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序文(PDFファイル) - 学校教育研究センター

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序 文
多
様な違いが混ざってモザイクのように輝く、ということをア
メリカ文明の特徴であると指摘したのは司馬遼太郎である。
違いが淘汰されることにより、それが輝くというのである。
違いとか多様性は文明をはぐくむために不可欠なものであるという。
多様性の特色は、変化とか流動ということにある。人や物が動くこ
とによってこの国は成立してきた。金もそうである。この国は多くの
人を惹きつけ、富と繁栄をもたらしてきた。その間、貧困や戦争に悩
まされた時代もある。だが、全体としては、国として安定している。こ
の国には一つの宿命がある。それは、一度やって来た人を絶えず引き
止めておくための魅力を維持することである。この魅力がこの国から
なくなると、人はもといたところに富と頭脳とともに戻る、しかして
アメリカという国は滅びるという危機である。アメリカにはこの危機
感が絶えずつきまとっている。そのため、絶えず国旗を掲揚し、国家
を絶えず歌って国への忠誠を要求している。つまり、国家というアイ
デンティティを星条旗と Star-Spangled Banner に託しているのである。
アメリカの特色は、いろいろな民族がいて、さまざまな文化行事や
宗教行為が、さまざまな言語で執り行われているだけでない。それぞ
れの州は、あたかも一つの国のように憲法を持ち、最高裁判所もある。
アメリカというのは一つの仮想の人工国家であり、現在もその実験を
続けているといっても良い。実験が成功すれば定着し、そうでなけれ
ば変えるという姿勢が絶えずある。法律もそうである。この国の法体
系は、コモン・ロー(Common Law)というのが基本にある考え方であ
る。この法の特色は、時代が変われば法律を変える、ということであ
る。
障害児教育である。これも州によって、学校区によってさまざまに
違いが見られる。だから、「アメリカの教育は、かくかくしかじか」との
たまうことは至難の業である。かろうじて「アメリカの個別障害者教育
法は云々、」ということはできる。この法律によって障害のある子どが、
どこにいても無償の教育を受ける権利が保障された。あとは、州がそ
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れを履行するのである。障害者の教育が保証されるには、長い時間が
かかった。それは、黒人の公民権運動にさかのぼる。少数民族の権利
が障害者の権利として同じであることが認知されるようになるには、
1975 年の全障害児教育法の成立まで待たねばならなかった。
社会的弱者といわれる障害者の権利の実現と擁護が許されているこ
の国で、しかも多様な違いの存在するこの社会では、さしたる権利の
衝突は見られない。それは、司法上の判断が重視されているからであ
る。たとえば「保護手続き」という規定がある。これは、障害のある
子どもの親と本人の権利を保護するために、家庭と学校との異議を解
決するために策定されたものである。この適正手続きによって審問を
請求する親の権利などがきめ細かく規定されている。行政の勝手な裁
量を許さないという姿勢が全障害児教育法の随所に見られる。
全障害児教育法は、これまで数回の修正が加えられながら個別障害
者教育法になった。これもコモン・ローのせいである。人が変わり時
代が変容すれば、法律も変わるのがこの国である。障害児教育も例外
でない。それゆえ、いろいろな教育や研究が今も続くのがアメリカで
ある。その点で、研究者には魅力のある国ではある。
私事であるが、3 人の子どもは小学校から大学院までアメリカで教
育を受けた。その間、親としてつぶさにこの国の教育に触れてきた。
これを織物に譬えて本書の縦糸とすれば、6 年余りの研究生活とその
後のミネソタ大学を中心とする共同研究が横糸となっている。
本書の編集にあたっては、この 3 月まで兵庫教育大学の大学院生で
あった岩井宏氏氏と渡部親司氏に、また最後の仕上げには同じく大学
院生である村川佳子さんにお世話していただいた。ここに謝意を表す
る。表紙のデザインは滋賀県立甲良養護学校の近藤英治氏のものであ
る。、本著の発行をお引き受けくださった文教資料協会の古田昭禎氏に
お礼を申し上げる。古田氏のご支援がなければこの小本も生まれな
かったことを記す。
1999 年 4 月 成田 滋
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