交差した骨の尖兵の首魁の一族に憑依転生した。 ID:6712

交差した骨の尖兵の首
魁の一族に憑依転生し
た。
五平餅
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小説の作者、
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あらすじ
n倍︵改造コードによる取得キャピタルn倍というチート︶を使って独自
機動戦士ガンダムF91の登場人物に憑依した俺がGジェネの開発改造システムと
キャピタル
物語。
設定&独自解釈な宇宙世紀0120年代∼0130年代を原作組と一緒に戦って行く
×
目 次 第 一 話 憑 依 転 生 チ ー ト 主 人 公 設 定 第 二 話 キ ャ ラ ク タ ー ス テ ー タ ス 1
第 三 話 自 軍 キ ャ ラ と 戦 争 の 理 由 22
第五話 囚われた妹二人 ││││
第六話 襲撃一過 │││││││
第七話 居場所 ││││││││
第八話 母の作ったガンダム ││
164 135 105 86
第 四 話 フ ロ ン テ ィ ア サ イ ド 侵 攻 45
61
第九話 嵐の前 ││││││││
第十話 密やかに │││││││
第十一話 見えぬ未来 │││││
241 212 188
│
二度目、二期連続の地球連邦議会議員の選出。その時にも地球保全法案を再度提出
しまう。
う過当医療廃止法案を連邦議会へと提案したのだが、その内容の過激さから否決されて
よる撃ち殺すことも辞さない地球保全法案や延命のみを目的とした医療の根絶をうた
ハウゼリーはその主張を胸に、不当に地球に住み続ける人を衛星軌道上からビームに
ある者が人類の行く末を決め、統率しなければならない。 人が宇宙へと居を広げるに至った根本の理由、地球の汚染を食い止めるため、能力の
コスモ・貴族主義。
るべく活動していた。
薫陶を受けて育ったハウゼリーは、素直にその言葉を受け継ぎ、その理想の世を実現す
彼の祖父シャルンホルスト・ロナや父マイッツァー・ロナから連綿と続く主義主張の
た。男の名はハウゼリー・ロナ。
その男は伯父にあたるエンゲイスト・ブッホの地盤を引き継ぎ政界へと進出してい
宇宙世紀0118年、この年、一人の地球連邦議会議員が死んだ。テロで死んだ。
第一話 憑依転生チート主人公設定
1
第一話 憑依転生チート主人公設定
2
し、完全に地球での利権を持つ人達から危険視されることになってしまった。
そしてハウゼリーを中心とした派閥の広がり、それが政敵によるテロと見せかけた排
除へとつながったのだろう。
彼には妻と二人の子供が居た。
妻テスは、ハウゼリー殺害により精神を病み、別人となってしまっていた。そのせい
もあってか二人の子供、姉弟は彼らの祖父マイッツァーに引き取られることになった。
姉の名はシェリンドン・ロナ。弟の名はディナハン・ロナ。
コスモ・貴族主義を唱え、フロンティアサイド︵旧ルウムつまりサイド5、今は一年
戦争でほぼ壊滅したので改称してフロンティアつまりサイド4︶にコスモ・バビロニア
を建国する一族の一人。
それが少年ディナハン・ロナであった。
◇
ここでディナハン・ロナという人間の異常性を書いておかねばなるまい。彼には他人
とは違う異常性が大きく分けて二つある。
その一つはオカルティズムに言うところの﹃前世の記憶﹄。
しかも笑えることに、この世界をアニメ機動戦士ガンダムという作品を出発点とした
ガンダムシリーズの世界だと認識している世界に生まれた人物の記憶を持っているの
3
だ。
つまり、現実とは全て作り物の虚構の世界だと認識できる、さながら胡蝶の夢だと言
わんばかりの記憶を、である。これが笑わずにいられようか。
しかも、彼の持つ﹃前世の記憶﹄では、彼自身のこと、すなわちディナハン・ロナと
言う登場人物を覚えてはいなかった。
最初から存在しないのか、覚えていないのか、それとも只知らないだけなのか、それ
すら分からない。姉シェリーの、シェリンドン・ロナのことは覚えていたと言うのにで
ある。
このことが﹃前世の記憶﹄の欠陥をディナハンに教えてくれていた。
そして、もう一つは、オーパーツ、
﹃場違いな工芸品﹄を所持しているというべきだろ
うか。
ディナハンに与えられるコンピュータ端末には必ず不可解なアプリケーションが自
動的に組み込まれていることだった。
最初、彼はそれを発見した時、ウイルスかと思い駆除したのだが、消した端から再構
築してくるまさに嫌がらせのようなシロモノだった。
何度やっても消せないそれに、ほとほと疲れ果てた彼は、端末一つをおシャカにする
つもりでその正体を探るべくアプリを開いた。
第一話 憑依転生チート主人公設定
4
そこで、ようやくそのアプリの正体を知るに至る。先に示した﹃前世の記憶﹄という
異常によって。
S D ガ ン ダ ム ジ ー ジ ェ ネ レ ー シ ョ ン。ガ ン ダ ム 世 界 の 歴 史 を 追 体 験 す る テ レ ビ
ゲーム。Gジェネ。
一年戦争、すなわちUC0079年に起こったジオン独立戦争からUC150年代に
起きるザンスカール戦争。さらにはまったく別の歴史を歩み、ガンダムという存在があ
る世界での紛争、戦争を追体験、もしくは異なった歴史を紡ぐゲーム。
そのゲームのシステムの一部がコンピュータ端末には組み込まれていると、彼は知っ
た。
一部、飽く迄、一部である。それは、ゲーム中の用語を用いて具体的に言うなら、
﹃オ
ペレーションルーム﹄と呼ばれる物だった。
キャピタルという資金にも似た物を消費することで、モビルスーツ、艦艇、オプショ
ンパーツを開発、設計、生産が行えた。それだけではなく志願兵だけでは不足する人員
をガンダム世界の主要な人物から雇い入れられることすら可能。
そうして手にした機材、人員を編成配置して一軍︵と言っても実際は戦艦二艇だけの
小規模戦闘部隊︶を編成する。
ただ、ディナハンのコンピュータ端末に入っているそれは﹃前世の記憶﹄にあるもの
5
と全く同一の物というわけではなかった。
ゲームならば、過去、現在、未来、世界、陣営を問わず一定の条件を満たせば生産す
ることが可能となるのだが、ディナハンがロナ家の、コスモ・バビロニアすなわちクロ
スボーン・バンガードの首魁の一族だからだろうか、生産可能な艦艇及びモビルスーツ
はどれもクロスボーン・バンガードのものに限られていた。
キャピタルさえ許せば生産することが可能な艦艇は、クロスボーン・バンガードの所
有する艦艇でも、ザムス・ガル級とザムス・ジェス級の二種類のみ。ザムス・ギリ級や
ザムス・ナーダ級の姿は影もなかった。ただ、現時点では完成してないバビロニア・バ
ンガード級︵マザー・バンガード︶と特徴的な形をした輸送船は黒塗りのシルエットに
その他にはモビルアーマーが二種類、サポートメカ一種類表示されている。
つ、ビギナ系に2つ。
ナのビギナ系があった。未だ生産の見通しが立っていないシルエットがデナン系に一
ロス、ベルガ・バルスのベルガ系。ダギ・イルスを基点としたビギナ・ギナ、ビギナ・ゼ
デナン・ゾン、デナン・ゲー、エビル・Sのデナン系。ベルガ・ダラス、ベルガ、ギ
のばかり。
艦艇と同様にモビルスーツもクロスボーン・バンガードが開発した、もしくはするも
としてその姿を確認することが出来たが。
?????
第一話 憑依転生チート主人公設定
6
モビルアーマーは、ラフレシアという文字通りラフレシアの花のような形をしたもの
と、エビルドーガというジオン系モビルアーマーを下敷きにもの。
最後にバグと呼ばれる空飛ぶ円盤に鋸刃の付いた物があった。
ディナハンは、笑う。
もし、これが本当にゲームと同じようにモビルスーツや艦艇がポンポンと生産でき、
一軍を用意することが出来れば、これほど凄い事は無いだろう。
しかし、残念ながらこれが本当にゲームのようになるのかどうか、試すことはできて
いなかった。
なぜなら、ゲームならば最初から与えられる艦艇もモビルスーツも人材も、そして
キャピタルすらも全く無い。何もかもが無い。無い無い尽くしで何も無い。
そんな状態だったのだ。はっきり言って使えない。役に立たない。このアプリケー
ションには意味が無い。
ディナハンは、笑う。
│││しかし、その認識はある日、唐突に変わった。
◇
U.C.0123年の二月、サイド1にあるブッホコロニーでのこと。
7
ディナハンは、日々忙しく勉学に勤しんでいた。祖父マイッツァーとは後少しに迫っ
たフロンティアサイドへの侵攻のためか、あまり顔を合わせることはない。
姉シェリンドンは彼とは違うコスモ・クルス教の教主としての勉強が大変そうでは
あったが、一緒に食事をする機会も、話す機会もあった。お互い思春期に入りかけで少
しばかり距離が生まれてきているような気もしていたが、それでも仲は良いと思う。
それは、そんなふうに彼が日々を過ごしていたある日、夕食の前に家庭教師から出さ
れた課題に取り組もうと自室で机に向かい、コンピュータ端末を開くいた矢先のこと
と彼が驚きに目を見張り、急ぎ端末に指を走らせた。
!!
!!
だった。
]と言うポップだった。
彼の目に飛び込んだのは、立ち上がっていたGジェネアプリと金色に輝く[GET
なんだ
CHARACTER
なんだ
?
]とポップが出ているところを選択していくと、マス状に仕切られ
!
ディナハンはその顔に見覚えがあるような気がした。なんだ
誰だ、これ
?
この人ど
意志の強そうな太い眉に巌のような顔をしたクロスボーン・バンガードの士官。
たキャラクター一覧というところに一人の男の絵が描かれている。
そして、
[NEW
今は何故か物凄い数字を映し出しているではないか。
見れば、画面の左上、キャピタルを示す数値がついこの間までゼロだったのに対して
?
?
こかで見たぞ
憶﹄から。
と首を捻った。
不意に、ふっ、と思いついた。いや、思い出したというのが正しい。そう、
﹃前世の記
?
書かれていた。
タイガー大隊はほぼ壊滅。シェルフ・シェフィールド大尉は運用データを持って帰還と
運用試験中、アナハイム・エレクトロニクス及び連邦軍の部隊と交戦。結果、ダーク
ガー大隊の隊長。
3との中間に位置する暗礁宙域〝ゼブラゾーン〟で行なっていた試験部隊ダーク・タイ
クロスボーン・バンガードの試作モビルスーツの運用試験を、月の裏側、月とサイド
シェルフ・シェフィールド大尉。
示させた。
ディナハンは急かされるように端末を操作して、その士官の詳しいプロフィールを表
であった。
の総称。ゲーム、Gジェネでも一つのシナリオとして用意されることもある作品のこと
それはガンダムの世界においてある場所で起こった数日間の出来事を扱った作品群
ぽつり、とつぶやかれた言葉。シルエットフォーミュラ。
﹁そうだ⋮⋮シルエットフォーミュラだ﹂
第一話 憑依転生チート主人公設定
8
9
そこまで読んで、彼の中で合点が行った。
ゲーム的に言えばシルエットフォーミュラのシナリオがクリアされた。だからキャ
ピタルが増えたし、キャラクターが選択できるようになった。と、言うことだろう。
ただ、異様に取得できたキャピタルが多いのだけは理解が追いつかなかった。その
数、百数十万。一回のシナリオで得られるキャピタルにしてはいささか多過ぎる。
生産可能リストにあるモビルスーツで一番高いコストはビギナ・ゼラの4万強。建国
紛争勃発時の旗艦であるザムス・ガルでも30万弱。そこから考えれば如何に大きな数
字であるかわかるだろう。
確かにゲームと違い周回してキャピタルを得たり、長い歴史の中でキャピタルを溜め
られないことを考えれば多くはないのかもしれないが、それでもゲームとの違いは否め
なかった。
ディナハンは、他にも何か変わったところがあるんじゃないかとアプリケーションを
弄り始めた。
そして、途轍もない異常を見つける。キャラクターリストの一番最後、クロスボーン・
バ ン ガ ー ド の ノ ー マ ル ス ー ツ 身 に 着 け た 顔 の 見 え な い ヘ ル メ ッ ト 姿 の 兵 士 の 絵 を。
その男の名はディナハン・ロナ。││││彼だった。
││途端、彼の体を震えが駆け抜けた。
第一話 憑依転生チート主人公設定
10
もしかしたら自分はは力を手に入れたかもしれない、と。そして、思う。もしかした
ら無理だと諦めた歴史への介入が出来るかもしれない、と。
居ても立っても居られなくなったディナハンは、直ぐさま自分のステータスを表示さ
せた。
ディナハン・ロナ シェルフ・シェフィールド
射撃力 2 射撃力 21
格闘力 2 格闘力 21
反応力 3 反応力 21
NT値 1 NT値 │
指揮力 4 指揮力 11
通信力 3 通信力 6
操舵力 2 操舵力 6
整備力 2 整備力 5
魅力値 5 魅力値 9
⋮⋮弱っ。えっ、弱っ。物凄く弱っ。
ディナハンは余りのことに絶句した。自分の身が幾ら子供だと言えどもGジェネア
プリが示す己の価値に凹んでしまう。
11
だが、同時に納得もしていた。十人並みのモビルスーツのパイロットと比べるのだっ
ておこがましいのに歴戦の勇士であるシェフィールド大尉と比べたら僕なぞ塵芥に等
しいに決まっている。
NT値というのはニュータイプの強さを表す数だろう。1でもあることが唯一の救
いか。
Gジェネのシステム上にディナハン・ロナがいる。﹃前世の記憶﹄にあるゲームには絶
対なかった己の名前。
ディナハンはそこに希望を見た。
かつて願い、そして諦めた望み。この世界を知って、自分を知って、そして心の奥深
く閉じ込め鍵を掛け、まるでそんなものを持ってないかのようにした想い。
歴史という力に抗う術など無い。状況に流される他に無い。世界に飲み込まれる行
くことしか出来ない。
でも⋮⋮今、今なら、もしかしたら、ひょっとしたらできるかもしれない。
僅かな希望を求めてディナハンの指先が動く。
画 面 上 の 項 目 が み る み る 変 わ っ て い く。自 軍 編 成。戦 艦 編 成。生 産。ブ リ ッ ジ ク
ルーに志願兵を配置。モビルスーツ生産。ディナハン・ロナ、シェルフ・シェフィール
ド大尉、配置。パイロットにも志願兵を配置。
何度も何度も見直し、これで良いか
これなら大丈夫か
と自問する。
?
いう馬鹿なのだろう。
ディナハンの口から乾いた笑いが漏れる。自分は何と愚かなのだろう。自分は何と
﹁ハハッ⋮⋮﹂
││││しかし、何も、何も起きない。そう、何も起きなかった。
そして、全てに納得した彼は、画面上に映る[決定]と書かれたボタンを押した。
?
今の今まで自分のやりたいことをだというのに手を伸ばしもしていない自分に、臆病
者に何が与えられるというのだ。
│││誰か
﹂
その時、ドアが静かに叩かれた。
!
?
部屋を出ると侍女が恭しく頭を下げる。 閉じた。
らされた彼は、夕食を終えてから家庭教師から出された課題を始めることにして端末を
侍女の声を扉越しに聞き、いつの間にか感じていた以上の時間が経っていたことを知
﹁わかった。直ぐ行こう﹂
﹁ディナハン様、お食事の時間でございます﹂
﹁ッ
第一話 憑依転生チート主人公設定
12
│││もう、お見えになっているのか
﹂
﹁ディナハン様、本日はマイッツァー様、カロッゾ様、ドレル様もご一緒にご夕食を取ら
れるとのこと﹂
﹁お祖父さま達が
?
それを早く言ってくれ﹂
!
うで何よりです﹂
│││お祖父さま、遅くなりました。お帰りなさいませ、叔父上も従兄上もお元気そ
だ。
﹁すまない、姉様。お祖父さま達が戻ってきていることをさっき知ったばかりだったん
﹁ディナハン、遅い﹂
父カロッゾが、その横に従兄ドレルが座り、その目の前に姉シェリンドンが座っていた。
顔を上げると、テーブルの奥に祖父マイッツァーが、その右手奥に鉄仮面を被った叔
ディナハンが目を伏せるように軽く頭を下げ、食堂の中に足を踏み入れる。
﹁遅くなりました﹂
◇
だった。
ディナハンは、頭を下げる侍女を手で制して先を急がせ、食堂への歩みを早めるの
﹁っ
﹁はい。シェリンドン様も含め既に食堂でお待ちになっておられます﹂
?
13
開いた席、つまりマイッツァーの左手側、カロッゾの前の席まで来ると、ディナハン
は座る前に再びの謝意と再開の喜びを告げる。
その挨拶にマイッツァーは穏やかな笑みを浮かべ、カロッゾは仮面で分からない表情
の代わりに確りと頷く。ドレルもやはり親子なのか同じように頷いた。
そして、和やかに晩餐が始まる。
﹁さ、座りなさい。食事にしよう、久しぶりの家族が揃ったのだから﹂
供された食事を口に運びながら、ディナハンは祖父の言葉を思った。祖母レイチェル
は同じサイド1とはいえ別のコロニー、ロンデニオンに住んでいる。母テスも病気のた
め、ここにはいない。叔母ナディアは行方不明、従姉はサイド4のフロンティアⅣに名
前を変えて住んでいるはず。
家族が揃う。そのマイッツァーの言葉が本当になることはあるのだろうか
そんな哀しい家族の姿を。
て、息子は父を侮蔑し、娘は父を機械と罵り、父は自らが愛した者全てに唾棄される。
ディナハンは知っていた。﹃前世の記憶﹄の欠片が教えてくれる。祖父は娘を切り捨
?
と食事を取らない叔父の姿を、鉄の仮面を見ていたようだった。
奇妙に反響し機械で歪んだ肉声に現実に引き戻される。ディナハンは知らず、じぃっ
︿どうしたね、ディナハン﹀
第一話 憑依転生チート主人公設定
14
﹁いえ、叔父上﹂
﹂
?
改まって、どうした﹂
?
﹁私も⋮モビルスーツに乗ってみたく思います﹂
﹁ん
﹁│││お祖父さま、お願いがあります﹂
望みに手を伸ばすことを選択したのだった。
﹂
も確かに彼は意志を固め、言葉を口にすることを選んだ。
ディナハンは意志を決めた。それは流れに乗っただけのものなのかもしれない。で
⋮⋮臆するな、手を伸ばせ。
求めよ、さらば与えられん。遠く古くから言い習わされてきた言葉。
ンは思った。だが、それは同時に絶好の機会でもあった。
マイッツァーが食事の手を止めて聞いてきた。面倒くさいことになった、とディナハ
﹁ん、どうしたディナハン。悩み事か
事をしていて偶々視線が一点に留まっていただけですから﹂
﹁すみません。別に、叔父上に何があるというわけではありません。ただ⋮⋮少し考え
ゾ・ビゲンゾンがカロッゾ・ロナとなったが故に狂ってしまった証左だった。
耳に届いた声音は穏やかだ。しかし、この声こそが彼、カロッゾ・ロナ、いやカロッ
﹁訊きたいことがあるなら遠慮せずに言いなさい﹀
?
15
ディナハンの切り出した言葉に皆の手が止まる。彼の視界の中に彼以外の四者四様
の様子が映った。
祖父マイッツァーは、少しの驚きを表し、叔父カロッゾは、ふむ、と観察するように、
従兄ドレルは、何を言い出すのだと若干呆れるように、隣の姉シェリンドンはキョトン
としてあまり意味が分かってなさそうな様子であった。
﹁ディナハン。お前とて今がどんなに大事な時期か分かっていよう。子供の我儘を言う
時ではない﹂
﹁そうとは、わかっています、従兄上。それを承知でお願いしているのです﹂
﹁何を││﹂
にそれらの歪みを見た。
ディナハンは、そこに叔父の、カロッゾ・ロナの優しさを見た。律儀さを見た。同時
ただ、叔父は祖父が何かを言いたそうな顔をしているのを察しただけのことだった。
イッツァーが何を言ったわけでもない。口を挟もうとしたわけでもない。
それは、ほんの少しのやり取りにも満たない流れるようなやりとりだった。別にマ
カロッゾがドレルを静止する。そしてマイッツァーに言葉を譲った。
﹁ッ│││﹂
︿まぁ、待て、ドレル﹀
第一話 憑依転生チート主人公設定
16
そうでなければ、そこまで自分を追い詰めることもなかっただろうに。
他人を圧する厳つい面を被り、体を機械で置き換えてもなお脆弱な男。もっと傲慢で
いられたら、そんな哀しい顔をしなくても済んだだろうに。
ないよ、ディナハン﹂
﹁お前の気概は買おう。だがお前は私の言いつけ通り勉学に励んでいる。焦る必要など
│││私も、私だって家族の役に立ちたいのです﹂
ルたる勉強をしている。
﹁従兄上もそのために体を張っておられるでしょう。それに姉様だってコスモ・ノーブ
︿ふむ、確かに話した﹀
るための覚悟だと﹂
﹁叔父上は、こう答えて下さいました。││覚悟、だと。我がロナ家、千年の夢を実現す
︿ああ、いつだったか。そんなこともあった﹀
﹁叔父上、以前に何故叔父上が仮面を被っているのかお尋ねしたことがありましたよね﹂
﹁ふむ﹂
者なのです。﹂
﹁│││ずっと考えていたんです。中々言い出せませんでしたが。でも、私もロナ家の
﹁ディナハン、どうしたのだ急に﹂
17
﹁決して焦っているわけでは。ただ、例え子供であってもこうして傅︽かしず︾かれる現
﹂
状、高貴なる者の務めは果たさなくてはいけないと思うのです。皆に範を示すという務
めを﹂
﹁勉学だけでは足りぬ、と
ようにも思える。
からない。妬み、優越感、憤り、そんなものが僅かばかりに鎌首を擡︽もた︾げている
彼の心が揺らいでいるようにディナハンには感じられた。それが何かまでは、よく分
られないという表情をしてマイッツァーを見た。
マイッツァーの発した許諾を匂わせる声音に、視界の隅で一瞬だけドレルの顔が信じ
﹁⋮⋮高貴なる者の、ロナ家の者ゆえ、か。﹂
した﹂
﹁はい。高貴なる者は血を流すのを厭うてはならぬ。そう私はお祖父さまから教わりま
?
不意にシェリンドンがそんなことを言う。
でも、それでも為さねばならんことがあると僕は思うんだ﹂
﹁っ││姉様、僕だって従兄上みたく出来ると思ってない。そこまでの自惚れはないよ。
いわ。だって、ディナハンだし。それに危ないわ﹂
﹁ディナハンがモビルスーツに乗ったからって、ドレル兄様のように格好良くはならな
第一話 憑依転生チート主人公設定
18
確かに素のディナハンでは天地がひっくり返った所でドレルに敵うわけがない。だ
から、彼は姉の言葉をその通りだと肯定した。だからか、そのディナハンの言葉を聞い
てドレルの心が少しばかり収まったように見えた。
﹂
?
ディナハン﹂
?
﹂
!
マイッツァーの目を受け止めなる彼の頭の中に、Gジェネアプリのことが過︽よ︾ぎ
ロナ家当主、クロスボーン・バンガードの総帥としての目であった。
ディナハンは、静かに問うマイッツァーを見た。彼を見る祖父の目は、祖父ではなく
﹁ッ
らない。それでもか、と聞いているのだ﹂
﹁高貴なる者の務め、高貴なる者として鎧を纏うのならば⋮⋮お前は戦場に立たねばな
﹁⋮⋮
﹁だが、分かっているのか
と、そこに問いかける声が聞こえた。マイッツァーの声だった。
頭を上げ笑みを作ると、ドレルは呆れたように表情を和らげ次いで苦笑した。する
﹁ありがとうございます﹂
ど私は持っていない。﹂
﹁│││ロナ家のために⋮⋮いや、ロナ家の者足らんとするその心を止められる言葉な
﹁従兄上、許して頂けますか﹂
19
る。
あの場違いな工芸品は確かに動いている。だが、まだ効果はわからない。ただ、軍を
編成するためには、すなわちクロスボーン・バンガードの一部隊として編成するために
は祖父マイッツァーを、叔父カロッゾを動かさなければ出来はしないことは容易に想像
がつく。
ただ安穏と成り行きを見守っているだけで世界が変わるというのならば、人の人生に
意味は無い。自分がここにディナハン・ロナとしている意味は無い。自分が異常である
意味は無い。
そうディナハンは思った。そう、思いたかった。
ディナハン・ロナは、Gジェネアプリが示すステータスのとおり無能であった。無能
││││私はディナハン・ロナ。ロナ家の者なのですから﹂
は危ないからと逃げる訳にはいきません。
﹁⋮⋮お祖父様、それに姉様。人の生命は、魂の修練の場である。もし、そうならば、私
﹁どうする、ディナハン﹂
﹁⋮⋮﹂
のと、していないとでは天と地との開きがある﹂
﹁無理強いなどはせんし、しても意味が無い。だが、それを分かっていて言葉にしている
第一話 憑依転生チート主人公設定
20
なくせにやりたがる、熱意のある無能。最悪な存在でもあった。
だが、彼は自分でそれが分かっていても止められないでいた。鼓動の高鳴りを、顔の
紅潮を、得も言われぬ高揚を制御できないでいた。
それは﹃前世の知識﹄を知り、Gジェネアプリという﹃場違いな工芸品﹄を持つが故
に抱いた根拠のない期待であったのかもしれない。儚い願望であったのかもしれない。
そして、それは砂上の楼閣のごとく脆く、簡単に期待外れと絶望へと変わるかもしれ
ない。ディナハンに先のことは、本当のところは全く分かっていなかった。でも、しか
し│││
それでも彼は手を伸ばす。
た。
こうしてここに、彼の、この世界のディナハン・ロナの戦いの狼煙が上がったのだっ
﹁はい、宜しくお願いします﹂
︿はい、手配しましょう﹀
﹁そうか。ならば誰か適当な者を側に用意させよう。カロッゾ﹂
21
第二話 キャラクターステータス
クロスボーン・バンガードの訓練施設、通称﹃洗濯板﹄にそれはあった。
ザムス・ジェス級と呼ばれる艦艇の一つ、ザムス・イシュム。
古代バビロニアで、人の守護神として祀られた神イシュムの名を冠された艦艇のモビ
ルスーツ格納庫に、ディナハン・ロナはいた。
ぜぇぜぇ、と病的とも思えるほどに酷く荒い息をつき、彼の体は空気を欲していた。
普段使わない筋肉がひどく痛み、三半規管が悲鳴を上げ、目の前がぐるぐるぐるぐる
揺れている。気持、ち、が悪、い。
モビルスーツのコックピットから抜け出したディナハンは、自らを襲う悪感にタラッ
プをフラつきながら降りると堪らずその場に崩れるように蹲った。
﹂
嘔気を抑えられない。
!
﹁これ以上は無理です。今日はこの位にしてお休み下さい﹂
寄って、小さな背を撫ぜながら介抱をし始めた。
厳つい顔の男、シェルフ・シェフィールド大尉が少年の名を叫ぶように呼ぶと駆け
﹁ディナハン様
第二話 キャラクターステータス
22
﹁ディナハン
﹂
声をかける。その声音は心配気と言うよりも呆れを含んだものだった。
シェルフがすぐさま敬礼する。それに答礼を返したドレルはドレルでディナハンに
ゾ・ビゲンゾンの間にできた二子のうちの兄。
ドレル・ロナ。ディナハンの父、ハウゼリーの実妹、ナディア・ロナと結婚したカロッ
くる。
凛々しい顔立ち、髪の色に合わせたノーマルスーツを着込んだ青年が空を滑ってやって
呻くディナハンがシェルフの気遣いに答える間も無く声が降って来た。紫色の髪に
!
薬が効いたらしく自室療養となった彼は、大分意識もはっきりとしたのをいいことに
医務室に担ぎ込まれ、処方され酔い止めをディナハンが飲んで数時間。
◇
にあえぐ少年は情けなくもまともな言葉を返すことさえ出来なかった。
ドレルの嘲弄とも呆れとも取れる笑いがディナハンの耳に届いた。しかし、体の不調
﹁はっ﹂
﹁ふん⋮⋮大尉、ディナハンは限界だ。直ぐに医務室へ﹂
﹁ぅぉぇっ﹂
﹁無理をする﹂
23
ベッドに横たわりながら自身のコンピュータ端末を叩いていた。
家庭教師から出されたその日のノルマである勉強も終えたディナハンは、目下の興味
の対象、Gジェネアプリへと意識を移す。
画面上にはオペレーションルームと銘打たれた画面が映っていた。
そこには自軍の編成に関わる項目やモビルスーツや艦艇の開発、設計の項目、鹵獲M
S、人員等のリストがある。
そして、それら項目に新たに一つ、カスタマイズルームと言うものが追加されていた
ることを彼の眼が捉えてた。
だが、いきなり全てを最大値の99、99、99、⋮⋮としてしまうと、他人から異
タを弄り始めた。
はやる気持ちに後押しされ、有り余るキャピタルを使いディナハンは自分のパラメー
上手く作用するかはわからない。だが試してみなければ始まらない。
烈に弱い自分から解放される。そうした思いからの笑みだった。
ディナハンの口角が釣りあがりニンマリとしたいやらしい笑みを作った。これで、激
げをキャピタルを消費して行うという代物だと分かる。
読み進めていくと、どうやらモビルスーツの改造やら人員の各種パラメータの上げ下
﹁これは⋮⋮﹂
第二話 キャラクターステータス
24
25
と心配になった彼は考えを巡らせた。
常であると見られることもある。そして何よりも自分がその変化についていけないの
では
としばし、よし、と一つ頷いたところで来客を告げる訪ないが入った。
ディナハンが、ついつい度を越してしまう己の欲求を自重しながら数値を検討するこ
魅力値 5 魅力値 5
整備力 2 整備力 5
操舵力 2 操舵力 5
通信力 3 通信力 5
指揮力 6 指揮力 6
NT値 1 NT値 3
反応力 3 反応力 6
格闘力 2 格闘力 6
射撃力 2 射撃力 6
ディナハン・ロナ ↓ ディナハン・ロナ
を目指して調整するにはどのくらいの数値が適当だろうか、と。
のステータスを見比べながら頭を捻る。最下級の兵士、もしくは新兵辺りのパラメータ
シェルフ・シェフィールド大尉のステータスをテキストエディタ上に写し取り、自分
?
﹁もう起き上がって大丈夫なのか
﹁従兄上﹂
﹁ッ
﹂
﹂
﹁⋮⋮ディナハン。はっきり言う、モビルスーツのことはもう諦めろ﹂
兄は眉間に皺を寄せたままであった。
訪問者はドレルであった。ディナハンが右手を上げて健在ぶりをアピールするも、従
?
じを受けた。
言葉の裏にあるのは心配、疑念、呆れ、そして僅かな優越。ディナハンは、そんな感
ただろう。﹂
お祖父様はお前の心意気を評価して許してくれたが、今回のことで身に染みて分かっ
だろう。第一、お前はまだ、体も出来上がっていない子供だ。
﹁もともとお前ががモビルスーツに乗るなど、無理なことは何より自分で分かっていた
?
高貴なる者は何も万能であれというわけではな
?
の欲を抑え、その能力を活かすことこそコスモ・ノーブルの在り様だろう﹂
人は平等ではない。能力の差異は人の生まれもった天命だ。己の能力を見極め、自ら
い。
﹁何 故 そ う ま で モ ビ ル ス ー ツ に 拘 る
﹁はい。⋮⋮でも、それでも降りるつもりはありません﹂
第二話 キャラクターステータス
26
﹁⋮⋮﹂
﹂
だが、お前は口にしたのだ。高貴なる者、ロナ家の者だと。ならば、わかっているな
﹁乗ってみたいと言う気持ちは分からんでもない。男の子だ、憧れるのもわかる。
27
ディナハンの絞り出すように言った言葉に返ってきたのは、深い嘆息。それでも彼は
﹁ディナハン⋮⋮﹂
﹁嫌です﹂
だが、僕にはチートという反則がある。だから││││
いのだ。
力のない彼がモビルスーツのパイロットになることを希望してもそれが成せる訳はな
能力主義に先鋭化しているコスモ・貴族主義。それを論の基本においている時点で能
テータスという数値で知っているディナハンには、言い返す術も言葉もありはしない。
それは正論だった。ディナハンには正論だと断言できた。自分の能力を客観的なス
沈黙が降りる。
﹁⋮⋮﹂
﹁今でなくとも良いじゃないか﹂
﹁⋮⋮﹂
?
続ける。
﹁嫌です、従兄上。
私に才能がないのは僕が一番良く知っています。今日やってみて分かりました。辛
かった、苦しかった、死ぬかと思った﹂
﹁だったら﹂
││﹂
﹁でも、僕は言いました。逃げ出すわけに行かないと。﹂
﹁ッ
んです。それが僕なのだから﹂
﹁僕はディナハン・ロナ。僕は、ディナハン・ロナという存在から目を背けちゃいけない
?
かわからない。
!
確かにその通りだ、とディナハンも思っている。だが、親は親なのだ。例え愛そうと
親の罪を子に問うな、と人は言う。子に親は選べない、とも人は言う。
﹁そしてディナハン・ロナは、僕は、ロナ家の、ハウゼリー・ロナの子供なんだ。なら
﹂
ドレルの顔が困惑に歪む。彼にはディナハンが何を言いたいのか、何を言っているの
僕のものです﹂
﹁父を失った悲しみも、怒りも、母を失った辛さも、苦しさも何もかも他の誰でもない、
﹁⋮⋮﹂
第二話 キャラクターステータス
28
29
も憎もうとも、誇ろうとも蔑もうとも、その関係を繋がりを無しには出来ない。
血は水よりも濃く、粘りを帯びる。それが自分にとって良き家族であったならば、そ
の繋がりは太くなり強くなる。
ディナハン・ロナの不幸がそこにあった。
?
彼は知っていたのだ。彼の特異性﹃前世の記憶﹄というおぞましい何かによって。自
止める
?
らの家族が人類の粛清へと乗り出すことを。
はたまた見て見ぬふりをする
人は、自分の大事な相手が悪事に手を染めるとしたら、どうするだろう
それとも、手を貸す
?
罪の意識を感じるならば、免罪符を手に入れるのだ。僕は出来る事をやったという免
ら脚本を書き舞台袖から躍り出よう。
止める言葉を持たぬならば、力づくでも止めに入ろう。こなす役割がないならば、自
だが、今、力の欠片を手にしかけた今ならば出来るかもしれない。
きを黙って見守り続けることしか出来なかった。
結局、彼は知っているのに知らないふりをして、罪の意識を感じながら、ただ成り行
手助けしようにもディナハンの年齢と能力では、こなせる役割など何もなかった。
なかった。
ディナハンには、自分の行いが悪だと理解しているマイッツァーを止める言葉を持て
?
罪符を。 決定された歴史、コスモ・バビロニアの建国と崩壊。そして木星帝国の襲来。
それは、ハウゼリーの死は無駄死にで、母が精神を壊したのにも意味はなく、祖父の
夢は破れ、叔父は娘の男に殺され、従兄は生死不明なり、姉は餓鬼に殴られる。
そんな未来をディナハンに味わえと言っているのだった。
﹂
だからディナハンは、戦わなければいけない。訪れるであろう確定した未来を、ほん
の少しでも良いから変えるために。
ドレルを見据える視線に力が込もる。
﹁なら、僕は、そこから逃げる訳にはいかない
ディナハンの口から歴史への挑戦状が叩きつけられる。
!
お、お祖父さま﹂﹂
!
声に気付いたディナハンとドレルが振り向き、声を重ねて戸口に立つ人物の敬称を口
﹁﹁ッ
﹁良くぞ言った﹂
者だった。
て何事かを言おうとして口ごもる。その矢先、その言葉に言葉を被せたのは新たな訪問
ディナハンの意志に気圧されたのか、ドレルは驚愕の表情をその顔に貼り付け、そし
﹁ディナハン、お前⋮⋮﹂
第二話 キャラクターステータス
30
にした。
マイッツァーが鷹揚に頷く。
﹁良い。何者にも劣りたくないという心は人を成長させる原動力となる。方向性さえ間
まった。
に呆れ顔を作った。が、マイッツァーは逆に呵々と笑い、孫二人はその様子に驚いてし
そんな照れ隠しの言葉を聞いて、ドレルは先程までとの落差に目を丸くすると、すぐ
だってあるのです。私だって男の子だから﹂
直言えば、従兄上に負けないようにモビルスーツに乗ってみたいなぁ、とか低俗な願望
﹁あー⋮⋮も、持ち上げるのは止めてください、お祖父さま。それにドレル従兄上も。正
口を叩くことにした。
二人して持ち上げられて正直居心地を悪く感じた僕は、誤魔化し空気を変えるべく軽
ドレルの言葉に、うむうむ、と嬉しそうにマイッツァーが頷く。
す﹂
﹁⋮⋮はい、私も驚きました。ここまで激しいディナハンの言葉を聞いたのは初めてで
それ以上に頼もしい言葉を聞けた﹂
てみたが⋮⋮無駄足だったようだ。
﹁ディナハンがMSの訓練で倒れたと聞いてな。意思が揺らいだかどうかを確かめに来
31
違えなければ賞賛されるべきものだ。
二人は互いに切磋琢磨し、我がロナ家の、コスモ・貴族主義の旗印となってくれると
嬉しい﹂
祖父の穏やかな笑みに二人の孫は確りと肯定の返事を返すのだった。
◇
デナン・ゾンのコックピットから外へ出たディナハンがヘルメットを脱ぎ襟を緩め空
気に肌を晒す。ふぅ、と溜息のように呼吸を一つ漏らした。
いるが﹂
﹁世辞でも嬉しく思う。が、実際私はどうなのだろうか、軍曹。大尉はこう言ってくれて
﹁格段に進歩されましたな、ディナハン様﹂
﹁大尉、軍曹﹂
を連れてやってきた。
してくれている黒い肌を持つアフリカ系と思しき軍曹エイブラム=ラムザット教導官
シェルフ・シェフィールド大尉がその厳つい顔と大きな身体を揺すって、教導を担当
﹁ディナハン様﹂
第二話 キャラクターステータス
32
﹁私も大尉と同意見であります。さすがはコスモ・ノーブルと噂されるドレル様の従兄
弟。先日とは別人なのではと疑うほどです﹂
となっていった。
練、キャラクターカスタマイズ、訓練、キャラクターカスタマイズを繰り返し行う日々
こうしてキャラクターカスタマイズの力を身をもって知ったディナハンの日常は、訓
﹁﹁ハッ﹂﹂
﹁そうか。良しなに頼む、大尉、教官﹂
戦闘シミュレーションも取り入れていくように訓練メニューを組みました﹂
﹁ラムザット軍曹と話し合い、明日からのシミュレーションには基礎訓練だけではなく、
チートツールの凄さを褒め称えた。
原因はやはりGジェネアプリによる自分自身の改造によるものだ、と彼は心の中で
で劇的に影響を齎すものではない。
それは当然、モビルスーツへの理解が深まったことも起因しているだろうが、ここま
でも認識していた。
来なかった前回と比べ、まだまだ全然ではあるものの明らかな進歩をディナハンは自分
確かに、基礎シミュレーションでの射撃、格闘、回避など、全くと言って良いほど出
﹁そう、か﹂
33
◇
キャラクターカスタマイズという反則による成長。日を追うごとに著しく技量が上
がってゆく。
ディナハン様のこと﹂
その成長ぶりは何も知らない他人から見れば異常に見えて当然だった。
﹁なぁなぁ、知ってるか
確か虎が帰ってきてまだ間もないだろ﹂
聞いた聞いた。焔の虎と互角にやりあったって言うじゃないか﹂
﹁まぁ、結局は負けたらしいけど﹂
﹁あ
?
訓練期間。スゲェって言うより異常だよな。やっぱディナハン様
?
そこかしこで似たような会話が交わされていた。そして、それは引き合いにだされた
﹁確かに、戦場に出てくるお偉いさんが無能じゃないってのは良いことだな﹂
﹁あー。何でもいいけど、とにかく流石はロナ家ってか﹂
ブル﹂
﹁ニュータイプって、おまえ、古臭い言葉使うなよ。コスモ・ノーブルだろ、コスモ・ノー
もドレル様みたくニュータイプなのかね﹂
﹁三週間ちょっとか
?
?
﹁でも、まだ訓練を始めたばかりだろ
第二話 キャラクターステータス
34
ドレルの耳にも届いたようだった。
﹂
﹂
﹁ディナハン﹂
﹁従兄上
﹁ドレル様
?
﹁どうしたんです
何かあったのですか
﹂
モビルスーツへ入り込むのを止め、ディナハンは何事かと首を捻る。
た。
と、待ち構えていたかのようにノーマルスーツ姿のドレルが共を二人つけてやってき
ディナハンが、いつもの時間にモビルスーツでのシミュレーション訓練を始めている
?
?
﹁⋮⋮ぅ﹂
﹁と、言うことだ﹂
確かな実力を持っていると判断しております﹂
﹁はっ。過日の模擬戦において、私は一切の斟酌を加えておりません。ディナハン様は
﹁と、ディナハンは言うが、実際はどうか、シェフィールド大尉﹂
﹁いえ、偶然です。未だ大尉の足元にも及びません﹂
たそうじゃないか﹂
﹁いや、何。兵がしているお前の噂を聞いて来てみた。焔の虎と戦り合えるようになっ
?
35
﹁そこでだ。私もお前の実力が見てみたい。先日、あれこれ言った自分の目が疑わしく
﹂
なってしまった。今度こそ、確りとお前を見なければ、な。
外に出ての模擬戦に誘いに来たのだが、どうだ
﹁模擬戦⋮⋮﹂
彼は、ディナハンの視線の意味を正しく介したようで、視線を真っ直ぐ返すと頷いた。
見る。
しかし、これこそ良い機会だとディナハンは思った。だから彼は、ラムザット軍曹を
では大きく譲ってしまっていることは否めない。
ドレルと戦り合ってもパラメータ上では十分戦いになるはずだ。だが、経験という点
し、既に彼のそれを抜いてしまっていた。。
確かにディナハンのパラメータはシェルフとの模擬戦の後も、訓練とチートを繰り返
?
﹁ディナハン、お前は今デナン・ゾンを使っているのだったな。ならば私もそうしたほう
心しつつ眺めていた。
ていく。ディナハンはその様子を、指揮をとる者とはこういう風にしていくものかと感
うむ、とドレルが頷き、てきぱきと後ろに控えていた部下に指示を出し段取りを決め
﹁ああ、では│││﹂
﹁お願いします、従兄上。是非にも胸を貸してください﹂
第二話 キャラクターステータス
36
が良いだろう﹂
﹁良いののですか
﹂
﹁ふん、丁度良いハンデといったところさ﹂
﹁ふふん、こちらは評価上昇中の注目株ですよ、従兄上
﹂
ドレルにはディナハンが今の時期、侵攻作戦まで一ヶ月を切ったこの大事な時期にい
﹁来たか﹂
緑色のモビルスーツを示す小さな赤いマーカーが。
彼が視線をめぐらせると、右上方に赤いマーカーが表れていた。ディナハンの駆る灰
ピッと警戒を促す電子音が耳に届く。
ドレルは暗闇に浮かぶ星々の光を眺めながら相手がやって来るのを待っていた。ピ
全周囲モニターがCGで処理された宇宙を映す。
◇
体を用意するために去っていった。
ディナハンの軽口に、ポスと裏拳を当てるとニヤリと笑ってから、ドレルは自分の機
﹁減らず口を﹂
?
?
37
第二話 キャラクターステータス
38
きなりモビルスーツに乗り戦場に出る決意をしたのか、皆目見当もつかなかった。
ディナハンは元々体を動かすことを好むほうではなく、マイッツァーが薦めた通り政
治や経済を学び官僚としてコスモ・バビロニアに貢献するつもりなのだと思っていた。
│││しかし、いきなりの変節。何を狂ったか戦場へ行くと言う。
ロナ家の務めだと言って。それがドレルの心に小波︽さざなみ︾を作った。
ドレルの母、ナディア・ロナは彼が幼い頃に見知らぬ男の元へと走った。彼女は、家
を出る際、何故かドレルだけを置き去りにし、妹のベラだけを連れて行った。
捨てられた。
子供心にドレルは母にとって要らない存在だから捨てられたのだと理解する。
そして大きくなるにつれて、こうも思うようになった。
ロナ家としてならば、とりあえず跡を継ぐ男子がいれば、自分たちへの探索の手が厳
しくなることはないだろう、という打算。
つまり、追及の手を遅れさせるための囮に使われたのだ、と。
それが事実か否か、本当のところはドレルには分からなかった。母に訊く機会があれ
ば、話の種に訊ねてみても良い気がしていたが、今となってはそれほど重要ではない。
とにかく、当時、幼いドレルは母という居場所を失った。父カロッゾはもともと研究
に没頭して余り家庭を顧みる人間ではなかった。だからこそ母は他の男を咥え込んだ
39
のだろうが。
そんな父としても夫としても失格な男が、幼い子供の心情など慮ることなどできるは
ずもなかった。
そんな中、唯一、ドレルに居場所をくれたのが祖父、マイッツァーだった。
マイッツァーはドレルに色々な話を聞かせていた。勿論、ナディアが居なくなる前か
らそれは変わらなかったが、妹も同時にいなくなった事によりその頻度は増した。
父が彼に話したこと、教えてくれたこと、そして彼自身の考えた、そう、つまりコス
モ・貴族主義の基本理念をとくとくと彼はドレルへと語る。
子供の頃こそ、頷くと祖父の機嫌が良くなる、そのことが嬉しくて物分りのいい振り
をしているだけのドレルだったが、大きくなってそれなりに視野も広がり、あまつさえ
若さ故の純粋さで世を見渡して人の腐敗を目の当たりにすれば、マイッツァーの教えが
正しいもののように思えるようになっていた。
より多くの意を汲むという民主主義。大多数の幸せを実現するのが民主主義。だが、
その大多数が求める幸せとは、所詮、私︽わたくし︾の幸せであり、個々の幸せに過ぎ
ない。そのことに汲々とし近視眼的に物を見ることしかできない者が集まり、先を決め
ようとすれば、それは結局、後先も考えない欲望に塗れた結果しか生まない。
そんな彼等が、人類全体、そして後の世の人々の幸せのために心を砕くことなど出来
第二話 キャラクターステータス
40
はしないのだ。
ならば、よりよき指導者による専制政治をもって、人々を導く。そのように世界を刷
新することが望ましいではないか。
ドレルは、そこに新たな居場所を見つけたのだ。
コスモ・貴族主義を世に広めるという役目を。コスモ・貴族主義によって統治された
コスモ・バビロンという地を。
彼はそこに立つ自分を夢想してしまった。
確かに、きっかけは確かにマイッツァーの教えだった。だが、結局それを選んだのは
彼だった。そここそがドレル・ロナが選んだ居場所。
私はコスモ・貴族主義の体現者、そう、コスモ・ノーブルたらんと欲す。
ドレルは心の中でそう吠える。そして、今、向かい来る幼い血族へと意識を向けた。
ディナハンもまたドレルと事情は違えど、父を亡くし、母を失い、居場所を祖父によっ
て与えられた。そしてマイッツァーの教えを受け、その実現に自分の能力を生かして手
を貸そうとしていたはず。そうドレルは思っていた。
ならば、自分同様わかるはず。我がロナ家が目指すものを。
ドレルは次第に接近しつつあるマーカーの向こうにいるディナハンへと心のなかで
語りかける。
お前の気持ちは聞いた。その意志の固さも見せてもらった。
だが、ただロナ家というだけで無能が上に立つことなど言語道断。意思だけでは駄目
なのだ。能力が無ければ駄目なのだ。
だから││
﹂
│││私がお前を試す
﹁見せてみろ、ディナハン
!
ふらりと軌道を変え難を逃れたディナハンを褒めもせずドレルは鼻で笑う。この程
﹁ふん⋮⋮﹂
が、しかし││ー
あった。
ヘビーマシンガンから放たれた火線は、真っ直ぐとその気体に吸い込まれる、はずで
え、引き金を引いた。
変えディナハン背後を取った。照準の向こうにデナン・ゾンのずんぐりとした姿を捉
とドレルは生み出された慣性を殺すことなく、モビルスーツの四肢の動きだけで軌道を
二機のずんぐりとした丸眼鏡のモビルスーツが加速を続けたまますれ違う。ここだ、
る。
操縦桿を押し傾け、フットペダルを踏みこむと加重に体がシートへと押し付けられ
!
41
度なら避けるは容易い。逆に避けて貰わねば困るとでも言うように。
ジグザグに描かれるスラスターの光に翻弄され照準が絞れない。だが、
ドレルは自信を持ってそう言った。今までの攻撃でディナハンの回避の癖はある程
﹁逃がしはせん﹂
度掴んだ。回避の際に右に大きく避ける癖は直したほうが良いな、ディナハン。
ヘビーマシンガンを進路上に叩き込み、奴の足を止める。そしてデュアルビームガン
を二閃、と同時にディナハンが避けるであろう先にショットランサーを打ち込んだ。
計4発の光弾がデナン・ゾンへと襲い掛かる。しかし、ディナハンは巧みにその間を
すり抜け、身を躱す。
が、その時の癖までは直せていなかった。避けきった丁度そこに高速回転する槍の穂
先が迫る。
何もかもドレルの狙い通りだった。流石にこれは避けれ得まい。そう彼は確信して
いた。
﹂
!
しかし│││
避けた、だと
?!
ほどドレルがやって見せた四肢を使って慣性を殺さずに軌道と姿勢を変更するAMB
デナン・ゾンはその場でクルリと回転すると突き来る脅威をやり過ごした。それは先
﹁何
第二話 キャラクターステータス
42
ACを併用した技術そのものであった。
│││あの体勢から当ててくるとは﹂
不意に衝撃が襲う。
﹁ちぃっ
近接戦どう出る
ディナハン
!
﹁そこだ
﹂
ナン・ゾンがバーニアを吹かし一気に間合いを詰める。
ビームガンを避けようと足を止めたディナハンのデナン・ゾンに向かい、ドレルのデ
?
中距離での手並みは十分以上。ならば、
つも、ドレルは次なる一手のために動いていた。
ヘビーマシンガンの雨を淀みなくかいくぐり続けるディナハンの技量に舌を巻きつ
は⋮⋮
一ヶ月に満たない操縦経験でこうも鮮やかに空間機動と戦闘技能を我が物にすると
がダメ押しのショットランサーを撃ち終わる瞬間を狙われたのだ。
ディナハンが攻撃を仕掛けたのはデュアルビームの光弾を回避している最中、ドレル
その報に安堵するより今受けた攻撃への驚きのほうが優っていた。
はすぐに視線を脇に走らせた。サブモニターが知らせてくる損傷は軽微。
機体の揺れがディナハンによる攻撃によって引き起こされたものだと知ったドレル
!
!
43
演習レベルにまで出力を下げたビームサーベルが勢いのままに、無防備なディナハン
へと振り下ろされる。しかし、
ビジュゥンン
ピンク色に輝く重金属粒子同士が干渉し合い弾け飛んでいく。
二度、三度と斬りつけるも、デナン・ゾンの左腕から発生したビームシールドがサー
﹂
ベルのビームを防ぎきっていた。
﹁ちっ
牽制を
とヘビーマシンガンを向けようとするも、その行動は遅きに失していた。
│││が、ディナハンの奴はその撤退に合わせバーニアを吹かし距離を詰めてくる。
攻撃の流れを止められたドレルは一端、間を開けるべく下がった。
!
│││認めざるを得なかった。ディナハンの力を。
とその口を開けていたのだから。
ドレルのデナン・ゾンのコックピットに向けて腕部デュアルビームガンの銃口が黒々
!
ナハンに笑顔を作らせたのだった。
ドレルは、そう独りコックピットの中で賛辞を送った。その言葉は通信を通してディ
﹁驚いたな、ディナハン。この私を負かすとは﹂
第二話 キャラクターステータス
44
第三話 自軍キャラと戦争の理由
一機の紫色をしたモビルスーツの前で、一人の技術士官が目線を上に向け敬礼してい
る。太い眉に禿頭。ヒゲと繋がる後頭部に残る髪の毛は白いものが混じり灰色となっ
ていた。
このザムス・イシュムの整備長ダイス・ロックリー。
既に老年へと足を踏み入れている大の男が、目の前の孫といっても可笑しくない年齢
の少年、ディナハン・ロナへと敬礼を送っていた。
に合いそうにないですな﹂
長、私に供されるのは大尉のお古ですか
﹂
﹁そうですか、整備長。⋮⋮大尉、確かビギナ・ゼラは大尉が乗ってたのでしたね
?
トとして乗っていたのが、そのビギナ・ゼラだったからだ。
声をかけられた大尉、シェルフ・シェフィールドがつい先日まで運用試験のパイロッ
控えていた厳つい顔の大柄の男へと声を掛けた。
ディナハンは自分の機体になると聞かされていたモビルスーツの名を聞いて、後ろに
?
整備
﹁ディナハン様、申し訳ありません。ビギナ・ゼラは未だ調整に手間取り今時作戦には間
45
﹁いえ、新造機体と聞いておりますが﹂
﹁私が乗っていた機体は、量産機のテストベッドとして改造されることになり、エアロダ
イナミクスのほうに送りました﹂
﹁そうでしたか⋮⋮それで、用意してくれたのがこのベルガ・ギロスというわけですね﹂
その言葉を聞き届けたディナハンはタラップを上り、コックピットへと潜り込んで
﹁はい、既にシートはディナハン様に合わせてあります﹂
行った。
パチパチと電源を入れていくと、僅かな唸り声とともにコンピュータの火が灯り、透
過ガラスの如く外の様子を全周囲モニターが映し出し始める。
デナン・ゾンの操縦に慣れたディナハンは、何の苦労をすること無く初期設定を進め
ていた。それは、クロスボーン・バンガードが採用するマンマシンインターフェースは
どのモビルスーツも共通であったためだ。
作業を進めていた彼が、ふと人の気配を感じ、開放したままのハッチの方を見やった。
しばらくすると、ディナハンより少しだけ年上に思える浅黒い肌をした堅太りした整備
兵がひょっこりと顔を見せる。
﹂
相手の眼鏡越しに目が合う。
﹁││何か
?
第三話 自軍キャラと戦争の理由
46
﹁あ、あの、いえ、その、調整のお手伝いをします、ライル・コーンズです﹂
ライル・コーンズと名乗ったその少年兵のモビルスーツに関する知識は、ディナハン
﹁ん、ああ⋮⋮頼みます﹂
が引きつった笑みを浮かべるしか無いほど非常に深かった。
ディナハンがする質問には立て板に水の如く答え、あまつさえ、聞いてないことまで
ベラベラと喋る。マニア気質な奴だ、と彼はライル少年のことを判断した。
まだ年若いライルは話し相手のディナハンが自分よりも子供であるせいもあってか、
どんどん言葉遣いが崩れていった。それは、自分の嗜好に合致した話を聞いて貰ってい
たため、ついつい饒舌になっているせいでもあった。
しかし⋮⋮
﹁ライル・コーンズ二等兵﹂
ライルの薀蓄をBGMに操作の把握に務めていたディナハンだったが、時間はそろそ
ろ演習を始める時刻へと迫っていた。視界の隅で時刻を確認すると、彼はライル少年の
﹂
階級を肩にある階級章で確認して声を掛ける。
何か分からないことでもあったかい
?
ディナハンを見ていたライルだったが、暫くして彼は顔を青ざめさせて慌てて自らの口
そのお気楽な言葉に、ディナハンの表情がスッと消えた。最初こそ惚けた顔でそんな
﹁何
?
47
﹂
を抑える。自分が今、相対している相手が一体どういう立場の人間か思い出したから
だ。
﹂
﹁ライル・コーンズ二等兵﹂
﹁ッ││は、はいぃ
﹁そろそろ時間です。興味深い話でしたが、またの機会に是非聞かせてくれますか
﹁は、はい、失礼いたしました﹂
ライルは下手くそな敬礼を残して、そそくさとその場を離れていった。
﹂
意味を介したディナハンは無線をONへと切り替えた。
シェルフはハッチまで来ると、自身のヘルメットの耳の部分をコツコツと叩く。その
た。すっかり彼のお目付け役になってしまったシェルフ・シェフィールド大尉だった。
人の気配に横下を見ると、こちらに向かって飛んでくるノーマルスーツが目が入っ
つヘルメットを被り首の繋ぎ目の気密を確かめる。
子供の自分に合うパイロット用のノーマルスーツなど良くもあったな、と彼は思いつ
そしておもむろに脇にどけてあったヘルメットへと手を伸ばした。
その後姿を見送ったディナハンは、ふぅ、という溜息とともにシートにもたれかかる。
?
!
?
﹁すまない、時間がかかったがようやく出来ました﹂
﹁ディナハン様、ご準備は
第三話 自軍キャラと戦争の理由
48
﹁わかりました。では﹂
それだけ言うとシェルフは踵を返して自分のベルガ・ギロスへと戻ってく。ディナハ
ンはモニター越しに彼がコックピットに乗り込むまで見送り、そのさまを見届けると意
識を今日の訓練項目へと向けた。
この日の訓練は今まで座学だけであった小隊運営、小隊内での連携を学ぶものだっ
た。簡単に言ってしまえば、陣形の変更指示や、互いのフォローの基本を学ぶことであ
る。
未だというか、子供であり、モビルスーツに乗り始めて間もないディナハンには、例
えロナ家の嫡子という立場があったとしても自らの小隊が持てるはずもなく、当然ゲス
ト扱いであった。しかし、お目付け役であるシェルフ・シェフィールド大尉とエイブラ
ム=ラムザット教官は後々のことを考えた上でこういった訓練も演習に組み込んでい
た。それはディナハンにとってありがたいことだった。
暫くして無線がシェルフの声を吐き出し始める。
[│││聞こえますか、ディナハン様]
﹁はい﹂
[では、我々3名が先行しますので、後について発艦してください]
﹁ええ、聞こえています﹂
49
第三話 自軍キャラと戦争の理由
50
シェルフの乗り込んだ紫色のベルガ・ギロスの手が上がる。すると二機のデナン・ゾ
ンも答えるように手を上げた。彼の部下だろう。
[ブリッジ、こちらダークタイガー1。これよりディナハン様の演習を開始する。発
艦許可を]
[│││ブリッジ、確認。ダークタイガー隊、順次発艦せよ。]
[了解]
]
指示を受けてベルガ・ギロスがカタパルトへと進む。シャトルへとに足を嵌めこんで
腰を落とした。そして││││
[ダークタイガー1、ベルガ・ギロス、シェルフ・シェフィールド、出る
ザムス・イシュムは、ザムス・ジェス級宇宙巡洋艦の特徴でもある前後に伸びるカタ
[了解、ダークタイガー3、デナン・ゲー、ルロイ・ギリアム、出るぞ]
[ブリッジ了解、ダークタイガー3、発艦よろし]
[ブリッジ、ダークタイガー3、準備完了]
[了解、ダークタイガー2、デナン・ゾン、エターナ=フレイル、行きます]
[ダークタイガー2、発艦よろし。]
く。そしてそのことに頓着する暇もなく次々とブリッジからの指示が聞こえてくた。
その声と共にベルガ・ギロスはあっという間に青い線を描き虚空へと舞い上がって行
!
パルトを持っているため、その収容能力に比べモビルスーツの展開能力が高い。そのこ
とを示すように、シェルフ隊の二機もあっという間に宇宙へと上がっていく。
先に出たのは若い女性の声、後に出た男の声も若かった。クロスボーン・バンガード
はブッホコロニーに作られた職業訓練校を基盤としているため若い者が多い。シェル
フの大柄で厳つい顔からは、少し信じられない彼はまだ20代前半であった。
そういった事情を思い出したディナハンは、自分の年齢に思い至り自嘲した。僕なん
か、まだ15にすら指が引っかからないのにな、と。フルフルと頭を横に振って意識を
切り替える。
││││さ、僕の番だ。
が、まぁ両方だろうと苦笑いを浮かべながらようやく宙空へと飛び出していった。
とも子供であるがゆえの労りなのか、どうにも判断がつかなかったディナハンであった
ブリッジクルーがかけた言葉が、自分がロナ家の嫡子であるゆえの配慮なのか、それ
﹁はい、行ってきます﹂
[お気をつけて]
﹁了解、ディナハン・ロナ、ベルガ・ギロスで出ます﹂
[わかりました。ディナハン様│││進路クリア、オールグリーン、発艦よろし]
﹁ブリッジ、私も準備完了です﹂
51
そこには、どこまでも落ちていきそうな漆黒の宇宙が広がっていた。暗闇がディナハ
ンを包みこむ。
宇宙とは孤独をより強く感じる場所なのだろうか。だから人は、より強く他人を求
め、繋がろうと欲するのだろうか。そんなふうに考えればニュータイプが宇宙に適応し
たとされる人間だと言われるのも分かる気がする。
そこまで考え、いやそれは違うか、と首を振った。宇宙に適応したなどというのは古
典的進化論を盾にした単なる方便に過ぎない。ニュータイプと呼ばれた者達の生い立
ちや性格を考えると、本当はただ他人の温もりが欲しいだけの寂しがり屋のような気が
してならなかった。
◇
た。
モビルスーツのスラスターを吹かし、ディナハンは仲間の元へと向かっていくのだっ
﹁あっちか﹂
いた。
にある人の気配へと視線を送る。そこには友軍機を示す青いマーカーが映しだされて
ディナハンはそんなことを考えながら、自身の感覚が拾った何もない空虚な闇の只中
﹁ふっ、僕も寂しがり屋だ﹂
第三話 自軍キャラと戦争の理由
52
マイッツァー・ロナは、カロッゾの報告を自分の目は節穴であったか、と嬉しくもな
い事実を嬉しく思いながら聞いていた。
﹀
?
確かにシェリンドン・ロナにはアイドルに必要な要素である気品も教養も、そして後
大衆を慰撫する甘い蜜こそ必要なのだ。
的支配の色を帯びた象徴である。それでは人心を掴むなどできようはずもない。
カロッゾが鉄仮面を被った理由もまたそれに当たった。鉄仮面。しかし、それは恫喝
めの存在でもあった。
たな国家を築き育む存在。国家をまとめあげる求心力を持った存在、人心を掌握するた
世の堕落を憂いクロスボーン・バンガードという尖兵を用いてでも新たな秩序を、新
国家が持つアイデンティティの体現者。そう言い換えても良いだろう。
ここで言うそれは政治的な象徴のことだった。彼らの築くコスモ・バビロニアという
アイドル。
けでアイドルになってもらおうと思わんよ﹂
﹁それを取り止める必要はないだろう。いくらパイロットの能力があろうとその一点だ
は
︿はい、ディナハン様の成長が楽しみではあります。それではベラを呼び戻すというの
﹁ディナハンにこれほどの才能があったというのは嬉しい誤算だ﹂
53
数年もすれば大輪の華となる蕾も持っている。しかし、残念ながらその重さに耐えうる
だけの強靭さが欠けていた。
デ ィ ナ ハ ン に は そ の 強 靭 さ が 備 わ っ て い る よ う に マ イ ッ ツ ァ ー に は 思 え た。だ が、
シェリーと同じく気品と教養、そしてハウゼリー譲りの端整な容姿を持ちあったとして
も、やはりアイドルには成り得ない。
それは、男が王になるより、女が女王をやったほうが良いというマイッツァーの考え
もあったが、本質的にはディナハンの性向こそが問題だった。
﹀
ハウゼリーのような人付き合いの才能はないように見える。自分に得になる
︿ハウゼリー議員のように政治の表舞台に立たせるつもりも無いと
﹁フム
?
に振り回されかねん。やはり書類仕事が一番ではあろうな﹂
人間かそうでないかを選別することは苦手なのか。情が深いとも言えるが、要らぬ感情
?
﹁⋮⋮しかし、あの子の頑固さはハウゼリー譲りか﹂
椅子の背がマイッツァーを受け止めギシリと鳴いた。
出した。あの意志の強さ、頑固さと言い換えても良いそれを。
カロッゾの言葉を聞きながらもマイッツァーは、先日ディナハンが見せた気勢を思い
らうことにしましょう﹀
︿では、ディナハン様にはこれからもサイドの運営に関われるように勉学にも励んでも
第三話 自軍キャラと戦争の理由
54
その少しだけ悲し気な声を鉄仮面は表情も変えず黙って聞いていたが、ややあって余
韻が薄れたのを待って話し始める。
勉学で凝り固まった体を解し昼食へと赴くと数日ぶりにマイッツァーと出くわした。
求める人間像から発した故の事柄だった。
学の一般教養レベルにまで達していた。それは彼の能力が高いからではなくロナ家の
う、ようやくジュニアハイに上がったばかりと同じ年齢であったが、その内容は既に大
政治学と経済学の講義を終わり家庭教師達が部屋を後にしていく。彼は13歳とい
午前中が家庭教師による講義、昼から訓練、夕方から宿題という塩梅だった。
ルスーツの訓練というディナハンの願いのために少しばかりその頻度を落としている。
ナハンの父、ハウゼリーが死去する前から変わらないものであったが、ここ最近はモビ
ディナハン・ロナの一日というのは、その大体を勉学に費やされていた。それはディ
◇
で返しただけだった。
鉄仮面はそれに答えずただ一言︿では、そのように﹀と仮面の奥からくぐもった肉声
﹁確か⋮⋮シェルフ・シェフィールドが付いているのなら間違いは起こらんだろう﹂
に随伴し、まずは戦場の空気を感じて頂こうかと考えています﹀
︿│││ディナハン様を戦場に出すというお話。フロンティアⅣ侵攻に際して第一大隊
55
﹁お祖父様、お帰りになられていたのですね﹂
﹁うむ、ディナハンも食事か﹂
せんから﹂
﹁はい。午後からはモビルスーツの訓練ですのでエネルギーを取っておかないといけま
マイッツァーは、ディナハンの言葉から彼の身体がモビルスーツというモノに適応し
始めていることを知り驚きもしたが、70歳を超えた自分に出されたサンドイッチの量
と彼の前に出された量がほとんど同じ少なさなのを見て納得もした。
唐突に思い出したようにディナハンが話し始める。
﹁そう言えば﹂
﹂と聞いているのだった。ふむ、と頷き、マ
│││叔父上が直接話すのですからクロスボーン・バンガードのこと
ディナハンは﹁お祖父様の決定ですか
とは思いますが﹂
?
﹁はい﹂
ているのはお前も知っているな﹂
﹁近々、我がクロスボーン・バンガードが決起し、世にコスモ・バビロニアを築かんとし
イッツァーは紅茶を一つ口に含んでから話し始めた。
?
ておられますか
﹁モビルスーツの訓練の前に、叔父上が話があると言っていました。お祖父様、何か知っ
第三話 自軍キャラと戦争の理由
56
﹁ロナ家の者として責を果たす。そうお前は言葉にしたのだったな﹂
どうした
﹂
?
マイッツァーの言葉を聞いたディナハンには、言いたいことがあった。だが、それを
はしない。
同時に瓦解の一歩となるかもしれないが、とマイッツァーは思っているが決して口に
﹁⋮⋮うむ。我らの大望のための第一歩だ﹂
﹁本当に戦争を始めるのですね﹂
てミルクで口を潤してからようやくディナハンは言葉を発し始めた。
マイッツァーの不意の問いに視線を上げる。口に含んだハムサンドを咀嚼し嚥下し
﹁
?
るのを訝しんだ。
マイッツァーが、彼がサンドイッチを口に持っていったまま咀嚼もせずに固まってい
れない。
の死を見て正常でいられる自信がない。モビルスーツの爆発ならばまだ大丈夫かもし
ディナハンはそう答えながら、内心で怯えていた。フロンティアⅣの内部に入り、人
﹁そう、でしたか⋮⋮﹂
﹁その際、お前に何処にいて貰うべきか話した。だからだな﹂
﹁│││はい﹂
57
口にして良いのか、どう言葉にすれば良いのか、上手く纏められなかったため視線を落
としては上げて口を開きかけ止める。
それを見とったマイッツァーが首を傾げた。
﹁│││お祖父様、政治学の中でこういう考えがあるのを習いました。戦争とは政治の、
外交の一形態である。それと同時に戦争はイデオロギーに関係なく貧困と富裕、経済の
格差から必然として生まれる物とも捉えられる、と。﹂
﹁⋮⋮ふむ﹂
勢いに乗って口にしてしまった言葉は取り返せない。その続きを言うことを躊躇い
﹁でも⋮⋮その⋮⋮﹂
口ごもるディナハンに穏やかな声音でマイッツァーは先を促した。
表面化していないそれら人類の腐敗を一層するための戦争。完全なイデオロギーのみ
﹁この戦争の根本は、人類が自らを滅ぼす前に、人類が自らの母屋を食い潰す前に、未だ
ウムと頷くマイッツァー。
イドの自治独立の希求とは全く意味合いが違います﹂
の地球で起こった領土紛争、民族紛争、そしてサイド3のジオンが起こしたスペースノ
﹁⋮⋮はい。でもお祖父様が、クロスボーン・バンガードが仕掛ける戦いは違う。旧世紀
﹁続けなさい﹂
第三話 自軍キャラと戦争の理由
58
﹂
で起こす、全人類を、世界を敵に回す戦争です﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁分かってくれるでしょうか
どういう意味だ
﹂
?
﹁地球連邦政府を倒したとした後、今度は我々が世を動かすという高邁な作業に際して
首を振るディナハンに怪訝な顔を浮かべてマイッツァーは問い直した。
﹁
?
﹁それは│││わかっています。そうではなく⋮⋮﹂
類として社会を築き未来へと続いていくためにはやらねばならん﹂
コスモ・バビロニアの建国、地球連邦政府の打倒、コスモ貴族主義の浸透、人類が人
を前に出すことで進むのだ。どのような塔も一つ一つ石を積むことで作られるのだ。
んの一歩としてコスモ・バビロニアの建国がある。どのような長き道程もその一歩一歩
﹁我らの大望は人類の生存、人が人として未来へと続いて行くことだ。そのためにのほ
﹁⋮⋮﹂
ビロニア建国だ﹂
﹁分からせねばなるまい、そのためのクロスボーン・バンガード。そのためのコスモ・バ
ンは思ったからだ。
何を、誰に、とは言わなかった。そうしなくともマイッツァーには分かるとディナハ
?
59
新たな組織を作ったとします。そうした組織を構成する者こそ、コスモ貴族でなければ
﹂
ならない。でも│││﹂
﹁でも
﹂
?
どれほどいると言うのです﹂
神性と理性、意識を共有しエゴもなく、調和そのものを具現化した存在。そんな人々が
﹁コスモ・ノーブルとなりえる人。⋮⋮ニュータイプ。誤解なく本質を理解する高い精
﹁⋮⋮﹂
どいるでしょう
﹁コスモ貴族になれるだけの、組織の持つ悪癖に染まらぬ気高い精神の持ち主がどれほ
?
遂にクロスボーン・バンガードによるフロンティアⅣへ侵攻が始まる。 UC0123.03.16。
れなかった。
そう口にするマイッツァーの作る顔は理想家のものだ、とディナハンは思わずにいら
コスモ貴族である、などとは思っておらん。我らはその礎に過ぎないのだ、ディナハン﹂
﹁それを見つけ、育てるための戦いでもある。見誤ってはいけない。何もロナ家こそが
﹁お祖父様﹂
﹁⋮⋮﹂
第三話 自軍キャラと戦争の理由
60
第四話 フロンティアサイド侵攻
サイド4、フロンティアサイド、四番目のコロニー、フロンティアⅣ。羽の生えた巨
大なシリンダーが漆黒の宇宙を音もなく回っている。
その姿を捉えながら、ディナハン・ロナは沸き起こる不快感に顔を歪ませていた。
闇の中に唐突に火球が生まれ、その度にあがる断末魔と怨嗟の思念。それが宇宙に撒
き散らかされていく。
散りゆく命の呻きをその肌に感じ取り、ディナハンはヘルメットの下で脂汗を流しな
がら歯を食いしばり耐え続けていた。
えたジェガンの懐へと近づく。
ディナハンの乗る丸眼鏡のモビルスーツが一瞬のうちにビームをかいくぐり、盾を構
それはパイロットの恐怖の大きさを表していた。
旧式で大型の連邦軍の制式モビルスーツ、ジェガンが何度も何度もライフルを撃つ。
たビームの黄色く光る筋が脇を抜けていく。
三機の連邦のモビルスーツが迫る。大柄ながら体の細い緑色のモビルスーツが放っ
﹁わかってたはずだ⋮⋮こうなるって、わかって、た、はずだろ﹂
61
その急接近に驚き対処しようとビームサーベルを発振しかけた瞬間、手に持たれた槍
状の武器、ショットランサーの穂先でコックピットごとパイロットは刺し貫かれた。
主を無くし力を失ったジェガンへと蹴りを入れ、反動を使って距離をとるディナハ
﹁っう││﹂
ン。その直後、ビームの粒が通り過ぎる。
再び霰のように降り注ぐそれを回転しながら躱してヘビーマシンガンを撃ちこんだ。
ズガガガッ、と方に大きな砲を備え、カナリアイエロー色の少しばかりずんぐりとし
たモビルスーツの盾に大粒の穴が、二個、三個、四個と開いて行き、最後には千切られ
るが如く吹っ飛んでいく。瞬間、守る者のいなくなったモビルスーツもまた銃弾の雨を
浴び千切れ火球となって消えた。
と言わんばかりにジェガンの両腕を切り飛ばす。そして、返す刀で胴を薙いだ。
しかし、ディナハンのベルガ・ギロスはその必死の抵抗を紙一重で避けると、無駄だ
出し、バーニアを吹かした。
相手もまたビームサーベルを引き抜くとそのままの勢いで突き殺さんと剣先が突き
す。ミサイルが作る爆煙を利用して姿を隠し、ビームサーベルを左手に握らせる。
ジェガンの盾から発射され、迫り来るミサイルをピンク色のビームの膜で弾き飛ば
﹁││くっ﹂
第四話 フロンティアサイド侵攻
62
励起した超高温の重粒子流がパイロットを一瞬の内に蒸発させてしまった。
無意識に謝罪を言葉にしようとして、ディナハンは口をつぐんだ。自分達が仕掛けさ
﹁⋮⋮ご││﹂
謝罪を口にすれば許されるの
せておいて何を一体謝ると言うのか、と彼の内なる彼が言う。
何かが変わるのか
悪いのは自分だと言う自覚はある。ゆえに謝るのか
か
?
?
そう最悪、マイッツァーをカロッゾを、自分の祖父や叔父、一族郎党を皆殺しにすれ
た。
を唆している人物は他でもない、彼の家族だったのだ。ならば幾らでもやりようはあっ
だが、極論すれば通用しない。彼は家族だったのだ。この惨状を作り出している者達
その力がない、子供に過ぎない、という言い訳は一見正しいように見える。
だが彼はそれを未然に防ぐための手を打たなかった。
た。
た。自らの肉親が起こす戦争で多くの人が惨たらしく命を落としていくのを知ってい
例え情報源が歪な知識ではあっても、ずっと前から今起こっている惨状を知ってい
彼は、この戦争を止められる立場にあった。その可能性を握っていた。
自問にディナハンは首を横に振った。誰も、何も、許されはしない。
?
63
第四話 フロンティアサイド侵攻
64
ば良かったのだ。
しかし、彼はしなかった。いや出来なかった。したくなかった。なぜなら家族だった
から。自らを育て育み愛しんでくれる家族だからこそ出来なかった。
家族を選び、多くの何の罪もない他人を殺す。それは彼のエゴによるものだった。
[ご無事で、ディナハン様] 通信機から聞き知った声が流れ出した。ディナハンの護衛として随伴しているシェ
ルフ・シェフィールド大尉のものだった。
ミノフスキー粒子による電波撹乱でも、ある程度の近距離ならば無線が使える。しか
し、今は接触回線用のワイヤーを撃ち着けられた上でのものでその音声は明瞭だ。
だが、その声にディナハンは応えない。
マイッツァーが言うコスモ貴族主義において貴き者とは、自ら悪をなしてでも、世の
ために人のため未来のために戦い血を流す者のことを言う。
戦うこと、それは決して自分のためではない。世のため人のため、後の時代のため、そ
んな抽象的なものにこそ命をかけられる精神性を持ったもののことを言う。
だが、翻って見てディナハンはどうだ。
Gジェネのシステム、キャラクターカスタマイズという異常を使ってパイロットの能
力を上げたのはディナハン自身の欲望に端を発している。
家族と世界を天秤にかけ、家族を取った。自分と家族の明るい未来を守るために、人
を殺すための力を欲した。
全てが自分、自分が良ければ他人など死んでしまっても構わないと言う姿勢。そこに
高貴さなど何処にも見当たらない、そこにあるのは汚泥に塗れたエゴがあるのみ。
それは悪だ。腐臭を放つ穢らわしい悪。
悪は許されてはいけない。因果応報、善きにつけ悪しきにつけ因果は巡りそれに応じ
]
て必ず報いを受けるだろう。それが正しい世界というものだ。
大丈夫ですか
そう、ディナハンは思った。
[ディナハン様
?
応答が無いのを心配したシェルフの再びの声に、思考を終わらせディナハンが返す。
?
﹂
?
フロンティアⅣの制圧が順調と聞きディナハンは、そこでの被害とベラ・ロナのこと
﹁⋮⋮﹂
[未だ発見の報は届いておりません]
﹁⋮⋮従姉上は
駐留艦隊も撤退を開始しました]
[ハッ、ドレル様の第二大隊と第三大隊はフロンティアⅣの制圧を順調に行っており、
﹁│││大事ない。大尉、状況はどうなっています﹂
65
│
に思いを巡らせる。そして、申し訳ばかりに逃げる難民、スペースポートには手を出さ
もう止めて
ないように念を押した時だった。
│シュンお兄ちゃん
!!
痛な叫び声に他ならず。
思念だった。それは親しき者の変貌と暴挙に困惑し、悲しみ、それを止めようとする悲
戦場を覆う驚嘆、憤怒、絶望、そういったものとは毛色の違った思いの詰まった人の
意味したものだった。
言葉として明確に届いたわけではなかったソレは、言葉にすればそんなようなことを
不意に脳裏に女の思念が響いた。
!
それはディナハンが終ぞ言葉とにできず、行動に出せなかった家族への思いそのもの
でもあった。
﹂
?
そこに映ったのはフロンティアⅣを逃げ出そうとする艦艇とそれを追う金色のベル
味方識別をかけてディナハンは目を見開いた。 す。視線の先にはこれと言って見えない。だが、コンピュータにその場所を拡大させ敵
シェルフの彼を気遣う言葉を無視して、ディナハンは思念の発信元を求め目を凝ら
﹁ディナハン様
﹁││家族ッ、家族か﹂
第四話 フロンティアサイド侵攻
66
﹂ ガ・ギロスにノーマルのデナン・ゾン。
F90∨
そして││ ﹁あれはッ
!
﹁ッ
ディナハン様
﹂
?
そのことが、シェルフの内にあり続ける炎に薪をくべる。
よく似た外観の、いや同じガンダムタイプであった。
煮え湯を飲まされ、多くの部下を奪われた相手とは少しばかり異なるようではあったが
そこに示されたのは確かに連邦の新型モビルスーツ。彼がつい先日ゼブラゾーンで
から、その正否を確認を急いだ。
ディナハンからの通信を受けてシェルフは通信とともに添えられてきた座標データ
?
[大尉、連邦の新型を見つけた]
かしディナハンだけは﹃前世の記憶﹄によって、そのモビルスーツの名前を知っていた。
未だクロスボーン・バンガード内ではそのモビルスーツの名前を知る者はいない、し
ティアⅠにある連邦の資源基地襲撃時に防衛に出てきた新型機とだけだと告げていた。
サ ブ モ ニ タ ー は 敵 機 の 種 別 を、先 の、つ ま り U.C.0 1 2 3 年 の 1 0 月 に フ ロ ン
ビルスーツ。
放熱フィンと思しき板を両肩と両ももに取り付けた青と白にカラーリングされたモ
!
67
]
﹁ディナハン様、申し訳ありません。この新型│││﹂
[大尉、この新型を捕らえたい。出来るか
景だった。
言葉を交わして、淡い期待とともに自分の胸の中で生まれた気持ちを自覚した矢先の光
シーブック・アノーは目の前の光景が信じられなかった。それは、彼が彼女と出会い、
◇
ディナハンの答えを聞いて、彼は獰猛な笑みを浮かべた。
﹁ハッ、存分に﹂
[虎の狩りの仕方、見させてもらいます]
﹁ハンターにその問いは愚問です。それよりも付いて来られますか、ディナハン様﹂
い返した。
フは通信機から聞こえた言葉に驚く。護衛の任務と自身の思いを天秤にかけ、そして問
部下にディナハンの護衛を任せ、自分一人でこの獲物に噛み付くつもりだったシェル
﹁ッ││﹂
?
﹂
だから彼は、彼女の名前を叫ばずにはいられない。
!
彼女、セシリー・フェアチャイルドに銃を向けているのは、以前シーブックが彼女の
﹁セシリー
第四話 フロンティアサイド侵攻
68
実家であるテスのパン屋に立ち寄った時に少し言葉を交わした相手。
似てないことを理由として養父なんだろうと少しばかり要らぬ勘ぐりをしてしまっ
た知らぬ彼女の義父。シオ・フェアチャイルド。
そのときまでシーブックの意識の中には親が子供に銃を向けるだなんて現実は、あり
はしないものだった。
テレビの向こう、何処か遠くにそんなようなことがあるとは知っていても、そんな人
として、いや生物として狂った行いが自分のすぐ側で起こりうるとは思いもしていな
かった。
それは、彼の規範において許し難い蛮行であった。
﹂
こまでやってきたんだそんな小さい銃一つ、今更そんな物怖くあるか
と。
悪意を目にしてシーブックが吠える。巨大なモビルスーツが入り乱れ飛ぶ街中をこ
﹁うぉおおー﹂
シーブックへと手に持つ銃を向けた。 意図に気がついたのか、シオが開け放たれたままのコックピットでガンタンクを操る
足でアクセルと踏み込ませる。
怒声が彼の憤りを表す。操縦しているガンタンクを二人の間に割り込ませるべく右
﹁親が子に銃を向けるなんて
!
!
69
オレンジの一般作業用ノーマルスーツを着込んだ小男が持った拳銃がポッと光った。
チンッ、チューンと言う甲高い金属音と火花がガンタンクの装甲から生まれ、次の瞬間。
﹂
﹂と呻きを漏らした。
シーブックは左腕に重い衝撃を受け、その勢いで体を座席に打ち付けられて、﹁うっ
こいつーっ
!
ようやくガンタンクが後ろに下がりはじめた時だった。
全身から吹き出ている。早く、早くしないと│││
あわててアクセルを離し、操縦桿でギアを操作する。腕は重く、激痛が走り、脂汗が
﹁く、そっ﹂
衝撃とともに何かに乗り上げてしまったようだった。
激痛と焦りで上手く立ち回れない。シーブックの制御を離れたガンタンクが激しい
ルスーツの男はやすやすとシーブックの狙いを避けてしまった。
その痛みをこらえながらのせいもあってガンタンクの制御がおぼつかない。ノーマ
と強い痛みを訴え始めた。
ならないと操縦桿を握りアクセルを踏み込む。その段になってようやく左腕はズギン
撃たれたと分かったシーブックは、何としてでもセシリーからこの男を遠ざけないと
﹁ッ
!
!?
突然の激しい横殴りの衝撃に﹁ぅあっ ﹂とシーブックが声を立てる間もなく、バラ
!
第四話 フロンティアサイド侵攻
70
﹂
ンスを崩した彼はそのまま狭いコックピットの横壁に撃たれた左腕を下敷きに体を叩
きつけられた。
﹁wlp;@:ー
[シュンお兄ちゃん
お兄ちゃんなんでしょう
]
?!
シュテイン・バニィール。本名、シュン・タチバナ。フロンティアサイド駐留艦隊副
ン・バニィールのことを思うと手を出すのが躊躇われた。
今、連邦の新型と渡り合っている金色のベルガ・ギロスに乗る男、彼の友、シュテイ
をしかめる。
灰緑色のずんぐりとしたモビルース、デナン・ゾンを駆るエイギス・ヴェラクルスは顔
ミノフスキー粒子の電波撹乱の中にあって時折無線から聞こえてくる悲痛な叫びに、
!
言って馴れ合っているわけでもなく、何故か悲壮感すら漂わせていた。
決闘の様を呈した一対一の攻防戦。しかしそれはどこか血生臭さを感じさせず、かと
色分けされたガンダムタイプのモビルスーツはそれを軽々と躱していった。
金色のベルガ・ギロスが持つ槍状の武器から銃弾が放たれる。だが、対する青と白に
◇
能をシャットダウンした。
許容量を大きく超える激痛に、言葉にならない叫びをあげてシーブックの脳はその機
!!
71
第四話 フロンティアサイド侵攻
72
司令カムナ・タチバナ准将の息子。
それが金色のベルガ・ギロスに乗っている男の素性だった。
エイギスにも懸念がなかったわけではない。クロスボーン・バンガードのフロンティ
アサイド侵攻時にシュテインが肉親と戦うことになるということは、可能性としては十
分有り得ることだったからだ。しかし、こうもピンポイントで遭遇するとまでは思って
いなかった。
どうする、と彼は自問した。自分一人では艦隊の足を止められない。かと言って協力
してシュテインの妹を落とすというのも気が引ける。
エイギスが今一度、どうする、と自問した刹那、ピッと味方機が近づいてくることを
教える音が彼の耳に届いた。確認のため視線を動かし、ギョッと目を剥いてしまう。
その味方機が示すコードは、ロナ家の嫡子、ディナハン・ロナの搭乗機のものだった
からだ。
一般的な紫色のベルガ・ギロス二機がエイギス自身のデナン・ゾンと同じ灰緑色のデ
ナン・ゾンとデナン・ゲーを従えその場へと現れる。
[引き裂かれる家族、│││愁嘆場だな]
友軍同士の光通信が戦場に似つかわしくない子供の声を伝えた。
[そこのデナン・ゾン。あの趣味の悪い金ピカギロスと艦隊の足を止めて下さい。連
邦の新型はこちらで仕留めます]
[命令だ]
﹁ッ││し、しかし﹂
ディナハンの提案にエイギスは異を唱えようとした。が、その直前で今ひとつのベル
ガ・ギロスからの声を受けて言葉を飲み込まざるを得なかった。
その機体が示すコードは焔の虎と名高いシェルフ・シェフィールド大尉のものだった
からだ。
﹁ぅ││了解﹂
私があの二機の間に入った後、エターナ、ルロイで牽制、二機を引き離す。
[大尉⋮⋮指揮を任せます]
[ハッ
ついてきて下さい。では、行くぞ
]
各機獲物に喰らいつけ
!
そこにいる全機が了承を示した。
﹁狩りの時間だ
﹂
エイギス機はその後シュテイン機と接触、艦隊の足止めに迎え。ディナハン様は我らに
!
◇
スに青白い軌跡を一直線に描かせるのだった。
シェルフはそう凄むと、哀れにも目をつけられた獲物に向かって自分のベルガ・ギロ
!
!
73
第四話 フロンティアサイド侵攻
74
第二次ネオ・ジオン戦争後、地球圏は大規模な紛争に見舞われることはなかった。確
かに、ジオン残党や反地球連邦政府組織マフティーによる武力行使はあった。ナナの母
もジオンの流れを汲むオールズモビルズによってその命を奪われている。だが、それら
はテロという犯罪であり地球圏全体を揺るがすほどの戦争とはなっていなかった。
そうした長きに渡る戦乱の後の端境期において巨大化した軍備は、無用の長物を化し
てしまった。そうなると当然軍事費は削減される運びとなる。しかし、いつ来るかわか
らない地球外生命体の地球侵略への備えとしての軍の維持は、民衆にも一定の支持を得
ていた。また、技術の進歩と軍部の意見とがそこに相まることにより、小型、軽量、高
性能、更にローコストなモビルスーツが地球連邦軍に求められるに至った。
その答えの一つが、連邦の新米士官、ナナ・タチバナが預かるガンダムタイプのモビ
ルスーツ、F90なのだった。
このF90にはある大きな特徴があった。それは、ハードポイントを機体各部に配
置、そこに27種類にも及ぶミッションパックから適切な物を局面に応じて選び付け換
えることにより、あらゆる状況下での運用を可能にしようというものだった。
そんなF90が現在装備しているミッションパックは∨型と呼ばれ、高速で貫通力の
高いビームから低速で破壊力の強いビームまでを撃ち分けが可能で、しかもその出力は
この時代の戦艦クラスの主砲に匹敵するという携行火器は、その特徴である可変速ビー
ムライフルの頭文字を取りヴェスバーと名付けられている新型火器の試験仕様だった。
しかし、そんな一撃必殺の武装があったとしても、使わなければ意味が無い。
ナナはこちらに銃口を向けてくる丸眼鏡の変な顔をしたモビルスーツに兄が乗って
いることを確信していた。六年前、オールズモビルのテロで母親が死んだのをきっかけ
に彼女の兄、シュン・タチバナは家を捨てるようにサイド1のブッホコロニーにある職
業訓練校に進学を決め、数年後その上の特種学校クロスボーン・バンガードに進学した
とだけ連絡があったっきり、それ以降はなかった。
そして、今その聞き覚えのあるクロスボーン・バンガードという名と、市民に被害を
出 さ な い と 喧 伝 し て い る の に も か か わ ら ず タ チ バ ナ 家 だ け を 狙 い す ま せ て 撃 ち 壊 す。
何よりナナが呼びかけた際の挙動のおかしさ。
新手
﹂
﹂
と接
違っていて欲しい、そう彼女が心の中で願ってはいても、それらが彼を兄だと雄弁に
シュンお兄ちゃん、答えてよ
語っていた。
﹁どうして
﹁ッ
近警報が彼女の耳に届く。
だが、金色のベルガ・ギロスからの返答はない。その代わりに│││ ビーッ
!
見れば兄の乗るモビルスーツと同型機が近づいてきていた。
!
!
!
!
75
シェルフ・シェフィールドは連邦の新型と矛を交える金色にカラーリングされたベル
ガ・ギロスを動きを見て怒りを覚えていた。明らかに手を抜いていると。
だが、シェルフの怒りの矛先であるシュテインは、意図して手加減をしていたのでは
なかった。とは言え、機体の不具合があったわけではない。それは一重に彼の心根によ
るものだった。彼は名を捨てたとはいえ、彼女の兄だったのだ。
肉親を手に掛けるということは、それ相応の莫大なエネルギーが要る。シュテインに
とって父の元を離れない妹に嫌悪はあった。だが、憎悪はない。家族の情。それが引き
金を引く指先に逡巡をもたらすのだった。
しかし、そんな事情などシェルフには知りようもないし、また知ったとしても彼には
関係のないことだった。
目の前の敵は、あの多くの部下を奪った連邦の、アナハイムの、あの新型に酷似した
モビルスーツだったのだ。
﹂
!!
と襲いかかる。
構えられた槍の穂先が高速回転による甲高い音を発しながら撃ちだされ、F90∨へ
﹁││が、そんな機体に乗った貴様に運が無いのだ
シェルフが弁明のように呟く。だが、しかし次の瞬間、虎は咆哮を上げた。
﹁恨みはない﹂
第四話 フロンティアサイド侵攻
76
ナナは迫るショットランサーに回避行動を取った。そこで、更にダメ押しのマシンガ
ンの連射を確認して、金色のベルガ・ギロスとの距離を開けざるを得なかった。
﹁邪魔しな││﹂
しかし、その間こそがシェルフの思う壺だった。ギラリとその目を輝かせ裂帛の指示
喰らいつけぃ
﹂
がレーザー通信を通して宙を飛ぶ。
﹁今だ
!
﹂
マシンガンが火を吹いた。
こいつら
回避出来ないと悟ったナナは防御
﹁っゃ
とF90∨の左腕に装備された盾を掲げさせた。
ナン・ゾンがスラスターを吹かし、一気呵成の勢いで距離を詰めていく。二人のヘビー
シェルフの号令とともにルロイ=ギリアムのデナン・ゲーとエターナ=フレイルのデ
!
!
﹂
!
とばかりに右手のビームライフルが光を放つ。しかし、狙われたルロイのデ
!
だが、残り2つは確実に敵を捉えていた。
つが放たれたビームの餌食になった。
ナン・ゲーは既にその場に無く、代わりに彼が放った三つのグレネードミサイルの内一
お返し
﹁ぅ│││この
薄緑色に輝くビームの膜が形成され銃弾を消滅させていく。
!
!
77
﹁きゃあ
﹂
﹂
激しい衝撃にナナの体も揺さぶられる。
機体のダメージを映すサブモニターが、ビーッ ビーッ
!
若人達であるクロスボーン・バンガードのパイロットとはその技術に天と地ほどの差が
実戦をくぐってきたシェルフや、元々この時のために訓練を積んできた特に才能ある
の経験など皆無。
パイロットではない。モビルスーツの操縦は士官学校時代に覚えているとはいえ戦闘
彼女は元々フロンティアサイド駐留艦隊でオペレーターの任務に付いていて正規の
F90Vは手も足も出せず三機のモビルスーツに翻弄され続けていた。
◇
と警報をがなり立てながら
ベルガ・ギロスが持つ槍が右肩の関節部分に突き刺さる。
た。そして次の瞬間││
突然、目の前に現れた丸眼鏡にナナは知らず﹁ひっ﹂と恐怖の悲鳴を漏らしてしまっ
を遮り、ナナは紫色の指揮官機の接近に気が付けない。
辛うじて出しっぱなしのビームシールドがそれを防いではくれた。だが、爆発が視界
!
!
右腕の全てが使用不能になったことを伝えてきていた。
!
﹁ぁああ
第四話 フロンティアサイド侵攻
78
ある。
それでも、そんな彼女が未だ落とされないのは偏にF90∨の性能のおかげであっ
た。
﹁ナ││﹂
いいようにいたぶられるF90Vを目の当たりにして、シュテインは思わず妹の名を
アレは虎に任せて、俺達は艦隊を止めるぞ]
口に出しかけた。
[シュテイン
﹂
大義のためとは言え、ご家族に銃口を向けるのは辛いでしょう、貴方は下がって
?
艦隊は私とヴェラクルス機で止めますから]
いて下さい。
すか
[シュテイン・バニィール中尉⋮⋮いや、シュン・タチバナ中尉と言ったほうが良いで
シェルフ・シェフィールド大尉の側にどういった人物がいるのかを。
ロットのコードに気が回った。そして、それに付随する事柄にも。
シュテインはその時になってようやく妹に襲いかかっているベルガ・ギロスのパイ
﹁虎⋮⋮焔の虎
めたからだった。
聞き知った声をエイギスのものだと分かったのは彼が横に来たデナン・ゾンの姿を認
!
!
79
耳に届いたのは声変わりも済ませていない甲高い餓鬼の声。その正体にシュテイン
]
気が付き、そして言われた言葉に激高し後ろを振り返り浮かんでいるベルガ・ギロスを
﹂
何です
!
睨みつけた。
俺はあんな
?
﹁│││俺はあんなっ
[
?
﹂
!
クロスボーン・バンガードのシュテイン・バニィー
!
[お、おうょ]
﹂
!
!
││付いて来い
!
るのだった。
そう言うが早いか彼等は逃げるフロンティア艦隊の追撃にスラスターの出力を上げ
﹁艦隊を追う
﹂
[⋮⋮そう、ですか、見せてもらいます]
ルなのですから
私は、シュテイン・バニィール
﹁い、いえ。ディナハン様、艦隊は私が落とします。私とエイギスで落とします。
いものを感じてしまう。
が問い返してきた。その声音を傍で聞くエイギスは餓鬼の出す威圧感じゃないと空寒
しかし、その向けられる憎々しげな視線をまるで見えているかのように嗤う冷たい声
?
﹁ッ│││エイギス
第四話 フロンティアサイド侵攻
80
そして、ディナハンもまた自らのベルガ・ギロスをその場へと向かわせるのだった。
◇
ベルガ・ギロスのショットランサーを突き込まれ、接近戦ではどうあがいても勝ち目
がないことを知らしめられ、迫る恐怖にナナは
金色のベルガ・ギロスが宙空に静止し、二人の父、カムナ・タチバナの座乗艦へとそ
たが分かっていなかった。
ナナの心に焦燥が生まれる。それが戦場においてどれほど致命的か、彼女は知ってい
お母さん。
い。そんなのは嫌。家族がこれ以上離れているなんて駄目。もう誰も失いたくないよ、
兄が父を殺してしまう。そんなことはダメだ。そんな馬鹿なことがあっちゃいけな
いや、確実に撃沈されてしまう。
まいかねない。
ツは既に無く、敵の動きの良さからして下手をすれば艦艇は皆一瞬の内に墜とされてし
二機のモビルスーツが艦隊へと追撃に移っている。艦隊には迎撃できるモビルスー
で見たものは彼女にとって、もっと恐ろしい光景だった。
と兄が乗る金色のモビルスーツに助けを求めようと視線を彷徨わせた。しかし、そこ
﹁お、兄、ちゃん│││﹂
81
だめぇぇ
﹂
の銃口を向け、そして││││
﹁│││ッ
!!
きの表情が浮かぶ。
│││ナナ
﹂
!
その機能を停止させられていたのを。 そして彼は見た。││││妹が乗るモビルスーツが二体のベルガ・ギロスによって、
意識の表層に浮かんでくる怒りとともに振り返った。
!
その瞬間、まるで恐怖を我慢しているかのように強ばっていたシュテインの顔に、驚
収束され貫通力の高いビーム流が二本の槍の穂をまとめて貫く。
切り裂いた。
一条の光の筋を作り、放たれたメガ粒子がショットランサーの飛翔速度よりも早く闇を
ジェネレータからの高出力エネルギーを注ぎ込まれた黄緑色の輝きが漆黒の宇宙に
キュィン
型ビームライフルが構えられると同時にジェネレータの出力が跳ね上がる。
父を助けたい一心がF90Vを動かした。バックパックの左側に取り付けられた新
を突き破らんと進んでいく。
放たれたショットランサーの数は二本。それが文字通り白い槍となって血の繋がり
!
!
﹁なっ、撃ち落されただと
第四話 フロンティアサイド侵攻
82
思考、が、追い、つかな、い。
﹂
﹂
艦隊が逃げる]
逃がすか
!
!
では、我々も全機帰投する。お前たちも帰投せよ。ディナハン様参りましょう]
[│││制圧は無事完了か。
完了したことを告げ、帰投を促す合図であった。
その時、発光信号があげられるのが見えた。それは全部隊にフロンティアⅣの制圧が
沈黙が降りる。
[ッ⋮⋮申し訳ありません]
かったですが、まぁ仕方ありません。連邦の新型を鹵獲しただけで良しとしましょう﹂
﹁も う、無 理 で し ょ う。流 石 に 時 間 を か け す ぎ ま し た。母 艦 も で き る な ら 手 に 入 れ た
とした矢先、口を開いたのはディナハンだった。
エイギスの通信にシュテインが我に返り、一先ず妹への思いを押し込め追撃に移ろう
﹁ぇ││あっ
!
[シュテイン
執るカムナ・タチバナ准将が倒れたことによりその姿勢はより鮮明なものとなった。
元々、試験機の確保を優先し住民を見捨てて逃げ出した艦隊であったが、更に指揮を
そんな彼を尻目に、F90Vが拿捕されたのを見た駐留艦隊は完全に逃げに入る。
﹁⋮⋮ぁ、ナ⋮ナ、
?
83
シェルフがシュテインとエイギスの二人にもそう告げた。
それを合図にしたのか、シェルフのベルガ・ギロスが警戒を解かぬ中、ディナハン達
からF90Vを受け取ったエターナのデナン・ゾンとルロイのデナン・ゲーが曳行して
いく。
﹂
﹂
その後についてディナハンが続こうとした時、通信にシュテインの声が届いた。
﹁ディナハン様
[あ、あの⋮⋮]
[⋮⋮い、いえ]
﹁⋮⋮何か聞きたいことでも
そんな彼にディナハンは、フッと笑う。
シュテインは言葉を見つけられなかった。
タチバナでないシュテイン・バニィールはクロスボーン・バンガードの士官。 どう口にすれば良いのか分からなかった。妹は、ナナ・タチバナは連邦士官でシュン・
?
!
│││]
!
モビルスーツの四肢の関節部を破壊しただけでコックピットは潰していません。妹
﹁妹君は、生きていますよ。
[ッ
﹁何だ、てっきり妹君のことを聞きたいのかと思っていましたが﹂
第四話 フロンティアサイド侵攻
84
君の腕があまり良くないのが逆に良かったです﹂
[そ、そう、ですか│││あ、あの]
おずおずと言葉を紡ぐシュテイン、いやシュン・タチバナにディナハンは彼と彼女の
確かな家族の繋がりを見た。
それは、彼の行動原理の一つと全く同じものに他ならない。だから、
ディナハンは、そうシュテインに約束するのであった。
[⋮⋮ありがとうございます]
﹁わかりました。私からも一言、口添えしておきましょう﹂
[⋮⋮]
貴な精神を持っておられるのです。粗略には扱いませんよ﹂
ですが、妹君は例え連邦⋮⋮陣営が違うのが残念ですが、己が身を盾にするような高
﹁ご懸念は分かります。
85
兵や医務官なども準備を整え、今や遅しと整備兵がコックピットハッチのロックを解除
すでにそこにはパイロット連中だけでなく、ガンダムのパイロットを拘束するため憲
そのガンダムが、今、目の前にあったのだ。
の時代、時代を代表するモビルスーツ。
邦という体制に勝利をもたらしてきたもの。連邦の勝利の象徴。連邦の力の象徴。そ
モビルスーツに携わるものならばその名を知らない者の方が少ない。それは、常に連
││ガンダム。
れた連邦軍の新型モビルスーツ。
と白の赤のトリコロールカラーに黄色が混ざったカラーリング。F90Vと名付けら
額に左右斜めにに伸びるアンテナを持ち、ひさしの下から除く瞳はデュアルアイ。青
モビルスーツであった。
その元凶は、格納庫に鎮座するモビルスーツ群の中で明らかに違う意匠を持つ一体の
ムス・ジェス級巡洋艦ザムス・イシュムのモビルスーツ格納庫は緊張に包まれていた。
戦闘を終え、フロンティアⅣの宙港に入港したクロスボーン・バンガードの艦艇、ザ
第五話 囚われた妹二人
第五話 囚われた妹二人
86
するさまを固唾を飲んで見守っている。
ピッ。端末がそんな音を奏で、整備兵が憲兵隊の隊長に顔を向ける。憲兵が頷くのを
確認すると、整備兵はその指先を動かした。
ガグンッ。と金属同士の噛合が外れる音が聞こえ、次いでモーターの作動音とともに
コックピットハッチが開いていく。
と、同時に憲兵達がサブマシンガンを中にいるであろう人物へと向け、構えた。しか
し、コックピットが開け放たれ、中の様子がわかるとその行為に大した意味がないこと
が明らかとなった。。
見守る彼らの目に写ったのは、一度膨らみ萎んだエアバックの残骸と、ぐったりと力
なくシートに倒れ伏すまだ若い女性パイロットの姿だった。
憲兵隊長が、拳銃を下ろさずゆっくりと近づき、動く様子もないのを確認すると、
それに付いて出て行こうとする憲兵隊長は、そこで声をかけられた。声をかけたのは
ビルスーツ格納庫から出て行く。
両脇を憲兵に固められた担架は、薄桃色をした髪の少女、ナナ・タチバナを乗せてモ
トを取り去り、容態を確認し、すぐに担架を呼び寄せた。
そこでようやく医務官を呼び寄せる。医務官が取り付くと手慣れた様子でヘルメッ
﹁医務官﹂
87
パイロット用のノーマルスーツを着込んだ子供。
声をかけた少年。それはこのクロスボーン・バンガード、ひいてはコスモ・バビロニ
アを打ち立てんと欲する一族の嫡子、ディナハン・ロナだった。
﹁彼女が気がついたら、私にも連絡を。後で会いに行きますので、くれぐれも粗略に扱わ
ないようお願いします。﹂
﹁ハッ﹂
◇
そうして虜囚となったナナを見送ったディナハンは、鹵獲したガンダム、F90Vへ
と意識を向けた。
数人の整備兵が周囲に取り付き何やらデータを取っているのが見える。本格的な調
査はブッホ・エアロダイナミクスに送ってからになるが、彼等はその時に一緒に送る
データを抽出しているのだ。
それらを眺め、感慨深げにガンダムを見上げるディナハン。
と、ふと同じようにガンダムを見上げる人物を見かけた。彼の側役、護衛役になって
しまっているクロスボーン・バンガードの士官。シェルフ・シェフィールド大尉だった。
﹂
彼はその厳しい顔に複雑な表情を浮かべ、じっと自らが倒した敵を見つめていた。
﹁どうしました
?
第五話 囚われた妹二人
88
﹁ディナハン様。│││いえ、大したことではありません﹂
その瞳に映る悲憤と悔恨の情をサッと消し、シェルフはディナハンへ敬礼する。
﹁ッ
││何故それを
﹂
!?
﹂
?
それはディナハンがモビルスーツでの訓練の際にベルガ・ギロスに搭載されている連
その言葉は、一概に嘘とは言い難かった。
﹁先日の敵味方識別のデータの件で、察しは付きます﹂
!
﹁仇が敵ならば問題はない。しかし、身内となると⋮⋮ですか
シェルフが口ごもり、そして噤んだ言葉を、受け継ぐようにディナハンが口を開く。
ります。しかし│││﹂
﹁⋮⋮それでも、オバリーや他の者たちのことを思うと、その無念を晴らしてやりたくあ
﹁わかっています。軍人は命令に絶対。それに異を唱えることはありません。﹂
は連邦と裏取引を行った上での口封じ。そう、彼は認識していた。
流石にディナハンも事の詳細までは覚えてはいないが、シェルフが部下を失った原因
けなのだ。
そうではない。本当は、彼の異常、穴だらけの﹃前世の記憶﹄が教えてくれているだ
﹁⋮⋮。│││ディナハン様は他人︽ひと︾の心を読むのに長けておられる﹂
﹁もしかして⋮⋮先の任務でのことですか。﹂
89
第五話 囚われた妹二人
90
邦のモビルスーツについてのデータを閲覧したことに端を発する事柄だった。
彼が奇妙に思ったのは、連邦の新型、つまりガンダムがデータが見当たらないという
ことだった。
他の将兵にとってそれは、大したことではないのかもしれなかったが、
﹃前世の知識﹄
によってこの時期、連邦にガンダムが存在することを知っていた彼にとっては非常に気
になることであった。
なぜなら、クロスボーン・バンガードの実践的な暗躍はおよそ一年前から始まってい
る。その際には小型で強力なモビルスーツが確認されていた。
しかし、ならば何故、それらの事実を反映したデータが更新されていないのか
不審に思ったディナハンが動いた。
た偶然。カロッゾが動かざる得なくなった。
連邦の、しかも新型モビルスーツの情報のみが隠蔽されているなどあまりに出来過ぎ
と補足してくれる。
のことを報告する。当然、パイロットであるドレルはその話に興味を持ち、そう言えば
家族の晩餐の時に、これみよがしにマイッツァーへと集めた証言と自分が見たデータ
れだけだった。しかし、それが出来る立場こそが重要。
と言っても出来る事は限られている。証言を集めて、告げ口をする。彼がしたのはそ
?
そして数日後、無事、連邦の新型モビルスーツの情報は全軍で共有されることとなっ
た。ディナハンは、その日、情報部の数人が処分されたとカロッゾから伝えれた。
﹂
このことがディナハンの﹃前世の記憶﹄から得た事のあらましを補強したことに違い
はないのだから。
﹂
﹁⋮⋮大尉は、クロスボーン・バンガードに入ったことを後悔していますか
﹁どういう、意味でしょう
﹂
﹁ならば、無為に有志の命を散らかせた無能のロナ家もまた、断ずるべき対象でしょう
ら﹂
りをこの目で見て来ました。だからこそクロスボーン・バンガードに戻ったのですか
﹁│││いえ、決して。私は職業訓練校を卒業して後、連邦に入り、そのの腐敗を無能ぶ
の内容に顔が強張った。そして少しの間をおいてからシェルフは言葉を選ぶ。
ディナハンが口にした質問は、シェルフの耳には少しだけ悲しげに聞こえ、そしてそ
?
?
91
だから、彼は沈黙する。
言葉を望んでいるのか分からなかった。
シェルフには、目の前の子供が一体何を答えて欲しいのか分からなかった。どういう
﹁⋮⋮﹂
?
﹁良いんです。討たれた者が討った者へ刃を返すのは当然のこと、正当な権利です。お
祖父様は、私達ロナ家はそれを承知の上で世界の敵になったのですから。﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁彼らの死を意味のないものにするわけにはいかない。それ相応の報いは受けねばなら
ない﹂
﹁ッ⋮⋮﹂
﹁そういうことだと、思います﹂
それを口にすることはなかった。
彼女は、あてがわれた部屋を見回して、自分には似合わない場所だとも感じていたが、
はこういうことか、と見る者に思わせる姿をしている。
いていく際に目に入った内装や調度品もまた、豪奢なれど落ち着いていて、品が良いと
そこは、フロンティアⅣの多分に漏れずクラッシックな建物であった。案内の者に付
フロンティアⅣの迎賓館へと連れられて来ていた。
セシリー・フェアチャイルドは、おおよそ10年ぶりに邂逅を果たした実兄ドレルに
◇
シェルフ・シェフィールド大尉は何も言葉を返さなかった。
﹁⋮⋮﹂
第五話 囚われた妹二人
92
ただ、薄汚れた焼け出され薄汚れてしまった安っぽいディパックを下ろす時、その場
違いさ加減に首を横に振り、目立たないように窓際の隅の床へと置いた。
いつまでもマヌケなタキシード姿のドワイト・カムリ。眉をひそめてしまう程扇情的
中で、確かに聞いた自分を名を呼ぶ彼の声が、シーブック・アノーの声が思い出される。
あの時、義父シオ・フェアチャイルドに銃を向けられた時にガンタンクの出す騒音の
ちへ意識を向けるきっかけとなった。
裏にあることに思い至り、自分の汚さに嫌悪すると同時にそれは逃避行を共にした者た
しかし、そこに、一先ずは自分の身が戦火によって害されることはないと言う安堵が
かせた。
今の自分には待つことしか出来ない。諦観にも似た状況認識が返って彼女を落ち着
﹁⋮⋮﹂
彼女には理解できた。
戦闘が終わったのだ、と理解すると同時に占領されてしまったのだという事実もまた
が放つ光は見えない。
ている。迎賓館の前方、政庁の向こう、市街地の空には僅かな煙が流れているも、戦闘
窓から見える迎賓館の前庭を1機のずんぐりとしたモビルスーツがゆっくりと歩い
﹁そうか⋮⋮これではねぇ⋮⋮﹂と。
93
な格好なのに赤ん坊に優しい笑みを見せるドロシー・ムーア。情報能力が高く、人をよ
く見ている東洋人のジョージ・アズマに血気盛んなサム・エルグ。
自分に似たきの強さで泣きたいのを我慢する女の子、リア・マリーバ。その代わりと
ばかりに泣いてばかりの男の子。それに赤ん坊。シーブックの妹、リィズアノーにその
友達のベルト│。そしてシーブックのお父さん。
シーブックの、アノー一家を除けば、ほとんど皆家族とは離れ離れ。そして自分は義
父に裏切られ、本当の家族の下に戻った。│││家族。
◇
しかし、何故か、セシリーは父カロッゾの顔を思い浮かべることができなかった。
シオに遠慮して封じ込めていた思いの蓋をあける。
それが、本当の父親のことを思っても良いのかもしれない、という母ナディアと義父
しくも温かい感覚だった。
はロナ家というものが自分の家であるという感覚を目覚めさせてくれた。それは懐か
あった昔の記憶が鮮明に蘇った。大好きだったマイッツァーお祖父様の記憶が。それ
モビルスーツの放つスポットライトの光の中、ドレルの声を聞いた時、彼女の中に
セシリーは椅子に腰を下ろしてそう呟いた。
﹁⋮⋮家族、か﹂
第五話 囚われた妹二人
94
95
ディナハン・ロナが迎賓館へと入ったのはコロニーに太陽の光を取り込むミラーが完
全に閉じられる、つまり陽が完全に落ちる時間帯であった。
彼がここに戻ってきた理由はクロスボーン・バンガードの総司令である鉄仮面、すな
わちカロッゾによる要請、いや命令によるものだった。
ディナハンはクロスボーン・バンガードに籍をおくどころか、軍属でもない。まして
や13歳の餓鬼んちょだ。
コスモ・バビロニア、ひいてはクロスボーン・バンガードの創設者の直系の血筋とは
いえ、そんなお客様がいつまでもウロウロされていては規律が乱れる。
確かにディナハンには、Gジェネアプリの恩恵、すなわち才能、能力の改変による力
があった。他の兵士達、しかもトップクラスのモビルスーツパイロットと比較しても、
なんら遜色のない操縦技術と戦闘能力を身に着けていた。
しかし、幾ら能力があり、能力主義を基盤としているクロスボーン・バンガードとは
言え軍隊は軍隊。イレギュラーな存在は邪魔以外の何物でもない。
だから、お帰り下さい。
平易な言葉で言えばそういうことだった。
当然、そんなことは彼も承知していたので、唯々諾々とその旨を了解し、あとの処理
をシェルフ・シェフィールド大尉に任せザムス・イシュムを後にしたのだった。 迎賓館の女性職員、ハウスメイド姿の職員に滞在する部屋へと案内されると、ディナ
ハンは持っていた端末をテーブルに置いて着ていた上着を脱ぐ。
スッ、と差し出された手に﹁ありがとう﹂と上着を預けた。それから椅子に腰を下ろ
すと、一つ飲み物、オレンジジュースを頼む。
それを﹃前世の記憶﹄から知っていたディナハンはそれが出来るかどうかを確かめた
組みが組み込まれていた。
より自軍の物として使え、またある程度それを運用していくと生産出来るようになる仕
しかし、Gジェネというゲームのシステムには敵方のモビルスーツを鹵獲することに
れていた。
スーツはどれもクロスボーン・バンガードが現時点で生産しているモビルスーツに限ら
現在、Gジェネアプリによって生産できるモビルスーツとして登録されているモビル
ダムを鹵獲した。つまりガンダムを手に入れたからだった。
彼の心は浮き足立っていた。なぜならそれは、│││ガンダムF90∨。そう、ガン
て意識を端末へと向ける。
女給が下がるのを見送った後、ディナハンは服の第一ボタンを外し、一息ついた。そし
恭しく頭を下げ出て行くメイド。程なくして冷えたオレンジジュースを持って来た
﹁かしこまりました﹂
第五話 囚われた妹二人
96
97
くて、ウズウズしていたのだった。
端末を開き、おもむろにGジェネアプリを開く。
取り立てて変わったところはなかった。以前のように金色の文字が出たり、資金であ
るキャピタルが増えたりといったことはなかった。
ディナハンがフム、と唸る。
クロスボーン・バンガードがフロンティアⅣを襲撃、制圧し、その間にシーブック・ア
ノー達がスペースポートで脱出すると言うところは、一つの話の区切りとして調度良い
ところであった。
それらガンダムという話の中での場面の転換手点、話の区切りはディナハンの知る
ゲーム、Gジェネシリーズでは、ひとつのステージのクリアと言う形で表されていた。
そうして、ゲームではステージをクリアするごとにキャピタルを獲得し、鹵獲した敵
モビルスーツを確保したり、そのまま破棄して資材、すなわちキャピタルに戻したりが
できた。
ステージのクリアに至っていない、ということか。
そうディナハンはそう考える。そして、せっかく手に入れたガンダムF90まで駄目
に、すなわち自軍の戦力として使えない仕様になっていたりはしないだろうなと、端末
をいじり始めた。
そして数分の後、彼は再び同じ結論に達せざるを得ない状況を目の当たりにする。
確かに捕獲ユニットと銘打たれた画面にはガンダムと思しきアイコンが映っていた。
しかし、それを選択しても出てくる選択肢は[プロフィール]だけで[確保]、
[解体]と
言ったディナハンが望んでいた物は出て来ない。
だから、彼は落胆の溜息とともに、未だステージクリアに至っていないからなのだ、と
淡い希望を事実と信じて納得することにしたのだった。 ◇
そうしてディナハンがチートの確認を終え、日課の勉強に移る。社会学のテキストを
端末上に呼び出した時、扉が叩かれ訪いが入った。
彼の許諾の返事のあとに室内に入ってきたのは、迎賓館の執事と思われる年嵩の男で
﹁失礼致します﹂
あった。
﹂ ?
﹂
?
であったと思い出した。
そんな言葉を聞いてディナハンはようやくセシリーがここに連れて来られているの
も宜しいでしょうか
﹁はい。セシリー・フェアチャイルド様が御滞在中ですがお食事はご一緒にご用意して
﹁何か
第五話 囚われた妹二人
98
会ってみたい、と思った。過去に自分は会っているらしいが、3、4歳の頃に数回出
会っただけのベラ・ロナの記憶など疾うの昔に何処かに行ってしまっていた。
それよりも鮮明に覚えているのは﹃前世の記憶﹄にあるセシリー・フェアチャイルド
のほうに心が動く。
ドレルや祖父、マイッツァー、そして父カロッゾはここにはいない。それにドレルに
た。
セシリーは用意されるであろう夕食を充てがわれた部屋で取るものと思い込んでい
◇ ディナハンの顔には未知への興味が浮かんでいたのだった。
ふふ、と短くて小さい愉しげな笑いが部屋に現れ、そして溶けるように消えていく。
﹁ベラ・ロナ⋮⋮セシリー・フェアチャイルド、か﹂
て、不意にそれが止まった。
扉が閉まるとディナハンは端末へと目を落とし目が文字を追っていく。しばらくし
﹁そうでしたか。では、よろしくお願いします﹂
﹁はい、承っております﹂
は皆さんと変りなくてかまいせん﹂
﹁そうですね。ええ、お願いしましょう。ああ、聞いているとは思いますが、食事の内容
99
よって連れて来られた際に彼からそう聞いていいる。それに何より、
﹁ベラ・ロナではな
くまだセシリー・フェアチャイルドだ﹂と言われていたからだった。
だから、一緒に食事を取る相手がいるなど思いもよらなかったのだ。
執事に案内されたそこに居たのは、ようやくジュニアハイに通おうかという年の頃の
子供だった。 そんな少年がセシリーと目線が重なり合わせるなり、座っていた椅子から立ち上がり
彼女に歩み寄っていった。
﹁お久しぶりです、従姉上﹂
﹂
﹁え、ええ。⋮⋮でもごめんなさい。私、貴方を覚えていないの﹂
た。
少年が破顔して言うので、セシリーはそれもそうだと思い、やはり笑みを浮かべ返し
﹁正直言うと私もです。でも、初めましては変でしょう
?
セシリーが思考の海に漕ぎ出してしまいそうになった時ディナハンが声をかける。
だ。あの子は大丈夫だろうか、みんなも。シーブックも。
そう呟いたのは、赤ん坊の世話をした時にドロシーに言った言葉を思い出したから
﹁従姉弟⋮⋮そうか、私にも親戚がいたんだ﹂
﹁ディナハン・ロナ。従弟です。父が従姉上のお母上の兄だったそうです﹂
第五話 囚われた妹二人
100
﹁⋮⋮立ち話もいいですけれど、食事にしましょう﹂
席に着くとすぐに食事が給仕によって持って来られた。ビーフシチューにパン、それ
﹁え、ええ﹂
にサラダ。
セシリーは肉の入ったスープを避けた。
﹁っ、⋮⋮﹂
シーブックの友人、アーサーと呼ばれた黒人の子は上半身を真っ赤な血と肉片を撒き
散らして死んだ。赤ん坊の母親の瞳が写した自分の影が今も思い浮かぶ。
サラダを口に運びながら、こんな可怪しなことはない、と思っていた。異常だ。異常
過ぎる。あんなにも簡単に人は死ぬのに、どうして今自分はこんなところで、こんな見
も知らない子供と食事をとっているのか、彼女には明快な理解が追いついて来なかっ
た。
そんな思いにディナハンと名乗った従弟を見やると、丁度、肉を口に入れる彼を見て
しまいセシリーは、うっ、と顔をしかめてしまった。
やっぱり﹂
その様子に気がついたのだろう、ディナハンが食事の手を休め、口を拭った。
﹁⋮⋮異常に思いますか
﹁ごめんなさい。不快にさせてしまいました﹂
?
101
﹂
﹁いいえ、それが正しい反応だと思います。ここに来られる最中に色々見てしまったの
でしょう
﹁ッ
﹂
﹁僕は今日、モビルスーツに乗って人を殺しました﹂
りる。しかし、それを破ったのはディナハンだった。
セシリーの沈黙がディナハンの問いを肯定していた。二人の間に重苦しい沈黙が降
﹁⋮⋮﹂
?
言っているかのようだった。
パ ン を ち ぎ り シ チ ュ ー を 付 け て 口 に 放 り 込 む デ ィ ナ ハ ン。そ れ が 肉 の 代 わ り だ と
それを然程に感じない。お肉だって美味しく食べれてしまう﹂
﹁自分でも驚いています。あんなに辛かったのに、あんなに気持ち悪かったのに、今じゃ
少年を凝視する。
突然の、告白に彼女の目が見開かれる。信じられないものを見るような目で目の前の
!
平然としているようにみえるディナハンに、セシリーは思わず、本当に思わずそんな
﹁あ、貴方みたいな子供がどうして、そんな﹂
なのですから﹂
﹁│││と言っても、告解しているわけではありません。あれは僕が望んでやったこと
第五話 囚われた妹二人
102
ふうに口に出して訊いてしまった。
﹂
?
それは違うのではないか、と感想を持つ。
?
セシリーは、ようやくそこでこの少年が伝えようとしていることが何なのか、朧気に
﹁ロナ家を放り出して逃げられないんですよ、困ったことに﹂
﹁⋮⋮﹂
ずっと育ってきたから﹂
﹁でも、やっぱり逃げられないと思います、僕は知っているから。僕はこの家で生まれ、
﹁⋮⋮﹂
すことだって出来たと思います﹂
﹁戦争などという物を起こし、人の命を奪うことを是とするのは、嫌だ。と言って逃げ出
彼女の感覚として、それは単なる自己欺瞞のようにも感じられた。
か
まるで自分が悪いの環境のせいだ、と言わんばかりの言葉にセシリーは、そうだろう
﹁⋮⋮﹂
﹁ええ﹂
﹁この家⋮⋮ロナ家
生まれてきてしまったから、なんでしょうね﹂
﹁理由は⋮⋮そうですね、まぁ、色々あります。でも、一番大きいのはやっぱりこの家に
103
分かるような気がしてきた。
家、家族。ロナ家。
あの時、ドレルの声を聞いた時、それは確かに懐かしく、温かで、素敵な場所を思い
出させた。確かに今もその思いは胸にある。だけれど、彼女はディナハンの言葉に思う
ところがあった。
ベラ・ロナという自分。そしてセシリー・フェアチャイルドという自分。
﹁家、族⋮⋮﹂
﹁はい、厄介なもの。でも大事なものです﹂
﹁⋮⋮﹂
考えこむセシリーを眺めていたディナハンは、やがて口を開いた。
⋮⋮ええ、そうね﹂
?
放り込むのであった。
そう言われたセシリーは大きな塊肉を避け、野菜と少しのシチューをパンに付け口に
﹁え
﹁シチュー、冷めてしまいますよ。従姉上﹂
第五話 囚われた妹二人
104
第六話 襲撃一過
ヂチと鳥の鳴く声が聞こえた。
フ ロ ン テ ィ ア Ⅳ の 設 定 さ れ て い る 気 候 風 土 に 似 合 わ ぬ イ ン コ の 声 が 戦 火 か ら 一 夜
経った空に奏でられていた。
いつもどおりに訪れた朝に眠れぬ夜を過ごした人々は安堵した。今日も自分たちが
生きる大地はあり続けるのだと分かり、初めて自らが生き残ったことを実感するのだっ
た。
そんなふうに多くの人々に安らぎの光が降り注ぐ中、暗い闇の中に一人の蹲る少年が
居た。
山の麓にある広大な敷地の中に建てられたクラシカルで瀟洒な建物、連邦から派遣さ
れた高官や各種企業体の重役を饗すために建てられた建物、迎賓館。その一室のベッド
の上で少年が悪夢に魘されていた。
ているのか、彼はギュウとベッドのシーツを握り、首を振って寝返りのまね事をする。
苦悶の呻きを漏れる。何かから逃げようとでもしているのか、それとも耐えようとし
﹁ぅ⋮⋮﹂
105
﹁│││ぅあぁっ
﹂
悲鳴とともに、彼の目が見開かれた。目に映るのは白いシーツに白い掛布。そして、
!
│││
、
⋮⋮夢、か﹂
目を動かせば見慣れない室内。
﹁││
?
?
むくり、と上体を起こす。
そして、ようやく先ほどまで自分が見ていた光景の正体に気がついた。
景色が一変したことに彼の脳が追いついていかない。二度三度と、瞬きをしていく。
?
チラ、とディナハンの頭にそんなことがよぎった。テーブルに置かれたコンピュータ
ニュータイプ能力を上げた弊害。
声によって。
だが、その実、彼の心には浅くない傷がついていたのだ。自らが殺した者の断末魔の
たのだから。
た。彼女に強がりで言ったわけではない。その時は実際そうであったし、そう思ってい
その言葉は昨夜、従姉セシリー・フェアチャイルドに言った言葉と全く同じものだっ
うに自嘲を口にした。
少年、ディナハン・ロナは眉をひそめ、額に手をやって汗を拭き取ると吐き捨てるよ
﹁││くっそ⋮⋮何が〝さほど感じない〟だ﹂
第六話 襲撃一過
106
端末に視線が止まる。
チートツール、Gジェネアプリによって上昇した各種能力。戦闘に役立つと見越して
ニュータイプのレベル、つまり洞察力と三次元把握能力、そして感応能力を引き上げた。
それが仇となったのだろう、必要以上に人の死を感じ取ってしまう。
⋮⋮ニュータイプレベル︵NT値︶をゼロまで下げようか
数瞬後、彼は頭︽かぶり︾を振った。
ば能力を上げることが可能なように、任意に下げることだって可能だ。
ふっ、とそんなことが浮かんでくる。Gジェネアプリのキャラクターカスタムを使え
?
て相手を圧倒し、活かさず殺さずに無力化する。
圧倒的な実力の差。絶対の強者のみが持ちえる余裕から生まれる傲慢。それをもっ
その上で上手く立ちまわるのだ。 ことに。価値を見出してはいけない、他人の命に。 慣れなければいけない、人を殺すことに。心を鈍化させなければいけない、人が死ぬ
それが辛いからと言って逃げ出すのは間違っていると、ディナハンは断じる。
さを残した幼い子供の掌。この手が連邦の兵士を殺した。
視線を自らの手に落とす。既にその両手は血に染まった。目に映るのはまだ柔らか
﹁それじゃあ本末転倒だろうが﹂
107
昨日のように敵意に怯え、人の死に怯えてはいけないのだ。
ディナハンは││できるはずだ、自分なら、と決意を込めて拳を握った。 そうしてベッドから降りた彼は、窓辺に近づくとサッとカーテンを開けた。朝の日差
しに目を細め、手で日陰を作りゆるゆると目を慣らす。昨日の混乱が嘘のように暖かい
光であった。
お召し物をご用意しました﹂
丁度そこへ訪いの声がかかる。
﹁お目覚めでしょうか
後朝食の準備ができたので持ってくるかどうかを聞いてくる。
ディナハンがベッドの上に服を置くように言うとメイドは丁寧にそれを実行し、その
ディナハンの護衛を務めるクロスボーンの武官とともに入って来た。
ドア越しのそれにディナハンが答え、するとクラシカルな服装のメイドが迎賓館での
?
昨夜、食事を共にした彼より三歳ばかり年嵩の少女、セシリー・フェアチャイルド。そ
食堂のテーブルには既に二人の人物が座っていた。
◇
た。 そう言うと彼は手早く着替えを済ませ、控えているメイドと武官を伴って部屋を出
﹁いや、食堂でとろう﹂
第六話 襲撃一過
108
してもう一人はその兄、ドレル・ロナだった。
│││⋮⋮ああ、そうでしたね。フフッ、セシリーさん、おはようございます﹂
?
﹂
?
咎めるようにというわけではないが、話を請われた少女の少しばかり非難の色を帯び
﹁⋮⋮他のフロンティアへ行くのですか
れない。だから少しでも、な。まぁ、また直ぐに取って返さなければならないが﹂
﹁私だってベラと話がしたかったからな。だが、今は中々に忙しくまとまった時間がと
﹁しかし、従兄上は此方に来られていたのですね﹂
ディナハンは、出されたオレンジジュースを口へと運び、喉を潤した。
パンに、サラダ、ポタージュスープにソーセージ。そしてオレンジジュース。
の合間を見計らって彼の朝食を出してきた。
ディナハンもまた席に着き、そんなふうに言葉をかわす。そんなところに、給仕が話
﹁⋮⋮はは、確かに。だがベラはやはりベラだからな﹂
﹁でも、それをいうなら従兄上だって、セシリーさんをベラと呼んでいます﹂
﹁ディナハン、おはよう﹂と言った。
実兄と従弟のやりとりに少し困ったような顔をした後、彼女は小さな笑みを作って
﹁ん
﹁ああ、おはよう、ディナハン。だが、ベラはまだ、セシリー・フェアチャイルドだ﹂
﹁おや⋮⋮おはようございますドレル従兄上、ベラ従姉上﹂
109
た声音がそんなことを問うた。
それを耳に入れながらディナハンは、何事もないかのようにフォークに刺したソー
セージを口に運ぶ。
﹂
﹁いや、まだ本格侵攻の予定日ではないからな。今はこのフロンティアⅣの掌握と、復旧
が急務だろう﹂
﹁⋮⋮でも、それでは連邦軍の体勢が整うのでは
えが欠如しているのだ。だから、あのような無様を晒す﹂
ここの連中をお前も見ただろう。彼等には自分が何を守るべきかという基本的な考
なものであるなら、元々我々は戦争など起こしてない。
﹁一気呵成に侵攻する。それは考えとしては間違っていない。しかし、連邦がそのよう
?
坊を抱えて逃げ惑う若い母親の命を奪ったキャノンタイプのモビルスーツ。
避難する人々が足元に居るにもかかわらず応戦し、結果、出した空薬莢によって赤ん
行い、内部に入ってきた連邦のモビルスーツ。
コロニーに住まう人ならば誰しもが厭うコロニーに穴を開けるという行為を平然と
次々と連邦軍の愚昧さが脳裏をかすめていく。
セシリーは、学校に落ちてきたモビルスーツを思い出した。その記憶を呼び水にして
﹁⋮⋮﹂
第六話 襲撃一過
110
子供ばかりの自分たちを盾にしようとし、あまつさえそれを口憚ることもせず、逃げ
ようとすれば守るべき市民にすら銃を向け、発砲する連邦の士官。
確かに、彼女は自分が持っている軍隊のイメージ、秩序だったそれと実態の落差を目
の当たりにした今、反論の言葉を見つけることができなくなってしまっていた。
だが、そうではない。本当に言いたいことはそうではない。
別のやり方もあった
連邦軍の腐敗、連邦という組織の歪み、そういうものがあることを見知ってしまった。
故に憤る。だから変えなければならない。
それはわかる、理解できる。だが、何故、武力の行使なのか
のではないか
?
では無いか
変革の犠牲は、多大な流血を強いてしまうが常。ならば、もっと穏便な方法を取るべき
暴力によるよらないに関係なく変革というものには犠牲は付き物。特に暴力による
?
掴めない。
彼女は、本当はそんな当たり前の疑問をぶつけてみたかったのだ。だが、きっかけが
?
⋮⋮はい、そうさせて貰います﹂
?
ドレルの皮肉な笑みにセシリーは疑問符を浮かべた。それが本当の父親のことには
﹁
﹁ベラ、とりあえず父に会っておけ。十年ぶりで驚くかも知れないがな﹂
111
違いないのだろうが、何を意味しているのかまでは分からない。
だが、彼女が思い出せる父親の姿は朧気で、祖父こそが父のような感覚に戸惑ってし
まう。
│││そう、お祖父様。お祖父様になら訊けるだろうか
﹁で、ディナハン。お前、今日はどうする予定だ
﹂
穏やかな笑みを浮かべる祖父へ心のなかで語りかけた。
そうやってセシリーは、曖昧な記憶の中の父、カロッゾではなく、確かに覚えている
?
と考えていたのだ。
であるらしいシュテイン・バニィールとの約束もあってディナハンは念押しに出向こう
まだ、その報は彼の耳に届いていなかったが、そのことを確認するとともに彼女の兄
戻したら面会したいので一報を、と希望を伝えていた。
既にディナハンは、鹵獲されたF90Vのパイロット、ナナ・タチバナが意識を取り
の新型機のパイロットと面会出来ないかお願いしに行きます﹂
﹁私ですか⋮⋮今日は、政庁の仕事を勉強がてら見学しに行く予定です。その後は連邦
?
﹁シェフィールド大尉がほとんどしてくれましたから﹂
のだ﹂
﹁新型│││ああ、そのことを聞こうと思っていた。良くも破壊せずに捕らえられたも
第六話 襲撃一過
112
﹁フン、負けて戻ったとはいえ焔の虎は健在といったところか。﹂
ドレルがそうシェルフ・シェフィールドが先の任務に失敗したことに触れた。
意趣返しの意味もあったのでしょう﹂
?
いた。そうした理解が彼の視線をセシリーへと向けてしまう理由になった。
特徴を持ち、何と呼ばれ、誰がパイロットを務めるのか、ということすらも良く知って
ディナハンは確実に連邦の新型機があることを知っていた。それも一体どういった
が、しかし彼の場合のその言葉は、推論の類を述べたわけではなかった。
た。
スーツのリリースアナウンスの情報を知っていれば、直ぐさま出てくる推論ではあっ
彼の言うことはフロンティアⅠの軍関連の施設のことと公に公表されているモビル
た。
ドレルのそれは、本当は誰に訊くでもない独り言であったが、ディナハンが受け取っ
しょう﹂
のやつだったと思います。あそこの連邦が逃げ出していなければ、十中八九出てくるで
﹁フロンティアⅠには連邦の海軍戦略研究所がありますから、あのモビルスーツもそこ
﹁│││連邦の新型⋮⋮今後も出てくるか
﹂
﹁ええ。大尉が先の任務で出会ったモビルスーツもガンダムタイプだったようですし、
113
﹂
﹂
見られていることに気がついた彼女が小首を傾げる。
﹁⋮⋮何か
﹁あ、いえ。つまらない話でしょう、従姉上
﹁ああ、すまないなベラ﹂
安否の報はまだ届いていないのか﹂
?
たからだった。
を、シーブック・アノーのことを強く印象づけてしまうのではないかという危惧を抱い
彼の言った友人の名前の間違いを、セシリーは訂正しようとして止めた。それは彼
人が一緒に居たのだったな、と。
ドレルはそんなセシリーの言葉に思い出す。彼女を見つけたのは桟橋近く、それも友
フだったか
﹁そう言えばあの時、ボーイフレンドと逃げていたのだったな⋮⋮たしか、シー⋮⋮ブッ
﹁他のコロニーも戦場になってしまうのか、と思うと﹂
てから、やはり口にすることにした。
そこで一旦言葉を切ったセシリーは次の言葉を言おうか言うまいか少しだけ躊躇し
﹁いえ、そんなことは。ただ⋮⋮﹂
?
?
﹁従兄上が従姉上と再開したのはスペースポートの発着場近くでしたか⋮⋮気休めかも
﹁ええ⋮⋮﹂
第六話 襲撃一過
114
しれませんがクロスボーン・バンガードは逃げる民間人のスペースポートを襲ったりは
しないでしょう﹂
と、ディナハンが言うが、その言葉は全く効果を発揮せず、彼女に穏やかな心を取り
戻させてはくれなかった。
セシリーはあの時、ドレルのモビルスーツの手にその身を預けた際に、シーブックが
なんの反応も示さなかったことが気になっていた。
│││シーブック、あなた、まさか⋮⋮。
その想像に何故だか彼女は身も凍るような寒気を感じた。それはあってはならない
現実のように思えて仕方がない。
﹂
﹁分かった。私からも、その後どうなったか訊いておくとしよう﹂
女か、とつい浮かんでしまった下品な思考を口にするのは流石に躊躇われた。
﹁アンナマリー⋮⋮ああ、ザビーネの│││﹂
ている、と思います﹂
﹁⋮⋮たしか、アンナマリー・ブリュージュという、私と同じ年頃の女の方が調べてくれ
う。
ドレルは、セシリーの弱さを見せまいとする態度に満足しながら慰撫するように言
﹁行方の探索は頼んでいるのだろう
?
115
﹁⋮⋮お願いします、ドレルお兄様﹂
丁度そんな時、一人の士官がドレルに時間を告げに入ってきた。
思っていた以上に早く時間が過ぎてしまったことに驚きを示したドレルが、残る二人
に﹁もっと話をしたかったのにな﹂と軽く別れの言葉を告げる。
そうしてドレルの背中を見送ったセシリーは、視線を紅茶の注がれたカップに落とし
た。手をつけるでもなく、ただジィっと。
﹁大丈夫。御友人達は生きていますよ﹂
そんなディナハンの言葉に顔を上げる。彼女の目には、柔らかく微笑む少年に言葉以
上の他意は無いように見えた。
続ける空気に合わせて大気組成の調整やら、フロンティアⅣの五十万を超える市民の
昨日の戦闘により穴の開いたコロニーの応急修理と修復工事の依頼やら、今も流出し
き回っていた。
フロンティアⅣの政庁では多くの官僚やクロスボーンバンガードの文官が忙しく動
◇
温くなってしまっていた。
セシリーはそう口にしてカップに手を伸ばした。口に含んだ紅茶は、やはり少しだけ
﹁⋮⋮そうね。そう信じるべきだわ﹂
第六話 襲撃一過
116
内、避難した十四万人の把握やら、農業区画の食料出荷状況やら、情報の収集と分析、そ
の結果の報告、連絡、会議、通達、等々、正に大わらわ。
そんな中、こんな場に似つかわしくない年端もいかない少年が一人、物珍しげにその
様子を見回していた。そう、政庁に勉強がてら見学に来ていたディナハンである。
彼は、忙しげな職員達がたまに送ってくる冷ややかな視線を努めて無視しながら、脂
汗を拭きながら説明をする政務官の話に耳を傾けていた。
実は違う。
他人から見ればその言葉は市民の生活を安堵する言葉に聞こえたかもしれないが、事
﹁そう、ですか⋮⋮良かった﹂
倖以外の何者でもなかった。
中、スペース・コロニーという箱庭の日常を支える各種システムが無事だったことは僥
だが、それでも少なからず被害は出る。人的被害も五千人を超えていた。そうした
の事でもあった。
無いように厳命されていた。それは、侵攻軍として、また建国を目論む勢力として当然
クロスボーン・バンガードは、その侵攻時に極力市民とインフラにダメージを与えて
﹁はい﹂
﹁なるほど。流通システムは滞り無く機能しているのですね﹂
117
武力によって侵攻してきた侵略者への隔意は有っても、とりあえずの己の生活の安定
の目処が立つとわかれば、人は個人ではなく大衆と言う群れとなり迎合へと走る。衣食
足りて│││という言葉がある。大衆と化した人々の行動が礼節といえる物ではない
のは明らかだが、それはある意味同じような反応ではある。
ディナハンはそうした大衆がクロスボーンへ、すなわちロナ家への犯意の醸成を促す
そう│││ 一番重要な空気とか﹂
材料が減ったことを安堵しただけなのだった。
﹁他の設備はどうなっているのですか
おり、ここ暫くは天候が不安定になるかと報告が上がっています﹂
ます。ですが穴が開いたため気象コンピュータでの雲のコントロールが難しくなって
﹁昨日からの酸素流出量は大きな穴は応急処理をしましたので2%以内にとどまってい
政務官が返答に困っていると政務官付きの秘書官らしい男が資料を手渡す。
﹁え、ええと、はい⋮⋮﹂
?
﹁おじい│││マイッツァー総帥の意向で環境の設定は厳し目、北ヨーロッパ型の気候
務官の返事を曖昧なものにさせた。
ディナハンのその無邪気な言い様は子供のそれであったが、その中に見える皮肉が政
﹁は、はぁ﹂
﹁不意に雪が降ったり、ですか⋮⋮ふふ、まるで本当の自然の中にいるようですね﹂
第六話 襲撃一過
118
になっていると思いますが、市民から何か上がっていますか
﹂
?
かったらしく、若い外科医はあっという間に弾丸を摘出して化膿止めに抗生物質、縫合
フェアチャイルドの銃撃によって負った負傷は本人が思っていたほど酷いものではな
そ の 採 掘 現 場 に 医 師 が い た こ と は シ ー ブ ッ ク・ア ノ ー に と っ て 幸 い だ っ た。シ オ・
ロンティアⅠへと辿り着き、資源採掘場に受け入れられてから既に反日が経っていた。
フロンティアⅣを脱出したシーブック達のスペースポートが三百数十km離れたフ
◇
そうして彼は再び政務官の説明に耳を傾けるのであった。
き加えておいた。
にでもそういった説明も盛り込んでもらうべく進言しておこう、と心の中のメモ帳に書
そういった政務官の見解に頷き、ディナハンはマイッツァーか、カロッゾに演説の時
﹁なるほど⋮⋮﹂
すれば特に反発はないかと思います﹂
気候が文化を醸成、促進したのではないかと言う考えは定着していますから、説明さえ
﹁たしかにコロニーの天候は中庸を前提としていますが、一般の認識にヨーロッパ型の
﹁今はまだといったところでしょうか﹂
﹁いえ、特には。﹂
119
促進剤など数種類の薬をシーブックに渡した。
しかし、本当ならばどこかの病院で入院して安静、経過観察と言った処置を取るべき
だろうが、医師もそして採掘場で働く工員も皆、シーブック達にフロンティアⅣでの出
来事を聞くと一人、また一人と最後には全員がその場を離れていった。
それは一見、薄情とも思えるが、クロスボーン・バンガードを名乗る謎の軍隊がレア
メタルやポーキサイドなどの鉱物資源をふんだんに含む小惑星を持つフロンティアⅠ
を襲わない理由がなく、家族のもとに走るのは当然のことと言えた。
それでも、彼等はその親切心からか、電池や食料の入った小屋の鍵をかけないでいて
くれていた。シーブックたちは、それに感謝しつつ拝借することにするのだった。
シーブックは痛む左腕のせいで身動きがとれない自分に情けなさと苛立ちを感じて
いた。
その痛みが、あの時のことを思い出させる。自分に銃を撃った男、セシリーに銃を向
ズキリ、と痛みが走った。
自分の分までリィズが働いてくれていることが一層それに拍車をかける。
しさとありがたさが込み上げてきて何も出来ない自分が情けなくて悔しかった。
妹のリィズ・アノーが心配気に叱ってくる。甲斐甲斐しく世話を焼いてくる妹に煩わ
﹁駄目よ。動いたらせっかく縫ってもらったのに傷口が開いちゃうじゃない﹂
第六話 襲撃一過
120
けていたのは確かにパン屋でみた男。彼女の父親らしい男であった。
│││いったい何があったんだ
︿ベラ
﹀と。
踵を返し出て行こうと一歩踏み出した時、自分を呼ぶ声に足が止まった。
なかった。
るように思えた。だが、その風貌も巨大な体躯もとても懐かしいなどと思えるものでは
目の前の存在をセシリーは驚愕を持って相対した。確かに声も口調も父のそれであ
異形。
◇
た。
そう彼女のことを想い心配するシーブックの耳に、赤ん坊の鳴き声が聞こえ始めてい
?
そう言いながらもセシリーは自分の言葉の矛盾に痛痒を感じた。こうして目の前に
﹁でしたら、その仮面をとって素顔をお見せ下さい。十年ぶりではないですか﹂
しかにカロッゾ・ロナだ。お前の実の父親だ﹀
︿⋮⋮驚くのも無理は無い。このように変わり果ててしまっていてはな。だが、私はた
の異形へと問う。その仮面をつけた理由を、貴方は本当に父親なのかと。
そこで、ふと思う。ああ、そうか自分はベラ・ロナだったのだと。ならば、と目の前
!
121
父がいるにもかかわらず、未だその顔をはっきりと思い出せない自分。その事実は、今
まで自分が思っていた以上に自分は薄情な人間なのではと疑わせるのに十分だった。
コスモ貴族主義
﹂
スモ・バビロニアを建国し、世にコスモ貴族主義を教示、知らしめるまでは人前では取
︿これは、願掛けのようなものだ。そうだな、覚悟といっても良い。お祖父さまの夢、コ
らぬ、とな﹀
﹁コスモ・バビロニア
?
神を強化した。この姿はその結果だ﹀
︿しかし、その実現には私は弱すぎた。だから、そんな弱い自分を恥じ、自らの肉体と精
しまう。だが、内心でそんなことを思ってもセシリーは口には出さなかった。
仮面の中で反響し奇妙に歪んだ声音には、どこか妄執の色が滲んでいるように思えて
ナ家千年の夢﹀
︿夢だ、我がロナ家が求める夢。人をこの後も人として生き永らえさせるための我がロ
?
いう覚悟の現れですか、その仮面は﹂
︿そうだ。│││それを情けない、とお前は笑うかね
?
︿まぁ、良い。子供の頃は、お祖父さまのされるお話をよくよく聞いていたお前だ。おい
﹁⋮⋮﹂
﹀
﹁⋮⋮よくわかりませんが、聞く限りのニュアンスとして父上はそのための礎になると
第六話 襲撃一過
122
おい分かってくれるだろう。
﹂
そのお祖父さまもお前と会うのを楽しみにしている。さぁ、案内しよう﹀
﹁お祖父様がこのフロンティアⅣにいらっしゃっているのですか
ナハンの手前どうにも手出しできない状況にあった。
﹁それは、申し訳ないことをしてしまいましたか﹂
?
﹁⋮⋮﹂
﹁では、シュテイン│││いえ、シュン・タチバナのほうは
﹂
既に彼女の意識は回復し、尋問も行われていたのだが、ずっと黙秘を続けており、ディ
容態の報告を情報部の士官から受けていた。
使っていたリムジンタイプエレカの中で、これから会いに行く相手、ナナ・タチバナの
勉強がてらの政庁見学の帰り、ディナハン・ロナはつい昨日まで政庁の高官達のみが
◇
か感じなかった。
セシリーは、父親の背中を見ながら付いていくもしかし、見上げる背中には違和感し
カロッゾがそう口にして先に発つ。
ない、バビロン、コスモ・バビロン。我がコスモ・バビロニアの首都となったのだ﹀
︿ん、ああ、お見えになっている。│││それと、ベラ。ここは既にフロンティアⅣでは
?
123
﹁尋問しましたが、怪しいところは発見できませんでした。司令部の人事命令により今
日付けでイルルヤンカシュ要塞駐留艦隊に配属され、今は要塞への移動の準備に追われ
ているようです﹂
その決定にディナハンは耳を疑った。彼は、シュテインの身柄を拘束│││とまでは
行かずとも何らかの監視をつけ、行動の自由くらいは規制するだろうと思っていたから
だ。
ディナハンは、その理由を求めて彼の持つ﹃前世の記憶﹄へと手を伸ばす。しかし、知
らないのか、忘れているのか、それらしい覚えが出てこない。
だから余計にわからなくなった。何故、司令部がシュテイン・バニィール、いやシュ
ン・タチバナをイルルヤンカシュに回したのか、が。
﹁そう、ですか。彼の妹⋮⋮なのですよね、彼女は﹂
﹁はい。間違いありません。彼、シュテイン・バニィールはフロンティアⅣ駐留艦隊司令
カムナ・タチバナの実子で、あの新型のパイロットの実兄です。
これは駐留軍統合本部に残されていたデータにも一致しますし、捕虜から採取した遺
伝パターンは彼のそれと血縁関係を示しています﹂
﹂
﹁ふ ぅ ん ⋮⋮ 彼 が ク ロ ス ボ ー ン を 志 願 し た 動 機 と い う の は 何 か 調 べ が 付 い て い ま す か
第六話 襲撃一過
124
?
﹁はい、表面上は職業訓練校時代にコスモ貴族主義に感銘を受け、特殊学校、つまりクロ
スボーン・バンガードへと進んだとありますが、彼の根底には父親との軋轢があるよう
です﹂
﹁軋轢⋮⋮﹂
そう言えば、とディナハンは先の戦闘中にシュテインの本名を口にし家族に銃を向け
るのは辛かろう、と問うた時に彼が激昂仕掛けたのを思い出した。
いくら名前を変えようが、彼が地球連邦軍の将官、しかも作戦目標であるフロンティ
﹂
アⅣ駐留艦隊司令官の息子だということは、クロスボーン・バンガード内で有名であっ
た。当然ディナハンの耳にもそれは入る。
だからこそディナハンは、彼に引っ込んでいるように声をかけた。
﹁親の七光りだとでも思われるのが嫌だから、という単純なものでもないでしょう
それらが交じり合いシュテイン・バニィールという男を形作っていた。ディナハンに
て地球連邦と敵対を是とする思想。地球連邦軍の将官である父親への反発。
なまじ能力主義の中で自分に価値を見いだせるほどの才能を持っていたこと。そし
﹁⋮⋮ふぅむ﹂
今日まで来ているといった状態です﹂
﹁はい、いえ、どうも母親を失くした時に諍いを起こしたようで、それを引き摺ったまま
?
125
はそう思えた。
﹁イルルヤンカシュのことは連邦も把握しているのですよね﹂
ら父親を慕っている、というのならば良い。
しかし、実は兄の父に対する認識が誤解から生じた結果であった時はどうだ
誤解の果てに図らずも争うことになった親子が戦場で紆余曲折を経て感動の和解を
語﹄の世界だと。
ディナハンの持つ﹃前世の記憶﹄が告げてくる。この世界は﹃ガンダム﹄という﹃物
?
同じような境遇で育ったナナ・タチバナは連邦軍を選んでいる。それは彼女が女だか
ディナハンは一抹の不安を感じる。
い敵愾心を持つ人材を配置した。その判断は間違いではない。間違いではないが⋮⋮。
此方からの侵攻ではなく、向こうから攻めてくる。故にシュテインのような連邦に強
というのは容易に想像がつく。
ティアサイドいやコスモ・バビロンへと移動させるのは、月側の防衛を強化するためだ
そのことを知っていれば、月の軌道上に建造されたイルルヤンカシュ要塞をフロン
艦隊は動かないが、月の駐留艦隊だけは動くだろうと出ていた。
クロスボーン・バンガードの決起のシミュレーションでは、各サイドの連邦軍の駐留
﹁はい、それは。既に交戦記録もありますし、警戒してしかるべきかと﹂
第六話 襲撃一過
126
果たす⋮⋮そんな美しい物語となってしまいはしないだろうか。
そして、そういった物語の舞台背景は燃え盛る城とか最終決戦の地と相場が決まって
いる。
﹂
否、この世界は物語ではない、と首を振る。
警戒するには当たらず、と
﹁
?
?
ンダムからは何か分かりましたか
技術部から報告が上がっていませんか
﹂
?
る疑似人格コンピューターという特種なプログラムチップが搭載されていた。
A.R 、Type│C.AⅢとそれぞれ異なった人格を模して作られた操縦を補助す
F90の1号機、2号機には従来の学習型コンピュータだけとは異なり、Type│
こちらです、と渡された資料をざっと目を通す。
﹁そう、ですか⋮⋮少し残念ですね﹂
技術は見つからなかったとありました﹂
﹁こちらに回ってきた情報は、解析の途中と但し書きが付いていましたが然程目新しい
ねた。
ディナハンは頭を切り替えてガンダムの情報について向かいに座る情報士官へと尋
?
それで、彼女からはこれといったことは分からなかったのでしたね。連邦の新型、ガ
あ、いえ違います。少し考え事を⋮⋮。
﹁
?
127
そのことを﹃前世の記憶﹄から引っ張りだしてきたディナハンだったが、どうにもそ
のようなことが書かれている気配がない。真実、解析が進んでいないため未だわからな
いのか、それとも最初から搭載されていいないのか彼には判断がつかない。
うぬぬ、と唸りながら詳細を読んでいくも確かにこれはといったものは見当たりそう
に無かった。
﹂
﹁情報部としては取引の手札に使いたいというのが本音です﹂
﹁手札⋮⋮どうして私にそれを
?
﹂
﹁上層部からディナハン様の了承を取り付けるようにと言われました﹂
?
ふぬ、と彼は小首を傾げ、なんとなく思いついたことを口にしてみた。
⋮⋮。
だから、わざわざお伺いを立てに来られる必要も義理も本来ないはずだった。だが
い〟をすることはあっても、命令をすることはない。
軍のあれこれに命令する権利などどこにもないのだ。ただ、顔見知りを通じて〝お願
が、軍に属しているわけではない。
ディナハンはクロスボーン・バンガードの兵士にとって無視できない血筋ではある
それはよく分からない話だった。
﹁ぅん
第六話 襲撃一過
128
それともナナ・タチバナの処遇について口
?
それで口出しされないように釘を差しておこうと﹂
﹁⋮⋮もしかしてこの間の意趣返しですか
出ししたのが気に触りましたか
?
﹁そうですね、〝お願い〟を総司令や総帥に直接するとしても、他所への影響おも考えな
﹁⋮⋮はっ。﹂
以後は気をつけましょう﹂
私 が し て し ま っ た 〝 お 願 い 〟 で 余 計 な 仕 事 と 損 害 を 出 さ せ て し ま っ た よ う で す ね。
﹁わかりました。と言うか、申し訳ありませんでした。
ディナハンは苦笑した。いや、バツが悪くなったというべきか。
文句も言いたくなって当然だろう。 それにに対し、今回のナナ・タチバナの処遇はディナハンの我儘に他ならない。
だったとディナハンは見ていた。それなのに何名かの情報部員が処分されている。
報部の不手際。しかし、恐らくだが情報部独断ではなく上からの指示があってのこと
意趣返しと評した前回の、つまり連邦の新型のデータが入っていない件は明らかに情
ことをありありと伝えてきていた。
真面目くさった顔で情報士官が口にした定型文が、ディナハンの推測が当たっている
﹁そう、ですか⋮⋮﹂
﹁私は何も聞いておりません﹂
129
ければいけなかったのですね。すみません、そこまで考えが至りませんでした。これか
と士官が口を挟もうとするとディナハンは片手をあげてその
らは考慮に入れた上で〝お願い〟するとしましょう﹂
それでは意味が無い
﹁ッ││それは﹂
言葉を遮る。
ンは微笑み、士官は苦い顔をして見つめ合っていた。
﹁ええ、約束します。以後、今の立場で直接口出しはしません﹂
?
深い溜息が漏れた。
﹂
それで手打ち、互いに妥協しようと言う提案だった。沈黙が車内に降りる。ディナハ
﹁上には、申し訳なかった、と伝えておいて下さい﹂
﹁⋮⋮﹂
に判断されるでしょうし﹂
出来ない。もし私の意見が真っ当であるなら、お祖父さま達が汲み上げるか否かを的確
﹁いえ、それが最も正しいでしょう。皆様だと私がロナ家の嫡子ということで無下には
てから口を開く。
彼は、言葉に詰まり睨んでくる士官に静かに首を横に振ると、ちいさな笑みを浮かべ
!
﹁⋮⋮直接の口出しはしない。そうお約束して頂けるのですね
第六話 襲撃一過
130
﹁⋮⋮わかりました。そう上には伝えましょう﹂
このやりとりに渋々といった態度を見せていた情報士官だが、内心ではホッと胸を撫
で下ろしていた。思った以上に容易くディナハンの言質を取ることが出来たことを喜
ぶ。
ディナハンがいう〝お願い〟の性質上、それを止めさせることはほぼ不可能。ならば
足枷をつけるのが良い。そのためにはディナハンの視野の広さこそが大事となってく
るのだった。
ドレル・ロナのようなニュータイプではないか、という噂はあるにはある。しかし
ディナハンは13歳という子供。背伸びをしたがる年齢に違いはない。加えてロナ家
の嫡子、御曹司という立場。捕虜の取り扱いに一家言をつけてくるほどの自己主張。癇
癪を起こされる可能性は高かった。
だが、どうだ。会ってみるとどうやら自分の立場というものを正確に把握しているよ
うであったし、こちらの立場をもきちんと理解して非を認めた。その上で自身の意見を
通す方法を開示し、理解を求めてきた。
なるほど、ロナ家の教育はきちんと為されているのだな、と彼は思った。
しかし│││
﹁ただ、あえて私見を言わせてもらいましょうか│││﹂
131
﹁ッ││
﹂
と彼は訝しんだ。
?
﹁
⋮⋮それは、どういう﹂
﹁アナハイムに流すのなら問題はないと思いますよ、アナハイムになら、ね﹂
だから、今さら何を言い出すのか
ディナハンが静かに笑って冗談でも言うように、しかしはっきりと再び口を開くもの
﹁ふふ、話のついで、ですよ﹂
?
それは│││﹂
そういったことに思い至った士官がディナハンの狙いを口にする。
独自性ゆえ地球との技術の違いを知りたい木星圏のコロニー群があるにはある。 解体したとはいえまだジオニズムを捨てきれない一部のテロ屋。視野を広げれば、その
はない。鹵獲機を作った海軍戦略研究所と競合しているアナハイムエレクトロニクス、
こういった軍事、モビルスーツの技術を欲しがるところは今の地球圏にはさして多く
ことだった。
外に情報を漏らすことを想定している、もしくは好ましくないと考えているのだという
アナハイムならば問題ない、それは言い換えればディナハンが情報部がアナハイム以
?
?
ちに地球圏に到達することを指しているのだろう、と彼は睨んだ。その際に彼等を此方
木星圏からヘリウム3やその他の資源を搭載したサウザンズ・ジュピターが極近いう
﹁木星ですか
第六話 襲撃一過
132
側に引き入れようとする工作のことも。
│││しかし、何故懸念を示す この子は一体何を言いたい⋮⋮いや何を知っている
?
止めた。
の真意を質そうとした時、丁度間の悪いことにエレカが目的地へと到着し、その動きを
しかし、いくら考えても彼の疑問は氷解しない。そして業を煮やして遂にディナハン
接触をしようと計画を練っているのだったが⋮⋮。
そんな理由で、例に漏れずコスモ・バビロニアも彼等と友好関係を構築すべく穏便に
には距離がありすぎたということもある。
ざる物であったことと、彼等には直裁的な力が少なく、根拠地も大勢に影響おを及ぼす
それを数多の勢力が黙認してきたのは、彼等が扱う品が今の人類に取って欠くべから
一所にだけ注力するということはなかった。
何か助力をすることがあったとしても、それは必ず一個人のことで、組織、団体として
木星はこれまでの地球圏の諍いに常に中立な立場をとってきた。ある特定の陣営に
?
子供の見せる笑顔でそう言ったディナハンは、一回りは離れているだろう士官の釈然
よ﹂
﹁│││まぁ、折角の手に入れた手札なんだから安売りするのは嫌だな、ってだけです
133
第六話 襲撃一過
134
としていない顔を眺めながら、今の時点で木星にガンダムの技術を流さないで済ます上
手い言い訳はないものか、と考え続けていた。
第七話 居場所
フロンティアⅣへのクロスボーン・バンガード侵攻の際に捕らえられたF90Vの臨
時パイロット、ナナ・タチバナは尋問官の質問に今日までずっと黙秘を貫いていた。尋
問官の怒声など何処吹く風。恫喝、懐柔、その他に屈すること無く、今なお彼女はそれ
続けている。
唾を飛ばして質問を繰り返す男には焦りが見える。
﹁│││埒が明かないな﹂
その様子を別室のモニターで見ていた少年が一人、呟いた。ディナハン・ロナ。フロ
﹂
ンティアⅣに侵攻した謎の軍隊の首魁、その血族。 ﹁薬やらは使ってないのでしたね
﹁そうですか。そこまでする必要があると思いますか
﹂
﹁いえ。彼女は、ガンダムのパイロットとはいえ元々の職務は違ったようですので⋮⋮﹂
?
ろで控えていたのは情報部の士官であった。
彼はモニターを見つめながら口を開くと、すぐに答えが帰ってきた。ディナハンの後
﹁はい、自白剤や催眠導入はまだ行なっていません﹂
?
135
﹁そうですか﹂
﹂
しばし、変わらず黙秘を続けるナナを見つめていた彼は、ふと気がついたように後ろ
を振り返る。
﹁今後の彼女の取り扱いについては
ある高貴なる者、コスモ・貴族です。それなりの扱いは分かっていますよね
﹂
そのように他者を助くるために行動を起こせる人こそ我らが謳うコスモ・貴族主義に
﹁ですが、彼女は不利と分かっていて自分の身を艦隊の盾にするほどの方です。
そしてディナハンはピッと人差し指を掲げて見せ、
と同じで構いませんよ﹂
﹁⋮⋮彼女を特別扱いしろなどとは言いませんし必要もないですから、他の連邦の将兵
自分の意見を口にするのを待たれているのだと少し経って気がついた。
次の士官の言葉を待っていたディナハンだったが、中々続きを話しだされないことに
﹁そうですね﹂
﹁このまま非協力的な態度を取り続けるようであれば、捕虜として遇せざるをえません﹂
?
?
ディナハンは今の段階でナナ・タチバナが寝返る可能性は殆ど無いだろう、と思って
﹁⋮⋮なら私から言うことはありません﹂
﹁ハッ。他の連邦の将兵に関しても見込みがありそうな者には帰順を促しています。﹂
第七話 居場所
136
いた。
基本、クロスボーン・バンガードは作る側であり、現存の秩序を壊す側である。その
反対に連邦軍は維持し守る側。彼女は守る側であるなら銃もとれるだろうが、壊す側に
回ることは出来はしないだろう。
それは、軍隊の命令だから相手を攻撃する、という小さなことではなくもっと大きな
観点、イデオロギーや自己の規範のようなもののことであった。
親との軋轢の末、外に出た兄と、同じ環境下にいて親の側に居続ける妹。その事実も
﹂
また、彼女を今を変える行動に出ることを躊躇う人間ではないか、とディナハンに捉え
させる要素でもあった。
﹁│││
どうしてです
﹂
?
その命令の出処がカロッゾということにディナハンは少しだけ眉根を寄せた。
﹁⋮⋮﹂
﹁鉄仮面司令からの指示と聞いています﹂
?
﹁申し訳ありません。面会の許可は出ておりません﹂
取って口にされた命令は、次の士官の言葉で拒否されてしまった。
その、ディナハンが当然叶えられるだろうという予想の下にお願いというスタンスを
﹁⋮⋮少し彼女に話を聞きたいのですが
?
137
第七話 居場所
138
モビルスーツに乗って戦うことを許されたとはいえ、所詮はお客さん。出しゃばるこ
と無く軍のことは軍に任せておけということだろうな、と彼は見当を付けた。
だが、事実は少し異なる。
確かにディナハンが察した意味合いもあるにはあったが彼がナナ・タチバナとの接触
を許されなかったのは、とどのつまりディナハン・ロナが子供であるという一点に集約
されてしまう。
いかにコスモ・貴族主義が能力主義だと言い張り、彼自身の意志によるものだと喧伝
したとしても、子供を戦争に参加させている姿をを見て大衆が手放しに称賛するか否か
を問えば、否と多くの者が答えるだろう。
ディナハンは父親譲りの紅顔の美少年と言って良い整った容姿の少年だ。あと五年、
いや三年の時間の差があったならば現在のドレル・ロナと同様才気あふれる若者として
大衆の目に映ったであろう。
だが、ディナハンは子供。
生物が種の存続、発展をその存在意義の一つとしている以上、個として人ではなく、大
衆即ち群として人は幼体が成体になるのを強く臨むものだ。言い換えれば子供が、命の
危険に晒される状況を望まないということだ。 そんな子供が戦争の片棒を担ぎ、嬉々として戦場に向かう様はクロスボーン・バン
ガード、ひいてはコスモ・バビロニアの正当性に疑義を持たれてしまうのは必定だろう。
だからだ。だからディナハンが軍に関わっているということが外に漏れるような行
動に制限がかけられたのだった。
それがカロッゾ、そしてマイッツァーの考えであった。
ディナハンの内に自分に都合良く物事が動いていかない事への落胆と苛立ちが募る。
が、それを表に出すほど子供ではない。
すぅぅと大きく息を吸って、ふぅと一気に吐き出す。そうして気持ちを切り替えた。
そうして彼は、ナナ・タチバナに会うこと無くその場を後にしたのだった。
まい、深い溜息に似せた自嘲で鼻を鳴らした。
他所の家庭のことにまで頭を突っ込みつつあった自分の呑気さ加減に思い至ってし
│││他人様の家のことより自分の家の心配が先か
自問し、特に見当たらないなと自答する。それよりも│││
そう結論づけたディナハンは頭のなかでこれ以上ここでやることはあるだろうかと
た。
会えないのならば仕方がない。一応ではあるがシュン・タチバナとの義理は果たし
﹁そう⋮⋮ですか。わかりました。せっかく来たのに残念です﹂
139
◇
鳴が響く。
﹂
│││うぉっ
﹂ !
手近な物にしがみついていた。
妹のあげる悲鳴に目を見開き見やる。彼の妹リィズ・アノーが船体の揺れを堪えようと
その衝撃にのせいで走った腕の痛みに、うぐっ、と顔をしかめたシーブックだったが、
イものが当たり、その衝撃で船体が激しく揺れた。
それは、やはり訳の分からない悲鳴だった。だが次の瞬間、ボートに脇腹に何かデカ
!
何が起こっているのか想像もつかず、確認のためにはしごを登ったサム・エルグの悲
ドリゲスだった。
声をあげた小さな女の子リア・マリーバ。最後に梯子を踏み外して落ちるベルト│・ロ
次いで落ちるように降りてきたのは泣き虫の男の子、ミゲン・マウンジ。そして叫び
イモやら何やら野菜が降ってくるのが見えた。
じるとスペースポートの天井部中央に備え付けられた出入り口からドサドサとジャガ
訳の分からない悲鳴がシーブック・アノーの耳朶を打った。なんだなんだ、と体をよ
﹁お船が落ちてくる│
!!
﹁うわっ、船が落ちてくる
第七話 居場所
140
﹁ジョージ
出せ
!
船出せ
前
!
﹂
!
ど、なんだ
﹂
﹂
どうして入ってくるんだ
﹁⋮⋮どういうの
それに下手すぎるよ﹂
?
だった。
ニー内部に入ってくるのかという疑問だったのだが、ジョージはそれを取り違えたよう
シーブックのそれは最初のアズマが口にした疑問と同じく、どうして巡洋艦がコロ
いうクラップ級巡洋艦だね﹂
﹁待ってよ。ああ、これあれだ。駐留艦隊に所属する練習艦だよ。スペースアークって
?
?
﹁こいつ、巡洋艦タイプだ。││たぶん、鉱山の中央ハッチから入ってきたみたいだけ
〟を捉えていた。
ことを口にする。その目はスペースポートのフロントガラス越しに〝落ちてきたお船
誰ともなしに訊いたサムの問いには誰も答えなかったが、ただ一人、ジョージが別の
﹁止、まった⋮⋮
そのおかげか否か、次第に船体に当たる瓦礫の大きさと量が少なくなって来ていた。
イト・カムリが必死の表情でこの場からボートを離れさせようと操縦桿を握る。
サムが単語のみで構成された怒声を張り上げた。操縦席ではジョージ・アズマとドワ
!
?
141
流石ジョージだな、と苦笑をするシーブック。その瞬間│││裏返ったドワイトの声
と未だハッチから身を乗り出していたサムの素っ頓狂な声が聞こえた。
﹂
﹁うわっ﹂
﹁人が
﹂
﹂
!
し、安堵の溜息を吐いた。
サムとドワイトが口々にそういうと、ジョージは吸い込んでいた息を盛大に吐き出
﹁やった
!
﹂
見事に落下してくるノーマルスーツを着込んだ人物を掴み取ることに成功した。
偶然か、奇跡か、それとも実力からかマニュピレータの先、マニュプレータハンドは
ニュピレータがまるで生き物のように蠢いた。
ジョージはそう吐き捨てながら、操縦桿を握り締める。その意志に従ってボートとマ
﹁クソ
命の保証は何処にもない。
ここはもう無重力地帯ではない。当然、地面へと叩きつけられるだろうし、落ちれば
オレンジ色をしたノーマルスーツが空中へと躍り出た。
船の慣性とコロニーの作る擬似重力の作用を見誤っていたのか、放り出されるように
!
!
﹁ナイスキャッチ
第七話 居場所
142
﹁ん
⋮⋮なんか言ってるぞ
﹂
?
あれ﹂
あれに連れてけってよ﹂
﹁⋮⋮命の危機から脱して、気が立ってるのかな
﹁早く下ろせってさ。スペースアークだっけ
そうした疑問にハッチから外に身を乗り出しているサムが答えてくれた。
た。
している。指でスペースアークを指し示し、バタバタと手足をばたつかせて暴れてい
ノーマルスーツ姿の中年男がマニュピレータハンドに掴まれたままで何やら喚き散ら
シーブックが、そのドワイトの言葉に目を向けると、確かにヘルメットをしていない
?
わかったな
!
スアークの姿を目にして獏とした不安を抱かずにはいられなかった。
そいつらを何とかして甲板を使えるようにしておけ
﹂
!
◇
﹁いいな
の抵抗派との繋ぎに行ってくる
﹂
﹁はっ⋮⋮エーゲス〝元〟大佐﹂
もとはっ
!
!
!
﹁元は余計だ
!
わしは他
連邦軍の今までの対応と行動を見てきたシーブックは、だんだんと迫ってくるスペー
を巡洋艦へと近づけるべく操縦桿を握る腕に力を入れた。
そう言って、今も怒鳴り続けている男を呆れを滲ませつつ評したジョージは、ボート
?
?
143
そう捨て台詞を吐いてドスドスと奥へと引っ込んでいくエーゲス〝元〟大佐と呼ば
れたシーブック達が助けたノーマルスーツ姿の中年、コズモ・エーゲスを見送った黒人
の士官ナント・ルースは彼の姿が見えなくなると鬱陶しげに顔を歪めた。
そして溜息を一つ吐くと艦内通信用に壁に設置されている電話へと向かった。
とその正体を確かめるべくあたりを見回しても可
その様子を目で追いながらもシーブックは、スペースアークに降り立ってから感じる
違和感に首を捻った。一体何だ
?
ズだった。
連絡⋮⋮﹂
﹁お兄ちゃん、これ連邦の船なんだよね
お母さんの研究所ってここなんでしょ⋮⋮
そんな時、後ろから袖を引っ張られる感覚に意識を向けさせられた。見れば妹のリィ
怪しいところなど見当たらなかった。
?
らったのだろうと妹が判断したのだと分かり、慌てて口を開いた。
その様子にシーブックは自分と母の関係がこじれていることにが原因で返事をため
俯かせた。
兎に角嫌な気持ちが沸き起こらせる。自然と表情はそんな負の感情に歪み、彼女は顔を
その少しばかり歯切れの悪い兄の返事が、リィズの心に悲しみと憤りと悔しさと⋮⋮
﹁ああ⋮⋮﹂ 第七話 居場所
144
ともあって、それは飽く迄法的なことで実質は別居のようなものになった。事実、フロ
しかし、離婚の理由が、よくある不義による男女の好悪の感情の結果ではなかったこ
そうして自分の意が通らぬと見たモニカは自分から離婚を切り出したのだった。 げ、妻、そして母親としての役割を億劫がる節があることにレズリーは憤ったのだ。
いではなかった。だが彼女が、自身の仕事、自身の興味の対象である研究にこそ熱をあ
レズリーもモニカ同様、分野は違えど研究者ではあったから彼女の言い分も分からな
た。
せず、更にいえば営利を目的とせず伸び伸びと研究できる場所は軍をおいて他に無かっ
ちバイオ・コンピュータの研究が出来る場所は広い地球圏と言えども数える程しか存在
彼女の研究、バイオテクノロジーの一分野にある情報伝達と遺伝因子の研究、すなわ
の移籍の希望にレズリーが強い難色を示したからだった。
その直接的な理由は、モニカが願った軍の研究機関、海軍戦略研究所︽サナリィ︾へ
がフロンティアサイドに移住する直前にその夫婦関係を解消した。
シーブックとリィズの母、モニカ・アノーと父レズリー・アノーは、丁度、彼等家族
あの人も一緒に逃げてるはずだって﹂
﹁ちがうんだ。あそこは軍の直轄の研究所だから真っ先に避難しているだろ。だから、
145
ンティアⅣに借りたアノー家の住まいにモニカの荷物が置かれていた。
とは言え、当時のシーブックにとって母親が目の前からいなくなったことに変わりは
なく、それは子供の心に傷をつけるのに十分過ぎる出来事でもあった。
﹂
だから、彼が母親のことをあまり好んでいないことは無理からぬ事だったのだ。
﹁⋮⋮そうかな
じて。
ええ、はい。
﹂と強く頷いた。そうなると信
そんな時だった。急な大声が二人の耳に聞こえたのは。
!
エーゲス元大佐は彼等も参加させるっ
⋮⋮そんな⋮⋮ゲリラどもの基地に⋮⋮艦長代行は⋮⋮ボート
?
リィズは不安を消しきれはしなかったが、
﹁うん、うん
シ ー ブ ッ ク が 優 し い 声 音 で 怪 我 を し た 反 対 の 手 で リ ィ ズ の 頭 を 撫 で る。そ れ で も
﹁大丈夫、きっと母さんにも父さんにだって直ぐにまた会えるさ﹂
目を見張る。
リィズはシーブックが母のことを﹁あの人﹂ではなく、
﹁母さん﹂と言い直したことに
て⋮⋮﹂
﹁そうだよ。⋮⋮きっとあの││母さんは無事さ。もしかしたらフロンティアⅣにだっ
?
ええ⋮⋮はい、わかりました﹂
まだミルクを飲んでる子供までいるんですよ
!
ええ、Ⅳからの難民らしいです。は
!
!
﹁だから
て
?
第七話 居場所
146
どうやら自分たちのことを言われているらしいと言うことが分かり、ボートに乗りあ
わせてきた少年少女達は各々に視線をナントへと向ける。自然、子供たちは一所に集
まった。
﹁ゲリラって⋮⋮﹂
﹁俺達の事かよ﹂
﹁そんな、だって⋮⋮﹂
口々にそんなことを口にする友人やチビ達を尻目にシーブックは何故自分がこのス
ペースアークに違和感を感じたのか、それが分かった気がした。
│││そう、緊張感がないんだ、ここには。戦争をやってるっていう緊張感が。
そうして、よくよく思い出せばスペースアークには戦闘を行ったと思しき形跡が見当
たらなかったし、破損どころか、撃てば付くであろうミサイル発射管の煤の汚れなども
見当たらなかった。
モビルスーツも見当たらない。当然パイロットもいない。閑散としすぎている。そ
して艦長〝代行〟に〝元〟大佐。極めつけがゲリラの基地。
軍の、まともな艦での事とは思えない単語がポンポン飛び出してくる。
│││もしかして、こいつら、まともに敵の姿も見たこと無いんじゃないのか
シーブックが仲間たちとは違った視点で頭を巡らせていたとき、彼等の中で一番の年
?
147
長者であるドワイトが憤慨した顔でナントへと歩み寄っていった。そして身振り手振
﹂
りを交えて何事かを喚いた後、その頬にナントの拳骨をもらっていたりした。
﹁うわっ、痛そ﹂
﹁大方、将軍の息子で御座い、控えおろう。とか言ったんだじゃねーの
?
│││どうしたんだ
﹂
ドワイトがナントを恨めしげに睨みながら彼の後に付いて此方へと戻ってきた。
﹁止めなよ。生徒会長だし、三年だしドワイトなりに何とかしようっていうんだろ﹂
﹁怪我人ってお前か
?
﹁何がだ
﹂
?
﹁デッキにはモビルスーツはいないし、全部落とされちゃったにしては艦︽ふね︾は綺麗
?
この艦︽ふね︾﹂
だから口を開いた。それは若さゆえの情動が起こす行動だった。
ブックは、やっぱりなと自分が感じた違和感が正しいことを確信した。
受 け 答 え を 耳 に し て 目 を 開 い て 見 せ た ナ ン ト。そ の 一 瞬 の 驚 き。そ れ を 見 た シ ー
﹁│││そ、そうか⋮⋮﹂
﹁はい、銃で撃たれました﹂
悪態をつく。
ジロジロと訝しげに見るその視線にシーブックは見て分かるだろうに、と心のなかで
?
﹁それより、どうしたんですか
第七話 居場所
148
だし、それに人がいなさすぎません もしかして艦長とか正規のパイロット達はモビル
﹂
││││モビルスーツなら⋮⋮新型が一機いる﹂
スーツで逃げちゃったんじゃありません
﹁ッ、何
?
?
﹁やっぱり落とされちゃったんですか
﹁新型だってよ﹂
?
くせに知らないの
﹂
﹂
﹁そりゃいるさ。ここにある連邦の研究所が作ってるってのは有名だぜ。軍人の子供の
﹁連邦に新型なんていたんだ
﹂
スーツを見やりながら思い思いに口を開く。
シーブックが曖昧な返事を返す傍ら、それを聞いていたジョージたちがそのモビル
﹁へぇ﹂
が、調子悪くて直ぐ戻ってきた﹂
﹁⋮⋮それ以前の問題だ。調整がうまく言ってなくてな。昨日は戦闘に出て行ったんだ
?
確かに見えていた。
に目を向ければ、モビルスーツベッドに寝ているらしいモビルスーツの足の裏の一部が
デッキの奥を示した。二人のやり取りに目を丸くしていた皆が釣られてそちらの方向
明らかな焦りを見せたナントは睨むようにシーブックを見たが、やがてツイッと顎で
?
149
?
﹁そんなの興味ないよ、私は。アズマと違って﹂
﹁えー、おもしろいのに﹂
そんな彼等の雑談を見切ってからナントは、
﹁と、に、か、く│││﹂と発した言葉の
音を区切って皆の注目を自分へと持って来させると彼等を見渡すように睨んで、
が何故今更家族に必要とされたのかを知らされた。
サイド4にいる一族が一堂に介した食事を終え、歓談へと移った中、セシリーは自分
◇
シーブックは、これからどうすればいいのか、行き先を思い深い溜息を吐いた。
た。
所で自分たちの境遇が変わるでもないことは頬を擦るドワイトを見れば一目瞭然だっ
軍が難民の保護を放棄する。それを無責任となじることも出来るのだろうが、言った
最後は苦虫を潰したようにそれだけ言うとナントは背を向け離れていった。
校殿が鬱陶しいからな﹂
⋮⋮正直充てがあるなら自分たちだけでそっちへ行ったほうがいい。ここは退役将
だろうと怪我人だろうと、な。
﹁ここにいてもいいが、いるならいるで色々やってもらうことになる。偉いさんの息子
第七話 居場所
150
交わされる問答の中に、一族が自分に何を求め、何をさせようとしているのかを見た。
自身の意志の介在しないそれに彼女は耳を傾けるも、やはり生まれて来るのは戸惑いの
み。
それは彼女は未だセシリー・フェアチャイルドでありベラ・ロナではないからでも
あった。
嬉しさの中でもマイッツァーの冷静な部分は、ベラが女王として成熟するのにかかる
│││それでも、あと五年、いや四年もあれば十分か。
うまで自身の願いどおりに育ってくれたことにマイッツァーは喜びを隠せない。
われている、と彼の目に映った。素行や性向の調査によって分かっていたことだが、こ
そして何より、市井の中にあってもその聡明さと気高さは失われること無く十分に養
成長していた。
乗って大人しく話に耳を傾けていた幼い孫。それが見違えるほど大きく、そして美しく
マイッツァーはベラ・ロナを見ながら在りし日の彼女の姿を思う。自分の膝の上に
を本当に嬉しく思う﹂
﹁良い。全てはこれからだ。今はただ、こうしてベラが再び話を聞いてくれていること
首を横に振る彼女に、祖父は優しい笑みを浮かべた。
﹁わたしには、わかりません﹂
151
第七話 居場所
152
時間をそう見積もっていた。
この四、五年の間に多くのことを学ばせ、その存在を周知させ、彼女自身の意識を女
王へと向けさせと周囲の意識を女王戴冠へと向けさせ、大衆に女王を待望させる。
セシリーは、マイッツァーの言葉に少しばかり躊躇っていたが、今は素直に頷くこと
にした。それは祖父が感じさせる肌合い、懐かしさが彼女の幼少の頃の体験と重なり、
と、彼女自身確信を持って疑って
そこはかとない安らぎを与えてくれていたからでもあった。
そうした触れ合いは代償行為ではないだろうか
味が広がった気がして、それはすなわち、ここに座っていた少年の流した血なのだと理
ぞった際にできた指の腹に出来た赤黒い汚れ。セシリーが恐る恐る口に含めば、鉄錆の
け焦げていた。それでも、辛うじて残っていたシートにこびりついていたものを指でな
酷く大破したガンタンクのコックピットはビームででも焼かれたのだろう、大きく焼
実を突き付けられることになる。
ク達と離れ離れになった二十四桟橋近くの地下倉庫区へと向かった。そこで彼女は、現
昼間、ザビーネ・シャルという眼帯をした青年士官に連れられてセシリーは、シーブッ
◇
そのくらい彼女は打ちのめされていたのだ。
いたが、その事実は彼女にとって認めたくない事実でもあった。
?
解させられる。 た。朴訥として時に強引、そして自分の愚かしさを指摘してくれる異性。彼女は本当の
だと思っていた。裏切られた。でも、そんな男に為されるがままにされる自分にも呆れ
諍い。全面的に彼が悪い。工科にしてはいい人だと、いいインテリジェンスの持ち主
のだけではなかった。彼女自身の淡い願望でもあった。
でも来てくれると思った。それは彼が自分を好いていてくれるという驕りから来るも
に 思 う。ク ラ ブ の 演 劇 を 見 に 来 て く れ る と 思 っ て い た。別 に 約 束 し た わ け で は な い。
その次に話をしたのは学園祭当日、やはり自転車置き場へと続く道すがらだったよう
なれると思った。前回同様、家まで送ってくれる際にそれは確信に変わる。
られると、セシリーは少しばかり驚きを内に秘めて嬉しさと感謝を表した。良い友人に
その次に出会った時も自転車置き場だった。そこで彼に照れくさそうに好意を告げ
リーは覚えている。
が始まりで、その後自宅近くまで送ってくれた。何度か謝罪の言葉を口にしたのをセシ
初めてだった。大したことではなかったが、ちょっとした危機を彼が救ってくれたこと
セシリーとシーブックが出会ったのは薄闇に暮れるハイスクールの自転車置き場が
彼女の脳裏に彼との出会いから、あの時までの様々な場面が蘇る。
﹁そんな⋮⋮﹂
153
意味で彼に興味を持った。その時は目にもの見せてやろうと言う思いではあったが。
そして始まる戦争。
逃げる途中で彼女は彼に見つけられた。以前にジーンズ姿を披露しているとはいえ、
小さな女の子、リア・マリーバとその手に引いていたのだ。良くぞ見つけてくれたと
言っても良い。
﹂と自分を呼ぶ声を。なのに│││それなのに、
友人の死。無残な死。それを胸の奥へと仕舞いこみながら、気丈に振る舞うシーブッ
クの後ろ姿をずっと彼女は見ていた。
確かに彼の声を聞いた。﹁セシリー
﹁ここでも戦闘がありました。﹂
彼は、ここにいない。
!
永遠に失われてしまったのだ。取りこぼしてしまった雫はもう二度と手に入らない。
シーブックの姿が次から次へと浮かんでは消えていく。あの光り輝く宝石の原石は
はないかと思えてくる。
朝方考えた嫌な考えが本当のことのように思えてきた。可能性はそれしか無いので
と目を瞑って流れ出ようとする涙をこらえるのであった。
そうしてセシリーは、シートを擦って手についた赤黒い粉を握りしめながら、ぎゅっ
﹁あのシーブック⋮⋮﹂
第七話 居場所
154
そうしてセシリーは寄る辺を失ってしまったのだと理解する。その理解は帰る場所
を失ってしまったという諦観を容易く生み出した。そしてそれは、既に忘れかけていた
家族が持つ温もりへと縋らせるのを後押しするのに十分なものだった。
◇
﹁⋮⋮﹂
?
︿ふむ
﹀
﹁父上はお食事を取られないのでしょうか
かすかな笑いを漏らしながら鉄仮面が言う。
?
?
︿確かに気にはなるところだろうな﹀
﹂
﹁些細な事ですし、こんなことを聞いて良いか迷うのですが⋮⋮﹂
い。
目の前の男は父である、と言う理解はあったがその異形には理解が追いついていかな
︿どうした
﹀
引き戻された。顔を上げると鉄仮面がこちらを見ていた。
機械によって冷たく歪みながらも優しげな声音を作りだす声にセシリーは現実へと
お前ならば直ぐに理解できる﹀
︿お祖父様の言うとおりだ。ようやく家に戻ってきたばかり。学習はこれからで良い。
155
︿別にこの身は機械だらけのサイボーグになってしまっているわけではないからな、勿
論、食事もする。
│││だが許せ。コスモ・バビロニアを建国し、その基礎が安定するまで人前でこの
仮面を外すまいと決めた。願掛けのようなものだ。
そうでもしないと私は偉業の大きさに押しつぶされてしまうだろう。そうした弱さ
を持ってしまっている私を鎧うために仮面なのだ、これは﹀
感じ取った。。
他方、兄ドレルがカロッゾに向ける視線には蔑みの色が滲んでいることをセシリーは
が考えていたからだった。
それは、まだ伝えるべきではない、もしくは自ら気がつくべきことだとマイッツァー
れていた。
コスモ・バビロニアの持つ強権を象徴するための偶像であるという事柄は敢えて伏せら
カロッゾの言葉に嘘はなかった。ただ全てを話してもいなかった。つまり鉄仮面が
そういったセシリーの視線を受け取ると祖父マイッツァーは静かに頷いてみせた。
を覚えセシリーは、真偽の是非を求めその場にいる他の三人の様子を伺った。
まるでこちらが質問をするのを予め分かっていたような、そんな回答にどこか違和感
﹁はい、それは聞きましたが⋮⋮﹂
第七話 居場所
156
157
ドレルにもマイッツァーが考えているように鉄仮面がコスモ・バビロニアの恐怖を表
すための道具だということは分かっていた。しかし仮面とはカロッゾ本人が言ったと
おり己を守るための鎧でもあり、そして何より己を飾り、己を姿を偽る道具だ。そんな
ものに頼らなければ理想を語ることも出来ず、衆人の前に立つことも出来ぬなどという
ことは人の惰弱の現れだと彼の眼には映った。それはコスモ・貴族主義を標榜する高貴
な者のすることではない、と思いに至らせる。
故にドレルは父カロッゾの姿を蔑んでいるのだった。
そしてセシリーが最後に大人しくしている従弟ディナハンへと目を向けた。彼は、何
故かじぃっと鉄仮面を見つめていた。
ディナハンには疑問があった。それはカロッゾが言った﹁サイボーグではない﹂とい
う言葉の真偽についてだった。
彼の持つ特異な記憶﹃前世の知識﹄には、鉄仮面の銃で撃たれても血は出ないし怪我
も負わない、生身のまま宇宙空間に躍り出る、モビルスーツのハッチを素手でべりべり
と剥ぎ、引きちぎると言った、あまりに人間離れした様が残されていた。いくら強化し
たとはいえ生身の人間に出来るのだろうか
を強化させるための第一歩。その具体的な方法、ラフレシア・プロジェクト。
カロッゾ・ビゲンゾンの研究テーマ。SFに出てくるような精神のみの生き物へと人
?
その産物の一つであるネオ・サイコミュ・システムは従来の方法によらずパイロット
の意志を汲み取り、考えるだけでモビルスーツを制御できてしまう。そしてモビルスー
いや、脳をバイオコンピュータに置き換えたア
鉄仮面はサイボーグなのではないか
ツの研究は義手や義足の発展に大きく寄与している。
ンドロイドになってはいないだろうか
?
﹂
場の空気も彼女の心情も斟酌しない無神経な言葉が降って湧いてきた。それを耳に
?
││
セシリーは父にそう言われては、頷くことしか返す言葉を持たなかった。そんな時│
カロッゾの柔らかな声音が部屋に響く。
﹁はい、そう仰るのでしたら⋮⋮﹂ │││今はこれで勘弁してくれないかね、ベラ﹀
う。だから私も早く皆と共に食卓を囲める日が来るようにと願っているよ。
︿勿論、独り隠れて食事というものは寂しいし辛い。料理も味気ないものに感じてしま
話ではない。骨格からして違っているのだ。それはまるで別人のように。
写真を見たからだった。彼が鉄仮面となる以前は今程大柄ではなかった。筋肉云々の
そうした思いを後押ししたのは、カロッゾが鉄仮面になる前に家族で撮ったであろう
?
﹁そう言えば従姉上、ご学友の安否は如何でしたか
第七話 居場所
158
した途端、セシリーが息を呑む。
ディナハンのものだった。
﹂
?
有った。 ﹁お祖父様、焼け出されてきた人々を迎賓館から遠ざけることは出来ないでしょうか
?
なることもありえた。
避難民を人間の楯として扱うつもりは毛頭なかったが、連邦軍の出方によってはそう
ていしまうこともあるやもしれない。
決死を見せることは大いに有り得た。ならばロナ家の側にいることで巻き添えを食っ
確かに連邦でも気骨のある者ならば、一矢報いよ、もしくは蛇の頭を潰せとばかりに
攻軍としての務めでもあり、政治的喧伝のためでもあった。
今も家を失った者達にテントと炊き出しを行い食料を提供しているが、それは勿論侵
﹁何故かな、ディナハン﹂
﹂
セシリーの態度にマイッツァーがほんの少し思案顔になった。確かにその可能性が
﹁ふむ⋮⋮﹂
﹁あっ⋮⋮それは│││﹂
あったりするのでは
﹁一 緒 に 逃 げ て き た 人 達 は 居 な く と も、迎 賓 館 の 前 に い る 難 民 の 中 に も 見 知 っ た 顔 が
159
その際、軍が守るべき市民に銃を向けることを厭うこともあるかも知れず、またそう
でなくとも市民に犠牲が出たならば、それこそが連邦の腐敗だと追求、弾劾するも良し。
そして、事前にそのような想定を周知し難民を遠ざけることで、後の統治のために人
心を把握するも良し。 どちらに転ぼうとも問題はない。
また│││ベラをセシリーと知る人間を遠ざける観点を加えてみればディナハンの
言はもっともに思えてくる。
そうマイッツァーはディナハンに問いながら思考を巡らす。
﹁はい。戦場に出て分かったことがあります。確かに連邦の上層は腐敗し、堕落してい
るかもしれません。でも、その枝葉もまた腐っている、というわけではないようです。
自ら剣を取り、前に出る者も確かにいるのです﹂
マイッツァーは鷹揚に頷く。
﹁その際最も狙われるだろう場所は此処。ロナ家がいる迎賓館区画です。﹂
心の溜息と表情を漏らしそうになる。
ドレルがディナハンへと視線を向けた。表には出さなかったが、思わず﹁ほぉ﹂と関
ちらが動いた時を狙って﹂
﹁であるならば│││間違いなく奇襲があるでしょう。フロンティアⅡ、Ⅲの制圧にこ
第七話 居場所
160
マイッツァーは顎に手をやり瞑目する。そして視線を鉄仮面に向けると、カロッゾは
頷いた。ディナハンの言葉の妥当性に彼は同意を示したのだ。
﹂
?
﹁いや、良い﹂
﹁そして、彼等避難民が我らの近くにいることは│││﹂
が分からなかった。
ドレルがセシリーにチラリと視線を送った。そのことに気がついた彼女はその意味
て│││﹂
うか、反対にそのことでロナ家を侮ったり隔意を持たれることも懸念されるかと。そし
ざけた場合の利点としては彼等に紛れた不逞の輩への対処がしやすくなることでしょ
﹁はい、お祖父さま。ディナハンの言うことは最もです。加えて言うならば避難民を遠
﹁ドレルはどう思う
につけその思いは強くなる。
淡々と語る異常を聞くにつけ、語られた内容を当然のことと受け入れている異様を見る
セ シ リ ー は 自 分 は ナ ン ト 場 違 い な と こ ろ に い る の だ ろ う と 思 っ た。デ ィ ナ ハ ン が
移動をお願いしています﹂
添えによって守るべき者を危険に晒すのは得策ではありません。ですから、私は難民の
﹁私達だけならば良いのです。それは覚悟の上のことなのですから。ですが、その巻き
161
マイッツァーがそこでドレルの口を遮った。
﹁そこから先はこれから勉強させていけば良い。今は違った視点があることを教えるだ
けに留めておこう﹂
大義名分、政治駆け引き、人間の盾云々は、未だ子供であるディナハンにも、まだ戻っ
﹂
﹂
たばかりのベラにも刺激が強すぎる言葉になってしまうとのマイッツァーの判断だっ
た。
ドレルもそれが分かったらしく、大人しく口を噤んだ。
﹁⋮⋮そうだな。避難民を犠牲にするわけにも行くまい。カロッゾ
﹂
ハイスクールのクラスメイトで良いか
︿わかりました。早急に手配しましょう﹀
﹁ベラ。知人の安否も気にかかろう
﹁あ、はい。ならば演劇部の子たちも分かりますでしょうか
﹁ん、後で話しておくと良い﹂
?
?
うこんな時間か﹀と呟いた。
一段落してドレルが席を立つ。カロッゾがそれに釣られて壁掛けの時計を見ると︿も
?
?
そう言うとドレルはセシリーとディナハンにも別れを告げて部屋を出て行った。同
﹁ん﹂
﹁お祖父さま、部隊へ戻ります﹂
第七話 居場所
162
じようにカロッゾが立ち上がり、皆に一言断ってからドレルの後を追うように扉をく
ぐっていく。
二人が出て行くのが合図だったかのように少年もまた口を開いた。
﹂
?
ツァーとセシリーだけが残されるのだった。
そ う し て 立 ち 上 が り、ペ コ リ と 頭 を 下 げ て 出 て 行 く デ ィ ナ ハ ン の 後 に は、マ イ ッ
﹁おやすみなさい、ディナハン﹂
﹁うむ、おやすみ﹂
﹁はい。おやすみなさいお祖父様、従姉上﹂
﹁そうか
﹁お祖父様、従姉上。私も先に失礼します﹂
163
第八話 母の作ったガンダム
シーブック・アノーはフロンティアⅣを脱出の際に受けた銃撃の傷が大分良くなり、
多少の引き攣りを感じることはあってもそれなりにスペースアークでの手伝い仕事に
支障が無くなってきていた。
コズモ元大佐やナント・ルースの話を聞いた後、彼等は結局スペースアークに残るこ
とにした。勿論、出て行くこともフロンティアⅣに戻ることも考えた。
だが、出て行くとしても同じサイドでは意味が無いし、最も近い月は難民の受け入れ
を表明していたとはいえ、連邦の醜態を目の当たりにした彼等には信頼出来るものでは
なかった。
またクロスボーン・バンガードは逃げ出したスペースポートを元の所に収容すれば保
護すると通信で返してきたが、元々逃げてきたという事実がある上、アーサーを失った
ことや侵略軍への感情がフロンティアⅣに戻るという選択をさせなかった。
﹁行ってきている間に御飯用意するから﹂
﹁休憩に戻ってきたところなんだぞ﹂
﹁あ、お兄ちゃん、ちょうどいい所に。グルスさんに持って行って﹂
第八話 母の作ったガンダム
164
メカニックの作業を手伝いモビルスーツデッキの上へ下へ動きまわり、重機動かし左
右、ようやく手空きを見つけて昼食をとりにボートへと戻ってきたシーブックは、妹の
リィズ・アノーにそんな風に用事を言い渡される。
妹から食事の乗ったトレイを渡された彼は、モビルスーツデッキの奥、連邦の新型モ
なんで俺の持ってきたヘビガンしか真当なのが無いんだよ
﹂
ビルスーツに掛かりにきりになっているグルス・エラスの下へと渋々向かうのだった。
﹁はぁ
!
﹂
﹁馬鹿言っちゃいけない
!
﹂
﹁おい、お前らが整備もやってパイロットもやるって、本当か
﹂
丁度、言い争いの横を通ったのが悪かった。シーブックはビルギットに捕まってしま
!
取っている夫人だった。
そ う 言 っ て ビ ル ギ ッ ト の 相 手 を し て い る の は 迷 彩 服 を 着 た 恰 幅 の 良 い 抵 抗 派 を 気
ロンティアⅠの防衛に専念すりゃいいんだよ﹂
﹁第三軍だって、あたしたちと連携してくれるって言ってるんだ。あんたは安心してフ
!
じゃないか
﹁モ ビ ル ス ー ツ は 今 整 備 し て る で し ょ。そ れ に パ イ ロ ッ ト は ピ チ ピ チ に 候 補 生 が い る
ギット・ピリヨが喚いているのが見えた。
怒鳴り声に顔を向けるとモビルスーツデッキの下でパイロットスーツを着た男、ビル
?
165
う。
﹁パイロットのことは知りません。そりゃ宇宙用工業マシン︵プチモビ︶は実習とかで
乗ったことはありますけど。整備の方はマヌーさんの指示でやってます﹂ ﹁で、挙げ句の果てにパイロットにされましたじゃ、そんな馬鹿な話があるか﹂
元大佐
﹂
﹁動いてないとコズモ大佐に五月蝿いんですよ﹂
﹁〝元〟だろ
!
そのモニターから聞き知った声が聞こえた気がしてシーブックは、ふと気になった。
て食い入るように一人の整備員がモニターを見ていた。
新型モビルスーツが横たわっているモビルスーツベッドの脇でガリガリと頭を掻い
﹃従来のサイコミュには│││││バイオコンピュータのスウェッセム・セルが│││﹄
ると早々にその場を立ち去った。
めんどくさいなぁ、と思いつつシーブックは﹁コレ届けなきゃいけないんで﹂と告げ
!
備員は生返事を返すだけ。
変わらず手元の資料とモニターの映像に意識を奪われたままのグルスと呼ばれた整
﹁んぁー﹂
﹁グルスさん、飯ここに置きますよ﹂
第八話 母の作ったガンダム
166
﹁何です
﹂
シーブックは先程の声も相まって彼の見ているものを確認するべく覗きこんだ。
?
﹂
た女性の姿に目を見開き、思わず声を上げた。
母さん
﹁ッ
?
﹁君、今なんて言った
アノー博士の息子さん
?
ホントに
?
この、この人だよ
?
驚いたのグルスのほうだった。シーブックを凝視する。そして│││
﹂
﹁ッ
!
画面を指さし、鬼気迫る勢いで何度も何度も問うてくるグルスに少し引き気味にシー
?
!
﹁え、ええ﹂
﹂
説明を耳にいれながらモニターを見るシーブックは画面が切り替わって映し出され
のに違いないと、そう思ったからだ。
からモビルスーツには興味津々だったのだ。工学科の学生ならば自分と同じようなも
に嘆息すると自分が一体何を見ていたのか話しだした。自分だってハイスクール時代
グルスは最初こそ無遠慮に覗きこんでくるシーブックをたしなめようとしたが、すぐ
補ってるんだけどさ、これが│││﹂
ボーンが来てサナリィの研究員は皆月に逃げちまっただろ。足りない分はこの映像で
﹁お い │ │ │ F 9 1 の 整 備 マ ニ ュ ア ル だ よ。だ け ど ま だ 完 全 じ ゃ な い ん だ よ。ク ロ ス
167
ブックは答えた。そして画面から聞こえる声、正確には画面に映る母親、モニカ・アノー
の声を耳に入れながら睨みつけるように画面を見つめる。
いるなんて⋮⋮﹂
﹁軍の研究所、サナリィに務めているってのは知ってましたけど、モビルスーツを作って
ここわかんないかなぁ。暗号っていうかさ、言い回し
がらモニカがモニターを指差し何事かを説明している。
たり早送りしたりとあるシーンを見せてくる。そこには理知的な雰囲気を醸し出しな
シーブックの呟きなど聞こえていないのか、グルスは端末を操作して映像を巻き戻し
的なもんだと思うんだけど│││﹂
﹁じゃ、じゃあさ、えーと、ここ
!
﹂
?
に会話なんてしていませんし﹂
﹁そんな技術的なこと分かるわけ無いじゃないですか。それに母とは此処何年もまとも
期待を込めた目で見てくるグルスにシーブックは無表情に首を横に振る。
し⋮⋮ ね、なんか知らない
﹁この八の字の吊り橋ってのが、さっぱりなんだよ。アノー博士もさらっと流しちゃう
│││﹀
伸ばし、八の字開いて吊り橋かけて、神さまの寝床をつくりましょ。となります。この
︿│││統括する赤いコンピュータブロックとを接続する配線は、お空のお星様に手を
第八話 母の作ったガンダム
168
ほら、この呪文、子供に言い聞かせるような感じ
﹁いやいや、なんかあるんじゃないか
フルフルと首を横に振った。
のが嫌で真剣には思い出そうとしていなかった。
少しばかり考えるような仕草をするにはしたが、シーブックはモニカのことを考える
﹂
子供の頃に聞いてたりしない
?
だろ
?
?
﹁え
妹さんがいたの
﹂
?
﹂
?
ベッドに横たわり続けるモビルスーツを見上げたのだった。母が携わっていたモビル
そう言うとシーブックは踵を返したが、途中、一瞬だけ振り返り、今もモビルスーツ
﹁なら安心だ。お願いしましたからね﹂
るような真似はしないから﹂
﹁だ、大丈夫だよ。俺だって子供いるし、親と離れ離れになっちまって心細い時に言い寄
ジロリと射抜くような目で睨んでいるシーブックにグルスが焦りながら口を開く。
そんな酷い真似、しませんよね
﹁必死に考え無いようにして頑張ってるところに、里心がついたりしたら辛いですから。
その反応に、余計なことを教えてしまったか、とシーブックは内心舌打ちした。
?
話さないでくださいよ﹂
﹁思い出しませんね。││││あ、それとリィズには、妹にはこの映像︵ビデオ︶のこと
169
第八話 母の作ったガンダム
170
スーツ⋮⋮、と。
◇
フロンティアⅡとフロンティアⅢにクロスボーン・バンガードの進行が始まったのは
フロンティアⅣの陥落が伝えられた三日後のUC0123年3月19日未明のことで
あった。
しかし、連邦の抵抗、反抗は皆無といってよいほど少ない規模となった。
それはクロスボーン・バンガードの本隊と思しき大軍がフロンティアⅣに駐留したの
を知った各コロニーの駐留部隊が、特に権限の強い上層部こそが我先にと矛を交えるこ
と無く撤退してしまっていたからだった。
抗戦を命じられ残された部隊は月に撤退する余力もなく、這々の体でその場を放棄し
フロンティアⅠに逃げこむことになる。
だが、しかし│││
ディナハンの予言、すなわち彼の持つ﹃前世の知識﹄から口にした言葉のとおり、気
骨ある連邦の士官はいた。
いや、それは追い詰められた鼠の如しと言ったほうがより正確なのかもしれない。退
路を断たれ、それは正に決死の覚悟であっただろう。
動かぬ連邦軍上層部、連邦議会議員達の無見識と保身に走った言動、自分の殻から出
てこない各サイドの駐留軍、それらに対して、矢面に立つ将兵の存在と意志の表明とし
て彼等は動いた。動かざるをえなかった。
│││そして今、未だ防空網が完全に整っていないコスモ・バビロンとなったフロン
﹂
ティアⅣへと直径百数十メートルの隕石がゆっくりと近づきつつあった。
◇
﹁│││ッ
カーテンを握り睨みつけるように外を見つめる彼の胸中は如何ばかりか。
﹁⋮⋮﹂
ンの目に映っていた。
ば、光の奔流が一つ、また一つと大地を突き破り柱となって屹立していく姿がディナハ
瞬間、大きな揺れとともに閃光が彼の背を襲い部屋に影を作る。慄き、振り返り見れ
うだった。彼が振り返り壁の時計に目を向けた時だった。
カーテンを開けるとそこはまだ暗く夜が明けるのにあと少しばかり時間が必要のよ
まっていた掛布を剥ぎとり窓辺へと足を早めた。
飛 ば さ れ る。そ れ が 何 者 か の 攻 撃 の 意 志 だ と い う こ と に 思 い 至 る と デ ィ ナ ハ ン は 包
が貫いていった。心臓を叩かれたような衝撃に瞬間、眠りの海から覚醒へと一気に吹き
その一瞬、眠りの波間に揺らいでいたディナハン・ロナの意識を強烈な意志の雄叫び
!!
171
第八話 母の作ったガンダム
172
彼が自身の持つ特異な知識﹃前世の記憶﹄によれば迎賓館前には焼け出された難民が
キャンプを作っており、そうと知っても連邦の攻撃が行われ少なからず死傷者が出た。
そうなるはずだった。
だが、彼が避難民の移動を進言した結果、少ない人数ながらも無為に命を散らさせる
事はなくなった。
人知れず、僅かだが命を救ったのだ。
だがそれは欺瞞にすぎない。彼は自身をそう嘲った。
人を殺して、助けて、殺して殺す。自らの手で多くの人殺したし、また見殺しにする
これから先への言い訳。
知らなければこうまで思い悩むこともない。知らなければただそのようなものと受
け入れるだけ。﹃前世の記憶﹄のナント厄介なことか。倫理観も知識も、ディナハン・ロ
ナだけであったならどれほど楽だっただろう。
自分がディナハン・ロナでなければ、そうシーブック・アノーであったなら⋮⋮。ト
ビア・アロナックスであったなら⋮⋮。この際セシリー・フェアチャイルドでも良い、彼
女であったなら、まだここまで悩まなかっただろう。 それでも、ロナ家という、家族という柵を彼は捨てることが出来ないし、しようとは
思わない。
連邦のビーム攻撃を目にしながらそんな益体もない考えていた彼の耳に、家内から悲
連邦の奇襲です
お早く﹂
と先触れもなく戸が開け放たれた。
鳴と怒号、複数人がドタバタと走る足音が重なる。その足音が部屋の前で途切れると、
バンッ
﹁ディナハン様
!
!
﹂
?
に従い自分の身を優先するべきか、それとも自分の発した言葉を優先するべきか迷って
居たが、何に彼が驚いているのかまでは分からなかった。なので彼は勝手に武官が命令
沈黙の中でディナハンは護衛の武官が自分に対して動揺しているのを感じ取っては
ら君も困らないでしょう
﹁⋮⋮でも、お祖父様たちの安否の確認することは必要だな。合流しましょう。それな
と。
容 と 受 け 入 れ る そ の 精 神 の 有 り 様 こ そ 不 気 味 で あ り 畏 れ を 感 じ た。こ れ が ロ ナ 家 か、
それは、ディナハンの年齢に見合わぬ達観にあった。自分が死ぬかもしれない状況を従
武官はそのディナハンの態度に言葉を失う。薄気味の悪さを感じたと言っても良い
ディナハンの身を護るべく入ってきた武官に、彼は小さく微笑んでそう返した。
﹁お祖父様が挙兵した時から覚悟は出来ているんだよ﹂
﹁しかし御曹司を失っては│││﹂
﹁慌てるな、私は大事ない。職員の皆にこそ早く誘導して避難させてください﹂
!
173
いるのだろうと踏んで声を掛けた。
すると護衛役の武官は﹁は、はい。お伴します﹂と敬礼を返したので、彼は一つ頷く
と寝間着の上にナイトガウンを羽織り部屋を後にするのだった。
窓の外の光の柱は、もうすでに立ち昇らなくなっていた。
◇
一人の男が自分の方に近づいてくるのを見つけ、シーブック・アノーは作業の手を止
め、一つ溜息を吐いた。 ﹁グルスさん、そんなに来られても何も思い出しませんよ﹂
ジトリと視線を送り、鬱陶しいと言う態度を隠しもしない。
一瞬それにたじろいで見せたグルスだったが、タハハと愛想笑いを浮かべ﹁別にそん
なつもりじゃないよ﹂と韜晦する。
﹂
?
したことは入ってきていた。
だ、彼等の耳にもクロスボーン・バンガードが遂にフロンティアⅡとⅢにも進軍を開始
大佐が居座り、野戦服に身を包んだ太めかつ妙齢の御夫人が足繁く通ってきているの
曲がりなりにも連邦軍の戦艦、しかも血気盛んに抵抗運動をしようとしている〝元〟
﹁そんなことよりグルスさんは、自分の家族のことが心配じゃないんですか
第八話 母の作ったガンダム
174
とにかくリィズに食わせなければと忙しさにかまけ、父レズリーのことをあまり心配
しないシーブックは自分を棚に上げて、そんなことをグルスに聞いた。此処数日の世間
話で彼の家族がフロンティアⅡにいることを知っていたからでもあった。
おーい﹂
!
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
﹁じゃあ、グルスさん﹂
て手招きする姿が見える。
甲板の向こうから聞こえるドワイト・カムリの呼び声に目を向けると大きく手を振っ
﹁おーい、シーブックぅ。お前にお客さーん
なおもグルスが何事か言おうとした時だった。
﹁あのさ、シーブック⋮⋮そ││││﹂
は思い出せないのだ。シーブックはどう声をかけるべきか迷った。
肩を落としたグルスに悪いことをしているような気にはなったが思い出せないもの
﹁そう、かい⋮⋮﹂
﹁⋮⋮兎に角、そうそう思い出しませんから﹂
紛らわせるしか無い。それにはF91は面白いし丁度良いのさ﹂
分わかってることだから心配してもしょうが無い。それなら今出来る事をやって気を
﹁っていってもさ、フロンティアⅡに帰れるわけでも無し、俺が軍人だってのは家族も十
175
第八話 母の作ったガンダム
176
去っていくシーブックを見つめ、小さくグルスを許しを乞うた。﹁わるい﹂と。
◇
野戦服に見を包んでいながらもどこか上品さを匂わせた中年女性からセシリー・フェ
アチャイルドの行方について尋ねられたシーブックは自分が今まで彼女のことを考え
ないようにしていたことを思い知った。
ドワイト・カムリが言うにはあの中年女性は彼女の実の母親ではないか、ということ
だった。セシリーの親。そのことが自分を撃った小男のことを思い出させる。
そしてそれは、彼女の現状を確認しなければならないという腹の奥で燻り続けていた
欲求を呼び起こすのに十分な出来事だった。漠とした彼女への思慕がそうした欲望を
呼び覚ました事実にシーブックは自分の気持ちを認めるしかなかった。ああ、自分は彼
女に惚れているんだ。そう自覚した。
│││フロンティアⅣに戻らなきゃいけない
そう彼は考えた。しかし、彼にはリィズが居た。友人が居た。子供たちが居た。
一緒に連れてはいけない。皆で戻るという選択は既に捨てている。ならば一人で行
かなければならない。父の安否を自分のためにもリィズのためにも確認しておきたい。
言えば反対される。黙って行くか。だが万一があればリィズを一人にしてしまう可能
性はある。話さなければならない。あの人にも連絡が取れれば。月のサナリィに連絡
は取れないだろうか。グルスさんに聞いてみよう。
シーブックは洋々と考えを巡らしながら戻ってきて、スパースボート付近にいるはず
﹂
のリィズを気にしたのだが、
﹁ベルトー、リィズは
﹁││ッ、まさか
あの野郎
﹂
!
の方にある調整用コンピュータ。
│││そうか
﹂
そして聞こえてくる濁声と喜色に満ちた声。
﹂
流石親子だ
うんうん
間違いなくリィズは〝あの人〟の姿と声が写った映像を見てしまっていた。
﹂
!
﹁綾取り
どんな綾取りなんだい
綾取りのことだったのかこの呪文は
その
﹁ハハハッ、そうか
それで
!?
!
!
!
シーブックの目に妹の後ろ姿とグルスとコズモの姿が映った。
﹁そっか
!
!
!?
!
!
に向かい駆け出した。目指す場所は決まっている。ベッドの上方、モビルスーツの頭部
シーブックは踵を返すと新型モビルスーツが横たわっているモビルスーツベッドの
!
リィズの同級生のベルトー・ロドリゲスの答えを聞いてシーブックの顔が変わった。
﹁リィズなら、ついさっきグルスさんが用事だって。付いていったよ﹂
?
177
﹁リィズ
﹂
│││グルス
﹁お兄ちゃん
あんたって人は
!
﹂
!
﹂
!
││││││グフッ﹂
何やっとる
でグルスへと掴みかかる。しかし│││
リィズとグルスが目を見開き驚きの声を上げるもそのままに、シーブックは勢い込ん
﹁シーブッ│││﹂
?!
!
﹁おぉうら
﹁ッ
!
﹂
そのまま両膝を地面に着くとその頭を床へと擦り付けた。トウキョウグルッペが用い
その言葉にウッ、と言葉を詰まらせたグルスは、やがて│││すっ、と姿勢を正すと
みつけた。
治りたての左腕に痛みが走ったがそんなことには構わずにシーブックはグルスを睨
!
!
﹁ウッ、グ│││それが子供を持つ親のやることか
﹂
堂に入ったものだった。抵抗運動をしようとするだけはあるというものだった。
樽のような体形に加え〝元〟大佐という将校であるにもかかわらずコズモの動きは
面に叩きつけられた。
コズモに襟首を掴まれ、ポイッといともあっさりと投げ飛ばされてしまいそのまま地
?!
﹁お兄ちゃん
第八話 母の作ったガンダム
178
る最大級の謝罪方法、土下座であった。
﹁罵ってくれて構わない、殴りたければ殴ってもいい。でも
﹂
リィズちゃんに綾取りを教わることを許してくれ﹂
﹁ッ
だから
頼む、シーブック
!
﹁お兄ちゃん
││お兄ちゃん、私は大丈夫
大丈夫⋮⋮平気なんだから。⋮⋮お母さ
!
の大人たちと、そして何より子供を放ったらかしにして兵器なんてものを作っていたモ
辛さを押し殺して気丈に明るく振る舞う妹を目にして、彼女を気遣うとともに目の前
﹁││リィズ﹂
んがちゃんとお仕事してたって分かって嬉しいんだよ﹂
!
握った拳が上がっていくのに縋りつくような待ったが掛かった。
拳が握られた。
の研究のために家族を捨てた母の姿に重なり、沸々と怒りが込み上げ続ける。ぐぐ、と
ギリッとシーブックの歯が鳴った。グルスのF91に対する執着と開き直りが自分
!
!
!
﹁│││そこまで分かっていながらどうしてこんなことをするんだよ﹂
何かヒントが出て来るんじゃないかって﹂
リ ィ ズ ち ゃ ん が ア ノ ー 博 士 に 会 い た く な る だ ろ う っ て の 分 か っ て て ビ デ オ を 見 せ た。
﹁す ま な い、シ ー ブ ッ ク。酷 い こ と を し て い る と い う 自 覚 は あ る。コ イ ツ を 見 せ れ ば
179
ニカへの怒りが沸き立つ。
だからシーブックは無思慮にも思いを吐き出してしまう。
大事なときに、一番側にいなくちゃいけない
!
家族を捨ててまでしたかったことが人殺しの手伝いだなん
そんなのが母親だなんて﹂
ときにどこにもいなくて
﹁平気なわけ⋮⋮平気なわけないだろう
て
!
﹂
!
が嗚咽となって吹き出てきた。
彼女の心は千々に乱れ、今まで押さえていた不安や苛立ち、心の中に凝った澱、それ
⋮⋮
れ離れになってて、お父さんとも連絡が取れなくて、お母さんとも連絡が取れなくて
していた。でも、それでも母は彼女にとって大切な母親で、兄は大事な兄で、家族が離
リィズは堪らなかった。堪らなく嫌だった。兄が母親を嫌っていることは重々承知
兄の放った怒りの言葉の刃が妹の心を傷つける。
﹁││あんな人、母親じゃない
にするべきことではなかった。況や聞かせる言葉ではなかった。しかし│││
子供の心からすればシーブックが口にした言葉は真実であったろう。だが、それは口
!
﹁リィズ
﹂
﹁││ぅ、ぅ、っひ、ひっく﹂
第八話 母の作ったガンダム
180
!
泣 く な
と 意 味 を 込 め た 呼 ば わ り は 逆 効 果 に し か な ら な か っ た。リ ィ ズ の 目 に 溜
﹁うぁあああー
﹂
まった涙が盛大に決壊する。
!
﹂
!
﹁分からんのか 妹さんはアノー博士の、母親の仕事の成果を知って嬉しいと言った
﹁何をぅ
今、リィズちゃんに言ってはならんことを言ったぞ﹂ ﹁わしはお前らの家族の事情など知らん。アノー博士のことも知らん。だがな、お前は
濁声に名を呼ばれ嫌そうな顔でその主を見る。ずん、とした怖い顔がそこにあった。
﹁シーブック﹂
うに重い。
耳に届く鳴き声に居たたまれなくなってシーブックは視線を逸らした。心が痛むよ
!
181
﹁うっ⋮⋮﹂
んな心を兄のお前が傷つけるような真似をするんじゃない﹂
﹁離れていたとは言え母親は母親であったと知れた。母親との繋がりを感じられた。そ
﹁⋮⋮﹂
家族でないと分かりえないものだ﹂
だろうが。そして、わし等に教えてくれたのはアノー博士との繋がりそのものだった。
?
シーブックには言い返すことが出来なかった。
﹁例え、お前が母親のことを嫌っていようが憎んでいようが、だ。アノー博士がリィズ
ん
﹂
ちゃんの母親だと言うことだ。つまり兄であるお前の母親もアノー博士だ。それはど
うしようもない事実じゃないのか
?
シーブックは、モニカのことを許し難いのだ。
そんなことは分かっている。分かりすぎるほどに分かっている。だから、だからこそ
動かしようのない事実の指摘。図星。
モニカ・アノーはシーブック・アノーの世界でただ一人の母親である。それは事実だ。
正論│││いや、正しいとか、間違っているとかそういうことではない。
﹁ッ│││﹂
?
﹂
!
と小気味良い音を立てて弾けた。コズモが叩いたのだ。
!
と押し込めた。
あっというまにその腕を取って背中に回すと逃げられないようにシーブックを壁際へ
だが、コズモ元大佐はそれを鼻で笑うとシーブックの拳をパシリと片手で受け止め、
シーブックは弾けたように、コズモへと殴りかかった。
﹁てめぇ
シーブックの頬がパシッ
﹁いつまで甘えてるつもりだ、小僧﹂
第八話 母の作ったガンダム
182
﹁いっ
│││ぐぅっ﹂
お兄ちゃんに乱暴しないで
!
これ以上お兄ちゃんに何かしたら何も教えてあ
て、親子のあり方として自然であると感じているから、だ。
だが、それは甘えなんかじゃない。││││と思いたい。それは家族のあり方とし
││││母として、家族として、そこにいて欲しかっただけ。 ただ、普通に
欲しいわけでも、父の他に男を作ってもう二度と関わらないで欲しいわけでもない。
憎んでいるし、恨んでいるし、疎んでもいる。だが、死んで欲しいわけでも、消えて
だが、どうしようもない繋がりがあるのだ。親子だから。家族だから。
除するだけの取るに足らない存在であったろう。
母親だから、母親だからこそ怒りがこみ上げる。赤の他人なら、侮蔑して記憶から削
ていたことだった。
シーブックは何も言えなかった。もう何年も、母が家を出て行ってからずっと分かっ
﹁分かっているだろう﹂
スッと脂ぎった顔が近づいてタバコのヤニ臭い息が吐き出される。
ねり後ろの中年親爺を睨みつけた。
逃げ場を失ったシーブックは右手の関節が上げる痛みに顔をしかめながらも、首をひ
!
﹁止めて
!
183
げないんだから
﹂
声が頭上から響く。
が見つからず、それでも何かを口に出そうとした時、それを遮るようにコズモ元大佐の
自分がリィズに対して放った言葉をどう謝ったらいいのか、言葉を探し、うまい言葉
シーブックはそんなふうに自分を気遣う妹に心苦しくなった。
﹁大丈夫、大丈夫さ⋮⋮﹂
﹁お兄ちゃん⋮⋮﹂
た。
押された格好でつんのめり、よろけた兄を心配したリィズがシーブックに駆け寄っ
鳴らすとシーブックの腕を固めていた腕を放した。
グルスの静止にクルーの視線が集まっているのを見て取ったコズモは、ふん、と鼻を
﹁コズモ大佐っ﹂
ちゃんにその大事なことを思い出させてるだけなんだ﹂
﹁リィズちゃん、これは暴力じゃないんだよ。ふてくされて大事なことを忘れてるお兄
!
﹂
?!
唐突な言葉に目を剥いた。
﹁│││なぁ
﹁シーブック、お前がコイツのパイロットをしろ﹂
第八話 母の作ったガンダム
184
﹁コイツのバイオコンピュータがアノー博士の作ったもんなら、だ。考え様によっちゃ、
﹂
コイツはアノー博士の子供だ。息子のお前なら上手くフィットするだろ﹂
﹁そんな
﹂
!
﹂
!
口を挟んだのは騒ぎを聞きつけて近寄ってきていたビルギット・ピリヨだった。
﹁おいおい、そりゃ無茶ってもんだろ⋮⋮﹂
!
その場から去っていった。
そして、決定事項だと言わんばかりにグルスへと指示を言うだけ言うと、のしのしと
葉との矛盾など気にもせず適当なことを言う。
だがコズモ元大佐はその当然の忠告にも聞く耳を持たなかった。リィズに言った言
ロスボーン・バンガードは待っちゃくれないぞ、急いでコイツを使えるようにしておけ﹂
﹁ふん。まともに動くかどうかも分からんのだ。なら丁度いいってもんだ。グルス
ク
俺が法律だとばかりの傲岸な態度でコズモはシーブックに命令を出した。そんな時、
そすれ、文句を言われる筋合いはない
﹁男ならだれでも憧れるモビルスーツのパイロットにしてやると言うんだ。感謝されこ
﹁ふっざ│││ むちゃくちゃだ
なってフロンティアサイドを守ってくれるさ。お母さんが作ったモビルスーツでね﹂
﹁大 丈 夫。心 配 す る こ と は な い よ、リ ィ ズ ち ゃ ん。お 兄 ち ゃ ん は 立 派 な パ イ ロ ッ ト に
!
185
﹁乗せられんなよ⋮⋮っても、まぁ、ガンダムってさ、パイロットの親が製造に関わって
たってのが多いからな。案外いいかも知れん。﹂
﹂
﹁ああ、見たことなかったのか
プだよ、こいつは﹂
こいつの顔見りゃ分かるさ。どうみてもガンダムタイ
﹂
?
﹁やるしか、ないんだろうさ。││││なら、やってやるさ﹂
﹁お兄ちゃん⋮⋮どう、するの
いた。しかし、だからと言って母への反感が消えるわけではなかった。
それは重々理解していたし、自身が口にしたことの愚かしさもシーブックには分かって
コ ズ モ の リ ィ ズ の 心 を 無 視 し た 言 葉 に 対 す る 叱 責 は 当 を 得 た も の に 違 い な か っ た。
シーブックは、そう呟いて未だベッドに横たわるモビルスーツを見上げた。
?
い不遇の機体。
最強のモビルスーツ。と、同時に正規軍から少し外れた部隊で運用されていることの多
それは、この数十年間、モビルスーツの原点と称賛され、連邦のエースの乗る連邦軍
│││ガンダム
モビルスーツにそれほど関心のないシーブックにも聞き覚えのある単語だった。 ﹁ガン⋮⋮ダム
?
﹁母さんが⋮⋮ガンダムを﹂
第八話 母の作ったガンダム
186
﹁⋮⋮ 死 ん じ ゃ 厭 だ か ら ね。も う、こ れ 以 上 み ん な。お 父 さ ん も お 母 さ ん も 居 な く て。
お兄ちゃんまでなんて、そんなの⋮⋮﹂
互に見やるのだった。
そんな妹の母への信頼を見て取って、シーブックは複雑な顔でリィズとガンダムを交
それが母の手によるものなら、きっと大丈夫。彼女にはそんな確信があった。
彼女が見上げる視線の先には巨大な人型││モビルスーツ。ガンダム。
あの兄がモニカのことを母と口にしたのだ。それは嬉しいことだった。
シーブックの言葉にリィズの顔が輝く。
﹁そうなんだ⋮⋮そうだよね、これ、お母ちゃんが作ったんだものね﹂
妹を安心させるように彼女の頭を撫でる。
てのはあながち間違いじゃないと思う。きっと僕やリィズを守ってくれるさ﹂
﹁│││だいたい、こいつは母さんが作ったんだ。なら他の人よりも家族である僕が、っ
努めてそういう言い回しをシーブックは選び、
︽・︾にだって面と向かって文句言わなきゃいけないし、な﹂
﹁そんなの当たり前だ。父さんにも無事を知らせなきゃいけないし、母︽・︾さ︽・︾ん
187
勿論、だからと言って衝突が完全に無くなったわけではない。極一部で極短期間、武
滅したということも遠因の一つであった。
それは20年の長きにわたり反連邦の象徴として君臨し続けたジオンと言う名が消
規模な武力衝突は鳴りを潜めていった。
をやめられなかった。だが、それでも100年を過ぎた頃から紛争と呼ばれるほどの大
宇宙をその終の棲家にするようになって既に100年を超えてもなお、人は争うこと
る。
何故それほどまでに人々が驚きを示したのか、それはこの時代の大衆の意識に起因す
らず。
に対してクロスボーン・バンガードが襲撃を仕掛けているという報道があったにも関わ
すでに、メディアがフロンティアⅠが制圧され、去る19日にはフロンティアⅡとⅢ
共に驚愕を持って迎えた。
その日世界を駆け巡ったフロンティアⅡとⅢの陥落の報を、民衆は自らの耳を疑うと
UC0123.3.22。
第九話 嵐の前
第九話 嵐の前
188
189
装組織によるテロ行為が起こり、幾度か世間を賑わせることはあった。
だが、今回のクロスボーン・バンガードのフロンティアサイド侵攻のようにコロニー
がまるまる一つ武装組織の手に落ちる、などといったことは終ぞ起こらず、ましてや次
から次へと隣接コロニーまでもが陥落させられる事態など皆無だったのだ。
ジオンと言う名が表舞台から消えて二十数年。それが人々に、地球連邦に否を唱える
存在など何処にもいなくなってしまったのだ、という認識を植え付けていた。
フロンティアⅣの襲撃が伝えられた時、フロンティアサイドが一年戦争以来ようやく
復興を開始した辺境コロニー群であったこともあり大衆の多くは今回もまたいつも通
り、自分とは関係の無いところでテロ事件が起こり、そして収まっていくのだろう程度
にしか考えていなかった。
簡単に言ってしまえば、関心が無かったのだ。
しかし、事態は彼らの予想を裏切る。
フロンティアⅡとⅢに侵攻したクロスボーン・バンガードは連邦軍の抵抗をほとんど
受けることなく制圧したというのだ。
その一気呵成の進撃は、かつてのジオン公国が起こした独立戦争を思い起こさせ、メ
ディアは口を揃えたように引き合いに出す。そして、それに釣られたように人々もまた
口の端にそのことを上らせていた。
第九話 嵐の前
190
と言っても、このクロスボーン・バンガードの侵攻にはジオン独立戦争時とは決定的
な違いが存在していた。
││││それは人々の心の動き。憤りと憎悪、そして恐怖の想起の有無である。
ジオンはその戦争初期にコロニーを地球に落とすという前代未聞の行動を起こして
いる。この天災にも等しい人為的な災禍、戦禍の被害者は一説には二次被害も含めその
当時の人類の総人口の半分、50億人をも超えていると言われている。
人々は、その狂気の行動に震え上がり、憤り、憎悪し、恐怖した。人類の滅亡、絶滅
の恐れをその肌で感じとっていたのだ。
それに比べればクロスボーン・バンガードの蜂起は、空疎に感じられたことだろう。
彼らは、未だサイド4を、一つのサイドすら手中に収めていない。
クロスボーン・バンガードは、その規模も、本拠地も、目的すら未だ周知には至って
いない謎の武装組織ではある。その点に不安が有りはした。しかし、それは裏返せば世
間に知られるほどの大きな組織ではないことの証左とも言えた。
だから、メディアがクロスボーン・バンガードの侵攻に対して、かつてのジオンを引
き合いに出して刺激的に報道を繰り返していたとしても、他のサイドの住民、ましてや
地球に住まう人々は一応あれやこれやと口の端に上らせるも実質は対岸の火事のよう
に眺めるのみ。
191
ただ、そうではあっても確かに人々の耳目が連邦政府の対応に集まっていたことは疑
いようもなかった。
そう、そしてそれは地球圏に住まう人々のみのことではない。
遠く││││再接近時でも地球から6億kmの遥か彼方、木星。そこに住まう者達も
また目と耳を向けていた。
地球連邦の動きを、そして地球圏の動向を。彼らは、深く静かに窺っていたのである。
◇
虚空の宇宙をゆっくりと地球に向けて進む物体。一つのコロニーほどの大きさを持
つそれの正体は、木星船団公社所属木星│地球間往還超大型輸送船サウザンズジュピ
ター。
その艦長室で一人の男が右手を右胸前に曲げながら通信モニターに頭を垂れていた。
[ようやくブッホが動いたか]
聞き方によっては問い掛けとも取れる言葉に艦長は黙して答えない。それもそのは
ず通信の相手は遥か遠く木星圏。通信の時間差を考えると相手の言葉を遮る不敬を犯
しかねない。
第九話 嵐の前
192
[全て予定通りに進めよ、将軍]
艦長、いや将軍は頭の中でこれからを考える。
新興勢力であるクロスボーン・バンガード、すなわちブッホは必ず接触を取ってくる
だろう。
未だ確固たる地盤を持たない中、コバヤシマルの時のようにエネルギー供給先である
木星公社と事を構えるのは得策ではないと考えるはず。
そしてそれを拒む理由はない。もし仮に連邦がそのことに文句を言ってきたとして
も、表向き中立であること、先のコバヤシマル撃沈のことなどを上げれば彼らは口を噤
まざるをえない。
勿論、中立を盾に連邦にもこれまで通りの接触を続ける。ブッホと連邦、風見鶏に徹
すること疑いを向けさせない。その匙加減こそ重要だ。
[ふ、ふ│││奴等には精々肥やしになってもらうとしよう。連邦、各コロニーがどう
動くのか│││我らが動く時の良いデータとなる]
ブッホ、連邦、そして生まれるであろうレジスタンス、それらを煽り、助力すること
で出来る限り地球圏の混乱を続けさせる。そうすることで人々の耳目は戦争へと集ま
り、こちらの動きを気にするものは少なくなる。
木星の悲願を、大望を地球圏の誰にも悟らせるわけにはいかないのだ。
[では、期待しておるぞ⋮⋮将軍]
ブツン│││とそこで通信は途絶える。
ジーク、ジュピター
﹂
その後に部屋に響いたのは将軍と呼ばれた艦長の敬礼の言葉。
﹁ジーク、ドゥガチ
!
﹁フロンティアⅣが幾ら建設中だからと言って、既に50万人以上が移民している。こ
イドにそのような攻撃を加える可能性もある﹂
ス攻撃などは密閉環境であるコロニーにとって大きな脅威だ。クロスボーンが他のサ
﹁かつてジオンはその戦争初期に、コロニー落としを敢行した。その際に使われた毒ガ
ことはリスクが高過ぎる﹂
れほどの規模かも未だ把握できていない。この状況下で各サイドの駐留艦隊を動かす
﹁で、あるからクロスボーン・バンガードと名乗る輩の本拠地すら見つかっておらず、ど
の6日の間、地球連邦政府、議会そして軍は何もしていなかったわけではない。
クロスボーン・バンガードのフロンティアⅣ襲撃からフロンティアⅡ、Ⅲの陥落。そ
◇
その勇ましい声は宇宙の闇に阻まれて地球圏の誰の耳には決して届きはしなかった。
!
193
第九話 嵐の前
194
れでは人質に取られたも同じである。うかつな反抗作戦で彼らを危険に晒すわけには
いかない﹂
議場では連日白熱した議論を交わされ、その様子はメディアによって世界中に発信さ
れていた。
確かにそれは一見すれば﹁白熱した議論﹂に見えただろう。議員達が口にする言葉は
どれも正しく間違ってはいない。だが、よくよくその中身を吟味すればその言葉は戦禍
の只中にいる人々へ差し伸べる手に足り得ないものだと気づく。
彼等からしてみれば、この降って沸いた難局で如何に失言をせず、責任を負わず、そ
れらしいパフォーマンスで自分の支持率を上げ次の選挙の票に繋げるか、それこそが重
要であり、真にクロスボーン・バンガードの危険性に目を向ける者などいなかった。
とある議員の発言、
﹁クロスボーンと名乗る海賊もどきの軍隊はその︵=フロンティア
サイドの4基のコロニーの︶うち一つを手に入れれば良しとするであろう﹂やメディア
に流れたストアスト長官の発言﹁フロンティア駐留艦隊で撃滅できますよ﹂からもクロ
スボーン・バンガードが軽視していることがわかるだろう。
これは勿論マイッツァー・ロナ、その兄エンゲイスト・ブッホ、マイッツァーの子で
あり凶弾に倒れた連邦議会議員ハウゼリー・ロナ等が政界、経済界で広げた親ブッホ、す
なわち親コスモバビロニアの人脈による情報操作によるものでもあったが、自らが矢面
195
に立つべき立場にいるのだという自覚の欠如によるところが大きかった。
そういった自覚の欠如は、地球連邦軍全体にも広がっていた。
軍の上層部は、軍事行動とは政治の延長であるのだから最終的な判断は政治家がする
べきで、軍から口を挟むべきではなく助言を求められた時にだけ見解を示せば良い、と
いう考えであった。
文民統制という考え方からすれば正しいのかもしれないが、その裏には自分たちが口
にした作戦が採用され、その成否の責任を押し付けられた上で戦場に出なければならな
くなってしまうのが嫌だという思いが存在していた。
それでも時間が経ちフロンティアサイドの大部分を制圧が知れると地球連邦政府も
焦りだす。
クロスボーン・バンガードの行為を一方的な暴挙であり許されざるテロリズムである
と指弾し、地球連邦軍統合司令本部は鎮圧、撃滅のための艦隊を派遣することをようよ
う決定した。
│││しかし、上層部がそうであるならば、その下につく多くの将兵もまたそうで
あった。
フロンティアサイドへの派遣が決定し、自らが戦場に行かなければならないと分かる
と突然除隊を申し出たり、転属願いを出したり、果ては脱走するといった将兵の数が部
第九話 嵐の前
196
隊の編成に支障をきたす程に急激に増えたのだ。
更にはメディアに公然と戦闘放棄を訴え、戦争反対の市民団体の支援を受けて自己の
保身を図る者まで出る始末。そして軍が彼らの行動を阻止し軍法会議にかけるため拘
束しようとすれば戦争反対を声高に上げる市民の平和団体とメディアが騒ぎ立て、大衆
を煽る。
民主主義、そして文民統制という体制。
確かにそれは、独裁や専制といった体制を作り出さないためには有効な仕組みでは
あったが、それ故に、人に﹁我こそは﹂という意志の発露を薄れさせ、
﹁自らの負うべき
責﹂への念をもぼやけさせるという惨状を産みだしてしまっていたのだ。
人が宇宙に出て百二十数年、いやその前からずっと、この絶対的とも言える体制に
どっぷりと浸かってきた人々には、その理念こそが確かな真実、絶対の正善であるのだ
と思い込み、それが我が身に染みついていて、それら惨状を省みることをしない。いや、
省みなければならないことに気が付きもしない。
地球連邦政府、そして地球連邦軍の現状はそうした体制とその体制を鵜呑みにし続け
る人の愚かさの表れであり、それを糾そうとしているのがマイッツァー・ロナでありコ
スモ・バビロニアだったのだ。
しかし、汚泥の中に自らの身を浸しながらも尚、清からんとする者達もいる。それは
197
本来マイッツァーがコスモ・バビロニアが戦うべき相手ではなく、共に手を取り合うべ
き人であり賞賛されるべき人なのだ。
だが悲しいかな。時はゆっくりと、そして確実にその針を戦いへと進み続けていた。
◇
月のフォン・ブラウン。
中世のロケット開発史において大きな足跡を残した偉人の一人、ヴェルナー・フォン・
ブラウンの名を冠した月の表側に建設された月面最大の都市。
この都市には連邦軍の参謀本部が置かれており、そのため自然多くの高級将校の邸宅
が建てられている。そうした一角にフロンティアⅣから撤退したカムナ・タチバナ准将
の自宅も建てられていた。
カムナは夢を見ていた。長い長い己の半生と言う過去の夢。
一年戦争で仲間を得て、デラーズ紛争で父を失った。平和を守るためにティターンズ
に入るも、そのティターンズに幼馴染であった許嫁を殺されると同時に信じていた理想
を裏切られた。一線を離れるも、シャアの反乱で運命の悪戯を目の当たりにして再び戦
場へ。やがて結婚、二児に恵まれた。息子と娘の成長、突然の妻との死別。
﹂
そして│││
﹁死ねぇえ
そしてそれを阻止しようとした娘ナナも、敵によって捕らえられてしまった。
ンは、彼の息子は本気で彼の乗る艦を彼諸共沈めようとしていた。
無線で歪んでいたとはいえ自分の子供の声を聞き間違えるようなことは無い。シュ
た。
かってきた金色のモビルスーツ。そのパイロットは彼の息子シュン・タチバナであっ
あの時、クロスボーン・バンガードがフロンティアⅣに侵攻してきた際に艦に襲いか
しかし、ややあって片手で顔を覆うと、今しがたの結論を否定した。夢ではない、と。
深く安堵の息を吐いた。
目に飛び込んできた見知った部屋に自分が夢を見ていたことに気がついたカムナは
﹁ハッ││││ゆ、め⋮⋮か﹂
自らの子供が殺意のこもった目で銃を向ける││││
!!
だがそれに応えてくれる者は既に亡く、ただカムナの言葉は静かに消えていくのみ。
﹁教えてくれ、エレン﹂
独白。悔恨か、それとも懺悔か。
﹁どう、すべきだった⋮⋮どこで選択を間違えた⋮⋮﹂
第九話 嵐の前
198
そこに、訪いを告げるノックの音が響いた。
﹁入ってくれ﹂
﹁旦那様、ワイブル・ガードナー様がお見えになりましたが、いかが致しましょう
院へと搬送された。
﹂
それを撤退
?
その後、意識を取り戻した彼を待っていたのは軍法会議への出廷であった。
は我々の面子がたたんではないか
﹁長官が駐留軍だけで事態を収められると言ってしまったのだぞ
!
しかもパイロットは君の娘だ。まさかと思うが│││﹂
?
﹂
﹂
いやぁ、実に面白い
発想ですなぁ。今度はヒロイック・ファンタジー小説でも書かれたら如何です
?
か
﹂
病に
よる気の弱りから、在りもしない大兵力をさも在るかのように錯覚でもしたのではない
﹁タチバナ君、噂を鵜呑みとは君らしくもない。撤退中に倒れたそうじゃないか
?
?
はないでしょう。それよりこの人のみを殺す大量殺戮兵器ですか
﹁いやいや、自伝まで出された自称軍人の鑑であるタチバナ准将に限って、そのような事
居たそうだね
﹁だいたいF90は何度敵に奪われれば気が済むのかね。そう言えば敵には君の息子が
あ の 機 体
﹁新型機がありながら、それを奪われるとは﹂
!
これで
フロンティアⅣの陥落、撤退の際に倒れ意識不明となったカムナは月は着くなり軍病
?
199
?
軍法会議と言う名のあげつらいは終始こう言った感じであった。
結局、カムナはフロンティア陥落の責任を取らされてフロンティア方面艦隊司令の座
を更迭、持病の件もあって自宅での静養を命じられていたのだ。
そんな彼の下を訪ねてきた初老の男は、ラー・カイラム級戦艦エイブラムの艦長ワイ
ブル・ガードナー中佐。カムナの後輩でもあった。
彼は、つい数ヶ月前に起きたオールズモビルズ戦役の際、クロスボーン・バンガード
と思しき敵と交戦しており、その経験を買われフロンティアサイド奪還任務に派遣され
ることが決定している。
﹂
そんな彼が今日、カムナに会いに来たのは見舞いもさることながら│││
﹁先輩、具合はどうですか
さく笑みを浮かべて答えた。
ベッドの上で上半身だけを起こしてカムナは心配気な顔で尋ねてきたワイブルに小
﹁すまんな。こんな格好で﹂
?
﹁それは⋮⋮部下の判断だったと聞いています﹂
あってはならないことなのにな﹂
﹁ああ、情けない限りだ。作戦中に意識を失い民間人を見捨てて逃げるなど軍人として
﹁いえ。倒れられたと聞きましたが﹂
第九話 嵐の前
200
﹁それでもだ。それでも私の責任だよ、ワイブル﹂
何を他人事のように仰っているんです
﹂
!!
たんじゃない
!
﹂
﹁先輩
﹁ッ
?
!
安堵の表情を見せるカムナにワイブルは沸騰した。こんな姿を見るために、ここに来
﹁そう⋮⋮そうか、君なら安心できる﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁第二艦隊の司令としてフロンティアサイドに派遣されることなったそうだね﹂
カムナの諦観の言葉にワイブルは沸々と怒りが湧いてくるのを感じた。
﹁ッ│││﹂
﹁私も老いた、ということなんだろう。つくづく痛感させられたよ﹂
声をかけるべきか迷った。
た。長い付き合いなのだ。それ故に慰めの言葉はチープなものとなり、ワイブルは何と
しかし、カムナの性格を考えればそのことで自らを責めるであろうことは分かってい
つでも誰の身にも起こり得ることだった。
一時の前後不覚により命令権を部下に移譲しなければならなくなる。軍人ならばい
﹁先輩⋮⋮﹂
201
﹁⋮⋮先輩。私は先輩を艦隊参謀にと上層部へ打診しました。医師の確認は取っていま
│││しかし、私は⋮⋮﹂
す。上は先輩にその意志があれば汚名を濯ぐ良い機会だ、と返事をしてきました﹂
﹁ッ
?
?
んです﹂
要なんです。一年戦争からずっと戦ってこられた先輩の経験こそが、先輩の力が必要な
﹁だから我々には少しでも敵を識る者が必要なんです。そして何より戦争を識る者が必
ワイブルの言葉を軍法会議で聞いた上層部の認識の甘い言葉が補強する。
﹁⋮⋮﹂
ドを奪還しなければならないのです﹂
規模や戦略目標すら把握できていないのが実情です。そんな状況でフロンティアサイ
情報部から上がってくる情報もどれほど当てにして良いかわからない。未だ彼等の
兵される者にクロスボーンを実際に見たものがどれだけいると思いますか
﹁先輩、何故私がこの艦隊の司令に任じられたか先輩ならお分かりでしょう 今回派
!
た。多くの人を守れなかった。多くの敵を殺してきた。
その時々で選択を迫られ、その結果が今に繋がったにすぎない。多くの部下を死なせ
過大な評価だ、とカムナは思った。自分はそんなものではない。
﹁⋮⋮﹂
第九話 嵐の前
202
ただ、それだけのことだ。
た。
!
暗に独りにしてくれと言われていると察したワイブルは一言、
﹁また来ます﹂とだけ告
カムナはそう言うと押し黙った。
﹁少し⋮⋮考えさせてくれ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁父は、最後まで軍人だった。そう思う﹂
務に果たすことを厭わなかった連邦軍中将。
バナ。UC0083、デラーズ・フリートのコンペイトウ襲撃で命を散らした自らの責
代々軍人の家系であるタチバナの家。カムナの父もまた軍人であった。ニシバ・タチ
不意にそんなことをカムナが口にした。
﹁久し振りに父の夢を見たよ﹂
﹁ですが
いえ、だからこそ││││﹂
心中を察するにはあまりある。だが、それでもワイブルは言わなければならなかっ
の心の内は如何ばかりか。
チラリ、とワイブルはベッドの上で俯いたまま視線を固定しているカムナを見た。そ
﹁⋮⋮二人のお子さんのことは、聞いています﹂
203
げ去っていった。
﹁父さん、シュン、ナナ⋮エレン⋮⋮﹂
いなくなってしまった者達に彼の声は届かない。
◇
丁度その頃、ヨーロッパ地区最大の連邦軍基地ベルファストでは│││
一人の下士官がだるそうな表情を隠しもせずに出頭命令に従って上官の部屋の前に
やってきた。そして﹁だりぃ⋮⋮﹂と一つ呟いた後、姿勢を正しドアを叩いた。
﹂ ﹁ウォルフ・ライル少尉、入ります﹂
﹁遅いぞ、ウォルフ
ていた。
その横にはオフィスの主である大佐がデスクに座ったままウォルフを静かに見つめ
表情を浮かべて立っていた。
をすくめたウォルフが見やると、そこには彼の直属の上司であるラウル大尉が不機嫌な
敬礼とともに部屋に入ると途端叱責が飛んだ。その声に敬礼したままでビクッと首
!
﹁はぁ、すいません。糞してたもんで﹂
第九話 嵐の前
204
いつもの不真面目な調子のウォルフに大尉は口元を引く付かせ再び叱責の言葉を口
にしようとしたが大佐によって遮られる。
﹁任務だ、少尉。ラウル大尉﹂
﹁ハッ。ウォルフ、お前にはフロンティアⅠに行って貰う﹂
上官が告げる行き先にウォルフは眉根を寄せた。言われた先を聞き知っていたから
うちの基地から何人出すんです
﹂
あそこってクロ何とかが攻めて来てんだった
だ。連日メディアが騒ぎ立てれば否応なしに耳に入ってくる。
フロンティアⅠってサイド4
?
﹁君は月で新型モビルスーツを受領後フロンティアⅠのサナリィ本社に残されてしまっ
た。
首を振ったのはラウル大尉ではなくこの部屋の主でもあり、連隊長である大佐だっ
﹁そうではない。作戦は君単独で行ってもらう﹂
だが、
心としたものになるだろうと言われていたので彼自身は他人事と高をくくっていたの
部隊が編成されるという噂は彼の耳にも入ってきていた。しかし、それは月基地を中
?
﹁クロスボーン・バンガード。奴らはそう称している﹂
よな、確か﹂
﹁はぁ
?
﹁そいつらをどうにかしろって
?
205
独りで﹂
た研究データの奪回、もしくは破棄。そして新型モビルスーツの回収だ﹂
﹁それを俺にやれって
ルフを全軍の中からこの任務に選んだのか
彼には上官の示す信頼に疑念を払拭できずに居た。
?
協力者がいるわけでもない。単独の潜入任務。しかも、何故、態々地上勤務であるウォ
直援どころか後方支援すらない。現地に明るいわけでも内通者や手引きしてくれる
得意気なウォルフと全幅の信頼を見せる上官にラウル大尉の心配は募る。
﹁私としては連邦きっての問題児であるお前には重すぎる任務だとは思うが⋮⋮﹂
もんな﹂
﹁へ、へへ⋮⋮分かってるじゃないですか。確かに俺は腕利きのパイロットに違いねぇ
擢だよ﹂
﹁君の行動力と操縦センスは連邦軍の中でもトップクラス。そのことを鑑みた上での抜
く話は続く。 ウォルフの言葉は上官に対する言葉遣いではなかったが、それを咎められることもな
?
型機の説明と技術講習を受けた後、向こうに厄介になってくれ﹂
よう手はずを取った。まずはそちらに挨拶に行きたまえ。その後サナリィに向かい新
﹁月方面軍がフロンティア奪回に動く。フロンティアサイドまでは便乗させてもらえる
第九話 嵐の前
206
﹁ん
月の軍が動くんならそいつらに任せればいいんじゃないですか
?
﹂
?
﹂
?
﹁⋮⋮正直申し上げて﹂
﹁心配かね
﹁本当に宜しかったのですか、奴で﹂
その後姿を見送ってから暫くして躊躇いがちにラウル大尉が口を開いた。
そうしてウォルフは今までで一番美しい敬礼を見せてその場を後にしていった。
﹁ハッ、ウォルフ・ライル少尉、任務を受領しました﹂
では、健闘を祈る﹂
﹁タイムスケジュール等の詳細はこのディスクに入っている。目を通しておきたまえ。
労して抑えこんだ。
名指しの命令。上が自分の実力を認めているという事実。ニヤけてくる頬を彼は苦
自分に与えられた任務の重要性に沸々と湧き上がるものがあった。
ボリボリと頭を掻き心底つまらなさそうにそんなことを口にするウォルフだったが、
﹁はぁ、めんどくさいこって﹂
こその特務だ﹂
あって、サナリィが公社とはいえ連邦軍が一企業の尻拭いをするわけにいかん。だから
﹁飽く迄、月艦隊はクロスボーン・バンガードの撃破、フロンティアサイド奪回が任務で
207
﹁彼ならきっと⋮⋮上手くやってくれる。部下を信じるのも我々の仕事だよ、大尉﹂
﹁⋮⋮ハッ﹂
承服しかねる、という思いを滲ませながらも返事を返したラウル大尉は部屋を出て
行った。少しでもウォルフの任務を成功させる確率を上げるために自分の出来る事を
しようと胸に決めて。
閉められた扉をしばし無言のまま眺めて続けていた大佐は、おもむろに席を立った。
窓辺へと歩み寄ると遥か向こうに見える軍港と、その先に広がる海原へと視線を向け
た。陽光を反射しきらめく水面は宇宙で起こっている喧騒など思い起こさせもしない。
軍が受け持つこととなった。 深いつながりを持つ。そのため軍への話となれば自然と海軍へと流れ、今回の依頼は海
依頼の大元である海軍戦略研究所︽サナリィ︾は、その名の示す通り地球連邦海軍と
上から彼に回ってきた今回の案件には、少しばかり面倒な背景があった。
て及ばないはずだ。そういう人選をしたのだから。 ウォルフが上手くやるにせよ、失敗するにせよ、どちらであっても自分に被害はさし
深く息を吐くと眉間に手をやり軽く揉む。これで賽は投げられた。
﹁ふー﹂
第九話 嵐の前
208
209
当然、新型モビルスーツの開発データという重要性と潜入工作という性質上それに向
いた人員、すなわち選り抜きの特殊部隊員が派遣される手筈が整えられた。
が、しかし│││ここに異なる立場の意向が加えられることになる。
アナハイム・エレクトロニクス。
UC100年代初頭、UC100年のジオン共和国の自治権放棄によりジオンという
脅威を取り去った連邦は、それまで増え続ける一方であった軍事費の削減を決定し、軍
備の増強ではなく維持へと舵を切った。
その際に提起されたのが﹃小型﹄かつ﹃高性能﹄なモビルスーツの開発である。
ここでグリプス戦役以後モビルスーツという兵器大系のほぼ全てを製造していたア
ナハイム・エレクトロニクスは長くモビルスーツ製造の寡占状態であったがゆえの慢
心、驕りと自身の見通しの甘さを露呈する。
開発は遅れに遅れ、結果出来上がったモビルスーツ、ヘビーガンは軍の要求した性能
に遠く及ばなかった。そこには自分たち以上のモビルスーツを作る所など無い現在、軍
の 要 求 は 実 現 は 困 難。よ っ て 今 ま で と 同 程 度 の 兵 器 類 の 調 達 費 が 必 要 で あ る と い う
メッセージが込められていた。要するにこれからも金を寄越せというわけだ。
このアナハイムの態度に業を煮やした軍は次期主力機選定コンペティションを開く。
そこでアナハイムは、あろうことに官製企業である海軍戦略研究所︽サナリィ︾が開発
第九話 嵐の前
210
した新型モビルスーツF90に競り負けたのだ。
アナハイム上層部には衝撃が走った。選定落ちによるダメージは計り知れない。し
かも政治力ではなく、純粋な技術力の差があったのだ。
事態に焦ったアナハイムはその政治力を駆使し、非合法な手段を講じてサナリィの技
術を手に入れ、また、同時期小型モビルスーツを発表していたブッホ・エアロマシン、す
なわち後のコスモ・バビロニア、クロスボーン・バンガードからの技術供与を受け、そ
の技術格差を埋めることに成功する。
そうして開発されたモビルスーツAFX│9000は、アナハイム外しに懸念を表し
た政府高官の政治力や軍のアナハイムへの信頼と思惑なども絡み、最終的にRX│99
ネオ・ガンダムとして次期主力モビルスーツのベースとして納入される。
つまり、既に次期主力モビルスーツ開発は当初予定されていた海軍戦略研究所︽サナ
リィ︾からアナハイム・エレクトロニクスに移ることが内定したのだった。
サ
ナ
リィ
こ の R X │ 9 9 ネ オ ガ ン ダ ム は 彼 ら の 威 信 と 自 負 を 回 復 さ せ る に 相 応 し い 能 力 を
持っていたし、実際海軍戦略研究所の最新型モビルスーツF90Ⅲ│Yクラスターと比
較してもその性能は遜色ないものであった。
しかし、一度煮え湯を飲まされたアナハイム・エレクトロニクスは軍とサナリィの動
き に 過 敏 に な っ て い た。恐 れ て い る と 言 っ て も 良 い 程 に。そ れ ゆ え サ ナ リ ィ が 開 発
データの奪還に動くと聞けば、気が気ではなかったのだ。
海軍としても軍の一部、アナハイムとの関係を悪化させたくないことに違いは無く、
彼等の意向を汲む勢力も当然存在していた。
そうした思惑の結果、
﹁優秀﹂なれど海軍、いや連邦軍の中でも指折りの﹁問題児﹂で
あるウォルフ・ライル少尉に白羽の矢が立ったのだった。
腰を下ろし広がった書類を整理し始めた。
大佐はそれだけ言うと、頭を切り替えて次の仕事へと取り掛かるべく再びデスクへと
﹁│││せめて無事の帰還だけは願っておくぞ、少尉﹂
当人はそのことが分かっていなかったのか、何の文句も不平も口にしなかったが。
行潜入任務。ほぼ死ねと言っているに等しい。
面倒な事情に巻き込まれた運の無い青年士官のことを思う。最前線への単独での強
﹁たまらんな。政治と言うのは﹂
大佐は首を横に振って、
もアナハイムからの見返りを見越しているのだろう、上は﹂
﹁⋮⋮データを回収できれば良し。戦闘データも取れれば尚良し。例え失敗したとして
211
第十話 密やかに
ドレル・ロナは目の前の現実に歯噛みした。
ニアの建国を全世界に喧伝した後に行うとされていた。
てフロンティアⅠ内部への侵攻自体はコスモ・バビロニア宣言、つまりコスモ・バビロ
この時、ドレル達に与えられた任務は、内部への侵入路、坑道の制圧こそが目的であっ
そうしたものが、ドレルの心に慢心を生み出すのだった。
さを教えてくれていた。
自身のやってきたことが結果につながる、その楽しさ。常勝という結果が戦闘の楽し
でもあった。
想定通り進むそれは、連邦の怠惰の証明であり同時に自分たちの強さと正しさの証明
の勢いと言っても良い。
フロンティアⅣ、Ⅱ及びⅢとクロスボーン・バンガードの進撃は順調であった。破竹
感する。
周囲を見回し傷つき火花を散らす僚機の姿に自分のとった行動が愚かであったと痛
﹁三機が撃墜されて、二機が損傷しただとッ⋮⋮﹂
第十話 密やかに
212
213
しかし、ドレルは同道した他部隊の士官の制止も聞かず、独断で部隊を率い内部への
侵入を試みたのだ。
ドレルに制止の声をかけた士官が通称、黒の部隊と呼ばれるザビーネ・シャル率いる
部隊の出であったことも、彼の癇に障った。
ザビーネ・シャル。職業訓練学校を卒業後、連邦軍を経てブッホエアロマシンのテス
トパイロットを務めた俊英。マイッツアーからの覚えも良く、クロスボーン・バンガー
ドの中でも一、二を争うモビルスーツの操縦技能を持ち、大隊を任せられる男。
ロナ家という色眼鏡で見られるドレルに対し、裸一貫、叩き上げのザビーネ。そして
実際に自身よりも実力があるとわかるからこそ、ドレルはマイッツアーや皆が度々口に
するその名に酷く対抗心を覚えずにはいられなかった。
今現在、ザビーネはベラ・ロナの護衛、教育係としての任務をマイッツアー直々に任
されていて戦場には出てこれない。
手柄を上げて出し抜くには格好の機会であった。
そして、もう一つ。ディナハン・ロナという存在がドレルには小さな引っ掛かりを与
えていた。
同じロナ姓であったもドレルはあくまでも庶流であり、ディナハンこそが嫡子であ
る。ベラ・ロナが将来の女王として嘱望されている状況下では、そうした血統などは別
段大した意味を持ちはしないが、祖父の理想を実現しようとして凶弾に倒れた父を持つ
ディナハンに対し、家を捨て自分を捨てた母を持つ身としては、ふとした時に気になっ
てくる。
そしてディナハンは連邦のモビルスーツ〝ガンダム〟を鹵獲するという手柄をあげ
ていた。勿論それは彼自身の手柄ではなく随伴していたシェルフ・シェフィールドに
よってもたらされたものではあったが、詳細などはどうでも良い。
ディナハンの評価は総じて高い。まだ幼く露出が多いわけでも無いため大々的にと
いうわけでもないが、さすがはロナ家、彼のハウゼリー・ロナの息子でありドレル・ロ
ナの従弟だ、とした評がドレルの耳にも入ってくる。
そのことに、焦りを覚えるわけではない。悔しいというわけでもない。
ただ、年長者としての意地│││というよりも挟持にも似た感情。兄として、先を征
く者として常に前に立っていたい。
そうした感情が湧き上がるのだ。
傲慢と敵愾と気負い。それらが彼をして命令を無視させ、突き進ませる要因となって
いた。
そして│││
﹁傲慢が綻びを生むと言うのかッ⋮⋮﹂
第十話 密やかに
214
自戒の言葉が耳朶を打つ。
更に言えば、現在の冷凍技術など保存技術の高まりも流通における味や栄養分の劣化
して供給することが可能となりました。
そのことは飛躍的に生産量を増やすことに繋がり、結果、世界中の人間に食料を安定
し、それを安定、制御することが容易です。
﹁コロニーでは気温、日照量、雨量、土壌、その他諸々の環境を農作物に合わせて作り出
講師から、コロニーでの食料自給システムの講義を受けていた。
丁度その頃、ディナハン・ロナはフロンティアⅣに作られた大学より呼び寄せられた
れた直後に起きた出来事だった。
奇しくもそれは、フロンティアⅠへの強行偵察からドレル・ロナが撤退を余儀なくさ
◇
還のため速度を上げていった。
雪辱を胸に秘めたドレルは、フロンティアⅠを後にし一路、コスモ・バビロンへと帰
その姿、忘れん﹂
﹁あれが連邦の新型。白いモビルスーツ│││ガンダムか。
次第に遠ざかり小さくなっていく連邦のモビルスーツの姿を彼は目に焼き付けた。
﹁ くっ、撤退する﹂
215
等の問題を解決して、これを支えています。﹂
講師は、ディナハンが頷いたのを確認すると先を口にする。
ことが簡単であり、流通による農作物の鮮度の劣化は無い。
﹁今説明したことを前提に考えてみましょう。コロニーは農業に適した環境を用意する
だとするならば、一つのサイドを農業サイドとするのは無理でも、各コロニーで農業
を営まずサイドの中で一つのコロニーを農業コロニーとしてしまえば集中的に管理で
き効率が良いでしょう。
しかし、現在そのような事を行っているコロニーはありません。かつて北アメリカ大
陸にあった穀倉地帯で行われたのと同じように大規模集積農業は効率が良いと分かっ
ているにも関わらず。
││││何処のコロニーでも牛乳は朝搾りたてのものが各家庭へと配達されてくる
のです﹂
こんにち
一旦、言葉を区切った講師はディナハンを見た。
﹂
﹁では、質問です。何故今日各コロニーで独立して農業が営まれていると思われますか
第十話 密やかに
216
えてからおもむろに口を開いた。
視線を向けられたディナハンはふむと唸り、首をかしげる。そして少しばかりの間考
?
﹁⋮⋮リスクの分散、でしょうか
自身の説明を聞く講師の反応を見やり、彼は続ける。
〟と言ったところでしょうか﹂
ろ︾に依存してしまう恐ろしさを身を持って知ったがための、〝遅れ馳せながらの知恵
一箇所での食料の生産は利点が大きいですが、弱点もまた大きい。一処︽ひとつとこ
るようになりました。
陸へのコロニー落着事故。穀倉地帯を大打撃を受けた地球は、その食料生産を宇宙に頼
過去│││前世紀からの環境汚染、一年戦争、そしてUC0083年の北アメリカ大
?
﹂
業特化、農業専業コロニーのみで生産するのは危険と判断したのでは無いでしょうか
にティターンズが行ったようにコロニーの生物を死滅させるのは至って簡単です。農
﹁ましてや、コロニーの多くは密閉型としており一年戦争時のジオンやグリプス戦役前
217
それを見てディナハンは最初こそ何の疑念も浮かばなかったものの、やがてあること
であった。
端末に映しだされたのは各産業におけるオートメーション化率をグラフにしたもの
ません。他には次のような理由が挙げられます。モニターを見て下さい﹂
﹁そうですね。しかし、今、御曹司が仰った事柄は大きくはありますが理由の一つに過ぎ
?
に気が付いた。今は宇宙世紀、人類が宇宙に住処を造る時代である、と。そして疑問が
浮かび上がる。
モビルスーツと言う人を模した、人のする複雑な動きを何ら遜色無く再現し、あまつ
さえ単純な入力で多様な動作を選択再現させる。更には人の精神の力すら物理的力に
と言う疑問が。
変換するというある種のオカルトじみた現象さえ、機械的に再現可能な程に科学が発達
した時代。
││にもかかわらず、この割合は低すぎるのではないか
?
らず、農業や流通その他多くの職業、単純であるにもかかわらず忍耐を必要とする仕事、
故に、今の技術であれば何ら人を介さなくても成立させることが可能であるにも拘わ
識が生まれ、社会に浸透していくようになりました。
堕落にする、人の肉体と精神に良いことでは無い、もっと体を、頭を動かそうという認
ことになってしまったのです。その反発でしょう。こうした出来過ぎた環境は人を自
しかし、こうした人手を必要としないシステムの確立は、慢性的な就職難を生み出す
業もまたしかりです。
ロニーでは生活に必要とされる全てのシステムが揃えられることになったのです。農
術は非常に発達しました。ありとあらゆる分野で高度に自動化され、初期のスペースコ
﹁先に説明したコロニーの環境やモビルスーツの実現ように宇宙世紀に入り自動制御技
第十話 密やかに
218
メイドや執事など無くても構わない仕事があるのにはこういった事情があるためなの
です﹂
講師の長い台詞を吟味し、ややあってディナハンは口を開く。
﹂
?
﹁失礼。││っ
﹂
師の男は何か重要ごとでも起きたのだろうか
と、そう尋ねる。
断りを入れ、音の原因たる己の端末に視線を巡らせたディナハンが見せた驚きに、講
?
!
﹁どうかなさいましたか
﹂
ろき目を剥いてしまった。
出した、余りに不釣り合いな軽快な音楽にディナハンもそしてまた講師の男も一様に驚
何もかも其処にあった流れの全てを遮るように突如としてディナハンの端末が吐き
不意に軽妙な音が生まれた。
テテ♪ テテ♪ デデン♪ デデデ♪デッデッデーン♪
││﹂
﹁そうです。ですので各コロニーに農場がある、というのもこのことを前提にすれば│
一巻、というわけですか
未だ新聞配達などという仕事があるのも、そうした人を人たらしめるための環境作りの
﹁職業、雇用の創出⋮⋮情報伝達が瞬時に行う技術もそして利便性も分かっているのに、
219
?
しかしディナハンは直ぐには反応せず、端末を見入ったまま。そして、やがてそれを
取り繕うように口を開いた。
﹂
﹁│││いえ、大したことはありません。失礼、お待たせしました。﹂ ﹁そう、ですか
?
も何度も連呼していた。
その艦内では警報が鳴り響き、ブリッジではオペレータが艦の所属と航海目的を何度
還船サウザンスジュピター。
艦。一つのコロニーに匹敵する大きさを持つジュピトリス級の輸送艦。地球│木星往
はるばる遠く木星から3ヶ月の道のりを経て地球圏へと到着した惑星間航行用宇宙
U.C.0123年3月24日。
◇
して無いだろう。
のことを、熱心に宇宙世紀時代の農業政策についての説明を口にする彼が知ることは決
ディナハンが持つ端末の画面上に踊る[STAGE CLEAR]の金色に輝く文字
かなかった。
教え子でもあり依頼人とも言える人物にそう言われれば、講師は再び授業を続けるし
﹁はい。⋮⋮先生、先の続きをお願いします﹂
第十話 密やかに
220
﹁艦長っ
所属不明艦隊なおも接近
﹂
﹂
!
﹂
!
情報にその行動を遮られた。
﹁所属不明艦よりモビルスーツと思しき反応ッ
﹁そうか、良し│││繋げろ﹂
停船勧告来ました
﹂
!!
だちに所属と目的を明らかにし航路を変更されたい。﹂
への輸送ヘリウム3任務中である。貴船の航路は我が艦との交差の虞︽おそれ︾あり、た
﹁こちらは木星船団公社所属、地球│木星往還輸送船サウザンスジュピター。現在、地球
艦長は、その男が何かを口にする前に機先を制して口を開く。
る金色の装飾を施した軍服を着た男が映った。
わずかの間があった後、モニターに深く暗い紫色にどこかバロックやロココを思わせ
!
艦長の指示にモビルスーツ隊への待機を命じようとしたオペレータは端末が示した
﹁了解││っ
出せるようにしておけ﹂
﹁焦らして来る⋮⋮。とはいえコバヤシ丸の二の舞は頂けん。いつでもモビルスーツを
艦長はその言葉に安堵するものの、眉根は寄せたままだった。
﹁宙域のミノフスキー粒子濃度は規定値から動きません﹂
?
!
﹁ミノフスキー粒子は
221
[我々はクロスボーン・バンガード。勧告に受け入れ、停船願いたい]
﹂
﹁⋮⋮クロスボーン・バンガード。確か、先頃フロンティアサイドに侵攻したという軍隊
の名前│││でしたな
﹁そのクロスボーン・バンガードが我々に何の用でしょう
い﹂
﹁ふむ
﹂
[なに、ご懸念には及びません]
味な服装の軍人の方であった。
停船せよ、とは穏やかではな
しばしの鋭い視線のやりとりの後、不意に態度を和らげたのはモニターに映る貴族趣
?
[ご存知ならば話は早い]
その言葉にクロスボーン・バンガードを名乗った男が首肯する。
?
﹂
ですので此度サウザンスジュピターが地球圏へ到着すると知り、その労をねぎらうと
方々の、その開 拓 心と行動力に深い尊敬と感銘をお受けになっておられました。
フロンティアスピリッツ
[は い。総 帥 は 常 々、遥 か 遠 く 木 星 へ と 赴 き 自 ら の 身 を 賭 し て 開 発 を 進 め る 公 社 の
?
届けに参ったまでのこと]
[我々は只、我がコスモ・バビロニアへの招待と総帥マイッツアー・ロナより親書をお
?
﹁マイッツアー・ロナ⋮⋮総帥
第十話 密やかに
222
総帥からの親書を受け取って頂き我らと同道して頂けると嬉しいが
ともに我々との友誼を結んで頂きたい願われ親書をしたためられたのです]
[どうでしょう
]
﹁さぁ
・
・
・
私はそんなことを口にはしておりませんよ﹂
?
[││││ふむ、なるほど。理由が必要というわけですか]
我々は公社だ。地球連邦政府︽うえ︾へ何と言い訳するのです
﹂
﹁そのような連中に唯々諾々と従った、とあっては対外的にも示しがつかない。何より
[⋮⋮]
えばテロリストに他ならない﹂
│││とは言え貴方方は武力を持ってフロンティアサイドに侵攻した。悪し様に言
う大事を負っている。如何な勢力、組織であっても商取引には応じましょう。
﹁確かに。確かに我々は地球圏、ひいては地球圏に住まう人々のエネルギーを賄うとい
ンスジュピターの艦長が出した手の平で遮られた。
会話の流れに要求が通る見通しが出来た、と喜色を浮かべるも束の間、それはサウザ
[では]
﹁⋮⋮お話は、わかりました﹂
?
?
﹁⋮⋮﹂
223
?
そう強調することで明け透けに意思が示される。腹芸も何もあったものではない。
[仕方ありません。我々は是非にも貴方方をコスモ・バビロニアにご招待するように
]
仰せつかっているのです。少々強引な手を取らせていただきましょうか。モビルスー
ツ隊発進せよっ
り合いな丸眼鏡をしたモビルスーツが拡大される。手には槍に似た武装を持っていた。
ズングリとした体に古代ギリシアやローマに見られるトサカ頭の兜にそれとは不釣
スーツが付く。
その戦艦は停船すると、ランチを一台吐き出した。そこに先んじていた二機のモビル
出される。連邦、ジオン、そして木星、何処とも違う意匠をした灰色を基調とした戦艦。
やがてクロスボーン・バンガード所属の艦隊と思しき艦艇群の姿がモニターへと映し
﹁ふむ⋮⋮﹂
!
]
?
﹁そうですな。こうハッキリと武力に訴えられては、我々は従わざるを得ませんな﹂
感想を聞かれたのかと思ったが直ぐに違う意味の問いだと思い至った。
自身が小さく漏らした言葉に対しての絶妙な合いの手に、艦長は一瞬モビルスーツの
[如何ですか
﹁ほう。小さいとは聞いていたが⋮⋮﹂
第十話 密やかに
224
[それは重畳。では、こちらからは護衛のモビルスーツ2機とともにランチを向かわ
せますので]
やがてモビルスーツの展開も終わると、先の通信通りクロスボーン・バンガードから
モビルスーツが発進していくのを見ながら艦長は、気を引き締める。
無い。
だ敵ではないというだけに過ぎない。取り入るにしても彼らを思い上がらせる必要は
通信が切れると艦長は矢継ぎ早に指示を飛ばした。一応の関係が結ばれたが、今はま
﹁分かりました。お待ちしております﹂ ます]
[英断、感謝します。ではそちらのモビルスーツの展開を待って伺わせてもらうとし
別命あるまで艦周辺にて待機せよ﹂
﹁│││艦内に通達。これより本艦は一時停船し、客人を迎える。モビルスーツ隊発進、
[構いません。こちらは、それに反対する権限を持っていませんから]
が共に理解していた。
飽くまで建前として武威に屈しただけ。そう言いたいのだ。そして、そのことは双方
ツを出させてもらいますよ﹂
﹁わかりました。│││しかし、そちらのモビルスーツが近づく以上、我々もモビルスー
225
の使者が乗ったスペースランチが2体の小さなモビルスーツを伴ってゆっくりと向
かってくるのが見えた。
艦長は、艦の周囲を警戒中の自分たちが用意した木星製のモビルスーツに目を向け
る。クロスボーン・バンガードのモビルスーツに比べ、その巨大さはまるで大人と子供。
木星のモビルスーツが地球のそれに比べて巨大なことはある種仕方が無いとも言え
る。木星圏の強力な重力の中でも十分な推力を得るための高出力のジェネレータと大
型のスラスター。それに負けぬための堅牢な内骨格と装甲。それらを合わせればどう
あっても機体は大型化せざるを得ない。
だが機体の大型化、それは地球連邦だろうと何処だろうと金がかかる原因に変わりは
なかった。ならば未だ小さな経済力しか持たない木星としてもモビルスーツの小型化
は喉から手が出るほどに是非、と言ったところである。
ブッホの技術が連邦と戦り合える程であることは、コスモ・バビロニアのフロンティ
ア制圧によって示された通りほぼ間違いない。
ならば│││
◇
艦長はこちらに向かいつつあるランチを眺め、不敵な笑みを浮かべて呟いた。
﹁クロスボーン・バンガード。ふっ⋮⋮色々と利用させて頂こうじゃないか﹂
第十話 密やかに
226
227
ブッホ・エアロダイナミクス。
それは、ロナ家本来の姓であるブッホとエアロダイナミクスすなわち航空力学を冠し
た新興の航空機製造メーカーであり、ブッホ・コンツェルンという財閥を構成する一企
業。
そして、サウザンスジュピターの艦長が欲しいと口にした技術、つまりクロスボーン・
バンガードが用いるモビルスーツを開発し、製造している会社の名前でもあった。
そこでは現在、フロンティアサイド侵攻を皮切りに始まるコスモ・バビロニア建国、そ
してその建国後を睨んでの新たなモビルスーツ設計、開発も含め、今も研究が続けられ
ており多くの技術者、研究者達が日々それに従事、注力していた。
そんな忙しくも充実した時間を過ごす彼ら技術者が本社のあるサイド1のブッホコ
ロニーからわざわざ戦地であるフロンティアⅣに呼び出されたのは、フロンティアⅣの
制圧が知らされた直ぐ後のことだった。
この少しでも時間が惜しい時期、設備も何も無い所への呼び出しに開発陣は皆が皆、
一様に首をひねった。しかし、自分たちが呼び寄せられた理由を目の当たりにした時、
彼らは狂喜することになる。
│││〝ガンダム〟。モビルスーツという新しい兵器体系が生まれて以来、原点にし
て最強と言われ続ける存在。
第十話 密やかに
228
その白いモビルスーツがそこにあったからだ。
﹂といった程度であり、そして連邦の一般的な兵士でさえ﹁昔あったね、
この時代、多くの一般の大衆が持つ〝ガンダム〟の認識は﹁あー、聞いたこと⋮⋮あ
る。││ある
ギナ・ゼラには、わざわざガンダムを模した頭部が用意されていたりするのだ。
もっと露骨なものもある。彼らが用意している高 性 能 機であるビギナ・ギナⅡやビ
フラッグシップモデル
ある双眸に性能の優秀さを見出した結果であった。
呼ばれるカメラアイが能力として何ら劣るものではないにも拘らず、ガンダムの特徴で
採用している。これは技術者たちが、ジオン系モビルスーツが採用し続けたモノアイと
彼らが用いるモビルスーツの多くはデュアルセンサー、すなわち頭部のツインアイを
その一端はクロスボーン・バンガードのモビルスーツにも見ることが出来る。
の、信仰そのものと言っても良い程になっていたからだ。
術者の〝ガンダム〟に対する評価というのは、そう│││例えて言うなら信仰に近いも
ロットが見せるガンダムへの憧れなぞは可愛らしいものとも言えた。なぜなら、彼ら技
特にモビルスーツ開発に従事する者の〝ガンダム〟に対する想いに比べれば、パイ
リューはそれなりに大きなものであった。
ただ、その反対にモビルスーツパイロットやモビルスーツの開発者達へのネームバ
そんなモビルスーツ﹂と言った具合であった。
?
229
プロパガンダのためと書類上は理由付けをされているが、〝ガンダム〟はその発生か
ら連邦から今日に至るまで連邦のモビルスーツであり連邦軍の勝利の象徴でもあった。
それを無視してでも採用されたのは技術者達のそうした信仰、評価があったればこそで
あった。
そんな技術者達に言い渡された命令は﹁このガンダムを徹底的に調べ上げろ﹂との事。
│││言われるまでもない。それを聞いた技術者達は異口同音に言い、目をギラつか
せ笑みを浮かべた。
それから彼らは寸暇を惜しんで機体に齧り付き、寝食を忘れ骨身を惜しまず調査と研
究に没頭した。その様子は鬼気迫るもので、後に警護の兵士たちの語り草になるほどで
あった。
そうして、ガンダム│││鹵獲されたF90Vは丸裸にされた。
装甲から内部骨格、ジェネレータからコンピュータ、オペレーションシステムに至る
まで微に入り細を穿ち徹底的に調べ上げられリバースエンジニアリングを施された結
果、彼らは機体本体とその追加武装であるヴェスバーとビームシールドを一から再現出
来るまでのノウハウを手に入れる。
そ れ は ア ナ ハ イ ム・エ レ ク ト ロ ニ ク ス か ら 裏 取 引 に よ っ て 手 に 入 れ た サ ナ リ ィ の
F
計画とシルエットフォーミュラ計画のデータがあったことも重要な要因だが、何
フォーミュラ
第十話 密やかに
230
ガ
ン
ダ
ム
よりそのデータを精査、解読し血肉と出来る程にブッホ・エアロダイナミクスの技術力
が高かったから出来たことだった。
ゲー
ム
もし仮に、軍令部からのGOサインが出さえすれば、彼らは嬉々としてF90Vを作
り出すに違いない。
ディナハン・ロナが記憶に持つGジェネを再現するかのごとく。
◇
木星往還船サウザンス・ジュピターがサイド4、フロンティアサイド宙域に進んだと
いう報せは、サウザンス・ジュピターから地球にある木星公社、そして連邦政府へと伝
えられた。クロスボーン・バンガードにより拿捕されたという理由がつけられて。
当然、連邦政府はクロスボーン・バンガードへの非難の声明を出した。しかし、サウ
ザンスジュピターが無傷だとの報告からクロスボーン・バンガードが木星のヘリウム3
確保のために公社と事を構えることを嫌ったと判断。裏の思惑として木星公社にクロ
スボーンとの橋渡し役を期待し、接触を黙認するのだった。
しかし、こうした連邦政府の判断と対応もクロスボーン・バンガードにとっては計算
の内であった。
今は亡きハウゼリー・ロナの立案した﹃コスモ・バビロニア﹄の建設計画の道程の中
には、連邦政府や連邦議会はおろか、各公社、各サイド、そして其処此処の民衆の意識
231
・
・
に至るまで今の状況が予測され凡そ正確に記されていたのだ。
・
・
そして、その予測は木星公社の出方にも及んでいる。しかし、それは飽くまで公社の
域を出るものではなかったが。
◇
クロスボーン・バンガードのフロンティアⅣ制圧以後ロナ家の仮住まいと化していた
旧フロンティア政庁の迎賓館では今宵綺羅びやかな宴が催されていた。
質素を旨とし華美を良しとしないのがロナ家の常であったのだが、今日は普段と違っ
て多くの客を招き入れてのパーティが行われている。
主賓は勿論、遠路遥々木星からやって来たサウザンス・ジュピターの艦長夫妻や主
だった乗組員、随伴する公社の職員達。それにクロスボーン・バンガードが制圧したフ
ロンティアⅡやⅢそしてⅣの政庁の高官、帰順を示した連邦の将官、そしてフロンティ
アサイドに進出している企業のトップ等がこの宴に招かれていた。
各々がこの先を見据え、己の地場を固めるべく情報収集やら腹の探り合いやら、顔に
笑顔を貼り付けて繰り広げている姿。
そんな大人達の中でオレンジジュースの入ったグラスを片手に主催者の親族として
出席させられたディナハンはつまらなそうに眺めながら混じっていた。
実際、型通りの挨拶を済ませた後で彼に話しかける人物などほとんど居ない。勿論、
将来性も含め誼を作っておこうと考える者も居るには居たが、幾らロナ家の嫡子であり
亡き父親の名声があるとは言え未だ13才の餓鬼に取り入ろうとする物好きは多くな
い。
同年代の子供も出席しておらず、これと言って話し相手もいないディナハンは暇を持
て余していた。そして自分がそうであるように護衛のため自分について回らなければ
せっかくですし﹂
ならない寡黙な士官もまた暇だろうな、と彼は一つの提案をすることにする。
振り返り、見上げた。
﹁大尉、私のことは良いですから楽しんで来られたらどうです
ディナハンは小さく破顔する。
生真面目にそう返してくる厳つい顔の大男、シェルフ・シェフィールド大尉の態度に
﹁はっ。ありがとうございます。ですがそういうわけにも参りません﹂
?
く断りの言葉を述べていたが。
パーティに出席している
う、どこぞの令嬢であろうドレス姿の数人の女性から声を掛けられていた。彼は如才な
ベラがマイッツアーに連れられて挨拶回りをさせられている隙を狙っていたのだろ
シェフィールドの同期でもあり竹馬の友とも言えるザビーネ・シャルの姿があった。
そう言うディナハンの視線の先にはベラ・ロナに随伴して
﹁ふっ、はは⋮⋮戦時とはいえ偶には羽根を伸ばしても良いのに。 ほら﹂
第十話 密やかに
232
見回せば、若く見目も良い、そして何よりロナ家の男子であるドレルもまた若い女性
達に集られていたりもしていた。
﹁ディナハン様﹂
﹁これは艦長。楽しまれておられますか
?
﹁そうですか、それは良かった。⋮⋮我らの都合でお呼びだてしてしまい、祖父も恐縮し
﹁ええ、それは﹂
﹂
じく背広を着た見た目三十近くのまだ年若い男│││の、三人。
ピターの艦長に、背広を着てその顔に縁のないメガネをかけている初老の男。そして同
言っても差し支えなさそうな制服を着た後頭部に髪を残した禿頭の男、サウザンスジュ
その目に捉えたのは│││クロスボーン・バンガードでも連邦のものでもない軍服と
る何者かを感じ取り振り返っていた。
そしてディナハンもまたシェフィールドに促される直前、己に意識を向け近寄ってく
ディナハンへと促した。
らへと真っ直ぐ歩を進めてくる存在を気取ると普段の厳しい軍人の顔つきへと戻り
子供らしからぬ軽口に何とも言えない表情で言葉を濁す大尉。しかし次の瞬間、こち
﹁いえ、決してそのようなことは⋮⋮ ││││ディナハン様﹂
﹁側にいるのが私のような糞餓鬼では興も削がれるでしょうに﹂ 233
ておりましたから、そう言っていただけると我ら一同、心休まります﹂
﹁そ ん な、と ん で も ご ざ い ま せ ん。マ イ ッ ツ ア ー 総 帥 に は 我 々 に 格 別 の 配 慮 を し て も
らっております。木星とコスモ・バビロニア、明日の交渉はお互いにとって良い関係を
見いだせることでしょうな﹂
緩やかな笑みを浮かべならがそんな会話をしつつもディナハンは内心で連れの男の
一人を警戒していた。
彼とディナハンは初対面だった。だが、ディナハンは彼を︻前世の記憶︼により知っ
ていた。記憶にあるよりも年若く見えるが確かに知っている人物であった。
﹁│││私も、そう願っております。ところで﹂
チラリ、と視線を送るとその男は柔和な笑みを浮かべ手を右手を胸に置くと優雅に腰
を折った。
﹁ああ、ご紹介が遅れました。彼がロナ家の神童と呼ばれる貴方と是非お会いしたいと
言うものですから連れてきたのです﹂
それでも彼は何も知らないかのように、
い相手だという認識が鼓動を早めさせる。
一言謙遜し、ディナハンは視線を件の男に向けた。こいつが││││。油断のならな
﹁過分な評価です﹂
第十話 密やかに
234
﹁期待外れも良い所だったでしょう
プロフェッサー
私はディナハン。ディナハン・ロナと申します﹂
り優秀な人材を育てる教 授でもあった。
﹁ご挨拶痛み入ります。
│││カラス氏は先生なのですか。今回の地球訪問は、そのお仕事の関係で
﹂
者の側近とも取れるほどの地位にあり且つ腕利きの特殊工作員であり、本人が言った通
エー ジェ ン ト
彼が知っているのは、
︻前世の記憶︼が教えてくれる知識はカラスが木星において指導
それが本名なのか、それともコードネームなのかをディナハンは知らない。
カラス。
とっております﹂
│ │ 申 し 遅 れ ま し た。私、カ ラ ス、と 申 し ま す。木 星 で は 多 く の 若 者 の 前 で 教 鞭 を
﹁いいえ、とんでもありません。噂に違わぬとはこのことですな。
苦笑いを浮かべ初対面の自己紹介を述べた。
?
せん。見上げれば赤い星、遠くに望むべくもない。
﹁はい。木星の子供たちは自分たちの故郷である地球をその目で直に見たことはありま
﹁留学、ですか﹂
学という形で地球の子供達を木星へと招け無いか交渉に参った次第です﹂
﹁はい。実は地球圏に木星の子供たちを留学させられないか、そして将来的には交換留
?
235
そんな現状、私は常々子供たちに地球を見てもらいたいと思っておりました。地球が
その根本的理由を自ら地球を見、触れることで心に刻んで欲しい。
如何に我らにとって大切な宝であるのか、何故自分達人類が宇宙に出て木星にまで足を
伸ばしているのか
し頭を下げた。
そうカラスが若い男を話に出すのでディナハンが視線を向けると、その彼は軽く瞑目
のですが﹂
せることになるでしょうが、明日の会談ではこの理念に理解を示してくださると有難い
﹁マイッツアー氏も教育に力を入れていると聞き及んでおります。実際の交渉は彼に任
教育者が語る理由としては如何にもなものに、なるほど、とディナハンは相槌を打つ。
と派遣してくださったのですよ﹂
ドゥガチ代表は、そういった私の思いに理解を示してくださり、こうして私を地球へ
そう思っているからです。
?
多くの若者が木星へと足を運んでくれることを期待したいですな﹂
﹁そう聞いて少し安心いたしました。⋮⋮もし叶いましたらコスモ・バビロニアからも
は思います﹂
球の大切さも。協力出来るか否かは私には判断つきかねますが、悪い印象は持たないと
﹁⋮⋮そう、ですね。祖父は教育の重要さを良く良く理解しています。そして何より地
第十話 密やかに
236
そんなカラスの言葉にディナハンは、にこり、と笑みを浮かべることで玉虫色の返事
を返すのだった。
◇
ディナハンとの束の間の歓談を終えた艦長等木星の一行は、再びパーティの中へと
戻っていた。
彼らは確かにこの宴の主賓ではあったが、かと言ってここに招かれたような多くの企
業や軍人などと接点を持つには〝公社〟という看板は大きすぎて却って彼らに話しか
ける者は少なかった。
だが、それが彼らには好都合でもあった。
周囲の人間、特にホスト側の人員の耳目に注意を払えば、泊まることになる迎賓館の
教 授、君の期待の人物は﹂
プロフェッサー
一角と比較して随分と話し易いのが事実だった。
?
す﹂
﹁ほう
│││確かに13歳というにしては確りとした受け答えではあった。それにこ
なく才能ある若者ですな。もし叶うならばこの手でその才能を伸ばしてみたいもので
﹁フフフ、そうですな。サイキッカーか否かまではまだ判断つきかねますが彼は間違い
手にしたワインで喉を潤した艦長が、視線をカラスへと送り口を開く。
﹁で、どうだったのかな
?
237
ちらに言質を取られないよう配慮していた感はある﹂
カラスの楽しげな声に頷き、
﹂
﹁だが、それだけだ。教育を施せばどうとでもなる程度。君が欲しがるほどか
﹁カガチ君
﹂
?
﹁ふむ
﹂
﹁はい。│││ディナハン・ロナが勘の鋭い人間であることは間違いありません﹂
直ぐに側で控えていたその男、フォンセ・カガチが頷いた。
た男の名を口にした。
少し意地悪気に問う艦長にカラスは答えず、先ほどディナハンとの会見時にも側にい
?
⋮⋮よく見ている﹂
た。明らかに視えていないのにです。﹂
そして御付きの軍人がこちらを認めるよりも早く、こちらを気にする節が見えまし
﹁我々があの少年に近付いて行った時、彼はこちらに背を向けていました。
カガチの断言に艦長は続きを促す。
?
?
ふむ、と顎に手を当て納得行ったのか艦長はカラスを見た。
われます﹂
﹁自然発生なのか人工的なのかまではわかりませんが、まず高い資質を持っていると思
﹁ほう、そうだったか
第十話 密やかに
238
﹁なるほどな。人材マニアの教授が好みそうな人物というわけか﹂
でいる。 ・
が敗走した事実に自身の身の不安を感じた連邦の将兵などがひしめくように乗り込ん
攻の噂に他の逃げ場所を何処にも見出せない難民達や、フロンティアⅣ、Ⅱ、Ⅲと連邦
それには、フロンティアⅣから逃げたは良いがクロスボーン・バンガードの次なる侵
目指してフロンティアⅠを後にしていた。
数台のスペースランチがクロスボーン・バンガードの軍門に下ったフロンティアⅣを
ちょうど、晩餐会でディナハンが艦長達に声を掛けられていた頃。
◇
にこやかにカラスはそう口にした。
﹁はい、分かっておりますよ。艦長﹂
・
﹁引き入れるには、まだ時期尚早というものだと私は思うよ﹂
そこには歓談するマイッツアー、そして異形の仮面をかぶった男。
艦長がカラスから視線を切ると、少し彷徨わせた後一点に置いた。その先を追えば、
の人を見る目は信用しよう。が、│││﹂
﹁確かにズガンといい、カガチといい、君の薫陶を受けたものは総じて優秀だからな。君
﹁はい、それはもう﹂
239
そんな大勢の人の中に一人の少年が蹲るように座っていた。
ぎた。
ただ、それが若さゆえの暴走が作り出したものであると自覚するには、彼はまだ幼す
シーブックの瞳には、これからの不安を覆い隠すかのように決意の光が輝いている。
呟きが微かに口から漏れた。
﹁セシリー、父さん⋮⋮﹂
第十話 密やかに
240
・
・
・
・
必ず入れておかねばならないことではあった。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
うのでは無く、単に襲うなというだけのことであるが一度襲ったと言う前例がある以上
・
別に何も航海の最中ずっと護衛しろや航海の際に起きた事故の損害を補填しろと言
れを鑑みての要求である。
受け破壊されたこと、そして今回の武威を背景に拿捕されたサウザンスジュピター、こ
・
これはUC0120年10月に公社所属の木星往還船コバヤシ丸が何者かの襲撃を
一つは、木星│地球間における航路の安全を保障すること。
その代わり、見返りとして以下の事柄を求めてきた。
それら提案に対し妥当性を見出した木星側は、すんなりと快諾の意志を表明したが、
出であった。
で膨れ上がってきた木星圏からの労働力の供出の依頼。すなわち相互経済協力の申し
それはエネルギーの安定供給、つまりヘリウム3の安定供給の継続と一国家規模にま
は二つの要求を提示した。
コスモ・バビロニアと木星船団公社の事前協議が行われた際、コスモ・バビロニア側
第十一話 見えぬ未来
241
第十一話 見えぬ未来
242
それが例え当人達にとって意味の無いものであっても。
今一つは、モビルスーツを始めとした種々の技術交換と共同研究及び共同開発。
木星圏でも運用できる小型モビルスーツを共同で開発することで、コスモ・バビロニ
ア側が持つノウハウ︵know & How︶を提供して欲しいと言うものだった。
小型モビルスーツに使用する小型の融合炉や、情報処理機能を持たせた構造材のノウ
ハウは、ブッホエアロダイナミクスがアナハイムエレクトロニクスから融合炉を買い
取って技術を蓄積したように一朝一夕で手に入るものではない。当然、時間だけではな
く資金もかさんでいく。
だからこそ既に完成している所から丸々技術を教われることができるなら、まさに一
石二鳥というものだ。
しかし、それだけではコスモ・バビロニア側に旨味が無く難色を示すだろうことを予
想 し て い た 木 星 側 は 共 同 と い う 形 で 鉄 仮 面 カ ロ ッ ゾ・ロ ナ の 専 門 で あ る バ イ オ コ ン
ピュータの研究開発に資金を提供する提案も行っていた。
ロナ家の動きを知った時、彼等は当然調査を行った。それは関連するあらゆることに
および、カロッゾが未だ学生だった時分に発表した論文すら、その対象であった。
カロッゾはその論文の中で、彼の研究の最終的な到達点のことを語っている。
SFに描かれるような、人が肉体に縛られることの無い精神のみの存在へと強化変革
すれば、人は地球と言う存在を忘れ、縛られること無く宇宙へと進出して行ける。そん
な壮大なことが書かれていた。
しかし、彼の才覚はそれを大言雑言のままで終わらせようとはしなかった。彼が今自
らの身を持って試しているラフレシア・プロジェクトとは、その実現の一歩でもあるの
だから。
こうした彼の考えに、木星は│││いや正確に言うならば木星の指導者は目をつけて
いたのだった。
そして木星側が要求してきたもう一つは、将来的な交換留学を見据えた留学生の受け
入れ要請である。
この要請はコスモ・バビロニア側にとって少しばかり想定外の事柄ではあったが、決
して首を横に振る類のものではなかった。
なぜなら、学生の受け入れは労働力、人的資源の確保という彼らの要求に適うもので
あったし、受け入れた留学生は木星は勿論、連邦にとっての人間の盾になりえる。ただ
でさえ、サイド4の市民やブッホコロニーの市民は連邦への直接の人質となっているの
に、木星圏の人間を招きいれることによって連邦政府は木星公社に著しく配慮をしなけ
ればならなくなるからだ。
﹁人質を差し出すことでヘリウム3供給は確かなものであると印象づけてきたが⋮⋮﹂
243
︿はい。裏の目論見は、こちらの内情を探りつつ様子見といったところでしょう﹀
﹁⋮⋮﹂
カロッゾの鉄仮面越しに聞こえる声にマイッツアーは沈黙する。
学生という人質の差し出しが意味するものは、木星圏の地球連邦への見方を暗に示し
ているのではないかとマイッツアーは睨んでいた。
地球連邦がコスモ・バビロニアを制する力を持っていない、もしくは非常に時間が掛
かる。そう彼らは判断した。それは翻ってみれば彼らが地球連邦のみならずコスモ・バ
ビロニアの内情にもある程度見越しを付けているということに他ならない。
︿彼らがどこまで我々の計画を察知しているか、どこまで干渉してくるつもりなのかを
探るには調度よいかと。しかし、問題は我が方が今の段階で学生を募り木星に送り出し
たとて人質にはなり得ないことでしょう﹀
カロッゾの二人の子、上のドレルは既にクロスボーン・バンガードの将として一大隊
マイッツアーは孫の顔をそれぞれ思い出す。
という建前がある以上、子供であることが前提であった。
結局、現段階で人質として用を成すのはロナ家の身内の者でしか無い。しかも、留学
︿⋮⋮﹀
﹁⋮⋮﹂
第十一話 見えぬ未来
244
を率いる身分にある。つい先日手元に戻ってきた妹のベラは、将来コスモ・バビロニア
の女王としてコスモ・貴族主義の旗印となり人心を纏める役目をマイッツアー自身が望
み、これから徐々にコスモ・貴族主義を理解し染させんとする所。
今は亡き長男ハウゼリーの子、シェリンドンはコスモ・バビロニアの国教とも言える
新興宗教のコスモ・クルスで巫女の役割を担い既に大衆の前で活動を始めている。
﹁﹃歴史は繰り返す﹄と云うが、まさに古代史にある戦国時代の再来だ﹂
血縁をもって人質とする。
マイッツアーは頷き、自らのやらんとするこを嘲笑う。
れば、年齢的に留学と称しても可笑しくないでしょう﹀
︿ディナハン様は御年13。コスモ・バビロニアの建国が成り安定する数年を目処とす
しかし、だからと言って他の三人の代わりには成れるものではない。 始めているディナハン。
いると睨んでいたため、そのような道を歩ませてきたが睨んでいた以外の才覚をも見せ
大人しく人前に出るのを厭い与えられたことを確実にこなす官僚向きの性格をして
らマイッツアーは呟く。
ハウゼリーのもう一人の子供、シェリンドンの弟であるディナハンのことを思いなが
﹁⋮⋮やはり、ディナハンか﹂
245
︿⋮⋮﹀
﹁ディナハンには、すこし時間が経ってから話をしよう。あれは聡い子だ。ロナ家の、コ
スモ・バビロニアのためとならば、わかってくれるだろう﹂
︿│││はい。では、そのように﹀
木星に対する方針が決まり、話は次の事柄へと移っていく。
マイッツアーは端末に映しだされたのは、宇宙港の入管が確認した難民の一人に、ベ
ラ・ロナが友人の安否確認のためにあげたリストの中の人物に該当するものがおり、そ
の報告をベラ本人に伝えても良いかという確認の求めであった。
写しだされた少年のフロフィールに訝しげに眉根を寄せた。
﹂
?
ノーという名が出てきたことはない。
その調査は性向から彼女の交友関係にまで及んでいたのだが、終ぞシーブック・ア
に探らせていた。
サイド3から移住してきた時よりその所在を把握しており、密かに彼女の素行を定期的
マイッツアーは、ベラ・ロナがセシリー・フェアチャイルドとしてフロンティアⅣに
なかった。
聞き覚えがない。マイッツアーは少年の写真をしげしげと眺めるが、やはり見覚えも
﹁シーブック・アノー
第十一話 見えぬ未来
246
しかし更に付随した報告書に目を通すとザビーネ・シャルが上げたものには、戦場視
察の際に彼女は彼のことをかなり気にしている様子であったと記されてもいた。
の違和を払拭し、今に馴染むには短すぎる時間。
そんなところに〝日常〟や〝寄る辺〟を匂わせる存在が接触すれば、どうか
の心にいらぬ波風を立てることになるのは明白であろう。
?
?
こととしよう﹂
︿他の者も同じようで
﹀
﹁ベラには酷だが少し黙っておいたほうが良い。バビロニア宣言の後、折を見て伝える
マイッツアーは少しの間考え、
ベラ
会いたい、等と口にするほど愚かではないが、未だ戻って数日。自分を取り巻く状況
︿概ね﹀
﹁⋮⋮吊り橋理論と言うやつか﹂
︿戦禍を避ける中の共有体験が強い共同意識をベラ様に植えつけたのかもしれません﹀
確かにそれに対してマイッツアー自身が歓迎の意志を示した。だが、しかし、
る、と口にしていたことを思い出した。
そう言えば、とマイッツアーは年頃の孫娘がエスコートしてくれる相手は学校にい
﹁ふむ⋮⋮﹂
247
﹁うむ、今はな﹂
こうしてベラ・ロナ、いやセシリー・フェアチャイルドがシーブック・アノーの生存
を知るのは今少し先の事になる。
◇
雪が降っていた。
シーブック・アノーは自分の町の気候の変化に身を縮こまらせながら足早に自宅のあ
る通称〝タウン〟から目的地のあるインバーバ区を目指して坂道を歩き続ける。
見慣れた町の至る所に赤地に金糸で鷲を描いた見慣れぬ旗や大段幕が掲げられてい
る。
ブックは、早々に暖房の電源を入れ、箪笥の中から冬物の衣類を引っ張り出した。
施錠した覚えのないドアの鍵を開け中に入る。誰もいないためか肌寒く感じたシー
開放されるとその足でまずは自宅に向かった。
フロンティアⅣに戻ってきたシーブックは、入管で少しの間足止めを食らっていたが
寒さに襟を立て、小さく呟く。白い息が漏れた。
﹁コスモ・バビロニア、ね﹂
第十一話 見えぬ未来
248
数日前慌ただしく逃げ出した跡が片付けられていることや暖房器具が出されている
こと、そして冷蔵庫の中を確認すると残っていたはずのものが無く、見覚えのない食材
が入っていたりもしたこと。
それたのことが父の生存を示していて、彼はホッと胸をなでおろした。
そうして現在不在の父が帰ってくるのを待とうか、とも思ったがテーブルに置かれた
書き置きを見つけ父が勤めている会社へと連絡を入れる。
しかし、返ってきた答えは、
[すまないなぁ。今は人手不足で直接現場に向かってもらっているから、誰が出てき
ているかまでチェックはしてないんだ]
とも思うがそれを敢えて言うことはなかった。
?
やがて目的地のあるインバーバ区のウェーズ通りが見えていた。
は優先することにした。
連絡が取れなかったことは気がかりではあったが、もう一つの気がかりをシーブック
[はいはい]
﹁そうですか、是非お願いします﹂
[アノーさんと連絡が取れたら、息子さんから電話があったと伝えておくよ]
それはどうなんだ
﹁はぁ、そうなんですか⋮⋮﹂
249
﹃テスのパン屋﹄。シーブックが探している少女、セシリー・フェアチャイルドがつい
先日まで住んでいた家。過去に一度、彼女がいないだろうかと彼が訪れた時には外まで
ひとけ
イーストの、パンを焼く良い匂いがしていたのだが、今は入り口に﹃CLOSE﹄の札
が提げられいた。
きょろきょろと中をガラス越しに見回し、更には裏手に回ってみても人気が全くな
い。
しばらくそうしていると、年配の女性から声を掛けられた。どうにも噂好きだったら
しく、あることないこと口にしてシーブックはそのたびに曖昧に頷くことしか出来な
い。
あの子、高慢そうだったもの。きっとそうよ﹂
?
と服をパタパタとさせたり、ちょっとした身体同士の接触を厭わない少女らしい気安さ
別に自分が悪いわけでもないのに何度も謝罪を口にする彼女。異性の前で熱いから
シーブックは知っている。
お嬢様のイメージに適うほど整っていた。しかし、その中身はそれとは些か違うのだと
女性の言う彼女の評を彼は内心で否定した。確かに彼女の容姿は女性の言う高慢な
しいんじゃないのかねぇ
ちゃたのよ。セシリーちゃんも今はロナ家に戻って迎賓館で贅沢な暮らしに戻れて嬉
﹁ほ ら、ナ デ ィ ア さ ん 派 手 だ っ た で し ょ う。庶 民 の 暮 ら し に 我 慢 で き な く て 出 て 行 っ
第十一話 見えぬ未来
250
を持っていた彼女。 ただ美人コンテストや夜の自転車置き場で見せた気丈さと凛々しさ。そういった内
に秘める強さが、彼女をよく知らない女性には高慢さに映ったのかもしれない。
女性が去り、シーブックもまた閉め切られたパン屋の前から歩き出す。
その頭の中では侵略者であるクロスボーン・バンガードとロナ家、そしてセシリー・
﹂
フェアチャイルドという少女がぐるぐるとごちゃ混ぜになる。だが、それらは決して融
け合うものではないはずだ。
﹁ロナ家、セシリー。⋮⋮一体どういうんだ
﹁ウォルフ少尉、こちらです﹂
ビルスーツを受領するためにサナリィ月支社へと足を運んでいた。
ウォルフ・ライルは、上官の勧められた通り自分が世話になる部隊に挨拶に行った後、モ
新型モビルスーツ奪還の任務を受けてベルファスト基地を一人離れ月へと上がった
◇
た。
シーブックの胸に、確かめなければならない、という強い願望に似た義務感が渦巻い
?
251
技術スタッフに連れられて格納庫へとやって来た彼の目に飛び込んできたのは一機
のモビルスーツ。額にアンテナを持ち、白地に青赤黄のトリコロールカラーで塗り分け
を施されたモビルスーツ。
﹂
ウォルフはその正体を目に焼き付けんと柵まで走り寄ると階下から上まで見上げ声
を上げた。
﹁おい、こりゃーガンダムじゃねぇかー
﹂
﹁F90 Ⅱ ││││それがこいつの名称さ﹂
セカンド
﹁いいえ、ガンダムじゃあ、ありませんよ。ガンダムヘッドではありますけれど﹂
喜色満面のウォルフにスタッフは苦笑いを浮かべた。そして首を横に振ると、
!
﹂
連邦軍が用いるツナギを着た歳若い男。
階へと階段を登ってきたところだった。
随行するスタッフとは違う、知らぬ声に顔を向けると一人の士官が、彼らのいる中二
﹁あん
?
?
どこかで聞いた事がある名だとウォルフは思った。だが、相手に見覚えはない。
ウォルフの誰何の言葉とほぼ同時に、案内役の技術スタッフがその男の名を呼んだ。
﹁│││スクレッド中尉﹂
﹁あんた
第十一話 見えぬ未来
252
﹁ああ
あの
﹂
!?
セカンド
﹂
?
俺はウォル││っとと、自分はウォルフ・ライル少尉であります﹂
!
﹁それで
上の前だけで﹂
?
悪ぃな。苦手ってわけじゃないけど、つい﹂
?
セ
カ
ン
ド
あんたらはF90Ⅱの見学か
?
﹂
そう言われてウォルフはあっさりいつもの砕けた口調に戻ってしまった。
﹁おっ、良いのかい
﹁いいよ。同い年くらいだろ
ルフに対し、初対面のこともあって口調を整え直す。が、しかし│││
話では少尉だと聞いていたが、先の功績が認められたのだろう中尉に昇進していたベ
﹁へぇ
﹁よろしく、ベルフ・スクレッド中尉だ﹂
ツナギ姿の士官は、自身の紹介に照れくさそうに苦笑する。
少尉の名がベルフ・スクレッド。
エースが現れたことを聞き、同じモビルスーツ乗りとして興味を持っていた。確かその
先のオールズモビルズの乱で撃墜数が三桁に届くとか届かないとか、そんなスーパー
目を見開き、見た目、自分と然程変わらない年のその士官をマジマジと見つめる。
連邦軍最強トップエースという評がウォルフの脳裏に閃きをもたらした。
!
イロットと噂されるトップエースのお一人。ご存知でしょう
﹁こちらは、ベルフ・スクレッド中尉。このF90 Ⅱのパイロットです。連邦軍最強パ
253
?
サー
ド
﹁F90Ⅲ の 件 は お 聞 き で し ょ う か
奪 還 の 任 務 に こ ち ら ラ イ ル 少 尉 が 就 く こ と に
ウォルフはそれをコツコツコツと指で叩と、
OST]と記されている。
目も兼ねるブースターを示す表示がグリーンなのに対し、モビルスーツ本体は赤く[L
す画面が映し出されていた。現在、コアファイターとモビルスーツのバックパックの役
モニターにはモビルスーツ本体とコアファイターそしてブースターの合体状況を示
コックピットのシートに座りマニュアルを片手に計器を操作する。
ば、そこには戦闘機らしきものが垣間見えた。
スタッフの言葉にベルフは視線を格納庫の奥へと向ける。釣られてウォルフも見れ
﹁ああ、あれか﹂
なったのでコアファイターへと案内しているところです﹂
?
﹁しっかしさぁ、何で持ってこれなかったんだよ クロスボーンが侵攻してきたのは
第十一話 見えぬ未来
254
フロンティアⅣで、サナリィがあるのはⅠだろ スタッフが全員逃げてくる暇がある
?
上げた。
そうすれば自分がわざわざ潜入任務なんぞしなくても済んだのに、と言いたげな声を
んなら一緒に持ってこりゃ良かったじゃねぇか﹂
?
ないのに﹂
い
つ
こ
い
つ
サー
ド
﹂
?
﹂
?
そんなウォルフの言葉に答えを教えてくれる親切な人物など何処にもいなかった。
﹁こりゃ、思った以上に大変かもなぁ﹂
任務を思い溜息が漏れた。
なぁ⋮⋮﹂と気のない返事を返すウォルフ。
共にセットアップ作業をこなしつつも話に付き合ってくれる整備スタッフに、﹁まぁ
れとは話が別です。それはパイロットである貴方のほうが分かるでしょう
﹁それは勿論。でなければドッキングシステムが作動しませんから。ですが、それとこ
﹁⋮⋮一応、、コアブロックが無くたって自律起動は出来るんだろ
こ
﹁幾ら新型だと言ったって、コアファイターが無くちゃまともな戦闘なんて出来るわけ
状をウォルフは知らない。
上層部が逃げ出し、退役将校なんてものが幅を利かせているフロンティアⅠの今の現
﹁⋮⋮むちゃくちゃだな。そんな混乱してたのかよ﹂
言って悶着があったらしく、結局送り出さなかったらしいんです﹂
ですが、それが仇になったんです。あっちに残る連中が新型があるなら防衛に使うと
﹁その予定だったんですよ。実際そういう方向で一時的にF90Ⅲ所有を軍に移したん
255
◇
もう明日にでも全人類圏にコスモ・バビロニアの建国を宣言しようとするに至っても
未だロナ家の面々は迎賓館を仮住まいとしていた。
そんな中、日々の勉強とモビルスーツのシミュレーションや実地訓練を終え、ようや
くプライベートな時間を得たディナハン・ロナが一人、充てがわれた自室でソファに浅
く腰掛けてながらテーブルの上の端末に向き合っていた。
画面上では高速でスクロールしている何かが映っている。彼は、ただじっとそれを
見つめていた。
宇宙世紀に入り戸籍制度というのは、全世界的に実施はされていたが内実ほぼ形骸化
ようだった。
いるのだから。だから、探索の手を伸ばしてみたのだが、どうやら当たりクジを引いた
予想はしていたのだ。彼、もしくは彼らがいるであろうことは。何しろ既に出会って
わって、検索事項に該当があったことを示している。
が制圧した各コロニーから提出された住人の戸籍データであった。その一部の色が変
不意に画面の動きが止まる。そこに映し出されていたのはクロスボーン・バンガード
﹁⋮⋮⋮⋮ん﹂
第十一話 見えぬ未来
256
257
したものとなっていた。
これは度重なる戦乱と混乱の果てに戸籍原本の喪失が続き、そのために戸籍の復元、
新規登録の認可を容認し続けてきた弊害であった。不作為の消失に意図せぬ重複、そし
て悪意ある捏造。
かつて何の後ろ盾も持たないナディア・ロナがブッホ姓を名乗りつつも何食わぬ顔で
シオ・フェアチャイルドと結婚、サイド3に移り住めたのは、そうしたものが常態とし
て黙認、放置されていたからだった。
また、こうした問題を政府、議会共に理解しながら放置し続けているのは、彼らを支
持する富裕層や議員等にとってそれなりの旨味があるからでもあった。どういう事か
と言うと、こうした戸籍の捏造・改変は彼らの家系に、いわゆる〝名家〟という泊をつ
けるのに利用されるのだ。
勿論、社会的評価というのはその者の成した功績の積み重ねによって下されるものだ
が、人々が少ない情報の中からその判断を下そうという時、由緒ある家系、即ち〝名家
〟である、もしくは〝名家〟の出身というブランドは大きなアドバンテージとなる。
それは、〝名家〟の謂れとなった偉業や功績を成した先人と同じ資質を期待する故の
評価でもあり、家庭環境、そこで施されたるであろう教育によって一定水準以上の能力
を備えた人物へと育成されているだろうことを期待してのことでもある。
第十一話 見えぬ未来
258
イコール
だから﹃〝名家〟の出であるということ=その者の高い能力を約束する﹄という図式
が人々の中に成り立ってしまう。
そうした民衆の固定観念を利用するため世に出よう、もしくは出た者は自らを〝名家
〟にせんと目論み、財力によって戸籍そのものを買い取る。そうすることにより自らの
血を〝名家〟へと挿げ替えるのだ。
そして、また逆に〝名家〟の跡を買うことは、それだけの財力と影響力を持っている
ことを人々に簡潔に示すことにも繋がっていた。
マイッツアーの父、シャルンホルスト・ブッホがロナ家を買うことができたのも、こ
うした背景の下、そのための便利な道具として戸籍制度が維持され続けていたからに他
ならなかった。
しかし、新興サイドであるフロンティアサイドにおける戸籍は、それ本来が持つ役目、
すなわち人口動態、人の出入りを示す役割をきちんと果たしていた。
これは4基のスペースコロニーがほぼ同時に建設が行われた結果、その移民希望者の
募集に際しても一元管理が行われ、またその対象も地球からのではなく他のサイドや月
ま
さら
など戸籍の捏造をわざわざ行う必要性のない人々ばかりであったからである。
それ故、フロンティアサイドに住まう人々の戸籍データは、本当に真っ新で、後々移
住してきて追加されてきた住人のデータすら管理、監視し易くしていたのだ。それを裏
付けるようにロナ家が出奔したナディア・ロナとベラ・ロナ、フェアチャイルド一家を
﹂
見つけたのは彼らがフロンティアⅣに越してきた時であった。
﹁やっぱりオリキャラのみ、なのか
﹁⋮⋮開発できない
﹂
・
パー
・
・
ツ
ザクIからザクⅡJを、ザクⅡJからグフを。といった具合に系譜に繋がったモビル
それは例えば、ジオンのザクⅠからザクⅡFを、ザクⅡFからザクⅡ改を。あるいは
化する﹄と言ったほうが、より適切かもしれないが。
ツを作り出すことを指している。ただゲームの見た目上、
﹃作り出す﹄というよりも﹃変
あるユニット│││モビルスーツから技術的関連があると設定されているモビルスー
この︻開発︼とは、ゲーム︻SDガンダム Gジェネレーション︼シリーズの用語だ。
ておく必要があるだろう。
ここで彼の口にした︻開発︼、
︻ユニット開発︼という言葉の意味を少しばかり説明し
彼がそれを目にした時、思わず呟いた言葉がそれだ。
?
◆
機能の制限、そして暗に示した在り方によって連鎖的に浮かび上がってきたものだ。
ちから
それは、彼の持つ異常、場違いな工芸品﹃Gジェネアプリ﹄が見せた限界、もしくは
オー
ディナハンがこうして彼らを探している理由は、とある不安が持ち上がったからだ。
?
259
第十一話 見えぬ未来
260
スーツを一つ一つ作り出していくというものだ。
勿論、これには色々と条件と制約がある。一つの機体からは一つの機体にしか変化し
ない。先の例で言うならばザクⅡ改とグフを作りたければ、最初にザクⅠを二機用意す
る必要がある。
またゲーム上、機体にはそれぞれ︻レベル︼というものが設定されており戦闘で敵を
倒す事で上がっていくのだが、ある一定のレベルに達しなければ新たなモビルスーツへ
と変化することができないようにもなっている。
ディナハンの視線の先のモニターにはスーパーにディフォルメされたF90Vの姿
絵が映し出されていた。それを見つめつつ訝しげに眉根を寄せる。
﹃Gジェネアプリ﹄には、ゲームを模した機能があるのは以前にも触れた。彼はその全
・
・
てを試し効果を見聞きし体験したわけではないが、自身の身体能力の異常、言い換える
敵性技術だからか
と考
なら超常的な変化と現実の状況がアプリ上に反映されることから、コレが本物であると
確信していた。
しかし、上手く事が運ばない。 どういうことだろう
?
デナン・ゾン。デナン・ゲー。エビル・S。ダギ・イルス。ベルガ・ダラス。ベルガ・
で同じ確認をする。
え始めた。ディナハンは確認の意味も込めてクロスボーン・バンガードのモビルスーツ
?
バラス。ベルガ・ギロス。ビギナ・ギナ。ビギナ・ゼラ。
そのどれもが幾つかの︵一部のモビルスーツには真っ黒に塗りつぶされたシルエット
だけの姿絵もあるにせよ︶開発先のモビルスーツの姿絵を表示している。F90Vのよ
うに何も候補を表示しないということはなかった。 彼の脳裏に或るモビルスーツが思い浮かぶ。交差した骨を冠した白いモビルスーツ。
その入手がこれで俄然難しくなった。
そんなこと以上に予想と違う︻Gジェネアプリ︼の動きに、懸念が脳裏に浮かんでき
﹁これは、面倒になる。⋮⋮いや、﹂
た。
という不安。
それは、端的に言えば超常と現実との整合性。異常が何処まで現実に反映されるの
か、そしてそれは本当に││││未来を変える力足り得るか
◆
歴史という潮流の中の一粒の砂にもなれないと理解した時、彼はその先を諦め流され
人には決して分からない。
せなかった彼の悲しみと憤り、苛立ちと嘆き、苦しみと絶望、後悔と喪失感。それは余
未来を知っていても結局は何も出来ず、唯々諾々とそれを受け入れるしか道を見いだ
無念のうちに凶弾に倒れた父、父を愛していたが故に心を壊した母。
?
261
第十一話 見えぬ未来
262
るだけの存在になった。
だから、目の前に差し出された歪な力に手を伸ばしたのだ。だから彼は縋ったのだ。
この力があるなら願いが叶う、と。圧倒的な力があるなら覆せる、と。決して犠牲を
無為なものになどさせない、と思いを込めて。
・
・
・
・
・
・
・
・
ディナハンの亡き父ハウゼリーが目指していた、祖父マイッツアーが真に目指してい
るもの。
・
・
それは、人の営みが営々と続いていくこと。それは言い換えれば、断絶の無い人類の
歴史を未来へと続けていくことでもある。
そしてそれは、生きとし生けるもの全ての家、人類の始まりの大地、宇宙に散らばっ
た人の生まれ故郷、帰る場所、地球を後の世の子供達に後の世の子供達に残すことにも
繋がる。
そう、コスモ・貴族主義社会の構築、そしてコスモ・バビロニア建国も、その実現の
ほ
し
ための方便、道具であって決して目的ではない。飽くまでも手段に過ぎないのだ。
かつて、増えすぎた人類の重さに圧迫され死に向かう地球をその苦痛から解放し、再
生への希望を繋ぐだために民主主義によって形作られた地球連邦政府が取った方策は、
人口の抑制ではなく生存圏の開拓であった。
そのため、人は、宇宙に住処を作れるほどに発達した科学の恩恵もあって更に膨れ上
263
がっていく。
事実、一年戦争で人類の総人口は半分になり、その後幾度かの戦争があったにも拘ら
ず、現在のそれは一年戦争前と変わらぬほどに増加し戻ってしまっている。それも五十
年そこそこの短い内に、である。
コロニーを増設できるラグランジェポイントは有
地球連邦政府は、それに対しコロニーの新規建造で対処しているが、この人口の伸び
率に対してそれが何時まで持つ
そのために地球上の人類を全て一掃する。地球圏に住まう人間を少なくし、他惑星、
地球の再生と保全。人類の永続。
ならば││││
も虐殺者という汚名を着る覚悟を決めたのだ。人の未来に責を負うと誓ったのだ。
れることを厭わなかったのと同じようにマイッツアーもハウゼリーも、そしてカロッゾ
地球連邦という仕組みを作り上げた先人達が、宇宙世紀の始まりに際し多くの血が流
これがマイッツアーやハウゼリーの論だ。
らなかった政策を選択する。
だから人を減らす。過去を見つめ、学び、考えた。その結果、あの時、地球連邦が取
愚かにも人は再び同じ過ちを繰り返そうとしていた。
限であり、狭い領域だ。遅かれ早かれ限界を向かえ、飽和することは目に見えている。
?
第十一話 見えぬ未来
264
他星系への移住を見越した深宇宙探査、真なる大航海時代の幕開け。
やがて、人が地球を後にし宇宙に住み始めた時、西暦から宇宙世紀へと変わったよう
に、人が地球圏から、いや太陽系圏を後にし新たな星系に旅立った時世界は再び新たな
世紀へと移り変わるに違いない。
そして人類はその新たな住処で営みを続ける。全人類が、地球を離れ、宇宙を住処に
し、新たな大地に足をつける。そして、いつの日か再び緑溢れる故郷へと帰って来るの
だ。
﹃宇宙世紀の終焉、そして次の世紀の始まり。
過去から今、そして未来へと連綿と続く人類と地球の歴史を︻黒歴史︼になぞには
・
・
させない。﹄
その実現││いや例え自身が生きている間には実を結ばずとも、最後までの筋道を作
り、それを後に続く者達に託すこと││は、世界を敵に回すロナ家に生まれ、
︻機動戦士
ガンダム︼を知る自分だけが持てる願いなのだ、と彼は知っていた。
そして、それはきっと、そんな彼が家族へ出来るの最大の手向けと慰撫となると彼は
信じた。
◆
しかし、ディナハンが頼りにする所の異質な力︻Gジェネアプリ︼は、そんな彼を嘲
265
笑うかのように振る舞った。
[STAGE CLEAR]。現実をまるでゲームと見做すかの如く示されたそれを
見て、不安になったのだ。
︻Gジェネ︼、
︻SDガンダム Gジェネレーション︼と言うゲームの特徴の一つに歴史
にIFは存在しないというものがある。一年戦争でジオンが勝利することは決して無
い。いくらプレイヤーが自軍を操り、どれほど戦闘で勝利を重ねようと戦争の結果を動
かすことは出来ない。ジオンは絶対に連邦に勝てない。ティターンズはエゥーゴに潰
さくひん
され、ネオ・ジオンはガンダムチームに、ロンド・ベルに野望を阻まれるのだ。
そして│││
建国後、数年でコスモ・バビロニアは崩壊させられる。
彼が手に入れた力の元となった存在は、決して歴史を覆さない。時代や世界を超えて
勢力が入り乱れることが合ったとしても、物語の中で決められた勝者が勝者となり、敗
者は敗者となる。
だから彼は、
︻Gジェネアプリ︼とゲーム︻SDガンダム Gジェネレーション︼の違
と糺せば、各社
と問えば、戦史を紐解き。過去彼等が実在したか
いを知っておかなければならなかったのだ。
?
と質せば、軍人名鑑を漁り。MS開発はどう行われていたのか
?
今までに歴史のIFはあったのか
否か
?
各勢力の机上のプランも含め資料を可能な限り集めた。
・
・
その一環としてディナハンは、今現在の戸籍データの調査を行っていたのだった。
そうして出てきた人物が彼女であった。
﹁ふーん、サイド3から。なるほど、たしかにジオンに居たというんなら、そう名乗れな
くもないか⋮⋮﹂
﹂
彼女の言動を思い起こし、独り納得する。││││その時だった。
﹁│││入者です
﹂
ガッシャアアァンッ
﹁どちらか
!
﹁大事無い
﹂
!
にならんと髪を切ってケジメとしたセシリー・フェアチャイルドと邂逅する。
至った。︻前世の記憶︼に残る出来事。シーブック・アノーが邸内に侵入し、ベラ・ロナ
急ぎドアを開け入ってきた護衛の兵士に、そう答えながら彼は直ぐにこの騒動に思い
!
﹂
は少しばかり離れているように思えた。
ビクリと反射行動を示し、直ぐ様腰を浮かせた所で更には銃声が聞こえてくる。場所
人の叫び声の後に、ガラスが割れるように響く音がディナハンの耳に届いたのは。
!
!?
﹁ディナハン様
第十一話 見えぬ未来
266
﹁良い、直接行きます。伴を﹂
﹂
はや
ディナハンに気付いた人だかりが道を開ける。
﹁ただの物盗りかと。いえ、だからこそ連邦の体制は正すべきだと、感じました﹂
﹁│││その折の暴漢とはな﹂
人だかりの先、ベラの居室からだった。
イッツアーとベラの会話がディナハンの耳へと届き始める。
早足に廊下を進むディナハンの姿を捉えた者達が脇に下がり頭を垂れる中、やがてマ
本当ならば。
だから、彼が彼等の身を案じて逸る理由はない。そう、心配する必要は無いはずだ。
るはずだ。
そして、今のところ現実は大凡彼の記憶どおりに未来を紡いでいる。きっと、そうな
おおよそ
ネ・シャルが撃った弾丸はシーブックには当たらず、彼は無事に逃げ果せる。
おお
彼の記憶が確かならば、ベラに、同じ屋敷にいるマイッツアーにも怪我はなく、ザビー
ディナハンは返事を待たずに部屋を出た。ベラ・ロナの居室へと廊下を急ぐ。
?!
今がその瞬間だったのだろう。
従姉上は無事か
?
﹁はっ、ただ今確認いたします﹂
﹁おじい様は
267
第十一話 見えぬ未来
268
その部屋へと一歩踏み入れると、彼女の答えに感慨深く頷くマイッツアーの背中が見
えた。側には片目をアイパッチで隠した男ザビーネ・シャルが静かに控えている。
その光景にやはりと思うとともにディナハンは、ベラの口にした言葉にほんの一瞬、
顔をしかめた。心にもない事を、と。
成り行きであったとは言え、シーブックと、シーブック達と離れてしまったことで彼
女は寄る辺を失った。そして蘇った幼き日の記憶が家族という名の居場所を肯定した。
それが血縁という安寧に負け、身を任せて、ただ流されるだけとなっていると気が付き
もしないで。
しかし、彼の生存を知って彼女は自分の愚かしさに気が付く。
とは言っても自身を取り込んだものは大きく、強大だと知ってしまった彼女が、そこ
から脱せるはずもなく。だから、彼をかばうように言葉と態度を選んだ。
もし、白
ベラ・ロナ。確かに彼女は強い。だが、支えてくれる者が居なくて、たった一人で立
ち続けられるほど強くはない。彼女はまだ16歳の少女なのだ。
だが、自分に巻き付く茨を力づくで断ち切ってくれる者がいたとしたら
なぜなら彼女は彼に心を残しているのだから。そして│││ 重ねるだろう。
馬に乗った王子様が現れてくれたなら、彼女はきっとその差し出された手に自らの手を
?
﹂
?
彼女はディナハンの願いを阻む敵となる。
おお│││ディナハン。お前も無事か
?
いや逆に一定水準以上の者でしか構成を許していないからこその人手不足。それが
あっても、それは変わらないのだろう。
厳しい規律と訓練を施され一端の真っ当な組織となったクロスボーン・バンガードで
ロッゾをもってしても根絶し難いもの。
こすほどに組織運営に長けたマイッツアーや、コンピュータそのものと言って良いカ
こうした、いざ実践となった段階になって露見する問題点は、一大コンチェルンを起
を押さえ込めなかったりとクロスボーン・バンガードは警戒が甘い。
F91の進入、脱出を簡単に許したり、コスモ・バビロニア宣言時の鉄仮面狙撃テロ
確かに、とディナハンは頷く。
を行わねばな﹂
我はない。││未だ混乱を脱しきれていないとはいえ、警備の見直しと意識の引き締め
﹁そうか、それは良かった。実は、物盗りが入ったようでな。幸いにもベラにも私にも怪
﹁はい、私は特に﹂
優しげな笑みを見せた。
ベラの視線が動いたことに気がついたマイッツアーが振り返り、ディナハンを見つけ
﹁ん
269
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祟った例とも言えるだろうか
だが、現実にそれは起こっている。偶然
シーブック・アノーは知らずその能力を開花させつつ在るのだろう。
知っていた。
それを可能にする概念、そして彼がその能力を持ち合わせていることをディナハンは
︵いいや。⋮⋮なるほど、これがニュータイプの勘って奴か︶
?
しても、それで直ぐ様彼女の居場所に辿り着くのは余りに都合の良い話だ。
そう、いくらシーブックが迎賓館にロナ家の人間が、セシリーがいることを知ったと
に。
彼女に、はにかむような笑顔を向けられ思い至った。自分の考えが間違っていたこと
マイッツアーの言葉を聞きつつ、ベラ・ロナを見つめた。
﹁ベラがな、アイドルとなることを了承してくれた。これはその決意の顕れだと﹂
﹁従姉上⋮⋮髪を﹂
ふと視線が静かに佇む彼女に向いた。長く美しかった髪を無造作に切ったその姿。
?
にして。
そう言うと、ディナハンは年相応に無邪気な笑みを浮かべた。内心の恐れをひた隠し
﹁そう、ですか。それは喜ばしいことです﹂
第十一話 見えぬ未来
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