 率 の 洪
水に対するブルタバ川の堤防の整備計画があるが,
予算の制 約や景 観の保 護な どの観 点から ,現 状の治
水安全度は 1/20 程度とのことである。そのため,世
界遺産に指定されている旧市街地などの重要な箇所
につ いては,Photo 3 に示 すような移動 式の特殊堤
防(モバイル・レビーと称されていた)によって防御
す る こ と に なって お り,今 回 の 洪 水 に お い て も 消 防
隊員によ りこの 特殊堤 防が 設置さ れ,旧市街 地の浸
水を 防 止 し た 。
4.2
危機管理
ド イ ツ,チェコ と も ,災 害 対 応 は 住 民 に 最 も 身 近
な行 政 主体 で あ る 市 町村 が あ た り,災 害 の 規 模 が大
きく な る に 伴 い ,県 ,州 ,そ し て 国 が 対 応 し て い く
体制 を とって い る 。
ド イ ツで は 連 邦 制 を敷 い て お り,災 害 対 応 は 州政
府が 行う の が 基本 で あ るが ,今 回 の 水害 で は ,ザク
セン州の要請に応じて連邦政府に災害対策本部が設
置さ れ,被災 者 支 援な ど に 迅速 に 対 応し た 。こ れを
契 機 に ,州 を 越 え る 広 域 的 な 災 害 な ど の 場 合 に は ,
連邦政府に中央司令部のような組織をおく必要性に
つ い て 議 論 が 始 め ら れ て い る 。ま た チェコ で は ,首
相が ,閣 僚 に よ り 構 成 さ れ る 危 機 管 理 ス タッフ と の
会議 を経 て ,非 常 事態 宣 言 を発 し ,そ れに 基 づ いて
政府 の 災 害 対 策 本 部 が 設 置 さ れ た 。
今 回 の 水 害 時 に ド イ ツ で は ,専 門 ボ ラ ン ティア で
あ る「 技 術 支 援 隊 」が 活 躍 し た 。こ の 組 織 は 連 邦 の
機 関 で あ る が ,志 願 し て 訓 練 を 受 け た ボ ラ ン ティア
が 中 心 で あ り,専 門 技 術 も 高 く,出 勤 時 に は 手 当 が
公務員 なみに 支給 されて いる。自然 発生的 なボラ ン
ティアの貢献も大きかったが,技術と組織力を伴った
技術支 援隊の よう なグル ープの 活動は ,水 防活動 や
災害 復 旧活 動 にお い てき わ めて 有 効で あったと の こ
と で あ る 。ま た ド イ ツ や チェコ と も に ,災 害 に よっ
て住民 が避難 した 際に,いち早 く被 災者や その関 係
者など に対し てカ ウンセ リング 窓口が 開設 され,心
のケアへの対応がなされていた。
4.3
被災者支援
水 害 保 険 は ,ド イ ツ,チェコ で は 民 間 に よ り 運 営
されている。ドイツでは,全被害総額 92 億ユーロの
約 20% にあたる 18 億ユーロの保険金が支払われた。
内訳 は ,半 分が 企 業 ,半分 が 個 人な ど に 対す る 支 払
い で あった 。
今回の水害では,ドイツ,チェコとも住宅に被害が
生じた 被災者 らに 公的な 給付が 実施さ れた 。とく に
ドイ ツ で は 今 回の 洪 水 に 限り,被 災 者 の住 宅 な ど の
被 害 に つ い て は ,保 険 加 入 の 有 無 に か か わ ら ず,ほ
ぼ 100% の 支 援 が な さ れ る と い う こ と で あった 。こ
のよう な特例 措置 は,今 回の洪 水が きわめ て大規 模
で あった こ と ,被 災 地 が 統 一 後 の 経 済 発 展 を 目 指 す
旧東 独 地域 で あった こ とな ど の理 由 によ る との こ と
で あった 。
今回の水害の特徴と教訓
5.
今回 のエル ベ川 流域の 洪水災 害調査 から ,筆者 が
感じたことを少しばかり書き記すこととする。
5.1
大河川の洪水と中小河川の洪水
エル ベ川の 洪水 流下と それに 伴う溢 水,破堤に よ
る 洪 水 氾 濫 が 発 生 し た が ,洪 水 規 模 に 比 べ て 被 害 ,
と く に 人 的 被 害 は 少 数 で あった 。当 然 の こ と で は あ
るが ,エ ルベ 川 の よう な 大 陸河 川 の 洪水 と ,わ が国
の河川での洪水はその特性が著しく異なっており,エ
ルベ川の流量や水位のハイドログラフの変化はわが
国の河川のものに比べてきわめて緩慢である。Fig.5
は,ドレスデンとその約 100km 下流のトルガウの水
位ハ イ ド ロ グ ラ フ で あ る 。縦 軸 の 水 位 は ,2002 年 8
月 1 日 午 前 の 各 地 点 の 水 位 を 0m と 設 定 し ,そ れ か
らの 偏 差 で 表 し た も の で あ る 。
対象地点の上流で観測される流量や水位の情報が
得ら れれ ば ,近 似 式や 経 験 式な ど で 水位 ,流 量 は実
用的 な 範囲 内 で 十 分 予測 可 能 で あ り,し か も 観 測地
点 と の 距 離 に よ れ ば ,1~2 日 の 時 間 的 余 裕 も あ る 。
した がって ,土 嚢 を 積 む な ど の 水 防 活 動 や 避 難 活 動
などを,わが国 の洪 水時と 比較す れば かなり 余裕を
もって 実 践 す る こ と が で き た の で あ ろ う。
これに対 して,ドイツ,ザクセン州のム ルデ川や,
エ ル ツ 山 脈 を 背 後 地 に も つ バ イ サ リッツ 川 ,ミュー
ク リッツ 川 の 洪 水 被 害 は ,1 日 程 度 の 集 中 豪 雨 に よ
り 生 じ た 中 小 河 川 の 洪 水 氾 濫 に よ る も の で あった 。
洪水 の 流出 が 速 く,堤防 の 決 壊 や 構造 物 の 破 損 をも
た ら し ,流 域 の 規 模 の わ り に は 被 害 が 大 き かった 。
と く に ミュー ク リッツ 川 で は 激 し い 土 砂 流 出 を 伴っ
ていた。これら の河 川災害 はわが 国で みられ る中小
河川 の 洪 水・土 砂 氾 濫 に 類 似 の も の で あった 。
5.2
都市型水害
チェコの プ ラハ 市 内で は ブル タ バ川 の 溢水 に より
洪水氾濫 が発生 したが ,カ ルリン 地区 では氾 濫水が
地下鉄駅に浸入した。1999 年の福岡市,2001 年の韓
国ソウル 市でも 同様の 地下 鉄浸水 が生じ たが ,プラ
ハ市内の 地下鉄 は軌道 が地 下深部 にあり(一 説によ
る と シェル タ ー 機 能 を 兼 備 し て い る と の こ と ),福
岡市やソウル市とは比較にならないほど長期の運休
を余 儀な く さ れた 。ま た カ ルリ ン 地 区,ホ ル ソ ビス
地区 では ,住 宅 の 地下 室 に も氾 濫 水 が流 入 し ,地下
室は ほ ぼ 壊 滅 状 態 と なった 。
大都市 が洪水 に襲わ れる と,直 接被 害に加 えて間
接被害が 生じ,地方 の洪水 被害よ りも 格段と 大きな
もの とな る 。今 回 のプ ラ ハ 市内 の 地 下鉄 浸 水 ,ドレ
スデ ン 市 内 の 鉄 道 駅 の 浸 水 ,両 市 の 観 光 ス ポット の
浸水 は ,大 き な 経 済 損 失 に 繋 がった 模 様 で あ る 。
5.3
わが国の治水対策への教訓
エルベ 川とわ が国の 河川 では,たと え一級 河川で
あっても,その流域規模や河道特性が異なるために,
エルベ川の洪水や河川管理の問題をわが国の河川に
あて はめ て 考 える に は 難し い 面 があ る 。一 方 ,中小
河川の洪 水災害 や都市 部で の洪水 災害は ,そ れらの
Fig.5 Water level hydrographs of Elbe river
特性 が わ が 国 のも の と 類 似し て お り,これ ら も 含 め
て考えれば今回の水害を教訓とすることは少なくな
い。
(1) 中 小 河 川 の 治 水 安 全 度 の 向 上
ド イ ツ,ザ ク セ ン 州 の 中 小 河 川 と 同 様 に ,わ が 国
でも一級河川以外の中小河川の安全度には問題が多
い(武藤 ら 2000)。今回 のミュー クリッツ川 の大規 模
な土砂流出は上流の小規模な調整池の決壊が原因と
言われ ている が,山地河 川の多 いわ が国で も土砂 流
出災害の危険性は高く,過去の水害実績やシミュレー
ション解析をとおして,災害を予見する必要がある。
そして,ハードな対策の早期実現は困難であっても,
土地 利 用規 制 や避 難 シス テ ムと いったソ フ ト的 対 策
の整備 を進め ,災 害を少 しでも 減じ る手立 てを講 じ
ることが重要である。
(2) 都 市 耐 水 性 の 向 上
プラ ハ市の 場合 ,洪水 氾濫予 測図 が作成 されて お
り,浸水域はある程度把握されていたようであるが,
地 下 鉄 浸 水 対 策 は 盲 点 と なって い た よ う で あ る 。ま
たドレ スデン 市で は,エ ルベ川 に比 べて支 川のバ イ
サ リッツ 川 に 対 す る 警 戒 が お ろ そ か で あった よ う な
印象 を 受 けた 。都 市 特性 の 変 化を 考 慮 し,過 去 の 水
害 実 績 に 加 え て ,想 定 さ れ る 様々な 状 況 の も と で シ
ミュレ ー ション 解 析 を 実 施 し ,都 市 の 浸 水 で 起 こ り
えるこ とをす べて 洗い出 し,そ の対 策を講 じてお か
なけれ ばなら ない のは,世界中 どの 都市で も同じ で
あ ろ う。
な お 、プ ラ ハ の 旧 市 街 を 護った 移 動 式 の 特 殊 堤 防
は,土 嚢 に 置き か わ る程 度 の もの で あ るが ,溢 水 の
危険箇 所が把 握さ れ,し かもそ こで の流れ がさほ ど
激しく ないと の条 件が満 たされ れば,日本 でも適 用
される可能性はある。
(3) 水 防・災 害 復 旧 シ ス テ ム の 整 備
ド イ ツ で は ,連 邦 に よって 組 織 さ れ た ,高 い 技 術
力 を 伴った 技 術 支 援 隊 が 水 防 活 動 ,復 旧 活 動 に 大 い
に 貢 献 し た 。今 回 の 水 害 が 広 範 な 地 域 に わ たった た
め ,地 先 の ボ ラ ン ティア や 支 援 者 だ け で は 対 応 で き
ない活 動も円 滑に 行われ たよう である 。わ が国に も
水防 団 組 織 が あ る が ,団 員 は 高 齢 化 傾 向 に あ り,ま
参考にされたい。
た都 市 域で は 住 民 の 地域 に 対 す る 意識 も 低 く,その
最 後 に ,砂 田 憲 吾 山 梨 大 学 教 授( 団 長 )を は じ め
活動体制 は十分 整備さ れて いると は言い 難い 。水害
と す る 水 害 調 査 団 の 皆 様 に は ,様々な 面 で お 世 話 に
の事前・事中・事後の活動を適切にサポートするこの
な り,厚 く 御 礼 申 し 上 げ ま す。ま た 筆 者 が 水 害 調 査
種の 組 織 は わ が 国 で も 導 入 を 検 討 す べ き で あ ろ う。
団 に 参 加 す る に あ た り,便 宜 を 図って い た だ い た 京
都大 学 防 災研 究 所 入倉 孝 次 郎教 授( 前 所長 )に 感 謝
6.
おわりに
い た し ま す。さ ら に 本 報 を ま と め る に あ た り、資 料
整理や図の作成などで協力いただいた京都大学大学
今 回 の ヨ ー ロッパ 水 害 で は ,プ ラ ハ 市 で は 地 下 鉄
や地 下室 の 浸水 と いう 都 市型 水 害が 起 こって い るこ
院 生 ,徳 永 智 宏 氏( 現 ㈱ 建 設 技 術 研 究 所 ),大 八 木
亮 氏 に 謝 意 を 表 し ま す。
と,ドレ スデン 市お よびそ の周辺 では 時間変 化の緩
やかなエ ルベ川 の洪水 に加 えて,中小 河川の 甚大な
洪水・土 砂 氾 濫 が 発 生 し て い る こ と か ら ,近 年 の わ
参考文献
が国の水 害との 共通点 が見 出され る。わが国 の水災
害を対象 とした 研究も ,そ の多く が海 外の水 災害に
も適 用可 能 で ある 。今 後 ,海 外の 事 例 を扱 う こ とが
砂田 憲吾・中北 英一・佐藤 宏明・川 本正 之・長 谷川 新
(2003): 欧州水害について,河川,2 月号, pp.12-40.
今ま で 以 上 に 増 え て い く こ と で あ ろ う。
ドナウ川流域,ローヌ川流域を含む 2002 年のヨー
武藤 裕 則・中 川 一・戸 田 圭 一・市 川 温 (2000): 中 小 河
- 1998 年 8 月新
ロッパ 水 害 全 般 に 関 し て は ,土 木 学 会 ヨ ー ロッパ 水
川の洪水氾濫対策に関する研究
害調査団のメンバーが分担して報告記事を詳しく記
潟 下 越 地方 に おけ る 豪雨 災 害を 例 とし て ー,自 然
している(砂田ら,2003)。関心のある方はそちらも
災 害 科 学 ,19-2, pp.257-271.
Flood Disaster in Europe in Summer 2002
- Focused on the Elbe River Basin Keiichi TODA
Synopsis
In summer 2002, great floods occurred in Germany, Czech, Austria and France, and they caused
heavy damages all over Europe. This paper reports the flood disasters in the river basin of the Elbe
running Czech and Germany, especially the urban flood characteristics in Prague and Dresden based on
the detailed field survey. Also, the flood countermeasures of Germany and Czech are studied. Through
the findings, several lessons to flood countermeasures in Japan are proposed.
Keywords :
the Elbe, heavy rainfall, flood inundation, urban flood, flood countermeasures
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