Title ハワイの英語新聞に見られる日本語からの借用語

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ハワイの英語新聞に見られる日本語からの借用語( fulltext
)
島田, めぐみ
東京学芸大学紀要. 人文社会科学系. I, 57: 115-123
2006-01-00
URL
http://hdl.handle.net/2309/1170
Publisher
東京学芸大学紀要出版委員会
Rights
東京学芸大学紀要人文社会科学系Ⅰ 57 pp.
115∼123,2006
ハワイの英語新聞に見られる日本語からの借用語*
島
田
めぐみ
留学生センター**
(2
0
0
5年8月3
1日受理)
1.はじめに
日本人の契約労働者としてのハワイへの移住は1868年に始まり,官約移民の制度が終わる1894年まで約15万
人の日本人が主にプランテーション労働者としてハワイに渡った。日本からのほか,中国,フィリピン,ポル
トガル,スコットランドからも移民がハワイへ渡っているが,全人口に占める割合は日系人が4割ほどを占め
る時期もあった。比較的新しい1980年度の統計によると,日系人の割合は約25%,これは白人33%に次いで多
い割合となっている(飯田2003)。人口割合を反映して,ハワイの料理,文化,生活には日本に起源のあるも
のが多く,いわゆるハワイピジンと言われるハワイの英語にも日本語からの借用語が多い。tsunami(津波),
sushi(寿司),sumo(相撲)など,すでに英語の辞書の見出し語になっている語のほか,manju(まんじゅう),
mochi(もち),girigiri(ぎりぎり:つむじを意味する,江戸時代に使用されていた語)など多くの日本語が英
語に取り込まれている。しかし,日本語からの借用語に関し客観的なデータに基づく分析は行われておらず,
実態は明らかになっていない。そこで,英字新聞の中に見られる日本語からの借用語の実態を調査することと
した。調査対象とする新聞は,米国ハワイ州ヒロ市で発行されている英語新聞 Hawaii Tribune Herald 紙であ
る。ヒロ市は特に日系人が多い町であり,人口約130,000人のうち,日系人の割合は4分の1を上回る。Hawaii
Tribune Herald 紙は,ヒロ市で発行されている唯一の日刊新聞であり,ヒロではもっとも購読数が多い。
2.先行研究
ハワイ英語への日本語からの借用語に関しては,Carr(1972),Simonson(1981,1982,1992)などで,ピ
ジン英語の特徴としてとりあげられているが,筆者の知る限り新聞など客観的データに基づいた研究はなされ
ていない。
ハワイ同様日系人の多いブラジルに目を向けると,ポルトガル語への日本語の借用語に関して,河野
(2000)が日本で発行されているポルトガル語紙数紙を対象に,そこで使用されている日本語からの借用語を
分析している。対象とした新聞記事は,日本で出版されているポルトガル紙1993年から1
999年にかけてであ
る。河野が調査対象とするものは,次の2点において本研究とは異なる。まず,日本で発行されているポルト
ガル語紙であるということ,次に,主な購読者は日系ブラジル人であるという点である。しかし,河野が借用
語の定着度の観点から設定したモデルは本研究の参考となると考えられる。河野は借用語を次の a から d の段
階に整理し,これらは連続体であるとしている。
a) ポルトガル語のテクストに日本語の語彙を“引用”したに過ぎないもの。表記は通常ローマ字(ヘボン
*
**
Japanese loan words used in English newspaper in Hawaii / Megumi SHIMADA
東京学芸大学(1
8
4―8
5
0
1 小金井市貫井北町4―1―1)
― 115 ―
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人文社会科学系Ⅰ
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式)。読者にとってキーワードとなるような語彙であり,ポルトガル語のあとにカッコ書きなどで引用さ
れることが多い。
b) 日本語の語彙を臨時に(一時的に)借用したもの。イタリック体,引用符の使用など表記上なんらかの措
置が施されている。初出の際にはカッコ書きやパラフレーズなどの手段でその借用語の意味をポルトガル
語で説明している。
c) 定着度の低い借用語。表記に関してポルトガル語の影響を受けていないことが多く,またイタリック体の
使用が多い。複数標識の−s が付かないことが多い。語の意味説明がない点が借用語として認知する理由
である。
d) 定着度の高い借用語。イタリック体や引用符などの使用がなく,表記面でポルトガル語の影響を受けてい
る。複数標識の−s が付く(ブラジルの辞書に記載されている場合がある)。
本稿では,ハワイ英語における日本語の定着度を考える際,河野の枠組みを参考にする。
3.研究の目的
ハワイで使用されている英語の中に日本語から借用された語がどの程度あるか,それらにはどのような特徴
があるかを明らかにするために,ハワイの英字新聞に見られる日本語からの借用語を分析する。
4.調査の方法
2004年9月1日から2005年1月31日までの5ヶ月間の Hawaii Tribune Herald 紙を調査対象とした。Hawaii
Tribune Herald 紙の記事に見られる日本語からの借用語を抽出し,分析を行った。会社名,人名,地名など固
有名詞は対象外とした。また,読者からの手紙欄は,新聞社による校正がどの程度行われているか不明である
ため,対象からはずした。
5.結果
5.1
カテゴリー別借用語
5ヶ月間に使用された日本語からの借用語は,述べ語数329語,異なり語数108語であった。観察された異な
り語をカテゴリーに分類すると,文化に関する語3
4語,料理・食材に関する語3
4語,スポーツに関する語1
2
語,宗教に関する語11語,移民に関する語4語,コミュニティに関する語3語,その他10語である。カテゴリー
に分類するにあたっては,その語が使用されている文脈から判断した。そのため,seiro(蒸篭),usu(臼),kinei(杵)は,もちつきの説明でなされていたため,文化に関する語に分類した。dai(台)は,盆栽で使用す
る道具を指すため,文化に関する語とした。また,bon は宗教に関する語であるが,本調査では常に bon dance
として使用されていた。bon dance は,ハワイでは宗教,民族に関係なく親しまれており,日本文化として認
識されているため,文化に関する語に分類した。詳細は次のとおりである。
文化に関する語
bon(bon dance)(<盆踊り)
Bonen−Enkai(<忘年会)
bonsai(<盆栽)
chanoyu(<茶の湯)
dai(<台)
enka(<演歌)
Go(<碁)
hagama(<羽釜)
haiku(<俳句)
hanami, ohanami(<花見)
hapi(<はっぴ)
ikebana(<生け花)
kabuki(<歌舞伎)
kadomatsu(<門松)
karaoke(<カラオケ)
Keiro No Hi(<敬老の日)
Keirokai(<敬老会)
kimono(<着物)
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kinei(<杵)
koden(<香典)
koto(<琴)
origami(<折り紙)
oshibana(<押し花)
sado(<茶道)
samisen(<三味線)
shakuhachi(<尺八)
seiro(<蒸篭)
Shinen−Enkai, shinen enkai, shinnen en kai(<新年宴会)
shodou(<書道)
Sumie(<墨絵)
taiko(<太鼓)
taisho koto(<大正琴)
tanabata(<七夕)
usu(<臼)
料理・食材に関する語
adzuki, azuki(<小豆)
andagi(<アンダギー)
bento(<弁当)
chiso koko(<シソこうこ)
daikon(<大根)
goya(<ゴーヤ)
hijiki(<ひじき)
ika(<イカ)
kampachi(<カンパチ)
kashiwa mochi(<柏もち)
konbu(<昆布)
maki(<巻き)
manju(<饅頭)
menpachi (<メンパチ)
mirin(<みりん)
miso(<味噌)
mochi (<もち)
mochiko(<もちこ)
musubi(<むすび)
nigiri sushi(<握り寿司)
nishime(<煮しめ)
nori(<海苔)
sambaizuke(<三倍漬け)
sashimi(<刺身)
sekihan(赤飯)
shiitake(<しいたけ)
shoyu(<しょうゆ)
soba(<そば)
sushi(<寿司)
takuan, takuwan(<沢庵)
tofu(<豆腐)
unagi(<うなぎ)
wasabi(<わさび)
yuzu(<ゆず)
スポーツに関する語
aikido(<合気道)
dojo(<道場)
judo(<柔道)
judoka(<柔道家)
kendo(<剣道)
komusubi(<小結)
maegashira(<前頭)
makuuchi(<幕内)
ozeki(<大関)
sekiwake(<関脇)
sumo(<相撲)
yokozuna(<横綱)
宗教に関する語
Aki−Higan−E(<秋彼岸会)
goma(<護摩)
Hatsu−goma(<初護摩)
hatsumode(<初詣)
hondo(<本堂)
Joya−e(<除夜会)
joya−no−kane(<除夜の鐘)
nembutsu(<念仏)
O−Higan(<お彼岸)
omamori(<お守り)
rimban(<輪番)
移民に関する語
issei(<一世)
nikkei(<日系)
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nisei, nissei(<二世)
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sansei(<三世)
コミュニティに関する語
fujinkai(<婦人会)
kenjinkai(<県人会)
kumiai(<組合)
その他
−chan(<∼ちゃん)
Domo arigato gozaimasu(<どうもありがとうございます)
koreisha(<高齢者)
mejiro(<メジロ)
samurai(<侍)
Sensei(<先生)
shogun(<将軍)
showa(<昭和)
taisho(<大正)
tsunami(<津波)
河野によると,河野が1995年から1996年にかけて行った調査では,ブラジルにおけるポルトガル紙で観察さ
れた借用語では,料理に関する語が多い(河野2000:85)とあるが,ハワイにおける借用語では,料理・食材
に関する語と同様,文化に関する語も多い。ハワイでの生活に料理のみではなく,日本の文化,習慣,行事が
多く取り入れられていることの表れであろう。
文化に関する語を概観すると,行事に関するものとして,bon dance(盆ダンス),Bonen Enkai(忘年会),hanami(花見),Keiro No Hi(敬老の日),Kerokai(敬老会),Shinen Enkai(新年会),tanabata(七夕)などがあ
り,日本の行事が広く認知されていることがうかがえる。そのほか,翻訳借用されている Girl’s Day(ひな祭
り),Boy’s Day(こどもの日)など,広く認知されている行事もある。習慣と言える語には koden(香典)が
ある。アメリカでは葬儀の際金銭を贈る習慣はないが,ハワイでは日系社会を中心に香典を贈る習慣がある。
そのため,新聞の obituary(死亡記事)に,香典を辞退するという意味で「No koden」という表現がたびたび
載る。また,ブラジル同様,料理・食材に関する語も多く,ハワイにおいて,日本料理,食材が一般的である
ことを裏付けている。
5.2
定着の度合いによる分類
収集した借用語を,a)日本語の語彙を一時的に借用した語,b)ハワイで認知度の高い語,c)英語に定着
している語に分類し,ハワイ特有の借用語を明らかにする。
河野(200
0)がポルトガル語への借用語を分類する際に基準としたポイントは,1)辞書に取り上げられて
いるか,2)記事の中で意味説明あるいは言い換えがされているか,3)表記に関しポルトガル語の影響を受
けているか,の3点であるが,英語へ日本語が借用される場合ローマ字書きのまま英語で使用できるため,本
研究では3番目のポイントは考慮せず,そのほかの2点のポイントを分類ポイントとする。
『ランダムハウス
英和大辞典』
(1994)に「日本語から借用された英語」一覧が付記されており,906語の日本語からの借用語が
あげられている。これらの借用語は,英語辞書13冊(1)から抽出されたものである。本調査で収集された語のう
ち,この906語に含まれる語を c)英語に定着している語(以下,英語借用語)とした。それ以外の語のうち,
記事の中で初出の際に意味が英語で説明されている語は,一般に定着しているとは言えないため,a)日本語
の語彙を一時的に借用した語(以下,一時借用語)に分類した。語によっては,複数の記事に観察され,ある
記事では英語による説明があるが,ある記事では説明がないという場合もあった。その場合は,完全に定着し
ているわけではないと判断し,a)に分類した。たとえば,koden は,6回観察されたうち,4回は訳が記さ
れていたため a)とした。最後に,a)と c)以外の語,すなわち,辞書には載っていないが,英語による意味
説明がなされていない語を b)ハワイで認知度の高い語(ハワイ借用語)に分類した。
全借用語を分類した結果,a)一時借用語が2
7語,b)ハワイ借用語33語,c)英語借用語48語であった。詳
細は以下のとおりである。
a)日本語の語彙を一時的に借用した語
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Aki−Higan−E
andagi
Bonen−Enkai
Dai
Domo arigato gozaimasu
goya
hagama
Hatsu−goma
Hatsumode
Joya−e
kadomatsu
Keiro No Hi
Kinei
koden
koreisha
makuuchi
mejiro
Mirin
rimban
sado
seiro
Sekihan
shodou
Taiko
taisho koto
tanabata
usu
−chan
chiso koko
Fujinkai
goma
hijiki
hondo
ika
Joya−no−Kane
kampachi
kashiwa mochi
Keirokai
Kenjin−kai
komusubi
kumiai
maegashira
−maki
manju
menpachi
mochi
mochiko
musubi
nembutsu
Nikkei
nishime
O−Higan
omamori
oshibana
sambaizuke
sekiwake
b)ハワイで認知度の高い借用語
Shinen−Enkai, shinen enkai, shinnen enkai
unagi
takuan, takuwan
yuzu
c)広く,英語に定着した借用語
aikido
adzuki, azuki
bento
bon
bonsai
chanoyu
daikon
dojo
enka
Go
haiku
hanami, ohanami
hapi
ikebana
issei
judo
judoka
kabuki
karaoke
kendo
kimono
konbu
koto
miso
nigiri sushi
Nisei, Nissei
nori
origami
ozeki
samisen
samurai
Sansei
Sensei
sashimi
shakuhachi
shiitake
shogun
shoyu
Showa
soba
sumie
sushi
sumo
Taisho
tofu
tsunami
wasabi
yokozuna
上記の分類をカテゴリーごとにまとめたものが表1,各分類のカテゴリー別割合を示したものが図1から3
である。コミュニティに関する語 fujin kai(婦人会),kenjin kai(県人会),kumiai(組合:町内会のようなコ
ミュニティ)の3語はいずれも,b)ハワイ借用語である。この3語はハワイでは日系人社会を中心に定着し
ている語である。また,b)ハワイ借用語は,料理・食材に関する語が多いことがわかる(図2)。一方,文化
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に関する語は,b)ハワイ借用語よりも a)一時借用語に多い(図1)。5.1で見たとおり,新聞で観察され
る語は文化に関する語と料理・食材に関する語が多いが,ハワイ借用語は文化に関する語は少なく,料理・食
材に関する語が多い。文化に関する語は日系人社会を中心に認知度が高いが,ハワイ社会全体では認知度の高
くない語が多く,そのため英語による説明がなされていたのであろう。一方,料理に関する語は,ハワイ社会
で広く一般的に認知度が高い語が多いと言える。
表1
カテゴリー別日本語からの借用語
異なり語数
文化
料理
スポーツ
宗教
移民
コミュニティ
その他
計
一時借用語
ハワイ借用語
英語借用語
1
4
3
1
7
4
1
6
1
4
1
3
8
5
6
0
0
1
3
0
3
0
3
1
6
2
7
3
3
4
8
計
3
4
3
4
1
2
1
1
4
3
1
0
1
0
8
コミュニティ その他 文化
その他
宗教
文化
スポーツ
文化
料理
スポーツ
宗教
移民
コミュニティ
その他
移民
宗教
料理
スポーツ
料理
図1
カテゴリー別一時借用語
図2
文化
料理
スポーツ
宗教
移民
コミュニティ
その他
カテゴリー別ハワイ借用語
その他
宗教
文化
スポーツ
文化
料理
スポーツ
宗教
移民
コミュニティ
その他
料理
図3
5.3
カテゴリー別英語借用語
表記について
収集された借用語はローマ字で表記されているが,長母音に関しては,表記上長母音であることが示されな
い場合が多い。また,促音と撥音に関しては,表記面でゆれが観察された。
5.3.1
長母音
長母音 [i : ]
原語で長母音 [i : ] で発音される語は,andagi(アンダギー)と shiitake(しいたけ)であった。andagi の gi
の部分は,長母音であることが示されていないが,shiitake は,「ii」と表記されている。
長母音 [u : ]
原語の日本語で長母音 [u : ] で発音される語は次の3例であった。いずれも,長母音であることが明示され
ていない。
judo(柔道),judoka(柔道家),manju(まんじゅう)
長母音 [e : ]
日本語の長母音 [e : ] は,ひらがなでは「え段+え」(例:おねえさん)または「え段+い」(例:とけい)
で表される。今回観察された借用語では,
「え段+い」のみであり,すべて「ei」と表記されていた。また,
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杵には長母音は含まれないが,今回の例では「kinei」と表記されていた。
issei(一世),sensei(先生),seiro(蒸篭)ほか6語
長母音 [o : ]
日本語の長母音 [o : ] は,ひらがな表記では「お段+う」(例:しょうゆ)と「お段+お」
(例:おおぜき)
がある。今回観察された借用語はほとんど長母音であることは明示されていない。しかし,shodou(書道)の
みは例外で,「ou」と示されている。
bento(弁当),keiro(敬老),sado(茶道)ほか20語。
今回の結果から,原語の日本語が長母音であっても,英語では長母音であることは示されないのが一般的だ
と言える。しかし,「え段+i」で表記される長母音 [e : ] のみは,「ei」と記述されている。これは,「え段+i」
で表される部分を長母音と認識しているのではなく,二重母音と認識しているためか,あるいは日本語のロー
マ字表記の影響を受けているからであろう。
5.3.2
促音
促音は,促音であることが明示されている例と促音であることが表されていない例が観察された。また,促
音ではないのに,促音で表されている語もあった。
促音であることが明示されている語
issei(一世)
,nikkei(日系)
促音であることが表されていない語
hapi(はっぴ)
促音ではないのに,促音で表されている語
nissei(二世)
最後の例の二世は nisei のように日本語の発音どおりに表記されている場合もあったが,上記の例のように
nissei と促音で表されている場合もあり,ゆれが観察された。おそらく,一世を issei と表すことからの類推に
より,このように表記されることがあるのであろう。
5.3.3
撥音
両唇音である [p],[b],[m] が後続する撥音「ん」は,「m」で表記される例と「n」で表記される例が見ら
れた。それ以外の撥音はすべて「n」で表されている。
「m」で表記される例
kampachi(カンパチ),nembutsu(念仏),rimban(輪番),sambaizuke(三倍漬け)
「n」で表記される例
konbu(昆布),menpachi(メンパチ)
5.3.4
複合語の濁音化
日本語では,さ行やか行で始まる語が他の語に後続して複合語を作る場合,濁音化する現象が見られる。次
の例も,日本語では濁音化するが,今回の調査では濁音化されていない。
taisho koto(大正琴(たいしょうごと)),nigiri sushi(握りずし)
そのほか,英語と形成された複合語 cone sushi(いなりずし)の場合,日本語で発音しようとすると,「すし」
の部分は「ずし」と濁音化すると考えられるが,英語では清音のままである。
5.4
独特の語法,語形成
ハワイで使用される日本語からの借用語を分析すると,独特の語法,語形成のものが多い。まず,英語ある
いはハワイ語が付加し複合を形成する語,第2に日本での使用方法と異なる語,第3に現在日本では使用され
ない語を検討する。
1)英語あるいはハワイ語に付加し複合語を形成する語
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bon → bon dance(盆踊り)
sushi → cone sushi(いなりずし)
musubi → spam musubi(スパムむすび)
mochi →
maki →
mochi pounding(もちつき)
(2)
ahi maki(マグロ巻き)
これらの語は,いずれもハワイでは認知度の高い語である。いなりずしを cone sushi と言うのは,いなりず
しの形状が三角錐(cone)であるためである。spam は,豚肉の缶詰であり,それをご飯の間にはさんだもの
を spam musubi と言う。日系社会では,「盆踊り」,「いなりずし」,「餅つき」というように日本語も使用され
ているが,上にあげる語のように英語やハワイ語起源の語が付加した複合語は民族背景を問わず広く使用され
ている。
2)日本での使用方法と異なる語
Sensei
Professor や Mr.と同様に,名前の前につける「Sensei Nishioka」という例が観察された。
3)現在標準語で使用されない語
shinnen enkai, bonen enkai, chiso, sambaizuke, menpachi
shinnen enkai(新年宴会)は新年会を指すが,『日本国語大辞典』によると新年会よりも起源が古い。一世が
ハワイに持ち込んだ形が現在も残っている語だと考えられる。一方,忘年会を指す bonen
は同辞典には記述がない。shinnen
enkai(忘年宴会)
enkai から類推され使用されている可能性がある。chiso はシソの変化した
語である(『日本国語大辞典』
)。sambaizuke(三杯漬け)は三杯酢漬けのことであり,三杯酢に漬けた漬物を
指す(『日本国語大辞典』
)が,現在標準語では使用されていない語と言える。menpachi は,中部,中国地方
の方言で,マグロの一種である魚を指す(『日本国語大辞典』)。
5.5
その他
上記の借用語のほか,翻訳借用の例として,chicken skin と Girl’s day の二例が観察された。chicken skin は,
日本語の「鳥肌」を直訳したものであり,今回の調査では,「鳥肌が立つほど怖い」という意味で使用されて
いた。Girl’s day は,「ひな祭り」を翻訳したものである。
6.まとめ
今回の調査より,ハワイにおける英語新聞には,広く英語に定着している日本語からの借用語以外にも,日
本語からの借用語が多く観察された。本調査で収集された108語のうち,ハワイで認知度の高い語は3
3語であ
り,それらの約半数が料理・食材に関するものであった。一方,一時的に借用された語は27語で,そのうち半
数以上が文化に関するものであった。一時的に借用された語は英語による言い換えがなされており,これらは
特に日系社会を中心に使用されている語と言えよう。
借用語の表記は,長母音,促音,撥音,濁音化に関し,原語である日本語のローマ字表記と異なる現象が見
られた。長母音は[e : ]以外はほとんど,長母音であることが示されていなかった。その[e : ]の場合も,「ei」と
表記され,長母音ではなく二重母音の扱いを受けている。これは,英語には,長母音,短母音の区別がないこ
とに起因すると考えられる。ハワイ英語に多く借用されているハワイ語は日本語同様,長母音と短母音の区別
があるが,英語に借用される場合は,表記面においても音声面においても長母音と短母音の区別はされない。
促音,撥音に関しては,表記のゆれが見られた。また,複合語による濁音化がおこりにくいことも明らかになっ
た。たとえば,大正琴は,日本語では「たいしょうごと」と濁音化現象が見られるが,英語へ借用されると
taisho koto と清音のまま表記される。このような例が複数観察された。
また,ハワイで使用される日本語からの借用語には,独特の語形成,使用方法のものがある。それらをまと
めると以下のようになる。
1)英語あるいはハワイ語に付加し複合語を形成する語(例:bon dance)
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2)日本での使用方法と異なる語(例:Sensei)
3)現在標準語で使用されない語(例:shinnen enkai)
ハワイには日本の文化,料理などが浸透しており,それを反映して多くの日本語が借用されていることがあ
らためて明らかになった。特に料理・食材に関する語には日系社会のみではなく,さまざまな民族背景の者の
間でも認知度の高い語が多い。また,現在日本で使用されている語とは異なる特徴を持つ語が多いことも明ら
かになった。
今回の調査は,5ヶ月の調査であったため,一年を通じての文化的行事に関わる語が網羅されていない。ま
た,表記に関し,原語である日本語とは異なる現象が観察されたが,実際にどのように発音されているのか調
べる必要があるだろう。さらには,これらの語が実際,どの程度認知されているかという観点からアンケート
調査などを行い,実態を明らかにしていくことが望まれる。また,今回は新聞に見られる語を調査したため,
日常生活で使用する語はほとんど抽出できなかった。例えば,「benjo(便所)」「girigiri(ぎりぎり:つむじ)」
はいずれも,日本語が語源であるが,広くハワイで使用されている。このような新聞記事にはあらわれない語
の分析も行いたい。これらは今後の課題としたい。
注
!
Barnhart Dictionary of New English (1973), The Second Barnhart Dictionary of New English (1980), The Third Barnhart Dictionary
of New English (1990), Collins English Dictionary (3rd ed.) (1991), The Concise Oxford Dictionary of Current English (8th ed.)
(1990), McGraw−Hill Dictionary of Scientific & Technical Terms (4th ed.) (1989), The Oxford English Dictionary (2nd ed.), The Random House Dictionary of the English Language (2nd ed.) (1987), Random House Webster’s College Dictionary (1991), A Dictionary
of Today’s New International Dictionary of The English Language (1986), The World Book Dictionary (1975), Merriam−Webster’s
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参考文献
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号,pp.
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資料
Hawaii Herald Tribune 2
0
0
4年9月1日から2
0
0
5年1月3
1日
『日本国語大辞典』第二版全1
4巻,1
9
7
2,小学館
「日本語から借用された英語」『ランダムハウス英和大辞典』第2版,1
9
9
4,pp.
3
1
8
1−3
1
8
5,小学館
― 123 ―