1 トランプ当選後の米国とイスラム世界 Ⅰ エドワード・サイードはトランプ

トランプ当選後の米国とイスラム世界
Ⅰ エ ド ワ ー ド ・ サ イ ー ド は ト ラ ン プ の 「 壁 」 を 否 定 す る
2003年3月17日、イラク開戦が迫っていた時期にパレスチナ系アメリカ人の思想
家エドワード・サイードは、カイロ・アメリカン大学で講演を行った。
彼は「人は自由に移動できるはずであり、本来は交流すべきものであるのに、なぜ境界
をつくって分断するのか。境界をつくるから人は対立・衝突を起こすのである。文化や民
族は相互に作用し合って関連している。他者を正しく理解して、共生を追求していかなけ
ればならない。」と語った。
サイードのこの主張は、ガザ在住の友人がガザからエジプトの250メートルの検問地
帯を通過するのに、最低でも8時間から9時間もかかることを意識してのものだったが、
また次のようにも述べている 「『他者』を理解するためには 彼らの文化・社会・歴史への知識が必要です。(中略)
今、 すべての人々が戦いに参加しようとしています。アメリカの戦争と「帝国主義」に
反対する闘争です。アメリカ人としてアラブ人として、アメリカのイラク攻撃に私は悲し
みと恥を感じます。この戦争は決して成功しないでしょう。人々の思惟や思想は消去不能
だからです。(中略)思想の力とは何でしょう?それは平等・共存・不断の生活ということ
です。現在こそが私たちの戦場です。知識こそが私たちの主たる武器です。」
https://www.youtube.com/watch?v=Y_lE2wJaCy8
サイードのカイロでの講演は、彼が亡くなる半年前に行われたもので、渾身の魂が込め
られたものであった。実現可能かどうかわからないが、トランプ次期大統領はアメリカと
メキシコの国境の間に壁をつくり、またムスリム移民の禁止を唱えるなど、アメリカ社会
にも「壁」を築くことを主張してきた。
Ⅱ ト ラ ン プ 政 権 の イ ス ラ ム ・ シ フ ト
アメリカのトランプ次期大統領は、大統領首席補佐官にラインス・プリーバス共和党全
国委員長を指名し、スティーブ・バノン氏を首席戦略官兼上級顧問に指名した。
プリーバス委員長→11月13日、「あらゆる人のためになる経済を創造し、国境警備を強
化し、オバマ大統領の医療保険制度改革を廃止し、イスラム過激派のテロを根絶する。ト
ランプ氏は全ての米国人のための偉大な大統領になる」と述べた。
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過激派のテロの「根絶」を軍事的手段、あるいは監視の強化などで考えているのだろうが、
アメリカの対テロ戦争は、テロの増殖しかもたらさなかった。プリーパス氏の発言を聞く
につけ、トランプ政権は公約通りタカ派的傾向を追求するのだろう。
バノン→「アメリカで最も危険な選挙参謀」と形容されてトランプ陣営の選挙戦をおよそ
1年間、リードした。超保守系ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の最高責任
者(CEO)で、オバマ大統領が「敵意を抱くイスラム教徒を輸入した」と非難した。彼
は、自身の番組の中でアメリカ国内のムスリムがレイプや殺人、掠奪、公共の噴水で排便
するなどムスリムに対するヘイトを煽り続けた。イスラム法(シャリーア)による国家を
つくりテキサス州を乗っ取ろうとしているとも述べている。
バノンの「ブライトバート・ニュース」→フランスの国民戦線、オランダの自由党、イギ
リス独立党、ドイツのAFDなどに影響力を持ち始め、トランプの当選はヨーロッパの右
翼の活動にも弾みをつけている。12日にイギリス独立党のナイジェル・ファラージ党首
がトランプ次期大統領に直接会って祝意を表した。「ブライトバート・ニュース」は、ロン
ドン、エルサレムに支局をもち、さらにその活動をフランスやドイツに拡大しようとして
いる。
トランプ次期大統領のアドバイザーの一人である作家のカール・ヒグビー(元海軍特殊部
隊兵士)は、11月16日フォックス・ニュースでアメリカ国内に居住するムスリムを登
録制度にすべきであると述べた。彼は、第二次世界大戦に日系人が登録された前例がある
ことを指摘して、その措置の正当性を主張した。
日系人は1941年12月8日に日本軍がハワイを奇襲すると、スパイ行為や破壊活動
などを行う恐れがあるとされ、12万人余りの日系人たちが強制収容所に送られたが、そ
れが多分に人種差別的な措置であったことは、ドイツ系とイタリア系のアメリカ人たちに
は集団収容がなかったことでもうかがい知ることができる。この日系人の強制収容につい
ては、レーガン政権時代「1988年市民の自由法(通称、日系アメリカ人補償法)」で、
重大な基本的人権の侵害であったと認め、一人につきおよそ40、000ドルの補償が行
われている。
ほとんどの日系人たちには日本軍の軍事行動とは関係がなかったにも関わらず、彼らは
家や財産を手放すことを余儀なくされ、日系人に対する偏見を除くために志願兵として戦
争に参加した人たちもいて、約33、000人の人々がヨーロッパで戦い、主に日系人か
ら成る第442連隊戦闘団は合衆国史上最も多くの勲章を受けるなど勇猛果敢に戦い、ア
メリカ国家への忠誠心を示した。
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ヒグビーの発言は、ムスリム系アメリカ人を差別し、彼らに疎外感を与え、また中東イ
スラム世界におけるアメリカのイメージを大きく損なうものである。
Ⅲ 「 戦 う こ と は 楽 し い 」 - ジ ェ ー ム ズ ・ マ テ ィ ス
20日、アメリカのトランプ次期大統領は、新政権の国防長官にジェームズ・マティス
元中央軍司令官が最有力候補となっていることを明らかにした。
マティス氏は、2005年2月にサンディエゴの討論会で次のように述べている。
「アフガニスタンへ行けば、ヴェールをつけていないからと5年間も女性たちを殴りつけ
てきた連中がいる。男の風上にもおけない奴らでしょう?そういう人間を撃つのは死ぬほ
ど愉快でしたね。実際、戦うというのはとにかく楽しいものです。いや、面白すぎるとい
ってもいい。誰かを銃の的にするというのは楽しい。はっきり言えば、私は喧嘩が好きな
んだな。」
“You go into Afghanistan, you got guys who slap women around for five years because
they didn’t wear a veil. You know, guys like that ain’t got no manhood left anyway. So
it’s a hell of a lot of fun to shoot them. Actually it’s quite fun to fight them, you know. It’s
a hell of a hoot. It’s fun to shoot some people. I’ll be right up there with you. I like
brawling.”
http://edition.cnn.com/2005/US/02/03/general.shoot/
(日本語訳はウィキより)
マティス氏は海兵隊の将校として、アフガニスタンやイラクでの「対テロ戦争」の指揮
をとった。
アメリカの「対テロ戦争」の大きな誤りは民主主義を戦争で普及するという思い上がり
であり、戦う主体である米軍の将兵たちにサディスティックで、人種主義的な価値観をも
たせることになった。それは、マティス氏の上の発言の中に典型的に表れ、このような米
軍関係者のゆがんだ感情がアフガニスタンやイラクなどイスラム世界における根強い反米
感情の背景となった。
「アラビアのロレンス」のT.E.ロレンスはオスマン帝国の将校に暴行を受けてから
オスマン帝国の兵士たちを殺すことにある種の快感を覚えるようになった。彼の著書『知
恵の七柱』の中には、戦闘の後で横たわるオスマン軍の兵士たちの遺体が月光の中でなん
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と美しく見えたことかと書かれている。
Ⅳ ト ラ ン プ 当 選 を 喜 ぶ ア メ リ カ の 親 イ ス ラ エ ル 団 体
トランプ氏の当選にアメリカの親イスラエルのユダヤ系団体、キリスト教団体は祝意を
表し、彼のパレスチナ問題に関する構想を称賛している。
クリスチャン・シオニスト(イスラエルの国益を擁護することがキリストの再臨を早め
ると考える人々)の団体「国民に正義を訴える」の代表ローリー・カルドーザ・ムーアは、
トランプの勝利は福音がもたらしたものと形容し、「トランプ政権はアメリカの歴代政権の
中で最も親イスラエル的になるだろうが、それは1億人の福音主義者の票のおかげなので
ある」と述べた。
どう考えてもトランプ政権では国際社会でキリスト教とイスラムの衝突構造が強まりそ
うな気配だが、そこに日本が飛び込み、巻き込まれることはない。日本政府には思慮深く、
賢明にふるまってほしい。
サイモン・ウィーゼンタール・センター(ロサンゼルスにある、ホロコーストの記録保
存や反ユダヤ主義の監視を行う非政府組織で、潤沢な寄附で運営される)のラビ(ユダヤ
教の聖職者)であるマーヴィン・ヒア所長は、副所長のラビ・アブラハム・クーパーとと
もに、トランプ氏のエルサレムがイスラエルの不可分の首都であり、アメリカ大使館をテ
ルアビブからエルサレムに移転するという考えを絶賛した。
Ⅴ ト ラ ン プ の 対 日 観
アメリカのトランプ次期大統領の歴史認識と思考だ。今年5月にオバマ大統領が広島を訪
問した際に、トランプ氏は、「オバマ大統領は、日本滞在中に卑怯な真珠湾攻撃を議論した
だろうか。真珠湾攻撃では数千人のアメリカ人の命が失われている。」とツイートした。大
統領選挙期間中、トランプ氏は、「われわれは核兵器を保有しているのにどうして使用でき
ないのか。(大統領になれば)ISに対する戦術的核兵器による攻撃も排除しない。」など
の発言を行っている。
17日、安倍首相はトランプ氏と会談を行ったが、トランプは同盟国の日本までも「敵」
に回すことで支持を得ようとした。日本が経済のグローバル化で不当な利益を得て、さら
に故意に円安を図ることによってアメリカへの輸出の拡大を図っているなどと述べた。核
兵器の破壊力の脅威や悲劇を認識することや、大戦に至る経過での帝国主義の角逐など歴
史の教訓から学ぶ意識などトランプ氏には毛頭ないということだろう。
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トランプ次期大統領→来年1月20日の就任当日に TPP 離脱を表明することを11月21
日に明らかにした。
映画「アルジェの戦い」
アルジェリアの独立戦争を描いた傑作「アルジェの戦い」がデジタルリマスター&オリジ
ナル言語版で 10 月公開される。
1954年から1962年にかけてフランスの支配下にあるアルジェリアで、フランス軍
と抵抗組織の攻防を描いた本作は、ジャーナリスト出身のジッロ・ポンテコルボ監督が記
録映像を一切使わず、目撃者や当事者の証言、残された記録文書をもとに、リアルな劇映
画として戦争の実体をドキュメンタリータッチで詳細に再現した。
アルジェリア市民 8 万人が撮影に協力し、主要キャストには実戦経験者を含む、一般人が
多数起用されている。戦車、武器類はアルジェリア軍より調達、フランス映画「望郷(1
937)」の舞台となったカスバでオールロケを敢行し、5年の歳月をかけて製作された。
エンニオ・モリコーネが音楽を担当した。なお、1966年ベネチア映画祭でグランプリ
にあたる金獅子賞を受賞した際、現地入りしていたフランス代表団が“反仏映画”として
反発し、フランソワ・トリュフォーを除く全員が会場を退席したという逸話が残っている。
「アルジェの戦い」デジタルリマスター版は、10 月、新宿 K’s cinema ほか全国順次公開。
http://eiga.com/news/20160528/2/ より
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