ていよう 綴葉 '13 10 No.321 あなたが創る生協の書評誌 ▶ 話題の本棚 東浩紀著 『クリュセの魚』 ピーター・ディキンスン著『生ける屍』 特集/実存 新刊コーナー/新書コーナー/最近読んだ本/私の本棚 〒606-8317 京都市左京区吉田本町 Tel:771-6211 / E-mail:[email protected] URL: http://www.s-coop.net/about_seikyo/public_relations/ 京大生協綴葉編集委員会 話題の本棚 SF小説と東浩紀的主題の間で クリュセの魚 東浩紀著 河出書房新社 『QF』ではSF的用語を出す際の説明が分かりにくくも思えた が、本作での東は現代の技術から連想される未来の火星像をヴィヴ ィッドに描き出している。AR(拡張現実)技術を思わせる「拡張 知覚」を常に起動させ、ネットワークと緩く繋がっている、そして、 時にはその回線を閉じ、場合によっては十歳にして「ミュジカロイ ド」を投稿する未来人の生活は、スマホで繋がり、ボーカロイドの 歌を聴く私達の生活とそう遠くは隔たっていない。現代の技術にも で、麻理沙は地球で自爆テロを起こしたのだ。麻理沙は二世紀前に が実用化され、地球の国家が火星に侵略しかねないという事態の中 めるが、ある時、それが断ち切られる。火星と地球とのワープ技術 二五世紀前半の火星――そこで十一歳の主人公葦船彰人は、年上 の少女・大島麻理沙と出会う。年月をかけながら、二人は親交を深 魚』もSFの形をとりながら、東自身の問題意識を孕んでいる。 評と切り離して読むことは困難に感じられる。今回の『クリュセの 彼の取り組んできた「このわたし」の単独性の問題が反映され、批 人 物 だ。 そ し て、『 クォ ン タ ム・ フ ァ ミ リ ー ズ 』( 河 出 文 庫、 以 下 『QF』)で三島由紀夫賞を受賞した小説家でもある。その創作には ているのであろう。本編は二五〇頁ほどの中編で、悪く言えばライ その決断の言葉は実人生で娘を持つようになった東の実感もこもっ よって過去を変えられると告げられる彰人は決断を下すことになる。 えたかもしれない選択」の中、クライマックスで時間を遡ることに られた疑似生命にも単独性は宿るかのように見える。更に、「あり 後半には「このわたし」の単独性がテーマとなる。情報によって作 する麻理沙にまさに呼びかけられるのである。これもまた同書の議 設定に受け継がれている。そして、後半では彰人は亡霊として再来 を行なった時の人間の脳に異星のプログラムが書きこまれるという また、麻理沙という亡霊からの時を経た手紙が物語を再開させる このモチーフは『存在論的、郵便的』(新潮社)のキータームを強 く想起させる。経路の脆弱性で誤配が起こるというテーマもワープ 積極的に関心を寄せてきた東だからこその感性だろう。 消滅した国家の王朝の末裔であり、火星側の独立主義者が地球の国 トノベル的だが、その中には東自身の追求する主題とSF設定とが 東浩紀は雑誌「批評空間」でデビューした思想家であり、今では 「株式会社ゲンロン」の代表として独自の新憲法や福島観光地化計 家に対抗する象徴として担ぎ上げたのだという。そうして麻理沙と 画を積極的に提唱している。強烈な個性ゆえに、常に賛否両論ある は二度と会えなくなったはずの彰人が十九歳になった時、死んだ彼 論と繋がっているように思う。これらの設定だけではない。物語の 女からの手紙が届く。そして、彰人は麻理沙と自分の間に娘がいた 『QF』以上にうまく結び付いている。 (黄金虫) (二五二頁 税込一六八〇円 月刊) ことを知ることになる。 8 2 話題の本棚 この後物語は壮絶なサスペンス、スリル、サバイバルを巻き起こ すが、実に様々な要素が絡み合い火種を準備する。西洋近代社会の さあ、あなたの呪われぶりを叫んで 生ける屍 産物である科学や論理ではなく、魔術を信仰する島民を統制するた め母親=女酋長の呪力が利用される。「カンダール」もまた、島民 には反乱分子ではなく呪術を司る宗教団体として畏怖されている。 このように論理/魔術がせめぎ合う空間で、残酷極まる人体実験遂 狂人だが、妖精や魔術の存在を固く信じる島民からは最も恐れられ 常な興味を示す。一方醜く太った母親は、理解し難い妄言を吐く半 よる研究所訪問から幕を開ける。「首相」である息子は、研究に異 フォックスの研究は、ネズミの集団に薬物が及ぼす作用を解析す るものだ。小説は、元英領のこの島を統治する独裁者一族の母子に 型の曲線を描いて、座標軸となる空と水の境界線に達している」。 洗剤みたいに白い中央の砂浜は、方程式のグラフのような長い新月 魅惑される。「フォックスは研究室の窓の景色をじっくり眺めた。 は、冒頭の風景描写の歪さに早くも期待を挫かれ、同時に不思議と に勤しんでいる。こんな導入に胸躍る冒険の幕開けを思い描く読者 光輝くカリブ海に浮かぶ緑の島。休暇ついでに派遣された英国人 薬理学者フォックスは、黒人原地民に身の回りの世話をさせ、研究 は、登場人物を実験動物にしている証拠ではないか?」と。 いて(読んで)、論理的解決が物足りないなどと冷静に分析するの 『生きる屍』は幻滅を養分に暴れ叫び、問う。「お前がミステリを書 験者/被験者の壁をも破壊したジャンル不詳の呪われた人造生物 は自分を冷ややかに観察する作家の気配を感じたのだ。こうして実 途中フォックスは自らも実験動物になってしまったと怯えるが、彼 知りただ満足する不健康が抑圧するものを、「魔術/論理」すなわ ここにはそうした爽快感を生む構造への痛烈な批評がある。真相を 著者ディキンスンはミステリ作家だ。確かに本作にも謎解きがあ るが、「論理」で謎が綺麗に解決する通常のカタルシスに加えて、 応し支配者/非支配者、未開人/文明人などの両極を揺れ動く。 き、論理/魔術の境界を超える。すると彼の精神は、この変転と呼 ピーター・ディキンスン著 神鳥統夫訳 ちくま文庫 ている。研究への干渉を極度に嫌うフォックスは、会社の島での研 行に疲弊し論理的思考を逸脱していくフォックスは、魔術信仰に傾 究活動の形骸化を突き止め、離島を決意する。しかし、直後にある 4 4 4 4 ち「幻想怪奇小説/通常の推理小説」の枠を溶解させ露わにする。 事件に巻き込まれ、証人として首相の下に連行される。首相は、訝 率を強要する支配 そう、あの美しいはずの景色を歪めたのは、能 4 4 4 者の論理、それが辛うじて保つ魅力は「洗剤みたい」「方程式のグ 4 しむフォックスに、別の薬を使った鎮静効果の実験を要請する。脅 ラフのような」という比喩の力、言霊の魔力なのだ。 (狼原郷) (三七九頁 税込一〇五〇円 月刊) 3 されて渋々従う彼に与えられた「実験動物」は、島内で独裁に抵抗 する反乱分子の左翼団体「カンダール」の政治犯たちであった。 6 2013. 10. 10 綴 葉 特集 実存 ある日、編集委員のおせろ君は、どうしたらバーでモテることができる か、と頭を悩ませていました。「あ、そうだ! 『実存主義』について語っ たらモテるかも!」 そう勘違いしたおせろ君はルネの本を買い込んで勉強 し、哲学をこじらせた二人の編集委員たちのもとへ走ってきました……。 ケガニ︵以下﹁ケ﹂︶:ちょっと、おせろさん。 じめて使ったのは、一九世紀デンマークの哲 実存思想の黎明 柚:実存という言葉を現在のような意味では おせろ︵以下﹁お﹂︶:実存してますか! 気を確かに。いったいどうしたんですか? な変遷を追ってみてい 存」の誕生から歴史的 な 本 を 挙 げ つ つ、「 実 いですね。では代表的 ケ:……たしかにこれだけ読むとわかりづら お:うむ、よくわからん。 る人間の主体的なあり方」とありますが……。 者として自己の存在に関心をもちつつ存在す 柚:「実存」を大辞泉で引くと、「独自な存在 お:そもそも実存てなんやねん、てことね。 それについてもう一度考えてみましょう。 そもそもどういう意味なんでしょう。今日は 主義」という言葉、よく耳にするのですが、 ケ: な る ほ ど。 し か し、「 実 存 」 と か「 実 存 で七〇年目なんです。 ルの主著『存在と無』が刊行されてから今年 存主義の旗手であるジャン=ポール・サルト てから今年でちょうど二〇〇年、さらに、実 思想の源流と言われるキルケゴールが生まれ おき、ちょうどいいタイミングですよ。実存 柚木︵以下﹁柚﹂︶:おせろさんの妄言はさて 柚:キルケゴールはそこで、彼自身が信仰し にはどのように生きることなのでしょうか。 る」ということなのですね。しかし、具体的 を 取 り 戻 し て 生 き る と い う こ と が「 実 存 す ケ:つまり、その人独自のアイデンティティ 戻さなければならないと主張したわけです。 しかいない独自の存在者としての自分を取り 性に埋没した状態から、この世にたった一人 す。だからキルケゴールは、そのような一般 わられうる凡庸な存在になってしまっていま をしている間は、人間は他の誰かにとって代 について誰かの受け売りのような月並みな話 皆が見ているようなニュースを見て、それら しています。皆が楽しむような娯楽を楽しみ、 おいてはしばしば忘れ去られてしまうと指摘 彼は、そのような人間の生き方は現代社会に としての人間の生き方を指そうとしました。 大衆のうちに埋没していない、独自の存在者 お:エヴァ! エヴァ! 柚:キルケゴールは実存という言葉によって、 られていますね。 は、タイトルの厨二病っぽさもあってよく知 『死 お: 俺 は「 実 存 」 に つ い て 語 り た い ん や! 学 者・ キ ル ケ ゴ ー ル と 言 わ れ て い ま す。 にいたる病』(ちくま学芸文庫)などの著作 そしてあわよくばモテたいんや! きましょう。 4 ことの意味を求めていくのですが、現代の日 ていたキリスト教との関わりのなかに生きる 庫から東大の熊野純彦先生の新訳が刊行され 柚:ハイデガーといえば、今ちょうど岩波文 そしてハイデガー。 くま学芸文庫)も挙げておきます。著者のざ た 著 作 と し て、 西 研『 実 存 か ら の 冒 険 』( ち 想などを踏まえた現代的な視点から語り直し す。また、実存という概念をポストモダン思 伝えてくれます。 本に生きる僕らにとってはあまりピンと来な いるため、これからハイデガーに挑戦する人 サルトルと実存主義 ケ:さて、そうして哲学の潮流を作り上げた っくばらんな語り口は、小難しい話が苦手な はこれを手に取ればいいと思います。 実存主義ですが、その後国を変えてフランス て い ま す ね。 こ の 新 訳 版『 存 在 と 時 間 』( 岩 ケ:ニーチェ、ハイデガーに共通していると において広く認知されるようになります。哲 波文庫)は、質の高い訳文に加え、各節ごと 藤綏夫『 キルケゴール 』(清水書院)を読ん でみるといいと思います。彼の伝記が当時の ころは、人間の存在を問う際に何らかの神に スの思想として語り直したわけです。二次大 です。これは無神論的実存主義と呼ばれます。 学大国ドイツで学んだ思想家たちが、フラン 基礎づけをもとめるということをしないこと 戦後の激動の社会情勢において、発言力をも い話かもしれません。けれども、キルケゴー デンマークの政治状況などと合わせて詳細に ニーチェは神に生かされているのではなく、 った実存主義者がサルトルです。 ルが提示した「実存」という概念は、のちの 書かれていて、キルケゴールという人物の人 自分で自分の運命を引き受けているのだと考 人にも実存主義のエッセンスをわかりやすく となりも知ることができます。 えるべきだと述べました。ニーチェの言葉で 二〇世紀思想に多大な影響を及ぼしたんです。 に内容の要約が付されるなど訳注も充実して 彼は、すでに婚約者がいる女性を誘惑して 自分のものにしたあと、その女性との婚約を 有名なのが……。 キルケゴールの思想に興味がある人は、工 自分の方から破棄するということをしている 『存在と無』(ちくま学芸文庫)においてサ ルトルは、人間とは、あり得る可能性のうち ハイデガーは人間の存在を、存在とは何か を問うことができる存在者であり、生・死が お:「神は死んだ」! 形 而上的存在の否定! ケ:あれれ。知ってたんですか。 すが、つねに次の行為は自由であるというわ それぞれ過去の歴史を引き受けているわけで の一つを選択し、そのほかの可能性を否定す の で す が、 そ の と き の 体 験 は『 誘惑 者 の 日 記』(ちくま学芸文庫)という文学的手記の ひとりひとりに与えられているということを お: ひ ど い や つ や な。 支 離 滅 裂 な 人 だ っ た を遂げることとなります。 思想として飛躍的な発展 サルトルなどへの思想史的な流れは、松浪信 ハイデガー、さらにのちほど紹介する予定の は、自分の行為に対して責任を負うわけです。 ケ:そうして未来へと歩みを進めていく人間 いうやつですね。 お:自由の刑! 自由の刑! 述べています。 柚:キルケゴールからニーチェ、ヤスパース、 柚:「人間は自由の刑に処せられ ている」と る自由をもつ存在であると述べます。人間は ん? けです。 ネタになったと言われています。 ケ:あなたよりマシですよ。 自覚して生きるのが人間の本来のあり方だと 代表的な思想家がやはり 三郎『実存主義』(岩波新書)で概観できま ともあれ、そのようにして始まった実存思 想はその後ドイツで哲学 ニーチェ、ヤスパース、 5 綴 葉 No.321 2013. 10. 10 綴 葉 在であるが、死ぬまでの時間を他人と過ごす ショナルなものではないと思いますが、当時 人的には、サルトルの哲学は特別にセンセー 会運動の思想的背景の一つとなりました。個 ケ:『 存 在 と 無 』 は 日 本 で も よ く 読 ま れ、 社 割を軽視する向きもあります。 が二〇世紀の哲学の展開のなかで果たした役 うした風潮をそのまま引き継いで、サルトル いてはあまり良いことを言っていません。そ したし、その後の思想家たちもサルトルにつ ンティとはのちに決裂して痛烈に批判されま ることが多いですね。盟友だったメルロ=ポ 柚:サルトルは哲学の分野では悪役扱いされ (平凡社新書)をおすすめしておきます。 よりもずっと受動的な側面を重視しています。 存主義文学といえばサルトル、ボーヴォワー 選択を行うことであり、サルトルの「自由」 会などもろもろの状況によって促される中で =ポンティの考える「自由」とは、歴史や社 ジされるものと大きく異なっています。『 知 覚の現象学』(みすず書房)においてメルロ のですが、その思想は実存主義としてイメー らも実存思想家として数えられることが多い や、エマニュエル・レヴィナスがいます。彼 さて、そんなサルトルの同世代には、先ほ ども触れられたモーリス・メルロ=ポンティ ました。 ーゲル、ハイデガーの影響を色濃く受けてい サルトルは政治的には彼と真逆の思想家、ヘ 十把一からげにしてしまうのも早計でしょう。 とから実存主義文学は始まったといえる。実 いる人間の悲劇、不条理を真摯にみつめるこ ないこの世界に否応無しに存在してしまって ま ず 実 存 主 義 文 学 の テ ー マ と い え ば「 絶 望」「不条理」。神、超越的存在も最終目的も よ! 学! 実 存 主 義 と 文 学 に つ い て 勉 強 し て き た お: よ し き た! 語 っ て 楽 し い と い え ば 文 柚: お せ ろ さ ん は 一 体 何 を 勉 強 し て き た ん ケ:お、おせろさんも何か喋りたそうですね。 葉が誇る実存主義者たち。 実存主義と文学 お:みんなすらすらしゃべるねー。さすが綴 という側面を強調するわけです。レヴィナス 現在流通しているような月並みな批判の文句 過大評価されたポジティブなメッセージと書 はドストエフスキーがいるね。 だけで彼を「終わった思想家」として片付け サルトルの入門書としては、永野潤『図解雑 物の重厚さだけではなく、哲学的な意義を再 柚:ドストエフスキーと実存主義が関係して の入門書としては、港道隆『レヴィナス 法 外 ︱ な思想』 (講談社)が内容豊富で読みやす 評価するべきだと思います。 また、『全体性と無限』(岩波文庫)の中でレ ヴィナスは、人間の存在意義を、否応なしに るんですか? てしまうのはもったいない。 柚:そうですね。サルトルの著作を読むと、 他人と関わらざるを得 お:シェストフが「ドストエフスキーはキル 学 サルトル』(ナツメ社)が図入りでわか りやすいと思います。あるいは、最近出版さ 「人間は自由の刑に処されている」とか「実 ないということにある ケゴールの隣人である」と言っているように、 いと思います。 存は本質に先立つ」といった、一般にサルト と述べます。ハイデガ ケ:また、当時のサルトルの政治的活動から、 ルの思想として語られているような命題だけ ーの言うとおり人間は 実存主義を安易に「反体制」とか「左翼」と でなく、芸術作品や対人関係についての鋭い 神に反逆する自由とそこから生まれる悲劇、 れ た と こ ろ で は 澤 田 直『 新 サ ル ト ル 講 義 』 分析にうならされます。サルトルの思想には それぞれの死を死ぬ存 ル、カミュなどが有名だけど、先駆けとして ですか? 批判されるべき面があったかもしれませんが、 6 はず。 トエフスキーの実存主義的解釈が概観できる ェ」。シェストフの特異な思想とともにドス く よ。 副 題 は「 ド ス ト エ フ ス キ ー と ニ ー チ 社)はまだ新品で手に入るしオススメしてお 名なシェ ストフの『 悲劇の哲学』(現代思潮 とんど古書でしか手に入らないんだけど、有 フとシェストフ。悲しいかな二人の著作はほ ロシアからの亡命哲学者であるベルジャーエ の思想をつくりあげた実存思想家もいるよ。 お:……ド、ドストエフスキーの影響からそ ケ:誰かさんとそっくりですね。 きこもりだね。 独白的手記、という設定で書かれた小説。ひ ら二〇年も地下室で過ごしている人間による 的なんだ。とりあえずのおすすめは『地下室 の手記』(新潮文庫)。その自意識過剰ぶりか 絶望を主題とする彼の思想は極めて実存主義 思想の先駆と言われています。 でも有名ですね。彼女の思想はフェミニズム ボーヴォワールと言えば、「人は女に生ま れるのではない。女になるのだ」という一節 柚:何一人でウットリしてるんですか。 主人公の眼に映る様が哀しくも美しい……。 お:最終章で今まで出会い別れた人々の姿が いて考えを巡らせるという小説です。 出会いから、生きる意味や自由とは何かにつ 死となり、時間と場所を超えた人間たちとの ボーヴォワールでおすすめしたいのは『人 はすべて死す』(岩波文庫)。主人公が不老不 ていましたね。 人の関係を題材にした映画が一昨年公開され ールとともに小説や戯曲を著しています。二 が強いかもしれませんが、恋人のボーヴォワ ケ:……サルトルといえば活動家のイメージ な! 気持ち悪くなって吐いちゃったけど、一緒や お:俺もこの間飲んだときにクスノキの前で メージを残しました。 える有名なシーンは、多くの読者に鮮烈なイ の木を見て存在することの不安に吐き気を覚 せろさん! どこへ行くんですか? お:ちょっと木屋町で一杯実存してこようか きる」ということなんですね……、って、お まいますが、柔らかく言えば「自分らしく生 ケ:実存主義、というと固い印象を持ってし 希望があると思う。もっと読まれてほしいし 実存主義文学には人間の不条理、絶望を見 つめていながらも、見つめているからこその 声を獲得したわけだ。 の作品を発表したことでカミュは世界的な名 一九四七年に不条理との不断の戦いを示すこ 方を描き出す。ナチスの惨劇も記憶に新しい ペストとそれと戦う人々を描くことでカミュ 『ペスト』(新潮文庫)を書くんだ。街を襲う が 描 か れ て い た け れ ど も、 そ の 後 カ ミ ュ は ケ:ドヤ顔、やめてもらっていいですか? お:『異邦人』では歴史に対して孤独な個人 唱しちゃうよね! く。ラスト数頁とか暗 不条理が捉えられてい な思考とともに人間の の主人公の一見不可解 宣告される主人公。そ ケ&柚:(絶望) と……。 読まれるべきだと思うよ。 は不条理と遭遇したときの人間の連帯や在り 『シーシュポスの神話』(新潮文庫)付論のカ フカ論がなかなか面白いんでそれを参考に お:そして実存主義文学で欠かせないのがア ル ベ ー ル・ カ ミ ュ。 十 代 の 頃 に『 異邦 人 』 (新潮文庫)を読んではまった人も多いはず。 さて先駆者としては他にカフカなんかもよ く挙げられるね。カフカについてはカミュの 『審判』(岩波文庫)『城』 (新潮文庫)を読み 進めてもらえばいいかなと思う。 戻せば、言及しておくべきはサルトルの『嘔 母の死の後、海辺で人を殺してしまい死刑を 柚: ド ス エ フ ス キ ー や カ フ カ 以 後 に 視 線 を 吐』(人文書院)ですね。主人公がマロニエ 7 綴 葉 No.321 新刊コーナー フェラ・クティ自伝 のウナギ事情について危惧したり、詩人が現 著者は全部で七六人。彼らのフィールドは さまざまで、たとえばウナギの専門家が日本 それによる母の死、宗教への傾倒……。後半 に行くにつれその語りは憂いを帯びる。「今 たり……。じつは京都大学人文科学研究所の 代いろは歌づくりにチャレンジしてみたり、 某教授の文章も選出されている。掲載媒体は までずっと幸せでもあり、悲しくもあった」 しかしそれでも読むべき魅力がこの本にはあ 二~五ページほどで読みやすい、いわば文章 哲学者が「バラは暗闇でも赤いか?」と問う る。矛盾と痛みに充ち満ちたこの本には。 のコンピレーションアルバムである。 や政治的立場などには頷けないものも多い。 彼の、フェラの言葉に耳を傾けてほしい。 糞みたいな「現実」にその身体を引き裂かれ 「この世に存在したくない……」。彼の女性観 続けた人間の叫びに、それでも闘いを止めず マイケル・ムーア著 菊池淳子訳 KEN BOO K S 打楽器、ギ 跳ねる キーボード ター、鍵盤、ホーン 創造し続けた天才の声に、そして今にも壊れ アジテーション の種類によって違っている。ケヤキは、堅い 木々の葉擦れの音も、季節によって、また木 の だ、 と い う。「 鳥 や 人 の 声 は も ち ろ ん、 いわば見えないものを見ることができている 見えないので耳や鼻で景色を楽しみながら、 三宮麻由子の文章を引いてみる。彼女は目が てくるということだ。全盲のエッセイスト、 地方新聞や文芸誌まで多岐にわたる。どれも が響き空気がうねる。 エッセイの醍醐味は、自分には見えるはず のないものが人の感覚に寄り添うことで見え パーカッション うねりにのって煽動 てしまいそうな男の吐露に。陰をも孕んで躍 アフロビート のような歌が始まる。 コールアンドレスポンス コーラス 解放を訴える言葉。応える合唱。繰り返され ベスト・エッセイ 日本文藝家協会編 光村図書出版 動するあの音楽の響きとともに。 ( おせろ) (三四九頁 税込二四一五円 月刊) る 掛 け 合 い。 そ し て ま た 楽 器 が 絡 み 出 す。 身体が勝手に弾み出す。弛まぬ鼓動。ファン クとアフリカ音楽との強烈な出会い、アフロ ビートと呼ばれる音楽だ。本書はその創始者 でありナイジェリアの黒人解放運動家でもあ 国語の時間、先生 に教わる前に教科書 葉が風に揺れてぶつかり合うと、拍手のよう 自伝とはいえフェラや彼の知人への取材を 書 き 起 こ し 編 纂 し た も の だ。 だ が「 う お お を全部読んでしまっ 降ってくる。」 インタビュー なあ!」 たという経験はおあ 9 の衣擦れのような柔らかく低い葉擦れの音が 対極をいくのがブナの葉で、まるでビロード にパチパチ、ゴウゴウと華やかな音を立てる。 お!」「おまえに見せたかったよ! りだろうか。本書は 書出版による。 といった彼の肉声のような文章に頁をめくる 国 指が止まらない。幼少期からの葛藤含みの両 和 七六の見たことのない景色を、この本を通 共 そんな教科書に載っていそうな名文美文の宝 タ 親との関係、ロンドン留学、アメリカでの黒 ク 人運動との出会い、アフリカでの警察の弾圧、 庫である。出版は教科書でおなじみの光村図 ラ 彼 のコミュニティへ の軍の襲撃、焼き打ち、 カ して見てみてはいかがだろう。 (ケガニ) (三四七頁 税込二一〇〇円 月刊) ったフェラ・クティの自伝である。 7 2 0 1 3 2013. 10. 10 綴 葉 8 代替医療解剖 サイモン・シン、エツァート・エルンスト著 オパシー、カイロプラティック、ハーブ療法 たうえで、二章から五章にかけて、鍼、ホメ ローチではない。博覧強記とジャンルへの情 いるのはそのような整理された堅苦しいアプ と思いきや、実は強烈な皮肉である。ただ面 本書冒頭には、英国のチャールズ皇太子へ の献辞がある。著者らが懇意にしているのか 解が示される。 代替医療のあるべき姿について、著者らの見 分に吸い込める仕掛けになっている。 だけでも、ハードボイルドの「空気感」を存 が豊富に載せられ、それらをじっくり眺める ドボイルド史において重要なアメリカの大衆 りの妙が第一の読みどころだ。さらに、ハー の真実について「科学」で迫る。最終章では、 熱を併せ持つふたりの男の丁々発止のやりと 序文冒頭には、古 代ギリシアの医師ヒ 白いだけでなく、建設的な社会批判を含んだ 青木薫訳 新潮文庫 ポクラテスの言葉が ひとつ注意を促せば、話の中心的な話題が、 かなりの程度ハードボイルド小説ではなく の固有名詞の嵐に圧倒されるかもしれない。 切れない関係にあるのだが、連発する横文字 映画を指す。ハードボイルド小説と切っても 代に撮影された一連の白黒の犯罪、ギャング という意味で、一九四〇年代から一九五〇年 フィルム・ノワールとは仏語で「暗い映画」 雑誌「ブラック・マスク」の貴重な図版など 掲げられている。 一冊。何となく代替医療を利用している人に 小鷹信光、逢坂剛著 七つ森書館 ハードボイルド徹底考証読本 (五八四頁 税込八八二円 是非読んでほしい。 「フィルム・ノワール」に偏っていることだ。 前者は知識を生み、後者は無知を生む。 科学と意見という、二つのものがある。 (菊次 郎) 月刊) あら、かっこいい。 『フェルマーの最終定理』で有名なサイエ ンスライター、サイモン・シン。彼が長年代 替医療に携わってきた医療研究者エツァー ト・エルンストと本書で取り組むテーマは、 試験(被験者を治療群と対照群にランダムに 著 者 ら が「 科 学 」、 特 に「 科 学 的 根 拠 」 と して念頭においているのは、ランダム化臨床 ボイルド小説、フィルム・ノワールを題材に が、偏愛するハード 直木賞作家の逢坂剛 第一人者小鷹信光と、 トの作品に触れた後、ぜひ本書にあたってそ 改訳版『マルタの鷹』をはじめとするハメッ 入れる過程が収録されており、爆笑ものだ。 一部で話題となった、『マルタの鷹』(ハヤ カワ文庫)改訳騒動の小鷹氏本人による真相 割り振る方法)で得られたデータであり、特 語り尽くした対談本である。 代替医療だ。 に二重盲検法(被験者も観察者も治療の割り たテレビ番組をふたりで見ながらツッコミを (?) 暴 露 や 後 日 談、 さ ら に は 騒 動 を 紹 介 し 振りを知らないようにする方法)を採用した 本書は、ハードボ イルド研究・翻訳の ものだ。全六章からなる本書は、一章で科学 の舞台裏を覗いていただきたい。 ( 狼原郷) (二七一頁 税込二四一五円 月刊) 9 9 タイトルを見て学術的な論考などが主題と 思われるかもしれないが、この本が採用して 的根拠にもとづく医療の歴史についてまとめ 8 綴 葉 No.321 衛」の制作が先々月 来年のNHK大河 ド ラ マ「 軍 師 官 兵 これらキーマンを見据えた上で、官兵衛の政 家を守るために裏で全方位外交を展開した吉 で西軍として動きながらも、主家である毛利 も、特に注意が払われています。ぎりぎりま の展開を語る上で重要な他の大名との関係に の勢力を次々平らげたのです。本書では、そ た。急造の軍勢をもって、周りを囲む西軍側 伝わってこずやや残念。むしろその両親の方 し、関ヶ原合戦を機に再興を図った大友吉統。 ツィア・ボルジアの悪魔的魅力も行間からは 川広家。文禄の役における失策が原因で没落 が精彩に富んでおるのではありますまいか。 るはおそらく著者の関心の不足故か。ルクレ ェーザレ・ボルジアがいま一つ精彩に欠けた 一読二読した感想は、さすが流暢な場面の 運びと人物描写。とはいえ後半の主役たるチ 聞けば期待しないのは無理というもの。 りに乗った感は拭えねど、名高い文豪の著と して世に出したもの、昨今のチェーザレ流行 黒田官兵衛・長政の野望 始まったそうです。 治・軍事行動を解き明かしています。 渡邊大門著 角川選書 今 年 の「 八 重 の 桜 」 され十数万石を領した背景が前提として説明 紛争の百花繚乱、善 姦・権力闘争・戦争 ボルジア家といえ ば暗殺毒薬・近親相 は名高いアレクサンドル・デュマの作を再訳 ( 上巻二〇八頁 税込一〇五〇円 ( 下巻一九二頁 税込一〇五〇円 開かれるのをお勧めします。(投稿・亥子餅) 月刊) 治と時代の潮流に身を任せたいとき、本書を ありましょう。もはや人間など興味なく、政 感じさせず一瞬で読ませるのも著者の腕力で と緊迫感に溢れております。上下巻の長さを ングよろしく白波が岩に砕けるような真実味 じたであろう場面においては東映のオープニ の魅力と言えましょう。筆者が描きたいと感 魅力を伴って描かれておりますのは本書第一 政治がさらりと、しかし不可欠の要素として しかしフランス王国の動静を中心に、通常 の「ボルジアもの」ではすっ飛ばされる国際 としても、やや中途半端な気がいたします。 時代考証の不正確さ、あるいは見てきたよう が珍しく明治時代を舞台とするのに対し、三 な嘘も時に目立ち、小説としても歴史教科書 されます。そして後半で、嫡子・長政ととも 人悪人・英雄小人入 に 関 ヶ 原 前 夜 の 政 争 に 暗 躍 し、 開 戦 に 至 り アレクサンドル・デュマ著 吉田良子訳 イースト・プレス ボルジア家風雲録 上下 もしれませんよ。 (浮雲) (二一八頁 税込一六八〇円 月刊) ちょっと専門的な内容と言えますが、一読 しておくとドラマをスムーズに理解できるか 年ぶりに王道の戦国モノ。主人公の黒田官兵 衛は所謂戦国ファン以外には馴染みが薄いか 軍師)です。 もしれませんが、豊臣秀吉に重用された名う ての戦略家( さて、それを見越したのか、ドラマ終盤の 見せ場となりうる「官兵衛にとっての関ヶ原 合戦」について、二〇〇頁余りでさっくり分 かる本が角川選書から出ました。本書の前半 各々の場所で奮戦するさまが描かれます。 では、官兵衛が秀吉麾下で台頭し、九州に配 8 り乱れる人間絵巻として古来様々な文士絵師 当時、長政が諸大名への工作を行い、かつ 戦場の最前線に立って東軍勝利に活躍する間、 の腕を揮う対象となってまいりました。本書 官兵衛は第二の戦場・九州を席捲していまし 月刊) 8 8 ≠ 2013. 10. 10 綴 葉 10 なども紹介されており、作品とともに作者の 訳者解説ではドノソの養女の異様なエピソ ードや、バルガス=リョサとの文学的な喧嘩 べるとまだしもおとなしい作品だ。 様な世界観という点ではその異形の長編に比 エピソードとして本書は構想されており、異 し て い な い。 元 々、『 夜 の み だ ら な 鳥 』 の 一 想になっているのみで、時系列として混乱は 物の視点で描かれているが、六章と七章が回 い個性的な人物と言えよう。物語は様々な人 いて二重三重に楽しめる。 作品自体が原作や作者のパロディにもなって は歴史ミステリーというだけでなく、個々の の老境を描く「mとd」、以上五つの短編を く「 八 雲 が 来 た 理 由 」、 ア ル セ ー ヌ・ ル パ ン 談』の世界さながらの不可解な事件の謎を解 ディオ・ハーンこと小泉八雲が松江にて『怪 遇することになる「忠臣蔵の密室」、ラフカ 宅を襲撃した赤穂浪士がなぜか密室殺人に遭 る「スマトラの大ねずみ」、吉良上野介の邸 境界なき土地 =リョサと並んで挙 奇矯さをも伝えている。今後の代表作の刊行 マルケス、バルガス 南米を代表する作 家としてガルシア= ホセ・ドノソ著 寺尾隆吉訳 水声社 げられる作家ホセ・ れる大本営内で何者かに奪われる。周囲は厳 ーが所有しており、それが「狼の巣」と呼ば 刑に使用された「ロンギヌスの槍」をヒトラ が残っている。聖書に記されたキリストの処 その内容を側近との会話で交わしていた記録 集めた作品集。名作のパスティーシュもしく ドノソ――しかし、日本での位置は決して恵 によってどんな全貌を現すのか不安でもあり、 冒頭の物語だが、実際、ヒトラーは少なく とも『バスカヴィル家の犬』は読んでいて、 シャーロック・ホームズたち の冒険 重な警備に囲まれ密室に近い状態であり、内 ンくん」と呼びかけ、 秘書のボルマンに 「 初 歩 だ よ、 ワ ト ソ 田中啓文著 東京創元社 を描いた 作品である。「パパ」と呼ばれるこ 数々の謎を明かして 部の人間による犯行と推察したヒトラーは謎 とを嫌うマヌエラはオカマであり、大きな男 いくという、魅惑的 楽しみでもある。 (黄金 虫) (一七一頁 税込二一〇〇円 月刊) まれているとは言えなかった。だが、この度、 南米作家の作品を紹介する水声社の「フィク ションのエル・ドラード」シリーズで復刊予 定の代表作『夜のみだらな鳥』に先だってバ ルガス=リョサが絶賛した本作が本邦初紹介 されることとなった。 ドノソ自ら規範なき世界を描いたと称する 本作は、売春宿を営むマヌエラと、彼女(?) 根といまだ娼婦としての色香を併せ持つ両性 ねりが楽しめる。 (夏太郎) (三二〇頁 税込一六八〇円 月刊) 作品によってはこのオチはひどいと思う人 もいるかもしれないが、背景描写に説得力が 法とブラックユーモアにうならされる。 解きを始めるが……。ナチスならではの解決 具有的な人物であることが読み進む内に分っ ライヘンバッハの滝から生還したホームズに (?)な設定で展開される「名探偵ヒトラー」、 あるからこそただのトンデモに終わらないひ の娘ハポネシータら周囲の人物のとある一日 てくる。そして、売春宿にやってくる乱暴な 隠されたある衝撃の事実がラストに明かされ 11 7 パンチョ・ベガや町の有力者で国会議員でも あるドン・アレホも、いかにも南米作品らし 5 綴 葉 No.321 英語教育、 迫り来る破綻 大津由紀雄、江利川春雄、斎藤 兆史、鳥飼玖美子著 ひつじ書房 今年の六月ごろ、 英語教育をめぐって 政府関係者と研究者 のあいだで激しい論 くなるだろう。 研究向上をTOEFLについやさざるを得な られた。タイトルで示されるとおり、様々な 批評の権威のひとつである。その『私の居場 書『私の居場所はどこにあるの?』がマンガ ーマをひたすら追いかける。 るがゆえに、社会の「際」に追いやられたテ きわ コンテンツを題材にコントロバーシャルであ 所』から十五年、次の単行本がやっと世に送 言語教育や言語習得は近年注目を集める分 野であり、入門にうってつけの好著がいくつ 得論とは何か』『ことばの力学︱応用言語学 も出版されている。『綴葉』でもかつて紹介し た白井恭弘『外国 語学習の科学︱第二言語習 床屋談義をしたいのなら心ゆくまでしてい ただけばよい。だがその域を出ない「思いつ 筆者の豊富な趣味を物語っている。岡崎京子 舞台、映画取り上げられる多様多彩な作品が き込まれていく自分がいる。マンガ、小説、 への招待』(ともに岩波新書)は、研究史から 自傷、不倫、風俗、美容整形などなど目次 最新の知見までをコンパクトにまとめている。 を見るだけで眩暈がするが、読み始めると引 自 民 党 教 育 再 生 実 行 本 部 は 数 度 に わ た り、 き」の上層部決定が「現場を疲弊させる」の 争が巻き起こった。 用」などを主軸とした提言をまとめ、政府に 「TOEFLなど外部試験の高校英語への活 お「洗礼」話題の作品から(一部の読者にと べての生徒に課せば、必然的にドロップアウ 情に沿わない。さらに、そのような難題をす し い 装 丁 で あ る。 一 てしまうほどすばら ル …… 思 わ ず 見 入 っ 派手な表紙とひら がな四文字のタイト い。こんな風にアッとさせてくれる批評はな 食わず嫌いせずに男女間わず読んでみてほし 女性視点が強いことから男子にとってはや や共感しにくい部分があるかもしれないが、 っては)聞きなれないタイトルまで幅広くカ バーされている。あまりいうとネタバレにな るので、内容に関してはあえて触れないでお くが、時事ネタを織り込ませ、読者の気持ち トが増大し、英語嫌いに拍車をかける、とい 見、小説と見違えそうな見た目だが、本書は に寄り添って語りかけてくる藤本の批評スタ う。さらに教員にもTOEFLの最低ライン いわゆるエッセイ本だ。著者藤本由香里はマ 藤本由香里 亜紀書房 ﹁痛み﹂ をめぐる物語 きわきわ も、本書の指摘にある通りである。 (峰) 原 作 映 画「 ヘ ル タ ー ス ケ ル タ ー」、 江 國 香 織 (一七一頁 税込一〇〇〇円 6月刊) 「薔薇の木・枇杷の木・檸檬の木」、楳図かず 提出した。この提言について、本書の著者ら が強い危機感を表明し批判を展開した。しか し、この提言のどこに具体的な問題があった のか、英語教育に明るくなければ見えにくい。 本書で指摘されている問題点は多岐にわた る。たとえば、TOEFLは高度な専門技能 を設ける、という。英語ができさえすればよ かなかない。 (あずき) (二四八頁 税込一五七五円 月刊) イルが健在とだけ言っておこう。 い、教えることの専門性は無視して差し支え ンガ研究界隈で名を馳せており、代表的な著 にかかわる試験であり、端的に難しすぎて実 ないと宣言したようなものである。教授法の 6 2013. 10. 10 綴 葉 12 宇宙はなぜこのような 宇宙なのか 日本の ﹁労働﹂ はなぜ違法 がまかり通るのか ゴドーを待ちながら サミュエル・ベケット著 安堂信也、 高橋康也訳 白水 ブックス るこうした批判と丁寧に向き合いながら、著 ち込むものではないか。人間原理に向けられ というような非科学的な信念を科学の内に持 主張は、神が人間のためにこの宇宙を創った この宇宙を理解するために重要なのか。この って取るに足らないはずの人間の存在がなぜ らない」と主張する。だが、広大な宇宙にと 存在しているという事実を考慮しなければな 人間原理は、「宇宙はなぜこのような宇宙 なのかを理解するためには、我々人間が現に を背景に解説するものだ。 一原理を、古代から現代までの宇宙論の変遷 原理」と呼ばれる現代宇宙論における奇妙な 著者の初 の書き下ろしとなる本書は、「人間 著者はサイモン・シンなどの有名科学ライ ターの著書の翻訳者として知られる。そんな 限定的に保護されてきた。この「人を雇う」 一種のゲマインシャフト的システムによって 権利や生存は「職務でなく人を雇う」という 解説する。日本的雇用においては、労働者の 本書はこうした論点を、日本型雇用慣行、 企業別組合の成立から性質までを追いながら いと確信を持って言えるだろうか。 るのも事実である。ワタミが他と比べても悪 有名な大企業が膨大な数の過労死を出してい べた。とんでもない開き直りである一方で、 るという事実はない」というようなことを述 る、ワタミは他と比べて極端にブラックであ 氏は「どこの会社でも過労死は大量に出てい ようなものだ」というような声に対して渡邉 「ブラック企業を国や社会が正式に承認した ワタミ株式会社会長の渡邉美樹氏が先日の 参議院選挙で当選した。各方面から聞かれた 毛さを。そして繰り返しによって生じる可笑 いたい。噛み合わないおしゃべりを。その不 のだけど、まずは深く考えずに楽しんでもら 不条理劇という手法や、結局ゴドーは何者 なのか? など、本作品をめぐる議論は多い に繰り広げられる会話は読者を離さない。 ど、時にコミカルで、時に詩的、時に諦観的 じゃあどうしよう?」と、待ち続ける。ばか ぜさ?」「ゴドーを待つのさ」「ああそうか。 もう「行こう」と提案しても、「だめだ」「な るのかも分からないのに。待ちくたびれて、 木の前で。ゴドーを。彼が誰なのかもいつ来 して、暇つぶしをしながら。田舎道の一本の ポッツォとラッキーの二人組としゃべったり は待ち続ける。蕪を食べたり、通りすがりの 時のむなしさ。けれどゴゴとディディの二人 来るかどうかわからぬ人を、何もせずに待 つのはしんどい。待っていて結局来なかった 今野晴貴著 星海社新書 者はこの主張があくまで合理的な思考に基づ が削げ落ち「使い捨てだから誰でもいい」と 青木薫著 講談社現代新書 くものであることを示し、この主張によって 変質したものがブラック企業だという。 名高い本作品、手頃な新書サイズになって、 あなたを待っています。 (縹) (二四〇頁 税込一二六〇円 月刊) しみを。不条理劇の代名詞にして最高傑作と げている。ストーリーはないに等しい。けれ 現代科学が到達した宇宙についての驚くべき そう、たしかに「違法がまかり通」ってい るのだ。市民や労働者の「権利」を強請と同一 4 宙創成』(新潮文庫)と合わせて読めば手頃 (二八三頁 税込八八二円 視している限りこの状況は変わるまい。(峰) 月刊) 13 U モデルを提示する。著者が翻訳している『宇 (柚木) 月刊) 6 な宇宙論入門になるだろう。 (税込二五六頁 税込七九八円 7 綴 葉 No.321 最近読んだ本 否定ではなく、尊重と創造であるべきなのだ。 く、愛情や感動がなくてはならないのだ。そして本当の批評とは、 ようとしなければならない。批評には、理性的な判断ばかりではな を素直に受け止めて、積極的に対象を認め、その特質をよく見定め うよく自在に働く心」が必要だと説く。まず対象のあるがままの姿 小林秀雄没後三十年 妹から見た小林の人間像 兄 小林秀雄との対話 人生について 高見沢潤子著 講談社文芸文庫 小林は読書について、一流の作品は作者の生命の刻印であり、本 当にそういうものに影響されるということは、そのすばらしさにぐ を分かりやすく書いている。ここにはくつろいで話をする小林の姿 本書は、小林の妹である著者が、兄との対話や日常生活の記述を 中心に、難解な文章からだけでは分からなかった彼の人間像や言葉 「小林コンプレックス」を抱いている人は多いのではなかろうか。 嫌)に始まるこの評論文、何が言いたいのかさっぱりだった。世に 小林秀雄は難解さの代名詞である。私の高校の教科書には「無常 ということ」が載っていた。いきなり古文の引用(それだけでもう きない、等々。「あれでよく美の鑑賞などということができるもの 人の眼鏡をかけても気付かない。自分の歯ブラシやタオルが区別で みだすと途中の駅で降りられずに終点まで行ってしまう。間違って 本書を読んでいて一番驚くのは、彼のお堅いイメージからは想像 もできない「そそっかしい」エピソードだろう。電車の中で本を読 そそっかしい小林秀雄 まれてくれば、それがはじめて批評となるのだ」と述べている。 そして、「そういう経験をしてからのち、なにかいいたいことが生 うの音も出ないほどにやっつけられることなのだ、と言っている。 がある。これを読めば、彼の人間像と思想により親しみが湧くこと だ」と妻は不思議がる。要するに無頓着なのだ。これは、彼が集中 難解な小林秀雄、の人間像と思想に迫る 請合いだ。小林を知るための必読の書といっていいだろう。 して書物を読むか考えごとにふけり出すと他のことには一切注意が 批評とは人をほめる特殊の技術だ く、研究でもない。批評は生活的教養だ」と語る彼の酔っ払いのよ 若き日の小林は中原中也の愛人と同棲し、女性問題にひどく苦し んだ。本書の副題に「人生について」とある。「批評は学問でもな 向かないことによるらしい(今日出海の記述による)。 は人をほめる特殊の技術だ」と述べている。批評というと我々はた 小林は近代批評の確立者といわれるが、彼自身は、自分が書きた いものを書きたいように書いたら世間一般で批評と呼ばれているも いてい、人のあげ足をとったり、欠点に目をつけたりすることのよ のになったと言っているのが面白い。そのような彼だが、「批評と うに考えがちだ。しかし、はじめから非難しようとかかって自己主 うな甲高い声が様々に響いてくるような気がする。 ( 投稿 ・一石) (二四二頁 税込一四七○円) 張をすることは本当の批評ではない。小林は、批評には「無私とい 14 私の本棚 の死……少年たちは何を思うか、物語 天使たちがみせた《白》の意味 マンガのページをめくると、そこは白黒の世界、黒い点と線がつ ながり重なったりして、万物が紙の上に出現する。灰色の陰影によ が進むにつれて彼らの胸のうちが紐解 関係、そして、やがてやってくる自分 って、描かれた存在がより確実なものになる。では、なにも描かれ る。何重にも重ねられる変形コマ、花びらと星の吹雪などといった される。しかも、作家によってその《白》の使い方が多様多彩であ む時も、空白の背景が見るべきものを強調する。そこに特定のメッ 体にさほど文学性があるわけではない。だが、それらに重みを持た る。キャラクターの独白も普通の呟きのようなもので、言葉それ自 現が極めて単純である。四角形のコマが規則正しくならべられてい 年代の作品群と同様、繊細なテー マを扱う本作だが、そのコマ割りや表 ないままの空間《白》はどうなのだろう。あらゆるマンガの中でも、 かれていく。 複雑な表現はもう過去の話である。今では素朴なコマ割りと《白》 セ ー ジ が あ る の か そ れ と も 何 も な い の か、 そ れ は 問 題 で は な い。 比較的高年齢の読者向けの少女マンガにおいて真っ白な空間が多用 売野幾子『 』(新潮社)はこうした変化を象徴するもの といってよいだろう。少年合唱団の寄宿学校を舞台にした本作品に とで構成されるスタイルが目につく。 月のギムナジウ ム」、「トーマの心臓」や竹宮惠子「風と木の詩」を連想させる要素 ち切り、また空白がある瞬間を引き伸ばす。その巧みなテンポによ のである。連続したコマによって支えられる時間の流れを空白が断 《白》の存在そのものが我々読者に、見えない何かを読み込ませる せたのは《白》である。作中でキャラクターが歌った時も、思い悩 が多くある。特別な歌声を持つ少年を集めた学校で、八人の少年が って、我々の心が動かされる。古典的な題材と、現在の少女マンガ 年 代 の 有 名 な 少 女 マ ン ガ 萩 尾 望 都「 出会う。歌声を磨き、天使の歌声に到達した時、彼らは息絶え〈天 の表現手法を売野が本作品で見事に融合させたといえる。 年代の 使〉として天に召される。それはすなわち〈死〉である。物語は新 70 『 』はそんなことを実感させてくれる作品である。 (あず き) き(とされる)内容が変わり、その表現の形式もまた然りである。 どんな創作物でも、人間の内面をどのように表現するか、が永遠 の課題になる。だが、一口に内面といっても時代とともに表現すべ ろう。 作品群と読み比べることによって、本作品の味わいがより深まるだ する。だが、ガブリエルにも秘密があ る。誰かが言った「クワイアには不安 定な少年の声がうってつけなんだ。こ こ に い る 者 み な 傷 だ ら け さ 」、 正 に そ M A M A リエルに驚き、そしてその才能に嫉妬 入生、ガブリエルとラザロの出会いから始まる。裕福な家庭に育ち、 お い て、 70 天使になりたいと心から思うラザロは、自分とまったく異なるガブ 11 M A M A の通りである。お互いの関係、母との 15 70 綴 葉 2013. 10. 10 当てよう!図書カード 編集後記 お久しぶりです。2 ヶ月ぶりの『綴葉』です。 10月17日は十三夜。十五夜に続く名月で知 長い長い充電期間も終わり、新学期の始まり られています。そこで、この日に因む作品の です。うだるような暑さも和らぎ、再び街中 一つ、樋口一葉『十三夜』から出題。主人公 のお関は夫との離縁を決意して実家に帰りま に観光客や修学旅行生が増えだしてきました すが、その所在地は次のどれでしょう。 ね。地方出身の私は、中学・高校と修学旅行 1 .小川町 先はまさに京都だったので、なんだか懐かし 2 .上野新坂下 く、ほほえましいです。もう少し、バス停付 3 .上野広小路 近や道に広がらずにいてくだされば。 (浮雲) 4 .駿河台 ところで、旅行する、あるいは遠出すると 《応募方法》読者カードに答えを書いて生 きには本を持っていく方が多いと思います。 協のひとことポストに入れてください(また かくいう私もその1人なのですが、残念なこと はe-mail:[email protected])。 正 解 者 の 中 か に1冊としてまともに読了できた例はないので ら抽選で 5 名の方に図書カードを進呈いたし す。旅行先ではバタバタし、移動中も落ち着 ます。締切りは11月15日です。 かずに本に集中できず、飛行機での長時間フ 6月号の解答 ライトでさえ時間を持て余す始末。しかも飛 行機では寝られない性質であるのにもかかわ らず、です。私にとっては、読書は落ち着い 「洗濯物をハンガーに干さない都道府県」 ということは「服を(ハンガーに)掛けな い」→「ふくをかけん」つまり、「福岡県」 が正解でした。応募者20名中18名の方が正 解でした。図書カードの当選者は、aizacさん、 とおなさん、佐間瀬勉さん、やまつさん、 総角さん(順不同)です。おめでとうござ います。 (ケガニ) た日常のほうが適しているようです。そう考 えると、気候的にも過ごしやすく、日常が戻 ってきた秋は絶好の読書タイム。時間を作っ て読書にいそしみたいものです。ベタではあ りますが、読書の秋、みなさまも満喫してく (縹) ださいませ。 読者からひとこと ○はじめて読みましたが内容が濃くて面白か (経・ ぐるこ) ったです。本選びの参考にします! ――ありがとうございます! 良いものがお 届けできるよう編集委員同士であーだこーだ 言いながら頑張っています。みなさんと共に さらに良いものにしたいので、これからもひ とことやさらには書評の投稿もぜひ! 楽し みにしていますので! ○夏休みです。毎日研究なのは相変わらずで すが授業がない分、普段読めない本にも手を 出します。 (文・ぜんざい) ――休みに入ると専門非専門問わずいろんな 本に手を出したくなりますよね。どんな本を 読まれたのか気になります。ぜひひとことや 投稿で教えて下さい! ――毎回ぱらぱらつまみ読みさせてもらって います。面白く読ませてもらっています。 (文・ かとう) ――つまみ読みでも面白い、それが書評誌の 利点でもありますよね。「どこのどの書評を (おせ ろ) 読んでも面白い」、そんな風に言われるよう 頑張りますのでこれからもご愛読よろしくお 願いいたします! 16
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