サブテーマ1: 表現型数値計測システムの開発と実験データの収集

サブテーマ1: 表現型数値計測システムの開発と実験データの収集
研究代表者
城石 俊彦(プロジェクトディレクター、国立遺伝学研究所)
共同研究者
[国立遺伝学研究所]倉田のり、伊藤幸博、小出剛、岡彩子、田村勝、春島嘉章、
高田豊行、前野哲輝、永口貢、堀内陽子、梅森十三
[国立情報学研究所]佐藤真一、北本朝展、藤山秋佐夫
[統計数理研究所] 江口真透、種村正美、田村義保、土谷隆、福水健次、池田思朗、
栗木哲、藤澤洋徳、川崎能典、川喜田雅則、樋口知之
[新潟大学医学部] 木南凌
[東京都精神医学総合研究所]池田和隆
1.研究目標
遺伝因子と環境因子が複雑に関与した生命システムの理解には、自然集団から収集した遺伝的
変異に富んだ多数の生物系統を対象とした「生物多様性解析」が有効である。その研究の最初の
ステップとして、生物多様性を客観的に記載する数値計測技術とその技術を活かした表現型情報
の整備が重要である。このサブテーマでは、国立遺伝学研究所が自然集団から独自に採集し樹立
してきたマウスやイネ等の多数のモデル生物系統の多様性を客観的に評価するために、表現形質
の数値計測システムの開発を行う。さらに計測された数値データを統計解析に適用するため、生
物系統や遺伝的交配個体からの表現型データの体系的な収集を推進する。
2.年次研究計画
平成17年度
形態多様性解析として、マウス下顎骨の画像データについて P 型フーリエ記述子を用いた形態
数値化とそれを用いた主成分分析が系統間の多様性解析に有効であることを示した。X 線 CT 値
による分析において、マウス内蔵脂肪と皮下脂肪を自動的に判別して各脂肪量を定量化するため
のソフトウエアの開発に着手した。マウス行動パターンの内、社会行動と自発活動の日周期変動
について、客観的な数値計測化と統計モデルによるシミュレーションを行った。遺伝的距離の大
きな生物系統において、一方の系統のゲノム DNA のプローブセットを用いたマイクロアレイの統
計解析についての検討を行い、SNP 由来の見せかけのシグナル強度を判定するための方法論を検
討した。
平成18年度
・ マウス皮下・内臓脂肪を自動測定し数値化するシステムを構築するため、(B6 x JF1)F2世代
の複数個体のCT画像データの取得と、それらを用いた各組織のCT値の画像毎のばらつきの抽出と、
皮下・内臓脂肪を自動測定するため腹筋線の特徴点選定を行った。
・マウス肥満に関連する表現型に関する責任遺伝子座を検出するため、(MSM x B6)F2交配世代を
用いたQTL解析を行った。また、新規に(JF1 x B6)F2交配世代個体について、エネルギー代謝
1
関連表現型を中心としたパラメータの計測を行った。
・マウス自発活動性について16の系統と二つの交雑個体群の活動の時系列データを収集した。
C57BL/6系統とMSM系統の社会行動について、トラッキングデータの自動解析と観察法による解析
を行った。
・イネについて、野生イネ・コアコレクション 46 系統で穂形質(穂型、頴花長、葯長、粒重、
1穂頴花数、稔性)を解析した。各形質の相関関係の検定を行い、今後のアソシエーション解析
に適した形質と系統の検討を行った。
・イネとマウスの二つの生物種において、SNPに配慮したマイクロアレイによる遺伝子発現の
統計解析手法開発のための実験データを生産した。また、アフィメトリクス社製GeneChipを用
いて、シグナル強度の比較からSNPを検出するために開発したプログラムを検証するため、こ
のプログラムにより検出されたSNPと、塩基配列比較から検出されたSNP(すでにDB化した)の
比較検討を行った。
平成19年度
・マウス X 線 CT 画像から内臓と皮下脂肪の自動判別のため、形態テンプレートに基づく腹筋線
と脂肪組織領域の自動抽出について継続して検討する。また、平面画像から精度良く立体像を復
元し、生体の内部観察を可能にするボリュームレンダリングの最適化の検討を行う。
・(B6 x JF1)F2 世代によるエネルギー代謝関連表現型を中心としたパラメータ計測について、X
線 CT による測定を行う。また、得られた F2 世代個体の遺伝子型データを整備する。
・野生イネ系統の集団を用いて穂形質や生育特性等の形質データを収集し、系統別の遺伝子発
現データをマイクロアレイ解析により取得する。形質や遺伝子発現量の差と検出したSNPとの
アソシエーション解析のための統計手法を検討する。
・イネ系統間 SFP とハイブリシグナル強度差との相関解析の結果をもとに、SFP 推定プログラム
の最適化を行う。その結果を基礎として、SFP を考慮した発現遺伝子の量を補正する方法の完成
と公表を目指す。
・SNP検出アルゴリズムにより、マウスB6-MSM系統間のSNPとシグナル強度の関連を検証する。
このアルゴリズムを異なる亜種系統間のヘテロ接合体、さらに、ゲノム情報未知の野生由来マ
ウス系統のマイクロアレイ解析に応用するための最適化法を検討する。
平成20年度
・腹筋線自動抽出アルゴリズムのベータ版ソフトウエアの作成を開始する。これによる腹筋線
自動抽出と脂肪蓄積量の計測、ソフトウエアのデバック、ならびに実データとの比較による完
成版ソフトウエアへのフィードバックを行う。
・マウスMSM-B6系統間ならびにJF1-B6系統間のF2交配世代のエネルギー代謝関連表現型を対象
として、全ゲノムを対象としたゲノムスキャンを行う。サブテーマ2と連携してQTL解析によ
る責任染色体とエピスタシスの抽出を行い、候補遺伝子の探索を進める。
・イネの複数の系統についてマイクロアレイデータの収集を行い、SFP を反映した遺伝子発現量
補正法を確立し、遺伝的にどの程離れたイネに適用できるかを検索する。また、遺伝子発現量と
2
イネ形質との相関を抽出する。
・SNP効果を検出するアルゴリズムを、マウスB6系統と亜種の関係にある複数系統のアレイデー
タに適用し、その有効性を検証する。
・イネの細胞質と生殖的隔離障壁の相互作用を検出するため、雌雄逆交雑の雑種自殖集団(F2)
を用い、生殖的隔離のマッピングを行う。細胞質が異なることによってこの交雑組合せで生殖的
隔離障壁がどの様になるか調べ、その成果を公表する。
平成21年度
・腹筋線自動抽出アルゴリズムを実装したソフトウエアの完成と公開を行う。完成版ソフトウ
エアによる各種脂肪組織の測定とデータマイニングを行う。
・マウスMSM-B6系統ならびにJF1-B6系統間のエネルギー代謝関連表現型を規定する原因遺伝子、
エピスタシスに関与する遺伝子群の抽出と逆遺伝学的実験手法による検証を行う。
・イネで収集した形質、遺伝子発現量の差などの量と相関する SFP を検出し、原因となる候補
遺伝子を探す(アソシエーションマッピング)。絞った候補遺伝子について遺伝解析を行い、形
質の差をもたらした遺伝子の同定を行う。さらにイネの複数系統を用い、形質、遺伝子発現量の
eQTL とマイクロアレイとで検出した SFP のアソシエーションマッピングを行う。
・マウスについて、本研究の中心課題の一つである肥満関連表現型を規定する遺伝子発現量に
ついて、SNPを考慮した解析を行いこれに関与する遺伝子群を探索・同定する。
3.平成18年度の研究進捗
課題a. 3D画像による体脂肪計測法の開発とデータマイニング
【担当研究者】
[国立情報学研究所]北本、佐藤(真)
、藤山
[国立遺伝学研究所]高田、前野、田村、城石
【研究の目的】
X 線 CT(Computed Tomography:コンピュータ断層撮影)装置の高速・汎用化により、従来と
比較して検体観察がより迅速・簡便化された。そこから得られる大量のボリュームデータを利用
することで、ヒトの疾患診断ばかりではなく、さまざまな生物学的表現型の詳細な観察が可能と
なった。特に、ボリュームデータから対象物の 3 次元的な輪郭を正確に抽出・計測し、客観的数
値データを取得する手法の開発は非常に重要であり、この解析手法の構築は本研究が目的として
いるボリュームデータからのマウス表現型収集を高速に行うこと以外にも、医療分野における診
断支援に応用できると考えられ、汎用性が高い。我々は多数のマウス個体を使用し、全身を対象
としたボリュームデータから脂肪組織(皮下・内臓脂肪)を区別して 3D 画像を再構築し、さら
に詳細な部位を自動測定し数値化するアルゴリズムを開発している。これまでの研究から、脂肪
組織の自動抽出・定量化のためには、先ず皮下・内臓脂肪の境界に存在する腹筋線の自動抽出ア
3
ルゴリズムの開発を行うことが必須であると結論するに至った。この腹筋線の自動抽出アルゴリ
ズムの開発には、active contour(輪郭線抽出)
、active net(面の抽出)
、active tube(管の
抽出)などの手法が考えられる。このため、本研究では、「典型的な腹筋線」を同定して、新規
観測時に腹筋線の経験的予測ができるアルゴリズムと、これを実装したプログラムの開発を目標
にしている。
【平成 18 年度の進捗】
これまでの研究から、マウスの皮下脂肪と内臓脂肪を自動的に分類して計測する画像処理シ
ステムの開発を進めるためには、多数のマウス個体のボリュームデータを参考にして皮下・内
臓脂肪の境界に存在する腹筋線の自動抽出が必須であるとことがわかった。このためには、脂
肪蓄積が異なる多様な個体群からCT画像を収集し、それらのボリュームデータを使用した「典
型的な腹筋線」の同定を行う必要がある。本年度は、この課題を克服するために必要なマウス
個体の作出、ならびにそれらを使用したボリュームデータの収集を行った。汎用実験系統であ
るC57BL/6J(Mus musculs domesticus)、これと遺伝的に異なる日本産マウス由来の近交系統で
あるJF1/Ms(Mus musculs molossinus)の交配によってでF2世代を作製し、計331個体のCT画像
を取得した。撮影は同一個体を10週令、25週令の各観測時期について撮影したため、CT画像セッ
トは651セットとなった。内訳は10週令が331個体、25週令が320個体である。各個体について
はCT撮影前に体重及び体長を測定しBMI(Body mass index)を算出した。撮影した画像データセッ
トは、各個体のBMIによる分類により、肥満・痩せ等の判別を行った。BMI については10週令
雄個体;23.6 - 42.5、雌個体;20.3 - 45.6、25週令雄個体;24.7 - 50.6、雌個体;22.3 - 46.1
という非常に広範囲に渡る多様な画像サンプルを得ることができた(図1)。
図1、F2(JF1/B6)個体の10週令および25週令のBMIの分布。肥満および痩せ個体のCT撮影を目的とした広
範囲に渡るBMIにより構成されるサンプルソース。雄個体群(左)、雌個体群(右)。縦軸はCT撮影セッ
ト数、横軸はBMIの分布を示す。
例として、BMIの差により分類したF2世代個体の脂肪蓄積量の違いについて、10週令の雌個
4
体群中のBMIを参考にその値が最小ならびに最大となったものについて図2に示した。図からも
明らかなように、BMIを指標とした分類は、腹筋線の認識と皮下脂肪、内臓脂肪を分類するた
めの量的多様性のあるデータとして非常に有効である。しかしながら、BMIを指標とした分類
では、皮下脂肪における背側と大腿部周囲の白色脂肪、また内臓脂肪の内の生殖線周囲、腎臓
周囲、腸間膜周囲の各白色脂肪組織の分布を分けることができなかったので、現在この問題を
克服するための手法を検討中である。
図2、BMIにより分類したF2(JF1/B6)の10週令個体におけるBMIと脂肪蓄積の観察。雌個体における痩せ
(A)、
肥満型(B)の全身形態と第3腰椎周辺の皮下および内臓脂肪の分布(A’、B’)を示す。腹筋線をマゼ
ンタで示している。
平成 18 年度の成果により CT 撮影は 600 セットを超え、順調にデータが蓄積している。特に現
在解析に使用しているデータは CT 撮影装置により修正されたデータであるため、最終的なデー
タソースには CT 値の生データを含むテキストファイルを取得し、画像の再構築後に脂肪蓄積量
を定量するプロセスを経ることが適切であると考えられる。この際には研究グループ間で大量の
データをやり取りする必要が生じることが予想されるため、これらデータを研究グループが円滑
にやり取りするための仕組みを構築している。具体的には、主にネット上でデータを共有するた
めの開発サーバの設置ならびに共有サイトを立ち上げ、研究グループ内での情報共有と議論が円
滑に行えるようになってきた。
課題b. マウス行動および感覚系表現型の計測システムの開発
【担当研究者】
[国立遺伝学研究所]小出、梅森、
[統計数理研究所]種村、土谷、川崎、福水
[新潟大学医学部]木南
[東京都精神医学総合研究所]池田
【目的】:集団中で連続的な多様性を示す高次機能の理解は、体質や性格などの個人差をもたら
す機構の解明という点からも現在注目されている研究分野の一つである。その高次機能の中で、
行動表現型は形としては残らないため、
その計測記録システムおよび解析には困難が伴う。
また、
行動は時間軸に沿った発現をするため、その定量的な評価は難しい。本研究では、マウス行動を
5
定量的に計測し、得られたデータを数理的な手法を用いて解析して、将来の研究において発展性
のある行動成分を抽出し、その形質の背後にある特性をモデル化により明らかにすることを目的
とする。平成18年度は、そのため、統計数理研究所と共同で、マウスの自発活動性や社会性など
の行動を時系列に沿って効果的に解析するシステムの確立を進めた。
【平成18年度の進捗】
(1) マウス自発活動における超日周期解析の試み
自発活動性は、テリトリーの確保や餌の探索といった、動物の生存に深く関わる、重要な行動
形質の一つである。また、社会行動を含む、全ての行動の基本となる行動形質である。このよう
な自発活動には周期性が見られ、特に概日周期(サーカディアンリズム)については、既によく
知られている。しかし、動物は概日周期だけではなく、1日より短い周期(超日周期)で、活動
と休息を繰り返しているように見える。このような超日周期については、まだほとんど研究が進
んでいない。これは、超日周期を解析するための有効な解析手法がこれまで確立されていなかっ
たことが原因の一つである。そこで、本プロジェクトでは、遺伝的に異なったいくつかのマウス
系統を用いて、その活動性について解析系の確立を目指した。
国立遺伝学研究所では、スタンダードな実験用系統の他に、世界各国から集められた、多くの
野生由来のマウス系統が維持されている。これらの系統は多様な行動を示すことがわかっている。
特に自発活動性に関しては、大きな系統差があることが知られている(図1)。このことから、
自発活動性は遺伝的に制御されていると考えられている。
180000
160000
140000
120000
100000
80000
60000
40000
20000
0
B6
B10
DBA
BFM
C3H
KJR
MSM
JF1
JFK
BLG
SWN
NJL CAST HMI
図1、マウス系統間に見られる多様な自発活動性
この自発活動性の系統差を明らかにする目的で、各野生由来系統の活動量を時系列にそって解
析を進めた。マウスは、8:00 から 20:00 までを明期、20:00 から 8:00 までを暗期として、また
室温 22±2℃、湿度 50±10%に保った飼育室内で維持し、自発運動性を測定した。測定には、
ABSYSTEM (NEOUROSCIENCE, Co., Ltd) もしくは ACTIVITY SENS (O’hara,Co., Ltd)の測定ケー
ジを用いて、
生後 8~15 週齢の雌もしくは雄について、4 日間連続でその活動量を自動計測した。
最初の 1 日間は馴化期間として解析からは除外した。各個体の自発活動量は、1 分毎に表す時系
列データとして記録した。
6
いくつかの特徴的な系統について、
この方法で記録した3日間の活動パターンを図 2 に示した。
例えば、B6 には活動期に特徴的な休息が見られ、また CAST においては、活動期のズレが観察さ
れた。また、夜間活動期における活動パターンを比較すると、各系統によって 10〜40 分くらい
の周期性があるように観察された(図 3)。
これらの結果は、マウスは、系統もしくは個体特有の活動パターン、もしくは活動リズムを有す
ることを示唆している。従って、これらリズム解析は、行動遺伝学の新たな指標となるばかりで
なく、将来的には遺伝解析により、リズムを制御する新たな振動体やメカニズムを同定すること
が可能となるかもしれない。また、これらの解析に用いた方法論を、自発活動以外の別の行動解
析にも応用できる可能性もある。
実際の解析については、先ずは複数個体の周期性を調べることにより、これらの活動パターン
が個体特有なのか、それとも系統特有なのかを知る事が必要である。現在のところ、B6、KJR お
よび MSM の複数個体について、統計数理研究所、川崎がモデリングを行っている。
これらの系統を含め、当研究室では、16 種類のマウス系統について、それぞれ 10 個体以上の
3 日間の自発活動性データを保持している。また、特に高活動性の系統である KJR と低活動性の
系統である BLG を掛け合わせて作成した KLxK、300 個体や、
同様に KJR と B6 を掛け合わせた BKF2、
300 個体の活動性データを保持している。これらの個体は、遺伝解析によりその遺伝子型がわかっ
ているため、周期性のデータと組み合わせることにより遺伝解析を行い、その遺伝的要因のマッ
ピングを行うことが可能になるものと期待できる。
(2) マウスにおける社会行動解析
社会的動物であるマウスにとって、同種の他個体を認識し、コミュニケーションを行うことは
非常に重要である。この社会性には個体差があり、遺伝的寄与が示唆されているが、その遺伝的
基盤については解明が進んでいない。その原因は、動物が示す社会性を定量化する効果的な手法
7
が確立されていないことが大きな原因の一つであると考えられる。そこで、本研究では、マウス
2 個体が示す社会行動を定量化する手法の確立を目指した研究を行った。
テストに用いる 2 個体は同リターの同性の個体であり、9~10 週齢時に個別飼育し、テストは
個別飼育から約 10 日後に行った。テストでは、2 個体のマ
ウスをオープンフィールド(60×60×40 cm)に入れ、10 分
間自由に探索させ、2 個体の行動をビデオで記録した(右図
参照)
。その後、コンピュータ上で Image SI(O’hara,Co., Ltd)
を用いて画像解析を行い、2 個体の接触時間、接触回数、
3 count
/1 sec での各個体の位置情報を算出した。
我々は、一般的実験用系統である C57BL/6J(B6)と、野生
の行動特性を多く残した野生由来系統である MSM について、社会行動の違いについて検討を行っ
た。まず、社会的接触の長さについては、MSM が雌雄ともに顕著に長い社会的接触を示すことが
明らかとなり、それは B6 と比較して 3 倍近く長かった。一方、接触回数には B6 と MSM の間に差
がなかったことから、MSM は 1 度接触すると長時間一緒にいる傾向にあることが分かった。
画像解析ソフトによる解析からは性差は全く認められなかったが、詳細な行動観察による解析
から MSM の社会行動には雌雄差が存在することが明らかとなった(鹿児島大学、富原一哉先生と
の共同研究)
。におい嗅ぎ行動(social sniffing)の出現頻度は雌のほうが長いのに対し、攻撃
行動(attack と aggressive chasing)は雄のみで顕著に観察された。一方、B6 ではいずれの行
動についても雌雄差は認められなかった。
8
このように、2個体のマウスをオープンフィールドに同時に入れてその行動を解析することで、
マウスの社会行動について分析することが可能になることが示された。また、それと同時に、既
存の解析ソフトによる接触回数や接触時間などではその社会行動を必ずしも十分に解析しきれて
いないことが示された。また、行動の詳細な観察法による分析では、社会行動をより正確に分析
することが可能となることが示されたが、その解析には時間と労力がかかり、より効率的な正確
な分析法の確立が必要となることが示された。このような観点より、統数研の種村及び土谷によ
る、社会行動の新たな解析法の確立に向けた試みが進められた。
課題c. マウスエネルギー代謝関連表現型計測法の開発と実験データの収集
【担当研究者】
[国立遺伝学研究所] 高田、前野、城石
[統計数理研究所] 栗木
【研究の目的】
日本産由来マウス近交系統である MSM/Ms や JF1/Ms 系統と標準的マウス系統である C57BL/6J
(B6)の実験交配を基にして、肥満ならびにエネルギー代謝を制御する遺伝子群を統計遺伝学的に
検出するための実験データの整備を目的としている。具体的には、F2 世代個体を使用した解剖
学的、血液生化学的パラメータ、その他のエネルギー代謝関連表現型を中心としたパラメータの
計測と各個体の遺伝子型タイピングを行う。特に、JF1/Ms 系統を用いた F2 世代個体では、課題
a により計測した CT 画像より得られた数値データを使用して、B6-JF1 のゲノム多型を指標とし
た全ゲノムスキャンを行い、最終的にはサブテーマ2において推進中の QTL 解析による各種表現
型の責任遺伝子領域とエピスタシスの検出を行う。
9
【平成18年度の進捗】
これまでに生産されている MSM/Ms と B6 系統との F2 交配世代の肥満形質の表現型データを
基にして、関連形質の QTL 解析を実施した。用いた手法は R/qtl に実装されている多重区間マッ
ピング法 (MIM) である。その結果、体脂肪重量に影響を与える主要 QTL が染色体 1, 2, 6, 9, 16
番上に存在すること、それらは部位特異性、性特異性を持つことを明らかにした。また、ゲノム
ワイドな 2 次元ゲノムスキャンにより,これら個々の主要 QTL と対になることで効果を発揮する
エピスタシスにかかわる3つの QTL を検出した。
新たに開始した JF1 と B6 系統間の F2 世代個体によるエネルギー代謝関連表現型を中心とし
たパラメータ計測については、JF1、B6、JF1 と B6 の F1 世代、さらには F1 世代の交配により
得られた F2 世代の肥満関連形質を中心とした表現型データの拡充を図るため、QTL 解析を視野
に入れた形質データの収集を開始した(図 1)。
図1、F2(JF1/B6)の表現型収集
この解析ではとくに時間軸に沿った体重増加の遺伝的多
様性を CT 撮影による脂肪蓄積の変化を測定することで
検出することを主な目的としている。
マウスは離乳より雄は単飼、雌は最大5匹
までの群飼により維持した。各測定週令に達
した個体は、体重、体長、血糖値を測定、さ
らに CT による撮影を行った。10 週令による
測定を終えた個体は当該週令ごとに体重を測
定し、25 週令に達した個体は再び CT による
撮影を行った。25 週令の個体は血液を採取し、
ELISA 法によるインスリン、
レプチン、アディポネクチン
の測定、ドライケム (フジ
フィルムメディカル) による
トリグリセリド、コレステロー
ルの測定を開始した。
図 2 に 10 週令と 25 週令に
おける B6 ならびに JF1 の雌
雄の体重を比較した。
図2
B6 と JF1 の 10 週齢と 25 週齢の平均体重の比較。
10
縦軸は、重量 (g) 、試料は、上段より、性別、調査個体数、系統名を示す。
また、図 3 には 25 週令の雌雄における CT 画像を示してある。
図 3、B6 と JF1 の 25 週令の CT に
よる全身像。
図 2 に示されるように、JF1 は B6 と比較した場合、雌雄とも体重が少ない傾向にある。しか
しながら、図 3 から明らかなように、両者には脂肪蓄積の部位的な差異に基づく明らかな形態的
差異が存在する。この違いから、体重や体長の比較では検出することができなかった脂肪蓄積な
どに関与する新規な遺伝的システムを抽出することが可能になると考えられる。とくに、CT 画
像については、課題 a に示したごとく、F2 世代、計 331 個体の CT 画像の取得がすでに終了して
いる。CT 撮影以外の表現型収集と並行して、全ゲノムを対象としたマイクロサテライトマーカー
による粗いジェノタイピングを開始した。全ゲノムを対象としたマイクロサテライトマーカー
130 種類を使用し、JF1、B6、両者の F1 世代のゲノム DNA を鋳型として PCR による解析を行い、
それぞれのジェノタイプを検出可能なマーカーの選定を行った結果、約 80 種のマーカーが使用
可能であることを確認した(図 4)。
図4
全ゲノムを対象にして設定された遺
伝的マーカーの分布。縦軸は遺伝的組換
え頻度に基づく距離、横軸に各染色体を
示す。
11
今後はこれらのマーカーを使用した全解析個体のジェノタイピング、SNP マーカーを指標と
した全ゲノムマッピングを行う。さらに JF1 と B6 の F1 世代についても同様に同一個体を 10 週
令、25 週令の各観測時期について CT 撮影によるデータを取得する。最後に、B6 と MSM 系統の
F2 世代の解析に関しては、SNP 検出システムが整備でき次第、遺伝マーカー数を増やし、より密
度の高いマッピングパネルを作成して QTL の候補領域を絞り込む。さらにサブテーマ2と連携し
各形質間の相関解析を実施する。
課題 d. イネストレス耐性・穂形質の系統データ収集と遺伝子発現データとの相関解析法の開発
【担当研究者】
[国立遺伝学研究所]倉田、伊藤、春島、永口、堀内
【目的】
イネの形質として穂の器官の形状および生育特性等を中心に系統毎の形質を計測し、一方で全
ゲノムの遺伝子発現データや SFP(single-feature polymorphism)などのデータを取得する。こ
れら形質と発現ゲノム情報との相関関係を抽出し、個々の形質に関与する遺伝的要因を発見する
ことを目的とする。
【平成18年度の進捗】
16 species の野生イネコアコレクション 46 系統の18形質を系統当たり2−3個体より得た
10サンプルについて計測したデータを用いて、各形質データ間での相関を解析し、種間の相関
関係と種内の相関を求めた(図 d-1)。このデータをもとに、平成18年度は栽培イネ祖先種で
ある AA ゲノム種である Oryza rufipogon 36 系統に絞って、穂形質と分げつ能についての調査を
行った。穂型、頴花長、葯長、粒重、1穂頴花数、稔性など18の穂形質や分げつ数などを計測
し、各形質間で相互に相関関係の検定を行い、相関の高い形質および系統グループを検出した(図
d-2)。特に種子稔性、葯長などは、分類学上で言われている多年生と1年生の分類特性と相関が
高い事がわかった。アソシエーション解析に適したデータ解析法を課題 e で検討した。その中で
Affymetrix rice genome array を用いて、全ゲノム塩基配列が既知のジャポニカとインディカ
の品種間で解析を行った。この結果、ゲノム DNA や発現 RNA のハイブリダイゼーションシグナル
では、配列上で実際に SFP を持つ配列の 20%程度のみがシグナル差として検出される事が分かっ
た。遺伝的により離れた野生イネにおいては更に多くの SFP が期待され、SFP 密度としては、形
質との相関を比べるのに必要な量を確保できると考えられる。
- 12 -
600.0
500.0
AA cv.
AA
400.0
BB
BBCC
CC
300.0
CCDD
EE
FF
200.0
GG
HHJJ
100.0
0.0
0.0
10.0
20.0
30.0
40.0
50.0
60.0
number of panicles / plant
図 d-1. イネ9ゲノム中の野生9種と栽培1種、計46系統における穂数と頴花数の相関解析
O. rufipogon (AA)
100.0
90.0
80.0
70.0
60.0
annual
50.0
perennial
40.0
30.0
20.0
10.0
0.0
0.00
1.00
2.00
3.00
4.00
5.00
6.00
7.00
Anther length (mm)
図 d-2. A ゲノム野生イネ 36 系統における葯長と種子稔性の相関解析
課題 e. マイクロアレイによるイネ・マウス遺伝子発現データの収集と解析
【担当研究者】
[国立遺伝学研究所]倉田、堀内、春島、高田、城石
- 13 -
[統計数理研究所]藤澤、栗木
【目的】
マイクロアレイ解析における SNP のハイブリシグナルにおける影響を補正して、正確な遺伝子
発現量を測定するためのシステムを開発する。それを利用して、表現型と遺伝子発現量との相関
を抽出する統計手法を確立する。
(1)塩基配列未知のイネ系統の持つ構造的な差(SFP)をゲノム DNA によるマイクロアレイと
のハイブリダイゼーションで検出し、その情報を発現量測定の補正に利用できるかどうかを検討
する。第1段階としては、構造差がハイブリシグナルにどのような効率で反映されるかを配列既
知の系統どうしで確認して発現値の補正法を見いだし、真の発現量の差を見積もる方法の確立を
目指す。
(2)汎用実験用マウス系統のC57BL/6J (B6)に対して約1%の頻度のSNPが存在するMSM/Ms系統
を対象として、Affymetrics社製のGeneChipによる遺伝子発現プロファイル取得する。B6とMSM
系統の間の既知のSNPがハイブリシグナルに与える影響を基づいて、その発現値を補正する統
計手法を確立する。
【平成18年度の進捗】
(1) マイクロアレイデータに基づいたイネ SNP 検出の統計手法の開発
すでにゲノム塩基配列が公開された2つのイネ品種インド型イネ「93-11」と日本型イネ「日
本晴」の発現遺伝子(cRNA)およびゲノム DNA を、主に「日本晴」の発現遺伝子 5 万件を標的と
して設計されたアフィメトリクス社製 Rice genome array にハイブリし、シグナル強度のプロー
ブ間での比較を行った。平行して、
「93-11」と「日本晴」の塩基配列について、GeneChip の probe
塩基配列と相同性を持つ領域を DB 化した。ゲノム DNA および発現遺伝子のハイブリダイゼーショ
ンデータを既存および新規開発したプログラムで SFP を検出し、上記の塩基配列 DB と比較検討
を行い、プログラムの有効性と、真の遺伝子発現量を見積もる作業を進めた。表 e-1 に示すよう
に、ANOVA、ROBUST、SAM の3種の統計解析法を用いて、実際に配列差を持つプローブのうち何%
が検出されるかを見た所、ほとんどが20%以下の検出率となった。いずれも検出率は低かった
が、log 値を用いた ANOVA 解析がシングルコピープローブ 457,591 のうち 14,819 プローブつま
り 20.75%を検出でき、最も有効であると考えられた。有為なシグナル値の差として検出されな
い 80%程度のプローブは、発現解析における発現量への影響はないと思われ、考慮の必要がない
という結論が得られたと考えている。
- 14 -
表 e-1. ゲノム DNA マイクロアレイによる塩基配列差の検出頻度の統計解析
singlecopy in
PM
Detected
SCORE1(457591)
p<0.05(Fs>5,99)
Raw
Rate(%)
(A)Number of NP in I
71410
(B)expected NP by ANOVA
15230
A&B
p<0.01(Fs>13.75)
(B)expected NP by ANOVA
A&B
ANOVA
p<0.05(Fs>5,99)
(B)expected NP by ANOVA
A&B
p<0.01(Fs>13.75)
LOG
(B)expected NP by ANOVA
A&B
p<0.05
(B)expected NP by ROB
A&B
Robust
p<0.01
(B)expected NP by ROB
A&B
exp3
cube root
(B)expected NP by SAM
A&B
exp4
(B)expected NP by SAM
A&B
SAM
exp5
LOG
(B)expected NP by SAM
A&B
exp6
(B)expected NP by SAM
A&B
12795
15.99
17.92
5399
4678
13.35
6.55
17797
14819
16.73
20.75
7987
6943
13.07
9.72
17768
10242
42.36
14.34
10781
7155
33.63
10.02
9038
7897
12.62
11.06
12860
11369
11.59
15.92
9674
8465
12.50
11.85
13035
11528
FlasePositive(%)
11.56
16.14
(2) マウスの遺伝子発現解析におけるSNPの影響について
GeneChip上のプローブについて、MSM系統のSNPとIndel情報の収集を行った。Affymetrix社
のデータベースからMouse430_2 GeneChipに搭載されているcDNAの配列情報を取得し、MSM系統
のゲノムDNAの全ゲノムショットガンシークエンシングで得られたMSM_WGSデータに対して相同
性検索を行った。ユニークに対応付けられたcDNAの配列中からGeneChipのプローブに相当する
部位の塩基配列を抽出して、SNP及びIndelの検索を行った。平行して、B6とMSMの肝臓の転写
産物を用いたGeneChipの発現解析データを使用して、既知SNPの有無とそれぞれのプローブの
シグナル強度を解析し、SNPの存在するプローブとシグナル強度の対応付けを行った。図1に、
Mouase430_2 GeneChipに搭載されているcDNAのプローブ配列情報を利用して、MSM_WGSデータ
ベースに対して相同性検索を行った結果を示す。Mouse430_2 GeneChipに搭載されている496,468
個のプローブ中、マウス以外のコントロールプローブ711個を除いた495,757のプローブに対し
て、現時点で検索可能なプローブは205,977個であり、SNPの無い完全一致のプローブは179,452
個であった。また、プローブ配列中に1つ以上のSNPもしくはIndelが存在するプローブが26,526
個存在した。以上から、Mouse430_2 GeneChipに搭載されている45,101種類の遺伝子の転写産
物検出用のプローブセットの内、現時点で約42%のプローブの情報が得られ、さらにその中の
約13%のプローブにSNPもしくはIndelが存在するすることが明らかとなった。
- 15 -
図1
Affymetrix 社製 Mouase430_2 GeneChip のプローブ情報を、MSM_WGS データベースに対して相同性検索を行った
結果。Mouase430_2 GeneChip に搭載されている 496,468 個のプローブ中、現時点で検索可能なプローブは 205,977 個で
あった(左円グラフ)。検索可能なプローブ中の完全一致のプローブは 179,452 個、1 つ以上の SNP もしくは Indel が存
在するプローブが 26,526 個存在した(右円グラフ)
。
次に、検索により明らかになったプローブ情報を実際の遺伝子発現シグナルと結びつけるた
め、各プローブの SNP が遺伝子発現シグナルに与える影響を観察した。図 2 は MSM_WGS データベー
スに対して相同性検索を行った結果得られた遺伝子情報の一例である。
図 2、MSM_WGS データベースに対して相同性検索を行った結果得られたプローブ情報の一例
1列目より Affymetrix 社が定義付けた遺伝子 ID、プローブセットの計 11 個から成る ID、以降
プローブの 1 塩基から 25 塩基までの情報、SNP の数、Insertion の数、Deletion の数をそれぞ
れ示している。塩基情報に関しては SNP が無く、B6 系統と同一の場合は 0、SNP が存在する場合
は MSM 系統の塩基を示してある。図 2 示した遺伝子(1427027_s_at)の場合、プローブ id 0 か
ら 5 までは情報が得られていない (n と表記)。id6 から id10 までの情報は得られており、その
中でも id7 の 7 番目に SNP が存在していることを示す。ここで、B6 と MSM の肝臓の遺伝子発現
を Mouase430_2 GeneChip で解析したデータを使用して、実際に得られたプローブのシグナル値
- 16 -
に SNP がどのように影響を与えているか検証した。図 3 は上述したプローブセット 1427027_s_at
の各プローブのシグナル値を示す。シグナル値は log 変換している。B6 系統のシグナル値は青
実線、MSM 系統は緑実線で示してある。図に示すように、プローブ id0 から 6 および 8 から 10
は B6、MSM とも同程度のシグナルを示す。しかしながら SNP が存在すると考えられるプローブ
id7 は明らかな発現差が認められる。図 2 に示すように、1427027_s_at のプローブ id7 には SNP
が存在することから、この発現差異は SNP による影響を受けている可能性が高い。
図 3、B6 と MSM の肝臓の遺伝子発現における遺伝子(1427027_s_at)の各プローブのシグナル値
現在、検出可能なすべてのプローブについて、シグナル値と SNP あるいは Indel との関係を検出
している。実際に SNP の影響を受けているプローブを選別できれば B6-MSM 間の遺伝子発現差異
を精度よく観察できると期待される。さらに、シグナル強度の比較から SNP を検出するプログラ
ム((1)イネの項を参照)を使用し、MSM/Ms 系統の SNP 情報(MSM_SNP データベースから取得)
とシグナル強度の対応付けを行っている。
課題f. 生殖的隔離障壁およびエピスタシス解析のための実験データの収集
【担当研究者】
[国立遺伝学研究所]倉田、春島、岡、城石
[統計数理研究所]栗木
【目的】
生物学的[種]を隔てる生殖的隔離は遺伝子間の相互作用によってもたらされる。生殖的隔離
- 17 -
の相互作用を検出する手法を統計学及び遺伝学的な手法を組合せて開発する。
(1)イネ雑種集団(F2)について全ゲノムをカバーする高密度マーカーの遺伝型の分離デー
タを用い、生殖的隔離の相互作用を検出する上での統計学的問題点を抽出し、解決を図る。イネ
雑種集団(F2)で検出した相互作用因子が、実際に再現性を持って検出される事を、実験的に
同じ交雑組合せのの別集団で解析し、手法の最適化を行う。
(2)マウスにおいて、X 染色体染色体置換系統の雄の繁殖力低下の原因である遺伝的不適合に
関わる染色体を統計学的手法を用いて検出する。また、マウス雑種集団(F2)を用いて、生殖
的隔離の相互作用を検出する。さらに染色体置換系統同士の交配により、検出された染色体間相
互作用が再現されるかどうかの検証を行う。
【平成18年度の進捗】
(1) イネの生殖隔離障壁とエピスタシス解析
ゲノム全体をカバーする高密度マーカー間の遺伝型の分離データの独立性検定より、相互作用
を検出することは検定の多重をひきおこし、多重性の調整が必要である。昨年度は連鎖するマー
カーの確率構造を明らかにし、検定量の閾値をシミュレーションにより導出した。すると、イネ
雑種集団の高密度マーカー間の分離のカイ二乗独立性検定量は全て閾値以下となった。平成18
年度はより検出力の高い方法としカイ二乗検定量をコンポーネントに分解し、相互作用の遺伝モ
デルを建てモデルとコンポーネントとの関係を明らかにした。カイ二乗検定量が閾値以下のもの
であっても、コンポーネントの分解のされ方等が遺伝モデルと一致するものは、実験的にも再現
性のある相互作用であった。
(2) マウスX染色体染色体置換系統における生殖隔離にかかわるエピスタシス解析
X染色体と交互作用する染色体を探すため、カイ二乗独立性検定法を用いてゲノムワイドなス
クリーニングを行った。その結果1番、7番、11番染色体に有意に交互作用の可能性が示され
たため、これらの染色体について詳細なQTL解析を実施した。QTL解析の結果、1番染色体と11
番染色体に交互作用領域が存在することが示された。これらの染色体間交互作用を実験的に確認
するため、コンソミック系統同士の交配によりB6系統の遺伝的背景にMSM系統由来の1番、11
番、X染色体を導入したところ、雄の生殖能力に部分的回復がみられ、これらの染色体間の交互
作用が実証された。以上の結果を論文に発表した(Genetics 175: 185-197 2007)。
4.平成18年度研究成果
(1)知見・成果物・知的財産権等
(2)成果発表等
〔論文発表〕
<学術論文>
Oka A, Aoto T, Totsuka Y, Takahashi R, Ueda, Mita A, Sakurai-Yamatani N, Yamamoto H, Kuriki S,
Takagi N, Moriwaki K and Shiroishi T. Disruption of genetic interaction between two autosomal
- 18 -
regions and the X chromosome causes reproductive isolation between mouse strains derived from
different subspecies. Genetics 175, 185-197, 2007.
Morita Y, Hirokawa S, Kikkawa Y, Nomura T, Yonekawa H, Shiroishi T, Takahashi S, Kominami R.
Fine mapping of Ahl3 affecting both age-related and noise-induced hearing loss. Biochem Biophys
Res Commun. 355(1), 117-121, 2007.
Takahashi, A., Kato, K., Makino, J., Shiroishi, T., and Koide, T.: Multivariate Analysis of Temporal
Descriptions of Open-field Behavior in Wild-derived Mouse Strains. Behavioral Genetics, 10, 1-12,
2006
Blizard, D. A., Takahashi, A., Galsworthy, M., Martin, B., Koide, T.: Test standardization in behavioral
neuroscience: a response to Stanford. Journal of Psychopharmacology, 21(2):136-9, 2007.
Ammiraju, J. S. S.., Luo, M., Goicoechea, J. L., Wang, W., Kudrna, D., Muller C., Talag, J., Kim, H.,
Sisneros, N. B., Blackmon, B., Fang, E., Tomkins, J. B., Brar, D., MacKilp, D., McCouch, S., Kurata,
N., Lambert, G., Galbraith, D. W., Arumuganathan, K., Rao, K., Walling, J. G., Gill, N., Yu, Y.,
SanMiguel, P., Soderlund, C., Jackson S., Wing, R. A. The Oryza bacterial artificial chromosome
library resource: Construction and analysis of 12 deep-coverage large-insert BAC libraries that
represent the 10 genomes types of the genus Oryza. Genome Research. 16:140-147. 2006.
Nonomura, K-I., Nakano, M., Eiguchi, M., Suzuki, T. and Kurata, N. PAIR2, a protein binding to
chromosome axes, is essential for homologous chromosome synapsis in rice meiosis I. J Cell
Sci.:119:217-225. 2006.
Kurata, N.and Yamazaki, Y. Oryzabase: an integrated biological and genome information database for
rice. Plant Physiol. 140: 12-17. 2006.
Kawakatsu, T., Itoh, J-I., Miyoshi, K., Kurata, N., Alvarez, N., Veit, B. and Nagato, Y.
PLASTOCHRON2 regulates leaf initiation and maturation in rice. Plant Cell 18: 612-625. 2006.
Ito, Y. and Kurata, N. Identification and characterization of cytokinin-signalling gene families in rice.
Gene 382: 57-65. 2006.
Miyabayashi, T., Nonomura, K., Morishima, H. and Kurata N. Genome size of twenty wild Oryza Species
determined by flow cytometric and chromosome analyses. Breeding Science 57: 73-78. 2007.
<会議録>
倉田のり主催、特定領域研究公開シンポジウム「植物ゲノム障壁」シンポジウム、東京、2006
年 10 月 21 日
<解説・総説>
岡彩子、城石俊彦:「マウス亜種間コンソミッック系統から種分化の謎を探る」
、遺伝 60
特集
「まるごと生き物大集合ーバイオリソースプロジェクト」pp.64-67 エヌ・ティー・エス、東
京 (2006)
小出
剛:
「野生由来マウス系統の遺伝的多様性を利用した行動の遺伝学的解析」.岡山実験動物
研究会 23: 10-16, 2006.
- 19 -
小出 剛:「野生由来マウスの行動遺伝学」 バイオニクス 11月号 24, 46-51, 2006
倉田のり、春島嘉章 「イネゲノムと生殖隔離」細胞工学別冊 植物細胞工学シリーズ 23「植
物の進化」pp.97-101 清水健太郎、長谷部光泰監修、秀潤社、東京 (2007)
倉田のり「生殖期染色体標本作製法:パキテン期染色体(ギムザ染色)」クロモソーム・植物染
色体研究の方法 pp.32-33 福井希一・向井康比己・谷口研至 監修、養賢堂・東京(2006)
倉田のり まるごと生き物大集合ーバイオリソースプロジェクトーイネ 遺伝 60 pp.36-37 エヌ・
ティー・エス、東京 (2006)
<研究ノート>
Mizuta, Y., Harushima, Y. and Kurata, N. Mapping of a pair of reproductive barriers observed in the cross
of Nipponbare and Kasalath. Rice Genet, Newslet. 23: 33-35. 2006
<その他>
〔会議発表等〕
<招待講演>
城石俊彦「マウスモデルによるゲノム機能解析」ゲノム創薬フォーラム第15回談話会、日本薬
学会長井記念館、東京、2006 年 5 月 16 日
Toshihiko Shiroishi: Reproductive isolation in mouse inter-subspecific cross is caused by hybrid
breakdown. 20th International Congress of Biochemistry and Molecular Biology and 11th FAOBMB
Congress. Kyoto, June 19, 2006.
岡
彩子「マウス生殖隔離に関する遺伝解析」第 8 回日本進化学会シンポジウム、国立オリンピッ
ク記念青少年総合センター、東京、2006 年 8 月 30 日
小出
剛「精神疾患に関連する行動の遺伝学:コンソミックマウスの解析」第 14 回日本精神・
行動遺伝医学会シンポジウム「精神疾患の遺伝解析:マウスからヒトへ、ヒトからマウスへ」
筑波、2006 年 11 月 18 日
Toshihiko Shiroishi: Genome anatomy of C57BL/6J and exploration of SNPs for energy metaboism.
EUMODIC First Annual Meeting, Serhs Campus, Barcelona, Feb. 23, 2007.
城石俊彦「マウスモデルによるゲノム機能解析」第 52 回日本病理学会シンポジウム、和歌
山、2006 年 11 月 23 日
城石俊彦「マウス亜種間ゲノム多型と表現型多様性の統合によるゲノム機能解析」日本分
子生物学会シンポジウム、名古屋、2006 年 12 月 7 日
Kurata, N.,Suzuki, T., Kumamaru, T., Nagato, Y., and Satoh, H. Systematic survey of mutants for all rice
genes. International Symposium on Rice Functional Genomics 2006. Daegu, Korea. 2006. April.
20-21.
春島嘉章 「イネ生殖的隔離の遺伝解析」日本進化学会2006年大会、2006年8月30日
倉田のり、イネ多様性研究と育種機能解析を支えるイネリソース 日本育種学会第 110 回講演会
シンポジウム, 愛媛大学, 松山, 2006 年 9 月 22 日.
春島嘉章、水多陽子、栗木哲、藤澤洋徳、倉田のり 「イネ生殖的隔離の遺伝解析」日本分子生
- 20 -
物学会 2006フォーラム、2006年12月6日
Harushima, Y., Kuriki, S., Mizuta, Y., Kurata, N. Detection of pairs of interactive reproductive barriers
within gametophyte or zygote. The Fifth Okazaki biology conference:"Speciation and Adaptation"
March 13th, 2007.
<一般講演>
梅森十三、湯浅茂樹、小出剛
「遺伝的不適合により生じる神経発達異常」日本分子生物学会
2006 フォーラム 2006 年 12 月 6-8 日 名古屋
小出剛、飯野雄一:
「行動を司る遺伝的基盤の解明に向けて」 オーガナイザー、第 29 回 日本
神経科学大会 2006 年 7 月 19-21 日 京都
高橋阿貴、西明紀、城石俊彦、小出剛「行動多様性に関わる遺伝子の探索:B6-MSM コンソミッ
ク系統を用いて」第 29 回 日本神経科学大会シンポジウム「行動を司る遺伝的基盤の解明
に向けて」2006 年 7 月 19-21 日 京都
高田豊行, 三田晃彦, 前野哲輝, 岡彩子, 田村勝, 坂井隆浩, 設楽浩志, 吉川欣亮, 森脇和郎,
米川博通, 城石俊彦:多因子表現型の遺伝解析系としてのマウス亜種間コンソミック系統の
樹立と応用. 日本遺伝学会, 2006, 9.25-27, つくば.
Takada, T., Mita, A., Maeno, A., Moriwaki, K., Yonekawa, H., Shiroishi, T. Association analysis of
obesity-related traits and liver gene expression profiles using inter-subspecific consomic strains. 20th
International Mammalian Genome Conference, 2006. 11.12-15, Charleston, USA.
高田豊行, 三田晃彦, 前野哲輝, 森脇和郎, 米川博通, 城石俊彦:マウス亜種間コンソミック系
統を基盤としたゲノム機能解析:エネルギー代謝関連表現型と遺伝子発現プロファイルデー
タの統合. 日本分子生物学会2006フォーラム. 12.6-8, 名古屋.
高田豊行:B6.MSMコンソミック系統を用いた代謝関連表現型解析. 国立遺伝学研究所研究集会
「多
因子疾患の遺伝解析:糖尿病・メタボリックシンドロームを中心に」2007, 3.16-17, 国立
遺伝学研究所.
春島嘉章, 栗木哲, 水多陽子, 藤澤洋徳, 倉田のり, 配偶体内または接合体内の異なる遺伝子座
間の相互作用による生殖的隔離障壁の検出, 日本育種学会第 110 回講演会, 愛媛大学, 松山,
2006 年 9 月 22-23 日
堀内陽子, 春島嘉章, 川喜田雅則, 望月孝子, 江口真透, 倉田のり, Affymetrix Rice Genome
array を用いたイネ遺伝子発現量検出における塩基配列差の補正と適用, 日本育種学会第 110
回講演会, 愛媛大学, 松山, 2006 年 9 月 22-23 日.
宮林登志江, 野々村賢一, 森島啓子, 倉田のり,遺伝研が保有するイネ属野生イネ系統のゲノム
サイズ評価, 日本育種学会第 110 回講演会, 愛媛大学, 松山, 2006 年 9 月 22-23 日.
佐野幸恵, 金森裕之, 並木信和, 山崎由紀子, 宮林登志江, 倉田のり, 野生イネ Oryza
punctata および Oryza officinalis 由来 EST の比較解析,日本育種学会第 110 回講演会, 愛
媛大学, 松山, 2006 年 9 月 22-23 日.
大坪久子, 土本卓, 程朝陽, 徐建紅, 田村浩一郎, 倉田のり, 大坪榮一,レトロエレメントを通
- 21 -
してイネゲノムを見る、第 78 回日本遺伝学会、筑波大学、つくば、2006 年 9 月
Kurata, N., Suzuki, T., Eiguchi, M., Kumamaru, T., Moriguchi, K., Nagato, Y., and Satoh, H.
A simple
TILLING and High Frequency Mutations Suitable for Approaching All Gene Function in Rice. 4th
International Rice Functional Genomics Symposium. Montpellier, France, 2006, October 9-11.
Ito, Y., and Kurata, N., KNOX LEAF EXPRESSION1 (KLE1), a rice gene required for KNOX gene
suppression in leaf. 4th International Rice Functional Genomics Symposium. Montpellier, France,
2006, October 9-11.
山中慎介,江花薫子,倉田のり,呉健忠,松本隆,D. A. Vaughan, 大川安信,奥野員敏,福岡修一,河
瀬真琴、「イネ A ゲノム近縁野生種の Diversity Research Set 作成に向けた多様性解析 II.
候補系統の選定」、日本育種学会第111回講演会、茨城大学、水戸、2007 年 3 月 30 日
〔著書等〕
城石俊彦(執筆):
「体質関連遺伝子をマウスに探る」
、大学と科学 (印刷中)
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