電子会議室における議論内容とプロセスを可視化

電子会議室における議論内容とプロセスを可視化するツールの開発
Development of a Tool for Visualization of Discussion and its Process in Electronic Forums
○望月 俊男*1,*2
Toshio MOCHIZUKI
藤谷 哲*5
Satoru FUJITANI
*1
久松 慎一*3
Shin-ichi HISAMATSU
中原 淳*6
Jun NAKAHARA
総合研究大学院大学文化科学研究科メディア社会文化専攻
Department of Cyber Society and Culture
The Graduate University for Advanced Studies
*3
*5
日本学術振興会特別研究員
*4
東京大学大学院学際情報学府
Graduate School of Interdisciplinary Information Studies,
The University of Tokyo
*6
目白大学経営学部
Faculty of Business Administration, Mejiro University
<あらまし>
*2
Research Fellow of
the Japan Society for the Promotion of Science
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科
Graduate School of Media and Governance
Keio University
八重樫 文*4
Kazaru YAEGASHI
加藤 浩*1,*6
Hiroshi KATO
メディア教育開発センター
National Institute of Multimedia Education
電子会議室において展開される学習者のコミュニケーション活動の内容とプロセ
スを可視化するソフトウェアを開発した.このソフトウェアは,任意の期間を単位として,各学
習者の発話内容について概要と相互関係をまとめたマップを提示する.また,過去にさかのぼっ
てマップの変化の過程を確認することができる.学習者にこのマップを見せることにより,学習
者が学習コミュニティにおける議論の内容,トピックの活性度,各トピックの参加状況の理解を
促進し,協調学習活動の自己評価・改善が促されることを目指す.
<キーワード>
コミュニケーション
評価
CSCL
1. はじめに
近年,電子会議室のような非同期コミュニ
内容
プロセス
れぞれの能力が,学習者間インタラクション
の中で発現したものと捉えることができよう.
ケーション環境を用いた議論をもとにした協
本研究では,電子会議室の議論内容・プロ
調学習型の教育実践がさかんに行われるよう
セスを可視化し,学習者が質的に把握するた
になった.こうしたメディアを用いた協調学
めのツールを開発した.学習者1人1人がコ
習の評価は重要な研究課題となっている.そ
ミュニケーション活動にどのように関わり合
の評価において,教師による学習者の評定
いながら,全体のコミュニケーションが成り
(grading)のみならず,学習者による学習の
立っているかを提示する.これにより,学習
自己評価(self assessment)のための資料を提
者の適切な議論を支援することを目指す.
供することができれば,協調学習活動自体の
改善を促すことができると考えられる.
2. 先行研究と本研究の目的
協調学習の評価の有効なリソースの1つと
これまで,電子掲示板上での議論を活性化
して挙げられるのは,電子会議室における議
する目的で,議論状況を提示する研究が様々
論内容である.協調学習は従来の学習観とは
に行われている.例えば,議論の活性度(山
異なり,能力は個人の属性に還元されるもの
内ほか 2001)や学習者コミュニティ及び学習
ではなく,各学習者が社会的状況やアーティ
者自身の発言状況・被返信状況(中原ほか
ファクトとのインタラクションの中で協同的
2002)を可視化する研究,及び議論中に形成
に可視化され,達成されるものであるとする
された社会的ネットワークを可視化する研究
社会的構築主義的認識論に依拠している.従
(稲垣ほか 2002)が行われてきた.だが,議
って,評価はその活動の文脈の中(in situ)
論の内容まで踏み込んで可視化しようとする
において可視化された能力を捉えることにな
研究は少ない.
る(加藤 2001).電子掲示板のコミュニケー
そこで本研究では,文章全体の中に出現す
ション内容は,その議論に参加する学習者そ
るキーワードと,学習者との関係の強さを可
視化することにより,学習者に対して
議論の概況を提示するツールを開発す
る.
3. 議論可視化ツール
i-Bee
本研究で開発したツール i-Bee は,
テキストマイニングの可視化技術を用
いて,電子会議室で行われている議論
の内容をもとに,ある時点における学
習者と学習キーワードの活性度,及び
学習者とキーワードの関係の強さを図
示することができる.さらに,それら
の時系列的な変化を表示することもで
きる.
図1
このツールは,後述するような機能
i-Bee の概観
を実現するため,ハチの活動をメタフ
ァとして採用した.
れるマップにおいては,関連の強い変数は近
くに布置され,変数のクラスター(凝集状態)
3.1. i-Bee の設計思想
や構造を把握することができる.
本研究の最終的な目標は,学習者が適切に
具体的には,各学習者がそれぞれのキーワ
議論の内容を把握することにより,学習者自
ードを何度利用したかというクロス集計表を
身が学習活動を自己評価して振り返り,議論
もとにしてコレスポンデンス分析を行うと,
全体を踏まえた発言行動を促進することであ
平面上に学習者名と単語名が布置されたマッ
る.
プが生成される.学習者名とその近傍に配置
学習者の適切な評価を促すためには,学習
されたキーワードを見れば,各学習者がどの
者が直感的に議論の全体を把握し,かつ学習
キーワードを頻繁に発言しているかを見いだ
者自身がどのように関わっているかを提示す
せる.また,この布置は上記の配置原則をも
る必要がある.
とに複数の学習者・キーワードをバランス良
このために有効なのは,議論データから意
く配置するので,マップの総体としては,学
味のある情報を抽出して分かりやすく提示す
習者が議論の中で主として担っているいくつ
るテキストマイニングであろう.これらの研
かの話題が示されると考えられる.
究では,主としてキーワードの抽出などに
様々な手法が考案されているが,それらと組
3.2. i-Bee の概要
み合わせて全体と個々の関係を見出す可視化
本ツールは e-Learning 構築支援システム
手法として多次元尺度構成法(MDS)やコレ
exCampus(中原・西森 2003)の電子掲示板
スポンデンス分析(correspondence analysis)
機能及びそのデータベースに連携して動作す
などの多変量解析法が利用されている(渡部
る.
2001 ). そ の 中 で も コ レ ス ポ ン デ ン ス 分 析
電子掲示板に設けられた電子会議室にログ
(GREENACRE 1984)は 2 つ以上の離散変数の
インすると,図1に示すようなマップが別ウ
関係を分析するための手法で,複雑なデータ
ィンドウとして開く.これには①参加してい
行列の構造をグラフィカルに表現し直感的理
る学習者(ハチ),②学習者が発言したキーワ
解を得る記述的方法である.この手法では,
ード(花)が表示され,③各学習者が発言し
比較的大きな分割表のカテゴリを低次元空間
たキーワードの多少によって,①②間の距離
(2 次元平面または 3 次元空間)に点の分布
の長短が決定され,布置されて示される.
として布置することができる.ここで生成さ
学習者は電子会議室で議論を行う前にこの
マップを見ることで,学習者は議論のプロセ
そして,行列 Nt をコレスポンデンス分析し
スや内容,コミュニティの状態を俯瞰するこ
たときに出力される結果(第 1 軸と第 2 軸の
とができる.それによって,学習者が,参加
値)に従って,学習者とキーワードをそれぞ
するトピックを絞ったり,話題の展開を考え
れ平面上に座標配置することになる.
たり,議論に参加しきれてない学習者のフォ
なお,ある学習者が全くキーワードを発言
ローアップをしたりできると考えられる(望
していない場合,またはあるキーワードが全
月ほか 2003).
く発言されていない場合には,同じ1行,同
じ1列の中が全て 0 になり,コレスポンデン
3.3. 機構
ス分析を行うことができない.そこで,その
まず,教師や TA 等が,学習内容に密接に
場合にはその行または列を除いて演算を行い,
関わる名詞の中からキーワードを選定する.
該当する学習者・キーワードは生成されるマ
また,学習者の議論の経緯を示すためには,
ップに表示しないようにした.
学習活動のペースにあわせて分析する必要が
あるため,分析単位時間を設定する.
マップのインターフェイスの開発には
Macromedia Flash MX を用いた.
次に,学習者が電子会議室で発言した記事
を,Chasen(松本ほか 1997)を用いて形態素
3.4. 議論プロセスの提示
解析し,予め登録されたキーワードと照合し
こうした可視化方法によって,学習者が議
て,その出現数を数える.これをある単位時
論全体の内容を把握できるようにするととも
間毎,かつ各学習者の発言毎に累積集計する。
に,学習者がより反省的にコミュニケーショ
学習コミュニティにおける,ある時点のコ
ン活動を捉えられるようにするために,以前
ミュニケーションの状態を表すためには,あ
の議論の様子をも可視化して,振り返りを促
る時点 t における累積頻度行列をコレスポン
進する必要があると考えた.
デンス分析で解析して示す.即ち,学習開始
本ツールでは,マップがポップアップした
時からある時点 t までに,学習者 l がキーワ
際に t-1 時から t 時までの差分について,自動
ード w を発言した累積回数を n(l, t, w)とした
的にアニメーションにより学習者の軌跡を示
ときに,以下のような行列 Nt を作成する.
した.
 n(1, t ,1)
 M

N t =  n(l , t ,1)
L ×W

 M
n( L, t ,1)
L
O
L
N
n(1, t , w) L
M
N
n(l , t , w) L
M
O
L n( L, t , w) L
n(1, t ,W ) 

M

n(l , t ,W ) 

M

n( L, t ,W )
また,学習者が必要に応じて Flash のイン
ターフェイスを操作することにより,学習開
始時~ t 時の変化を見ることができるように
した(図2).具体的には,学習者はマップの
メッセージウィンドウ中にあるボタンを用い
この行列 Nt は,単位時間毎に集計される.た
て,1週間前・1分析単位時間前・1分析単
だし,l=1,…,L,t=1,…,T,w=1,…,W であり,
位時間後・1週間後の議論の状態(行列 Nt
時間 t は実時間ではなく,単位時間で区切っ
による解析結果のスナップショット)を確認
た期間の区間番号である.
することができる.
表1:提示する評価情報と,表現するための指標・表現対象・表現方法
評価情報
指標
表現対象
表現方法
学習者の
設定キーワードの発言頻度をもとに
「ハチ」と「花」
学習者があるキーワードを頻繁に発言
したコレスポンデンス分析の出力座標値
の間の距離
発言内容
学習者の活性度
話題(キーワード)
の活性度
ある時間中の当該学習者の発言し
た記事の出現頻度÷当該学習者の
単位時間平均発言頻度
ある時間中の全発言に含まれる当
該キーワードの出現頻度÷当該キ
ーワードの全期間平均出現回数
「ハチ」
「花」
すれば,その2者間は近傍する.
キーワードの発言量が相対的に多くな
ると元気に飛び回るようになる.
キーワードの発言頻度が相対的に多く
なると元気になる(満開に近づく).相対
頻度が少なくなると花が落ちる.
記事検索を行い,候補を表示す
る.学習者はそれをもとにして
興味を持った話題や現在活発な
トピック等にアクセスすること
ができる.
4. 今後の展開
開発したツールは,2003 年後
期より exCampus を用いて行わ
れる授業実践で利用し,実証実
験を行っている.結果の詳細に
ついては発表の際に報告する予
定である.
謝辞 本研究の一部は,科学研究費
補助金(特別研究員奨励費,若手研
図2:変化の提示(開発中の画面)
究(B)(14780120 研究代表者 藤谷
哲,及び 14780126 研究代表者 中
原淳),基盤研究(B)(13558023 研
これにより,議論の経緯や,学習者自身の
究代表者 加藤浩))の補助を受けた.
議論への関わりを確認することを可能にする.
3.5. 活性度の提示
単純に累積頻度でハチやキーワードを布置
するだけでは,電子掲示板上の議論の状態を
的確に表しているとはいいがたい.そこで各
分析単位時間における,学習内容に関わる議
論に対する各学習者の参加度,及びキーワー
ドの出現頻度の程度を 3 段階で示すことにし
た.具体的には,学習者(ハチ)については
「睡眠」~「元気に飛ぶ」,キーワード(花)
については「つぼみ」~「満開」の変化によ
って示している(表1).
前者は,当該学習者の単位時間あたり平均
発言頻度に対する,当該学習者の当該時間中
の発言頻度の割合を指標とした.後者は,全
発言に含まれる当該キーワードの単位時間あ
たり平均出現頻度に対する,当該キーワード
の当該時間出現頻度を指標とした.
3.5. 発言の検索
学習者がマップから直接電子会議室の内容
を参照できるように,exCampus の検索機能と
連動して記事検索を行えるようにした.
具体的には,学習者名およびキーワードが
提示されたハチおよび花をクリックすること
で,該当する学習者及びキーワードを用いた
参考文献
GREENACRE, M. J.(1984)Theory and Applications of
Correspondence Analysis. Academic Press, London.
稲垣忠・土井大輔・宇治橋祐之・黒上晴夫(2002)
リレーションに着目した学校間交流学習コミュ
ニティの分析.教育システム情報学会第 27 回全
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日本教育工学会第 17 回大会講演論文集,pp.121122.
松本裕治・北内啓・山下達雄・今一修・今村友明
(1997)日本語形態素解析システム『茶筌』
version 1.0 使用説明書.NAIST Technical Report,
NAIST- IS-TR97007, 奈良先端科学技術大学院
大学.
望月俊男・藤谷哲・一色裕里・山内祐平・加藤浩
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習評価方法の提案.電子情報通信学会技術報告
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中原淳・久松慎一・八重樫文・山内祐平(2002)
ポケットの中の学習コミュニティ:携帯電話を
活用した学習コミュニティ活性化ソフトウェア
の開発.日本教育工学会第 18 回全国大会講演論
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中原淳・西森年寿(編著)坂元昂(監修)(2003)
eラーニングのマネジメント.オーム社.
渡部勇(2001)ビジュアルテキストマイニング.
人工知能学会誌, Vol. 16, No.2, pp.226-232.
山内祐平・中原淳・永井由美子・堀田龍也(2001)
電子掲示板を活性化させるための可視化モデル
の検討-生命メタファを用いたアウェアネス情
報の提示.日本教育工学会第 17 回大会講演論文
集, pp.695-696.