科学技術の発達と現代社会 第 11 回:環境エネルギーと材料 大学院工学研究科 小山秀夫 1. はじめに 材料は,広義には道具に使われる素材を指し,古くは石器から青銅器,鉄器から,現代に多用さ れているプラスチックや新素材に至るまで,実に多くの種類がある.それらは技術の進歩に伴い新た に生み出されたものも多く,技術の進歩の歴史は材料の歴史ともいえる.産業革命以前は手の代用と しての道具が主体であったため,材料は石,青銅,鉄など比較的その種類は尐なかったが,産業革命 以後には大規模な生産システムの進歩に伴い,多種多様な材料が用いられるようになった.それとと もに,材料自体の製造に大量のエネルギーを消費するようになり,さらに近代は材料とエネルギー・ 環境負荷は密接な関係を持つようになった.本講義では製造工程から廃棄までのライフサイクルアセ スメント(LCA)を念頭に,工業製品に使われる様々な材料の特徴と選択を解説し,最適な材料選択 について考えてもらうことにする. 2. 材料の種類と選択 様々な製品に使われる材料は,その機能を満たすために最も適したものが選択される.その場合 には当然強度は第一に考えるが,他に使用環境,感性,製造コスト,製造時のエネルギー消費量,リ サイクルのし易さまで考慮する.では,選択される材料にはどんな種類があるだろうか. 材料を大まかに分類すると,硬い・柔らかいなどの分類もあるが,工業製品に限れば金属か非金 属かに分類される.この分類では「金属材料」は金属光沢があり,伝熱性と導電性が良いもので,硬 さとか変形し易さは無関係である.また「非金属材料」は「金属材料」以外の材料がすべて含まれる. 更に「金属材料」は,最も多用されている鉄系の「鉄鋼材料」と非鉄系の「非鉄金属」に分類さ れる.一般的に「鉄」と呼ばれている材料は正確には「鋼(はがね) 」と呼ばれ,純粋な「鉄」に炭 素などを添加して強度を高めたものである. 「鋼」にはその用途により非常に多くの種類があり,さ びにくいステンレス鋼や鋳物も「鋼」の仲間である. また「非鉄金属」の代表として,アルミニウム系の材料が挙げられる.アルミニウム系も純粋な アルミニウムが用いられることは尐なく,鉄系の 1/3 程度の軽さとともに強度,耐食性に優れたジュ ラルミンと呼ばれる合金が主流である.アルミニウムに次いで多く使われている「非鉄金属」は銅系の 材料で,強度が劣るため強度部材には使われないが,電線や装飾品に多用される.最近,よく見かけ る「非鉄金属」はチタン合金とマグネシウム合金である.チタンはアルミニウムの 2 倍ほどの比重は あるが,並外れた耐熱性のため当初は航空機や宇宙関係の部品に使われていた.チタンは耐食性・生 体適合性にも優れているため,近頃は医用分野への応用が拡大している.チタンとともにマグネシウ ム合金もよく見かけるようになった.マグネシウムはアルミニウムの半分程度の比重しかない,非常 に軽い金属である.しかし複雑な形状に成形するためには,200℃程度の高温環境が必要なこと,材 料自体が高価なことなど問題点も多いため,現在は開発途上の材料と言えよう. 「金属材料」以外の「非金属材料」は無限にあると言っても過言ではない.中でもよく使われて いるのは「木材」 「紙材」 「皮革」等古くから用いられている材料であるが,工業製品には余り使われ ない. 「非金属材料」として挙げられるセラミックスは一種の陶器であり,硬い,燃えない,さびな い,耐薬品性など非常に優れた特質を持っているが,脆く割れやすい.また,製造時に高温で焼結す るため収縮し,成形後はほとんど加工できない. それに対してプラスチックは非常に加工性が 良く,特に高温環境でなければ強度的にも問題 ない材料が開発されている.そのため,最近の 身のまわりの製品には金属材料以上にたくさ ん使われている.また,航空機などの特殊な分 野ではあるが,非常に軽くて強いカーボンファ イバーを強化材として,他の材料と複合化して 互いの欠点を補うような高性能複合材料も注 目されている. 3. 材料と環境負荷 金属材料の多くは,鉱石を原料として熱,あ るいは化学反応により不純物を取り除き,純粋 図 1 材料の大まかな分類例 な金属を取り出す.そのため,製 造時には莫大な熱エネルギーす なわち燃料を必要とし,従来は汚 染物質の排出量も多かった.また 金属材料のうちアルミニウム系 の材料は電気分解によってつく られるため,電気の使用量も莫大 になる.しかし金属材料は,素材 を加工するために使用するエネ ルギーは小さく,廃棄も容易でリ サイクル性にも優れている. 図 2 ペットボトルの回収量の推移 (出展:2009 年ペットボトルリサイクル年次報告書) 一方非金属材料であるセラミ ックスは,製造時に焼結のため熱 エネルギーは必要とするが金属材料ほどではない.しかし再利用はできるがリサイクルはほとんど不 可能である.プラスチックは通常,精製した石油を原料に様々な物質を添加して作られる.製品製造 時には,溶融のために熱エネルギーは使われるが量は多くない.耐久性,ある程度の強度,成形性の 良さ,低コストからプラスチックは多用される一途であるが,廃棄には多くの問題が残る.そのまま 廃棄した状態では,熱や光で多尐は劣化するものの,大部分が分解されずに残る.また低温で燃やす と,ほとんどのプラスチックが有害物質を排出する. プラスチックは,廃棄は難しいが再利用はできないだろうか.通常プラスチックは添加物を含ん だ形で存在し,容器などでも内容物の種類により様々な種類のプラスチックを多層積層してできてい る.そのため金属などと違って,リサイクル時に元の素材に戻すことは難しい.したがって,リサイ クルとは言っても雑多なプラスチックが混ざっていても構わない,限られたものにしか利用できない. 最近は高温で燃焼できる焼却設備が開発され,プラスチックを燃やしても有害物質がほとんど排出さ れなくなったので,燃えるゴミとしてプラスチックを廃棄する自治体も多い. プラスチックの中でもペット(PET:ポリエチレンテレフタレート)はやや異なった状態にある. その使用後の回収率はペットボトルだけでも 8 割近い(図 2) .PET は他のプラスチックと違って,比 較的リサイクルが容易で燃やしても有害物質を出さない.そのため石油由来の材料の中では突出して リサイクルに積極的で,いろいろな製品にも再利用されている.しかし PET は燃料としても有用であ るため,輸出され燃やされている量も多い. 4. 環境にやさしい材料 環境にやさしい材料の条件は,まず製品製造時に使うエネルギーが尐なく,廃棄する際のエネル ギーも尐ない.また燃焼時に汚染物質を排出せず,そのまま廃棄してもいずれは分解されて土になる ような材料である.工業製品に使われる材料の中では,残念ながらそれらの項目をすべて満たすよう な材料は今のところない.しかし,最近トウモロコシやサトウキビなどを原料とした新しいプラスチ ック(植物由来樹脂:バイオプラスチック)が注目されている.植物由来樹脂はたとえば,原料から とれたデンプンや糖を発酵させてまず乳酸を作る.それを重合させてポリ乳酸,樹脂(ペレット) , 製品の順で製造されるが,廃棄しても再び水と CO2 に分解され,それが再び植物の光合成に使われる という,ライフサイクルで考えれば CO2 排出量がほとんどゼロになる材料である.植物由来樹脂の製 造に必要なエネルギーも石油由来樹脂より低く,排出 CO2 も 1/10 程度である.開発された当初は, 高コストと強度の問題から,使用される製品には限界があったが,最近は植物由来樹脂の種類も増え, 低コスト化と高強度化が進んでいる.そのため,携帯電話や家電製品をはじめとして自動車の内装, 果ては高温のエンジンルームにまで使われるようになっている. 5. これからの材料 平成 11 年の制定された循環型社会形成推進基本法により,従来の大量生産・大量消費・大量廃棄 型経済システムからの転換を余儀なくされ,生産者の排出者責任,拡大生産者責任が問われるように なった.生産自体においても環境負荷を低減した生産プロセスと材料の選択が必要になった.法律と ともに企業イメージとしても環境負荷が尐ないことが重要なテーマとなり,材料選択にも新しい風が 吹いている. 資源から製品,そして廃棄,リサイクルの LCA が材料選択でも重要な因子になり,環 境影響の考慮は必須条件になっている.従来から材料技術と工業は常に二人三脚で発展してきたこと を考えると,これから予想される様々な困難に対しても,日本の材料技術は十分応えることができる と信じている.
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